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関連審決 不服2008-19695
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成21行ケ10303審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10187審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10019審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10238審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10412審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  慣用技術 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10257号 審決取消請求事件
原告THK株式会社
訴訟代理人弁理 士塩島利之
被告特許庁長官
指定代理人槇原進
同 大河原裕
同 岩崎伸二
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/06/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2008−19695号事件について平成21年7月23日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「リニアモータユニット及びその組み合わせ方法」とする発明について,平成17年8月31日に特許出願(特願2005-251183号)をしたが,平成20年6月20日に拒絶査定(同年7月4日発送)がされたことから,同年8月4日,不服の審判(不服2008-19695号事件)を請求した。
特許庁は,平成21年7月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年8月4日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲平成21年5月29日付け補正書(甲8)により補正された後の本件出願の特許請求の範囲(請求項の数4。以下,補正後の明細書を,願書に添付した図面と併せて,「本願明細書」という。)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。なお,別紙「本願明細書参考図」【図1】及び【図2】参照)。
「【請求項1】同極が対向するように積層された複数のマグネット,及び前記複数のマグネット間に介在される磁性材料からなるポールシューを有するロッドと,前記ロッドを囲み,前記ロッドの軸線方向に積層された複数のコイルと,前記複数のコイル間に介在されるスペーサと,前記複数のコイル及び前記スペーサを覆ってリニアモータの外形を形成するハウジングと,を備え,前記マグネットの磁界と前記コイルに流す電流によって,前記ロッドをその軸線方向に直線運動させるロッドタイプリニアモータを,前記ロッドの軸線が互いに平行を保つように複数組み合わせたリニアモータユニットであって,前記ハウジングは,前記複数のコイル及び前記スペーサをインサート成型することにより形成され,一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度に隣り合うロッドタイプリニアモータを近接させた状態において,前記隣り合うロッドタイプリニアモータの前記ハウジング間に磁性材料からなる磁気シールド板を介在させ,前記磁気シールド板は,前記コイルを覆う前記ハウジング間を前記ロッドの軸線方向に通ると共に,前記ハウジングから前記ロッドの軸線方向に露出し,そして,前記磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くすると共に,リニアモータの推力を向上させるリニアモータユニット。」3 審決の理由(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平11-43852号公報(甲1。以下「引用例1」という)に記載された発明(以下「引用発明」という。別紙「引用例1参考図」【図1】及び【図2】参照)に,周知技術及び周知慣用技術を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,と判断したものである。
(2)上記判断に際し,審決が認定した,引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明の内容「多数の永久磁石及びジャックを取り付けた可動子と,複数のコイルと,前記複数のコイルを覆ってリニヤモータの外形を形成するケーシングと,を備え,前記コイルを励磁すれば3相移動磁界を発生して前記可動子を前記ジャックの方向に往復移動させるリニヤモータを,厚さ方向に重ねて配置した自動編み機の薄型に形成したモータ組立体であって,前記ケーシングは,プレス成形により形成され,リニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合において,前記隣り合うリニヤモータの前記ケーシング間に磁気遮蔽を考慮して鉄板を使用しているカバーを備え,前記カバーは,前記コイルを覆う前記ケーシング間を前記ジャックの方向に通ると共に,前記ジャックの方向とは直角の方向に前記ケーシングと同等の長さを有し,そして,前記カバーは,リニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮したものである自動編み機の薄型に形成したモータ組立体。」イ 一致点「複数のマグネットを有するロッドと,複数のコイルと,前記複数のコイルを覆ってリニアモータの外形を形成するハウジングと,を備え,前記マグネットの磁界と前記コイルに流す電流によって,前記ロッドをその軸線方向に直線運動させるリニアモータを,前記ロッドの軸線が互いに平行を保つように複数組み合わせたリニアモータユニットであって,前記ハウジングは,所定の製造方法により形成され,隣り合うリニアモータを近接させた状態において,前記隣り合うリニアモータの前記ハウジング間に磁性材料からなる磁気シールド板を介在させ,前記磁気シールド板は,前記コイルを覆う前記ハウジング間を前記ロッドの軸線方向に通ると共に,所定の大きさを有し,そして,前記磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くするリニアモータユニット。」(審決書8頁10行〜21行)ウ 相違点「[相違点1]リニアモータのタイプが,本願発明では,「同極が対向するように積層された」複数のマグネット,「及び前記複数のマグネット間に介在される磁性材料からなるポールシュー」を有するロッドと,「前記ロッドを囲み,前記ロッドの軸線方向に積層された」複数のコイルと,「前記複数のコイル間に介在されるスペーサと」を備える「ロッドタイプ」リニアモータであるのに対し,引用発明では,いわゆるフラットタイプリニアモータである点。
[相違点2]リニアモータの外形を形成するハウジングが,本願発明では複数のコイル「及びスペーサ」を覆っているのに対し,引用発明ではスペーサを備えていないため,これを覆っていない点。
[相違点3]ハウジングの「所定の製造方法」が,本願発明では「複数のコイル及びスペーサをインサート成形すること」であるのに対し,引用発明では,「プレス成形」である点。
[相違点4]隣り合うリニアモータの近接状態が,本願発明では「一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度に」近接させているのに対し,引用発明ではそのような特定がされていない点。
[相違点5]磁気シールド板の所定の大きさに関し,本願発明では「ハウジングからロッドの軸線方向に露出し」ているのに対し,引用発明では,ロッドの軸線方向の大きさは特定されていない点。
[相違点6]磁気シールド板は,本願発明では「リニアモータの推力を向上させる」のに対し,引用発明ではそのような構造となっていない点。」(審決書8頁23行〜9頁11行)
