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関連審決 不服2002-7490
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  上位概念 /  下位概念 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 396号 審決取消請求事件
原告 サムスンエレトロニクス カンパニー リミテッド
同訴訟代理人弁護士 安田有三
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 山下剛史
同 大日方和幸
同 佐藤秀一
同 小曳満昭
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/10/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が,不服2002−7490号事件について平成15年4月15日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 (1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
前提となる事実(文中に証拠を掲記したもの以外は,当事者間に争いがな
い。) 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「チャネル符号化/復号装置及び方法」とする発明につき,平成11年4月6日を国際出願日(パリ条約による優先権主張1998年4月4日。優先権主張国・大韓民国)とする特許出願(平成11年特許願第550314号。)をし,同年12月3日,特許法184条の5第1項の規定による書面(甲2)を特許庁に提出した。また,原告は,平成13年12月3日付けの手続補正書(甲3)により,上記特許出願に係る明細書及び特許請求の範囲の補正をした。
特許庁は,本件特許出願につきこれを拒絶すべき旨の査定をした。
(2) 原告は,上記拒絶査定を不服として,平成14年4月30日,本件審判の請求をした。特許庁は,同請求を不服2002-7490号事件として審理した上,平成15年4月15日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年5月12日に原告に送達された。
2 平成13年12月3日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲(甲3)の請求項1から4までのうち,請求項3に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨は,次のとおりである(甲3)。
「3.移動通信システムのチャネル符号化装置において,伝送するデータが32Kbps/10ms以上のデータレートか又は320ビット以上のフレームサイズであるデータサービスの場合はターボ符号器を選択し,該条件以外のデータサービス及び音声サービスの場合は畳み込み符号器を選択する制御器と,前記制御器の制御下でデータを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,前記制御器の制御下でデータをターボ符号化するターボ符号器と,を備えることを特徴とするチャネル符号化装置。」 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本願発明と欧州特許公開第820159号明細書(1998年1月21頒布。甲4。以下「引用例」という。)には別紙(a)ないし(d)の記載事項が記載されており,これらの記載事項から,引用例には,「VSAT衛星通信システムのチャネル処理装置において,伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を選択し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は畳み込み符号器を選択し,データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」の発明が記載されているものと認められる。
(2) 本願発明と引用例に記載の発明(以下「引用発明」という。)とを対比すると,両者は,「通信システムのチャネル符号化装置において,伝送するデータが長いフレームサイズの場合はターボ符号器を選択し,短いフレームサイズのデータサービス及び音声サービスの場合は畳み込み符号器を選択し,データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャンネル符号化装置」である点で一致しており,次の点で相違する。
ア 「通信システム」について,本願発明が「移動通信システム」に関するものであるのに対して,引用発明は「VSAT衛星通信システム」に関するものである点(以下「相違点(1)」という。) イ 「長いフレームサイズ」,「短いフレームサイズ」について,本願発明では320ビットを,長い,短いのしきい値としているのに対して,引用発明においては具体的な数値が示されていない点(以下「相違点(2)」という。) ウ 本願発明においては,(符号器を選択する)「制御器」を備えており,「前記制御器の制御下で・・・符号化する」のに対して,引用発明にはその構成がない点(以下「相違点(3)」という。) (3) そこで,前記各相違点について以下検討する。
