関連審決 |
訂正2008-390028 訂正2009-390069 無効2007-800027 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21行ケ10134審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10153審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10104審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10033審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10096審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 創作性(創作) / 方法の発明 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明特定事項 / 慣用技術 / 公知技術 / 技術常識 / 着想 / 援用権(援用) / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 一般に流通 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
21年
(行ケ)
10353号
審決取消請求事件
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原告雪印乳業株式会社 訴訟代理人弁理士石井良夫 同 城所宏 同 後藤さ なえ 被告明治乳業株式会社 訴訟代理人弁理士廣瀬隆行 同 越智豊 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/09/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1特許庁が無効2007−800027号事件について,平成21年9月25日にした審決を取り消す。 2訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求主文と同旨第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯等原告は,発明の名称を「食品類を内包した白カビチーズ製品及びその製造方法」とする特許第3748266号(平成15年12月19日出願,平成172年12月9日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 被告は,平成19年2月14日,本件特許の無効審判請求(無効2007-800027号)をし,特許庁は,同年12月14日,本件特許を無効とする旨の審決(第1次)をした。 原告は,平成20年3月10日,上記審決(第1次)の取消しを求める訴えを当庁に提起し(平成20年(行ケ)第10039号),同月14日付けで,特許庁に対し,訂正審判請求(訂正2008-390028号)をしたことから,当庁は,同年4月7日,特許法(以下「法」という。)181条2項に基づき上記審決(第1次)を取り消す決定をした。 特許庁は,無効審判請求について再び審理し,平成21年2月24日,訂正を認めた上で,本件特許を無効とする旨の審決(第2次)をした。 原告は,同年4月3日,上記審決(第2次)の取消しを求める訴えを当庁に提起し(平成21年(行ケ)第10091号),同年5月20日付けで,特許庁に対し,訂正審判請求(訂正2009-390069号)をしたことから,当庁は,同年6月5日,法181条2項に基づき上記審決(第2次)を取り消す決定をした。 上記訂正審判請求(訂正2009-390069号)に添付された訂正した明細書等を援用した訂正請求がされたものとみなされ(以下「本件訂正」という。),特許庁は,同年9月25日,「訂正を認める。特許第3748266号の請求項1-2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年10月7日,原告に送達された。 2特許請求の範囲審決が対象とした本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」といい,両者を併せて「本件発明」という。下線部は訂正部分である。)。なお,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という3(甲19,37)。 「【請求項1】 成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一に はさんだ後,前記チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に 一体化させ,その後,加熱す ることにより得られる,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベール チーズ製品。 【請求項2】成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一に はさみ,前記チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱す ることを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料 を内包したカマンベール チーズ製品の製造方法。」3審決の理由(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正は訂正の要件を備えるとした上で,本件発明1及び本件発明2は,甲1の1,2に記載された発明(以下「甲1発明」という。),甲3,4,6,10の記載及び本件特許出願前の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,いずれも法29条2項の規定により特許を受けることができない,特許請求の範囲の記載が明確でなく,いずれも法36条6項2号に規定される要件を満たしていない,したがって,本件発明1及び本件発明2は,法123条1項2号及び4号に該当し,無効とすべきものであると判断した。 (2)上記判断に際し,審決が認定した甲1発明の内容,並びに,本件発明1及び本件発明2と甲1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア甲1発明の内容甲1の1(Perron社発行「LACUISINEDEMA4X」(1992年11月23日)): (1-1)「トリュフ入りブリーチーズ 15人分以上の分量 しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリーチーズ(ムラン) 1個 上質な生トリュフ3個から4個 トリュフの絞り汁1デシリットル」 (1-2)「これは簡単でおいしいが,費用がかかるレシピである。 大型のナイフを使って,チーズの厚みを半分に切る。2つに切ったものを,それぞれ外皮を下にしてテーブルに置く。