当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1)一致点の認定の誤り(取消事由1),(2)相違点4に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)相違点5に係る容易想到性判断の誤り(取消事由3),(4)相違点1,2及び6に係る容易想到性判断の誤り(取消事由4),(5)相違点3に係る容易想到性判断の誤り(取消事由5),(6)本願発明が奏する効果に係る判断の誤り(取消事由6)がある。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)審決は,本願発明と引用発明との一致点の1つとして,「磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くする」(審決書8頁20行,21行)点を認定した。
しかし,審決の上記一致点の認定は,次に述べるとおり,誤りである。
ア本願明細書(甲5)においては,ロッドのつれ動き現象が発生することを前提として,「隣り合うロッド間の距離が短いと,マグネット同士の引き付け合う磁力も大きくなることが原因である」(甲5,段落【0006】)と記載されている。具体的には,ロッドタイプリニアモータにおいて,ロッドのマグネットの磁力線は,ロッドの軸線方向からみて放射状に形成されるところ(別紙「原告説明図」【参考図1】(A)),そのロッドを近接させると,1つのロッドのN極から放射状に形成された磁力線が隣のロッドのS極に到達し(別紙「原告説明図」【参考図1】(C)),1つのロッドのN極と隣のロッドのS極とが互いに引き合うようになり,ロッドのつれ動き現象が発生する。
イこれに対し,引用発明においては,可動子のつれ動き現象は極めて発生しにくい。すなわち,引用例1(甲1)においては,「本発明は,ジャックを取り付けた可動子を,ケーシングのガイドに沿ってジャックの方向に往復移動させる自動編み機のモータ組立体において,前記可動子の側縁部に沿って永久磁石を取り付け,この永久磁石にモータの厚さ方向に対して直角方向の空隙を介して対向させたくし歯状の鉄心をそなえ,この鉄心の磁極にコイルを巻装し,磁界の方向を厚さ方向に対して直角な方向に形成させ,リニヤガイドと永久磁石および鉄心をケーシングの面に沿って平面的に配置するようにしている」(甲1,段落【0005】)と記載されている上,引用例1(甲1)の【図11】(別紙「引用例1参考図」【図11】)には,各永久磁石の磁界の方向が厚さ方向に直交する方向に向かうことが明瞭に示されている。
これらの記載によれば,引用発明においては,永久磁石にモータの厚さ方向に対して直角な方向に空隙を介してコイルを対向させ,厚さ方向に対して直角な方向に永久磁石の磁界が形成されていることが明らかである。
そうすると,引用発明においては,リニアモータを厚さ方向に積層しても,1つのリニアモータの可動子の永久磁石の磁界は,厚さ方向に隣接する他のリニアモータの可動子の永久磁石に向かうのではなく,厚さ方向に直交するコイルに向かい,隣り合う可動子間に互いに平行な磁界が発生し,永久磁石のN極とS極を向かい合わせたような吸引力は発生しない(別紙「原告説明図」【参考図2】(B)(C))。しかも,1つのフラットタイプリニアモータの列方向に配列されるマグネット間の距離は隣のフラットタイプリニアモータのマグネット間の距離よりも近いから,その点からみても,1つのリニアモータの可動子の永久磁石の磁界は,隣接する他のリニアモータの可動子の永久磁石に向かうのではなく,厚さ方向に直交する,近距離にあるコイルに向かうといえる。よって,引用発明においては,可動子のつれ動き現象が極めて発生しにくい。
ウその点について,被告は,引用発明においても,別紙「被告説明図」1(a)及び(b)に示すとおり隣のマグネットに到達する磁力線が発生すると主張する。
しかし,被告の主張は理由がない。すなわち,被告主張の磁力線は,あくまでも漏れ磁束的にわずかに発生するものにすぎない。そのことを裏付けるため,原告は,別紙「甲11図面」の【図1】に示す基本構造を持つフラットタイプリニアモータのマグネット,及び同図面の【図2】に示す基本構造を持つロッドタイプリニアモータのマグネットを同図面の【図3】に示すように積層し,これらのマグネットに発生する磁束密度を有限要素法で解析した。その解析結果が別紙「甲11図面」の【図4】である。また,ロッドタイプリニアモータのマグネットの表面に発生する磁束密度と,フラットタイプリニアモータのマグネットの表面にロッドタイプリニアモータのマグネットの表面に発生する磁束密度を同じ大きさにするという条件のもとで,隣り合うロッドから受ける電磁力(吸引力)を算出した結果が,別紙「甲11図面」の【図5】である。【図5】の横軸は一方のロッドを他方のロッドに対して移動させた移動距離を示し,縦軸は隣り合うロッドから受ける電磁力(吸引力)の大きさを示す。別紙「甲11図面」の【図5】のとおり,隣り合う一方のロッドのN極と他方のロッドのS極が並んだとき(別紙「甲11図面」の【図5】中の移動距離7mmのとき),隣り合うロッド間で最も大きい電磁力(吸引力)が発生した。
隣り合う一方のロッドのN極と他方のロッドのN極が並んだとき(別紙「甲11図面」の【図5】中の移動距離2〜3mmのとき),隣り合うロッドに最も大きな斥力が発生した。これに対して,フラットタイプリニアモータにおいては,隣り合うロッドから受ける電磁力(吸引力)は,ロッドの位置によらず極めて小さいものであった。
エなお,引用例1には,確かに「2はカバーで,このリニアモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮して鉄板を使用している」(段落【0011】)との記載部分がある。しかし,カバーの大きさをケーシングの大きさに一致させていることにかんがみると,その記載は,引用発明(甲1)のケーシング内に設けられている,可動子の位置を検出する位置センサ13(段落【0012】。磁気式の可能性が高い。)を磁気から遮蔽して保護することを記載したものであり,つれ動きの防止を目的とする記載ではないと理解するのが合理的である。
オ以上のとおり,審決は,本願発明と引用発明のマグネットの磁界の方向に関する差異を看過し,磁気シールド板が隣り合うロッド同士の互いの磁界の影響を受け難くしているものであるとの誤った一致点を認定したものであり,その誤りは,審決の結論に影響を及ぼす。
(2) 取消事由2(相違点4に係る容易想到性判断の誤り)審決は,「隣接するリニアモータのロッドがつられて動いてしまう現象は,リニアモータ間の距離が近いほど顕著となることは明らかといえる。・・・そして,引用発明は『薄型に』形成することを目的としているから,引用発明において,より薄型化するために隣り合うリニアモータの近接状態を,『一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度に』近接させて,相違点4に係る本願発明の構成とすることは,当業者が必要に応じてなし得た任意的設計事項というべきである。」(審決書10頁下から5行〜11頁6行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は,誤りである。すなわち,引用発明においては,前述のとおり,隣り合う可動子間に永久磁石のN極とS極を向かい合わせたような吸引力は発生せず,可動子のつれ動き現象も極めて発生しにくいから,1つの可動子を移動させて,隣の可動子がつられて動いてしまう程度に近接させることが,当業者において必要に応じてなし得た設計事項であるとはいえない。しかも,ロッドのつれ動き現象はロッドタイプリニアモータを近接して積層した発明者によって初めて知見されたものであり,他にそのつれ動き現象の発生を知見した者がいたことを認めるに足りる証拠もない。
また,ロッドタイプリニアモータの場合,実際の製品では,コイルの制約からロッド間のピッチとして7.5mmが最小であり,フラットタイプリニアモータの場合も同様のはずで,このような距離では,原告の解析によれば,フラットタイプリニアモータの場合,隣り合うロッド間での電磁力は小さい値となる。よって,本件出願当時,1つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまうことが起こり得ると想到することは容易ではない。
本願発明のように,つれ動きが生じるまでロッドタイプリニアモータを近接させると,全体が同じ大きさでも軸の数を多くすることができ,チップマウンタ(電子部品実装機)に使用した場合など,軸の数に比例して処理速度を早くすることができるから(甲5,段落【0005】),つれ動きが生じるまでロッドタイプリニアモータを近接させることの技術的意義は大きい。
