関連審決 | 無効2008-800273 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21行ケ10033審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10038審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10434審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10180審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10370審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | アクセス / 容易に発明 / 相違点の認定 / 周知技術 / 慣用技術 / 公知技術 / 技術的範囲 / 技術的手段 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 業として / 具体的態様 / 侵害 / 実施権 / 専用実施権 / 設定登録 / 請求の範囲 / 拡張 / 補助参加 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10036号
審決取消請求事件
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原告 秋田住友ベーク株式会社 原告オリンパスメディカルシステムズ株式会社 原告ら訴訟代理人弁護士 田中成志 同 平出貴和 同 山田徹 同 森修一郎 原告ら訴訟 復 代理人弁護士板井典子 原告ら訴訟代理人弁理士 速水進治 被告Y 補助参加人 クリエートメディック株式会社 被告及び補助参加人訴訟代理人弁護士 増井和夫 同 菊池毅 同 豊島真 同 工藤敦子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/09/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
- 2 -1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2008-800273号事件について平成21年12月21日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「医療用器具」とする特許第1907623号(平成2年12月29日出願〔特願平2-416573号〕。平成7年2月24日登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(丙1)。 被告補助参加人は,平成19年2月14日,被告から本件特許権の専用実施権の設定登録を受けた専用実施権者である。 原告らは,平成20年12月5日,本件特許(請求項1ないし7)について無効審判(無効2008-800273号)を請求し,特許庁は,平成21年12月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,平成22年1月6日,原告らに送達された。 2 特許請求の範囲 平成5年6月30日付け手続補正後の本件出願の明細書(以下,図面と併せ,「本件特許明細書」という。甲18)の特許請求の範囲の請求項1ないし7の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明1」のようにいう。本件特許発明1ないし7をまとめて「本件特許発明」という。 別紙「本件特許明細書図面」参照)。 「【請求項1】 縫合糸挿入用穿刺針と,該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針と,該縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入されたスタイレットと,前記縫合糸挿入用穿刺針および前記縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材とからなり,前記スタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な環状部材を有しており,さらに,該環状部材は,前記縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びることを特徴とする医療用器具。 【請求項2】 第1の縫合糸挿入用穿刺針と,該第1の縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた第1の縫合糸把持用穿刺針と,該第1の縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入された第1のスタイレットと,第2の縫合糸挿入用穿刺針と,該第2の縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた第2の縫合糸把持用穿刺針と,該第2の縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入された第2のスタイレットと,前記第1の縫合糸挿入用穿刺針,前記第1の縫合糸把持用穿刺針,前記第2の縫合糸挿入用穿刺針および前記第2の縫合糸把持用穿刺針のそれぞれの基端部が,四角形の頂点を形成するように固定する固定部材とからなり,前記第1のスタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記第1の縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な第1の環状部材を有しており,そして,該第1の環状部材は,前記第1の縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記第1の縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該第1の環状部材の内部を貫通するように該第1の縫合糸挿入用穿刺針方向に延び,さらに,前記第2のスタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記第2の縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な第2の環状部材を有しており,そして,該第2の環状部材は,前記第2の縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記第2の縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該第2の環状部材の内部を貫通するように該第2の縫合糸挿入用穿刺針方向に延びることを特徴とする医療用器具。 【請求項3】 前記医療用器具は,前記縫合糸挿入用穿刺針および前記縫合糸把持用穿刺針が,摺動可能に貫通された平板状部材を有している請求項1に記載の医療用器具。 【請求項4】 前記医療用器具は,前記第1の縫合糸挿入用穿刺針,前記第1の縫合糸把持用穿刺針,前記第2の縫合糸挿入用穿刺針および前記第2の縫合糸把持用穿刺針が,摺動可能に貫通された平板状部材を有している請求項2に記載の医療用器具。 【請求項5】 前記固定部材は,平板状となっている請求項1または2に記載の医療用器具。 【請求項6】 前記縫合糸把持用穿刺針の先端の刃面は,前記縫合糸挿入用穿刺針方向に向かって開口している請求項1ないし5のいずれかに記載の医療用器具。 【請求項7】 前記管状部材の先端部は,ほぼ先端を中心とするV字状,またはU字状の縫合糸把持部を有している請求項1ないし6のいずれかに記載の医療用器具。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下のとおりである。 (1) 審決は,米国特許4779616号公報(甲1)に記載された発明(以下「甲1記載の発明」という。別紙「甲1参考図」参照)の内容,及び本件特許発明1と甲1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。 ア 甲1記載の発明の内容 「円筒状カニューラ18と,該円筒状カニューラ18の内部に挿入され,これの先端からループ14が取り出される『ロッド10およびこれの先端に設けられたループ14』とを備え,前記『ロッド10およびこれの先端に設けられたループ14』は,先端に設けられて弾力性を有し,前記円筒状カニューラ18の内部に挿入されるループ14を有する,処置具。」(審決書21頁4行〜9行) イ 一致点 「縫合糸把持用穿刺針と,該縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入されたスタイレットとを備え,前記スタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な環状部材を有する医療用器具。」(審決書21頁22行〜25行) ウ 相違点 「本件特許発明1は,『縫合糸挿入用穿刺針』と,『縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた』縫合糸把持用穿刺針と,スタイレットと,『縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材』とからなり,『さらに,環状部材は,縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる』ものであるのに対して, 甲第1号証記載の発明は,縫合糸把持用穿刺針とスタイレットとを備えるにすぎず,上記『縫合糸挿入用穿刺針』,『縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた』,『縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材』,『さらに,環状部材は,縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる』との構成を有するものではない点。」(審決書21頁28行〜22頁4行)。 (2) 審決は,上記相違点に係る容易想到性について以下のとおり判断した。 ア 本件特許発明1の容易想到性について 甲1,3ないし10には,上記「縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた」縫合糸把持用穿刺針と,「縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材」とする構成(以下「本件固定構成」という場合がある。)を採用することの示唆がない。また,甲2,12ないし14には,「ほぼ平行に設けられた複数の針を固定する固定部材」に係る記載があるが,これを,縫合糸挿入用穿刺針及び縫合糸把持用穿刺針に適用することの示唆がない。そして,甲11,15,16は,侵害訴訟事件において被請求人(被告)が裁判所に提出した書面であって,公知技術を示すものではない。 