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関連審決 無効2008-800282
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成21行ケ10281審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ74審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ294審決取消請求事件 判例 特許
平成23行ケ10009審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10210審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  守秘義務 /  秘密保持義務 /  共同開発 /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術情報 /  着想 /  特許出願日 /  実施 /  加工 /  侵害 /  営業秘密 /  請求の範囲 /  変更 /  釈明 / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10057号 審決取消請求事件
原告 JFEスチール株式会社
訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
同 森田聡
同 重入正希
被告 新日鉄マテリアルズ株式会社
被告 日本金属株式会社
被告ら訴訟代理人弁理士 内藤俊太
同 田中久喬
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/08/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求 特許庁が無効2008-800282号事件について平成22年1月7日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯被告らは,発明の名称を「粗面仕上金属箔および自動車の排ガス触媒担体」とする特許第2857767号(平成元年6月17日出願〔特願平1-155057号〕。平成10年12月4日登録。以下「本件特許」という。甲19)の特許権者である。
原告は,平成20年12月11日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明について無効審判(無効2008-800282号事件)を請求した。
特許庁は,平成22年1月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,平成22年1月19日,原告に送達された。
2特許請求の範囲本件特許の明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」といい,請求項2に係る発明を「本件発明2」といい,両者をまとめて「本件発明」という場合がある。)。
「【請求項1】ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔において,表面粗度Rmaxが0.7〜2.0μmであることを特徴とする粗面仕上金属箔。
【請求項2】耐熱性ステンレス鋼製の金属箔の平板と波板とを多重に円筒状に巻き込み,耐熱ステンレス鋼製外筒に挿入してなり,ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体において,該平板と波板は表面粗度Rmaxが0.7〜2.0μmである粗面仕上金属箔であることを特徴とする自動車の排ガス触媒担体。」3審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下のとおりである。
(1)請求人(原告)の主張する無効理由は,以下のとおりである。
ア無効理由1本件発明1は,?本件特許の出願(以下「本件出願」という。)前に公然実施された,甲1,2,5及び6に示される発明(自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔である「R20-5SR」)と同一であるから,特許法29条1項2号により特許を受けることができない,又は?上記公然実施された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
イ無効理由2本件発明2は,?甲5及び6に示される本件出願前に公然実施された発明(「R20-5SR」を用いて製造したろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体)と同一であるから,特許法29条1項2号により特許を受けることができない,又は?上記公然実施された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
ウ無効理由3本件発明2は,甲1,2,5及び6に示される本件出願前に公然実施された発明(自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔である「R20-5SR」)及び周知技術から容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
したがって,本件発明1及び2に係る特許は,特許法123条1項2号により無効とすべきである。
