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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ネ10056不当利得返還等請求控訴事件 判例 特許
平成21ネ10020職務発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成21ネ10017特許を受ける権利の確認等請求控訴事件 判例 特許
平成19ワ10469職務発明対価請求事件 判例 特許
平成22ネ10010職務発明対価請求控訴事件 平成22ネ10027同附帯控訴事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  業務範囲 /  無償の通常実施権 /  相当の対価(相当な対価) /  協議 /  外国の特許 /  自然法則 /  技術的思想 /  有用性 /  創作性(創作) /  方法の発明 /  秘密保持義務 /  共同発明 /  出願公開 /  試行錯誤 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  発明の利用 /  優先権 /  共有 /  着想 /  ライセンス /  抵触 /  存続期間 /  優先日 /  技術的意義 /  特許発明 /  実施 /  専用品 /  方法の使用 /  のみ用いる /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  算定方法 /  乗じた額 /  実施料 /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  対価 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 19年 (ワ) 31700号 職務発明対価請求事件
埼玉県川越市〈以下略〉
原告A
訴訟代理人弁護 士西田研志
同 太田真也
同 多田浩章
同 佐藤高宏
同 横井伸
補佐人弁理士中村和男
同 新池義明 大阪市中央区〈以下略〉
被告和 光純薬工業株式会社
訴訟代理人弁護 士竹田稔
同 川田篤
同 服部謙 太朗
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2009/12/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1被告は,原告に対し,243万6624円及びこれに対する平成19年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを100分し,その3を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
4この判決の第1項は,仮に執行することができる。
- 2 -
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成19年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 事案の要旨本件は,被告の従業員であった原告が,「ビリルビンの測定方法」に関する後記発明が原告を発明者とする職務発明であり,その特許を受ける権利を被告に譲渡した旨主張し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項(以下「特許法旧35条3項」という。)の規定に基づき,被告に対し,上記譲渡に係る相当の対価の一部請求として1億円及び訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。
2争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)(1) 当事者等ア被告は,試薬,化学工業薬品等の生産,売買及び輸出入等を目的とする株式会社である。
イ原告は,昭和46年3月に芝浦工業大学工業化学科を卒業した後,同年4月に被告に雇用され,平成19年6月8日に退職するまでの間,被告の従業員であった者である。原告は,昭和47年から平成15年4月までの約31年間,被告の臨床検査薬の開発に従事し,昭和47年から平成3年2月までの間は,埼玉県川越市所在の被告の研究施設(以下「東京研究所」という。)で臨床化学分析用の自動分析装置のための試薬開発を担当していた。
ウB(以下「B」という。)は,大阪府立大学農芸学部農芸学科を卒業後,昭和62年3月に同大学大学院農学研究科博士前期課程を修了して,同年4月に同博士後期課程に進学し,昭和63年3月に同博士後期課程1年次を修了後,同年4月に被告に雇用された後,平成19年4月から,被告の臨床検査薬研究所主席研究員を務めている(乙3)。
Bは,昭和63年4月から平成3年2月までの間東京研究所で勤務したものであるが,その当時の直属の上司は,原告であった(甲49,乙3,弁論の全趣旨)。
(2) 被告による特許権の取得及びその発明の内容ア 日本特許(ア)被告は,平成3年10月30日,発明の名称を「ビリルビン測定方法」とする発明につき特許出願(優先日・平成2年10月30日。
以下「本件特許出願」という。)をし,平成9年6月27日,特許第2666632号として特許権(以下「本件特許権」といい,この特許を「本件日本特許」という。)の設定登録(請求項の数4)を受けた。
なお,本件特許出願の出願公開日は,平成5年1月26日である。
(イ)本件特許出願に係る願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項1ないし4に係る発明を「本件発明」という。)。
「【請求項1】 生体体液試料に,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンを酸化剤として作用させ,該試料の光学的変化を測定することを特徴とする総ビリルビン又は直接ビリルビンの測定方法。」「【請求項2】 ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を,間接ビリルビンの反応抑制剤として共存させることを特徴とする,請求項1に記載の直接ビリルビンの測定方法。」「【請求項3】 間接ビリルビンの反応抑制剤としての,ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物の存在下に,生体体液試料に酸化剤を作用させ,該試料の光学的変化を測定をすることを特徴とする直接ビリルビンの測定方法。」「【請求項4】 間接ビリルビンの反応抑制剤としての,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物の存在下に生体体液試料にビリルビンオキシダーゼを作用させ,該試料の光学的変化を測定をすることを特徴とする直接ビリルビンの測定方法。」イ 外国特許被告は,別紙外国特許目録記載のとおり,本件発明について米国特許商標庁及び欧州特許庁に特許出願(以下,それぞれ「本件米国特許出願」,「本件欧州特許出願」という。)をし,各特許権(以下,それぞれ「本件米国特許権」,「本件欧州特許権」といい,これらの特許を併せて「本件外国特許」という。)を取得した(甲2,3)。
ウ 本件明細書の記載事項本件発明に関し,本件明細書の「発明の詳細な説明」には次のような記載がある(甲1)(ア)「【発明の利用分野】本発明は,例えば血漿,血清,尿等の生体体液中に含まれるビリルビンの測定方法に関する。」(段落【0001】)(イ)「【発明の背景】ビリルビンは,老化赤血球の破壊により遊離するヘモグロビンに由来する化合物であり,生体血中には,直接にジアゾ化合物と反応して呈色する直接ビリルビン(主にグルクロナイド抱合型)とアルコール等の促進剤の存在によって初めてジアゾ化合物と反応する間接ビリルビン(遊離型)がある。血中の総ビリルビン濃度及び上記2つの型のビリルビン濃度を夫々分別測定することにより各種肝疾患の診断,黄疸の鑑別を行うことができるため,ビリルビンの測定は臨床検査に於ける重要な検査の1つとなっている。」(段落【0002】),「ビリルビンの測定方法としては,ビリルビンがジアゾ化合物と反応して生ずるアゾビリルビンの赤紫色の呈色を測定する,所謂ジアゾ法が現在の主流であり,各種肝疾患の診断や黄疸の鑑別は,主としてこの方法により測定された各種ビリルビン濃度を基準として行われている。しかしながら,この方法は,その測定試液が調製後5日程度しか利用できないことや,試料中に共存するL-アスコルビン酸やヘモグロビンにより測定値が影響を受けること等の問題点を有している。」(段落【0003】),「また,その他のビリルビン測定法としては,酸化剤としてビリルビンオキシダーゼ(BOD)を利用するBOD法,・・・フェリシアン化イオンや銅イオンを酸化剤として用いる化学的酸化法(フェリシアン化カリを用いる総ビリルビン及び直接ビリルビン測定方法,銅イオンとチオ尿素を用いる直接ビリルビン測定法等)等が挙げられるが,何れの方法も何らかの問題点を有しており,そのままではジアゾ法より好ましい方法であるとは言い難い。即ち,BOD法は,総ビリルビンの測定に用いる場合には特に問題はないが,直接ビリルビンの測定を行う場合にはBODの至適pH範囲外のpHで測定を行わなくてはならないため必然的に多量の酵素が必要となり測定に要する費用が高くなるという問題点を有しており,・・・また,化学的酸化法は,総ビリルビン及び直接ビリルビンの測定を同一pHで行うことができないためpHの変化に伴うビリルビンの吸収曲線の変動による影響を受けるので,総ビリルビン測定時に得られた標準液の吸光度変化値を利用して直接ビリルビンの測定を行うと,測定値の信頼性に問題が生じることや,酸化剤としてシアン化物を利用した場合には廃液処理が難しい等の問題点を有している。更に,BOD法や化学的酸化法に於いては,直接ビリルビンの測定値がジアゾ法によるそれと相関性が悪いので,測定値を,ジアゾ法により得られる測定値に基づいて確立された各種肝疾患の診断や黄疸の鑑別に利用し難いと言う問題も生じている。」(段落【0004】〜【0005】),「このような現状から,自動分析装置への応用が可能であって,ジアゾ法との相関が良く,しかも測定試液の安定性に優れたビリルビンの測定方法の出現が望まれている。」(段落【0006】)(ウ)「【発明の目的】本発明は,上記した如き状況に鑑みなされたもので,自動分析装置への応用が可能であって,ジアゾ法との相関が良く,しかも測定試液の安定性に優れ,且つ試料中の共存物質による測定値への影響が少ないビリルビンの測定方法を提供することをその目的とする。」(段落【0007】)(エ)「【発明の構成】本発明は,生体体液試料に,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンを酸化剤として作用させ,該試料の光学的変化を測定することを特徴とする総ビリルビン又は直接ビリルビンの測定方法の発明である。」(段落【0008】),「また,本発明は,ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を,間接ビリルビンの反応抑制剤として共存させることを特徴とする,上記直接ビリルビンの測定方法の発明である。」(段落【0009】),「更に,本発明は,間接ビリルビンの反応抑制剤としての,ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物の存在下に,生体体液試料に酸化剤を作用させ,該試料の光学的変化を測定をすることを特徴とする直接ビリルビンの測定方法の発明である。」(段落【0010】),「更に,本発明は,間接ビリルビンの反応抑制剤としての,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物の存在下に生体体液試料にビリルビンオキシダーゼを作用させ,該試料の光学的変化を測定をすることを特徴とする直接ビリルビンの測定方法の発明である。」(段落【0011】)(オ)「本発明を実施するには,例えば以下の如く行えばよい。即ち,総ビリルビン濃度の測定を行う場合には,先ず,反応促進剤,及び要すればキレート剤等を含む緩衝液を第1試液とし,これと例えば血漿,血清,尿等の生体体液等のビリルビンを含む試料とを混合し,この溶液の特定波長(430〜460nm付近)の吸光度を測定する(吸光度1)。
次いで,該溶液に,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオン,要すればキレート剤を含む第2試液を添加して25〜40℃で,3〜15分間ビリルビンの酸化反応を行った後,再度特定波長の吸光度を測定する(吸光度2)。得られた吸光度1及び吸光度2の値に液量補正値等を乗ずる等した後,酸化反応前後での該特定波長に於ける吸光度の変化量を求める。この値と,予めビリルビン濃度既知の標準液を用いて上記と同様の操作により得られた,ビリルビン濃度と該特定波長に於ける吸光度の変化量との関係を示す検量線から,試料中の総ビリルビン濃度を求めることができる。」(段落【0020】)(カ)「また,直接ビリルビン濃度の測定を行うには,第1試液として前記本発明に係る反応抑制剤及び要すればキレート剤等を含む緩衝液を用い,第2試液としては,上記の総ビリルビン濃度を求める場合と同じものを用い,以下,総ビリルビン濃度を求める場合と同様にして操作を行えばよい。」(段落【0021】),「・・・表3及び表4の結果から明らかな如く,ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤を共存させることにより,間接ビリルビンの酸化が抑制されることが判る。尚,上記した化合物が間接ビリルビンの酸化を抑制する機構については明確ではないが,ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類及びフェノール類等の還元能力を有する化合物の場合には過剰の酸化剤を吸収するので間接ビリルビンが徐々に酸化されていくのを防止する等の機構が,また,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤等の化合物の場合は間接ビリルビンと何らかの形で結合して間接ビリルビンの酸化を防止するため結果的に酸化剤の直接ビリルビンへの特異性を向上させる等の機構が考えられる。」(段落【0027】)(キ)「【発明の効果】以上述べたことから明らかな如く,本発明は,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンをビリルビンの酸化剤として用いる点,並びに直接ビリルビンを測定する際にはヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を間接ビリルビンの反応抑制剤として使用する点に特徴を有する発明であって,従来法に於ける,自動分析装置への適用性が悪い,ジアゾ法との相関性が悪い,測定用試液の安定性が悪い等の問題点を全て解決した優れたビリルビンの測定方法を提供するものであり,斯業に貢献するところ大なる発明である。」(段落【0033】)(3) 特許公報に記載された発明者本件日本特許及び本件外国特許(以下,これらを併せて「本件特許」という。)の各特許公報の「発明者」欄には,いずれも原告及びBの2名が発明者として記載されている(甲1ないし3)。
(4) 被告の「従業員発明考案取扱規程」に基づく補償金の支払ア被告は,従業員による職務発明に関し,「従業員発明考案取扱規程」(以下「被告規程」という。)を定め,昭和56年9月1日から実施していた(乙33,弁論の全趣旨)。
被告規程(乙33)には,次のような定めがあった。
第4条(権利の帰属)発明が職務発明に属する場合,その発明について国内および国外の特許を受ける権利ならびに特許権はすべて会社が承継し,会社に帰属するものとする。
?(略)」「第8条(補償金)会社は次の各号に掲げる補償金を発明者に支給する。
1.国内出願の場合ア.会社が特許を受ける権利承継した発明につき特許出願をしたとき出願1件毎に各発明者に対し,‥‥‥1,000円イ.会社が出願した発明につき,特許登録されたとき,または特許権を承継したとき,特許1件につき,‥‥‥10,000円2.外国出願の場合会社が特許を受ける権利承継した発明につき外国出願をしたとき,複数国への出願もこれを1件とみなし各発明者に対し,‥‥‥1,000円(中略)?発明が2人以上の共同によってなされたものであるときは,第1項第1号イの補償金は原則として会社の認定する発明者各人に等分して支給する。ただし,等分された金額が1人2,000円に満たないときは2,000円とする。」イ被告は,本件発明について,原告に対し,被告規程8条に基づく補償金として合計1万8000円(本件特許出願,本件米国特許出願及び本件欧州特許出願の出願時に各1000円,本件特許権,本件米国特許権及び本件欧州特許権の登録時に各5000円)を支払った。
