関連審決 | 異議2003-70324 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の判断 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
97号
特許取消決定取消請求事件
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原告 株式会社クラレ 同訴訟代理人弁理士 家入健 同 新藤善信 被告 特許庁長官小川 洋 同指定代理人 青木和夫 同 鹿股俊雄 同 立川功 同 涌井幸一 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/10/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が、異議2003-70324号事件について、平成16年1月23 日にした異議の決定を取り消す。 |
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事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、平成6年7月4日に特許出願(特願平6-152027号、以下「本件出願」という。)され、発明の名称を「レンチキュラーレンズシート」とする特許第3310463号(平成14年5月24日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者である。 その後、訴外株式会社ディスクから、本件特許の請求項1に係る特許に対し、特許異議の申立てがなされた。これに対し、原告は、平成15年6月16日付けで訂正請求を行った(以下「本件訂正」という。)。 特許庁は、上記異議の申立てを異議2003-70324号事件として審理した上、平成16年1月23日、「特許第3310463号の請求項1に係る特許を取り消す。」との異議の決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年2月16日、原告に送達された。 (2) 本件訂正前の本件特許の請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨は、本件決定に記載された、以下のとおりである。 【請求項1】複数の入射側レンズを有する入射側レンズ層と、入射側レンズによる光集光点またはその近傍に出射面が形成された複数の出射面を有する出射側層とを有し、該入射側レンズ層と出射側層とが実質的に透明な樹脂から形成され、 さらに少なくとも出射側層には光拡散性微粒子が含有され、次式(I)及び(U)、 【数1】 Δn1・C 1 Δn 2・C 2 (I) 0≦ < d1・ρ 1 d 2・ρ 2 t1>t2>0 (U) (式中、t1は入射側レンズ層の厚さ、t 2は出射側レンズ層の厚さ、Δn 1は入射側レンズ層における樹脂と光拡散性微粒子との屈折率の差、Δn 2は出射側レンズ層における樹脂と光拡散性微粒子との屈折率の差、C1は入射側レンズ層における光拡散性微粒子の重量濃度、C2は出射側レンズ層における光拡散性微粒子の重量濃度、ρ1は入射側レンズ層における光拡散性微粒子の比重、ρ 2は出射側レンズ層における光拡散性微粒子の比重、d1は入射側レンズ層中の光拡散性微粒子の平均粒径、d2は出射側レンズ層中の光拡散性微粒子の平均粒径を表す。) を満足し、押出成形により得られるレンチキュラーレンズシートであって、 式(I)において、C1≠0かつΔn 1=0であり、光拡散性微粒子の一部が入射側レンズ表面に存在することを特徴とするレンチキュラーレンズシート。 (3) 本件決定は、別紙異議の決定書写し記載のとおり、本件訂正が、特許法120条の4第3項(平成11年法律第41号による改正前のもの)が準用する同法126条1項ただし書(平成6年法律第116号による改正前のもの)に規定する要件に適合しないので、当該訂正は認められないとした上、本件発明が、刊行物1(特開平5-61120号公報、甲1、以下「引用例1」という。)及び刊行物2(特開昭63-163445号公報、甲2、以下「引用例2」という。)に記載された各発明(以下「引用発明1」及び「引用発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたから、同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明の特許は、取り消されるべきものとした。 2 原告主張の本件決定の取消事由の要点 本件決定は、本件訂正の適法性判断を誤る(取消事由1)とともに、本件発明と引用発明1との相違点の判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。 (1) 本件訂正の適法性判断の誤り(取消事由1) 本件決定が、本件訂正により本件特許の請求項1に対して追加された「並びに0 すなわち、当初明細書の当該段落においては、ポリメチルメタクリレート樹脂を基材とする入射側レンズ層に、d1=8μm(0.0008p)である有機系材料のΔn1=0なる微粒子を3重量%(C 1=0.03)含有させており、このような有機系材料の微粒子はΔn1=0ということからすれば、基材と同種のポリメチルメタクリレートであるので、その比重ρ1は、1.19〔g/cm3〕であることより、C1/(d 1・ρ 1)=0.03/(0.0008×1.19)=32〔cm2/g〕なるレンチキュラーレンズシートが記載されている。 イ これに対し、本件決定は、有機系材料がΔn1=0であることを理由として、有機系材料の微粒子が基材と同種のポリメチルメタクリレートであると認定することはできないから、本件明細書又は図面にC1/(d 1・ρ 1)の値が32〔cm2/g〕である実施例は記載されていないとしている(3頁)。 しかし、当業者をしてみれば、Δn1=0である、すなわち、基材と同じ屈折率を有する有機系材料として、屈折率のみならず基材との親和性の点においても基材と同種の材料を用いることは極めて自然であり、わざわざ異なる種類の材料を用いることは現実的でない。引用例2(甲2)においても、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率の微粒子の材料にポリメチルメタクリレートを用いており(4頁16〜19行)、この点からも、当業者であれば、基材と同じ屈折率を有する有機系材料として、基材と同種の材料を用いることが極めて自然であることが判る。なお、被告が主張するように、同引用例に屈折率を調整したガラスビーズ等が使用できるとの記載があるとしても、当該ガラスビーズは「無機系材料」であり、基材と同じ屈折率を有する「有機系材料」として基材と同種の材料を用いることとは関連がない。 また、一般に、レンチキュラーレンズシートに拡散剤として添加する微粒子に用いられる材料には、ポリメチルメタクリレート以外に、MS樹脂やスチレン樹脂がある。ここで、MS樹脂の比重は、1.11〜1.12であり(甲6)、また、スチレン樹脂の比重は、1.06であり(甲7)、ポリメチルメタクリレートの比重1.19と異なる。そのため、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率を有する有機系材料といえば、ポリメチルメタクリレートしか選択肢が実質的になく、当業者をすれば、ポリメチルメタクリレートを意味するものである。 なお、被告が引用する乙号証は、ともにレンチキュラーレンズシートの基材や拡散性微粒子の材料を記載したものではなく、本件発明に係るレンチキュラーレンズシートの技術分野と異なる技術分野に属する材料についてのものであるから、当業者が、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率を有する有機系材料としてポリメチルメタクリレート以外を選択し得るか否かを判断するに当たって、参照すべき資料となり得ない。 ウ したがって、有機系材料がΔn1=0であることから、有機系材料の微粒子は基材と同種のポリメチルメタクリレートであると認定することができるものであり、有機系材料の微粒子の比重ρ1として基材と同種のポリメチルメタクリレートの比重1.19〔g/cm3〕を適用することに誤りはなく、本件訂正事項は、本件明細書又は図面に記載されている。 (2) 本件発明と引用発明1との相違点判断の誤り(取消事由2) ア 本件発明と引用発明1との相違点が、本件決定認定のとおり、「本件発明では「式(I)において、C1≠0かつΔn 1=0であり、光拡散性微粒子の一部が入射側レンズ表面に存在する」であるのに対して、刊行物1(注、引用例1)に記載された発明ではそのような構成を有していない点」(7頁)であること及び刊行物2(注、引用例2)には、本件決定認定のとおり、「透明熱可塑性樹脂からなるシート材料であって、その中に該透明熱可塑性樹脂と非相溶性であり且つ上記透明熱可塑性樹脂の屈折率と略等しい屈折率を有する透明非熱可塑性ビーズが混入されており、該透明非熱可塑性ビーズの混入によってレンチキュラーレンズ表面に球状凹凸形状が付与されている」(同頁)という構成が記載されていることは認める。 しかし、本件決定が、上記相違点の検討において、「刊行物2・・・を刊行物1記載の発明に適用することに格別困難性を要するとは認められない。したがって、刊行物2に示される前記技術思想を刊行物1に記載された発明に適用して本件発明のように構成することは当業者が容易に想到できるものと認められる。」(同頁)と判断したことは、以下のとおり、誤りである。 イ 引用発明1は、薄い厚さに形成した出射側レンズ層において光を集中的に拡散させることにより、光の散乱性を増大させても、レンチキュラーレンズ全体に光拡散性微粒子を分散させる場合に比べて、光吸収層に到達する割合を少なくすることができるという設計思想に基づいてなされている。 