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関連審決 不服2007-28437
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成22行ケ10024審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10295審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  方法の発明 /  進歩性(29条2項) /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (行ケ ) 10361号 審決取消請求事件

原告 株式会社INAX
原告 セラック工業株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士 中村 敬
同 藤井 武
被告 特許庁長官
指定代理人 居島一仁
同 後藤時男
同 北村明弘
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/05/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2007−28437号事件について平成21年9月28日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求 主文同旨第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯原告らは,平成11年11月22日,発明の名称を「耐油汚れの評価方法」とする発明について,特許出願(平成11年特許願第331836号)をし(甲9),平成18年10月16日付けの手続補正(甲12)及び平成19年5月30日付けの手続補正(甲15)をしたが,同年9月7日,同年5月30日付けの手続補正が却下されるとともに(甲16),特許庁から拒絶査定(甲17)がされたことから,同年10月18日,不服の審判(不服2007-28437号事件)を請求し(甲18),平成21年7月14日付けで手続補正(以下「本件補正」という。甲22)をした。
特許庁は,平成21年9月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年10月13日,原告らに送達された。
2特許請求の範囲本件補正後(甲22)の願書に添付した明細書(以下,図面と併せて,「本願補正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。下線部分が本件補正部分である。)。
「【請求項1】被評価物の表面を水平面に対して特定の角度に傾斜するように固定し,油脂とカーボンブラックとを有する特定量の擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから 滴下して,該擬似油汚れの残留状態により該被評価物の耐油汚れを評価することを特徴とする耐油汚れの評価方法。」3審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下のとおりである。
 特開平9-295363号公報(甲1。以下「引用刊行物A」という。)に記載された発明(以下,「引用発明」又は「引用刊行物A記載の発明」という。)の内容及び本願発明と引用発明との一致点及び相違点ア引用発明の内容 「45°に傾斜した試料の上端に,懸濁物質を水中に濃度1.05g/リットルで分散させた懸濁液からなる流下水を150ml滴下し,15分乾燥させ,その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させ,色差と,光沢度の残存率を求め,汚れの度合いを評価する方法。」(審決書3頁10行〜13行)イ一致点 「被評価物の表面を水平面に対して特定の角度に傾斜するように固定し,特定量の擬似汚れを該被評価物の表面に滴下し,特定量の水を滴下して,該擬似汚れの残留状態により該被評価物の汚れを評価する汚れの評価方法。」(審決書5頁14行〜16行)ウ相違点 「・相違点(あ) 本願発明では,擬似汚れが,『油脂とカーボンブラックとを有する特定量の擬似油汚れ』であり,擬似汚れの残留状態により該被評価物の汚れを評価することを特徴とする汚れの評価方法が,『該擬似油汚れの残留状態により該被評価物の耐油汚れを評価する耐油汚れの評価方法』で.あるのに対して,引用発明では,擬似汚れが,『懸濁物質を水中に濃度1.05g/リットルで分散させた懸濁液からなる流下水』であり,擬似汚れの残留状態により該被評価物の汚れを評価することを特徴とする汚れの評価方法が,『汚れの度合いを評価する方法』である点。 ・相違点(い) 特定量の擬似汚れを該被評価物の表面に滴下し,特定量の水を滴下する際に,本願発明では,『擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから滴下』しているのに対して,引用発明では『流下水を150ml滴下し,15分乾燥させ,その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させ』ているが,蒸留水を150ml滴下する際にどのように試料に蒸留水を滴下しているのか不明である点。」(審決書5頁19行〜末行) 相違点についての容易想到性の判断ア相違点(あ)について引用発明において,試料の汚れ具合を評価する際の擬似汚れとして,「懸濁物質を水中に濃度1.05g/リットルで分散させた懸濁液からなる流下水」の代わりに,実願平5-41120号(実開平7-6611号)のCD-ROM(甲2。以下「引用刊行物B」という。)に記載されている「油脂とカーボンブラックを有する擬似汚れ」を用いることは,当業者が容易になし得た。
