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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  債務不履行 /  警告 /  権利の濫用(権利濫用) /  信義則 /  実施 /  侵害 /  実施料 /  同意 /  実施権 /  設定登録 /  対価 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  審決確定(審決が確定) /  費用負担 / 
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事件 平成 16年 (ネ) 3601号 実施料請求既払金返還請求控訴事件
控訴人 株式会社マジカル
訴訟代理人弁護士 松本 学
被控訴人 株式会社ブラッサム 代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 對崎俊一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/10/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 被控訴人は,控訴人に対し,5422万0905円及びこれに対する平成16年1月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,被控訴人が,控訴人に対し,特許出願中の発明(発明の名称「乳房を吸引吸着する人工乳房及び 乳房形乳房成形増大器」,平成8年5月13日出願,以下,この発明を「本件発明」,その特許出願を「本件出願」という。)につき当事者間で締結した専用実施契約(以下「本件実施契約」という。)に基づき,約定の継続実施料の支払を求め(本訴請求),これに対し,控訴人が,本件発明について拒絶理由通知がされたことを受けて,被控訴人に対し,同契約は錯誤により無効である,詐欺により取り消した,債務不履行(契約締結段階の情報提供義務違反)により解除したと主張し,同契約に基づき支払った契約一時金及び継続実施料の返還を求めた(反訴請求)事案であり,本訴請求を認容し,反訴請求を棄却した原判決に対し,控訴人から控訴がされたものである。なお,当審において,控訴人の反訴請求が上記第1の3のとおり減縮された。
本件の前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし3のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正 (1) 原判決4頁1行目〜2行目の「5422万0905円」を「4922万0905円」に改める。 (2) 同頁末尾に次のとおり付加する。
「上記補正書により,本件発明の名称は『乳房形吸着吸引器』に,本件発明に係る特許請求の範囲は『本体内部に乳房がおさまるとともにその裾部が溢れる程度の大きさの乳房形のゴム状弾性体からなる乳房形吸着吸引器であって,上記ゴム状弾性体は,乳房全体を押しくるむようにその中心を支点に逆海老状に広げて放すと乳房形の元の形に戻って乳房を吸引吸着する程度の弾性を有し,その表面は吸引吸着した乳房の肌と一体化しやすくするために肌のような模様が施してある吸盤状吸引器を形成してなることを特徴とする乳房形吸着吸引器』にそれぞれ補正された。」 2 控訴人の主張 (1) 争点(1)(本件実施契約締結における従来技術文献調査の重要性)について 本件実施契約は,本件発明に特許成立の見込みがあることを前提に締結されたものであり,本件発明の進歩性を否定するような従来技術文献が存在するかどうかは,本件実施契約において重要な事項であったから,この点に関する原判決は,以下のとおり,本件実施契約における従来技術文献調査の重要性について,事実を誤認し,判断を誤ったものである。
ア 原判決は,まず,本件実施契約において,従来技術文献調査がいかなる重要性を有するかは,「契約条項から直ちに導くことはできず,本件実施契約に関する具体的事情によって判断すべきである」(9頁14行目〜15行目)と判示する。
