関連審決 | 無効2008-800133 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21行ケ10312審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10238審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10019審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10323審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10353審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 技術常識 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 加工 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 減縮 / 変更 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
21年
(行ケ)
10412号
審決取消請求事件
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原告三菱電機株式会社 原告 三菱電機ホーム機器株式会社 上記両名訴訟代理人弁理士 高橋省吾稲葉忠彦家入久栄 被告Y |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/07/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1特許庁が無効2008−800133号事件について平成21年11月9日にした審決を取り消す。 2訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求主文1項と同旨第2事案の概要本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,下記2の訂正後の請求項1の発明に係る特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1本件訴訟に至る手続の経緯(1)原告らは,発明の名称を「炊飯器」とする特許第4052390号(平成15年6月12日出願,平成19年12月14日設定登録。請求項の数は,後記訂正の前後を通じ,全1項である。)に係る特許権(以下「本件特許」という。)を有する者である。 (2)被告は,平成20年7月24日,本件特許について,特許無効審判を請求し,無効2008-800133号事件として係属した。特許庁は,平成20年12月24日,「本件特許を無効とする。」との審決をした。 原告らは,平成21年2月6日,知的財産高等裁判所に対し,上記審決の取消しを求める訴え(平成21年(行ケ)第10030号)を提起した。 原告らは,同年4月24日,特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判を請求したため,知的財産高等裁判所は,同月28日,特許法181条2項により,上記審決を取り消す旨の決定をした。 (3)特許庁は,さらに無効2008-800133号事件を審理し,同手続中で,特許法134条の3第5項により,原告らが上記訂正審判請求のとおり訂正請求をしたものとみなされた。以下「本件訂正」といい,本件訂正後の発明を「本件発明」,その訂正明細書(甲14)を「本件明細書」という。 (4)特許庁は,平成21年11月9日,本件訂正を認めた上,本件特許を無効とする旨の本件審決をし,同月18日,その謄本を原告らに送達した。 2本件発明の要旨本件訂正後の請求項1に記載の本件発明の要旨は,次のとおりである。 