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関連審決 不服2000-11402
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  優先権 /  優先日 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 260号 審決取消請求事件
原告 アンドレアスシュティール アクチエン ゲゼルシャフト ウント コンパニー コマンディートゲゼルシャフト (審決の表示) アンドレアス・シユテイール 代表者

訴訟代理人弁理士 藤田 アキラ
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 岡田孝博
同 石原正博
同 高木進
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/10/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-11402号事件について平成15年2月3日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「作業器具」(後に「トップハンドル型作業器具」と補正)とする発明につき,平成4年6月18日特許出願(優先権主張1991年〔平成3年〕6月21日〔以下「本件優先日」という。)・ドイツ連邦共和国)をしたが,平成12年4月12日に拒絶査定を受けたので,同年7月24日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,同請求を不服2000-11402号事件として審理し,平成15年2月3日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月18日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成14年8月26日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨 手で保持し扱うことのできる携帯用作業器具にして,作業工具駆動用の電気点火栓付き内燃機関のためのケーシング(2)と,当該ケーシング(2)の上方にその長手方向(8)に向いて配置され当該ケーシングに固定された握り部(5)と,回転可能に支承された操作部材(26)と,当該操作部材(26)と共に回転可能な係止要素(37,39)とを備えるトップハンドル型作業器具であって, 上記ケーシング内の内燃機関に,絞り弁を備える吸い込み管路を介して燃焼用空気が供給され且つ配量装置(3)を介して燃料が供給されるようになっており, 上記配量装置(3)が始動の際に供給燃料の量を増加するための始動機構(10)を有していて, 上記握り部(5)に,スロットルリンケージ(13,15)を介して,その閉鎖位置にばね負荷される上記絞り弁と結合したスロットルレバー(16)が支承されていて, 上記操作部材(26)が,始動位置の調整のために始動リンケージ(19,25)を介して上記始動機構(10)と結合されていて, 上記係止要素(37,39)が,始動位置で上記絞り弁を所定の開口位置にロックし,当該ロックはスロットルレバー(16)の操作によって解除可能であるように構成されている作業器具において, 操作部材(26)が,上記握り部(5)の前方端部分(6)で支承され,握り部スリーブ(40)から突出する操作レバー(31)を有すること,及び前記ロックが,上記係止要素(37/39)と上記スロットルレバー(16)での対抗要素(38)とによって形成されていること,及び 始動リンケージ(25)とスロットルリンケージ(15)とが上記握り部スリーブ(40)内でほぼ平行に位置して,その後方端部分(7)に延びていることを特徴とする作業器具。
3 審決の理由 (1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開昭51-111999号公報(甲3,以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(2) なお,審決が,上記(1)の判断に当たり,本願発明と引用発明1とを対比して両者の相違点として認定した点は,以下のとおりである。
