関連審決 | 不服2001-11360 |
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関連ワード | 自然法則 / 反復(反復可能性) / 一定の効果 / 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 課題の共通性 / 上位概念 / 技術常識 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 国際出願 / 国際公開 / 国内公表 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
647号
審決取消請求事件
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原告 インターナショナルビジネス マシーンズ コーポレーショ ン 訴訟代理人弁護士 中村比呂恵,弁理士 坂口博,市位嘉宏,上野剛史,岡田悦嗣 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 西川正俊,小曳満昭,井出英一郎 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/10/20 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-11360号事件について平成14年8月20日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:原告 発明の名称:「適応データ速度及び/又は適応光パワーレベルを有するワイヤレス光通信システム」 出願番号:特願平7-526643号 出願日:平成6年4月18日(国際出願日。国際出願番号:PCT/EP94/01196。平成7年10月26日国際公開,国際公開番号:WO95/28777。平成9年8月19日国内公表,特表平9-508249号) 手続補正:平成8年10月2日(甲6),平成12年1月25日(甲7),平成12年11月28日(甲8) 拒絶査定日:平成13年4月17日 (2) 本件手続 審判請求日:平成13年7月3日(不服2001-11360号) 審決日:平成14年8月20日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年9月3日(原告に対し。出訴期間90日附加。) 2 本願発明の要旨(前記補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載のもの(甲8)。以下「本願発明」という。請求項2ないし4の記載は省略。) 「1.複数ビットのシーケンスから成るデータを伝送するためのワイヤレス光通信システムであって,前記データを複数のサブセットに分割し,各々が所定の持続時間T2を有する前記複数のサブセットを変調された光信号としてm回(ただし,mは≧1の所定の整数)反復して送信する少なくとも1つの送信ユニット(75)と,前記光信号を受信する少なくとも1つの受信ユニット(76)とを備え,前記受信ユニットが,前記受信した光信号を電気信号に変換する光放射の検出器(34)と,前記電気信号の増幅器及び帯域フィルタ(35,46)と,所定の持続時間T1(ただし,T1≧T 2)を有する時間フレームの間に到来する前記電気信号を周期的にサンプリングしかつ連続するm個の時間フレームの間にサンプリングされた前記電気信号を重ね合わせる信号平均化手段(47,50〜52,54.1〜54.x)と,前記信号平均化手段による処理の後に前記重ね合わされた電気信号から前記データを引出すための復号手段(55,56)とを含み,さらに,制御手段(72)を備え,前記制御手段が,前記受信ユニットにより提供された前記データの実際のビット誤り率を反映する情報に基づいて最適化された1セットの制御パラメータを決定する手段と,前記受信ユニット及び前記送信ユニットの間の制御データの光ワイヤレス交換を行う手段と,前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段と,少なくとも2つの制御機能手段として,前記送信ユニットの一部である一方の制御機能手段(77)及び前記受信ユニットの一部である他方の制御機能手段(78)とを含み,これらの制御機能手段が対話プロセスで前記交換された制御データに基づいて前記データの伝送速度を設定するために両方向性のワイヤレス光通信を介して互いに通信する,前記通信システム。」 3 審決の理由の要点 (a) 審決は,特開平5-160792号公報(以下「刊行物1」という。甲2)及び特開昭64-73933号公報(以下「刊行物2」という。甲3)の記載内容を認定した上,刊行物1記載の光空間通信システムの発明と本願発明とを対比し,その一致点を次のとおり認定した。 「[一致点]複数ビットから成るデータを伝送するためのワイヤレス光通信システムであって,前記データを変調された光信号として送信する少なくとも1つの送信ユニットと,前記光信号を受信する少なくとも1つの受信ユニットとを備え,前記受信ユニットが,前記受信した光信号を電気信号に変換する光放射の検出器と,前記電気信号の増幅器及び帯域フィルタと,到来する前記電気信号を周期的にサンプリングしかつサンプリングされた前記電気信号から前記データを引出すための復号手段とを含み,さらに,制御手段を備え,前記制御手段が,前記受信ユニットにより提供された前記データの実際のビット誤り率を反映する情報に基づいて最適化された1セットの制御パラメータを決定する手段と,前記受信ユニット及び前記送信ユニットの間の制御データの光ワイヤレス交換を行う手段と,前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段と,少なくとも2つの制御機能手段として,前記送信ユニットの一部である一方の制御機能手段及び前記受信ユニットの一部である他方の制御機能手段とを含み,これらの制御機能手段が対話プロセスで前記交換された制御データに基づいて前記データの伝送速度を設定するために両方向性のワイヤレス光通信を介して互いに通信する,前記通信システム。」 (b) 審決は,刊行物1記載の光空間通信システムの発明と本願発明との相違点を次のとおり認定した。 「[相違点](1)データが,本願発明は複数ビットのシーケンスから成るのに対して,刊行物1のものは複数ビットのシーケンスから成ると記載されていない点。 (2)変調された光信号として送信するのが,本願発明は ,複数のサブセットに分割し,各々が所定の持続時間T2を有する前記複数のサブセットをm回(ただし,mは≧1の所定の整数)反復して送信するのに対して,刊行物1のものはそのような複数のサブセットに分割し反復して送信するものではない点。 (3)受信ユニットが,本願発明は,所定の持続時間T1(ただし,T 1≧T 2)を有する時間フレームの間に到来する前記電気信号を周期的にサンプリングし,かつ連続するm個の時間フレームの間にサンプリングされた前記電気信号を重ね合わせる信号平均化手段と,前記信号平均化手段による処理の後に前記重ね合わされた電気信号から前記データを引出すための復号手段とを含むのに対し,刊行物1のものは,そのようにサンプリングされた電気信号を重ね合わせる信号平均化手段と,そのように重ね合わされた電気信号からデータを引出すための復号化手段とを含むものではない点。 (4)データの伝送速度を動的に適応させる手段が,本願発明は,前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより,適応させているのに対し,刊行物1のものは,回線数を増減している点。」 (c) 審決は,上記相違点に対する判断として,次のように説示した。 「相違点(1)について データ伝送において,複数ビットのシーケンスから成るデータを伝送すること,ないしデータを複数のサブセット(記号)に分割して伝送することは,本願出願前周知の技術にすぎず,刊行物1の場合において,当業者が適宜採用し得る技術にすぎない。」 「相違点(2)について 刊行物2には,伝送データの信頼性は多重送りの回数が多いほど向上するが,他方,多重送りの回数が多いほど伝送効率が低下してしまうこと,伝送品質に応じてデータの多重送り回数を変化させることが記載されている。 すなわち,伝送データの信頼性を向上するために,伝送品質が低下したとき,多重送り回数を多くし,伝送品質が上がったとき,多重送り回数を少なくする技術思想が示されているといえる。 ここで,多重送りすることは,反復して送信することに相当し,最適な多重送り回数を,例えばmとしたとき,mはm≧1の所定の整数で変えることができるということであり(刊行物1に記載された一回多重は,m=1の場合にあたる),m回の多重送り全体をセットとみると,多重送りのセットはいくつかの送りのサブセットから成っているということができ,各回の送りは,通常,同じ伝送が反復されて同じ時間を要すると解されるから,それぞれのサブセットは所定の持続時間(T2)を有するといえる。結局,前記多重送りのセットは,複数のサブセットに分割されており,各々が所定の持続時間を有する前記複数のサブセットをm回(ただし,mは≧1の所定の整数)反復して送信するものであるといえる。 刊行物1のものでは,伝送路の状況即ち通信状態に応じて伝送速度を変えて伝送路の耐性を高めるとともに品質の良い通信を効率的に行うことを可能とし,特に,1回線当たりの伝送速度を保ったまま回線数の制御を行い伝送速度を制御する方式をとることで対処しているが,前記のように,伝送データの信頼性を向上するために,伝送品質に応じてデータの多重送り回数を変化させて対処する技術思想が刊行物2に開示されているから,これを参酌し,刊行物1の伝送速度を変えるものにおいて,特に,回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)回線数を変更するに代えて,多重送りの回数を変更すること,即ち,複数のサブセットに分割し,各々が所定の持続時間T2を有する前記複数のサブセットをm回(ただし,mは≧1の所定の整数)反復して送信することは当業者が容易になし得ることである。」 「相違点(3)について (A)刊行物2には,多重送りされたデータを軟判定する軟判定器と,軟判定されたデータを蓄積させる積算器と,多重回数に対応した複数の閾値と積算器の内容とを比較するとともに,多重回数に合致した比較結果を出力する判定器とを備えたデータ多重判定回路により,伝送品質に応じてデータの多重送り回数を変化させ,任意の回数だけ多重されているディジタルデータ値の判別を可能とすること,具体的には,伝送データをそのレベルによってハイ又はローとに分けるものとすると,軟判定器1では,多重送りされたデータのハイ,ローを多数決判定するために,データを,例えばローからハイまで8等分に軟判定して3ビットに符号化し,次に,カウンタでは,多重送りされたデータを各ビットごとにカウントして保存し,各カウンタの値に各ビットの重みを付加して加算し,加算結果を多重回数で割った値(平均値)を閾値と比較し,データのハイ,ローを判定することが説明されている。 前記軟判定器を含むデータ多重判定回路に入力される伝送データの形式などについては具体的に記載されていないが,各種の電気信号であって周期的にかつ連続して到来することが含まれると解される。そうすると,前記,軟判定器,及びデータを蓄積させる積算器又はカウンタを含むデータ多重判定判定回路の機能は,前記のように多重回数をmとすると,所定の持続時間を有する時間の間に到来する電気信号を周期的にかつ連続するm個の時間の間に,前記電気信号を重ね合わせる信号平均化手段と,前記重ね合わされた電気信号からデータを引出すための復号手段の機能と実質的に同じであるといえる。 (B)データ伝送において,フレームに組み立てられてデータ伝送されることは本願出願前周知の技術であり(特開昭64-16042号公報参照〔判決注:本訴甲4〕),データの多重送りが,多重数mとすると,多重送り全体として,所定の持続時間(T1)を有する時間フレームの間に,周期的にかつ連続するm個の時間フレームの間に送られる伝送は,フレーム構成で反復して送られる伝送を単に時間的に表現したもので格別なものでなく,通常の伝送技術のうちであると認められること。 そして,前記所定の持続時間(T1)は,m個の各々の所定の持続時間(T 2)との関係において,T1≧T 2であることは自明であること。 これら(A),(B)の点をふまえると,前記のように,伝送データの信頼性を向上するために,伝送品質に応じてデータの多重送り回数を変化させて対処する技術思想が刊行物2に開示されているから,これを参酌し,刊行物1の回線当たりの伝送速度を一定にして回線数を変更するのに代えて,多重送りの回数を変化させて対処することとし,そのため,刊行物1の電気信号からデータを引出すためのデコーダ/同期検出装置に代えて,刊行物2の前記データ多重判定回路の構成を採用し,所定の持続時間T1(ただし,T 1≧T 2)を有する時間フレームの間に到来する前記電気信号を周期的にサンプリングし,かつ 連続するm個の時間フレームの間にサンプリングされた前記電気信号を重ね合わせる信号平均化手段(47,50〜52,54.1〜54.x)と,前記信号平均化手段による処理の後に前記重ね合わされた電気信号から前記データを引出すための復号手段とすることは,当業者が容易になし得ることである。」 「相違点(4)について 刊行物1のものは,データの伝送速度を動的に適応させる手段が,1回線当たりの伝送速度を一定にしてかつ回線数を増減して対処している。刊行物2には,前記のように,伝送データの信頼性を得るために,伝送品質が低下したときには多重送り回数を多くし,伝送品質が上がったときには多重送り回数を少なくする旨の技術思想が示されており,かつ,品質と回数の関係における変更のやり方として,所定の規則によって変更することは制御における常套手段にすぎないので,刊行物1の制御において,刊行物2を参酌し,1回線当たりの伝送速度を一定にしてかつ回線数を増減するのに代えて,前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより適応させることは,当業者が容易になし得ることである。」 (d) 審決は,次のとおり結論付けた。 「本願発明は,刊行物1,2に記載された発明及び本件出願前周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」 |
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原告の主張(審決取消事由)の要点
審決は,@「伝送速度を動的に適応させる手段」の認定を誤り(一致点の認定の誤り),A「複数ビットのシーケンスから成るデータを伝送するためのワイヤレス光通信システム」に関する周知技術の認定を誤り(相違点(1)についての判断の誤り),B通信状態に応じて伝送速度を変える技術である刊行物1の技術に代えて,あるいは組み合わせとして,刊行物2の伝送速度を変える技術を採用することは当業者が容易に想到できることであるとして判断を誤った(相違点(2)ないし(4)についての判断の誤り)ものであるから,取り消されるべきである。 1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は,「伝送速度を動的に適応させる手段」の認定を誤ったものである。 (1) 審決における本願発明と刊行物1に記載された発明の一致点の認定中には,「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」という点があるが,誤りである。 刊行物1に記載された発明においては,1回線当たりの伝送速度を保ったまま回線数を制御することで伝送速度を制御する方式をとっているので,帯域を増減することにより,光信号受信装置と光信号送信装置間でデータ伝送の絶対量(総符号数)がそれに合わせて変化している。一方,本願発明は,送信ユニットと受信ユニット間で伝送される総符号数は一定のままで,同一符号の反復回数mを増加することにより,反復回数の重複を除いた正味の伝送される符号数(データの実質的な伝送速度)は減少し,また同一符号の反復回数mを減少させることにより,反復回数の重複を除いた正味の伝送される符号数(データの実質的な伝送速度)が増加することによって,データの伝送速度を動的に適応させているのである。したがって,刊行物1に記載された発明のように帯域を制限することにより「伝送速度を変えること」は,本願発明の反復の回数を変更することにより「データの伝送速度を動的に適応させる手段」とは明らかに異なり,これを同視するのは誤った見解である。 刊行物1に記載された発明においては,信号対雑音比S/Nを改善するために,帯域幅の制限が必要であって,このためには回線数を減らすことが必須であり,すなわち,当業者から見れば,「伝送速度を動的に適応させる手段」は,帯域幅を制限し通信回線数を増減することによる伝送速度の変更に限定されるべきであるので,送信器と受信器間のデータ伝送量の変更のいかなる手段をも含むかのような広範に技術要素をとらえた審決の判断は誤りである。また,回線数の増減と,反復回数mの変更では,前者ではS/Nの値そのものの改善,後者では計算上1/√mだけS/Nが見かけ上改善するという,全く異質な発明の効果を得るのであるから,このような広範な発明構成要素の特定は,不適切である。 (2) 刊行物1に記載された発明と本願発明とは,データの伝送速度の変更の内容が根本的に異なる。