関連審決 | 不服2007-2743 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21行ケ10434審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10068審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10191審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10253審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10038審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明特定事項 / 公知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / パリ条約 / 優先権 / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
21年
(行ケ)
10319号
審決取消請求事件
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原告 ロレアル 同訴訟代理人弁理士 志賀正武 渡 邊隆実 広信哉渡 部崇山 田信太郎 被告特許庁長官 同 指定代理人豊永茂弘 横 林秀治郎黒 瀬雅一豊 田純一 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/05/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2007-2743号事件について平成21年6月1日にした審決を取り消す。 第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判請求について,特許庁が,本願発明の要旨を下記2のとおり認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1特許庁における手続の経緯(1)出願手続(甲3)及び拒絶査定発明の名称:毛髪トリートメント組成物を含む二区画エアゾール装置,及び毛髪トリートメント方法出願番号:特願2003-153340号出願日:平成15年5月29日パリ条約による優先権主張日:平成14年(2002年)5月31日(フランス共和国)拒絶査定:平成18年10月16日付け(甲8)(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成19年1月22日(甲6。不服2007-2743号)手続補正日:平成18年5月15日付け(甲4。以下,同日付けの手続補正を「本件補正」といい,本件出願に係る本件補正後の明細書(甲3,4)を「本願明細書」という。)審決日:平成21年6月1日審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成21年6月16日2本願発明の要旨本件審決が判断の対象とした本願発明(本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載の発明)の要旨は,次のとおりである。 (a)第1の区画に,アルコール性又は水性アルコール性の化粧品として許容される媒体中に,組成物の全重量に対して0.4重量%を超える濃度で少なくとも一の毛髪光沢剤及び/又はコンディショナーを含む,毛髪トリートメント組成物,及び(b)第2の区画に,空気,窒素,及び二酸化炭素,並びにこれらに混合物から選択される圧縮ガスを備え,前記圧縮ガスの圧力が,9乃至11バールであることを特徴とする二区画エアゾール装置3本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由の要旨は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イの周知例に記載された技術(以下「甲2技術」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 ア引用例:特開2000-24557号公報(甲1)イ周知例:特開平10-287380号公報(甲2)(2)なお,本件審決が認定した引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点(以下「本件相違点」という。)は,次のとおりである。 