(相違点イ) ハンドルの取り付け態様からみた作業器具の形式について,本願発明では,「ケーシング(2)の上方にその長手方向(8)に向いて配置され当該ケーシングに固定された握り部(5)を備えるトップハンドル型作業器具」となっているのに対し,引用発明1では,「ケーシングの後方にその長手方向に向いて配置され当該ケーシングに固定されたハンドル5(握り部(5))を備える後方にハンドルを有する形式のモーターチェーンソー(作業器具)」となっている点。
(相違点ロ) 操作部材の取り付け態様について,本願発明では,「操作部材(26)が,上記作業器具の握り部(5)の前方端部分(6)で支承され,握り部スリーブ(40)から突出する操作レバー(31)を有する」となっているのに対し,引用発明1では,「スターターレバー17(操作部材(26))が,上記ケーシングの後方端側で支承され,ケーシングから突出するセレクタレバー16(操作レバー(31))を有する」となっている点。
(相違点ハ) ロックのために係止する部材の関係について,本願発明では,「前記ロックが,上記係止要素と上記スロットルレバー(16)での対抗要素(38)とによって形成されている」となっているのに対し,引用発明1では,「前記相互ブロック(ロック)が,上記調整部材14の縁21,突起22及び周囲24(係止要素(37/39))と上記ガス操作桿4の一部分13とによって形成されている」となっている点。
(相違点ニ) リンケージの態様について,本願発明では,「始動リンケージ(25)とスロットルリンケージ(15)とが上記握り部スリーブ(40)内でほぼ平行に位置して,その後方端部分(7)に延びている」となっているのに対し,引用発明1では,そのような構成を具備しない点。
(以下,本願発明に係る部材の符号は( )付きで,引用発明1に係る部材の符号は( )なしで表記する。)
原告主張の審決取消事由
審決における一致点及び相違点の認定は争わないが,審決は,相違点イないしニについての判断を誤った(取消事由1〜4)ことにより,本願発明の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点イの判断の誤り) (1) 審決は,ハンドルの取り付け態様から見た作業器具の形式に関する相違点イに係る構成について,「引用発明1及びトップハンドル型作業器具に係る周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に想到することができた」(審決謄本8頁第2段落)と判断したが,誤りである。
審決は,上記判断の理由として,「引用発明1において,周知のトップハンドル型作業器具のように,握り部をケーシングの上方にその長手方向に向いて配置し,当該ケーシングに固定することを妨げる特段の事情も見当たらない。また,周知のトップハンドル型作業器具に,引用発明1のハンドル5(握り部)の取り付け態様以外の技術思想を適用することを妨げる特段の事情も見当たらない」(同7頁下から第2段落〜8頁第1段落)ことを挙げる。
(2) しかしながら,本件優先日前に,トップハンドル型作業器具が周知であることは争わないが,引用発明1のようにケーシングの後方にハンドルを有する形式(以下「後方ハンドル形式」という。)の作業器具は,トップハンドル型作業器具とは,握り部の配置位置が異なることから,器具を操作する操作要素から調整手段までの伝達システムの構成も当然にトップハンドル型とは異なるものである。また,後方ハンドル形式をとる引用例1の例示的な実施形態では,ガスレバー6のためのガス操作桿(リンケージ)4と,選択部材16のためのシャフト15や作動桿31/調整部材32とが互いに少なくとも実質的に直角に配置されており,このことにより,大きな構成空間を必要とし,ハンドル内の構成としては有効なものとはなっていない。このため,当業者は,引用例1に示された構成を見て,これをトップハンドル型作業器具に適用しようとするはずがない。引用例1には,後方ハンドル形式のモーターチェーンソーをトップハンドル型に変更することに関して,いかなる示唆も存在しない。
(3) 被告は,「トップハンドル型」と「後方ハンドル形式」の相互入れ替えが容易であるかのように主張するが,このハンドル(握り部)に操作要素としてのガスレバー(スロットルレバー)が配設され,そこを起点とする伝達システムが存在する以上,「後方ハンドル形式」を「トップハンドル型」に換えることを妨げる事情は存在するというべきである。
