関連審決 | 無効2007-800228 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21行ケ10412審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10253審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10104審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10353審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10191審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 慣用技術 / 試行錯誤 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 登録実用新案 / 数値限定 / 技術的意義 / 均等 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正明細書 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
21年
(行ケ)
10312号
審決取消請求事件
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原告 ダイセル化学工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫 同 弁理士 平田忠雄岩永勇二新井全岡崎信太郎 被告日本化薬株式会社 同訴訟代理人弁護士 小池豊櫻井彰人萱島博文 同 弁理士 小野誠金山賢教 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/06/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2007-800228号事件について平成21年9月15日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,下記2の本件訂正に係る本件発明についての特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 本件訴訟に至る手続の経緯(1)原告は,発明の名称を「エアバッグ用ガス発生器及びエアバッグ装置」とする特許第2989788号(平成9年10月8日特許出願。特許法41条1項の規定に基づく優先権主張日:平成8年10月31日。同11年10月8日設定登録)に係る特許権者である(甲84)。 (2)被告は,平成19年10月19日,本件特許について,特許無効審判を請求し,無効2007-800228号事件として係属した。 同事件につき,特許庁は,同20年10月15日,原告の訂正請求を認めた上で,訂正後の本件特許の請求項1ないし25に係る発明は無効であるとの審決をしたが,同審決の取消しを求めて原告が提起した知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10443号において,同裁判所は,原告が同21年2月23日付けで本件特許に係る発明の要旨を下記2とする訂正審判の請求(甲78。以下,同請求に係る訂正を「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書(甲78添付の全文訂正明細書)及び添付図面(甲84)を併せて「本件明細書」という。なお,本件訂正後の請求項の数は全部で23項である。)をしたことから,同年3月18日,特許法181条2項の規定に基づき,同審決を取り消す旨の決定をした。 そこで,特許庁は,上記無効審判請求事件につき,平成21年9月15日,「訂正を認める。特許第2989788号の請求項1〜23に係る発明についての特許を無効とする。」との本件審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。 2 本件発明の要旨本件訂正後の本件明細書の特許請求の範囲1ないし23の記載は,別紙本件発明の要旨のとおりである。以下,請求項の番号に従って,「本件発明1」ないし「本件発明23」といい,これらをまとめて「本件発明」という。 3 本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記アないしシの引用例1ないし12に記載された各発明(以下,その順に従って「引用発明1」などという。)並びに下記ス及びセの周知例1及び2に記載された周知技術(以下,その順に従って「周知技術1」などという。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものとして,無効とすべきである,というものである。 ア 引用例1:国際公開第96/10495号(国際公開日:平成8年4月11日。甲1)イ 引用例2:国際公開第96/10494号(国際公開日:平成8年4月11日。甲10)ウ 引用例3:登録実用新案第3023847号公報(発行日:平成8年4月30日。甲24)エ 引用例4:特開平7-52748号公報(甲25)オ 引用例5:Paresh Khandhadia外「Development of Advanced Inflator Technology for Automotive Airbag Modules」 Issues in Automotive Safety Technology(USA),SAE Inc.(平成7年(1995年)2月)SP-1072,記事番号9501062,表紙及び目次並びに275ないし278頁(甲21,22)カ 引用例6:特開昭49-44434号公報(甲17)キ 引用例7:Junichi KISHIMOTO外「SIMULATION OF NON-AZIDE GAS GENERANT FOR AUTOMOTIVE AIRBAG INFLATORS」 Proceedings of the Nineteenth International Pyrotechnics Seminar(New Zealand) South Pacific Information Services Ltd(平成6年(1994年))517ないし530頁(甲4)ク 引用例8:国際公開第96/23748号(国際公開日:平成8年8月8日。 甲6)ケ 引用例9:特表平8-501765号公報(公表日:平成8年2月27日。 甲2)コ 引用例10:特開平8-253092号公報(公表日:平成8年10月1日。 甲5)サ 引用例11:特開平4-265292号公報(甲7)シ 引用例12:特開平2-74442号公報(甲8)ス 周知例1:特開平6-227884号公報(甲28)セ 周知例2:工業火薬協會誌・第16巻第4冊(昭和30年12月)199ないし213頁(甲30)(2)なお,本件審決が認定した本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。 ア 一致点:ハウジング内部に含窒素有機化合物を燃料として含有する非アジド系ガス発生剤を収納し,前記非アジド系ガス発生剤から発生したガスがエアバッグへと通過する方向に複数の開口が設けられているガス発生器であって, 前記非アジド系ガス発生剤は,燃焼室内に配設され,前記複数の開口は,前記ハウジングに形成されているエアバッグ用ガス発生器イ 相違点(ア) 相違点1:本件発明1では,燃焼室がフィルタ手段によって画成され,ハウジングの外周壁と前記フィルタ手段との間には,環状のガス通路となる間隙が形成されているのに対して,引用発明1では,燃焼室は少なくともインナーウォール31によって画成された室を含み,フィルタ30は放出孔36の内側に隣接して設けられていて,容器21の外周壁とフィルタ31との間に間隙がない点(イ) 相違点2:ハウジングに形成された複数の開口は,本件発明1では前記非アジド系ガス発生剤の燃焼を制御するとともに前記ハウジングの最大内圧を制御する開口部であり,前記非アジド系ガス発生剤のガス発生量に対する前記複数の開口部の総面積を0.50ないし2.50cm2/mol,ガス発生器の作動時の最大内圧を100ないし300kg/cm2とするものであるのに対して,引用発明1では放出孔36であり,燃焼や最大内圧を制御するものであるかどうか不明であって,非アジド系ガス発生剤のガス発生量に対する前記複数の開口部の総面積を0.50ないし2.50cm2/mol,ガス発生器の作動時の最大内圧を100ないし300kg/cm2とする構成がない点(ウ) 相違点3:本件発明1では,ガス発生剤が中空円柱状であるのに対して,引用発明1では,ガス発生剤の形状が中空円柱状であるとの構成がない点4 取消事由(1) 相違点1についての判断の誤り(取消事由1)(2) 相違点2についての判断の誤り(取消事由2)(3) 相違点3についての判断の誤り(取消事由3)(4) 本件発明2ないし23の進歩性の判断の誤り(取消事由4) |
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当事者の主張