よくしみ込むようにあらかじめフォークで穴を空けた中身の方に,トリュフの絞り汁をかける。 トリュフをごく薄く切り,ブリーチーズの片方にのせる。 チーズを元の形に戻し,涼しい場所に置いて熟成させる。2週間から3週間待つ。 食卓に出すときは,ブリーチーズを適当な大きさに切り,トリュフドレッシングで香りを付けたミックスサラダを添えて供する。」 (1-3)適当な大きさに切られたブリーチーズの写真。 甲1の2: (1-4)適当な大きさに縦方向に切られ,所定の厚みを有するトリュフが上下の中間層にはさまれており,該中間層におけるトリュフの存在しない部位において,上下のチーズ間に明確な空間の存在が認められないブリーチーズの写真。 イ本件発明1と甲1発明について(ア)一致点 成型されたチーズカードの間に食品類をはさんだ後,前記チーズカードを熟成させて得られる白カビチーズ製品である点。 (イ)相違点5 Aチーズカードが,本件発明1は「表面にカビが生育するまで発酵させた」ものであるのに対し,甲1発明はその旨が特定されていない点。 B本件発明1は「チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」て得られる状態にあるものであるのに対し,甲1発明は,チーズカードを「涼しい場所に置いて2-3週間熟成させることにより」得られるものではあるものの,該チーズカードが結着している旨,及び,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化されたものである旨が特定されていない点。 C食品類を,本件発明1は,「均一にはさんだ」もので,かつ,「内包」するものであるのに対し,甲1発明は,その旨が特定されていない点。 D食品類が,本件発明1は「香辛料」であるのに対し,甲1発明は「トリュフ」である点。 E本件発明1が,一体化させた後に,「加熱する」ことにより得られるものであるのに対し,甲1発明は,その旨の規定がない点。 F本件発明1のチーズ製品は「結着部分からのチーズの漏れがない」ものであるのに対し,甲1発明は,その旨が特定されていない点。 G白カビチーズが,本件発明1ではカマンベールチーズであるのに対し,甲1発明ではブリーチーズである点。 ウ本件発明2と甲1発明について(ア)一致点 成型されたチーズカードの間に食品類をはさんだ後,前記チーズカードを熟成させることを特徴とする,白カビチーズ製品の製造方法である点。 (イ)相違点6 aチーズカードが,本件発明2は「表面にカビが生育するまで発酵させた」ものであるのに対し,甲1発明はその旨が特定されていない点。 b本件発明2は「チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」るものであるのに対し,甲1発明は,チーズカードを「涼しい場所に置いて2-3週間熟成させることにより」得られるものではあるものの,該チーズカードが結着している旨,及び,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化されたものである旨が特定されていない点。 c食品類を,本件発明2は,「均一にはさみ」,かつ,「内包」するものであるのに対し,甲1発明は,その旨が特定されていない点。 d食品類が,本件発明2は「香辛料」であるのに対し,甲1発明は「トリュフ」である点。 e本件発明2が,一体化させた後に,「加熱する」工程を有するのに対し,甲1発明は,その旨の規定がない点。 f本件発明2のチーズ製品は「結着部分からのチーズの漏れがない」ものであるのに対して,甲1発明は,その旨が特定されていない点。 g白カビチーズが,本件発明2ではカマンベールチーズであるのに対して,甲1発明ではブリーチーズである点。 第3当事者の主張1取消事由に係る原告の主張審決は,(1) 甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成の容易想到性判断の誤り,(2) 本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り,(3) 本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り,(4) 本件発明1の顕著な作用効果を看過して容易想到と判断した誤り,(5) 本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り,(6) 法36条6項2号に7ついての判断の誤りがあり,これらは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。すなわち,(1) 甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成の容易想到性判断の誤り(取消事由1)審決は,相違点Bについて,「本件発明1の「チーズカードを結着するように熟成させて,・・・一体化させ」て得られた状態とは,もともと別体であったチーズカードどうしが結びつくことにより一体となった状態を意味しているといえるが,その結びつきの強度や一体化がどの程度まで強固に維持されるかが規定されているとはいえない。一方,甲1発明の熟成期間が「2-3週間」であることや,甲1発明の切断面において,チーズカードどうしが「ある程度溶融して結びついた」状態であることが摘記事項(1-4)から理解できることを考慮すれば,甲1発明においても,チーズカードどうしが結びつくことにより,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にあるといえる。してみると,本件発明1と甲1発明との間で,チーズカードどうしの「結着」の程度,「一体化」させられている点に差異は見出せないため,この点は実質的な相違点とはいえない。」とし,また,「本件発明1の「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない」状態とは,(中略)結着部分から引っ張ったときに,結着部分から「簡単には」はがれない状態が包含されるといえる。一方,(中略)甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」は,トリュフがはさまれている部分が,熟成の結果,ある程度溶融して結びついた状態にあるといえるから,結着部分から引っ張ったときに,チーズカード同士が「簡単には」はがれない状態であるといえる。 してみると,この点も実質的な相違点とはいえない。」と判断する。 しかし,審決の上記認定,判断は,以下のとおり誤りである。 本件発明1は,「チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」という発明特定事8項から導き出されるように,白カビチーズ(カマンベールチーズ)が,結着部分である外周側面及び結着面の一体化により,通常の白カビチーズと比べて外観上全く見分けがつかないものになっているのに対し,甲1の1,2には,分離せずに一体となっている状態を窺わせる記載はなく,その旨の示唆もないから,甲1発明は,「上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にある」とした審決の認定は誤りである。 