関連審決 | 不服2007-2650 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成22行ケ10035審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10104審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 化学構造 / 優先権 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10108号
審決取消請求事件
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原 告ビーエーエスエフビューティ ケアソリューション ズ フランスエスエーエス 同訴訟代理人弁理士 安富康男秋山文男東毅 被告特 許庁長官 同 指定代理人引地進平田和男豊田純一唐木以 知良 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/11/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2007-2650号事件について平成21年11月25日にした審決を取り消す。 第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1特許庁における手続の経緯(1) 原告(当時の名称:コレティカ)は,発明の名称を「両親媒性複合体,その製造方法及びそれを含有する組成物」とする発明について,平成8年10月16日特許出願(平成9年特許願第515568号。優先権主張1995年10月17日,フランス)した(甲6)。 (2) 原告(当時の名称:エンゲルハード・リヨン)は,平成18年10月12日付けの拒絶査定(甲12)を受けたので,平成19年1月22日,これに対する不服の審判を請求し,同年2月16日手続補正をした。 (3) 特許庁は,上記請求を不服2007-2650号事件として審理し,平成21年11月25日,上記手続補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は同年12月8日原告に送達された。 2本願発明の要旨本件審決が対象とした,特許請求の範囲請求項1の記載は,上記手続補正の前後を通じ,以下のとおりである。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」,本件出願に係る明細書(甲4,特許請求の範囲につき甲5)を「本願明細書」という。 反応温度が室温から80℃の範囲で,平均分子量が10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質と,脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物からなり,ウンデシレン酸を除く群から選択された炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪鎖とを,〔非変性の植物タンパク質/脂肪鎖〕の重量比が1/1〜1/10の範囲で反応させて得られることを特徴とする両親媒性複合体3本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 ア引用例:国際公開第93/22370号パンフレット(甲1の1。平成5年(1993年)公開)イ周知例1:加藤信行・芝崎勲「脂肪酸およびそのエステルの抗菌作用力の比較」J. Ferment. Technol., 53巻11号793〜801頁(甲2。昭和50年発行)ウ周知例2:Antimicrob. Ag. Chemother .2巻1号23〜28頁(甲3。昭和47年発行)(2) なお,本件審決は,その判断の前提として,引用発明と本願発明との一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。 