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,引用例3ないし5に示される周知技術を引用発明1に適用すれば,相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるとしたが,引用例3ないし5に示される周知技術を引用発明1に適用するについては,阻害要因があるばかりでなく,その動機付けもないから,相違点1についての本件審決の判断は誤りである。 (1) 阻害要因を看過した誤りについてア 引用発明1の主たる目的は,周囲温度から受けるガス発生剤収納空間(ガス発生剤が実質的に収納されている空間)への影響が少ないガス発生器を提供することであって,そのためには,燃焼開始後は,発生する高温ガスとその周囲との熱交換を少なくすることが重要であるとされている。そして,引用発明1は,その目的を達成するために,インナーウォールでガス発生剤収容空間を画成することによってガス発生剤が燃焼する空間(燃焼室)を限定し,当該空間の上下に断熱材を配設すること,及び,当該空間において発生する高温ガスを熱容量の大きい周囲の部材から熱的に隔離することによって,燃焼開始後は,発生する高温ガスとその周囲との熱交換を少なくしたものである。 それにもかかわらず,相違点1に係る本件発明1の構成を得ようとして,インナーウォールを,格段に熱容量が大きく冷却機能を有する引用発明3ないし5のフィルタ手段で置換して燃焼室を画成すれば,フィルタ手段の性質上,燃焼開始後に発生する高温ガスは,当該フィルタ手段に接触し,それを通過することにより大量の熱交換が生じ,そのことによりガス発生剤収納空間が周囲温度の影響を大きく受けてしまうことになり,上記の引用発明1の目的に反する結果となってしまう。 イ また,引用発明1においては,周囲からの熱の授受を少なくして燃焼させると,自己完結的な燃焼が可能になるとするが,これは,非アジド系ガス発生剤の燃焼機構(気相反応)は,アジド系ガス発生剤の燃焼機構(固相反応)とは異なり,燃焼により発生する高温ガスの輻射熱をガス発生剤表面で受熱することで,発生した高温ガスの熱の一部がガス発生剤の未燃焼表面へフィードバックされ,それにより未燃焼部分を分解・気化させ,燃焼可能な状態にすることで,自己完結的な燃焼が継続することが可能になることを示している。 ところが,燃焼開始後に発生する高温ガスが周囲との熱交換によって冷やされることになれば,熱のフィードバックが減少し,その結果,ガス発生剤の未燃焼部分の分解・気化も不十分となり,自己完結的な燃焼の持続ができなくなる。 ウ したがって,自己完結的な燃焼を可能にするためには,燃焼により発生する高温ガスが冷やされないように,周囲からの熱の授受を少なくすることが必要であって,この点からも,フィルタ手段で燃焼室を画成することを引用発明1に適用することは,引用発明1の目的に反することとなるものであって,引用発明1に引用例3ないし5に示された周知技術を適用することには阻害要因がある。 (2) 動機付けの判断を看過した誤りについて引用発明1においては,放出孔の内側に隣接してフィルタが設けられているのであるから,それにもかかわらず,インナーウォールをフィルタに置換して,さらにフィルタを追加する動機付けがない。 しかしながら,本件審決は,この動機付けの有無について判断することなく,容易想到性を認めているのであって,その判断は誤りというべきである。 なお,被告が主張する小型軽量化の動機付けは,本件審決が認定していない事情である。 〔被告の主張〕本件審決には,原告の主張するような阻害要因及び動機付けの判断を看過した誤りはない。 (1) 阻害要因を看過した誤りについてア 引用発明1は,ガス発生器全体のうちで熱容量が大きなガス発生器用容器とガス発生剤との間を断熱するために,外側室の上下に断熱部材を設けるというものであって,インナーウォールでガス発生剤収容空間を画成することによってガス発生剤が燃焼する空間(燃焼室)を限定することは,引用発明1の必須の構成ではなく,阻害要因があるとの原告の主張は,前提として誤っている。 イ また,引用例1には,インナーウォールの熱容量がフィルタ手段の熱容量よりも格別に小さいものでなければならないことをうかがわせる記載もない。 ウ 原告は,引用発明1のインナーウォールが燃焼室を画成しているといえるのは,当該インナーウォールに設けられたオリフィスにガス発生剤からの燃焼ガスが殺到することにより,同インナーウォールがガス発生剤からの燃焼ガスを実質的に受け止めるからであると主張するようである。しかし,同主張によると,本件発明1のフィルタ手段によって画成された燃焼室内でも,フィルタ手段がガス発生剤からの燃焼ガスを実質的に受け止めることになり,当該フィルタ手段がガス発生剤の燃焼を制御することになってしまい,相当に圧力損失が高いフィルタ手段となり,本件発明1におけるガス発生剤の燃焼を制御する複数の開口部とは相容れない結果となるところ,そのような矛盾する結果とならないようにすると,本件発明1のフィルタ手段は単にガス発生剤を物理的に仕切る機能を有するだけのものとしか解しようがない。 したがって,その程度の機能を有するにすぎないフィルタ手段によって燃焼室を画成することに特段の阻害要因を見いだすことはできず,相違点1程度のことは,周知慣用技術の範囲内として容易想到であるということができる。 (2) 動機付けの判断を看過した誤りについて相違点1に係る本件発明1の構成については,本件訂正により付加されたものであるところ,同構成による各別の作用効果等は本件明細書に記載されていないのであって,これらの構成も周知慣用技術から予測される範囲内であるということができる。 したがって,引用発明1のガス発生器を引用例3ないし5に記載の周知のガス発生器のとおりに置換することは,周知技術の範囲内の変更ということができる。 なお,引用例1に記載されるように,ガス発生器の小型化及び軽量化という課題が存在している下で,引用例5に記載されたような周知のガス発生器の構造を適用する動機付けも存在するということができる。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,ガス発生剤の種類にかかわらず,開口面積を変えることによって燃焼内圧を制御し,そのことで燃焼を制御することは,当業者において周知の事項であるとした上で,引用発明2から,開口部総面積の比が作動時の最大内圧を決定する指標となり得るとし,引用発明1において,開口部の総面積を特定することは容易に想到することができるとしたものであって,その判断は誤っている。 (1) 周知事項の認定の誤りについてア 本件審決は,周知事項として引用例2,4,6,7及び12を引用しているが,引用例4ではアジド系ガス発生剤が使用されており,また,引用例6にはガス発生剤の種類の記載はなく,引用例2には,非アジド系ガス発生剤を用いるガス発生器においては,開口面積を変えることによって燃焼圧力を制御して燃焼を制御することは困難であることが開示されている。 非アジド系ガス発生剤を用いたガス発生器においては,引用例2のように,当業者において,開口面積が燃焼を制御する要因であるとは認識していなかった。開口面積が,燃焼内圧の決定要因として周知であるからといって,燃焼の制御要因としても周知であることになるものではない。 イ 燃焼内圧を決定する要因は多種多様である。引用例7には,開口面積が燃焼内圧を制御する要因となることは開示されておらず,むしろ,ガス発生剤の初期表面積や燃焼速度という他の要因が制御要因となり得ることが示されている。また,引用例2のほか,引用例12によっても,非アジド系ガス発生剤を用いるガス発生器において,開口面積による燃焼内圧の制御が困難であることが示されている。さらに,引用例4には,ガス発生器の燃焼内圧には,ガス排出口のみでなく,フィルタ,支持板のガス流出孔,圧力調整空間,ガス導入管,ディフューザ,その中に設置されるかもしれないフィルタ等の複数の構成要素や付加的部材の各圧力損失が関与しているものと解されることが開示されており,引用例6には,開口面積ではなく,ガス発生剤の全表面積を大きくすることで,燃焼内圧を制御することが開示されている。 これらの開示によると,本件特許出願時においては,非アジド系ガス発生剤を用いたエアバッグ用ガス発生器においては,開口面積によって燃焼内圧を制御することは困難であるとするのが技術常識であったというべきである。 (2) 引用発明2の認定の誤りについてア 本件審決は,引用発明2について,開口面積によって燃焼内圧を制御することが周知の技術であることを前提とした上で,破裂板がすべて破れた後,ハウジング開口部(面積)によって最大内圧が制御されると判断した。 イ しかしながら,上記 のとおり,開口面積によって燃焼内圧を制御することが周知の技術であったとすることはできない。 加えて,引用発明2は,ガス発生剤からのガスの通過する方向に対して,順に破裂板と同破裂板が接する開口部とが設けられる構成とし,破裂板の破壊圧力を厳密に設定することによって,燃焼速度が周囲温度によって影響される非アジド系ガス発生剤であっても,危険のない燃焼速度を保ち,極めて安定した燃焼が得られるように制御しようとするものであり,開口面積による燃焼制限を断念し,それに代えて破裂板制御構造を提案したものであって,破裂板がすべて破れた後は圧力制御ができないことになる。 