ア引用発明:(a)内袋に,99%変成エタノール中に,1.50wt%の流動パラフィンを含む,ヘアトリートメント,及び(b)エアゾール容器と内袋の間の空間に,窒素,炭酸ガス,亜酸化窒素,空気等の圧縮ガス,液化石油ガス,ジメチルエーテル等の液化ガスの中から選択した,1種類または複数種の混合ガスからなる噴射剤を備える2重エアゾール容器イ一致点:(a)第1の区画に,アルコール性又は水性アルコール性の化粧品として許容される媒体中に,組成物の全重量に対して0.4重量%を超える濃度で少なくとも一の毛髪光沢剤及び/又はコンディショナーを含む,毛髪トリートメント組成物,及び(b)第2の区画に,空気,窒素,及び二酸化炭素,並びにこれらに混合物から選択される圧縮ガスを備える2区画エアゾール装置ウ本件相違点:本願発明は,圧縮ガスの圧力が9ないし11バールであるのに対して,引用発明の圧縮ガスの圧力は,不明である点4取消事由本件相違点に係る進歩性の判断の誤り第3当事者の主張〔原告の主張〕(1)圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることについてア本件審決は,圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることは,周知例に記載されているように周知の事項であるから,引用発明においても,内容物に応じた圧縮ガスの圧力を実験的に求めようとすることは当業者であれば格別困難なことではないとする。 イしかしながら,周知例の存在のみでは,圧縮ガスを使用するエアゾール装置において,圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることが周知とまでいうことはできない。特に,我が国においては,エアゾール製品は一般に高圧ガス保安法による規制を受けるので,エアゾール容器内の圧力は,35℃で0.8MPa(8バール)以下にすることが通常である(一般高圧ガス保安規則6条2項7ト)から,エアゾール製品は,必ずしも内容物に応じて自由に圧力を定めることができるものではない。なお,同法による規制は,エアゾール装置の破裂等のリスクを考慮して定められた技術的検討の結果であるから,エアゾール装置分野では,安全性の点で8バールを超える圧力の噴射剤は,通常は使用されていないという同技術分野の技術常識が存在するものである。 また,周知例は,工場内で旋盤等に使用される作業用オイル噴霧用スプレー缶という特定の製品において,噴射剤として圧縮空気を使用する場合には缶内圧を比較的高めにすることが好ましいことを教示しているが,その教示内容は,あくまでもその記載に係る特定の製品についてのものであって,おしなべてエアゾール装置全般において内容物に応じて噴射剤の圧力を自由に定めることができるとまでの開示をするものではなく,周知例をもって,エアゾール装置一般につき,内容物に応じて噴射剤の圧力を任意に定めることが周知であるということはできない。 さらに,周知例は,工場内で旋盤等に使用される作業用オイルを噴霧するためのスプレー缶であって,引用発明のように化粧品を噴霧するためのエアゾール装置ではない。工場内で旋盤等に使用されるオイルと人間の毛髪等に使用される化粧品とは全く特性の異なる物質であって,甲2技術を引用発明と組み合せて本願発明の進歩性を論じることはできない。 ウ周知例は,引用発明のように圧縮ガス(噴射剤)と被噴射物(毛髪トリートメント組成物)が分離しているようなエアゾール装置ではなく,圧縮ガスと被噴射物(油剤)が接触するタイプのスプレー缶である。このように,甲2技術は,引用発明と構造を全く異にするエアゾール装置であるから,この点からも,甲2技術を引用発明に組み合せて本願発明の進歩性を論ずることはできない。 被告は,本願発明と甲2技術との構造及び用途の違いは,容易想到性の判断を否定するものではないと主張するが,周知例における圧縮空気の圧力に関する教示内容は,あくまで,そこに記載された特定の構造及び用途のエアゾール装置に向けられたものであるから,特定の製品に関する周知例の記載をもって,エアゾール装置一般において「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」ことが周知であるとすることはできない。 また,被告は,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」との周知の事項を示す文献としては,他に特開昭51-102212号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)を挙げることができると主張するが,同公報は,エアゾール鑵は,各種の内容物及び同内容物を噴射するための噴射剤を収容することができるとのごく一般的な内容を示唆するに留まり,噴射剤の圧力調整については記載も示唆もしていない。 