ア 相違点(1)について 「VSAT通信システム」,「移動通信システム」は,いずれも通信システムとしては周知であるというばかりでなく,ターボ符号化及び畳み込み符号化技術の移動通信システムへの適用は周知であり,そうである以上,VSAT衛星通信システムに用いられる技術思想を,移動通信システムにおいて適用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
イ 相違点(2)について どの程度のフレームサイズをもって長い,短いとするかは,当業者が適宜決定可能な事項にすぎず,しかも,320ビットをそのしきい値とすることの技術的な意味が本件特許出願の明細書(平成13年12月3日付け補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)に記載されていないから,引用発明において,320ビットを「長いフレームサイズ」,「短いフレームサイズ」のしきい値とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。
ウ 相違点(3)について ある条件に応じて機器を選択する際に,制御器を備え,その制御器の制御下で処理を行うことは周知の手段であるから,引用発明において,ターボ符号器と畳み込み符号器との選択をするために制御器を備え,その制御器の制御下でそれぞれのデータの符号化を行うことは,当業者が容易に想到し得ることである。
(4) したがって,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
当事者の主張
(原告主張の取消事由) 本件審決は引用発明についての認定を誤り,その結果,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ったものであり,この誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものである。
1 引用発明の認定について (1) 引用発明は並列連結符号化を利用したVSAT衛星通信システムに関するものであるが,引用例(甲4)には,上位概念である並列連結符号とこれに含まれる下位概念である@非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号及びA並列連結再帰的系統的畳み込み符号,いわゆるターボ符号の2つの符号とが示され(2頁46〜48行,訳文1頁下3行〜末行),短いデータ・ブロックの場合には上記@の畳み込み符号が使用され,また長いデータ・ブロックの場合には上記Aのターボ符号が利用されること(別紙(b)の記載事項)が記載されるとともに,引用発明においては,上記通信システムが主に伝送の対象とするデータのフレームサイズに応じて,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器」あるいは「データをターボ符号化するターボ符号器」のいずれかが予め採用されるということが記載されているにすぎず,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」は記載されていない。
(2) 引用例には,引用発明においては,符号器および復号器は,複数の符号化オプションを選択可能とするシステムが採用され,その選択肢として,「(1)並列連結符号化,(2) 内部並列連結符号と直列連結した外部符号,(3) 外部符号器および内部単一コンポーネント符号器を有する直列連結符号化,(4)ただ一つのコンポーネント符号器が利用されるような単一符号が含まれている」旨の記載がある(別紙(d)の記載事項)ものの,並列連結符号の下位概念である前記(1)@の非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号と同Aのターボ符号の2つの符号のうちいずれかの符号を用いた符号器を選択するということは記載されていない。
したがって,引用例には,「伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を選択し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は畳み込み符号器を選択するチャネル処理装置」は記載されていない。
(3) 被告は,引用例の別紙(c)の記載事項及び図2からみて,図2のVSAT衛星通信システムは,「複数の情報源52に,各々PCC(並列連結)符号器を備える複数の送信器チャネル処理装置56が論理スイッチ60を介して接続」されているから,当業者であれば,引用例には,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」が記載されていると理解することができると主張するが,これは誤りである。
引用例の論理スイッチに関する記載(甲4の4頁8〜10行,訳文3頁37〜41行)によれば,「論理スイッチ60」は1つの交換機であって,「制御装置64」は,ビジー状態ではない出力先またはメモリーに至る流れ道を,「論理スイッチ60」内に形成するものである。したがって,図2すなわち基地局に,本願発明の構成要件である「伝送するデータが・・・長いデータサービスの場合はターボ符号器を選択し,該条件以外のデータサービス及び音声サービスの場合は畳み込み符号器を選択する制御器」が開示されているとはいえない。
