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事件 平成 22年 (行コ) 10002号 特許料納付書却下処分取消請求控訴事件
控訴人バイエル・アクチエンゲ ゼルシヤフト
同訴訟代理人弁護士 鈴木勝利丸山 恵一郎佐野知子池田千絵渡邉迅沖山延史國吉宏明藤田剛紀
被控訴人 国
同代表者法務大臣 処分行政庁 特許庁長官
同訴訟代理人弁護士 田中信義
同 指定代理人千葉智子市川勉大江摩 弥子天道正和
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/09/22
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
-2-3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1控訴の趣旨1原判決を取り消す。
2特許番号第1981005号の特許権に係る第13年分特許料納付書について,特許庁長官がした平成20年8月22日付け手続却下処分を取り消す。
3訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要(略称は,法令名を除き,原判決の略称に従う。)1本件は,控訴人が特許料追納期間の経過後に特許料納付書を提出して特許料及び割増特許料(本件特許料等)の納付手続をしたところ,特許庁長官が同特許料納付書を却下する手続却下の処分(本件却下処分)をしたため,控訴人が,被控訴人に対し,追納期間内に特許料及び割増特許料を納付することができなかったことについて,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるとして,本件却下処分の取消しを求める事案である。
2原判決は,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」とは,天災地変,あるいはこれに準ずる社会的に重大な事象の発生により,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払っても,なお追納期間内に特許料を納付することができなかったような場合を意味し,控訴人に「その責めに帰することができない理由」があるとは認められないから,本件却下処分に違法はないとして,控訴人の請求を棄却した。控訴人は,これを不服として控訴した。
3前提となる事実は,原判決の事実及び理由第2の1(原判決2頁16行目〜5頁25行目)のとおりであるから,これを引用する。
4争点本件特許料等を追納期間内に納付することができなかったことについて,控訴人に特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるか。
第3当事者の主張1原判決の引用当事者の主張は,後記2のとおり補充するほか,原判決の事実及び理由第2の2(原判決6頁4行目〜22頁9行目)のとおりであるから,これを引用する。
2当審における主張〔控訴人の主張〕(1)過失同視論についてア原判決は,特許料の納付に関する管理事務の受託者であるCPAの過失は委託者である控訴人の過失と同視すべきものであるとし,追納期間内に本件特許料等を支払わなかったことに「その責めに帰することができない理由」を認めることはできないとして,控訴人の請求を棄却した。
イ過失同視論の不明確性しかし,特許権者の意思で他人に特許権の維持管理を委託したことが,なぜ「他人の過失を本人の過失と同視する」という結論に結びつくのか,全くもって不明確である。
もともと,責任論の大原則は「個人責任」であり,他人の行為によって発生した不利益を負担することはない。現代社会においては,個人責任の例外として,本人が他人の行為によって発生した結果について責任を負う場合については,広く議論され,明文化されているものもあるが,どれをみても,本人の自由意思で他人を利用したことだけを根拠にして無条件に本人の責任を認めるという議論は全くない。
それは,本人が他人の行為によって発生した結果について責任を負うことが例外的な場面であるからにほかならない。
したがって,原判決のように,法律上特別な定めもないのに,自己の意思で他人に委託したということのみで無条件に本人の責任を認めることは,個人責任の原則を著しく軽視したものである。
ウ過失同視論の制限以上からすれば,他人を利用した本人が当該他人の行為について責任を負う場面は限定的に考えるべきである。
行為者が自己の行為について責任を問われるのは,行為者本人が自己の行為に潜在する危険性をコントロールできる(又はすべきである)からであるから,本人が他人の行為について責任を問われるべき場合とは,本人が当該他人の行為をコントロールできる場合におのずと限定される。具体的には,?本人が他人を利用する際に,他人の行為によって発生し得る危険を予測できる場合,又は?本人が他人の過失に原因を与えている場合には,本人が他人の過失について責任を負う(すなわち,他人の過失を本人の過失と同視する)と考えるべきである。