これに対して、引用発明2は、非熱可塑性ビーズの混入によって入射面側のレンチキュラーレンズ表面に球状の凹凸形状を付与し、高度の光拡散性とすることができるという設計思想に基づいてなされている。 したがって、引用発明1と引用発明2とは、レンチキュラーレンズシートに関する技術思想が開示されている点では共通するものの、一方は出射側にて光拡散を行い、他方は入射側にて光拡散を行うという、相反する設計思想に基づいて光拡散性による光利用効率低下の問題を解決するためになされたものであるから、 当業者をしても、引用発明1に示される技術思想を、当該発明と全く設計思想が異なる引用発明2に適用することは、容易に想到できるものではない。 ウ また、上記のように、出射側に集中的に拡散性を持たせたレンチキュラーレンズシートのみを開示する引用発明1と、入射面側だけで拡散性を持たせたレンチキュラーレンズシートのみを開示する引用発明2とを組み合わせたとしても、 拡散性が不必要に高く、光の利用効率が著しく低いレンチキュラーレンズシートを得ることができるにすぎない。この点からしても、両発明を組み合わせて、光の利用効率の高い明るい画像を得ることが可能な本件発明を想到することは、困難といわざるを得ない。 しかも、引用発明2の「透明熱可塑性樹脂1の屈折率と略等しい屈折率を有する透明非熱可塑性ビーズ2が混入されており、該透明非熱可塑性ビーズの混入によってレンチキュラーレンズ表面に球状凹凸形状が付与されている」という構成を、引用発明1に適用すると、入射光が入射面において高度に光拡散されることとなり、その結果、レンチキュラーレンズシートの出射面に通常設けられる光吸収層に到達する光量が著しく増加することになるから、「光吸収層に到達する光量を抑制する」という引用発明1が奏すべき作用効果が得られないということを意味する。 すなわち、引用発明2に係る構成を引用発明1に適用するに当たっては、阻害要因があると解釈すべきである。 3 被告の反論の要点 本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。 (1) 取消事由1について ア 当初明細書の段落【0016】では、微粒子について「例えば、有機系材料」というような例示的な表現があるのみであって、Δn1=0である微粒子が有機系材料のみであることを意味するものではなく、さらに、有機系材料であったとしても基材と同種の材料であることを一義的に意味するものではない。そもそも、本件明細書又は図面には、C1/(d 1・ρ 1)が所定の数値範囲にあることについて記載がないし、それを示唆する記載もないから、本件訂正事項は、全く根拠のないものである。 また、引用例2には、微粒子として基材と同種のポリメチルメタクリレートビーズを用いる例とともに、屈折率を調整したガラスビーズ等が使用できるとの記載もあり、この記載からみても、混入される微粒子が基材と同種の材料のみに限定されるものではない。 イ なお、特開昭64-987号公報(乙1)には、透明なプラスチックであるポリプロピレンとポリメチルメタクリレートが共に屈折率1.49と同じ値であることが示され(2頁左下欄4〜16行、同頁右下欄3〜下から6行)、特開平5-163393号公報(乙2)には、2種以上の樹脂を組み合わせて透明性良好なものを得るために各々の樹脂の屈折率がほとんど同じものを選ぶこと、その具体例として、ポリプロピレンとメタクリル樹脂(PMMA)が示されている(2頁右欄1〜45行)ように、ポリプロピレンは、本件発明のポリメチルメタクリレートと同様の透明樹脂材料であり、しかも、同じ屈折率を有する有機系材料として周知であるから、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率を有する有機系材料といえば、ポリメチルメタクリレートしか選択肢がないとする原告の主張は失当である。 (2) 取消事由2について 引用発明1及び2は、共に透過型スクリーン用レンチキュラーレンズシートに入射する光の散乱透過機能に関するものであって、引用例1には、レンチキュラーレンズ内の光拡散性微粒子によりレンチキュラーレンズ内部での光拡散性が増大し、出射側レンズに到達する光量が減少するという問題を解消することが解決すべき課題の1つである旨の記載があり、一方、引用例2には、透明熱可塑性樹脂1と透明非熱可塑性ビーズ2の両者の屈折率が大幅に異なる場合には、得られた透過型スクリーン用レンチキュラーレンズシート10中で両者の界面において光の反射損失が大となり、透過光量の損失が大となって、発明の目的が達成されなくなるので、これを解決するために、該透明熱可塑性樹脂1の屈折率と略等しい屈折率を有する透明非熱可塑性ビーズ2を混入し、レンチキュラーレンズ3表面にも球状凹凸形状4が付与されることによって、その結果、レンチキュラーレンズシート10中では透過光量の損失がなく、レンチキュラーレンズ表面では高度に光拡散性とすることができる旨の記載がある。 