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関連審決 不服2006-7939
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成21行ケ10170審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10134審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 有用性 /  製造方法 /  発明特定事項 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  パリ条約 /  優先権 /  実施 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 /  国際出願 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10158号 審決取消請求事件
原告ナイアダイン コーポレーション
原告ユニバーシティオブケンタ ッキーリサーチファウンデ イション
原告両名訴訟代理人弁理士北村修一郎
同 山崎徹也
同 音野太陽
同 崎山尚子
被告特許庁長官
指定代理人川上美秀
同 穴吹智子
同 中田とし子
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告らの負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2006-7939号事件について平成21年2月10日にした審決を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告らは,平成13年4月12日,発明の名称を「局所微量栄養素送達システムおよびその用途」とする発明について,特許出願(国際出願番号PCT/US01/11994,特願2001-575962号。パリ条約による優先権主張:優先権主張日2000年(平成12年)4月14日,優先権主張国米国。以下「本願」という。)をし,平成17年11月21日付け手続補正書で特許請求の範囲を補正したが,平成18年1月23日付けで拒絶査定を受け,同年4月26日,拒絶査定不服審判(不服2006-7939号事件)を請求し,平成20年12月12日,さらに特許請求の範囲について補正をした(補正後の請求項の数16)。
特許庁は,平成21年2月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲本件特許の上記補正後の明細書(以下,図面と併せ,「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び請求項11の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」,請求項11に係る発明を「本願発明2」という。両発明を併せて「本願発明」ということがある。)。
「【請求項1】栄養素をヒトに伝達するための組成物の製造方法であって,前記組成物は,炭素原子数12〜16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル型の前記栄養素と,前記ヒトの皮膚細胞への前記栄養素の送達を促進するのに十分な量の補助エステルとを,前記補助エステルが,前記ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であり,前記ニコチン酸アルキルエステル型の栄養素と前記補助エステルを混合する工程を含む,組成物の製造方法。」「【請求項11】栄養素をヒトに伝達するのに役立つ外用投与に適した剤形の組成物であって,(?)炭素原子数12〜16のアルキル側鎖を持つニコチンアルキルエステル型の前記栄養素,および(?)補助エステルとを含み,前記補助エステルが,前記ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5ないし1.5である,組成物。」3 審決の理由別紙審決書写しのとおりである。要するに,?本願発明で特定する親油性logP値の範囲の条件を満たすエステル化合物としては,分子量も構造も異なる種々の膨大な数の化合物が存在するところ,そのうちのいかなる化合物であれば,「前記ヒトの皮膚細胞への前記栄養素の送達を促進する」という条件を満たすものであるかについて,当業者は,上記条件を満たす具体的な化合物を想定することができず,請求項1に係る発明の製造方法の対象となる具体的な事物を理解することができないから,請求項1に係る発明は明確でなく,本願は平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項2号(以下「特許法36条6項2号」という。)の要件を満たさない,?本願発明で特定する親油性logP値の範囲の条件を満たす,分子量も構造も異なる種々の膨大な化合物の中から,請求項1に記載の「前記ヒトの皮膚細胞への前記栄養素の送達を促進する」という条件を満たすような具体的な「補助エステル」を特定することは,当業者にとって過度の試行錯誤を要するから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,請求項1に係る発明を,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないから,本願は平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項(以下,「特許法36条4項」という。)の要件を満たさない,?本願明細書の発明の詳細な説明は,請求項1,11に記載された事項により,当該請求項に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)が,どのように解決されたかについての説明を明確かつ十分に記載していないため,当業者が請求項1,11に係る発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものではないから,本願明細書の発明の詳細な説明は,経済産業省令(平成14年経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2(以下「特許法施行規則24条の2」という。))