(2)しかし,請求人の主張する無効理由1ないし3は,次のとおり理由がない。
ア無効理由1について川崎製鉄株式会社(原告の前身。以下「川崎製鉄」という。)は,本件出願前に,金属箔「R20-5SR」を,カルソニックカンセイ(以下「カルソニック」という。旧「日本ラヂエーター」)に対しては「スポット溶接構造」を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性メタル箔(以下「実施発明1A」という。)として販売し,臼井国際産業株式会社(以下「臼井国際」という。)に対しては「ろう付け構造」を有する自動車の排ガス触媒担体の試作に用いられるメタル箔(以下「実施発明1B」という。)として販売していることを認めることができる。しかし,「ろう付け構造」を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられるものとして「一般に市販」されていたとみることはできない。
また,川崎製鉄が特に用いられる触媒担体の構造にかかわらず販売していたとしても,一般的な商取引からみて,川崎製鉄からカルソニックへの販売(実施発明1A)は,販売者と購入者との間に明示又は黙示の守秘義務を有する等の特段の事情が存在したものと認められ,カルソニックと日産自動車株式会社(以下「日産」という。)との部品取引についても,日産から特定の品質・性能,特定の仕様が指示されていると考えられ,双方の承諾がない限り秘密保持義務が存在したと推認できる。
さらに,川崎製鉄から臼井国際への販売(実施発明1B)についても,販売者と購入者との間に明示又は黙示の守秘義務を有する等の特段の事情が存在したものと認められ,臼井国際から自動車メーカー4社及び触媒メーカー2社への出荷は,臼井国際と各社との間に明示又は黙示の守秘義務を有する等の特段の事情が存在したものと認められる。
そうすると,川崎製鉄の自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔である「R20-5SR」(実施発明1A及び1B)が公然実施されたものということはできず,その公然実施を前提とする原告の本件発明1の新規性欠如又は進歩性欠如の主張は,理由がない。
イ無効理由2について臼井国際が自動車メーカー4社及び触媒メーカー2社に対して出荷した「自動車の排ガス触媒担体」(以下「実施発明2」という。)は,試作品としての出荷であり,「一般に市販」したものであるとはいえない。また,臼井国際と前記各社との間には明示又は黙示の守秘義務を有する等の特段の事情が存在したものと認められることからも,公然実施されたものということはできない。よって,本件発明2は,本件出願前に公然実施された発明(実施発明2)と同一であるとはいえないし,実施発明2から容易に発明をすることができたものであるともいえない。
ウ無効理由3について実施発明1A及び1Bが公然実施されたものであるとする原告主張の前提を認めることができないから,実施発明1A及び1Bが公然実施されたものであることを前提にしてこれらに基づいて本件発明2を容易に発明することができたとする原告の主張は,理由がない。
第3当事者の主張1取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1)実施発明1A及び1Bの公然実施に係る認定の誤り(取消事由1),(2)実施発明2の公然実施に係る認定の誤り(取消事由2),がある。
(1)取消事由1(実施発明1A及び1Bの公然実施に係る認定の誤り) 審決は,「R20-5SR」がカルソニック(実施発明1A)及び臼井国際(実施発明1B)に販売されたことを認定しながら,「川崎製鉄の『R20-5SR』のようなステンレス鋼箔製品の流通が実態的に如何なるものであるのか断言できない以上,川崎製鉄の『R20-5SR』が公然実施されたものということはできない。」(審決書16頁1行〜3行)と認定した。
しかし,審決には,次のとおり,誤りがある。
実施発明1A,1Bが本件発明1の実施に当たること川崎製鉄は,本件出願日である平成元年6月17日以前に,金属箔である「R20-5SR」(その標準品は,昭和63年11月以前には作業指示書に基づき,昭和63年11月以降は正式に制定された同一内容の甲4の技術標準に基づき,葺合工場の同じゼンジミア圧延機により,♯120の砥石で研削されたワークロールを用いて厚さ50μmに圧延製造したもの)を広く一般に販売していた(甲27,29)。例えば,川崎製鉄は,カタログ(甲2・昭和62年9月印刷,甲14・平成元年3月印刷)を作成して「R20-5SR」の営業活動をしていたほか,専門誌(甲20・昭和63年11月号)にも積極的に寄稿して「R20-5SR」の広報に努めていた。その結果,「R20-5SR」がカルソニックに販売され(実施発明1A),雑誌記事(甲1)において紹介された。
また,川崎製鉄から臼井国際に対しても「R20-5SR」が販売され(実施発明1B),臼井国際は,その「R20-5SR」を用いて自動車の排ガス触媒担体の試作品を製造し,それを複数の自動車メーカー,触媒メーカーに出荷した(実施発明2)。
