関連審決 | 審判1999-35579 |
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関連ワード | 公然知られ(29条1項1号) / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 合理的な理由 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
484号
審決取消請求事件
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原告 マイコム株式会社 訴訟代理人弁理士 大西孝治,大西正夫 被告 株式会社メレック 訴訟代理人弁護士 松本司 訴訟代理人弁理士 森義明 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/10/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第35579号事件について平成12年10月30日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,特許無効審判請求不成立審決の取消しを求める事件であり,原告は審判請求人,被告は特許権者である。 1 特許庁等における手続の経緯 (1) 被告は,名称を「5相パルスモータのペンタゴン結線の4-5相駆動方式」とする特許第1997435号(昭和60年2月6日に特許出願,平成7年12月8日にその設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 (2) 原告は,平成11年10月19日,被告を被請求人として,本件特許について無効審判の請求をした(平成11年審判第35579号事件)。 (3) 特許庁は,平成12年10月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年11月20日,その謄本を原告に送達した。 2 本件発明の要旨 2個1組の出力段トランジスタを直列接続すると共に5組の出力段トランジスタを並列接続して駆動回路を形成し,ペンタゴン結線せる5相パルスモータの励磁相となる巻き線の結線部と各組の出力段トランジスタの接続部とを接続し,4相励磁の場合には,相隣合う2つのペンタゴン結線部を同電位にして当該結線部間の励磁相を励磁せずにおくと共に他の結線部間の4つの励磁相では異電位として当該4つの励磁相を励磁し,5相励磁の場合には,いずれか1つの結線部に接続せる組みの両出力段トランジスタをオフにして当該結線部をハイインピーダンスにすると共にハイインピーダンスとなっている結線部の両側の結線部間を異電位にして当該2つの励磁相を励磁すると共に他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁し,前記4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すと共に4相励磁時に同電位となる結線部の位置を順次移動させ,5相励磁時にハイインピーダンスとなる結線部の位置も順次移動させる事によって4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行わせる事を特徴とする5相パルスモータのペンタゴン結線の4-5相駆動方式。 3 審決の理由の要点 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件特許が特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていないとの無効事由に理由がなく,また,審判甲4(本訴甲4)に開示された発明が「SD57-110」の実施により公然知られたものではなく,仮にこれが本件発明の出願前に実施され公然知られたものであるとしても,本件発明は,上記発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められないから,特許法29条2項の規定に該当し本件特許は無効であるとする請求人の主張は理由がない,というものである。 (1) 特許法36条4項及び5項について (1-1) 証拠 (1-1-1) 審判甲号証及び審判各乙号証から認められる事実 審判甲3(請求人作成のトルクベクトル図,本訴甲3)は,従来のスタンダード駆動方式と本件発明のペンタゴン結線の4-5相励磁方式とを対比した5相ステッピングモータのトルクベクトル図であり,励磁相2グループの「逆極性」に係わる技術的事項の解説である。このトルクベクトル図から励磁相2グループを「逆極性」とすることが通常の駆動力を得るために必要である。 審判乙1(特公平3-37400号公報,本訴甲25)は,その特許請求の範囲の請求項1に「1.奇数相数からなる多相ステッピングモータの各相巻線を,その始端及び終端を順次に接続して環状に形成し,」とのみ記載され,審判甲4(特公平6-9440号公報,本訴甲4)のような励磁相2グループの「逆極性」に係わる技術的事項の開示はない。 審判乙2(米国特許第4000452号明細書,本訴甲26)は,そのベルガー特許としてFig.5等にペンタゴン結線図,駆動シーケンスが記載されている。 審判乙3ないし乙7(技術資料,特許公開公報など,本訴甲27ないし甲31)には,5相パルスモータに係る結線に関し,スター結線図とペンタゴン結線図及びその励磁シーケンスが記載されている。 (1-2) 検討 (1-2-1) 請求人は,本件発明の構成としてペンタゴン結線せる5相パルスモータの具体的な構成,すなわちペンタゴン結線での「励磁相となる巻線の結線部」が実施可能な程度にその詳細な説明の欄に記載されておらず,また特許請求の範囲の請求項1に記載された構成は,その発明の構成に欠くことができない事項を記載しているものではない,としている。 そこで,この「ペンタゴン結線」について検討すると,請求人が主張するように,本件明細書には,この5相パルスモータの巻線についてペンタゴン結線での具体的な結線構造が明示的に記載されておらず,またこのことは被請求人も認めるところである。 しかしながら,この5相パルスモータの「ペンタゴン結線」について,以下の事実が認められる。 なお,「逆極性」との語句については,請求人が主張するように,励磁相の励磁電流の方向を1方向に決め,この1方向を「正極性」とし,これとは逆方向を「逆極性」(例えばペンタゴン結線において,右回りを正極,左回りを逆極とする。)と定義する。 (i) 本件発明の実施態様に係る図面第3図ないし第5図とその説明に係る記載全般を考慮すると,ペンタゴン結線した5相パルスモータは,そのペンタゴン結線部をそれぞれ同電位・異電位とした所定の順序で各相励磁することによってその実用的な駆動を行うことができること,また所定の作用効果(ただし,駆動特性の低下がさほどのものでないとの点を除く。)を得ることできること(審判甲1(特公平6-106039号公報,本訴甲1))。 (ii) 5相パルスモータにおける「ペンタゴン結線」との記載からは,該モータを4-5相駆動する際に係わらず,4相駆動あるいは5相駆動する際にあっても,その励磁相となる巻線の結線部は請求人が主張するような特定の巻線構造となる「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」もの,すなわち「5相ステッピング(パルス)モータの順次配列されたA相,B相,C相,D相,E相の内,A相,C相,D相のグループと,B相,D相のグループとが互いに逆相となるように各相を接続する」ものであることが必要であること(審判甲3(本訴甲3))。 (iii) 前記「逆極性に接続する」ことが明示的に記載されていない5相パルスモータにおける駆動方式においても,該5相パルスモータの結線構造は当然にこのような「逆極性に接続する」構成を具備するもの,すなわち,自明の構成としてその記載の全般がなされていること(審判乙1ないし乙7(本訴甲25ないし甲31))。 (iv) この5相パルスモータを駆動する際に,通常の駆動力を得るためには,前記した特定の巻線となる結線構造,すなわち「逆極性に接続する」構造をとるものにおいてのみ,通常のモータ駆動が可能であり,この特定の巻線となる結線構造以外のものにおいては実用的に駆動することができないこと,これは請求人も自認するところである。 (1-2-2) 以上の各事実によれば,本件特許請求の範囲に記載された5相パルスモータにおける「ペンタゴン結線」との記載からは,巻線に係る具体的な構成として,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることが当業者に自明ないし明らかな技術的事項であるから,この構成をさらに「5相ステッピング(パルス)モータの順次配列されたA相,B相,C相,D相,E相の内,A相,C相,E相(判決注:「D相」とあるのは「E相」の誤記と認める。)のグループと,B相,D相のグループとが互いに逆相となるように各相を接続する」と具体的に記載することまでも必要とするものとは認められず,またこの巻線の具体的な構成が特許請求の範囲に明記ないし規定されていないことをもって,「本件発明は不明確であり,かつ記載不備がある」,とすることはできない。 (1-2-3) したがって,請求人が主張するような,詳細な説明の欄には実施可能な程度に記載されておらず,また特許請求の範囲の請求項1に記載された構成は,その発明の構成に欠くことができない事項を記載しているものではない,との無効理由(その1)は採用することができない。 (1-3) 請求人の主張について 請求人は,審判甲3(本訴甲3)により,通常の駆動力を得るためには「A相〜E相コイルのうちB相,D相コイルを逆極性に接続する」ことが必須の構成であると主張し,さらにこの構成を特許請求の範囲に記載することが必要であるから記載不備であると主張している。 しかしながら,この請求人の主張(すなわち,「逆極性に接続する」こと)自体は正当であると認められるものの,前記したように「ペンタゴン結線」とした5相ステッピング(パルス)モータの駆動にあっては,当然にこのような「逆極性に接続する」ことが当業者の技術常識であり自明の技術的事項であると認められるから,この構成を特許請求の範囲に明示的に記載しなければならないとまではいえず,したがってこの点における請求人の主張は採用することができない。 さらに,ペンタゴン結線について,請求人は「ペンタゴン結線とは,各相コイルを環状に接続するということを意味するに止まり,本来的には接続上の極性まで示唆するものではない。」(平成12年5月16日付弁駁書第2頁)旨主張するが,これを認めるべき証拠はなく,かつ5相パルスモータのペンタゴン結線とする際には当然にその駆動形態での結線を含めて規定するものとみるのが当業者の技術常識に適うものであるから,この点の請求人の主張も採用することができない。 (1-4) まとめ 以上のとおりであって,本件特許は特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていない,との無効とすべき事由(無効理由;その1)には理由がない。 (2) 特許法29条2項について (2-1) 引用発明 (2-1-1) 各審判甲号証及び乙号証から認められる事実 審判甲4(特公平6-9440号公報,本訴甲4)に係る刊行物は,本件発明に係る出願日前にマイコム株式会社(請求人)から特許出願され,本件発明に係る出願日後に出願公告された特許公報であり,この刊行物は本件発明に係る出願日前に日本国内又は外国において頒布されたものではなく,またこの点で当事者間に争いはない。 また,この審判甲4(本訴甲4)には,その実施例及び図面の記載を参酌すると,以下のとおりの発明が開示されているものと認められる。 「2個1組の出力段トランジスタ(11,12)(13,14)(15,16)(17,18)(19,20)を直列接続すると共に5組の出力段トランジスタを並列接続して駆動回路を形成し, 5相ステッピングモータの順次配列されたA相,B相,C相,D相,E相の内,A相,C相,E相(判決注:「D相」とあるのは「E相」の誤記と認める。)のグループと,B相,D相のグループとが互いに逆相となるように各相の一端を接続し,前記A相〜E相の他端を,前記A相〜E相が常に直列接続された第1の相グループと第2のグループとを形成するように接続,いわゆるスター結線し, 前記第1の相グループと前記第2の相グループより成る直列回路に通電するとともに,ステップ毎に,第1の相グループと所定のスケジュールに従って選択された2又は3個の相を並列励磁し,第2の相グループと第1の相グループ以外の相から所定のスケジュールに従って選択した2又は3個の相を並列励磁することによって,前記A相〜E相の内4又は5個の相を励磁し,合成トルクの方向を順次可変することにより5相ステッピングモータを駆動する5相ステッンピングモータの駆動方式。」 審判甲5(設計回路図の写し,本訴甲5)は「MATSUMOTO ELECTRONICS CO,LTD」(審判甲4(本訴甲4)に係る発明が適用されたマイコム(株))製の「5相トランスレスドライバー回路図(MODEL SD57-110)」に係る1984年の一部省略された設計回路図の写しであって,これにはドライバーの具体的な回路構成が記載されている。(なお,被請求人は,このSD57-110に関してSD59-110からの改変を主張するが,審判甲8(1984年の部品諸元表,本訴甲8)からみてSD57-110とするのが相当である。) 審判甲6(説明書の写し,本訴甲6)及び審判甲7(カタログの写し,本訴甲7)は,審判甲5(本訴甲5)に記載の「MODEL SD57-110に係る装置」(以下「SD57-110」という。)について,SD57-110が5相ステッピングモーター(スター結線)とそのドライバーであり,励磁方式として4相励磁と4-5相励磁がスイッチ切替式に可能(審判甲7号(本訴甲7))であるとの開示がなされている。なお,この審判甲6及び審判甲7(本訴甲6及び本訴甲7)に係る記載事項が本件特許の出願前公知であるとは認められない。 審判甲8(部品諸元表の写し,本訴甲8)及び審判甲8の2(PMM-8714仕様書:1990年4月17日作成,本訴甲8の2)は,SD57-110が使用する電子部品である相分配用IC(山洋電気株式会社製PMM-8714)に関するものであり,この仕様書作成時のPMM-8714では,「7.励磁シーケンス」として4励磁,4-5励磁及び5励磁など6種類の各モードが選択可能であることが記載されている。