そうすると,甲1ないし10,12ないし14記載の事項を組み合わせても,本件特許発明1の「縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた」縫合糸把持用穿刺針と,「縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材」との構成(本件固定構成)に当業者が容易に想到し得るものではない。 また,本件特許発明1の効果,すなわち「・・・この医療用器具を用いることにより,前腹壁と内臓壁,例えば,前腹壁と胃体部前壁とを容易,かつ短時間に,さらに安全かつ確実に固定することができ,この固定にともなう患者への侵襲も,穿刺針の穿刺という極めて少ないものであり,患者に与える負担も少ない。」(段落【0026】)との効果は,上記相違点に係る構成により生じるものであるから,甲1ないし16記載の事項から当業者が十分に予測し得るものではない。 よって,本件特許発明1は,甲1ないし16記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 イ 本件特許発明2ないし7の容易想到性について 本件特許発明2ないし7は,本件特許発明1の前記相違点にかかる構成を有するものであるから,本件特許発明1と同様の理由により,甲1ないし16記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 よって,請求人(原告ら)主張の無効理由1は理由がない。 (3) 審決は,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号(以下「旧法36条5項1号」という。)の適合性について,次のとおり判断した。 本件特許明細書の発明の詳細な説明には,特許請求の範囲のうち,「該環状部材は,前記縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びること」との構成(以下「本件貫通構成」という場合がある。)について,これを達成するために必要な具体的態様が十分に示されているといえる。さらに,特許請求の範囲の環状部材の内部貫通構成に係る記載が,直ちに明細書に具体的に裏付けのない態様を含むものであるとはいえない。 よって,請求人(原告ら)の無効理由2(旧法36条5項1号違反)の主張は,理由がない。 |
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当事者の主張
1 取消事由に係る原告らの主張 審決には,以下のとおり,(1)旧法36条5項1号に係る判断の誤り(取消事由1),(2)甲1記載の発明の認定の誤り(取消事由2),(3)一致点・相違点の認定の誤り(取消事由3),(4)相違点に係る容易想到性判断の誤り(取消事由4)がある。 (1) 取消事由1(旧法36条5項1号に係る判断の誤り) 審決は,本件特許明細書の段落【0012】,【0015】,【図1】及び【図2】によれば,発明の詳細な説明には,本件貫通構成を達成するために必要な具体的態様が十分に示されているといえると判断し,さらに,本件貫通構成に係る特許請求の範囲の記載が,直ちに明細書に具体的な裏付けのない態様を含むものであるとはいえないと判断した。 しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,請求項1には,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が環状部材の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるという作用,機能のみが記載され,それを実現するための具体的構成については,何らの記載もなく,本件特許明細書の発明の詳細な説明においてもその説明がされていないから,旧法36条5項1号(「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)の要件に適合しないというべきである。これを同要件に適合するとした審決の判断は誤りである。 特に,環状部材について,中央部又は中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状の湾曲をやや強くする構成を採った場合,環状部材が,縫合糸把持用刺針から押し出されたとき,縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突してしまい,環状部材の円環平面内部に縫合糸挿入用穿刺針が位置するようにすること(縫合糸挿入用穿刺針の「中心軸」が環状部材の内部を貫通すること)は物理的に困難であるから,「中心軸」が環状部材の内部を貫通する構成が発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。 (2) 取消事由2(甲1記載の発明の認定の誤り) 審決は,甲1には,「円筒状カニューラ18と,該円筒状カニューラ18の内部に挿入され,これの先端からループ14が取り出される『ロッド10およびこれの先端に設けられたループ14』とを備え,前記『ロッド10およびこれの先端に設けられたループ14』は,先端に設けられて弾力性を有し,前記円筒状カニューラ18の内部に挿入されるループ14を有する,処置具。」(審決書8頁末行〜9頁4行)が記載されているとのみ認定した。 しかし,審決による甲1記載の発明の認定には,誤りがある。甲1には,?縫合糸挿入用穿刺針と,?該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間した部位に挿入される cannula 18(カニューラ18)と,?loop 14(ループ14)は,cannula 18(カニューラ18)の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が loop 14(ループ14)の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成(本件貫通構成)が開示されていると認定すべきであった。 ア すなわち,甲1には,関節鏡を用いる手術において手術用縫合糸を用いて縫合する際の医療用器具が記載されているが,外科医が開口部を縫合するために縫合糸を体内に挿入し,ガイド用テレビモニターを利用しながら,縫合糸の端をループ14の中に通し,ループを縮小させることによりその縫合糸を把持することが記載されている。 イ 他方,本件出願当時に中空の縫合糸挿入用穿刺針を用いて縫合糸を体内に挿入する技術は,次の(ア)ないし(キ)のとおり,周知の慣用技術であった。 (ア) 甲3(特開昭63-23651号公報)には,内針(針39)と外筒針(シース40)を一体にした状態で穿刺を行い,穿刺後,内針を抜き去り,その後,外筒針(カニューラ)の内部に糸状部材(縫合線12,20)を挿入して体内に挿入する技術的事項が記載されている。 (イ) 甲4(特開昭55-54963号公報)には,中空針(ベニューラ針12)を介して糸状部材(誘導導線13)を体内に挿入する技術的事項が記載されている(別紙「甲4参考図」参照)。 (ウ) 甲5(「開腹術を行わない胃瘻造設術:経皮内視鏡的技術」ジャーナル オブ ペディアトリック サージェリー15巻6号872頁〜875頁・1980年12月)には,中空針(Medicut(静脈用カニューラ))を介して縫合糸を体内に挿入する技術的事項が記載されている(別紙「甲5参考図」参照)。 (エ) 甲6(木村雅史著「整形外科MOOK No.44.1986年・関節鏡的診断と関節鏡視下手術・内側半月板の鏡視下手術」)には,中空針(外套管)を介して糸を体内に挿入する技術的事項が記載されている。 (オ) 甲7(池内宏著「鏡視下半月板の手術」臨床整形外科24巻7号805頁以下・1989年7月)には,図20のとおり,体内において,縫合糸把持用穿刺針の先端から突出させたループに対して,縫合糸把持用穿刺針より所定距離離間した縫合糸挿入用穿刺針の先端から突出させた縫合糸を受け渡し,縫合糸把持用穿刺針で把持することが記載されている。よって,甲7には,中空針(長針)を介して縫合糸(ナイロン糸)を体内に挿入する技術的事項が記載されているといえる。 (カ) 甲8(西邑信男著「硬膜外麻酔」改訂第2版・1985年11月1日発行・克誠堂出版株式会社)には,中空針(硬膜外針)を介して糸状部材(カテーテル)を体内に挿入する技術的事項が記載されている。 (キ) 以上のとおり,本件特許出願時,中空針(カニューラ,ベニューラ針,静脈用カニューラ,外套管,硬膜外針等)を通して,体内に,糸状部材(縫合線,誘導銅線,縫合糸,カテーテル)を挿入することは周知の慣用技術であり,ここでいう中空針及び糸状部材は,縫合糸挿入用穿刺針及び縫合糸にそれぞれ対応するものである。 ウ そうすると,上記周知慣用技術に照らせば,甲1記載の発明において,縫合糸挿入用穿刺針(中空針)を用いて縫合糸を体内に挿入することは当業者が通常採用する技術的手段にすぎないといえる。したがって,甲1には,?縫合糸挿入用穿刺針と,?該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間した部位に挿入される cannula 18(カニューラ18)と,?loop 14(ループ14)は,cannula 18(カニューラ18)の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が loop 14(ループ14)の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成(本件貫通構成)が開示されていると理解される。 審決は,旧法36条5項1号の要件適合性の判断において,【発明の詳細な説明】に本件貫通構成を実現するための具体的な記載がなくとも,当業者はこれをどのように実現するのかを当然に理解し得るとするが,そうであれば,同じ理由により,甲1記載の発明においても,前記周知慣用技術を参照すれば,前記作用を実現する環状部材と縫合糸挿入用穿刺針の位置関係(本件貫通構成)を採用することが当業者にとって容易であり,それらの構成が甲1に開示されているものと認定すべきである。 (3) 取消事由3(一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,審決認定の甲1記載の発明を前提として,本件特許発明1と甲1記載の発明との一致点及び相違点を認定した。 しかし,審決の認定には誤りがある。すなわち,前記(2)を前提とすれば,?縫合糸挿入用穿刺針と,?該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間した部位に挿入される cannula 18(カニューラ18)と,?loop 14(ループ14)は,cannula 18(カニューラ18)の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が loop 14(ループ14)の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成(本件貫通構成)についても,本件特許発明と甲1記載の発明とでは,一致しているといえる。 よって,審決の前記一致点及び相違点の認定には,誤りがある。 (4) 取消事由4(相違点に係る容易想到性判断の誤り) 審決は,「甲第1,3ないし10号証には,上記『縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた』縫合糸把持用穿刺針と,『縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材』とを構成することの示唆がなく,また,甲第2,12ないし14号証には,上記『ほぼ平行に設けられた複数の針を固定する固定部材』を,縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針に適用することの示唆がないので,甲第1ないし10,12ないし14号証記載の事項を組み合わせたとしても,上記『縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた』縫合糸把持用穿刺針と,『縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材』とを構成することは,当業者が容易に想到し得ることではない。」(審決書22頁下から2行〜23頁9行)と判断した。 しかし,審決の判断には誤りがある。すなわち, ア 甲1記載の発明(人体の切開部において関節鏡を用いた手術において手術用縫合糸を掴む方法,処置具に係る発明)と甲2(米国特許4586490号公報)記載の発明(放射線治療における使用器具に係る発明,特に悪性腫瘍の治療において放射性物質を組織内注入するために複数の平行な中空のステンレス針を穿刺する器具に係る発明。別紙「甲2参考図」参照)は,発明の技術分野を同一にするものである。 具体的には,甲1記載の発明の予定する関節鏡を用いた手術では,切開口は通常5mm程度の小さいものであり,縫合のための縫合糸の穿刺部も近接したものとなる。また,カニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)と近接した位置に縫合糸挿入用穿刺針を穿刺すれば,体内にあるループ14内に縫合糸を通しやすくなり,人体の他の部位を損傷する危険も減少し,かつ,短時間の手術が可能になる。 他方,甲2記載の発明においても,放射性物質を針で注入するためには「針は通常は放射線を浴びる組織中に等間隔に,また投与不足や過剰投与を避けるためお互い平行に配置される。中空針の挿入後,放射能源のリボンが針の穴を通って腫瘍組織の位置によって決まった部位に挿入される。 ある臨床的症状では埋め込み中は針は放射能源とともに体内の適切な部位に置かれ,その後双方とも取り除かれる」(甲2,Background of the invention(発明の背景))。また,「同一平面内に平行配置された複数の針を穿刺困難な部位に同時に穿刺することを可能にする放射線治療用穿刺器具であって,片手で操作でき,他方の手で穿刺領域を支持できるようにして,穿刺針が体内に向かって前進させていく段階においても,両手による定位誘導を継続できるようにした穿刺器具は,非常に有用であり,容易,正確かつ迅速な穿刺を実現することができる」(甲2,カラム1,67行〜カラム2,8行)。このように,甲2記載の発明は,放射能源を体内の特定の位置に正確に注入するため,複数の針を平行に特定の部位に,容易,正確かつ迅速に穿刺するために,固定部材によって固定する発明である。 したがって,甲1記載の発明も,甲2記載の発明も,ともに人体の特定の部位に安全,迅速,正確に複数の針を穿刺する発明であり,両者の技術分野は同一である。 イ また,甲1記載の発明と,甲2記載の発明は,次のとおり,人体の特定の部位に安全,迅速,正確に複数の針を穿刺するという課題,目的を共通にするものである。 (ア) 甲1記載の発明においては,「従来の方法では,縫合糸の一方の端を針に通し,この針はプランジャーと共に供給される樽状に膨らんだ処置具によって運ばれるもの」(甲1,カラム1,18行〜20行)であり,「上記処置工程において針の通過した2つの跡は,通常,平行で近接した空間関係にある」(カラム1,29行〜32行)場合,「上記した縫合方法は,欠点を有している。即ち,プランジャーを操作する際,針の動きによる挿入通路を正確にコントロールできにくいことが大きな問題である。このコントロールができにくいことにより,神経血管系にダメージを与える場合がある。更に,切開が縫合糸の離れた部位の中でなされた場合,縫合糸自体が切断されてしまう可能性があり,その結果切れた端切れを除去し,別の代替縫合糸が必要となる」(カラム1,37行〜46行)。そして,「上記問題点は今回の発明によって克服することができる。即ち,筒状のカニューラが患者の傷口に留置され,カニューラ先端は縫合すべき組織の隣接された部位に正確に位置決めされる」(カラム1,50行〜54行)。 このように,従来の方法では,縫合の際に,針の動きを正確にコントロールできず体内の他の部位にダメージを与えたり,縫合糸を切断してしまうことがあったため,甲1記載の発明では,中空のカニューラを用いて,体内の正確な部位にカニューラの先端を位置決めし,縫合糸をコントロールし,縫合を安全,迅速かつ正確に行うことを実現しようとしたものである。 甲1記載の発明において,カニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)と近接した位置に縫合糸挿入用穿刺針を穿刺すれば,体内にあるループ14内に縫合糸を通しやすくなり,人体の他の部位を損傷する危険も減少し,かつ,短時間の手術が可能になるから,当業者であれば,カニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)と縫合糸挿入用穿刺針を同時に穿刺し,より簡易・迅速に縫合を行うはずである。また,縫合糸をカニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)のループに通しやすくするために,カニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)と近接した位置に縫合糸挿入用穿刺針を穿刺するはずである。そして,カニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)と縫合糸挿入用穿刺針が近接するのであれば,両者を平行な位置関係にすることは,通常の設計である。甲1にも,「上記処置工程において針の通過した2つの跡は,通常,平行で近接した空間関係にある」(カラム1,29行〜32行)関節鏡手術に関するものであるとの記載がある。 (イ) 他方,甲2記載の発明においては,放射性物質を針で注入するためには「針は通常は放射線を浴びる組織中に等間隔に,また投与不足や過剰投与を避けるためお互い平行に配置される。中空針の挿入後,放射能源のリボンが針の穴を通って腫瘍組織の位置によって決まった部位に挿入される。ある臨床的症状では埋め込み中は針は放射能源とともに体内の適切な部位に置かれ,その後双方とも取り除かれる」(Background of the invention(発明の背景))とあるように,腫瘍組織に正確に放射線を浴びせるよう,人体内の正確な位置に中空針を穿刺しなければならない。また,「同一平面内に平行配置された複数の針を穿刺困難な部位に同時に穿刺することを可能にする放射線治療用穿刺器具であって,片手で操作でき,他方の手で穿刺領域を支持できるようにして,穿刺針が体内に向かって前進させていく段階においても,両手による定位誘導を継続できるようにした穿刺器具は,非常に有用であり,容易,正確かつ迅速な穿刺を実現することができる」(カラム1,67行〜カラム2,8行)とあるように,放射能源を体内の特定の位置に正確に注入するため,複数の針を平行に特定の部位に,容易,正確かつ迅速に穿刺するように,固定部材によって固定する発明である。 ウ 以上のように,甲1記載の発明と甲2記載の発明は,人体の特定の部位に安全,迅速,正確に複数の針を穿刺する発明であり,その技術分野を同一にするものであり,かつ,その課題・目的を共通にするものである。 エ なお,甲7(副引用例)の図20に示される医療器具においても,縫合糸を挿入するための穿刺針?と,縫合糸を把持するための穿刺針?とは,ほぼ平行な近接した位置関係にある。さらに,縫合糸の受け渡しを確実に行うためにも,カニューラ18(縫合糸把持用穿刺針)と縫合糸挿入用穿刺針を所望の位置に正確に穿刺する必要がある。そして,甲7(副引用例)には,縫合糸の受渡しを自動的に行うためにナイロン糸とループの位置関係をより正確かつ確実に行うことが求められるという技術的課題,正確かつ迅速な穿刺が求められるという技術的課題を有していたから,甲1に適用される動機付けがあり,縫合固定の技術における諸点で共通するから,甲1(主引用例)に甲7(副引用例)を組み合わせて本件特許発明の相違点に係る本件固定構成に想到することが容易であった。 オ したがって,本件特許発明1と甲1記載の発明の相違点に係る「縫合糸挿入用穿刺針および縫合糸把持用穿刺針がほぼ平行になるように両針の基端部を固定する固定部材」との構成(本件固定構成)については,甲1,2及び7の記載に基づき,当業者が容易に想到し得たものである。これを容易想到ではないとした審決の判断には誤りがある。 カ なお,縫合糸挿入用穿刺針によりループ内に通過させた糸状部材を,ループを縮小させることで把持する施術に関し,体内に導入したループ内に向けてガイド用の中空針を穿刺することは,甲4,5,7にあるように当業者が通常採用する技術的手段にすぎない上,本件特許明細書にも具体的な構成の記載がないから,仮にループが縫合糸挿入用穿刺針方向に延び,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその近接した延長線がループの内部を貫通するようにすること(本件貫通構成)が甲1に記載されておらず,その点が相違点になると仮定しても,そのような構成に設計することは,当業者にとって容易なことである。 2 被告及び補助参加人の反論 (1) 取消事由1(旧法36条5項1号に係る判断の誤り)に対し 本件特許明細書の段落【0012】,【0015】の記載のほか,【図1】,【図2】を見れば,当業者であれば,環状部材5が縫合糸把持用穿刺針の先端から押し出されたときに,スタイレット4の穿刺針内部に残る部分に対して,先端から押し出される環状部材5の部分が,【図1】のごとく側面から見てほぼL字状になり,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸又はその延長線が,環状部材5の内部を貫通するような位置に到達するように,環状部材5を含むスタイレット4を製造することがわかる。そして,本件特許明細書の段落【0016】には,環状部材5が弾性合金線等により形成されることが開示されている。したがって,当業者であれば,環状部材を前記の位置に到達させることにより,縫合糸挿入用穿刺針3の「中心軸の延長線」が,環状部材5の円環平面内部を貫通するような位置関係になるように,弾性合金線等に癖付けをして,環状部材5を製造できることを容易に理解できる。 