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事件 平成 20年 (ワ) 11245号 違約金請求事件
東京都千代田区<以下略>
原告株式会社レダ
同訴訟代理人弁護士畑中鐵丸 山岸純 小倉亮 千葉理
同訴訟復代理人弁護士辻崇成 大塚陽介 中山司朗 静岡市<以下略>
被告株式会社日本ゲルマニウム研究所
同訴訟代理人弁護士北原潤一 飯田藤雄 岡田卓巳
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2010/08/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要1本件は,被告が原告との間の後記2(2)の裁判上の和解(以下「本件和解」という。)において別紙1特許目録記載の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」,本件特許に係る発明を「本件特許発明」という。その特許公報を別紙2として添付する。)を実施しない旨を約したにもかかわらず,これに違反して本件特許発明実施をしたとして,原告が,被告に対し,本件和解において定められた違約金1億円及びこれに対する平成20年5月10日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)(1)当事者ア原告は,医薬品,医薬部外品,医療器具,医療衛生用品等の研究,開発,製造,販売等を目的とする株式会社であり,医療機器「プチシルマ」等の販売を行っている。(弁論の全趣旨)イ被告は,医薬品,医薬部外品,化粧品,健康食品,医療用具,健康器具の製造,販売等を目的とする株式会社であり,本件特許の特許権者である。
(甲1,乙7,弁論の全趣旨)。
(2)平成17年4月11日,当庁平成16年(ワ)第3678号,同年(ワ)第7950号,同年(ワ)第2277号,同年(ワ)第70001号,同年(ワ)第70012号,同年(ワ)第70041号,同年(ワ)第70042号事件において,原告と被告との間に,次の内容(要旨)の和解が調った(なお,本件和解条項中の「原告」,「被告」の表記は,本件訴訟に合わせた。)。
「第3項被告は,原告に対し,本日(判決注:平成17年4月11日),本件特許権につき,次のとおりの約定で専用実施権を設定する。
地域的範囲日本全国期間本件特許権の存続期間満了時まで実施の範囲全部実施料1年間当たり1000万円特約本和解条項第5項のとおり( 略 )第5項(1)原告は,平成17年4月11日から平成20年4月11日までの間,本件特許発明を独占的に実施し,被告は,この間,同特許発明実施をしない。
(2)被告は,平成20年4月12日以降は,本件特許発明を自ら実施することができ,原告はこれに対し何らの異議を述べない。ただし,被告のかかる実施行為が後記(3)又は(4)の定めに反する場合はこの限りでない。
(3)被告は,平成20年4月12日以降,前記(2)の定めに基づいて製造したネックレス製品,ブレスレット製品を原告の1次から3次までの販売代理店に販売しない。ただし,被告からこれらの製品の販売を受けている者が後に原告の販売代理店となった場合はこの限りでない。
(4)被告は,平成20年4月12日以降,前記(2)の定めに基づいて製造したネックレス製品,ブレスレット製品を,A,B,C,D,E,F,G又は同人らが経営する法人に販売しない。
(5)原告は,被告に対し,前記(3)に定める義務の履行に資するため,平成20年以降本件専用実施権存続期間中,毎年3月末日限り,同日時点での自らの1次から3次までの販売代理店の名称,住所その他の必要な情報を開示する。
(6)被告は,原告に対し,前記(3)及び(4)に定める義務の履行に資するため,平成21年以降本件専用実施権存続期間中,毎年3月末日限り,前年分につき,本件特許発明実施品たるネックレス製品,ブレスレット製品の販売先を報告する。なお,被告は,原告に対し,平成30年分については,同年12月末日限り,同様の報告を行う。
(7)被告は,原告に対し,平成21年以降本件専用実施権存続期間中,毎年3月末日限り,前年分につき,本件特許発明実施品たるネックレス製品,ブレスレット製品の各製品毎の販売数量,単価を報告する。
なお,被告は,原告に対し,平成30年分についても,同年12月末日限り,同様の報告を行う。
(8)被告又は原告が前記(1)から(7)までに定める義務の一つにでも違反した場合には,違反した当事者は他方に対し違約金1億円を支払う。
ただし,同違約金を超える損害が生じた場合,別に損害賠償請求をすることを妨げない。」(3)被告は,少なくとも平成19年4月ころから平成20年2月6日まで,自社のウェブサイト上に,別紙3,4のとおり,ネックAgGeレス4〜6(以下「本件ネックレス4〜6」という。)の写真やその説明記事を掲載した(以下,この掲載を「本件掲載」という。)。
