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関連審決 異議2001-72607
関連ワード 反復(反復可能性) /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  下位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  遡及効 /  遡及 /  優先権 /  分割出願 /  出願変更 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 91号 特許取消決定取消請求事件
原告 エムエイシイサンコー株式会社
訴訟代理人弁理士 河野登夫
同 河野英仁
同 岡本敏夫
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 田中弘満
同 長島和子
同 大野克人
同 立川功
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/10/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-72607号事件について平成15年1月28日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「便座カバー」とする特許第3168397号発明(平成13年3月16日設定登録,以下,「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)に係る特許権者であり,その特許出願(特願平7-336826号,以下「本願」という。)は,平成3年7月19日にした実用新案登録出願(実願平3-64675号,優先権主張平成2年7月23日・日本,以下「原々出願」という。)の一部を分割して,平成7年7月21日に新たな実用新案登録出願(実願平7-7552号,優先権主張なし,以下「原出願」という。)としたものを,更に平成7年12月25日に特許出願に出願変更したものである。
その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,同申立ては,異議2001-72607号事件として特許庁に係属した。特許庁は,同事件につき審理した結果,平成15年1月28日,「特許第3168397号の請求項1及び2に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同年2月15日,原告に送達された。
2 本願の願書に添付した明細書の最終の補正(平成12年11月30日付けの手続補正によるもの,以下「本件補正」という。)に係る特許請求の範囲記載の本件発明の要旨 【請求項1】便座の上面形状に応じた形状をなすシートの一面に,シリコーン系物質を含む合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を形成してあり,前記シリコーン系物質はその存在により前記気泡のつぶれを防止するものであり,前記装着層を便座上面に吸着させるべくなしてあることを特徴とする便座カバー。 【請求項2】便座の上面形状に応じた形状をなすシートの一面に,シリコーン系物質及び発泡剤を含む合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を形成してあり,前記シリコーン系物質はその存在により前記気泡のつぶれを防止するものであり,前記装着層を便座上面に吸着させるべくなしてあることを特徴とする便座カバー。 (以下,上記請求項1及び2に係る発明を,それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という。) 3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,@原出願に係る考案(以下「原考案」という。)は,原々出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「原々出願の当初明細書等」という。実願平3-64675号〔実開平4-89097号〕のマイクロフィルム〔甲4〕参照)に記載された事項の範囲内のものとは認められないから,原出願は分割出願の実体的要件を満たしていないものであって,適法な分割出願とは認められず,現実の出願日(平成7年7月21日)にした通常の実用新案登録出願として扱われるものであり,原出願を特許出願に出願変更した本願の出願日も平成7年7月21日とみなすとした上,A本件補正は,本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「本願の当初明細書等」という。特開平8-224192号〔乙1〕参照)に記載された事項の範囲内でされたものとは認められないから,本件発明1及び2に係る特許は,平成6年法律第116号による改正後の特許法(以下「平成6年改正特許法」ということがある。)17条の2第3項の規定に違反してされたものであるとし,さらに,B本件発明1及び2は,実願昭63-106941号(実開平2-28696号)のマイクロフィルム(甲9,以下「刊行物1」という。),特開平3-7778号公報(甲10,以下「刊行物2」という。)及び特開平1-247433号公報(甲11,以下「刊行物3」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1及び2に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとし,以上によれば,本件発明1及び2に係る特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきであるとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,原出願に係る分割出願の要件に関する判断を誤った(取消事由1)上,本件補正の適法性に関する判断を誤り(取消事由2),また,本件発明1及び2の進歩性の判断を誤った(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(分割出願の要件に関する判断の誤り) (1) 原考案は,原出願の願書に最初に添付した明細書(以下「原出願の当初明細書」という。実願平7-7552号〔実開平8-212号〕のCD-ROM〔甲12〕参照)の実用新案登録請求の範囲の請求項1に記載された,「便座の上面形状に応じた形状をなすシートの一面に,合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を形成してあり,該装着層を便座上面に接着させるべくなしてあることを特徴とする便座カバー」の考案であるところ,決定は,原考案の構成要件のうち,(1)装着層が,表面に開口する気泡を有すること(以下「構成要件1」という。)及び(2)装着層を便座上面に接着させるべくなしてあること(以下「構成要件2」という。)の2点について,原々出願の当初明細書等(甲4参照)に記載された事項の範囲内のものとは認められないと判断した(決定謄本2頁下から第4段落〜4頁第3段落)が,誤りである。