本件における特許料追納期間の徒過は,控訴人が全く予期し得ない偶然(メール事故及び担当者の欠勤)と信じ難い重大な過失(CPAにおいて従業員欠勤の際の業務停滞防止体制が整っていなかったこと)によって発生したものであるところ,控訴人がこのような自体を予測できないことは明らかである。また,このような全く予期し得ない偶然と信じ難い重大な過失は,控訴人が原因を与えたものでないことも明らかである。
よって,本件においてCPAの過失を控訴人の過失と同視することはできない。
(2)「その責めに帰することができない理由」の意義についてア原判決は,「その責めに帰することができない理由」について,「天災地変,あるいはこれに準ずる社会的に重大な事象の発生により,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払っても,なお追納期間内に特許料を納付することができなかったような場合」と解釈し,当事者に過失がある場合には,「その責めに帰することができない理由」がある場合には当たらないと判示した。
イ原判決の不当性しかし,特許法112条の2等,期間内に手続できなかった場合の救済規定の解釈が諸外国よりも厳しい扱いになっていることについては,問題視する議論は少なくない(甲16)。
本件は,ドイツを本拠地とする製薬会社の日本における特許権が,日本国特有の「厳格解釈」によって失われようとしている場面であるため,まさに上記提言書の指摘する不都合が生じている場面である。したがって,知的財産のグローバル化に対応して特許権者を広く保護するべく,「その責めに帰することができない理由」には,特許権者が社会通念上相当な注意を払っても避けることができない場合も広く含まれると解すべきである。
ウ控訴人の過失についてCPAによる本件特許料の納付手続の懈怠は,控訴人にとっては全く予期し得ない偶然の事情と,従業員欠勤の際の業務停滞防止体制の不備という信じ難い重大な過失によって発生したものであるから,控訴人が社会通念上相当な注意を払っても到底避けることのできないものであることは明らかである。
〔被控訴人の主張〕(1)過失同視論についてア特許料の納付に関する管理事務の実施形態についてみると,?特許権者自身が自ら行う場合,?特許権者が雇用関係にある被用者に命じて行う場合,?特許権者から特許料の納付管理事務の委託を受けた第三者である受託者が行う場合の各形態が考えられるところ,特許権者は,これらのいずれかの形態を自己の経営上の判断(一般的には,納付管理事務処理の確実性及び迅速性並びに要する経費の大小等を主要な考慮要素とした判断)に基づき自由に選択することができる。
イそして,?の代わりに?又は?の形態を選択する場合には,特許料の納付管理事務を担当する被用者あるいは受託者の選定,納付管理事務手続の履行態勢やその具体的処理手順はもとより,これらの者に支払うべき対価の額等の納付管理事務手続の全般に及ぶ諸条件について,特許権者の自己の責任の下,自由に選択・決定することができるのであり,これらの点を格別制約する特許法等の規定はない(契約自由の原則)。したがって,?及び?の場合も特許権者自身の意思の下に行われるという意味で?の場合と何ら相違はない。
以上の受託者等の選任から納付管理事務手続全般の決定において果たす特許権者の主体的立場に照らすと,特許料納付管理事務を担当する被用者又は受託者がした,不作為を含む一切の行為の結果生ずる利益及び不利益は,上記の自己責任に基づく選択・決定の結果として,これを採用・決定した特許権者が引き受けるべきものである。
ウそうすると,前記?の場合の一つとしての特許料納付管理事務に関する委託契約に基づく特許管理人等による特許料納付管理手続の懈怠は,特許権者の自己責任の下,その選任から納付管理事務手続全般にわたって委託者である特許権者の意思が反映された結果であるということができ,そうである以上,まさに自己責任の結果として,これを選択・決定した特許権者自身の納付管理事務の懈怠と同視して取り扱うべきものであり,何ら「個人責任の原則」に反するものではない。
エ以上のとおりであるから,控訴人においても自認せざるを得ないCPAの「信じ難い重大な過失」は,CPAを選択し,かつ,CPAの特許料納付管理事務手続を採用した控訴人自身の過失と同視すべきものである。
(2)「その責めに帰することができない理由」の意義について控訴人は,国際基準に合致するように上記規定の文言を広く解釈すべきである旨主張するが,控訴人のかかる立場においても,特許料の不納付について特許権者に過失がある場合,すなわち,特許権者が特許料の納付管理事務の履行上通常要求される注意義務を尽くさなかった場合は,まさにその責めに帰する理由による不納付であるから,上記理由があるものといえないことは当然である。
