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関連審決 無効2002-35464
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10075特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10042特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成19ネ10036特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成21ネ10033特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成18ネ10052特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  技術常識 /  実質的に同一 /  存続期間 /  不存在 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  不法行為(民法709条) /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 22年 (ネ) 10038号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人三 水株式会社
同訴訟代理人弁護士 小池豊櫻井彰人
同 弁理士 永井義久
被控訴人 リンテック株式会社
被控訴人 小芝記録紙株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士 村田真一
同 補佐人弁理士八本佳子渕田滋
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/10/06
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
全容
第1控訴の趣旨1原判決中,控訴人が被控訴人らに対して連帯して1億円及びこれに対する平成19年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求を棄却した部分を取り消す。
2被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して1億円及びこれに対する平成19年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
42項につき仮執行の宣言第2事案の概要(略称は,「ロ’号製品」及び「ハ号製品」を除き,特に断らない限り,原判決の略称に従う。)1本件は,控訴人(以下「1審原告」という。)が,被控訴人(以下「1審被告」という。)らに対し,1審被告らが原判決別紙物件目録記載1ないし3の製品(本件被告製品)を製造販売した行為について,1審原告が有する本件特許権を侵害する旨主張して,?特許法100条1項,2項に基づき,本件被告製品の生産,譲渡等の差止め及び廃棄を求め,?民法709条,719条に基づき,平成12年6月から平成17年12月31日までの損害賠償として8億5123万円(特許法102条2項に基づく損害7億7385万円及び弁護士・弁理士費用相当損害金7738万円)及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の翌日)である平成19年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2原判決は,本件被告製品は,本件特許発明構成要件cを充足しない旨を判示して,1審原告の請求をいずれも棄却した。1審原告は,これを不服として一部控訴した。
3前提となる事実(1)当事者1審原告は,石油化学製品及び合成樹脂製品の製造及び販売並びにこれらの製造コンサルティング業を主たる目的とする株式会社である。
1審被告リンテック株式会社(以下「1審被告リンテック」という。)は,紙の製造及び販売並びにパルプの販売等を目的とする株式会社である。1審被告小芝記録紙株式会社(以下「1審被告小芝」という。)は,記録紙の製造販売を目的とする株式会社である(争いがない。)。
(2)1審原告の特許権1審原告は,以下の特許(本件特許権。その特許請求の範囲請求項1記載の発明を,以下「本件特許発明」という。)の特許権者であった(甲1〜4,14,乙1,2。証拠には特に断らない限り枝番を含む。以下同じ。)。
ア特許番号:第2619728号イ発明の名称:記録紙ウ出願日:平成2年1月25日エ出願番号:特願平2-15644オ登録日:平成9年3月11日カ存続期間満了日:平成22年1月25日キ特許請求の範囲(請求項1):下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる着色原紙の色調を隠蔽する隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に形成され,室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するものであることを特徴とする,タコグラフ用記録紙(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子(B)成膜性を有する水性ポリマー(3)本件特許発明構成要件の分説本件特許発明構成要件を分説すると,以下のとおりである(争いがない。)。
構成要件a:隠蔽層は着色原紙の色調を隠蔽するものであり,1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の表面に形成されたこと。
構成要件b:上記隠蔽層は,(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子及び(B)成膜性を有する水性ポリマーの組成物からなること。
構成要件c:上記組成物は,(A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること。
構成要件d:上記隠蔽層は,室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するものであること。
構成要件e:前記aないしdを特徴とする,タコグラフ用記録紙であること。
(4)1審被告らの行為1審被告リンテックは,平成12年6月以降,原判決別紙物件目録1記載の製品(被告製品1)を製造販売している。
1審被告小芝は,別紙物件目録2及び3記載のタコグラフ用記録紙(被告製品2,被告製品3)を製造販売している。
被告製品2及び3は,被告製品1の1(KL-14S)を印刷加工して,製造したものである(争いがない。)。
(5)被告製品1ないし3(本件被告製品)の構成ア本件被告製品は,隠蔽層が,着色原紙の色調を隠蔽するものであり,着色原紙の表面に形成され,室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するタコグラフ用記録紙である。
イ本件被告製品の隠蔽層は,?スチレン/アクリル酸エステル共重合体,?スチレン/ブタジエン共重合体(SBR),?スチレン/アクリル酸共重合体,?カゼイン及び?その他の添加剤を成分とする組成物から構成される塗布液を塗布して乾燥させたものである。具体的に本件被告製品における隠蔽層の塗布液として配合される薬品は,上記成分?ないし?に対応して,以下のとおりのものである。