(5) 被告製品の製造販売等被告は,平成5年当時から,我が国において,バナジン酸を酸化剤に用いた化学酸化法による総ビリルビン測定試薬である「総ビリルビンE-HRワコー」及び「総ビリルビンE-HAテストワコー」,同直接ビリルビン測定試薬である「直接ビリルビンE-HRワコー」及び「直接ビリルビンE-HAテストワコー」(以下,これらを「本件試薬」と総称する。)を製造し,販売又は輸出している。
3 争点本件の争点は,原告が本件発明の発明者といえるかどうか(争点1),仮に本件発明が原告を発明者とする職務発明であり,原告が被告に本件発明についての特許を受ける権利(本件外国特許に係る特許を受ける権利を含む。)を承継させたとした場合,上記承継に係る相当の対価の額はいくらか(争点2)である。
争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告の発明者該当性)について(1) 原告の主張本件発明は,以下のとおり,原告がその知見及び経験を利用・応用して創作したものであるから,原告は本件発明の発明者である。一方,Bは,原告の補助者であり,本件発明の共同発明者に当たらない。
ア 本件発明の完成に至る経緯(ア)昭和63年当時,臨床検査薬業界の流れは化学的測定法から酵素法的測定法への変遷が一段落した後で,使用者による試薬の調製を必要とする調製試薬から,その必要のない無調製試薬への切り替わりの時期であった。ビリルビンについても無調製試薬が必要とされていたが,成功したメーカーはなかった。
ビリルビンの無調製試薬を開発するに当たり,通常考えられる方法は,?ジアゾ試薬を長時間使用可能となるように安定化させるジアゾ法による測定方法の改良,?ビリルビンの酸化酵素であるビリルビンオキシダーゼを安定化させる酵素法による測定方法の改良であった。
しかし,いずれの方法も,成功しても数か月の安定性を確保する程度と予想されたため,ジアゾ法や酵素法の改良には限界があった。
このような状況の中で,原告は,新たなビリルビン測定方法を開発するに当たり,酵素法以外の方法の開発に挑戦することにし,ビリルビンの金属酸化を試みることから検討を開始した。原告は,当時被告に入社18年目であり,臨床検査薬の開発経験は16年あった。また,原告の大学の卒業論文は酸化反応に関するものであり,原告は,被告における数々の酸化還元反応に係る臨床検査薬の開発にも携わって来た。
(イ)原告は,昭和63年9月ないし12月ころ,新たなビリルビン測定方法の開発のため,特許文献等の文献類の整理を行った後,平成元年12月ないし平成2年1月,Bに指示をして,日本商事株式会社(以下「日本商事」という。)が製造販売していた酵素法によるビリルビン測定試薬の試薬構成調査を開始した。当時,Bは,被告に入社後6か月を経過した段階であった。
また,原告は,Bに対し,カフェインにマンガンが混入し,ビリルビンを破壊したことがあること,その際,EDTA(エチレンジアミン四酢酸)を添加して改良したことなどについて話をした。
(ウ)a原告は,平成2年2月初旬ころ,Bが原告の話を基に銅やマンガン等限られた金属を使用して実験を始めたので,Bに対し,「最初は手を広げ,可能性のあるものを絞り込んでいかないと抜けができる。」と言い,原子吸光分析用標準液を使用してスクリーニングするよう指示をした。
また,原告は,そのころ,Bから日本商事のビリルビン測定試薬の添付文書に記載されている酵素量が,総ビリルビン測定試薬に比べ直接ビリルビン測定試薬は異常に低いこと,直接ビリルビン測定試薬は青く着色していることの報告を口頭で受け,Bに対し,直接ビリルビン測定試薬の酵素が含有されている試薬を沸騰水浴中で1時間程度加熱して酵素を失活させた後,正常に反応するか実験するよう指示をした。
b原告は,平成2年2月9日,出張先からBに電話した際に,Bから,日本商事のビリルビン測定試薬を加熱しても正常に反応したことを聞き,Bに対し,その試薬の中身は日水製薬株式会社(以下「日水製薬」という。)が特許出願したチオ尿素と銅ではないかと話した。
原告は,同日,出張から職場に戻り,Bからトリクロロ酢酸によりビリルビンから蛋白を除去して測定したと聞き,それはうまいやり方だと褒めた。また,原告は,Bが原子吸光分析用標準液でのスクリーニングを戸惑っていたので,Bに対し,原子吸光分析用標準液を手渡して,早期に実験するよう促した。
(エ)a原告は,平成2年2月14日,Bから,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニングの実験結果(甲36の実験データ)を受領した。この実験結果から,バナジウム標準液に突出したビリルビンの酸化作用がみられたが,マンガンにはそのような作用がみられなかった。しかし,原子吸光分析用標準液は必ずしも高い価数の金属で構成されているわけではなく,原告自身の経験や理論から不可解な結果もみられ,また,原子吸光分析用標準液の原料を調査した結果,バナジウム標準液はバナジン酸アンモニウム,マンガン標準液は酸化力のない二価の硝酸マンガンであったので,原告は,原告の大学時代の卒業論文「無水酢酸を溶媒としたo-キシレン,o-トリイル酸の酸化」の知見を基に,Bに対し,コバルト,マンガン,セリウムについて価数を変えて追加実験するよう指示をした。
原告は,同月15日,Bから,コバルト,マンガン,セリウムについて各3種類の金属とBが自主的に行った数種の金属についての実験結果(乙1の5の実験データ)を受領した。この実験結果から,三価のマンガンについてバナジン酸に次ぐ酸化力が認められたので,三価のマンガンとバナジン酸について既存の酸化剤(過マンガン酸カリ,銅,鉄,フェリシアン化カリ,●(省略)●等)との比較をBに指示をした。
原告は,同月16日,Bから,既存の酸化剤を含めた確認実験の結果(乙1の6の実験データ)を受領した。この実験結果から,バナジン酸,三価のマンガンに既存の酸化剤に比べ,優位な酸化力が認められた。
bこのように,バナジン酸と三価のマンガンの有効性は,本件発明に関し本格的に検討を始めた最初の2回(2月14日,15日)の実験結果で明らかになった。本件発明に関し,原告にとって事前に知見がなかったのは,バナジン酸がビリルビンを酸化することのみであり,マンガンについては前記(イ)のカフェインにマンガンが混入した件から事前に知見があり,他の点についても複数の実績や知見があった。
そして,この段階で,原告は,以後の検討方針として,以下のような着想を持ち,この着想に従って,引き続きBに指示をして実験を継続した。
?バナジン酸又は三価のマンガンについてpHの影響を確認し,pHを仮設定する。
?キレート剤の必要性について確認し,必要であればバナジン酸又は三価のマンガンについて適当なキレート剤2,3種の候補を選択する(有力候補・EDTA,1-ヒドロキシエタン1,1-ジホスホン酸)。
??の結果から,反応pHが酸性側の場合は,バナジン酸又は三価のマンガンを使用して総ビリルビン測定のための界面活性剤についてカチオン型,両性型を中心に検討し(有力候補・臭化セチルトリメチルアンモニウム,塩化セチルピリジニウム,アルキルベタイン型界面活性剤),反応pHが中性以上の場合は,アニオン型,両性型の界面活性剤を中心に検討する(有力候補・ラウリル硫酸ナトリウム,コール酸,アルキルベタイン型界面活性剤)。
?直接ビリルビン測定において間接ビリルビンの反応抑制剤として高HLBのノニオン系(非イオン型)の界面活性剤の効果を確認する(有力候補・TritonX-405,エマルゲン985)。
??の界面活性剤のみで間接ビリルビンの反応抑制が不完全である場合,過剰の酸化剤の吸収剤(還元剤)を検討する(有力候補・ヒドラジン,ヒドロキシルアミン)。
(オ)a原告は,上記着想に基づいて,Bに指示をして実験等を行った結果,平成2年9月ころまでに,本件発明を完成させた。
本件発明を完成させるに当たり,バナジン酸と三価のマンガンがビリルビンの酸化剤として有効であることを確認した後,直接ビリルビンと間接ビリルビンとを分別測定するための課題が残されていたが,次のような経緯で,この課題を解決した。
通常,間接ビリルビンは直接測定できないため,直接ビリルビンと間接ビリルビンの合計である総ビリルビンと直接ビリルビンをそれぞれ測定して,間接ビリルビン量は,総ビリルビン量から直接ビリルビン量を差引計算して求めていた。具体的には,総ビリルビン測定及び直接ビリルビン測定のいずれにおいても,試料(検体)にpH2.9である緩衝液(第1試薬)を加えて攪拌し5分後に吸光度を測定した後,バナジン酸を溶解したpH7.0の緩衝液(第2試薬)を加えて5分後に再び吸光度を測定して,その吸光度差からビリルビン濃度を求めていた。両者とも,第2試薬にバナジン酸を使用することでは共通しているが,総ビリルビン測定では,第1試薬に間接ビリルビンの反応促進剤として公知のカチオン型の界面活性剤を添加していた。
ここで,新たに問題となったのは,第2試薬を添加して直接ビリルビンを酸化した後,酸化剤であるバナジン酸が残留していると,徐々に間接ビリルビンも酸化されるので,直接ビリルビンだけの正確な測定ができないことである。
この問題について,原告は,第2試薬を分注し,酸化反応速度の速い直接ビリルビンを先に酸化した後に,徐々に酸化する間接ビリルビンの反応を抑制するため,過剰の酸化剤を速やかに吸収する還元剤を第3試薬として添加すれば解決すると考えた。しかし,当時の自動分析装置は,現在と同じく,2液型で3液の試薬は使用できないものであったため,酸化剤を添加する前の第1試薬中に還元剤を入れる必要があった。
そのため,この還元剤には,第2試薬であるバナジン酸の酸化力との関係で,直接ビリルビンより反応が遅く,間接ビリルビンより反応が速いという限られた条件を満足させ,かつ,長期間安定であるという条件が要求され,直接ビリルビン測定における第1試薬中に入れる還元剤の種類,量,反応条件,安定化条件の検索・掌握がポイントになった。このように過剰の酸化剤をあらかじめ第1試薬に添加した吸収剤(還元剤)で除去する技術は,原告が発明し,既に実用化されていたクレアチニンの定量方法(甲12,13)を応用したものであった。
そして,原告は,各種の実験を行った結果,還元剤としては,塩酸ヒドロキシルアミンが好ましく,また,この塩酸ヒドロキシルアミンは酒石酸緩衝液に溶解したときが最も安定化すること,間接ビリルビンの保護材としてHLB値(親水親油バランス)の高い非イオン型の界面活性剤等を用いると,更に特異性が増強されることを見いだし,本件発明を完成させた。
本件日本特許の請求項2記載の「ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤」は,いずれも原告が具体名を挙げてBに指示して実験させたものである。
例えば,原告は,平成2年3月15日ころ,Bに対し,「ヒドラジンでもいれるか。」と話し,還元剤の添加を検討するよう指示をし,同年4月10日,還元剤の追加として,ヒドラジンより若干還元力の強い,ヒドロキシルアミンの検討をBに指示し,同年5月17日,ヒドロキシルアミンの有効性を確認した。
b臨床診断薬の開発はキレート剤,界面活性剤など他の分野では使用する機会が少ない素材を扱うため,技術,知識の積み重ねが大事である。臨床診断薬開発の経験がない者が独力で有効な新規素材を見つけることは極めて稀であり,まして今まで知られていなかった新規反応を見つけ出すこと及びそれを商品化することは極めて至難である。
Bは,原告が本件発明の開発に着手した当時,被告に入社後6か月の段階で,出身学部も農学部であり,学生時代には自動分析用臨床生化学診断薬とは無縁の研究を行っており,Bにとってビリルビン測定は初めての経験であり,原告の詳細な実験指示がなければ,原告の着想の具体化はあり得ない状況であった。
イ 本件発明後の事情本件特許出願がされた平成2年当時,一般に職務発明における「発明者」の定義が被告社内でも不明瞭で,関係者は皆発明者として記載するのが慣例であった。そのため,本件発明の補助者にすぎないBも,原告の指示に従って実験を行ったという限度で関係者であったことから,本件特許の各特許公報に「発明者」として加えられることになったものである。
ウ 被告の主張に対し被告は,後記のとおり,原告が指示をした原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニングの実験は,平成2年2月16日に行われた旨主張する。
しかし,被告から提出された実験データ(乙1の7の2)の日付は「’90.2.17」とあるが,原告が当時コピーをとって保管していた実験データ(甲36)の日付は「’90.2.14」となっており,同じデータ集の日付が相互に異なるのか理由は不明であるが,いずれにせよ,両データとも日付の筆跡はBのものであり,少なくとも2月14日の時点でバナジン酸に突出した酸化力が認められていたことは明らかである。なお,2月17日は土曜日で,被告の休業日であり,休業日に実験データをまとめることは不自然である。更に,他に証拠として提出された実験データに休業日の日付になっているものはない。
また,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験では,フェリシアン化カリウムにつきスクリーニング試験をしているが,これが2月16日に行われた実験であるとすれば,フェリシアン化カリウムについては既に2月15日及び16日の前半に実験を実施しているので,標準液のスクリーニングに加える必要はなく不自然であるなど,被告の上記主張は理由がない。
エ 小括以上のとおり,本件発明は,原告の単独発明であり,Bは,原告の補助者であって,共同発明者ではない。
(2) 被告の反論特許法2条1項は,「発明」とは「自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度のもの」をいう旨規定していることから,「発明者」といえるためには,当該発明の技術的思想創作行為に現実に加担したことが必要である。
本件発明の技術的思想は,以下のとおり,被告の従業員のBが着想し,具体化したものであって,本件発明の技術的思想創作行為を現実に行ったのはBであり,一方,Bの上司であった原告は,本件発明に関し,一般的な管理をした管理者にすぎないから,本件発明は,Bの単独発明であり,原告は本件発明の発明者ではない。
ア 本件発明の技術的特徴本件発明の主たる技術的特徴は,バナジン酸ナトリウム(又は三価のマンガンイオン)を直接ビリルビンの測定時及び総ビリルビン(直接及び間接ビリルビン)の測定時の酸化剤として用いる点(本件日本特許の請求項1に係る発明)にある。
また,本件発明の従たる技術的特徴は,直接ビリルビンのみを酸化するためには,間接ビリルビンの反応を抑制しなければならないところ,上記酸化剤を用いる際に間接ビリルビンの反応を抑制するのに適した反応抑制剤を選択した点(本件日本特許の請求項3に係る発明)にある。
イ 本件発明の完成に至る経緯(ア)従来,ジアゾ法がビリルビンの測定方法として一般的に使用され,被告においても,ジアゾ法によるビリルビン測定試薬を製造販売して来た。
ジアゾ法は,ビリルビンをジアゾベンゼンスルホン酸によりジアゾ化」(アゾカップリング反応)し,アゾビリルビンを生じさせ,アゾ色素による溶液の色の変化の程度を吸光度計で測定し,測定された吸光度の差からビリルビンの量(濃度)を測定する方法である。
ジアゾ法による直接ビリルビンと間接ビリルビンとの分別定量は,?まず,ジアゾベンゼンスルホン酸が直接ビリルビン(主にグルクロナイド抱合型)とは直ちに反応するが,間接ビリルビン(遊離型)とは容易に反応しないことを利用して,直接ビリルビンの量のみを測定する,?次に,界面活性剤,カフェイン,メタノール,ダイフィリンなど反応促進剤を添加することにより,ジアゾベンゼンスルホン酸は,直接ビリルビンとのみならず,間接ビリルビンとも反応することを利用して,総ビリルビンの量を測定する,?そして,測定された総ビリルビンの量から直接ビリルビンの量を減じることにより,間接ビリルビンの量を算出するというものである。
このようにジアゾ法が一般的に使用されている中で,日本商事が,昭和60年ころ,ビリルビンオキシダーゼ(BOD又はBOX)という酵素を用いた酵素法によるビリルビン測定試薬(商品名「ネスコート」)を開発し,その販売を開始した。日本商事の酵素法試薬は,ビリルビンオキシダーゼが,pH3.6の条件においては,直接ビリルビンと特異的に酵素反応をし,pH7.2付近の条件においては,直接及び間接ビリルビンの双方と酵素反応をすることを利用して,直接ビリルビンと間接ビリルビンとの分別定量するというものである。なお,日本商事は,この酵素法試薬に関し,発明の名称を「酵素法による直接ビリルビン測定用試薬および測定法」とする特許(特公昭61-44000号公報(乙5)に記載の特許出願に係るもの)を取得している。
(イ)a日本商事は,酵素法試薬の販売開始後,ビリルビン測定試薬市場におけるシェアを伸ばし,平成2年ころには,そのシェアが売上高ベースで50%近くまで達していた。
このような市場状況を踏まえて,原告と当時の被告の試薬事業部開発部メンバーとの協議により,被告における平成2年度の研究開発計画のテーマとして,酵素法によるビリルビン測定試薬の研究開発を提案した。