(2) 構成要件1について ア 決定は,構成要件1について,@「原々出願の当初明細書には『表面に開口する気泡』なる用語は全く記載されていない。ただし,装着材12は成分として発泡剤を含むことが開示されている(段落【0014】〜【0017】)ので,装着材12中に発泡剤による気泡が生じるであろうこと,それに伴い装着材12の表面に気泡が開裂してスポンジ状となるであろうことは推認できる」(決定謄本3頁第2段落)とした上で,A「しかし,『表面に開口する気泡』についての技術的裏付けをなす,原出願の当初明細書中の段落【0005】における,『気泡が便座上面に真空吸着する作用を営み』,『またこの接着作用は,樹脂の化学的性質によるものではなく,真空吸着という物理的性質によるので』という記載事項によれば,『表面に開口する気泡』はいわゆる吸盤機能を有するものであるといえる。ところが,当該事項は,原々出願の当初明細書又は図面(注,原々出願の当初明細書等)には記載されていなかったものである。また,このような吸盤機能を持つ特殊な『表面に開口する気泡』は,原々出願の当初明細書又は図面から予測し得る自明の事項ともいえないものである。よって,原考案は,『表面に開口する気泡』に関し,原々出願の当初明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものではなくなった」(同頁第3段落〜第5段落)と判断した。
決定の上記@の判断は認めるが,表面に開口する気泡が装着材12の表面に形成されている場合に,吸着機能により被接着物に吸着することは自明の事項であるから,上記Aの判断は誤りである。
イ 原々出願の当初明細書等(甲4参照)には,「このとき発泡倍率及び塗布厚を変えて装着材12を塗布したときの装着材12の物性試験を行った結果を表2に示す。表2より発泡倍率が小さい場合は剥離性が良好であり,発泡倍率が大きい場合は密着性が良好になり」(段落【0019】)と記載されており,さらに段落【0021】には,その実験結果として下記の表2が記載されている。
「【表2】 これによれば,発泡倍率の上昇に伴い,装着材12の被接着面に対する密着力が向上することが記載されている。すなわち,発泡倍率が低い場合は,装着材12の表面に開口する気泡の数が少なくなり,その吸着力が十分に得ることができず,密着力が実験値のとおり低下するが,発泡倍率が高い場合は,装着材12の表面に開口する気泡の数が多くなり,吸着力を十分に得ることができ,密着力が実験値のとおり向上する。このように,原々出願の当初明細書等には,「発泡倍率が大きい場合は密着性が良好になり」との記載があり,しかも,開口する気泡による吸着機能の根拠となる実験データ(発泡倍率の向上により密着力が向上していることを明らかに示すものである。)が記載されていることから,表面に開口する気泡が吸着機能により被接着物に密着することは,原々出願の当初明細書等に記載された事項から自明の事項というほかはない。なお,密着力の向上は発泡倍率及び塗布厚の向上に伴い増加しているが,表2の「発泡倍率が2.5倍・塗布厚125μsの場合,密着力7g/2cm」と,「発泡倍率が3.0倍・塗布厚125μsの場合,密着力20g/2cm」とを比較すると明らかなように,塗布厚が同一の場合でも発泡倍率が向上すれば密着力が増加していることが理解できる。
なお,被告は,原々出願の当初明細書等には,装着層が「表面に開口する気泡」を有することについては何ら記載されていないと主張するが,これは,決定の上記ア@の判断と矛盾する。
ウ また,この点に関し,決定は,「たとえ,乙第1号証(注,実願昭53-149001号〔実開昭55-67150号〕のマイクロフィルム,本訴甲5,以下「甲5マイクロフィルム」という。)に,接着層4の表面が吸盤作用を有する凹面3からなる為に被着面に密着することが示されて・・・いるとしても・・・装着層に吸盤作用を有する空間が形成されていて,被着物に吸着するものであり,表面に開口する気泡が形成されていれば必ず,装着層が真空吸着により被着物に吸着することを示しているものではない」(決定謄本11頁下から第2段落)と判断しているが,誤りである。
甲5マイクロフィルムには,「第1図に示す如く紙,布,フィルム等の基材1にアクリル共重体系合成樹脂のエマルジョンに助剤を加え分散せしめ,更に製泡剤を添加し泡立器で十分攪拌し均一に発泡させた塗料を前記基材1に塗布乾燥せしめることによって発泡体2の表面に微細な凹面3を備えた接着層4を設けた接着シート5である」(2頁最終段落〜3頁第1段落)と記載されている。その一方で,原々出願の当初明細書等(甲4)には,「本実施例では装着力を付与する主成分である合成樹脂(エマルジョン状)としてウレタン系の商品『DICFOAM F-520』,発泡剤として『F-1』・・・助剤(1)として『VONCOAT 3750』,助剤(2)として『CR-5L』,助剤(3)として『VONDIC NBA-1』・・・を使用した」(段落【0017】),「シート11に装着材12を塗布する場合はまず表1に示した装着材12用の組成物を配合し,ミキサーにより発泡させる。次にこの発泡した組成物をコーティング装置によりシート11の一面に塗布する。そしてこれを乾燥機に入れ,120〜160℃で5分間乾燥させる」(段落【0018】)と記載されている。
すなわち,原々出願の当初明細書等に記載された装着層は,甲5マイクロフィルム記載のものとほぼ同一の物質及び製法により,製造されるものである。
