関連審決 | 不服2006-10472 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成22行ケ10029審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10051審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10353審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10330審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 有用性 / 創作性(創作) / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 翻訳文 / パリ条約 / 優先権 / 均等 / 実施 / 交換 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 国際出願 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10050号
審決取消請求事件
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原告 ノース・キャロライナ・ステイト・ユニヴァーシティ 訴訟代理人弁理士 奥山尚一 同 有原幸一 同 松島鉄男 同 河村英文 同 吉田尚美 被告特許庁長官 指定代理人深 草亜子 同 鵜飼健 同 北村明弘 同 小林和男 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/10/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 2 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求 特許庁が不服2006-10472号事件について平成21年10月7日にした審決を取り消す。 第2事案の概要1特許庁における手続の経緯原告は,平成7年5月5日(国際出願日),発明の名称を「バチルス・リチェニフォルミス(Bacillus Licheniformis)PWD-1 のケラチナーゼをコードしているDNA」とする発明につき,特許出願(パリ条約による優先権主張1994年(平成6年)5月27日,米国。以下「本願」という。)をしたが,平成18年2月13日付けで拒絶査定を受け,同年5月22日,これに対する審判請求をした(不服2006-10472号事件)。 特許庁は,平成21年10月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(付加期間90日),その謄本は同月20日,原告に送達された。 2特許請求の範囲平成8年11月27日付けで提出された補正書の翻訳文による補正後の特許請求の範囲の請求項1は,下記のとおりである。 「配列番号1のDNA配列を持ち,ケラチナーゼをコードしている単離DNA分子。」(配列番号1は,別紙1のとおり。以下,この発明を「本願発明」という。)3審決の内容(1)別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,1992年(平成4年)10月に頒布された刊行物である「APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,Oct.1992,p.3271-3275,Vol.58,No.10 」(「Purification and Characterization of a Keratinase from a Feather-Degrading Bacilluslicheniformis Strain(羽毛分解性の Bacillus Licheniformis 株由来のケ3ラチナーゼの精製と特性解析)」と題する論文。以下「引用例」という。)に記載された事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。 (2)審決は,上記結論を導くに当たり,本願発明と引用例に記載された事項の一致点,相違点及び周知技術を次のとおり認定した。 ア一致点Bacillus Licheniformis PWD-1 株に由来のケラチナーゼに関するものである点。 イ相違点本願発明は,配列番号1のDNA配列を持ち,該ケラチナーゼをコードしている単離DNA分子であるのに対し,引用例に記載された事項は,精製された該ケラチナーゼが記載されているに過ぎず,該ケラチナーゼをコードしているDNA分子については記載されていない点。 ウ周知技術本願優先権主張日当時,ある有用なタンパク質が単離・精製された場合,該タンパク質をコードするDNA分子を取得しようとすることは,当業者にとって自明の課題である。 また,タンパク質が単離・精製された場合,そのN末端領域や中間部分のアミノ酸配列を決定し,当該配列情報に基づいてプローブやプライマーを設計し,由来生物のcDNAライブラリーから当該タンパク質をコードするDNA分子を単離し,当該遺伝子の塩基配列を解読することは,本願優先権主張日当時,当業者の周知技術であったと認められる(例えば,「新生化学実験講座1タンパク質?