3争点(1)本件和解条項中の「実施」の意味(2)被告は,本件和解後,本件特許発明実施したか。
ア被告は,本件和解後,本件特許発明実施品を生産したか。
イ被告は,本件和解後,本件特許発明実施品について譲渡等の申出をしたか。
ウ被告は,本件和解後,本件特許発明実施品を譲渡したか。
(3)被告は,本件和解の付随義務に違反したものとして,違約金の支払義務を負うか。
4争点に関する当事者の主張(1)争点(1)(本件和解条項中の「実施」の意味)についてア原告本件和解第5項(以下,単に「第5項」という。)(3),(4)の趣旨は,原告及び被告がそれぞれの商圏を尊重するという本件和解を実効性あるものにするため,前訴において争われた「被告の本件特許製品横流し疑惑」に関与したと目される人物が平成20年4月12日以降もネックレス製品等の販売に関与することを禁止し,もって,「被告の本件特許製品横流し疑惑」の再発を未然に防止する点にある。すなわち,本件和解は,「被告の本件特許製品横流し疑惑」及び「多大な時間と労力を要した前訴」という原告及び被告双方にとって極めて苦い経験を踏まえ,和解成立以降,当該疑惑を招くような一切の行為を当然に禁止し,原告及び被告間に無用の紛争が生じることを可能な限り防止することに主眼が置かれている。
上記のような本件和解の趣旨は,第5項(1),(2)についても当てはまるものであり,第5項(1),(2)においては,「平成20年4月12日までは,前記ネックレス製品等の販売行為はもちろん,これを推知させる行為等を一切しないこと」が合意されていたものというべきである。すなわち,第5項(1),(2)に記載された「実施」とは,特許法2条3項1号所定の「その物の生産,使用,譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)をする行為」に限定されるものではなく,これを包摂する「特許権者でなければ行い得ない言動・行動によって,独占的実施権を有する者に対して迷惑を被らせる行為その他独占的実施権者との無用の紛争を招来するような行為」を意味するものと解するのが相当である。
以上の観点からすれば,仮に本件掲載が特許法上の「実施」に当たらないとしても,第5項(1)の「実施」に該当することは明らかである。
イ被告第5項(8)所定の違約金(1億円)は高額であるから,このような高額の違約金が課される「実施」行為としては,本件特許発明に係るネックレス製品,ブレスレット製品を一定程度の規模で製造,販売して,原告の独占的販売権あるいは原告の代理店制度を侵害するなど,原告に相応の損害をもたらす程度のものが想定されているものと解するのが相当である。
本件ネックレス4〜6は,後記のとおり,本件掲載時点において各一つずつしかない試作品であり,かかる試作品を参考商品としてウェブサイトに掲載する行為は,原告の独占販売に何らの影響も与えるものではない。
また,被告は,本件ネックレス4〜6に関して,被告のウェブサイト上に本件特許発明の名称を記載したのみで,同サイト上には,商品の特徴に関する記載や,原告又は原告の商品に関する記述はないのであるから,同サイト上の本件ネックレス4〜6に関する掲載事項を見ても,これらの商品が原告販売の銀ゲル()商品と関係があるかどうか分かるものではAgGeない。
したがって,このような行為(本件掲載)については,第5項(1)の「実施」には当たらないとするのが,当事者の意思解釈として合理的というべきである。
(2)争点(2)(被告は,本件和解後,本件特許発明実施したか)についてア原告(ア)被告は,本件和解後,本件ネックレス4〜6について,自己の通信販売のウェブサイトに参考「商品」の文言を記載するだけでなく,連絡先やメールアドレスなども記載し,顧客が被告に対して連絡を取りやすくした上で,「特許取得」という顧客誘引力を高める文言をも用いて,積極的に広告(本件掲載)を行っていたものであるが,被告には,その当時,金額にして数億円に及ぶ量の本件特許発明実施品を生産する能力が備わっていたのであるから,本件掲載の前後(少なくとも平成17年1月から平成20年4月までの間)において,本件特許製品(本件ネックレス4〜6に限られない。)の生産を行っていたことが合理的に推認されるというべきである。(争点(2)ア)この点,被告は,本件ネックレス4〜6を平成10年12月ころに製作したものであるなどと主張するが,そのころに製作した装飾品をわざわざ最近になって通信販売を行うウェブサイトに掲載することは不自然であり,信用することができない。