しかしながら,特許成立の見込みがなければ,通常,実施契約を締結する必要もないから,特許出願中の発明を対象とする実施契約であるということ自体から,本件実施契約は,本件発明に特許成立の見込みがあることを前提とするものであったことが強く推認されるというべきである。この推認を覆すためには,契約が,特許不成立の場合でも,ノウハウやアイデアに対して実施料を支払う内容となっているなどの特段の事情を必要とするところ,本件実施契約は,そのような内容となっていないし,被控訴人が本件発明に係る商品について独自のノウハウ等を持っていたという事実もない。しかも,本件実施契約には,特許権設定登録ができなくなったことが確定したときに契約を終了させることを規定した11条2項があり,これは本件発明に特許成立の見込みがあることを前提としなければ不要な規定であるから,同条項の存在からも,本件発明に特許成立の見込みがあることが本件実施契約の重要な前提であったことが裏付けられる。
イ さらに,原判決は,本件実施契約に関する具体的事情を検討して,「本件実施契約において,従来技術文献を調査することが重要であったとは認められない」(12頁下から3行目〜2行目)と判示するが,以下のとおり,本件実施契約の具体的事情に関して,事実を誤認している。
原判決は,「原告代表者A(注,被控訴人代表者)には,これまで特許を取得した経験もなかった」(9頁末行),「本件実施契約締結当時の原告代表者は,有力な特許を幾つも取得していたり,特許関係に特別な専門的知識をもっていたわけでもなく,一発明家という以上の存在ではない。会社としての原告も,原告代表者の個人企業といってよいことは明らかである。そして,被告においても,原告の実績,能力を実際以上に高く評価していたと窺われる事情はない・・・これに対し,被告代表者は,特許手続に一応の知識があり,通信販売業の経験も長く,加えて,いつでも弁理士の援助を受けられる状態にあったと認められる。すなわち,被告は,本件出願が特許として成立する可能性を重視していたのであれば,従来技術文献の調査にせよ,それ以外に例えば本件出願の申請書類を弁理士にチェックさせることにせよ,自ら行う能力は十分あったといえる。しかも,調査能力,判断能力という点では,被告は原告を相当上回っており,被告においてもそれを認識していたと思われる」(11頁5行目〜20行目)などとした上,控訴人が自ら従来技術文献の調査等を行わなかったことをとらえて,本件実施契約における従来技術文献調査の重要性を否定した。
しかし,被控訴人代表者は,本件発明以外に5件の発明,考案について特許等の出願をしており(乙34〜40),被控訴人代表者が特許に関しては素人であり,調査判断能力は控訴人の方が勝っていたとする原判決の認定は事実に反する。控訴人が本件発明について自ら従来技術文献の調査をしなかったのは,被控訴人代表者が「全部調べたが似たようなものはなく,絶対に特許は取れる」と説明したからであり,控訴人代表者は,被控訴人代表者が特許については詳しいと思わせるような態度をとっていたため,その説明を信じてしまったのである。
この点につき,原判決は,「被告が真実従来技術文献調査を重視していたのであれば,交渉の相手方である原告代表者の言葉をそのまま信じたというのは,やや不自然である。ましてや,発明の進歩性(特許法29条2項)の判断は,評価を含むものであり,例え実際に特許公報などを調査した上であっても,一発明家が自ら特許申請した発明についてそのような発言をしたからといって,たやすく信用して済む問題とは到底思われない」(12頁4行目〜10行目)というが,調査には手間も費用もかかるから,控訴人は被控訴人代表者に対して従来技術文献を調査したかを確認したのであり,控訴人自ら従来技術に関して専門家の調査を依頼しなかったからといって,従来技術文献調査を重視していなかったとはいえない。
また,原判決は,「従来技術文献調査についての問答はなく,被告代表者は交渉の場において,特許になるころには商品寿命は終わっている,特許関係の手続は任せてくれといっていたとする,原告代表者の供述のほうがはるかに自然であり,信用性が高い」(同頁16行目〜19行目)と認定するが,控訴人代表者において,そのような発言をした事実はなく,被控訴人代表者の供述は,信用性に乏しいものである。