-一次構造-」,1990年,株式会社東京化学同人,第1〜24頁を参照)。 第3取消事由に係る原告の主張4審決には,以下のとおりの判断の誤りがある。 1審決は,周知技術を前提とすれば,引用例の記載に接した当業者が,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子を単離しようとすることは,極めて自然な発想であると判断した(審決4頁5行〜17行)。 しかし,審決の同判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,ケラチンは,タンパク質加水分解に対して抵抗性を与える独特の構造を有しており,引用例には,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼがプロテイナーゼKといったいくつかのタンパク質分解酵素との比較で羽毛ケラチンとアゾケラチンを分解することは記載されているが,それが実際的な有用性を持ったものであることまでは記載されておらず,ケラチナーゼの酵素的作用の分子メカニズムは,未解明のままであった。また,ケラチナーゼによるケラチン分解が起こるときには,ケラチンとケラチナーゼとの間には本願優先権主張日当時,未解明であった複雑な相互作用があり,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼがどこまで実用性があるのか予測が困難であった。 したがって,本願優先権主張日当時,当業者は,ケラチナーゼが精製できていたとしても,本願発明として記載されたケラチナーゼをコードする単離されたDNA分子が羽毛ケラチンを分解できるケラチナーゼを生産し,機能的なケラチナーゼを大量に提供できると直ちに予測することはなく,本願発明のDNA配列を見出すための動機付けはなかった。 したがって,審決の上記判断は誤りである。 2審決は,引用例記載のケラチナーゼに,周知技術を適用することにより,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子を得ることは,当業者が容易になし得たことであると判断した(審決4頁25行〜28行)。 審決は,その前提として,本願優先権主張日当時,タンパク質が単離・精製5された場合,そのN末端領域や中間部分のアミノ酸配列を決定し,当該配列情報に基づいてプローブやプライマーを設計し,由来生物のcDNAライブラリーから当該タンパク質をコードするDNA分子を単離し,当該遺伝子の塩基配列を解読することは,遺伝子工学分野の周知技術であったとしている(審決6頁20行〜27行)。 しかし,審決の同判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,(1)アミノ酸配列決定を行うためには,SDS-PAGEで単一バンドとして検出される程度の品質の精製タンパク質であれば足りるものの,本願優先権主張日当時のエドマン分解法によるアミノ酸配列決定には,少なくともμg量以上のサンプルを調製しなければならなかった。また,エドマン分解法によるアミノ酸配列決定では,N末端から数十アミノ酸の配列しか決定することができないため,タンパク質の部分アミノ酸配列を決定する際には,予めタンパク質を断片化し,得られた各ペプチド断片のN末端についてアミノ酸配列決定を行うことが必要となる。この点,ケラチナーゼのアミノ酸配列を決定するためには,ケラチナーゼを臭化シアンにより切断して得られたペプチド断片それぞれについて,少なくともμg量以上を単離・精製しなければ,アミノ酸配列決定はできなかった。 (2) 本願優先権主張日当時,ケラチナーゼのアミノ酸配列を決定することが,困難であった以上,アミノ酸配列情報が既に得られていることを前提とするプローブやプライマーの設計は困難であり,設計したプローブやプライマーを用いてcDNAライブラリーのスクリーニングやPCRを実施することも困難であり,それによって単離されたDNA分子について解析を行うことも,困難であったといえる。 3審決は,本願明細書には,Bacillus Licheniformis PWD-1 株に由来するケラチナーゼをコードするDNA分子をクローニングしたことが記載されているのみであり,該DNA分子を実際に発現させて機能的なケラチナーゼを高い収率6で得たことは,示されていないから,原告主張に係る,羽毛ケラチンを特異的に分解できるケラチナーゼをより高い収率で生産できるという作用,効果は,本願明細書の記載に基づかないものであると判断した(審決6頁13行〜18行)。 しかし,審決の同判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,本願発明のDNA分子を利用してケラチナーゼをより高い収率で生産できることは,本願明細書(10頁11行〜11頁11行)に記載があり,同記載は,原告提出に係る意見書等(甲5,5の2)で裏付けられている。したがって,審決の上記判断は,誤りである。 4審決は,遺伝子工学的に生産された該ケラチナーゼが,羽毛ケラチンを分解するであろうことは,当業者であれば,引用例から当然予想することである旨を判断している(審決6頁36行〜7頁11行)。 