内鍋と,前記内鍋が収納される本体と,前記内鍋の外面に対向するように配設され,前記内鍋を誘導加熱する誘導加熱コイルとを備えた炊飯器であって,前記内鍋は,基材がセラミック材又はセラミックとガラスの混合材で構成されており,少なくとも前記誘導加熱コイルに対向した部分における外面には,磁性材からなる加熱部材を接合し,内面には,ガラス質の釉薬又はフッ素加工を施し,上部開口部の外縁には,フランジ部が形成され,前記フランジ部と対向する位置で内鍋内面方向に前記内鍋の厚みを厚くすることにより,前記フランジ部に当接して前記上部開口部をシールする蓋パッキンに付いた露の垂れを遮断する凸部が形成されていることを特徴とする炊飯器3本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記引用例1及び2に記載された発明(以下,引用例1の【請求項1】【請求項5】【0009】【0018】【0019】【0033】【0034】【図1】【図2】【図6】に記載された発明を「引用発明1」といい,引用例2に記載された発明を「引用発明2」といい,引用例1の【0001】〜【0008】【図7】に記載された発明を「引用発明3」という。)及び下記周知例1ないし3に記載された技術等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号の規定により無効にすべきものである,というものである。 引用例1:特開2003-70631号公報(甲12)引用例2:特開昭61-179089号公報(甲2)周知例1:実公平4-27483号公報(甲19)周知例2:実願昭59-156124号(実開昭61-71986号)のマイクロフィルム(甲20)周知例3:特開2000-225065号公報(甲21) (2)なお,本件審決が認定した引用発明1並びに引用発明1と本件発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 ア引用発明1:鍋2dと,前記鍋2dが収納される炊飯器本体1と,前記鍋2dの外面に対向するように配設され,前記鍋2dを誘導加熱する誘導加熱コイルを備えたジャー炊飯器であって,前記鍋2dは,少なくとも前記誘導加熱コイルに対向した部分に,加熱部材を具備し,上部開口部の外縁には,フランジ部2fが形成され,前記フランジ部2fの水平部に前記上部開口部をシールする鍋パッキン14を当接させ,フランジ部2fの水平部から鍋2dの内方に延設して露溜まりの溝部12dを形成し,鍋パッキンに付いた露を溜めるようにしたジャー炊飯器イ一致点:内鍋と,前記内鍋が収納される本体と,前記内鍋の外面に対向するように配設され,前記内鍋を誘導加熱する誘導加熱コイルとを備えた炊飯器であって,前記内鍋は,少なくとも前記誘導加熱コイルに対向した部分に加熱部材を具備し,上部開口部の外縁には,フランジ部が形成され,前記フランジ部に当接して前記上部開口部をシールする蓋パッキンに付いた露の垂れを防止する炊飯器ウ相違点(ア)相違点1:内鍋について,本件発明では,基材がセラミック材又はセラミックとガラスの混合材で構成されるとともに,加熱部材を磁性材からなるものとして外面に接合しているのに対し,引用発明1では,基材の材質は不明であり,加熱部材の材質や具備に係る具体的形態も不明である点(イ)相違点2:内鍋について,本件発明では,内面にはガラス質の釉薬又はフッ素加工を施しているのに対し,引用発明1では,この構成は,不明である点(ウ)相違点3:露の垂れを防止する構成について,本件発明では,フランジ部と対向する位置で内鍋内面方向に前記内鍋の厚みを厚くすることにより凸部が形成されているのに対し,引用発明1では,フランジ部の水平部から内鍋の内方に延設して露溜まりの溝部を形成している点4取消事由(1)相違点についての判断の誤り(取消事由1)(2)本件発明の効果の看過(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1(相違点についての判断の誤り)について〔原告らの主張〕(1)相違点1についての判断の誤り本件審決は,相違点1について,引用発明2を引用発明1に適用することに格別の困難性はないと判断した。 しかしながら,引用発明1に引用発明2を適用することには阻害要因がある。すなわち,引用発明1を引用発明2のように内鍋の基材をセラミック材で構成するとした場合,引用発明1の露溜まりの溝部もセラミックで構成する必要がある。