で定めるところにより記載したものではなく,本願は特許法36条4項の要件を満たさない,?本願明細書の発明の詳細な説明には,請求項1,11に係る発明が解決しようとする課題(特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進)が解決できることを,当業者が認識できるような記載がなく,本願出願時の技術常識から推認することもできない。そして,請求項1,11に係る発明の組成物における「補助エステル」については,特定の細胞への栄養素の送達の促進ができないものが含まれ,皮膚における特定の細胞への「プロ栄養素」の送達の促進を,請求項1,11に記載の「補助エステル」すべてに対して,拡張ないし一般化できるとはいえない。したがって,請求項1,11に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものではないから,本願は平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号(以下「特許法36条6項1号」という。)の要件を満たさない,?請求項11に係る発明の組成物における「補助エステル」については,いかなる化合物であれば,特定の細胞への栄養素の送達ができるかは,本願前に知られておらず,具体的な化合物を過度の試行錯誤なく特定することはできない。また,「補助エステル」には,特定の細胞への栄養素の送達の促進ができないものが含まれ,請求項11に記載の「補助エステル」すべてについて皮膚以外の特定もされない種々の細胞への「プロ栄養素」の送達が促進されるように,拡張ないし一般化できるとはいえない。本願明細書の発明の詳細な説明は,請求項11に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでなく,発明の詳細な説明に記載したものといえないから,本願は特許法36条4項又は36条6項1号の要件を満たさない,?請求項11の「外形投与に適した剤形」は,特に皮膚用に限定されていないが,皮膚組織と,目等の粘膜組織や内臓組織では,例えば角質の有無など,その組織の構造も性質も大きく異なっているから,請求項11に記載された条件が,皮膚内の特定の細胞への栄養素の送達を促進するには適していたとしても,皮膚以外の組織の細胞に直ちに適用できるとは認められず,本願明細書の発明の詳細な説明は,請求項11に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではなく,また,請求項11に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものではないから,本願は特許法36条4項又は特許法36条6項1号の要件を満たさない,というものである。
当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張(1)本願発明1の補助エステルの特定について,特許法36条6項2号に違反するとした判断の誤り(取消事由1),及び特許法36条4項に違反するとした判断の誤り(取消事由2)審決は,本願明細書において,補助エステルが特定されていないため,特許請求の範囲の請求項1の記載が明確でなく,かつ,発明の詳細な説明の記載は本願発明1を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないから,本願は,特許法36条6項2号,36条4項の要件を満たさないと判断した。
しかし,審決の判断には,いずれも補助エステルの特定に関し,次のとおり誤りがある。すなわち,ア 特許法36条6項2号違反について請求項1には,「炭素原子数12〜16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル型の前記栄養素」との関係で,「前記補助エステルが,前記ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であり」と記載されており,本願発明1の補助エステルはLogP値によって明確に特定されているから,請求項1の記載は,特許法36条6項2号に違反しない。
イ 特許法36条4項違反について(ア)本願明細書の発明の詳細な説明【0026】【表1】には,ニコチン酸アルキルエステルのLogP値が記載されている。ここには,炭素原子数12ないし16等の16種類のニコチン酸アルキルエステルとそのLogP値が示されており,炭素原子数12ないし16のニコチン酸アルキルエステルのLogP値は6.6ないし9.2の範囲にある。したがって,この【表1】を利用することにより,当業者は,本願発明1のニコチン酸アルキルエステルに適合する補助エステルのLogP値を理解できる。
このようにして理解されたLogP値を有する補助エステルの選定については,当業者は,補助エステルの構造等から該当するLogP値を有する補助エステルを容易に推測できる。そして,推測された補助エステルのLogP値は,LogP値の公知の算出方法により当業者が容易に把握できる。
また,本願明細書の発明の詳細な説明【0015】の「薬物の皮膚透過性(P )とオクタノール/水配分係数(P)などの物理化学的性B oct/w質との相関関係は皮膚を横切る薬物輸送を予測する際に有用である。多くの化合物の皮膚透過性(LogP )とそれらのPの対数との線形相B oct/w関が立証されており,当技術分野ではよく知られている。」との記載を参照することもできる。
(イ)図3のニコチン酸オクチル(炭素原子数8)と安息香酸ブチルの組合せは例示であり,本願発明は,皮膚送達の点で炭素原子数8のニコチン酸オクチルよりも好適な炭素原子数12ないし16のニコチン酸アルキルエステルを対象とする。補助エステルとの組合せの具体例としては,炭素原子数12と10,14と12,16と15のニコチン酸アルキルエステル同士の組合せ等が考えられる。
(ウ)また,実施例2には,「Vanicream」ローションを使って,ニコチン酸アルキルエステルを動物の背部に適用した例が記載されている。この実験結果について,発明の詳細な説明【0016】には,「・・・動物の背部から採取した皮膚の分析により,12,14および16炭素のナイアシンエステルがNAD含量の増加をもたらし,なかでも14炭素エステルは最も有効であることが証明された。さらなる実験では,18炭素の側鎖および9.7のlogP値を持つナイアシンエステルが16炭素の側鎖をもつエステルほど効果的でないこともわかった。さらに,-0.34のlogP値を持つニコチンアミドの局所適用は,皮膚細胞NAD含量に影響しないことが明らかになった。表2の結果は,プロ栄養素を適用していない腹部ではNAD含量の増加が見られなかったことから,14炭素エステルおよび16炭素エステルの場合は送達が局所的であることも示している。12炭素エステルの局所適用は腹部への送達をいくらか示した。このことは,この化合物がこの実験で比較した化合物のなかで最も速い送達速度を持つはずであるという上記の示唆と合致する。」との記載がある。