しかし,審決の同判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,引用例にはケラチンが加水分解に対して抵抗性がある旨記載されていることから,引用例に接した当業者は,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの一般的な可能性を認識できたとしても,優れた羽毛分解特性を有し,それがDNA分子の配列を見出すことにより得られるであろうという動機付けはなかった。 5審決は,本願発明のDNA分子がコードするケラチナーゼが,ズブチリシンカールスベルグ遺伝子がコードするケラチナーゼとの比較において,優れた羽毛分解特性を有するということは,本願明細書に具体的に記載されていないから,そのような効果の主張は,本願明細書の記載に基づかない主張であると判断した(審決7頁31行〜35行)。 しかし,審決の同判断は,以下のとおり誤りである。すなわち,本願明細書には,本願発明の目的が,経済的で新しい羽毛分解法の提供を目的としたものであるとの記載がされている。また,原告提出に係る平成18年78月15日付け意見書等(甲5,5の2)には,本願発明のDNA分子がコードするケラチナーゼが,ズブチリシンカールスベルグ遺伝子がコードするケラチナーゼに比べて優れた羽毛分解特性を有することを実証したデータが記載されている。 第4被告の反論1DNA分子を発現させて得られる機能的なケラチナーゼは,引用例に記載された精製ケラチナーゼと同様の構造を有しており,ケラチンとケラチナーゼとの間の相互作用が解明されているか否かに関わらず,羽毛ケラチンと相互作用して分解すると考えられる。また,機能的なタンパク質を生産できるか否かに関わらず,それをコードするDNA分子をクローニングして配列を明らかにすることは,当該タンパク質の構造,機能等を解析する上で意義があり,そのよなう行為をすることに動機づけがある。 以上のとおり,原告の主張は,失当である。 2(1)乙1によれば,本願優先権主張日当時,アミノ酸配列の決定において少なくともμg量以上のサンプルが必要であったとはいえず,1μg未満のBacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼを用いてアミノ酸配列を決定することができたといえる。 また,仮に,本願優先権主張日当時,アミノ酸配列の決定において少なくともμg量以上のサンプルが必要であったとしても,甲1には部分アミノ酸配列決定を行うのに充分な程度に単離・精製されて Sephadex G-75 カラムからの溶出により得られるケラチナーゼタンパク質が1.5mg(1500μg)得られることが記載されているところ,乙1によれば0.1mg(100μg)以下のタンパク質にも臭化シアン分解を適用できることが示されているのであるから,上記ケラチナーゼタンパク質について,臭化シアンにより切断し,アミノ酸配列を決定すべきペプチド断片を回収する場合,途中で損失が生じたとしても,少なくともμg量以上のペプチド断片を回収できる。 8 さらに,甲1に記載された Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの量が,アミノ酸配列を決定するのに足りない場合は,精製原であるBacillus Licheniformis PWD-1 株の培養量を増やし,精製操作を複数回行って,得られる精製ケラチナーゼを合わせてアミノ酸配列の決定に用いることも可能である。 (2)引用例に記載された Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼのアミノ配列を決定することは,本願優先権主張日当時の周知技術を適用することにより,当業者が容易になし得たことである。さらに,本願明細書の実施例に記載されている Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼのアミノ酸配列を決定した手法や当該ケラチナーゼをコードするDNA分子を単離及び配列決定した手法は,いずれも本願優先権主張日当時の周知技術であり,本願明細書には,ハイブリダイゼーション条件やPCR条件の調整等の当業者の通常の創作能力の範囲を超えるような Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子をクローニングするための特別な工程は含まれていない。 以上のとおり,原告の主張は,失当である。 3本願発明の単離されたDNA分子に由来するケラチナーゼが,羽毛ケラチンを特異的に分解できるという特性は,引用例に記載されたケラチナーゼ酵素自体の特性であり,本願発明の単離されたDNA分子によって初めて奏される効果ではない。また,Bacillus Licheniformis PWD-1 株に由来するケラチナーゼを高い収率で生産できるという利点は,引用例に記載された酵素の遺伝子をクローニングすれば当然得られる効果にすぎない。 この点に関し,本願明細書においては,Bacillus Licheniformis PWD-1 株に由来するケラチナーゼをコードするDNA分子をクローニングしたことが具体的に記載されているのみであり,該DNA分子を実際に発現させた結果は記載されていない。