関連審決 | 不服2002-23975 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成15行ケ337審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ336審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ12207特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14行ケ426特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10490審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 一致点の認定 / 周知技術 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
64号
審決取消請求事件
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原告 株式会社竹内製作所 訴訟代理人弁理士 綿貫隆夫,堀米和春 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 田中弘満,杉浦淳,高木進,大橋信彦,井出英一郎,岡田 孝博 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/10/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-23975号事件について平成15年12月22日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:株式会社竹内製作所(原告) 発明の名称:「パワーショベル」 出願番号:特願平11-96637号 出願日:平成11年4月2日 手続補正:平成14年5月21日,平成14年9月17日 (2) 本件手続 拒絶査定日:平成14年10月29日 審判請求日:平成14年12月12日(不服2002-23975号) 審決日:平成15年12月22日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年1月21日(原告に対し) 2 本願発明の要旨(前記平成14年9月17日付け補正後の特許請求の範囲(甲13)。以下,甲13における明細書を「本願明細書」という。) 「下部走行体上の旋回軸心を中心に走行面と平行な面上で旋回する上部旋回体が設けられ,ブーム,アーム,バケットのアタッチメントの順に連結されて前記上部旋回体に装備される掘削作業装置が,前記上部旋回体とは別体のブームブラケットに前記ブームの後端部で上下方向に回動可能に軸着されると共に,前記上部旋回体に設けられた一対の支点軸と前記ブームブラケットに設けられた一対の支点軸とに軸着する一対のリンクによって構成される四節リンクを介して側方へオフセット可能に支持されたパワーショベルにおいて,前記上部旋回体の上に設けられる運転室等の構成物の基部となるフレームが,前方に開口され,該開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ箱型状の空間を備える形状に設けられ,該箱型状の空間内に,前記一対のリンクが前記上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められると共に,前記四節リンクを作動させて掘削作業装置をオフセットさせるオフセットシリンダの一端部が前記四節リンクを構成する一対のリンクのうち一方のリンクの前記上部旋回体への軸着側近傍の連結部に,他端部が前記ブームブラケットにそれぞれ回動自在に軸着されて収められ,前記一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される前記上部旋回体の一対の支点軸の間隔の方が,前記一対のリンクのそれぞれの他端部が軸着される前記ブームブラケットの一対の支点軸の間隔よりも大きく,前記一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される前記上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線が,前記上部旋回体の前記旋回軸心より後方を通ることを特徴とするパワーショベル。」 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,引用例として特開平9-242104号公報(甲2。以下「引用例」といい,これに記載された発明を「引用発明」という。)を示して本願発明と対比し,引用発明の「旋回軸」,「リンクピン」,「基部となる部分」,「スイングシリンダ」は,それぞれ,本願発明の「旋回軸心」,「支点軸」,「基部となるフレーム」,「オフセットシリンダ」に相当するとし,引用発明における前方の開口部から後方に設けられた空間は,開口部から上部旋回体の旋回軸を後方に越える範囲に及ぶことが明らかであるとした上,両者の一致点を次のとおり認定した。 