(2) 争点(2)(虚偽の説明の有無)について 上記(1)のとおり,本件実施契約の締結に当たり,被控訴人代表者は,控訴人代表者に対して,「全部調べたが似たようなものはなく,絶対に特許は取れる」という虚偽の説明をした。このような被控訴人代表者の欺罔行為がなければ,控訴人は,自ら従来技術文献を調査し,本件発明の進歩性を明らかに否定することになる文献である特開昭55-36338号公報(乙3,以下「乙3文献」という。)の存在を容易に知り得たはずであるから,本件実施契約の締結に至ることはなかった。本件実施契約は本件発明に特許成立の見込みがあることを前提に締結されたものであり,かつ,控訴人も,本件実施契約を締結するか否かについて,従来技術文献調査の結果を重視していたものであるから,虚偽の説明によって控訴人代表者に類似する従来技術がないと誤信させ,本件実施契約を締結させたことは,詐欺に当たるというべきである。
(3) 争点(3)(被控訴人の調査義務ないし告知義務)について 本件実施契約において,本件発明の進歩性を否定するような従来技術文献が存在するか否かの調査は重要であるから,被控訴人は,従来技術文献を調査する義務を負い,調査をしていなかった場合には,控訴人に調査の機会を与えるために,調査をしていないことを告知すべき信義則上の義務を負っていたというべきである。
仮に,控訴人が従来技術文献調査を重視していなかったとしても,被控訴人は,実施契約締結によって控訴人から対価を得る以上,当然,従来技術文献を調査すべきであり,調査をしていなかったならば,そのことを告知する義務を負っていたというべきである。
(4) 権利濫用 本件出願に対する拒絶理由通知(乙2)が出された平成15年5月9日の時点で,本件発明について特許成立の可能性が実質的になくなったことは,被控訴人も,当然,認識し得たことである。被控訴人が,当然行うべき従来技術文献の調査及び調査の有無についての正確な情報提供を怠ったにもかかわらず,拒絶理由が通知された時点以降も実施料を控訴人に対して請求することは,不当であり,権利の濫用に当たる。
3 被控訴人の主張 (1) 争点(1)(本件実施契約締結における従来技術文献調査の重要性)について ア 本件実施契約の具体的事情に関する原判決の事実認定に誤りはなく,当審で提出された乙34〜40を考慮しても,被控訴人代表者が特許関係に特別な専門知識を持っていたわけでもなく,一発明家という以上の存在ではない,という原審判断の妥当性は揺るがない。
イ 従来技術文献調査が本件実施契約の締結に際しての重要要素でなかったことは,契約条項自体から明らかである。すなわち,本件実施契約には,4条1項,11条2項の各条項が存在し,他方,従来技術文献調査に関し被控訴人側に特別の義務を課す条項を置いていない。このように,契約書に明記されていることと,あえて明記されていないことを総合すれば,本件実施契約は,この種の契約の多くがそうであるように,従来技術文献の調査(ひいては本件発明の特許登録可能性いかん)は,控訴人が自己責任で判断する要素にすぎなかったことがむしろ明らかというべきである。ちなみに,本件実施契約の締結に先立ち,被控訴人は,控訴人に対し,本件出願書類のコピー一式を渡しており,控訴人には従来技術文献を調査したり,本件発明の特許登録可能性を検討する機会も十分にあった。
ウ 本件実施契約締結後,本件出願についての手続は,専ら控訴人が主体となって行われていた。すなわち,被控訴人代表者は,マジカル(控訴人)には優秀な弁理士がいるから任せてくれと控訴人代表者から言われたと供述しており(原審における被控訴人代表者本人),また,本件実施契約の2条4項で,「特許管理費用」は一切控訴人の負担とされ(事実,その後の平成10年12月24日の審査請求から平成15年5月9日発送の拒絶理由通知を受けるまでの一連の手続は,控訴人の費用負担で行われた。),本件出願に対する審査請求から上記拒絶理由通知の受領に至るまでの一連の手続は,控訴人が委任したB弁理士が代理人として行ってきたものである。これら一連の事実は,仮に,被控訴人に従来技術の内容や本件発明の特許登録可能性に関し,控訴人を騙したり,事実を偽ったりする意図があれば,考えられない対応である。このような観点から見ても,原判決の認定は正当である。