これに対し,原告らは,環状部材について,中央部又は中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状の湾曲をやや強くする構成を採った場合,環状部材が縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突し,環状部材の円環平面内部に縫合糸挿入用穿刺針を位置させることが物理的に困難であると主張する。 しかし,【図1】を参照すると,環状部材の根元部分(最後に穿刺針から突出する部分)の癖付けを強くしておくことにより,突出経過の初期段階では環状部材の先端部がやや下向きに,すなわち中心軸の延長線上の方向に延び,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸の延長線上を通過した後,癖付けされた根元部分がさらに押し出されるにつれ,環状部材先端の方向が縫合糸挿入用穿刺針の先端よりも上方(基端部よりの位置)に向くように変わり,最終的に縫合糸挿入用穿刺針の中心軸が環状部材の円環平面内部を貫通するような位置関係に環状部材が位置することは起こり得ることである。その際,当業者であれば,環状部材の先端部が縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突するなどして,環状部材の縫合糸把持用穿刺針内部からの突出作業及び収納作業を阻害しないように,弾性合金線等を癖付けすることを容易に理解できる。 したがって,無効理由2(旧法36条5項1号違反)に対する審決の判断に誤りはない。 (2) 取消事由2(甲1記載の発明の認定の誤り)に対し ア 甲1記載の発明の認定は,甲1自体の記載に基づいてすべきである。原告らの主張は,周知技術と甲1記載の発明を組み合わせることにより本件特許発明1の相違点に係る構成が容易に想到されるとするものであり,引用例記載の発明の認定の誤りの主張としては,失当である。 イ また,原告ら主張の周知技術を参照しても,甲 1 には,?縫合糸挿入用穿刺針と,?該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間した部位に挿入される cannula18(カニューラ 18)と,?loop14(ループ 14)は,cannula18(カニューラ 18)の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が loop14(ループ 14)の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成(本件貫通構成)が開示されているとはいえない。 まず,甲 1 記載の関節鏡手術における切開口は通常5mm程度の小さいものであり,ピンセットや鉗子以外の方法で,縫合糸を挿入しなければならないとの原告らの主張は,誤りである。一般に関節鏡手術においては,小エレバや小コッヘル(鉗子)などの外科器具が使用される(甲6,149頁,図1,150頁,図2)。また,関節内で縫合を行う場合,まず,鋭匙鉗子等で縫合箇所の新鮮化を行うので(甲6,142頁左欄2行〜4行,甲7,813頁左欄下から 1 行〜右欄 1 行),縫合箇所に鉗子を入れることができないということはあり得ない。そして,甲 1 記載の発明において,縫合糸は,これらの外科器具用の挿入用に設けられた切開口から挿入されるから(甲1,2欄56行〜59行,同抄訳5頁5行,6行),縫合糸をピンセットや鉗子によって挿入することは可能である。 次に,甲6には,縫合糸を通した穿刺針を,鉗子を用いて半月板まで案内することを示す図が掲載されており(142頁),中空針だけで意図した位置に穿刺することが困難であることが示されている。また,甲7(813頁)記載の「3.外周縁部縫合術」は,関節鏡下で 1 本の中空針からもう1本の中空針に縫合糸を受け渡す技術であるが,関節内で縫合糸を受け渡すことが「困難なときには同側の膝蓋下穿刺部から小コッヘルを入れ,最初のナイロン糸をつかんで長針を抜去し,そのナイロン糸をコッヘルでつかんだまま関節外に引き出す。ついでループ状のナイロン糸も同様に関節外に出してから,初めの糸をループに関節外で通し,ループを引っ張ることによって,最初の糸を関節外に出すことができる。」との記載がある(甲7,813頁右欄15行〜814頁左欄2行)。 これらの記載から分かるように,関節内で中空針から中空針に縫合糸を受け渡すことは困難な作業であり,鉗子を用いることができる場合は,鉗子による方が確実であるから,甲1記載の発明のように鉗子で縫合糸を挿入することができる場合には,あえて中空針を使おうとの発想は出てこないといえる。 したがって,本件特許の出願当時,縫合糸挿入用穿刺針を用いて,縫合糸を体内に挿入することが周知慣用技術であったことをもって,当然に,甲1に縫合糸挿入用穿刺針を用いることが開示されていると理解することはできない。 そして,甲 1 には,?縫合糸挿入用穿刺針を用いることの開示がないのであるから,当然に,原告ら主張の?該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間した部位に挿入される cannula18(カニューラ 18)」及び?loop14(ループ 14)は,cannula18(カニューラ 18)の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が loop14(ループ 14)の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成(本件貫通構成)が甲1に開示されていると理解することもできない。 よって,甲 1 記載の発明についての審決の認定に誤りはない。 (3) 取消事由3(一致点・相違点の認定の誤り)に対し 甲1に係る審決の認定に誤りがない以上,その審決の誤りを前提とする取消事由3に係る原告らの主張は,理由がない。 (4) 取消事由4(相違点に係る容易想到性判断の誤り)に対し ア 甲1記載の発明は,?縫合糸挿入用穿刺針と,?該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して設けられた縫合糸把持用穿刺針と,?該環状部材は,前記縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成(本件貫通構成)を有さない点においても,甲1記載の発明と本件特許発明 1 は,相違している。よって,本件固定構成を欠く点のみが相違点であることを前提とする原告らの取消事由4の容易想到性判断に係る主張は,理由がない。 イ なお,甲1記載の発明と,原告ら主張の周知技術(甲2,4,5,7)との組合せによっても,本件特許発明1の相違点に係る構成に想到することは,次のとおり,容易ではない。 (ア) 本件特許発明 1 は,従来技術の「胃瘻造設術」が抱える「過大な外科的侵襲」(段落【0002】)という課題を解決するため,「前腹壁と内臓壁とを容易,かつ短時間に,さらに安全かつ確実に固定することができ,固定にともなう患者への侵襲が少なく,患者に与える負担も少ない医療用器具を提供するものである。」(段落【0005】)。本件特許発明 1 が縫合糸挿入に中空針を用いる構成を採用したのは,内臓壁の固定を短時間に,さらに安全かつ確実に実現することにより患者への侵襲を軽減するという課題からであり,そして,2本の穿刺針を平行に固定するという手段の採用により,穿刺針の穿刺以外には,患者に対する侵襲を要せず,内臓壁を固定するという優れた効果を得たのである。 一方,甲1記載の発明では,関節手術における縫合のために縫合糸は予め外科器具挿入用に設けられた切開口から挿入するので(手術の性質上,この切開口を設けることは必須である。),本件特許発明の手術とは態様がまったく異なり,穿刺針を穿刺する以外の患者への侵襲を避けるという課題は存在し得ない。また,予め穿刺されている縫合糸把持用穿刺針のループに向けて,外科器具挿入用切開口から挿入した縫合糸をガイドするのであるから(甲1,2欄37行〜3欄2行),甲 1 記載の発明から出発して,2本の穿刺針を,予め平行に固定して同時に穿刺するという,本件特許発明1の構成に想到することは不可能である。 (イ) 甲6,甲7のように,関節手術に際し中空針を縫合糸の挿入に利用する場合があるとしても,その使用態様は本件特許発明とはまったく異なるものであって,本件特許発明の課題とは無関係であり,かつ,本件特許発明の特徴的構成を示唆するものではない。 (ウ) 原告ら提出の甲3ないし10には,「中空針を介して糸状部材を体内に挿入する」構成が記載されているが,いずれの公知文献にも,本件特許発明における中空針使用の課題,使用態様は示唆されていないから,甲1記載の発明にこれらを組み合わせても相違点に係る本件特許発明1の構成に想到することは容易ではない。 (エ) 原告ら提出の甲11,15,16の記載は,公知技術を示すものではない。 (オ)原告ら提出の甲2,12ないし14には,「ほぼ平行に設けられた複数の針を固定する固定部材」が開示されているが,そもそも,甲 1 記載の発明において,2本の穿刺針を平行に穿刺するとの試みがされたはずであるとの示唆がないので,ほぼ平行に設けられた複数の針を固定する固定部材を用いるとの本件平行固定構成に至る動機がない。そして,甲2,12ないし14は,いずれも,縫合糸挿入用穿刺針及び縫合糸把持用穿刺針に関するものでもないし,縫合糸挿入用穿刺針から縫合糸把持用穿刺針への縫合糸の受け渡しに関するものでもないから,甲1記載の発明に,当該固定部材を適用したはずであるとの示唆もない(なお,原告ら提出の甲13は,本件特許発明出願後に公開されたものであり,先行技術たり得ない。)。 (カ) 原告ら提出の甲19記載の発明は,まず,1 本の管状の部材(スリーブ)を体外から半月板の近くまで挿入したあと,縫合糸を通した2本の針を取り付けたプランジャーをスリーブの内部に通し,プランジャーを押し込んでスリーブから針を押し出すことにより,半月板の内側から2本の針を半月板の外側に貫通し,さらに,皮膚を貫通して,体外に縫合糸を取り出し,結策するという技術である(図10〜14)。すなわち,甲19記載の発明は,甲1記載の発明や甲7記載の技術とは異なり,体外から2本の針を一定の間隔をあけて穿刺する技術ではなく,体外から挿入するのは,1本の管状のスリーブである。体表からの穿刺という行為に着目すれば,実質的には特定の場所を狙って1本の針(スリーブ)を穿刺する行為である。直接体表に穿刺するのが2本か1本かというのは本質的な違いである。よって,甲19をもって,本件特許発明のような縫合糸挿入用穿刺針と縫合糸把持用穿刺針の2本の針を平行に同時穿刺することができることが示されているとはいえない。また,甲19には,身体内で縫合糸を1本の穿刺針から他方の穿刺針へ受け渡すことについて何の開示もなく,もとより,本件特許発明1における,環状部材を,縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が,環状部材の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにする技術思想について示唆すらされていない。したがって,甲19を追加したからといって,甲1と甲7を組み合わせて本件特許発明1の相違点に係る構成を容易に想到し得たとはいえない。 (キ) 以上のとおり,本件特許発明1の相違点に係る構成は,甲1記載の発明に,原告ら主張の甲2,4,5及び7を組み合わせても,容易に想到することができない。上記相違点に係る構成を有する本件特許発明2ないし7についても同様である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(旧法36条5項1号に係る判断の誤り)について 当裁判所は,請求項1中の「該環状部材は,・・・縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる」との構成について,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載がされていると理解することができるから,旧法36条5項柱書及び1号(「・・・特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。・・・特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)の要件に適合すると判断する。その理由は,以下のとおりである。 (1)本件特許請求の範囲と本件特許明細書の記載 本件特許発明(請求項1)に係る特許請求の範囲の記載は,第2の2記載のとおりである。 また,本件特許明細書(甲17,18。別紙「本件特許明細書図面」及び「本件特許発明の実施例を用いたカテーテル設置手術手順の参考図」参照)には,次の記載がある。 「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,腹部内臓に,経皮的にカテーテルを挿入する際に,使用されれ..る医療用器具に関するものである。特に,栄養剤の補給,体液の排出などの目的で行われる内視鏡的胃瘻造設術などの際に,カテーテルの挿入を容易にするために行われる前腹壁と内臓壁との固定に使用される医療用器具に関するものである。 【0002】【従来の技術】近年では,経腸栄養剤とその投与方法の発達により,従来困難とされていた長期の経腸栄養管理が容易に行われるようになってきた。その投与形態としては,栄養チューブを経鼻にて胃または腸に挿入して行う,いわゆる経鼻胃管によるもの,また,胃瘻を形成して行う場合などがある。しかし,経鼻胃管では,長期留置による鼻腔,咽頭,食道の粘膜びらん,誤飲性肺炎などの合併症を生じることがある。そこで,長期的な栄養投与が必要な患者には,開腹的胃瘻造設術が行われる。しかし,一般的な胃瘻造設術は,過大な外科的侵襲を伴うため,患者の状態によっては,手術を行うことができないことも少なくない。 【0003】そこで,最近では,外科的侵襲を極力低減した胃瘻造設術が考えられるようになってきており,そのために使用する医療用器具も提案されている。具体的には,例えば,特開昭63-23651号公報に示されるような内臓アンカーがある。この内臓アンカーは,両端を有する細長い生態適合性クロスバーと,このクロスバーの中央部分に一端が固定された第1の縫合糸と,クロスバーのいずれかの端部に一端が固定された第2の縫合糸とを有している。 【発明が解決しようとする課題】【0004】上記の内臓アンカーを用いた胃体部前壁と前腹壁との固定は,内臓アンカーのクロスバーを中空針を用いて,クロスバー部分を腹部皮膚より,胃内部に挿入することにより行われる。 胃体部前壁と前腹壁との固定に関しては,この内臓アンカーは,ある程度の効果を有しているが,カテーテル留置作業終了後に,胃内に挿入したクロスバーの除去作業が必要であり,そのために,あらたな中空針の穿刺が必要となり,また,除去作業も容易なものではなかった。さらに,除去作業中にトラブルが生ずると,クロスバー部分が,胃内に残留することがあり,胃壁さらには,その他の消化管内壁に損傷を与える危険性があった。 【0005】【課題を解決するための手段】そこで,本発明の目的は,上記従来技術の問題点を解消し,前腹壁と内臓壁,例えば,前腹壁と胃体部前壁とを容易,かつ短時間に,さらに安全かつ確実に固定することができ,固定にともなう患者への侵襲が少なく,患者に与える負担も少ない医療用器具を提供するものである。」 「【0009】【実施例】そこで,本発明の医療用器具を図面に示した実施例を用いて説明する。本発明の医療用器具1は,縫合糸挿入用穿刺針3と,縫合糸挿入用穿刺針3より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針2と,縫合糸把持用穿刺針2の内部に摺動可能に挿入されたスタイレット4と,縫合糸挿入用穿刺針3および縫合糸把持用穿刺針2の基端部を固定する固定部材6とからなり,スタイレット4は,先端に弾性材料により形成された環状部材5を有しており,そして,この環状部材5は,縫合糸把持用穿刺針2の先端より突出させたとき,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,環状部材5の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針3方向に延びるように形成されている。この医療用器具1によれば,前腹壁と内臓壁,例えば,前腹壁と胃体部前壁とを容易,かつ短時間に,さらに,安全かつ確実に固定することができ,この固定にともなう患者への侵襲も,穿刺針の穿刺という極めて少ないものであり,患者に与える負担も少ない。」 「【0011】この実施例の医療用器具1は,縫合糸挿入用穿刺針3と,縫合糸挿入用穿刺針3より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針2と,縫合糸把持用穿刺針2の内部に摺動可能に挿入されたスタイレット4と,縫合糸挿入用穿刺針3および縫合糸把持用穿刺針2の基端部を固定する固定部材6とを有している。縫合糸挿入用穿刺針3は,内部に,縫合糸を挿入用可能な中空状のものであり,金属,例えば,ステンレスにより形成されており,先端に皮膚への穿刺用の刃面を有している。縫合糸挿入用穿刺針3としては,皮膚への穿刺と縫合糸の挿入ができればどのようなものでもよいが,具体的には,外径が,21G 〜17G程度が好ましく,特に好ましくは,20〜18G,長さが,70mm〜120mm程度のものが好ましく,特に,80〜100mm程度のものが好ましい。そして,縫合糸挿入用穿刺針3の後端には,縫合糸挿入用穿刺針ハブ8が取り付けられており,このハブ8の開口端が,縫合糸挿入口を形成している。そして,ハブ8は,塩化ビニル樹脂,ポリプロピレン,ポリエチレンなどのポリオレフィン,ポリカーボネートなどの合成樹脂により形成される。さらに,このハブ8は,固定部材6に固定されており,その結果,固定部材6は,縫合糸挿入用穿刺針3の基端部を固定している。 【0012】縫合糸把持用穿刺針2は,内部に,スタイレット4を摺動可能に挿通する中空状のものであり,金属,例えば,ステンレスにより形成されており,先端に皮膚への穿刺用の刃面を有している。縫合糸挿入用穿刺針2としては,皮膚への穿刺とスタイレットの挿入ができればどのようなものでもよいが,具体的には,外径が,21G〜16G程度のもの,さらには,19G〜16Gのものが好ましく,特に17G(約1.40mm)〜18G(約1.20mm)のものが好ましい。また,長さは,60mm〜120mm程度のものが好ましく,特に,70〜90mm程度のものが好ましい。また,縫合糸把持用穿刺針2としては,上述した縫合糸挿入用穿刺針3と同じもの,また同程度の外径のものを用いてもよい。さらに,後述するスタイレット4の環状部材5が,確実に縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにするために,縫合糸把持用穿刺針2の先端の刃面は,図1に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3方向に向かって開口していることが好ましい。また,この縫合糸把持用穿刺針2としては,通常の直管状のものでもよい。また,図1に示すような,刃面部分を含む先端部が,湾曲したものを用いてもよい。このようにすれば,より確実に,後述するスタイレット4の環状部材5が,縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにすることができる。そして,縫合糸把持用穿刺針2の後端には,縫合糸把持用穿刺針ハブ7が取り付けられており,このハブ7の開口端は,後述するスタイレットハブ9と係合するように構成されている。そして,ハブ7は,塩化ビニル樹脂,ポリプロピレン,ポリエチレンなどのポリオレフィン,ポリカーボネートなどの合成樹脂より形成される。さらに,このハブ7は,固定部材6に固定されており,その結果,固定部材6は,縫合糸把持用穿刺針2の基端部を固定している。このため,縫合糸把持用穿刺針は,縫合糸挿入用穿刺針3より所定距離離間し,かつ,ほぼ平行となっている。両者間の距離は,縫合糸が前腹壁と内臓壁とを固定する長さとなるものであり,5mm〜30mm程度が好適である。 上記範囲内であれば,前腹壁と内臓壁との固定も十分に行え,また,2本の穿刺針を穿刺する際の抵抗もあまり大きなものとはならない。特に好ましくは,10〜20mmである。」 「【0015】スタイレット4は,図1および図2に示すように,縫合糸把持用穿刺針2の内径より小さい外径を有する棒状部材13と,この棒状部材13の先端に固定された環状部材5と,棒状部材13の基端部に固定されたスタイレットハブ9とを有している。そして,環状部材5は,弾性材料により形成されており,縫合糸把持用穿刺針2の先端より突出した状態では,図1および図2に示すような,環状となり,突出させない状態では,図4に示すように,変形し,ほぼ直線状となり縫合糸把持用穿刺針2の内部に収納可能である。よって,スタイレット4の棒状部材13および環状部材5部分は,縫合糸把持用穿刺針2の内部を摺動可能となっている。この実施例のスタイレット4は,穿刺針2より抜去可能となっている。また,スタイレット4は,少なくとも,環状部材5を穿刺針2の内部に収納できることおよび穿刺針2の先端より突出できるように摺動可能なものであれば,必ずしも,穿刺針2より抜去可能でなくてもよい。そして,スタイレット4の環状部材5は,穿刺針2の先端より突出した状態において,図1および図2に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,環状部材5の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針3方向に延びるように形成されている。具体的には,図1に示すように,環状部材5は,棒状部材13の先端にある程度の角度をもって固定されており,さらに,環状部材5は,側面から見た状態にて,中央部または中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状となっていることが好ましい。このように形成することにより,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,より確実に環状部材5の内部を貫通するようになる。さらに,環状部材5の先端部は,ほぼ先端を中心とするV字またはU字状となっており,距離が狭くなった縫合糸把持部14を形成していることが好ましい。