以上の本願明細書の記載から,モノステアリン酸グリセリンがニコチン酸アルキルエステルに対する好適な補助エステルとして作用したことが分かる。
すなわち,「Vanicream」がモノステアリン酸グリセリンを含んでいることは公知である。モノステアリン酸グリセリンのLogP値は,7.1662であり(甲16の1,2),炭素数13,14,15のニコチン酸アルキルエステル(そのLogP値は,それぞれ,7.5,7.6,8.3である。)とは,それぞれ0.4,0.5,1.2差である。
このLogP値の差は,本願発明のニコチン酸アルキルエステルと補助エステルとのLogP値の関係を満たしており,当業者は本願発明1の補助エステルとしてモノステアリン酸グリセリンを理解することができる。
(エ) 被告の主張に対し被告は,本願明細書では,微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルと補助エステルは,異なったものとして取り扱われているから,ニコチン酸アルキルエステル同士の組合せは本願明細書に記載されているものではなく,原告の主張は誤りであると主張する。
しかし,補助エステルとしてのニコチン酸アルキルエステルの使用は,本願発明の発明特定事項である「前記補助エステルが,前記ニコチン酸アルキルエステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であり」との関係を満たす限り,排除されるものではない。補助エステルは,エステラーゼに対して微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルと競合し,微量栄養素の皮膚送達の亢進の効果を奏することができ,これは単なるニコチン酸アルキルエステルの増量とは根本的に相違する。
ウ 小括以上によれば,請求項1の「ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であ」るとの記載により本願発明の補助エステルは明確に特定されており,この条件を満たす補助エステルとして,どのようなものが具体的に挙げられるかは発明の詳細な説明の記載において,当業者が実施できる程度に十分に明確であるから,本願が特許法36条6項2号,36条4項に違反するとした審決の判断は誤っている。
(2)本願発明1,2の課題の解決手段について,特許法36条4項に違反するとした判断の誤り(取消事由3),及び特許法36条6項1号に違反するとした判断の誤り(取消事由4)審決は,本願明細書の発明の詳細な説明は,本願発明が解決しようとする課題がどのように解決されたかについての説明を明確かつ十分に記載していないから,経済産業省令(特許法施行規則24条の2)で定めるところにより記載したものではなく,特許法36条4項に違反し,仮に,ニコチン酸オクチルに対して安息香酸ブチルを併用した場合に,皮膚における特定の細胞へのプロ栄養素の送達が促進されるとしても,そのことを,本願発明1,2の補助エステル一般に拡張ないし一般化できるとはいえず,本願は特許法36条6項1号に違反すると判断した。
しかし,審決の判断には,次のとおり誤りがある。
ア 特許法36条4項違反について(ア)本願発明は,ニコチン酸アルキルエステルと補助エステルを特定のLogP値を有するように組み合わせることによって,栄養素の送達を促進することを技術的課題とするものである。すなわち,補助エステルが,ニコチン酸アルキルエステルと,皮膚エステラーゼによる生物分解に対して競合することにより,ニコチン酸アルキルエステルの早期分解を防止して,皮膚内の細胞への栄養素を効果的に送達することを目的とする。
本願発明の課題がどのように解決されたかについては,本願明細書の実施例2及び図3の実験に記載されている。
本願明細書の実施例2には,炭素原子数12ないし16のニコチン酸アルキルエステルと補助エステルであるモノステアリン酸グリセリンとを組み合わせて動物の背部に適用した例が記載されている。さらに,本願明細書の図3に開示されたニコチン酸オクチル(炭素原子数8)と安息香酸ブチルの組合せは,本願発明の特定事項である「補助エステルが,前記ニコチン酸アルキルエステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であり」との関係を満たすニコチン酸アルキルエステルと補助エステルの例示とされている。
上記実施例2及び図3の結果を併せて,皮膚送達の点で炭素原子数8のニコチン酸オクチルよりも好適な炭素原子数が12ないし16のニコチン酸アルキルエステルと補助エステルとの組合せを本願発明の対象とするものであり,課題がどのように解決されたかの説明は明確かつ十分である。
(イ)審決は,図3の実験結果は,発明の詳細な説明の【0028】【0020】の記載と矛盾するから,課題の解決方法が示されたことにはならないとする。
しかし,図3の実験結果が導かれたのは,酸素量の測定が薬剤の塗布の部位で行われているからである。この実験結果から,補助エステルと併用することにより,ニコチン酸オクチルの送達が調整されることが理解できる。すなわち,これは適用部位においてニコチン酸オクチルが劣化されず,皮膚の層を通してしみ込む機会を得ること,つまり,ニコチン酸オクチルが適用部位でエステラーゼ等の影響を受けずに,活性形態で皮膚層を送達されることを示している。
図3の実験では,適用箇所以外の部位でのレベルを測定していないが,実施例2ではそれを行っており,図3で使用したニコチン酸オクチルよりも良好な化合物,すなわち,炭素原子数12,14及び16のニコチン酸アルキルエステル化合物が,適用の箇所において効果的であって,それらは動物の反対側にまで浸透したことを示している。
このように,図3の実験結果は,本願明細書に記載された「補助エステル」は,皮膚内の特定細胞(真皮の皮膚繊維芽細胞及び皮膚中の毛細血管内皮細胞)へのニコチン酸アルキルエステルの活性形態での送達を促進させるとの本願発明の課題解決を示すものであって,何ら矛盾はない。