控訴人が本件特許料等の不納付について,受託者であるCPAに「信じ難い重大な過失」があったことを自認している本件において,上記理由が認められないことは明らかであるから,上記規定の文言の解釈を論じることは無用である。
第4当裁判所の判断1認定事実前提となる事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1)本件却下処分ア本件特許出願は,昭和61年10月23日に行われ,その存続期間は,本来同日から20年が経過する平成18年10月23日までであったところ,平成13年12月19日付けで,延長の期間を4年11月4日とする存続期間の延長登録がされた結果,本件特許権の存続期間は,平成23年9月27日まで延長された(甲9)。
イ本件特許権の第13年分の特許料の納付期限は,平成19年2月22日であるところ,特許料の納付期間の経過後6か月以内は追納が認められており(平成6年法律第116号による改正前の特許法107条1項,108条2項,112条1項),第13年分特許料追納期間の満了日は,同年8月22日である。
ウ本件特許権は,平成19年11月7日,同年2月22日までに納付すべき第13年分特許料不納を原因として,登録が抹消された(甲9)。
エ控訴人は,特許庁長官に対し,平成20年2月22日,第13年分の特許料及び割増特許料(本件特許料等)の特許料納付書(本件納付書)を提出した(甲10)。
オ特許庁長官は,控訴人に対し,平成20年8月22日,本件納付書の手続を却下する旨の本件却下処分をし,控訴人は,同年9月3日,本件却下処分の通知を受けた(甲12)。
(2)控訴人の特許料納付の事務委託ア控訴人は,コンピュータ・パテント・アンニュイティーズ・リミテッド・パートナーシップ(CPA)と,長期間業務提携を行っており,CPAは,控訴人が有する世界各国にある特定の特許料の納付手続の管理を行っていた(甲2。枝番を含む。以下同じ)。
イCPAは,昭和39年(1964年),特許権の年金管理等を専門として発足し,英国のチャンネル諸島ジャージー島に本拠を置くほか,アメリカ合衆国,オーストラリア連邦,インド及びドイツ連邦共和国に営業拠点を有し,グローバルな業務展開を行っており,国際的にも年金管理会社として著名である。全世界の従業員数は約500名,取引先は約2万社に上る。
CPAは,特許年金管理サービスを行っており,パンフレット等において,CPAの更新システムは,CPAがライセンスしているソフトウェアとともに業界で標準的に使われているソフトウェアとの正確なデータ交換が可能であり,CPAのオンラインポートフォリオ管理ツールを用いて,顧客はいつでも案件の状況を見たり報告を作成し質問や指示を出したりすることができることをうたっている(甲3,4)。
ウCPAの特許料納付管理システムでは,管理対象の特許出願日を入力すると特許の満了日が自動的に計算されるようになっており,延長登録された特許権のように,満了日に関し自動的な計算の対象とすることができないものについては,別途,延長特許の類型として扱うこととなっていた(弁論の全趣旨)。
エ控訴人は,平成18年4月25日付けの契約書により,同年6月2日,CPAとの間で,本件特許権の特許料の納付事務を委託する旨の契約を締結した。同契約において,四半期単位のサービスでは,CPAが顧客の案件をモニターし,四半期が始まる約3か月前に期限通知書を送付し,期限までに放棄指示がない場合,CPAは当該案件について自動的に支払い,CPAが請求書を送付し顧客の案件を更新し,顧客がCPAに支払うと,CPAが公的領収書を保管するという流れとなっている(甲1)。
オCPAは,控訴人との20年間にわたる提携関係において,特許料納付手続に不備や失敗は一度もなかった。世界各国における控訴人の延長登録された特許権について,CPAが平成18年7月1日から平成19年7月1日までの1年間に特許料納付を行ったものだけでも,約300件に上る(甲2,弁論の全趣旨)。
(3)本件特許料等の納付手続ア控訴人の第1回特許データは,平成18年11月13日,CPAにより受け取られた。上記データは,同年12月4日,CPAの記録に電気的に処理され,本件特許権の満了日は,その出願日である昭和61年10月23日を基に,自動的に平成18年10月23日と計算された。そこで,本件特許権は,CPAにおいて,直ちに,権利が消滅した案件としてリストに挙げられた。なお,CPAは,日本では,例外的に存続期間が延長されて,特許権の存続期間が20年を超える場合があることを知っていた(甲5)。
イCPAにおいては,本件特許権について,ジャージー島のCPAに勤務するAが担当していた。Aは,平成18年12月23日,その処理を点検し,検査対象とすべきものについての検査要求レポートを作成した。上記検査要求レポートの中には,本件特許権のデータを含め,約100件の存続期間満了日の不一致に関する案件が含まれていた(甲6)。