2 取消事由2(相違点ロの判断の誤り) (1) 審決は,操作部材の取り付け態様に係る相違点ロの構成について,「引用発明1をトップハンドル型に変更した際,当業者が必要に応じて操作部材に係る周知の技術的事項に基づいて容易に想到することができた」(審決謄本9頁第2段落)と判断したが,誤りである。
審決は,上記判断に当たり,「相違点ロに係る本願発明の構成要件技術的意義は,本願の明細書の記載・・・及び本願発明の構成要件として始動装置(10)に連動する操作部材(26)の操作レバー(31)が握り部(5)の長手方向のどの位置に取り付けられているかまで限定されていないことを勘案すると,・・・『始動装置(10)の操作レバー(31)を,保持する手の親指によって取り扱うことができるように構成することができる』といった潜在的効果を有するものと解される」(同8頁第3段落),「引用発明1の実施例においても,複数の操作部材に相当するガスレバー6及びガスストッパレバー8に加えて,選択部材16を握り部分9に設けるようにすることが排除されているとか,技術的に困難である等の事情も見当たらない。特に,リンク機構やワイヤー機構は,遠隔操作手段として慣用のものであることを考慮すれば,その取り付け位置は,多くの場合,移動が可能なものと認めることができる。そうすると,引用発明1において,周知のトップハンドル型作業器具のように,握り部をケーシングの上方にその長手方向に向いて配置し,当該ケーシングに固定した場合であっても,トップハンドル型に変更した後の握り部分9に選択部材16を設けることも,当業者にとって格別困難な点はないということができる」(同頁第5段落〜9頁第1段落)と認定,判断しているが,失当である。
(2) まず,本件明細書(甲2添付)は,ドイツ連邦共和国特許公開公報DE3935361A1号(甲4)に示されるトップハンドル型のモータチェーンソーについて,「モータケーシングに配設された始動装置は,保持する手の親指によって取り扱うことができない」(段落【0003】)と指摘し,「始動装置がユーザにとって使い勝手のよいように取り扱われるように構成し直すこと」(段落【0004】)を発明の課題として提示している。そして,本願発明では,「操作部材(26)が,上記握り部(5)の前方端部分(6)で支承され,握り部スリーブ(40)から突出する操作レバー(31)を有する」(本件明細書の請求項1)と明示されているから,握り部(5)の前方端部分(6)に支承された操作部材(26)に属する操作レバー(31)も,当然,握り部(5)の前方端部分に存在することは明らかである。願書に添付された図面の図2の操作レバー(31)は,図3〜図5にも示されており,図1では「握り部スリーブから突出する」状態が裏側であるため,その操作端部(31a)のみが示されているが,「操作レバーが握り部の長手方向のどの位置に取り付けられるかまで限定されていない」ということは決してない。すなわち,本願発明は,審決のいう「保持する手の親指によって取り扱うことができるように構成することができる」という潜在的効果を有するにとどまるものではなく,「保持する手の親指によって取り扱うことができる」という効果を奏するものである。
(3) また,審決は,「引用発明1の実施例においても,複数の操作部材に相当するガスレバー6及びガスストッパレバー8に加えて,選択部材16を握り部分9に設けるようにすることが排除されているとか,技術的に困難である等の事情も見当たらない」(審決謄本8頁下から第3段落)とするが,引用例1の例示的な実施形態では,ガスレバー6のためのガス操作桿4と,選択部材16のためのシャフト15や作動桿31/調整部材32とが互いに少なくとも実質的に直角に配置され,これによって大きな構成空間を必要とするため,選択部材16を握り部分9に設けることはできない。
審決の説示するとおり,「リンク機構やワイヤー機構は,遠隔操作手段として慣用のものである」(同下から第2段落)ことは,争わないが,その事実をもっても,作業器具内の様々な部材の取り付け位置が移動可能であるとか,どこへ取り付けるかについて格別の困難がないということはできない。リンク機構やワイヤー機構を余分に設けるようにすれば,構成的に複雑になり,重量もかさむことになって,「携帯用」にふさわしくなくなる。作業器具における各部材の配置位置によって所定の利点が生まれるし,また,不具合も生じ得るものであり,慣用であるリンク機構やワイヤー機構を利用すれば取り付け位置の移動が可能であると考えることは,具体的構成を有する作業器具の現実を無視したものである。