原告は,上記提案に先立つ平成元年12月ころ,東京研究所で,酵素に関連する試薬の研究を主として担当していたBに対し,酵素法によるビリルビン測定試薬の研究開発をするよう指示をした。原告の指示は,日本商事の直接ビリルビンの測定方法に関する特許が,「pH3.5〜4.5の緩衝液にビリルビンオキシダーゼを配合したこと」(乙5の請求項1)を特徴としていたことから,このpHの範囲を少しはずしたpHで酵素反応をするものを開発することのみであった。
bBは,このような原告の指示を受けて,平成2年に入り本格的に実験を開始した。しかし,「pH3.5〜4.5」の範囲を少しはずしたpHにおける条件では良好な実験結果が得られなかった。そこで,Bは,大幅にpHの値などが異なる条件下において,酵素反応に適した試薬組成を見つけなければ,酵素法によるビリルビンの測定試薬の新たな開発は困難ではないかと考え,同年2月初めころ,そのような大幅にpHの値などが異なる条件下での実験を進めることを原告に提案した。しかし,原告は,Bの提案を聞き入れようとしなかった。
一方で,Bは,酵素法の実験を重ねるうちに,日本商事の酵素法試薬は,ビリルビンオキシダーゼの至適pH(酵素反応が最適に進行するpH)から大きくはずれた「pH3.6」で直接ビリルビンと反応させているにもかかわらず,直接ビリルビンとの反応は,ほとんど瞬時に終了しており,このような実験結果は,酵素反応の常識からは大きくはずれていること,日本商事の酵素法試薬は銅イオンを含んだ溶液によくみられる青みがかった色をしていること,日本商事の研究者がカナダの専門誌に投稿した酵素法に関する論文(乙6)に少量の銅イオン(硫酸銅)が添加されている旨記載があったことなどから,不自然に早い直接ビリルビンとの反応は,実際は酵素によるのではなく,銅イオンによる化学的な酸化反応によるものではないかと推論した。
Bは,同月8日及び9日,原告が大阪出張で不在時に,自分の推論が正しいかどうかを確認するため,日本商事の酵素法試薬について,何の処理もしていない試薬による反応と酵素を失活させる処理をした試薬による反応を対比する実験を行った。その結果,いずれの反応にも,ほとんど差違はみられなかった(乙1の4の実験データ)。
このような実験結果から,Bは,日本商事の酵素法試薬は,実際は酵素反応によりビリルビンを酸化させるものではなく,ビリルビンオキシダーゼを含む溶液に含まれている銅イオンによりビリルビンを酸化させる化学的酸化法であることを確信した。
しかし,Bは,原告からの指示はあくまで酵素法によるビリルビン測定試薬の研究開発であり,しかも,その開発方針をめぐり意見が対立していたので,原告に対し,Bが確信した内容を主張するためには,十分なデータを示す必要があると考え,原告に報告しなかった。
Bは,日本商事の酵素法試薬に含まれている銅イオン以外の重金属イオンの中には,ビリルビンを酸化させて,ビリルビン量の測定をするのに,銅イオン以上に適したものがあるのではないかと考え,同月15日から16日にかけて,重金属イオンの中からビリルビンの酸化剤として使えそうなものをいくつか選び出し,スクリーニング実験を行った。この実験の結果(乙1の5の実験データ及び乙1の6の実験データ),Bは,重金属イオンの中でもバナジン酸イオン,三価のマンガンイオンがビリルビンの酸化剤として銅イオンよりも有効であることを発見し,これらの金属イオンを酸化剤として用いた総ビリルビンの測定が可能であることを確信するとともに,これらの金属イオンは間接ビリルビンの酸化反応が弱いことから,直接ビリルビンを測定する際に間接ビリルビンの反応抑制剤を特定して組み合わせれば,直接ビリルビンと間接ビリルビンとの分別定量する,新たなビリルビン測定試薬を実用化することができることを確信した。この時点で,本件発明の技術的思想の主たる特徴的部分(請求項1に係る部分)は完成した。
Bは,2月16日,このような実験結果及びBの新たなビリルビン測定試薬についての構想を原告に報告した。
これに対し原告は,Bが同月15日及び16日の実験を行う際に,自分で重金属イオンを調製していたのを見て,Bに対し,自分で調製しなくても,原子吸光分析用標準液を使用すれば,簡単に金属イオンのスクリーニングができる旨を述べたものの,酵素法の開発を主として実験を進めるように指示した。
Bは,同日,原告の指示に従い,相当多数の種類の重金属イオンについて,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験(同日2回目の実験)を行い,翌17日に,その実験結果を自宅でまとめた。しかし,Bが前日の15日及び当日の16日に先行して行った実験で当たりを付けて試してみたバナジン酸イオンや三価のマンガンイオンを超えるものはなかった(乙1の7の2の実験データ)。
cそして,Bは,平成2年3月20日から23日まで行った実験結果から,間接ビリルビンの反応抑制剤について,塩酸ヒドラジンが有用であることを確認したほか,オキシム類,フェノール類,水溶性高分子などが使用可能であることを確認した。その後,Bは,脂肪族多価アミン類なども間接ビリルビンの反応抑制剤として使用可能であることを確認するなどの試行錯誤を経て,同年5月17日に塩酸ヒドラジンと同等の効果を得られるものとして,塩酸ヒドロキシルアミンが有用であることを確認した。これにより,バナジン酸イオンによるビリルビンの酸化という本件発明の技術的思想の主たる特徴的部分と組み合わせるべき間接ビリルビンの反応抑制剤を特定するという技術的思想の従たる特徴的部分(請求項3に係る部分)も完成した。
一方,原告が間接ビリルビンの反応抑制剤について積極的な提案をした事実はない。
ウ 本件発明後の事情(ア)本件特許の各特許公報の「発明者」欄には,いずれも原告及びBの2名が発明者として記載されている。
しかし,上記「発明者」欄に原告の氏名が記載されたのは,?本件日本特許に係る「特許出願依頼書」(甲32)及び本件発明の特許を受ける権利の「譲渡証」(乙10)に原告の氏名が記載されていたこと,?当時の被告の特許課とのやり取りは,原告がもっぱら窓口として対応していたこと,?当時の被告の特許課は,発明者を誰にするかについては,研究所の関係者の自主的な判断に任せ,また,当時の研究所においては,単なる管理職についても発明者として申告することもみられたこと,?原告が事実上の管理職としてBによる本件発明を「特許出願依頼書」(甲32)の形式にまとめるに際し,自己の氏名を発明者として記載したことによるものである。
(イ)また,原告自身,本件発明はBの発明であるとの意識があったため,「特許出願依頼書」(甲32)及び「譲渡証」(乙10)のいずれにおいても,Bを「発明者」欄の筆頭に記載している。その後も,本件発明に関する最初の論文(乙11)は,Bが単独で公表している。
エ 原告の主張に対し(ア)原告は,「’90.2.14」の日付の記載のある実験データ(甲36)を書証として提出し,Bが原子吸光分析用標準液を用いた重金属(重金属イオン)のスクリーニング実験を行ったのは,被告が主張する同月16日ではなく,同月14日以前である旨主張する。
しかし,原子吸光分析用標準液を用いた重金属イオンのスクリーニング実験が原告が主張するように平成2年2月14日以前にされたとすると,実験の順序の合理的な説明が付かないなど,多くの不自然な点がある。
すなわち,Bは,重金属イオンのスクリーニング実験は,初めて取り組む実験であり,予測できない要素があることから,まず,2月15日に,銅イオンと同等の酸化力がありそうなものをいくつか試薬棚から取り出して,「分光光度計」を使い,その金属化合物の溶液の入った試験管をマニュアルで1本ずつ反応を見ながらデータを採取する最初のスクリーニング実験を行った(乙1の5の実験データ)。その際には,「三価のマンガンイオン」及び「メタバナジン酸イオン」も含まれていた。Bは,2月16日に,前日の実験において良好な結果が得られた「フェリシアン化カリウム」,「酢酸マンガン(3価)」,「コバルト(3価)アセチルアセトン」,「メタバナジン酸ナトリウム」について,自動分析装置を用いて,実験データを採取する補充実験を行うとともに,試されていないものについても,金属イオンの範囲を広げて実験をした(乙1の6の実験データ)。そして,原告がわざわざ原子吸光分析用標準液を取り出して来て,Bの前に置いたので,Bは,自動分析装置を用いて,原子吸光分析用標準液の実験を上記補充実験の後に行った。この原子吸光分析用標準液の実験は,試薬の調製をする必要がないために,それほど手数がかからず,時間も比較的短い時間で終えることができた。それでも,上記補充実験の後に実施したため,2月16日当日の午後8時ころまで実験に時間がかかっている。そのため,Bは実験データを自宅に持ち帰り,翌2月17日に実験データをまとめた(乙1の7の2の実験データ)。
原告の主張によれば,原告は,2月14日の段階で,どのような反応をするかも分からないまま,Bに対し,いきなり相当多数の種類の重金属イオンについて原子吸光分析用標準液を使用した実験をするように指示したというものであり,それ自体不自然であるのみならず,2月15日及び16日には,原告の主張する2月14日の実験結果の良好なものが多数実験されていない一方で(例えば,「●(省略)●」,「●(省略)●」,「●(省略)●」,「●(省略)●」,「●(省略)●」),良好でないものが多数実験されたこととなり(例えば,「コバルト」,「セリウム」,「●(省略)●」,「●(省略)●」及び「二価のマンガン」),実験の順序が不自然,不合理である。このように2月15日の実験及び16日の実験よりも前に,原告の主張する2月14日の原子吸光分析用標準液を使用した実験が行われたとは考え難い。
また,原告の主張する2月14日の実験が同日以前に行われたとする証拠は,「’90.2.14」と記載のある実験データの写し(甲36)のみである。しかし,被告が保管していた実験データ(乙1の7の2)の原本には,明らかに「’90.2.17」と記載されており,原告が提出した上記実験データの写しが,一体,いつ,どこで,どのようにして作成されたのかは,全く謎である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ)原告は,間接ビリルビンの反応抑制剤としての塩酸ヒドラジンも塩酸ヒドロキシルアミンも,いずれも原告が着想し,原告の指示に基づいて実験がされた旨主張する。
しかし,平成2年5月の月報用にBが作成した報告書(乙24の2)には,塩酸ヒドラジン及び塩酸ヒドロキシルアミンの詳細な実験データを挙げて,これらの添加で間接型の反応をかなり抑制できることを見いだしたこと,間接ビリルビンの反応抑制剤の候補として,まず,「塩酸ヒドロキシルアミン」を挙げているのに対し,原告が作成した同月の月報の表紙部分(乙24の1)には,塩酸ヒドロキシルアミンについて何ら言及されておらず,バナジン酸の予定処方についても,「塩酸ヒドラジン」が挙げられているのみである。
また,平成2年6月の月報用にBが作成した報告書(乙25の2)には,「2.試薬組成」として,既に「ヒドロキシアミンHCl」のみを記載し,塩酸ヒドロキシルアミンの安定性が確認されれば,「液状での供給も考えられる」とし,かつ,「特許申請に向けて必要データをそろえる。」との記載があり,「ヒドロキシルアミン」は,既に間接ビリルビンの反応抑制剤として最終的なものと位置付けている。
一方で,原告が作成した同月の月報の表紙部分(乙25の1)には,「ヒドロキシルアミン」については,●(省略)●との反応により直接ビリルビンが高値となることに言及しているのみであり,バナジン酸予定処方についても,後から手書きで「塩酸ヒドロキシルアミン」と訂正しているにすぎない。
このように原告が塩酸ヒドロキシルアミンの実験を指示したとの原告の主張と,塩酸ヒドロキシルアミンについて極めて無関心な当時の月報(平成2年5月及び6月の月報の表紙)の記載とは全く符号しない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
オ 小括以上のとおり,Bは,本件発明の技術的思想着想し,具体化し,本件発明の技術的思想創作に現実的な加担をしたものである。
一方,原告の関与は,Bからバナジン酸イオン(又は三価マンガンイオン)がビリルビンの酸化剤として有用である旨の報告を受けた際に,原子吸光分析用標準液を用いれば,重金属スクリーニング実験が容易である旨の助言をしたにとどまり,これは,技術的思想創作というよりは,単なる実験方法についての助言にすぎないし,また,原告は,間接ビリルビンの反応抑制剤について積極的な提案をした事実はなく,本件発明の技術的思想創作に現実的な加担をした事実はない。
したがって,本件発明は,Bの単独発明であり,原告は,本件発明の発明者ではない。
2 争点2(相当の対価の額)について(1) 原告の主張ア 本件発明についての特許を受ける権利の譲渡前記1(1)のとおり,原告は本件発明の発明者であるところ,本件発明は,その性質上被告の業務範囲に属し,かつ,原告が発明をするに至った行為が被告における原告の当時の職務に属するものであるから,特許法35条1項所定の職務発明に該当する。
原告は,平成2年10月30日までに,被告規程に基づいて,被告に対し,本件発明についての特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利を含む。)を譲渡した。
したがって,原告は,被告に対し,特許法旧35条3項に基づき,本件発明についての特許を受ける権利の譲渡に係る相当の対価(以下「本件発明に係る相当の対価」という。)を請求することができる。
相当の対価算定方法(ア) 総論a本件発明は,ビリルビンの測定方法という「方法の発明」であるところ,「方法の発明」にあっては,その方法を使用する行為が発明の実施に当たる。
ところで,被告が製造販売する本件試薬は,本件発明に係る方法の使用のみ用いる物ではあるが,本件試薬を用いて本件発明に係る方法を使用するのは,被告ではなく,あくまで本件試薬を購入した第三者(検査機関)であることに照らすならば,被告による本件試薬の製造販売は,本件発明の自己実施に当たらない。
一方で,被告は,本件試薬の購入者が本件発明に係る方法に使用することを前提に本件試薬を販売しているのであるから,本件試薬を販売するに当たり,その購入者に対し,本件発明の実施を黙示に許諾しているものと考えられる。
したがって,本件試薬の販売価格には,実質的にみて本件発明の実施許諾に基づく実施料が含まれており,この実施料収入分が,本件特許権に基づく「独占の利益」に当たるというべきである。そして,上記実施料収入分(「独占の利益」)は,本件試薬の売上高に「仮想ライセンス料率」を乗じて求めることができる。
そうすると,本件発明に係る相当の対価は,?(特許権存続期間における本件試薬の総売上高)×?(仮想実施料率)×?(発明者貢献度)×?(発明者間の寄与割合)の算式によって算定すべきである。
b被告は,後記のとおり,本件発明に係る相当の対価の算定に当たり,本件試薬の売上高に占める「超過売上高の割合」を考慮すべきである旨主張する。
しかし,前記aのとおり,本件試薬を用いて本件発明に係る方法を使用するのは,あくまで本件試薬を購入した第三者(検査機関)であって,被告は本件発明を自己実施していないから,特許権者が自己実施している場合の「超過売上高の割合」を本件発明に係る相当の対価の算定に当たり考慮する必要はない。
また,仮に本件試薬の売上高に占める「超過売上高の割合」を考慮するとしても,被告が主張するようなジアゾ法の市場占有率を超えた分を超過売上高とするのは適当ではなく,本件試薬で用いるバナジン酸法の市場占有率(甲34等)を基にして算定すべきである。
(イ) 本件試薬の総売上高平成5年10月1日から平成23年9月30日(本件特許権の存続期間満了日の1か月前)までの間の本件試薬の総売上高は,少なくとも68億1840万円となる。
すなわち,本件試薬の売上高(国内販売額及び輸出額。以下同じ。)は,平成5年10月1日から平成6年9月30日までの間は少なくとも2億円,平成6年10月1日から平成19年9月30日までの間は少なくとも毎年4億円であったから,平成5年10月1日から平成19年9月30日までの売上高は合計54億円を下らない。
また,平成19年10月1日から平成23年9月30日までの4年間の売上高は,少なくとも毎年4億円と見込まれ,その合計額は16億円となるが,中間利息を控除して平成19年9月30日の時点における売上高に換算すると,14億1840万円(計算式・4億円×3.5460)となる。
そうすると,平成5年10月1日から平成23年9月30日までの間の本件試薬の総売上高は,少なくとも68億1840万円(計算式・54億円+14億1840万円)となる。
(ウ) 仮想実施料率a本件発明は,部分的な改良法とは異なる基本的な発明であって,従来,臨床検査に使用されたことのないバナジン酸を酸化剤として使用する画期的な発明であり,本件特許は,臨床検査薬の基本的特許であり,その価値は非常に高いものと評価できる。
一方,本件試薬は,低コストで生産できる非常に安価なものであり,本件試薬自体に,それほどの価値を見いだせないから,本件試薬の販売価格には,本件特許の価値(実施料)を多く含むものといえる。