(ウ)被告は,発明の詳細な説明【0016】の記載を引用して,LogP値が6より大きいニコチン酸エステルについては,そもそも補助エステルを併用する前提となる技術的課題が存在するか不明であると主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,LogP値が6以上であっても,LogP値が6以下のものに比べるとその頻度は低いとしても,表皮がエステラーゼの作用を受け,無傷のままでの真皮及び毛細血管への微量栄養素の送達が阻害されているものが存在する。そうすると,真皮及び毛細血管への送達の増進という技術的課題は,LogP値6の上下に関わらず存在するといえる。
(エ)このように,本願発明は,本願明細書に具体例をもって記載されたものであり,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明が解決しようとする課題がどのように解決されたかについて,明確かつ十分に記載されているから,審決の判断は誤りである。
36条6項1号違反について(ア)本願発明は,補助エステルとして,安息香酸ブチルのほか安息香酸ブチルとはその分子量及び化学構造を異にするモノステアリン酸グリセリンを使用した場合にも成功している。前記のとおり,図3の実験では,適用箇所以外の部位でのレベルを測定していないが,実施例2ではそれを行っており,図3の実験結果は,本願明細書に記載の「補助エステル」が,皮膚内の特定細胞(真皮の皮膚繊維芽細胞及び皮膚中の毛細血管内皮細胞)へのニコチン酸アルキルエステルを活性形態での送達を促進させるとの本願発明の課題を解決するものである。
したがって,補助エステルとして,「前記ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であり」という機能・特性による条件を満たす限り,分子量や構造が大きく異なる種々の膨大な数のエステル化合物を好適に適用できることがわかる。
(イ)以上のとおり,発明の詳細な説明の記載を請求項1,11に記載した発明の補助エステル一般に拡張ないし一般化できるとはいえないから本願が特許法36条6項1号に違反するとした審決の判断は誤りである。
(3)本願発明2の補助エステルの特定に過度の試行錯誤を要することによる特許法36条4項違反の判断の誤り(取消事由5),及び本願明細書に例として挙げられた本願発明2の効果を請求項11に記載の補助エステルすべてに拡張,一般化できないことによる特許法36条6項1号違反の判断の誤り(取消事由6)審決は,本願発明2の補助エステルについて過度の試行錯誤を要することなく特定することはできないとし,また本願明細書に例として挙げられた本願発明2の効果を,請求項11に記載の補助エステルのすべてについて皮膚以外の特定もされない種々の細胞への微量栄養素の送達が促進されるという効果をもつものとして拡張ないし一般化できるとはいえないとする。
しかし,審決の判断は誤りである。
審決の特許法36条4項違反の判断が誤りである理由は,前記(1)のイと同様である。
また,審決の特許法36条6項1号違反の判断が誤りである理由は,前記(2)のイと同様である。
(4)本願発明2の皮膚以外への外用投与について,特許法36条4項に違反するとした判断の誤り(取消事由7),及び特許法36条6項1号に違反するとした判断の誤り(取消事由8)審決は,請求項11の「外用投与に適した薬剤」は皮膚用に限定されていないが,皮膚組織と眼等の粘膜組織や内臓組織では,角質の有無など,その組織の構造も性質も大きく異なっているから,請求項11の条件を皮膚以下の組織の細胞に直ちに適用できるとは認められないとする。
しかし,審決の判断は誤りである。
本願発明は,補助エステルと微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルの皮膚への浸透速度差を利用して,皮膚エステラーゼの生分解作用に対して,補助エステルとニコチン酸アルキルエステルを競合させるものである。
本願発明は角質の有無によってその効果が左右されるものではなく,皮膚以外への適用においても,微量栄養素の皮膚等の内部への浸透に際して,エステラーゼの作用による微量栄養素の破壊を防止するものである。
エステラーゼは,体内に広範に分布する酵素であり,皮膚エステラーゼの他にも,例えば,消化管にはリパーゼが,肝臓にも肝臓エステラーゼが存在し,皮膚以外の広範な外用投与に適用できることが理解される。本願発明2の適用に際して,エステラーゼの作用の影響を受ける外用投与であれば,いずれでも同様の効果を奏する。
したがって,本願発明2が,皮膚以外の細胞への拡張が認められないことを前提として,特許法36条4項,36条6項1号に違反するとした審決の判断は誤りである。
2 被告の反論(1)本願発明1について,請求項1の記載が特許法36条6項2号に違反するとした判断の誤り(取消事由1)及び発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項に違反するとした判断の誤り(取消事由2)に対しア 本願明細書の請求項1における補助エステルの特定の主張に対し請求項1における補助エステルのLogP値の記載からは,膨大な数の化合物の中からそのLogP値に該当する化合物を特定して取り出すことはできず,請求項1の記載は明確でない。
イ本願明細書の発明の詳細な説明の記載における補助エステルの特定の主張に対し(ア)本願発明1を実施するに当たり,補助エステルの選定に過度の試行錯誤を伴わないためには,本願発明1で要求されるLogP値の化合物を,膨大な化合物の中から容易に選択できることが必要であるにもかかわらず,本願明細書には選択するのに必要な方向性を示す記載がない。
また,本願明細書には,補助エステルのLogP値について,具体的な化合物についてそれを計算した具体的な算出例は示されておらず,また算出に使用する根拠となるデータの記載もないから,過度の試行錯誤を伴うことなく,当業者が容易に本願発明1のLogP値を有する補助エステルを選定することができるとはいえない。
発明の詳細な説明の【0015】の記載において,線形相関に関する当分野でよく知られているとする資料が示されず,また,線形相関に基づいて見いだされる具体的な化合物の例示も示されていないことを勘案すると,その記載によって補助エステルの具体例が自明であるとはいえない。