エ上記の高圧ガス保安法による規制からも明らかなように,エアゾール装置には通常の範囲の容器内圧があり,その上限は通常は8バールであって,8バールを越える圧力は,エアゾール装置の破裂等のおそれから,通常は採用されない。 ところが,本願発明では,内容物である毛髪トリートメント組成物と圧縮ガスが分離している2区画エアゾール装置において,圧縮ガスの圧力を9ないし11バールという通常は採用しない範囲の圧力とすることによって,予想外に,圧縮ガスの漏れを防止したまま,ヘアスタイルを維持しつつ,毛髪への毛髪トリートメント組成物の確実な分配を可能としたものであって,仮に,引用発明及び甲2技術からエアゾール装置において噴射剤の圧力を内容物に応じて定めることが周知であるとしても,その噴射剤の圧力を通常の上限値である8バールを超えて自由に定めることができるとの開示は,引用例及び周知例のいずれにも存在しない。 そうであるから,エアゾール装置一般において,9ないし11バールの圧力範囲が噴射剤の圧力として周知の範囲であるとも,エアゾール装置一般において内容物に応じて噴射剤の圧力を9ないし11バールの範囲で任意に定めることが周知であるもいうことができない。 (2)本願発明における圧縮ガスの圧力範囲についてア引用例には,引用発明における圧縮ガスの圧力範囲をどのように設定すべきかについて何ら記載も示唆もされていない。また,周知例においても,本願発明や引用発明のように,圧縮ガスと被噴射物とが分離しているようなエアゾール装置において,圧縮ガスを9ないし11バールとすべき点については記載も示唆もされていない。 イもっとも,ガスの圧力値について,周知例【0026】には,「エア圧は通常550kPa(約5.5kgf/cm2相当)以上であれば好ましいが,本発明の場合は400kPa(約4kgf/cm2相当)程度であってもよい。」との記載があるが,550kPaは5.5バールに相当するから,仮に,この記載に基づいて引用発明の圧縮ガスの圧力を5.5バールにしてみたとしても,本願発明の構成には到達しない。 なお,上記の記載では「550kPa(約5.5kgf/cm2相当)以上」とされているが,周知例【0012】ないし【0014】,【0039】等の記載によると,甲2技術は,実質的には,500kPa前後以下の圧力での使用を念頭においていることが当業者には明らかであって,圧縮ガスの圧力につき5.5バールを超えてはるかに大きくすることは推奨されていない。 したがって,たとえ当業者といえども,甲2技術に基づいて,引用発明における圧縮ガスの圧力について,5.5バールを超えてはるかに大きくすることを容易に想到することはできず,まして,本願発明のように9ないし11バールという具体的な範囲を容易に想到することなど不可能である。 (3)本願発明の臨界的意義についてア本件審決は,「一般に,実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは当業者の通常の創作能力の発揮というべきであるから,公知技術に対して数値限定を加えることにより,特許を受けようとする発明が進歩性を有するというためには,当該数値範囲を選択することが当業者に容易であったとはいえないことが必要であり,これを基礎づける事情として,当該数値限定に臨界的意義があることが明細書に記載され,当該数値限定の技術的意義が明細書上明確にされていなければならない」とする。 イしかしながら,数値限定を備える発明であれば当該数値範囲に必ず臨界的意義が必要であるというものではなく,数値限定の技術的意義が明細書に記載されていなければならないのは,当該発明が公知技術の延長線上にあるとき,すなわち,公知技術と解決すべき課題が共通する場合を前提とするものであって,課題が異なり,有利な効果が異質である場合は,数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても,数値限定に臨界的意義を要しない。 本願発明が解決しようとする課題は,圧縮ガスの漏れを防止し,かつ,ヘアスタイルを維持したまま,毛髪への液相(毛髪トリートメント組成物)の分配を確実とすることであって,本願発明は,圧縮ガスの漏れを防止し,ヘアスタイルを維持したまま,毛髪へ液相を確実に分配するという効果を発揮する。 他方,引用発明は,エアゾール容器の製造中における内容物と外気との接触を回避することを解決すべき課題とするものであり,内容物と外気との接触を回避するという効果を発揮するものである。なお,被告は,引用発明の課題として,毛髪への毛髪トリートメント組成物(内容物)の付着を良好にするとともに圧縮ガスの漏れを防止することであるとするが,引用例には,そのような記載も示唆もない。 