また,甲1の1の「しっかりと硬い(まだ熟成していない)」の「熟成」とは「完全な熟成」と解釈されるべきであり,「しっかりと硬い(まだ熟成していない)」とは,正しくは「表皮を形成する白カビの成長は終わっているが,ある程度は熟成が進んでいるか,ないしまだ完全には熟成しておらず,内部のチーズカードが,一部しか軟化していないか,全く軟化していないので,しっかりと硬い」ものという趣旨である。すなわち,甲1の1において,ブリーチーズにトリュフをはさむのは,カビスターターの添加後から少なくとも5〜6週目の時点であり,白カビ自体の成長が10日くらいまでであることからすると,この時点では,白カビによる表皮(マット)の成長は既に終わっており,その後,更に2〜3週間熟成させても,ブリーチーズの中身部分は軟化し,とろける状態になりはするものの,白カビの成長による表皮の形成は進行せず,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものにはなっていない。 以上のとおり,本件発明と甲1発明との相違点Bが実質的な相違点でないとした審決の認定は誤りであり,この誤りは結論に影響を及ぼす。 (2)本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り(取消事由2)審決は,相違点Eについて,「甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」を得る際に,製品として流通,販売すること等を目的として,白カビチーズにおける周知事項を適用し,熟成した白カビチーズを容器に入れて80-120℃で加熱殺菌をすることは当業者が容易に想到し得ることである。」と9し,また,甲1の1の記載が家庭料理用レシピであることを前提としつつ,「家庭の食卓で出される料理と同様の食品を,製品として流通,販売することは,本件出願前から様々な食品で行われていることであり,甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」についても,製品として流通,販売すること等を目的とした加熱殺菌をすることに,特段の阻害要因はない。」と判断する。 しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。 本件明細書の段落【0007】,【0008】の記載によれば,本件発明1における「加熱する」ことの技術的意義は,保存性を高めると同時に,結着をより強固にするためである。これに対し,甲1の1記載のブリーチーズは,トリュフをふんだんに使用する贅沢な家庭料理であり,製品として流通,販売する目的がなく,加熱殺菌処理の必要性はない。したがって,甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」において,加熱殺菌する構成を採用することの目的及び必要性がないから,阻害要因に当たるといえる。なお,本件明細書にその条件が明記されていなくとも,当業者は,通常の条件で行う加熱処理であると理解し得る。 以上のとおり,甲1発明とは明らかに異なる市販の製品を前提としながら,甲1発明に,周知である加熱殺菌を適用することは容易に想到し得るとした審決の判断は誤りである。 (3)本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り(取消事由3)審決は,相違点Fについて,「(甲1発明においても)製品の外観や保存上の観点から,「結着部分からのチーズの漏れがない」ほうが望ましいことは明らかであるから,「結着部分からのチーズの漏れがない」チーズ製品が得られるように,はさむ食品の量,はさむ際に使用するチーズカードの熟成の程度,熟成期間又は熟成条件といった条件を調整し,白カビチーズ製品の製造方法を最適化することは,当業者が容易に想到し得ることである。」と10判断する。 しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。 本件発明1において,「結着部分からのチーズの漏れがない」ことは,チーズカードを結着するように一体化させ,その後加熱(加熱殺菌)することにより得られるものであり,市販の製品とするために必要な条件であるのに対し,甲1発明は,家庭用一般消費者向けレシピに基づくもので,外観や保存性の観点は考慮されず,加熱処理による一体化がないため,チーズカードの切断部分において,特に外周側面には,白カビのマットが形成していないものしかできず,したがって,切り口がふさがらず,切り口のマットの形成されていない部分からチーズが溶融して流出するものしかできないと考えるのが自然である。 したがって,審決が,相違点Fについて,甲1の1,2には記載がなく,また意図していない観点を,甲1発明の望ましい課題として認定し,その課題解決の手段を,当業者が容易に想到し得ると判断したことは誤りである。 (4)本件発明1の顕著な作用効果を看過して容易想到と判断した誤り(取消事由4)審決は,本件発明1と甲1発明とを対比し,相違点Aから相違点Gまでの7つの点を掲げ,それぞれの相違点について判断しながら,本件発明1によって奏する効果については何ら検討せずに,本件発明1は,「当業者が容易に発明をすることができた」との結論を導いている。 しかし,本件発明1は,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものであり,食品類の流出や漏れのない非常に良好な白カビチーズ製品が得られるという,従来技術からは予測することのできない,格別顕著な効果を奏するものであるのに対し,甲1の1,2ないし他の甲号証には,本件発明1のような技術思想ないし技術課題を窺わせる記載は何もなく,それらから本件発明1の奏する顕著な作用効果は予測することができない。 11したがって,審決は,本件発明1の顕著な作用効果を看過して,容易想到であると判断した誤りがある。 (5)本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り(取消事由5)審決は,本件発明2と甲1発明との相違点について,「本件発明1と甲1発明の相違点と実質的に一致している。」として,「本件発明2は,本件出願前に頒布された甲1,3,4,6及び10の記載,並びに,本件出願前の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」とする。 しかし,本件発明2は,本件発明1を引用した製造方法の発明であるから,上記(1) 〜(4) と同じ理由により,審決には誤りがある。 (6)法36条6項2号についての判断の誤り(取消事由6)審決は,本件発明1及び本件発明2の「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」の点について,「「結着部分から引っ張」る力の大きさが規定されていないために,当業者であっても,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断することができず,本件発明1及び本件発明2は明確でない。」