そうすると,原々出願の当初明細書等に記載された装着層も,甲5マイクロフィルム記載のものと同様に,「接着シート5の接着層4は発泡体2とその表面が凹面3からなる為に被着面に接着シート5を接着させる場合に軽く押圧するだけで凹面3が吸盤の役割りをはたして接着面に密着」(甲5マイクロフィルムの3頁第2段落)し,さらに,「接着シート5はその接着層4自体が従来の粘着シートの如くいわゆる粘着性を有しているわけでなくその接着機構が接着層4における凹面3の吸盤作用に負う」(同5頁第2段落)こととなるのである。
エ ところで,被告は,原出願の当初明細書(甲12参照)の段落【0005】に「この接着作用は,樹脂の化学的性質によるものではなく,真空吸着という物理的性質による」と記載されていることを根拠に,原考案には,樹脂の化学的性質としての粘着力を有さず,真空吸着という物理的性質のみで装着されるものが含まれることとなり,そのような考案は原々出願の当初明細書等には記載されていなかった旨主張する。
しかしながら,原々出願は,それぞれ個別に成立する「樹脂の物性(粘着性)により装着される考案」及び「吸盤作用により装着される考案」の二つの考案を包含しており,原出願は,原々出願に係る考案の一部である「吸盤作用により装着される考案」を抜き出して,分割出願したものであるから,被告の上記主張は明らかに失当である。
オ 以上によれば,原々出願の当初明細書等には,装着材の配合,製造方法及び発泡率を変化させた場合の密着力の変化が記載されていること並びに甲5マイクロフィルムの上記記載を総合的に判断すると,「表面に開口する気泡」が真空吸着による吸着機能を有することは,当業者にとって自明の事項というべきであるから,これについて,原々出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内ではないとした決定は明らかに誤りである。
(3) 構成要件2について また,決定は,「真空吸着を意味する『接着』は,原々出願の当初明細書又は図面(注,原々出願の当初明細書等)から予測し得る自明の事項ともいえない」(決定謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)と判断した。
しかしながら,原々出願の当初明細書等には,装着材の配合,製造方法及び発泡率を変化させた場合の密着力の変化が記載されている上,このような配合及び製造方法による装着層の場合,真空吸着機能により被着物に接着することは甲5マイクロフィルムの記載からも明らかであることは上記のとおりであるから,決定の上記判断は明らかに失当である。
(4) 以上のとおり,分割出願の要件に関する決定の判断は誤りであり,原出願は,原々出願の適法な分割出願というべきであるから,本願の出願日は原々出願の出願日である平成3年7月19日まで遡及するものである。
2 取消事由2(本件補正の適法性に関する判断の誤り) (1) 決定は,本件補正に係る「全文補正明細書の記載を,本願の当初明細書(特開平8-224192号〔注,乙1〕参照)の記載と照合すると,同全文補正明細書の請求項1および2に共通に追加記載され,また,発明の詳細な説明にも追加記載された事項である (1)装着層が,シリコーン系物質を含むこと, は,・・・本願の当初明細書に記載されていた事項とは認められない」(決定謄本5頁第1段落)と判断したが,その際,「本願は,その出願日に平成3年7月19日までの遡及効はないものとして,平成6年改正特許法第17条の2第3項違反について検討したものである」(同12頁第2段落)としている。しかし,上記1のとおり,本願の出願日は,適法な分割出願遡及効により平成3年7月19日となるから,そもそも,本件補正の適法性を判断するに当たり,平成6年改正特許法を適用した決定は誤りである。
(2) また,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内との要件については,その事項自体を直接表現する記載が明細書にない場合であっても,出願時において当業者が出願当初の明細書に記載されている技術内容から見て,記載してあったと認めることができる程度に自明の事項をも含むものと解されるから,以下のとおり,本件補正は,本願の当初明細書等に記載した事項の範囲内のものということができる。
すなわち,原々出願の当初明細書等(甲4参照)の段落【0017】には,装着層の成分として大日本インキ化学工業株式会社製のVONDIC NBA-1を配合することが記載されているところ,平成2年5月同社発行「産業資材用合成樹脂2」(甲8,以下「甲8カタログ」という。)には,「VONDIC NBA-1」は,主成分がシリコーン系,形状が100%油状であることが記載されているから,当業者にとってみれば,装着層の成分である「VONDIC NBA-1」が,シリコーン系物質を含むことは自明の事項である。したがって,装着層が「VONDIC NBA-1」という特定の「シリコーン系物質を含む」ことは,原々出願の当初明細書等に記載してある事項の範囲内のものであるというべきである。
(3) 仮に,分割の遡及効が認められず出願日が平成7年7月21日とみなされたとしても,本件補正は,平成6年改正特許法第17条の2第3項の規定に違反するものではない。
決定は,本件補正に係る「全文補正明細書における『シリコーン系物質』なる用語はVONDIC NBA-1に限らず,シリコーン系物質全般を意味するものであるので,本願の当初明細書に,装着層が,シリコーン系物質全般を意味する『シリコーン系物質』を含むことまで記載されていたとはいえない」(決定謄本5頁第2段落)と判断したが,本件補正においては,原々出願の当初明細書等の「VONDIC NBA-1」との記載を根拠に「シリコーン系物質を含む」と補正したものであるところ,以下のとおり,「シリコーン系物質を含む」ことは,「VONDIC NBA-1」との記載から,直接的かつ一義的に導き出せる事項であるから,本件補正は,平成6年改正特許法17条の2第3項にいう「願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内」においてしたものであるということができる。
すなわち,甲8カタログから明らかなように,「VONDIC NBA-1」が主成分としてシリコーン系物質を含むことは当業者にとって明らかである。