(2) 権利濫用の主張について 本件出願は,拒絶査定を維持した審決(乙41)の確定(平成15年10月31日)により,拒絶が確定したが,この結果は,控訴人側が拒絶理由通知があったことを被控訴人に対して適時に知らせず,拒絶理由通知に対する対応を怠り(平成15年5月8日付け拒絶理由通知に対する意見書は,結局,被控訴人が新たに委任した弁理士が提出した。),控訴人が本件実施契約の2条4項の規定に反して,審決取消訴訟を提起する費用を負担しなかったこと等によるものである。このような控訴人の責任に着目すると,権利濫用の主張を排斥した原判決の正当性は,明らかである。
当裁判所の判断
1 争点(1)(本件実施契約締結における従来技術文献調査の重要性)について (1) 控訴人は,本件発明が乙3文献によって進歩性を否定され,特許権設定登録に至らなかったことに関して,本件実施契約は,その重要な前提に関して控訴人に錯誤があったから無効であると主張し,錯誤が成立する理由として,本件実施契約は,本件発明に特許が成立する見込みがあることを前提に締結されたものであり,本件発明の進歩性を否定するような従来技術文献が存在しないことが契約締結に際しての重要な前提であったと主張する。
そこで,まず,本件実施契約の内容を検討すると,本件実施契約は,特許が成立するか否かが未確定な状態にある特許出願中の発明を実施権の対象とする契約であり(1条各項,2条1項),その11条2項には,「許諾特許(注,本件出願及びこれに基づき取得される特許権をいう。1条1項)についての無効審決が確定した場合または出願中の許諾特許について拒絶査定の確定その他の事由により特許権設定登録ができなくなったことが確定した場合でも,その確定の日まで権利は存在としたものとみなす。」と規定され,4条1項には,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,いかなる理由によっても乙(注,控訴人)に返還されないものとする。」として,対価の不返還が規定されている。このような許諾対象とされた権利の性質及び上記各条項の規定内容に照らすと,本件実施契約は,本件発明に特許が成立しない事態があり得ることも想定した契約であることが,文面上,明らかである。そうすると,本件実施契約は,その締結に至る具体的事情として,当事者双方が,本件発明に特許成立の見込みがあることやその進歩性を否定するような従来技術文献が存在しないことを,特に重要な事項として互いに了解し合い,これを前提に交渉をして対価その他の契約条件を取り決めたというような事情が存在しない限り,控訴人の主張するような特許成立の見込みや,本件発明の進歩性等を否定する従来技術文献が存在しないことを重要な前提として締結されたものではないと解するのが相当である。
これに対し,控訴人は,そもそも特許成立の見込みがなければ,実施契約を締結する必要性もないから,特許出願中の発明を対象とする特許実施契約であること自体から,本件発明に特許成立の見込みがあることは本件実施契約における重要な前提であったことが推認されると主張する。しかし,一般に,特許成立の見込みの有無,程度にかかわらず,特許出願中の発明について実施権の許諾を受けることに利益がないとはいえず(例えば,将来,特許権が成立したときにも特許権者から権利行使を受けることがないので,早い段階で当該発明を商品化し,市場において先行することができる,類似商品に対する事実上の牽制効果を期待できる等),本件実施契約についてみても,特許成立の見込みがなければ契約を締結することが無意味であったことをうかがわせる事情は認められない。むしろ,後記(2)オに認定するとおり,控訴人は,本件実施契約の締結後は,特許管理費用や第三者による侵害行為等の排除に要する費用を控訴人が負担することを定めた契約条項(2条4項,9条)の趣旨を更に進めて,本件出願についての手続を控訴人が委任したB弁理士に行わせ,事実上,本件出願手続を被控訴人に代わって遂行する一方,控訴人の販売する本件発明の実施品の広告に特許出願中であることの表示を付したり,類似商品を販売する他社に対して警告書を送付するなどして,本件発明が特許出願中であること自体に基づく営業上の効果ないし利益を享受してきたことが認められる。そうすると,本件発明につき特許が成立する可能性が客観的にどの程度のものであったかにかかわらず,控訴人にとって,本件実施契約を締結する意義は十分にあったと考えられるから,控訴人の上記主張は,採用できない。