?スチレン/アクリル酸エステル共重合体:ローペイクHP-1055?スチレン/ブタジエン共重合体(SBR):ニポールLX407F8B?スチレン/アクリル酸共重合体:ジョンクリル61J?カゼイン:ALACID730?その他の添加剤:サーフィノール等ウ上記成分?は構成要件bの「(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」(A成分)に該当し,成分?は構成要件bの「(B)成膜性を有する水性ポリマー」(B成分)に該当する。成分?はA成分,B成分のいずれにも該当しない。なお,成分?及び?がB成分に該当するか否かについては争いがあるものの,構成要件cの充足性の判断に際し,いずれもB成分に該当するものとして検討することにつき当事者間に争いはない。
エ本件被告製品は,その製造期間によって隠蔽層の塗布液の組成物の配合割合が異なる。以下,平成17年2月までの製造期間に係る薬品配合割合を「処方α」,同年4月以降の製造期間に係る薬品配合割合を「処方β」ということがある(弁論の全趣旨)。
(6)構成要件充足性本件被告製品は,構成要件aのうち「隠蔽層は着色原紙の色調を隠蔽するものであり,着色原紙の表面に形成されたこと」,構成要件b,構成要件d及び構成要件eを充足する(争いがない。)。
(7)先行訴訟等の経緯ア無効審判請求1審被告リンテックは,4回にわたり,本件特許について無効審判を請求し,そのうち3回は,いずれも,同請求が成り立たないとする審決がされ,取消訴訟の請求棄却判決及び上告棄却により確定した。4回目の無効審判請求(無効2002-35464号事件)において,請求不成立審決を取り消す旨の判決がされ,上告受理申立ても却下されたため,1審原告は,平成18年6月29日付け訂正請求書を提出し,特許庁の同年9月19日付け訂正拒絶理由通知に対応して,同年10月6日付け手続補正書を提出した(本件訂正)。特許庁は,平成19年2月15日,本件訂正を認めた上,無効審判請求が成り立たないとする審決をし,その取消訴訟は棄却されて,同審決は確定した(甲1,4,14,乙2)。
イ仮処分事件1審原告は,1審被告リンテックに対し,同被告が製造販売したタコグラフ・チャート用紙の原紙が,本件特許権を侵害すると主張して,特許権侵害差止仮処分命令申立事件(東京地裁平成11年(ヨ)第22019号)を申し立てた。東京地方裁判所は,仮処分命令を発令し,執行された。同被告は,特許権仮処分異議(同平成11年(モ)第12257号)を申し立てた(弁論の全趣旨)。
ウ第1次侵害訴訟(イ号事件)1審原告は,1審被告リンテックに対し,上記イの本案訴訟として,特許権侵害差止等請求事件(東京地裁平成11年(ワ)第23013号)を提起した(イ号事件。イ号事件及び上記仮処分事件で差止め又は損害賠償請求の対象とされた製品を「イ号物件」という。)。東京地方裁判所は,平成13年7月17日,イ号物件は本件特許発明(ただし,本件訂正前のもの)の構成要件を充足すると判断し,イ号物件の製造等の差止め及び廃棄請求を認容するとともに,損害賠償(平成9年4月1日から平成11年9月14日までの損害)として3億6742万円余の支払を命じる判決を言い渡した。1審被告リンテックの控訴(東京高裁平成13年(ネ)第4146号)は,棄却され,上告及び上告受理申立て(最高裁平成15年(オ)第83号,同年(受)第82号)は,棄却決定及び不受理決定により,上記判決が確定した(甲5,弁論の全趣旨)。
エ第2次侵害訴訟(ロ号事件)1審被告リンテックは,1審原告に対し,タコグラフ・チャート用紙の原紙(加工銘柄TAC-14改2。ロ号物件。イ号物件とは異なる。)の製造販売につき1審原告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めて特許権不侵害確認請求本訴事件(東京地裁平成11年(ワ)第21280号)を提起し,1審原告が同被告に対し,ロ号物件が本件特許権を侵害するとして,差止め及び損害賠償(平成11年9月15日から平成12年10月31日までの損害)を求めて,特許権侵害差止請求反訴事件(同平成12年(ワ)第7516号)を提起した(ロ号事件)。東京地方裁判所は,平成13年4月12日,ロ号物件は本件特許発明(ただし,本件訂正前のもの)の構成要件を充足しないと判断して,本訴請求を認容し,反訴請求を棄却した。1審原告の控訴(東京高裁平成13年(ネ)第2818号)は棄却され,上記判決は確定した(甲18の添付資料6,乙80,弁論の全趣旨)。
オ第3次侵害訴訟(本件訴訟)1審被告リンテックは,1審原告に対し,被告製品1の製造販売につき1審原告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めて特許権差止請求不存在確認請求事件(東京地裁平成19年(ワ)第19588号)を提起し,同事件は,その後1審原告が提起した本件訴訟と併合して審理されていたが,後に取り下げられた。
4争点(1)本件被告製品は構成要件aを充足するか(争点1)(2)構成要件cの「(A)と(B)の重量比」は乾燥後の隠蔽層における重量比か乾燥前の塗布液における固形分の重量比か(争点2)(3)本件被告製品は構成要件cを充足するか(争点3)(4)損害額(争点4)第3当事者の主張1原判決の引用当事者の主張は,以下のとおり訂正し,後記2のとおり補充するほか,原判決の事実及び理由第3(原判決7頁23行目〜23頁9行目)のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決11頁24行目「上記第2,2,(6)」を「本判決第2の3(5)」と改める。
(2)原判決12頁5行目「ロ’号製品(甲6の2)を中心に,」を削る。
(3)原判決12頁12行目「ロ’号製品」から14行目「比が」までを,「本件被告製品のA/B比は,処方αにより製造された甲6の2において2.72,2.90,処方βにより製造された甲6の5において」と改める。
(4)原判決14頁16行目の次に,改行して,以下を加える。
「(オ)IRのチャート上に引いた一定の基準線とブタジエン基の吸光度の頂点との位置関係に基づきA/B比を求める基準線判定法によっても,本件被告製品が構成要件cを充足することは明らかである(甲11,64)。」(5)原判決15頁18行目「ロ’号製品(甲6の2)及びハ号製品(甲6の6)」を,「処方αにより製造された甲6の2及び処方βにより製造された甲6の6」と改める。
(6)原判決22頁4行目「である,ロ’号製品及びハ号製品」を削る。
2当審における主張(争点3について)〔1審原告の主張〕(1)本件被告製品の隠蔽層のIRと全領域で一致する製品を前提とした定量分析についてア本件被告製品の隠蔽層に配合される薬品名及び配合割合が特定されているから,当該配合割合どおりに薬品を配合して作製したハンドコート試料の隠蔽層と本件被告製品の隠蔽層とは,隠蔽層が均一である限りIRの全領域で重ね書きすると一致するはずである。配合物の分布が均一であればIRが同一となり,また,組成比が同一であればIRの全領域で一致することは1審被告ら自身も認めている。そして,IRの全領域で一致する製品同士が同一の製品と認められることは技術常識であり,当業者間では当該技術常識に基づいた製品分析が日常的に行われている。
したがって,原判決は,まず,本件被告製品の隠蔽層のIRと,加工管理表記載の薬品配合割合で作製したハンドコート試料の隠蔽層のIRとが異なる理由を明らかにすべきであったにもかかわらず,両者のIRが異なることに全く触れずに,しかも,加工管理表に記載された薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えた模擬品がIRの全領域で一致した事実を無視して,本件被告製品が構成要件cを充足しないなどと認定することはできない。
イ原判決の認定の誤り(ア)IRの全領域における重ね書きで一致した両物質が同一物質と認定されることは当然のことであり,本件被告製品の隠蔽層のIRと,加工管理表記載の薬品配合割合で製造した製品のIRとが全領域で一致せず,SBRとカゼインを加えた模擬品のIRとが全領域で一致したということは,本件被告製品と加工管理表記載の薬品配合割合が異なり,加工管理表記載の薬品配合割合にSBRとカゼインを加えた模擬品の隠蔽層が本件被告製品と同一物質で構成されていることを示している。