「両者は,下部走行体上の旋回軸心を中心に走行面と平行な面上で旋回する上部旋回体が設けられ,ブーム,アーム,バケットのアタッチメントの順に連結されて前記上部旋回体に装備される掘削作業装置が,前記上部旋回体とは別体のブームブラケットに前記ブームの後端部で上下方向に回動可能に軸着されると共に,前記上部旋回体に設けられた一対の支点軸と前記ブームブラケットに設けられた一対の支点軸とに軸着する一対のリンクによって構成される四節リンクを介して側方へオフセット可能に支持されたパワーショベルにおいて,前記上部旋回体の上に設けられる運転室等の構成物の基部となるフレームが,前方に開口され,該開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ空間を備える形状に設けられ,該空間内に,前記一対のリンクが前記上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められると共に,前記四節リンクを作動させて掘削作業装置をオフセットさせるオフセットシリンダの一端部が前記四節リンクを構成する一対のリンクのうち一方のリンクの前記上部旋回体への軸着側近傍の連結部に回動自在に軸着され,他端部も回動自在に軸着されて収められ,前記一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される前記上部旋回体の一対の支点軸の間隔の方が,前記一対のリンクのそれぞれの他端部が軸着される前記ブームブラケットの一対の支点軸の間隔よりも大きいパワーショベルの点で一致(する。)」 (2) 審決は,本願発明と引用発明との相違点を次のとおり認定した。 「相違点1:空間が,本願発明では,箱型状の形状であるのに対し,引用発明では,どのような形状であるか明記されていない点。 相違点2:本願発明では,オフセットシリンダの一端部が四節リンクを構成する一対のリンクのうち一方のリンクの上部旋回体への軸着側近傍の連結部に,他端部がブームブラケットにそれぞれ回動自在に軸着されているのに対し,引用発明では,一端部は四節リンクを構成する一対のリンクのうち一方のリンクの上部旋回体への軸着側近傍の連結部に回動自在に軸着されているが,他端部は上部旋回体に回動自在に軸着されている点。 相違点3:本願発明では,一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線が,前記上部旋回体の旋回軸心より後方を通るのに対し,引用発明では,そのような構成になっていない点。」 (3) 審決は,相違点1につき,次のとおり判断した。 「引用発明の空間の形状を箱型状とすることは,設計的事項にすぎない。」 (4) 審決は,相違点2につき,次のとおり判断した。 「特開平7-252856号公報,実願昭50-15614号(実開昭51-102202号)のマイクロフィルムにも記載されているが,パワーショベルにおいて,オフセットシリンダの一端部を四節リンクを構成する一対のリンクのうち一方のリンクの上部旋回体への軸着側近傍の連結部に,他端部をブームブラケットにそれぞれ回動自在に軸着するように設けることは周知技術にすぎず,引用発明のスイングシリンダを,相違点2に係る本願発明のように設けることは当業者が適宜なし得ることにすぎない。」 (5) 審決は,相違点3につき,次のとおり判断した。 「一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線を,前記上部旋回体の旋回軸心より後方とすれば,パワーショベルのバランスが良いことは自明なことであり,また,パワーショベルの機能上,バランスは当然考慮すべきことであるから,相違点3に係る本願発明のようにすることは当業者が容易に想到し得ることにすぎない。 そして,本願発明によってもたらされる効果も,引用発明及び周知技術から当業者であれば予測することができる程度のものであって,格別なものとはいえない。」 (6) 審決は,次のように結論付けた。 「本願発明は,引用発明及び周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」 |
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原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は,引用発明の認定を誤った結果,一致点の認定を誤った。すなわち,審決は,引用発明につき,「(開口部から後方に設けられた)空間は,開口部から上部旋回体の旋回軸を後方に越える範囲に及ぶことが明らかである」と認定した上,一致点として,「前記上部旋回体の…フレームが,前方に開口され,…後方に越える範囲に及ぶ空間を備える形状に設けられ,該空間内に,…軸着されて収められる」と認定したが,誤りである。 本願発明において,空間が「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ」とは,「旋回軸心を含んで後方に及ぶ」と解釈されるのに対し,引用例の図2からは,せいぜい,「旋回軸の側方に,スイングシリンダを収容する空間が後方に伸びている」程度にしか理解されない。 引用例においては,スイングシリンダ12を収容する空間が旋回軸心よりも後方に伸びているが,第1,第2リンク5,6を収容する空間が旋回軸心よりも後方に伸びているとは到底認められないし,事実そのような記載は一切ない。 