「引用発明1において,周知のトップハンドル型作業器具のように,握り部をケーシングの上方にその長手方向に向いて配置」すると,操作要素としてのガスレバー(スロットルレバー)をハンドル(握り部)に配設した態様の作業器具では,操作要素から調整手段までの伝達システムの構成に影響することになるから,引用発明1をトップハンドル型作業器具の構成配置へ配置変更することは,格別の困難なくし得ることではない。
(4) 以上のとおり,相違点ロに係る本願発明の構成は,当業者が「必要に応じて操作部材に係る周知の技術的事項に基づいて容易に想到することができた」ものではない。
3 取消事由3(相違点ハの判断の誤り) (1) 審決は,ロックのために係止する部材に関する相違点ハに係る構成につき,「引用発明1をトップハンドル型に変更した際,当業者が必要に応じて係合に係る周知の技術的事項に基づいて容易に想到することができたもの」(審決謄本9頁第5段落)と判断したが,誤りである。
審決は,上記判断の理由として,ロックに関する構成に関し,「両者は,直接的に係合するか,リンクを介して間接的に係合するかで相違しているもの」とした上,「リンク機構が遠隔操作手段の慣用手段であることは,前示のとおりであって,係合するもの同士が近接していればリンクを介する必要がないことが明らかであり,引用発明1の実施例において,直接的に係合を用いた1例と解することができる,本願発明の『スロットルレバー(16)』に相当する『ガスレバー6』での対抗要素とガスストッパレバー8の係止要素と係合させることの開示を例としても,調整部材14を引用発明1の実施例のように『ガスレバー6』と離間させる必要がない場合,『ガスレバー6』での上記対抗要素と異なる個所の対抗要素を調整部材14と係合する部分として用いることは,当業者にとって格別困難な点はないということができる」(同第3,第4段落)と説示する。
(2) しかし,引用例1(甲3)の図1と図3から明らかなように,ガスレバー6と調整部材14とは離れ,それらの間にガス操作桿4の一部が存在するから,引用発明1においては,「調整部材14を引用発明1の実施例のようにガスレバー6と離間させる必要がない」状態とはなっていない。審決は,引用発明1において,「ガス操作桿4の一部分13」を「ガスレバー6での上記対抗要素と異なる個所の対抗要素」に変更し得る根拠について何ら言及しておらず,不当である。
また,本願発明では,係止要素(37)/(39)とスロットルレバー(16)での対抗要素(38)とによって形成されるロックがスロットルレバー(16)の操作によって解除可能に構成されているわけであるから,そのロックのために必要な構成空間が最小化されることになるが,引用発明1では,そのように構成されておらず,相互ブロック(ロック)の構成要素が「ガス操作桿4の一部分13」であるか,「ガスレバー6での上記対抗要素と異なる個所の対抗要素」であるかは重要な問題である。審決は,「本願発明のスロットルレバー(16)に相当するガスレバー6での対抗要素とガスストッパレバー8の係止要素と係合させること」を引用発明1の実施例における「直接的に係合を用いた1例」として挙げるが,技術的意義の異なる個所の係合を引き合いに出しており,不当である。
4 取消事由4(相違点ニの判断の誤り) (1) 審決は,リンケージの態様に関する相違点ニに係る構成について,「相違点ニに係る本願発明の構成要件は,上記相違点イないしハに係る本願発明の構成要件に伴って,必然的に生じるものであると認められ,該相違点イないしハに係る本願発明の構成要件がいずれも当業者にとって容易に想到することができたものであることは,前示のとおりであるから,同様の理由により,当業者にとって容易に想到することができたものというべきである」(審決謄本9頁下から第3段落)としたが,誤りである。