この点につき,原判決は,IRのチャ-トが一致したとしても,ブタジエン基等それぞれの基の含有総量が一致するというだけであって,当該基を含有するSBR等の配合物の重量や種類が一致することまでを示すものではないと認定した。
しかし,上記認定は,技術常識に反する不合理なものであり,本件被告製品の隠蔽層のIRと模擬品の隠蔽層のIRを重ね書きして全領域で一致した事実を無視し,模擬品の隠蔽層が本件被告製品の隠蔽層と同一物質からなることを見過ごした,極めて不合理な認定といわざるを得ない。
(イ)また,原判決は,東京製紙の設備により本件被告製品と実質的に同一の製品を実機生産することができると認めることはできないと認定した。
しかしながら,1審原告が行った東京製紙における実機生産の目的は,ハンドコート試料において本件被告製品の隠蔽層と全領域でIRが異なり,SBR及びカゼインを加えた場合に全領域でIRが一致することを,実機生産において確認したものであり,東京製紙で製造した実機生産品が1審被告らの製造方法と同一方法で製造したから本件被告製品と同一であると主張しているわけではない。そもそも,配合薬品の薬品名及び配合割合が実際の製造現場と同一であり,乾燥温度が160℃で1分ならば,実験室内の設備で製造したハンドコート試料と1審被告リンテックが実際の製造現場で製造した製品が同一となるのであるから,原判決が認定するような些細な設備の相違が隠蔽層の組成に影響することなどない。
(ウ)以上のとおり,原判決の認定は,当業者の間で通常行われている分析手法を理解せず,加工管理表記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えた模擬品と本件被告製品の隠蔽層がIRの全領域で一致した事実を無視して判断した点で失当であり,しかも,本件被告製品の隠蔽層の均一性について検討をした上で判断していない点でも,極めて不合理なものである。
ウ模擬品を前提とした定量分析による本件被告製品の構成要件cの充足性(ア)後記エのとおり,本件被告製品の隠蔽層は均一であるから,本件被告製品と加工管理表記載の薬品配合割合により作製されたハンドコート試料はIRの全領域で重ね書きすると一致するはずであるが,現実には全く一致せず,加工管理表記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えた模擬品とはIRの全領域で一致した(甲67,82,91の2)。
したがって,本件被告製品は,加工管理表等に記載された薬品配合割合のとおりに製造されたものではなく,加工管理表記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えて製造されたものと認められ,本件被告製品の隠蔽層の組成比は,加工管理表記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えた模擬品の組成比に一致することになる。
加工管理表記載の薬品配合割合にSBR及びカゼインを加えた模擬品の配合薬品の固形分から本件被告製品のA/B比を求めると,2.90(甲82,91の2)となり,本件被告製品はいずれも構成要件cを充足する。
このように,本件被告製品と加工管理表記載の配合割合にSBR及びカゼインを加えた模擬品のIRを重ね書きしてすべての領域で一致させ,一致した製品を同一の組成比を持つ製品とみなして定量分析することは,1審被告リンテックばかりでなく,当業者の間では日常的に行われていることであり,結果の信頼性が極めて高い定量分析法である。
エ本件被告製品の隠蔽層の均一性本件被告製品の隠蔽層は,以下のとおり,均一であることが明らかである。
(ア)1審被告らから提供された塗布液を塗布したハンドコート試料の隠蔽層と,同一塗布液をシリコンウエハに塗布した試料を用い,ハンドコート試料をATR法により,シリコンウエハ上に塗布した試料の隠蔽層を透過法により吸光度比を測定したところ,測定結果が一致したから,ハンドコート試料の隠蔽層は均一な構造である。その上で,測定対象品のごく表面の吸光度比を測定するGeプリズムと一定深さの吸光度比を測定するZnSeプリズムを使用してハンドコート試料と本件被告製品をATR測定したところ,両プリズムによる吸光度比の値は同一であったから,本件被告製品の深い部分とごく表面部分が同一組成であることはハンドコート試料と同じであり,ハンドコート試料が均一組成である以上,本件被告製品の隠蔽層も均一である(甲78,84)。
本件被告製品の隠蔽層が深さ方向で均一であることは,隠蔽層の深い部分まで測定する1回反射型ATRとごく浅い表面を測定する多重反射型ATRの吸光度比(967cm/907cm)が一致していることからも裏付けられる(甲61,40)。
(イ)ジャスコエンジニアリング株式会社(以下「ジャスコエンジニアリング」という。)による隠蔽層のごく表面と内部のIR測定によると,隠蔽層の深さ方向のIR(組成)は同一である(甲84,62,40,111,110)。
(ウ)日本電子株式会社(以下「日本電子」という。)の電子顕微鏡による観察報告によっても,本件被告製品(甲6の2)の隠蔽層がハンドコート試料と同じく均一であり,表面からおよそ1/3の範囲にその他の部分よりバインダー成分が多いとの1審被告らの主張は誤りである(甲90,93)。
(エ)マイグレーションによりバインダー成分であるSBRが表面側に移動したとすると,本件被告製品の隠蔽層のバインダー力は低下するはずであるが,本件被告製品の隠蔽層のバインダー力低下という事実は存在せず(甲80),マイグレーションが発生しないこと,すなわち隠蔽層が均一であることがその物性値からも裏付けられる。
(オ)1審被告らは,本件被告製品の隠蔽層が不均一であると主張するが,ジャスコエンジニアリングの追試実験によれば,深さ方向のIR(組成)は同一であり,乙46のIR測定には信用性がない(甲61,62,78,84)。
また,1審被告らは,本件被告製品においてマイグレーションが発生すると主張するが,そもそも,当業者は製造に当たりマイグレーションが発生しないように配合薬品や製造条件及び方法を管理しており,現に,本件被告製品の製造に使用するニポールLX407F8B(SBR)は粒子径が0.2μmでマイグレーションが生じないように開発されたものである(甲75の1)。立会実験で作製されたハンドコート試料でも,東京製紙による同等設備での実機生産においても,マイグレーションが発生しないことが判明している(甲80,82)。
オ小括以上のとおり,本件被告製品の隠蔽層のIRと重ね書きして全領域で一致する模擬品の配合薬品の固形分からA/B比を求めると,A/B比は1から3の範囲内にある。そして,当該分析方法は,配合薬品の薬品名及び薬品配合割合が明らかとなった現時点において,IRの全領域での重ね書きをして全領域で一致する模擬品を本件被告製品と同視して模擬品の配合薬品の固形分からA/B比を求めるとの方法であることから合理性があり,ロ号物件である乙53物件を標準物質としたATR法による定量分析に比べて配合固形分からA/B比を直接求めるものであるから,信用性は極めて高い。
(2)その他の定量分析についてア乙53物件を標準物質とした定量分析について(ア)原判決は,原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件は,いずれも標準物質として妥当でないと認定した。
しかし,上記認定は,当事者の主張及び証拠を十分検討せずに,ロ号物件においてもハンドコート試料の吸光度比が実機生産品の吸光度比より小さいことに争いがないとの誤った認定に基づく不合理なものである。かえって,ロ号物件(甲33の添付資料2-3-1)から求められた吸光度比と乙53物件の吸光度比が同一である以上(甲35),乙53物件の吸光度比は実機生産品(ロ号物件)と同一であり,標準物質として妥当なものである。