しかし,引用例1の【図6】のような複雑な形状は,基材が金属により構成されていればプレス加工やしぼり加工により実現できるが,基材がセラミックで構成されていた場合,このような複雑な形状に加工することは極めて困難である。仮にできたとしても,このような複雑な形状に加工するには人手で行う必要があり,炊飯器のように大量に生産すべきものを人手で製造するには高額なコストを要する。したがって,引用発明1に引用発明2を適用するには,加工面及びコスト面で阻害要因があり,当業者が適宜採用できる設計事項ではなく当業者であっても容易に想到し得ることではない。 よって,相違点1に関する本件審決の判断は誤りである。 (2)相違点3についての判断の誤りア引用発明3の認定の誤り引用例1の【0001】ないし【0008】の記載及び【図7】は,あくまで従来の技術の記載であって,上記記載から認定された引用発明3が,あたかも従来の課題を解決する構成であるかのような本件審決の認定は誤りである。 イ周知例3の記載内容の認定の誤り周知例3に記載された調理用具は,鍔部材6が容器の上端面よりかなり下の位置に設けてあり,この鍔部材6の上には蓋が載せてあり,その状態で容器2に米と水を入れ電子レンジで加熱して炊飯した場合,鍔部材6と容器の端面とはかなりの距離があるので,その吹きこぼれが,蓋の上面と容器の側面とにより構成される大きな空間に溜まり,これらの液体が鍋の外に吹きこぼれないことが記載されているのであって,鍔部材6(凸部)に煮汁が溜まるとの記載はない。したがって,周知例3の【0018】には,蓋を載置する鍔部材6(凸部)に,煮汁が溜まる旨の記載があるとした本件審決の認定は誤りである。 ウ容易想到性についての判断の誤り本件審決は,相違点3について,当業者であれば容易に想到し得たと判断した。 しかしながら,引用例1にも周知例1ないし3にも,フランジ部の水平部あるいは蓋を載置する平坦部に露を保持するという技術的思想は全くない。特に,周知例1ないし3に記載された陶磁器製の加熱調理器に形成された凸部は,鍋の蓋を置くためのものであって,露を溜める目的のものではない。さらに,これらに記載された加熱調理器は米を炊いて保温するものではないため,保温中に蓋パッキンに付いた露が鍋内に垂れるのを防止するという課題すら発生しない。 したがって,単に陶磁器製の加熱調理器において,蓋が載置される平坦部と同じ高さ位置で,鍋内面方向に鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成することが周知であったとしても,その構成をフランジ部から露が滴下するという課題を解決するために,すなわち露の垂れを遮断するために炊飯器に適用する動機付けは存在しない。 〔被告の主張〕(1)相違点1について加工の難易度,コストの高低は,発明の課題となり得ても,発明を想到する上での阻害要因ではなく,原告らの主張は理由がない。 このことは,引用発明1に引用発明2を適用して本件発明とする上で,本件発明は,内鍋のフランジ上面から内鍋の内面に至る形状を本旨としているところから,内鍋の胴部外面からフランジ部下面に至る外面の形状に特段の制約がないという技術背景上,引用発明2,周知例1(第1図),周知例2(第1図,第3図)に見られるセラミック鍋(土鍋)での常套の形状,つまり,外面に凹部が生じない無垢なボディ形状に成形するのは当業者において極めて常識的な選択でしかない点から明らかである。この内鍋のセラミック鍋での常套の形状にならっての土鍋化は,左斜め上がりで外面の凹部をなくした無垢形態になることを意味し,当業者において極めて容易に想到し得ることである(乙4,5)。 (2)相違点3についてア外向きのフランジ部しか持たない引用発明3であっても,鍋パッキンの接する位置から内側での水平部では,露を保持しているのは必然で,露がある量を超えると鍋の側面を伝ってご飯に滴下すると言い換えただけである。 引用発明1は,内鍋のフランジ上面から,内方への延設部を含む内鍋内面までの形状によって同課題を解決している。本件発明も,内鍋のフランジ上面から,内方への延設部を含む内鍋内面までの形状で,同じ課題を解決したとしている。 イ周知例3の【0018】は,空間につき,「上端から鍔部材6までの空間」と記載しているところ,原告らは,これを「蓋の上面と容器の側面とにより構成される空間」と言い換えており,本質を誤認している。 