また,この相分配用ICの山洋電気株式会社製PMM-8714に係る電子部品が5相ステッピング(パルス)モータの駆動用汎用製品として本件特許の出願前及び審判甲5(設計回路図,本訴甲5)に係る設計当時に市場に供給されていたことは,審判甲16(「制御用モータの活用技術」1984年5月20日発行,本訴甲16)から明らかである。なお,この審判甲8の2(本訴甲8の2)は本件特許の出願前公知のものではない。 審判甲9ないし12(本訴甲9ないし12)は証明書であって,本件審判請求人であるマイコム株式会社から川北電興株式会社,竹菱電機株式会社,シーク電子株式会社及びアムス株式会社宛にSD57-110が納入されたこと,またその納入時期は本件特許の出願前であることが認められる。 審判乙1(特公平3-37400号公報,本訴甲25)は,オリエンタルモータ社のペンタゴンドライブによる4-5相励磁によるハーフステップ駆動方法に係る特許公報であり,これは多相(5相)ステッピングモータのペンタゴン結線における相励磁において,4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行わせるものである。これには本件発明の駆動方式と異なる駆動方式(各相励磁の巻線を2相又は3相直列接続して,4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すように制御する駆動方式。)が開示されている。 (2-2) 公然知られた発明 はじめに,被請求人は,審判甲4に開示された発明(以下「引用発明」という。)が実施により公然知られたものとはなっていない旨主張しているので,まずこの点について検討する。 ア 実施について,審判甲9ないし12(本訴甲9ないし12)によれば,上記したように本件審判請求人であるマイコム株式会社から型式「SD57-110」に係る製品が遅くとも本件特許の出願前である1984年末までに製造されて第三者(川北電興株式会社ら)に納入されたこと,すなわちマイコム株式会社において「SD57-110」の実施がなされたことが認められる。 しかしながら,審判甲5ないし7(本訴甲5ないし7)によれば,このSD57-110はスター結線された5相ステッピング(パルス)モータを駆動するドライバーであって,4相励磁及び4-5相励磁がスイッチ切替式で駆動可能であることは認められるものの,この審判甲5ないし7(本訴甲5ないし7)からはその励磁シーケンスがどのようなものであるのか明らかでない(すなわち,この審判甲5ないし7(本訴甲5ないし7)からは,審判甲4(本訴甲4)におけると同様の励磁シーケンスであると認めることができない。)。 また,審判甲5(本訴甲5)における回路図の「IC1」が審判甲8及び8の2(本訴甲8及び8の2)に記載された製品の相分配IC「PMM-8714」であることは認められるものの,この「PMM-8714」は5相ステッピング(パルス)モータの駆動用汎用製品(審判甲8の2及び審判甲16(本訴甲8の2及び本訴甲16))であり,その種々ある励磁シーケンスの内からどのような励磁シーケンスが「SD57-110」に用いられているのか特定されていないこと,及び「PMM-8714」として1990年4月17日作成当時の甲第8号証の2で開示された4-5相励磁の励磁パターンがこれより以前の審判甲5(ドライバー回路図,本訴甲5)の設計当時に採用できるものであったのか明らかでないこと,さらには審判甲6,審判甲7及び審判甲8の2(本訴甲6,本訴甲7及び本訴甲8の2))に係る記載事項が本件特許の出願前公知ではないことから,当該「SD57-110」で採用されている励磁シーケンスが甲第8号証の2の相分配IC「PMM-8714」に開示された4-5相励磁(の励磁シーケンス)であるとまでは認めることができない。 そして,請求人が提出した何れの審判甲号証によっても,「SD57-110」が引用発明の実施品であること,あるいはこれらが関連するものであることを表示した事実(例えば,当該「SD57-110」に「特許出願中」であることの表示がある等の事実)も認めることができない。 したがって,審判甲9ないし12(本訴甲9ないし12)によりその実施が認められる「SD57-110」は,審判甲4(本訴甲4)における励磁シーケンスと同様の励磁シーケンスを用いる4-5相励磁による駆動方式であるものとは認めることができず,引用発明が「SD57-110」の実施により公然知られたものと認めることはできない。 イ 前記のとおり,請求人が提出した各甲号証によっては,引用発明が「SD57-110」の実施により公然知られたものとすることはできないものであるが,仮に,審判甲5(本訴甲5)のSD57-110において採用されている励磁シーケンスが,審判甲8の2(本訴甲8の2)の「PMM-8714」に開示された4-5相励磁の励磁シーケンスであり,審判甲4(本訴甲4)における励磁シーケンスと同様の励磁シーケンスを用いる4-5相励磁による駆動方式であるとしてその実施により引用発明が公然知られたものと仮定し,次項以下,この引用発明によってもなお本件発明は進歩性を有するものといえるか否か,さらに検討する。 (2-3) 本件発明と引用発明との対比・判断 (2-3-1) 対比 そこで,本件発明と引用発明とを対比すると,引用発明における第1の相グループと第2の相グループは,それぞれステップ毎に,第1の相グループと所定のスケジュールに従って選択された2又は3個の相を並列励磁し,また第2の相グループと第1の相グループ以外の相から所定のスケジュールに従って選択した2又は3個の相を並列励磁することで4-5相駆動されるものであるから,本件発明における「4相励磁の場合には,1つの励磁相を励磁せずにおくと共に他の結線部間の4つの励磁相では当該4つの励磁相を励磁し,5相励磁の場合には,当該2つの励磁相を励磁すると共に他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁し,前記4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すと共に4相励磁時に結線部の位置を順次移動させ,5相励磁時に結線部の位置も順次移動させる事によって4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行わせる」ものに相当するものと認められる。 したがって,両者は以下の一致点及び相違点を有するものと認められる。 (一致点)「2個1組の出力段トランジスタを直列接続すると共に5組の出力段トランジスタを並列接続して駆動回路を形成し,5相パルスモータの励磁相となる巻き線の結線部と各組の出力段トランジスタの接続部とを接続し,4相励磁の場合には,1つの励磁相を励磁せずにおくと共に他の結線部間の4つの励磁相では当該4つの励磁相を励磁し,5相励磁の場合には,当該2つの励磁相を励磁すると共に他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁し,前記4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すと共に4相励磁時に結線部の位置を順次移動させ,5相励磁時に結線部の位置も順次移動させる事によって4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行わせる5相パルスモータの4-5相駆動方式。」