(イ)原判決は,立会実験において調製されたロ号物件のハンドコート試料は,実際に製造販売されていたロ号物件の塗布液の薬品配合割合と一致すると認定した。
しかし,加工管理表が実際の製造現場の薬品配合割合を示すことを裏付ける証拠はなく,かえって,加工管理表により製造されたハンドコート試料のIRと本件被告製品の隠蔽層のIRは全領域で全く一致しないのであるから,加工管理表は実際の製造現場の薬品配合割合を示すものでない。立会人も1審被告リンテックに対し,加工管理表が現実の製造現場で使用される薬品配合割合を示すことを裏付ける資料の提出を求めており,加工管理表が実際の製造現場における薬品配合割合を示すものか否かは中立な立会人でさえ疑問を持っていたのである。
また,加工管理表に基づき作製しても本件被告製品の隠蔽層と同一の製品ができないから,実際の製造現場の薬品配合割合が加工管理表記載のとおりか否かは不明である。
(ウ)以上のとおり,乙53物件を標準物質とした定量分析に関する原判決の認定は,原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件に対する誤った認定を前提とするものであり失当である。原判決は,ATR法による定量分析方法を理解せず,また,原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件の吸光度比がロ号物件をIR測定した吸光度比と同一であることを無視し,ロ号物件においてもハンドコート試料の吸光度比の方が実機生産品の吸光度比より小さいという誤った認識に基づいて認定したものであり,極めて不合理なものである。
イ基準線判定法について原判決は,基準線判定法は1審原告が主張する独自の判定法であって,科学的に十分な根拠を有するものと認めるに足りる証拠はないと認定した。
しかし,基準線判定法は,ベースラインの引き方の一つにすぎないのであり,十分な科学的根拠を有する分析手法であり,原判決の認定は誤りである(甲117,110)。
また,ロ号事件の控訴審判決も,基準線判定法によりロ号物件のA/B比が1から3の範囲内にあるか否かを判断しており,基準線判定法に従うなら,本件被告製品はいずれも構成要件cを充足する。
(3)構成要件cの充足性原判決は,本件被告製品の隠蔽層のIRと重ね書きして全領域で一致する模擬品の配合薬品の固形分からA/B比を求める分析手法を理解せず,また,原審で提出された証拠を十分に検証せずに,本件被告製品が構成要件cを充足しないと判断したものであり,明らかな誤りである。特に,本件被告製品の隠蔽層のIRと重ね書きして全領域で一致する模擬品の配合薬品の固形分から求めた1審原告の分析手法を否定したことは,極めて不合理なものである。
本件被告製品の隠蔽層のA/B比は2.90であるから,いずれも本件特許発明構成要件cを充足する。
〔1審被告らの主張〕(1)本件被告製品の隠蔽層のIRと全領域で一致する製品を前提とした定量分析についてアIRの重ね書きに基づく1審原告の定量分析の誤り(ア)1審原告の主張は,そもそも,SBRとカゼインを加えた模擬品のIRが全領域で一致したということ自体に疑義がある。また,本件被告製品の隠蔽層における配合物の分布は均一とはいえないから,1審原告の主張は,その前提において誤りである。
本件被告製品の隠蔽層のように,共重合物の混合物で,共重合物が一部同じ基を有しており,しかも,配合物の分布が均一とはいえないような物質の同一性確認にIRスペクトルが定性的に利用されているわけではない。さらに,1審原告が定量分析に用いているIRスペクトルは,本件被告製品の隠蔽層が均一でないことに加え,工業製品としてのバラつきや経時変化の影響等により,本件被告製品の隠蔽層のA/B比が1から3の範囲に属するか否かの定量評価には到底使用し得るものではない。
(イ)1審原告が東京製紙において行った定量分析(甲82)は,東京製紙で処方βにより製造された実機生産品の隠蔽層における配合物の分布が本件被告製品と同一であることが当然の前提となる。隠蔽層における配合物の分布が異なれば,隠蔽層の一部分(ZnSeプリズムで隠蔽層の12.5〜37.5%程度)を測定するATR法によるIRが一致しても,隠蔽層全体における各配合物の配合比が一致することにはならないからである。そして,東京製紙で製造された実機生産品の隠蔽層の配合物の分布が本件被告製品と同一であるというためには,乾燥条件が同一でなければならないから,原判決の認定は正当である。
イ隠蔽層は均一とはいえないこと(ア)実機生産品とハンドコート試料とのIRデータの違い隠蔽層の塗布液の処方が全く同じでも,1審被告リンテックの実機生産品とハンドコート試料との間でFT-IRの吸光度比が異なり,隠蔽層の配合物が均一に分布しているとはいえない(乙34,51,55〜57)。
(イ)本件被告製品の隠蔽層が不均一であることについて本件被告製品の隠蔽層が不均一であることは,押し付け力による分析(乙17の4,45,60,75),ATRプリズム変更による分析(乙46),電子顕微鏡(SEM)による隠蔽層断面構造の観察(乙66),江前意見書(乙76)からも裏付けられている。
ウIRデータによる定量分析の限界本件で対象とされるタコグラフ記録紙の隠蔽層については,その成分分布の不均一性に加え,工業製品としてのバラつきや経時変化の影響等により,少なくとも特許権侵害の有無を決定するような定量的な分析は,およそ困難といわざるを得ない。タコグラフ記録紙用原紙は工業製品である以上,原材料のロット差,製造条件のバラつき,製品保管条件等により,物性値のバラつきが不可避的に発生する。タコグラフ記録紙用原紙本来の要求性能である,隠蔽層厚,白色度,印字適性といった内容については試作段階からバラつき原因を確認し,安定化を図り,製造時の工程管理を行っているが,1審原告が用いるIRスペクトルへの影響については,現行の工程管理の範疇ではどれほどのバラつきが発生するかは未知数である。
1審原告が標準として採用した試料(甲6の5・6等)については,工程はいうに及ばずロットを代表し得るものかどうかも定かではなく,得られた測定値については,あくまで対象サンプルの測定値にすぎず,IRの重ね書きに基づく定量分析や乙53物件を標準物質とした定量分析及び基準線判定法を含めて,本件被告製品が本件特許権を侵害しているか否かの評価に使えるようなものではない(乙74)。1審原告自身,対象サンプルによりIRに差異が生じること,保管条件等によっても,吸光度比が大きく異なってくることは認めており,このような本件被告製品の隠蔽層について,IRの一致を論じても技術的合理性に乏しい。
このことは,東京製紙による実機生産品についてもそのままあてはまり,均一性,安定性が要求される検量線作成のための標準物質が存在しないに等しいことを意味している。
エ定量分析について上記のとおり,本件被告製品の隠蔽層における配合物の分布は均一とはいえないから,仮にIRの重ね書きが一致したとしても同一の物とは認められず,1審原告の主張は,その前提において誤りである。そして,東京製紙で製造された実機生産品と本件被告製品の隠蔽層の乾燥条件が同一であるとの立証はなされていないから,東京製紙で製造された実機生産品を標準物質とする定量分析は誤りである。
また,そもそも,1審原告が定量分析に用いているIRスペクトルは,本件被告製品の隠蔽層が均一でないことに加え,工業製品としてのバラつき,さらには経時変化の影響等により,本件被告製品が本件特許発明の権利範囲に属するか否かの評価には到底使用し得るものではない。
したがって,本件被告製品はいずれも構成要件cを充足するとの1審原告の主張は失当である。
(2)その他の定量分析についてア乙53物件を標準物質とした定量分析について(ア)原判決は,「ハンドコート試料の吸光度比が実機生産品の吸光度比よりも小さいことに争いがない」と述べているわけではなく,「少なくとも,ハンドコート試料の吸光度比が実機生産品の吸光度比よりも大きくはないという点については争いのない」との認定に,何ら誤りはない。