ところで,本件発明1に係る特許請求の範囲においては「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる」という限定が付されているが,その記載に対応する客観的な構成上の特徴が何もないことについては,当事者間に争いがないから,上記「R20-5SR」と,「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる」という限定を付した本件発明1との間には,何ら実質的な相違点はない。そして,前記「R20-5SR」は,触媒コンバーター用メタルハニカムを用途とするものではあるが(甲2),メタルハニカム(触媒担体)がろう付け構造を有するか否かに関係なく使用されることを予定して販売されていたものであり,その当時は,むしろ触媒担体の構造としては,ろう付け構造を有することの方が一般的であったから,当然,「ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる」ものとしても販売されていたということができる。
そして,その「R20-5SR」の金属箔の表面粗度Rmaxは,本件発明1の金属箔の表面粗度Rmax0.7ないし2.0μmの範囲内にある約1μm(ただし,基準長さは0.8?)であった(甲3)。
そうすると,カルソニックへ販売された「R20-5SR」(実施発明1A)及び臼井国際へ販売された「R20-5SR」(実施発明1B)は,いずれも本件特許の出願前に実施されていたものであるといえる。
守秘義務を根拠に実施の「公然性」を否定した審決の誤りまた,販売者と購入者との間に明示又は黙示の守秘義務を有する等の特段の事情が存在したものと認められるなどと認定して実施の「公然性」を否定した審決は,次の(ア)ないし(オ)のとおり誤りである。
(ア)まず,「R20-5SR」の販売が認定された場合に,その販売品が守秘義務の対象であるかどうかの立証責任は,被告らにあり,その守秘義務の存否(販売状況)が不明である場合には,守秘義務がなく通常の販売がされ,公然実施がされたものと認定されるべきである。審決は,販売の事実を認定し,守秘義務の存否が明らかでないとしながら,守秘義務の存否に関する立証責任の分配を誤った結果,「R20-5SR」が公然実施されたものではないとの誤った認定をしたものであるから,取り消されるべきである。
(イ) 本件特許の出願前に川崎製鉄が製造,販売した「R20-5SR」の表面粗度は,川崎製鉄の技術標準に定めた圧延ロールの研削番手によって必然的に定まるものであるから,川崎製鉄に属する技術情報であり,顧客であるカルソニックや臼井国際が独占できる情報ではない。顧客が秘密保持契約によって独占し得るのは顧客が表面粗度を指定した事実自体であって,その指定以前から川崎製鉄が有していた表面粗度に係る技術内容それ自体を独占することはできない。よって,川崎製鉄と顧客との間の秘密保持契約を理由に公然実施を否定することはできない。
(ウ) 川崎製鉄から一般に販売されたR20-5SRの表面粗度は,「R20-5SR」の引渡しを受けてその所有権を取得した者であれば簡単にその測定をして知り得たものであり,秘密保持の対象にもなっていなかった。すなわち,本件特許の出願前に「R20-5SR」の引渡しを受けた買受人カルソニック又は臼井国際は,「R20-5SR」の転売を禁止されたり,その表面粗度を測定してその測定結果を開示することを禁止されたりしたことはなかった。
(エ)また,本件において,守秘義務等の有無を問題とすべき取引は,川崎製鉄からカルソニック又は臼井国際に対する販売取引についてであり,審決が問題としているようなカルソニックとその転売先である日産との間の取引や,臼井国際とその転売先である自動車メーカー又は触媒メーカー各社との間の取引についてではない。審決は,両者の取引を峻別しておらず,カルソニックや臼井国際からの転売先への取引における守秘義務や特段の事情の有無又は試作販売の有無をもって,川崎製鉄からカルソニックや臼井国際への取引についての公然実施の有無を論じている点において,誤りがある。
(オ)原告が公然実施の根拠として主張しているのは,あくまでも「R20-5SR」の標準品(厚さ50μm)としての販売である。例えば,板厚をとってみても,甲1に50μm と記載され,甲3,甲4及び甲16にも0.05mm(=50μm)と記載され,甲20の図1及び図2においても50μm の箔についての測定値が記載されている。このように川崎製鉄からカルソニック又は臼井国際への販売は,甲4の技術標準に基づいて製造された標準品の販売なのであるから,特別注文による販売であることを前提として当然に注文内容について守秘義務や特段の事情があったであろうとなどと推論して実施の「公然性」を否定する審決の認定は,その前提に誤りがある。
(カ)審決が秘密保持義務の存在を推認するために指摘した新素材製品基本契約書(甲23,第3条)は,平成21年に被告新日鉄マテリアルズが使用したものであって,昭和63年当時の川崎製鉄による「R20-5SR」の販売とは無関係なものである。すなわち,現在は,昭和63年当時とは異なり,コンピュータの利用によって個々の顧客が細かい仕様を指定することが可能になっており,個々の顧客がどのような仕様を指定したかについて秘密保持義務が生ずることがあるので,そのような情勢を反映して,平成21年に被告新日鉄マテリアルズが使用した新素材製品基本契約書(甲23,第3条)において,「本契約および個別契約に記載する文書またはデータに記述される情報」を守秘義務の対象としたものである。また,そもそも新素材製品基本契約書(甲23)の守秘義務の対象においても,実物を入手すれば知ることのできる表面粗度等のような技術情報は含まれていない。