ア一致点:反応温度が室温から80℃の範囲で,植物タンパク質と,炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪酸とを,〔植物タンパク質/脂肪酸〕の重量比が1/1〜1/10の範囲で反応させて得られる複合体である点イ相違点1:本願発明が,平均分子量が10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質を用いるものであるのに対し,引用発明は「高分子小麦タンパク質(Tritisol ,CRODA)」とあるだけで,分子量も変性の有無も明記されていない点ウ相違点2:本願発明が,ウンデシレン酸を除く群から選択された脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物を用いるものであるのに対し,引用発明においてはウンデシレン酸を用いている点エ相違点3:本願発明の複合体が,両親媒性であるのに対し,引用発明の誘導体は両親媒性か明記されていない点4取消事由(1) 相違点2についての判断の誤り(取消事由1)(2) 相違点1についての判断の誤り(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 本願発明について本願発明は,平均分子量が10000ダルトン以上の非変性の植物タンパク質と,ウンデシレン酸を除く炭素数4〜30の脂肪鎖とを反応させて得られる点が最も大きな特徴となっており,皮膚の角質層において,タンパク質やポリペプチド分子の活性発現を改善することを目的としている。タンパク質のような水和作用製品は,主に脂質で構成され,疎水性を有しており,化粧品の分野で使用されるほとんどのタンパク質の親水性とも整合しないという性質を有している皮膚バリア層や角質層を通過することができない。そのため,今日化粧品に使用されるタンパク質は,この疎水的構造のために退けられて表面に止まっているか又は真皮の奥深く浸透するかのいずれかである。このような皮膚上でのタンパク質の効果は,本件特許出願時において当業者に良く知られていたことである(甲4)。 本願発明では,上記構成によって,特異な表皮透過性を示し,皮膚を水和すること,更にはタンパク質やポリペプチドの効果を角質層に対して最大限に発揮させ,皮膚上部層及び髪繊維(毛髪)における安定化作用を示し,しかも予想できない化粧作用及び治療作用を奏するものである。 皮膚は外界からの損傷を防止する障壁として機能するものであって,内部の組織がその機能を発揮するために重要な役割を有している。 本願発明は,照射による損傷要因(UVA,UVB,赤外線),物理的又は機械的損傷要因(擦り傷,温度や湿り気の変動等),化学的損傷要因(空気や水の汚染,刺激物や免疫原性物質との接触),微生物による損傷要因(バクテリア,ウイルス,カビ等)等の要因により生じる皮膚の損傷を改善(皮膚の再生)するために検討したものであって,その具体的な効果が,本願明細書の実施例27及び28で実証されている。 実施例27及び28のとおり,本願発明の複合体を含有する組成物を塗布した場合のみ,極めて有意な組織改善効果を発揮し,皮膚全体の再生を促すという効果を奏する。このように,本願発明は,皮膚の再生を目的として行なったものであり,ステアリン酸やパルミチン酸のようなウンデシレン酸を除く炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪鎖を反応させると,特に照射による損傷と化学的損傷に対し皮膚の再生効果が極めて高いことを見いだし,本願発明を完成したものである。 (2) 本件審決は,強い湿潤化と乳化力のみを利用しようとして,より安価で入手が容易な脂肪酸,例えばステアリン酸やパルミチン酸をウンデシレン酸に換えて用いてみることを阻害する特段の理由もないと認定した。 しかし,本願発明は,皮膚の再生効果,更には照射による損傷と化学的損傷に対する皮膚の再生という観点から検討したものであって,単に湿潤化と乳化力のみの観点から検討したものではない。引用例では,例えば実施例13のように,単なる抗菌特性(抗フケ,抗ニキビ,抗発汗,体臭防止,防腐)の観点から,検討されているにすぎない。対象とする抗フケ,抗ニキビ,抗発汗,体臭防止,防腐などでは皮膚が損傷することもないので,損傷した皮膚の再生に関する記載もない。また,引用例では,単なる抗菌特性のみを問題としており,皮膚に留まることが重要であって,表皮透過性が問題とされることもない。引用例のように抗菌特性の観点から検討することは容易であったとしても,引用例に示唆すらもされていない皮膚の再生という観点や,照射による損傷又は化学的損傷に対する皮膚の再生効果という観点から検討することも,引用例の開示範囲内に解決手段が存在するのかどうかさえわからず,極めて困難なことである。 また,解決手段に関し,引用例では,脂肪酸としてウンデシレン酸でなければならないことが開示されている。引用例に記載された両親媒性複合体の構成要件として,反応温度,タンパク質(種類(動物,植物,変性,非変性),平均分子量),脂肪鎖とタンパク質の重量比など,様々な要因が存在する中で,脂肪酸に着目し,脂肪酸の最適化にたどりつくことも困難なことである。 