(相違点)(i)5相パルスモータの励磁相となる巻き線の結線部が,本件発明にあってはペンタゴン結線であるのに対し,引用発明にあってはスター結線である点。 (ii)4相励磁及び5相励磁の結線部の電位において,本件発明においては結線部がペンタゴン結線であることから,4相励磁の場合には,相隣合う2つのペンタゴン結線部を同電位にして当該結線部間の励磁相を励磁せずにおくと共に他の結線部間の4つの励磁相では異電位として当該4つの励磁相を励磁し,5相励磁の場合には,いずれか1つの結線部に接続せる組みの両出力段トランジスタをオフにして当該結線部をハイインピーダンスにすると共にハイインピーダンスとなっている結線部の両側の結線部間を異電位にして当該2つの励磁相を励磁すると共に他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁し,前記4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すと共に4相励磁時に同電位となる結線部の位置を順次移動させ,5相励磁時にハイインピーダンスとなる結線部の位置も順次移動させるものであるのに対し,引用発明にあっては結線部がスター結線であることから,前記のようなハイインピーダンスとする両側の結線部間が異電位となる等のように励磁するものではない点。 (2-3-2) 判断 そこで,前記相違点(i)(ii)についてみると,この相違点(i)(ii)は,何れも5相パルスモータの励磁相となる巻き線の結線部の具体的構成が異なることによるものであるから,併せて検討する。 従来,5相パルスモータは,その励磁相となる巻き線の結線部としてペンタゴン結線及びスター結線の何れをも採りうる構造であり,また巻き線の結線部の構成も審判乙3及び5(本訴甲27及び29)によれば周知の技術的事項であると認められる。 しかしながら,この励磁相となる巻き線の結線部が相違することにより,その具体的な駆動方式の態様にも相違が認められ(審判甲13(本訴甲13),審判乙3及び5(本訴甲27及び29)),この相違に基づく駆動方式からは,ペンタゴン結線において「4相励磁の場合には,相隣合う2つのペンタゴン結線部を同電位にして当該結線部間の励磁相を励磁せずにおくと共に他の結線部間の4つの励磁相では異電位として当該4つの励磁相を励磁し,5相励磁の場合には,いずれか1つの結線部に接続せる組みの両出力段トランジスタをオフにして当該結線部をハイインピーダンスにすると共にハイインピーダンスとなっている結線部の両側の結線部間を異電位にして当該2つの励磁相を励磁すると共に他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁し」とする構成,及び「前記4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すと共に4相励磁時に同電位となる結線部の位置を順次移動させ,5相励磁時にハイインピーダンスとなる結線部の位置も順次移動させる」との構成が,一義的乃至は必然的な構成,あるいは当業者が適宜になし得る構成であるとすることはできない。すなわち,スター結線のものからペンタゴン結線のものにその結線部を置換したとしても,スター結線の際の駆動方式(電圧の印加手順)をそのまま,或いは適宜にできる設計変更により,直ちにペンタゴン結線の駆動方式(電圧の印加手順)となるものではなく,したがってこの置換によっても,相違点(ii)に係わる構成が得られるものとは認められない。このことは,同じペンタゴン結線における相励磁において,4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行わせるものである審判乙1(本訴甲25)には,本件発明の駆動方式と異なる駆動方式(各相励磁の巻線を2相又は3相直列接続して,4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すように制御する駆動方式。)が採用されており,これと本件発明におけるものとは同じペンタゴン結線であっても互いに異なる駆動方式を構成することができるものであることからも明らかである(すなわち,5相パルスモータがペンタゴン結線として同一構造であっても,このことから直ちに5相励磁の場合に両出力段トランジスタをオフとする駆動方式が一義的乃至必然的に定まるものではない。また,両出力段トランジスタをオフにして(結線部を)ハイインピーダンスとした場合,本件発明の「ペンタゴン結線」においては5相励磁となるのに対し,審判甲4(本訴甲4)の「スター結線」においては4相励磁となるものであって,その駆動状態が異なるものである。) そして,この相違点(i)(ii)において奏する作用効果も,明細書に記載されたとおり格別のものであって,巻き線の結線部をスター結線のものからペンタゴン結線のものに置換する際に,容易に予測できるものとも認められない。(審判甲4及び乙3,4(本訴甲4及び27,28)) (2-4) 請求人の主張について 請求人は,本件発明がスター結線のものからペンタゴン結線のものにその結線部を置換することができること,及び置換が容易になし得ることの根拠として,概要以下の点を主張している。 ア 引用発明のスター結線をペンタゴン結線に置き換えた場合,電源に対する各相コイルの接続関係が変化し,これに伴って各相コイルに流れる電流が当然に変化する。しかも審判甲4の第4図から分かるようにスター結線時の5相励磁時の各相電流のパターンが公知となっている。それ故,ペンタゴン結線での5相励磁を実現するに当たり,A相〜E相コイルの結線部の一つをハイインピーダンスにするということは,単なる設計事項の範囲内である。 イ SD57-110においては相分配用ICとして山洋電気製のPMM8714という型式名のものが用いられている(審判甲5,8(本訴甲5,8))。PMM8714の4-5相励磁時の励磁シーケンスは審判甲8の2(本訴甲8の2)の「7.励磁シーケンス」中の「4-5励相」に示す通りとなる。…(略)…。本件発明の構成要件cとSD57-110において用いられている励磁シーケンスとは同一である。 しかしながら,審判甲4(本訴甲4)における励磁シーケンスと「PMM8714」おける4-5相励磁の励磁シーケンスとは同一であり同じ駆動方式を呈するものと認められるものの,これが5相パルスモータにおけるペンタゴン結線においてもその各相励磁の励磁シーケンスが同じようになること,すなわち4-5相励磁の各相は両出力段トランジスタをオフとしたハイインピーダンスとなる励磁相と対応せず,したがって両出力段トランジスタをオフとしたハイインピーダンスにより,同じ励磁シーケンスで駆動されるものであることが一義的に定まらないことは前記したとおりであり(殊に「ハイインピーダンスとなる(結線部の)位置」に係わる構成が励磁シーケンスから直ちに導き出されるものとは認められない。),またこれを「単なる設計事項の範囲内である。」とすることはできない。 したがって,請求人の当該主張は採用することができない。 (2-5) まとめ 以上のとおりであるから,引用発明が「SD57-110」の実施により公然知られたものとすることはできず,また仮に引用発明が本件発明の出願前に実施され公然知られたものであるとしても,本件発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められないから,特許法29条2項の規定に該当し本件特許は無効であるとする請求人の主張(無効理由;その2)は,理由があるものとすることができない。 |