ウまとめ以上によれば,「R20-5SR」のカルソニックへの販売(実施発明1A)及び臼井国際への販売(実施発明1B)は,本件発明の出願前の公然実施に当たるといえる。これを公然実施に当たらないとした審決の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は,取り消されるべきである。
(2)取消事由2(実施発明2の公然実施に係る認定の誤り)審決は,臼井国際からの試作品の出荷に関して,「自動車メーカー4社及び触媒メーカー2社への出荷は,単なるサンプル提供にとどまらず,各社の仕様に合わせて受注し,製造出荷しているとみることができる。また,この出荷が試作品の提供であれば,試作品の検討を踏まえ細部の仕様を変更することが予想されることから,その意味では各社との共同開発的な要素があり,社外秘的に試作から量産に結びつけていくということが普通であり,そうでないとする根拠は見当たらない。」(審決書15頁20行〜26行)と認定した上,実施発明2について,「臼井と各社との間に明示又は黙示の守秘義務を有する等の特段の事情が存在したものと認められることから,この出荷は公然実施されたものということはできない。」(審決書17頁29行〜31行)と認定した。
しかし,審決の認定は,誤りである。すなわち,臼井国際から自動車メーカーや触媒メーカーへの出荷が試作品の提供であって何らかの守秘義務が両者間にあったとしても,「R20-5SR」の表面粗度に係る技術的事項は,購入者において簡単に測定することができ,その測定や測定結果の開示が禁止されていたものではないから,臼井国際と自動車メーカー又は触媒メーカーとの間の守秘義務の対象にはなり得ない。よって,守秘義務の存在を根拠として実施発明2の公然実施を否定した審決の認定は誤りである。
2被告らの反論(1)取消事由1(実施発明1A及び1Bの公然実施に係る認定の誤り)に対しア実施発明1A,1Bが本件発明1の実施に当たることに対し以下のとおり,実施発明1A及び1Bに係る「R20-5SR」の表面粗度Rmax が0.7〜2.0μmであったことを認めるに足りる証拠はないから,実施発明1A及び1Bは本件発明1の実施には当たらない。
(ア)「R20-5SR」とは,成分を中心とした材質のみを規定した規格であって箔に限定されず,厚さも2mmまでを含んでいる。したがって,「R20-5SR」との指定のみでは,表面粗度Rmaxはおろか,鋼板の厚みも限定されない(甲1,25頁,甲20,51頁)。
(イ)甲3は,公知の刊行物ではなく,提出された書証もその原本ではなく写しにすぎない上,その日付は本件出願日(平成元年6月17日)より12日前の平成元年6月5日である。そうすると,甲3は,本件特許出願日において当該金属箔が公然販売されていたものと認める根拠にはなり得ない。
(ウ) 甲4(技術標準)は,公知の刊行物ではなく,提出された書証もその原本ではなく写しにすぎない。
また,甲4の2枚目(技術標準の具体的な内容が記載された頁)は,制改による変更がある都度,1枚目をそのままにして2枚目のみを差し替えて作成していたというが,差し替えられたとされる2枚目には,作成者の日付印などの,確かに正規に差し替えられた2枚目であることを証明する記載が何らされていないから,甲4の2枚目が,確かに「制改No.3」の正しい内容であることの立証が不十分である。
さらに,甲4の技術標準が最初に制定された日付(昭和63年11月2日)からみて,甲4は,甲1(昭和63年11月11日発行の同月28日号の雑誌),甲2(昭和62年9月印刷のカタログ)に記載の「R20-5SR」を用いた箔の製造方法を証明する証拠にはなり得ない。
この点について,原告は,甲4の技術標準が採用される以前に,実質的に甲4の技術標準と同一内容の作業指示書が存在したと主張しているが,その作業指示書の存在を認めるに足りる証拠はない。
また,甲26(昭和62年5月15日川崎製鉄作成の文書)には「現状では5%Alは川鉄しか製造できていない。」と明記されているが,カルソニックが川崎製鉄の製品を採用するにしても,金属箔の表面粗度の選択について制限が加えられる根拠はないから,実施発明1Aに係る「R20-5SR」の表面粗度が本件発明1のそれと同一であったとはいえない。
さらに,臼井国際がメタル担体の製造に使用した金属箔の製造・納入時期も不明であるから,これらの金属箔の中に甲4の技術標準制定後に製造された金属箔が含まれるか否かについても不明であるから,実施発明1Bに係る「R20-5SR」の表面粗度が本件発明1のそれと同一であったとはいえない。
守秘義務を根拠に実施の「公然性」を否定した審決の誤りに対し(ア)鋼材の販売形態には,製品数量・規格等を,直接需要家との間で又は商社を介在して取り決めて出荷する「紐付き」と,需要家が不特定の状態で出荷する「店売り」とに分かれるが,「R20-5SR」の販売は,「紐付き」であって,「店売り」ではない。「紐付き」の金属箔の供給者は,特定の需要家に提供した金属箔の表面粗度を,当該需要家の許諾なしに第三者に開示することは,原則として行わない。また,金属箔供給者から金属箔の供給を受けたメタル担体メーカーは,メタル担体需要家との間に存在する守秘義務に基づいて,当該金属箔の品質,例えば表面粗度について,当該メタル担体需要家以外の第三者に対して秘匿する。さらに,メタル担体メーカーは,金属箔供給者との間に存在する守秘義務に基づいても,第三者に対して当該金属箔の品質,例えば表面粗度について守秘義務を負う。
本件においても,臼井国際は,自動車メーカー及び触媒メーカー各社との間の契約に基づいて,自身が製造したメタル触媒担体に使用した材料である金属箔の品質に関して守秘義務を負っている。カルソニックと日産との商取引についても同様である。