一対のリンクが収容されるフレームの空間が,上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶものであるか否かは,上部旋回体への一対のリンクの軸着位置とも関係するので重要な技術的事項である。 2 取消事由2(相違点1及び3についての判断の誤り) (1) 本願発明における,フレーム構成と一対のリンクの関係は,「上部旋回体の上に設けられる運転室等の構成物の基部となるフレームが,前方に開口され,該開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ箱型状の空間を備える形状に設けられ」ているのであり,「該箱型状の空間内に,前記一対のリンクが前記上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められている」のであり,「前記一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される前記上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線が,前記上部旋回体の前記旋回軸心より後方を通る」ように関係づけられている。 本願発明において,フレームにおける「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ箱型状の空間」とは,前記のように,上部旋回体の旋回軸心を含んでさらに後方に及ぶ範囲と解釈されるところである。 このような本願発明におけるフレーム構成は,この種パワーショベルにおける設計の既成観念,常識的見地からは到底発想し得ない奇抜な構成である。すなわち,この種パワーショベルの設計者は,掘削力からの強大な反力をどのような剛性のある構造で受けとめるか常に意識した設計をしている。しかるに,上部旋回体の旋回中心部分は,下部走行体への油圧動力を伝える複数回路の回転継手とその油圧配管部品などが存在する箇所との認識があり,通常の設計者において,この部分を箱体状の空間に構成するなどという発想は,強度部材があるべき所に何もない違和感があって,到底想いもつかないものである。 そのため,引用発明のように,掘削力からの反力を受けとめる第2リンクピン8,第4リンクピン11の位置は,上部旋回体9の前方位置となるのであり,通常は,上部旋回体の旋回軸心を後方に超えた位置などに到底設定することはできない。 本願発明は,パワーショベルにおける既成観念,常識的見地を初めて打破したものであり,強度的に配慮する必要はあるが,初めて上記構造のフレーム構成を採用したものである。審決のいうように単なる設計的事項でも,自明な事項でもない。 (2) なお,本願発明を採用したパワーショベルは,建設機械の先進国である欧州における欧州建設機械展示会で新技術部門で受賞した(甲4〜7)。 (3) 本願発明は,パワーショベルにおける当業者の既成観念,常識的見地を初めて打破してなされたものであり,上記のような支点軸の配置関係に設定したことにより,@装置の小型化が図れ,A正面での掘削作業時の前後方向の荷重バランスが良くなり,Bオフセットした状態での掘削作業時の左右方向の荷重バランスが良くなって,C装置全体の安定性,安全性に優れるという,引用例に見られない有利な作用効果をもたらすものである。さらには,D上部旋回体における一対の支点軸を結ぶ線が,上部旋回体の旋回軸心より後方を通るように設定したので,小型でありながら第1リンク,第2リンクを比較的長いものに設定可能であり,それだけ左右への十分な距離のオフセットが可能であるという作用効果も奏するものである。本願発明によってもたらされる作用効果は,引用発明及び周知技術から当業者であれば予測することができる程度のものではなく,格別有利な作用効果を奏するものである。 本願発明における上記Cの効果は本願明細書に明記されているし,@ないしB及びDの効果は,本願明細書及び図面の記載から,引用発明と比較した有利な効果として当業者が十分推論できるものであるから,これらの効果をも参酌すべきである。 本願発明における上記作用効果は,上記相違点3に係る構成を採用することによって達成されるものであり,相違点3に係る構成を採用することが当業者に容易でないのであるから,本願発明は進歩性を有する。 |
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被告の主張の要点