また,引用発明2の表6に示されるガス発生量に対する開口部総面積の記載も,破裂板と同破裂板が接する開口部とが設けられている構成において,破裂板の破裂圧力(引っ張り強さ)を厳密に設定することによる作動圧力下において得られたものであって,一体であるべき破裂板と同破裂板が接する開口部とを切り離して,開口部総面積の比が作動時の最大内圧を決定する指標となり得るとする本件審決の判断には,引用発明2の本質を看過した誤りがある。 さらに,引用発明2においては,その最大内圧値は,破裂板の破裂圧力(引っ張り強さ)を設定することによって決定されるもので,破裂板が破裂して開口(開孔)する当該開口部の面積は,当該破裂板制御に関係するものではなく,最大内圧とは関係がない。破裂板制御では,所定の破裂圧力(最大内圧)において破裂板が破裂するため,破裂により開口した開口面積は,適正な開口面積を超えて,必ず過大な開口面積となってしまうことから,このような過大な開口面積により破裂板が開口した後の燃焼内圧が制御できないことになる。破裂板制御による引用例2の表6に記載の開孔率も,実際には燃焼内圧を制御し得ないほどに過大となっていると考えられ,このような再現性のない記載が何らかの指標となることは考えられない。 (3) 開口部の総面積の特定が容易想到とした判断の誤りについてア 本件審決は,引用発明1において,その最大内圧の所定範囲を,引用発明8の数値を含むとともに格別の臨界的意義も認められない「100ないし300kg/cm2」とし,ガス発生量に対する開口部の総面積を「0.50ないし2.50/cm2/mol」に特定したことも,試行錯誤により当業者が容易に想到し得たとした。 イ しかしながら,引用例8の表5には,本件発明1の100ないし300kg/cm2の範囲内である102,122,190kgf/cm2以外にも,100kg/cm2未満の内圧が多数開示されているものであって,本件発明1の100ないし300kg/cm2の数値範囲の特定やその効果(燃焼が安定化されること)について開示や示唆があるとすることはできない。また,本件発明1の100ないし300kg/cm2という数値範囲が非アジド系ガス発生剤の開口部制御において必要となる要件は,本件発明1の他の要因と有機的な関係において非アジド系ガス発生剤を安定燃焼させるという意味において各別な値なのであって,主として燃焼ガス中の有毒成分を低減化できるような燃焼触媒を含ませた非アジド系ガス発生剤の発明であって,安定燃焼と所望の時間内での完全燃焼を意識したものではない引用発明8の数値が,上記意味を開示しているものではない。 さらに,本件発明1のガス発生量に対する開口部の総面積についての0.50ないし2.50cm2/molとの数値は,他の要件と相まって非アジド系ガス発生剤の安定燃焼をもたらすための要件として初めて見いだされたものである。引用発明1の単なるガス放出孔に,何れの引用例にも開示されていない0.50ないし2.50cm2/molの条件を付与して本件発明1のように構成することが当業者にとって容易に想到できたということはできない。 ウ したがって,引用発明8を引用発明1に適用する動機付けがなく,仮に適用しても,本件発明1の100ないし300kg/cm2の数値範囲の特定やその効果(燃焼が安定化されること)を導くことはできず,さらに,ガス発生量に対する開口部の総面積を本件発明1の範囲(0.50ないし2.50cm2/mol)に特定することは試行錯誤により当業者が容易に想到できるものでもなく,本件審決の判断には誤りがある。 〔被告の主張〕本件審決は,開口部の総面積を特定することは容易に想到することができるとしたが,その判断に原告の主張するような誤りはない。 (1) 周知事項の認定の誤りについてア ガス発生剤を燃焼させる際,必要な燃焼速度を得るためにガス発生剤に応じた所定の内圧(r=kPn)が必要であることは周知であって,当該燃焼速度と内圧の関係を把握する際に,「ガス発生剤の種類にかかわらず」とした本件審決の認定に誤りはない。 イ 原告は燃焼内圧を決定する要因は多種多様であるとするが,本件発明1は,多種多様にわたる燃焼内圧を決定する要因のうちから,開口部総面積という要因のみを特定しているにすぎないものであるから,本件審決が,そのような本件発明1との対比・判断を行うに際して,開口面積が燃焼内圧を決定する要因であることは周知との技術事項を認定したことに誤りはない。 (2) 引用発明2の認定の誤りについて本件審決は,引用例2の記載において,ガス発生量に対する開口部総面積の比が小さい場合には,破裂板がすべて破れた後も流路抵抗によってさらに内圧が上昇すると解され,その後は,ハウジングが破壊しない限り,開口部総面積によって決まる最大内圧に達し,ガス発生量がピークを越えるとともに低下していくこととなるのは当業者であれば容易に理解し得るとし,ガス発生量に対する開口部総面積の比が燃焼内圧を決定する要因であるとの周知技術の存在が裏付けられることを指摘しているものであって,本件審決の判断に誤りはない。 また,引用例2の表6には,ガス発生剤の薬量を20ないし25gの間で変化させた場合に,薬量が増え,ガス量が多くなってガス圧が増加することに応じて,順次開孔面積(開口部総面積)が増大しており,開口部総面積と最大内圧制御に相関があることが開示されている。 (3) 開口部の総面積の特定が容易想到とした判断の誤りについて本件明細書によっても,本件発明1の「100ないし300kg/cm2」なる数値限定に対して臨界的意義などを見いだすことはできず,そして,引用例8には,本件発明1の上記範囲内に相当する102,122,190kgf/cm2の最大内圧が通常の設定値であることが示されており,引用発明1の数値範囲が当業者により適宜設定され得るものとした本件審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,引用例8及び周知例1を挙げ,ガス発生剤として中空円柱状のものが周知であるから,引用発明のガス発生剤として中空円柱状のものを選択することは当業者が適宜行い得たことであり,引用発明のガス発生剤として中空円柱状のものを選択した際に円盤状等の無孔状のものに比して,燃焼が進行しても全体の表面積の変化が少ない効果が得られることも周知技術2から当業者が容易に予測し得たことであるとしたが,その判断は誤っている。 (1) 本件発明1の技術思想について本件発明1は,非アジド系ガス発生剤を安定燃焼させるという課題を解決するために,ハウジングに形成された開口面積によって,ハウジングの最大内圧を制御するものであるところ,これに中空円柱状の非アジド系ガス発生剤を用いる構成として,ガス発生量に対する前記複数の開口部の総面積を0.50ないし2.50cm2/mol,ガス発生器の作動時の最大内圧を100ないし300kg/cm2との構成との関係において特有の作用効果を得るものであって,それによってもたらされる作用効果については,いずれの引用例に記載も示唆もない。 (2) 引用例・周知例の技術的意義についてア これに対し,引用発明1は,周囲温度から受けるガス発生剤収納空間への影響を少なくして,所定の範囲の燃焼速度を得ることを可能にするガス発生器を提供しようとするものであって,発明の課題解決に当たり,ガス発生剤の形状に依拠する作用効果は何ら考慮されていない。 イ また,引用例8及び周知例1には,エアバッグ用ガス発生剤の形状として,中空円筒状の記載はあるが,引用発明8は,非アジド系ガス発生剤の好ましい諸特性を保持したまま,燃焼により生成するガス中のCO及びNOXの両方の濃度を著しく低減化するという課題を解決しようとするものであって,ガス発生剤の形状は特に制限されておらず,周知技術1も,非アジド系の含窒素有機化合物とオキソハロゲン酸塩又は硝酸塩とからなるエアバッグ用ガス発生剤を用いることを特徴とするものであるが,ガス発生剤の形状は,特に制限されておらず,いずれも,本件発明1の各構成要素と中空円柱状のガス発生剤の形状との組合せによる作用効果については全く気付いていないのであって,単にガス発生剤の形状を列挙しているものにすぎない。 ウ さらに,周知例2には,銃砲類の発射薬における形状について,円管状の形状を含む種々の形状が従来から知られていたことが示されているが,周知技術2は,発射薬の形状函数とその性能との関係を論じるものであって,エアバッグ用ガス発生器とは技術分野を異にするだけでなく,瞬間的な爆発燃焼で超高圧下を発生する発射薬と,それよりも低圧で比較的ゆっくり燃焼しガスを発生させるエアバッグ用ガス発生剤とでは,解決課題・目的等が自ずと異なるから,必ずしも一方の技術がそのまま他方に転用できるようなものではない。 (3) 本件発明1の容易想到性について以上によると,本件発明1を得ようとして,本件発明1と解決課題及び解決手段が基本的に相違する引用発明1に,引用発明1と解決課題及び解決手段が相違している引用発明8,周知技術1及び2を組み合わせる合理的理由を見いだすことはできない。 また,本件発明1の中空円柱体という構成と最大内圧の要件及びAt/ガス量の要件の組合せとによって特有の効果が得られることは,公知文献等には記載も示唆もない。したがって,中空円柱状の非アジド系ガス発生剤の形状が仮に周知であったとしても,0.50ないし2.50cm2/molに基づく開口部による100ないし300kg/cm2の最大内圧の制御との組み合わせにおいて非アジド系ガス発生剤を安定に燃焼させ,それによりCOガスの発生量を低減させるという当業者の予測を超えた際だった効果を奏するといえる。