そもそも,炊飯時の吹きこぼれは,沸騰後に煮汁が粘りのあるおねばの発生により泡立ってかさを増し,蓋下面と鍔部材上面との間,蓋外周縁と容器の鍔部材(内向きフランジ)から上の側面との間が,径路となって生じる。 ここに,吹きこぼれる煮汁が溜まる空間は,上記の径路を含んで,この径路に続く蓋の表面と容器側面との間の側面上端までであり,鍔部材上面の蓋周縁と側面との間の隙間に臨む基部は,最低位の煮汁溜まり部として常時寄与している。 ウ原告らは,周知例1ないし3に記載された加熱調理器は米を炊いて保温するものではないため,保温中に蓋パッキンに付いた露が鍋内に垂れるのを防止するという課題すら発生しないと主張する。 しかしながら,周知例1ないし3に記載された加熱調理器には,制御モードでされる保温加熱を伴う「保温中」の状態はないとしても,炊飯後に,家族が同時に又は時間をずらして,一膳一膳椀に盛り付けながら食事を進めるのに,盛り付け時以外は施蓋をしておき,鍋が常温に降温するまでは鍋の蓄熱性による自然「保温」が続行し,保温中鍋蓋の裏面に露が付き,これが鍋の段部や鍔部を経て鍋内に垂れることのあるのは当然であり,原告らの主張は不合理である。 土鍋のようなドーム型の鍋蓋であれば,鍋蓋の裏面に付着した露は,保温中において鍋蓋の裏面周辺の下端から鍋の段部又は鍔部を伝って鍋内に垂れることも,理の当然であるから(乙1,2),保温中に付着する露の鍋内への垂れは,パッキンの有無によらないので,周知例1ないし3に記載された加熱調理器がパッキンを有していない点は,上記の不合理を回避する理由にはならない。 2取消事由2(本件発明の効果の看過)について〔原告らの主張〕引用発明3が,フランジ部とその延長部に露を溜めることができたと仮定すると,フランジ部の距離を稼ぐためには,その内側の鍋の径を小さくするか,鍋の外周自体を大きくする必要が生ずる。そのため,鍋の容量が小さくなったり,必要以上に鍋自体の外周が大きくなったりするという問題が生ずる。一方,本件発明では,凸部を長くすることにより,鍋自体の径を変えずに,前記フランジ部の距離を稼ぐことができる。したがって,本件発明では,鍋の内径,外形サイズが同じ従来例に比べて,鍋の内径を小さくしたり,鍋の外形を大きくしたりすることで,鍋の容量が小さくなるという問題や炊飯器自体の外形が大きくなるという問題を生ずることなく,フランジ部と凸部との間の平坦部をより長く設けられる。そして,この平坦部は,鍋の上端部の全周にわたって設けられているため,露を溜めておける量も格段に多くすることができる。 このように,本件発明は,上記のような凸部を有していることで,従来技術である引用発明3と比較して,作用効果上で明らかな差異があり,その効果は当業者が予測できる範囲のものではない。 〔被告の主張〕(1)引用発明1にフランジ部はあっても,「その延長部」はない。したがって,本件発明を引用発明1と対比するのであれば,「引用発明3が,フランジ部とこれに続く湾曲部に露を溜めることができたと仮定した上で」とされるべきである。 「その延長部」は何を意味し,何を意図したものか不明である。 (2)本件発明及び引用発明1は,共に,引用発明3が有する課題を,フランジ部から内方への延設部を有して解決したものであり,引用発明1も,鍋が小さくなるという問題や炊飯器自体の外形が大きくなるという問題が生じることなく延設部が設けられるし,延設部は全周に設けてあるので露を溜める量も格段に多くなる点で,本件発明と同様の効果を発揮するのは明らかである。 むしろ,本件発明の延設部は平坦部であるため,延設部が溝である引用発明1よりも露を溜めておける量が劣る点で,迂回発明に相当する。 (3)引用発明3と比較して示した原告ら主張の効果を,本件審決が看過しているというのであれば,その比較対象は引用発明1としてされるべきものであり,これを本件審決は相違点3として検討したのであって,本件審決に本件発明の作用効果を看過した瑕疵はない。 第4当裁判所の判断1取消事由1(相違点についての判断の誤り)について(1)本件発明について本件発明は,前記第2の2のとおりのものであり,内鍋内面にフッ素樹脂加工が施され,基材としてアルミニウム,外面にステンレス等を使用している従来の電磁誘導による加熱方式の炊飯器における課題である,ご飯の付着及び保温時の消費エネルギーが多いこと(本件明細書【0005】【0006】)を解決し,ご飯が付着しにくい内鍋を得るとともに,保温時の省エネルギー化が図れる炊飯器を得ることを目的とする発明である(【0007】)。 