加えて,本件特許のような臨床検査薬の基本的特許についての仮想実施料率を算出するに当たっては,本件特許と同格の臨床診断薬に関する基本的特許についての実施料率を参考にして,仮想実施料率を算出すべきであると考えられるところ,被告においては基本的特許について他社に実施許諾をした例はないが,被告が他社から実施許諾を得た例(甲48)が参考となること,本件試薬の購入者は,本件試薬の販売価格よりもはるかに高額の検査料金を得て本件発明を実施していることなどを総合考慮すると,本件試薬の販売価格に含まれる実施料(仮装実施料)は,本件試薬の販売価格の20%を下らないというべきである。
b被告は,後記のとおり,被告が過去にライセンス契約を締結した特許権(10件)のライセンス実施料率の平均値2.85%をもって本件特許権の仮装実施料率とすべきである旨主張する。
しかし,被告は試薬,化成品,臨床検査薬の3部門からなり,工業用原料である化成品の場合は通常実施料率は2%程度であるが,医薬品である臨床検査薬の場合は部分的改良法の場合でも5%程度であり,各部門によって率に大きな隔たりがあること,本件特許は,臨床検査薬の基本的特許であるのに,基本的特許であるかどうか問わずに,被告が主張するような実施料率の平均値を用いることに合理性はないことに照らすならば,被告の主張は理由がない。
(エ) 発明者貢献度a本件発明は,これまで臨床検査に使用されたことのないバナジン酸を使用する画期的なものであって,発明者である原告の独創性がなければ行うことができなかったから,原告の本件発明に対する貢献は絶大なものである。本件発明に係るバナジン酸法の試薬組成の中で,被告が従来から製造販売していたジアゾ法によるビリルビン測定試薬に使用していた物質は,金属キレート剤として一般的で,汎用されているEDTAのみであり,被告において長年にわたり蓄積されてきたジアゾ法の技術は,本件発明では使用されていない。
また,原告は,本件発明に関する論文を学会誌(甲4)に投稿したこと,被告の営業部は,当該学会誌の別刷りを用いて本件試薬の販売促進のための営業活動を行っていたことからすれば,原告は,被告の販売活動についても大きな貢献を果たして来た。
b被告は,本件発明について研究施設,研究開発のための機器及び実験用材料の提供をした。
しかし,原告が本件発明のために使用した研究施設は,東京研究所の研究実験室のみであり,使用した検査機器は,旧式の自動分析機(当時の時価約400万円),他の用途にも利用している分光光度計(購入費約500万円)及びpHメーター(購入費約20万円)及び天秤(購入費約30万円)のみである。
被告が提供した実験用材料は,大半が被告の製品であって安価なものであり,他社から購入した材料は少なく,本件発明に費やした期間に使用した材料費は,合計100万円程度である。
また,被告は,本件発明の商品化に際し,開発部,製造部,営業部,薬事部及び特許部が新製品の商品化の際に通常行う業務を行ったのみで,特別な貢献はしていない。すなわち,被告の営業部においては,本件試薬について通常の新製品の発売と同様の活動をしたのみで,講演会や学会開催時のランチョンセミナー(昼食付セミナー)等の宣伝活動は一切行っていないし,開発部,薬事部,特許部も同様に特別な経費をかけていない。
さらに,被告は,本件試薬の製造に当たって特別に製造設備を新設したり,改造したことはなく,従来の汎用設備(被告の三重工場)で本件試薬の製造を行っている。
c以上によれば,本件発明についての発明者貢献度は,30%を下ることはない。
(オ) 発明者間の寄与割合Bの本件発明への具体的な関与は,Bが被告に入社後6か月目位から,原告の指示に従って実験を行い,データをまとめ,資料を作成したにすぎず,また,学会発表等も全て原告の指示に基づいて行ったというにとどまる。
このようにBは,原告の補助者として位置づけられるものであって,本件発明の共同発明者に該当せず,原告が本件発明の完成に寄与した割合は100%である。
(カ) 本件発明の価値比率被告は,後記のとおり,本件試薬の総売上高における本件日本特許の請求項3に係る発明(直接ビリルビンの測定方法)の価値比率が9分の1である旨主張する。
しかし,健康診断や一次スクリーニング試験では総ビリルビンのみ測定する場合が多く,総ビリルビン測定試薬の方が,直接ビリルビン測定試薬より販売額が多くなるものの,二次検査以降では間接ビリルビンの値が必要となるため,直接ビリルビンが測定できないビリルビン測定試薬は商品価値が著しく劣り,直接ビリルビン測定試薬がなければ,総ビリルビン測定試薬の販売額も著しく低下するのであるから,被告の上記価値比率の算出は市場の実態とかけ離れており,妥当でない。
相当の対価の額前記イを前提に,本件発明に係る相当の対価の額を算定すると,4億0910万4000円となる(計算式・68億1840万円(本件試薬の総売上高)×0.2(仮装実施料率)×0.3(発明者貢献度)×1(発明者間の寄与割合))。
そして,原告は,被告から本件発明についての補償金として合計1万8000円の支払を受けているから,被告が原告に支払うべき上記相当の対価の不足額は,4億0908万6000円となるエ 小括よって,原告は,特許法旧35条3項に基づき,被告に対し,本件発明に係る相当の対価の不足額4億0908万6000円の一部である1億円及びこれに対する平成19年12月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告の反論ア 相当の対価算定方法に対し(ア) 総論本件発明に係る相当の対価は,?(特許権存続期間における本件試薬の総売上高)×?(超過売上高の割合)×?(仮想実施料率)×?(発明者貢献度)×?(発明者間の寄与割合)の算式によって算定すべきである。
原告は,?(超過売上高の割合)について,本件発明は方法の発明であり,本件発明を実施するのは検査機関(病院)であって,被告が自己実施する余地はないから,これを考慮すべきでない旨主張する。
しかし,職務発明においては,特許法35条1項に基づく通常実施権が使用者に帰属し,使用者はこの通常実施権により発明を適法に実施することができるものであり,この通常実施権により適法化される行為には,方法の発明についていえば,?方法の発明自体を直接に実施する行為のみならず,?方法の発明実施にのみ用いられる物を生産し,供給するという間接に発明を実施する行為(特許法101条4号)が含まれるというべきである。
したがって,職務発明により使用者等が受けるべき「独占の利益」が間接に発明を実施する行為において生じている場合には,いわば間接実施行為において「通常実施権」に基づく実施分を観念することができるから,そのような通常実施権に相当する実施分を控除するために「超過売上高の割合」を考慮することは,法が当然に予定しているというべきであり,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 本件試薬の総売上高原告主張の本件試薬の総売上高68億1840万円については,認める。
(ウ) 超過売上高の割合被告は,昭和の終わりから平成の初めころにかけて,ジアゾ法によるビリルビン測定試薬について,年1億9000万円の売上げを計上し,市場占有率約20%(乙8の2)を得ていた。ジアゾ法自体は自由技術であるので,この市場占有率は,被告の営業力や暖簾によるものといえるから,被告が本件発明を実施するに当たり,すべての競業他社に無償で本件発明の実施を認めたとしても,被告の営業力や暖簾により通常実施権に基づく実施の範囲において確保することができた割合とほぼ等しいとみなしてよい。
その後,被告は,平成14年ころには,バナジン酸法による総ビリルビン測定試薬につき33.1%,同直接ビリルビン測定試薬につき28.6%の市場占有率を得ていた(乙27)。総ビリルビン測定試薬と直接ビリルビン測定試薬とでは,単価はそれほど変わらないが,総ビリルビンのみを検査することも広く行われており,総ビリルビン測定試薬の売上が直接ビリルビン測定試薬の売上げのほぼ2倍となっている。
そこで,平成14年における総ビリルビン測定試薬市場における市場占有率と直接ビリルビン測定試薬市場における市場占有率とを,売上げが2対1の比率であることを考慮し,加重平均して算定すると,全体で31.6%となる。
(計算式・総ビリルビン及び直接ビリルビン測定試薬市場における市場占有率={(総ビリルビン測定試薬市場における市場占有率)×2+(直接ビリルビン測定試薬市場における市場占有率)×1)}÷3={(33.1%×2)+(28.6%×1)}÷3=31.6%)そうすると,被告の本件試薬の総売上高中,本件発明による超過売上高の割合は,36.7%となる。
(計算式・超過売上高の割合=(平成14年の市場占有率-平成元年ころの市場占有率)÷(平成14年の市場占有率)×100%=(31.6-20)÷(31.6)×100%=36.7%)(エ) 仮想実施料率a本件特許権は,既にジアゾ法という自由技術が代替技術として存在し,現在も競業他社において使用されていること,現実に本件特許権について実施権の許諾を求めてきた競業他社もないことなどから,本件発明の実施により従来よりも被告の市場占有率が高められたことを考慮してもなお,その仮想実施料率は,被告の近時の実施権許諾契約(以下「ライセンス契約」という。)における実施料率の平均値程度にすぎないといえる。
そこで,次の?から?までの条件を満たす被告のすべてのライセンス契約の特許権1件当たりの実施料率の平均値を採って,本件特許権の仮想実施料率を算出すると,特許権1件当たり2.85%(乙28)となる。
?ライセンス契約の対象が,被告が単独で保有する日本国特許権に係るものであること。
?ライセンス契約の締結が,平成5年1月26日(本件特許出願の出願公開日)から平成21年6月1日までの間にされたものであること。
?ライセンス契約に係る発明が被告との関係における職務発明であり,その発明者がすべて被告の従業者又は役員であること。
?ライセンス契約における実施権許諾の対価実施料率により定められたものであること。
?ライセンス契約の相手方が日本法に基づき設立された会社であること。
b原告は,本件特許権の仮想実施料率は本件試薬の販売価格の20%を下らない旨主張する。
しかし,被告を含む試薬市場における競業会社間の実施料率の実勢値や,本件発明について代替技術となるジアゾ法が存在し,本件特許権について実施権の許諾を求めてきた競業他社もないことなどを考慮すれば,20%という原告の主張には何ら根拠がない。
したがって,本件特許権の仮想実施料率は,上記のとおり,2.85%程度と考えられる。
(オ) 発明者貢献度発明者貢献度は,会社の研究環境,社内の技術の蓄積,発明者の職務内容,発明の課題の提示の有無など発明が完成されるに至るまでの諸般の事情と,特許権の取得,発明後の製品化,販売努力などを総合考慮して判断すべきである。
a会社の研究環境?試薬の研究をするための研究環境としては,被告ほど条件が整備された施設は少ない。すなわち,被告は試薬メーカーであり,試薬の研究に必要な素材のほとんどが東京工場内にある東部配送センターに備えられており,本件発明に使用された極めて多種類の試薬は,このような研究環境があればこそ,容易に入手することができたものである。また,ビリルビンオキシダーゼのような酵素は,被告が天野製薬株式会社(以下「天野製薬」という。)から別途調達したが,これも被告において購入することができるだけのルートが構築されていればこそ入手することができたものである。
さらに,本件発明をするに当たり,高価な分光光度計や自動分析装置を含む多くの装置及び器具が使用されているが,そのような研究設備は,研究者個人において整備することはおよそ困難なものである。
?本件試薬は,ジアゾ法とは異なるビリルビン測定試薬であるが,ジアゾ法のみならず,およそビリルビン測定試薬の研究をするために不可欠である人血清を,個人が研究目的で入手することは容易なことではない。被告の当時の臨薬開発部門及び臨薬営業部門による大学病院の検査センターなどとの密接なつながりがあればこそ,人血清の入手可能であったといえる。
このほか,ジアゾ法の当時からビリルビン測定試薬の研究のための高価な装置及び器具なども備えられていればこそ,新たなビリルビン測定試薬の開発が可能となったというべきである。
b発明者の職務内容及び本件発明の課題の提示Bは,大阪府立大学農学研究科後期課程まで進学し,酵素を中心とした生化学について教育を受けた後,被告に昭和63年4月に入社した。このような経歴を踏まえて,Bは,被告から,平成元年12月末から研究に着手された日本商事の酵素法に対抗することができる新たな酵素法を用いたビリルビン測定試薬の開発の指示を受けた。最終的に被告の新ビリルビン測定試薬として開発されたバナジン酸法は,酵素法には該当しないものの,新たなビリルビン測定試薬の開発という被告の当時の開発テーマの延長線上にされたものである。
このように,Bの当時の職務において,新ビリルビン測定試薬の開発はBの職務の主たる内容をなすものであり,被告から課された課題に応えたものにすぎない。
なお,本件発明におけるB自らの発意に基づく要素は,ビリルビンオキシダーゼとビリルビンとの反応の状態から日本商事の酵素法の本質は銅イオンにあることを見抜き,重金属イオンによる酸化法を着想し,バナジン酸が酸化剤として有効であることを見いだしたという本件日本特許の請求項1に係る発明の点に限られる。他方,間接ビリルビン反応抑制剤の選択という請求項3に係る発明は,バナジン酸を酸化剤として用いる点が判明すれば,技術的には当業者において当然になし得る程度の努力の範囲のものであるにすぎない。
c特許権の取得に向けられた努力本件特許出願に当たり,原告は出願依頼書(甲32)を作成し,簡単な明細書を付したが,上記簡単な明細書と本件日本特許の特許公報(甲1)とを対比すれば明らかなとおり,大幅な改訂がされており,キレート剤の点や反応促進剤としての界面活性剤の点については本件日本特許の特許請求の範囲から除外するなど,被告の当時の特許課の努力がうかがわれる。これらは,当時の特許課の担当者である橋詰拓明が,実験データや説明が不足している点を原告に問い合わせながら,補充し,修正したものである。
d発明後の製品化,販売努力など?本件発明が完成したのは,平成2年であるが,実際に製品化され,本件試薬の販売が開始されたのは,平成5年のことである。
その間,Bが発明者として必要な協力をしている。例えば,研究所から製造部への技術移管の中心となるのは,「製剤標準書」(乙31の1,2)であるが,その案文もBが作成したものである。しかし,製品化の中心はあくまで製造部の役割である。
また,原告が研究所と製造部との間の調整などの業務に従事していた可能性はあるが,そのような業務に従事することは管理職として当然のことである。そのような業務への従事は,発明者としての努力というよりは,会社の組織の一員としての努力として評価すべきであり,会社貢献度の一要素というべきである。
?本件試薬には,発明の名称を「ヘモグロビンの分解防止方法」とする特許第1787661号(乙32の特許公報(特公平3-56425号))を利用することにより,ヘモグロビンの溶血が防止され,より正確な値を測定することができることが可能とされている。本件試薬の商品化には,このような被告の本件発明以外の技術による貢献も無視することができない。
?本件試薬は,販売開始後,ユーザーにおいて広く受け入れられた。それは,まず,被告の試薬業界における地位及び評価によるところが大きい。すなわち,バナジン酸法というなじみの薄い化学物質を使用しながらも,ユーザーにおいて広く受け入れられたのは,被告の試薬メーカーとしての知名度と,生化学分野の自動分析装置用の試薬市場において大きなシェアを有することによるものといえる。そのような知名度及びシェアを支えていたのは,被告の当時の臨薬開発部門であり,臨薬営業部門である。
そればかりではなく,被告は,本件試薬を売り込むために,多数の大学病院の検査部などで本件試薬を使用してもらい,その結果を学会などにおいて広く公表してもらう活動をしている。その活動の中心も,被告の当時の臨薬開発部門や臨薬営業部門である。このような活動を通じて初めて,本件のビリルビン測定試薬の有用性(例えば,酵素法試薬よりも取扱いが容易であるなど)や測定の精度などがユーザーに認知され,売上げを拡大することができたものである。
e以上のとおり,本件発明により得られた利益についての発明者の貢献による割合は,たとえBの貢献を考慮したとしても,被告による研究環境の整備の点,本件発明は会社から課された課題を解決するものにすぎない点,被告の当時の特許部が本件特許権の取得に向けて努力した点,被告の試薬市場における地位及び評価などの点を考慮すれば,3%から5%にとどまるものというべきである。
(カ) 発明者間の寄与割合a本件試薬のうち,総ビリルビン測定試薬は本件日本特許の請求項1に係る発明のみに係り,直接ビリルビン測定試薬は請求項1及び3に係る発明に係る。
ところで,総ビリルビン測定試薬の単価も,直接ビリルビンの単価もほぼ同じであるにもかかわらず,総ビリルビン測定試薬の売上げは,直接ビリルビン測定試薬のほぼ2倍であること,請求項1の酸化剤の発明があって初めて,適当な間接ビリルビン反応抑制剤を選択するという請求項3に係る発明があることを考えると,請求項1に係る発明と請求項3に係る発明との双方が使用されている直接ビリルビン測定試薬における請求項1に係る発明の価値と請求項3に係る発明の価値との比率は,2対1程度であるといえる。
