関連審決 | 不服2002-13875 |
---|
審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成15行ケ235審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 発明の詳細な説明 / 対象製品 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 発明の範囲 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
15年
(行ケ)
363号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 富士写真フイルム株式会社 同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男 同 吉田和彦 同 高石秀樹 同訴訟代理人弁理士 箱田篤 同 山崎一夫 被告 特許庁長官小川 洋 同指定代理人 末政清滋 同 辻徹二 同 秋月 美紀子 同 大野克人 同 涌井幸一 同 立川功 同 宮下正之 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/10/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
特許庁が不服2002―13875号事件について平成15年6月30日にした審決を取り消す。 |
|
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,特許庁に対し,平成6年3月18日,発明の名称を「カラー写真用現像処理装置および現像処理方法」とする発明につき特許出願(特願平6―48997号。以下「本願」という。)を行ったところ,特許庁は,平成14年6月18日に拒絶査定をした。 そこで,原告は,同年7月24日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2002―13875号)ところ,特許庁は,平成15年6月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同年7月14日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲 平成15年2月14日付け手続補正書により補正された後の本願に係る明細書(甲2,3。以下「本願明細書」という。)の「特許請求の範囲」の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。 「少なくとも現像タンクとラックを有し,該現像タンク中の芳香族第一級アミン系現像主薬が4-アミノ-3-メチル-N-エチル-N-〔β-(メタンスルホンアミド)エチル〕-アニリン又はN-エチル-N-(β-ヒドロキシエチル)-3-メチル-4-アミノアニリンであり,その濃度が0.15〜0.50モル/リットルであるカラー現像液の温度を40℃〜50℃に設定しうる手段を有するカラー写真用現像処理装置において,該現像タンクの材質がポリフェニレンオキサイド樹脂,ポリフェニレンスルフィド樹脂及びポリメチルペンテン樹脂からなる群から選ばれる少なくとも一種の樹脂であり,かつ該現像タンクの表面粗さが中心線粗さ(Ra)として5.0ミクロン以下で最大粗さ(Rmax)が50ミクロン以下であることを特徴とする写真用現像処理装置。」 3 本件審決の理由の要旨 本件審決は,次のとおり,本願発明は,特開平2―176746号公報(甲4。以下「引用例1」という。),特開平5―34888号公報(甲5。以下「引用例2」という。)及び特開昭64―74314号公報(甲6。以下「引用例3」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 (1) 本願発明と引用例1に記載された発明の対比 (一致点)「少なくとも現像タンクを有し,該現像タンク中の芳香族第一級アミン系現像主薬が4-アミノ-3-メチル-N-エチル-N-〔β-(メタンスルホンアミド)エチル〕-アニリン又はN-エチル-N-(β-ヒドロキシエチル)-3-メチル-4-アミノアニリンであり,その濃度が0.15〜0.50モル/リットルであるカラー現像液の温度を40℃〜50℃に設定しうる手段を有するカラー写真用現像処理装置。」 (相違点1)本願発明では,現像タンクとラックを有しているのに対し,引用例1に記載された発明では,ラックの記載がない点。 (相違点2)本願発明では,現像タンクの材質がポリフェニレンオキサイド樹脂,ポリフェニレンスルフィド樹脂及びポリメチルペンテン樹脂からなる群から選ばれる少なくとも一種の樹脂であるのに対し,引用例1に記載された発明では,そのような限定がない点。 (相違点3)本願発明では,現像タンクの表面粗さが中心線粗さ(Ra)として5.0ミクロン以下で最大粗さ(Rmax)が50ミクロン以下であるのに対し,引用例1に記載された発明では,そのような限定がない点。 (2) 判断 相違点1について;引用例2に,自動現像機には種々の部品材料が用いられるとして,処理槽と共に処理ラックが記載されており,現像処理装置において,現像タンクとラックを有することは,格別な構成とは言えず,そのような構成とすることは,当業者にとって容易である。 相違点2について;引用例2に処理槽(現像タンク)の材料が,変性PPO(変性ポリフェニレンオキサイド)が好ましいと記載されており,引用例1に記載された発明のものにおいても,現像タンクの材質をポリフェニレンオキサイド樹脂とすることは,当業者にとって容易である。 