(2) リンケージの態様について,本願発明では,「始動リンケージ(25)とスロットルリンケージ(15)とが握り部スリーブ(40)内でほぼ平行に位置して,その後方端部分(7)に延びている」のに対し,引用発明1では,ガス操作桿4のみがハンドル握り部分9内に延びている。すなわち,本願発明の始動リンケージ(25)に対応する引用発明1の「スターターロッド18」は,モータケーシング内にのみ延在している。これは,ガス操作桿4と直交するようケーシング内に配置されたシャフト15に装着されたスターターレバー17にスターターロッド18が係合し,シャフト15がねじれる場合にスターターレバー17がねじられてスターターロッド18に作用する構成をとっていて,必要な構成空間が大きいからである(引用例1の4頁左下欄)。作業器具内のある部材の配置位置を変更しようとすれば,それに伴って他の部材の配置位置にも影響し得るのであり,引用例1に配置変更に関して何らの示唆も存在しないにもかかわらず,「当業者にとって容易に想到することができたものである」と結論することは,失当である。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点イの判断の誤り)について 本件優先日前に,トップハンドル型の作業器具は周知であるから,引用発明1の後方ハンドル型に換えて,トップハンドル型の構成を採用することは,当業者が容易に想到することである。引用発明1の技術思想をトップハンドル型作業器具に適用することを妨げる特段の事情も存在しない。
2 取消事由2(相違点ロの判断の誤り)について 握り部に,保持する手の親指によって取り扱うことができるように複数の操作部材を設けることは,周知の技術事項であり,引用発明1においてトップハンドル型に変更した後の握り部分9に選択部材16を設けることも,当業者にとって格別困難な点はない。
後方ハンドル形式の作業器具に適用されている引用発明1の技術思想をトップハンドル型作業器具の発明に適用しようとすれば,操作要素から調整手段までの伝達システムの構成にも影響することは当業者にとってたやすく予測することができ,その影響も当業者にとってリンク機構を用いた遠隔操作手段における周知の技術的事項に基づいて容易に解決することができる。
3 取消事由3(相違点ハの判断の誤り)について 引用例1(甲3)には,チョーク操作部材(選択部材16)とスロットル操作部材(ガスレバー6)が記載されていて,それらの近接又は離間の程度について明確に記載されていないが,離間しなければならない技術的必然性はなく,むしろ,引用例1中には,選択部材のような操作要素が多数込み入っているような特段の事情がない限り,選択部材と調整部材とを統合し,それとガスレバーとが直接協動するようにして,選択部材をガスレバーの近くに配設することができることを強く示唆する記載(4頁左下欄第2段落,3頁右下欄第1段落)がある。また,トップハンドル型作業器具においても,チョークを作動させるチョーク操作部材を設けることは従来周知の技術的事項であり,引用例1に記載されるようなチョーク操作部材(選択部材16)とスロットル操作部材(ガスレバー6)のような機構があれば,それと同様の作用効果を享受できることは,当業者にとってたやすく推測することができる。しかも,トップハンドル型作業器具においても,操作者が始動時にハンドルを把持した状態のままチョーク操作部材とスロットル操作部材を指で操作できるようにすることは周知であった。そうであれば,トップハンドル型作業器具において,引用例1に記載されたチョーク操作部材(選択部材16)とスロットル操作部材(ガスレバー6)に係る技術思想を適用し,その際,必要に応じ,選択部材16のようなチョーク操作部材をスロットル11(スロットル操作部材)に近接して配置した上,その態様を「選択部材と調整部材を統合し,それとガスレバーとが直接協動するようにすること」は,当業者にとって何ら困難がないというべきである。
4 取消事由4(相違点ニの判断の誤り)について トップハンドル型作業器具において,選択部材16のようなチョーク操作部材をスロットル11(スロットル操作部材)に近接して配設し,しかもその態様を選択部材16のようなチョーク操作部材と調整部材を統合し,それとスロットル11(スロットル操作部材)とが直接協動するようにすると,作業器具の向きと親指や人差し指の方向等からみて,選択部材16のようなチョーク操作部材がハンドグリップ5の前方端部分に支承されるようになることは自然の帰結であり,また,選択部材16のようなチョーク操作部材をハンドグリップ5の前方端部分に支承すると,選択部材16のようなチョーク操作部材とチョーク弁がリンクで連結されることになるが,ハンドグリップ5の内部の空間が細長いことからみて,チョーク操作部材とチョーク弁とを連結するリンクとスロットル11(スロットル操作部材)とスロットル弁とを連結するリンクが平行に配設されることも自然の帰結であるというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点イの判断の誤り)について (1) 原告は,引用例1(甲3)の後方ハンドル形式の作業器具は,トップハンドル型とは握り部の配置位置が異なるため,器具を操作する操作要素から調整手段までの伝達システムの構成もトップハンドル型とは異なるものとなること,また,引用例1の例示的な実施形態では,ガスレバー6のためのガス操作桿(リンケージ)4と,選択部材16のためのシャフト15や作動桿31/調整部材32とが互いに少なくとも実質的に直角に配置されていることにより大きな構成空間を必要としていることを挙げて,引用例1をトップハンドル型に換えることは,当業者が想到するはずはないと主張する。
しかしながら,本件優先日前に,「作業器具のケーシングの上方にその長手方向に向いて配置され当該ケーシングに固定された握り部を備えることが,トップハンドル型作業器具として周知の技術的事項である」(審決謄本7頁下から第3段落)ことは,原告も認めるところであるから,引用例1の作業器具を,上記周知のトップハンドル型作業器具のように,ケーシングの上方にその長手方向に向いて配置されケーシングに固定された握り部を備えるトップハンドル型に換えることは,当業者が容易に想到することというべきである。
(2) 原告は,引用発明1の構成をトップハンドル型に換えることには阻害事由が存在する旨主張するが,この主張は,引用例1に示された例示的な実施形態を前提にして,これをそのままトップハンドル形式に適用することは当業者が想到し得ないとの趣旨に尽きるものである。しかしながら,引用発明1をトップハンドル型に変更しようとした場合,そのハンドル内の操作部材の配置,器具を操作する操作要素から調整手段までの伝達システムに関して,トップハンドル型の構成に適した変更を行うことは,当業者であれば当然に考えることというべきである。原告は,引用発明1をトップハンドル型に変更しようとした場合の技術的困難性を具体的に主張しておらず,また,上記(1)のとおり,トップハンドル型が作業器具の形態として周知であることからすれば,ハンドル内の操作部材の配置や伝達システムをトップハンドル型に応じたものに変更することが特段の技術的困難を伴うと考えるべき理由もない。
(3) そうすると,審決が,「引用発明1において,周知のトップハンドル型作業器具のように,握り部をケーシングの上方にその長手方向に向いて配置し,当該ケーシングに固定することを妨げる特段の事情も見当たらない。また,周知のトップハンドル型作業器具に,引用発明1のハンドル5(握り部)の取り付け態様以外の技術思想を適用することを妨げる特段の事情も見当たらない」(審決謄本7頁下から第2段落〜8頁第1段落)として,相違点イに係る本願発明の構成を当業者が容易に想到することができるものと判断したことは,相当というべきであり,審決の上記判断に誤りがあるということはできない。したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点ロの判断の誤り)について (1) 原告は,操作部材の取り付け態様に関する相違点ロに係る構成について,「引用発明1をトップハンドル型に変更した際,当業者が必要に応じて操作部材に係る周知の技術的事項に基づいて容易に想到することができた」(審決謄本9頁第2段落)とした審決の判断は,誤りであると主張する。
相違点ロに係る本願発明の構成は,操作部材が作業器具の握り部の前方端部分で支承され,握り部スリーブから突出する操作レバーを有するというものであり,相違点ロに関する審決の判断の要旨は,@相違点ロに係る構成の技術的意義は「始動装置(10)の操作レバー(31)を,保持する手の親指によって取り扱うことができる」ようにすることにある,A「握り部に保持する手の親指によって取り扱うことができるように複数の操作部材を設けること」は周知の技術的事項である,B引用例1においてトップハンドル型に変更した後の握り部分9に,本願発明の「複数の操作部材」に相当する,ガスレバー6及びガスストッパレバー8(注,これらは引用発明1の握り部分9に設けられている。)に加えて,選択部材16を設けることが排除されているとか技術的に困難である等の事情もない,Cしたがって,引用例1において,選択部材16をトップハンドル型に変更した後の握り部に設けることも,当業者が容易に想到し得たことである,というものである。