したがって,データの伝送速度の変更が両者とも同一であることを前提として,刊行物1に記載された発明を「相互に,伝送速度変更のデータを光信号送信装置から光信号に変換して送信して通知する,光空間通信システムであると」と解し,本願発明の「これらの制御機能手段が対話プロセスで前記交換された制御データに基づいて前記データの伝送速度を設定するために両方向性のワイヤレス光通信を介して互いに通信する,前記通信システム」の要件を刊行物1に記載された発明が備えており,この点で一致するとした審決の認定は,誤りである。 (3) このように,刊行物1に記載された発明は,伝送速度の変更は回線数を減少させることに限定されるべきであるから,本願発明が,刊行物1と同様の「データの伝送速度を動的に適応させる手段」を備えていることを前提に行った審決の一致点の認定は,誤りである。 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り) 刊行物1に記載された発明は,複数ビットのシーケンスからなるデータを伝送することは必ずしも必要ではないのに対し,本願発明は,データをシーケンシャルに制御するのであるから,本願発明を他の構成要素と関連して考えた場合,データ伝送の品質を保つために,「複数ビットのシーケンスから成るデータを伝送するためのワイヤレス光通信システム」であり,かつ,「反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」を有することにより,発明全体としてデータ伝送をシーケンシャルに処理し品質維持という効果を奏するのであるから,他の構成要素との組合せを無視して一部分だけ都合よく抜き出して,「周知の技術にすぎず,刊行物1の場合において,当業者が適宜採用し得る技術にすぎない」とする審決の認定は,誤りである。 本願発明は,「複数ビットのシーケンスから成るデータを伝送するためのワイヤレス光通信システム」であり,データ伝送をシーケンシャルに処理することが必須であり,他の構成要素を考慮すれば,「データ伝送をシーケンシャル(連続的)に制御するシステム」であることは技術常識から自明である。特に刊行物1との対比においては,刊行物1に記載された発明は,回線数の増減という並列なデータ伝送量の制御を行うことに主眼をおいているのであるから,刊行物1に記載された発明が複数ビットのシーケンスから成るデータを伝送するかどうかは,従来のディジタルデータが複数のビットのシーケンスから成るからといって,一概にいうことはできず,これを周知技術にすぎないとする審決の認定は,誤りである 以上のようにして,審決は,相違点(1)についての判断を誤った。 3 取消事由3(相違点(2)ないし(4)についての判断の誤り) (1) 相違点(2)について (1-1) 刊行物1に記載された発明は,帯域幅を制限するという「一定の原因」により,信号対雑音比S/Nが改善するという「一定の結果」が得られる自然法則を利用した発明であり,これに,帯域幅を制限しないで反復回数mを変更する刊行物2の技術手段を適用することは,S/Nの改善という「一定の結果」が得られなくなる。すなわち,仮に,通信品質を上げるために伝送速度を変える技術思想である点で類似しているとしても,刊行物1に記載された発明が利用する自然法則の「一定の結果」である信号対雑音比S/Nが改善するという結果は,刊行物1に記載された発明の目的とする効果そのものであり,これに帯域幅を制限しない刊行物2の技術手段を適用した場合には,目的とする効果が得られないのであるから,刊行物1に記載された発明に刊行物2の技術手段を適用することは,「-定の原因」により「一定の効果」を得るという自然法則に沿わない試みをすることであり,当業者の通常の創作範囲を超えるものである。 (1-2) 信号対雑音比S/Nから求められるビット誤り率は,実測値ではなく,統計学的な計算値である。刊行物1に記載された発明においては,この値は,帯域幅の制限で大きくなる。一方,本願発明においては,m回の反復回数では見かけ上の計算値として対比すると1/√mだけ改善されるが,反復回数を考慮しない信号対雑音比S/Nの純粋な値自体には変化はない。それゆえ,m回の反復による改善と,帯域幅の制限による改善は,その効果が本質的に異なるものである。さらに,刊行物2に記載された発明が,このような信号対雑音比が改善されることには全く言及してないのであるから,信号対雑音比S/Nが改善されるという効果を刊行物2に記載された発明が当然に有しているというのは,失当である。 (1-3) 刊行物1に記載された発明の構成要素である,「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)回線数を変更すること」に代えて,すなわち帯域幅を変えないで,「多重送りの回数を変更すること」とすれば,刊行物1の内容に基づけば,伝送速度が一定なのでSN比が全く改善されないことになり,これにより刊行物1に記載された発明が機能しなくなるのであるから,適用を妨げる要因がある。 (1-4) データ伝送とその品質管理の方向性に着目すると,データのパラレルな方向の増減,つまり回線数の増減により制御を行うことは,刊行物1に記載された発明が機能するための最も重要な基本的構成であり,これに刊行物2に記載された発明を適用するために,「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)回線数を変更するに代えて,多重送りの回数を変更」してシーケンシャルな方向でデータ伝送の制御を行う本願発明に導こうとした場合,パラレルな方向でのデータ伝送の制御を前提にしなければ成立しない刊行物1に記載された発明は,その基本的構成を失い機能しなくなるのであるから,「当業者が容易になし得ることである。」との審決の判断は,誤りである。 (2) 相違点(3),(4)について 前記のように,刊行物1に記載された発明に刊行物2に記載された発明を適用するにあたっては,適用を阻害する要因があるのであるから,相違点(3),(4)についての審決の判断も誤りである。 |
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被告の主張の要点