相違点3について;引用例3に,ポリフェニレンオキサイド製の写真現像機用送りロールに関し,ポリフェニレンオキサイドの表面平滑度の程度によって写真用薬液に対する耐食性が大きく異なっており,表面が平滑粗度が2μm以下の高平滑性を有する場合には特に優れた耐食性を示すことが記載されている。引用例3のものは,現像タンクの材料ではないが,本願発明と同じポリフェニレンオキサイドの,写真用薬液に対する耐食性を問題としているものであり,引用例1に記載された発明において,現像タンクの材質をポリフェニレンオキサイド樹脂とした場合に,表面粗さを,相違点3のように限定することは,当業者にとって容易である。 なお,出願人は,引用例1,2のものにおいて,実施例で示された現像主薬濃度,処理温度が,本願発明の範囲外であり,引用例に記載のものから本願発明をなすことは,容易ではないと主張しているが,引用例1,2の明細書中で,本願発明の数値と一致する範囲が,好ましい範囲として開示されている以上,現像特性,及び現像タンク等への影響等を考慮して種々の現像条件を試みることは,当業者として当然なすことなので,出願人の主張は採用できない。 本願発明の効果も,上記各引用例に記載されたものから予測し得る程度のものである。 (3) むすび したがって,本願発明は,引用例1〜3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 |
|
原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本願発明と引用例1に記載された発明との一致点を誤認したことにより相違点を看過し(取消事由1),一つの相違点として認定すべき相違点2,3を誤って別個の相違点として認定し(取消事由2),また,相違点2,3についての各判断を誤った(取消事由3,4)結果,本願発明に関する進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(一致点の誤認,相違点の看過) 引用例1には,「その濃度が0.15〜0.50モル/リットルであるカラー現像液の温度を40℃〜50℃に設定しうる手段を有する」点が実質的に開示されていないから,本件審決が,本願発明と引用例1に記載された発明との一致点として,上記の点を認定したのは誤りであり,相違点として認定すべきである。 (1) 本願発明は,「主薬濃度が0.15〜0.50モル/リットル」及び「カラー現像液の温度を40℃〜50℃に設定」の条件を同時に満たす過酷な処理条件においても使用可能な現像タンクを提供したことに極めて重要な意義が存する。これに対し,引用例1における「発色現像主薬濃度が2.0×10-2モル/リットル以上」,「発色現像液の温度を35℃〜60℃に設定」の記載は,形式的には本願発明の上記条件の範囲を包含するものの,それぞれ個別に記載があるだけで,引用例1には,実施例を含め,上記両条件を同時に満たす現像タンクの使用に言及した記載は一切ないから,引用例1は,実質的には,本願発明の上記両条件や,これを設定しうる手段を開示するものではない。 これは,従来技術であるポリ塩化ビニル(PVC)を材料とする現像タンクは,上記の過酷な条件下においては膨張・変形し,タンク内のラックやローラーの位置精度の誤差が増大する結果,感光材料の搬送不良等の問題が発生し,その使用が不可能であったことによる。 (2) なお,引用例1と本願発明は,対象製品及び目的・作用効果を全く異にしており,引用例1は,本願発明の進歩性を判断するための組合せの土台として不適格である。すなわち,本願発明は「発色現像処理槽」に関する発明であるのに対し,引用例1記載の発明は「漂白処理槽において行われるエアレーション処理方法」及び「漂白処理槽」自体を対象とする発明で,発色現像処理槽と漂白処理槽とは,槽において行われる処理内容が全く異なること,処理液のpHが前者は強アルカリ性であるのに対し後者は強酸であること等,両者には本質的部分において看過し得ない差異が認められる。引用例1に,発色現像主薬の種類,濃度,現像液の温度等について好ましい種類や範囲が記載されているとしても,これらは,引用例1の対象製品である漂白処理タンクとの関係で,その目的である漂白槽内部におけるタールの発生の問題を解決する観点から好ましいにすぎず,本願発明の目的とは無関係である。 2 取消事由2(相違点2,3の認定の誤り) 本件審決は,本願発明と引用例1に記載された発明との対比において,現像タンクの材質の点を相違点2とし,現像タンクの表面粗さの点を相違点3として,別個の相違点として認定しているが,誤りである。 (1) 本願明細書の実施例3の実験結果である第9表(【0097】)の記載から,ポリ塩化ビニル(PVC)においては,本来的に壁面の表面粗さが小さいため(約0.43μm;タンクHに相当),研磨の余地はほとんどなく,表面粗さの良化によるハイ上がり(タンクの壁に各種薬品の結晶が析出すること)の抑制効果も十分でない(タンクE〜Hで中心線平均粗さRaを改善してもハイ上がりの改善が小さいことから明らかである。)のに対し,変性ポリフェニレンオキサイド(変性PPO)においては,本来的に壁面の表面粗さが大きいため(約5.2μm;タンクAに相当),研磨の余地は大きく,表面粗さの良化により劇的なハイ上がり抑制効果が見られることが明らかである。すなわち,本願発明は,タンク材質を適切に選択し,かつタンクの表面粗さを良化することにより,「ハイ上がり」を従来技術では達成し得なかったレベルまで大幅に抑制することを可能にした点において,顕著な作用効果を奏するもので,タンク材質の選択と表面粗さの良化の両方による相乗効果が非常に重要である。本願発明は,表面が粗いタンク材質を選択した上での表面粗さを良化する必要性という新たな技術的課題を発見したものである。