以上のように,審決は,本願発明と引用発明のマグネットの磁界の方向に関する差異を看過し,相違点4に係る容易想到性判断を誤ったものであり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼす。
(3) 取消事由3(相違点5に係る容易想到性判断の誤り)審決は,「磁気シールド板の大きさを,どの程度とするかは,漏洩磁束の影響範囲に応じて当業者が適宜選択し得る設計的事項と認められる。引用発明において,ケーシングのジャック方向の長さは永久磁石が取り付けられている可動子の長さよりも短いから,磁気遮蔽を考慮して鉄板としているカバー(磁気シールド板)のジャック方向の長さを,『ハウジングからロッドの軸線方向に露出し』得る程度の長さとし,相違点5に係る本願発明の構成とすることは,当業者の通常の設計能力のもとに必要に応じてなし得たものというべきである。」(審決書11頁8行〜15行)と判断した。
しかし,審決の判断は,誤りである。
ア本願発明においては,隣り合うロッド同士の磁界の影響を防止するために,磁気シールド板をハウジングからロッド方向に露出させ,すなわち,磁気シールド板のロッド方向の長さをハウジングのロッド方向の長さよりも長くしている。
イこれに対し,引用例1(甲1)のケーシングを覆うカバーの大きさは,ケーシングの大きさと一致(甲1,【図2】)しており,引用例1(甲1)には,カバーのジャック方向の長さをケーシングの長さよりも長くする点は開示も示唆もされていない。また,そもそも引用発明においては,隣り合う可動子間に永久磁石のN極とS極を向かい合わせたような吸引力は発生せず,可動子のつれ動き現象も極めて発生しにくいのであって,可動子同士の磁界の影響を防止するために磁気シールド板を介在させる点が開示されていないのであるから,仮に引用発明のフラットタイプリニアモータを周知のロッドタイプリニアモータに置き換えてみても,引用発明においては,磁気シールド板のロッド方向の長さはロッドタイプリニアモータのハウジングのロッド方向の長さと等しく設定されるのであり,カバーのジャック方向の長さをケーシングのジャック方向の長さよりも長くすることは,当業者が必要に応じてなし得たものであるとはいえない。
ウ以上のように,審決には,相違点5についての容易想到性の判断の誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼす。
(4) 取消事由4(相違点1,2及び6に係る容易想到性判断の誤り)審決は,「ロッドタイプリニアモータのハウジング間に磁気シールド板を介在させると必然的に推力を向上させる構造となるから,引用発明のリニアモータを上記周知技術のロッドタイプリニアモータとすることに付随して,引用発明の磁気シールド板はリニアモータの推力を向上させることになるといえる。以上のことから,引用発明において上記周知技術を採用することにより,相違点1,2及び6に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものというべきである。」(審決書10頁7行〜14行)と判断した。
しかし,審決の判断は,次のとおり,誤りである。
ア審決が認定するとおり,「フラットタイプリニアモータでは,マグネットとコイルが対向するように配置され,磁気シールド板はそれらと平行に且つ両者に跨るように配置されるため,磁気シールド板は磁束の分路として作用することになるから,磁気シールド板は推力向上に寄与し得ない」(審決書10頁3行〜6行)。すなわち,別紙「甲11図面」の【図6】のとおり,引用発明のようなフラットタイプリニアモータ間において磁気シールド板を介在させると,マグネットからコアに向かう磁束の一部が磁気シールド板に吸い寄せられ,コアを通る磁束が減少し,これにより推力も減少するため,磁気シールド板は,推力向上に寄与せず,逆に推力を低下させる。
イ他方,本願発明のように,積層したロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させると,「ロッドタイプリニアモータでは,中心から半径方向外方に向かって,マグネットを有するロッド,ロッドを囲むコイル,磁気シールド板の順に配置されるため,磁気シールド板はバックヨークとして作用することになるから,磁気シールド板が推力向上に寄与し得る」(審決書9頁下から2行〜10頁3行)ことは,審決認定のとおりである。本願明細書(甲5)の【発明の効果】の段落【0012】にも,「磁気シールド板が磁気シールド板の内側のコイル・マグネットの磁界を強くするコアの役割もするので,コア付のリニアモータと同様にロッドの推力を向上させることができる」と記載されている。別紙「甲11図面」の【図7】のとおり,本願発明のようなロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させると,コイルと磁束が直交するため,フレミングの左手の法則により推力が向上する。
本件訴訟提起後,原告は,ロッドを一定の速度で移動させたとき,コイルに発生する誘起電圧を解析し,また実際に測定した。その結果,シールド板を介在させることで,誘起電圧が解析値において1.41Vから1.48Vへと上昇し(甲12,【図2】),測定値において1.43Vから1.49Vへと上昇した(甲12,【図3】)。誘起電圧は推力と相関関係があり,誘起電圧が大きくなれば推力も大きくなるという関係にあるから,シールド板を介在させると,誘起電圧が大きくなり,推力も向上することが分かる。さらに,原告は,ロッドの全周囲の磁束密度を解析により算出した(甲12,【図4】)。解析は,甲12の【図4】に示す?ないし?のポイントで行った。甲12の【図5】に示すように,シールド板が有る場合,電気角が90度,270度付近で磁束密度が最大になり,電気角が180度付近で磁束密度が最小になった。電気角が180度付近では,シールド板がない場合よりも磁束密度が低くなることがあったが,全体としては,磁束密度が大きくなった。そして,コイルを鎖交する磁束量を解析により算出したところ,シールド板を介在させることで,コイル鎖交磁束量が0. 035×10Wbから0. 038×10Wbへと上昇-3 -3していた(甲12,【図6】)。シールド板を介在させることで磁界の方向が推力の向上に寄与するだけでなく,磁束密度やコイル鎖交磁束量,すなわち磁界の大きさも向上することが分かる。
ウこのように磁気シールド板が推力向上に寄与し得ることは,本願発明のように,積層したロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させることによって初めて得られるものであり,引用発明や周知技術には開示されていない格別な作用である。
したがって,フラットタイプリニアモータを積層し,磁気シールド板が逆に推力を低下させる引用発明や,ロッドタイプリニアモータを単体で使用する特開平9-172767号公報(以下「引用例2」という。甲2)に記載の発明から,積層したロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させ,磁気シールド板で推力を向上させるという本願発明の構成に想到することは,当業者が容易になし得たものであるとはいえない。
エ本願明細書の目的(課題)として,磁気シールド板の推力向上の目的(課題)が記載されていないことを根拠にそれが副次的効果であって格別な効果ではないとする被告の主張は,失当である。
オ以上のとおり,審決には,相違点1,2,6についての容易想到性の判断の誤りがあり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼす。
(5) 取消事由5(相違点3に係る容易想到性判断の誤り)ア審決は,「リニアモータ単体の外形を形成するハウジングを,『複数のコイル及びスペーサをインサート成形すること』により形成することは,例えば引用例3・・・,引用例4(引用例4における『パイプボビン』が本願発明の『ハウジング』及び『スペーサ』に相当している。)等にも開示されているように,リニアモータの技術分野において周知慣用技術である。」(審決書10頁16行〜23行)と認定した(判決注審決中の「引用例3」とは,特開平11-225468号公報を指し,「引用例4」とは,特開平8-335513号公報を指す。以下,審決と同じ略語を用いる。)。