したがって、共に、レンチキュラーレンズ内の光拡散性微粒子による光拡散によって透過光量の損失が大となることを解消するという課題を有する引用発明1及び2を組み合わせることに、何ら阻害要因はない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り)について (1) 原告は、本件訂正により追加した「並びに0 そこで検討するに、当初明細書(甲5)の段落【0016】には、「入射レンズ層の樹脂としては、例えばポリメチルメタクリレートなどの熱可塑性樹脂を使用し、それに混入させる拡散性微粒子として粒径(d1)8μm、基材樹脂との屈折率差(Δn1)0の微粒子(例えば、有機系材 料)を3重量%(C 1)用いた。」と記載されているが、本件訂正前の本件明細書(当初明細書を含む。)又は図面には、入射側レンズ層に混入される光拡散性微粒子について、その材質は全く特定されておらず、これが基材と同種のポリメチルメタクリレートである旨の記載は見当たらない。 また、C1/(d1・ρ1)が所定の数値範囲にあることについても、上記本件明細書又は図面には明示的に記載されていないばかりでなく、それを示唆する記載もされていない。 したがって、当初明細書を含む本件明細書の記載から、直ちに本件訂正事項を導くことは困難といわなければならない。 イ この点について原告は、該有機系材料がΔn1=0であることから、有機系材料の微粒子は基材と同種のポリメチルメタクリレートであると特定できると主張し、その根拠として、引用例2においても、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率の微粒子の材料にポリメチルメタクリレートを用いており、当業者であれば、基材と同じ屈折率を有する有機系材料として、基材と同種の材料を用いることが極めて自然であると指摘する。 しかしながら、引用例2(甲2)には、「実施例 屈折率1.49のポリメチルメタクリレート樹脂に粒径15〜100μm・・・の架橋ポリメチルメタクリレートビーズ45部(屈折率1.49)および粒径37μm以下・・・のシリカ粉末2部を混合したものを第2図示の如くして押し出 し・・・本発明の透過型スクリーン用レンチキュラーレンズシートを得 た。」(4頁右上欄〜左下欄)と記載されるとともに、「上記透明熱可塑性樹脂1に混入する非熱可塑性ビーズ2は、上記透明熱可塑性樹脂1と相溶しないこと・・・第2には、透明非熱可塑性ビーズ2の屈折率が上記透明熱可塑性樹脂1の屈折率と略等しいことが必要である。・・・上記の如き条件を有する透明非熱可塑性ビーズ2はいずれも本件発明において使用でき、例えば、前記透明熱可塑性樹脂を架橋させて、非相溶性且つ非熱可塑性としたビーズや屈折率を調整したガラスビーズ等が使用できる。」(2頁左下欄〜右下欄)と記載されている。 上記の前者の記載によれば、引用例2には、レンチキュラーレンズ表面において、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率の微粒子の材料として、ポリメチルメタクリレートを用いることが、実施例の1つとして開示されていると認められるものの、後者の記載によれば、引用発明2における光拡散性微粒子として、基材となる樹脂の屈折率と略等しいことを条件とした上で、一般的に、 非相溶性かつ非熱可塑性であるビーズやガラスビーズ等が使用できることが明示されており、引用発明2において、混入される微粒子が基材と同種の材料のみに限定されるものではないことは明らかである。 したがって、引用例2に接した当業者が、基材と同じ屈折率を有する有機系材料として、常に基材と同種の材料が用いられるものと理解するわけではないから、原告の上記主張は、採用することができない。 この点について原告は、同引用例に屈折率を調整したガラスビーズ等が使用できるとの記載があるとしても、当該ガラスビーズは「無機系材料」であり、 基材と同じ屈折率を有する「有機系材料」として基材と同種の材料を用いることとは関連がないと主張する。 しかしながら、引用例2における上記後者の記載は、前示のとおり、無機系材料であるガラスビーズに限定されるものではなく、基材と非相溶性を有し、 かつ非熱可塑性であるビーズを一般的に使用できる旨を開示するものであることが明らかであるから、原告の上記主張は、引用例2の記載を曲解するものであって、 到底、採用することができない。 ウ また、原告は、当業者にとって、ポリメチルメタクリレートからなる基材と同じ屈折率を有する有機系材料といえば、ポリメチルメタクリレートしか選択肢が実質的にないと主張する。 しかしながら、本件出願(平成6年7月)より約5年半前の昭64年1月に公開された特開昭64-987号公報(乙1)には、透明なプラスチックであるポリプロピレンとポリメチルメタクリレートとが、共に屈折率1.49と同じ値であることが開示されており(2頁左下欄4〜16行、同頁右下欄3〜下から6行)、両者は共に有機系樹脂であるから、当業者にとって、ポリプロピレンは、ポリメチルメタクリレートと同じ屈折率を有する透明な有機系材料として、本件出願当時、少なくとも公知であったと認められ、原告の上記主張には、理由がない。 