したがって,タンクの材質の選択と表面粗さの選択を総合して一つの相違点として認定する必要がある。 (2) なお,本願明細書の【0029】【0030】の記載は,タンクの材質とは無関係に,局部的に表面張力が大きくなる部分や,成形方法に起因して発生するハイ上がりについて言及するものにすぎず,タンク内側表面全体のハイ上がりについていうものではない。 また,乙6〜10は,現像タンク又はブロック体の材料として採用しうる材質を例示しているにすぎず,本願出願当時にポリ塩化ビニル以外の材質が現像タンクに現実に使用されていたことを示すものではない。 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) 本件審決は,相違点2について,引用例2記載の処理槽(現像タンク)の材料として,変性ポリフェニレンオキサイドが好ましいと記載されていることを根拠に,「引用例1に記載された発明のものにおいても,現像タンクの材質をポリフェニレンオキサイド樹脂とすることは,当業者にとって容易である。」とするが,誤りである。 引用例2の目的は「処理後の色画像保存性に優れる,写真感光材料の処理方法の提供」であるのに対し,本願発明の目的は「高温,高主薬濃度においても,耐久性に優れた現像処理装置(現像処理タンク)の提供」であり,両者の技術的課題は全く異なる。また,引用例2には,処理槽及び温調槽等のタンク材質として変性ポリフェニレンオキサイドなどが好ましい理由,目的,作用効果について全く言及されていない。上記のとおり,本願発明とは技術的課題が全く異なる引用例2に「好ましい」という記載のみが存在するにすぎない場合,本願発明の技術的課題との関係でも好ましいかどうかは,当業者であっても容易に判断しうるものではない。 4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り) 本件審決は,相違点3について,引用例3に,ポリフェニレンオキサイド製の写真現像機用送りロールに関し,ポリフェニレンオキサイドの表面平滑度の程度によって写真用薬液に対する耐食性が大きく異なっており,表面が平滑粗度が2μm以下の高平滑性を有する場合には特に優れた耐食性を示すことが記載されていることを根拠に,「引用例3のものは,現像タンクの材料ではないが,本願発明と同じポリフェニレンオキサイドの,写真用薬液に対する耐食性を問題としているものであり,引用例1に記載された発明において,現像タンクの材質をポリフェニレンオキサイド樹脂とした場合に,表面粗さを,相違点3のように限定することは,当業者にとって容易である。」とするが,誤りである。 (1) 本願発明において「耐久性」の問題は樹脂の選択によって解決されたもので,表面粗さの良化で解決されたものではない。本願発明において表面粗さの良化が解決した課題は,ハイ上がり防止である。したがって,本願発明と引用例3とでは表面粗さの良化が解決した課題が異なる。 また,引用例3の実験結果を示す第1表には疑義がある。すなわち,部材(ロール)を3ヶ月間強アルカリ性である現像液に浸した場合と,3ヶ月間強酸性である定着液に浸した場合で,部材表面の平均粗度が悪化する度合いがほとんど同程度となっている。また,最初の平均粗度が1.0μmの場合,現像液・定着液のいずれに浸漬した場合も平均粗度がほとんど悪化しないのに対して,最初の平均粗度が15μm(比較例1)の場合と,8.0μm(比較例2)の場合では,現像液・定着液のいずれに浸した場合も平均粗度が大きく悪化しており,かつ,悪化の程度が,現像液と定着液との間でも,15μmと8.0μmとの間でもほとんど同程度となっている。ローラーの駆動等の物理的要因がない場合,浸漬前の表面状態に関わらず化学反応速度は同じであり,浸食は平均的に起こるはずであるから,第1表の実験結果は,化学理論的な裏付けを欠く,極めて不自然なものである。当業者が,信用性の極めて低い実験結果に疑義を持ちながら,実験結果において有利に記載されている事項のみを信用して,自らの発明の一構成として採用することは,通常あり得ないから,当業者が引用例3を参照して本願発明における技術的課題を解決するための手がかりとすることは,あり得ない。 (2) なお,乙3,4のみからでは,「タンクの表面が滑らかであればハイ上がりが少なく,処理液の析出が少ない」ことが周知技術であるということはできない。また,乙3,4の技術的課題は,タンク材質とは無関係に局部的に表面張力が大きくなるコーナー部において,毛細管現象に起因して発生するハイ上がりを抑制することであるから,タンク壁面における処理液の蒸発に起因して発生する,表面が粗い材質のタンク内側表面全体のハイ上がりを防止するという本願発明における新規の技術的課題について言及,示唆するものではない。 乙5における「試験片の表面状態」が「試験結果に…影響する」旨の記載は,「試験結果のばらつき」が生じることを意味しているにすぎず,「表面粗さがプラスチックの耐薬品性に影響を与える」ことを示すものではない。 |
|