さらに,本願明細書においては,DNA分子を発現する方法に9ついては,一般的な記述にとどまっており,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子を発現させるための特定の条件は示されていない。そうすると,ケラチナーゼの収率に関して,本願明細書の記載から把握できる効果としては,本願優先権主張日当時の技術水準から予測される程度の収率で得られるとの範囲にとどまるというべきである。そして,本願明細書には,ケラチナーゼの収率に関する具体的なデータが記載されておらず,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼを本願優先権主張日当時の技術水準から予測される範囲を超えて高い収率で生産できるという効果は本願明細書の記載に基づくものでない。 したがって,原告の主張は,失当である。 4本願発明の単離されたDNA分子に由来するケラチナーゼが,羽毛ケラチンを特異的に分解できるという特性は,引用例に記載されたケラチナーゼ酵素自体の特性であり,本願発明の単離されたDNA分子によって初めて奏される効果ではない。なお,本願明細書には,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼが,アミノ酸配列の高い類似性にもかかわらず,ズブチリシンカールスベルグ遺伝子がコードするケラチナーゼと比べて優れた羽毛分解特性を有することはもとより,両者の分解特性が異なることすら記載されておらず,意見書とともに提出された宣誓書(甲5,5の2)における Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの特性は,本件明細書の記載から直ちに推測できるものではない。そして,引用例には,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの特性として,羽毛ケラチンを加水分解し,アミノ酸を生成できることや飼料添加物として使用できることが記載されており,当業者であれば,本願発明の単離されたDNA分子がコードするケラチナーゼの羽毛ケラチンの加水分解に関する特性を予測することができる。 以上のとおり,原告の主張は,失当である。 5前記のとおり,本願明細書には,アミノ酸配列の高い類似性にもかかわらず,10Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼが,ズブチリシンカールスベルグ遺伝子がコードするケラチナーゼに比べて優れた羽毛分解特性を有することはもとより,両者の分解特性が異なることすら記載されておらず,意見書とともに提出された宣誓書(甲5,5の2)に記載された Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの特性は,本願明細書の記載から推測できるものではない。 以上のとおり,原告の主張は,失当である。 第5当裁判所の判断当裁判所は,原告が主張する取消事由には理由がなく,審決を取り消すべき違法は認められないから,原告の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1引用例の記載引用例(甲1,1の2)には以下の記載がある。なお,表1(別紙2)には,Bacillus Licheniformis PWD-1 株の培養培地からのケラチナーゼの精製における各ステップと,各ステップにおける総タンパク質量や特異的活性が示されている。また,表2(別紙3)には,各種プロテアーゼ(パパイン,トリプシン,コラゲナーゼ,エラスターゼ,プロテイナーゼK,ケラチナーゼ)における,羽毛ケラチン及び合成アゾケラチンを基質とするケラチン分解活性の比較が示されている。 (1)「羽毛分解性の Bacillus Licheniformis PWD-1 株の培養培地から,アゾケラチンの加水分解アッセイを使用して,ケラチナーゼが単離された。ケラチナーゼを精製するために,限外ろ過膜とカルボキシメチルセルロースイオン交換クロマトグラフィー及びセファデックスG-75ゲルクロマトグラフィーが使用された。精製されたケラチナーゼの特異的な活性は,元の培地中の活性と比較して,約70倍となった。SDS-PAGE解析とセファデックスG-75ゲルクロマトグラフィーによると,精製されたケラチナーゼ11は,単量体で,分子量は33kDaであった。・・・精製されたケラチナーゼは,広範な基質を加水分解し,多くのプロテアーゼよりも高いタンパク分解活性を示している。実際の利用においては,ケラチナーゼは羽毛ケラチンの加水分解を促進し,羽毛粉の消化率を向上させるために有用な酵素である。」(甲1・3271頁上段,甲1の2(訳文)・1頁)(2)「ケラチナーゼの精製。Bacillus Licheniformis PWD-1 株の培養培地からのケラチナーゼの精製の概要は表1に示されている。限外ろ過膜と,CM-セルロースイオン交換クロマトグラフィー及びセファデックスG-75ゲルクロマトグラフィーによって,全体で70倍精製された精製ケラチナーゼ画分が得られた。最終生成物は,約6000U/mgの特異的活性を有した。限外ろ過工程により,酵素活性の70%を維持したまま,総タンパク質の約60%が除去された。