「VONDIC NBA-1」がその配合により他の物質Xを若干含むことは否定できないものの,当業者にとってみれば,「VONDIC NBA-1」はその主成分がシリコーン系であることは自明であり,含まれている可能性のある他の物質Xは主成分ではない。換言すれば,他の物質Xは主成分とは対等の関係にあるとはいえないのであるから,こうした当業者にとって自明の事項を考慮すれば,「VONDIC NBA-1」という記載から,「シリコーン系物質を含む」ことは直接的かつ一義的に導き出せるというべきである。
なお,補正の適法性の判断に当たっては,「単に,訂正請求に係る事項を示す語句と明細書の語句とを比較するだけではなく,訂正請求に係る事項,並びに,願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項についても検討を加えた上で,訂正によって,願書に添付した明細書又は図面に記載されているとはみることができない技術的事項が付加されることになるか否かを,検討すべきである」(東京高裁平成14年2月19日判決・同庁平成10年(行ケ)第298号事件,甲13)とされているとおり,単に字句のとおり解釈するのではなく,記載事項のほか,当業者の技術レベル,周知事項などを考慮して実質的に解釈すべきである。
これを本件について見れば,「VONDIC NBA-1」を字句どおりに解釈するだけではなく,当業者であれば「VONDIC NBA-1」との記載から,「シリコーン系物質を含む」ということが自明であるという実質を勘案して,新規事項の追加に該当するか否かを判断すべきである。
3 取消事由3(本件発明1及び2の進歩性の判断の誤り) (1) 決定は,本件発明1と刊行物1(甲9)記載の発明との相違点として認定した,「本件発明1は,シリコーン系物質を含む合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を形成してあり,前記シリコーン系物質はその存在により前記気泡のつぶれを防止するものであり,前記装着層を便座上面に吸着させるべくなしてあるのに対して,刊行物1記載の発明は,再剥離型粘着剤からなる貼着部を形成してあり,該再剥離型粘着剤からなる貼着部を便座上面に貼着させるべくなしてある点」(決定謄本9頁下から第2段落,以下「相違点(1)」という。)について,当該構成が刊行物2(甲10)及び刊行物3(甲11)に記載されていることを根拠に,「刊行物1記載の発明に刊行物2記載の手段を採用することにより,相違点(1)における本件発明1のようにすることは,当業者が容易になし得ることである」(同10頁第2段落)と判断し,本件発明2についても,相違点(1)については上記と同様の判断をした上,本件発明2と刊行物1記載の発明との独自の相違点として認定した,「本件発明2は,更に発泡剤を含む合成樹脂とするのに対して,刊行物1記載の発明は,そのような事項を有していない点」(同頁第6段落)についても,当該構成が刊行物2に記載されていることを根拠に,「刊行物1記載の発明に刊行物2記載の手段を採用することにより,相違点(2)における本件発明2のようにすることは,当業者が容易になし得ることである」(同頁下から第4段落)と判断した。
しかしながら,進歩性の判断にあっては,引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到することができたことの論理付けを行う必要がある。
そして,この論理付けは,一致点・相違点を認定した上で,引用発明の内容に,請求項に係る発明に対する起因ないし契機(動機付け)となり得るものがあるかどうかを主要観点として行う必要があるところ,決定の上記判断においては,刊行物1〜3に,本件発明1及び2に対する起因ないし契機(動機付け)となり得るものがあるかどうかについての判断が全くされていないから,明らかに違法である。
(2) 本件発明1及び2の便座シートは,気泡のつぶれを防止するシリコーン系物質を含む合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を適用することによって,原々出願の当初明細書等(甲4参照)の段落【0048】及び段落【0049】に記載されているように,洗濯を繰り返しても密着力に変化が生じないという効果を奏するものである。すなわち,本件発明1及び2は,衛生面から洗濯をすることができ,かつ,再利用することができる便座カバーを提供すべく発明されたものである。
これに対し,刊行物1(甲9)記載の発明に係る便座カバーは,「一方,用済み後は貼着部が便座上に残留することなく,カバーを便座からきれいに取り外すことができ,家庭用としてのみならず,業務用,携帯用その他の多くの分野における使い捨て型の便座カバーとして有用である」(3頁最終段落〜4頁第1段落)と記載されているとおり,使い捨てのものであり,刊行物1には,当該便座カバーを再利用するために洗濯することなどは全く開示も示唆もされていないから,本件発明1及び2に係る装着材を適用することについての動機付けは存在しない。従来から存在する布状の便座シートカバーとは異なる接着型の便座シートにおいて,@繰り返し洗濯してもその密着力が低下せず,A衛生面においても好ましく,更には,B使い捨てをしないことによる環境面においても好ましい,本件発明1及び2の便座カバーに対する動機付けは刊行物1には存在しない。
同様に,刊行物2及び刊行物3のいずれにも,本件発明1及び2に係る装着材を便座カバーに適用することについての開示も示唆もない。そもそも,不衛生なシートに貼り付けられた装着層を洗濯すること等は全く示唆されておらず,刊行物2及び3のいずれにも本件発明1及び2に対する動機付けは存在しない。
(3) 以上のとおり,刊行物1記載の発明は,使い捨ての便座カバーに関する発明であって,耐洗濯性・再利用・環境面・反復性に関する示唆がされていないこと,刊行物2及び3には,衛生面で問題となる便座カバーに適用することについての示唆がされていないことから,刊行物1〜3中には,本件発明1及び2に対する動機付けが存在しないということができる。そうすると,「使い捨て」という,本発明とは方向性の異なる刊行物1記載の発明に対して,耐洗濯性,便座への適用は全く考慮されていない刊行物2及び3記載の技術的事項を適用することについての論理付けが破綻することになる。