被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。 1 取消事由1(一致点の誤認,相違点の看過)について (1) 現像工程において,処理温度及び主薬濃度の両者の上昇が迅速化を図る上で有効な手段であることは,当業者にとってよく知られた課題である。引用例1には,本願発明の数値範囲を満足する発色現像主薬濃度及び発色現像液の温度が,好ましい範囲として記載されているのであるから,この点を一致点とした本件審決の認定に誤りはない。引用例1に,発色現像主薬の濃度と発色現像液の温度とがそれぞれ記載されていれば,現像工程を,その高濃度かつ高温度で実施しようとすることは,当業者にとって当然のことである。 なお,引用例1には,現像タンク材料の記載がないから,現像タンクの材料がポリ塩化ビニルであると限定することはできない。また,実施例は当該発明の代表的な適用具体例を記載するものであるから,引用例1の実施例に本願発明の数値範囲のものがないことをもって,引用例1に,本願発明の数値範囲を満足する発色現像主薬濃度,発色現像液の温度が記載されていないということはできない。 そして,引用例1に好ましい温度範囲が記載されている以上,加熱装置,温度測定装置,制御装置等からなる温度設定手段は慣用的に用いられる技術手段であるから,引用例1のものも,好ましい温度範囲に設定し得る手段を有していると解するのが自然である。 (2) 引用例1に,「漂白処理槽」だけでなく,「発色現像処理槽」に関する発明が記載されていることは明らかである。引用例から引用発明として抽出する部分は,当業者が引用例に接した際に,当該技術分野における従来周知の技術を背景として,当該引用例に記載されているすべての技術的事項から抽出されるものであって,引用例に明示的に記載された課題,作用効果に限定して,引用例に記載された発明を認定しなければならないというものではない。引用例1には,本願発明と同種の発色現像液の濃度,温度が,本願発明の数値範囲と重なる範囲で,好ましいとして記載されている以上,当業者であれば,本願発明と同種の現像液を用い,本願発明の濃度,温度条件で行うカラー写真用現像処理装置が記載されていると理解することができる。 2 取消事由2(相違点2,3の認定の誤り)について 本願の出願当初の明細書(甲2)の【0005】では,本願発明に係る課題を(1)〜(7)の手段により解決することが並列的に記載されており,その中で,(1)〜(3)でタンクの材質を限定し,(4)で表面粗さを限定していたものであるから,タンクの材質に加えて,タンクの表面粗さまで一体として捉えなければならないとする理由はない。【0034】の記載からも,タンク表面の凹凸とタンクの材料とは直接関係しないことが理解される。したがって,相違点2,3は,必ずしも一体に考えなければならないものではない。 本願明細書の【0029】【0030】等の記載によれば,ポリ塩化ビニルの場合でもハイ上がり防止のために表面を滑らかにする技術的課題が既に知られていたことを出願人である原告自身が認めているから,本願発明が,表面が粗いタンク材質を選択した上での表面粗さを良化する必要性という新たな課題の発見に基づくものということはできない。 原告の指摘する第9表では,@本願発明の一実施例である変性ポリフェニレンオキサイドと,従来技術の一つであったポリ塩化ビニル(乙6〜10)との比較のみであるし,AA(Ra=5.2),B(Ra=4.5)の値はあるが,Raが5ミクロン以下に一致する実験結果は記載されていないし,B結晶の析出(ハイ上がり)がAに比べて半分以下となるのは,概ねB(Ra=4.5)以下の場合であって,Raが5ミクロン以下の場合ではない。これらの事情によれば,第9表は,本願発明の相乗効果の根拠にはならない。 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について 引用例2には,現像タンクの材料として本願発明と同一の変性ポリフェニレンオキサイドが開示されており,また,当該材料は耐薬品性,耐熱性に優れたものとして周知のものであり(乙1,2),さらに,引用例2に記載の現像主薬も本願発明と同種のものであるから,当業者であれば,当該材料を現像タンクの材料として選択可能なものと考えるのが自然である。 4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について 本願発明が解決しようとする課題にタンクの腐食の問題も含まれることは,明らかである(本願明細書【0003】)。引用例3には,本願発明のタンク材料と同一のもので,本願発明の表面粗さの範囲に含まれる数値範囲のものが,本願発明と同様の現像主薬に対して「優れた耐食性を示す」と記載されているから,引用例3記載の表面粗さを本願発明のタンクの表面粗さとして採用することは,当業者にとって十分に動機付けがある。タンクの表面が滑らかであればハイ上がりが少なく,処理液の析出が少ないということは,当業者にとって従来周知の技術事項である(乙3,4)から,本願発明のハイ上がり防止の効果も,当然予測しうる程度のものである。なお,乙3,4が,部分的に表面が粗い箇所があってはいけないことを示していれば,表面全体を見ても粗い部分があってはいけないことは,当業者にとって自明である。 引用例3の第1表に示された実験結果に疑義があるとする根拠はないし,仮に疑義があったとしても,刊行物3に,ポリフェニレンオキサイドの表面平滑度が2μm以下の時に優れた耐食性を示す旨の記載がある以上,当業者はそのように理解するから,それのみで,本願発明の一構成として採用するには十分な開示というべきである。なお,表面粗さがプラスチックの耐薬品性に影響を与えることは,当業者にとって自明の技術的事項である(乙5)。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認,相違点の看過)について 原告は,引用例1には,「その濃度が0.15〜0.50モル/リットルであるカラー現像液の温度を40℃〜50℃に設定しうる手段を有する」点が実質的に開示されていないから,本件審決が,本願発明と引用例1に記載された発明との一致点として,上記の点を認定したのは誤りであり,相違点として認定すべきである旨主張する。 (1) 本願の請求項1における「…その濃度が0.15〜0.50モル/リットルであるカラー現像液の温度を40℃〜50℃に設定しうる手段を有するカラー写真用現像処理装置において…」との記載は,本願発明に係るカラー写真用現像処理装置が,上記特定濃度のカラー現像液を上記特定の温度に設定することができる設定手段を有することを規定するものにすぎない。そして,本願明細書においては,上記設定手段の具体的な構成に関する記載はないから,上記設定手段は,説明するまでもない慣用のものであると解すべきである。 しかるに,引用例1には,「本発明の発色現像液は,その発色現像主薬濃度が1.5×10-2モル/リットル以上であることが好ましく,より好ましくは2.0×10-2モル/リットル以上である。…処理温度は30℃〜80℃が好ましく,より好ましくは35℃〜60℃である。」と記載されており(12頁右上欄19行〜左下欄8行),現に,引用例1の実施例においても,発色現像主薬濃度を上記範囲に含まれる0.015〜0.15モル/リットルとし,温度を上記範囲に含まれる38℃に設定することが具体的に記載されている(23頁右下欄表3,21頁右下欄7行)。そうであれば,上記濃度・温度設定をすることができる手段の構成が引用例1に明記されていなくとも,引用例1の写真用現像処理装置が,好ましいと記載された上記濃度範囲のカラー現像液を,同じく好ましいと記載された上記温度範囲に設定することができる,慣用の設定手段を有することは,明らかである。 そして,本願発明に規定された濃度・温度の範囲は,引用例1に好ましいと記載された濃度・温度の範囲より狭いから,引用例1の広い範囲の濃度・温度に設定することができる設定手段であれば,本願発明の狭い範囲の濃度・温度に設定することができることは当然である。 そうすると,本願発明に係る写真用現像処理装置と引用例1に記載された写真用現像処理装置とは,「濃度が0.15〜0.50モル/リットルであるカラー現像液を40℃〜50℃に設定しうる 手段 」を有するという点で一致すると認められるから,これと同旨の本件審決の一致点の認定に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。 (2) なお,原告は,引用例1には,高濃度かつ高温度の発色現像液の使用に言及した記載はない旨主張する。しかしながら,上記のとおり,本願発明においては,特定濃度のカラー現像液を特定温度に設定することができる設定手段が規定されているにすぎず,特定濃度かつ特定温度のカラー現像液を実際に使用することが規定されていると解することはできないから,引用例1にそのような使用に言及した記載がなくても,上記判示を何ら左右するものとはいえない。 また,原告は,引用例1と本願発明は対象製品及び目的・作用効果を全く異にしているから,引用例1は本願発明の進歩性を判断するための組合せの土台として不適格であると主張する。しかしながら,引用例1には,「発色現像処理槽と漂白処理槽を有する自動現像槽を用い,発色現像処理に引き続き漂白処理するハロゲン化銀カラー写真感光材料の処理方法において,…」(特許請求の範囲),「特に有用な芳香族第1級アミン発色現像剤はN,N-ジアルキル-p-フェニレンジアミン系化合物であり,…その中でも特に有用な化合物としては…N-エチル-N-β-メタンスルホンアミドエチル-3-メチル-4-アミノアニリン硫酸塩…等を挙げることができる。」(10頁右下欄3〜18行)との記載に加えて,上記(1)で指摘した記載があることから,引用例1には,発色現像処理槽についての記載や,そこで使用される現像主薬の種類,濃度,温度についての記載があることが明らかである。引用例が特許公報である場合,当業者がこれに接すれば,特許請求の範囲に記載された発明のみならず,発明の詳細な説明に記載された発明も把握することができることは当然であるから,原告の主張するように,引用例1の特許請求の範囲に記載された発明が,漂白処理槽に特徴を有するものであり,当該発明の目的ないし作用効果が本願発明のそれと異なるものであるとしても,上記のとおり,引用例1に発色現像処理槽及びそこで使用される現像主薬の種類,濃度,温度について記載されている以上,これらの記載から把握されるものを,本願発明と対比すべき発明として認定することに,何の障害事由も存在しないというべきである。 したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。 2 取消事由2(相違点2,3の認定の誤り)について 原告は,@本願明細書の第9表の記載から,ポリ塩化ビニルにおいては,本来的に壁面の表面粗さが小さいため研磨の余地はほとんどなく,表面粗さの良化によるハイ上がり抑制効果も十分でないのに対し,変性ポリフェニレンオキサイドにおいては,本来的に壁面の表面粗さが大きいため研磨の余地は大きく,表面粗さの良化により劇的なハイ上がり抑制効果が見られ,これが,本願発明におけるタンクの材質の選択とタンクの表面粗さの良化の顕著な相乗効果であること,A本願発明は表面が粗いタンク材質を選択した上で表面粗さを良化する必要性という新たな技術的課題を発見したものであることを理由に,本件審決が認定した相違点2及び3は一つの相違点として認定すべきものであって,本件審決がこれらを別個に認定したことは誤りである旨主張する。 (1) まず,@のうち,「ポリ塩化ビニルは本来的に表面粗さが小さいため研磨の余地はほとんどない」との主張についてみると,第9表を含め,本願明細書には,ポリ塩化ビニルの表面粗さが本来的に小さいことを示す記載はない。むしろ,本願明細書【0029】には,「写真感光材料の処理装置に用いられる処理タンクの製造方法は,硬質塩化ビニル樹脂板を切削し組み立て溶接もしくは溶接によって組み立てる方法が主流である。