イ相違点(い)について野口順子「親水・撥水性表面の防汚特性」(甲3・1999年1月発行「マテリアルライフ」11巻1号34頁,35頁。以下「引用刊行物C」という。)には,汚れを評価する際に,油を含む擬似汚れを試料の表面に滴下したのちに,乾燥することなく直ちに水洗して試料の汚れの付着の影響を評価する発明が記載されている。引用発明において,擬似汚れとして,流下水の代わりに油脂とカーボンブラックを有する擬似油汚れを用いた際に,乾燥する工程を省いて,「擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を」「滴下」するとの本願発明の構成に想到することは当業者が容易になし得た。
また,蒸留水を滴下する高さを一定にして行わないと,色差と,光沢度の残存率を求め,汚れの度合いを評価する際に,評価にバラツキが出ることは明らかであり,水を滴下して試料の特性を測定する際においても水を所定の高さから滴下することは,例えば実願平4-38992号(実開平5-92720号)のCD-ROM(甲8,段落【0004】。以下「引用刊行物H」という。)に記載されている。蒸留水を滴下する高さについても滴下する高さを特定の高さにして汚れの度合いを評価することは,当業者であれば当然なすべき設計的事項である。
第3当事者の主張1取消事由に係る原告らの主張審決には,以下のとおり, 手続上の瑕疵(取消事由1),  相違点(い)に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)がある。なお,相違点(あ)が引用刊行物Aから容易想到であることについて,争いはない。
 取消事由1(手続上の瑕疵)審決は,引用刊行物A,C及びH(甲8)に基づいて本願発明の進歩性を否定したが,引用刊行物H(甲8)については,原告らに対し,意見を述べる機会及び補正の機会を与えていなかったから,審判手続には,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反した手続上の瑕疵がある。
水滴の滴下位置については,かなりの高さから滴下した方が水滴が有する位置エネルギーが大きく,被評価物の表面が受ける衝突エネルギーが異なる。したがって,評価ごとに異なる高さ(衝突エネルギー)から水洗を行うと,被評価物の表面がどの程度汚れを落としやすい特性を有しているかを正しく評価することができない。そこで,原告は,基準となる擬似汚れに対し,「該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから滴下」する旨の補正をした。このような経緯に照らすと,補正に係る部分は,発明の進歩性を判断する上で重要な部分であり,そのような部分に関連する事項について,審決がこれを新たな文献を用いて拒絶しようとする場合には,当該文献が,たとえ周知の技術的事項であったとしても,出願人である原告らに対して反論と補正の機会を与えるべきである。審決は,その手続を怠ったから,審判手続には瑕疵がある。
 取消事由2(相違点(い)に係る容易想到性判断の誤り)審決は,相違点(い)について,引用刊行物A,C及び引用刊行物Hに基づいて容易に想到することができたとしたが,同判断は,以下のとおり誤りがある。
ア引用刊行物Cに「乾燥することなく・・・試料の汚れの付着の影響を評価する」ことが記載されていると認定した点の誤り 審決は,「引用刊行物Cには,汚れを評価する際に,油を含む擬似汚れを試料の表面に滴下したのちに,乾燥することなく直ちに水洗して試料の汚れの付着の影響を評価する発明が記載されていることになる」と認定した(審決書6頁26行〜29行)。
しかし,審決の引用刊行物Cに係る前記認定には誤りがある。すなわち,?引用刊行物C記載の発明においては,「関東ロームおよび油の水分散液」を表面に滴下後直ちに水洗をすると,関東ロームは洗い流されやすい一方,油は試験表面(試料)に残りやすいことから,積極的に有機物(油)のみを試験表面(試料)に付着させる作業工程において,「関東ロームおよび油の水分散液」を表面に滴下後「直ちに水洗する操作」を何回も繰り返す必要が生じる。そして,引用刊行物Cにおいて,そのようにして積極的に汚れを付着させた後に,有機物が付着した表面の汚れ除去性を評価するためには,関東ローム/水分散液を防汚表面に滴下して,その後,乾燥させてから,流水にさらして評価している。以上のとおり,汚れ除去性の「評価」に当たっては,乾燥工程を経由した技術事項のみが記載されている。これに対して,本願発明は,試験表面(試料)が油を含む汚れを落とし易い特性を持っているかどうかを評価する発明であって,「耐油汚れの評価」に当たっては,「直ちに水洗する操作」をすることを必須とするものである。審決のした,引用刊行物Cの認定及びこれを前提とした容易想到性の判断には,誤りがある。
また,?引用刊行物Cにおいては,滴下水量が多ければ残存する油が少なくなり,滴下位置が高ければ残存する油汚れが少なくなるという関係にあるところ,特定量の水を特定の高さから滴下することを特定するものではないから,結局,試験表面(試料)に残存する有機物(油)の量の相違を考慮しないまま,親水性や防汚性能がどのようになるのかを確認したものにすぎない。そうすると,そのような引用刊行物C記載の技術的事項の一部を引用刊行物Aの技術的事項に組み合わせても本願発明の構成に容易に想到することができたとはいえない。