本件発明の構成は,電磁誘導による加熱方式を用いた炊飯器において,内鍋の基材をセラミック材又はセラミックとガラスの混合材で構成し,内鍋の内面にはガラス質の釉薬又はフッ素加工を施し,内鍋の上部開口部の外縁におけるフランジ部と対向する位置で内鍋内面方向に前記内鍋の厚みを厚くすることにより,前記フランジ部に当接して前記上部開口部をシールする蓋パッキンに付いた露の垂れを遮断する凸部を形成することを特徴とするものである(【0008】)。 そして,このような構成により,本件発明は,ご飯が付着しにくく,また,蓄熱性がよくなり保温時の加熱通電時間を短くすることができ,電気エネルギーの節約による省エネルギー化が図れる炊飯器を得ることができる。さらに,内鍋の上部開口部の内側に形成した凸部により,保温中に蓋パッキンに付いた露の垂れが遮断されて,露が内鍋内に垂れるのを防ぐことができ,ご飯のふやけを防止することができるという効果を奏するものである(【0027】)。 (2)引用発明1について引用発明1は,前記第2の3(2)のとおりのものであり,引用発明3(上部開口部の外縁に,フランジ部が形成され,鍋パッキンに付着した露が,フランジ部からこれに続く湾曲部を伝って,鍋側面に滴下するジャー炊飯器)の課題(甲12【0007】【0008】)を解決するため,上部開口部の外縁には,フランジ部が形成され,前記フランジ部の水平部に前記上部開口部をシールする鍋パッキンを当接させ,フランジ部の水平部から鍋の内方に延設して露溜まりの溝部を形成することにより(【0033】【0034】),鍋パッキンに付着した露が鍋内のご飯へ滴下するのを防止する発明である(【0009】)。 (3)相違点1についてア内鍋に係る相違点1は,本件発明では,基材がセラミック材又はセラミックとガラスの混合材で構成されるとともに,加熱部材を磁性材からなるものとして外面に接合しているのに対し,引用発明1では,基材の材質は不明であり,加熱部材の材質や具備に係る具体的形態も不明である点である。 引用発明2は,交番磁界を利用して調理する電磁調理器の鍋に関するもので,金属とセラミック材料のそれぞれの課題解決のために組み合わせることにより,耐久性,耐熱性,耐食性などセラミック本来の優れた特性を保持しつつ,単独で電磁調理器用鍋に応用する,電磁調理器用セラミック鍋である(甲2)。なお,セラミックの蓄熱性が金属に比べて優れていることは,技術常識である。 そして,引用発明1はジャー炊飯器であり,引用発明2は電磁調理器用セラミック鍋であって,相違点1が材質の観点からみたものである以上,両者は類似の技術分野のものであり,セラミックで作られた炊飯器の内鍋が公知であること(甲5,6)に照らすと,引用発明1に引用発明2を適用することにより,本件発明の上記構成を容易に想到することができる。 イ原告らは,金属で形成された引用発明1の内鍋材質を,引用発明2のようにセラミックに置きかえた場合の成形困難性が阻害要因であると主張する。 しかし,引用発明1に引用発明2を適用するにあたって,材質を換えた場合にその形状を完全にそのまま適用するのではなく,加工性等に応じて形状を調整することは当然行われることであり,それをもって阻害要因とまではいえないし,本件審決においても相違点とはしていない。なお,露溜まりの溝部を形成することに換えて別個の構成を採用した点に関しては,次の(4)において判断する。 (4)相違点3についてア本件審決の判断本件審決は,相違点3(露の垂れを防止する構成について,本件発明では,フランジ部と対向する位置で内鍋内面方向に前記内鍋の厚みを厚くすることにより凸部が形成されているのに対し,引用発明1では,フランジ部の水平部から内鍋の内方に延設して露溜まりの溝部を形成している点)について,以下のとおり,当業者であれば容易に想到し得たことであると判断した。 