しかし,審決の認定は,次のとおり,誤りである。
(ア)まず,引用例3(甲3)の段落【0103】には,【図13】を参照しつつ「コイルLcの側面とスペーサ部材41とを接着剤にて接着」することが記載され,段落【0102】,【0103】に続く段落【0104】には,「このようなスペーサ部材付きリング状コイルLcを円筒体225”内に順次嵌入し,且つ,スペーサ部材41の外周面を接着剤にて筒体内周面に接着固定する」と記載されているから,引用例3(甲3)の段落【0102】,【0103】には,複数のコイル及びスパーサをハウジングに接着することが開示されているのであって,インサート成形することは開示されていない。
さらに,引用例3(甲3)の段落【0017】,【0018】には,複数のコイルをハウジングにインサート成形することが開示されているとしても,複数のコイル及びスペーサをハウジングにインサート成形することは開示されていない。
(イ)また,引用例4(甲4)においても,複数のコイル及びスペーサをハウジングにインサート成形することが開示されているとはいえず,それが周知事項であるとはいえない。すなわち,引用例4には,「さらに,本実施例では,アーマチュア11のコイル13をパイプボビン12の外周部に巻き付けたから,各コイル部13a〜13dを容易に巻き付けることができる。しかし,本発明において,コイル13は,インサート成形によりパイプボビン12の内部に埋め込むように設けることもできる」(段落【0046】)と記載されており,パイプボビン12にコイルをインサート成形することは記載されている。しかし,引用例4のパイプボビン12はコイル13が巻き付けられるものであり,基台1に固定された支持体3にばねホルダ5及び板ばね6を介して支持されている(甲4,段落【0016】〜【0018】)ことからも,リニアモータの外形を形成するハウジングに相当するものではない。
したがって,引用例4には,コイルをリニアモータの外形を形成するハウジングにインサート成形することが開示されているとはいえない。
また,引用例4においては,コイル13間のスペーサはコイルをパイプボビン12にインサート成形する段階で既に形成済みのものであって,コイル及びスペーサがパイプボビンにインサート成形されるものではないから,複数のコイル及びスペーサをリニアモータの外形を形成するハウジングにインサート成形することが開示されているとはいえず,そのことが周知技術であるとは到底いえない。
(ウ)複数のコイル及びスペーサをパイプボビンにインサート成形するに当たっては,金型内で複数のコイル及びスペーサを固定する必要があり,コイル及びスペーサが多数あるロッドタイプリニアモータにおいては,この固定作業が面倒なものになるから通常は行われていないのであり,上記事項が本件出願当時に周知技術であったとはいえない。
(エ)以上によれば,複数のコイル及びスペーサをリニアモータの外形を形成するハウジングにインサート成形することが周知技術であるとした審決の認定は誤りである。
そして,本願発明は,複数のコイル及びスペーサをハウジングにインサート成形することにより,ハウジングの強度を保ったままコイルの外側から飛び出るハウジングの肉厚を極限まで薄くすることができ(本願明細書,段落【0027】,【図2】),ロッドタイプリニアモータ間のピッチを狭くすることができたり,アクチュエータの軸数を増やしたりすることができるとの効果を奏することに照らせば,相違点3に係る認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼす。
イまた,審決は,「ハウジングを『複数のコイル及びスペーサをインサート成形すること』により形成するといった特定は製造方法上の特定事項であるから,完成品が同等の構成を有している限り,物の発明において上記特定事項は単なる設計的事項といわざるを得ない」(審決書10頁24行〜27行)と判断した。
しかし,審決の判断は,誤りである。すなわち,複数のコイル及びスペーサをハウジングにインサート成形すると,複数のコイル及びスペーサはハウジングと一体的に密着するから,インサート成形されていない完成品の構成とは明確に区別される。
(6) 取消事由6(本願発明が奏する効果に係る判断の誤り)審決は,「そして,本願発明の全体構成によって奏される効果も,引用発明,上記周知技術及び上記周知慣用技術から当業者が予測し得る範囲内のものである。」(審決書11頁16行,17行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,本願発明によれば,1つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度に隣り合うロッドタイプリニアモータを近接させることを前提とした上で,隣り合うロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させることで,隣り合うロッドのつれ動き現象を防止できるという格別な効果を奏する。そうすると,マグネットから発生する磁界の方向が異なり,そもそも可動子のつれ動きが極めて生じにくい引用発明や,ロッドタイプリニアモータを単体で使用する周知技術からは,この効果を予測することは到底できない。
2 被告の反論(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対し審決が本願発明と引用発明との一致点として「磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くする」点を認定したことについて誤りはないから,これを誤りであるとする原告の取消事由1の主張は,次のとおり,理由がない。
ア 引用発明の可動子に取り付けた永久磁石が発生する磁界について原告は,別紙「原告説明図」【参考図2】(C)を示し,引用発明ではカバーを挟んで隣り合う可動子間に互いに平行な磁界が発生するのみであると主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,磁石においては,N極からS極に到達する磁力線が必ず形成されるところ(甲9),原告が図示した別紙「原告説明図」【参考図2】(C)には,永久磁石から発生する磁力線の内の一部が記載されているのみで,実際には,別紙「被告説明図」(a)及び(b)に図示するような磁力分布となるはずである。そうすると,引用発明において,隣り合う可動子間に磁気シールド(遮蔽)をする部材がない場合には,1つの可動子に取り付けた永久磁石のN極から出てS極に到達する磁力線が,隣接する可動子に向かう方向にも形成されるから,原告の前記主張は,失当である。
イ 引用発明におけるカバーについて引用発明において,隣り合う可動子間に磁気遮蔽をする部材がない場合には,1つの可動子に取り付けた永久磁石のN極から出てS極に到達する磁力線が,隣接する可動子に向かう方向にも形成されるから,隣り合う可動子同士が互いの磁界の影響を受ける。そうすると,引用例1において「2はカバーで,このリニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮して鉄板を使用している。」(甲1,段落【0011】)と記載されているように,引用発明におけるカバーは,リニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮したものであるということができるから,引用発明においても,隣り合う可動子同士が互いの磁界の影響を受け難くするものであるといえる。
そして,引用発明における「カバー」は本願発明の「磁気シールド板」に相当し,同様に,「可動子」は「ロッド」に相当するから,引用発明においても,「磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くする」ものであるといえる。
(2) 取消事由2(相違点4に係る容易想到性判断の誤り)に対し原告は,引用発明では,隣り合う可動子間に永久磁石のN極とS極を向かい合わせたような吸引力は発生せず,可動子のつれ動き現象も発生しにくいから,引用発明において,1つの可動子を移動させると隣の可動子がつられて動いてしまう程度に可動子同士を近接させることは,当業者が必要に応じてなし得た設計事項であるとはいえないと主張する。
しかし,原告の主張は,次のとおり,理由がない。