これらの事情を考慮すると,本件試薬の総売上高における本件日本特許の請求項3に係る発明(直接ビリルビンの測定方法)の価値比率は9分の1と算定される。
b本件日本特許のうち,請求項1に係る発明は,Bのみの着想に基づいてされた平成2年2月15日及び16日の実験において既に完成したものであり,この点についての原告の寄与は一切ない。
本件日本特許のうち,請求項3の間接ビリルビン反応抑制剤の選択は,Bが自己の思考に基づいて,試行を繰り返すことにより塩酸ヒドロキシルアミンに到達したものであり,原告の実質的な寄与はないと思料するものであるが,仮に原告においてBに何らかの同反応抑制剤の選択に向けられた示唆がされていたとしても,具体的な着想までを示したものといえるかどうかも証拠上明らかでないことから,原告の寄与の割合は多くとも20%にとどまるというべきである。
c以上を前提とすると,本件発明全体における原告の寄与割合は,「0%から2.22%」にすぎないというべきである。
(計算式・本件発明全体における原告の寄与割合=(請求項3の本件発明全体(請求項1+3)における寄与割合)×(請求項3の間接ビリルビン反応抑制剤の選択における原告の寄与割合)=(1/9=11.1%)×(0%から20%)=0%から2.22%)イ 相当の対価の額に対し前記アを前提に,原告の本件発明に係る相当の対価の額を算定すると,「0円から7万9162円」となる(計算式・68億1840万円(本件試薬の総売上高)×36.7%(超過売上高の割合)×2.85%(仮想実施料率)×「3%から5%」(発明者貢献度)×「0%から2.22%」(発明者間の寄与割合))
当裁判所の判断
1 前提事実(1)前記争いのない事実等と証拠(甲1ないし24,26,28,30ないし33,35ないし38,43,44,49,51,52,乙1ないし26(以上,枝番のあるものは枝番を含む。),証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
ア 本件発明に至る経緯(ア) 背景事情等a被告は,昭和60年以前から,ジアゾ法によるビリルビン測定試薬を製造販売していた。その当時,ジアゾ法がビリルビン測定方法として一般的であり,病院,登録衛生検査所等の各施設において,ジアゾ法試薬を用いた各種ビリルビン(直接ビリルビン・間接ビリルビン)の測定が行われ,その測定値が各種肝疾患の診断や黄疸の鑑別に用いられていた。
ジアゾ法は,血清,尿等の生体体液中に含まれるビリルビンをジアゾ化合物と反応させて生ずるアゾビリルビンのアゾ色素による溶液の色の変化(赤紫色の呈色)の程度を吸光度計で測定し,測定された吸光度の差からビリルビン濃度を測定する方法である。直接ビリルビンと間接ビリルビンの分別定量は,直接ビリルビンはジアゾ化合物と直ちに反応するが,間接ビリルビンはジアゾ化合物と容易に反応せず,アルコール等の反応促進剤の存在によって反応することを利用し,まず,直接ビリルビンのみを測定し,次に,反応促進剤を添加して総ビリルビンを測定し,測定された総ビリルビン濃度から直接ビリルビン濃度を減じることにより,間接ビリルビン濃度を算出するというものである。
このジアゾ法には,測定試液の安定性が悪く,調整後5日程度しか利用できないこと,試料中の共存物質により測定値が影響を受けること等の課題があった。
bこのようにジアゾ法が一般的に使用されている中で,日本商事が,昭和60年ころ,酵素法によるビリルビン測定試薬(商品名「ネスコート」)を開発し,その販売を開始した。
日本商事の酵素法試薬は,ビリルビンオキシダーゼという酵素を用いてビリルビンを酸化させ,酸化の前後の溶液の色の変化(ビリルビンの黄色の減少)の程度を吸光度計で測定し,測定された吸光度の差からビリルビン濃度を測定する方法である。日本商事は,この酵素法試薬に関し,発明の名称を「酵素法による直接ビリルビン測定用試薬および測定法」とする発明の特許出願(出願日・昭和57年12月29日)をし,昭和61年9月30日に出願公告(特公昭61-44000号)がされ,その後,特許権の設定登録がされた。同出願公告に係る特許公報(乙5)によれば,「本発明による直接ビリルビンの測定」は,「pH値を3.5〜4.5に調節することにより・・・間接ビリルビンは反応せず,抱合型の直接ビリルビンのみがほぼ完全に酸化されるため,比色定量により直接ビリルビンを高精度にて直接測定し得る」(2頁右欄38行〜42行参照)というものであり,特許請求の範囲の請求項1には「pH3.5〜4.5の緩衝液にビリルビンオキシダーゼを配合したことを特徴とする直接ビリルビン測定用試薬」と記載されていた。
日本商事は,酵素法試薬の販売を開始した後,ビリルビン測定試薬市場で,シェアを大きく伸ばし,他方で,被告のジアゾ法試薬の売上げが減少した。
c被告においては,昭和60年ころから昭和61年ころにかけて,臨床試薬の開発改良テーマの一つとして酵素法によるビリルビン測定試薬の開発を挙げていたところ(乙15の1,2),平成元年ころ,天野製薬が製造販売するビリルビンオキシダーゼを同社から入手できる目処が立ったことから,平成2年1月ころには,同年度の開発テーマとして酵素法試薬の自社開発が提案され,その開発を行う方向で検討を始めた。同開発テーマに係る内部検討書面(乙8の2)には,「テーマ名(品目名)」欄に「ビリルビン測定試薬(酵素法)」,「3.開発目標」欄に「[ターゲット]日本商事酵素法」,「[性能](1)総ビリルビン,直接ビリルビン両方共測定可能な方法(2Step),(2)試液調整後の安定性,呈色安定性の良いもの。・・・(3)自動分析装置に適用可能な組立て」,「5.研究開発上考慮すべき点」欄に「・他社特許(日本商事等)に抵触しない方法の開発」などの記載があった。
d原告は,昭和47年から臨床化学分析用の自動分析装置のための試薬開発に従事していたところ,平成2年1月当時は,大阪研究所主任研究員(係長待遇)として東京研究所に勤務し(甲49),ビリルビン測定試薬の改良を担当する生化学グループ?に所属していたことから,酵素法によるビリルビン測定試薬の自社開発の検討に携わっていた。
生化学グループ?には,原告の部下として,Bを含む3名の研究員が配属されていた。Bは,昭和63年3月に大阪府立大学大学院農学研究科博士後期課程1年次を修了した後,同年4月に被告に雇用され,平成2年1月当時は,被告に入社後2年目であった。Bは,学生時代,酵素に関する研究をし,昭和61年及び平成元年に,酵素に関する共同論文(乙4の1,2)を発表していた。
(イ) 平成2年1月の実験等a原告は,平成2年1月ころ,酵素法によるビリルビン測定試薬の開発の検討のため,Bに対し,天野製薬のビリルビンオキシダーゼ及び日本商事の酵素法試薬の組成,特性等を調査するよう指示をした。
Bは,同月31日ころ,Bが同月中に行った実験の結果等をまとめた月報用報告書(乙18の2)を作成し,原告に提出した。原告は,これに原告が作成した月報表紙(乙18の1)を付けて,「平成2年1月」の月報とした。
また,原告は,同年2月3日,被告の「平成2年度研究開発計画」の策定のため,「(1)パッケージ名」欄に「ビリルビン測定試薬」,「(2)部門名」欄に「生化学?」,「(6)目的・目標」欄に「天野製酵素を使用。抱合型ビリルビン測定法を日商,日水の特許に抵触しない処方で確立。BODの溶解後の安定性を10℃1ヶ月以上とする」,「(7)当社研究水準の業務内容の記述pH3.0,5.0,8.0で抱合型ビリルビン測定法を検討」と記載した内部検討書面(乙16の2)を作成した。その後,被告は,同年3月27日,酵素法によるビリルビン測定試薬の開発を研究開発テーマの一つとする「平成2年度研究開発計画」(乙16の1)を承認した。
b「平成2年1月」の月報には,次のような記載がある。
? 原告作成の月報表紙(乙18の1)「テーマ」欄に「ビリルビン測定試薬(酵素法)」,「進行状況」欄に「ビリルビンオキシダーゼを使用したビリルビンの酵素的測定方法がかなり普及してきている。同法は,試料にビリルビンオキシダーゼを作用させ,作用前後のビリルビンの460nmに於ける吸収の差を測定して試料中のビリルビン濃度を求めるものであるが,同法は総ビリルビンの測定では問題無いがジアゾ法で直接ビリルビンとして測定するδ型ビリルビンが間接ビリルビンとして測定されるため従来の臨床的意義(閉塞性黄疸)をそのまま適用できない欠点も指摘されている。本法については酵素の開発元である天野製薬の外にも種々の測定法に関する特許が公開されており,これらの特許に抵触しない測定条件の有無について基礎的検討を開始した。pH,界面活性剤(SDS)緩衝剤種について検討した結果,これらの条件の違いで抱合形(直接)ビリルビン,遊離形(間接)ビリルビンの反応性が大幅に変化することが判った。抱合形ビリルビンの測定法で最も注意を要する特許は日本商事が出願したpH3.5〜4.5で測定するものでこの特許に抵触しない範囲での処方確立の可否がポイントとなる。今回採取したデーターの中でホウ酸緩衝液及びLiイオンの遊離形ビリルビンに対する活性抑制効果などは新事実であり,今後これら基礎的データーを集積しこの知見を基に新規分別定量法の可能性について検討する。」?B作成の平成2年1月31日付け月報用報告書(乙18の2)「1.緒言現在当社自動分析用のビリルビン測定用試薬は全てジアゾ化による呈色反応を利用したいわゆるアルカリアゾビリルビン法が用いられている。この方法によればとり合えず直接型,間接型の分別定量が可能ではあるが特異性や感度の点で必ずしも満足できるものではない。これに代わる定量法として酵素ビリルビンオキシダーゼ(Box)を用いる酵素法が考案されておりこの方法では特異性が優れ,ユーザーに与える印象がアゾビリルビン法より良いものがあるが直接型,間接型の分別定量に技術を要する。各社多くの関連特許が提出されており既に酵素法による本試薬の商品化に成功した日本商事?からのシェア奪回も目指し,検討を開始した。酵素は天野試薬より・・・由来のものを入手しまずはその特性や試薬への適用性などの基礎的検討を行った。」,「5.まとめ本試薬作りに最も困難を極めることは,酵素が二種類(直接型,間接型)の物質に対し一方(直接型)のみを完全酸化せしめ他方(間接型)には全く働かないような条件を作り出すことである。両者の至適pHが各々異ることからpHの異る二種類の試薬を用いることは容易に想定されるがこの件については既に日本商事?が特許を有しており,又ビリルビン自身の吸収曲線がpHが上がると高波長側にシフトして吸光係数(ε)が変わることからもできれば直接用・総用とも同じpH好ましくは同じ緩衝液で試薬作りを行いたい。しかし今回の結果だけからは,いづれのpHが最も良いかは言及し難く同じpHでも用いる緩衝剤によって反応性が大きく変わるため今後の課題となる。いづれにせよ本検討の最大の目的は天野製薬?以外の特許を回避しながら直接型(抱合型)と間接型(遊離型)のビリルビンを分別定量することにある。そのため多くの制約を受けることになるがほう酸をはじめ各種添加物や界面活性剤の選択によって可能性は充分あるものと考える。」(ウ) 平成2年2月の実験等a原告とBは,平成2年2月2日,ビリルビンオキシダーゼを直接ビリルビンに反応させる至適pHについて意見が対立し,同月5日,7日にも議論をした。原告は,日本商事の特許に抵触する「pH3.5〜4.5」を少し外したpH3.7,pH5.0の緩衝液で実験すべきである旨主張したのに対し,Bは,アルカリ側のpH8.5,9.5,10.5等の緩衝液で実験すべきである旨主張した。
bBは,平成2年2月8日,pH5.0の酢酸緩衝液又は乳酸緩衝液に界面活性剤や銅,三価のマンガンなどの金属を添加し,ビリルビンの酵素法反応を日本商事の酵素法試薬と対比して調べる酵素法の実験(乙1の3)を行ったところ,三価のマンガンを添加したものについて間接ビリルビン,直接ビリルビンともに強い反応がみられた。
Bは,同月9日,日本商事の酵素法試薬において,実際に酵素が酸化反応に関与している否かを確認するため,その酵素法試薬を95℃で1時間煮沸して酵素タンパクを変性させ,さらに,トリクロロ酢酸(TCA)処理をして酵素タンパクを沈殿除去して酵素を失活させた上,直接ビリルビンと反応させる実験(乙1の4)を行ったところ,酵素を失活させないときと同様にほぼ瞬時に反応が終了した。
なお,原告は,同月8日から9日にかけて,大阪に出張し,上記各実験時には不在であったが,9日午後5時ころ,出張から東京研究所に戻り,Bと会った。
cBは,平成2年2月15日,前記bの酵素の失活実験の結果等から,重金属(重金属イオン)にビリルビンの酸化作用があるかもしれないと考え,研究室の試薬棚から●(省略)●,フェリシアン化カリウム,塩化コバルト,コバルトアセチルアセトン,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,硫酸バナジル,メタバナジン酸ナトリウム,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,酢酸マンガン(二価のマンガン),酢酸マンガン(三価のマンガン),マンガンアセチルアセトン,硫酸銅,●(省略)●(以上,20種類)を対象として,分光光度計を用いてマニュアル(手作業)でクリーニング実験(乙1の5)を行ったところ,メタバナジン酸ナトリウム,酢酸マンガン(三価のマンガン),フェリシアン化カリウムが直接ビリルビンによく反応した。
dBは,平成2年2月16日,前日の実験で良い反応結果が得られたメタバナジン酸ナトリウム,酢酸マンガン(三価のマンガン),フェリシアン化カリウムのほか,試薬棚から前日に実験をしなかった過マンガン酸カリウム,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,コバルトアセチルアセトン,酢酸銅,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●を追加して選び,自動分析装置を用いてスクリーニング実験(乙1の6)を行ったところ,メタバナジン酸ナトリウムと酢酸マンガン(三価のマンガン)が直接ビリルビンによく反応した。
Bは,同日,上記追加実験の後に,38種類の重金属について原子吸光分析用標準液(ただし,フェリシアン化カリウムは標準液ではなく,調整液)を用いた自動分析装置によるスクリーニング実験(乙1の7の2)を行ったところ,バナジウムが直接ビリルビンに際だった酸化力が認められた。
この原子吸光分析用標準液を用いて実験を行うことは,原告の指示によるものであった。
eBは,平成2年2月19日にpH3.5及びpH5.0でBuffer(緩衝液)種の検討実験(乙1の8)を,同月20日にpH10.0で界面活性剤の検討実験(乙1の9)を,同月21日にpH4.0で界面活性剤の検討実験(乙1の10)検討を行った。
さらに,Bは,同月23日,銅イオン,バナジン酸イオン,三価のマンガンイオンについて,●(省略)●とTriton X-405(HLB値17.9)の2種類の非イオン型界面活性剤を添加して,それぞれの効果を比較するとともに,チオ尿素も添加して実験(乙1の11)を行った。その結果,Triton X-405(HLB値が15以上の非イオン型界面活性剤)の間接ビリルビンの反応抑制効果が高いこと,チオ尿素は銅と一緒に用いた場合は直接ビリルビンの酸化を促進するが,バナジン酸イオンと三価のマンガンイオンの場合は直接ビリルビンの反応を抑制することが確認された。
Bは,同月28日ころ,Bが同月中に行った実験の結果等をまとめた月報用報告書(乙19の2)を作成し,原告に提出した。原告は,これに原告が作成した月報表紙(乙19の1)を付けて,「平成2年2月」の月報とした。
f「平成2年2月」の月報には,次のような記載がある。