このような,縫合糸把持部14を設けることにより,縫合糸挿入用穿刺針3より突出する縫合糸12をより確実に,把持することができる。 【0016】スタイレット4の棒状部材13の形成材料としては,金属(例えば,ステンレス,アモルファス),合成樹脂(例えば,ポリプロピレン,ポリエチレンなどのポリオレフィン,PTFE,ETFEなどのフッ素樹脂)などが好適に使用できる。また,環状部材5の形成材料としては,ステンレス鋼線(好ましくは,バネ用高張力ステンレス鋼),ピアノ線(好ましくは,ニッケルメッキあるいはクロムメッキが施されたピアノ線),または超弾性合金線,例えば,Ti-Ni合金,Cu-Zn合金,Cu-Zn-X合金(X=Be,Si,Sn,Al,Ga),Ni-Al合金等の弾性金線が好適に使用される。また,スタイレットハブ9は,棒状部材13の基端部を把持するとともに,縫合糸把持用穿刺針ハブ7と係合するように構成されている。 さらに,図1および図2に示すように,スタイレットハブ9にリブ16を設け,穿刺針ハブ7にこのリブ16と係合するスリット17を設け,縫合糸把持用穿刺針2内に,完全にスタイレット4を挿入した状態が確定されるようにすることが好ましい。このようにすることにより,スタイレット4の環状部材5が,確実に縫合糸挿入用穿刺針3方向を向くようにすることができる。 そして,スタイレットハブ7は,塩化ビニル樹脂,ポリプロピレン,ポリエチレンなどのポリオレフィン,ポリカーボネートなどの合成樹脂より形成される。」 「【0022】【作用】次に,本発明の医療用器具1の作用について,図1,図4,図7ないし図13を用いて,内視鏡的胃瘻造設術を行う場合を例にとり説明する。 患者の胃内に,術者の一人が内視鏡を挿入し,さらに十分に送気し,胃内に空気を充満させて,胃体部前壁を前腹壁に密着させる。そして,もう一人の術者が,腹部皮膚を消毒し,内視鏡からの透過光により胃の位置を確認し,この部位の腹壁に局所麻酔を行う。そして,図4に示すように,スタイレット4の環状部材5が,縫合糸把持用穿刺針2の内部に収納され,また,縫合糸挿入用穿刺針3の内部には,その先端より,縫合糸12の端部が突出しない状態に挿入された本発明の医療用器具1を準備し,この医療用器具1を,図7に示すように,腹壁50に穿刺し,胃体部前壁52より,胃内に縫合糸挿入用穿刺針3および縫合糸把持用穿刺針2を突出させる。 【0023】この状態を,内視鏡術者が確認したのち,医療用器具術者は,図8に示すように,スタイレット4を押し込み,スタイレットハブ9と縫合糸把持用穿刺針ハブ7とを係合させ,縫合糸把持用穿刺針2の先端より,スタイレット4の環状部材5を突出させる。続いて,縫合糸12を押し込み,縫合糸挿入用穿刺針3の先端より突出させ,縫合糸12が,環状部材5の内部を通過したことを,内視鏡術者により確認する。この確認後,図9に示すように,医療用器具術者が,スタイレット4を引き,環状部材5を縫合糸把持用穿刺針2の内部に収納する。この操作により,環状部材5は,環状部材5が形成する環状空間が,徐々に狭くなるとともに,形状も徐々に長円形に変化し,縫合糸12が,環状部材5の縫合糸把持部14により把持され,最終的には,図9に示すように,環状部材5により把持された部分の縫合糸12は,環状部材5とともに,縫合糸把持用穿刺針2の内部に収納される。この状態を内視鏡術者により確認したのち,医療用器具術者は,患者より医療用器具1を抜去する。この抜去により,図10に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3より挿入された縫合糸12の先端部が,体外に露出する。そして,露出した縫合糸のそれぞれの端部を,図11に示すように,結紮する。この結紮により,胃体部前壁52と前腹壁50とが固定される。さらに,この縫合糸による結紮部分と所定距離,例えば,20〜30mm程度離間した位置に,ほぼ平行に,再び,医療用器具1を穿刺し,上述のように,縫合糸を用いて,胃体部前壁と前腹壁とを固定する。この穿刺に使用する医療用器具1としては,上述の穿刺に用いたものでもよく,また別に準備したものでもよい。」 「【0026】【発明の効果】本発明の医療用器具は,縫合糸挿入用穿刺針と,該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針と,該縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入されたスタイレットと,前記縫合糸挿入用穿刺針および前記縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材とからなり,前記スタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な環状部材を有しており,さらに,該環状部材は,前記縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるものであるので,この医療用器具を用いることにより,前腹壁と内臓壁,例えば,前腹壁と胃体部前壁とを容易,かつ短時間に,さらに安全かつ確実に固定することができ,この固定にともなう患者への侵襲も,穿刺針の穿刺という極めて少ないものであり,患者に与える負担も少ない。」 (2) 判断 ア 旧法36条5項1号は,「特許請求の範囲」の記載について,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要件としている。同号は,特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の「特許請求の範囲の記載」に基づいて定めなければならないと規定されていること(特許法68条,旧法70条)を実効ならしめるために設けられた規定である。同号は,「特許請求の範囲」の記載が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与するならば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになるため,そのような特許請求の範囲の記載を許容しないものとした規定である。例えば,「発明の詳細な説明」における「実施例」として記載された実施態様等に照らして,限定的で狭い範囲の技術的事項のみが開示されているにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,その技術的事項を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合には,同号に違反することになる。このように,旧法36条5項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載について,「発明の詳細な説明」の記載と対比して,広すぎる独占権の付与を排除する趣旨で設けられたものである。 以上の趣旨に照らすならば,旧法36条5項1号所定の「特許請求の範囲の記載が,・・・特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」か否かを判断するに当たっては,その前提として「発明の詳細な説明」の記載がどのような技術的事項を開示しているかを把握することが必要となる。なお,上記のとおり,「特許請求の範囲」に,発明の詳細な説明に記載,開示がされていない技術的事項を含む記載は許されないが,そのことは,「特許請求の範囲」に,およそ機能的な文言が用いられることが,一切許されないことを意味するものでない。 上記の観点から,本件特許発明1の内容と発明の詳細な説明の記載において開示された技術的事項とを対比・検討する。 イ 本件特許発明1に係る請求項1においては,「該環状部材は,・・・縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる」ことを必須の構成とする旨記載されている。 他方,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,上記構成を実現するための方法については,以下のような説明がある。 (ア)「スタイレット4の環状部材5が,確実に縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにするために,縫合糸把持用穿刺針2の先端の刃面は,図1に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3方向に向かって開口していることが好ましい。」,「図1に示すような,刃面部分を含む先端部が,湾曲したものを用いてもよい。このようにすれば,より確実に,後述するスタイレット4の環状部材5が,縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにすることができる。」(段落【0012】) (イ)「そして,スタイレット4の環状部材5は,穿刺針2の先端より突出した状態において,図1および図2に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,環状部材5の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針3方向に延びるように形成されている。具体的には,図1に示すように,環状部材5は,棒状部材13の先端にある程度の角度をもって固定されており,さらに,環状部材5は,側面から見た状態にて,中央部または中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状となっていることが好ましい。このように形成することにより,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,より確実に環状部材5の内部を貫通するようになる。さらに,環状部材5の先端部は,ほぼ先端を中心とするV字またはU字状となっており,距離が狭くなった縫合糸把持部14を形成していることが好ましい。このような,縫合糸把持部14を設けることにより,縫合糸挿入用穿刺針3より突出する縫合糸12をより確実に,把持することができる。」(段落【0015】) (ウ)「さらに,図1および図2に示すように,スタイレットハブ9にリブ16を設け,穿刺針ハブ7にこのリブ16と係合するスリット17を設け,縫合糸把持用穿刺針2内に,完全にスタイレット4を挿入した状態が確定されるようにすることが好ましい。このようにすることにより,スタイレット4の環状部材5が,確実に縫合糸挿入用穿刺針3方向を向くようにすることができる。」(段落【0016】) 上記(ア)ないし(ウ)の記載によれば,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,挿入針の中心軸又は延長線が環状部材の内部を貫通するという構成を実現するための技術的手段が,具体的に記載されており,特許請求の範囲(請求項1)に記載された技術内容は,発明の詳細な説明に開示された技術的事項を超えるものではない。 よって,本件特許発明1に係る特許請求の範囲の記載が旧法36条5項1号の要件に適合するとした審決の判断に誤りはない。 