(4) さらに,進歩性の判断に当たっては,商業的成功又はこれに準じる事実が参酌されるべきである。本発明の便座シートは,2001年度だけで360万枚,2002年度だけで380万枚も販売されたヒット商品であり,家庭用便座カバーの主役の座を,従来の便座カバーから本発明の便座シートに移行させた画期的な発明である(甲14)。
従来の布性の便座カバーは,洗濯することはできるものの,洗濯を繰り返すことにより,便座にフィットさせるためのカバー内の環状ゴムが劣化するため,耐洗濯性が劣っていた。また,従来の便座カバーは,便座全体を布で覆うため,便器と接触する部分が不衛生となるという問題もあった。これに対して,本件発明は,気泡による真空吸着及びシリコーン系物質による気泡のつぶれ防止により,耐洗濯性を高め,長期間繰り返し使用しても,便座を立てた状態で便座シートがずり落ちることがなく,しかも,シリコーンによりふわりとした座り心地が維持される。また,本件発明の便座シートは,便器には接さず便座上面だけに接するので衛生的でもある。これら本件発明の特徴が商業的成功及び耐洗濯性便座シートという新商品誕生の事実を導いたものであり,進歩性の判断に当たっては,これらの事実を考慮する必要があるにもかかわらず,この点についての判断をしていない決定は違法である。
(5) 以上のとおり,刊行物1〜3からは,当業者が,相違点に係る本件発明1及び2の構成を容易に想到し得るとはいうことができず,本件発明1及び2の進歩性を否定した決定は明らかに失当である。
被告の反論
決定の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張はいずれも理由がない。
1 取消事由1(分割出願の要件に関する判断の誤り)について (1) 原々出願の当初明細書等(甲4参照)には,装着層が「表面に開口する気泡」を有することについては何ら記載されていない。
原告は,原々出願の当初明細書等の段落【0019】の記載及び表2によれば,表面に開口する気泡が吸着機能により被接着物に密着することは自明の事項であると主張する。しかしながら,原々出願の当初明細書等には,発泡倍率が大きくなると密着力が大きくなるという関係は記載されてはいるものの,なぜ,密着力が増大するのか,その原因については何ら記載されていないのであるから,原告の主張は根拠がない。
(2) また,原告は,原々出願の当初明細書等(甲4参照)に記載された装着層は,甲5マイクロフィルム記載のものとほぼ同じ物質及び製法により製造されるものであるとして,原々出願の当初明細書等には吸着機能を有する装着層が記載されていることになる旨主張する。
しかしながら,甲5マイクロフィルムには,「第1図に示す如く紙,布,フイルム等の基材1にアクリル共重体系合成樹脂のエマルジョンに助剤を加え分散せしめ,更に製泡剤を添加し泡立器で十分攪拌し均一に発泡させた塗料を前記基材1に塗布乾燥せしめることによって発泡体2の表面に微細な凹面3を備えた接着層4を設けた接着シート5である」(2頁最終段落〜3頁第1段落)と記載されており,原々出願の当初明細書等に記載された「ウレタン系の商品『DICFOAM F-520」(段落【0017】)とは異なる「アクリル共重体系合成樹脂」を用いるものとされている上,助剤や,発泡倍率,乾燥温度等については具体的な記載がないのであるから,甲5マイクロフィルム記載の装着層が凹面3の吸盤作用により接着されるものであるとしても,それが,原々出願の当初明細書等に記載された装着層と同じ物質,同じ製法によって製造されたものであるとはいえないから,原告の上記主張は根拠がない。
(3) 他方,原々出願の当初明細書等(甲4参照)には,接着に関して,「本実施例では装着力を付与する主成分である合成樹脂(エマルジョン状)としてウレタン系の商品『DICFOAM F-520』」(段落【0017】),「前述の実施例では共に,合成樹脂としてウレタン系合成樹脂である『DICFOAM F-520』を含む装着材12を用いているが,何らこれに限定されるものではない。
本考案の便座カバーにおける特性を得るための装着材12としては,アクリル系粘着剤,ゴム系粘着剤,合成ゴム,エチレン酢酸ビニールアルコール(EVA),エチレンエチルアクリレート(EEA),エチレンメチルアクリレート(EMA),ウレタン等の樹脂が考えられる。これらの各樹脂における物性(粘着性,耐熱性,耐洗濯性,変色性)を調べた結果を,表4に示す」(段落【0030】),「混合性,コスト性,物性等の点を考慮すると,EVAとEMAとの混合物を使用する場合が最適である。以下,装着材としてEVAとEMAとの混合物を使用した場合について説明する。下記表5は,EVAとEMAとの混合率を変化させた各混合物における粘着力,耐熱性,耐洗濯性についての物性の測定結果を示す」(段落【0033】)と記載されている。上記の各記載及び表4において樹脂の物性として「粘着力」が取り上げられていること等によれば,原々出願の当初明細書等では,ウレタン系の合成樹脂やエチレン酢酸ビニールアルコール(EVA)の粘着力に着目して装着材の合成樹脂が選ばれているということができ,樹脂そのものが粘着力を有しない樹脂を採用することは排除されているというべきである。
(4) 仮に,原々出願の当初明細書等の記載から,当業者にとって,実施例記載の合成樹脂が表面に開口する気泡を有することが自明であるとしても,原々出願の当初明細書等には,その開口する気泡の吸盤作用による接着力のみで便座シートを装着するものは記載されておらず,原々明細書には樹脂の物性(粘着性)と吸盤作用の二つの作用により装着されるもののみが開示されていたということができる。
他方,原出願の当初明細書(甲12参照)には,「便座の上面形状に応じた形状をなすシートの一面に,合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を形成してあり,該装着層を便座上面に接着させるべくなしてあることを特徴とする便座カバー」(請求項1),「この接着作用は,樹脂の化学的性質によるものではなく,真空吸着という物理的性質による」(段落【0005】)と記載されており,原考案には,樹脂の化学的性質としての粘着力を有さず,真空吸着という物理的性質のみで装着されるものが含まれることとなり,そのような考案は原々出願の当初明細書等には記載されていなかったものである。