したがって,引用発明から,脂肪酸としてステアリン酸やパルミチン酸を想到することも,引用例に示唆すらされていない皮膚の再生や,照射による損傷又は化学的損傷に対する皮膚の再生という観点で,他の脂肪酸を検討することも極めて困難なことであり,当業者が容易に想到できるものではない。 (3) 本件審決は,脂肪酸には抗真菌及び抗菌特性を持つものがあることは周知の技術的事項であり,ウンデシレン酸に換えて,同様に抗真菌及び抗菌特性を持つことの知られた脂肪酸を用いることも,当業者が困難なく行えるものと認定した。 しかしながら,周知例1には,脂肪酸そのものが抗真菌及び抗菌特性を有することしか記載されておらず,抗真菌及び抗菌特性のために他の脂肪酸を検討することは容易であっても,抗真菌及び抗菌特性とは全く関連しない皮膚の再生を目的として他の脂肪酸を検討することは,極めて困難なことである。また,周知例1には,脂肪酸でタンパク質を変性することに関する記載も示唆も存在しない。 したがって,周知例1を参酌しても,皮膚の再生のために,タンパク質を変性する脂肪酸を検討することは極めて困難なことである。 (4) 本件審決は,周知例2には,カプリル酸が,黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌を,テストした濃度で抑制しないことが示されるとともに,ミリストレイン酸やパルミトレイン酸が強く抑制することが示され,ウンデシレン酸以外であっても効果がある脂肪酸があると考えるのが当然であると認定した。 しかしながら,少なくとも引用例のみを確認した当業者であれば,請求項1においてウンデシレン酸のみを規定していることと,実施例13のカプリル酸が好ましくないという評価結果から,脂肪酸に関してウンデシレン酸以外は効果がないと考えるのが極めて自然なことである。 また,引用例には,抗菌特性の観点から,8個未満の炭素原子を有する短鎖の飽和脂肪酸については殺菌効果が強く,例外的にウンデシレン酸が強い活性を有していることを示す記載があり(5頁15〜16行),炭素数が8よりもかなり大きく,特性が大きく異なると予想されるステアリン酸(炭素数18),パルミチン酸(炭素数16)等の脂肪酸を検討することを強く阻害する。 一方で,周知例2には,黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌を,ミリストレイン酸やパルミトレイン酸が強く抑制することが記載されているが,ミリストレイン酸やパルミトレイン酸そのものが抗菌特性を有することが記載されているにすぎない。ミリストレイン酸やパルミトレイン酸そのものが抗菌特性を有するとしても,皮膚の再生の観点で,同じミリストレイン酸やパルミトレイン酸が好ましい脂肪酸であると結論できるものではない。 なお,周知例2の表1にはミリストレイン酸やパルミトレイン酸は殺菌効果が高いことが示されているが,ミリスチン酸(炭素数14)やパルミチン酸(炭素数16)は抗菌特性が低く,パルミチン酸は,MIC(最小阻止濃度)が高く,濃度を高くしなければ抗菌特性を発現せず,菌によっては抗菌特性を示していない。ステアリン酸(炭素数18)にいたっては,全く抗菌特性がないことが記載されている。この表1の結果を確認すると,抗菌特性の観点から,抗菌特性の低いパルミチン酸や抗菌特性のないステアリン酸を使用することを強く阻害する。 また,周知例2では,脂肪酸そのものが抗菌特性を有することが開示されているにすぎず,脂肪酸がタンパク質と反応し,脂肪酸がそのままの形態で存在しない両親媒性複合体で,同じような効果が期待できるものではない。事実,出願人の検討結果では,抗真菌及び抗菌特性の観点から,脂肪酸でタンパク質を変性する場合,引用例に記載されているように,ウンデシレン酸が最も好ましい脂肪酸となり,周知例2の内容と矛盾する。両親媒性複合体には脂肪酸そのものが存在しないことに起因するものと推定され,脂肪酸での結果が,そのまま両親媒性複合体に適用できないことを示しているにすぎない。 (5) 被告の主張に対する反論本願発明は,皮膚の再生という観点から検討された発明であることが明らかであって,本願明細書の一部の記載をもとにして発明の内容を誤って認定することは失当である。ステアリン酸又はパルミチン酸の脂肪鎖を非変性タンパク質と反応させると,特異な化粧品特性を有しているが,この特性は単なる湿潤力や乳化力とは相違するものである。実施例2,4,17及び18では,ステアリン酸とパルミチン酸とを組み合わせて非変性タンパク質にグラフトした複合体が検討されており,実施例21ないし25において,化粧用組成物に配合し,実際の効果は実施例27及び28において検討されている。 前記のとおり,ステアリン酸又はパルミチン酸の脂肪鎖を非変性のタンパク質と反応させると,特に照射による損傷と化学的損傷に対し皮膚の再生効果が極めて高いという効果(甲4)は,予期できない効果である。 