CM-セルロースカラムクロマトグラフィーにより,酵素が43倍精製され,元の総タンパク質の98%を除くことができた。 セファデックスG-75カラムから溶出することにより,SDS-PAGEにおける単一タンパク質バンドで示されるように・・・,均質なタンパク質が得られた。」(甲1・3272頁右欄46〜58行,甲1の2(訳文)・6頁27行〜7頁10行)(3)「酵素の特異性。遊離アミノ基アッセイがさまざまなプロテアーゼの基質特異性を比較するために用いられた。ケラチナーゼは,BSA,カゼイン,コラーゲン,エラスチン,羽毛ケラチン,及び,合成アゾケラチンを含む試験されたすべてのタンパク質を加水分解することができた。表2に示されるように,天然の羽毛ケラチンと合成アゾケラチンの両方がケラチナーゼの特異的基質であった。それらは,他のプロテアーゼによってはそれほど分解されなかった。」(甲1・3273頁左欄14〜20行,甲1の2(訳文)・7頁25行〜8頁2行)2判断12(1)原告は,引用例には,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼが他のタンパク質分解酵素との比較で羽毛ケラチンとアゾケラチンをより分解することは記載されているものの,上記ケラチナーゼの酵素的作用の分子メカニズム,ケラチンとの相互作用は未解明なままであり,上記ケラチナーゼの実用性は予測困難であったところ,上記ケラチナーゼが精製できていたとしても,当業者が本願発明のDNA配列を見出すための動機付けがなかったと主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。 まず,本願優先権主張日当時,有用なタンパク質が単離・精製された場合に,該タンパク質をコードするDNA分子を取得しようとすることは,当業者にとって自然の解決課題であり,タンパク質が単離・精製された場合,そのN末端領域や中間部分のアミノ酸配列を決定し,当該配列情報に基づいてプローブやプライマーを設計し,由来生物のcDNAライブラリーから当該タンパク質をコードするDNA分子を単離し,当該遺伝子の塩基配列を解読することが当業者の周知技術であったことは,当事者間において争いがない。 そして,引用例には,「実際の利用においては,ケラチナーゼは羽毛ケラチンの加水分解を促進し,羽毛粉の消化率を向上させるために有用な酵素である。」との記載があり,同記載によれば,引用例記載のケラチナーゼが,上記の意味において,有用なタンパク質であることが示唆されている。また,引用例には,ケラチナーゼの精製において単一のタンパク質が得られたこと,上記ケラチナーゼが各種プロテアーゼに比べてケラチンをより分解することが開示されていることが認められる。そうすると,当業者にとって,実用性の予測が可能であったか否かはともかく,より分解能力の高いケラチナーゼを得るべく,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子を取得しようとする動機付けがあったと認められる。 (2)原告は,本願優先権主張日当時,エドマン分解法によるアミノ酸配列13決定には,ケラチナーゼを臭化シアンにより切断して得られたペプチド断片それぞれについて,少なくともμg量以上のサンプルが必要であったところ,審決は,この点の困難性を看過し,引用例においてSDS-PAGEで単一バンドとして検出できるケラチナーゼを精製できたことのみを根拠として,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子を得ることは容易であるとした誤りがあると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,引用例の表1(別紙2)によれば,引用例で得られた Bacillus Licheniformis PWD-1株由来のケラチナーゼは,1.5mg(1500μg)であるから,これを臭化シアンにより切断しても,少なくともμg量以上のペプチド断片が得られるものと認められる。また,仮にケラチナーゼの量が不足するのであれば,Bacillus Licheniformis PWD-1 株の培養量を増やし,精製操作を複数回行うことにより,μg量以上のペプチド断片が得られるものと認められる。 なお,原告は,引用例に,「タンパク質の濃縮は,ケラチナーゼが,未知のしかし同時濃縮された因子によって阻害されるようなものであってもよい。」と記載されていることを根拠として,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの精製は困難なものであったと主張する。しかし,仮にBacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの精製が困難なものであったとしても,アミノ酸配列決定を行うためにはSDS-PAGEで単一バンドとして検出される程度の品質の精製タンパク質であれば足り,上記のとおり,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼは,引用例において単離,精製されていることからして,その困難性は既に解決されていたものと認められる。 