イ引用刊行物Aに引用刊行物Cを組み合わせることの阻害要因また,引用刊行物Aにおいては,汚れが泥水を含むがゆえにその付着のために乾燥を必須の工程とするものであるから,そのような引用刊行物A記載の発明に,引用刊行物C記載の発明のうち,直ちに水洗をするという一部の技術的事項のみを取り出して組み合わせることは,引用刊行物A記載の発明の目的に反することとなり,両者の組合せについては阻害要因が存在する。
この点,被告は,引用刊行物A(甲1)の汚れには「?泥水など」と「?燃焼組成物のカーボンブラックなど」が存在し,?泥水などは,乾燥がなければ,固着しないのに対し,?燃焼組成物のカーボンブラックなどは,乾燥がなくても付着すると主張する。しかし,被告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,?及び?の汚れは,実際は別々の現象として存在しているのではなく,複雑に絡み合ったひとまとまりのものであるから,少なくとも?の汚れについて乾燥が必要である限り,乾燥が必須の工程である。また,?及び?の汚れを同時に付着させ,乾燥させるという汚れ付着試験方法は一般的である(建材試験センター規格〔JSTM〕の「建築用外装材料の汚染促進試験方法」・甲25)。よって,被告の主張は,理由がない。
ウ解決課題や技術分野の相違 本願発明は,被評価物の表面に油汚れが付着した場合に,水洗によってその油汚れをどれだけ容易に除去することができるかを安価に評価しようとすることを解決課題とする発明である。油汚れを落とし難い被評価物は,たとえ被評価物を傾斜させて水洗したとしても,油汚れをやや下方に移動させるだけで再度油汚れを付着させてしまうが,油汚れを落とし易い被評価物は,被評価物を傾斜させて水洗すれば,油汚れをそのまま落下させ,下方に再度付着させることがない。本願発明は,そのように汚れを落とし易い製品(被評価物)を製造する際の安価な評価方法を提供することを目的として,請求項1記載の構成を採用した。
引用刊行物A,C(甲1,3)は,いずれも,「試験片を特定の角度で斜めにし,油汚れを特定量だけ滴下し,乾燥することなく,直ちに特定量の水を特定の高さから滴下する発明」を開示する技術を記載,開示していない。
引用刊行物A,Cが開示する個々の技術的要素は,各刊行物記載の異なる発明の課題の下で組み合わされているものであるから,個々の技術的要素のみを任意に取り出して,それらを組み合わせても本願発明の構成を想到できない。
また,引用刊行物H(甲8)記載の発明は「織物,編物,不織布等の布帛の吸水性を測定する布帛の吸水性測定装置」(甲8,段落【0001】)に関するものであるのに対し,引用刊行物A,C記載の発明は基材の表面の防汚性を評価する技術分野であり,双方の技術分野は異なる。引用刊行物H記載の技術的事項を引用刊行物A,C記載の技術的事項に組み合わせることにより,相違点(い)に係る構成を想到することは容易ではない。
エその他 審決は,「水を滴下して試料の特性を測定する際に水を所定の高さから滴下することは,・・・本件出願前当業者によく知られた事項である」(審決書7頁3行〜12行)と認定した。しかし,本願発明のような基材の表面の防汚性を評価する際に水を所定の高さから滴下することは,決して周知の技術的事項ではない。
また,本願発明は,原告らの商品「エクセラガードシンク」(基材上にガラスからなる被覆層が形成された被評価物)の特性評価,品質管理において実施されており,同商品が市場で好評を得ているから,格別の効果はないとする審決の判断は誤りである。
2被告の反論 取消事由1(手続上の瑕疵)に対し原告らは,重要な部分に関連する事項について,審決がこれを新たな文献を用いて拒絶しようとする場合には,当該文献が,たとえ周知の技術的事項であったとしても,出願人である原告らに対して反論と補正の機会を与えるべきであり,これを怠ったから,審判の手続には瑕疵がある旨主張する。
しかし,原告らの主張は,次のとおり理由がない。
ア原告らが重要な構成であると主張する「かなりの高さから滴下した方が水滴が有する位置エネルギーが大きく,被評価物の表面が受ける衝突エネルギーが異なる」との構成は,エネルギー保存法則からみて,当然の事象を述べたものにすぎない。また,原告らが重要な構成であると主張する「評価毎に異なる高さ(衝突エネルギー)から水洗を行ってしまえば,被評価物の表面がどの程度汚れを落としやすい特性を有しているかを正しく評価することができなくなる」との点も,評価試験を行う場合には正確に対比できるように統一的な評価条件で行う必要があるという当然の基準(評価試験時の設計的事項)を述べたものにすぎない。そうすると,審決が引用した引用刊行物H(甲8)は,周知の技術的事項の一例として提示されたものにすぎないであって,審判手続においてその拒絶理由通知に示されていない周知例を審決に付け加えたとしても,特許法159条2項の「異なる拒絶の理由を発見した場合」には当たらず,同項において準用する同法50条の規定にも違反しない。
イまた,出願当初の本願明細書(甲9)及び図面には,原告らが補正の重要性を根拠付けるものとして主張する事情に対応する記載も示唆もなく,原告らの前記主張は,出願当初の本願明細書(甲9)及び図面の記載に基づかないものであって,失当である。