この方法は,…材料の接着部や溶接部分で表面仕上げが充分にできず,表面があれているため,処理液が這い上がりや析出がし易く,処理槽の汚れや,多の処理浴からのコンタミの原因になっていた。」,「ポリ塩化ビニル樹脂の押出成形品は,材質表面に押出成形時の口金によるしわを生じ,表面粗さが荒く,本願のカラー現像液に対しては好ましくない。」と記載され,また,【0030】には,「押出成形のポリ塩化ビニルの表面粗さを細かくする方法として,ポリ塩化ビニルにアクリル樹脂を数%添加したり,成形性を改良するため,変成大豆油を添加するなどの樹脂の改良が行われれいる。」と記載されているところ,これらの記載によれば,従前,ポリ塩化ビニルを使用した写真感光材料の処理装置に用いられる処理タンクにおいても表面粗さが粗いことに伴う課題が存在しており,その解決のために,表面粗さを細かくする種々の方法が試みられていたことが明らかである。したがって,「ポリ塩化ビニルは本来的に表面粗さが小さい」ということはできないから,原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。 (2) 次に,@のうち,「第9表によれば,ポリ塩化ビニルを用いた上記処理タンクでは表面粗さを改善してもハイ上がりの改善が小さいのに対し,変性ポリフェニレンオキサイドを用いたタンクでは表面粗さの良化によりハイ上がり抑制効果が大きく,顕著な相乗効果を奏する」との主張について検討する。 本願明細書の第9表には,変性ポリフェニレンオキサイドを用いたタンクにおいては,中心線粗さRa(μm)を5.2から0.44へ,最大粗さRmax(μm)を54.0から7.04へ改善することにより,ハイ上がり(mm)が,現像液Iでは18.9から4.0へ,現像液IIでは21.8から4.1へ,現像液IIIでは23.3から4.1へ,それぞれ減少するのに対し,ポリ塩化ビニルを用いたタンクにおいては,Ra(μm)を5.4から0.43へ,Rmax(μm)を55.3から8.02へ改善することにより,ハイ上がり(mm)が,現像液Iでは38.9から25.7へ,現像液IIでは39.8から25.1へ,現像液IIIでは39.4から25.0へ,それぞれ減少することが記載されている。この記載によれば,変性ポリフェニレンオキサイドを用いたタンク,ポリ塩化ビニルを用いたタンクのそれぞれにおいて,表面粗さを改善することによりハイ上がりは改善されるところ,変性ポリフェニレンオキサイドを用いたタンクはポリ塩化ビニルを用いたタンクに比べてハイ上がりの改善度合いがある程度優れていることが認められる。 しかしながら,特開平3―273237号公報(乙6)(11頁右下欄18行〜12頁左上欄2行)及び特開平4―275548号公報(乙7)(【0076】)における「本発明において,発色現像槽や漂白槽の槽材(乙7では「材質」)は,塩化ビニル,ポリエチレン,ポリ酢酸ビニル,ポリ塩化ビニリデン,ABS樹脂,フェノール樹脂,エポキシ樹脂,ポリスチレン等の非導電性の樹脂材料とすればよい。」との記載によれば,本願出願時に,現像タンクの材質としてポリ塩化ビニル以外にも種々の樹脂が知られていたことが認められるところ,第9表では,そのような従来技術のうちの一つにすぎないポリ塩化ビニルと,変性ポリフェニレンオキサイドとの対比のみしか行われていない。また,変性ポリフェニレンオキサイドとポリ塩化ビニルとでは,タンクの成形方法及び所定の表面粗さにするための手段等の相違により,Rmax及びRaの数値が同じであっても,表面のミクロな形状が相違し処理液との界面の状態にも違いが生じることが予想されるから,Rmax及びRaを同程度改善してもハイ上がりの改善度合いがある程度異なることはむしろ当然のことといえる。これらの事情によれば,変性ポリフェニレンオキサイドが,従来現像タンクの材質として知られていたものの一つにすぎないポリ塩化ビニルと対比してある程度優れたハイ上がり改善効果を示すということによっては,本願発明が,材料の選択と表面粗さの良化による顕著な相乗効果を有するとまではいうことができない。したがって,原告の上記主張は理由がない。 なお,原告は,乙6,7は本願出願当時にポリ塩化ビニル以外の樹脂が現実に使用されていたことを示すものではない旨主張する。しかしながら,上記のとおり,本願出願時に,ポリ塩化ビニル以外にも現像処理タンクの材質が種々知られていた以上,それらの材料が現実に使用されていたか否かにかかわらず,引用例1に接した当業者が引用例1のタンク材質として想起する材料は,ポリ塩化ビニルには限られないこととなるから,そうであれば,ポリ塩化ビニルの奏する効果のみと比較して本願発明の効果の顕著性を論ずることはできない。したがって,乙6,7が本願出願当時にポリ塩化ビニル以外の樹脂が現実に使用されていたことを示すものでなくても,上記判示を何ら左右しない。 (3) さらに,Aについても,上記【0029】【0030】の記載から,既に,ポリ塩化ビニルの場合にも,表面粗さが粗いことによるハイ上がりという課題が認識され,表面粗さを改良する試みが行われていたことが認められるから,「表面が粗いタンク材質を選択した上で表面粗さを良化する」ことが新たな技術的課題ということはできない。 (4) なお,原告は,本願明細書の【0029】,【0030】の記載は,タンクの材質とは無関係に,局部的に表面張力が大きくなる部分や,成形方法に起因して発生するハイ上がりについて言及するものにすぎず,タンク内側表面全体のハイ上がりについていうものではない旨主張する。