以上によると,本願発明と引用発明とは解決すべき課題を異にしており,両者が発揮する有利な効果も異質なものであって,本願発明は引用発明の延長線上にあるものではなく,本願発明における「圧縮ガスの圧力が,9乃至11バールである」点につき,圧力範囲の下限「9バール」及び上限「11バール」についての臨界的意義を要しない。 したがって,圧力ガスの圧力が9ないし11バールであるとする数値範囲についての臨界的意義を示すデータは,本願明細書には一切記載されていないとして,本件相違点に係る本願発明の発明特定事項のようにすることが,引用発明及び周知の事項に基づいて当業者であれば,容易であったとする本件審決の判断は誤りである。 (4)本願発明の効果について本件審決は,本願発明の効果を看過している。 上記(3)のとおり,本願発明の効果は引用発明の効果とは全く異なるから,本願発明の効果は,引用発明から当業者が予測し得るものではない。 原告が行った比較実験(甲11。以下「原告実験」という。)の結果によると,本願発明における圧縮ガスの圧力範囲である9ないし11バールを代表する10バールの圧力を有する圧縮ガスを使用する方が,当該圧力範囲を下回るもので,エアゾール装置で通常使用されている圧力を代表する7バールの圧力を有する圧縮ガスを使用するよりも,ヘアトリートメント組成物の毛髪への分配が有意に優れることが確認された。すなわち,本願発明は,原告実験によって実証されるように,その目的とする毛髪へ液相(毛髪トリートメント組成物)を確実に分配するという効果を発揮するものである。 他方,圧力値が9ないし11バールより小さいと,上記の効果の達成は困難であるが,毛髪トリートメント組成物用の2区画エアゾール装置におけるこのような圧力の違いによる効果上の差異は,圧縮ガスの圧力について何ら記載も示唆もしない引用発明から予測されないものであって,また,化粧品とは全く異なるオイルを噴霧することを前提とし,圧縮ガスと被噴射物とが直接接触し,かつ,比較的低圧の圧縮ガスの使用を実質的に示唆する甲2技術からも予測されないものである。 本件審決は,本願発明の効果について,「本願発明による効果も,引用発明および周知の事項から当業者が予測し得た程度のものであって,格別のものとはいえない」としたが,原告実験から実証される本願発明の効果は,引用発明等からは予測しえない格別のものであって,本件審決の上記判断は誤りである。 〔被告の主張〕(1)圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることについてア周知例【0009】には,噴霧化のために,内容物の例えば粘度等に応じて圧縮ガスの圧力を変更することが示されており,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置において,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」ことが示されている。 また,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」との周知の事項を示す文献としては,他に乙1公報を挙げることができる。 そうすると,一般に,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置において,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることは,周知の事項である」ことは,周知例や乙1公報のとおり明らかであり,本件審決における上記周知の事項の認定に誤りはない。 引用発明と上記の周知の事項とは,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置という点で共通する技術分野に属し,また,引用発明には,エアゾール容器からのガス漏れを発生させないという点で本願発明と共通する課題が記載されており,さらに,当該エアゾール装置において,内容物を適正に噴射させて内容物の付着を良好にすることや圧縮ガスの漏れを防止することは一般的課題であるから,引用発明と上記の周知の事項とは,同課題を自明のこととしているということができる。 そして,当業者において,技術の改良に当たって当該技術分野における周知の事項の適用を試みることは,当業者が通常期待される創作活動の範囲のことといえる。 そうすると,引用発明において,上記の課題を解決するために,圧縮ガスに関して,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」という周知の事項を適用し,最適な圧縮ガスの圧力を実験的に求めようとすることは,当業者であれば格別困難なくなし得ることである。 イ原告は,高圧ガス保安法を根拠に,エアゾール製品は必ずしも内容物に応じて自由に圧力を定めることができるものではないと主張するが,高圧ガス保安法は,高圧ガスによる災害を防止し,公共の安全を確保するための,いわば産業政策的法規制にすぎないから,本願発明の容易想到性は認められる。 