(5) 以上のように,原考案の「表面に開口する気泡を有する装着層を形成し てあり,該装着層を便座上面に接着させる」という構成は,原々出願の当初明細書等に記載されておらず,かつ,当業者にとって自明の事項でもないから,原考案は,原々出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものとは認められないとした決定の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本件補正の適法性に関する判断の誤り)について (1) 上記1のとおり,原々出願から原出願への分割出願は,適法なものではないから,本願については,平成6年改正特許法が適用される。
(2) そして,本願の当初明細書等(乙1参照)には,「シリコーン系物質」という用語は全く記載されておらず,「シリコーン系物質」に関する記載としては,「本実施例では主成分として合成樹脂(エマルジョン状)としてウレタン系の商品『DICFOAM F-520』,・・・助剤(3)として『VONDIC NBA-1』・・・を使用した。・・・大日本インキ化学工業(株)製である」(段落【0012】)という記載があるのみである。これによれば,本願の当初明細書等には,大日本インキ化学工業株式会社製の「VONDIC NBA-1」という商品名で販売された特定のシリコーン系物質を主成分とする助剤が合成樹脂に含まれることは示されているが,該特定のシリコーン系物質以外のシリコーン系物質を使用することは記載されていないのであるから,大日本インキ化学工業株式会社製の「VONDIC NBA-1」との記載を根拠に,「シリコーン系物質」と補正することは,下位概念から上位概念への補正であり,本願の当初明細書等に記載された事項以外のもの,すなわち,「VONDIC NBA-1」以外のシリコーン系物質が含まれることになる。
(3) したがって,本件補正は,平成6年改正特許法17条の2第3項の規定に違反するとした決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(本件発明1及び2の進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1(甲9)記載の発明に係る便座カバーは,使い捨て型の便座カバーであって,耐洗濯性・再利用・環境面・反復性に関する示唆がないこと,刊行物2(甲10)及び刊行物3(甲11)には便座用カバーに適用することについての示唆がないことから,刊行物1に刊行物2及び3を適用することはできない旨主張する。
しかしながら,便座カバーが汚れやすく,洗濯して再使用できるようにするものであることは,例示するまでもなく,周知慣用の事項であり,便座カバーである以上,洗濯して再使用することは元々内在している課題である。また,刊行物1には,「シート1の素材としては紙,布,合成樹脂等のいずれも使用することができる」(3頁下から第2段落)と,便座カバーのシートの素材として,布,合成樹脂を使用することが記載されており,これらのものは,洗濯して再使用することを阻害するものではない。
(2) そして,刊行物1には,「便座の上面形状に応じた形状をなすシートの一面(片面)に,装着層(再剥離型粘着剤からなる粘着部)を形成してあり,該装着層(再剥離型粘着剤からなる粘着部)を便座上面に装着(粘着)させるべくなしてある便座カバー(簡易便座カバー)」(決定謄本7頁第4段落)が記載されており,刊行物2には,圧着再剥離性接着シートに関して,装着層を被着面に装着する手段としてシリコーン系物質を含む合成樹脂からなり,表面に開口する気泡を有する装着層を被着面に装着することが記載されているところ,刊行物1及び2に記載された発明がいずれもシート体を被着面に装着するという技術で共通することからすれば,刊行物2に記載された装着手段を刊行物1記載の発明の装着手段として採用することは,当業者が容易に行い得ることである。
なお,刊行物3は,シリコーン系物質が弾性回復剤として添加されるという技術事項を示すものであって,刊行物2記載の発明においてシリコーン系物質の存在により気泡のつぶれが防止されることを証するために引用したものであり,決定においては,本件発明1は,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の手段を採用することにより容易に発明することができたと判断している。
以上によれば,本件発明1の進歩性を否定した決定の判断に誤りはない。
(3) また,本件発明2は,本件発明1の「シリコーン系物質を含む合成樹脂」に「発泡剤を含む」という事項を付加したものであり,シリコーン系物質を含む合成樹脂に更に発泡剤を含ませることは刊行物2に記載されており,刊行物2に記載された発明を刊行物1に記載された発明に適用することは,上記のとおり当業者が容易に行い得ることである。
したがって,本件発明2の進歩性を否定した決定の判断にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(分割出願の要件に関する判断の誤り)について (1) 原告は,原考案の「装着層が,表面に開口する気泡を有すること」(構成要件1)及び「装着層を便座上面に接着させるべくなしてあること」(構成要件2)の2点は原々出願の当初明細書等に記載された事項の範囲内のものとは認められないとした決定の判断は誤りであると主張するので,以下,検討する。
(2) 原々出願の当初明細書等(甲4参照)には,装着層(装着材)について,以下のような記載がある。
ア 「本考案の他の目的とするところは,装着材としてエチレン酢酸ビニールアルコールとエチレンメチルアクリレートとの混合物を用いることにより,粘着性及び耐熱性が高く,また洗濯後の物性劣化が少ないので汚れた場合には洗濯により繰り返し使用できる便座カバーを提供することにある」(段落【0007】) イ 「第1考案の便座カバーでは,シートの裏面に塗布された装着材は接着力があるので,便座カバーを便座に軽く圧すると容易に便座に密着することができ,ずれることなく固定され,便座を立てたときにも動かない。また,この便座カバーは剥離性が良好であるので,引っ張ることにより容易に取り外すことができ,後に残存するものはなく,また便座上に付属部材を必要としないので,そのまま支障なく便座に座ることができる」(段落【0010】) ウ 「本実施例では装着力を付与する主成分である合成樹脂(エマルジョン状)としてウレタン系の商品『DICFOAM F-520』,発泡剤として『F-1』,界面活性剤として濃度4%の『CMC』,助剤(1)として『VONCOAT 3750』,助剤(2)として『CR-5L』,助剤(3)として『VONDIC NBA-1』,触媒として『CATALYST PA-20』を使用した。『CMC』は第1工業製薬(株)製であり,それ以外の商品は大日本インキ化学工業(株)製である」(段落【0017】)。