(イ)本願明細書の図3に示されたニコチン酸オクチルは炭素数8であって,ニコチン酸オクチルと安息香酸ブチルとの組合せは本願発明の実施例とはいえない。
本願明細書では,微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルと補助エステルは異なったものとして取り扱われているから,微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルを,微量栄養素ではない補助エステルであると強弁する原告の主張は,失当である。
このことは,補助エステルが「不活性な」エステルであるとされている発明の詳細な説明の【0020】の記載からも明らかであるし,そもそも,微量栄養素同士を競合させても,微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルを増量するのと変わらないから意味はなく,荒唐無稽な主張である。
(ウ)本願明細書では,「Vanicream」ローションの組成が明らかにされておらず,その中の一成分を補助エステルとして認識していたのであれば,そのことが本願明細書に記載されているのが当然であるにもかかわらず,そのような記載は存在しない。
なるほど,発明の詳細な説明の表2及び【0016】の記載から,アルキル基の炭素原子数が12,14,16のニコチン酸アルキルエステルの添加によって,背部及び腹部の皮膚NAD量が増加していることは理解できるが,それは,単に,含有成分に関し何の説明もない単なるローションに添加した場合のものであって,アルキル基の炭素原子数が12,14,16のニコチン酸アルキルエステルが有効であったことを示すものにすぎない。原告が主張するように,モノステアリン酸グリセリンがニコチン酸アルキルエステルに対する好適な補助エステルとして作用したことが本願明細書の記載から明らかであると解釈することはできない。
また,仮に,モノステアリン酸グリセリンが補助エステルであり,そのLogP値が7.1662であるとしても,発明の詳細な説明の表2によれば,炭素原子数が12,14,16のニコチン酸アルキルエステルのLogP値は,順に6.6,7.6,9.2であって,モノステアリン酸グリセリンのLogP値は,ニコチン酸アルキルエステルのLogP値より,順に0.6大きく(6.6-7.1662=-0.5662),0.4小さく(7.6-7.1662=0.4338),2.0小さく(9.2-7.1662=2.0338),本願発明1の「前記補助エステルが,前記ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5であり」という本願発明1の特定条件を満たさない。さらに,原告は,炭素数13,14,15のLogP値がそれぞれ7.5,7.6,8.3であることを前提に,モノステアリン酸グリセリンと炭素原子数13,14,15のニコチン酸アルキルエステルとのLogP値の差が0.4,0.5,1.2であると主張するが,原告の前提を採用しても,正しく計算するとそれぞれの差は0.3,0.4,1.1であり,本願発明1のLogP値の差についての特定を満たすのは炭素原子数15のニコチン酸アルキルエステルのみである。
(2)本願発明1,2について,課題の解決手段が示されていないから特許法36条4項に違反するとした判断の誤り(取消事由3),及び特許法36条6項1号に違反するとした判断の誤り(取消事由4)に対しア 特許法36条4項に違反しないとの主張に対し原告は,本願明細書の図3及び実施例2が,本願発明の課題についての解決手段を示すものであると主張するが,失当である。
(ア)図3のニコチン酸オクチル(炭素原子数8)と安息香酸ブチルとの組合せ例は,本願発明の「炭素原子数12〜16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」とは異なる。すなわち,炭素原子数12ないし16のニコチン酸アルキルエステルのLogP値は6.6ないし9.2であるから,仮に補助エステルとして安息香酸ブチルを採用したとすると,LogP値の差は3.1ないし5.7であって,著しく差があるから,安息香酸ブチルを補助エステルとすることはできない。したがって,図3の実験には意味がない。
また,図3の記載から,ニコチン酸オクチルが,適用部位でエステラーゼの影響を受けず,活性形態で皮膚層に送達されることがわかるということはできない。
図3によって課題の解決手段が示されているという原告の主張は失当である。
(イ)本願明細書の発明の詳細な説明【0016】には,「・・・表1は,6未満のlogP値を持つニコチン酸およびナイアシンエステルが局所適用部位で血管拡張を引き起こすことも示している。これは,これらのニコチン酸およびナイアシンエステルが毛細血管の内皮細胞の血管拡張を引き起こすのに必要な最低濃度を超える速度でナイアシンを送達していることを証明している。6より大きいlogP値を持つナイアシンエステルは拡張を引き起こさない。」との記載があり,LogP値が6より大きいニコチン酸エステルについては,そもそも補助エステルを併用する前提となる技術的課題が存在するか不明である。
そうすると,ニコチン酸オクチル(炭素原子数8のアルキル側鎖)を用いる図3の結果がどのようなものであっても,その結果が,炭素原子数12ないし16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステルを用いる本願発明の課題解決手段の有用性を基礎付ける根拠にはならない。
(ウ)「Vanicream」を使用した実施例2の実験が本願発明の課題の解決手段を示すものといえないことは前記(1)イ(ウ)のとおりである。
イ 特許法36条6項1号に違反しないとの主張に対し前記アのとおり,本願明細書の図3のニコチン酸オクチル(炭素原子数8)と安息香酸ブチルの組合せ例は,本願発明の実施例ではなく,また,皮膚内の特定細胞(真皮の皮膚繊維芽細胞及び皮膚中の毛細血管内皮細胞)へのニコチン酸アルキルエステルの活性形態での送達を促進させるという本願発明1,2の課題解決に合致するものではない。また,「Vanicream」ローションを使用した実施例2に含まれるモノステアリン酸グリセリンは本願明細書で明らかにされていない。
したがって,本願発明1,2の請求項1,11の記載は,発明の詳細な説明に記載されたものではない。