と判断する。 しかし,本件発明1及び本件発明2は,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との発明特定事項により,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかなくなっている。したがって,白カビにより結着させたチーズカードの円周部分,すなわち,外周側面の表皮において白カビマット(リンド)が成長し,全く外観上見分けがつかないか否かを基準として判断すれば足りるのであって,結着部分からの引っ張りにより判断することができるから,具体的な「結着部分から引っ張」る力の大きさが規定されなくとも,そして,その評価方法からしても,結着部分の強度がそれ以外の外皮部分と少なくとも同等の強度を有することを意味することは明確である。 12したがって,特許請求の範囲の記載は明確であって,記載不備はなく,法36条6項2号の要件を満たさないとの審決の判断は誤りである。 2被告の反論 以下のとおり,審決には,取り消されるべき判断の誤りはない。 (1)取消事由1(甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成の容易想到性判断の誤り)に対し原告は,本件発明1が,「白カビチーズ(カマンベールチーズ)が,結着部分である外周側面及び結着面の一体化により,通常の白カビチーズと比べて外観上全く見分けがつかないものになっている」ことを前提として,「甲1の1には,分離せずに一体となっている状態を窺わせる記載はなく,その旨の示唆もないから,甲1発明を,「上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態である」とした審決の認定は誤りである。甲1の1において,ブリーチーズにトリュフをはさむのは,カビスターターの添加後から少なくとも5〜6週目の時点であり,白カビ自体の成長が10日くらいまでであることからすると,この時点では,白カビによる表皮(マット)の成長は既に終わっており,その後,更に2〜3週間熟成させても,白カビの成長による表皮の形成は進行せず,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものにはなっていないから,本件発明と甲1発明との相違点Bが実質的な相違点でないとする判断は誤りである。」旨主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件発明1の発明特定事項は,「チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」であり,「外観上全く見分けがつかないものになっている」との構成は存在しないから,原告の主張は,前提を欠いている。 また,本件発明1の「前記チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」との発明13特定事項からしても,結着とは,チーズカードの外周側面のみを意味するものではなく,チーズカードが結着した部分(結着部分)は,2枚のチーズカードが合わさった全面であると解すべきであり,甲1発明のチーズについて「通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものにはなっていない」ことを理由として,審決の認定,判断が誤りであるとする原告の主張は失当である。 仮に,本件発明1は,「白カビチーズ(カマンベールチーズ)が,結着部分である外周側面及び結着面の一体化により,通常の白カビチーズと比べて外観上全く見分けがつかないものになっている」との構成を含むとの原告の主張を前提としても,本件発明1の「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態」とは,「結着部分から引っ張ったときに,結着部分から「簡単には」はがれない状態が包含している」と解釈できる。 他方,甲1発明における「しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリーチーズ(ムラン)」は,カビスターター添加後から10日程度を過ぎたものであると限定する理由はなく,甲1に接した当業者が,甲1に開示された発明に基づいて白カビチーズ製品の製造において,カビスターター添加後10日程度を過ぎたもののみを用いるとする合理的な根拠もない。結着部分において,白カビのマットに比べてチーズどうしの結着力の方が強く,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」していることは自明であって,カビスターター添加後10日を過ぎたチーズについてこれ以上白カビが成長しないか否かはさておき,少なくとも「結着部分から引っ張ったときに,結着部分から「簡単には」はがれない状態」であるといえるから,原告の主張を前提としても,相違点Bに関する審決の認定,判断に誤りがあるとはいえない。 (2)取消事由2(本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り)に対し14原告は,甲1の1記載のブリーチーズは,トリュフをふんだんに使用する贅沢な家庭料理であるから,製品として流通,販売する目的がなく,加熱処理の必要性はない。したがって,甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」において,加熱殺菌する構成を採用することは,その目的及び必要性がなく,阻害要因に当たるといえると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,甲1は,トリュフ入りブリーチーズの製造方法に関するレシピであるから,家庭のみにおいて製造されるとは想定し難く,当業者であれば,これを工業的に製造することを考えるのは当然である。また,チーズ製品を加熱殺菌することは,チーズの製造における周知慣用技術である(甲4,6)。そうすると,甲1の記載に接した当業者にとって,そこに記載されたトリュフ入りブリーチーズを加熱殺菌することは,容易に想到し得るものである。 また,本件発明1に関する本件明細書の実施例2について,段落【0010】には,「このチーズカードを再び数日発酵させ,ポリプロピレンフィルムで包装した後,さらに熟成が完了するまで発酵を継続した。切断面がカビの生育により見えなくなり,熟成によって上下2枚のチーズが結着し,外見上は通常のカマンベールチーズと見分けのつかない良好な白カビチーズが得られた。」との記載がある。すなわち,本件発明1において,「上下2枚のチーズが結着し,外見上は通常のカマンベールチーズと見分けのつかない良好な白カビチーズ」は,熟成によって得られるのであり,そのような良好な白カビチーズを得るために,加熱殺菌処理は必要な処理ではない。 さらに,本件発明1の発明特定事項をみても,単に「加熱する」というものであり,本件明細書の実施例1(段落【0008】)にも,単に「加熱殺菌する」との記載があるのみで,加熱殺菌の条件等は記載されていない。