ア本願発明を特定する請求項1における「一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度」との限定文言は,ロッドが「つられて動く」ことを目的としたのではなく,単に,隣り合うリニアモータの近接度合いを表現したものであって,「ロッドの軸線が互いに平行を保つように複数組み合わせたリニアモータユニット」である本願発明をコンパクトにするために,隣り合うリニアモータを従来より近接させたことを意味する。
イそして,リニアモータユニットのコンパクト化を進めるに従って,隣り合うリニアモータをより近接させることになるから,引用発明においても,磁気シールド板がない状態においては,隣り合うリニアモータの近接状態として,本願発明のように従来より近接させ得る状態を選択し,つれ動きが生じ得る程度に近接させることは,当業者が必要に応じてなし得た任意設計事項である。
ウまた,原告の主張は,審決が相違点1,2,6の判断を前提として,相違点4の判断をしたことを看過したものであり,失当である。すなわち,審決は,相違点1,2,6の判断において,引用発明におけるリニアモータを,例えば引用例2(甲2)にも開示されているような周知技術であるロッドタイプリニアモータとすることは当業者が容易に想到し得たものと判断しており,相違点4の判断は,引用発明におけるリニアモータを上記周知技術であるロッドタイプリニアモータとすることを前提としてされたものである。そうすると,ロッドタイプリニアモータにおいては,本願発明と同等の構成になり,磁気シールド板がないとすれば,近接度合いによっては,1つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動くことが起こり得る。
(3) 取消事由3(相違点5に係る容易想到性判断の誤り)に対し原告は,引用例1(甲1)には,カバーのジャック方向の長さをケーシングの長さよりも長くする点は開示も示唆もなく,可動子同士の磁界の影響を防止するために磁気シールド板を介在させる点が開示されていないから,引用発明において,カバーのジャック方向の長さをケーシングのジャック方向の長さよりも長くすることは,当業者が必要に応じてなし得たものであるとはいえないと主張する。
しかし,原告の主張は,理由がない。すなわち,一般に,磁気シールド(遮蔽)は,磁界が影響を及ぼす範囲に応じて施されることが通例であり,引用発明のような,隣接する可動子に向かう方向への漏洩磁束が少ないフラットタイプリニアモータでさえ,磁気シールド板に相当するカバーを設けている。引用発明のリニアモータを周知技術であるロッドタイプリニアモータとしたものにおいては,隣り合うロッド同士が互いの磁界(漏洩磁束)の影響をより強く受けることは明らかであるから,更なる磁気シールド(遮蔽)を考慮することは当然といえる。そして,引用発明においては,ケーシングのジャック方向の長さは永久磁石が取り付けられている可動子の長さよりも短いのであるから,磁気シールド板に相当するカバーのジャック方向の長さを,漏洩磁束の影響範囲に応じて「ハウジングからロッドの軸線方向に露出し」得る程度の長さとすることは,当業者が通常の設計能力のもとに必要に応じてなし得たものである。
したがって,審決における相違点5に係る容易想到性判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は,理由がない。
(4)取消事由4(相違点1,2及び6に係る容易想到性判断の誤り)に対し原告は,磁気シールド板が推進力向上に寄与することは,引用発明や周知技術には開示されていない格別なことであるから,フラットタイプリニアモータを積層し,磁気シールド板が逆に推力を低下させる引用発明や,ロッドタイプリニアモータを単体で使用する引用例2記載の発明から,積層したロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させ,磁気シールド板で推力を向上させるという本願発明の構成に想到することは当業者が容易になし得たものであるとはいえないと主張する。
しかし,原告の主張は,次のとおり,理由がない。
ア本願発明において,磁気シールド板は,磁気シールド(遮蔽)を目的として設けられる部材であって,推力の向上を目的として設けられるものではない(甲5,段落【0007】)。
一方,引用発明におけるカバーも,「リニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮して鉄板を使用している」(甲1,段落【0011】)ものであるから,この点において本願発明における磁気シールド板と引用発明におけるカバーに相違はない。
イまた,本願発明を特定する請求項1において,「前記磁気シールド板は,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くすると共に,リニアモータの推力を向上させる」とした点は,発明の構成要件の限定ではなく,磁気シールド板による効果を記載したものにすぎない。そして,審決は,相違点6についての判断において,引用発明におけるリニアモータを周知技術であるロッドタイプリニアモータとしたものを前提としているから,磁気シールド板とロッドとの関係については本願発明と同等の構成となり,その奏する効果も当然同等のものであるといえる。
ウそうすると,両者とも,磁気シールド(遮蔽)という目的(課題)を達成するために,磁気シールド板を設けたのであり,また,本願発明における推力の向上は,あくまでも磁気シールド板による副次的(付随的)効果といえるものであり,当初より推力の向上を目的(課題)として設けたものではないから,引用発明におけるリニアモータを周知技術であるロッドタイプリニアモータとすることにおいても,同様に奏する効果であるということができ,格別なものではない。
したがって,審決における相違点1,2,6の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由4は理由がない。
(5) 取消事由5(相違点3に係る容易想到性判断の誤り)に対し原告は,引用例4には,複数のコイル及びスペーサをリニアモータの外形を形成するハウジングにインサート成形することが開示されておらず,このことは周知技術であるとはいえない,複数のコイル及びスペーサをハウジングにインサート成形すると,複数のコイル及びスペーサがハウジングと一体的に密着するのであるから,インサート成形していない完成品の構成とは明確に区別できると主張する。
しかし,原告の主張は,次のとおり,理由がない。
ア引用例3及び4は,周知慣用技術の例示として,挙げられたものである。そして,リニアモータ単体の外形を形成するハウジングを,「複数のコイル及びスペーサをインサート成形すること」により形成することは,少なくとも引用例3(甲3)に開示されているのであるから(段落【0017】,【0018】,【0102】及び【0103】参照),これを審決が周知慣用技術であるとしたことに誤りはない。
イまた,引用例4において「さらに,本実施例では,アーマチュア11のコイル13をパイプボビン12の外周部に巻き付けたから,各コイル部13a〜13dを容易に巻き付けることができる。しかし,本発明において,コイル13は,インサート成形によりパイプボビン12の内部に埋め込まれるように設けることもできる。」(段落【0046】)との記載があり,コイル13をインサート成形によりパイプボビン12の内部に埋め込まれるように設けたものにおいては,完成品において,隣り合うコイル13の間には,インサート成形するための成形材料によりスペーサとして機能する部分が形成されることとなり,パイプボビン12は,実質的に複数のコイル及びスペーサをインサート成形することにより,形成されるものであるといえる。そして,引用例4(甲4)の【図1】ないし【図5】に記載されているように,パイプボビン12はリニアアクチュエータの最外部に位置することから,コイル13をインサート成形によりパイプボビン12の内部に埋め込まれるように設けた場合には,ハウジングを構成することになるのは明らかである。
よって,リニアモータ単体の外形を形成するハウジングを,「複数のコイル及びスペーサをインサート成形すること」により形成することは,引用例4(甲4)にも開示されているから,審決が引用例3(甲3)も含めてこれを周知慣用技術としたことに誤りはない。
したがって,審決における相違点3の判断に誤りはなく,原告の取消事由5の主張は,理由がない。