しかしながら,上記のとおり,【0029】に,硬質塩化ビニル樹脂板を切削し溶接によって組み立てる場合の溶接部等について,「表面仕上げが充分にできず,表面があれているため,処理液が這い上がりや析出がし易い」ということが明記されている以上,ハイ上がり防止のためには,タンク内側表面に粗い部分があってはいけないこと(すなわち,タンク内側表面全体が滑らかであるべきこと)や,ハイ上がりがタンクの表面の荒れ一般に起因するものであって,タンクの表面の荒れの具体的な原因(タンクの成形方法等)を問わないことは,自明なことというべきである。したがって,原告の上記主張は理由がない。 (5) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について 原告は,本願発明と技術的課題の全く異なる引用例2に,タンク材質として変性ポリフェニレンオキサイドが好ましいとだけ記載され,好ましい理由,目的,作用効果が全く言及されていない場合に,引用例1に記載された現像処理装置の材質として引用例2に記載のものを適用することはできない旨主張する。 引用例2には,「処理槽及び温調槽等のタンク材質は,変性PPO(変性ポリフェニレンオキサイド),変性PPE(変性ポリフェニレンエーテル)樹脂が好ましい。変性PPOは,日本ジーイープラスチック社製『ノリル』…等が挙げられる。」(【0177】)と記載されている。 そして,特開平5―289282号公報(乙1)には,「一般に,感光材料処理装置に備えられる処理ラックは,耐薬品性,耐熱性に優れたノリル樹脂等の変性PPO(ポリフェニレンオキシド)やABS樹脂等によって成形され軽量化等が図られている。」(【0005】)と記載され,また,「実用プラスチック事典」第2刷(平成6年1月5日,株式会社産業調査会発行)(乙2)には,「ポリスチレン系樹脂とのアロイである変性ポリフェニレンエーテルの諸物性を『ノリル』を例として説明する。」(374頁右欄6〜8行。なお,変性ポリフェニレンエーテルは,変性ポリフェニレンオキサイドと同義である。)として,「荷重たわみ温度は90〜170℃までと広範囲にわたり,ABSのような汎用プラスチックの分野からポリサルフォンの分野までカバーすることができる。」(375頁左欄3〜5行),「『ノリル』は酸やアルカリに対しては侵されにくく,加水分解も受けにくい。」(376頁左欄14〜15行)と記載されており,これらの記載から,引用例2に記載された変性ポリフェニレンオキサイドが耐薬品性,耐熱性に優れたものであることは,本願出願前に周知であったことが認められる。 他方,引用例1の実施例には,アルカリ性であるpH10.08の現像処理液を38℃で使用することが記載されている(22頁右上欄1行,21頁右下欄7行)から,このような現像処理液を入れておくタンクに耐薬品性や耐熱性が要求されることは自明のことである。 そうすると,引用例2にタンク材質として変性ポリフェニレンオキサイドが好ましい理由等について明記されていなくとも,変性ポリフェニレンオキサイドが耐薬品性や耐熱性に優れたものであることが周知である以上,このような性質が要求される引用例1のタンクの材質として,引用例2に記載された変性ポリフェニレンオキサイドを適用することは,当業者が容易に想到することというべきである。 したがって,原告の取消事由3の主張は理由がない。 4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について 原告は,本願発明と引用例3とでは表面粗さの良化が解決した課題が異なるし,引用例3の第1表に示された実験結果に疑義があるから,引用例1に引用例3を適用して表面粗さを相違点3のように限定することは容易であるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。 (1) 上記3で検討したとおり,引用例1において現像処理液を入れておくタンクに耐薬品性が要求されることは明らかであるところ,引用例3には,ポリフェニレンオキサイド製の写真現像機用送りロールの写真用薬液に対する耐食性について,「表面が平均粗度が2μm以下の高平滑性を有する場合には特に優れた耐食性を示す」(2頁左上欄6〜8行)と記載されているのであるから,写真用薬液に対する耐食性,すなわち耐薬品性という観点に着目すれば,引用例1記載のタンクを,引用例3のように,高い平滑性を有するポリフェニレンオキサイド樹脂で構成することは当業者が容易に想到することであるといえる。そして,引用例3には,「平均粗度はJIS B0601に規定される最大高さ(Rmax)として定義される値であり」(2頁右上欄17〜19行)と記載されているところ,本願明細書【0034】の記載から,中心線粗さ(Ra),最大粗さ(Rmax)はいずれも,JISに定められている,表面粗さの一般的な指標であると認められるから,上記「高い平滑性」の最適な範囲を,表面粗さの一般的な指標である最大高さ(Rmax)と中心線粗さ(Ra)を組み合わせて適宜の数値により定義することも,当業者が容易に想到することというべきである。(なお,本願発明における「表面粗さが中心線粗さ(Ra)として5.0ミクロン以下で最大粗さ(Rmax)が50ミクロン以下」との数値の限定が,その数値範囲内で異質なあるいは際立って優れた効果を奏するといういわゆる臨界的意義を有する旨の記載も,本願明細書にはない。) (2) なお,上記のように,「耐薬品性」の観点が,引用例1に記載された発明に引用例3に記載された事項を適用する動機付けになり得る以上,原告の主張するように,本願発明と引用例3とでは表面粗さの良化が解決した課題が異なるとしても,引用例1と引用例3とを組み合わせて本願発明の相違点3に係る構成とすることが困難であるということはできない。 また,引用例3には,[発明の目的並びにその概要]として「ポリフェニレンオキサイドと雖もその表面平滑度の程度によって写真用薬液に対する耐食性が大きく異なって,表面が平均粗度が2μm以下の高平滑性を有する場合には特に優れた耐食性を示すことを知り,ここに本発明を完成するに至った。」