チーズの製造業の分野において,加熱殺菌処理は通常行われている処理であって,本件発明1の加熱方法が特殊なものであるとはいえない。 15したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。 (3)取消事由3(本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り)に対し原告は,本件発明1の相違点Fに関する構成について,甲1発明は,家庭用一般消費者向けレシピに基づくもので,外観や保存性の観点は考慮されず,加熱殺菌処理による一体化がないため,チーズが溶融して流出するものしか形成できないものと理解するのが相当であるにもかかわらず,審決が,甲1の1,2には記載がなく,また意図していない観点を,甲1発明の望ましい課題として認定し,その課題解決の手段を,当業者が容易に想到し得ると判断したことは誤りであると主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,製品の外観や保存上の観点から,「結着部分からのチーズの漏れがない」ほうが望ましいことは明らかであるから,「結着部分からのチーズの漏れがない」製品が得られるように,はさむ食品の量,はさむ際に使用するチーズカードの熟成の程度,熟成期間又は熟成条件といった条件を調整し,白カビチーズ製品の製造方法を最適化することは,当業者が容易に想到し得ることである。 甲1の1,2の記載に接した当業者が,ことさら,結着部分からのチーズの漏れのあるトリュフ入りブリーチーズを製造することは考え難い上,甲1がレストランにおけるレシピであるため,製品の外観を無視することはあり得ない。 したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。 (4)取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果を看過して容易想到と判断した誤り)に対し原告は,「本件発明1は,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものであり,食品類の流出や漏れのない非常に良好な白カビチーズ製品が得られるという,従来技術からは予測することのできない,格別16顕著な効果を奏するものであるのに対し,甲1の1,2ないし他の甲号証には,本件発明1のような技術思想ないし技術課題を窺わせる記載は何もなく,それらから本件発明1の奏する顕著な作用効果は予測することができないものであるから,審決は,本件発明1の顕著な作用効果を看過して進歩性の判断を行った誤りがある。」旨主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,ある発明がある作用効果を有するとしても,その作用効果が公知技術に存在しない構成要件を採用することにより得られるものであること,及び,その作用効果を奏する構成要件が公知発明には存在しないことを主張しない限り,取消事由とはならない。 原告の主張は,単に本件発明1の作用効果のみを主張するものであり,失当である。 (5)取消事由5(本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り)に対し原告は,「本件発明2は本件発明1を引用した製造方法の発明であるから,上記1の(1) 〜(4) と同じ理由により,審決には誤りがある。」旨主張する。 しかし,上記(1) 〜(4) のとおり,取消事由1から4までに関する原告の主張はいずれも失当であるから,取消事由1から4までを根拠とする取消事由5に関する原告の主張も失当である。 (6)取消事由6(法36条6項2号についての判断の誤り)に対し原告は,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との構成は,外観上見分けがつかないか否かを判断基準とすることにより,結着部分からの引っ張りによって判断することができるから,明確であると主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。 特許請求の範囲の文言から離れて発明の要旨を認定するものであり,失当17である。 また,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」は,「結着部分から引っ張」る力の大きさがどの程度かについて,当業者の間に共通の認識があるわけではなく,その力が定まらなければ,明確に判断することができない上,本件発明1の実施品(食品を内包していない)として開示されたチーズ(甲41)では,切断面を完全にはマットが覆っておらず,視認することができる。 したがって,発明特定事項である「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」は,「外周側面の表皮において白カビマット(リンド)が成長し,全く外見上見分けがつかないか否かを基準とすればよい」との原告の主張は失当である。 第4当裁判所の判断当裁判所は,原告主張の取消事由1ないし3,5及び6には理由があり,審決の認定,判断には誤りがあり,結論に影響を及ぼすものであるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は,違法として取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。 1認定事実(1)本件発明の内容本件発明の特許請求の範囲は,第2,2記載のとおりである。また,本件明細書には次の記載がある(甲19,37)。 【発明が解決しようとする課題】 【0003】 上記したように,従来は,チーズ製品に食品類を混合した成型品として,チーズ全体に食品類を混合させたチーズ製品,チーズ表面に食品類を付着させたチーズ製品や,外層部がナチュラルチーズではない鶏卵状チーズ製品及びそれらの製造方法が知られていたが,これらの方法では食品類を内包した18白カビチーズ製品を製造することは不可能であった。 本発明は,チーズの間に種々の食品類を内包する白カビチーズ製品及びその製造方法を提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0004】 本発明者らは,上記の課題を解決するために白カビチーズに食品類を内包する方法を検討した結果,成型したチーズカードの間に食品類をはさみ,熟成させることにより,チーズの結着が強固で,型崩れや食品の漏れのない白カビチーズ製品が得られることを見出し,本発明を完成するに至った。また,熟成の後に加熱することにより,チーズの結着をより強固にすることができることも見出した。 すなわち,本発明は,成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさんだ後,前記チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することにより得られる,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品である。 