(6) 取消事由6(本願発明が奏する効果に係る判断の誤り)に対して原告は,本願発明によれば,隣り合うロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させることで,隣り合うロッドのつれ動き現象を防止できるという格別な効果を奏するところ,可動子のつれ動きが極めて生じにくい引用発明や,ロッドタイプリニアモータを単体で使用する周知技術から本願発明の上記効果を予測することはできないと主張する。
しかし,原告の主張は,理由がない。すなわち,リニアモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮して鉄板のカバーを設けた引用発明のリニアモータを,周知技術であるロッドタイプリニアモータとしても,漏洩磁束の影響は当然のごとく抑制されるから,可動子のつれ動き現象を防止し得る。したがって,本願発明の全体構成によって奏される効果も,引用発明,周知技術及び周知慣用技術から当業者が予測し得る範囲内のものであるとした審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由6は理由がない。
当裁判所の判断
当裁判所は,引用例1には,引用発明のカバー(本願発明の磁気シールド板に相当する磁気遮蔽)を有するフラットタイプリニアモータに,周知技術であるロッドタイプリニアモータを適用することによって,磁気シールド板により推力が向上する点の示唆はなく,また,当業者において予測することができた点の示唆もないと判断する。したがって,審決が,?相違点1,2及び6に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得た,?本願発明の全体構成によって奏される効果は,引用発明,周知技術及び周知慣用技術から当業者が予測し得る範囲内のものであると判断した点に誤りがあると解する。取消事由4及び6に係る原告の主張は,正当である。
その理由は,以下のとおりである。
1 事実認定(1) 本願明細書の記載ア本願発明の特許請求の範囲(請求項1)は,第2,2記載のとおりである。また,本願明細書(甲5,8)には,次の記載がある。
【技術分野】【0001】本発明は,マグネットの磁界とコイルに流す電流によって,直線運動するための推力を得るリニアモータに関し,特にロッドを直線運動させるロッドタイプリニアモータに関する。
【背景技術】【0002】リニアモータは,回転形のモータの固定子側と回転子側を直線状に引き伸ばしたもので,電気エネルギを直線運動するための推力に変換する。直線的な推力が得られるリニアモータは,移動体を直線運動させる一軸のアクチュエータとして用いられる。
【0003】リニアモータを形状的に分けると,ロッドタイプとフラットタイプとに分けることができる。ロッドタイプのリニアモータは,複数の円筒形のコイルを積層し,積層して出来たコイルの孔内にマグネットを有するロッドを挿入した構成になっている。そして,例えばU・V・W相の三相に分けた複数のコイルに120°ずつ位相が異なる三相電流を流すと,コイルの軸線方向に移動する移動磁界が発生し,ロッドは移動磁界により推力を得て,移動磁界の速さに同期して直線運動を行う。他方,フラットタイプのリニアモータは,平板状のマグネットを複数個並べた軌道レールに複数のコイルを対向させる構成になっている。マグネットに対してコイルが相対的に直線運動を行なう原理は,ロッドタイプのリニアモータと同じである。出願人は,上記に記載のロッドタイプリニアモータとして,例えば特許文献1に記載されたリニアモータを提案している。・・・【発明が解決しようとする課題】【0005】一軸のアクチュエータを縦横に並べて,多軸のアクチュエータを得ることができれば,一度に多数の移動体を搬送することができるので,軸の数だけ処理速度が速くなる。例えば,チップマウンタ(電子部品実装機)は,ヘッド軸のユニットに8軸,10軸等の多軸のアクチュエータを持ち,一度に多数の電子部品を搬送・実装する。従来,このような多軸のアクチュエータの駆動機構には,ボールねじ機構が用いられていたが,ボールねじの寸法やモータの寸法から,アクチュエータを並べるときに間隔を狭く並べることができなかった。これに対して,上記に記載のロッドタイプリニアモータは,移動体を高速で搬送することができるのみならず,寸法的に小型化できるという利点もある。それゆえ出願人は,一軸のロッドタイプリニアモータを縦横に並べた多軸のリニアモータを開発した。このような多軸のリニアモータをリニアモータユニットと呼ぶ。
【0006】しかし,実際にロッドタイプリニアモータを並べてみると,一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させるとき,隣のロッドタイプリニアモータのロッドが釣られて動いてしまうという現象が発生した。隣り合うロッド間の距離が短いと,マグネット同士の引き付け合う磁力も大きくなることが原因である。この現象を生じさせないためには,ロッド間の距離を離さなければならない。ロッド間の距離を離すと,ボールねじ機構を用いたアクチュエータと同様に,コンパクトにできなくなり,リニアモータユニットとして成立しなくなる。
【0007】そこで,本発明はロッドタイプリニアモータを近接して並べても,隣り合うロッド同士の磁力の影響を低減できるリニアモータユニット及びロッドタイプリニアモータの組み合わせ方法を提供することを目的とする。・・・【0019】ロッドタイプリニアモータ1間に磁気シールド板5が挟むと,ロッド2のマグネット7の磁力線は,磁性材料の磁気シールド板5を通るので,磁気シールド板5を挟んで外側にマグネットの磁力線が漏れ難くなる。つまり,磁気シールド板5を挟んで反対側にあるロッド2にとって,隣のロッド2のマグネット7の磁界がシールドされていることになる。それゆえ,隣り合うロッド2同士が互いの磁界の影響を受け難くなる。しかも磁気シールド板5は,磁気シールド板5の内側のロッド2のマグネット7の磁界に悪影響を及ぼさないだけでなく,コイル3・マグネット7の磁界を強くするコアの役割を持つ。それゆえ,コアのあるリニアモータと同様にロッド2の推力を向上させることができる。
【0020】磁気シールド板5は,ロッド2の軸線方向に細長く伸びる平板状に形成される。ロッド2の軸線方向における磁気シールド板5の長さは,ロッド2の全長とロッド2のストロークの長さの合計以上であり,ロッド2がストロークする全範囲に渡ってロッド2に対向する。
【0021】図1では,磁気シールド板5がロッドタイプリニアモータ1から露出する部分しか示されていないが,実際には,ロッドタイプリニアモータ1のコイル3を覆うハウジング6(図2参照)部分にも磁気シールド板5が通っている。ハウジング6内のコイル3は銅線を螺旋状に巻いたものであり,磁性材料ではない。ロッド2のマグネット7からの磁界は,ハウジング6の中と外とで変化はないから,ハウジング6部分にも磁気シールド板5を通す必要がある。磁気シールド板5がコアの役割のみを持つのなら,コイル3の部分に相当する長さがあればよい。しかし,磁気シールド板5はコアの役割というよりもむしろ,隣り合うロッド2同士が互いの磁界の影響を受け難くする役割のために設けられる。それゆえ,磁気シールド板5のロッド2の軸線方向の長さは,ロッド2の全長とロッド2のストロークの長さの合計以上に設定される。磁気シールド板5の縦方向の長さはハウジング6の高さと略等しい。
イ 上記記載によれば,本願発明の内容は,以下のとおりである。
(ア)マグネットの磁界とコイルに流す電流によって,直線運動するための推力を得るリニアモータには,?複数の円筒形のコイルを積層し,積層してできたコイルの孔内にマグネットを有するロッドを挿入した構成のロッドタイプリニアモータと,?平板状のマグネットを複数個並べた軌道レールに複数のコイルを対向させた構成のフラットタイプリニアモータがある。
(イ)一軸のアクチュエータを縦横に並べて,多軸のアクチュエータを得ることができれば,一度に多数の移動体を搬送することができるので処理速度が速くなるが,ロッドタイプリニアモータは,移動体を高速で搬送することができるのみならず,寸法的に小型化できることから,一軸のロッドタイプリニアモータを縦横に並べた多軸のリニアモータから成るリニアモータユニットが開発されている。しかし,隣り合うロッド間の距離が短いと,マグネット同士の引き付け合う磁力も大きくなることが原因となって,1つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させるとき,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまうという問題があった。