湿潤化や乳化力については,本願明細書において脂肪鎖と反応させた非変性タンパク質一般の効果として記載されているものであって,ステアリン酸又はパルミチン酸の脂肪鎖が他の脂肪酸と比較して優れているとして記載された効果でないことが明らかである。また,抗真菌及び抗菌特性については背景技術の説明において引用文献の記載内容の説明としての記載しかなく,これらの作用をもとにして,ステアリン酸又はパルミチン酸を想到したものでない。確かに,本願明細書には,ステアリン酸又はパルミチン酸の脂肪鎖が湿潤化や乳化力,抗真菌及び抗菌特性において特別な効果を有しているとは記載されていないので,これらの効果をもとにすると,進歩性がないことになるが,ステアリン酸又はパルミチン酸の脂肪鎖を反応させた非変性のタンパク質において実際に確認されている皮膚の再生という効果は,ウンデシレン酸と反応させたタンパク質が有する抗菌特性という引用発明の効果とは,明らかに異質な効果であって,予測できる効果ではなく,進歩性は認められるべきである。 〔被告の主張〕(1) 原告は,本願発明は皮膚の再生を目的としたもので,皮膚の再生という観点で,ウンデシレン酸以外の脂肪酸を検討することは,極めて困難なことであり,当業者が容易に想到できないと主張する。 アしかしながら,本願発明は,両親媒性複合体という物自体の発明であり,皮膚の再生という作用に着目した用途発明ではない。そして,本願明細書に記載されたとおり,本願発明の両親媒性複合体は,皮膚の再生用以外にも,乳化剤や微生物防除用として利用されるものをも含むものである。 したがって,本願発明は,皮膚の再生だけを目的としたものではなく,強い湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性をも目的としたものであるといえるから,強い湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性の観点から本願発明の進歩性を検討した本件審決に取り消すべき違法があることにはならない。 また,同じ発明に到達する場合であっても,発明に至る様々な道筋があることが多く,そのうちの一つでも,容易にたどることができるものであれば,その発明に進歩性はないことになる。当業者は,わざわざ困難な道筋をたどるのではなく,容易な道筋をたどればよいからである。 本件審決では,引用発明における強い湿潤化と乳化力のみを利用しようとした場合と,ウンデシレン酸の抗真菌及び抗菌特性に着目した場合の2つの道筋に沿って,当業者が容易に本願発明に到達できると判断したものであり,皮膚の再生という観点に着目した場合における,本願発明に至る道筋について判断したものではない。本件審決で判断したこれらの2つの道筋が,容易ではなく違法であるというのではなく,別の道筋である皮膚の再生という観点に着目した場合が困難であったことを立証したからといって,そのことで,本件審決に取り消すべき違法があることにはならない。このような判断は,裁判例(乙1,2)や特許庁の運用(乙3)とも整合する。 イ本願発明の効果についても,引用例のウンデシレン酸を用いたものと比較して,湿潤化や乳化力,又は抗真菌及び抗菌特性の観点のみならず,皮膚の再生の観点において,本願明細書の実施例27及び28に記載されたステアリン酸やパルミチン酸を用いた場合においても,格別な効果があるか不明であるし,その他の多種多様な脂肪酸を用いた場合には,ウンデシレン酸を用いたものより,格別な効果があるとはいえないものである。 また,本願発明の成分として用いる脂肪酸は,ステアリン酸又はパルミチン酸に限定されておらず,「ウンデシレン酸を除く群から選択された炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪鎖」という広範なものであって,ステアリン酸又はパルミチン酸以外の長鎖及び短鎖の脂肪酸については,何らの技術的裏付けを伴っていない。両親媒性複合体の成分として,「ウンデシレン酸を除く群から選択された炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪鎖」からなる脂肪酸を用いた場合に,ステアリン酸又はパルミチン酸を用いた場合と同様の効果を奏することが自明であるともいえないので,かかる広範な特許請求の範囲に記載された発明に包含されるすべての両親媒性複合体が格別顕著な効果(日焼け防止効果及び皮膚の再生効果)を奏するということはできない。 