(イ)a被告は,本件ネックレス4〜6について,自社のウェブサイトに「この商品は特許商品です」,「装身具用銀合金および装身具特許取得」などと説明した上,「実物と写真では印象が異なる場合があります。何卒ご了承ください。」,「お電話でのお問い合わせはこちら<電話番号省略>」,「メールでのお問い合わせはこちら」などと掲載していた。
被告の特許のうち「装身具用銀合金および装身具」という発明の名称を有するものは,本件特許以外にはないから,本件ネックレス4〜6が本件特許発明実施品であることは明らかであり,被告は,本件掲載により,第5項(1)に違反して,本件ネックレス4〜6について,譲渡等の申出をした。(争点(2)イ)b被告は,本件ネックレス4〜6は「参考商品」であり,これを販売(譲渡)する意思はなかったなどと主張するが,販売する意思がないものについては「非売品」という表示をするのが通常であるにもかかわらず,あえてウェブサイト上に「参考商品」という文言を用いていることからすれば,被告に本件ネックレス4〜6を販売する目的があったことは明らかである。
そもそも,特許法2条3項1号の「譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)」に該当するためには,当該製品の在庫を準備したり,その他具体的な販売に向けた態勢を整備する必要はなく,また,譲渡を行う目的も不要であり,当該広告において,譲渡等の申出の対象となっている製品が当該特許を用いたものであることが客観的に示されていれば十分である(当該特許権侵害製品そのものの写真の掲載等も必要ない)と解すべきである。なぜなら,需要者は,本来であれば特許権者からしか商品を購入することができないところ,侵害者から特許製品購入の勧誘を受ければ,侵害者から特許製品を購入するという決定や,「他にも販売者がいるから,現時点では購入をせず,今後の各販売価格の推移を見て,改めて購入を検討しよう。」などの新たな意思決定をすることになるのであって,当該製品購入の勧誘がされただけで,特許権者が有する特許権についての排他的利益は既に侵害されていると評価することができるからである。
このように,「譲渡等の申出」を方法とする特許権侵害行為については,「譲渡」による侵害と同一の程度の行為まで求めるべきではなく,「特許権者が当該特許製品を譲渡する利益を害する程度の行為」であれば足りるというべきであるところ,本件掲載がこれに該当することは明らかである。
(ウ)被告は,本件和解後,ゲルマニウム製品を販売する連鎖販売業者の株式会社ITOや,同社の事業を譲り受けた株式会社アイティーオージャパンに対し,マルチ販売に供する商品として,本件特許発明実施品を譲渡した。(争点(2)ウ)イ被告(ア)原告と被告は,本件特許出願(平成10年11月4日)直後から,本件特許発明技術的範囲に属するネックレスの製造,販売について協議,検討し,複数の試作品を製作したが,本件ネックレス4〜6も,平成10年12月ころから平成11年5月ころまでの間に,本件特許発明に係る製品の製造を受託していた株式会社Jメイク(以下「Jメイク」という。)が試作品として製造し被告に納入したもので(ただし,成分分析等の確認作業を行っていないため,本件ネックレス4〜6が本件特許発明実施品であるか否か確認することはできない。),その個数も多くとも5本を超えない。
そして,原告が本件ネックレス4〜6を商品として採用しなかったことから,その後,Jメイクや被告において,本件ネックレス4〜6を製造することはなかった。(争点(2)ア)(イ)a被告は,平成17年ころ,被告のホームページを立ち上げたが,その後,ネックレスのデザインのバリエーションが広いことを対外的に示すため,平成19年4月ころ,「参考商品」(販売しないもの)であることを明記して,本件ネックレス4〜6をウェブサイトに掲載したもので,本件ネックレス4〜6を販売(譲渡)する目的を有していなかったことは明らかである。
実際,被告社内においても,本件ネックレス4〜6について問い合わせがあっても販売しないことを申し合わせており,平成20年2月ころ,本件ネックレス4〜6の購入希望が1件だけあった際にも,被告は,販売することができないことを回答している。
そもそも,被告は,本件掲載当時,本件ネックレス4〜6を各1本ずつしか保有していなかったし,本件ネックレス4〜6は,上記のとおり,製造から既に10年近くを経過していたため,光沢を失い,傷,変色もあって,顧客に販売することができるような状態にはなかった。
また,被告において,Jメイクに対し,本件ネックレス4〜6を新たに製造する旨の打診,依頼をするなど,本件ネックレス4〜6と同種の商品を製造,販売する準備もしていなかった。更にいえば,被告が,不特定多数人が閲覧可能なインターネットにおいて,高額の違約金の支払というリスクを冒して,本件ネックレス4〜6が本件特許発明実施品であることを表示した上で譲渡の申出をするなどという行動に出ることは考えられない。