したがって,川崎製鉄からカルソニック又は臼井国際に販売された金属箔(実施発明1A又は1B)が守秘義務を根拠に公然実施に当たらないとした審決の認定は正しい。
(イ)金属箔を入手したカルソニックや臼井国際が表面粗度の測定を行い得るとしても,測定したカルソニックらの社員は測定結果について守秘義務を負っているのであるから,やはり川崎製鉄からカルソニックや臼井国際への金属箔の販売は,公然実施には当たらない。
(ウ)本件で公然実施について問題となっているのは,「金属箔供給者が,特定の需要家に提供した金属箔の表面粗度を,当該需要家の許諾なしに第三者に開示することが許されるか」という点である。この点は,金属箔供給者と需要家との間の明示又は黙示の契約に基づいて定まるのであって,技術情報が製造者に帰属しているか否かによって影響を受けるものではない。
ウ仮に公然実施に係る審決の認定に誤りがあったとしても審決の結論には影響しないことまた,本件出願時においては,光沢に富んだステンレス鋼箔(表面粗度がRmaxで0.2〜0.3μm程度のもの)が製造されており,?ろう付構造を有する金属ハニカムの欠点である平板と波板のろう接合性を改善するという本件発明の課題,?ろう材を固着させるバインダーのぬれ性を向上すると,ろう材の固着性が向上し,ろう付熱処理後のろう付性が極めて良好になるという本件発明特有の着想,?ハニカムを構成する金属箔の表面粗度をRmax0.7〜2.0μmと粗仕上げにすることにより,ろう材を固着させるバインダーのぬれ性が向上するという解決手段は,全く知られていなかった。また,実施発明1A及び1Bの表面粗度Rmaxは不明である。
そうすると,仮に実施発明1A及び1Bが公然実施に当たるとしても,実施発明1A及び1Bに基づき本件発明1の構成に想到することが容易であるとはいえないから,公然実施に係る審決の認定に誤りがあったと仮定しても,その誤りは,本件発明が特許法29条1項2号,2項に該当せず,無効審判請求は成立しないとした審決の結論自体には影響を及ぼさない。
(2)取消事由2(実施発明2の公然実施に係る認定の誤り)に対しア?試作品は,排気ガス浄化能力を十分に発揮するか,十分な耐久性を有するか,重量や寸法など車載部品として必要な性能を有しているか,というような総合的な性能を評価するためのものであるから,メタル担体メーカーにとっては営業秘密の塊である。また,?部品メーカーと自動車メーカーとの間には,甲24及び甲25に代表されるような明示の秘密保持契約が締結されるか,又はそれと同等の黙示の守秘義務を負っていると解される。そうすると,試作品を受領した自動車メーカーや触媒メーカーは,たとえ金属箔の表面粗度を自由に測定することができるとしても,その測定結果を不特定の第三者に対して開示する自由などなかったことが明らかである。したがって,実施発明2について守秘義務を理由に公然実施に当たらないとした審決の認定に誤りはない。
イまた,実施発明2が,いかなる表面粗度Rmax の箔を用いて製造されたものであるかは不明であるから,本件発明2は,実施発明2と同一であるとはいえない上,当業者が実施発明2に基づいて容易に発明をすることができたものであるともいえない。
第4当裁判所の判断当裁判所は,?川崎製鉄からカルソニックに販売された金属箔「R20-5SR」(実施発明1A)及び臼井国際に販売された金属箔「R20-5SR」(実施発明1B),臼井国際が自動車メーカー4社及び触媒メーカー2社に対して試作販売した自動車の排ガス触媒担体(実施発明2)の各表面粗度Rmaxが,本件発明1又は2の表面粗度Rmax「0.7〜2.0μm」の範囲内のものであると認めるに足りる証拠はないから,実施発明1A,1B及び実施発明2は,いずれも本件発明1又は2の実施に当たるとは認められない,?したがって,実施の「公然性」(守秘義務との関係)に係る審決の認定の誤りの有無について判断するまでもなく,実施発明1A,1B及び実施発明2は,いずれも本件発明1又は2の「公然実施」に当たるとはいえない,?そして,実施発明1A,1B及び実施発明2は,いずれもろう材を固着させるバインダーのぬれ性を向上させる観点から金属箔の表面粗度に着目したものではなかったから,実施発明1A,1B又は実施発明2(その表面粗度は不明)に基づいて本件発明1又は2を容易に発明することができたものとはいえない,?そうすると,これと結論を同じくする審決の判断は正当であり,仮に守秘義務を根拠とする実施の「公然性」に係る審決の認定に誤りがあったとしても,審決を取り消すべき違法性があるとはいえない,と判断する。以下,その理由を述べる。
1実施発明1A,1B及び実施発明2に係る事実経過証拠(甲1,2,5,6,8〜11,27,29)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実経過を認定することができる。
(1)実施発明1A(甲1)川崎製鉄は,本件出願日である平成元年6月17日より前の昭和63年9月1日の更に相当前ころ以降,耐酸化性や耐食性に優れた耐熱ステンレス鋼のメタル箔「R20-5SR」(リバーライト50-5SR。20%のクロム,5%のアルミニウム,微量のLa・ランタンを添加した「20Cr-5Al」のステンレス箔。厚さは50μm)を,カルソニックに対して販売した(実施発明1)。
カルソニックは,上記金属箔「R20-5SR」を,「ろう付け」の方法ではなく,「スポット溶接」の方法により,耐熱ステンレス鋼ハニカム担体触媒(自動車の排ガス触媒担体)に加工し,これを日産に対して販売した。