(2) そこで,審決のした上記判断について検討すると,まず,引用発明1をトップハンドル型の構成とすることの容易想到性については既に判断したとおりであり,また,「握り部に保持する手の親指によって取り扱うことができるように複数の操作部材を設けること」が周知の技術的事項であることは,原告において争っていないから,相違点ロに係る構成の容易想到性の有無は,引用発明1の構成をトップハンドル型に変更し,操作部材を手の親指によって操作可能にしようとした場合に,これを困難とする事情が存在するか否かという点に集約される。
確かに,引用例1に示された具体的構造は,後方ハンドル形式で気化器を後方から操作するようになっている関係上,セレクタレバー16が気化器とガスレバー6の中間に配置されているが,これをトップハンドル型に変更した場合には,セレクタレバー16を親指で操作可能とするために,本願発明の握り部(5)の前方端部分(6)に相当する位置に配置する形となることは,自然の成り行きである。さらに,本願発明のように,握り部(5)の前端部付近にスロットルレバー(16)と操作レバー(31)を配置してハンドル後端部付近の気化器(3)の絞りレバー(12)及びチョークレバー(22)を独立して操作する場合(このようにすること自体は,適宜設計事項の範囲内というべきである。),本願発明のように,リンク機構によってレバーの回転運動を直線運動に変換し,この運動を2本のリンクロッド(15),(25)を介してハンドル後端へ伝達することも,いわば必然的な機構であるということができる。そして,これらのことは,リンク機構やワイヤー機構が遠隔操作手段として慣用のものであることからすれば,当業者が格別の工夫を要することなく実現し得ることが明らかというべきである。
(3) 原告は,引用例1の例示的な実施形態では,ガスレバー6のためのガス操作桿4と,選択部材16のためのシャフト15や作動桿31/調整部材32とが互いに少なくとも直角に配置され,このような事実によって大きな構成空間を必要とするため,握り部に設けることはできないと主張するが,引用例1に示された特定の実施例の配置態様を変更することの容易性をいうものにすぎないから,上記判断を左右するものではない。
(4) 以上のとおり,相違点ロに係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到し得たものというべきであって,これと同旨の審決の判断に誤りはない。したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(相違点ハの判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,ロックのために係止する部材に関する相違点ハに係る構成について,「引用発明1をトップハンドル型に変更した際,当業者が必要に応じて係合に係る周知の技術的事項に基づいて容易に想到することができた」(審決謄本9頁第5段落)とした判断は,誤りであると主張する。
(2) そこで検討すると,引用例1(甲3)には,「ガス操作桿4は特に第2,3図が示す如く,屈撓したかつクランク状に曲げられた部分13を有し,この部分においてガス操作桿は調整部材14と共働し,調整部材は第2,3図による実施型においては軸15の回りを旋回可能な調整レバーとして形成されている。その旋回軸15がガス操作桿の部分13にほゞ平行に,ならびに軸2と7に対してもほゞ平行に位置している調整部材14はセレクタレバーの形の選択部材16を経て調整可能であり・・・」(4頁右上欄第2段落〜〜左下欄第1段落),「スターターレバー17の前述の角度範囲はセレクタレバー16の熱間スタート位置と冷間スタート位置との間のセレクタレバーの調節範囲に相当し,・・・」(4頁左下欄最終段落)との記載がある。