前記のとおり,本件ネックレス4〜6が本件特許発明実施品であるか否かは厳密には不明であり,原告はこの点について何ら立証をしていない。
以上のとおり,被告には本件特許発明実施品を譲渡する目的がなかったのであるから,本件掲載は「譲渡等の申出」(特許法2条3項1号)には該当しない。(争点(2)イ)b「譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)」(特許法2条3項1号)に関する原告の解釈については争う。
(ウ)被告は,株式会社ITOとも株式会社アイティーオージャパンとも取引をしたことがなく,両社に対し,本件特許発明実施品を譲渡したことはない。(争点(2)ウ)なお,株式会社アイティーオージャパンが取り扱っているのは,本件特許発明実施品ではなく,それとは別の「皮接治療具」に係る特許発明実施品である。
(3)争点(3)(被告は,本件和解の付随義務に違反したものとして,違約金の支払義務を負うか)についてア原告被告は,信義則(民法1条2項)上,あるいは紛争の終局解決としてされた裁判上の和解条項において定められたという趣旨から当然に,「和解という紛争の終局解決の趣旨を没却する,相手方に対して迷惑や損害を被らせる等の不当かつ不誠実な行為を行って無用の紛争を惹起してはならない」旨の付随義務を負担しているものと解される。
仮に,本件掲載が特許法上の「実施」に当たらないとしても,本件和解の本旨に反するものとして,上記付随義務に違反することは明らかであるから,被告は,原告に対し,違約金1億円を支払う義務があるというべきである。
イ被告否認ないし争う。
第3当裁判所の判断1争点(1)(本件和解条項中の「実施」の意味)について(1)本件和解は,原告と被告との間に締結されていた本件特許権についての専用実施権設定契約(甲6の1)及び製造委託契約(甲7)等に関して生じた紛争をめぐる訴訟(当庁平成16年(ワ)第3678号,同年(ワ)第7950号,同年(ワ)第2277号,同年(ワ)第70001号,同年(ワ)第70012号,同年(ワ)第70041号,同年(ワ)第70042号事件)において調ったものであるが,第5項は,本件特許権の専用実施権設定に関する第3項の特約条項として設けられたものであることは,前記第2の2(2)の本件和解条項の文言から明らかである。そして,本件和解条項中には,「実施」の用語についての定義規定はないから,その意味は,特許権の専用実施権設定契約における通常の意味で使用されるところに従って解釈するのが当事者の合理的な意思にかなうものというべきである。そうすると,専用実施権については特許法に規定されているのであるから,これに関する契約中の「実施」の文言も,特許法における「実施」の定義,すなわち,同法2条3項の定義するところに従って解釈するのが相当である。そして,本件特許発明のような物の発明については,本件和解成立時(平成17年4月11日)に適用されていた特許法(平成18年法律第55号による改正前の特許法)2条3項1号によれば,「実施」とは,「その物の生産,使用,譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい,その物がプログラム等である場合には,電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為」と規定されていたのであるから,第5項の「実施」の意味は,上記規定に則して解釈するのが相当である。
(2)この点,原告は,本件和解に至った経緯や本件和解の趣旨,目的に照らし,本件和解条項中の「実施」については,平成18年法律第55号による改正前の特許法2条3項1号の規定する「実施」よりも広いもので,「特許権者でなければ行い得ない言動・行動によって,独占的実施権を有する者に対して迷惑を被らせる行為その他独占的実施権者との無用の紛争を招来するような行為」を意味するものと解するのが相当である旨主張する。しかしながら,かかる解釈は,「実施」の概念を大きく拡張するものであるから,このような意味を「実施」に盛り込もうとするのであれば,本件和解条項中にその旨の明示の定義が置かれてしかるべきである(本件和解が当庁において特許事件を専門的に扱う知的財産権部において成立したものであること〔当裁判所に顕著な事実〕を考慮すれば,このことは一層妥当するというべきである。)が,本件和解条項上,そのような措置は何ら講じられていない。また,原告の主張する「特許権者でなければ行い得ない言動・行動によって,独占的実施権を有する者に対して迷惑を被らせる行為その他独占的実施権者との無用の紛争を招来するような行為」とは,その外延が甚だ不明確というほかなく,1億円もの高額な違約金の発生がこのように不明確な要件の充足に係っている(本件和解第5項(1),(8)参照)というのも,当事者の予測可能性を大きく損なうという点において不合理というべきである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