また,控訴人は,特許が成立する見込みがあることを前提としないのであれば,特許権設定登録ができなくなったときに契約を終了させることを規定した11条2項は不要であるから,同条項の存在は,本件実施契約が特許成立の見込みがあることを前提としていることを裏付ける旨主張する。しかし,同条項は,「特許権設定登録ができなくなったことが確定」した時点までは,「権利」,すなわち,本件実施契約の対象である特許出願中の発明に係る権利が存続することを定めることによって,そのときまでに支払われた一時金及び継続実施料が法律上の原因を欠くものではないことを明らかにしたものと解される(この点,既払対価の不返還を定めた4条1項の規定とも整合する。)から,この主張も採用の限りではない。
(2) 次に,本件実施契約に関する具体的事情について検討すると,証拠(各項末尾に掲記)によれば,以下の事実が認められる。 ア 被控訴人は,本件出願後,平成8年10月ころ,本件発明に係る商品を,「シーナ・ルウファ」との商品名で,女性誌の無料広告欄などによる宣伝及び通信販売を始めたが,生産体制は家内工業のようなものであり,売上げも赤字にならない程度にとどまった。また,本件出願は,弁理士を代理人としない本人出願であった。被控訴人代表者には,それまで,自ら又は弁理士に依頼して,数件の特許・実用新案登録出願をした経験があったが,いずれも登録には至らなかった(甲4,乙1,30,34〜40,原審における被控訴人代表者本人)。
イ 控訴人代表者は,昭和55年ころから通信販売の会社で働き始め,昭和61年3月,通信販売業者向けの商品企画・製造を業とするプランテックス株式会社を設立した。その後,同社においても通信販売を直接行うようになり,平成3年4月,同社の一部門を独立させて控訴人会社を設立し,自ら代表取締役となった。
また,自ら特許出願をし,特許を取得した経験もあった(乙20,21,33,原審における控訴人代表者本人)。
ウ 被控訴人代表者は,平成8年11月ころ,被控訴人の取引先の紹介により,控訴人代表者に会った後,平成9年4月,被控訴人からの申入れにより,本件実施契約に向けての交渉を始めた。被控訴人は,当初,契約一時金は1000万円,実施料は売上げの5%との提案をしたが,主に被控訴人代表者と控訴人代表者との間で数回の交渉がされた結果,契約一時金は500万円,実施料は許諾品1セット(2個組)当たり200円と定められた。その際,被控訴人代表者は,控訴人に本件出願の出願書類の写しを交付し,また,何冊かの女性誌を持参して,似たようなものはないので特許が取れる可能性は高いと話した。契約書の文言は,被控訴人代表者が起案して控訴人に送付し,同年5月13日,契約書案につき控訴人の同意を得て,控訴人の要請により,同月16日に本件実施契約が締結された(甲4,5,原審における被控訴人代表者本人及び控訴人代表者本人)。
エ 平成10年12月24日,控訴人が委任したB弁理士により,本件出願の審査請求がされた(甲14-1〜4,原審における被控訴人代表者本人,なお,控訴人はこれを否定するが,乙18-1〜3及び原審における控訴人代表者本人を検討しても,上記証拠により上記事実が認められる。)。
オ その後,平成15年5月8日付け(同月9日発送)の拒絶理由通知に対応するために,被控訴人が自ら弁理士を委任するまでの間,本件出願に関する審査開始時期の伺いや,拒絶理由通知への対応,補正その他の手続は,すべて,控訴人が委任したB弁理士により行われた。また,控訴人は,類似商品を販売する他社に対し,本件出願に基づく補償金請求を示唆するなどの警告書を送付したが,それらは,控訴人の名義でされ,控訴人の委任した弁護士が関与した。また,控訴人は,その販売する許諾製品「アップルC」の広告に特許出願中であることの表示を付した(甲6〜9,12-1,2,甲19,23〜26,乙2,7,19)。 (3) 上記認定事実によれば,被控訴人は,被控訴人代表者の個人企業と目される存在であり,被控訴人代表者は,数件の特許・実用新案の出願をした経験はあるが,特許関係に特別な専門知識を持っていたわけでなかったことがうかがわれる。