周知例1ないし3によれば,陶磁器製の鍋の上部開口部の外縁の,蓋が載置される平坦部と同じ高さ位置で,鍋内面方向に鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成することは,陶磁器製の加熱調理器の分野において,本願出願前周知の技術であり,上記凸部が露を溜める効果を奏することは当業者に明らかであるところ,上記周知技術を参照し,引用発明1の露溜まりの溝部に換えて,フランジ部の水平部から内鍋内面方向に,内鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成することによって,露の滴下を防止しようとすることは,当業者であれば容易に想到し得たことである。 イ周知技術の認定についてしかしながら,周知例1は,鍋料理用の大型土鍋で,使用時の把持部の高温化に対処することを課題とするものであり,土鍋本体に形成した,蓋受部ともなる庇状内縁による熱衝撃強化の記載がある(甲19)。周知例1の庇状内縁の機能は熱衝撃強化にあり,露を溜めることの記載はない。 また,周知例2は,電磁調理器用の土鍋に関するもので,土鍋本体底部に鉄板を載設することで,土鍋特有の清潔性,保温性,美観と,電磁調理器としての使用を両立させたものであるが,第3図の本体形状として,蓋が載置される構造として凸部が図示されている(甲20)。周知例2の凸部について,特に説明はなく,蓋を載置する以外の用途ないし機能の記載はない。 周知例3には,調理用具に関し,容器本体は,陶磁器製で,【図2】,【図3】に内向きの凸部となる鍔部材が開示されている(甲21)。そして,鍔部材の説明部分として,【0008】では,鍔部材の下側がゆるやかに湾曲斜面で段差がなく連続していることで被調理物が残りにくいことが記載され,【0018】には「容器本体2の上端から鍔部材6までの空間に煮汁が貯まるため吹きこぼれ難い」として,本体上端から鍔部材までの空間に煮汁が溜まることについての記載がある。なお,本件審決は,【0018】には,蓋を載置する鍔部材6(凸部)に煮汁が溜まる旨の記載があると認定したが,【0018】の「容器本体2の上端から鍔部材6までの空間に煮汁が貯まるため吹きこぼれ難い」という記載は,吹きこぼれることを防止する容器本体上端までの距離が長いために許容度があることを表現しているとみるべきで,いったん,鍔部材高さ以上に吹き上がった煮汁が,鍔部材部分で溜まるのか,更に下部に戻るのかに関しては,記載されていないというべきである。 したがって,周知例3にも,結局,鍔部材が煮汁や露を溜めるとする直接的な記載はない。 なお,引用例1の【図7】(引用発明3)に関しても,パッキンに付着した露が一定量になると垂れるという課題を示しているにすぎず,フランジ部で露を溜めるということを示したものではない(甲12)。また,【0007】の「鍋パッキン74に付着したつゆは,ある一定量を超えると鍋62のフランジ部62fを伝って鍋62の側面へと滴下し」の記載をもって,鍋パッキンの接するフランジ部において露を溜めることを示したものということはできない。 以上のとおり,周知例1ないし3によれば,陶磁器製の加熱調理器において,鍋の上部開口部外縁の,蓋が載置される平坦部と同じ高さ位置で,鍋の内面方向に鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成すること自体は,周知であったということはできるが,上記凸部に露を溜める機能があることを記載したものではなく,上記周知例1ないし3の加熱調理器における凸部の目的は,専ら蓋を載置することにあって,本件発明における凸部の目的とは全く異なり,凸部を設けて露を溜めるという技術思想はなかったものといわざるを得ない。しかも,周知例1ないし3における加熱調理器は,炊飯器ではないから,米を炊いて保温するものではないため,保温中に蓋パッキンに付いた露が鍋内に垂れるのを防止するという課題すらない。したがって,蓋等の部材の載置を目的とする凸部の形成自体が周知であったとしても,フランジ部との関係や課題との関係でみると,露の垂れを遮断するために凸部を設けることについて,何ら示唆はない。 ウ被告提出の証拠について被告は,陶磁器製の加熱調理器において,鍋の内側側面に露が滴下することを防止する証拠として,乙1ないし9を提出したが,まず,このうち,本件出願前に刊行されたものは,乙1ないし4,6及び9のみである。 