また,被告は,本件和解条項中の「実施」の意味について,平成18年法律第55号による改正前の特許法2条3項1号の規定する「実施」と必ずしも同義ではなく,違約金の額が1億円もの高額であることを前提とすれば,「本件特許発明に係るネックレス製品,ブレスレット製品を一定程度の規模で製造,販売して,原告の独占的販売権あるいは原告の代理店制度を侵害するなど,原告に相応の損害をもたらす程度のもの」が想定されている旨主張するが,本件和解条項においてそのように限定して解釈すべき合理的な理由は見当たらず,被告の上記主張も採用することができない。
(3)以上のとおり,本件和解条項中の「実施」は,平成18年法律第55号による改正前の特許法2条3項1号所定の「実施」と同義であり,「その物の生産,使用,譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい,その物がプログラム等である場合には,電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為」を意味するものと解される。
そこで,上記解釈を前提として,争点(2)において,被告が本件和解後に本件特許発明実施したか否かについて検討する。
2争点(2)(被告は,本件和解後,本件特許発明実施したか)について(1)被告は,本件和解後,本件特許発明実施品を生産したか(争点(2)ア)。
原告は,本件掲載の前後(少なくとも平成17年1月から平成20年4月までの間)において,被告が本件特許発明実施品を生産していたことが合理的に推認される旨の主張をするが,証拠(乙6,8,9,11,12,検乙1〜3,証人H,被告代表者)によれば,被告のウェブページに掲載された本件ネックレス4〜6については,平成10年12月ころから平成11年5月ころまでの間に,本件特許発明に係る製品の製造を受託していたJメイクが試作品として製造し被告に納入したものと推認され,これらが本件和解成立後に製造されたものであると認めるに足りる証拠はない。
原告は,平成10年12月ころから平成11年5月ころまでの間に製造された本件ネックレス4〜6について,平成19年4月ころから被告のウェブサイトに掲載するなどということは不自然であると主張するが,被告が本件ネックレス4〜6を同ウェブサイトに掲載するに至った経緯については,後記(2)に認定のとおりであり,製造後10年近く経過した商品を被告ウェブサイトに掲載したことが不自然とまではいえないから,原告の上記主張は上記認定を左右するものではない。
その他,本件全証拠を検討しても,被告が本件和解成立後に本件特許発明実施品を生産した事実を認めることはできない。
(2)被告は,本件和解後,本件特許発明実施品について譲渡等の申出をしたか(争点(2)イ)。
ア証拠(甲3,乙8,証人H)によれば,平成19年4月から平成20年2月ころまで,被告は,本件ネックレス4〜6について,自社のウェブサイトに「この商品は特許商品です」,「装身具用銀合金および装身具特許取得」などと説明した上,「実物と写真では印象が異なる場合があります。
何卒ご了承ください。」,「お電話でのお問い合わせはこちら<電話番号省略>」,「メールでのお問い合わせはこちら」などと掲載していたことが認められる。被告が有する特許権のうち「装身具用銀合金および装身具」という発明の名称を有する特許権は,本件特許権以外には存在しないから(甲18),これらの事実に着目すれば,本件掲載について,本件特許発明実施品である本件ネックレス4〜6について譲渡等の申出をしたものであるとする原告の主張にも全く根拠がないとはいえない。
しかしながら,証拠(乙1,2,6,8,9,12,検乙1〜3,証人H,被告代表者)によれば,被告は,平成17年ころ,被告のホームページを立ち上げたが,平成19年4月ころ,被告について(被告ホームページのURLを含む。)紹介する雑誌の記事が掲載されることになったことから,被告が取り扱うネックレスのデザインのバリエーションが広いことを示して,被告ホームページの見栄えをよくするため,上記(1)のとおりJメイクから試作品として納入されていた本件ネックレス4〜6を「参考商品」と明記してウェブサイトに掲載したものであること,当時,本件ネックレス4〜6は,各1本ずつ程度しか被告の下に現存していなかった上,製造から既に10年近くを経過していたため,光沢を失い,傷,変色もあって,顧客に販売するのに適した状態にはなかったことが認められる。加えて,原告は,本件掲載を知った後,被告が本件特許発明実施しているのではないかと疑って,被告の取引先等を広範囲に調査したにもかかわらず,本件ネックレス4〜6その他の本件特許発明実施品が取引された事実を確認することができなかったのであって(原告代表者),かかる事実は,被告において本件ネックレス4〜6その他の本件特許発明実施品を譲渡した事実がなかったことを推認させるものということができる。