(ウ)本願発明は,ロッドタイプリニアモータを近接して並べても,隣り合うロッド同士の磁力の影響を低減できるようにすることを目的とし,特に,リニアモータの外形を形成するハウジングは,複数のコイル及びスペーサをインサート成型することにより形成され,また一つのロッドタイプリニアモータのロッドを移動させると,隣のロッドタイプリニアモータのロッドがつられて動いてしまう程度に隣り合うロッドタイプリニアモータを近接させた状態とし,隣り合うモータのハウジング間には磁性材料からなる磁気シールド板を介在させ,磁気シールド板は,ハウジングからロッドの軸線方向に露出させ,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くすると共に,リニアモータの推力を向上させるリニアモータユニットの構成としている。
このような構成としたことにより,ロッドの磁力線は,磁気シールド板を挟んで外側に漏れ難くなり,隣り合うロッド同士が互いの磁界の影響を受け難くなるとともに,磁気シールド板は,磁界を強くするコアの役割を持つため,コアのあるリニアモータと同様にロッドの推力を向上させることができる。
(2) 引用例1の記載ア 引用例1(甲1)には,次の記載がある。
発明の詳細な説明】【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,自動編み機の編み針を駆動するための薄形に形成した駆動モータ組立体に関する。・・・【0003】図20および図21は,このような従来から提案されている編み機用リニヤモータの例を示すもので,ケーシング61とカバー62の内面にそれぞれ移動範囲に応じた極数の永久磁石63,64を4個所に設け,この永久磁石相互間に,ドーナツ状に偏平に形成した各相の無鉄心コイル65を並べて接着剤などで固着させた可動子66を配置し,この可動子66にスライダ67およびジャック68を取り付け,前記スライダ67をケーシング61に固着したリニヤガイド69に移動可能に嵌合させ,可動子66をジャック68の軸方向に移動させるようにしている。70は位置センサー,71はケーシング61に設けたプリント配線などの給電回路で,可撓接続線72を介して可動子66の無鉄心コイル65を励磁するようにしている。
【0004】【発明が解決しようとする課題】このように,磁力発生手段である永久磁石63,64を,ケーシング61およびカバー62の対向位置に取り付けてモータの厚さ方向の磁界を形成させ,この永久磁石相互間に配置させた可動子66に各相の無鉄心コイル65を並べて固着させている。したがって,無鉄心コイル65は厚さを小さくするために偏平にし,重ならないように並べて取り付ける必要があり,表面積が大きくなり,可動子66が大形になって重量が増し,慣性が大きくなるとともに,両側の永久磁石63,64と無鉄心コイル65がモータの厚さ方向に重なって配置されるので,2つの空隙が重なり全体の厚さを小さくできなかった。また,ケーシングおよびカバーは,永久磁石を取り付けてヨークを構成しており,磁気容量を保つために必要な厚さを要するのでモータ全体が厚くなる欠点がある。なお,編み針の操作を円滑にするため,可動部の重量を減少させて慣性を少なくし,あわせてコギングトルクを小さくすることが要望される。さらに,無鉄心コイル65を励磁するために,ケーシング61に固定された給電回路71から可撓接続線72を介して無鉄心コイル65に連結する必要があり,構造も複雑になっている。
【0005】【課題を解決するための手段】本発明は,ジャックを取り付けた可動子を,ケーシングのガイドに沿ってジャックの方向に往復移動させる自動編み機のモータ組立体において,前記可動子の側縁部に沿って永久磁石を取り付け,この永久磁石にモータの厚さ方向に対して直角方向の空隙を介して対向させたくし歯状の鉄心をそなえ,この鉄心の磁極にコイルを巻装し,磁界の方向を厚さ方向に対して直角な方向に形成させ,リニヤガイドと永久磁石および鉄心をケーシングの面に沿って平面的に配置するようにしている。
【0006】また,1つのケーシングに編み針に近い位置と,編み針から遠い位置に配置したリニヤモータを設け,それぞれのリニヤモータの可動子の側縁部に移動方向の延長部を設け,この延長部に必要な磁界を形成する永久磁石を取り付け,前記永久磁石にモータの厚さ方向とは直角方向の空隙を介して対向しコイルを巻装したくし歯状の鉄心をそなえ,編み針に近い位置のリニヤモータを,編み針から遠い位置のリニヤモータよりもケーシングの幅方向外側にずらせて配置することによって,延長部相互を,空隙の方向に位置をずらせ,可動子が移動しても可動子相互が接触しないようにしている。また,永久磁石と鉄心とをモータの厚さ方向に対して直角方向の空隙を介して対向させることによって,ヨークを一体にそなえたくし歯状の鉄心を用いることができ,ケーシングおよびカバーに磁路を設ける必要がなくなるので,モータを薄くするとともに,ケーシングとくにカバーを薄くすることができ,カバーに鉄心を押さえる凹部と,可動子の側縁部との間隙を大きくして接触を防止するようにした凸部とを構成して,カバーの強度を向上させるている(判決注「させている」の誤記と認める)。・・・【0011】【実施例】これを図に示す実施例について説明する。図1および図2は本発明の第1の実施例を示すもので,ケーシング内に1個のリニヤモータを構成した状態を示している。1はケーシングで,たとえばSUS304でプレス成形している。2はカバーで,このリニヤモータを厚さ方向に重ねて配置する場合の磁気遮蔽を考慮して鉄板を使用している。
なお,ケーシング1を平板にし,カバー2を箱形にしてもよい。3は可動子で,たとえばステンレス板をコ字状断面に形成してある。4は可動子に取り付けたジャックで,図示しない先端を編み針に連結する。5はケーシング1に設けたリニヤガイドで,可動子3と嵌合させた両側面に設けたボール溝にボール6を挿入して可動子3を支持し,可動子3をジャック4の方向に移動させるリニヤベアリングを構成している。8は可動子3の一方の外側面にヨーク9を介して取り付けた永久磁石で,移動方向に多数のN極とS極を交互に設けている。なお,永久磁石8はフェライトや希土類永久磁石あるいは合成樹脂磁石などを使用でき,できれば軽いものが望ましい。なお,可動子3を磁性体で構成した場合は,ヨーク9を省くことができる。10はケーシング1に取り付けた鉄心で,可動子3に設けた前記永久磁石8の側面に,モータの厚さ方向に対して直角方向の空隙を介して対向させ,電気角で360±60°の間隔で磁極11をそなえた偏平なくし歯状に形成している。12は前記磁極11に巻装したコイル,U,V,Wはコイル端子である。
【0012】なお,鉄心10は,磁極頭に磁極片を形成した磁極を用いることができるが,磁極片を省いて磁極の頭部と根元の幅が等しい磁極を設けるようにすれば,あらかじめ成形したコイルを挿入することができ,この実施例に示すように台形にした磁極を用いるようにすれば,成形コイルを容易に挿入できるとともに,磁極間の漏洩磁束を少なくして磁気効率を高め,トルク特性を改善して,可動子の操作を確実にする利点がある。13はケーシングに設けた位置センサで,可動子の検出片14との組み合わせにより可動子3の位置を検出する。15,16はケーシング1およびカバー2に設けたコイル孔で,コイル12を挿入させてモータ全体の厚さTを小さくするようにしている。したがって,リニヤガイド5と永久磁石8と鉄心10は,ケーシング1の底面と平行な平面で配置され,鉄心10に巻装したコイル12の外径でモータの厚さTが決められる。図示しない制御装置によりコイル12を励磁すれば,磁極11と永久磁石8の間に3相移動磁界を発生して,永久磁石8とともに可動子3をリニヤガイド5に沿って移動させ,ジャック4に連結された編み針を操作する。位置センサ13の検出信号を編み針の制御装置へフィードバックすることにより,編み針を所望の動きで駆動させる。・・・【0023】【発明の効果】このように本発明は,リニヤモータの磁界を形成する永久磁石を可動子に取り付け,その側方に,コイルを巻装した鉄心をモータの厚さ方向に対して直角方向の空隙を介して対向させるようにしてあるので,前記可動子を支持して移動させるリニヤガイドと永久磁石および鉄心が,ケーシングに平面的に配置され,永久磁石と鉄心との磁気空隙がモータの厚さ方向にならず,磁気空隙によるモータの厚さを増大させることがなく,リニヤモータ全体を偏平に構成でき,同じ厚さであれば鉄心の積厚を増して推力を増大させることができる効果がある。また,コイルをケーシングに取り付けるため,可動子の構造が簡単になり,可動子の重量を減少させて慣性を小さくし,ジャックの移動操作の応答性を向上させるだけでなく,コイルに鉄心をそなえることができ,無鉄心コイルにくらべて磁気効率が向上し,コイルへの給電も簡単になる。さらに,永久磁石の磁界の方向がケーシングの面と平行になるので,永久磁石に対向する磁極の反対側にヨークをそなえたくし歯状の鉄心を用いてもモータの厚さを増大させることがなく,ケーシングおよびカバーに磁路を設ける必要がなく,ケーシングとくにカバーを薄くすることができ。モータ厚さ方向.の磁束の漏洩がほとんど無くなり,モータ組立体を重ねても相互の磁気遮蔽はケーシングで十分に行われ,カバーを不要にすることも可能である。