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当事者の主張
1 原告主張の審決取消事由 (1) 取消事由1(明細書の記載不備) 審決は,「特許請求の範囲に記載された5相パルスモータにおける「ペンタゴン結線」との記載からは,巻線に係る具体的な構成として,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることが当業者に自明ないし明らかな技術的事項である」とするが,誤りである。 ア 甲25ないし31には,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」という結線構造が明示的に記載されていない。 また,甲25に記載された発明は,本件特許出願前の昭和59年12月22日に特許出願された,多相ステッピングモータの駆動回路に関する発明であって,本件発明と同様にペンタゴン結線を前提とするところ,そのモータの結線は,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」という結線構造ではなく,多相ステッピングモータの各相巻線が全て同極性で環状に接続された構造であるから,本件特許出願当時,5相ステッピングパルスモータのペンタゴン結線には,少なくとも2種類のものがあった。 イ 本件発明において,特許法36条4項にいう「当業者」には,電気関係一般の専門家まで含めて考えるべきであって,アの事情を考慮すると,本件発明の巻線に係る具体的な構成として,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることが,モータの分野に直接関係のない上記のような電気関係一般の専門家に自明であるとか,明らかな技術的事項であるということはできない。 ウ したがって,モータ結線が不明瞭であるから,本件明細書の発明の詳細な説明には実施可能な程度の記載がなく,また,特許請求の範囲には発明を特定するために必要と認める事項の記載がないというべきである。 (2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り) 審決は,「引用発明が「SD57-110」の実施により公然知られたものとすることはできず,また仮に引用発明が本件発明の出願前に実施され公然知られたものであるとしても,本件発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない」と判断したが,誤りである。 ア 原告は,本件特許の出願をした昭和60年2月6日前に,引用発明の実施品である「SD57-110」を製造,販売しており,これにより,引用発明は,本件特許出願前に公然知られていた。 イ 本件発明において用いられている励磁シーケンスは,出力段トランジスタに入力される各信号に着目すると,引用発明において用いられているものと同一であり,本件発明におけるモータの結線部は,引用発明のスター結線をペンタゴン結線に置き換えたものであるから,本件発明は,引用発明との対比でいえば,モータの結線部の構造をスター結線からペンタゴン結線に置き換えただけであって,単なる設計変更にすぎない。そして,本件発明の効果は,出力段トランジスタの数を10個にし,従来に比べて小さい電源容量の電源を使用することができるようにすることにあるが,このことは引用発明も同様であり,モータの結線部の構造をスター結線からペンタゴン結線に置き換えたことによる顕著な効果はない。 2 被告の反論 (1) 取消事由1(明細書の記載不備)に対して ア 5相パルスモータにおけるペンタゴン結線は,当業者には自明の周知技術であって,甲25ないし31に,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」という結線構造が明示的に記載されていなくても,「逆極性に接続する」構造をとるものであることを前提とした説明がされているのである。 甲25に記載された発明におけるペンタゴン結線の励磁電流の方向は,本件発明のペンタゴン結線の方向と同じであって,励磁相の励磁電流の方向を1方向に決め,この1方向を「正極性」とし,これとは逆方向を「逆極性」(例えばペンタゴン結線において,右回りを正極,左回りを逆極とする。)とするという審決の定義からすると,ペンタゴン結線に2種類のものがあるわけではない。 イ そして,本件において,特許法36条4項にいう「当業者」に電気関係一般の専門家まで広げるべき理由はないから,上記のような技術常識を前提とすれば,本件発明の巻線に係る具体的な構成としては,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることは,当業者に自明ないし明らかな技術的事項である。 (2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)に対して ア 原告が,昭和60年2月6日前に,「SD57-110」を製造,販売していたとしても,これが引用発明の実施品であることを認めるに足りる証拠はないから,引用発明が,本件特許出願前に公然知られていたということはできない。 イ 本件発明において用いられている励磁シーケンスが,出力段トランジスタに入力される各信号に着目したときに,引用発明において用いられているものと同一であるか否かは明らかでなく,また,本件発明におけるモータの結線部は,引用発明のスター結線をペンタゴン結線に単純に置き換えたというものはない。しかも,本件発明の最大の効果は,従来,不可能とされていたペンタゴン結線方式での4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行うことができることであり,出力段トランジスタの数を10個にするというのは,副次的な効果にすぎない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(明細書の記載不備について)について (1) 本件発明のペンタゴン方式について ア 本件明細書(甲1)には,前記第2の2「本件発明の要旨」のとおりの特許請求の範囲請求項1の記載のほか,以下の記載がある。 (ア) 「【発明の詳細な説明】(産業上の利用分野)本発明は,5相パルスモータのペンタゴン結線において始めて為された4-5相励磁方式によるハーフステップ駆動に関する。 (従来技術とその問題点)パルスモータはステップモータあるいは階動電動機とも称され,基本的にステップ駆動されるものである。パルスモータには3相機〜8相機というように多種類の機種が目的に応じて使用されているが,その内の5相パルスモータの4-5相駆動方式として従来より,スタンダード方式,ペンタゴン方式,スター方式などが提案されていた。