なお,本願発明の両親媒性複合体に類似したものが,皮膚に対する透過性が高められ,皮膚の再生に寄与することが知られ(乙5),また,皮膚の湿潤と再生が関連することも知られているのであるから(乙6),引用発明から,皮膚の再生の観点に着目することも,全く困難というものではないのである。 (2) 原告は,引用例では,脂肪酸としてウンデシレン酸でなければならないことが開示され,脂肪酸の最適化にたどりつくことは困難であると主張する。 引用発明を追試した場合に,強い湿潤化や乳化力,抗真菌及び抗菌特性がないのであれば,当業者はそれ以上の興味を失うかもしれないが,良好な結果が得られた場合に,普通に技術開発に意欲のある当業者であれば,引用発明がウンデシレン酸に限定されていたとしても,ウンデシレン酸に換えて他の脂肪酸を用いた場合,どのような結果になるかに興味を抱くものである。特に,引用例には,多くの脂肪酸について検討して,ウンデシレン酸がもっとも好ましかったことが示されているのではなく,ウンデシレン酸と,その比較となるカプリル酸を用いた場合が記載されるだけであるから,当業者は他の脂肪酸を用いた場合について,その結果に興味を抱くものである。そして,ウンデシレン酸を他の脂肪酸に換えたことにより,ウンデシレン酸を用いたものと比較して,湿潤化や乳化力,抗真菌及び抗菌特性の観点や,皮膚の再生の観点などにおいて,優れたものを提供したのでなければ,進歩性は認められない。 原告の主張は,当業者のレベルをあまりにも低く設定するものであり,失当である。 (3) また,原告は,パルミチン酸やステアリン酸を使用することを強く阻害することを主張するが,抗菌特性が知られたミリストレイン酸やパルミトレイン酸を使用することが困難とは主張していない。すなわち,ミリストレイン酸やパルミトレイン酸を使用する場合も本願発明に包含されているが,原告は,そのような態様に対する阻害事由を主張しておらず,本願発明は進歩性を有しない。 さらに,原告は,脂肪酸そのものが抗菌特性を有するとしても,タンパク質と複合体を形成した脂肪酸には同様の効果を期待できないと主張しているが,引用例には,タンパク質と複合体を形成したウンデシレン酸が優れた抗菌特性を有することは示されているものの,他の脂肪酸について,複合体にすると同様の効果が奏されないことは示されていないから,上記主張は失当である。 2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 本件審決は,引用例の「高分子小麦タンパク質」が,非変性のものと認定した。 しかしながら,CRODA社が製造する高分子小麦タンパク質(Tritisol )は,実際には加水分解されたタンパク質であり,本願発明で使用するタンパク質として要求されている非変性のタンパク質ではないので,上記認定は誤りである。 (2) 本件審決は,「高分子小麦タンパク質( Tritisol ,CRODA)」が変性されたものであったとしても,非変性の小麦タンパク質を用いる程度のことは当業者が容易になし得ることであると判断した。 しかしながら,特に変性されたものであるとの説明がないから,上記判断は理解できるものではない。少なくとも引用例では,変性した高分子小麦タンパク質を使用しており,非変性のタンパク質を積極的に使用することの動機付けにはならず,非変性のタンパク質を使用することで皮膚の再生という本願発明が奏する効果を予測することもできない。 〔被告の主張〕(1) 本願明細書の記載によれば,本願発明で使用する非変性のタンパク質の中に,加水分解されたタンパク質が含まれていることは明らかであるから,原告の主張は,本願明細書の記載に矛盾している。 また,CRODA社が現在頒布しているカタログ(乙4)によれば,Tritisol という加水分解されたタンパク質は,平均分子量が約25万であり,幾らか天然の構造を保持しているもので,本願発明の非変性のものと同様に,温和な条件で加水分解されたものであることがうかがえる。上記カタログは本願出願後のもののようであるが,同じ商品名で,全く内容の異なるものを販売することは,通常考えられないことであり,引用例に記載された高分子小麦タンパク質(Tritisol )は,カタログに記載されるものとほぼ同様のものと推定できる。 (2) 原告の非変性のタンパク質を使用することで皮膚の再生という本願発明が奏する効果を予測することもできないという主張は,高分子小麦タンパク質(Tritisol ,CRODA)が変性したものであることを前提とした主張であり,この前提が誤っている。 また,非変性のタンパク質は,ごく普通のタンパク質であるし,引用発明において,変性タンパク質を用いなければならない特段の技術的理由もないことから,非変性のタンパク質を用いることは,容易になし得るものである。 