また,「符号化器80」は並列連結符号化器である。図2の基地局に関してそれ以上のことは記載されていない。したがって,図2の基地局に,「前記論理スイッチ60,メモリ62及び制御装置64の制御下で,データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,同制御下でデータをターボ符号化するターボ符号器と,」が開示されているとはいえない。
2 以上のとおり,引用例には,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル符号化装置」,「伝送するデータが長いフレームサイズの場合はターボ符号器を選択し,短いフレームサイズのデータサービス及び音声サービスの場合は畳み込み符号器を選択するチャネル符号化装置」は記載さていないから,本件審決の引用発明についての認定は誤りであり,これを前提とする同発明と本願発明との一致点の認定も誤りである。
(被告の反論) 本願発明と引用発明との一致点に関する本件審決の認定に誤りはなく,原告の 取消事由は理由がない。
1 引用発明の認定について 原告は,引用例には,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」は記載されていないと主張するが,この点に関する原告主張は理由がない。
(1) (原告の取消事由の主張)1(1)について ア 引用例の別紙(c)の記載事項である「図2に示す送信器チャネル処理装置は,情報源から受信したデータ・ビットのブロックに並列連結符号を適用する符号器80,データ・パケット(符号器80からの1つ以上の符号ワードを有する)と同期化ビット・パターンと制御信号ビットとを作成するパケット・フォーマッタ82,および変調器84を有する」との部分及び図2によれば,引用例の図2のVSAT衛星通信システムの中心局は,「複数の情報源52に,各々「PCC符号器80」を備える複数の「送信器チャネル処理装置56が論理スイッチ60を介して接続」されたものである。
なお,引用例の別紙(d)の記載事項である「符号器および復号器は,スイッチを介して複数の符号化オプションを選択可能であるプログラマブル符号器/復号器システムを構成する。符号化/復号オプションとして,(1) 並列連結符号化・・・が含まれる」との部分,及び引用例の4頁表1のモード「(1)PCCC(並列連結符号化)」における「S1〜S5」のスイッチ位置によれば,引用例の図2の各々の「PCC(並列連結)符号器」は,引用例の図3の「プログラマブル符号器」において,「S3」が閉,「S1,2,4,5」が0の位置に接続された回路構成によって示される,「コンポーネント符号器(符号器1・・・N)が並列連結」されたものと同様のものである。
イ また,引用例に記載のVSAT衛星通信システムが「マルチメディア通信」において使用されることを目的としていること,マルチメディア通信とは,パケット伝送,クレジットカード処理,音声圧縮通信,ファイル伝送等の種類の異なる複数の情報源を扱う通信であることからすれば,引用例の図2の複数の「情報源52」は,パケット伝送,クレジットカード処理,音声圧縮通信,ファイル伝送等の種類の異なる複数の情報源であると当業者には理解されるものである。
ウ 上記ア及びイの理解と,引用例の別紙(b)の記載事項によれば,引用例の図2の各「PCC符号器」としては,「コンポーネント符号として非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号を使用するもの」と「コンポーネント符号として再帰的系統的畳み込み符号を使用するもの」とが想定されていることが当業者に理解され,また,上記図2の論理スイッチは,「情報源がパケット伝送,クレジットカード処理および音声圧縮通信等の短いデータ・ブロックの場合には,情報源からの信号を『コンポーネント符号として非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号が使用されるPCC符号器(本願発明の「畳み込み符号器」に相当する)』に接続し,情報源がファイル伝送等の長いデータ・ブロックの場合には,情報源からの信号を『コンポーネント符号として再帰的系統的畳み込み符号が使用されるPCC符号器(本願発明の「ターボ符号器」に相当する)』に接続するもの」であると,当業者には理解されるというべきである。
エ そうすると,引用例の図2には,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」が記載されていると,当業者は理解するということができる。
(2) (原告の取消事由の主張)1(2)について 引用例の図2のものは,前記(1)ウで述べたとおりの構成を具備するものと理解されるのであり,これは,とりもなおさず,引用例に「@非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号」と「A並列連結再帰的系統的畳み込み符号,いわゆるターボ符号」とを選択すること(論理スイッチによる符号器の選択)が記載されていることを意味する。