日産は,自社のPLASMA-RB20DETエンジンを搭載した自動車「セフィーロ」の耐熱ステンレス鋼ハニカム担体(メタル担体)触媒として,上記カルソニック加工に係る「スポット溶接構造」を有する自動車の排ガス触媒担体を採用することを決定し,昭和63年9月1日,その旨を発表した。
以上の経過は,雑誌「日経ニューマテリアル」の昭和63年11月28日号(甲1)に掲載された。
(2)実施発明1B及び実施発明2について(甲5,6) 川崎製鉄は,昭和62年から平成元年6月17日(本件出願日)より前にかけて,臼井国際に対し,「R20-5SR」(20Cr-5Alステンレス箔)を販売した。
臼井国際は,昭和62年4月に,「ろう付け構造」を有する自動車の排ガス触媒担体の試作ラインを設け,川崎製鉄から購入した上記「R20-5SR」を用いて,「ろう付け構造」を有する自動車の排ガス触媒担体の試作品の製造を開始し,その試作品を,本件出願日である平成元年6月17日より前に,6社(自動車メーカー4社,触媒メーカー2社)に対して,販売した(実施発明2)。その試作品の出荷数量は,昭和62年度が265個,昭和63年度が150個,平成元年度が同年6月までで24個であり,平成2年2月以降は,商品として正式に販売された。
2実施発明1A,1B及び実施発明2が本件発明1又は2の実施に当たるといえるかについて(1)原告は,本件出願日である平成元年6月17日より以前に,川崎製鉄がステンレス金属箔「R20-5SR」をカルソニック(実施発明1A)及び臼井国際(実施発明1B)に対して販売し,臼井国際はその「R20-5SR」を用いて「ろう付け構造」を有する自動車の排ガス触媒担体を自動車メーカー等へ販売しており(実施発明2),それらの「R20-5SR」の表面粗度Rmaxは本件発明1のステンレス金属箔又は本件発明2の自動車の排ガス触媒担体の表面粗度Rmaxである「0.7〜2.0μm」の範囲内のものであった旨主張する。そして,原告は,その主張に沿った当時の社員 N の陳述書(甲8)及び証人調書(甲9),同じく K の補足説明書(甲10)及び証人調書(甲11)を提出する。また,原告提出の技術標準(甲4)によれば,川崎製鉄は,昭和63年11月2日に,実施日を同月8日として技術標準(甲4)を制定し,「R20-5SR」の箔圧延条件として,#120の砥石で研削したワークロールを用いて,厚さ1.0mmから中間厚0.14mmを経て最終厚さ50μmとするステンレス金属箔を圧延製造する条件(パス回数,圧下率,WR〔クラウン・研磨〕,圧延速度等々)を技術標準として定め,ステンレス金属箔「R20-5SR」を製造していたことが認められる。さらに,原告提出の調査報告書(甲3)の記載中には,本件出願日である平成元年6月17日の12日前である平成元年6月5日ころ,川崎製鉄が#120ロール仕上げされたステンレス金属箔「R205SR*BA」(0.050mmt)の表面粗度Rmax(その基準長さは0.8mm)を測定したところ,平均で1.065μm(表面C方向),1.033μm(裏面C方向),0.652μm(表面L方向)又は0.620μm(裏面L方向)であり,本件発明1の金属箔の表面粗度Rmaxである「0.7〜2.0μm」の範囲内の数値を一部において含むものであったとの部分がある。
(2)しかし,上記各証拠をもって,カルソニック(実施発明1A)及び臼井国際(実施発明1B)に販売された金属箔「R20-5SR」又はこれを用いた自動車の排ガス触媒担体(実施発明2)の各表面粗度Rmaxが,本件発明1又は2の表面粗度Rmaxである「0.7〜2.0μm」の範囲内のものであると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠もない。
その理由は,次のとおりである。
ア調査報告書(甲3)の記載をもって金属箔「R20-5SR」が本件発明1の実施に当たるとはいえない。
(ア)本件発明1の金属箔の表面粗度Rmax0.7ないし2.0μmは,砥石#80ないし#120程度で研磨仕上げをした圧延ロールを用いて製造されるものであると認められるところ(甲19,4欄15行〜18行),表面粗度0.7μmの限界値付近に対応する砥石#120で研削したワークロールを用いて圧延したステンレス金属箔「R20-5SR」の表面粗度を測定したと原告が主張する平成元年6月5日付けの前記調査報告書(甲3)においても,川崎製鉄が昭和62年ころからカルソニック(実施発明1A)又は臼井国際(実施発明1B)に対して販売(納品)していたステンレス金属箔「R20-5SR」それ自体を直接の対象として表面粗度Rmaxを測定したものではないから,同報告書の表面粗度の記載をもって,直ちに実施発明1A又は1Bの「R20-5SR」の表面粗度Rmaxを示すものであるとはいえない。
(イ)また,上記調査報告書(甲3)の「表1」欄には,確かに砥石#120で研削したワークロールを用いた「R20-5SR」の一部の表面粗度が平均で1.065μm(表面C方向〔圧延方向と直角の方向〕)又は1.033μm(裏面C方向)と記載され,これをサンプル数でみると,合計20サンプル中,13サンプルの表面粗度Rmaxの数値が,本件発明1の表面粗度0.7ないし2.0μmの範囲内にあり,特にC方向(圧延方向と直角の方向)については10サンプル全部が本件発明1の表面粗度の範囲内にある。
しかし,「表1」の他の部分の表面粗度は,平均で0.652μm(表面L方向〔圧延方向〕)又は平均0.620μm(裏面L方向)であり,サンプル数でみると,合計20サンプル中7サンプルは,本件発明1の表面粗度の範囲外であるから,そのような金属箔「R20-5SR」はなお全体として本件発明1の実施に当たるとはいえない。