(イ)加工管理表により製造されたハンドコート試料のIRと本件被告製品の隠蔽層のIRとが一致しないのは,ハンドコート試料と本件被告製品の隠蔽層における配合物の分布が異なるためである。また,調薬ノートは,第1回目の立会実験における第三者立会人による加工管理表とハンドコート試料の調薬内容確認時に,1審被告リンテック説明者が,加工管理表の薬品配合は,配合割合を記載するものなので,実際に調薬された各薬品の量とは必ずしも一致しないと説明したのに対し,第三者立会人から,念のため,現実の調薬量も確認できないかとの指摘を受けて,第2回目の立会実験時に提示したものであって,1審原告の指摘は当たらない。
(ウ)上記のとおり,原判決が,原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件は,いずれも標準物質として妥当であると認めることはできないと判断したのは正当である。
イ基準線判定法について(ア)同じ本件被告製品であっても,ロット間はもちろん,同ロットでもIRチャートにはバラつきが見られるから,967cmのブタジエンの吸光度と基準線との位置関係が常に同一になるとはいえないし,基準線を下回るかどうかは,それ自体には意味がない。また,製品保管条件によって,ブタジエン基の吸光度比に大きなバラつきが生じるから,基準線法は定量的な意味を持ち得ない。
このように工業製品としてのバラつきや経時変化の影響を受ける本件被告製品について,ベースラインの引き方の一般論を持ち出しても無意味である。
さらに,本件被告製品の隠蔽層の構造の特殊性から,ブタジエン基比の増減は,隠蔽層の不均一な構造も反映しており(乙60,75),バインダー成分の定量手段たり得るものではない。
(イ)ロ号事件の控訴審判決は,967cmのブタジエンの吸光度が,907cmと1025cmを結ぶ基準線を下回っているかどうかを基準にロ号物件が本件特許権を侵害しないとしたものではない。
甲38も,印刷の影響によるピークの強度増加を論じているのであって,基準線967cmのブタジエンの吸光度が907cmと1025cmを結ぶ基準線を下回っているかどうかを基準にロ号物件が本件特許権を侵害するかどうかを論じているものではない。
(ウ)以上のとおり,隠蔽層塗布液のA/B比が1から3の範囲内にあるかどうかの判断において,基準線判定法は意味を持たないから,基準線判定法についての原判決の認定は,正当である。
(3)構成要件cの充足性ア加工管理表(乙48)及び調薬ノート(乙49)から,本件被告製品には一貫して同じSBRが使用されており,仮に,スチレン/ブタジエン共重合体,スチレン/アクリル酸共重合体,カゼインすべてがB成分であるとしても,本件被告製品の隠蔽層の塗布液における配合薬品の固形分のA/B比は,3を超えている(乙50)。
このように,本件被告製品の隠蔽層の塗布液の配合内容から,本件被告製品の隠蔽層のA/B比が3よりも大きいことは既に立証されている。
イ本件でまず検討されるべきは,本件被告製品とハンドコート試料の隠蔽層のIRが異なるという事実が,1審被告らが提出した加工管理表や調薬ノートがすべて本件被告製品の隠蔽層の塗布液の配合を示していないと認定するに足りる確実な証拠か否かということである。
そして,隠蔽層の塗布液の処方が全く同じでも,本件被告製品とハンドコート試料との間でIRの吸光度比が異なることは,明らかであり(乙34,51,55〜57),本件被告製品の隠蔽層のような塗布の場合,乾燥条件が異なれば,成分の分布が異なることは十分起こり得ることであり,何ら不自然なことではなく(乙68,76),本件被告製品の隠蔽層が不均一である(乙17の4,45,46,60,66,75,76)。その反面,実機生産品の隠蔽層が均一であるとの確たる証拠は存在せず,ATR法によるIRスペクトルは,本件被告製品の隠蔽層が均一でないことに加え,工業製品としてのバラつき,さらには経時変化の影響等により,変動するものであること等から,本件被告製品とハンドコート試料の隠蔽層のIRが異なるという事実は,1審被告らが提出した加工管理表や調薬ノートの信用性を否定するに足りる証拠とは到底いえない。
ウよって,本件被告製品の隠蔽層のA/B比が3よりも大きいことは明らかである。
第4当裁判所の判断1争点1及び2については,原判決23頁11行目から26頁3行目までを引用する。
2争点3(本件被告製品は構成要件cを充足するか)について(1)1審原告の立証方法ア争点2について判断したとおり,構成要件cの「重量比」は,塗布液乾燥後の隠蔽層における重量比を意味するものと解すべきであるが,本件被告製品においては,塗布液乾燥後の隠蔽層におけるA成分とB成分の重量比は,塗布液における固形分の重量比と一致するものといえるから,乾燥後の隠蔽層を構成する組成物のA/B比又は乾燥前の塗布液を構成する配合物の固形分のA/B比が1から3の範囲内であれば,構成要件cを充足することになる。
イ1審原告は,塗布液乾燥後の隠蔽層を構成する組成物のA/B比が1から3の範囲内であることの立証として,(a)乙53物件を標準物質としてATR法による定量分析を行った(甲8,10〜13,20,64)。
他方,1審被告らは,乾燥前の塗布液を構成する配合物の固形分のA/B比が1から3の範囲内でないとして,本件被告製品の加工管理表等を提出した(乙48〜50)。
これに対し,1審原告は,(b)本件被告製品の隠蔽層のIRと全領域で一致する製品(加工管理表記載の薬品配合割合にSBRとカゼインを追加した模擬品)の塗布液の配合薬品の固形分からA/B比を求めた(甲67,82,91の2)。
1審原告は,当審で,上記(b)の方法が最も合理的な分析方法であると主張している。
ウなお,上記(a)において標準物質とされた乙53物件は,イ号物件に係る特許権仮処分異議申立事件において,1審被告リンテックがイ号物件とは異なる製品であるとして提出した製品(イ号事件の乙53)であり,その一部は,ロ号事件の証拠として裁判所に提出され(裁判所保管乙53物件),他の一部は,1審原告が保管している(原告保管乙53物件)。ロ号事件において,1審被告リンテックは,ロ号物件の隠蔽層の薬品配合割合について,?スチレン/アクリル酸エステル共重合体が76.9重量%,?スチレン/ブタジエン共重合体(SBR)が16.5重量%,?スチレン/アクリル酸共重合体が2.2重量%,?カゼインが3.3重量%,?その他の添加剤が1.1重量%であると主張し(乙80),上記(a)の立証では,乙53物件については,上記1審被告リンテックの主張のとおりの割合であることが前提となっている。
また,上記(b)において,加工管理表記載の薬品配合割合は,処方αについては,?スチレン/アクリル酸エステル共重合体が77.8重量%,?スチレン/ブタジエン共重合体(SBR)が15.4重量%,?スチレン/アクリル酸共重合体が2.2重量%,?カゼインが3.3重量%,?その他の添加剤が1.2重量%であり,処方βについては,?スチレン/アクリル酸エステル共重合体が77.8重量%,?スチレン/ブタジエン共重合体(SBR)が14.4重量%,?スチレン/アクリル酸共重合体が2.2重量%,?カゼインが4.3重量%,?その他の添加剤が1.2重量%である。上記(b)においても,本件被告製品と模擬品のIRをATR法で比較している。
エそこで,以下,1審原告が上記(a)及び(b)で採用したATR法が本件に適切か否か(後記(2)),上記(b)における模擬品を本件被告製品と同視することが適切か否か(後記(3)),上記(a)における乙53物件が標準物質として適切か否か(後記(4)),の順に判断することとする。
(2)ATR法の適否アATR法についてATR法(Attenuated total reflection method:全反射減衰分光法,全反射吸収測定法)とは,IR分析(赤外分光分析)の一種である。IR分析とは,赤外吸収スペクトルを利用して物質の同定,定性分析及び定量分析を行うものであり,ATR法のほか,透過法等がある。ATR法は,透過法を適用することが難しい試料の分析に威力を発揮する(甲20の添付資料2,岩波書店「理化学辞典第5版」)。