なお,論理スイッチによる符号器の選択が行われていることは,上記図2において「複数の情報源52に,各々PCC符号器を備える複数の送信器チャネル処理装置56が論理スイッチ60を介して接続」されていること,及び引用例の「各々の有効な情報源を送信器チャネル処理装置に接続・・・するための論理スイッチ60,・・・,スイッチを通るデータの流れを制御する制御器64」(3頁48〜50行,訳文3頁16〜18行)との記載からも明らかである。
(3) 以上のとおり,当該分野の技術常識参酌すると,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」も,「伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を選択し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は畳み込み符号器を選択するチャネル処理装置」も,引用例に記載されているに等しい事項である。
2 したがって,引用発明についての本件審決の認定に誤りはなく,また,本願発明と引用発明の一致点に関する本件審決の認定にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 引用発明の認定について 引用例には,別紙(a)ないし(d)の記載事項が記載されていることが認められるところ,本件審決は,これらの記載事項に基づいて,引用例には,「VSAT衛星通信システムのチャネル処理装置において,伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を選択し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は畳み込み符号器を選択し,データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」の発明が記載されていると認定したが,原告はこの認定に誤りがあると主張するので,以下検討する。
(1) 引用例の別紙(a)の記載事項は,「本発明は,例えば並列連結テイルバイティング畳み込み符号および並列連結再帰的系統的畳み込み符号(いわゆる”ターボ符号”)を含む並列連結符号化技術,並びにそれらの復号を利用するVSAT衛星通信システムである」というものであり,同別紙(b)の記載事項は,「一実施態様では,パケット伝送,クレジットカード処理および音声圧縮通信で典型的である短いデータ・ブロックの場合,この様な並列連結符号化方式におけるコンポーネント符号として非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号が使用される。
ファイル伝送で典型的である長いデータ・ブロックの場合,VSATおよびネットワーク基地局は再帰的系統的畳み込み符号を有する並列連結符号化を利用する」というものである。
これらの記載によれば,引用発明は,並列連結符号化/復号技術を利用するVSAT衛星通信システムであって,伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号(並列連結再帰的系統的畳み込み符号)を使用し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は,並列連結テイルバイティング畳み込み符号を使用するものであるということができる。
(2) 引用例の別紙(c)の記載事項は,「図2に示す送信器チャネル処理装置は,情報源から受信したデータ・ビットのブロックに並列連結符号を適用する符号器80,データ・パケット(符号器80からの1つ以上の符号ワードを有する)と同期化ビット・パターンと制御信号ビットとを作成するパケット・フォーマッタ82,および変調器84を有する」というものであり,「符号器80」の詳細は該記載からは明らかではない。
引用例の別紙(d)の記載事項は,「符号器および復号器は,スイッチを介して複数の符号化オプションを選択可能であるプログラマブル符号器/復号器システムを構成する。符号化/復号オプションとして,(1) 並列連結符号化,(2) 内部並列連結符号と直列連結した外部符号,(3) 外部符号器および内部単一コンポーネント符号器を有する直列連結符号化,(4) ただ1つのコンポーネント符号器が利用されるような単一符号が含まれる」というものであるが,引用例には,該記載に続いて,「図3は,これら4つの符号化オプションを実現する,柔軟でプログラム可能な符号化器のブロック線図を示す。」(4頁26行,訳文4頁3〜4行)との記載があり,また,図面の説明として,「図2は本発明による並列連結符号化(引用例の訳文では「連結」の語は「連接」と記載されているが,本件審決に合わせて「連結」と記載する。以下,同じ。)を採用したVSAT衛星通信システムのハブ端末を示す簡素化したブロック線図である。図3は,本発明のVSAT通信システムにおいて有用なプログラム可能な符号化器を示す簡素化したブロック線図である。」(1頁37〜41行,訳文1頁35〜38行)との記載があるから,上記別紙(d)の記載事項は,引用例の図2の符号化器80で行われる符号化/復号オプションを説明したものであると解される。
上記別紙(d)の記載事項中,「スイッチを介して複数の符号化オプションを選択可能であるプログラマブル符号器/復号器システム」のオプション(1)及び(2)において用いられる「並列連結符号化」は,上位概念としての符号化を示したものにすぎず,同記載事項中には,引用発明が,その下位概念としての引用例の別紙(a),(b)の各記載事項にいう「ターボ符号器」及び「並列連結テイルバイティング畳み込み符号器」の両者を備え,これら2つの符号器をデータ・ブロックの長さに応じて選択して用いることは記載されていない。