ウ原告は,甲2技術と引用発明との構造や用途の違いを根拠に両者の組合せの困難性を主張するが,本件審決は,あくまでも,引用発明及び周知の事項に基づいて本願発明は容易に発明をすることができたと判断するものであって,引用例は,上記周知の事項を例示するために示された文献にすぎないから,原告の主張は理由がない。 (2)本願発明における圧縮ガスの圧力範囲についてア上記(1)のとおり,周知例は,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」という周知の事項を例示するために示された文献にすぎない。 引用発明において,圧縮ガスに関して,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」という周知の事項を適用し,最適な圧縮ガスの圧力を実験的に求めようとすることは当業者であれば格別困難なくなし得ることであって,圧縮ガスの圧力を9ないし11バールの圧力範囲とすることは設計事項にすぎない。 イなお,周知例【0026】には,圧縮ガスの圧力を5.5バール以上とすることの記載もある。 (3)本願発明の臨界的意義について上記(1)のとおり,引用例には,エアゾール装置からの圧縮ガスの漏れを防止するという本願発明と共通する課題が記載され,また,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置において,内容物を適正に噴射させて内容物の付着を良好にすることや圧縮ガスの漏れを防止することは一般的課題であって,引用発明においても自明の課題といえる。 そうすると,引用発明が解決しようとする課題は,「毛髪への毛髪トリートメント組成物(内容物)の付着を良好にすると共に圧縮ガスの漏れを防止する」とすることである。 他方,本願発明が解決しようとする課題は,圧縮ガスの漏れを防止し,かつ,ヘアスタイルを維持したまま,毛髪への液相(本願発明における毛髪トリートメント組成物)の分配を確実とすることであって,ここで,上記の「ヘアスタイルを維持したまま,毛髪への毛髪トリートメント組成物の分配を確実とする」との課題は,結果として,毛髪への毛髪トリートメント組成物の付着が良好にされることといえるから,これは,引用発明が解決しようとする課題の「毛髪への毛髪トリートメント組成物の付着を良好にする」ことと軌を一にしており,また,本願発明と引用発明とは,「圧縮ガスの漏れを防止する」という共通の課題を有していることになる。 そうすると,本願発明と引用発明とは,共通の解決課題を有していることになる。 そして,本願明細書において,圧縮ガスの圧力範囲を9ないし11バールとする数値範囲の臨界的意義を示すデータが一切記載されておらず,またこのような臨界的意義を認めるような特段の事項もないことから,9ないし11バールとする圧力範囲に臨界的意義があるとすることはできず,この圧縮ガスの圧力範囲とすることは,引用発明及び周知の事項に基づいて,当業者であれば適宜容易になし得る程度の設計事項にすぎない。 さらに,本願発明と引用発明との効果も,両者が共通する上記の課題を解決することによって奏するもの(圧縮ガスの漏れを防止し,かつ,ヘアスタイルを維持したまま,毛髪への液相の分配を確実とすること)であるから,異質であるということはできない。 以上によると,本願発明における圧力範囲の下限である9バール及び上限である11バールにつき臨界的意義を要しないとし,本件相違点について,引用発明及び周知の事項に基づいて当業者であれば容易に想到することができないものであるとする原告の主張は理由がない。 (4)本願発明の効果について上記(1)ないし(3)のとおり,引用発明及び周知の事項に基づいて,本願発明のように構成することは当業者であれば容易になし得るものであるから,本願発明の効果も,引用発明及び周知の事項から当然に当業者が予測し得るものである。 なお,本願発明の効果は,本願明細書の記載に基づいて判断されるべきものであって,原告実験に基づいて判断されるべきものではない。 その上,原告実験は,評価の基準の区分けの根拠,評価内容,評価手段が具体的に示されておらず,圧力が7バールと10バールとの比較実験の結果とその評価は,客観性に欠けるものである。また,本願発明の圧縮ガスの圧力範囲は9ないし11バールであるにもかかわらず,原告実験における圧力は10バールのみであり,しかも,比較例も7バールのみであり,さらに,本願発明の圧力範囲の上限である11バールより大きな圧力値の実験結果も示されていないことから,原告実験の結果をもって,毛髪へ液相(毛髪トリートメント組成物)を確実に分配するという効果を裏付けるに足りるものとはいえない。 