この点について原告は、上記公報が、レンチキュラーレンズシートの基材や拡散性微粒子の材料を記載したものではなく、本件発明に係るレンチキュラーレンズシートの技術分野と異なる技術分野に属する材料についてのものであると主張する。 しかしながら、上記公報において、ポリプロピレンとポリメチルメタクリレートは、レンチキュラーレンズシートの基材や拡散性微粒子の材料として記載されたものではないとしても、バックライト装置の微細すだれ状シートに用いられる材料として記載されたものであり(当事者間に争いがない。)、バックライト装置においてディスプレイ等と光源との間に配設される光透過性のシートが、透過型スクリーンに使用されるレンチキュラーレンズシートと関連が深い技術分野であることは明らかであるから、上記公報は、当業者にとって、ポリプロピレンとポリメチルメタクリレートとが同じ屈折率を有する透明な有機系材料として、少なくとも公知であったことを示すものであり、この点に関する原告の上記主張も、採用することができない。 (3) 以上のとおり、引用例2の記載を参酌したとしても、混入される光拡散性微粒子が基材と同種の材料のみに限定されるものではなく、本件明細書における光拡散性微粒子と基材樹脂との屈折率差が0(Δn1=0)であるという記載のみを根拠として、当該光拡散性微粒子の材料として例示的に記載された「有機系材料」が、基材と同種のポリメチルメタクリレートを一義的に 意味するとは、到底、解することができない。 したがって、本件訂正事項は、本件明細書又は図面の記載事項の範囲内においてなされたものということはできず、原告主張の取消事由1は、理由がないものといわなければならない。 2 取消事由2(本件発明と引用発明1との相違点判断の誤り)について (1) 本件発明と引用発明1との相違点が、本件決定の認定のとおり、「本件発明では「式(I)において、C1≠0かつΔn 1=0であり、光拡散性微粒子の一部が入射側レンズ表面に存在する」であるのに対して、刊行物1(注、引用例1)に記載された発明ではそのような構成を有していない点」(7頁)であること及び引用例2には、本件決定認定のとおり、「透明熱可塑性樹脂からなるシート材料であって、その中に該透明熱可塑性樹脂と非相溶性であり且つ上記透明熱可塑性樹脂の屈折率と略等しい屈折率を有する透明非熱可塑性ビーズが混入されており、該透明非熱可塑性ビーズの混入によってレンチキュラーレンズ表面に球状凹凸形状が付与されている」(同頁)という構成が記載されていることは、当事者間に争いがない。 原告は、本件決定が、上記相違点の検討において、「刊行物2(注、引用例2)・・・を刊行物1記載の発明に適用することに格別困難性を要するとは認められない。したがって、刊行物2に示される前記技術思想を刊行物1に記載された発明に適用して本件発明のように構成することは当業者が容易に想到できるものと認められる。」(同頁)と判断したことが誤りであると主張するので、以下検討する。 (2) 引用例1(甲1)には、【0010】「光拡散性微粒子をレンチキュラーレンズ内に分散させることにより垂直方向の視野角を十分に確保しようとすると、 光拡散性微粒子による光の散乱により映像がぼやけてしまうという問題がある。」、【0017】「上記のような厚み約0.9mm以上及びピッチ0.6mm以下のレンチキュラーレンズにおいて、レンズによる水平視野角を やや小さめにし、その分の水平視野角を光拡散性微粒子による光拡散性により大きくすることが考えられる。しかし、このように光拡散性微粒子を使用すると一般的にはカラーシフトは低下する傾向にあるものの、レンチキュラーレンズ内部での光拡散性が増大し、出射側レンズに到達する光量が減少するため、光の利用効率が低下するという別の問題点が発生してくる。」、 【0018】「本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、透過型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズにおいて、ピッチをきわめて小さく、例えば0.6mm以下のような領域にする場合でも安定して製造でき、しかも水平視野角を十分に確保すると共にカラーシフトを少なくし、光の利用効率を向上させて明るい映像が得られるようにすることを目的とする。」と記載されている。 また、引用例2(甲2)には、「(発明が解決しようとする問題点)上記の視野角度を左右または上下に拡大するために、レンチキュラーレンズシートが使用されており、これらのレンチキュラーレンズシートは拡散剤を混入させた透明熱可塑性樹脂シートの表面に多数のシリンドリカルレンズを設けて、該レンズの作用により左右方向の視野角度の拡大を図り、一方、上下の 視野拡大(垂直拡散性)は拡散剤により得ているが、この垂直拡散性が不足するという問題がある。