むしろ,引用例の特許請求の範囲には,「2.前記要素符号化器が,畳込み符号をデータビットのブロックに付加する並列連結した符号化器を備えている請求項1に記載のシステム。3.前記並列連結した畳込み符号が再帰組織符号(注:再帰的系統的符号。「ターボ符号」に相当する。)を有する請求項1に記載のシステム。4.前記並列連結した畳込み符号が頭尾結合した非再帰組織符号(注:非再帰的系統的テイルバイティング符号)を有する請求項1に記載のシステム。」(11頁1〜8行,訳文12頁22〜26行)と記載されており,この記載からすれば,引用発明においては,「ターボ符号器」及び「並列連結テイルバイティング畳み込み符号器」のどちらか一方のみを備えることを構成要件としているものと解される。
引用例の「並列連結テイルバイティング畳み込み符号」は本願発明の「畳み込み符号」に相当するものと考えられるが,上記に検討したところからすれば,引用例の別紙(a)ないし(d)の記載事項からは,引用例に,「データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」であって,「伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を選択し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は畳み込み符号器を選択」する発明が記載されているとはいえない。
(3) 被告は,引用例の図2のVSAT衛星通信システムの中心局は,「複数の情報源52に,各々PCC符号器80を備える複数の送信器チャネル処理装置56が論理スイッチ60を介して接続」されたものであり,引用例の記載から上記図2中の複数の情報源は,パケット伝送,クレジットカード処理,音声圧縮通信,ファイル伝送等の種類の異なる複数の情報源であると当業者には理解されるから,引用例の別紙(b)の記載事項に照らせば,上記図2中の「論理スイッチ60」は,「情報源がパケット伝送,クレジットカード処理および音声圧縮通信等の短いデータ・ブロックの場合には,情報源からの信号を『コンポーネント符号として非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号が使用されるPCC符号器』に接続し,情報源がファイル伝送等の長いデータ・ブロックの場合には,情報源からの信号を『コンポーネント符号として再帰的系統的畳み込み符号が使用されるPCC符号器』に接続するもの」であると理解される旨主張する。
しかしながら,引用例の図2の基地局における送信器チャネル処理装置(甲4の訳文には「送信機チャネルプロセッサ」と記載されているが,本件審決に合わせて,「送信器チャネル処理装置」という。同様に,「受信機チャネルプロセッサ」も「受信器チャネル処理装置」という。)についてみると,前記(2)に説示したとおり,「符号器80」は,「並列連結テイルバイティング畳み込み符号」及び「ターボ符号」の両者を備えて,これらを選択して使用するものであるとはいえない。また,上記図2の基地局は複数の送信器チャネル処理装置を有しているが,引用例には,同一基地局が,「並列連結テイルバイティング畳み込み符号」を用いる処理装置と,「ターボ符号」を用いる処理装置とを備えている旨の記載はない。
したがって,上記図2の複数の情報源52が,パケット伝送,クレジットカード処理,音声圧縮通信,ファイル伝送等の種類の異なる複数の情報源であると理解されても,引用例には,各情報源からの信号を「畳み込み符号」を用いるチャネル処理装置と「ターボ符号」を用いるチャネル処理装置に切り換える構成は記載されていないというべきである。
被告は,上記図2中の「論理スイッチ60」に,「畳み込み符号」を用いるチャネル処理装置と「ターボ符号」を用いるチャネル処理装置とを切り換えて接続する機能がある旨主張する。
そこで検討するに,引用例には,「論理スイッチ60」,「制御装置64」,「メモリ62」等について,次のとおり記載されている。
「図2にハブ端末のブロック線図を示す。ここに記載する本発明によれば,該ハブ端末は,1個またはそれ以上の情報源52からデータを受信するための入力ポート51,受信したメッセージ(例えばデータビットのブロック)を1個またはそれ以上の情報シンク54に変換するための出力ポート,1列の送信機チャネルプロセッサ56,1列の受信機チャネルプロセッサ58,各アクティブソースを送信機チャネルプロセッサに接続し,動作中の受信機の各々を適切な情報シンクまたは送信機チャネルプロセッサに接続するためのスイッチ60,メモリ62,スイッチを通るデータの流れを制御するための制御装置64,各送信機チャネルプロセッサ処理装置によって生成された複数の信号を1つの信号に組み合わせるためのコンバイナー66,組み合わせた信号を搬送周波数に変換するためのアップコンバータ68,適切なインターフェース(例えば,スイッチまたはフィルタデュプレクサ)を介してアンテナに接続した電力増幅器70,アンテナ72,前述のインターフェースを介してアンテナに結合した低雑音増幅器74,受信した信号を搬送周波数から中間周波数(IF)に変換するためのダウンコンバータ78,IF受信信号または恐らくはフィルタリングしたバージョンのIF受信信号を1列の受信機チャネルプロセッサへ供給するための信号スプリッター78を備えている。」(3頁45〜56行,訳文3頁12〜26行),「ハブのメモリの1つ機能は,スイッチ60にメッセージが到着した際に全ての送信機チャネルプロセッサまたは出力ポートがビジー状態である場合に,情報源または受信機チャネルプロセッサから受信したデータを一時的に記憶する。メモリはさらに,必要なネットワーク構成パラメータおよびオペレーションデータを記憶する。」(4頁8〜10行,訳文3頁37〜41行) 上記記載によれば,「論理スイッチ60」は1つの交換機であって,情報源からの複数の受信データを送信するために,「制御装置64」の制御下で空の状態の送信器チャネル処理装置を選択する機能を備えるものであると解される。