さて,従来のスタンダード方式には4相励磁方式と4-5相励磁方式とがあり,前者は4相づつバイポーラ駆動回路で励磁する方式で,1ステップは一般に0.72度で,後者より特性が劣る。後者は4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返す方式で,1ステップは0.36度である。この方式は1回転を1,000分割と非常に細かく分割出来,且つ,トルク変動が少なく,非常に幅広い周波数範囲で安定した滑らかな駆動が可能となる分解能,速度,振動など総ての点で現在最も優れた特性が得られる。ただし,スタンダード方式は第1図から分かるように出力段トランジスタ(Tr1′)乃至(Tr20′)の数が20個と次に述べるペンタゴン方式の倍の数を必要とし,コスト高の原因となる。一方,ペンタゴン方式は,出力段トランジスタの数がスタンダード方式の半分で良いが,常に1相を短縮しながら4相づつ励磁する方式で1ステップが0.72度であり,特性的に4-5相励磁より劣るものであって,従来ではペンタゴン方式で4-5相励磁出来ないとされていた。第1表に従来のペンタゴン方式のシーケンスを示す。」(1頁2欄7行ないし2頁3欄23行) (イ) 「(本発明の目的)本発明は前述のような従来のスタンダード方式やペンタゴン方式の問題点に鑑みて為されたもので,その目的とするところは,ペンタゴン方式にも拘わらず,0.36度のハーフステップ・ドライブが可能な5相パルスモータのペンタゴン結線の4-5相駆動方式を提供するにある。」(2頁4欄20行ないし25行) (ウ) 「(実施例)以下,添付図面によって本発明を詳述する。第2図はパルスモータの巻き線(6)〜(10)をペンタゴン結線した例である。出力段トランジスタ(Tr1)乃至(Tr10)は,(Tr1)(Tr2),(Tr3)(Tr4),(Tr5)(Tr6),(Tr7)(Tr8),(Tr9)(Tr10)の5組に分けられ,2個1組にて直列接続され,この5組が並列接続されて駆動回路(11)を構成している。巻き線(6)〜(10)の結線部@〜Dはこの直列接続された1組の出力段トランジスタ(Tr1)(Tr2),(Tr3)(Tr4),(Tr5)(Tr6),(Tr7)(Tr8),(Tr9)(Tr10)の接続部(S1)乃至(S5)に接続されている。 而して,ペンタゴン方式にて4-5相駆動を行うのであるが,5相励磁の時にペンタゴン結線の5つの結線部@〜Dの内の1つを順次ハイインピーダンスにしていく。この4-5相駆動のシーケンスの例を第2表に示す。 ここで,Hは,結線部がハイインピーダンスになることを示す。結線部のハイインピーダンスは第2図のバイポーラ駆動回路(11)を構成する上下一対の出力段トランジスタを共にオフにして,出力段トランジスタ間の接続部をハイインピーダンスにすることにより実現する。又,(電流=1/2)の欄は電流が他の相(1/2)となる相を示す。次に,通常の4-5相スタンダード・ドライブ方式と本発明の4-5相ペンタゴン・ドライブ方式の合成ベクトルを第3表並びに第3図に記し,比較検討する。 さて,5相パルスモータの各位相の励磁ベクトルは第3図に示すように36°づつの位相差を持ち,(これを電気角と称す。)パルスモータの実際のステップ角0.72°に対応しているものである。 次に,5相ドライブ時にペンタゴン結線のいずれかの結線部を順次ハイインピーダンスにすることにより,0.36°のハーフステップ・ドライブが可能であることを以下詳述する。」(2頁4欄26行ないし4頁7欄4行) (エ) 「(本発明の効果)叙述のように本発明にあっては,4相励磁の場合には,相隣合う2つのペンタゴン結線部を同電位にして当該結線部間の励磁相を励磁せずにおくと共に他の結線部間の4つの励磁相では異電位として当該4つの励磁相を励磁し,5相励磁の場合には,いずれか1つの結線部に接続せる組みの両出力段トランジスタをオフにして当該結線部をハイインピーダンスにすると共にハイインピーダンスとなっている結線部の両側の結線部間を異電位にして当該2つの励磁相を励磁すると共に他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁し,前記4相励磁と5相励磁とを交互に繰り返すと共に4相励磁時に同電位となる結線部の位置を順次移動させ,5相励磁時にハイインピーダンスとなる結線部の位置も順次移動させるので,従来,不可能とされていたペンタゴン結線方式での4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行うことができ,従来のスタンダード駆動方式と比較してさほど駆動特性を低下させることなくて出力段トランジスタの数を半減でき,コストダウンを図る事が出来るという利点がある。」(4頁8欄50行ないし5頁10欄4行) (オ) 本件明細書の第1表(従来例のペンタゴン方式のシーケンス)(ステップ角=0.72度の場合)には,ステップ1の場合,励磁相はA,B,C,D,結線部の電圧は@+,A-,B+,C-,D+であり,ステップ2の場合,励磁相はB,C,D,E,結線部の電圧は@-,A-,B+,C-,D+であり,ステップ6の場合,励磁相は-A,-B,-C,-D,結線部の電圧は@-,A+,B-,C+,D-である,などとステップ1ないし10の場合について,「励磁相」と「結線部の電圧」が記載されている(なお,ステップ4の結線部の電圧のBが「+」とあるのは「-」の,ステップ9の結線部の電圧のBが「-」とあるのは「+」の誤記と認められる。)。 この第1表の記載によると,各励磁相の両端の結線部にかかる電圧により,例えば,A励磁相については,結線部@が+,結線部Aが-の電圧でAと励磁され,結線部@が-,結線部Aが+で-Aと励磁され,結線部@とAが同電位でAは励磁されないとなっているのに対し,B励磁相については,結線部Aが+,結線部Bが-の電圧で-Bと励磁され,結線部Aが-,結線部Bが+でBと励磁され,結線部AとBが同電位でBは励磁されないとなっているところ,C励磁相ないしE励磁相についても同じようにみてみると,B相,D相はその両端の結線部の電圧の関係が,A相,C相,E相のそれと逆になっていること,また,4相励磁として,「相隣合う2つのペンタゴン結線部を同電位にして当該結線部間の励磁相を励磁せずにおくとともに,他の結線部間の4つの励磁相では異電位として当該4つの励磁相を励磁すること」が理解される。 (カ) 本件明細書の第2表(本件発明のペンタゴン方式のシーケンス)(ステップ角=0.32及び0.72度の場合)には,ステップ角0.36°の場合のステップ1ないし20について,ステップ角0.72°の場合のステップ1ないし10について,それぞれ,「励磁相」,「結線部の電圧」と「電流=1/2」が記載されている。 この第2表の記載によると,4相励磁に相当するステップの場合は,第1表と同じであって,B相,D相はA相,C相,E相と結線部の電圧に対する励磁相の符号の関係が逆になっており,また,相隣合う2つのペンタゴン結線部を同電位にして当該結線部間の励磁相を励磁せずにおくとともに,他の結線部間の4つの励磁相では異電位として当該4つの励磁相を励磁すること,そして,5相励磁の場合には,B相,D相はA相,C相,E相と結線部の電圧に対する励磁相の符号の関係が逆になっており,いずれか1つの結線部に接続する組の両出力段トランジスタをオフにして当該結線部をハイインピーダンスにするとともに,ハイインピーダンスとなっている結線部の両側の結線部間を異電位にして当該2つの励磁相を励磁するととともに,他の3つの結線部間でも異電位として残る3つの励磁相を励磁して5つの励磁相全てを励磁することが理解される。 (キ) 本件明細書の第3表(合成ベクトル表)には,各ステップにつき,スタンダード・ドライブの場合と本発明の場合とを対比した合成ベクトルが記載されている。 この第3表の記載によると,合成ベクトルを構成している個々のベクトルの符号は,上記第2表の個々の励磁相の符号と同じとなっており,B相,D相はA相,C相,E相に対応する個々のベクトルの符号が逆になっていること,そのため,スタンダード・ドライブの場合と本発明の場合とで個々のベクトルの符号が同じであることが理解される。 イ 審決は,「なお,「逆極性」との語句については,請求人が主張するように,励磁相の励磁電流の方向を1方向に決め,この1方向を「正極性」とし,これとは逆方向を「逆極性」(例えばペンタゴン結線において,右回りを正極,左回りを逆極とする。)と定義する。」とするところ,この定義によれば,本件発明のペンタゴン方式は,B相,D相がA相,C相,E相と逆極性に接続されているものを当然の前提としていると認められる。 (2) ところで,上記のとおり,本件発明のペンタゴン方式は,B相,D相がA相,C相,E相と逆極性に接続されているものを当然の前提としていると認められるが,本件明細書には,その具体的な構成について,明示的に記載がされていない。そこで,本件明細書の発明の詳細な説明が,本件発明について,当業者が容易に実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるか否か,また,特許請求の範囲が,本件発明を特定するために必要と認める事項を記載しているといえるか否かについて検討する。 ア 甲4(特公平6-9440号公報。昭和59年4月21日出願の名称を「5相ステッピングモータの駆動方法」とする発明)には,その特許請求の範囲の請求項1に「5相ステッピングモータの順次配列されたA相,B相,C相,D相,E相の内,A相,C相,E相のグループと,B相,D相のグループとが互いに逆相となるように各相の一端を接続し,」と,「逆極性」に係る具体的な構成が記載されている。 しかし,甲25(特公平3-37400号公報。昭和59年12月22日出願の「多層ステチピングモータの駆動方法」とする発明)には,その特許請求の範囲に「奇数相数からなる多相ステッピングモータの各相巻線を,その始端及び終端を順次に接続して環状に形成し,」と記載されているが,「逆極性」に係る具体的な構成は,明示的に記載されていない。 また,甲26(1974年8月23日出願の名称を「MULTIPHASE VARIABLE STEPPING-ANGLE SYNCHRONOUS MOTOR」とする米国特許第4000452号明細書)ではFig.5等に,甲27(オリエンタルモーター株式会社の「ORIENTAL MOTOR 5相ステッピングモーター編技術資料」(昭和56年印刷))では図1等に,甲28(TECHNICAL MANUAL テクニカルマニュアル」5相ステッピングモータ(平成元年印刷))では第14図等に,甲29,甲32(株式会社工業調査会発行の「ステッピングモータ活用技術」(昭和59年9月5日発行))では図7.11等に,甲30(特開昭57-160398号公報。昭和56年3月30日出願の名称を「5相パルス・モータ駆動回路の制御方式」とする発明)では第1図に,甲31(特公昭63-47078号公報。昭和56年3月26日出願の名称を「5相パルス・モータの駆動方式」とする発明)では第1図ないし第3図に,それぞれ本件発明が前提としているペンタゴン結線した5相パルスモータが図示されているが,いずれも「逆極性」に係る具体的な構成は,明示的に記載されていない。 イ ペンタゴン結線した5相パルスモータを駆動する際に,通常の駆動力を得るためには,特定の巻線となる結線構造,すなわち「逆極性に接続する」構造をとる必要があり,この構造においてのみ,通常のモータ駆動が可能であり,これ以外のものにおいては,実用的なモータ駆動をすることができない(このことは,原告も争わない。)のであるから,アの事実を併せ考えると,本件特許出願当時,5相パルスモータのペンタゴン結線においては,B相,D相がA相,C相,E相と逆極性に接続されるものであることが,当業者に自明であったと認められる。 ウ そして,本件発明のペンタゴン方式も,上記のとおり,B相,D相がA相,C相,E相と逆極性に接続されることを当然の前提とし,これを踏まえて本件明細書に記載されているものと認められるから,本件明細書に,巻線に係る具体的な構成についての記載がなくても,それが「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることは,当業者に自明な技術的事項であるといわなければならない。 エ したがって,発明の詳細な説明は,「その発明の属する技術分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をできる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載している」ということができるし,また,特許請求の範囲には発明を特定するために必要と認める事項を記載しているということができる。 (3) 原告は,特許法36条4項にいう「当業者」として,電気関係一般の専門家まで含めて考えるべきであって,甲25ないし31には「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」という結線構造が明示的に記載されていないこと,甲25の5相パルスモータは各相巻線が全て同極性で環状に接続された構造であるから,本件特許出願当時,5相ステッピングパルスモータのペンタゴン結線には少なくとも2種類のものがあったことを考慮すると,本件発明の巻線に係る具体的な構成として,「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることが,上記のような当業者に自明であるということはできないと主張する。 しかし,本件明細書を見れば,本件発明が属する技術の分野がモータ技術の分野であることは明らかであるから,特許法36条4項にいう「当業者」としては,モータ技術の分野における専門家を指すと解すのが相当であり,これについて,広く電気関係一般の専門家まで含めて考えるべき合理的な理由は見出し難い。そして,上記のとおり,本件特許出願当時,5相パルスモータのペンタゴン結線においては,B相,D相がA相,C相,E相と逆極性に接続されるものであることが当業者に自明であり,甲25ないし31は,このことを当然の前提としているから,結線構造が明示的に記載されていないとしても,それが「5相パルスモータのB,D相コイルを逆極性に接続する」構成であることは,当業者に自明な技術的事項である。