乙1(【0008】〜【0013】),乙2(【0004】【0022】【0023】),乙3(【0002】〜【0005】)には,ご飯への露垂れの課題の記載はあるが,その解決手段は,蓋加熱を前提にするものであり,内鍋内面方向に凸部を形成するものではない。 また,乙9(【0003】【0004】)には,露の発生という認識はあるものの,縁部の汚れという課題の記載しかなく,その解決手段もカバー設置というものであり,内鍋内面方向に凸部を形成するものではない。 さらに,乙4及び6には,土鍋の形状として蓋を載置する部分が内側に形成されていることが記載されているが,フランジ部の存在や位置関係,それが平坦なのか,どちらかに傾斜しているのか,又は異なる形状であるのかは不明であり,蓋を載置する部分が実際に露を溜める機能を有しているのかは,明らかとはいえない。なお,このうち,乙6において,蓋が載置される部分に露が保持されていると見ることができる可能性があるとしても,上記部分に露を溜める機能があることや露の垂れを防止する機能があることを直接記載したものではない。 エ容易想到性について上記イ,ウのとおり,従来,陶磁器製の加熱調理器において,鍋の上部開口部外縁の,蓋が載置される平坦部と同じ高さ位置で,鍋の内面方向に鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成すること自体は,周知であったとしても,内鍋内面方向の凸部によって露を溜め,露の垂れを防止するという機能があることを記載した証拠はなく,これを示唆するものもない。加熱調理器において,内鍋内面方向に凸部を形成することは,蓋等の部材の載置を目的とするのが通常であり,蓋等の部材の載置を目的とする凸部の形成自体が周知であったとしても,フランジ部との関係や課題との関係では,何ら示唆がない。そして,引用例1の【0007】の「鍋パッキン74に付着したつゆは,ある一定量を超えると鍋62のフランジ部62fを伝って鍋62の側面へと滴下し」の記載をもって,直ちに,蓋の載置を目的とする凸部が露等を溜める効果をも奏することが当業者にとって自明であるとすることはできない。本件発明において,露の垂れを防止することを目的として内鍋内面方向に凸部を形成することは,従来のものと目的を異にするものである。 前記(1)のとおり,本件発明は,引用発明1に係る金属材質の炊飯器内鍋構造をセラミックに変更し,蓋パッキンに付いた露の垂れを遮断する凸部を形成するものであるところ,別の目的で設けられている凸部を開示しているにすぎない周知例1ないし3等をもって,露の垂れを防止する構成とする動機付けがあるとはいえない。 そして,本件発明は,特定の内外面構造を有するセラミックス内鍋を用いて,ご飯の付着防止,保温時の省エネルギー化という課題を解決させながら,露の垂れを防止する構成を検討した結果「フランジ部と対向する位置で内鍋内面方向に前記内鍋の厚みを厚くすること」による凸部を形成したものである。蓋の載置を目的とする凸部の形成自体が周知であったとしても,フランジ部との関係や課題との関係で何ら示唆がない以上,金属の内鍋を用いた,異なる露垂れを防止する構造の引用発明1から出発して,内鍋材質と凸部の具体的位置及び構造を変更して,内鍋内面方向に内鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成することは,技術常識を参酌してもなお通常の創作能力の発揮を越えるものといわざるを得ない。 よって,引用発明1のフランジ部の水平部から内鍋の内方に延設して露溜まりの溝部を形成している構成を,フランジ部と対向する位置で内鍋内面方向に前記内鍋の厚みを厚くすることにより凸部を形成して露の垂れを防止する構成とすることは,当業者といえども容易に想到することはできないというべきである。 したがって,引用発明1に周知技術を適用して相違点3に係る構成を想到することが,当業者にとって容易であるとした本件審決の判断は,誤りといわなければならない。 (5)小括以上のとおりであるから,取消事由1は理由がある。したがって,本件発明の進歩性の判断を誤り,本件特許を無効とした本件審決は,違法である。 2結論以上の次第であるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 高部眞規子 |
裁判官 | 井上泰人 |