すなわち,本件発明1は,ろう付け構造を有する金属ハニカムの欠点である平板と波板のろう接合性を改善するため,表面を粗面仕上げにしてろう剤を固着させるバインダーのぬれ性を向上させ,ハニカムを構成する平板と波板の接触部にバインダーを均一に,かつ効果的に付着させることができるようにしたものであるから(甲19,3欄44行〜47行,4欄24行〜30行),本件発明1の実施に当たるというためには,ステンレス金属箔の表裏や方向性(圧延方向か,圧延方向とは直角の方向か)を問わずに,ろう付け接合をする可能性のあるすべての面の表面粗度が0.7ないし2.0μmの範囲内にあることを要するものと解される。なぜなら,「ろう付け構造」を有する自動車の排ガス触媒担体に用いられる耐熱性ステンレス鋼製の金属箔は,波板と平板とを交互に積層してハニカム状にするためにその表面も裏面も他の金属箔と接触させることを想定しているから表面のみならず裏面もその表面粗度を粗面仕上げとする必要がある(甲19)。また,金属箔はバインダー(結合材)のぬれ性を良好に保つためためには圧延方向(L方向)か,圧延方向とは直角の方向(C方向)かを問わずに両方向とも粗面仕上げとしておく必要があり,仮に圧延方向のみではあっても本件発明1の表面粗度の範囲外(0.7μm未満)のものがあるとすれば,その部分(方向)のバインダー(結合材)のぬれ性が悪くなり,ろう付けの固着が不良となって一部剥離を招くなどの問題を生じさせる可能性があるからである。本件発明1に係る特許請求の範囲の記載にも,明細書の詳細な説明の記載にも,圧延方向と直角の方向に限って粗面仕上げとすれば足りるとの記載はない。また,原告提出の調査報告書(甲3)においても,C方向(圧延方向とは直角の方向)のみならず,L方向(圧延方向であって,砥石の凹凸により金属箔の表面に凹凸を形成している最中にロール圧延されるがために,砥石の凹凸の影響が,直角方向と比べて相対的により長く表面に現れやすく,結果的に基準長さ内の表面粗度Rmaxの変化も小さくなりやすい方向)も,その表面粗度が測定されていることは,当業者においても,その両方向の数値が製品の品質に影響するものと認識されていることの証左であるといえる。
そうであるところ,前記調査報告書(甲3)の数値は,そのように「ろう付け」の可能性のある「R20-5SR」の表裏や方向性を問わないすべて面の表面粗度が0.7ないし2.0μmの範囲内にあることを示すものではないから,同報告書をもって実施発明1A,1Bが本件発明1の実施に当たるとはいえない。
この理は,仮に原告が「ろう付け構造」を有する1個の自動車排ガス触媒担体を製造するに足りる大きさ(数?×10数?)の金属箔「R20-5SR」についてのみ「公然実施」に当たると主張するものであったとしても,前記調査報告書の数値はそのような小さい範囲の金属箔の表面粗度ですら,「ろう付け」の可能性のある,そのすべての面が表裏や方向性を問わずに本件発明1の表面粗度の範囲内にあるといえる程度の数値であることを立証するに足りるものではないから,同様である。
(ウ)また,甲3の作成者である川崎製鉄社員の K によれば,通常は,厚さ50μmの「R20-5SR」に圧延するためには,1?の厚さから140μm(0.14?)の中間厚を経由してから最終的に50μmの厚さに圧延していたが,ある顧客から厚さ150μmの「R20-5SR」の購入希望があったことから,その顧客への出荷分を除いた残りを販売するために,その販売残りの厚さ150μmを中間厚として更に厚さ50μmの「R20-5SR」の最終製品を製造することとし,その表面粗度の品質を確認したのが,前記調査報告書(甲3)の「0.050mmt」欄記載の数値であるというのである(甲11,5頁)。そうすると,中間厚を「150μm」とする前記調査報告書(甲3)の表面粗度Rmaxの数値は,中間厚を「140μm」としていた実施発明1A又は1B(甲4)の表面粗度Rmaxとは,中間厚が10μm異なるがために最終的な50μm厚の「R20-5SR」の表面粗度Rmaxが同じであるとはいえず,前記調査報告書(甲3)の数値をもって,実施発明1A又は1B(甲4)の表面粗度Rmaxの数値であるとは直ちにはいえない。
(エ)さらに,川崎製鉄が製作していた金属箔「R20-5SR」は,20Cr-5Al(20%のクロム,5%のアルミニウムで,La・ランタンを微量添加したもの)という成分に着目したステンレス金属箔であって,その表面粗度に着目したものではなかった。そのため,「R20-5SR」の用途も,ろう付け構造を有する自動車の排ガス触媒担体に限定されたものではなく,昭和63年3月時点では建材用に販売することを主な目的としており(甲22),建材用の場合には砥石#120で研削したワークロールを用いて仕上げしたのではなく,砥石#600で研削したワークロールを用いて仕上げしていた(甲11,14頁)。