? 原告作成の月報表紙(乙19の1)「テーマ」欄に「ビリルビン測定試薬(酵素法,化学的酸化法)」,「進行状況」欄に「ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を使用したビリルビンの酵素的測定方法がかなり普及してきている。同法は・・・総ビリルビンの測定では問題無いものの,ジアゾ法で直接ビリルビンとして測定するδ型ビリルビンが間接ビリルビンとして測定されるため従来の臨床的意義(閉塞性黄疸)をそのまま適用できない欠点も指摘されている。本件の検討方針としてBODを使用するビリルビンの新規測定方法の開発を主とするが,BODと同様の酸化力を持つと予想される遷移金属類や酸化剤の使用も無調整試薬の組み立てには有利であり並行して検討を進める。今回は化学的酸化法について基礎的データーを収集した。その結果,従来知られていたCu,Co,過ヨウ素酸,フェリシアン化カリに加え3価のMn,及びVo にもビリルビンに対3する強い酸化作用が認められた。3価のMnとして市販しているものは酢酸マンガンとアセチルアセトンのキレートであるが共に溶解度が低い。酒石酸,クエン酸,EDTA等キレートを生成するものを添加すると溶解度が増加するがクエン酸では安定性が悪く,この点からはEDTAの添加がよい。Mn0.4mMの添加でpH3〜10の範囲での各ビリルビンの非酸化反応はpH10では試薬盲検値の変動が大きく定量性に欠けるが8.5以下ではほぼ瞬間的に完了し,特にpH6のリン酸緩衝液での測定値は総ビリルビンの測定値に近似している。またMnでの酸化法はpH,界面活性剤の影響がBODの挙動に酷似しており,条件を検討すれば分別定量できる可能性はある。当面BOD法と金属酸化法を並行して基礎的検討を進める。」?B作成の平成2年2月28日付け月報用報告書(乙19の2)「1.緒言ビリルビン測定試薬として現在最も一般的で普及しているのはジアゾ法であり当社自動分析装置用試薬も主力はアルカリアゾビリルビン法を用いている。このジアゾ法に代わる測定法の開発には各社とも積極的に取り組んでおりさまざまな特許が公開されている。特許の内容は大別すると?ビリルビンオキシダーゼを用いる酵素法?遷移金属や酸化剤を用いる化学的酸化法の2つに別けられる。現在ジアゾ法以外の測定方法により直接・総ビリルビンの分別定量試薬の商品化に成功しているのは日本商事のみであり当項目で42%のシェアを獲得している。この試薬は酵素法とされているが当方の検討によれば少なくとも直接型は銅を用いた金属酸化法である可能性が強い(本報告書結果4-3参照)。そこで天野製薬よりビリルビンオキシダーゼを入手し酵素法による試薬開発に取り組むと共に同時に化学的酸化法による検討も開始した。直接・総とも化学的酸化法で分別定量できれば液状(無調整試薬)での供給の可能性もあることから積極的に取り組みたい。今回は,その化学的酸化法での基礎データを報告する。」,「4-1重金属化合物スクリーニングR :0.1M1こはく酸Buffer pH4.0R :2mM金属水溶液マニュア 2ル法・・・効果のあったものはフェリシアン化カリウム,メタバナジン酸ナトリウム,酢酸マンガン(?)と全て通常より高い価数をもつ金属化合物であった。このことの再確認と金属化合物以外でも酸化力のあると思われるものについても次に装置を用いて調べた。」,「4-2金属,酸化剤スクリーニングR :0.11M乳酸Buffer pH4.0R :2mM水溶液・・・最も酸化 2力の強いものとしてはマンガンが挙げられる。メタバナジン酸ナトリウム,フェリシアン化カリウムも効果があるがst.(間接型)に対しては酸化力が弱い。このことは直接ビリルビン測定用として有効である可能性を示唆する。(但し,フェリシアン化カリウムに関しては他社特許公開済)重金属以外では過硫酸アンモニウム,過ヨウ素酸に若干の効果を認めるが実用性には劣る。」,「4-3チオ尿素,界面活性剤の効果・・・界面活性剤,チオ尿素存在下でCuを反応させたものは直接ビリルビ2+ンに対して極めて特異的かつ速かに反応し,日商ネスコートの直接型と近似した値となった。この場合銅のマスキング剤として働くチオ尿素の存在・非存在が大きく左右することからMn,Vにも同様の各々に特異なマスキング剤様のものを共存させることが必要と思われた。・・・界面活性剤の傾向としてTriton X-405,●(省略)●特にX-405の方は間接型ビリルビンの反応を抑制する効果があり,血清の濁りを消失させる効果もあることから有効な界面活性剤の1つと考えられる。又,この結果から日商直接型測定用は銅による金属法であることが強く示唆された。」,「4-4MnBuffer種による溶解性,安定性・・・」,「4-53+Mn法Buffer種検討・・・」,「5.まとめ今回の基礎3+検討の結果から従来知られていた金属類の他にMn,Vがビ3+5+リルビンに対し強い酸化力をもつことを認めた。MnはpH3+8.5以下でほぼ瞬時にビリルビンを酸化せしめ総ビリルビンの測定に有効であると思われる。溶液内で3価の状態を保つためにはEDTAの添加が有効であることもわかった。しかし,その安定性は未だ満足できるものではなく今後さらに検討が必要である。又直接型の分別定量にはMnよりもVの方がよいように3+ 5+思われTriton X-405をはじめ界面活性剤の選択がカギと考える。
今後酵素法も並行してさらに検討を続ける。」(エ) 平成2年3月ないし6月の実験等aBは,平成2年3月13日に界面活性剤の検討実験(乙1の12)を行った。
Bは,同月15日,バナジン酸及び三価のマンガン等の各添加物のスクリーニング実験(甲38の5,乙1の13)を開始した。
同月20日に行ったpH3.0及びpH4.0におけるスクリーニング実験(乙1の14,15)の結果,バナジン酸については塩酸ヒドラジン(ヒドラジン類)を添加することにより,三価のマンガンについてはサリチルアルドキシム(オキシム類)を添加することにより,間接ビリルビンの酸化反応を抑制できることが判明した。
同月21日から23日に行ったスクリーニング実験(乙1の16ないし22)の結果,バナジン酸については,サリチルアルドキシム(オキシム類),ポリビニルアルコール500(水溶性高分子),p-アセトアミドフェノール(フェノール類)を添加することにより間接ビリルビンの酸化反応を抑制できることが判明した。
同年4月3日に行ったスクリーニング実験実験(乙21の23ないし27)の結果,ヘキサメチレンテトラミン,トリエチレンテトラミン,テトラエチレンペンタミン(脂肪族多価アミン類)を添加することにより間接ビリルビンの酸化反応を抑制できることが判明した。
bBは,平成2年5月17日,塩酸ヒドロキシルアミンを添加する実験(乙1の29)を行ったところ,ヒドラジンよりも少し強い間接ビリルビンの酸化反応抑制効果が認められた。
cBは,平成2年5月31日ころ,Bが同月中に行った実験の結果等をまとめた月報用報告書(乙24の2)を作成し,原告に提出した。原告は,これに原告が作成した月報表紙(乙24の1)を付けて,「平成2年5月」の月報とした。
「平成2年5月」の月報には,次のような記載がある。
? 原告作成の月報表紙(乙24の1)「テーマ」欄に「ビリルビン測定試薬(酵素法,化学的酸化法)」,「進行状況」欄に「ビリルビンオキシダーゼ(BOD)等を使用するビリルビンの酸化的吸収減少による測定法を検討している。界面活性剤を使い分けることで総ビリルビン,直接ビリルビンの分別定量が可能と思われるバナジン酸イオンによる定量法を優先している。血清共存物質のうちアスコルビン酸,溶血が負誤差となったがアスコルビン酸の負誤差は●(省略)●でほぼ回避できた。又溶血の影響は防止剤として11種類の●(省略)●を検討の結果,この内3種類に添加効果が認められ,特に●(省略)●はヘモグロビン高濃度で,●(省略)●はヘモグロビン低濃度での影響防止効果がある事から,特性に応じて2種類以上を混合して用いることを検討する。発色促進剤として使用するキレート剤は直接ビリルビン測定用にはジヒドロキシエタンジホスホン酸が反応速度,呈色安定性(間接ビリルビンの反応防止)の面から優れているが,総ビリルビンには間接型の反応抑制剤が存在しないで促進剤が共存するため,ジヒドロキシエタンジホスホン酸は使用できず,試薬盲検値,発色度からEDTA,NTA,DTPA,TTHAが相応しい。測定検査成績,経日安定性を比較して使用キレート剤を選択する。」?B作成の平成2年5月31日付け月報用報告書(乙24の2)「1緒言ジアゾ法に変わるビリルビンの定量法として酵素(ビリルビンオキシダーゼ)や金属イオン等を用いた酸化的吸収減少を測定する定量法を検討している。このうちバナジン酸は酸性側でビリルビンに対する酸化力に優れしかも界面活性剤,キレート剤,還元剤の選択使用により直接ビリルビンと総ビリルビンの分別定量が可能であることから新規な測定法として積極的に取り組んでいる。今までのところ直接ビリルビン測定用には界面活性剤としてTritonX-405が最もよくヒドラジ,ヒドロキシアミン等のアミン系還元剤の添加で間接型の反応をかなり抑制できることを見い出している。一方総ビリルビン用には塩化セチルピリジニウムなど陽イオン性の界面活性剤の使用が有効であった。今回反応に影響するキレート剤の検討と溶血の影響回避についての検討を行った。」,「5まとめこれまでの検討結果より現在のところ最も有望と思われるVo法試薬組成を下に記す・・・この組3-成であれば直接・総とも同じpH(同じ緩衝液系)で測定でき,本誌薬のメリットの1つとなる。共存物質のうちアスコルビン酸は●(省略)●によりほぼ回避できるが溶血の影響回避はなお不充分であり検討を続ける。キレート剤の選択として直接用にはフェリオクス-115が最も相応しく反応促進,間接型抑制効果が大きい。一方総ビリルビン用ではフェリオクス-115は反応促進効果は認めるものの試薬盲検値が異様に高くなることからEDTA,DTPAなど他のキレート剤の併用が必要となる。この点は界面活性剤の違いによると思われ原因の確認は行う。これらの経日安定性を追跡し組成を決める。」dBは,平成2年6月29日ころ,Bが同月中に行った実験の結果等をまとめた月報用報告書(乙25の2)を作成し,原告に提出した。原告は,これに原告が作成した月報表紙(乙25の1)を付けて,「平成2年6月」の月報とした。
「平成2年6月」の月報には,次のような記載がある。
? 原告作成の月報表紙(乙25の1)「テーマ」欄に「ビリルビン測定試薬(酵素法,化学的酸化法)」,「進行状況」欄に「ビリルビンオキシダーゼ(BOD)等を使用するビリルビンの酸化的吸収減少による測定法を検討している。界面活性剤を使い分けることで総ビリルビン,直接ビリルビンの分別定量が可能と思われるバナジン酸イオンによる定量法を優先している。現時点での問題点は溶血が負誤差となる事,直接ビリルビンの測定で乳ビ血清の混濁が消去できないことの2点である。溶血の負誤差は影響防止剤としてヘモグロビン高濃度では●(省略)●が有効で,低濃度では●(省略)●,●(省略)●に効果が認められることから,特性に応じて2種類以上を混合して用いることを検討したが総ビリルビンでは問題ないものの直接ビリルビンでは共存する間接ビリルビンの発色抑制剤ヒドロキシルアミンやヒドラジンと●(省略)●が反応して直接ビリルビン測定値が高値となる。従って直接ビリルビンについては効果が不完全ながら●(省略)●,または●(省略)●を単独または併用するか,間接ビリルビンの反応抑制剤に●(省略)●を除く方向で対処する。また●(省略)●の添加で乳ビ血清の混濁解消は可能であるが,間接ビリルビンの発色を助長したり,乳ビ血清の測定値が負値となるため当面対策は見送る。今後各試薬の安定化を計ると共に特許処理を行うため必要データーを収集する。」?B作成の平成2年6月29日付け月報用報告書(乙25の2)「1緒言ジアゾ法に変わるビリルビンの定量法として酵素(ビリルビンオキシダーゼ)や金属イオン等を用いた酸化的吸収減少を測定する定量法を検討している。このうちバナジン酸(Vo)を用いる測定は酸性側でのビリルビン酸化力が優れて3-おり,界面活性剤,キレート剤,還元剤の選択使用により直接ビリルビンと総ビリルビンの分別定量が同一pHで行えることから新規な測定法として積極的に取り組んでいる。人血清,血漿中のビリルビンに対する反応性,及びアスコルビン酸の影響回避に関しては酵素法の市場を独占している日本商事ネスコートより上回っていることを確認してある。残る反応上の課題は溶血の影響回避及び直接型測定用での乳び検体の混濁解消である。今回はこの2点を中心に検討を行ったので報告する。」,「5まとめ現在までの検討でバナジン酸によるビリルビンの定量は直接・総ともほぼ確立できた。今後の検討の課題は試薬の安定化であり,その際最もポイントとなるのは間接型抑制剤であるヒドロキシアミンの安定性である。長期安定化が可能であれば液状での供給も考えられる。特許申請に向けて必要データをそろえる。」イ 本件特許出願の経緯等(ア)原告は,平成2年7月ころ,発明者欄に原告及びBを記載した,本件発明に関する特許出願依頼書及び明細書の原案(甲32)を作成し,被告の特許課に提出した。
(イ)原告とBは,平成2年8月ころ,本件発明に関し,特許を受ける権利を被告に譲渡したことに相違はない旨の同月1日付け譲渡証(乙10)を被告に提出した。
(ウ)被告は,平成2年10月30日,本件特許出願の優先権主張の基礎となる特許出願をした後,平成3年10月30日,本件特許出願をし,平成9年6月27日,本件特許権の設定登録を受けた。その特許公報の「発明者」欄には,原告及びBの2名が発明者として記載されている。
(エ)被告は,平成3年10月30日,本件発明について,本件欧州特許出願をし,平成8年6月19日,本件欧州特許権を取得した。
被告は,平成6年9月23日,本件発明について,本件米国特許出願をし,平成7年9月12日,本件米国特許権を取得した。
原告は,被告が本件欧州特許出願及び本件米国特許出願について受けた各拒絶通知に対する回答案(甲33の1,2)を作成した。
本件外国特許の特許公報の「発明者」欄には,いずれも原告及びBの2名が発明者として記載されている。
ウ 学会発表等(ア)原告は,平成4年5月7日ころ,東京大学医学部附属病院において,本件発明に係るビリルビン測定法についての講演(甲51)を行った。
(イ)Bは,平成4年6月14日,「臨床化学のつどい」の第31回総会において,本件発明に関し,「バナジン酸による新規ビリルビン測定法」と題する報告(乙11)を行った。
(ウ)原告とBは,平成5年,「臨床化学会誌」(1993年22巻2号)に「バナジン酸を用いるビリルビンの新規測定法」と題する共同論文(甲4)を発表した。
エ 本件試薬の組成等(ア)被告は,平成5年当時から,我が国において,バナジン酸を酸化剤に用いた化学酸化法による総ビリルビン測定試薬及び直接ビリルビン測定試薬である本件試薬を製造し,販売又は輸出している。
(イ)本件試薬のうち,総ビリルビン測定試薬(「総ビリルビンE-HRワコー」,「総ビリルビンE-HAワコー」)は,2液型の測定試薬であり,第1試薬は,界面活性剤を含むpH2.9のくえん酸緩衝液で,第2試薬は,ビリルビンの酸化剤であるメタバナジン酸ナトリウム(バナジン酸イオン)を含むpH7.0のりん酸緩衝液であるバナジン酸溶液で組成されている。
本件試薬のうち,直接ビリルビン測定試薬(「直接ビリルビンE-HRワコー」,「直接ビリルビンE-HAワコー」)も,2液型の測定試薬であり,第1試薬は,間接ビリルビン反応抑制剤である塩酸ヒドロキシルアミンが添加されたpH2.9の酒石酸緩衝液で,第2試薬は,ビリルビンの酸化剤であるメタバナジン酸ナトリウム(バナジン酸イオン)を含むpH7.0のりん酸緩衝液であるバナジン酸溶液で組成されている。第1試薬中の塩酸ヒドロキシルアミンが,過剰なバナジン酸イオンの還元剤として作用し,間接ビリルビンがバナジン酸イオンと徐々に反応することを抑制する効果がある。
本件試薬は,いずれも,第1試薬と第2試薬を混合後の最終pHが3.0となり,また,いずれも調整を要することなくそのまま使用することができ,開封後は,2〜10℃保存で1か月以内に使用するものとされている。
(2)これに対し原告本人の供述及び陳述書(甲37)中には,Bが原子吸光分析用標準液を用いた重金属(重金属イオン)のスクリーニング実験を行ったのは,前記(1)ア(ウ)dで認定した平成2年2月16日ではなく,同月14日である旨の部分があるが,後記2(3)ア(イ)cのとおり,措信することができない。
他に前記(1)の認定を覆すに足りる証拠はない。
2 争点1(原告の発明者該当性)について(1)「発明者」は,発明の技術的思想創作行為に現実に加担した者をいい,「発明者」といえるためには,当該発明の技術的思想の特徴的部分を着想し,それを具体化することに関与したことを要するものと解される。
そこで,以下においては,本件発明の技術的思想の特徴的部分(以下,単に「本件発明の特徴的部分」という。)について認定し,原告がその特徴的部分の着想,具体化に関与したかどうかについて検討することとする。
(2) 本件発明の特徴的部分前記第2の2(2)ウによれば,本件明細書には,本件発明は,総ビリルビン及び直接ビリルビンの測定方法の発明であって,従来,ビリルビンの測定方法として主流であったジアゾ法においては測定試液の安定性が悪く,調整後5日程度しか利用できないこと,試料中の共存物質により測定値が影響を受けること等の課題が,ジアゾ法以外のビリルビンオキシダーゼを酸化剤として利用するBOD法(酵素法)やフェリシアン化イオンや銅イオンを酸化剤として用いる化学的酸化法においては直接ビリルビンの測定値がジアゾ法と相関性が悪く,ジアゾ法により得られる測定値に基づいて確立された各種肝疾患の診断や黄疸の鑑別に利用し難いなどの課題があったことから,これらの課題を解決する手段として,「バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンをビリルビンの酸化剤として用いる点,並びに直接ビリルビンを測定する際にはヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を間接ビリルビンの反応抑制剤として使用する点に特徴を有する発明であって」(段落【0033】),自動分析装置への応用が可能であり,ジアゾ法との相関が良く,測定試液の安定性に優れ,試料中の共存物質による測定値への影響が少ないビリルビンの測定方法を提供することを目的とするものであることが記載されていることが認められる。