本発明はまた,成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法である。 【発明の効果】 【0005】 本発明によれば,成型したチーズカードの間に様々な食品類をはさんだ後,前記チーズカードを結着するように熟成させて一体化させることにより,食品類を内包した白カビチーズ製品を得ることができる。 19 本発明の食品類を内包した白カビチーズは,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものである。本発明の製造方法以外で製造した場合には,加熱時に流動化したチーズが切断面から流れ出たり,食品類が流出したり漏れたりすることが予想されるが,本発明によれば,そのような流出や漏れのない非常に良好な白カビチーズ製品が得られる。 なお,内包する食品類の種類を変更することにより,種々の形状や風味を有する白カビチーズ製品を容易に得ることができる。さらに,大量生産を目的とした白カビチーズ製品生産ラインにおいて,食品類を内包した小ロットの白カビチーズ製品の製造を可能にするものである。 (2)他方,甲1の1には次の記載がある。 トリュフ入りブリーチーズ材料15人分以上...ブリーチーズ(ムラン産)1個 しっかりと弾力のあるもの(まだ熟成していないもの)品質の良い生トリュフ3〜4個トリュフジュース1dl付け合せ:ミックスサラダ1皿トリュフドレッシング1dl(「トリュフドレッシング」の項参照)さて,簡単でおいしい作り方は以下の通り。少々お値段は張りますが... 大きめの包丁を用いて,チーズを横に半分に切ります。半分になった2つの部分を,皮のほうを下にしてテーブルに並べます。チーズの中身の柔らかい側にトリュフジュースをかけます。中身は予めフォークでつついて汁がしみ込みやすくしておきます。 トリュフをごく薄切りにしてブリーの片側半分の上に並べます。 チーズをもとの形に戻し,涼しい場所に保存して熟成させます。2〜3週20間,待ちましょう。 サービスするときは,ブリーを切り分け,トリュフドレッシングをかけて風味をつけたミックスサラダを添えてお出しします。 (3)以下,上記の記載等を基礎に,取消事由の有無について判断する。 2取消事由1(甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成の容易想到性判断の誤り)について(1)審決は,相違点Bについて,「甲1発明の熟成期間が「2-3週間」であることや,甲1発明の切断面において,チーズカードどうしが「ある程度溶融して結びついた」状態であることが摘記事項(1-4)から理解できることを考慮すれば,甲1発明においても,チーズカードどうしが結びつくことにより,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にあるといえる。」として,「本件発明1と甲1発明との間で,チーズカードどうしの「結着」の程度,「一体化」させられている点に差異は見出せないため,この点は実質的な相違点とはいえない。」と判断した。 審決の記載における,甲1発明において「上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態」とは,「上下に切断され,トリュフをはさんだ後,元の形にもどされた上側のチーズと下側のチーズが,結着面の外周側面及び内部において分離せずに一体となった状態にあること」を指すと解される。 甲4ないし6によれば,工場等で製造する際における,ブリーチーズ,カマンベールチーズのような白カビチーズの製造過程は,別紙製造工程記載のとおりであると認められる。同記載によれば,チーズの表面全体にカビが生育するのは一次熟成の段階(別紙製造工程の?)であり,カビが生成する酵素の作用で外側から内側へと熟成が進行するのは,二次熟成(同?)であって,チーズを包材で包装するのは,一次熟成終了より早い段階のものではあり得ないから,「ブリーチーズ」として市場に流通される製品は,一次熟成21終了後のものであると認められる。他方,甲1の1は,料理レシピであって,一般的な流通経路で入手できる材料を使用することを前提に記載されていると解するのが相当であるから,甲1発明において,「しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリーチーズ」とは,一般に流通可能な状態となった一次熟成終了後のチーズを指し,「しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリーチーズ」を,「ナイフを使って,チーズの厚みを半分に切」り,「トリュフをごく薄く切り,ブリーチーズの片方にのせ」,「チーズを元の形に戻し,涼しい場所に置いて熟成させる。2週間から3週間待つ。」(甲1の1)との記載における「熟成」とは,二次熟成を指すものと認めるのが相当である。 ところで,甲1の2によれば,写真からは,結着面の外周側面をカビのマットが覆っている状態を確認することも,結着面の外周側面が「分離せずに一体となった状態」となっていることも認めることはできない。また甲1の1の記載によっては,ナイフでブリーチーズを半分に切って,元の形に戻した後,涼しい場所に置いて,2〜3週間,二次熟成を行うだけで,上側のチーズと下側のチーズの結着面の外周側面をカビのマットが覆う状態となるまでカビが成長することは,到底考え難い。上側のチーズと下側のチーズの内部の結着面について,二次熟成の過程で内部の組織が軟化して溶融することは,可能性として考えられるが,熟成後,「分離せずに一体となった状態」となることは,甲1の1,2の記載及び画像から,読み取ることはできない(甲1の2に「中間層におけるトリュフの存在しない部分において,上下のチーズ間に明確な空間の存在が認められないブリーチーズの写真」(摘記事項1-4)とあるが,同写真によれば,上側のチーズと下側のチーズとは,周縁部において離隔している様子が写されており,分離せずに一体となった状態を確認することはできない。)。 のみならず,甲1の1はレストラン又は家庭用の料理レシピであって,そこに記載されている,トリュフ入りブリーチーズは,料理した後に,市場に22流通させることを念頭に置いたものではなく,適宜切り分けて,食卓に供されるものであるから,甲1発明において,熟成後,上側のチーズと下側のチーズが分離せずに一体となった状態にすることを想定していない。 以上によれば,甲1発明において,トリュフ入りブリーチーズが,熟成後,「上側のチーズと下側のチーズが分離せずに一体となった状態にある」との構成が開示されているものと認定することはできない。 したがって,審決が,甲1発明について,「チーズどうしが結びつくことにより,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にある。」