ウドイツ連邦共和国のCPAのBTOプロジェクトマネージャーであるBは,Aから報告を受け,控訴人の担当者に対し,平成19年1月3日,電子メールにより,検査要求レポートを送付した。その際,検査要求レポートは,顧客による検査及びCPAへの回答が必要になる場合にのみ表示されること,本件特許権を含む約70件について,存続期間が控訴人からの報告と異なっているため,詳細を確認し正しい期限等を確実に記録してほしいこと,ソフトウェアが自動的に存続期間を計算したのであれば更に調査が必要になるかもしれないこと,本件特許権が延長されたかどうか確認してほしいこと等が記載されていた(甲6)。
エ控訴人の担当者は,Bに対し,平成19年2月19日,本件特許権の存続期間は平成23年9月27日までが正しいとのコメントを付した検査要求レポートの回答を,電子メールで送信した(甲7)。
オしかしながら,Aの病気休暇等の事情もあって,平成19年8月3日に至り,ようやく控訴人の上記回答がジャージー島のCPAに転送された時点では,ジャージー島のCPAの業務の滞りが続いていた。Aは,同年9月22日,本件特許権を延長登録の類型にアップデートし,第14年分の特許料納付の手続を開始したが,その時点では既に本件特許料等の追納期限すら経過していた(甲5,8,弁論の全趣旨)。
2特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の有無(1)特許法の規定特許料は,第4年以後の各年分については,前年以前に納付しなければならず(特許法108条2項本文),この納付期間内に納付することができないときは,その期間が経過した後であっても,その期間の経過後6月以内にこれを追納することができるが,その場合は,その特許料及びこれと同額の割増特許料を納付しなければならない(同法112条1項,2項)。そして,この6か月の追納期間内に,納付すべきであった特許料及び割増特許料を納付しないときは,その特許権は,本来の納付期間の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(同条4項)。
他方,上記112条4項の規定により消滅したものとみなされた特許権の原特許権者は,その責めに帰することができない理由により同条1項の規定により特許料追納することができる期間内に同条4項に規定する特許料及び割増特許料を納付することができなかったときは,その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては,2月)以内でその期間の経過後6月以内に限り,その特許料及び割増特許料追納することができる(同法112条の2第1項)。
(2)特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」ア特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」とは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合をいうものと解するのが相当である。
けだし,特許法112条の2は,追納期間が経過した後の特許料納付により特許権の回復を認めることとした規定であり,同条1項の定める要件は,?拒絶査定不服審判(特許法121条2項)や再審の請求期間(同法173条2項)を徒過した場合の救済条件や他の法律との整合性を考慮するとともに,?そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであり,?失効した特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることとなることを踏まえて立法されたものであるからである(特許庁編「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第18版〕」333頁参照)。
なお,原判決は,天災地変,あるいはこれに準ずる社会的に重大な事象の発生により,通常の注意力を有する当事者が「万全の注意」を払っても,なお追納期間内に特許料を納付することができなかったような場合を意味すると判示するが,特許法112条の2の規定の文言の通常有する意味に照らし,そのような場合に限らず,通常の注意力を有する当事者が「通常期待される注意」を尽くしても,なお追納期間内に特許料を納付することができなかったような場合を意味するものと解するべきである。
イ控訴人は,期間内に手続できなかった場合の救済規定の解釈が諸外国よりも厳しい扱いになっていることに問題があるのであって,知的財産のグローバル化に対応して特許権者を広く保護するべきであると主張する。