(3)本願発明2の補助エステルの特定に過度の試行錯誤を要することによる特許法36条4項違反の判断の誤り(取消事由5),及び本願明細書に例として挙げられた本願発明2の効果を請求項11に記載の補助エステルすべてに拡張,一般化できないことによる特許法36条6項1号違反の判断の誤り(取消事由6)の主張に対し特許法36条4項違反の判断の誤りの主張に対する被告の反論は,前記(1)のイと同様である。
特許法36条6項1号違反の判断の誤りの主張に対する被告の反論は,前記(2)のイと同様である。
(4)本願発明2の皮膚以外への外用投与について,特許法36条4項に違反するとしたの判断の誤り(取消事由7),及び特許法36条6項1号に違反するとした判断の誤り(取消事由8)の主張に対し皮膚組織と眼等の粘膜組織や内臓組織では,例えば角質層の有無など,組織の構造も性質も大きく異なっている。したがって,仮に「前記補助エステルが,前記ニコチン酸エステルに対して,親油性LogP値が小さく,その差がLogP値において0.5〜1.5である。」であり,かつ,ニコチン酸エステルが「炭素原子数12〜16のアルキル側鎖を持つニコチン酸アルキルエステル」との条件を充足する場合に,皮膚内の特定の細胞への栄養素の送達を促進するに適していたとしても,皮膚以外の組織の細胞に対して直ちに適用できるとはいえない。
本願発明は,対象となる細胞がエステラーゼの作用の影響を受ける箇所に限定される発明でないのみならず,本願明細書においても,皮膚内,皮膚外のいずれでも同様の効果を奏することが記載されているわけではない。
当裁判所の判断
1 取消事由2及び5について当裁判所は,本願明細書の発明の詳細な説明には,請求項1,11に係る発明の「補助エステル」の特定に関し,当業者が,同発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載はないので,本件審決には,少なくとも,原告の主張に係る取消事由2及び5の違法はないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 本願明細書の発明の詳細な説明の記載本願明細書の発明の詳細な説明(甲3)には,次の記載がある。
ア【0002】(発明の分野)本発明は局所微量栄養素送達システムに関する。本システムは,微量栄養素などの望ましくかつ/または必要な物質を,それを必要としている対象に送達するのに役立つ。本システムの治療用途についても記載する。
【0003】(背景および従来技術)皮膚は環境傷害に対する防御に多重の役割を果たしている。環境曝露は皮膚の漸進的な劣化を引き起こす。この劣化は初期の間は美容上の問題であるが,最終的に光線性角化症や皮膚癌などの疾患につながる場合もある。
【0004】皮膚の劣化はDNAおよびタンパク質が損傷を受けることによって起こり,皮膚細胞のゲノムの完全性を損なうDNA損傷の発生に反応性酸素種(以下「ROS」)が関与していることは,有力な証拠によって示されている。皮膚細胞はゲノムの完全性を維持するために固有の機序を持っている。ビタミンB6,B12,C,E,葉酸およびナイアシンをはじめとする微量栄養素が,ROSの捕捉からDNA損傷の修復までに及ぶ様々な機序によって,ゲノムの完全性の維持に関与していることは,現在も増えつつある一連の証拠によって証明されている。無症状の微量栄養素欠乏症は先進社会でも広く認められ,微量栄養状態は年齢と共に低下していく。
【0009】本発明の目的は,微量栄養素を利用できるようにするのに役立つまたはこれらの微量栄養を今まで可能であった量よりも多量に利用できるようにするのに役立つ局所送達システムを提供することである。
【0012】(好ましい態様の詳細な説明)本発明の局所送達システムでは,皮膚への微量栄養素の送達に影響する2種類の障壁,すなわち角質層の親油性と,皮膚の代謝活性とを考慮する。本発明の微量栄養素送達システムの概要を図1に示す。簡単に述べると,角質層の内外での微量栄養素の分配は,かかる分配にとって最適な親油性を持つ栄養素エステルによって制御される。これらについて以下に説明する。これらの化合物を記述するために「プロ栄養素(pronutrient)」という用語を使用する。さらにプロ栄養素の代謝変換の速度および部位は,後述する不活性な随伴補助エステル(co-ester)を使って制御される。この送達システムが最適に機能するにはいくつかの特徴が必要である。これらの基準の開発に枠組みとして役立った多コンパートメントモデルを図2に示す。使用したモデル微量栄養素はナイアシンであるが,ここで開示する知見が以下に詳述するように多種多様な微量栄養素にも関係することは,当業者には理解されるだろう。
【0013】角質層は親油性が高いので,所望の微量栄養素は,供給コンパートメント(例えばスキンクリームまたはスキンローション)から角質層に効果的に分配するのに十分な親油性を持たなければならない(図2の#1)。関係する微量栄養素の大部分は親水性が高すぎてこの基準を満たすことができないので,別個の親油性プロ栄養素を製造する必要が生じる。以下に詳述するように,角質層から表皮への拡散に必要な所要の親油性から,有効なプロ栄養素はクリームまたはローションから角質層に迅速に分配するのに十分な親油性を持つはずであることが予測される。ここでは微量栄養素のエステルを使用する。微量栄養素のエステルを使用すれば,親油性誘導体を製造することができるし,角質層から表皮への拡散後にそれらを効率よく生物変換することもできるからである。
【0015】プロ栄養素は,全身送達を最小限に抑えつつ皮膚の細胞成分への持続送達を達成するために,表皮には比較的遅い速度で分配しなければならない(図2の#3)。薬物の皮膚透過性(P )とオクタノール/水B配分係数(P)などの物理化学的性質との相関関係は皮膚を横切る薬 oct/w物輸送を予測する際に有用である。多くの化合物の皮膚透過性(LogP )と BそれらのPの対数との線形相関が立証されており,当該技術分野で OCT/Wはよく知られている。著しく親水性の化合物及び極めて親油性の化合物では,この関係からの逸脱がみられる。皮膚の細胞成分への微量栄養素の送達にとって最適な親油性を持つ化合物を本明細書に開示する。例えばナイアシンをモデル微量栄養素として,ナイアシンの一連のアルキルエステルを製造し,それらの相対的親油性を決定した。次に,皮膚の細胞成分へのナイアシンの送達に関するこれらプロ栄養素の効力を,確立したモデルを使って,その局所適用後に生物活性型のナイアシン(NAD)を測定することによって決定した。