上記記載によれば,本件発明の特徴的部分は,「総ビリルビン又は直接ビリルビンを測定する際に,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンをビリルビンの酸化剤として用いる点」(以下「本件発明の特徴的部分?」という。),「直接ビリルビンを測定する際にヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を間接ビリルビンの反応抑制剤として使用する点」(以下「本件発明の特徴的部分?」という。)にあることが認められる。
(3) 本件発明の特徴的部分の着想・具体化への関与の有無ア 本件発明の特徴的部分?について(ア)原告は,?昭和63年当時,使用者による試薬の調製の必要のない,ビリルビンの無調製試薬が必要とされていたが,成功したメーカーはなく,また,従来のビリルビン測定方法であるジアゾ法や酵素法の改良にも限界があったことから,新たなビリルビン測定方法を開発するに当たり,酵素法以外の方法の開発に挑戦することにし,ビリルビンの金属酸化を試みることから検討を開始した,?平成2年2月初旬ころ,Bが原告の話を基に銅やマンガン等限られた金属を使用して実験を始めたので,Bに対し,原子吸光分析用標準液を使用して重金属のスクリーニングをするよう指示をし,また,そのころ,Bから日本商事のビリルビン測定試薬の添付文書に記載されている酵素量が,総ビリルビン測定試薬に比べ直接ビリルビン測定試薬は異常に低いこと,直接ビリルビン測定試薬は青く着色していることの報告を口頭で受け,Bに対し,直接ビリルビン測定試薬の酵素が含有されている試薬を沸騰水浴中で1時間程度加熱して酵素を失活させた後,正常に反応するか実験するよう指示をした,?同月9日,出張先からBに電話した際に,Bから,日本商事のビリルビン測定試薬を加熱しても正常に反応したことを聞き,Bに対し,その試薬の中身は日水製薬が特許出願したチオ尿素と銅ではないかと話し,また,同日,出張から職場に戻った際に,Bが原子吸光分析用標準液でのスクリーニングを戸惑っていたので,Bに対し,原子吸光分析用標準液を手渡して,早期に実験するよう促した,?同月14日,Bから,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニングの実験結果(甲36)を受領したところ,その実験結果では,バナジウム標準液に突出したビリルビンの酸化作用がみられたが,マンガンにはそのような作用がみられなかったことから,原子吸光分析用標準液の原料を調査した結果,バナジウム標準液はバナジン酸アンモニウム,マンガン標準液は酸化力のない二価の硝酸マンガンであったので,原告の大学時代の卒業論文「無水酢酸を溶媒としたo-キシレン,o-トリイル酸の酸化」の知見を基に,Bに対し,コバルト,マンガン,セリウムについて価数を変えて追加実験するよう指示をした,?同月15日,Bから,コバルト,マンガン,セリウムについて各3種類の金属とBが自主的に行った数種の金属についての実験結果を受領し,その実験結果では,三価のマンガンについてバナジン酸に次ぐ酸化力が認められたので,Bに対し,三価のマンガンとバナジン酸について既存の酸化剤(過マンガン酸カリ,銅,鉄,フェリシアン化カリ,過ヨウ素酸等)と比較するよう指示をした,?同月16日,Bから,既存の酸化剤を含めた確認実験の結果を受領し,その実験結果から,バナジン酸,三価のマンガンに既存の酸化剤に比べ,優位な酸化力が認められた,?このようにバナジン酸と三価のマンガンの有効性は,本件発明に関し本格的に検討を始めた最初の2回(?,?)の実験結果で明らかになったが,本件発明に関し,原告にとって事前に知見がなかったのは,バナジン酸がビリルビンを酸化することのみであり,マンガンについてはカフェインにマンガンが混入した件から事前に知見があった,上記?ないし?によれば,本件発明の特徴的部分?を着想し,これを具体化したのは,原告であって,Bは原告の指示を受けて実験を行った補助者にすぎない旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
(イ)a原告は,無調製試薬による新たなビリルビン測定方法を開発するに当たり,酵素法以外の酸化的測定方法を模索し,ビリルビンの金属酸化を試みることから検討を開始した旨(前記(ア)?)主張し,これに沿う原告の陳述書(甲35)の記載部分がある。
しかし,前記1(1)の前提事実のとおり,ビリルビン測定方法としてジアゾ法が一般的に使用されている中で,被告においてもジアゾ法試薬を販売していたが,日本商事が昭和60年ころ酵素法試薬の販売を開始した後,ビリルビン測定試薬市場で,シェアを大きく伸ばし,他方で,被告のジアゾ法試薬の売上げが減少したことから,被告は,平成2年1月ころ,同年度の開発テーマとして酵素法試薬の自社開発を行う方向で検討を始め,同年3月27日に「平成2年度研究開発計画」の開発テーマとして承認したこと(前記1(1)ア(ア)aないしc,(イ)a),原告は,酵素法試薬の自社開発の検討に携わり,上記開発計画の策定に関与したこと(同ア(ア)d,(イ)a),原告作成の同年1月の月報の表紙には,「テーマ」欄に「ビリルビン測定試薬(酵素法)」,「進行状況」欄に酵素法試薬についての種々の測定法に関する特許に抵触しない測定条件の有無について基礎的検討を開始したことなどが記載されていること(同(イ)b?)に照らすならば,原告は,平成2年1月当時,被告の社内方針に従って,酵素法試薬の開発を検討していたことは明らかであって,原告が新たなビリルビン測定方法の開発に当たり酵素法以外の方法の開発に挑戦することにし,ビリルビンの金属酸化を試みることから検討を開始したとの原告の陳述書の上記記載部分は措信することができない。
他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
b原告は,平成2年2月初旬ころ,Bに対し,原子吸光分析用標準液を使用して重金属のスクリーニングをするよう指示をし,そのころ,Bから日本商事のビリルビン測定試薬の添付文書に記載されている酵素量が,総ビリルビン測定試薬に比べ直接ビリルビン測定試薬は異常に低いこと,直接ビリルビン測定試薬は青く着色していることの報告を口頭で受け,Bに対し,直接ビリルビン測定試薬の酵素が含有されている試薬を沸騰水浴中で1時間程度加熱して酵素を失活させた後,正常に反応するか実験するよう指示をし,同月9日,出張先からBに電話した際に、Bから,日本商事のビリルビン測定試薬を加熱しても正常に反応したことを聞き,Bに対し,その試薬の中身は日水製薬が特許出願したチオ尿素と銅ではないかと話した旨(前記(ア)?,?)主張し,これに沿う原告の陳述書(甲37)の記載部分がある。
しかし,証人Bの供述及び陳述書(乙3)中には,Bが2月9日に行った日本商事の酵素法試薬の失活実験は,ビリルビンオキシダーゼの至適pHは7.2であるのに,日本商事の酵素法試薬はこの至適pHから大きくはずれたpH3.5〜4.5で直接ビリルビンにのみ特異的に反応させるというものであり,酵素反応らしくないと常々思っていたことから,原告が大阪出張で不在中の同日に,原告の指示を受けることなく,日本商事の酵素法試薬が酵素による反応かどうかを確認するために行った旨の部分があり,その供述内容は,具体的で,特段不自然な点はみられない。
一方,原告の陳述書(甲37)の上記記載部分は,原告は,Bから,「日本商事製の試薬組成の構成がおかしい」との報告を受けた時に,「中身は日水製薬の特許ではないか」との疑いを持ち,Bに対し,日本商事の酵素法試薬について加熱試験を指示した,原告は,加熱しても正常に反応すると出張先から電話で聞いた時,「中身は日水製薬の特許であろうと即座に話した」というものであり,その記載内容自体,原告がBから報告を受けた時期及び状況や加熱試験を指示した時期及び状況について具体的に述べるものではなく,原告が出張先からBに電話をした際のBとのやりとりについても具体性を欠くことに照らすならば,原告がBに対し日本商事の酵素法試薬の失活実験を指示したとの原告の陳述書の上記記載部分は措信することができない。
他に原告がBに対し上記失活実験を指示したことを認めるに足りる証拠はない。
c原告は,平成2年2月9日,Bが原子吸光分析用標準液でのスクリーニングを戸惑っていたので,Bに対し,原子吸光分析用標準液を手渡して,早期に実験するよう促した,同月14日,Bから,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニングの実験結果(甲36)を受領したところ,その実験結果では,バナジウム標準液に突出したビリルビンの酸化作用がみられたが,マンガンにはそのような作用がみられなかったことから,原子吸光分析用標準液の原料を調査した結果,バナジウム標準液はバナジン酸アンモニウム,マンガン標準液は酸化力のない二価の硝酸マンガンであったので,原告の大学時代の卒業論文「無水酢酸を溶媒としたo-キシレン,o-トリイル酸の酸化」の知見を基に,Bに対し,コバルト,マンガン,セリウムについて価数を変えて追加実験するよう指示をした,同月15日,Bから,コバルト,マンガン,セリウムについて各3種類の金属とBが自主的に行った数種の金属についての実験結果を受領し,その実験結果では,三価のマンガンについてバナジン酸に次ぐ酸化力が認められたので,Bに対し,三価のマンガンとバナジン酸について既存の酸化剤と比較するよう指示をした,同月16日,Bから,既存の酸化剤を含めた確認実験の結果を受領し,その実験結果から,バナジン酸,三価のマンガンに既存の酸化剤に比べ,優位な酸化力が認められた旨(前記(ア)?ないし?)主張する。
この点について原告本人の供述中には,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験は,「’90.2.14」との日付が記載された実験データ(甲36)のとおり,2月14日に行われ,その結果,バナジン酸に「ジタウロ」(直接ビリルビン溶液)に対する際だった酸化力がみられたが,マンガンには酸化力がみられなかった,原告は,三価のマンガンがビリルビンに対して強い酸化力があるとの知見を持っていたが,上記スクリーニング実験ではマンガンに酸化力がみられなかったので,価数が低いものには精度が出ていないものと考え,また,原告の卒業論文でマンガンとともにコバルト,セリウムを触媒として用いたことを思い出し,スクリーニングに抜けがあると心残りになると思い,Bに対し,マンガン,コバルト,セリウムについて価数を変えて追加実験をするよう指示をし,同月15日にその追加実験が行われ,更に同月16日にも追加実験が行われた旨の部分がある。
一方,証人Bの供述中には,Bは,原告から原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験をするよう指示を受けたが,そのスクリーニング実験を実際に行ったのは,2月15日に分光光度計を用いて試薬棚からピックアップした重金属についてビリルビンの酸化作用のスクリーニング実験をマニュアル法で行った後,同月16日にその追加実験を自動分析装置を用いて行った後の同日午後5時以降であり,これらの実験に先立って原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験を行った事実はなく,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験の実験データについては,翌17日に自宅でまとめた旨の部分があり,この供述部分に沿う「’90.2.17」との日付が記載された実験データ(乙1の7の2)が提出されている。
そこで検討するに,2月15日のスクリーニング実験は,20種類の重金属(重金属イオン)について分光光度計を用いてマニュアルで行われたスクリーニング実験(前記1(1)ア(ウ)c,乙1の5),同月16日のスクリーニング実験は,前日の実験で良い反応結果が得られたメタバナジン酸ナトリウム,酢酸マンガン(三価のマンガン),フェリシアン化カリウムに加え,前日に実験をしなかった過マンガン酸カリウム,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,コバルトアセチルアセトン,酢酸銅,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●,●(省略)●について自動分析装置を用いて行われたスクリーニング実験(同d,乙1の6),原子吸光分析用標準液(ただし,フェリシアン化カリウムは標準液ではなく,調整液)を用いたスクリーニング実験は,38種類の重金属(遷移金属)について自動分析装置を用いて行われた実験(甲36,乙7の1の2)であるところ,原告本人の上記供述を前提とすれば,2月14日の段階で,ビリルビンに対してどのような酸化力を有するか見通しのないまま,Bに対し,38種類もの重金属について原子吸光分析用標準液(ただし,フェリシアン化カリウムは標準液ではなく,調整液)を使用したスクリーニング実験をするよう指示し,翌日の2月15日の段階で,20種類の重金属について追加実験を行ったこととなるが,2月15日の追加実験の際には,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験において実験結果が良好であった「●(省略)●」,「●(省略)●」,「●(省略)●」,「●(省略)●」について実験されていない一方で,実験結果が良好でなかった「コバルト」,「セリウム」,「●(省略)●」,「●(省略)●」及び「二価のマンガン」について実験がされ(甲36,乙1の5),更に2日後の2月16日の追加実験の際にも,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験において実験結果が良好でなかった「●(省略)●」,「●(省略)●」についてわざわざ実験がされていることとなり(甲36,乙1の6),実験の順序として不自然である。
また,原告本人の上記供述を前提とすれば,原子吸光分析用標準液を用いた自動分析装置による実験(2月14日の実験)が行われた後に,分光光度計を用いてマニュアル(手動)で行われた追加実験(2月15日の実験)を指示し,再度,自動分析装置による追加実験(2月16日の実験)を指示したこととなり,実験の手法の点からみても不自然である。一方,証人Bの上記供述は,2月15日に分光光度計を用いてスクリーニング実験を行った後,翌日の16日に,前日の実験で良い反応結果が得られたメタバナジン酸ナトリウム,酢酸マンガン(三価のマンガン),フェリシアン化カリウムに,前日に実験をしなかった重金属を加えて,自動分析装置によるスクリーニング実験を行ったというものであり,実験の順序,手法の点からみても自然である。
さらに,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験が2月14日に行われたことを客観的にうかがわせる証拠は,「’90.2.14」との日付が記載された実験データ(甲36)のみであり,これが「写し」で提出されているのに対し,一方で,被告提出の「’90.2.17」との日付が記載された実験データ(乙1の7の2)は「原本」で提出されていること,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験が2月15日の実験(乙1の5)及び同月16日の実験(乙1の6)よりも前に行われたとすると,上記のとおり実験の順序が不自然,不合理であることに照らすと,甲36の実験データの上記日付部分をにわかに措信することはできない。
なお,原告のいう大学時代の卒業論文「無水酢酸を溶媒としたo-キシレン,o-トリイル酸の酸化」(甲30)は,石油中の炭化水素であるo-トリイル酸及びo-キシレンを,無水酢酸を溶媒として液相酸化する実験において,様々な溶媒を組み合わせて使用し,その活性を比較したところ,コバルト,セリウム,臭素からなる三元触媒について,従前活性が強いとされていた銅,マンガン,臭素からなる三元触媒よりも活性が強いという結果が得られたという内容のものであり,分野の異なる石油の炭化水素の酸化実験において三元触媒として用いたものの一部を,ビリルビンの酸化剤に用いることを着想したというのは,いかにも唐突であり,不自然であるといわざるを得ない。
したがって,Bが原子吸光分析用標準液を用いた重金属スクリーニング実験を行ったのは,2月14日である旨の原告本人の上記供述及びこれに沿う陳述書(甲37)の記載部分は措信することができない。
他にこれを認めるに足りる証拠はない。
d原告は,本件発明に関し,原告にとって事前に知見がなかったのは,バナジン酸がビリルビンを酸化することのみであり,マンガンについてはカフェインにマンガンが混入した件から事前に知見があった旨(前記(ア)?)主張する。
これに沿うように原告本人の供述及び陳述書(甲35)中には,原告は,ジアゾ法のビリルビン測定試薬に使用しているカフェイン溶液にマンガンが混入して検量線が原点を下回る問題が発生した際に,試薬にEDTAを添加して改善した経験があったことから,マンガンがビリルビンを破壊することを知っていた,平成2年2月8日の実験では,マンガンが,銅と比較して,非常に酸化力が強いという結果が出た,この時点で既に三価のマンガンがビリルビンに対して強い酸化力があることがほぼ分かっていた旨の部分がある。