しかしながら,パリ条約5条の2第2項の規定に照らしても,特許権の回復についてどのような要件の下でこれを容認するかは各締結国の立法政策に委ねられているものと解されるのであるから,今後の法改正により,我が国においても諸外国と同程度に特許権者を保護する規定を設けることは格別として,現行法の「その責めに帰することができない理由」という規定の下において,これを文言の通常有する意味から乖離した解釈をすることは適切とはいえない。
(3)受託者の過失アそして,当事者から委託を受けた者にその責めに帰することができない理由があるといえない場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」には当たらないと解すべきである(最高裁昭和31年(オ)第42号同33年9月30日第三小法廷判決・民集12巻13号2029頁参照)。
けだし,特許権者は,特許料の納付について,特許権者自身が自ら又は雇用関係にある被用者に命じて行うほか,特許料の納付管理事務を第三者に委託して行うこともできるところ,特許権者は,いずれの形態を採用するか,また第三者に委託する場合にいかなる者を選定するかについて,自己の経営上の判断に基づき自由に選択することができる。そして,特許権者自らの判断に基づき,第三者に委託して特許料の納付を行わせることとした以上,委託を受けた第三者にその責めに帰することができない理由があるといえない状況の下で追納期間を徒過した場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるとはいえないからである。
イ控訴人は,法律上特別な定めもないのに,自己の意思で他人に委託したということのみで無条件に本人の責任を認めることは,個人責任の原則を著しく軽視したものであり,代理人の過失を本人の過失と同視すべきでないと主張する。
しかしながら,特許権者又は雇用関係にある被用者に過失がある場合と,特許権者が委託した外部組織たる第三者に過失がある場合とで,特許権の回復の成否が異なるいわれはなく,いかなる方法で特許料を納付するか自らの判断で選択した以上,委託を受けた第三者に過失がある場合には,特許権者側の事情として,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」には当たらないというほかない。
(4)本件における「その責めに帰することができない理由」の有無前記1認定のとおり,控訴人は,本件特許料等の納付等の手続をCPAに委託し,CPAにおいて担当者の病気休暇等の事情もあって業務が滞った結果,本件特許料等の追納期限を経過したものであり,CPAに従業員欠勤の際の業務停滞防止体制の不備という過失があることは,控訴人の自認するところである。
そうすると,本件において本件特許料等の納付ができなかったことは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合に当たるということはできない。
よって,本件特許料等を追納期間内に納付することができなかったことについて,控訴人に,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があったということはできない。
(5)本件却下処分の違法性前記1のとおり,本件特許権については,第13年分の特許料の納付期限は平成19年2月22日であり,その追納期限は同年8月22日であるところ,控訴人は,上記追納期限までに本件特許料等を納付しておらず,控訴人が本件納付書を提出したのは,追納期限が経過した後である平成20年2月22日であったというのである。そうすると,控訴人が本件納付書を提出したのは,本件特許料等の追納期限が経過した後であるから,特許法112条4項により,本件特許権は,平成19年2月22日の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされる。したがって,控訴人の本件納付書の提出による本件特許料等の納付が,特許法112条の2第1項の要件を充たす追納と認められない限り,控訴人が本件納付書の提出による特許料の納付によって本件特許権を回復することはできないこととなる。
特許庁長官は,控訴人に特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるとは認められないことを理由として,本件納付書を却下する旨の本件却下処分をしたものであるところ,同項所定の「その責めに帰することができない理由」があったとはいえないことは,上記(4)のとおりであるから,本件却下処分を取り消すべき違法はない。
3結論以上の次第であるから,控訴人の本訴請求に理由がないとした原判決は,結論において正当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 高部眞規子
裁判官 井上泰人