したがって,引用例記載のケラチナーゼに,前記周知技術を適用することにより,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼをコードするDNA分子を得ることは,当業者が容易になし得たといえる。 14また,本願優先権主張日当時,ある有用なタンパク質が単離・精製された場合,該タンパク質をコードするDNA分子を取得しようとすることは,当業者にとって,自然の解決課題であり,また,そのN末端領域や中間部分のアミノ酸配列を決定し,当該配列情報に基づいてプローブやプライマーを設計し,由来生物のcDNAライブラリーから当該タンパク質をコードするDNA分子を単離し,当該遺伝子の塩基配列を解読することは,当業者の周知技術であったものと認められる。 したがって,本願優先権主張日当時,本願発明のケラチナーゼのアミノ酸配列を決定することについて格別困難があったとは認め難い。 (3)原告は,本願発明のDNA分子を利用してケラチナーゼをより高い収率で生産できることは本願明細書に詳細に記載されており,宣誓書及びその添付報告書(甲5,5の2)により裏付けられているから,本願明細書に記載がされていないことを前提とした審決の判断に誤りがあると主張する。 しかし,ケラチナーゼをコードするDNA分子をクローニングすれば,該ケラチナーゼが高収率で得られることは,その当然の結果にすぎず,そのような作用効果が認められるからといって,顕著な作用であるとはいえない。 原告の主張は,審決の結論に影響を及ぼす取消事由には当たらないから,採用の限りでない。 (4)原告は,引用例にはケラチンが加水分解に対して抵抗性がある旨記載されていることから,引用例に接した当業者は,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼの一般的な可能性を認識できたとしても,それを超えて,優れた羽毛分解特性を有し,それがDNA分子の配列を見出すことにより得られるであろうとする動機付けには結びつかなかったと主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,Bacillus Licheniformis PWD-1 株由来のケラチナーゼが,羽毛ケラチンを特異的に分解できるという作用効果は,本願発明において単離されたDNA分子によっ15てはじめてもたらされた特性ではなく,引用例に記載されたケラチナーゼ酵素一般の特性である。また,前記のとおり,本願優先権主張日当時,DNA分子を単離し,該DNA分子の塩基配列を解読することは当業者の周知技術であったと認められる。そうすると,当業者は,引用例に記載されたケラチナーゼのDNA分子の配列を見出すことにより,羽毛ケラチンを特異的に分解できるという特性が得られるであろうと予測し得たものと認められる。 (5)原告は,本願明細書には,本願発明の目的として経済的で新しい羽毛分解法の提供を目的としたことが記載されていること,原告が意見書とともに提出した宣誓書(甲5,5の2)には,本願発明のDNA分子がコードするケラチナーゼがズブチリシンカールスベルグ遺伝子がコードするケラチナーゼに比べて優れた羽毛分解特性を有することを実証したデータが掲載されていると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,本願明細書に,本願発明のDNA分子がコードするケラチナーゼが,ズブチリシンカールスベルグ遺伝子がコードするケラチナーゼとの比較において,優れた羽毛分解特性を有するということが具体的に記載されているとはいえない(甲2参照)。のみならず,本願明細書に,本願発明の目的として経済的で新しい羽毛分解法の提供を目的としたことが記載されているか否かは,審決の違法性の有無に影響を及ぼす格別の効果であるとはいえない。 3結論以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
16裁判長裁判官飯村敏明裁判官中平健裁判官知野明17(別紙1)18(別紙2)表1.B.リケニフォルミスPWD-1の培地からのケラチナーゼの精製ステップ全タンパク質(mg)全UaSpact(U/mgタンパク質)Uの%精製(倍数)培地14212,200861001.0膜濃縮54.58,45015069.31.8CM-セルロースクロマトグラフィー3.312,0803,7209943SephadexG-75クロマトグラフィー1.58,9105,99073.170a1ユニットは,アゾケラチンと15分間反応させた後の,A450での0.01の増加と定義される。 19(別紙3)表2.2つの異なるアッセイでのタンパク質の相対的ケラチン分解活性ケラチン分解活性基質温度(℃)パパイントリプシンコラゲナーゼエラスターゼプロテイナーゼKケラチナーゼa370130173641羽毛ケラチン5001602751100378232353964アゾケラチン5072714752100a羽毛ケラチン基質の場合,精製されたケラチナーゼの比活性は,酵素タンパク質1mg当たりおよび1時間当たりに放出されたロイシン均等物が118μmolであり;アゾケラチン基質の場合,比活性は4700Uである。ただし,1Uは,標準アッセイ条件下で15分間反応させた後の,A450での0.01の増加と定義される。 |