(2頁左上欄4〜9頁)と記載され,[発明の効果]として「本発明に於けるように送りロールをポリフェニレンオキサイド製とし,しかもその表面部分の平均粗度が2μm以下となる高平滑性とすることにより現像液,定着液等の写真用薬液と長期間にわたって接触しても高度の耐食性を示す。」(2頁右上欄1〜6行)と記載されていることから,当業者であれば,引用例3に記載された発明の中心的技術思想は,写真用薬液に対して高度の耐食性を発揮させるために,高い平滑性を有するポリフェニレンオキサイドを使用する点にあることを容易に理解することができるから,引用例1に記載された発明に引用例3に記載された事項を適用する充分な動機付けが提供されているということができる。そうである以上,仮に,第1表に示された実験結果に,原告が主張するような疑義があったとしても,そのことをもって,引用例1記載のタンクを引用例3のように高い平滑性を有するポリフェニレンオキサイドで構成することが妨げられることにはならない。 (3) もっとも,上記のとおり,「耐薬品性」の問題を解決するために,引用例1と引用例3とを組み合わせて本願発明の相違点3に係る構成とすること自体は容易であっても,その結果,本願発明が「耐薬品性」とは別個の格別顕著な効果を奏する場合には,本願発明の進歩性が肯定されるべきであるところ,原告は,本願発明においては,「表面粗さの良化」によって「ハイ上がり防止」の課題が解決された旨主張するので,この「ハイ上がり防止」が格別顕著な効果といえるか否かについて検討する。 写真感光材料処理槽について記載した特開平5―249642号公報(乙3)には,「処理液が完全に空気と接触しないようにすることは不可能であり,処理液に接した部材上の処理液と空気との界面では処理液中の水分の蒸発が起こり易く析出が起こり易い。特に,処理槽内面から内方に張り出したリブ等の張出部と槽壁との境界である隅部や,処理槽内面の凹んだ部分の隅部では異なる面に対する処理液の表面張力が相乗するので,処理液が液面より上にまで上昇する。液面より上に上昇した処理液は空気との接触面積が多くなるので,水分が蒸発して塩が析出し易くなる。」(【0004】〜【0005】),「処理液側に張り出した部分の中心線表面粗さが0.01〜3μmであれば表面は比較的滑らかであるといえる。このような滑らかさを有する張出部分であれば,張出部分に対する処理液の表面張力が他の部分に比べて極端に高いことはない。」(【0012】),「処理槽等と接する処理液の表面張力が高くなければ,処理槽等に沿ってわずかに昇る処理液量も少なく,この部分における処理液中の水分の蒸発量も少なくなり,析出を防止することができる。…前記中心線表面粗さRaの好ましい範囲は0.01〜10μmであり,特に好ましい範囲は0.01〜3μmである。」(【0015】)との記載があり,これらの記載によれば,タンク壁に各種薬品の結晶が生じる「ハイ上がり」の原因が,処理液に接した部材上の処理液と空気との界面における処理液中の水分蒸発であり,隅部では表面張力が大きいためその現象が特に顕著であること,及び「ハイ上がり」の問題が,処理槽の表面を平滑にして表面張力を低くすることで解決できることが開示されている。 また,特開平3―208049号公報(乙4)には,写真感光材料処理槽について,「このコーナー部の接合部分を精度よく平滑面に仕上げることができないため,毛細管現象により処理液が這い上がりやすくなり,処理装置内部が処理液で汚染されてしまうこともある。」(2頁左上欄11〜14行),「仕上げ加工により接合部が平滑面にされ,しかも接合部はコーナー部に位置することがないので,毛細管現象による処理液の這い上がりが防止される。」(2頁左下欄1〜4行)との記載があるから,「ハイ上がり」の原因が,コーナー部の形態や,処理槽の表面が平滑でないことにあること,及び「ハイ上がり」の問題が,処理槽の表面を平滑にすることで解決できることが開示されている。 これらの記載によれば,「ハイ上がり」の問題が,処理槽の表面を平滑にすることで解決できることが本願出願前に周知であったと認められるから,この周知技術を考慮すると,現像タンクの表面を,平滑性の高いものにすることによって,「ハイ上がり防止」の効果が得られるであろうことは,当業者が容易に予測しうることであって,格別顕著な効果であるということはできない。 なお,原告は,乙3,4の技術的課題は,タンク材質とは無関係に局部的に表面張力が大きくなるコーナー部において,毛細管現象に起因して発生するハイ上がりを抑制することであり,表面が粗い材質のタンク内側表面全体のハイ上がりを防止するという本願発明における新規の技術的課題について言及,示唆するものではない旨主張する。しかしながら,乙3,4が,ハイ上がりの原因として,コーナー部の形態のみならず,タンク表面の平滑性にも着目したものであることは,上記のとおりであるところ,乙3,4がタンク材質を特定していないからこそ,ポリフェニレンオキサイド樹脂を含む様々な材料のタンクにおいて表面が粗いことにより同様の問題を生じる可能性が示唆されているということができ,また,乙3,4が部分的に表面が粗い箇所があってはならないことを示しているのであれば,表面全体に粗い部分があってはいけないことは当業者にとって自明であるといえる。したがって,原告の上記主張は理由がない。 (4) 以上のとおり,原告の取消事由4の主張は理由がない。 5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
---|---|
裁判官 | 青柳馨 |
裁判官 | 沖中康人 |