ウ これに対し,原告らは,中央部又は中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状の湾曲をやや強くする構成を採った場合には,環状部材が縫合糸把持用穿刺針から押し出されたときに,環状部材縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突してしまい,環状部材の円環平面内部に縫合糸挿入用穿刺針を位置させる目的(縫合糸挿入用穿刺針の「中心軸」が環状部材の内部を貫通する目的)を達成できない場合がある旨主張する。 しかし,原告らの主張は採用の限りでない。すなわち,本件特許明細書の前記各記載の技術的事項に照らせば,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸が該環状部材の内部を貫通するように,該環状部材が該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びることは十分にあり得ることであり,当業者にとっては,そのことが発明の詳細な説明において記載されていると理解されるから,原告らの主張は,採用の限りでない。 2 取消事由2,3(甲1記載の発明の認定,一致点・相違点の認定の誤り)について 原告らは,甲1は,体内でループを開き,挿入された縫合糸を通してからループを縮小して把持する施術に関するものであり,?縫合糸挿入用穿刺針,?縫合糸挿入用穿刺針とは所定距離離間した部位への縫合糸把持用穿刺針の挿入,?環状部材を突出させたとき縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が環状部材の内部を貫通する構成のすべてが開示されているから,審決の一致点,相違点の認定は誤りであると主張する。 しかし,原告らの上記主張は,採用の限りでない。以下,理由を述べる。 (1) 甲1の記載 甲1(訳文参照)には,次の記載がある(別紙「甲1参考図」参照)。 「Abstract 手術用縫合糸を掴む方法であり,患者の体内に筒状カ.ニューラを通して挿入される処置具。カニューラの中に押し潰された形で挿入された弾力性のあるループを含む処置具であり,ループは先端部が縮まった形状になっていて,ループ部分に通された縫合糸を掴むことができる。カニューラを通して患者から処置具が引き抜かれる時,縫合糸はこの部分に掴まれてループから外れないようになっている。」(訳文1頁5行〜11行) 「Summary of the invention カラム1,第50行〜カラム1,第68行 上記問題点は今回の発明によって克服することができる。即ち,筒状のカニューラが患者の傷口に留置され,カニューラ先端は縫合すべき組織の隣接された部位に正確に位置決めされる。押し潰し可能なループを内抱した長尺状ハンドルが体外からカニューラを通して挿入される。カニューラ先端よりループが出ると,ループはカニューラ内で押し潰された状態から開放されて拡張する。患者の別の開口部を通して挿入された縫合糸の一方の端が,拡張されたループを通して供給される。ループがカニューラを通して引き出される際,ループは縫合糸を掴み,縫合糸を体外に引き出す。第二のカニューラを用いて,この処置を繰り返すことにより,縫合糸のもう一方の端が外科医にアクセス可能となり,二本のカニューラを橋渡しする組織内に切開をすることができる。そうすることによりカニューラが体外に取り除かれると,縫合が完成する。」(訳文2頁24行〜3頁12行) 「カラム2,第16 行〜カラム2 ,第25 行 図1〜3に示すように,長尺状のロッド10は一端がハンドル12に取り付けられている。ロッド10とハンドル12はステンレス鋼でできていることが好ましい。長楕円形状に形成されたループ14は,ハンドル12の反対側のロッド10の端に固定されている。ループ14は,編まれたステンレス鋼によって形成されていることが好ましい。また,ループのフリーエンド側には掴み部16が形成されている。図3に示すように,ループ14はロッド10の内腔空間に内抱されている。 カラム2,第26行〜カラム2,第29行 ループ14が編まれたステンレス鋼でできていて弾力性を有するため,圧縮して折りたたむことが可能であり,また,圧縮から開放されると元の形状に復帰できる。 カラム2,第30行〜カラム2,第33行 図4に示すように,ループ14は円筒状カニューラ18の中で圧縮されている。カニューラは従来使用されている脊髄針を用いることができる。 カラム2,第34行〜カラム2,第36行 本願発明品を運ぶことができる構造及び方法について,詳細に説明する。 カラム2,第37行〜カラム2,第55行 典型的な関節鏡手術において,3つの切開が実施される。それぞれ,手術部位をテレビモニターで観察できる光学システム(関節鏡)用切開,手術器具用切開,そして洗浄用切開である。治癒プロセスを促進するための縫合処置が必要な場合,例えば,半月板の修復のような場合-処置すべき組織部位に縫合糸を用いる必要がある場合のことであるが,本願発明品をもちいて,ペアのカニューラ18を皮膚を通して近接した部位に挿入する。カニューラの先端は注意深く正確に縫合部位に近接した部位に狙いを定められるため,不必要な神経血管系のダメージを減少できる。外科医は次にハンドル12によって外科器具を掴み,一本のカニューラの中を通してループ14を挿入していく。挿入している際,ループは圧縮されている。(図4)しかし,カニューラの先端部分から解放されると,図1と3に示す形状に拡張される。 カラム2,第55行〜カラム3,第2行 外科医は,縫合糸の一端を,外科器具挿入用に設けられた切開口から挿入する。ガイド用テレビモニターを利用しながら,縫合糸の端がループ14の中に通される。次いで,ループはカニューラ18内に引き戻される。ループが再びカニューラの先端に入り込むと,縫合糸は掴み部16に引っ掛かる。 これにより,縫合糸がループから外れることが防止される。ループが完全にカニューラの基端部から取り出されると,掴まれた縫合糸の端はループから外される。外科医は次に第2のカニューラ18にデバイスを通し,縫合糸のもう一方の端に対して上記と同様な処置を行う。 カラム3,第2行〜カラム3,第9 行 今や,縫合糸の両端を外科医が手にすることができる状態となり,切開が2本のカニューラの間で実行される。切開を行っている間,縫合糸はカニューラで保護されている。次にカニューラを除去し,縫合糸を治療のされている組織を囲むように結び合わせ,そして余った端部を切除して縫合処置を完了する。」(訳文3頁20行〜5頁18行) (2) 判断 以上によれば,甲1には手術用縫合糸を掴む方法に関するもので,患者の体内に筒状カニューラを通して挿入される処置具が記載されている。この処置具は,円筒状カニューラ18と,円筒状カニューラ18の中を通して,先端部分から解放されると拡張されるループ14をその端に固定したロッド10とを備え,このループ14は,弾力性を有し,円筒状カニューラ18の中に圧縮して挿入される構成とされている。この構成の処置具で切開口を縫合糸で結ぶ場合には,縫合部位に近接した部位に,ペアのカニューラ18を皮膚を通して近接した部位に挿入し,一本のカニューラ18を通してループ14を挿入して先端部分から解放して拡張させる。外科医は,縫合糸の一端を外科器具挿入用に設けられた切開口から挿入し,縫合糸の端をループ14の中に通した後にループをカニューラの基端部から取り出すと,ループ14に捕まれた縫合糸の端はループから外される。第2のカニューラ18により縫合糸のもう一方の端に対して同様の処置を行うと,縫合糸の両端を外科医が手にすることができる状態になり,治療のされている組織を囲むように結び合わせることができる。 したがって,甲1には,審決認定のとおり,「円筒状カニューラ18と,該円筒状カニューラ18の内部に挿入され,これの先端からループ14が取り出される『ロッド10およびこれの先端に設けられたループ14』とを備え,前記『ロッド10およびこれの先端に設けられたループ14』は,先端に設けられて弾力性を有し,前記円筒状カニューラ18の内部に挿入されるループ14を有する,処置具。」(審決書21頁4行〜9行),すなわち,「縫合糸把持用穿刺針と,該縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入されたスタイレットとを備え,前記スタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な環状部材を有する医療用器具。」(審決書21頁22行〜25行)に係る発明が記載されているといえる。 よって,甲1記載の発明に係る審決の認定に誤りはない。 (3)原告らの主張に対する判断 ア これに対し,原告らは,甲3ないし8を提示し,中空の縫合糸挿入用穿刺針を用いて縫合糸を体内に挿入する技術は周知慣用技術であるから,甲1においてもその周知慣用技術を参照すれば,縫合糸の体内への挿入に,縫合糸挿入用穿刺針を用いるものであるといえる旨主張する。 しかし,原告らの主張は,採用の限りでない。確かに,甲3から8には,原告らが主張するとおり,中空針(カニューラ,ベニューラ針,静脈用カニューラ,外套管,硬膜外針等)を通して,体内に,糸状部材(縫合線,誘導銅線,縫合糸,カテーテル)を挿入することが記載され,中空針及び糸状部材は,縫合糸挿入用穿刺針及び縫合糸に対応するものであるから,縫合糸挿入用穿刺針を用いて縫合糸を体内に挿入することは,周知慣用技術であったと認めることができる。しかし,甲1には,縫合糸の挿入について,「縫合糸の一端を,外科器具挿入用に設けられた切開口から挿入する。ガイド用テレビモニターを利用しながら,縫合糸の端がループ14の中に通される。」との記載があるのみで,具体的にどのような器具を用いて縫合糸を挿入するのか,またループ14の中に縫合糸を通すのかについての開示はない。また,外科器具挿入用に設けられた切開口から縫合糸を挿入するとされているのであるから,ピンセットや鉗子などの医療用器具を用いて縫合糸を挿入することも当然可能であると解され,切開口から挿入可能なものが縫合糸挿入用穿刺針のみであるとはいえない。この点,原告らは,関節鏡を用いた手術であるから切開口は通常5mm程度であってピンセットや鉗子は使用することができないと主張するが,甲1(関節鏡手術)と同様の手術(鏡視下半月板手術)を解説した甲6には,「断裂部に出血が確認されない場合は,鋭匙鉗子やナイフなどで断裂部の内外縁の新鮮化を行い」(142頁左欄2行〜4行)と記載されており,鋭匙鉗子やナイフなども切開口から挿入し得ることが明記されているから,原告らの上記主張は採用の限りでない。 そうすると,甲1に,縫合糸挿入用穿刺針を用いて縫合糸を体内に挿入することが実質的に記載されているとはいえないから,原告らの上記主張は採用の限りでない。 イ また,原告らは,甲1に,縫合糸の体内への挿入に,縫合糸挿入用穿刺針を用いることが記載されていると認定できることを前提として,ループが縫合糸挿入用穿刺針方向に延び,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその近接した延長線がループの内部を貫通するようにした構成も,甲1において認定できる旨主張する。 しかし,前記のとおり甲1に縫合糸挿入用穿刺針を用いることが記載されていると認定することはできない以上,原告らの上記主張はその前提において誤りがあり,採用の限りでない。 