そうすると,原告実験の結果を参酌したとしても,本願発明の効果は,格別のものであるとすることはできず,引用発明及び周知の事項から当業者が予測し得たものであるということができる。 第4当裁判所の判断1圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることについて(1)周知例の記載周知例には,油剤が貯留され,圧縮空気が注入される缶体を備え,アクチュエータを操作してバルブを開放することにより,油剤を缶内の空気圧によりノズル部から外部に噴出させて,オイルミストを発生させるスプレー缶に関する技術の記載があるところ,その発明の詳細な説明【0009】には,「この場合,圧縮空気は100〜600kPa(約1〜6kgf/cm2相当)の低圧では液化しないため,噴射剤によるような膨脹破砕力が乏しい。従って,粘度が10mm2/S程度の油剤をオイルミスト化するための条件としては,液体を高速度で膜状に噴出させ,さらに繊維状にし,噴霧化する衝撃を与える必要があるため,少なくとも550kPa(約5.5kgf/cm2相当)以上の高圧の圧縮空気を注入することが必要であった。」との記載があり,油剤の粘度に応じて,圧縮空気の圧力を設定する技術が記載されていると認められる。 (2)乙1公報の記載乙1公報は,昭和51年9月9日に公開されたが,同公報には,鑵胴部材が特定のポリアミド系接着剤を介して接合された重ね合わせ接合部を備えており,通常の保存条件下では耐圧強度に優れた側面継目が形成され,また,噴射剤と長期間にわたって接触したときにも実質的に侵されることなく,優れた接着強度が維持されるとともに,焼却,火災あるいはその他の原因による異常昇温条件下では,ポリアミド系接着剤の軟化と高圧化でのクリープ現象とによって継目の離脱開口が生じることによって,重ね合わせ接合部が圧力放出のための安全機構として作用し,爆発や破裂による金属素材の飛翔,飛散を防止し得るという,安全性と内容物の保存性との組合せに優れたエアゾール鑵の技術の記載がある。そして,乙 1 公報の発明の詳細な説明には,「本発明のエアゾール鑵は,食品類,医薬品,殺虫剤,除草剤,塗料,各種クリーナー,防水剤,化粧料等の内容物と,この内容物に対して噴射に必要な圧力を供給するためのプロペラント(噴射剤)とを収容させるために広く使用される。」との記載があり,種々の内容物に応じて,必要なガス圧を設定する技術が記載されていることが認められる。 (3)原告の主張についてこの点について,原告は,圧縮ガスを使用するエアゾール装置において,圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めることが周知とまでいうことはできないとし,特に,我が国においては,高圧ガス保安法による規制によって,エアゾール容器内の圧力は35℃で0.8MPa(8バール)以下にすることが通常であるから,エアゾール製品は,必ずしも内容物に応じて自由に圧力を定めることができるものではないこと,同法による規制は,エアゾール装置の破裂等のリスクを考慮して定められた技術的検討の結果であるから,エアゾール装置分野では,安全性の点で8バールを超える圧力の噴射剤は,通常は使用されていないという同技術分野の技術常識が存在することを主張する。しかしながら,原告の主張に係る同法及び一般高圧ガス保安規則6条2項7トによる規制は,高圧ガスによる災害を防止するため,高圧ガスの製造をしようとする者が都道府県知事の許可を受けようとする場合において,定置式製造設備である製造施設におけるエアゾール製造の技術上の基準として,温度35度において容器の内圧が0.8メガパスカル以下であることが求められているものであるところ,これをもって,容器の内圧が0.8メガパスカル(8バール)を超えるエアゾールの製造装置が設置されることがないとしても,これは,法的規制との関係で,そのような形での利用がされないということになるにすぎず,そのことをもって,発明に係る技術思想という次元でみた場合に,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めること」のために容器の内圧が8バールを超える範囲の圧力を当業者において実験的に求めることそれ自体が困難になるものではない。現に,原告において,そのような法的規制があるにもかかわらず,その主張に係る技術課題を解決するために,その規制を超える圧縮ガスを用いた本願発明に至っていることがその証左である。 また,原告は,周知例は,工場内で旋盤等に使用される作業用オイル噴霧用スプレー缶という特定の製品についてのものであり,引用発明のように化粧品を噴霧するためのエアゾール装置でもなく,甲2技術を引用発明と組み合せて本願発明の進歩性を論じることはできないと主張する。