ATR法では,反射面として,通常の反射法で用いられる反射面である空気-試料面の代わりに,試料とそれより屈折率の大きい赤外領域に透明な媒質(プリズム。ATR結晶)を用い,入射角を臨界角より大きくとり,媒質-試料界面で全反射が起こるようにする。すなわち,ATR法は,光を臨界角以上の角度で入射したときに起こる高屈折率物質内部での全反射に伴う,全反射面近傍での低屈折率媒質への電磁波のしみ出しを利用した,高吸収物質又は物質表面の測定方法である(甲20の添付資料2・6,乙18〜20,岩波書店「理化学辞典第5版」)。
一般的に,物質の同一性確認については,IRの全領域で一致する製品が同一のものと認められ,上記方法による製品分析が日常的に行われている(甲97,112〜115,118)。
イATR法の光のもぐり込みの深さと密着性(押し付け力)(ア)ATR法において,光は界面で反射するのではなく,ある深さ(光のもぐり込みの深さ)だけ試料側に入り込んでから全反射する。そのため,試料表面から光のもぐり込みの深さの情報がスペクトルに反映されることになり,試料が深さ方向で均質でない場合には,ATR法の測定結果が試料全体の組成を反映していないことになる(甲20の添付資料2,乙18)。
すなわち,ATR法におけるもぐり込みの深さの厚み全体に対する割合は,測定時の膜厚にもよるが,本件被告製品のようなタコグラフ用記録紙の隠蔽層の場合,せいぜい試料の深さ方向の45〜60%の情報にすぎない(甲110,18,20)。隠蔽層を潰さずに測定する場合には,膜厚の減少が少なく,空気の介在の影響が大きいため,前記比率は更に下がる。
このように,ATR法は,隠蔽層の深さ方向の一部の情報しか反映しない方法であることから,隠蔽層の組成の深さ方向の均一性が問題となる。
(イ)また,ATR法では,プリズム(ATR結晶)と試料との密着性が悪いと誤差の原因となる。密着性は押し付け力やプリズムと試料との界面の平滑性等により調整されるものである。本件被告製品の隠蔽層は中空孔と空隙を含み,隠蔽層にかかる圧力によって,中空孔や空隙の潰れや変形具合が相違するため,隠蔽層が深さ方向で不均一である場合には,押し付け力によって,測定結果が変わる可能性がある。例えば,1回反射の場合は多重反射よりも試料にかかる圧力が大きいが,中空孔や空隙の潰れや変形が大きいため,深さ方向で不均一である場合には,1回反射と多重反射とを単純に比較することができない。なお,1回反射と多重反射の測定時における空隙の相違は,上記のもぐり込みの深さにも影響を与える(甲18,乙17〜19,32)。
よって,ATR法を行う前提として,隠蔽層が均一であることが必要である。
ウ隠蔽層の均一性(ア)1審原告は,本件被告製品の隠蔽層が均一であると主張する。
a1審原告は,1審被告らから提供された塗布液を塗布したハンドコート試料の隠蔽層をATR法により測定した吸光度比と,同一塗布液をシリコンウエハに塗布した試料の隠蔽層を透過法により測定した吸光度比とが一致したから,ハンドコート試料の隠蔽層は均一な構造であり,異なるプリズムによる吸光度比も同一であったから,本件被告製品の隠蔽層も均一であると主張する。
1審原告代表者も,報告書(甲78)において,1審被告リンテック提供の処方βにより製造したハンドコート試料の透過法とATR法の測定結果が同一であることから,ハンドコート試料の組成は,深さ方向で均一であること,ジャスコエンジニアリングに依頼した分析結果報告書(甲84)について,処方βによる本件被告製品の実機生産品はハンドコート試料とはZnSe/Zn比が同一であるから,ハンドコート試料と同様,組成が深さ方向で均一であることを報告している。
しかしながら,まず,上記報告書(甲78の表1)によると,ATR法による測定結果と透過法による測定結果(ATR補正後の数値)が異なっており,これをもって一致しているということはできないし,透過法の対象がハンドコート試料であり,それが乾燥条件が異なる本件被告製品の隠蔽層の均一性を直ちに証するものとはいえない。また,ZnSe/Zn比が同一であることをもって,実機生産品の組成分布がハンドコート試料と同一であるとする化学的根拠は見当たらない上,上記証拠(甲78の表2,甲84の3頁)によっても,GeプリズムとZnSeプリズムによるブタジエン基の吸光度比は,ハンドコート試料と実機生産品とで異なっており,同一とはいえないと評価すべきである。
かえって,1審被告らの検証(乙77)によれば,均一であることが明らかなニポールLX407F8B(本件被告製品のSBR)単体についてATR法と透過法とで吸光度比を測定したところ,ATR補正後の数値が一致しなかったものであり,これによれば,ATR法と透過法の測定結果が一致したからといって,直ちに均一であるということはできない。また,そもそもATRのスペクトルは透過法のスペクトルと違いがあるところ,両者の測定結果を比較するためのATR補正ソフトを用いて変換し,両者を比較した結果が同一であるとしても,ATR補正はATR法と透過法のデータを一致させるものではなく近づけるためのものであって,ATR補正ソフトのようなアルゴリズムを用いて行われるものであるから,このような補正をされた透過法の測定値はアルゴリズムの影響を受けているのであって,均一性の根拠にはならない(甲20の添付資料2,甲54)。
b1審原告は,隠蔽層の深い部分まで測定する1回反射型ATRとごく浅い表面を測定する多重反射型ATRの吸光度比が一致していることからも,隠蔽層が均一であると主張する。
1審原告代表者も,報告書(甲61)において,ジャスコエンジニアリングに依頼した分析結果報告書(甲40)は,1審被告らが保管していたロ号物件を1回反射ATRと多重反射ATRで測定した結果を比較したものであるところ,1回反射ATRでは隠蔽層を潰して測定しており空気を含まないため,約6μmの深さまでの隠蔽層を測定していることになり,一方,多重反射ATRは空気を含むため,約1.5μmの深さまでの隠蔽層を測定しているとした上で,両者の測定結果が一致することから,隠蔽層の組成は深さ方向で均一であると報告している。
しかしながら,隠蔽層の深い部分の測定値とごく浅い表面の測定値とが一致したことは,その測定箇所及び測定範囲において組成が等しいことを示すにすぎず,それのみをもって層全体が均一であることを証するに足りない。また,多重反射ATRの907cmの吸光度は,密着状態がよければ,1回反射よりも一般に吸光度が高くなるはずであるところ,上記報告書(甲40)では1回反射に比べて密着が劣っているから,直接比較可能であるかのように結論付けることはできない(乙60)。
c1審原告は,ジャスコエンジニアリング等による隠蔽層のごく表面と内部のIR測定(甲84,62,40,111)によると,隠蔽層の深さ方向のIRは同一であると主張し,1審原告代表者による同旨の報告書を提出している(甲110)。
しかし,甲40が,隠蔽層が深さ方向で均一であることの根拠とならないことは,前記のとおりである。
また,甲62は,吸光度比(967cm/907cm)につき,実機生産品の方がハンドコート試料よりも高い傾向があることを示すものにすぎない。
さらに,甲84は,吸光度比(967cm/907cm)につき,実機生産品の方がハンドコート試料よりも高い傾向が認められること,及びGeプリズムで測定した吸光度比の方がZnSeプリズムで測定した吸光度比よりも小さな値をとることを示すものにすぎない。