このような問題点を解決する方法として、混入する拡散剤の量を増加させることによってある程度垂直拡散の幅を拡大することができるが、拡散剤の量が大になる程光量損失が大となり、そのため垂直拡散の拡大幅に限界があるものであった。従って、光量損失を最低限にしたま ま、垂直拡散性を一層向上させる技術の開発が要望されている。」(1頁右下欄〜2頁左上欄)と記載されている。 上記の各記載によれば、引用発明1及び2は、いずれも、レンチキュラーレンズシートの視野角を拡大するためにレンチキュラーレンズシート内に光拡散性微粒子を拡散させた場合に、光の拡散により利用効率が低下して光量損失が生じるという共通の技術課題を有するから、共通の該技術課題を解決する観点から、引用発明2が採用した「透明熱可塑性樹脂の屈折率と略等し い屈折率を有する透明非熱可塑性ビーズが混入されており、該透明非熱可塑性ビーズの混入によってレンチキュラーレンズ表面に球状凹凸形状が付与されている」という前記構成を、引用発明1のレンチキュラーレンズシートに適用することに、格別の困難性はないものといわなければならない。そして、その結果、レンチキュラーレンズシートの視野角を拡大しつつ、光の拡散に よる利用効率の低下を防止するという作用効果を奏することも明らかといえる。 (3) 原告は、引用発明1が出射側にて光拡散を行い、引用発明2が入射側にて光拡散を行うという、相反する設計思想に基づいて光拡散性による光利用効率低下の問題を解決したものであるから、当業者をしても、引用発明1に示される技術思想を、当該発明と全く設計思想が異なる引用発明2に適用することは、容易に想到できるものではないと主張する。 しかしながら、引用発明1のように出射側で光拡散を行うことや、引用発明2のように入射側で光拡散を行うことは、いずれも、レンチキュラーレンズシートにおいて視野角を拡大するために光拡散性を付与する具体化手段であって、光拡散のための拡散性微粒子の集中的な配設場所が相違するにすぎないから、両者が、 相反する設計思想に基づくものとは、到底認められず、原告の上記主張は、採用することができない。 また、原告は、引用発明1と引用発明2とを組み合わせたとしても、拡散性が不必要に高く、光の利用効率が著しく低いレンチキュラーレンズシートを得ることができるにすぎないから、光の利用効率の高い明るい画像を得ることが可能な本件発明を想到することが困難であると主張する。 しかしながら、引用発明1及び2は、前示のとおり、いずれも光を拡散させつつその利用効率の低下を防止して光量損失を減らすという技術課題を有するものであり、引用発明1に引用発明2の構成を適用した結果、拡散性が不必要に高くなる場合が生じるとすれば、拡散性微粒子の配設数量を低減させるなどして入射側での光拡散性と出射側での光拡散性を適宜調整し、所定 の光拡散性を得るように構成すればよいことは、当業者にとって自明のことといえるから、本件発明のように光の利用効率の高い明るい画像を得ることが困難であるとする原告の上記主張も、これを採用する余地はない。 さらに、原告は、引用発明2の構成を、引用発明1に適用すると、入射光が入射面において高度に光拡散されることとなり、その結果、レンチキュラーレンズシートの出射面に通常設けられる光吸収層に到達する光量が著しく増加することになるから、「光吸収層に到達する光量を抑制する」という引用発明1が奏すべき作用効果が得られず、引用発明2に係る構成を引用発明 1に適用するには阻害要因があると主張する。 しかしながら、引用発明2の構成を引用発明1に適用した結果、入射面において高度に光拡散され、出射面の光吸収層に到達する光量が著しく増加すると必ずしもいえないことは、前記説示に照らして明らかである。しかも、引用発明の一部に別の発明の構成を適用した結果、当該引用発明の従前有していた作用効果の一部が低減するとしても、その主要な作用効果が実質的に失われるようなものでない限り、その適用を阻害するほどの要因があると解することはできないから、引用発明1において、引用発明2の構成を適用した結果、仮に光吸収層に到達する光量がある程度増加することがあるとしても、前示のとおり、基材と屈折率が等しい光拡散性微粒子により、光利用効率の低下を減少させつつ視野角を増大させるという引用発明1の作用効果が維持される以上、当該光量の増加をもって、適用を阻害するほどの要因と認めることはできない。したがって、いずれにしても原告の上記主張は、理由を欠くものといわなければならない。 3 結論 以上のとおり、本件発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件決定には誤りがなく、その他本件決定に取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
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裁判官 | 清水節 |
裁判官 | 上田卓哉 |