と認定したことは誤りであり,同認定を基礎として,相違点Bについて,「本件発明1と甲1発明との間で,チーズカードどうしの「結着」の程度,「一体化」させられている点に差異は見出せないため,この点は実質的な相違点とはいえない」とした容易想到性の判断も誤りというべきである。 (2)これに対し,被告は,縷々反論するが,いずれも甲1発明において,熟成後,「上側のチーズと下側のチーズが分離せずに一体となった状態にある」ことを前提にするものであって,失当である。 また,被告は,甲1発明の再現実験の結果,表面にカビが生育した熟成2週間のムラン産ブリーチーズを,厚さのほぼ1/2の高さで略水平に切断し,トリュフを挟んで,切断前の形と同じになるようにして,15℃の恒温室で3週間熟成させたところ,チーズの切断面が結着し,外周がカビで覆われることで,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態となったとして,乙2(実験成績証明書1)を提出する。しかし,同実験成績証明書の記載を前提としても,甲1発明において,熟成後,「上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にある」ことが開示されていると理解する根拠ということはできない。 したがって,被告の反論等は採用の限りではない。 3取消事由2(本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り)及23び取消事由3(本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り)について(1)取消事由2について審決は,相違点Eについて,甲4及び甲6には,カマンベールチーズの保存性を高めることを目的に,熟成後のカマンベールチーズを容器に入れて80-120℃で加熱殺菌を行うことが示され,カマンベールチーズがブリーチーズと同様に白カビチーズであることは,本件特許出願前から当業者に周知であるとして,「甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」を得る際に,製品として流通,販売すること等を目的として,白カビチーズにおける周知事項を適用し,熟成した白カビチーズを容器に入れて80-120℃で加熱殺菌をすることは当業者が容易に想到し得ることである。」と判断した。 しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。 甲1の1は,同記載に係るトリュフ入りブリーチーズが,2〜3週間の熟成後,料理として食卓に供されることを念頭に置いた,家庭用,レストラン等の料理レシピであって,製品として市場に流通させる食品を想定したものではない。トリュフ入りブリーチーズを製品として市場に流通させる場合には,製品の輸送,保存の観点から,上側のチーズと下側のチーズの結着面の外周側面における結着の状態,程度,熟成後の加熱殺菌を考慮する必要がある。他方,甲1発明においては,そのような目的を考慮する必要がないことに照らすならば,上側のチーズと下側のチーズの結着面における結合の状態,程度に関する構成は,およそ開示されていると認められないことは,上記2(1) で述べたとおりである。また,白カビチーズの中身は加熱により溶融する性質を有しているから(当事者間に争いがない。),加熱によりチーズの中身が溶融しても結着部分から漏れないようにするためには,加熱しない場合に比べて,チーズの表皮をカビのマットがより強固に覆っていることが必要と考えられるところ,甲1の1には,加熱しても結着部分からのチーズの24中身の漏れがない状態のチーズを製造するための技術的事項が何ら示唆されていない。そうすると,甲1発明については,熟成後のチーズについて保存性を高めるための加熱殺菌処理を行うことの示唆はないというべきである。 以上のとおり,本件発明1の加熱することにより得られるものであるとの構成は,甲1発明に基づいて容易に想到し得るとはいえない。 (2)取消事由3について審決は,相違点Fについて,「甲1発明において,「しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリーチーズ(ムラン)」としてどの程度の熟成段階のものを使用するのか,また,「チーズを元の形に戻し,涼しい場所に置いて熟成させる。2週間から3週間待つ。」過程の条件を具体的にいかなるものとするのかは,求める製品に応じて当業者が最適化できるものであり,その最適化は,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。」として,「製品の外観や保存上の観点から,「結着部分からのチーズの漏れがない」ほうが望ましいことは明らかであるから,「結着部分からのチーズの漏れがない」チーズ製品が得られるように,はさむ食品の量,はさむ際に使用するチーズカードの熟成の程度,熟成期間又は熟成条件といった条件を調整し,白カビチーズ製品の製造方法を最適化することは,当業者が容易に想到し得る」と判断した。 しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。 本件発明1は,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化した上,その後,加熱することにより得られる,「結着部分からのチーズの漏れがない」カマンベールチーズ製品である。そして,「その後,加熱すること」とは,別紙製造工程からすると,その?記載のように,二次熟成後,チーズの保存性を高めるために80〜120℃で加熱殺菌することをいうものと合理的に理解される。 これに対して,甲1発明については,「加熱をすること」は開示されてい25ないのみならず,上記(1) のとおり,甲1発明に接した当業者において,熟成した白カビチーズ製品について「加熱をすること」を容易に想到し得るものとはいえない。 したがって,本件発明1の相違点Fに関する,加熱することにより得られる「結着部分からのチーズの漏れがない」との構成について,加熱殺菌等の処理をおよそ想定していない甲1発明に基づいて,容易想到であると判断することはできないというべきである。 これに対し,被告は,甲1発明の再現実験の結果,表面にカビが生育した熟成2週間のムラン産ブリーチーズを,厚さのほぼ1/2の高さで略水平に切断し,トリュフを挟んで,切断前の形と同じになるようにして,15℃の恒温室で3週間熟成させたところ,チーズの切断面が結着し,85℃の熱水中に30分間浸漬して加熱したが,チーズの漏れは認められなかったとして,乙第2号証(実験成績証明書1)を提出する。しかし,上記(1) のとおり,甲1発明が,熟成後のチーズを「加熱殺菌をすること」を着想する示唆を欠く以上,上記の実験結果は,上記の結論を左右しないというべきである。 したがって,被告の主張は採用の限りではない。 (3)相違点E及びFに係る構成について 審決は,本件発明1の相違点Eに係る構成(一体化させた後に「加熱する」ことにより得られるとの構成)及び相違点Fに係る構成(「結着部からのチーズの漏れがない」との構成)について,それぞれ独立に容易想到であるかを判断している。 