ウ 原告らは,審決の一致点及び相違点に係る認定にも誤りがある旨主張する。しかし,前記のとおり,審決には,甲1記載の発明の認定に誤りがなく,一致点及び相違点の認定にも誤りはなく,原告らの主張は,採用の限りでない。 3 取消事由4(相違点に係る容易想到性判断の誤り)について (1) まず,原告らは,甲1には縫合糸挿入用穿刺針を用いることが記載されていないとした審決の認定には誤りがあり,本件特許発明1と甲1記載の発明の相違点は,固定部材を備える点(本件固定構成)のみであるところ,甲2記載の発明はこの相違点に係る構成を有しており,甲1と甲2は,その技術分野が同一で,課題・目的を共通にするから,甲1記載の発明に甲2記載の発明を適用することにより本件特許発明1の相違点に係る本件固定構成に想到することが容易である旨主張する。しかし,前記2で説示したとおり,甲1に縫合糸挿入用穿刺針を用いる技術についての記載・開示はなく,審決が,同技術において相違するとした認定に誤りはない。そうすると,本件固定構成のみを相違点であるとする原告らの主張は,その前提において誤りがあり,主張自体失当である。 (2) そして,甲1記載の発明に,甲2,4,5及び7を組み合わせることにより,本件特許発明1の相違点に係る構成(「本件貫通構成」及び「本件固定構成」)に想到することは,容易であるとはいえない。その理由は,以下のとおりである。 発明の特徴は,当該発明における課題解決を達成するために採用された,当該発明中これに最も近い先行技術との相違点たる構成中に見いだされる。 したがって,当該発明の容易想到性の有無を判断するに当たっては,先行技術と対比した,当該発明の課題を達成するための解決方法がどのようなものであるかを的確に把握することが必要となる。そして,当該発明が特許されるか否かの判断に当たっては,先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に至ることが当業者において容易であったか否かを検討することになるが,その前提としての先行技術の技術内容の把握,及び容易であったか否かの判断過程で,判断の対象であるべきはずの当該発明の「課題を達成するための解決手段」を含めて理解する思考(事後分析的な思考)は,排除されるべきである。そして,容易であったか否かの判断過程で,先行技術から出発して当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要であるというべきである(知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10096号平成21年1月28日判決参照)。 上記の観点から,本件特許発明1が,甲1記載の発明から容易に発明をすることができたか否かを検討する。 ア 甲2,4,5及び7記載の発明の内容 (ア)甲2には,正確な位置に中空針を穿刺するもので,放射能源を体内の特定の位置に正確に注入するため,複数の針を平行に特定の部位に,容易,正確かつ迅速に穿刺するために,固定部材によって固定する装置が示されている(別紙「甲2参考図」参照)。 (イ)甲4には,次の記載がある(別紙「甲4参考図」参照)。 「かくして最適位置が決つたら,カテーテルの移動を止めて先端部をその位置にとどめ,内芯部材3の後部を外管中に押込んで前述した様に右心房内で外管の先端に必要大きさのループ4を形成させる(第6図)。 それから患者の第4肋間胸骨右縁に約2cm ばかりの皮膚切開を行い,エツクス線透視下で切開部より右心房内に形成したループ4の中心を目がけてベニューラ針12を穿刺し,ベニューラ針の先端をループの手前に位置させる。 次にベニューラ針12にペースメーカー電極固定用の二つ折りなどした誘導鋼線13を折返し端部から挿込み,右心房内のループ4の中心付近を通過させた後(第7図),外管2に対し内芯部材3を後に引張つてループ4を縮小させ,遂には内芯部材3の先端を外管の先端から引込めることにより内芯部材と外管の先端間で誘導鋼線12を把持し(第8図),次にカテーテルを体外に抜出す(第9図)ことにより把持した誘導鋼線13の端部を体外に取出し,誘導鋼線の把持を釈放する。」(甲4,10頁15行〜11頁15行) すなわち,右心房内でループ4を形成した後,ループの中心を目がけて誘導鋼線13を挿入するためのベニューラ針12を穿刺して,誘導鋼線13をループ4で把持させるものであり,ループへ糸状部材を通すのは,手術医の手技によって位置決めをして行うものである。 (ウ)甲5には,次の記載がある(別紙「甲5参考図」参照)。 「[P872 右欄 第24〜36行] Medicut(静脈用カニューラ)を腹壁を介して胃壁にすばやい動作で挿入し,胃内へ挿入する。 内視鏡下でカニューラが適切な位置にあることを確認する(Fig.2)。 内視鏡を介して挿入したワイヤースネアはカニューラの周辺で輪を広げる。プラスチックシースを残して,金属針を取り除き,長い No.2サイズの黒いシルク製縫合糸を挿入する。プラスチックカニューラから入れた縫合糸を内視鏡のスネアにて捕捉する(Fig.3)。縫合糸がスネアにて確実に把持された後,内視鏡と一緒に口から取り出す(Fig.4)。この縫合糸と先に準備していた 16 フレンチサイズのマッシュルームカテーテルとを結び合わせる。」(甲5,訳文3頁13行〜22行) すなわち,内視鏡で確認してカニューラの周辺でワイヤースネアの輪を広げ,挿入した縫合糸をスネアにて補足するものであり,手術医の手技により位置決めしてワイヤースネアの輪に縫合糸を通すものである。 (エ)甲7には,次の記載がある(別紙「甲7参考図」参照)。 「18ゲージ長針の1本に2-0ナイロン糸を通し先端を出しておく。針の先端から約1cm 位のところを約30度位に指で曲げる。鏡視下に刺入部を十分確認後,この針を半月板の位置のやや遠位側から刺入し,冠靭帯のところで一度先端を出し,改めて半月板外縁を貫通する。もう 1 本の長針に先端がループになるようにナイロン糸を二重に通す。この針を半月板大腿骨面と平行かそれよりやや遠位側から刺入し,このループに先に挿入したナイロン糸の先端を通してからループを静かに締め,最初の針をナイロン糸を残して抜去し,第2の針をループがゆるまないようおさえたまま抜去すると,半月板を貫通したナイロン糸を関節外に引き出すことができる。困難なときには同側の膝蓋下穿刺部から小コッへルを入れ,最初のナイロン糸をつかんで長針を抜去し,そのナイロン糸をコッへルでつかんだまま関節外に引き出す。ついでループ状のナイロン糸も同様に関節外に出してから,初めの糸をループに関節外で通し,ループを引っぱることによって最初の糸を関節外に出すことができる。」(813頁右欄1行〜814頁左欄2行) すなわち,鏡視下で18ゲージ長針を通したナイロン糸の先端を,もう1本の長針に形成したループに通すものであり,手術医の手技によりナイロン糸とループの位置決めを行い,ループに通すものである。 イ 容易想到性の判断 本件特許発明1と甲1記載の発明の相違点に係る構成は,第2,3,(1),ウのとおりである。すなわち,本件特許発明1の特徴(本件における甲1記載の発明と異なる構成)は,胃瘻造設術において,前腹壁と胃体部前壁とを容易,かつ短時間内に,さらに安全かつ確実に固定することができ,固定に伴う患者への侵襲が少なく,患者に与える負担も少なくするという目的・課題に対して,その解決手段として,環状部材が,縫合糸把持用穿刺針の先端から突出させたときに,縫合糸挿入用穿刺針の方向に延びるようにし,縫合糸挿入用穿刺針と縫合糸把持用穿刺針を所定距離離間して平行に固定すること(本件固定構成),及び,縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が,該環状部材の内部を貫通するような位置関係になるように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるとの構成を採用した点にある(本件貫通構成)。 本件特許発明1において,縫合糸が環状部材の内部を通過することは,本件固定構成及び本件貫通構成により達成されるものであり,手術医の手技ないし技量によって達成されるものではない。 そこで,甲1記載の発明から出発して本件特許発明1の相違点に係る上記構成に到達するためには,縫合糸を,縫合糸挿入用穿刺針を用いて体内に挿入する構成を採用した上で,環状部材を,縫合糸把持用穿刺針の先端から突出させたときに,縫合糸挿入用穿刺針の方向に延びるようにした構成を採用し,さらに,突出させた環状部材内部を,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が貫通する位置関係とするために,縫合糸挿入用穿刺針と縫合糸把持用穿刺針を所定距離離間して平行に固定した構成とすることが必要になる。 しかし,甲1記載の発明と甲2記載の発明とは,その技術分野及び課題・目的において共通するものであるとしても,甲1,2,4,5及び7においては,本件特許発明1の特徴点(本件固定構成及び本件貫通構成)に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等は,何ら存在しない。 したがって,甲1,2,4,5及び7に基づいて本件特許発明1の相違点に係る構成に想到することが,当業者にとって容易であったということはできない。 この点,原告らは,甲7(副引用例)には,縫合糸の受渡しを自動的に行うためにナイロン糸とループの位置関係をより正確かつ確実に行うことが求められるという技術的課題,正確かつ迅速な穿刺が求められるという技術的課題を有していたから,甲1に適用される動機付けがあり,縫合固定の技術における諸点で共通するから,甲1に甲7を組み合わせて本件特許発明の相違点に係る構成に想到することが容易であったと主張する。 しかし,原告らの上記主張は採用の限りでない。すなわち,甲7(原告ら主張の引用例)は,前記説示のとおり,鏡視下で18ゲージ長針を通したナイロン糸の先端を,もう1本の長針に形成したループに通すもので,手術医の手技によりナイロン糸とループの位置決めを行い,ループに通すものであるから,甲2と同様に,甲7には,甲1から本件特許発明1の相違点に係る構成(本件貫通構成及び本件固定構成)に想到するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在しないことが明らかである。 (3) 以上の検討によれば,本件特許発明1は,原告ら主張の甲1,2,4,5及び7に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。 そして,本件特許発明2ないし7は,本件特許発明1の前記相違点に係る構成を有するものであるから,本件特許発明1と同様の理由により,甲1,2,4,5及び7に基づき容易に発明をすることができたとはいえない。 4 結論 以上によれば,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告らは縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告らの本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 齊木教朗 |
裁判官 | 武宮英子 |