仮に,同一基地局に,「畳み込み符号」を利用する送信器チャネル処理装置と,「ターボ符号」を利用する送信器チャネル処理装置が備えられ,「論理スイッチ60」が情報源やデータ・ブロックの長さに応じて送信器チャネル処理装置を選択していると解するならば,符号化データを復号する復号器を備えた受信器チャネル処理装置も,同様に,「畳み込み符号」を復号するものと「ターボ符号」を復号するものとがあり,スイッチにより受信器チャネル処理装置を選択する構成が必要であるところ,引用例の図2の基地局では,受信器チャネル処理装置については,「図2の受信機チャネルプロセッサは復調器86,復調器出力からサンプルを選択して,並列連結符号用の復号器に入力される受信符号語を形成するためのパケット-符号語変換器88,送信機が使用する並列連結符号に適した復号器90を具備している。」(4頁3〜6行,訳文3頁32〜34行)と記載されるのみで,受信器チャネル処理装置(復号器)を選択するためのスイッチを備えていないから,適切な復号は行えない。このことからも,論理スイッチ60に被告主張の機能がないことは明らかである。
引用例には,他にも,「論理スイッチ60」が上記に記載した以上の機能を有することの記載は存在しない。
(4) そうすると,引用例には,単に,「VSAT衛星通信システムのチャネル処理装置において,符号器として,伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を利用し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は並列連結テイルバイティング畳み込み符号を利用すること」が記載されているにすぎず,引用例の別紙(a)ないし(d)の記載事項から,引用例に「VSAT衛星通信システムのチャネル処理装置において,伝送するデータが長いデータ・ブロックであるファイル伝送の場合はターボ符号器を選択し,短いデータ・ブロックであるパケット伝送,クレジットカード処理及び音声圧縮通信の場合は畳み込み符号器を選択し,データを畳み込み符号化する畳み込み符号器と,データをターボ符号化するターボ符号器と,を備えるチャネル処理装置」が開示されていると認定できる根拠はないというべきである。
本件審決の引用発明についての認定は誤りである。
2 前記1に説示したとおり,本件審決の引用発明についての認定は誤りであるから,これを前提とする同発明と本願発明の一致点に関する本件審決の認定も誤りであり,その誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは理由があるから,本件審決は違法として取消しを免れない。
よって,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
追加
別紙欧州特許公開第820159号明細書(引用例)の記載事項(a)「本発明は,例えば並列連結テイルバイティング畳み込み符号および並列連結再帰的系統的畳み込み符号(いわゆる”ターボ符号”)を含む並列連結符号化技術,並びにそれらの復号を利用するVSAT衛星通信システムである」(2頁46〜48行,訳文1頁下3〜末行)(b)「一実施態様では,パケット伝送,クレジットカード処理および音声圧縮通信で典型的である短いデータ・ブロックの場合,この様な並列連結符号化方式におけるコンポーネント符号として非再帰的系統的テイルバイティング畳み込み符号が使用される。ファイル伝送で典型的である長いデータ・ブロックの場合,VSATおよびネットワーク基地局は再帰的系統的畳み込み符号を有する並列連結符号化を利用する」(2頁54行〜3頁1行,訳文2頁8〜13行)(c)「図2に示す送信器チャネル処理装置は,情報源から受信したデータ・ビットのブロックに並列連結符号を適用する符号器80,データ・パケット(符号器80からの1つ以上の符号ワードを有する)と同期化ビット・パターンと制御信号ビットとを作成するパケット・フォーマッタ82,および変調器84を有する」(3頁57行〜4頁1行,訳文3頁27〜30行)(d)「符号器および復号器は,スイッチを介して複数の符号化オプションを選択可能であるプログラマブル符号器/復号器システムを構成する。符号化/復号オプションとして,(1)並列連結符号化,(2)内部並列連結符号と直列連結した外部符号,(3)外部符号器および内部単一コンポーネント符号器を有する直列連結符号化,(4)ただ1つのコンポーネント符号器が利用されるような単一符号が含まれる」(4頁14〜24行,訳文3頁下6行〜4頁2行)
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人