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して 引用発明のスイングシリンダ12のシリンダの後端12bは,上部旋回体の旋回軸心よりも後方にあることは明らかであり,上部旋回体9は運転席14等を設けるためのフレームを形成しており,該フレームの前方は,当然に開口されているといえる。そうすると,第1,第2リンク5,6及びスイングシリンダ12は,フレーム状の上部旋回体9の中において,揺動できるだけの空間を有して配置されていることになるから,該空間は,開口部から上部旋回体の旋回軸を後方に越える範囲に及ぶものと考えられる。審決の認定に誤りはない。 2 取消事由2(相違点1及び3についての判断の誤り)に対して (1) 本願発明における「箱型状の空間」がどのような形状であるか不明確である。引用発明の上部旋回体は,フレームを形成しているといえ,フレームには上記のように空間が設けられており,この空間を相違点1に係る構成のように箱型状の空間とすることは,当業者が適宜できる設計上の事項にすぎない。 原告は,本願発明におけるフレーム構成は,この種パワーショベルにおける設計の既成概念,常識的見地からは到底発想し得ない奇抜な構成である旨主張するが,後記のように,油圧パワーショベルにおいて,前後方向の安定性をも確保することは,当業者が当然に考慮すべき事項であって,油圧パワーショベルが当然に有する重要な課題の一つであるから,本願発明のフレーム構成は,当業者が設計するに当たり検討する設計的事項の1つにすぎないといえる。 (2) 本願明細書の記載によれば,本願発明の相違点3に係る構成とした目的や作用効果は,パワーショベル等の作業機械の「安定性」を得るということにあると解され,ここにいう「安定性」は,パワーショベルのブームを前後,左右,上下のいずれの方向に作動させた場合においても,パワーショベルが傾いたり,倒れることがないように,安定していることをいうと解される。 ところで,一般に,パワーショベルにおいては,ブームの先にアームやバケットが設けられており,バケットには土や石が収容されることから,特に前方に傾きやすく,不安定になりやすいという課題を有しており,この課題を解決するために,ブームを支持する位置を,油圧パワーショベルの旋回中心に近づけることにより特に前後方向の安定性を確保するという技術思想は,本件出願前に周知のことであった。また,本願明細書の記載(段落【0007】)にも記載されているように,四節リンク構造を油圧パワーショベルの旋回中心に近づければ,油圧パワーショベルの安定性が確保できるということは,当業者における基本的な認識といえる。 そうすると,引用発明において,車体の前後方向の安定性を確保するために,ブーム1を支持する第1,第2リンクの支持点(第2,第4リンクピン)を結ぶ線を,油圧パワーショベルの旋回中心よりも後方に位置させるようにすることは,当業者が容易に思い至る事項にすぎないといえる。 また,旋回中心部分を空間とすることに阻害要因があるとはいえない。 (3) 原告主張の欧州建設機械展示会で新技術部門で受賞したことが事実であったとしても,受賞したのはあくまでもパワーショベルであって,本願発明と直接関係はなく,また,本願発明の進歩性の有無とは直接関係がない。 (4) 原告主張の作用効果のうち,装置の小型化が図れること,正面での掘削作業時の前後方向の荷重バランスがよくなること,オフセットした状態での掘削作業時の左右方向の荷重バランスがよくなること,相違点3に係る構成としたので,小型でありながら第1リンク,第2リンクを比較的長いものに設定可能であり,それだけ左右への十分な距離のオフセットが可能であることという効果は,明細書に記載されていない事項である。そして,装置全体の安定性,安全性に優れるという作用効果については,油圧パワーショベルにおいて,前後方向の安定性をも確保することは,当業者が当然に考慮すべき事項であって,油圧パワーショベルが当然に有する重要な課題の一つであることを考慮すると,何ら格別な作用効果ではない。 そして,いずれの上記効果も,相違点3に係る構成を採用することによって当業者が予測できる範囲内であって,格別な作用効果とはいえない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 前記第2の2のとおり,本願発明の特許請求の範囲には,空間について,「フレームが,前方に開口され,該開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ箱型状の空間を備える形状に設けられ,該箱型状の空間内に,前記一対のリンクが前記上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められる」との記載がある。 この記載によれば,空間は,「箱型状」であって,「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ」ものであること,空間には,「一対のリンクが上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められる」ことが認められる。 しかし,本願発明の特許請求の範囲には,それ以上に空間を定義付ける規定は見当たらず,必ずしも,空間の機能,空間を形成する範囲が明確とはいえない。 (2) そこで,本願明細書(甲13)の発明の詳細な説明欄をみると,同欄には,次のような記載がある。 「本発明では,上部旋回体10において,運転室16,作動油タンク17等構成物が設けられるフロアーの下部(基部)であるフレーム19が,機体の前方Fが開口され,開口部から旋回軸心Aを超える位置範囲に及ぶ箱型状の空間10aのある構造に設けられている。そして,ブームブラケット4に二つの支点軸(ピン7)を設けると共に上部旋回体10に二つの支点軸(ピン8)を設けて第1リンク5及び第2リンク6をピン7,8でそれぞれ連結し,シリンダ15を第1リンク5とブームブラケット4の間に配設し,前記箱型状の空間10aのある上部旋回体10のフレーム19中に好適に収めてある。」