このような組合せに進歩性が認められるべきである。 〔被告の主張〕本件審決は,本件発明1において中空円柱状のガス発生剤を用いることが容易想であるとしたが,その判断に原告の主張するような誤りはない。 (1) 本件発明1の技術思想についてア 本件明細書には,ガス発生剤が中空円柱体であることから,燃焼が進行してもガス発生剤全体の表面積が余り変わらないとの事項以外,中空円柱状とすることの効果について具体的に記載しておらず,他方,ガス発生剤は,ペレット状,ウエハー状,中空円柱状,多孔状又はディスク状等の適当な形状において使用されるとして,本件発明1の作用効果との関係では,ガス発生剤の形状につき限定されないことが明言されている。 イ また,ガス発生剤全体の表面積が余り変わらないとの効果は,相当に長い中空円柱状(長管状)のガス発生剤のみについていうことができるものであって,本件発明1のように,燃焼が進行してもガス発生剤全体の表面積が変わらないと特定されているものではない,本件発明1のような中空円柱状のガス発生剤の全般に対して適用できるような技術的事項ではない。 (2) 引用例・周知例の技術的意義についてア 引用発明8は,非アジド系ガス発生剤に関するものであり,また,ガス発生器に関するものであるから,本件明細書においても上記 のとおりの数ある選択肢の1つとしてしか開示されていない程度のものである本件発明1の中空円柱状のガス発生剤について,引用発明1と引用発明8とを組み合わせて,本件発明1の相違点3を想到することは容易であり,このことは,周知技術1についても同様である。 イ また,本件審決は,周知例2の記載によると,火薬片の燃焼が形状によって左右されること,無孔状の円盤や長円柱状の火薬片に比して,有孔状の中空円筒状や中孔方形状の火薬片の方が,燃焼が進行しても全体の表面積の変化が少ないことが解され,火薬片の燃焼と形状の関係が,引用発明1におけるガス発生剤の燃焼と形状の関係にも該当するとしたものであって,周知例2に記載された鉄砲の発射薬をエアバッグに適用するのが容易としたものではなく,本件審決の判断に誤りはない。 (3) 本件発明1の容易想到性について相違点3に係る中空円柱状が,出力性能のバラツキやCOガスの発生に格別な関連を有するものであるなどとは,本件明細書の記載に開示又は示唆がない。 そもそも,非アジド系ガス発生剤の形状を中空円柱状とすればCOガスの発生が抑制されるなどという効果は事実として確認されておらず,原告の主張は失当である。 4 取消事由4(本件発明2ないし23の進歩性の判断の誤り)について〔原告の主張〕取消事由1ないし3のとおりの誤った判断に基づいて本件発明2ないし23に進歩性がないとした本件審決の判断も誤りであって,取消しを免れない。 〔被告の主張〕原告が主張する取消事由1ないし3のいずれも理由がないから,取消事由4も理由がない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について原告は,引用例3ないし5に示される周知技術を引用発明1に適用するについては,阻害事由があるばかりでなく,その動機付けもないと主張するので,以下,検討する。 (1) 引用発明3の内容ア 引用例3の考案の詳細な説明には,次の記載がある。 ?金属シート状のハウジングを含むエアバッグインフレータについて,基板及び内外部の各側壁間に形成されたクリンプ成形による接合部を採用し,強力で,軽量かつ低価格のハウジング又はキャニスタを提供することなどを目的とするものである。?図1及び2との関連での考案の実施の形態として,内部側壁には複数個の点火ポートが形成され,この点火ポートは点火室とその外周を包囲する環状の燃焼部と濾過器を含む組合せ室との間を直接連通している。ガス発生物質は組合せ室の内方部分に環状の塊として配置され,外部側壁の内側面に隣接して設けた外側の環状ガス濾過器により包囲される。?濾過器は,ハウジング内で発生した加熱燃焼生成物を受け取るため大面積の円筒形状の内方表面又は入口面を有するとともに,ポート付き外部側壁のディフューザ排出ポートと対面関係にある外部表面を有している。 ディフューザ壁ポートは粘着材を施した薄い密封テープにより封鎖遮断され,作動前のインフレータの寿命期間中に外部汚染物の侵入が防止され,密封テープは,インフレータの活動が開始されたとき規定のガス圧力により容易に裂壊する。濾過器の上部及び下部の環状端面は頂壁の下面並びに基板の上面に対しそれぞれ一対の柔軟な環状密封リング又はガスケットにより封止され,ガス濾過器の上部及び下部の環状端面まわりの加熱ガスの噴き洩れ現象を防止する。 イ また,引用例3の図1,2には,フィルタ手段に相当する環状ガス濾過器と,ガス排出用ディフューザーポートが設けられたハウジングの外周壁に相当する外部側壁間に,隙間が形成されている様子が示されており,ガス発生物質が燃焼して発生したガスは,この隙間を通過してガス排出用ディフューザーポートから排出されることが示されている。 ウ 以上によると,引用発明3は,軽量かつ低価格のハウジングを提供することを課題とし,ガス発生剤をフィルタ手段によって画成された燃焼室内に配設して,ハウジングの外周壁とフィルタ手段との間に,ガス通路となる間隙を形成した構成のものであると認められる。 (2) 引用発明4の内容ア 引用例4の発明の詳細な説明には,次の記載がある。 ?引用発明4は,例えば,自動車の乗員保護用エアバッグ装置のガス発生器に用いられる冷却捕集フィルタ及びそれを用いたガス発生器に関するものであって,ガス発生剤の燃焼により生成するガスを冷却しすぎたり,燃焼残渣の排出を増加させたりすることなく,確実に,ガスを冷却,濾過することができるとともに,構造を簡易なものとし,製造コストの低減を図ることができることを課題とするものである。?その実施例として,図1に示すように,ハウジングはアルミニウム又はスチールにより円筒状に形成され,その一端が開口されるとともに,他端は縮径されてガス排出口が形成されている。多数のガス流出孔を有し,強度のあるアルミニウム又はステンレススチール製の支持板がハウジング内の他端側にハウジングに設けられた係止部に係止されている。?燃焼室はハウジング内においてキャップと支持板との間に形成され,キャップ側にはガス発生剤が収容され,支持板側には冷却捕集フィルタが収容されている。?支持板は冷却捕集フィルタを支持し,フィルタがガス圧により変形するのを防止するとともに,ガス排出口との間に圧力調整用空間を形成している。?この圧力調整用空間は,冷却捕集フィルタの外周部までガスの流通を可能とし,フィルタを均一に利用できるようにする。?燃焼ガスの圧力は,縮径されたガス排出口で決定され,燃焼室と圧力調整用空間との間では圧力がほぼ同等となり,フィルタを通過するガスの流出速度が抑制されて,固体残渣がガス圧によりフィルタから押し出されることが防止される。?ガス発生剤は,従来より知られているものはすべて使用されるが,例えばアジ化ナトリウムに代表されるアルカリ金属やアルカリ土類金属と金属酸化物との組合せよりなるものが使用される。 イ 以上によると,引用発明4は,構造を簡易なものとし,製造コストを低減することを課題とし,ガス発生剤を冷却捕集フィルタで画成された燃焼室内に配設して,ハウジングの開口部との間にガスの通路となる圧力調整用空間である間隙が形成されているものであると認められる。 (3) 引用発明5の内容ア 引用例5には,次の記載がある。 ?先進的な非アジド系ガス発生剤の無毒性という特性によって,運転席側エアバックのインフレータは小型化でき,構造が簡素で一体化された低圧のフィルタが使用される。?インフレータの設計はトロイド形状であり,プレス成型された3つのステンレス鋼が互いに溶接されて圧力容器を形成するものからなり,点火器具は所定の位置にクリンプ止めされている。システムのフィルタは,単純なコンポーネントとして設計され,アジド系インフレータにおいては,典型的である複雑な多段フィルタ・アセンブリとは異なっている。?作動時,ガス発生剤からのガスはフィルタを通り,比較的に直線的な経路を通ってインフレータから出ていくので,2msといった速い初発ガス時間を得ることができる。 イ また,引用例5の図1には,フィルタと認められる縦縞部分が圧力容器との間に間隙をもって配置され,その内側にガス発生剤が設置された様子が描かれている。 ウ 以上によると,引用発明5は,構造が簡素で一体化された小型のガス発生剤をフィルタ手段によって画成された燃焼室内に配設して,ハウジングの外周壁とフィルタ手段との間に,ガス通路となる間隙を形成した構成を有する小型のインフレータであると認められる。 (4) 引用例3ないし5に示された技術の周知性上記の(1)ないし(3)のとおりの引用発明3ないし5によると,いずれも,エアバッグ用のガス発生器において,構造を簡易化・軽量化することを課題とし,ガス発生剤が配設された燃焼室をフィルタ手段で画成すること,ハウジングの外周壁とフィルタ手段との間にガス通路となる間隙を形成した構成とすることを技術的思想とするものであって,引用例3ないし5の公開時期からして,引用例3ないし5に示された技術は,本件発明の出願前から,既に周知であったと認めることができる。 (5) 引用発明1の内容ア 引用例1の明細書には,次のとおりの記載がある。 ?引用発明1は,周囲温度から受けるガス発生剤収納空間(ガス発生剤が実質的に存在している空間)への影響が少ない乗物に使用されるエアバッグ用ガス発生器を提供し,そのことによって,ガス化率の高いガス発生剤の使用を可能とし,ガス発生器の小型化及び軽量化を達成できるガス発生器を提供し,また,燃焼時の発熱量が少ないガス発生剤の使用を可能にするガス発生器を提供しようとするものである。?ガス発生器は,中央室,同中央室との連通部を有して同中央室を囲む環状の外側室,エアバッグを膨脹させるために同外側室からガスを放出する放出孔とを有する短円筒形の容器,上記環状の外側室に収納されたガス発生剤,同ガス発生剤を燃焼させるために同中央室に収納された点火手段,同外側室内のガス発生剤と容器とを断熱するために,少なくとも同外側室内の上方及び下方の双方又はいずれかに設けられた断熱部材とを備えているものである。?ガス発生剤の燃焼が周囲温度の影響を受けにくくなると,周囲温度からの影響を考慮してガス発生剤を選ぶ必要がなく,ADCA(アゾジカルボンアミド)やTAGN(トリアミノグアニジンナイトレート)等のようにガス化率の高い非アジ化ソーダ系のガス発生剤を使用することも可能になる。ガス化率の高い非アジ化ソーダ系のガス発生剤としては,含窒素化合物をガス発生成分とし,硝酸塩を主成分とする酸化剤とを組み合せたものがある。?ガス発生器の作動としては,スクイブが発火し,着火剤が燃焼して発生した高温ガスが,オリフィスを通って吹き出し,ガス発生剤を収容するガス発生剤カップを突き抜け,ガス発生剤を着火させる。同ガス発生剤が燃焼することで発生する大量のガスは,インナーウォールのオリフィスを経てフィルタに至り,さらに,フィルタ-によって,必要に応じてガスに含まれるスラグが除かれて放出孔から図示されないエアバッグ内へと放出されることになる。?環状のガス発生剤カップは,ガス発生剤容器内で筒体を取り巻くように収納されており,ガス発生剤カップの外周側側面と容器の側面の内面部分との間に,クーラントもフィルタもないガス滞留空間が形成されていて,同ガス滞留空間は,ガス発生剤カップからのガスを放出孔に向かって均等に配分するための空間となっている。?容器の内側の側面にラプチャー(rupture sheet)を兼ねる断熱部材が放出孔を塞ぐように設けられており,黒鉛シートのような可撓性を有する断熱部材シートをラプチャーに使うと,このラプチャーは,内部の圧力に応じて順番に破れていき開口面積を増やしていくため,放出孔を塞ぐ断熱部材の厚み等で内圧調整が可能になる。?引用発明1のガス発生器は,ガス発生剤収納空間の周辺,すなわちガス発生器の容器の外側室内の少なくとも上方及び下方の双方又はいずれかに断熱部材を配置することによって,周囲温度から受けるガス発生剤収納空間への影響を少なくして,所定の範囲の燃焼速度を得ることを可能とし,そのため,周囲温度からの影響を考慮してガス発生剤を選ぶ必要がなくなり,さらに,ガス化率の高いガス発生剤等を選ぶことができることから,ガス発生器の小型化及び軽量化を達成できる。 イ 以上によると,引用発明1は,ガス発生器の小型化及び軽量化を課題とし,ガス発生剤の燃焼速度が周囲温度に影響されないように断熱部材を設けたエアバッグ用ガス発生器であって,インナーウォールによって画成された非アジド系ガス発生剤が配設される燃焼室の上下に断熱部材を備え,非アジド系ガス発生剤から発生したガスがエアバッグへと通過する方向に複数の放出孔が設けられているものであって,上記のガス発生剤の燃焼速度が周囲温度に影響されないように断熱部材を設けるとの構成を採用することによって,周囲温度から受けるガス発生剤収納空間への影響を少ないものとして,ガス化率の高い非アジ化ソーダ系のガス発生剤の使用を可能とするものであり,また,開口面積によって内圧調整が可能とされるものと認められる。 (6) 上記(5)の引用発明1へ上記(4)の周知技術を適用することの可否エアバッグ用ガス発生器は,ガス発生剤をハウジング内で燃焼させ,燃焼残渣をフィルタで捕集しつつ,発生したガスをハウジング外に排出する必要があるものであるから,ハウジング内には,ガス発生剤を収容して燃焼室を画成する部材,フィルタを配置する必要がある。そして,これらを配置する形態として,引用発明1は,上記(5)のとおり,燃焼室を画成する部材としてインナーウォールを採用し,フィルタはハウジング外壁の放出口に設けられた構成とされているものであるが,これら配置については,引用発明1と同じく,エアバック用ガス発生器の技術であり,ガス発生器の簡易化・軽量化を課題とする,上記(4)のガス発生剤が配設された燃焼室をフィルタ手段によって画成し,ハウジングの外周壁とフィルタ手段との間にガス通路となる間隙を形成した構成とするとの引用例3ないし5に係る上記(4)の周知技術の適用を試みることは,当業者が適宜行う事項であるということができる。 したがって,引用発明1において,インナーウォールで燃焼室を画成するに代えてフィルタにより画成し,相違点1の構成を採用することは,当業者が適宜行う程度の事項と認められる。 (7) 原告の主張について原告は,引用発明1は,燃焼開始後に周囲との熱交換を少なくすることが重要とされて断熱材を燃焼室に配置したものであるにもかかわらず,相違点1に係る本件発明1の構成を得ようとして,インナーウォールを格段に熱容量が大きく冷却機能を有するフィルタ手段で置換して燃焼室を画成すると,高温ガスは,当該フィルタ手段に接触し,それを通過することにより大量の熱交換が生じることになってしまうから,インナーウォールをフィルタに置換することには阻害要因があるとし,また,引用発明1においては,ガスに含まれるスラグ除去のためのフィルタが既に存在しているにもかかわらず,インナーウォールを,格段に熱容量が大きく,冷却機能を有するような燃焼室を画成するフィルタ手段に置換して,さらにフィルタを追加する動機付けがないと主張する。 しかしながら,本件明細書には,「燃焼室外周には,発生したガスを冷却するクーラントや燃焼残渣を捕集するフィルタ…を配設することもできる。」(【0016】),「クーラント部材は,例えば平編の金網を半径方向に重ね,半径方向及び軸方向に圧縮する等により空隙構造を複雑なものとした場合には,優れた捕集効果をも有するので,冷却機能と捕集機能を兼ね備えたクーラント/フィルタ一体型のクーラント部材を構成して,フィルタ部材を省略することができる。」(【0017】)と記載されているように,フィルタは燃焼残渣の捕集機能を有するもの,クーラントは燃焼ガスの冷却機能を有するものとされており,本件発明1においては,このうちのフィルタ手段を用いることが特定されている。 したがって,本件発明1において,単にフィルタ手段を用いるとすることがそのまま燃焼ガスを冷却することにならないから,引用発明1において,インナーウォールの代わりにフィルタ手段を用いて相違点1に係るフィルタ手段を用いる本件発明1の構成とすることは容易想到であるということができ,引用発明1において,インナーウォールの代わりにフィルタ手段を用いることが阻害要因になるとはいえず,原告の主張は採用することができない。 また,原告は,引用発明1において,自己完結的な燃焼を可能にするためには,燃焼により発生する高温ガスが冷やされないように,周囲からの熱の授受を少なくすることが必要であって,この点からも,フィルタ手段で燃焼室を画成することを引用発明1に適用することは,引用発明1の目的に反することとなり,阻害要因があるとも主張するが,上記のとおり,本件発明1において,フィルタ手段の使用と燃焼ガスの冷却とは関係がなく,フィルタ手段を用いることがそのまま燃焼ガスを冷却することにはならないことを考慮すると,原告の主張は採用することができない。 さらに,機器の開発に当たって,従来から知られている周知技術の適用を試みることは,当業者が期待されている通常の創作活動の範囲内のことであるところ,上記のとおり,フィルタ手段を用いることがそのまま燃焼ガスを冷却することにはならないことや,引用発明1において,小型化及び軽量化を達成できるガス発生器を提供することが課題となっていることを考慮すると,引用発明1の構成に,エアバッグ用のガス発生器におけるガス発生剤が配設された燃焼室をフィルタ手段で画成するとの周知の配置形態を参考とし,インナーウォールをフィルタ手段に置換することは,エアバッグ用のガス発生器の開発に当たる当業者が期待されている通常の創作活動の範囲内のことであって,この点について動機付けがないとする原告の主張も採用することができない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について原告は,ガス発生剤の種類にかかわらず,開口面積を変えることによって燃焼内圧を制御し,そのことで燃焼を制御することが周知の事項であるとすることはできず,引用発明2から開口部総面積の比が作動時の最大内圧を決定する指標となり得ると認定することはできず,引用発明1において開口部の総面積を特定することが容易に想到することができるものではないと主張するので,以下,検討する。 (1) 引用発明2及び周知事項の認定の誤りについてア 引用発明2の内容(ア) 引用発明2の明細書には,次の記載がある。 ?