また,当時の原告の圧延技術スタッフの高田も,その陳述書(甲29,3項)において,「表面粗度については研究所から指定された記憶は全くありません。圧延技術者として,触媒担体は見えないところに使うものであるから表面光沢/性状はどうでもいいという意識でしたので,記憶がないというよりは,指示はなかったと断言できます。」と述べている。さらに,前記調査報告書(甲3)の「表1」においても,その表面粗度Rmaxが,同じ#120の砥石で研削したワークロールを用いて中間厚さ150μmを経て50μmにしたものではあっても,それが表面か裏面か,L方向(圧延方向)かC方向(圧延方向と直角の方向)かによって,0.450μmから1.360μmまでと大きくばらついていることが認められるから,砥石と最終厚さ以外の製造過程における様々な要素,例えばパススケジュール,圧下率,張力,圧延速度,圧延油の粘度調整(甲12,62頁21行〜63頁6行)その他の製造条件が表面粗度に大きく影響しているであろうことが推認される(同じ#120の砥石で研削したワークロールを用いて通常の冷間圧延をすれば必然的に0.7ないし2.0μmの金属箔を得ることができるといえないことは,前記調査報告書(甲3)の「表1」の数値のばらつきからみても明らかである。)。
したがって,表面粗度(ろう剤を固着させるバインダーのぬれ性)に着目していない川崎製鉄の製造に係る「R20-5SR」においては,その表面粗度に影響する製造条件の統一が徹底されておらず,表面粗度におけるばらつきが大きくなっていたことが推認される。
そうすると,そのような表面粗度に大きなばらつきのある川崎製鉄の「R20-5SR」(実施発明1A又は1B)をもって,表面粗度Rmaxに着目してこれを0.7ないし2.0μmと特定した本件発明1の実施に当たるものと認めることはできない。
イさらに,原告提出の技術標準(甲4)については,次のとおり,その信用性は低い。すなわち,(ア) まず,原告提出の技術標準(甲4)は原本ではなく,写しである。
この点について,上記技術標準の作成保管者である N は,別件侵害訴訟事件(東京地方裁判所平成18年(ワ)第6663号事件)において,平成4年に自分が他社に異動するまで,技術標準(甲4)の原本を保管していたが,その後は地震により紛失又は焼失した旨証言する(甲9,7頁)。しかし,その原本を焼失等しながら,その写しのみを保管して本件訴訟等に提出することができた経緯を合理的に説明するに足りる客観的証拠はない。裁判所の釈明に応じて提出された平成22年6月28日付け証拠説明補充書の説明では足りない。
(イ)また,N は,前記別件訴訟事件において,2回にわたる改訂内容は,別途ワープロで印刷されたものを切り取って1枚目の原本の改訂箇所に貼り付け又は手書きで記入し,2枚目の圧延条件等を記載した書面を差し替えた旨証言する(甲9,5頁以下)。しかし,1枚目についてのみワープロで印刷されたものを切り取って貼り付けるなどし,2枚目を差し替えること自体が不自然である。1枚目も2枚目もワープロの保存文書の電子情報に改訂内容を変更入力し,その印刷文書を変更日付け等を付して原本に別途綴り,改訂前の1枚目と圧延条件等を記載した2枚目の原本を別に残しておくのが自然な方法である。なぜなら,仮に Nの説明のように,圧延条件を記載した2枚目を差し替えてしまうと,従前の圧延条件等が原本上は不明になってしまい,製造メーカーとして過去に出荷した製品にトラブルがあってもその対応に困難を来しかねないからである(甲9,9頁)。
(ウ)また,技術標準(甲4)の1枚目と2枚目は,ワープロの活字ポイントや字体が異なり,各別に作成されたことが文書の体裁上も明らかであるが,これが一体の文書であると認めるに足りる客観的証拠もない。
したがって,上記のような点で信用性の低い技術標準(甲4)の写しをもって,実施発明1A,1B又は実施発明2の各表面粗度が本件発明1又は2の表面粗度の範囲に入るように技術標準(甲4の2枚目)の圧延条件のとおり圧延製造されて「R20-5SR」(50μm)の品質が保たれていたということもできない。
ウ以上によれば,実施発明1A,1B又は実施発明2の各表面粗度Rmaxが,本件発明1又は2の表面粗度Rmaxである「0.7〜2.0μm」の範囲内のものであって本件発明1又は2の実施に当たると認めることはできない。
この点について,審決は,「昭和62年当時の厚さ50μmの『R20-5SR』の表面粗度Rmaxは,方向によりバラツキが見られるものの,本件発明1のRmax0.7〜2.0μmの範囲内にある蓋然性は高いものと推認される。」(審決書10頁21行〜23行)と認定しているが,当裁判所の採用の限りでない。
そうすると,実施の「公然性」(守秘義務との関係)に係る審決の認定の誤りの有無について判断するまでもなく,実施発明1A,1B及び実施発明2は,いずれも本件発明1又は2の公然実施(特許法29条1項2号)に当たるもの(新規性の要件を欠くもの)とはいえない。
3仮に実施の「公然性」に係る審決の認定に誤りがあったとしても特許法29条2項に係る審決の結論には影響しないことについてそして,実施発明1A,1B及び実施発明2は,いずれもろう材を固着させるバインダーのぬれ性を向上させる観点から金属箔又は自動車の排ガス触媒担体の表面粗度に着目したものではなかったから,仮に実施発明1A,1B及び実施発明2(その表面粗度は不明)が公然実施されたものであるとしても,これらに基づいて本件発明1又は2を容易に発明することができたもの(特許法29条2項の要件に該当するもの)であるとはいえない。
そうすると,これと結論を同じくする審決の結論は正当であり,仮に守秘義務を根拠とする実施の「公然性」に係る審決の認定に誤りがあったとしても,審決を取り消すべき違法性があるとはいえない。
4結論以上によれば,守秘義務を根拠とする実施の「公然性」に係る審決の認定に誤りがあったかどうかについて判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 齊木教朗
裁判官 武宮英子
裁判官 知野明