【0020】上記のエステルは不活性な補助エステルを併用することが好ましい。というのも,これらの不活性補助エステルにより,皮膚内の特定位置への栄養素送達の調節が可能になるからである。表皮のエステラーゼ含量が高いことは,局所適用したプロ栄養素の,表皮中に存在する細胞への送達に有利である。表皮中の細胞への送達は局所送達システムの重要な目標であるが,皮膚繊維芽細胞および皮膚中の毛細血管の内皮細胞への送達を達成することも大いに望ましい。真皮および毛細血管への送達の増進は,表皮におけるプロ栄養素の生物変換の程度を調節するために使用することができる不活性補助エステルの使用によって達成することができる。
補助エステルが皮膚におけるプロ栄養素の変換速度を調節するには,2つの基準を満たさなければならない。第1に,補助エステルは,プロ栄養素および補助エステルの角質層からのフラックスが類似するように,プロ栄養素の親油性と類似する親油性を持たなければならない。第2に,補助エステルは,皮膚エステラーゼによる生物変換に関してプロ栄養素と効果的に競合しなければならない。酸素飽和未満のプロ栄養素濃度では,補助エステルは表皮における代謝変換(図2の#4)を競合的に阻害し,プロ栄養素が無傷のまま真皮に移動して変換および送達を受けること(図2の#5)を可能にするだろう。この方法により,プロ栄養素の必要量は最小限に抑えられ,真皮への優れた標的指向型送達システムが得られる。真皮における送達の標的には,皮膚繊維芽細胞および毛細管内皮細胞がどちらも含まれる。皮膚繊維芽細胞の場合,目的はナイアシンを送達してNADに変換させることである。毛細管内皮細胞の場合は,ナイアシンの持つ既知の血管拡張性が,真皮における血流の増加,酸素および他の必須栄養素の供給量の増加,ならびに二酸化炭素および他の最終代謝産物の除去効率の向上に役立つだろう。
【0028】上記のように,興味ある微量栄養素は「補助エステル」と組み合わせることが好ましい。この補助エステルという用語は,本明細書においては,例えば角質層からわずかに速く移動して,皮膚エステラーゼなどのエステラーゼを占有し,よって微量栄養素が皮膚の下層に拡散することを可能にするように,微量栄養素よりも親和性の低いエステルである化合物を指す。定量的に述べると,補助エステルの親和性は約20倍以内にあるべき,すなわち同時投与されるまたは同時処方される微量栄養素のlogP値との差が約0.5〜1.5,好ましくは約1.0〜1.5であるようなlogP値を持つべきである。
イ 【0024】実施例2動物実験では,市販の「Vanicream」ローション200mgを使って,濃度1.0%(重量/重量)のニコチン酸エステルを,雌ヘアレスマウス(HRS-J,6〜8週齢)に3日間,毎日局所適用した。対照動物にはVanicreamだけを適用した。ローションは毎日1週間塗布した。」(12頁下から2行〜13頁4行)【0016】・・・典型的な実験の結果を表2に示す。この実験では1%に処方したナイアシンプロ栄養素をヘアレスマウスの背部に毎日1回,3日間にわたって局所適用した。3日後に,各動物の適用部位および腹部から皮膚を採取し,NAD濃度を分析した。動物の背部から採取した皮膚の分析により,12,14および16炭素のナイアシンエステルがNAD量の増加をもたらし,なかでも14炭素エステルは最も有効であることが証明された。さらなる実験では,18炭素の側鎖および9.7のlogP値をもつナイアシンエステルが16炭素の側鎖を持つエステルほど効果的でないこともわかった。さらに,-0.34のlogP値を持つニコチンアミドの局所適用は,皮膚細胞NAD含量に影響しないことが明らかになった。表2の結果は,プロ栄養素を適用していない腹部ではNAD含量の増加が見られなかったことから,14炭素エステルおよび16炭素エステルの場合は送達が局所的であることも示している。12炭素エステルの局所適用は腹部への送達をいくらか示した。このことは,この化合物がこの実験で比較した化合物のなかで最も速い送達速度を持つはずであるという上記の示唆と合致する。
(2) 判断ア 本願発明に係る「補助エステル」の特定本願明細書には,本願発明による課題解決をするに当たり,当業者において,本願発明で規定したLogP値の範囲内の化合物群の中から,どのような補助エステルを選定すべきかについて,明確かつ十分な記載がされていないと解される。その理由は,以下のとおりである。
すなわち,エステル化合物については,原告が書証として提出する皮膚外用剤に関する文献について見ただけでも,例えば,甲4の10には,パラヒドロキシ安息香酸エステル類の例が挙げられ,アルコール残基の炭素数1ないし12のエステルとしてメチルパラベン等12種類のエステル化合物が示され,甲4の8には,皮膚軟化剤(25頁,26頁),浸透向上剤(26頁〜29頁),乳化剤(30頁〜34頁),他の化粧品用添加剤(43頁,44頁)として,多種のエステル化合物が示されているように,多種多様なものを含む。
なお,本願発明の「補助エステル」について,親油性に関してLogP値がニコチン酸アルキルエステルのLogP値より小さく,その差がLogP値において0.5ないし1.5との条件を充足するエステルとの限定がされている。しかし,本願明細書の【0026】【表1】記載の,微量栄養素としてのニコチン酸アルキルエステルだけでも,LogP値1.0の幅の中に複数の炭素原子数のニコチン酸アルキルエステルが含まれることから明らかなように,本願明細書の補助エステルに関するLogP値(0.5〜1.5)を満たすエステル化合物は,膨大な種類のものを含む。
ところで,発明の詳細な説明の【0020】では,「栄養素をヒトに送達する」という解決課題を達成するためには,補助エステルは,?プロ栄養素の角質層からのフラックス(透過性)が類似するという性質と,?生物変換に関してプロ栄養素と効果的に競合するという性質の両者が必要であると記載されている。このうち,?の生物変換に関して微量栄養素(プロ栄養素)と効果的に競合するという性質は,請求項1,11で規定されたLogP値の範囲の補助エステルのすべてが当然に備えているものではなく,当業者が,試行錯誤を繰り返して,生物変換に関して微量栄養素と効果的に競合する補助エステルを選別しない限り,本願発明の目的を達成することができず,本願明細書には,その選別を容易にするための記載はない。
この点について,原告は,補助エステルが,LogP値の範囲内であれば,すべて,前記?の性質を有するように主張するが,同主張は根拠を欠くものであって,採用できない。