収納されたガス発生剤の燃焼速度をガス発生器の容器(ハウジング)等の周囲温度に影響されずに適切な所定範囲内に保つことができるガス発生器について,従来技術のバッグの外にガスを逃がすガス発生器やガス出口の開口面積を自動的に増大させるガス発生器は,無機アジ化物を除く含窒素化合物と酸化剤を組み合わせる非アジド系ガス発生剤の場合には期待通りの効果が得られないという問題点があった。?一般に火薬の燃焼速度rは,r=kPnで示され(kは定数,Pは圧力,nは圧力指数),非アジド系ガス発生剤の場合は,アジ化ナトリウムを主成分としたガス発生剤と比較してnが0.4〜1.0と大きいため,燃焼速度に対する圧力の影響が大きい。?無機アジ化物を除く含窒素化合物と酸化剤を組み合わせる非アジド系ガス発生剤の場合は,燃焼速度の周囲温度による影響が大きい。?そのため,バッグ外にガスを逃がすガス発生器の場合,ガスを逃がすために十分な開口面積がとれず,圧力降下の程度が不足する。ガス出口の開口面積を自動的に増大させるガス発生器でも,開口面積の増大が圧力上昇に追いつかず,圧力降下の程度が不足したり,間口面積が増大しすぎて燃焼速度が低下したりする。他方,高温では異常な圧力増加によるバッグの破れ,あるいはガス発生器の容器破壊も起こり得る。高温対策の為に極端に開口面積を大きくすると,低温の場合ではバッグ展開の遅れが生じる。?したがって,非アジド系ガス発生剤をガス発生器に使用する場合は,バッグ展開の遅れがあってはならないため,高温時には燃焼速度が早くなってガス圧が高くなりがちであり,バッグ外にガスを逃がすという対策やガス出口の開口面積を自動的に増大させるという対策を施したとしても,ガス発生器の容器の構造を圧力増大に耐え得る非常に堅固なものにしなければならず,その結果,ガス発生器が重くなるとともに大型化してしまうとの課題があった。?そこで,引用発明2は,内部にガス発生剤を収納し,このガス発生剤からのガスの通過する方向に対して,順に破裂板と同破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器とし,ガス発生剤が無機アジ化物を除く含窒素化合物を含む燃料と酸化剤の組合せであっても,破裂板の破裂圧力(引っ張り強さ)を厳密に設定することによって,ガス発生剤の燃焼速度を極めて安定して制御できることを見いだしたものである。?具体的には,破裂板の引張り強さをA〔kgf/cm2〕,破裂板の厚みをt〔cm〕,破裂板が接する開口部の円相当径をD〔cm〕としたとき,破裂板の厚みtと開口部(ディフューザー)の円相当径Dの関係につき「t=(B×D)/A,但し,B=8〜40」を充足するようにする。こうすることによって,破裂板の破裂圧力を100〔bar〕以下の所定値に厳密に制御でき,圧力依存性の高い非アジド系ガス発生剤を適切に燃焼させることができ,その結果,ガス発生器の内圧を例えば100〔bar〕以下の所定値とし,ガス発生器の小型化を図ることが可能になるとともに,-40℃ないし+85℃の広範囲の周囲温度で特性の変化が少ないガス発生器を得ることができる。?しかし,開口部の円相当径Dが極端に小さい場合には,ガス発生器内のガス圧が高くなりすぎるという不都合が生じるため,標準状態(273゜K,1気圧)でのガス発生量に対する開口部総面積が,0.143〔cm2/リットル〕以上とすることが望ましい。開口部総面積が0.143〔cm2/リットル〕未満であると,開口部での流路抵抗によるガス圧の増加によって,破裂板によるガス圧の制御が有効でなくなる。この0.143〔cm2/リットル〕という数字は,種々の非アジド系ガス発生剤の燃焼実験に基づいて求められた。?可撓性を有する破裂板にすると,ガスが通過する開口部の内径にフィットし,気密性を保つことも容易にでき,一斉破裂ではなく,撓みの微妙な差によって順次破裂となって所定のガス圧制御が行いやすくなる。このような非金属材料による破裂板としては,黒鉛シート,セラミックシート,フィラー入りの耐熱プラスチックのシート等がある。特に黒鉛シートは一定厚みのものが手に入り易く,高融点かつ可撓性を有しており,好ましい。?引用発明2に適用されるガス発生器は,内部にガス発生剤を収納し,このガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と同破裂板が接する開口部とが設けられているものであればよい。?ガス発生剤の薬量を20ないし25gの間で変化させた場合の開口部の開口率の変化を示した表6によると,薬量が増え,ガス量が多くなってガス圧が増加すると,ガス圧に応じた細かい開口面積の増大が達成された。 (イ) 以上によると,引用発明2は,従来,非アジド系ガス発生剤を使用する場合については,燃焼室内圧の増加に伴って燃焼速度が大きく上昇するため,バッグ外にガスを逃がすための十分な開口面積が採れず,また,圧力を制御するために出口の開口面積を自動的に増大させるガス発生器の場合,面積を増大する速度の最適化とそれによる圧力の調整が難しく,燃焼速度が必ずしも期待どおりにならなかったが,破裂板の条件を設定することにより,開口による圧力の制御を行って,非アジド系ガス発生剤の燃焼速度を極めて安定して制御することができるようにしたものであると認められる。 イ 引用発明6の内容(ア) 引用例6の発明の詳細な説明には,次の記載がある。 ?自動車のエアバッグを事故時に展開させるためのガス発生装置について,燃焼室内の圧力を高くすればする程,ガス発生剤は迅速に燃焼し,それだけ早くガスを発生させることができ,それだけ早くエアバッグを展開させることが可能となるので,燃焼室内の圧力は高く設定する方がよいことになる。そのためには,第2の円筒体の多数の孔4’の全面積Atを小さくするか,またはガス発生剤の全表面積Abを大きくすればよいが,孔を小さくすることは流出ガス量を少なくすることになり,バッグ展開速度の点で好ましくない。?第1,第2の円筒体間に形成される燃焼室内の耐圧強度を燃焼圧力以上の高圧力に設定しておけば,ガス発生剤を迅速に燃焼させて速やかにガスを発生させ,第2の円筒体の多数の孔より流出させることができる。 (イ) 以上によると,引用発明6は,多数の孔がガス発生剤の燃焼速度の制御要因となっており,燃焼室の圧力が高いほどガス発生剤の燃焼速度は増加し,多数の孔の全面積を変えることにより,圧力を調整できるものであると認められる。 なお,引用例6には,「孔4’を小さくすることは流出ガス量を少なくすることになり,バッグ展開速度の点で好ましくない。」との記載があるが,これは孔の面積が小さすぎるとエアバッグを膨張させるための排出ガスが少なくなるので,留意する必要があることを指摘したものであって,燃焼内圧を高めれば燃焼速度が上昇すること,開口面積を小さくすることにより燃焼内圧を高めることが記載されているのだから,引用発明6において,孔の面積が制御因子となることが否定されているわけではない。 ウ 引用発明7の内容(ア) 引用例7には,次の記載がある。 ?自動車用エアバッグに用いられる非アジド系ガス発生剤(アジゾカルボンアミド:ADCA)の計算解析の結果として,非アジド系ガス発生剤を用いたインフレータは,アジ化ナトリウム系ガス発生剤を用いたものより軽く,小さく,コストを下げる設計が可能かもしれないことを確認した。?一定容積の燃焼室内において,ガス発生剤の燃焼に伴い高温のガスは即座に発生し,その後,燃焼室内の圧力が増加する。発生したガスは,ノズルと一定の抵抗を持つフィルタを通って,インフレータモデルの密閉タンクへと流れる。?ガス発生剤の重量が同じであれば,燃焼室圧力とタンク圧力とは,ガス発生剤の初期表面積と線燃焼速度に比例する結果となる。燃焼室圧力は,ガス発生剤の初期面積と燃焼速度との増加により上昇する。これは,結果として単位時間当たりのガス発生量が増加したためである。 (イ) 以上によると,引用発明7は,エアバッグに用いられる非アジド系ガス発生剤を用いるもので,燃焼圧力が,ガス発生剤の初期表面積と燃焼速度とに比例するものであると認められる。 エ 引用発明12の内容(ア) 引用例12の発明の詳細な説明には,次の記載がある。 ?車両の乗員用ガスクッション拘束装置の充填用ガス発生器について,第3図に示す実施例では,異なる大きさの3つの開口が示され,その後方にある普通の箔蓋の破壊によって,大きさの順序にこれらの開口か開かれる。場合によっては異なる大きさの穴の範囲にある箔蓋の破裂強度を,その有効肉厚の変化によって変えることもできる。?第4図に示す実施例では,開口へ溶融挿入片が挿入されて,流れる高温のガスにより焼失し,それにより燃焼室内の圧力上昇に応じて開口を連続的に増大する。?例えば-30℃では燃焼室内に比較的低い初期圧力が存在して,流出開口の比較的小さい断面積しか開かず,これにより燃焼室内に圧力が引続き確立されて,燃焼速度を上昇させる。これに対し,+60℃では,燃焼室内に高い初期圧力が非常に速く現われて,できるだけ大きい流出断面積を開き,それにより燃焼室内の引続く圧力上昇は少なくともゆるやかにされ,従って燃焼速度が減少される。 (イ) 以上によると,引用発明12において,流出断面積と燃焼室内の圧力とに関連があること,燃焼室の圧力が高いほど燃焼速度が上昇することを前提とするものであることが認められる。 