エ 「シート11に装着材12を塗布する場合はまず表1に示した装着材12の組成物を配合し,ミキサーにより発泡させる。次にこの発泡した組成物をコーティング装置によりシート11の一面に塗布する。そしてこれを乾燥機に入れ,120〜160℃で5分間乾燥させる」(段落【0018】) オ 「このとき発泡倍率及び塗布厚を変えて装着材12を塗布したときの装着材12の物性試験を行った結果を表2に示す。表2より発泡倍率が小さい場合は剥離性が良好であり,発泡倍率が大きい場合は密着性が良好になり,また塗布厚が増加するといずれもが向上することがわかる」(段落【0019】) カ 「シート11に装着材12を塗布する場合は,まず表3に示した装着材12の組成物を配合し,発泡機により3.3倍に発泡させる。次にこの発泡した組成物をナイフコーターなどのコーティング装置によりシート11の一面に塗布する。そしてこれを乾燥機に入れ120℃で5分間,140℃で2分間乾燥させる」(段落【0028】) (3) 上記(2)のとおり,原々出願の当初明細書等には,「装着層が,表面に開口する気泡を有すること」(構成要件1)は何ら記載されていない。装着材の素材の一部に発泡剤が含まれており,ミキサーで発泡させてから乾燥させるとの記載(上記(2)のウ,エ及びカ)から,装着材の内部が発泡していることは推認することができるが,それを超えて,常に,表面に開口する気泡を有することまでは明らかでない上,さらに,当該気泡の真空吸着作用によってシートを便座に吸着させるものであることが自明であるとまでは,到底いうことができない。
他方,原々出願の当初明細書等(甲4参照)には,シートを便座に固定する力について,「装着材としてエチレン酢酸ビニールアルコールとエチレンメチルアクリレートとの混合物を用いることにより,粘着性及び耐熱性が高く」(段落【0007】),「シートの裏面に塗布された装着材は接着力があるので」(段落【0010】),「この便座カバーは裏面に塗布された装着材12の密着力が大きいので・・・」(段落【0023】),「前述の実施例では共に,合成樹脂としてウレタン系合成樹脂である『DICFOAM F-520』を含む装着材12を用いているが,何らこれに限定されるものではない。本考案の便座カバーにおける特性を得るための装着材12としては,アクリル系粘着剤,ゴム系粘着剤,合成ゴム,エチレン酢酸ビニールアルコール(EVA),エチレンエチルアクリレート(EEA),エチレンメチルアクリレート(EMA),ウレタン等の樹脂が考えられる。これらの各樹脂における物性(粘着性,耐熱性,耐洗濯性,変色性)を調べた結果を,表4に示す」(段落【0030】),「混合性,コスト性,物性等の点を考慮すると,EVAとEMAとの混合物を使用する場合が最適である。以下,装着材としてEVAとEMAとの混合物を使用した場合について説明する。下記表5は,EVAとEMAとの混合率を変化させた各混合物における粘着力,耐熱性,耐洗濯性についての物性の測定結果を示す」(段落【0033】),「EVA単品では酢酸ビニールの含有率が35%以上となると,粘着性(初期タッグ),耐洗濯性は良好であるが・・・」(段落【0035】)等の記載がある。このように,原々出願の当初明細書等においては,シートを便座に固定する力を表す語として「密着」,「接着」,「粘着」等,様々な表現がされており,いかなる力でシートが固定されているかを具体的に明らかにしているとはいい難く,段落【0033】及び段落【0035】の上記記載に照らせば,むしろ,樹脂の有する粘着力を主として考慮しているものと解するのが自然である。
そうすると,原々出願の当初明細書等の記載からは,装着層が常に表面に開口する気泡を有していることも,当該気泡が真空吸着作用によってシートを便座に吸着させる作用を営むことも,読み取ることができないというべきである。
(4) これに対し,原告は,原々出願の当初明細書等(甲4参照)の段落【0019】の記載及び表2を根拠に,表面に開口する気泡が吸着機能により被接着物に密着することは,原々出願の当初明細書等に記載された事項から自明の事項である旨主張する。
確かに,原告の引用する記載からは,装着材の発泡倍率が増大すれば,密着性が向上するとの関係を認めることができるが,原々出願の当初明細書等には,その技術的根拠が記載されているわけではなく,発泡倍率と密着性の向上との関係は,明細書の記載上は不明というほかはない。
この点について,原告は,発泡倍率が高い場合には,表面に開口する気泡の数が増加することから,吸着機能による密着力が向上する旨主張するが,そのような説明が原々出願の当初明細書等に全く記載されていないことは上記のとおりであって,仮に,原告の説明が技術的には正当なものであるとしても,当該説明に係る技術的事項が,原々出願の出願日(平成3年7月19日)当時における当業者の技術常識に属する事項であったと認めるに足りる証拠もない以上,原々出願の当初明細書等の解釈に当たり,当該事項を参酌し得るものではない。
(5) また,原告は,甲5マイクロフィルムに,「第1図に示す如く紙,布,フィルム等の基材1にアクリル共重体系合成樹脂のエマルジョンに助剤を加え分散せしめ,更に製泡剤を添加し泡立器で十分攪拌し均一に発泡させた塗料を前記基材1に塗布乾燥せしめることによって発泡体2の表面に微細な凹面3を備えた接着層4を設けた接着シート5である」(2頁最終段落〜3頁第1段落)と記載されていることを根拠に,原々出願の当初明細書等(甲4参照)に記載された装着層は,甲5マイクロフィルム記載のものとほぼ同じ物質及び製法により製造されるものであるから,原々出願の当初明細書等には吸着機能を有する装着層が記載されたことになる旨主張する。