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して (1) 審決は,本願発明と刊行物1の発明とを対比し,反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより適応させる点において相違していると認定し,この点を除いた「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」である点について,刊行物1の発明は要件を備えていると認定している。 審決は,「前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより」を本願発明と刊行物1に記載された発明の一致点とはしていないし,データ伝送の総符号数は変えないとか,反復回数の重複を除いた正味の伝送される符号数(データの実質的な伝送速度)を増加させるとかは本願発明の要件ではない。審決は,「前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより」動的に適応させる点は,相違点(4)として取り上げた上で検討している。 (2) 刊行物1に記載された発明が,相手側からその送信状態を示す制御コードも受け入れており,相互の伝送速度が異なるときや双方の誤り検出状態が異なる時には,相互に,伝送速度変更のデータを光信号送信装置から光信号に変換して送信して通知する光空間通信システムであると解されるのであって,刊行物1の発明は,本願発明の「これらの制御機能手段が対話プロセスで前記交換された制御データに基づいて前記データの伝送速度を設定するために両方向性のワイヤレス光通信を介して互いに通信する,前記通信システム」の要件を備えているとした審決の認定に誤りはない。 (3) 審決の一致点の認定に誤りはない。 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)に対して ディジタルデータが一般に複数ビットのシーケンスから成るものであることは周知の事実であり,また,送信したいデータを所定の長さの幾つかの部分(サブセットと呼べる)に分け,このサブセットごとに伝送することは,本願出願前周知の技術(例えば,パケット通信ではデータを幾つかのパケット(サブセットに当たる)に分けて伝送することが普通に行われている。)であるから,審決の認定判断に誤りはない。 上述したように,ディジタルデータは複数ビットのシーケンスから成るのが通常であり,そうではないディジタルデータというものを想定する方がむしろ困難であること,刊行物1には伝送データが「複数ビットのシーケンスから成るデータ」ではないことを示唆する記載は存在しないことなどを勘案すれば,相違点(1)以外の部分に係る構成要素を考慮したとしても,相違点(1)の克服が容易であることに変わりはない。したがって,相違点(1)の克服が容易であるとした審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(相違点(2)ないし(4)についての判断の誤り)に対して (1) 相違点(2)について 刊行物2には,伝送データの信頼性を向上するために,伝送品質に応じてデータの多重送り回数(反復回数)を変化させて対処する技術が開示され,多重送り回数(反復回数)が多いほど伝送データの信頼性は向上し,他方,多重送り回数(反復回数)が多いほど伝送効率が低下する関係にあり,多重送り回数(反復回数)を変化させることは伝送速度を変えることでもあるといえる。そうすると,刊行物1に記載された発明の各技術ないし,これらを組み合わせた技術と,刊行物2の技術とは,通信品質を上げるために伝送速度を変える技術思想のものである点で類似しており,類似した技術思想のものを組み合わせたり,取り替えて採用したりすることは当業者の通常の創作の範囲のものであるといえる。したがって,通信状態に応じて伝送速度を変える技術である刊行物1の技術に代えて,あるいは組み合わせとして,刊行物2の伝送速度を変える技術を採用することは当業者が容易に想到できることである。「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)回線数を変更するに代えて,多重送りの回数を変更すること…は当業者が容易になし得る」とした審決の判断に誤りはない。 受信装置の電気的な帯域幅が変えられずにいる場合でも,帯域幅の制限とは無関係に反復回数mを変更することにより,信号対雑音比が改善されるという,原告が主張する本願発明の効果は,刊行物2の発明が当然に有している効果であり,刊行物1の発明に刊行物2の多重送りの回数(反復回数)を変更する技術を採用した場合でも当然に得られる効果である。 刊行物1に記載された発明は,帯域幅を変動させることを目的とした発明ではなく,伝送路の状態が変動しても通信の品質を低下させないようにすることを目的とした発明である(帯域幅を変動させることは,刊行物1の発明が該目的を達成するために採用した手段である。)から,帯域幅を変動させない技術であっても,通信の品質を低下させないという目的を達成可能な技術であれば,その適用を試みることは当業者の通常の創作活動の範囲内のことというべきところ,刊行物2の発明は,伝送路の信頼度が変動しても通信の品質を低下させないようにするための技術である。 以上によれば,刊行物2の発明の技術を刊行物1の発明に適用することは当業者にとっては容易であるというべきであり,審決におけるその旨の判断に誤りはない。 なお,所定の持続時間を有するパケット通信にみられるように,前記データ(複数ビットのシーケンスからなるデータ)を複数のサブセットの部分に分割し,各々が所定の持続時間T2を有する前記複数のサブセットを送信することは,通常採用されているものにすぎず,前記のように刊行物2の手段を採用すれば,サブセットそれぞれm回(ただし,mは≧1の所定の整数)送ることになることは自明の事項で,刊行物1に記載された発明に刊行物2の手段を採用したことに付随する設計的事項にすぎないものである。 (2) 相違点(3),(4)について 既に述べたように,刊行物1に記載された発明に,刊行物2に記載された発明を適用するに当たり,何ら適用を阻害する要因はないから,原告の主張は失当である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 本願発明の請求項の記載によれば(甲8),「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」との構成が示されている。このうち,「前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより」との部分は,データの伝送速度を動的に適応させることを行うための手段を限定するものといえる。そうすると,上記構成について,その手段を限定していない構成に上位概念化すると,「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」ということになる。 (2) 一方,刊行物1(甲2)には,次のような記載がある。なお,下線は判決が付したものである。 「【0011】図1には,本発明の光空間通信装置が示されている。この光空間通信装置は図4に示した2つの局A,Bそれぞれに設けられ,それらの局でお互いに通信状態を監視し,伝送路の状況即ち通信状態に応じて伝送速度を変えて 伝送路の耐性を高めるとともに品質の良い通信を効率的に行うことを可能としている。特に,1回線当たりの伝送速度を保ったまま回線数の制御を行い伝送速度を制御する方式をとることで実現している。」(3頁3欄11行〜18行) 「【0019】制御系では,デコーダ/同期検出装置114で検出出力されるエラーの頻度で伝送路の状態を監視しており,このエラーの頻度に応じてつぎのような制御が行われる。誤り検出装置115において所定の頻度以上 にエラー の発生 があると判断 された 時,伝送路の状態が悪化しているとし,誤り検出装置115は制御信号150を各部に出力して伝送速度を変える 。光信号受信装置111では,この制御信号150により前述したように帯域幅Bが狭くなり,受信感度が上がる。クロック抽出装置112ではその抽出するクロックCL1の周波数が低くなって,受信信号処理系の受信レートがより低く変更される。回線制御装置117は,信号選択分配装置116,信号多重化装置122の回線数が少なくなるように優先度の高い回線を確保しつつ変更(削除)する,という制御を行う。さらに,送信クロック発生装置123では,発生するクロックCL2の周波数が低くなって,送信信号処理系の送信レートがより低く変更される。但し,1回線当たりの伝送速度は一定に保たれる。A局側でも同様の制御が行われ,新しい伝送速度でA,B局相互間の通信がなされる。」(4頁5欄26行〜45行) 「【0020】このように,伝送路の状態が悪化した場合,光信号受信装置111の帯域幅Bを狭くし受信感度を上げ,図3に示したようにット(注「ビット」の誤字)エラーレートを下げ,誤り率を減らしている。そして,帯域幅Bが狭くなるのに対応して伝送速度(送信レート及び受信レート)を下げている。」(4頁5欄46行〜6欄1行) 以上によれば,刊行物1には,「所定の頻度以上にエラーの発生があると判断された時,そのようなエラーが発生しないように伝送速度を変えること」が記載されているといえる。そして,刊行物1の伝送速度の制御は,実際のビットエラーレートが所定の上限を越えないことを補償するようにされているのは技術常識であり,データの伝送速度を変えることは,データの伝送速度を動的に適応させることの一形態であることは,文言上明らかであるから,刊行物1には,上位概念化してみると,「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」が記載されているといえる。 したがって,刊行物1に記載された発明が上記手段を備えているとした審決の認定に誤りはない。 (3) 上記(1),(2)によれば,本願発明も刊行物1に記載された発明も上位概念化すると,「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」を備えているといえる。 審決も,同様に,上位概念化した「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」という限度で,本願発明と刊行物1に記載された発明とが一致すると認定したものと解されるのであって,審決の一致点の認定に誤りはない。 (4) 原告は,前記第3,1(1)ないし(3)のとおり主張するが,いずれも採用することができない。 すなわち,審決は,前記のように一致点を認定した上,相違点(4)として,「データの伝送速度を動的に適応させる手段が,本願発明は,前記反復の回数mを所定の規則に従って変更することにより,適応させているのに対し,刊行物1のものは,回線数を増減している点。」と認定している。このように,上位概念化して一致点を認定するとともに,別途,相違点(4)を認定しているのであるから,審決の認定手法に誤りはない。 したがって,審決は,刊行物1に記載された発明のように帯域を制限することにより「伝送速度を変えること」と,本願発明の反復の回数を変更することにより「データの伝送速度を動的に適応させる手段」とを同視しているわけではないことが明らかである。また,審決の上記認定には,原告が主張するような,「送信器と受信器間のデータ伝送量の変更のいかなる手段をも含むかのような広範に技術要素をとらえた」などという非難は,当たらないというべきである。 