第4当裁判所の判断1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について(1) 本願発明について本願発明は,「平均分子量が10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質」と,「脂肪酸,脂肪アルコール,脂肪アミン及びその混合物からなり,ウンデシレン酸を除く群から選択された炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪鎖」との反応物であり,「両親媒性複合体」すなわち化学物質の発明に関する。したがって,本願発明の目的は,両親媒性複合体という新規な化学物質を提供することである。 そして,本願明細書(甲4)には,本願発明の化学物質が有する有利な効果として,?特異な表皮透過性を示し,皮膚を水和すること,更にはタンパク質やポリペプチドの効果を角質層に対して最大限に発揮させ,皮膚上部層及び髪繊維(毛髪)における安定化作用を示し,しかも予想できない化粧作用及び治療作用を奏すること(2頁14〜23行),?水和作用と乳化作用(8頁3〜4行),?皮膚改善効果(8頁13行),?中程度から強度の日焼けを静める効果(8頁17〜18行),?微生物防除効果(8頁22行)が記載されている。 (2) 引用例(甲1の1)の記載ア引用例の実施例1Aには,ウンデシレン酸と高分子小麦タンパク質(Tritisol ,CRODA)とを反応させて得られる誘導体が記載されており,反応温度は室温から80℃の範囲であり,植物タンパク質と,炭素数4〜30の少なくとも1種の脂肪酸とを,〔植物タンパク質/脂肪酸〕の重量比が1/1〜1/10の範囲で反応させているということができる。 イ引用例には,「本願発明の1つの目的は,非常に多数の化粧品製剤中で使用するため臭気が非常に弱くそして依然として非常に強い抗真菌および抗菌特性を有している新規ウンデシレン酸誘導体を提供することである。」,「本願発明の更なる目的は,新規で価値のある特性を有する新規ウンデシレン酸誘導体を提供することである。この枠内で,新規な発汗防止,ふけ防止および抗ざ瘡特性,強い湿潤化または乳化力を有し且つ毒性が低下しており,化粧品または医薬品分野で頻繁に使用できる新規ウンデシレン酸誘導体が発見された。」との記載がある(2頁11〜20行)。 このように,引用発明の目的は,ウンデシレン酸が有する抗真菌及び抗菌特性を損なうことなく臭気が改善された新規ウンデシレン酸誘導体を提供することである。そして,引用例には,この新規ウンデシレン酸誘導体の作用効果として,?発汗防止,ふけ防止及び抗ざ瘡特性,すなわち抗真菌及び抗菌特性を有すること及び?強い湿潤化又は乳化作用を有することが記載されている。そして,毒性が低下しており,化粧品や医薬品分野において使用できることも記載されている。 (3) 相違点2についてア当業者であれば,引用例の上記(2) イの記載から,?抗真菌及び抗菌特性は,誘導体化合物のうち,ウンデシレン酸由来の化学構造部分に基づくこと,?湿潤化又は乳化作用は,親水性有機巨大分子を有するウンデシレン酸誘導体全体の化学構造に基づくことを理解するものということができる。 イ抗真菌及び抗菌特性についてウンデシレン酸だけでなく,カプリル酸,ミリストレイン酸,パルミトレイン酸などの他の炭素数4〜30の脂肪鎖を有する脂肪酸に該当する脂肪酸にも,その効果の大小は別として,抗真菌及び抗菌特性があることが周知である(甲2,3)。よって,当業者は,ウンデシレン酸に換えてこれらの脂肪酸と親水性有機巨大分子とを反応させて脂肪酸誘導体とした場合でも,ウンデシレン酸誘導体と同様に,脂肪酸由来の抗真菌性効果や抗菌性効果がある程度保持されることを期待すると考えられるから,これらの脂肪酸の誘導体を製造することは,当業者が容易になし得るものと解される。 したがって,引用例に記載されたウンデシレン酸誘導体の作用効果のうち,抗真菌及び抗菌特性に着目して,本件審決が「脂肪酸には抗真菌及び抗菌活性をもつものがあることは周知の技術的事項であり,ウンデシレン酸に換えて,同様に抗真菌及び抗菌活性をもつことの知られた脂肪酸を用いることも,当業者が困難なく行えることに過ぎない。」と判断したことに,誤りはない。 ウ湿潤化又は乳化作用について親水性部分と疎水性部分を一つの分子に有する化合物は,本願発明にいう「両親媒性」であり,湿潤化又は乳化作用のような界面活性作用を有することが当業者における技術常識である。親水性有機巨大分子を有するウンデシレン酸誘導体において,親水性部分は親水性有機巨大分子部分であり,疎水性部分はウンデシレン酸の炭化水素鎖部分であることも当業者には明らかである。 