加えて,ジャスコエンジニアリングの分析結果報告書(甲111)には,被告製品3と東京製紙で製造した模擬品について,「いずれの試料も,もぐり込み深さの深いZnSeプリズムのほうがブタジエン,エステル系成分の比率がやや高くなっており,カゼインの比率は深さ方向の違いによる差異がほとんどなく,深さ方向に対し両者の組成はほぼ均一」になっている旨記載されているが,カゼインの比率については,深さ方向の違いによる差異がほとんどなく,深さ方向に対し両者の組成はほぼ均一になっているといえるものの,ブタジエンやエステル系成分の比率については,ZnSeプリズムの方が比率がやや高く,カゼインとブタジエンやエステル系成分との間で分布が異なっているのであって,本件被告製品の隠蔽層が均一であるというわけではない。
d1審原告は,日本電子の報告でも,本件被告製品の隠蔽層がハンドコート試料と同じく均一であること,並びに,1審被告らの表面からおよそ1/3の範囲に,その他の部分よりバインダー成分が多いとの主張が誤りであることが報告されたと主張し,1審原告代表者も,同旨の報告書(甲90)を提出している。
しかし,日本電子の分析結果報告書(甲93)では,走査型電子顕微鏡(SEM)による観察で,「粒子の隙間は同じであった。両試料とも断面は均一である様に観察される。」と述べられている一方で,写真上の物質がバインダーであるか中空粒子の一部であるかの判断は「SEMの目視観察だけでは困難と考えられる」とも述べており,バインダー成分が均一に分布していることは述べられていない。
他方,走査型電子顕微鏡の写真については,甲93以外にも提出されているが(甲72,79,乙17,66),これらの写真を見ると,中空粒子の間に空隙が偏在しており,隠蔽層は不均一であるように観察される。
そうすると,日本電子の走査型電子顕微鏡の観察から隠蔽層が均一であるということはできない。
e1審原告は,マイグレーションによりバインダー成分であるSBRが表面側に移動したとすると,本件被告製品の隠蔽層のバインダー力は低下するはずであるが,本件被告製品の隠蔽層のバインダー力低下という事実は存在せず,マイグレーションが発生しないことからも,隠蔽層が均一であると主張し,1審原告代表者も,同旨の報告書(甲80)を提出している。
しかし,そもそも極端なマイグレーションが発生すると,商品として使用することができないから,バインダー力が低下するほどのマイグレーションの発生は想定できない。他方,バインダー力が低下するほどではなくても,マイグレーションがある程度発生している可能性を否定することはできない。さらに,上記報告書(甲80)におけるバインダー力の評価は,印刷適正試験や印字特性試験による,○△×といった観点からの評価であって,定量的な評価がされていない。
たとえ,上記評価が○であったとしても,これをもってマイグレーションが全くないと断ずることはできない。
よって,マイグレーションが発生しないとまではいうことができず,そのことを理由に隠蔽層が均一であるということはできない。
(イ)他方,1審被告らは,本件被告製品の隠蔽層が不均一であると主張する。
a1審被告リンテックの担当者の陳述書(乙45)によれば,押し付け力が40N以上であれば,スチレン由来の各ピーク(3000〜3100cm,1600cm,1030cm)の吸光度比に変化がないにもかかわらず,ブタジエン由来のピーク(967cm)はその後の押し付け力の増加に伴い依然として増加している。スチレン由来のピークの吸光度比に変化がないから,密着具合は一定であるが,隠蔽層は中空孔ポリマー粒子をバインダーポリマーでつないだものであるから,ATR法によるIR測定時の押し付け力は,本来の目的である密着具合の向上のほか,中空孔ポリマーや粒子間の空隙を潰す役割も果たすことになる。
よって,上記のブタジエン由来のピークの変化は,空隙の減少に伴いブタジエン,すなわちSBRだけがIR上増加するものであり,SBRの存在比率が少なくとも隠蔽層の厚さ方向で不均一であることを示していることになる(乙60,75)。
b1審被告リンテックの担当者の実験報告書(乙46)によれば,隠蔽層の深さ方向の組成分布の検証としてATRプリズム変更により分析したところ,ダイヤモンドで測定すると,吸光度比967cm/907cm,1660cm/1602cm共に,ハンドコート試料より実機生産品の方が大きい傾向が見られたのに対し,Ge測定つまりダイヤモンドより浅い領域では,吸光度比1660cm/1602cmの大小関係はダイヤモンド測定と同じであったが,吸光度比967cm/907cmはダイヤモンド測定で見られたような差は認められず,Ge測定の967cm/907cmのみが,実機生産品とハンドコート試料の差がほとんどないことが認められる。このことは,実機生産品もハンドコート試料も,深さ方向に組成分布の差があること,すなわち,均一ではないことを示している。
cA東京大学准教授も,意見書(乙76)において,本件被告製品の隠蔽層においてバインダーとして用いられているスチレン/ブタジエン共重合体のラテックス(SBR)は,急加熱の乾燥により表面層に集中するバインダーマイグレーションと呼ばれる現象がよく発生することが知られていること,コバインダーとして加えられる水溶性バインダーは,SBRのマイグレーションを促進し,その水溶性バインダー自身もマイグレートすること,バインダーマイグレーションは,タコグラフ用紙では大きな障害にはなりにくく,実機生産品に多数見られても不思議ではないこと等を根拠に,本件被告製品の隠蔽層を,実機生産の乾燥条件で乾燥させた場合と,ハンドコートの乾燥条件で乾燥させた場合とで,隠蔽層の各成分の分布に差異が生じる可能性が十分ある,と述べている。
(ウ)以上によれば,ATR法においては,隠蔽層の組成が深さ方向で均一であることが求められるにもかかわらず,本件被告製品の隠蔽層が均一であることを認めるに足りない。
エ本件被告製品におけるATR法加えて,本件被告製品の塗布に用いられる組成物は,共重合物の混合物であり,比重や親水性が異なるSBRの分散粒子とローペイク(内部に水を有する中空樹脂粒子)という,複数の配合物を分散状態で含むものである。特に中空樹脂粒子は,その粒子径が大きく,また,他の材料との比重も異なるから,分散性が悪く,全体としてA/B比を調整しても,ロットや測定場所等の違いによって,A/B比に違いが出てくる可能性がある。
仮に,配合物の状態では均一に分散していたとしても,塗布液が塗布された後,塗布層内において,マイグレーション等の原因で,乾燥の過程で材料が偏在する可能性がある。本件被告製品と東京製紙における実機生産品及びハンドコート試料とは,乾燥条件が全く同じとはいえないから,それによって,得られる隠蔽層の均一性(不均一の程度)に違いがある可能性も否定できない(乙76)。
また,写真(甲72,79,93,乙17,66)によれば,コート層を乾燥した後に,層内に空隙が残存しており,この空隙は,乾燥の過程でできてくるものであり,乾燥条件によりでき方が変化すると解される。したがって,このことからも,層の均一性(特に深さ方向)があるとはいえない。
そして,層の深さ方向で均一でなければ,ATR法によって,層の表面のみを測定しても,層全体のA/B比を知ることはできない。
オ以上によれば,一般的にIRスペクトルが物質の同一性確認に有用であるとしても,本件被告製品の隠蔽層のように均一性のない物質において,同様にあてはまるものではなく,本件被告製品の隠蔽層をATR法により定量的に測定することは適切とはいえないというべきである。
(3)模擬品を本件被告製品と同視できるかア1審原告の立証1審原告は,(b-1)処方βにより製造したハンドコート試料のIRと本件被告製品のIRとがATR法で一致せず,他方,(b-2)加工管理表記載の薬品配合割合にSBRとカゼインを加えた模擬品のIRと本件被告製品のIRとがATR法で一致したことをもって,上記模擬品を前提とした定量分析を行って,A/B比が1から3の範囲内であるとして,甲67,82,91の2を提出する。
イしかしながら,1審原告の上記立証は,いずれも隠蔽層という均一性のないものにATR法を用いるものであり,まずその点において問題があることは,前記(2)のとおりである。1審原告は,模擬品(模擬15)を標準物質として用いて2点検量線を作成しているが,標準物質及び本件被告製品についても,同様に均一性の問題があるから,このような検量線を用いて定量的に試料を測定することはできないし,IRチャートの測定箇所によって,変わってくる可能性も否定することができない。