オ 引用発明4の内容前記1(2)によると,引用例4には,燃焼ガスの圧力は,縮径されたガス排出口で決定され,燃焼室と圧力調整用空間との間では圧力がほぼ同等となるものであって,燃焼室の燃焼圧力が,ガス排出口で決定されることが記載され,引用発明4において,開口面積が燃焼圧力を決定する制御要素であるものと認められる。 カ 引用例2,4,6,7及び12に示された技術の周知性について上記のアないしオのとおりの引用発明2,4,6,7及び12によると,エアバッグ用のガス発生器において,燃焼室の圧力が高いほど燃焼速度が上昇すること,ガスが流出する開口面積と燃焼内圧との間に関連があり,開口面積が,燃焼内圧を制御する要因であること,開口面積の調整によって燃焼速度を調整することが可能であることを技術的思想とするものであって,そこに示された技術は,アジド系ガス発生剤を使用する場合,非アジド系ガス発生剤を使用する場合にかかわらず,周知であったと認められる。 キ 原告の主張について原告は,引用発明2は,開口面積による燃焼制御を断念し,破裂板制御構造を採用したものであって,引用例2には,非アジド系ガス発生剤を用いるガス発生器において,開口面積を変えることによって燃焼圧力を制御して燃焼を制御することが困難であることが開示されていると主張する。 しかしながら,上記アのとおり,引用発明2は,破裂板の条件を設定することにより,開口による圧力の制御を行い,非アジド系ガス発生剤の燃焼速度を制御することにしたものであって,開口面積による制御自体について直接述べるものではないが,開口面積によって燃焼速度を調整することが周知といえることは上記カのとおりであり,引用発明2も開口面積による制御自体を不可能として否定するものではないから,原告の主張は採用することができない。 また,原告は,引用発明2は,開口面積による燃焼制限を断念し,それに代えて破裂板制御構造を提案したものであって,破裂板がすべて破れた後は圧力制御ができないことになると主張する。しかしながら,本件審決が,破裂板がすべて破れた後は開口部によって最大内圧が制御されるとする点は,一般的な開口面積と内圧との関係について述べるものと解され,また,非アジド系ガス発生剤について開口面積が燃焼を制御する要因になり得ることはカのとおりであり,さらに,引用発明2が開口面積の調整による非アジド系ガス発生剤の燃焼速度を不可能と否定しているわけでないことも上記のとおりであるから,原告の主張は採用することができない。 さらに,原告は,引用発明2の表6に示されるガス発生量に対する開口部総面積の記載について,一体であるべき破裂板と同破裂板が接する開口部とを切り離して,開口部総面積の比が作動時の最大内圧を決定する指標となり得るとすることはできず,また,破裂板が破裂して開口(開孔)する当該開口部の面積は,当該破裂板制御に関係するものではなく,最大内圧とは関係がなく,過大な開口面積により破裂板が開口した後の燃焼内圧を制御することはできないと主張する。 しかしながら,引用発明2においては,燃焼により内圧が上昇し,個々の破裂板が順次破れてガスの排出量が増加するところ,ガス発生剤の増加に応じて,発生するガス量,ガス内圧が増大し,これに応じて開口部総面積も増大することになるから,その意味で,開口部総面積と作動時の最大内圧とは相関関係にあるということができるので,原告の主張は採用することができない。 さらにまた,原告は,燃焼内圧を決定する要因は多種多様であって,引用例7には,開口面積が燃焼内圧を制御する要因となることは開示されておらず,引用例2及び12によると,非アジド系ガス発生剤を用いるガス発生器において,開口面積による燃焼内圧の制御が困難であることが示されており,引用例4には,ガス発生器の燃焼内圧には,ガス排出口のみでなく,他の複数の構成要素や付加的部材の各圧力損失が関与しているものと解されることが開示されており,引用例6には,開口面積ではなく,ガス発生剤の全表面積を大きくすることで,燃焼内圧を制御することが開示されているものであって,本件特許出願時においては,非アジド系ガス発生剤を用いたエアバッグ用ガス発生器においては,開口面積によって燃焼内圧を制御することが困難であるとするのが技術常識であったと主張する。 しかしながら,上記アないしオのとおり,引用発明2,4,6,7及び12のいずれも,開口面積で燃焼内圧を制御することを否定するものではなく,それは,非アジド系ガス発生剤を用いても,開口面積と燃焼内圧とが関連するものであるから,開口面積を燃焼内圧の制御要因として選択することが排斥されるものということはできず,原告の主張は採用することができない。 (2) 開口部の総面積の特定が容易想到とした判断の誤りについてア上記(1)によると,非アジド系ガス発生剤を使用する場合を含めて開口面積の調整によって燃焼内圧及び燃焼速度を調整することが周知事項であると認められるところ,これを,前記1(5)の非アジド系ガス発生剤を用いる引用発明1に適用し,開口面積によって燃焼内圧及び燃焼速度を制御することは,当業者において容易であるということができる。 イ 本件発明1における開口部の総面積及びガス発生器の作動時の最大内圧についてみると,本件明細書において,「ガス発生剤としては非アジド系ガス発生剤の種類及び量を適当に選択し,開口部総面積/ガス発生量が0.50〜2.50cm2/mol,好ましくは0.50〜2.00cm2/mol,更に好ましくは1.00〜1.50cm2/molとなる様に調整し,ガス発生器の作動時の最大内圧が100〜300kg/cm2,好ましくは130〜180kg/cm2となる様にする。」(【0022】),「特に非アジド系ガス発生剤を用い,その発生ガスがエアバッグへ通過する方向の開口部の孔径及び開口部総面積/ガス発生量を制御することにより,破裂板を用いることなく,ガス発生剤を安定に燃焼させ,小型容器でエアバッグ展開にふさわしい出力カーブを得ることができる。」(【0038】)とされるのみであって,格別臨界的な意義のある数値ではない。 そして,上記(1)のとおり,エアバッグのガス発生器の燃焼内圧,ガス発生量,燃焼速度及び開口面積についてみると,燃焼内圧は開口部の総面積とガス発生量とによって定まるものであり,また,燃焼速度は燃焼内圧との関係で定まるものであることから,最適なガス発生量と開口部の総面積の割合及びガス発生器内の圧力は,当業者において実験的に数値範囲を最適化又は好適化することによって見いだすことができるものである。 ウ 以上によると,相違点2の構成につき,当業者において想到することが容易であるということができ,その旨の判断をした本件審決に誤りはないことになる。 エ 原告の主張について原告は,引用例8には,本件発明1の数値範囲の特定やその効果について開示や示唆がないと主張する。 しかしながら,上記のとおり,本件発明1における開口部の総面積及びガス発生器の作動時の最大内圧は,そもそも格別の臨界的意義を持つものとして定められたものということができないから,引用例8における本件発明1の数値範囲の開示や示唆の有無によって,本件発明1の数値範囲について想到することが容易でなくなるものではなく,原告の主張は理由がない。 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について(1) 引用発明8の内容ア 引用例8の明細書には,次の記載がある。 ?非アジド系ガス発生剤の好ましい諸特性を保持したまま,後ガス中の有毒成分濃度,特にCO及びNOXの両方の濃度を著しく低減化し得る自動車用のエアバッグ用ガス発生剤の提供を目的とするものである。?エアバッグ用ガス発生剤は,適当な形状に製剤化することができる。例えば,ガス発生剤組成物に適量のバインダーを添加混合して打錠又は打錠乾燥すればよい。製剤形状は特に制限はなく,例えば,ペレット状,ディスク状,球状,棒状,中空円筒状,こんぺい糖状,テトラポット状等を挙げることができ,無孔のものでもよいが有孔状のもの(例えば練炭状のもの)でもよい。 イ 以上によると,引用発明8において,エアバッグ用ガス発生剤において,製剤形状には特に制限がなく,中空円筒状を使用することも認められる。 (2) 周知技術1の内容ア 周知例1の発明の詳細な説明には,次の記載がある。 ?車両のエアバッグ用ガス発生剤について,含窒素有機化合物とオキソハロゲン酸塩又は硝酸塩とを使用してこれらを直接反応させることにより,アジ化ナトリウムと同等又はより低い衝撃着火性,アジ化ナトリウムと同等又はそれ以上の燃焼速度及びガス発生量並びに実用上十分に満足し得る低い燃焼温度を達成しようとするものである。?得られる混合物をそのままガス発生剤として用いてもよいが,製剤化して用いてもよい。製剤化は常法に従って行われる。例えば,本発明組成物とバインダーを適量混合し成形すればよい。バインダーとしてはこのような目的に常用されているものを使用すればよい。製剤形状は特に制限はなく,例えば,ペレット状,ディスク状,球状,棒状,中空円筒状,こんぺい糖状,テトラポット状などを挙げることができ,無孔のものでもよいが有孔状のもの(例えば煉炭状のもの)でもよい。 イ 以上によると,周知技術1において,エアバッグ用ガス発生剤には様々な形状があって,製剤形状としては特に制限がなく,中空円筒状を使用することも認められる。 (3) 引用例8及び周知例1に示された技術の周知性について上記(1)及び(2)によると,エアバッグ用ガス発生剤においては,従来から任意の形状が選択されており,その対象として,中空円筒状(中空円柱状)のガス発生剤も周知であったことが認められる。 (4) 本件発明1の容易想到性について以上によると,エアバッグ用ガス発生剤としては,任意の形状を選択することができ,中空円柱状のガス発生剤も周知であるから,当業者において,引用発明1のガス発生剤の形状を中空円柱状とし,相違点3の構成とすることは容易であるといわなければならない。 (5) 原告の主張について原告は,本件発明1は,非アジド系ガス発生剤を安定燃焼させるという課題を解決するために,ハウジングに形成された開口面積によって,ハウジングの最大内圧を制御するものであるところ,これに中空円柱状の非アジド系ガス発生剤を用いる構成として,ガス発生量に対する前記複数の開口部の総面積を0.50ないし2.50cm2/mol,ガス発生器の作動時の最大内圧を100ないし300kg/cm2との構成との関係において特有の作用効果を得るものであって,それによってもたらされる作用効果については,いずれの引用例に記載も示唆もないと主張する。 しかしながら,本件発明1における中空円柱状ガス発生剤については,本件明細書には,「ガス発生剤は,ペレット状,ウエハー状,中空円柱状,多孔状,又はディスク状等の適当な形状に於いて使用される。」(【0015】),「この燃焼室28内に中空円柱体の固形ガス発生剤6が多数配設されている。ガス発生剤6が中空円柱体であることから,燃焼が進行してもガス発生剤全体の表面積はあまり変わらない。」(【0022】)との記載があるだけであって,中空円柱状のガス発生剤とすることによって安定燃焼を実現するとの記載はない。そして,上記のとおり,エアバック用ガス発生剤として中空円柱状のガス発生剤は周知であるところ,中空円柱状のガス発生剤の効果として,燃焼の進行に従ったガス発生剤の表面積の変動を少なくするものであることは,当業者において明らかな事項ということができる。 したがって,本件発明1において,中空円柱状のガス発生剤を用いることによってガス安定剤を安定燃焼させるとの課題の解決に寄与するものであると認めることはできず,また,ガス発生剤を中空円柱状とすることの効果も,当業者において想到することが容易なものということができるから,原告の主張は採用することができない。 4 取消事由4(本件発明2ないし23の進歩性の判断の誤り)について原告は,取消事由1ないし3に理由があることを前提にして,取消事由1ないし3のとおりに誤った判断に基づいて本件発明2ないし23に進歩性がないとした本件審決の判断も誤っていると主張するところ,前記1ないし3のとおり,取消事由1ないし3に理由がないから,それを前提とする原告の主張は理由がないことになる。 5 結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。 |
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追加 | |
(別紙)本件発明の要旨【請求項1】ハウジング内部に含窒素有機化合物を燃料として含有する中空円柱状の非アジド系ガス発生剤を収納し,前記非アジド系ガス発生剤から発生したガスがエアバッグへと通過する方向に前記非アジド系ガス発生剤の燃焼を制御する複数の開口部が設けられているガス発生器であって,前記非アジド系ガス発生剤は,フィルタ手段によって画成された燃焼室内に配設され,前記ハウジングの外周壁と前記フィルタ手段との間には,環状のガス通路となる間隙が形成され,前記複数の開口部は,前記ハウジングに形成され,前記ハウジングの最大内圧を制御するものであり,前記非アジド系ガス発生剤のガス発生量に対する前記複数の開口部の総面積を0.50〜2.50cm2/mol,ガス発生器の作動時の最大内圧を100〜300kg/cm2とすることを特徴とするエアバッグ用ガス発生器【請求項2】前記複数の各開口部は,円相当径2〜5mmを有し,前記ハウジングは,前記ハウジング内に配設される前記ハウジングとは別体の中央筒部材と一体化されている請求項1記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項3】前記複数の開口部総面積/前記ガス発生量は,1.00〜1.50cm2/molであり,前記作動時の最大内圧は,130〜180kg/cm2であることを特徴とする請求項1又は2に記載のエアバッグ用ガス発生器。 【請求項4】前記ハウジングは,内容積が120cc以内であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器。 【請求項5】前記ガス発生剤は,70kg/cm2の加圧下に於いて,線燃焼速度が30mm/sec以下の非アジド系ガス発生剤であり,前記ハウジングは,プレス成形してなる,前記複数の開口部を有するディフューザシェルを備えることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項6】前記複数の各開口部は,1又は2以上の異なった開口面積を有することを特徴とする請求項1〜5の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器。 【請求項7】前記ハウジングは,前記複数の開口部が合計12〜24個周方向に配置されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項8】前記ハウジングは,前記複数の開口部が合計12〜20個周方向に配置されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項9】前記複数の開口部は,防湿用のシールテープが貼付されていることを特徴とする請求項1〜8の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項10】前記シールテープは,前記複数の開口部直径の2〜3.5倍の幅を有し,25〜80μmの厚さを有するアルミニウムテープであることを特徴とする請求項9記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項11】前記シールテープは,前記ガス発生剤の燃焼に応じて,前記発生ガスにより前記ハウジング内につくり出される最大内圧を制御することなしに破裂する,請求項10記載のエアバッグ用ガス発生器【請求項12】少なくとも,エアバッグ用ガス発生器と,衝撃を感知しその感知信号を出力する衝撃センサと,前記ガス発生器で発生するガスを導入して膨張するエアバッグと,前記エアバッグを収容するモジュールケースとからなり,前記エアバッグ用ガス発生器が,請求項1〜11の何れか1項記載のエアバッグ用ガス発生器であることを特徴とするエアバッグ装置【請求項13】エアバッグ用ガス発生器に於て,ガス発生器からそれと組み合わせのエアバッグへのガス流を制御する方法であって,ガス発生器ハウジングに,含窒素有機化合物を燃料として含有する中空円柱状の可燃性非アジド系ガス発生剤を収納し,且つ前記非アジド系ガス発生剤及び前記エアバッグと連通する,前記ガス発生器ハウジングの最大内圧を制御する複数のガス排出口を設け,前記非アジド系ガス発生剤をフィルタ手段によって画成された燃焼室内に配設し,前記ハウジングの外周壁と前記フィルタ手段との間には,環状のガス通路となる間隙を形成し,前記複数のガス排出口の総面積及び前記ガス発生剤の特性を,前記総面積/前記ガス発生剤の発生ガス量が0.50〜2.50cm2/molの範囲内にある様相関させること,および前記複数のガス排出口の総面積及び前記ガス発生剤の特性を前記発生ガスにより前記ハウジング内に生成される最大内圧が100〜300kg/cm2の範囲内にある様相関させること,からなる方法【請求項14】前記複数のガス排出口の総面積/前記発生ガス量が1.00〜1.50cm2/molである請求項13記載の方法【請求項15】前記複数のガス排出口の総面積及び前記ガス発生剤の特性を前記発生ガスにより前記ハウジング内に生成される最大内圧が130〜180kg/cm2の範囲内にある様相関させる請求項13の方法【請求項16】前記複数のガス排出口の寸法が円相当径2〜5mmの範囲内である様調整される請求項13の方法【請求項17】前記複数のガス排出口の寸法を少なくとも二つの夫々の円相当径をもつグループに調整する請求項13の方法【請求項18】前記複数のガス排出口が前記ハウジングの周方向に12〜24個設けられる請求項13の方法【請求項19】前記複数のガス排出口が前記ハウジングの周方向に12〜20個設けられる請求項18の方法【請求項20】前記複数のガス排出口が前記ガス発生剤の水分による劣化を防止するため容易に破られる防湿層でシールされる請求項13の方法【請求項21】前記防湿層として,前記複数のガス排出口の直径の2乃至3.5倍の巾と25〜80μmの厚さを有するアルミニウムテープを用いる,請求項20の方法【請求項22】前記防湿層として,前記ガス発生剤の燃焼に応答して,前記発生ガスにより前記ハウジング内につくり出される最大内圧を制御することなしに破れる材料を準備する請求項20の方法【請求項23】70kg/cm2の加圧下に於て,線燃焼速度が30mm/sec以下の非アジド系ガス発生剤を選択する請求項13の方法 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 本多知成 |
裁判官 | 荒井章光 |