イ原告は,本願明細書の実施例2における「Vanicream」には,補助エステルとしてモノステアリン酸グリセリンを使用するとの記載があり,同部分は,本願発明における課題解決の目的を充足する「補助エステル」として,明白かつ十分な開示に該当すると主張する。
しかし,原告のこの点の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。
すなわち,前記(1)イのとおり,実施例2の実験は,「市販の「Vanicream」ローション200mgを使って,濃度1.0%(重量/重量)のニコチン酸エステルを」実験動物に局所適用し,「対象動物にはVanicreamだけを適用している。上記実験は,いずれもVanicreamを使用し,単なるVanicreamのみを使用した対象動物とVanicreamにニコチン酸エステルを加えて使用した実験動物との比較をしたものであり,「Vanicream」を含まないニコチン酸アルキルエステルと「Vanicream」を含むニコチン酸アルキルエステルとの比較をした実験はない。
したがって,この実験からは,何らかの効果が確認できたとしても,その効果がニコチン酸エステル単独の効果であるのか,「Vanicream」に含まれるモノステアリン酸グリセリンとニコチン酸エステルの双方による効果であるのかは,不明である。
また,実施例2の実験結果が示しているのは,前記(1)イの【0016】に記載されているように,動物の背部の皮膚のNAD含量の増加をもたらすには,14炭素のナイアシンエステルが最も有効であること,18炭素のナイアシンエステルは16炭素のエステルほど効果的でないこと,腹部でのNAD含量の測定から,14炭素エステル及び16炭素エステルの場合は送達が局所的であるが,12炭素エステルは腹部への送達をいくらか示しており,12炭素エステルが最も速い送達速度をもつはずであるという示唆と合致するという,ニコチン酸アルキルエステルの炭素数の違いによる局所投与での送達程度や送達速度等の違いを示すものであり,モノステアリン酸グリセリンとの併用による作用効果を示すものではない。
したがって,実施例2の実験によって,本願発明の補助エステルとしてモノステアリン酸グリセリンを使用することが開示されているとする原告の主張は,根拠を欠く。
ウ原告は,補助エステルとして,ニコチン酸アルキルエステルを使用することが本願明細書に開示されていると主張する。
しかし,本願明細書の【0020】には,「不活性な補助エステルと併用することが好ましい」と記載され,補助エステルが「不活性」であることが記載されている。ここでいう「不活性」とは,微量栄養素として使用される活性を持たないことと解されるので,当業者としては,微量栄養素であるニコチン酸アルキルエステルに組み合わせる「補助エステル」として,同じく微量栄養素である他のニコチン酸アルキルエステルを使用することを認識することができないと解するのが合理的である。
したがって,本願明細書にニコチン酸アルキルエステルを補助エステルとして使用することが開示されているとする原告の主張は採用することができない。
エ原告は,本願明細書【0015】の薬物の皮膚透過性(P )とオクタBノール/水配分係数(P)に関する記載から,本願発明の補助エス oct/wテルを容易に当業者が理解できる,と主張する。
しかし,前記【0015】の記載内容からみると,物の皮膚透過性(P)とオクタノール/水配分係数(P)に関する記載は,親油性に関B oct/wする記載であるようにもうかがわれ,仮に,これが,生物変換に関して微量栄養素(プロ栄養素)と効果的に競合するという補助エステルの性質に関するものであるとしても,その内容は不明であり,また本願発明において補助エステルを選定する際に,それをどのように使用するのかも明示されていないから,当業者がその意義を理解できるものとはいえない。
オ原告は,補助エステルの有用性について,本願明細書の図3から理解できると主張する。
しかし,原告のこの点の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。
本願明細書の発明の詳細な説明【0020】には,図3に関して,次のとおり記載されている。
「・・・補助エステルの使用による送達の調節を証明する実験を図3に示す。この実験には,皮膚の酸素含量を増加させる目的で毛細血管の内皮細胞にナイアシンを送達するために,ナイアシンの8炭素エステル(ニコチン酸オクチル)を使用した。この実験では,経皮酸素モニターを使って皮膚内の酸素含量を決定した。試験化合物を含むローションを30分間局所適用した。次にローションを除去し,経皮酸素モニターを皮膚表面に設置した。対照実験では,皮膚の酸素含量(PO )は4mmの値を示すことがわ2かった。これは比較的低い酸素含量が増加したことを示している。酸素測定を行うためにローションを除去しなければならないので,増加の持続時間は長くはない。安息香酸ブチルを補助エステルとして選択した。ニコチン酸オクチルのlogP値が4.8であるのに対して,安息香酸ブチルは3.5のlogP値を持つ。図3は,ニコチン酸オクチルおよび安息香酸ブチルをどちらも含有する製剤がニコチン酸オクチルのみによって誘発される皮膚酸素濃度の増加を遮断したことを示している。これは補助エステルによるプロ栄養素の送達の調節を証明している。」(11頁23行〜12頁7行)上記記載によれば,図3は,微量栄養素として8炭素エステル(ニコチン酸オクチル),補助エステルとして安息香酸ブチルを用いた実験であり,それぞれの物質のLogP値が本願発明1,2の要件を満たすものでない。
(3) 小括以上のとおり,本願発明1,2を実施しようとする当業者は,本願発明のLogP値を満たし,かつ生物変換に関して微量栄養素(プロ栄養素)と効果的に競合する補助エステルを選択するためには,過度の試行錯誤を要することになる。本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
本願発明1及び2について,特許法36条4項の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張に係る取消事由は理由がない。原告は,同項の違反について,その他縷々主張するが,いずれも理由がない。
2 結論したがって,審決のその余の判断の当否について検討するまでもなく,本件審判請求が成り立たないとした審決の判断に取り消すべき違法はない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大須賀滋
裁判官 齊木教朗