ウさらに,本願発明の目的は,「評価を安価に行い得る耐油汚れの評価方法を提供する」(甲9,段落【0004】,【0006】)ことにあるから,本願発明の技術的意義は,擬似油汚れに「カーボンブラック」を含有した点にあって,評価試験の手順そのものには,段落【0017】等に記載された具体例を意味すること以上の技術的意義がない。したがって,評価試験の手順に係る本件補正部分の記載(「特定量の水を該擬似汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから 滴下して」との記載)も,被評価物表面に付着した擬似油汚れを水で除去する手順を表現したものにすぎず,本願発明の重要な部分であるとはいえない。また,被評価物の斜面に存在する擬似油汚れを除去するために水を滴下する場合に,擬似油汚れよりも上方の被評価物表面に滴下することも,当然に行われる手法であって,本願発明の重要な部分であるとはいえない。よって,仮に発明の重要な部分については周知の技術的事項ではあっても出願人に補正や意見を述べる機会を与えることが必要であるとの見解に立ったとしても,発明の重要部分に係るものではない本件においては,審判の手続に違法性はない。
 取消事由2(相違点(い)に係る容易想到性判断の誤り)に対しア引用刊行物Cに「乾燥することなく・・・試料の汚れの付着の影響を評価する」ことが記載されていると認定した点の誤りに対し 原告らは,引用刊行物C記載の技術的事項に係る審決の認定には誤りがあり,引用刊行物C記載の技術的事項(滴下後直ちに水洗すること)を引用刊行物A記載の技術的事項に組み合わせても,引用発明における擬似汚れの滴下後の水洗除去処理について,乾燥することなく直ちに水洗することは,当業者が容易に想到し得たことではないと主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,?本願補正明細書において滴下後直ちに水洗する点に格別の技術的意味があるとはされていないこと,?引用刊行物C(甲3)には,油を含む有機物を滴下した後直ちに水洗する処理が記載されていること,?汚れの評価試験において汚れを付着後直ちに水洗し,汚れ量を測定する方法は周知の技術的事項であること(乙1ないし3)を勘案すれば,引用発明における擬似汚れの滴下後の水洗除去処理について,乾燥することなく直ちに水洗することは,当業者が適宜なし得る設計事項であったというべきである。したがって,「乾燥する工程を省いて,本願発明のごとく,『擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を』『滴下』することは当業者が容易になし得るものである。」(審決書6頁33行〜35行)とした審決の判断に誤りはなく,原告らの前記主張は,審決の判断を左右するに足りない。
 また,原告らは,引用刊行物C記載の発明は,試料が有機物を残しやすい特性を有することを前提として,積極的に残存させた油汚れが存在するという状況下で,親水性や防汚性能がどのようになるのかを確認するためのみに水洗を直ちに行うものにすぎないから,試験表面(試料)が油を含む汚れを落とし易い特性を持っているかどうかを評価する本願発明とは異なり,引用発明との組合せは容易ではない旨主張する。
しかし,原告らの主張は理由がない。すなわち,引用刊行物Cにおける「汚れの付着性」及び「汚れの水洗除去性」の評価試験は,親水性及び撥水性という相反する性質の表面を有する試料を使用しているのであって,試料は有機物を残しやすい特性を有することを前提としたものではないから,原告らの主張はその前提に誤りがあり,失当である。
 さらに,原告らは,引用刊行物Cは,試験表面(試料)に残存する有機物(油)の量の相違を考慮しないまま,親水性や防汚性能がどのようになるのかを確認したものにすぎないから,引用文献A記載の技術的事項と組み合わせることは容易ではないと主張する。
しかし,原告らの主張は理由がない。すなわち,審決が引用した引用刊行物Cの記載内容は,汚れの評価試験において試験表面に有機物を付着させた後直ちに水洗する点にあり,「試験表面(試料)に残存する有機物の量」の多寡について引用したものではないから,原告らの前記主張は,審決の判断と関係しない主張であって,失当である。
イ引用刊行物Aに引用刊行物Cを組み合わせることに阻害要因が存在することに対し 原告らは,乾燥を必須の工程とする引用刊行物Aに引用刊行物C記載の乾燥工程を経ない水洗を組み合わせることには阻害要因があると主張する。
しかし,原告らの主張は理由がない。すなわち,引用刊行物A(甲1)の段落【0002】には,従来の技術として,確かに「泥水などが水滴となって基材表面に残り,これが乾燥すると落としにくい」と記載されているが,その一方では,「また外壁に貼り付けたタイル等には経時的に黒い筋状の汚れが目立つようになる。この汚れは燃焼生成物のカーボンブラック等の疎水性物質からなり,この疎水性物質は水よりも疎水性の基材になじみやすいため,雨水によって流されにくく,材料表面に滞留してしまう。」と記載されており,基材表面に付着する「汚れ」を,「泥水」と「燃焼生成物」に分けている。そして,汚れの度合いを評価する試験方法として,基材に流下水を滴下した後,乾燥させる工程が記載されているが(甲1,段落【0032】),この試験方法においては,「カーボンブラック」,「関東ローム」等を混合した汚れ物質を用いていること(段落【0032】)に照らせば,引用発明として摘示した評価試験方法は,泥水の汚れだけを対象としたものではなく,汚れ一般を対象としているのであって,原告らが主張するような段落【0002】の一部の記載のみに依拠しないことが明らかである。