イ上記記載によれば,引用例1には,フラットタイプリニアモータにおいて,モータ全体の厚さを薄くする技術として,前記第2,3(2)アのとおりの発明が記載されている(審決の認定に誤りがないことについて,当事者間に争いはない。)。
2相違点1,2及び6に係る容易想到性判断の誤り(取消事由4),及び本願発明が奏する効果に係る判断の誤り(取消事由6)についてそこで,上記本願発明及び引用発明の内容を前提として,取消事由4及び6についての審決の当否について判断する。
(1) 審決は,以下のとおり判断する。すなわち,ア本願発明のような,ロッドタイプリニアモータにおいて磁気シールド板により推力が向上する点に関しては,「磁気シールド板がリニアモータの推力を向上させるか否かは,マグネットとコイルと磁気シールド板の位置関係によって定まる。」(審決書9頁下から3行,2行)とした上で,「ロッドタイプリニアモータでは,中心から半径方向外方に向かって,マグネットを有するロッド,ロッドを囲むコイル,磁気シールド板の順に配置されるため,磁気シールド板はバックヨークとして作用することになるから,磁気シールド板は推力向上に寄与し得る。」(審決書9頁下から2行〜10頁3行)とし,本願発明に係る構成においては,磁気シールド板により推力が向上すると認定する。他方,引用発明(甲1)のような,フラットタイプリニアモータについて,「フラットタイプリニアモータでは,マグネットとコイルが対向するように配置され,磁気シールド板はそれらと平行に且つ両者に跨るよう配置されるため,磁気シールド板は磁束の分路として作用することになるから,磁気シールド板は推力向上に寄与し得ない。」(審決書10頁3行〜6行)と認定する。
イこれらを前提とした上で,審決は,「ロッドタイプリニアモータのハウジング間に磁気シールド板を介在させると必然的に推力を向上させる構造となるから,引用発明のリニアモータを上記周知技術のロッドタイプリニアモータとすることに付随して,引用発明の磁気シールド板はリニアモータの推力を向上させることになるといえる。以上のことから,引用発明において上記周知技術を採用することにより,相違点1,2及び6に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たものというべきである。」(審決書10頁7行〜14行)との結論を導いている。
(2)審決の前提とする上記(1)アの認定事項については,原告の実施した実験結果によっても,ロッドタイプリニアモータにおいては,磁気シールド板を介在させることにより磁界の方向が推力の向上に寄与するだけではなく,磁束密度やコイル鎖交磁束量,すなわち磁界の大きさも向上すると確認されており(甲11),審決の前記認定に誤りはない。
しかし,審決が,容易想到であるとする,上記(1)イの論理は,根拠を欠く。すなわち,引用例1の記載事項から得られる知見は,単に,フラットタイプリニアモータにおいては,磁気シールド板は,推力向上に寄与しないことを示しているにすぎない。引用例1には,推進力向上に寄与しないフラットタイプリニアモータに,ロッドタイプリニアモータを適用することの動機付けが示されているわけではなく,また,磁気シールド板が推力向上の効果が生じることを予測できることが示されているわけではない。のみならず,引用例1のフラットタイプリニアモータに周知技術であるロッドタイプリニアモータを適用すると,フラットタイプリニアモータにおいては磁束の分路として機能することから推力を減少させる方向で作用していた磁気シールド板が,逆に推力を向上させる方向で作用することを当業者において予測できたことを認めるに足りる記載又は示唆はない。
そうすると,ロッドタイプリニアモータが周知の技術であったか否かにかかわらず,引用例1に,ロッドタイプリニアモータを適用する示唆等が何ら記載されていない以上,当業者が,周知技術を適用することにより,相違点1,2及び6に係る本願発明の構成とすることを容易に想到し得たものであるということはできない。
したがって,これを容易想到であったとした審決の判断には誤りがあり,取消事由4に係る原告の主張には,理由がある。
(3)これに対し,被告は,以下のとおり反論するが,いずれも採用の限りでない。すなわち,アまず,被告は,本願発明において,磁気シールド板を設けた目的は,磁気遮蔽を行うことにあり,推力向上にあるものではなく,推力向上の作用効果は副次的なものにすぎない旨主張する。
しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,モータは推力を生み出すための装置であるから,その推力の向上を図ることは,常に求められる課題であるといえる。のみならず,本願発明において磁気シールド板が推力向上の作用効果を有することは,当初から本願明細書(甲5,段落【0012】,【0015】,【0019】)に明記されている。
イまた,被告は,甲1におけるリニアモータに,周知技術であるロッドタイプリニアモータを適用し本願発明の構成と同等の構成を採用するならば,その奏する作用効果も同等であるから,推力向上の効果は格別なものではない旨主張する。
しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,本件における論証の対象とされる命題は,引用発明(甲1)において,フラットタイプリニアモータにロッドタイプリニアモータを適用することによって,磁気シールド板がリニアモータの推力を向上させることが,当業者にとって容易に想到し得たか否かという点である。この論証命題に対して,「引用発明にロッドタイプリニアモータを適用した場合の作用効果は,本願発明における作用効果と同等である」ことを理由として「容易に想到できた」との結論を導くことは,結論を所与の前提に含んだ論理であって,到底採用できるものではない。
ウさらに,被告は,原告の提出した甲12の解析の結果では磁気シールド板の有無によって大差はなく,推力向上の効果が,当業者の予測の範囲を超える格別なものであるとはいえない旨主張する。
しかし,被告の主張は採用の限りでない。すなわち,フラットタイプリニアモータにおいては磁束の分路として推力を低下させる方向で作用していた磁気シールド板がロッドタイプリニアモータの周知技術を適用した途端に逆に推力向上に寄与することになるということ自体が,当業者にとっては予測可能であったとは認められない以上,その推力向上の程度が顕著ではないことをもって当業者の予測の範囲内であったということはできない。よって,この点の被告の主張は採用の限りでない。
(4)上記の点は,原告の取消事由6についても同様である。すなわち,本願発明は,隣り合うロッドタイプリニアモータ間に磁気シールド板を介在させることにより,隣り合うロッドのつれ動き現象を防止できるという効果を奏するほかに,引用発明においては推力を低下させる方向で作用していた磁気シールド板が逆に推力向上に寄与するという予想外の効果を奏するものであるといえるから,審決が「本願発明の全体構成によって奏される効果も,引用発明,上記周知技術及び上記周知慣用技術から当業者が予測し得る範囲内のものである。」とした判断にも,誤りがあると解する。これに対する被告の主張は,上記(3)において,説示したのと同様の理由により,採用の限りでない。
3 結論以上によれば,取消事由4及び6には,理由があるから,その余の点を判断するまでもなく,審決を取り消すべきこととなる。よって,主文のとおり,判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 武宮英子