また,甲25には,第4図(励磁の状態をステップ毎に示した図)の各ステップで,所定の数の右回り(正極)の組,左回り(逆極)の組が励磁されているところ,第5図(駆動回路による定電流駆動時の合成トルクのベクトル図)によると,各相巻線のトルクベクトルは72°ずつ異なる方向になっているが,これらのベクトルのうち右回りの組からのベクトルは正極,左回りの組からのベクトルは逆極になるのであって,各ステップでは,各相巻線のベクトルが強め合うように合成されていることが記載されており,この記載によれば,甲25に記載された5相パルスモータの結線構造は「逆極性に接続する」構成を具備すると認められるのであって,「逆極性」に係る審決の定義のもとにおいて,本件特許出願当時に,5相ステッピングパルスモータのペンタゴン結線に少なくとも2種類のものがあって,当業者が本件発明の構成を理解できないということはできない。 以上のとおりであって,原告の上記主張は,採用するに由ない。 (4) したがって,取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(容易想到の判断の誤り)について (1) まず,本件発明について,当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたかどうかについて判断する。 ア 甲18(引用発明で採用の励磁シーケンスが審判甲5に係る5相ステッピングドライバー装置のそれと同一であることを説明するために,原告が作成した書面)に記載された「本発明の第2表を出力トランジスタのオンオフ状態で表した励磁シーケンス」のステップ1は,A:1,B:0,C:1,D:0,E:1,/A:0,/B:1,/C:0,/D:1,/E:0であって,本件明細書(甲1)第2表のステップ1の励磁相A,B,C,D,結線部の電圧の@:+,A:-,B:+,C:-,D:+に対応し,ステップ2は,A:0,B:0,C:1,D:0,E:1,/A:0,/B:1,/C:0,/D:1,/E:0であって,本件明細書第2表のステップ2の励磁相A,B,C,D,E,結線部の電圧の@:H,A:-,B:+,C:-,D:+に対応し,ステップ3は,A:0,B:0,C:1,D:0,E:1,/A:1,/B:1,/C:0,/D:1,/E:0であって,本件明細書第2表のステップ3の励磁相B,C,D,E,結線部の電圧の@:-,A:-,B:+,C:-,D:+に対応しているから,本件発明の励磁相は,4相励磁から進行し,ステップ1は4相励磁(A,B,C,D),ステップ2は5相励磁(A,B,C,D,E),ステップ3は4相励磁(B,C,D,E)と,以下,5相励磁と4相励磁が繰り返しているものと認められる。 イ これに対し,引用発明に係る審判甲4は,原告出願に係る特許出願公告公報であるところ,ここで採用されている励磁シーケンスが,審判甲5に係る5相ステッピングドライバー装置のそれと同一であることを説明するために原告が作成した甲42に記載の,引用発明に相当する「表2「SD57-110」の励磁シーケンス」のステップ1は,ΦA:1,ΦB:0,ΦC:1,ΦD:0,ΦE:1,Φ:0,Φ :1,Φ :0,Φ :1,Φ :0であって,引用発明に係る明細書(甲4)【第4図】のステップ0の励磁方向+:A,C,E,-:B,Dに対応し,ステップ2は,ΦA:0,ΦB:0,ΦC:1,ΦD:0,ΦE:1,Φ:0,Φ:1,Φ :0,Φ :1,Φ :0であって,上記明細書【第4図】のステップ1の励磁方向+:C,E,-:B,Dに対応し,ステップ3は,ΦA:0,ΦB:0,ΦC:1,ΦD:0,ΦE:1,Φ:1,Φ :1,Φ :0,Φ:1,Φ :0であって,上記明細書【第4図】のステップ2の励磁方向+:C,E,-:A,B,Dに対応しているから,引用発明の励磁相は,5相励磁から進行し,ステップ0は5相励磁(A,B,C,D,E),ステップ1は4相励磁(B,C,D,E),ステップ2は5相励磁(A,B,C,D,E)と,以下,4相励磁と5相励磁が繰り返しているものと認められる。 ウ 本件発明は,ステッピングモータの5相パルスモータのペンタゴン結線の4-5相駆動方式において,励磁シーケンスを限定して構成するものであるところ,原告が引用発明との対比において本件発明の進歩性欠如を主張するのは,本件発明が,モータの結線部の構造をスター結線からペンタゴン結線に置き換えただけであって,単なる設計変更にすぎない,というものである。原告のこの主張は,本件発明と引用発明の励磁シーケンスが同一であることを前提としているが,この前提事実が認められないことは上記の説示のとおりである。そして,モータの結線部の構造をスター結線からペンタゴン結線に置き換えることが昭和60年の本件出願時において単なる設計事項であったと認めるには,その根拠は十分でない。 前記ア,イでみた本件発明と引用発明の励磁相の進行によれば,本件発明と引用発明とは,ステップ対応が同一でなく,1ステップずれており,また,最初のステップも,本件発明が4相励磁であるのに対し,引用発明が5相励磁であるなど異なっているものである。そして,このような両者の対応関係は,本件発明と引用発明の励磁シーケンスを対比して初めて把握することができるのであるし,審決がした「スター結線の際の駆動方式(電圧の印加手順)をそのまま,或いは適宜にできる設計変更により,直ちにペンタゴン結線の駆動方式(電圧の印加手順)となるものではなく」との認定も十分に首肯することができるのであるから,当業者といえども,本件発明の励磁シーケンスを知る以前に,この両者の対応関係を把握することは極めて困難であるといわざるを得ない。 エ そうであれば,引用発明のスター結線のシーケンスを本件発明のペンタゴン結線のシーケンスに適用することが容易であるということはできない。 (2) 原告は,本件発明の効果は,出力段トランジスタの数を10個にし,従来に比べて小さい電源容量の電源を使用することができるようにすることにあるが,このことは引用発明も同様であり,モータの結線部の構造をスター結線からペンタゴン結線に置き換えたことによる顕著な効果はないと主張する。しかし,本件明細書(甲1)には,「従来,不可能とされていたペンタゴン結線方式での4-5相励磁によるハーフステップ駆動を行うことができ,従来のスタンダード駆動方式と比較してさほど駆動特性を低下させることなくて出力段トランジスタの数を半減でき,コストダウンを図る事が出来るという利点がある。」(5頁9欄14行ないし10欄4行)と記載されており,この記載によれば,本件発明の効果は出力段トランジスタの数を10個にすることに尽きるわけではなく,本件発明には,モータの結線部の構造をペンタゴン結線にしたことによる顕著な効果があるといわなければならない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (3) そうすると,本件特許の出願をした昭和60年2月6日前に,原告が引用発明の実施品である「SD57-110」を製造,販売していて,引用発明が本件特許出願前に公然知られていたとしても,本件発明について,当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。 (4) したがって,その余の点について判断するまでもなく,取消事由2は理由がない。 3 結論 以上のとおりであって,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塩月秀平 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 野輝久 |