(段落【0016】) 「また,第1リンク5,第2リンク6の上部旋回体10への軸着位置B,Cは幅方向ではブームブラケット4に軸着されている間隔より広く,前後方向では軸着位置B,Cを結ぶ線は旋回軸心(A点)の後方を通るように位置している。このため,従来技術のように機体の前方にリンク構造を設けた機械に比較して,第1リンク5及び第2リンク6を無理なく設けることができる。これにより,ブームフート4aの旋回軸心Aよりの距離L1は通常のブームスイング式パワーショベルと同等の距離に好適に設定でき,安定性を確保できる。また,軸着位置B,Cが,旋回軸心Aの半径方向両側へ振り分けられた位置に好適に設けられているため,掘削作業装置22に作用する荷重をバランスよく分散できるため,フレーム構造としても剛性を確保できる。」(段落【0017】) (3) 上記発明の詳細な説明欄の記載をも参酌して検討するならば,本願発明において,箱状型の空間は,リンク装置を好適に収めるために設けられているものといえ,「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ」ことの技術的意味は,前後方向において,第1リンク5,第2リンク6の上部旋回体10への軸着位置B,Cを結ぶ線が,旋回軸心(A点)の後方を通るように,リンクの軸着位置を定めることが可能であり,また,第1リンク5,第2リンク6の作動に支障のないように空間を設計することにあるといえる。そうすると,「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ」空間とは,旋回軸心の後側において,旋回軸心の後方に向かって伸びており,リンクが軸着される支点軸が位置するとともに,リンク装置の作動空間となる空間であると解される。 (4) ここで,引用例(甲2)の記載,特に,本願発明の上記構成に対応する構成に関して説明された段落【0010】ないし【0013】の記載のほか,図2の記載(上部旋回体9の上に設けられる運転席14等の構成物の基部となる部分内に,前方から,第1リンク5及び第2リンク6が,その他端を第2リンクピン及び第4リンクピンで上部旋回体9に軸着されて収められている状況が示されている。)に照らせば,引用発明においては,スイングシリンダ12が第1リンク5及び第2リンク6のいずれの側に設けても良いのであるから,旋回軸心の両側において旋回軸心の後方に空間が伸びていることは明らかである。しかし,引用例には,旋回軸心の後側にリンクが軸着される支点軸を位置させることや,旋回軸心の後側がリンク装置の作動空間となることについては,記載がない。なお,引用例において,スイングシリンダ収納空間と旋回軸心の後方空間との間に隔壁が形成されているとは記載されていないことからすると,スイングシリンダ収納空間と旋回軸心の後方空間とが連続していることも考えられるが,定かではない。 以上によれば,引用発明は,上記(3)で認定した意味における「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ」空間を有しているとは断定し得ない。 (5) そうすると,審決が,引用発明において「開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ」空間が形成されていると認定し,これを前提に「…開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ空間を備える形状に設けられ,該空間内に,前記一対のリンクが前記上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められる」とした一致点の認定部分は,必ずしも正確ではない。 しかし,仮に,審決の上記一致点の認定部分が誤りであるとしても,審決は,前記のとおり,相違点3として,「本願発明では,一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線が,前記上部旋回体の旋回軸心より後方を通るのに対し,引用発明では,そのような構成になっていない点。」と認定している。そして,この相違点3の認定を実質的にみれば,旋回軸心の後側にリンクが軸着される支点軸が位置するかどうか,また,リンク装置の作動空間となる空間が存在するか否かを相違点として認定しているものと認められる。 そうであれば,結局は,相違点3の判断の当否の問題に帰着するといえ,上記一致点の認定の誤りは,実質的にみて相違点を看過するものではなく,審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。 2 取消事由2(相違点1及び3についての判断の誤り)について 審決の判断過程に従うとすれば,相違点1についての判断の誤りと相違点3についての判断の誤りとは,別個の審決取消事由となるものであるが,原告は,一貫して両者を同一項目において混然一体として主張している(主張を精査すると,原告は,両者を密接不可分のものととらえて主張しているように解されるが,実質的には,相違点3についての判断の誤りに帰着するもののようにも解される。)。そこで,本判決では,原告の主張に沿って,両者を一体として主張整理し,判断する。 (1) 箱型状の空間について検討するに,本願発明の特許請求の範囲には,「フレームが,前方に開口され,該開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶ箱型状の空間を備える形状に設けられ,該箱型状の空間内に,前記一対のリンクが前記上部旋回体の一対の支点軸に回動可能に軸着されて収められる」と記載されている。 この記載において,「箱型状」の空間とは,いかなる形状の空間であるのか必ずしも明らかであるとはいえない。そこで,本願明細書(甲13)の発明の詳細な説明欄をみると,「上部旋回体10の下部が,図5に示すように,前方Fが開口した箱型状の空間10aのあるフレーム構造となるべく,全体の主体部を構成する部材であって平面状に設けられたベース部材11と,フレーム構造の上部を構成する部材であって平面状に設けられた上面部材12と,そのベース部材11と上面部材12とをつなぐ縦の部材である側面板13,14とによって,箱型に構成されている。」(段落【0012】)と記載されている。この記載からすると,「箱型状」の空間とは,フレームを構成しているベース部材,上面部材及び両側面板により画成されている前方に開口された空間を指すもので,フレーム内におけるリンク収容空間であると認められる(なお,「箱型状」の語義に照らせば,箱の底に相当する部分が存在するものと解されるが,本願明細書(甲13)及び図面(願書添付図面,甲8)の記載からは,箱の底の部材に相当するものが明らかでない。したがって,「箱型状」空間とは,ベース部材,上面部材及び両側面板により,概ね箱型状に形成されている空間であると解するほかない。)。 (2) 一方,引用例(甲2)の図2によれば,引用発明においても,上部旋回体9がベース部材,上面部材及び両側面板からなるフレームを有し,これらにより画成される前方に開口された空間内にリンク装置が収容されていることが認められる。 したがって,引用発明もまた上記意味における「箱型状の空間」を有しているものというべきである。 (3) 審決は,相違点1について,「引用発明の空間の形状を箱型状とすることは,設計的事項にすぎない。」と判断したが,その説示に照らせば,空間の形状(箱型状)が想到容易であると判断したものと解される。審決のこの説示は,引用発明においては,空間形状が「箱型状」でないと認定しているかのように解されなくもないが,審決の説示全体(特に相違点3についての判断部分)の趣旨に照らせば,上記判断は,空間形状は収納するリンク装置に合わせて適宜設計し得るとの趣旨であることが明らかである。 このことに加え,前記(1),(2)に判示の点にも照らせば,審決の相違点1についての判断は,是認し得るものである。 原告の主張のうち,相違点1についての判断の誤りをいう部分は,本願発明における空間の配置(開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲)の想到困難性をいうもののように解されるのであって,そうであれば,審決を正解していないものというべきである(この主張は,後に実質的に考慮して判断する。)。 (4) 相違点3の判断について検討するに,確かに,引用例(甲2)においては,一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線が,前記上部旋回体の旋回軸心より前方を通るものである(実願昭50-15614号(実開昭51-102202号)のマイクロフィルム(甲3)も同様である。)。 しかし,引用例においては,第1リンク5及び第2リンク6の上部旋回体9への軸着位置は限定されないこと,及び,第1リンク5及び第2リンク6とを同一の長さに設けなくてもよいことが記載されている。しかも,引用例には,「リンク機構の構成は,左右への移動量と回動角度の関係,又は所望する側溝の範囲と掘削作業装置の姿勢の関係で定める設計者の意図によって決定されるもの であるが,四節平行リンクとしないことで,オフセットの距離を大きくとることができるとともに,掘削作業装置による掘削部分が正常な視界に収まるように好適に設定できる。 すなわち,掘削作業装置の最も重要な部分のバケットを直視できるように,バケットと運転席とを好適な位置関係にすることができる」(段落【0017】)と記載されている。これらの記載からすると,リンクの上部旋回体への軸着位置は,そもそも,当業者が適宜設計変更可能なものといえる。 そして,上記甲3には,「(第2図,第3図に示す)構造であると掘削装置Aの車体中心X-Xからの変位量?が平行四節リンクCの支点間の長さLによって決定されるために変位量?を大きくするには平行四節リンクCの支点間長さLを長くしなければならないが,支点間長さLを長くすると掘削装置Aの上下方向モーメントが大となって車体が転倒し易いという不具合を有している。本考案は上記の事情に鑑みなされたものであり,その目的は掘削装置を車体中心に対して平行に車体側方に傾動変位できると共に,車体安定性を低下することなく変位量を大きくできるようにした油圧パワーショベルを提供することである。」(2頁11行ないし3頁3行)との記載がある。この記載によれば,掘削装置Aを車体中心に近づけた方が掘削装置Aの上下方向モーメントを小さくでき,安定性が得られることが理解されるから,引用発明においても,ブーム1等が旋回軸心に近づくように,リンクの軸着位置を設定することは,当業者ならば容易に想到できることである。 