しかしながら,仮に,甲5マイクロフィルムに,装着層の表面に吸盤作用を有する凹面3についての技術的事項が開示されているとしても,それが直ちに当業者の技術常識であったとまでは認めるに足りないから,甲5マイクロフィルムの記載を根拠に,原々出願の当初明細書等に,吸盤作用を有する気泡について記載されているということはできない。加えて,甲5マイクロフィルムの上記記載によれば,甲5マイクロフィルム記載の接着層の主成分は,「アクリル共重体系合成樹脂のエマルジョン」であると認められるのに対し,原々出願の当初明細書等の段落【0017】の記載(上記(2)ウ)によれば,原々出願の当初明細書等に記載された装着層の主成分は,「ウレタン系の商品『DICFOAM F-520』」であって,両者は主成分を異にするから,原告主張のように「ほぼ同じ物質及び製法」により製造されるものであるとも認められない。
したがって,原告の上記主張は採用の限りではない。
(6) 以上によれば,原考案の構成要件1及び2は,原々出願の当初明細書に記載された事項であるとも,当業者にとって自明の事項であるとも認められないから,原出願は,原々出願に包含されない新たな事項を考案の要旨とするものであって,分割出願の要件を満たさないものというべきである。
したがって,これと同旨の決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件補正の適法性に関する判断の誤り)について (1) 決定は,本件補正に係る「全文補正明細書の記載を,本願の当初明細書(特開平8-224192号〔注,乙1〕参照)の記載と照合すると,同全文補正明細書の請求項1および2に共通に追加記載され,また,発明の詳細な説明にも追加記載された事項である (1)装着層が,シリコーン系物質を含むこと, は,・・・本願の当初明細書に記載されていた事項とは認められない」(決定謄本5頁第1段落)と判断しているところ,原告は本件補正は適法なものであるとして,決定の上記判断を争うので,以下,検討する。
(2) 原告は,本願の出願日は,適法な分割出願遡及効により平成3年7月19日となるとして,本件補正の適法性を判断するに当たり,平成6年改正特許法を適用した決定は誤りである旨主張するが,上記1のとおり,原々出願から原出願への分割出願は適法なものとは認められないから,原出願の出願日は,現実の出願日である平成7年7月21日であり,そうすると,原出願を特許出願に出願変更した本願の出願日は,特許法46条5項,44条2項の規定により,原出願の出願日である平成7年7月21日とみなされるものである。
したがって,本件補正の適法性を判断するに当たり,平成6年改正特許法を適用した決定に誤りはない。 (3) 平成6年改正特許法の下での本件補正の適法性について,原告は,本件補正においては,原々出願の当初明細書等の「VONDIC NBA-1」との記載を根拠に「シリコーン系物質を含む」と補正したものであり,同法17条の2第3項にいう「願書に添付した明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内」においてした適法な補正である旨主張する。
本願の当初明細書等(乙1参照)には,「シリコーン系物質」という用語は全く記載されておらず,「シリコーン系物質」に関する記載としては,「本実施例では主成分として合成樹脂(エマルジョン状)としてウレタン系の商品『DICFOAM F-520』,・・・助剤(3)として『VONDIC NBA-1』・・・を使用した。『CMC』・・・以外の商品は大日本インキ化学工業(株)製である」(段落【0012】)という記載があるのみである。他方で,甲8カタログには,「VONDIC NBA-1」の主成分が「シリコーン系」であるとの記載があるから,両者を併せて読めば,本願の当初明細書等には,装着層が,大日本インキ化学工業株式会社製の「VONDIC NBA-1」という商品名で販売された特定のシリコーン系物質を主成分とする助剤を含むものであることが記載されているということができる。しかしながら,当該特定のシリコーン系物質以外のシリコーン系物質を使用することは,本願の当初明細書等には何ら記載されていないから,大日本インキ化学工業株式会社製の「VONDIC NBA-1」との記載があることを根拠に,装着層が「シリコーン系物質」を含むものとなるように明細書を補正することは,いわば下位概念から上位概念への補正であって,本願の当初明細書等に記載された事項以外のもの,すなわち,「VONDIC NBA-1」以外のシリコーン系物質を新たに取り込む結果をもたらすから,本件補正は,正に新規事項の追加に当たることが明白であって,許されないものというほかはない。
これに対し,原告は,補正の適法性の判断に当たっては,単に字句のとおり解釈するのではなく,記載事項のほか,当業者の技術レベル,周知事項などを考慮して実質的に解釈すべきであり,当業者であれば,「VONDIC NBA-1」との記載から,「シリコーン系物質を含む」ということが自明であるという実質を勘案して,新規事項の追加に該当するか否かを判断すべきであるなどと主張するが,「VONDIC NBA-1」がシリコーン系物質であることが,当業者にとっていかに自明であったとしても,「VONDIC NBA-1」以外のシリコン系物質をも新たに取り込むこととなる,本件補正を許容する余地はないから,原告の主張は採用の限りではない。
(4) 以上によれば,本件補正は,本願の当初明細書等に記載された事項の範囲内においてしたものとは認められないから,平成6年改正特許法17条の2第3項の規定に違反するとした決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由がなく,本件補正は,平成6年改正特許法17条の2第3項に違反するものであるから,原告主張の取消事由3について判断するまでもなく,本件発明1及び2に係る特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものとして,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきであり,これと同旨の決定に誤りはなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 早田尚貴
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