ウ上記(b-2)についてまた,模擬品のIRと本件被告製品のIRとは,酸(1700cm),カゼイン(1660cm)のピークが一致せず,必ずしも全部が一致しているとまではいえないものである(乙74)。
さらに,模擬品に配合されたSBRは,1審被告らが購入した事実も認められず(乙78),模擬品を本件被告製品と同視することは,適切ではない。
エ上記(b-1)について(ア)1審原告は,本件被告製品と加工管理表に記載の薬品配合割合により調整されたハンドコート試料とは,IRの全領域において一致しなかったと主張する。
しかし,薬品を同一の割合で配合しても,隠蔽層における分布が均一とはいえないものである(乙34,51,55,57)。よって,本件被告製品のIRと加工管理表記載の薬品配合割合により調整されたハンドコート試料のIRとが一致しなかったことから直ちに,1審被告リンテックが加工管理表記載のとおりの配合をしていないということにはならない。
(イ)また,1審被告らは,平成21年3月10日に至り,加工管理表(乙48の1〜62)及び調薬ノート(乙49の1〜4)を,一部黒塗りして提出し,その後同年6月19日に,加工管理表(乙48の1〜62の各2)及び調薬ノート(乙49の1〜4の各2)を,SBRが「ニポールLX407F8B」である点について黒塗りすることなく提出し直した。これらの書証に記載された薬品配合割合は,1審被告らが,本件訴訟に先立って提起した被告製品1についての差止請求不存在確認事件(東京地裁平成19年(ワ)第19588号)の訴状において明らかにしていた隠蔽層の塗布液の配合割合と合致するものであり,また,平成20年3月31日に提出した加工管理表の一部(乙23の1〜5)とも合致するものである。そして,1審被告リンテックの上記加工管理表及び調薬ノートの記載は,薬品の納品伝票(乙54)や請求書類(乙61)に照らしても,直ちに疑義があるものとはいえない。
オ以上のとおり,加工管理表記載の薬品配合割合そのものではなく,これにSBRとカゼインを加えた模擬品をもって本件被告製品と同視することは,相当とはいえない。
(4)乙53物件は標準物質として適切かア1審原告の分析方法1審原告の乙53物件を標準物質としたATR法による定量分析は,以下のとおり標準物質を採用している。
(ア)甲10の検量線は,試料11-?〜?(乙53物件で使用されているSBRと近似するブタジエン含有率である市販品(A-5820)を用いて作製された試料)を用いて作成されているが,定量の際には,原告保管乙53物件による補正も適宜行っている(甲20)。
(イ)甲64では,甲10の検量線を用いると共に,裁判所保管乙53物件により補正を行っている。
(ウ)甲82では,加工管理表記載の薬品配合割合(処方β)を用いた東京製紙の実機生産品を標準物質として検量線を作成しているが,原告保管乙53物件による補正は行われていない。
(エ)したがって,検量線が妥当か否かを判断する際には,まず,試料11-?〜?,原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件が標準物質として妥当であるか否かが問題となる。
イ試料11-?〜?について1審原告は,検量線を用いて各成分の定量を行っているところ(甲10,13,64),SBRの定量においては,ブタジエン基の吸収ピーク(967cm)強度(正確にはブタジエン/スチレン比)がその指標となるため,検量線作成用に用いる試料は,本件被告製品のSBRと,少なくともブタジエン含有量は同一である必要がある。
本件において,当初,本件被告製品の隠蔽層に用いられているSBRが不明であったため,1審原告は,ロ号物件で用いられているSBRのブタジエン含有量を特定した上で,検量線を作成し(甲10),甲64でもこの検量線が使用された。上記検量線作成用の試料に使用されたSBRは,旭化成株式会社製のA-5820(ブタジエン含有量は35%)であり,実際に本件被告製品の隠蔽層に用いられているニポールLX407FB(ブタジエン含有量は40%)よりも,ブタジエン含有量が少ない(甲8)。ブタジエン含有量が少ないSBRを用いて検量線を作成した場合,測定結果のSBR量は実際のSBR量よりも多い含有量となる結果,B成分が多く算定され,A/B比は本来よりも小さい値となる。
このように,本件被告製品のSBRとは異なるブタジエン含有量を有するSBRを用いて作成された検量線では,本件被告製品の本来のSBR量を導き出すことはできないから,かかる検量線に基づく定量結果によって,A/B比を立証することはできない。
ウ原告保管乙53物件及び裁判所保管乙53物件について(ア)原審において平成21年1月27日及び同年2月17日実施された立会実験の結果,原告保管乙53物件の吸光度比(1.04)や裁判所保管乙53物件の吸光度比が,ロ号物件の薬品配合割合による塗布液を塗布したハンドコート試料の吸光度比(1.14)よりも低いこと,隠蔽層のブタジエン/スチレン比にバラつきがあることが認められる(乙51の資料12)。
(イ)株式会社住化分析センター作成の分析・試験報告書(甲85)の「公証原反4枚目」(ロ号物件)のデータにおいても,測定場所によっては,ブタジエン基比が0.9853〜1.2014と,バラついていることが認められる。また,1審原告代表者自身,隠蔽層の塗布液の配合内容が同一であっても,内職人が組み立てる時期によって,ブタジエン/スチレン比に約0.1もの差異が生じることを認めている(甲67)。このように,ロ号物件は,同一製品間でもバラつきがあるにもかかわらず,これを考慮することなく,原告保管乙53物件を標準物質として用いた定量法によっては,A/B比は正確には判断できないものである。
(ウ)1審原告は,原告保管乙53物件の吸光度比は,ロ号事件時に1審被告リンテックが測定したロ号物件の吸光度比(甲33の添付資料2-3-1)と同一であるから,原告保管乙53物件の吸光度比が小さすぎることはないし,多重反射ATR法で測定しても1回反射ATR法で測定しても,密着性を良くして,吸光度を合わせて測定すると吸光度比が同一となることは技術常識であるから,当業者は試料とプリズムとの密着性を良くするための工夫をしてATR測定をしているのであって,甲33の測定者もまた,密着性を良くするための工夫をして測定したなどと主張する。
しかしながら,密着性の良否を確認できない以上,常に1回反射ATR法による測定結果と単純に比較することはできないから,1審原告の上記主張を採用することはできない。
エハンドコート試料なお,甲10,13,64で用いられている検量線は,いずれもハンドコート試料(50℃で30分乾燥)を用いたものである。前記のとおり,ハンドコート試料と実機生産品のブタジエン/スチレン比が同一であると認めることはできないから,ハンドコート試料を用いて検量線を作成することが妥当であるとはいえない。
オ以上のとおり,乙53物件は,標準物質として適切とはいえない。
(5)基準線判定法について前記(2)のとおり,ATR法による定量分析が適切でない以上,基準線判定法も,本件において採用することはできない。
(6)小括前記(2)(3)によれば,1審原告の立証方法のうち,本件被告製品の隠蔽層のIRと全領域で一致する模擬品の配合固形分からA/B比を求める前記(b)を採用することはできない。また,前記(2)(4)によれば,乙53物件を標準物質として,ATR法により定量分析をする前記(a)を採用することもできない。そうすると,本件被告製品が本件特許発明構成要件cを充足することを認めるに足りないというほかない。
3結論以上の次第であるから,1審原告の本訴請求に理由がないとした原判決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 高部眞規子
裁判官 井上泰人