そして,引用刊行物Aの段落【0032】によれば,引用発明として摘示された汚れ評価方法の目的は,汚れを付着させた後,除去し,その残存量の程度を測定することによって,試料表面の汚れの度合いを評価することにある。また,汚れの付着除去工程で行っている乾燥は,格別の処理ではなく,本願発明の評価方法における水滴下工程と同様に,具体的な試験例において用いられた手順として記載されたものにすぎない。さらに,汚れの評価試験において擬似汚れを付着後直ちに水洗し,汚れ量を測定することは周知の技術的事項である。
そうすると,引用発明の汚れ付着除去工程に対して引用刊行物C(甲3)の記載事項を適用することは,それによって乾燥処理が省略されることになるとしても,汚れの残留量を評価するという引用発明の目的からすれば,「引用発明に引用刊行物C記載の技術的事項を付加すること」を阻害する事情に当たるとはいえない。
ウ解決課題や技術分野の相違に対し原告らは,引用刊行物AないしCが開示する個々の技術的要素は,各刊行物記載の発明の課題の下で組み合わされており,個々に取り出して任意に組み合わせるべきものではないと主張する。
しかし,原告らの主張には理由がない。審決は,引用刊行物Aの引用発明と対比し,相違点について,本願発明における技術的意味を勘案しながら,引用刊行物B及びC並びに周知の技術的事項に基づいて容易であると判断したものである。また,引用した技術は,いずれも汚れを評価するための試験方法が開示されており,汚れの評価を行うという課題の下で組み合わせることのできるものである。よって,本願発明の進歩性に関する審決の判断手法は合理的であり,その判断過程に何ら誤りはない。
エその他の主張に対し原告らは,引用刊行物H(甲8)は本願発明とは技術分野が異なるから,基材の表面の防汚性を評価する際に水を所定の高さから滴下することは周知の技術的事項ではないと主張する。
しかし,原告らの主張は理由がない。すなわち,吸水性(甲8),耐汚染性(乙3),撥水性(乙4),起泡性(乙5)といった種々の特性を評価するために水を滴下して試料の特性を測定,評価する技術分野において,水を所定の高さから滴下することは,評価特性の前記種類によることなく当然に実施される周知の技術的事項である。よって,「水を滴下して試料の特性を測定する際に水を所定の高さから滴下することは,・・・本件出願前当業者によく知られた事項である。」(審決書7頁3行〜12行)とした審決の認定に誤りはない。
本願発明は,「耐油汚れの評価の方法」なる方法の発明であり,原告主張の商品との関係が明らかではないから,効果(好調な商品販売)に係る原告の主張は理由がない。
第4当裁判所の判断事案の内容にかんがみ,まず,取消事由2(相違点(い)に係る容易想到性判断の誤り)について判断する。
1 取消事由2(相違点(い)に係る容易想到性判断の誤り)について 当裁判所は,審決が,相違点(い)について,引用刊行物A,C等に基づいて容易に想到することができたとした点には,誤りがあると判断する。すなわち,審決は,?本願発明と引用刊行物A記載の発明とは,本願発明において,擬似油汚れを被評価物の表面に滴下した後,乾燥工程を経由することなく,水を被評価物の表面に滴下しているのに対して,引用発明においては,流下水を滴下した後,乾燥工程を経由している点で相違すると認定した上,?同相違点に係る本願発明の構成は,引用刊行物Cに,乾燥することなく直ちに水洗して試料の汚れの付着の影響を評価する技術事項が記載されているから,本願発明に到達することができる旨の判断をする。しかし,本願発明は,引用刊行物Aと解決課題や発明の技術思想において異なるものであり,これに,同様に本願発明と解決課題や発明の技術思想の異なる引用刊行物Cの技術事項の一部を適用して本願発明に到達することはないと解すべきである。その理由は,以下のとおりである。
 事実認定ア本願発明について本願特許請求の範囲(請求項1)は,前記第2の2のとおりである。また,本願補正明細書の発明の詳細な説明欄には,以下の記載がある(甲9,12,22)。
「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は耐油汚れの評価方法に関する。
【0002】【従来の技術】例えば,水回りの製品であるキッチンシンク,レンジ,壁パネル等は様々な汚れが付着する。このような汚れの中でも特に油脂を主として含む油汚れは,一旦付着すると取り除くのが非常に困難である。したがって,このような水回りの製品は,油汚れに対する清掃性に優れた防汚製品であることが要求され,このために油汚れが付着しにくい材質を検討する等,耐油汚れの評価を行うことが必要となる。
【0003】【発明が解決しようとする課題】しかし,従来は,適切な耐油汚れの評価方法が定まっていなかった。このため,発明者らは,ある程度優れた評価方法として,JISB0601-1994による表面の十点平均粗さ(Rz)や水接触角を測定することを検討した。ところが,かかる評価方法は,高価な試験装置が必要であるとともに,測定に多くの時間と労力とが必要であり,評価に多大なコストを要することとなる。
【0004】本発明は,上記従来の実情に鑑みてなされたものであり,評価を安価に行い得る耐油汚れの評価方法を提供することを課題としている。