一方,本件明細書(甲2添付)には,「切換シャフト(27)と共に,スロットルレバー(16)の近傍の平面で切換シャフト(27)の端部(30)に向いたスロットルレバーの側に位置した止めカム(37)が回動する。止めカム(37)の回動面に突出するスロットルレバー(16)のノッチノーズ(38)は,当該ノッチノーズ(38)と止めカム(37)の付属外面に備えられたノッチ溝(39)とによって形成される掛金部の対抗要素を形成する。図4に示されるように,スロットルレバー(16)が部分的に押圧された場合に,ノッチノーズ(38)とノッチ溝(39)との間の掛け金が可能であり,それによって内燃機関の暖気始動のための始動スロットル位置が調整される。この暖気始動位置の場合,本質的に絞り弁は始動位置に回動され,一方チョーク弁は著しく開口位置に位置するか,部分開口位置を占める」(【0017】,注,符号に( )を付記)との記載がある。
上記各記載を対比すると,引用例1の調整部材14とガス操作桿4の係合関係(図6)と本願発明の操作部材(26)とノッチ要素(37,39)の係合関係は,いずれもチョークを作用させた場合の冷間スタート時の機械のスロットル開度を規定する機構として共通している。そして,引用例1においては,ガスレバー6と調整部材14は離隔していることから,上記係合関係をガス操作桿4の途中の部分に配置したものであるが,両者が仮に近接した位置関係にあるのであれば,本願発明のように操作部材(26)を直接係止すればよいことは,当業者にとって自明の技術的事項である。引用例1の,「示された実施例とは異って,合理的方法による形成法においては,調整部材は直接ガスレバーと共働するかまたは選択部材は同時に調整部材でありかつガス操作桿とまたは直接ガスレバーと共働する」(4頁左下欄第2段落)との記載は,上記係合関係を本願発明と同様にスタータレバーに一体に形成することが可能であることを示唆しているものと認められる。
(3) そうすると,審決における「調整部材14を引用発明1の実施例のように『ガスレバー6』と離間させる必要がない場合,『ガスレバー6』での上記対抗要素と異なる個所の対抗要素を調整部材14と係合する部分として用いることは,当業者にとって格別困難な点はない」との判断は,相当であって,原告の主張するような誤りはないというべきである。したがって,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(相違点ニの判断の誤り)について (1) 原告は,リンケージの態様に関する相違点ニの構成について,審決の,「相違点ニに係る本願発明の構成要件は,上記相違点イないしハに係る本願発明の構成要件に伴って,必然的に生じるものであると認められ,該相違点イないしハに係る本願発明の構成要件がいずれも当業者にとって容易に想到することができたものであることは,前示のとおりであるから,同様の理由により,当業者にとって容易に想到することができた」(審決謄本9頁下から第3段落)との判断は,誤りであると主張する。
しかしながら,引用発明1をトップハンドル型にする場合に,セレクタレバー16を親指で操作可能な位置(本願発明の握り部(5)の前方端部分(6)付近に相当する位置)に配置することが当業者にとって容易に想到し得た事項であることは,上記2判示のとおりである。そして,後方ハンドル形式の引用発明1においては,気化器を後方から操作する関係上,セレクタレバー16(操作レバー(31))が配量装置(気化器)とガスレバー6(スロットルレバー(16))の中間に配置されているが,これをトップハンドル形式とし,ハンドルの前端部付近にガスレバー(スロットルレバー)とセレクタレバー(操作レバー)を配置し,ハンドル後端部付近の配量装置(気化器)に絞りレバー(12)とチョークレバー(22)を設けてこれを独立して操作する場合,リンク機構によってレバーの回転運動を直線運動に変換し,この運動を2本のリンクロッド(15),(25)を介してハンドル後端へ伝達することも,いわば,必然的な機構であるということができる。そして,その場合,使用者はハンドル部を把持してチェーンソーを保持するものであるから,ハンドル部は手で保持しやすい形状で長手方向に延在するものとなり,また,2本のリンクロッドは必然的に平行にその内部を貫通するように配置されることとなる。
(2) そうすると,相違点ニに係る構成は,引用発明1の機構をトップハンドル型に適用する際には必然的に採用される構成であると認められるから,「相違点ニに係る本願発明の構成要件は,上記相違点イないしハに係る本願発明の構成要件に伴って,必然的に生じるものであると認められ」とした審決の判断に,誤りはない。したがって,原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