他方,控訴人代表者は,通信販売業の経験が長く,特許関係の手続について一応の知識があり,また,控訴人は,必要に応じていつでも弁理士の援助を受けることができる態勢にあった(実際,本件実施契約締結以降,本件出願に関する手続は,平成15年5月ころまで,控訴人側の弁理士によって遂行された。)。そして,本件出願に関しては,平成9年4月から同年5月にかけて数回行われた本件実施契約の交渉の中で,被控訴人代表者が,控訴人代表者に対し,似たようなものはないので特許が取れる可能性は高いと話したことはあるが,それ以上に,本件出願に基づく特許取得の可能性や,従来技術文献の存否等について,両者の間で詳細なやり取りがされた形跡はない。
そうすると,本件実施契約の締結に至る具体的事情に照らしても,控訴人と被控訴人の間で,本件発明に特許成立の見込みがあること,あるいは本件発明の進歩性等を否定するような従来技術文献が存在しないことが契約の重要な前提となっており,その前提に基づいて本件実施契約が締結されたということはできない。
(4) これに対し,控訴人は,本件実施契約の締結に当たり,控訴人代表者が被控訴人代表者に対し,本件発明の特許取得の可能性について確認したところ,被控訴人代表者は,「全部調べたが似たようなものはなく,絶対に特許は取れる」と説明したから,控訴人はその説明を信じて本件実施契約を締結したものであり,従来技術文献が存在しないことは,本件実施契約における重要な前提であったと主張し,控訴人代表者も,原審における本人尋問において,これに沿う供述をしている。
しかしながら,控訴人の上記主張は,以下の理由により,採用し難い。
ア まず,上記(2)のとおり,控訴人代表者は,特許関係の手続について一応の知識を有しており,また,本件実施契約締結後,控訴人自身が委任した弁理士により,本件出願に関する手続を,事実上,被控訴人に代わって行うなど,特許関係について弁理士の援助を受けることができる態勢にあったから,本件発明に関連する従来技術文献の調査や,特許成立の可能性について,被控訴人を相当程度上回る,又は少なくとも被控訴人と同等の調査,判断能力を有していたと考えられる。
しかも,控訴人は,本件実施契約の締結交渉中に,本件出願の出願書類の写しを被控訴人代表者から受け取っていたのであるから,本件発明の特許登録の可能性や本件発明に関係のある従来技術文献の存否について,被控訴人代表者の説明に全面的に依拠せざるを得ない立場にあったわけではないことは明らかである。そうすると,控訴人が,本件発明の特許登録の可能性について,被控訴人代表者の説明をそのまま信じて,本件実施契約を締結したということ自体,極めて不自然といわざるを得ない。
イ 一方,被控訴人代表者は,原審における本人尋問において,本件実施契約の交渉中に,控訴人代表者に対し,数冊の女性誌を示して,似たような商品がないから特許が取れる可能性が高いという話をしたことはあるが,従来技術文献調査についての問答はなく,控訴人代表者は,特許になるころには商品寿命は終わっている,特許関係の手続は任せてくれと言っていた,と供述している。この供述は,通信販売で扱われる美容,理容関係の商品には一時的流行にすぎないものが多いことは当裁判所に顕著であること,本件実施契約後に特許関係の手続が控訴人側の弁理士によって遂行されたことなどの事情に照らしてごく自然であり,信用性が高い。また,仮に,特許取得可能性についての被控訴人代表者の説明が,控訴人の主張するとおり,「全部調べたが似たようなものはなく,絶対に特許は取れる」というものであったとして,その説明が,本件実施契約の交渉の場において,本件発明の実施品の商品としての独創性をアピールするためのものであり,従来技術文献が存在しないことを確定的に保証する性質のものではないことは,当時の状況に照らして,容易に理解し得べきことであったというべきである。