【0005】【課題を解決するための手段】本発明の耐油汚れの評価方法は,被評価物の表面を水平面に対して傾斜するように固定し,油脂とカーボンブラックとを有する擬似油汚れを被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を,該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから滴下して,該擬似油汚れの残留状態により該被評価物の耐油汚れを評価することを特徴とする。発明者らの試験結果によれば,実際の油汚れは油脂とカーボンブラックとを有する擬似油汚れに近似していることから,擬似油汚れに対する清掃性が実際の油汚れに対する清掃性を表すことができる。
【0006】こうして,本発明の耐油汚れの評価方法では,油脂とカーボンブラックとを有する擬似油汚れを使用し,均一な品質のカーボンブラックが市場において安価に入手可能であるとともに,そのカーボンブラックの黒色により目視等による判断が容易であるため,その擬似油汚れの残留状態により被評価物の耐油汚れを評価できる。このため,高価な試験装置を必要とせず,かつさほど多くの時間と労力とを必要としない。
【0007】したがって,本発明の耐油汚れの評価方法によれば,評価を安価に行うことができる。・・・」「【0009】【発明の実施の形態】以下,試験及び本発明を具体化した実施形態を図面を参照しつつ説明する。
(試験)試験では,図1に示す試験装置を使用した。この試験装置は基台10及び分液ロート12からなっている。
【0010】また,被評価物11として,図2に示す試料13と,市販のステンレス板とを用いた。試料13は,幅150mm,長さ150mmの母材としての市販のステンレス製の基材13aと,厚さ80μmで形成した琺瑯ガラスからなる被覆層13bとからなる。市販のステンレス板も幅150mm,長さ150mmのものである。
【0011】ここで,被覆層13bは下地層13cと上塗層13dとからなる。下地層13cは以下のようにして得た釉薬により得られたものである。すなわち,まず表1に示す各調合物を表1に示す割合(重量%)で混合し,この混合物よりフリットを得る。得られたフリットは,表2に示す他の配合物とともに,表2に示す割合(重量%)でアルミナボールを用いた湿式ミル内に投入される。そして,一定時間ミル引きを行う。こうして得られた釉薬を基材13a上にスプレーにより膜厚15μmで施釉し,乾燥後,これらを840°Cで焼成する。これにより基材13a上に琺瑯ガラスからなる下地層13cが形成される。かかる下地層13cは基材13aとの密着性を確保するものである。」「【0020】表4より,単に水道水を流すことにより油汚れを容易に除去できるのは,試料番号1〜7のものであればよいことがわかる。これにより,ステンレスからなる基材13aと,この基材13aの表面に被覆され,親水性を有する琺瑯ガラスからなる被覆層13bとを有する試料13の場合,その被覆層13bの十点平均粗さ(RZ)が20μm未満であればよいことがわかる。」「【0022】そして,上記試験の場合と同様に,被評価物11の表面11aに上記擬似油汚れ14を10g滴下し,続いて分液ロート12に充填された水道水200mlを滴下して洗浄する。その後,擬似油汚れ14の除去程度を目視により評価する。この際,擬似油汚れ14の除去程度は,残留したカーボンブラックの色により評価する。すなわち,カーボンブラックの黒色がほとんど目立たない場合,油汚れに対する清掃性が優れていると評価するものである。そのため,この耐油汚れの評価方法では,高価な試験装置を必要とせず,そのうえさほど多くの時間と労力とを必要としない。また,実際の油汚れが擬似油汚れ14に近似しており,擬似油汚れ14に対する清掃性は実際の油汚れに対する清掃性をよく表していた。」「【0023】したがって,実施形態の耐油汚れの評価方法によれば,評価を安価に行うことができる。」イ引用刊行物A(甲1)引用刊行物A(甲1)には,以下の記載がある。
「【特許請求の範囲】【請求項1】基材上に光半導体を含有する表面層を形成し,この表面層の最表面の表面平均粗さ(Ra)を1μm以上とすることを特徴とする基材。」「【0001】【発明の属する技術分野】本発明はタイル,コンクリート,ガラス,煉瓦,プラスチック等の基材に関し,特に表面に親水性の表面層を形成した基材とこの基材の表面の清潔度を維持する方法に関する。」「【0008】【課題を解決するための手段】本発明者らは酸化チタン及び酸化錫等の光半導体粒子に励起波長以下の波長の光を照射すると,これらを含有する基材の表面は親水性を発揮し,しかも表面の凹凸(表面平均粗さ:Ra)を1μm以上,好ましくは4μm以上にすると,その効果は顕著となるという知見に基づいて本発明をなした。」「【0032】また,色差及び光沢度残存率は,45°に傾斜した試料の上端に流下水を150ml滴下し,15分乾燥させる。その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させる。上記サイクルを1サイクルとし,25回走査(判決注操作の誤りと認める。)を繰り返したときの,色差と,光沢度の残存率を求め,汚れの度合いを評価する。ここで,流下水は,懸濁物質を水中に濃度1.05g/リットルで分散させた懸濁液で,懸濁物質は,親水性カーボンブラック4.8重量%,疎水性カーボンブラック4.8重量%,イエローオーカー64.3重量%,焼成関東ローム21.4重量%,シリカ粉4.7重量%からなる汚れである。尚,色差は試験前後の色差の変化を東京電色社製色差計にて測定した。また光沢度の残存率は,試験後の光沢度を試験前の光沢度で除した値とした。(JIS Z8741に準拠)」ウ引用刊行物C(甲3)引用刊行物C(甲3)には,以下の記載がある。