また,上記のように,「前記実際のビット誤り率が所定の上限を越えないことを保証するように,前記データの伝送速度を動的に適応させる手段」の点で刊行物1に記載された発明と本願発明とが一致するとの審決の認定に誤りはないのであるから,「データの伝送速度の変更が両者とも同一であることを前提として,刊行物1に記載された発明を『相互に,伝送速度変更のデータを光信号送信装置から光信号に変換して送信して通知する,光空間通信システムであると』と解して,本願発明の『これらの制御機能手段が対話プロセスで前記交換された制御データに基づいて前記データの伝送速度を設定するために両方向性のワイヤレス光通信を介して互いに通信する,前記通信システム』の要件を,刊行物1が備えているという認定は誤りである。」という原告の主張は,前提を欠くものである。そして,前判示の点及び刊行物1(甲2)の記載に照らせば,審決の上記認定は是認し得るものである。 2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)について シリアルデータの伝送は,一般に行われているものである。この場合において,ディジタルデータが複数ビットのシーケンスから成るものであることは,そうではないディジタルデータというものを想定する方がむしろ困難であることや,本件主張立証を精査してもこの点に疑いを差し挟むべき事情は見当たらないことなどに照らせば,技術常識であるというべきである。 そして,刊行物1においては,信号多重化装置122の入力は,複数の多重化されるべき回線からの入力信号2001〜200nが並列的に入力され,信号選択分配装置116の出力は,複数の回線数に分割され受信信号として並列的に出力されているが,信号多重化装置122と信号選択分配装置116との間の光空間通信システムの部分では,送信信号は,シリアルデータに変換されて伝送され,伝送された信号は,ディジタル信号列として処理されていることが記載されていることが認められる(甲2,特に段落【0017】,【0018】)。そうすると,刊行物1に記載された発明は,シリアルデータの伝送であると認められるから,刊行物1に記載された発明に,上記技術常識を採用することは,当業者が適宜採用することができるものというべきである。審決の判断もこれと同旨をいうものであって,是認し得るものである。 原告の主張中には,刊行物1に記載された発明が回線数の増減という並列なデータ伝送量の制御を行うことに主眼をおいていることを前提に,審決を非難する部分があるが,上記のとおり,刊行物1に記載された発明は,シリアルデータの伝送であるのであるから,原告の主張は失当である。 原告主張の取消事由2は理由がない。 3 取消事由3(相違点(2)ないし(4)についての判断の誤り)について (1) 相違点(2)について (1-1) 原告は,前記第3,3(1)(1-1)のとおり述べて,刊行物1に記載された発明に刊行物2の技術手段を適用することは,「-定の原因」により「一定の効果」を得るという自然法則に沿わない試みをすることであり,当業者の通常の創作範囲を超えるものであると主張するので,検討する。 (a) 刊行物1(甲2)には,次のような記載がある。なお,下線は判決が付したものである。 「【0003】【発明が解決しようとする課題】現在及び将来 の通信 においては ,より多くの 情報 をより 良い品質 で安定 して 早く伝達 したい ,という 要求 が非常 に大きい。このことは,前述の光空間通信方式における設計とは相反するものである。また,多重化された信号を伝送する場合(優先度がある場合を含む),伝送路の状態の変動があると一様に全回線に渡ってその影響を受ける。一方,多重化せずまた伝送速度を上げずに多数の光ビームで通信を行う場合,光ファイバー通信とは異なる問題が生じる。例えば,送受信部分の物理サイズの問題や伝送ビームの重なり合いなどの問題がある。また,波長の異なる複数の伝送ビームを用いたとしても実用的に使用できるのは数波長であり,より多くの情報を伝送するには多重化された信号を伝送する必要がある。このように,前述の光空間通信方式では,現在及び将来の通信に対する要求に答え得ない,という問題がある。」(2頁1欄43行〜2欄9行) 「【0013】ディジタル通信 における 伝送品質 はビットエラーレート で示され ,このビットエラーレート はSN 比より 近似的 に求められる 。光ディジタル通信においては,その受光部のSN比よりビットエラーレートが決定する。受光部のS/N比は,良く知られた次式で表される。」(3頁3欄46行〜4欄1行) 「【0026】【発明の効果】以上の通り本発明の光空間通信方式によれば,通信状態に応じて通信回線を増減し,通信速度を調節することで,2局間 の空間 の状態 の変動 によって 生じる 通信回線全体 への 影響 を減らし ,効率的 かつ 安定 した 2局間 の通信 を行うことができる 。」 (5頁7欄2行〜7行) 以上によれば,刊行物1には,課題として,高効率,高伝送品質の通信を行うことが示唆されているものといえる。 (b) 刊行物2(甲3)には,次のような記載がある。なお,下線は判決が付したものである。 「[従来技術]無線,有線などのディジタル伝送では,伝送途中で雑音が加わったために情報が劣化したデータを正しく再生すべく,種々の伝送方式が考えられ,また実施されている。誤り訂正符号を用いた方法を代表とする各種の複雑な方式の中で,比較的簡単にデータの再生を実現させる方法として,単純にデータ を複数回送り,その 多数決 を取って 情報 を再生 する 「データ の多重送 り」という 手段 がある。この 方法 においては ,伝送 データ の信頼性 は多重送 り回数 が多いほど 向上 するが,他方多重送 りの 回数 が多いほど 伝送効率 が低下 してしまうという 問題点 がある。従来とられている方法は,適当な多重回数とそれに対応する閾値を定め,多重送りされたデータの値を判断するというもので,多重回数と閾値は固定されていた。」(1頁右下欄11行〜2頁左上欄10行) 「[解決すべき問題点]上述した従来のデータ多重判定回路は,多重送り回数とそれに対応する判断の閾値が固定されていたため,伝送路の信頼度が変化してもその対応がとれないという問題点があった。