ウ さらに,控訴人は,上記(2)のとおり,本件発明が特許出願中であるという事実そのものを,営業活動において最大限活用しようとしていた節がうかがわれ,それらの事情を総合すると,控訴人は,本件発明が特許登録されるかどうかをさほど重視はしていなかったと考えられる。
(5) 以上のとおりであるから,本件実施契約は,本件発明に特許成立の見込みがあること,あるいは本件発明の進歩性を否定するような従来技術文献が存在しないことを前提に締結されたということはできない。
したがって,本件実施契約が錯誤により無効であるとの控訴人の主張は,理由がない。
2 争点(2)(虚偽の説明の有無)について 控訴人は,本件実施契約は詐欺により締結されたものであるとし,被控訴人代表者は,控訴人代表者から問われて,先行する同一ないし類似の発明の存否につき,全部調べたが,似たようなものはなく,絶対に特許は取れる旨の虚偽の説明をして控訴人を欺罔した旨主張する。しかし,被控訴人代表者の説明が,欺罔行為と評価し得るようなものでなく,また,控訴人が被控訴人代表者の説明をそのまま信じて本件実施契約を締結したものでもないことは,上記1に説示したところから明らかである。
したがって,本件実施契約の詐欺による取消しをいう控訴人の主張は,理由がない。
3 争点(3)(被控訴人の調査義務ないし告知義務)について 本件実施契約が,本件発明に特許成立の見込みがあること,あるいは進歩性を否定するような従来技術文献が存在しないことを前提に締結されたものでないことは,上記1で判示したとおりである。そうすると,本件実施契約において,従来技術文献を調査しておくことが重要であったとはいえず,それを前提とする被控訴人の調査義務ないし告知義務も認められない。
この点に関し,控訴人は,被控訴人は,出願中の発明を対象とする実施権を許諾して対価を得る以上,特許登録の見込みがあるかどうかを調査すべきであり,少なくとも,控訴人に特許登録の見込みの有無,程度等について判断する機会を与えるために,調査をしていないことを告知する義務があると主張する。しかしながら,本件実施契約は,特許が成立するか否かが不確定な出願中の発明を実施権の対象とするものであるから,本件発明に特許が成立する見込みがどの程度あるかは,本来,契約の締結に当たって,各当事者(特に実施権の許諾を受ける側である控訴人)が自らの責任において調査し,判断すべき事項というべきであり,本件において,これと異なる解釈をすべき特段の事情は認められないから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
したがって,本件実施契約が被控訴人の債務不履行(契約締結段階の情報提供義務違反)によって解除されたとの控訴人の主張は,前提を欠き,理由がない。 4 権利濫用の主張について 控訴人は,被控訴人が当然行うべき従来技術文献の調査及び調査の有無について正確な情報提供を怠ったにもかかわらず,拒絶理由通知が出された時点以降も実施料を控訴人に対して請求することは,不当であり,権利の濫用に当たると主張する。しかし,上記3のとおり,被控訴人に従来技術文献調査の義務があったとは認められないから,権利濫用の主張は,その前提において既に失当である。加えて,控訴人は,類似商品を販売する第三者に対し自ら警告をするなど,本件実施契約に基づく実施権者としての地位を営業活動において利用していたのであるから,この点からも権利濫用の主張は理由がない(なお,被控訴人の本訴請求に係る平成15年5月分の実施料については,その発生時期に本件出願の拒絶査定が確定していたものではないから,同月分について,控訴人に支払義務があることは明らかである。)。
5 結論 以上によれば,被控訴人の本訴請求は理由があり,控訴人の反訴請求は理由 がないから,被控訴人の本訴請求を認容し,控訴人の反訴請求を棄却した原判 決は相当である。
よって,控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとお り判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳
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