「親水・撥水性表面の防汚特性・・・緒言・・・最近では雨水による汚れの自浄効果が期待される親水性の材料への関心も高まってきている。・・・このためには各種汚れに対する親水・撥水表面の防汚特性を把握しておく必要がある。本稿では,この点について検討した結果を報告する。・・・2.1試料 親水表面として,光触媒酸化チタン系とシリカ系の2種を,また撥水性表面として,・・・(PTFE)板を用いた。・・・ モデル汚れ物質には,カーボンブラック(乾燥粒子),5%カーボンブラック/水分散液,5%関東ローム/水分散液,サラダ油(染料で緑に染色)の4種類を用いた。」(第1頁左欄下の「2.1 試料」欄) 「2.2実験方法 2.2.1汚れの付着性および水洗除去性の評価 汚れの付着性は,ビーカーに入れた汚れ物質中に試験表面をディップコーターを用いて浸漬,引き上げを行い,付着した汚れ量を測定して評価した(ディップ速度:1760mm/min)。 汚れ付着量は,汚れ付着前の表面との色差(ΔE)で評価した。 汚れの水洗除去性は,試料表面を流水に30秒さらし,残った汚れ量を同様の測定により評価した。
2.2.2表面への有機物付着の影響評価 有機物は,関東ロームおよび油の水分散液を表面に滴下後直ちに水洗する操作を繰り返して付着させた。防汚性能は,20%関東ローム/水分散液を防汚表面に滴下,乾燥後,流水に1分間さらし,汚れ付着前の表面との明度差(ΔL)を測定して泥の水洗除去性を測定する方法で評価した。
有機物付着量は,XPS測定(検出角度5度)により求めた表面炭素量で評価した。」(第1頁右下欄の「2.2実験方法」の欄) 判断ア本願発明及び各引用発明の解決課題及び解決方法 本願発明は,水回り製品において,耐油汚れの評価をするに際して,従来は,高価な試験装置が必要となり,また測定のために多くの時間と労力が必要であったことから,耐油汚れの評価のための時間,労力,価格を抑えることを解決課題とした耐油汚れの評価方法に関する発明である。上記目的に沿って,本願発明は,前記第2の2のとおりの構成を採用している。その概要は,?被評価物を傾斜して固定し,?特定量の擬似油汚れを滴下し,?特定量の水を特定の高さから滴下し,?擬似油汚れの残留状態によって被評価物の耐油汚れ性能を評価することからなる。耐油汚れ性能を評価するためには,擬似油汚れが被評価物に付着すること(本願発明の場合は滴下されることにより付着すること)が必要となるが,本願発明は,特定量の擬似油汚れを滴下することにより初期値を設定し,乾燥させる等の工程は省いている。要するに,本願発明は,耐油汚れにおける評価試験において,信頼性・実用性が担保される範囲内で,できる限り時間,労力,価格を抑えることを目的として,手順を簡略化しようとする発明である。乾燥工程を省いていることは,滴下した擬似油汚れの初期状態をそのままの状態で評価の一要素として用いるために必要であるとの技術的意味があり,上記課題を解決するための特徴的な構成の1つであるといえる。
 これに対して,引用刊行物A記載の発明は,基材上に光半導体を含有する表面層を形成し,この表面層の最表面の表面平均粗さ(Ra)を1μm以上とすることを特徴とする基材が親水性及び防汚性を発揮するという発明に係る特許公報における発明の詳細な説明中,実施例を評価した経過を説明した部分を抽出したものである。引用刊行物Aには,上記発明に係る実施例における効果(親水性及び防汚性)を確認・評価する方法として,基材上に光半導体を含有するなどの処理を施した表面層について実施された試験の内容について,以下のとおり説明されている。すなわち,?45°に傾斜した試料の上端に流下水を150ml滴下し,15分乾燥させる,?その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させる,?上記サイクルを1サイクルとし,25回操作を繰り返したときの,汚れの度合いにより評価する方法を採用したことが記載されている。
引用刊行物A記載の発明は,客観的なデータを得るために,ごく通常行われている試験方法であり,時間,労力,価格等の低減,抑制という解決課題についての,格別の開示ないし示唆はない。かえって,同記載部分は,「流下物の滴下,乾燥,蒸留水の滴下,乾燥」操作を25回繰り返していることに照らすならば,時間,労力,価格等の抑制ではなく,丁寧な手順を行うことによって,確実で正確な客観的なデータを得ようとする目的の下に実施された実験過程が記述されていると解するのが相当である。
イ審決は,本願発明と引用刊行物A記載の発明の相違点は,本願発明と引用刊行物A記載の発明との相違点(い)として,「本願発明では,『擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し,続いて特定量の水を該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから滴下』しているのに対して,引用発明では『流下水を150ml滴下し,15分乾燥させ,その後,蒸留水を150ml滴下し,15分乾燥させ』ているが,蒸留水を150ml滴下する際にどのように試料に蒸留水を滴下しているのか不明である点。」と認定した(同事項を相違点と認定した点に誤りがないことについては,当事者間に争いはない。)。
しかし,審決が,上記の相違点(い)に係る構成中の「本願発明では,油汚れを付着するために乾燥を必要としないとした」との技術が,引用刊行物C記載の技術事項を組み合わせることによって,容易に想到することができたと判断した点は,誤りである。その理由は,以下のとおりである。