以上によれば,リンクの軸着位置を引用例に図示されたものより可及的に後方とし,一対の支点軸を結ぶ線が前記上部旋回体の旋回軸心より後方を通るようにすること(結果として,箱型状空間は,開口部から上部旋回体の旋回軸心を後方に越える範囲に及ぶものとなる。)は,当業者が容易に想到し得ることであるというべきである。 (5) 原告は,「箱体状の空間」には,通常は強度部材があるべき所であるとの認識があるので,その部分を何もないようにすることは,違和感があって想到し得ないものであり,そのため,リンクピンの位置は,通常,上部旋回体の旋回軸心を後方に超えた位置などに到底設定することはできないのであって,本願発明は,パワーショベルにおける既成観念,常識的見地を初めて打破し,初めて前記構造のフレーム構成を採用したものであるから,単なる設計的事項でも,自明な事項でもないと主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は,採用することができない。 (a) 本願発明において,「箱型状」空間とは,上記のとおりに解されるのであり,強度部材があるべき所に何もない部分であると解することはできない。 原告の主張が,空間の形状ではなく,空間の配置を問題にするものであるとしても,「箱型状」空間と強度部材との関連については,本願明細書中において何ら説明がなされていないのであるから,「箱型状の空間」とは,強度部材があるべき所に何もない部分であると解することはできない(なお,本願発明においては,「一対のリンクのそれぞれの一端部が軸着される前記上部旋回体に設けられた一対の支点軸を結ぶ線が,前記上部旋回体の前記旋回軸心より後方を通る」ようにされているが,一対の支点軸を結ぶ線は仮想線であり,構造物が存在するわけではないから,一対のリンクの作動に影響がなければ,旋回軸心のすぐ後側部分に強度部材を配置し得るというべきであって,その箇所を何もない部分とする必要はない。)。 しかも,これまで,あるべき所に強度部材を設けるのが当業者の常識であるとして,本願発明がこの常識を打破したというのであれば,あるべき所以外に,従来の強度部材に代わる強度保持手段を設けることが不可欠であるというべきところ,このような強度保持手段について,本願明細書には何の記載もない。 したがって,「箱型状の空間」は,本来あるべき強度部材が何もない部分であるとの前提に立つ原告の主張は,採用することができない。 (b) 引用例には,旋回軸心の後側において,リンクが軸着される支点軸を位置させ得ないとか,リンク装置の作動空間を確保できないといった阻害事由の存在については,何ら記載されていない。また,仮に,旋回軸心の後側に強度部材が設けられているとしても,リンク装置が強度部材と干渉しないように支点軸を定めればよいのであるから,強度部材の存在が旋回軸心の後側に支点軸を設けることの阻害要因となるわけではない。 (6) 原告は,本願発明を採用したパワーショベルが欧州の展示会で受賞したことも主張する。しかし,それが事実であるとしても,発明の進歩性とは次元を異にするものであって,そのことにより,直ちに本願発明の進歩性が肯認されるものではない。 (7) 原告は,前記のとおり,本願発明の作用効果を種々述べて,本願発明が格別有利な作用効果を奏するものであると主張する。 しかし,原告の主張は,前記のとおり,「本願発明における上記作用効果は,相違点3に係る構成を採用することによって達成されるものであり」というものであるところ,相違点3に係る構成に容易に想到し得るとした審決の判断に誤りがないことは,前判示のとおりであるから,その作用効果も予測することのできる範囲内のものであり,原告の主張は,採用することができない。 この点をおくとしても,上記のように設定したことによる作用効果は,第1リンク,第2リンクを比較的長いものに設定することが可能であるということに基づくものであり,格別のものであるとはいえない。すなわち,旋回軸心を基準として,一対の支点軸を結ぶ線が旋回軸心より前方か後方かの相違により,当業者が予測できない作用効果が奏されているということはできない(この点,本件出願時の請求項2には「上部旋回体の一対の支点軸を結ぶ線が,上部旋回体が旋回する中心である前記旋回軸心或いは該旋回軸心の近傍を通る」と記載され(甲8),本願明細書(甲13)の段落【0024】においても同様の記載があるのであって,旋回軸心より後方であることが格別の作用効果を奏するものではないことを示している。)。 また,原告は,装置全体の安定性,安全性が優れたものとなるとも主張するが,このような作用効果は,リンクの上部旋回体への軸着位置等を含めたリンクの具体的設計において,当業者が当然に考慮すべき課題を解決する中で,自ずと得られるものといわざるを得ない。 以上,いずれにしても,本願発明が格別有利な作用効果を奏することから進歩性を有することをいう原告の主張は,採用することができない。 3 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塩月秀平 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 高野輝久 |