以上の事実によれば,被告が本件ネックレス4〜6を販売(譲渡)するために本件掲載を行ったものと認めることは困難である。
その他,本件全証拠を検討しても,被告が本件特許発明実施品について「譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)」をした事実を認めるに足りない。
イ原告は,「譲渡等の申出」に該当するためには,譲渡等(譲渡及び貸渡し)を行う目的は必要ないと主張する。「譲渡等の申出」には,カタログによる勧誘やパンフレットの配布のような行為が含まれると解されており,特許発明に係る物の存在を必要としないということはできるが,当該物の譲渡又は貸渡しの目的がない「譲渡等の申出」ということは観念することができないから,原告の上記主張は採用することができない。
(3)被告は,本件和解後,本件特許発明実施品を譲渡したか(争点(2)ウ)。
原告は,本件和解後,被告が本件特許発明実施品を株式会社ITOや株式会社アイティーオージャパンに譲渡(売買・販売委託その他の方法により提供)した旨主張する。
平成17年10月28日時点における株式会社アイティーオージャパンのウェブサイト(甲24)には,「当社は株式会社日本ゲルマニウム研究所(判決注・被告)の製品を取り扱っております。」との記載のほか,「ノクターン〔〕」という名称の製品について「ゲルマニウムブレスレッNocturneト特許・実用新案取得済み」との記載がある。しかし,証拠(乙10)によれば,同製品は「皮接治療具」に係る特許発明実施品であり,本件特許発明実施品であるとは認められないから,かかるウェブサイトの記事を根拠として,被告が株式会社ITO又は株式会社アイティーオージャパンに本件特許発明実施品を譲渡した事実を認めることはできない。
その他,本件全証拠を検討しても,被告が本件和解成立後,株式会社ITO又は株式会社アイティーオージャパンに本件特許発明実施品を譲渡した事実を認めるに足りないから,原告の上記主張は理由がない。
3争点(3)(被告は,本件和解の付随義務に違反したものとして,違約金の支払義務を負うか)について原告は,被告は信義則(民法1条2項)上,あるいは紛争の終局解決としてされた裁判上の和解条項において定められたという趣旨から当然に,「和解という紛争の終局解決の趣旨を没却する,相手方に対して迷惑や損害を被らせる等の不当かつ不誠実な行為を行って無用の紛争を惹起してはならない」旨の付随義務を負担しているところ,本件掲載は上記付随義務に違反するものであるから,原告に対し違約金1億円を支払う義務がある旨の主張をする。
しかしながら,仮に原告が主張するような付随義務が被告にあるとしても,本件和解条項によれば,被告が1億円の違約金を支払う義務を負うのは,被告が第5項(1)〜(7)までに定める義務のいずれかに違反した場合と規定されているのであるから(第5項(8)),原告が主張するような付随義務違反を理由として,被告に対し本件和解で定められた違約金1億円の支払を求めることはできないというべきである。
したがって,原告の上記主張も理由がない。
第4結論以上検討したところによれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
別紙1特許目録特許番号第3025245号発明の名称装身具用銀合金および装身具出願年月日平成10年11月4日登録年月日平成12年1月21日特許請求の範囲【請求項1】1〜9重量%のゲルマニウムと,ゲルマニウムに対して重量比で2〜20%のインジウムとを含み,残部が銀からなることを特徴とする装身具用銀合金。
【請求項2】1.4重量%以上のゲルマニウムを含むことを特徴とする請求項1記載の装身具用銀合金。
【請求項3】5重量%未満のゲルマニウムを含むことを特徴とする請求項1または2記載の装身具用銀合金。
【請求項4】ゲルマニウムに対するインジウムの重量比が5%以上であることを特徴とする請求項1,2または3記載の装身具用銀合金。
【請求項5】ゲルマニウムに対するインジウムの重量比が13%未満であることを特徴とする請求項1,2,3または4記載の装身具用銀合金。
【請求項6】身体に装用した状態で皮膚に接触する外表面が,請求項1,2,3,4または5記載の装身具用銀合金で構成されていることを特徴とする装身具。
別紙2,別紙3,別紙4添付省略
裁判長裁判官 岡本岳
裁判官 鈴木和典
裁判官 寺田利彦