 引用刊行物Cは,実験報告に係る論文である。同論文では,各種汚れに対する親水・撥水表面の防汚特性を把握する目的で,表面への有機物付着の影響評価を実施した実験結果が報告,説明されている。その具体的な評価方法として,?有機物は,関東ローム及び油の水分散液を表面に滴下後直ちに水洗する操作を繰り返して付着させる旨,?防汚性能は,20%関東ローム/水分散液を防汚表面に滴下,乾燥後,流水に1分間さらし,汚れ付着前の表面との明度差(ΔL)を測定して泥の水洗除去性を測定する,有機物付着量は,XPS測定(検出角度5度)により求めた表面炭素量で評価する方法を採用した旨が記載されている。
確かに,引用刊行物Cでは,有機物について,滴下後,乾燥工程を経由することなく,水洗する操作を繰り返す旨記載がされている。
しかし,引用刊行物Cには,?同操作が繰り返して実施される旨記載されていること,また,?滴下及び水洗過程は,特定量を滴下して,滴下した量等を簡易廉価な評価のデータとするのではなく,擬似汚れ(有機物)を付着させる目的で実施されている旨が明確に記載されていることに照らすならば,同操作は,光触媒酸化チタン系触媒等の被実験物表面の効果を確認する前段階の処理として,擬似汚れ(有機物)を確実に付着させるために行われているものと解される(これに対して,本願発明では,滴下する擬似油汚れは特定の量であるとされていることから,格別の手順を踏むことなく初期値を把握することができ,時間,労力,価格の低減に資する。滴下量は,油汚れを評価する際の初期データとして用いられることが前提とされている。)。
また,引用刊行物Cでは,防汚性能の評価段階においては,20%関東ローム/水分散液を防汚表面に滴下,乾燥後,流水に1分間さらし,汚れ付着前の表面との明度差を測定するとして,乾燥工程を付加している。
以上を総合すると,引用刊行物Cからは,耐油汚れの評価に当たって,時間,労力,価格を抑え,手順を簡略化しようとする本願発明の解決課題についての示唆はない。
引用刊行物C記載の発明における,「乾燥工程を経由しない滴下」という操作は,本願発明における同様の操作と,その目的や意義を異にするものであって,引用刊行物C記載の発明は,本願発明と解決課題及び技術思想を異にする発明である。
 前記のとおり,引用刊行物A記載の発明は,擬似油汚れについて特定量を滴下し,乾燥工程を設けないとする相違点(い)に係る構成を欠くものである。同発明は,本願発明における時間,労力,価格を抑えることを目的として,手順を簡略化しようとする解決課題を有していない点で,異なる技術思想の下で実施された評価試験に係る技術であるということができる。このように,本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づく引用刊行物A記載の発明を起点として,同様に,本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づき実施された評価試験に係る技術である引用刊行物C記載の発明の構成を適用することによって,本願発明に到達することはないというべきである。
 本願発明は,決して複雑なものではなく,むしろ平易な構成からなる。
したがって,耐油汚れに対する安価な評価方法を得ようという目的(解決課題)を設定した場合,その解決手段として本願発明の構成を採用することは,一見すると容易であると考える余地が生じる。本願発明のような平易な構成からなる発明では,判断をする者によって,評価が分かれる可能性が高いといえる。このような論点について結論を導く場合には,主観や直感に基づいた判断を回避し,予測可能性を高めることが,特に,要請される。その手法としては,従来実施されているような手法,すなわち,当該発明と出願前公知の文献に記載された発明等とを対比し,公知発明と相違する本願発明の構成が,当該発明の課題解決及び解決方法の技術的観点から,どのような意義を有するかを分析検討し,他の出願前公知文献に記載された技術を補うことによって,相違する本願発明の構成を得て,本願発明に到達することができるための論理プロセスを的確に行うことが要請されるのであって,そのような判断過程に基づいた説明が尽くせない限り,特許法29条2項の要件を充足したとの結論を導くことは許されない。
本件において,審決は,上記のとおり,本願発明と引用刊行物A記載の発明と対比し,擬似油汚れについて特定量を滴下し,乾燥工程を経由しないで水洗するとの構成を相違点と認定している。しかし,審決は,本願発明と,解決課題及び解決手段の技術的な意味を異にする引用刊行物A記載の発明に,同様の前提に立った引用刊行物C記載の事項を組み合わせると本願発明の相違点に係る構成に到達することが,何故可能であるかについての説明をすることなく,この点を肯定したが,同判断は,結局のところ,主観的な観点から結論を導いたものと評価せざるを得ない。
以上のとおり,審決の示した理由を,結論を導く論理過程において十分な説明がされているとはいえない。その他,被告は,縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。
2結論以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告ら主張の取消事由2は理由がある。よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 大須賀滋