例えば,外界の影響(例えば天候などの要因)により,時間的推移にともなってデータ伝送路の信頼度が変化する伝送媒体などにおいては,伝送データ の信頼性 や効率 の面から ,最適 な多重送 り回数 も変化する 。 しかし,従来のデータ多重判定回路は,閾値が固定されていたため,常に決まった回数だけの多重送りしかできず,任意の回数だけ多重送りされたデータの値の判断はできなかった。本発明は,上記問題点にかんがみてなされたもので,ディジタル伝送において,伝送誤りや雑音を排除する目的でデータの多重送りをする際に,データの的確な受信を行うことを可能ならしめるデータ多重判定回路の提供を目的とする。」(2頁左上欄11行〜右上欄11行) 「[問題点の解決手段]上記目的を達成するため,本発明のデータ多重判定回路は,多重送りされたデータを軟判定(Soft-decision)する軟判定器と,軟判定されたデータを蓄積させる積算器と,多重回数に対応した複数の閾値と積算器の内容とを比較するとともに,多重回数に合致 した 比較結果を出力する判定器とを備えた構成としてある。かかる構成とすることにより,伝送品質に応じて データ の多重送 り回数 を変化 させた 場合 に,任意 の回数 だけ 多重 されている ディジタルデータ 値の判別 を可能 としている 。」 (2頁右上欄12行〜左下欄5行) 以上によれば,刊行物2からは,ディジタルデータの通信の技術常識を加味すれば,課題として,データ多重判定回路の提供のほか,高効率,高伝送品質の通信を行うことを把握し得る。 (c) 上記(a)(b)に照らせば,刊行物1に記載された発明と刊行物2に記載された発明との間には,課題の共通性があるから,刊行物1に記載された発明に刊行物2の技術手段を適用することに動機付けがあるということができる。また,刊行物1に記載された発明に刊行物2の技術事項を適用することによっても,高効率,高伝送品質の通信を行うという刊行物1に記載された発明と共通の課題に対応した「一定の結果」が得られることは明らかである。 したがって,刊行物1に記載された発明に刊行物2の技術事項を適用することは,自然法則に沿わない試みということはできず,原告の主張は採用し得ない。 (1-2) 原告は,前記第3,3(1)(1-2)のとおり主張する。 しかしながら,甲3及び5ないし8によれば,刊行物2の技術的事項である「多重送り」と本願発明の「多重送信」は,原理は異なることはないものと認められるのであるから,それらに基づく「信号対雑音比」についての効果も変わりはないと認めるのが合理的かつ自然である。したがって,「多重送信」において,「m回の反復回数では見かけ上の計算値として対比すると1/√mだけ改善される」ことがいえるのであるから,たとえ刊行物2(甲3)に明示的な記載がないとしても,刊行物2の技術的事項である「多重送り」も「多重送信」と同様な効果を有しているといい得る。よって,原告の主張は,採用することができない。 (1-3) 原告は,前記第3,3(1)(1-3)のとおり主張する。 審決の説示によれば,刊行物1に記載された「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)回線数を変更する」という構成に代えて,刊行物2に記載された「多重送りの回数を変更する」という構成とするとの趣旨であることが明らかであって,「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)」という状態を残した上で,「回線数を変更する」という構成に代えて,「多重送りの回数を変更する」という構成とするという趣旨であるとは解されない。 ところで,刊行物1に記載された発明において,「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)」という状態を残した上で,「回線数を変更する」という構成をなくするならば,伝送速度が一定であるからSN比が全く改善されないことになる。しかし,審決がそのような趣旨をいうものでないことは上記のとおりである。いずれにしても,審決は,上記のような意味において,刊行物1に記載された「回線当たりの伝送速度を保ったまま(一定にして)回線数を変更する」という構成に代えて,刊行物2に記載された「多重送りの回数を変更する」という構成を適用するというのであるから,その構成に基づく作用効果が生じることになる。そして,刊行物2に記載された構成の適用により,前判示のとおり,「高効率,高伝送品質の通信を行う」という刊行物1に記載された発明と共通の課題に対応した作用効果を奏するものと認められる。 したがって,刊行物1に記載された発明に刊行物2の上記構成を適用することを妨げる要因があるとする原告の上記主張は,採用することができない。 (1-4) 原告は,前記第3,3(1)(1-4)のとおり主張する。 しかしながら,(1-3)において判示したところに照らせば,「パラレルな方向でのデータ伝送の制御を前提にしなければ成立しない刊行物1に記載された発明は,その基本的構成を失い機能しなくなるのであるから,当業者が容易になし得ることであるとはいえない」との原告の主張が採用し得ないことは,明らかである。 (2) 相違点(3),(4)について 原告は,刊行物1に記載された発明に刊行物2に記載された発明を適用するに当たっては,適用を阻害する要因があるのであるから,相違点(3),(4)についての審決の判断も誤りであるという。しかし,前判示のとおり,適用を阻害する要因があるとの原告の主張が採用し得ないのであるから,これを前提とする相違点(3),(4)についての原告の主張もまた採用することができない。 4 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塩月秀平 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 高野輝久 |