そうすると,当業者であれば,引用例の記載から,ウンデシレン酸のみならず,同じく疎水性部分を与える炭化水素鎖を有する他の脂肪酸を利用し,親水性有機巨大分子を有する脂肪酸誘導体とした場合であっても,湿潤化,乳化作用を有する化学物質が得られることを理解することができる。 そして,このことは,引用例の「もう1つの特別の変法では,ウンデシレン酸を,特に8から28までの炭素原子を有する他の飽和または不飽和脂肪酸の混合物として反応させることができる。特に有利な脂肪酸の例はステアリン酸,ラウリン酸,パルミチン酸,ミリスチン酸およびカプリル酸である。」(5頁15〜19行)との記載とも整合する。 したがって,本件審決が引用発明のウンデシレン酸誘導体の作用効果のうち,湿潤化又は乳化作用に着目して,「このうち強い湿潤化と乳化力のみを利用しようとして,より安価であったり,入手が容易な脂肪酸,例えばステアリン酸やパルミチン酸をウンデシレン酸に換えて用いてみることを阻害する特段の理由もなく,当業者が容易に想到できる程度のことと認められる」と判断し,また効果について,「引用例に記載されるウンデシレン酸誘導体の強い湿潤化と乳化力から予測ができないほどの格別な効果が奏されているものとは認められない」と判断したことに,誤りはない。 (4) 原告の主張について原告は,本願発明は,皮膚の再生という観点から検討された発明であることが明らかであって,ステアリン酸又はパルミチン酸の脂肪鎖を非変性タンパク質と反応させると,特に照射による損傷と化学的損傷に対し皮膚の再生効果が極めて高いという効果は,予期できない効果であると主張する。 しかし,本願発明は,皮膚の再生を特定するような化学物質の用途発明に該当するものではなく,化学物質自体である「両親媒性複合体」の発明に関するもので,本願発明の目的は,新規な化学物質を提供することであることは,前記(1)のとおりである。したがって,原告が主張する効果は,特許請求の範囲の特定に基づかないものであり,失当である。 (5) 小括よって,取消事由1は,理由がない。 2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について(1) 引用例の記載引用例には,親水性有機巨大分子として各種タンパク質が列挙され(3頁35行〜4頁17行),動物起源のものとしては,ケラチン,絹,コラーゲン,ラクトアルブミン等,具体的なタンパク質の名前が列挙されているところ,これらはタンパク質として周知なものである。一方,植物起源のタンパク質に関しては,小麦,小麦胚芽,トウモロコシ等,単にタンパク質の由来が記載されている。 また,引用例には,5000ダルトンを超える,好ましくは5000ダルトンから100万ダルトンの間の分子量を有する親水性有機巨大分子が使用されることも記載されている。 (2) 相違点1について上記のとおり,引用例には植物起源の具体的なタンパク質の名前は記載されていないが,当業者であれば,これらの由来に含有される具体的なタンパク質も理解することができる。 すなわち,例えば,引用例には,動物起源のタンパク質として「ラクトアルブミン」が例示されているが,これは乳由来の可溶性タンパク質であり,「アルブミン」の一つである。アルブミンは,動植物の細胞,体液中に含まれる可溶性タンパク質であり,平均分子量が10000ダルトン以上である(岩波書店「生化学辞典〔第3版〕」参照)。このように,タンパク質であるアルブミンは,植物にも存在し,植物起源のアルブミンも可溶性であるから,当該植物から取り出されたアルブミンも,格別の変性を受けていないと解される。 そうすると,当業者であれば,引用例には植物起源のアルブミンも記載されており,これは変性されていないものであり,平均分子量が10000ダルトン以上であることを理解することができる。 したがって,引用例の実施例において使用されている高分子小麦タンパク質(Tritisol ,CRODA)に換えて,引用例に列挙されるタンパク質のうち,植物起源のアルブミンのような,「10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質」に該当する周知のタンパク質を単に特定することが,格別困難なことであるとはいえない。 以上によれば,相違点1について,当業者が,引用発明の「高分子小麦タンパク質(Tritisol ,CRODA)」から「平均分子量が10000ダルトン以上の少なくとも1種の非変性の植物タンパク質」に容易に想到できるとした本件審決の結論に誤りはない。 (3) 小括よって,取消事由2は,理由がない。 3結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 高部眞規子 |
裁判官 | 井上泰人 |