しかし,当業者が製品の流通,販売等を目的として熟成した白カビチーズを製造しようとした場合には,加熱殺菌処理は必須の工程であること,他方,白カビチーズは加熱により溶融する性質を有している(当事者間に争いはない。)ことから,そのような加熱処理がされた場合においても,食品としての品質を損なわないようにするための課題解決が重要となる。そのような点26を考慮するならば,本件発明1の相違点に係る構成EとFとは,それぞれを分離して,その容易想到性を判断すべきでなく,両者を密接不可分の構成として,総合的な見地から容易想到性を判断するのが合理的であるといえる。 そのような観点に立って検討すると,上記(1) のとおり,甲1の1は,流通,販売等を目的として加熱殺菌工程を加えたとしてもなお,結着部分からのチーズの中身の漏れがない状態のチーズを製造するための解決課題及び課題解決についての技術的事項は,何ら開示されていないのであるから,甲1発明に基づいて,「加熱(殺菌)」してなお「結着部分からのチーズの漏れがない」との構成に至ることが容易であったとはいえない。 以上のとおり,本件発明1の相違点に係る構成E及びFを一体として想到することは,容易であるとはいえない。 4取消事由5(本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り)について原告は,「本件発明2は本件発明1を引用した製造方法の発明であるから,上記第3の1(1) 〜(4) と同じ理由により,審決には誤りがある。」旨主張する。 本件発明2は,「成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法。」であり,本件発明1の構成を引用した製品の製造方法であって,審決が認定した本件発明2と甲1発明の相違点b,e及びfは,本件発明1と甲1発明の相違点B,E及びFと,それぞれ技術内容において共通である。 したがって,上記2,3と同様の理由により,本件発明2と甲1発明の相違点b,e及びfに関する審決の判断には誤りがあると認められる。 275取消事由6(法36条6項2号についての判断の誤り)について 審決は,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との記載について,「引っ張る力に上限がなければ,いかなるチーズでも,結着部分がはがれてしまう。そして,「結着部分から引っ張」る力の大きさがどの程度であるかについて,当業者であっても共通の認識を有しているとは認められない。」として,当業者であっても「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断することができないから,本件発明1及び本件発明2は明確でなく,法36条6項2号の要件を満たさないと判断する。 しかし,審決の上記判断は,以下のとおり,失当である。 すなわち,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」記載部分は,チーズが,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に至っていることを,ごく通常に理解されるものとして特定したというべきである。すなわち,本件発明1及び本件発明2のようなカマンベールチーズ製品及びその製造方法において,チーズの結着部分以外の部分であっても,仮に,一定以上の強い力を加えて引っ張れば,表皮は裂けるし,そのような強い力を加えなければ,表皮がはがれることはない。 上記構成は,チーズの結着部分について,チーズの結着部分以外の部分における結着の強さと同じような状態にあることを示すために,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との構成によって特定したと理解するのが合理的である。また,上記記載部分をそのように解したからといって,特許請求の範囲の記載に基づいて行動する第三者を害するおそれはないといえる。 したがって,上記記載が不明確であって法36条6項2号の要件を満たさないとした審決の判断は,誤りである。 6小括28以上のとおりであって,原告主張の取消事由1ないし3,5及び6には理由があり,審決は,本件発明1について,甲1発明との相違点B,E及びFに関する判断を誤り,本件発明2について,甲1発明との相違点b,e及びfに関する判断を誤って,いずれも法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断し,本件明細書における特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の記載が,いずれも法36条6項2号の要件を満たさないと判断した誤りがあるから,その余の争点について判断するまでもなく,違法として取り消されるべきである。 第5結論 よって,原告の請求は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。 |
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29裁判官武宮英子30別紙製造工程?原料乳の検査・計量と濾過?原料乳の標準化蛋白質と脂肪の比率が一定となるように原料乳を標準化する。 ?殺菌・冷却加熱殺菌し,殺菌終了後冷却する。 ?スターター・レンネット添加と撹拌レンネット添加前に,スターターを添加し,スターターを添加した原料乳の酸度が一定程度になったときにレンネットを添加して,乳を凝固させる。 なお,レンネットによる乳の凝固を助けるため,塩化カルシウムを添加することができる。 ?カッティング乳が目標の硬さに達したことを確かめ,凝固した乳を切断する。 ?静置とホエイ排除ホエイを分離させ,排出を促すため,そのまま静置し,分離したホエイを排除し,型詰めに適した硬さにする。 ?型詰め(モールディング)ホエイ排除後,型に詰め,温度,湿度を適切に管理しながら静置する。 このとき,チーズが自重でホエイを排出するため,ホエイを排除する。 ホエイ排除を促し,組織を均一にするため,一定時間毎に反転させる。 ?型外し(デモールディング)チーズを型から外す。 ?加塩型から外したチーズに加塩する。加塩の方法は塩水浸漬が一般的である。 31?カビ噴霧?で,カビスターターを原料乳に添加しない場合は,加塩・乾燥後,チーズ表面にカビを噴霧する。 ?一次熟成温度,湿度を適切に管理しながら,カビがチーズの全表面に生育するまで熟成させる。その期間は,4〜5日間とする方法,9〜12日間とする方法,10〜14日間とする方法などがある。一次熟成後,チーズを二次熟成に適した包材で包装する。 ?二次熟成包装したチーズを,温度,湿度を適切に管理しながら二次熟成させる。カビが生成する酵素の作用で,熟成は外側から内側へと進行し,熟成が進むにつれて内部の白く硬い芯が徐々に消える。5週間程度で完熟となるが,一般的には,2〜3週間程度の二次熟成の後,冷蔵する。 なお,熟成したチーズを80〜120℃で加熱殺菌し,保存性を高める方法がとられた上で冷蔵されることも多い。 ?検査 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 齊木教朗 |