しかしながら,引用発明は,前記第2の3(2)アのとおりのものであって,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置であるのに対し,甲2技術は上記(1)のとおりのものであって,工場内で旋盤等に使用される作業用オイルを噴霧するためのスプレー缶についての技術であるとしても,その用途の違いはともかく,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置という技術分野それ自体についてみれば,その技術思想を共通するものということができるから,甲2技術を引用発明に適用することができる。甲2技術は,引用発明のように圧縮ガスと被噴射物とが2区画に分離したものではなく,本願発明及び引用発明とは,圧縮ガスと被噴射物が接触するタイプのスプレー缶についての技術であるとの構造の相違があるが,甲2技術は,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置において「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」ことが周知な事項であることを例示するものとして利用されているものにすぎないから,上記構造の相違をもって,甲2技術を引用発明に適用することができないという理由はない。 (4)小括以上によると,圧縮ガスを用いて内容物を噴射するエアゾール装置において,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」ことは周知の事項であったと認めることができる。 2本願発明における圧縮ガスの圧力範囲について原告は,引用例には,圧縮ガスの圧力範囲をどのように設定すべきかについて何ら記載も示唆もされておらず,また,周知例においても,本願発明や引用発明のように,圧縮ガスと被噴射物が分離しているようなエアゾール装置において圧縮ガスを9ないし11バールとすべき点については記載も示唆もされていないと主張する。 しかしながら,上記(1)のとおり,周知例において示された「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定める」とすることは周知な事項ということができ,これを引用発明に適用すると,当業者であれば,内容物に応じて最適な圧縮ガスの圧力を求めることは格別困難なことではない。 したがって,原告が本願発明において圧縮ガスを9ないし11バールとしたからといって,それ自体が当業者において容易に想到し得ないものであったというわけではなく,原告の主張は採用することができない。 なお,原告は,本願発明における圧縮ガスの数値が一般高圧ガス保安規則の制限を超えるものであったことから,当業者において容易に想到し得ないものであったようにも主張するが,その主張を採用し得ないことは前記説示のとおりである。 3本願発明の臨界的意義について(1)本願発明の課題本願明細書の発明の詳細な説明によると,本願発明は,従来の毛髪トリートメント剤を噴射するエアゾール装置においては,経時的又は容器の不正確な使用によって,圧縮ガスの漏れが生じ,圧縮ガスの圧力が失われる結果,トリートメント剤の噴射が微弱となり,その結果,毛髪に対してトリートメント剤が微量しか分配されなくなるとの問題があったところ,推進剤の圧縮ガスから毛髪トリートメント剤を機械的に分離することにより,圧縮ガスの漏れや毛髪へのトリートメント剤の分配といった上記の問題を解決することができるような効果を得ることができるようになったというものである。 (2)引用発明の課題他方,引用例の発明の詳細な説明によると,引用発明は,外容器の内部に内容物を充填した内袋を装着し,この内袋を内容物の減少に伴って容積の減少を可能にするように形成した二重エアゾール容器において,従来,外気と内袋内は連通状態となっており,内容物が内袋内に残留した外気と接触する結果,内容物の酸化,変敗等が生じるなどの問題があったところ,内容物の減少に伴って容積を減少可能にした内袋の開口部内周に,バルブ機構を配置したマウンテンカップを挿入係合し,この内袋とマウンテンカップからなる液収納体のマウンテンカップをエアゾール容器のビード部に結合するとともに,内袋をエアゾール容器内部に挿入して装着するなどし,バルブ機構を介して内容物を内袋内に充填するようにすることとし,その結果,内袋内の内容物と外気とが接触するおそれがなく,製造工程において確実に外気を遮断した状態において内袋内に内容物を充填することができ,そのために,内袋内に充填する内容物が酸化しやすいものであったり,外気との接触により汚染しやすい医薬品,化粧品,食品等であったり,外気との接触による温度上昇によって発泡を生じるようなものであっても,変質を生じることがない確実な充填を可能とすることができるなどの効果を得ることができるというものである。 (3)両課題の検討以上によると,本願発明の課題は「圧縮ガスの漏れを防止し,毛髪へトリートメント剤を確実に分配するという効果を発揮すること」であるのに対し,引用発明の課題は「エアゾール容器の製造中及び使用中における内容物と外気との接触を回避するという効果を発揮すること」であって,この点をみると,両者の課題は必ずしも共通するものではない。 しかしながら,前記第2の3(2)イのとおり,本願発明及び引用発明とも,圧縮ガスを利用する2区画エアゾール装置であるところ,このようなエアゾール装置においては,噴射物が均一に噴射されることは自明な課題ということができ,このことは,引用例【0042】においても,「内袋(1)は,内容物(11)の減少に伴う収縮が,安定して行われる。従って,噴射の終期まで均一な噴射が持続するとともに,内容物(11)を無駄なく噴射し得るものとなる。」と記載されていることからも認められるところであって,本願発明と引用発明とは,均一な噴射を行うという自明な課題を共通にしているということができる。 そして,エアゾール装置において,ガス圧は,内容物の噴射状態に影響を与えるものということができるから,均一な噴射状態を維持するためにガス圧を適宜設定することは,当業者において当然の設計事項ということができる。 (4)本願発明の数値範囲の意義上記(3)のとおり,本願発明の課題である毛髪へ内容物を確実に分配するという点は,引用発明においても自明の課題として共通するものということができるところ,本願明細書においては,本件相違点に係る本願発明の「圧縮ガスの圧力が9乃至11バール」とする数値範囲の臨界的意義は全く記載されていない。 そうすると,本願発明の数値範囲は,その範囲内で特に有利な効果を有するものとして規定されたものであるとまで認めることはできず,圧縮ガスの圧力を適宜決めた以上のものと認めることはできないから,当業者において,圧縮ガスの圧力を適宜調整してこの数値範囲を選択することは容易なものであったということができる。 したがって,本件相違点に係る数値限定に臨界的意義を要しないとして,容易想到性がないとする原告の主張は理由がない。 4本願発明の効果について上記3(3)のとおり,本件相違点に係る本願発明の「圧縮ガスの圧力が9乃至11バール」とすることにつき特に有利な効果が認められるものではなく,当業者において適宜調整して選択できる範囲のものであったということができる。 この点について,原告は,平成21年6月23日に行った原告実験において,上記数値範囲の平均値である10バールの圧力の圧縮ガスを使用した方が,上記数値範囲位下の7バールの圧力の圧縮ガスを使用するよりも,ヘアトリートメント組成物の毛髪への分配が有意に優れることが確認されたと主張するが,そのような効果については本願明細書が記載するものではない上に,原告実験において,9ないし11バールという数値範囲のすべての部分でその効果が満たされること,また,その数値範囲を超える圧力の圧縮ガスを使用したものとの関係で臨界的意義があることも認められないものであって,原告実験をもって,本願発明の効果をいう原告の主張を採用することができない。 したがって,本件審決が本願発明の効果を看過したという原告の主張は,その前提において,理由がない。 5本願発明の進歩性について以上のとおり,上記高圧ガス保安法による規制があることにより,当業者においてエアゾール装置である製品としては9ないし11バールに圧力を設定することがこれまでなかったとしても,発明の創作という技術的観点からすると,「圧縮ガスの圧力を内容物に応じて定めること」との周知な事項に基づいて,引用発明において,毛髪トリートメント組成物を噴霧するに好適な圧力を8バールを超える範囲でも実験的に探索し,その結果,9ないし11バールの圧力を求めることは,原告だけでなく,当業者のだれでも,その通常の創作活動として可能であったということができる。そして,9ないし11バールの圧力範囲に設定すること自体に格別な技術的意義や効果があるとは認められないのであるから,当業者による通常の創作能力により実験的に数値範囲を最適化又は好適化したというにすぎず,本願発明は,引用発明並びに甲2技術及び乙1公報に記載された技術としての周知の事項から,当業者が容易に発明をすることができたものということができる。 6結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由がなく,本件請求は棄却されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 本多知成 |
裁判官 | 荒井章光 |