しかし,Bが2月8日に行った実験は,日本商事の特許に抵触する「pH3.5〜4.5」の範囲からはずれるpH5.0の酢酸緩衝液又は乳酸緩衝液に界面活性剤や銅,三価のマンガンなどの金属を添加し,ビリルビンの酵素法反応を日本商事の酵素法試薬と対比して調べる酵素法の実験(乙1の3)であって(前記1(1)ア(ウ)b),マンガンを酸化剤として用いてビリルビンに反応させることを目的としたものとはいえないこと,かえって,B作成の実験ノートの「2・1・30」欄には,「●(省略)●」との記載部分があることからすれば,三価のマンガンは間接ビリルビンを直接酸化するための直接化剤として添加されたものとうかがわれること,ジアゾ法のビリルビン測定試薬にしているカフェイン溶液にマンガンが混入してビリルビンが破壊されたが,EDTAを添加することによって改善したという出来事から直ちにマンガンそのものがビリルビンの酸化剤として作用したとまで断定できないことに照らすならば,平成2年2月8日の実験が行われた時点で,原告が既に三価のマンガンがビリルビンに対して強い酸化力があることを分かっていたとの原告本人の上記供述及び陳述書の記載部分は措信することができない。
他に原告がマンガンがビリルビンに対する酸化力を有することの知見を事前に有していたことを認めるに足りる証拠はない。
e以上のとおり,原告主張の前記(ア)?ないし?の事実のうち,原告が本件発明の特徴的部分?を着想し,これを具体化することに関与したことの根拠として挙げる部分は,いずれも認めることができない。
(ウ)aかえって,証人Bの供述及び陳述書(乙3)中には,前記(イ)bのとおり,Bが2月9日に行った日本商事の酵素法試薬の失活実験は,ビリルビンオキシダーゼの至適pHは7.2であるのに,日本商事の酵素法試薬はこの至適pHから大きくはずれたpH3.5〜4.5で直接ビリルビンにのみ特異的に反応させるというものであり,酵素反応らしくないと常々思っていたことから,原告が大阪出張で不在中の同日に,原告の指示を受けることなく,日本商事の酵素法試薬が酵素による反応かどうかを確認するために行った旨の部分がある。
加えて,Bの陳述書(乙3)中には,Bは,日本商事の酵素法試薬は銅イオンを含んだ溶液によくみられる青みがかった色をしていること,日本商事の研究者がカナダの専門誌に投稿した酵素法に関する論文(乙6)に少量の銅イオン(硫酸銅)が添加されている旨の記載があったことなどから,日本商事の酵素法試薬と直接ビリルビンとの反応がほとんど瞬時に終了しているのは,実際は酵素によるのではなく,銅イオンによる化学的な酸化反応によるものではないかと推論し,2月9日,上記失活実験を行った結果,何の処理もしていない試薬による反応と酵素を失活させる処理をした試薬による反応とでほとんど差違はみられなかったことから,日本商事の酵素法試薬は,実際は酵素反応によりビリルビンを酸化させるものではなく,ビリルビンオキシダーゼを含む溶液に含まれている銅イオンによりビリルビンを酸化させる化学的酸化法であることを確信した,Bは,日本商事の酵素法試薬に含まれている銅イオン以外の重金属イオンの中には,ビリルビンを酸化させて,ビリルビン量の測定をするのに,銅イオン以上に適したものがあるのではないかと考え,同月15日から16日にかけて,重金属イオンの中からビリルビンの酸化剤として使えそうなものをいくつか選び出し,スクリーニング実験を行った結果,バナジン酸イオン,三価のマンガンイオンがビリルビンの酸化剤として銅イオンよりも有効であることを発見し,これらの金属イオンを酸化剤として用いた総ビリルビンの測定が可能であることを確信するとともに,これらの金属イオンは間接ビリルビンの酸化反応が弱いことから,直接ビリルビンを測定する際に間接ビリルビンの反応抑制剤を特定して組み合わせれば,直接ビリルビンと間接ビリルビンとを分別定量するための新たなビリルビン測定試薬を実用化することができることを確信した旨の記載部分がある。
証人Bの上記供述及び陳述書の記載部分は,2月8日から16日にかけての実験の順序(前記1(1)ア(ウ)bないしd)に合致し,B作成の同月28日付け月報用報告書中の日本商事の試薬は「酵素法とされているが当方の検討によれば少なくとも直接型は銅を用いた金属酸化法である可能性が強い」などの記載内容(前記1(1)ア(ウ)f?)とも符合するものであって,その大筋において信用できるというべきである。もっとも,Bが,上司である原告に自己の推論を報告したり,相談することなく,独自の判断で,日本商事の酵素法試薬について失活実験を行い,更には同月15日から16日にかけて重金属(重金属イオン)のスクリーニング実験を行ったという経緯には,通常の上司と部下との関係からみるといささか違和感がないでもないが,原告とBが,Bが失活実験を行う前の同月2日から7日までの間,酵素法の実験で条件設定するpH値をめぐり意見が対立し,議論を続けていたこと(前記1(1)ア(ウ)a)にかんがみるならば,Bが独自の判断で,上記各実験を試みたとしても格別不自然であるとまではいえない。
そして,証人Bの上記供述及び陳述書の記載部分によれば,Bが,日本商事の酵素法試薬について失活実験の実験結果を契機として,銅イオン以外の重金属イオンの中にビリルビンの酸化剤として適したものがあるのではないかと着想し,重金属のスクリーニング実験を行った結果,バナジン酸イオン,三価のマンガンイオンがビリルビンの酸化剤として銅イオンよりも有効であることを発見したのであるから,Bが,本件発明の特徴的部分?を着想し,これを具体化したものと認められる。
bなお,原告は,Bに対し,原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験をするよう指示をし,Bは,その指示に従って,実際にスクリーニング実験を行っているが,その実験を行った時期は,前記aのとおり,Bが先行して行った重金属のスクリーニング実験によりバナジン酸イオン,三価のマンガンイオンがビリルビンの酸化剤として有効であることが判明した後のことであるから,原告が原子吸光分析用標準液を用いたスクリーニング実験をするよう指示をしたからといって本件発明の特徴的部分?の着想及びその具体化に関与したものと認めることはできない。
イ 本件発明の特徴的部分?について(ア)原告は,ビリルビンの酸化剤としてバナジン酸と三価のマンガンの有効性がスクリーニング実験で明らかになった後,以後の検討方針として,?バナジン酸又は三価のマンガンについてpHの影響を確認し,pHを仮設定する,?キレート剤の必要性について確認し,必要であればバナジン酸又は三価のマンガンについて適当なキレート剤2,3種の候補を選択する,??の結果から,反応pHが酸性側の場合は,バナジン酸又は三価のマンガンを使用して総ビリルビン測定のための界面活性剤についてカチオン型,両性型を中心に検討し,反応pHが中性以上の場合は,アニオン型,両性型の界面活性剤を中心に検討する,?直接ビリルビン測定において間接ビリルビンの反応抑制剤として高HLBのノニオン系(非イオン型)の界面活性剤の効果を確認する,??の界面活性剤のみで間接ビリルビンの反応抑制が不完全である場合,過剰の酸化剤の吸収剤(還元剤)を検討するというような着想を持ち,この着想に従って,Bに指示をして各種の実験を行った結果,還元剤としては,塩酸ヒドロキシルアミンが好ましいこと,塩酸ヒドロキシルアミンは酒石酸緩衝液に溶解したときが最も安定化すること,間接ビリルビンの保護剤としてHLB値(親水親油バランス)の高い非イオン型の界面活性剤等を用いると,更に特異性が増強されることなどを見いだし,また,本件日本特許の請求項2記載の「ヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤」は,いずれも原告が具体名を挙げて指示して実験させたものであるから,本件発明の特徴的部分?を着想し,これを具体化したのは,原告であって,Bは原告の指示を受けて実験を行った補助者にすぎない旨主張する。
(イ)aそこで検討するに,?Bは,平成2年2月23日に,銅,バナジン酸,三価のマンガンについて界面活性剤の添加実験を行い,その結果,Triton-X405(HLB値が15以上の非イオン型界面活性剤)に間接ビリルビンの酸化抑制作用があることが判明したこと(前記1(1)ア(ウ)e),?Bは,同年3月15日,バナジン酸及び三価のマンガン等の各添加物のスクリーニング実験を開始し,同月20日に行ったスクリーニング実験の結果,バナジン酸については塩酸ヒドラジン(ヒドラジン類)の添加により,三価のマンガンについてはサリチルアルドキシム(オキシム類)の添加により,同月21日から23日に行ったスクリーニング実験の結果,バナジン酸についてはサリチルアルドキシム(オキシム類),ポリビニルアルコール500(水溶性高分子),p-アセトアミドフェノール(フェノール類)の添加により,同年4月3日に行ったスクリーニング実験の結果,ヘキサメチレンテトラミン,トリエチレンテトラミン,テトラエチレンペンタミン(脂肪族多価アミン類)の添加により,それぞれ間接ビリルビンの酸化反応を抑制できることが判明したこと(同(エ)a),?Bは,同年5月17日,塩酸ヒドロキシルアミンを添加する実験を行った結果,ヒドラジンよりも少し強い間接ビリルビンの酸化反応抑制効果が認められたこと(同(エ)b),?B作成の同月31日付け月報用報告書には,「バナジン酸は酸性側でビリルビンに対する酸化力に優れしかも界面活性剤,キレート剤,還元剤の選択使用により直接ビリルビンと総ビリルビンの分別定量が可能であることから新規な測定法として積極的に取り組んでいる。今までのところ直接ビリルビン測定用には界面活性剤としてTritonX-405が最もよくヒドラジ,ヒドロキシアミン等のアミン系還元剤の添加で間接型の反応をかなり抑制できることを見い出している。」,「これまでの検討結果より現在のところ最も有望と思われるVo法試薬組成を下に記す・・・」との記載があり(同(エ)c3-?),同報告書(乙24の2)には,第1試薬及び第2試薬の具体的な組成が記載されていることを総合すれば,本件発明の特徴的部分?(「直接ビリルビンを測定する際にヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を間接ビリルビンの反応抑制剤として使用する点」)は,平成2年5月17日ころの時点において,着想・具体化されていたものと認められる。
そして,上記?ないし?に係る各実験を実際に行い,その実験データを作成したのは,Bであるが,平成2年5月当時,Bは,被告に入社後約2年1か月を経過した時点で,それまでに臨床検査用試薬の開発経験がなかったのに対し,原告は,昭和47年から臨床検査用試薬の開発に従事し,その当時まで約17年間にわたる臨床検査用試薬の開発経験があり,その間に酸化還元反応,界面活性剤等に関する多くの職務発明を行い,被告の特許権の取得に関与するなど,ビリルビン測定試薬を含む臨床検査用試薬について豊富な知識・経験を有していたこと(前記1(1)ア(ア)d,甲9ないし24,26,35,43,44,弁論の全趣旨)によれば,Bは,原告の指示ないし示唆を受けながら上記各実験を行い,その実験結果等の分析評価についても原告が主導的な役割を担っていたものと推認することができる。
bこれに対し証人Bの供述及び陳述書(乙3,23)中には,Bは,バナジン酸又は三価のマンガンをビリルビンの酸化剤として使用するときに間接ビリルビンの反応抑制剤として添加する添加物のスクリーニング実験を行った際に,原告から,具体的な添加物を挙げて実験を行うよう指示を受けたことはなく,自己の判断で添加物を選択して実験を行った,Bが塩酸ヒドラジンが間接ビリルビンの酸化反応を抑制できることを原告に報告したところ,原告から塩酸ヒドラジンはロケットなどに使う引火性のある物質なので印象がよくないと言われたので,塩酸ヒドラジンと同等の抑制効果が得られる添加物を探すうちに,還元剤として一般に使われている塩酸ヒドロキシルアミンについて実験していなかったことに気付き,平成2年5月17日に実験してみたところ,塩酸ヒドラジンと同等の数値が得られた旨の部分がある。
しかし,仮にBが述べるように実験された個々の添加物の選択がBの判断で行われたとしても,本件証拠上,Bが,どの添加物であれば,間接ビリルビンを保護し,あるいは間接ビリルビンの酸化反応を抑制する効果があるかについて,具体的な着想を持って実験を行っていたものとは認められないし,新たなビリルビン測定試薬の開発責任者である原告が,Bから報告を受けた実験データについて分析評価を行わずに,すべてBに試薬の研究開発を委ねていたものとは考え難い。
もっとも,被告が主張するように,原告作成の平成2年5月の月報の表紙(乙24の1)には,還元剤である塩酸ヒドロキシルアミンについて何ら言及されておらず,バナジン酸の予定処方についても,「塩酸ヒドラジン」が挙げられているにとどまるものであるが,原告作成の月報の表紙部分はその月に行った実験,研究成果等の進行状況の概要を記載するもので,原告が行った指示等を具体的に記載することまで予定されているものではなく,また,B作成の月報用報告書についても原告の指導の下に作成された可能性を否定できるものではないから,原告が間接ビリルビンの反応抑制剤として「ヒドロキシルアミン類」を選択することに関与していなかったと断定することはできない。
したがって,証人Bの上記供述及び陳述書の記載部分によって上記推認を妨げるものではない。
(ウ)以上によれば,原告は,本件発明の特徴的部分?の着想・具体化に関与したことが認められる。
(4) 小括以上のとおり,本件発明の特徴的部分?についてはBが着想し,具体化したものであって,原告がこれに関与したものとはいえないが,本件発明の特徴的部分?については原告がその着想・具体化に際し,主導的な役割を担っていたものと認められるから,原告及びBは,いずれも,本件発明の技術的思想創作行為に現実に加担した者であって,本件発明の共同発明者であると認められる。
上記認定に反する原告及び被告の主張は,いずれも採用することができない。
3 争点2(相当の対価の額)について(1) 算定方法ア平成16年法律第79号による改正前の特許法35条4項(以下「特許法旧35条4項」という。)は,同条3項の相当の対価の額は,「発明により使用者等が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮して定めなければならない旨規定する。
ところで,特許法旧35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益」は,使用者等が「受けた利益」そのものではなく,「受けるべき利益」であるから,使用者等が職務発明についての特許を受ける権利承継した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解されるところ,使用者等は,特許を受ける権利承継せずに,従業者等が特許を受けた場合であっても,その特許権について特許法35条1項に基づく無償の通常実施権を有することに照らすと,「発明により使用者等が受けるべき利益」には,このような法定通常実施権を行使し得ることにより受けられる利益は含まず,使用者等が従業者等から特許を受ける権利承継し,当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによって受けることが客観的に見込まれる利益(独占の利益)をいうものと解される。そして,「発明により使用者等が受けるべき利益」を考慮するに当たっては,発明の実施又は実施許諾による使用者等の利益の有無やその額など,特許を受ける権利承継後の事情についても,その承継の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることができると解するのが相当である。
前記1(1)の前提事実と弁論の全趣旨によれば,被告が製造販売する本件試薬は,本件発明の方法の使用のみ用いる物(専用品)であること,このように被告は,本件発明の方法の使用にのみ用いられる物の製造販売を自ら行い,その製造販売について国内及び国外を問わず第三者に許諾したことはないことが認められる。
ところで,特許が方法の発明についてされている場合において,業として,その方法の使用のみ用いる物の生産,譲渡若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為は,特許権の侵害とみなす行為(特許法101条4号)に該当し,特許権者は,当該物の製造販売を行う者に対して差止請求をすることができること(特許法100条1項)にかんがみれば,特許権者は,特許発明方法の使用のみ用いる物の製造販売を事実上排他的に独占する地位を有しているものと解される。そして,特許権者から当該物の製造販売について許諾を受けた者が当該物の製造販売を行うことができるのと同様に,特許法35条1項に基づく通常実施権を有する者も,自ら当該物の製造販売を行うことができるものと解するのが相当である。
そうすると,本件発明の使用にのみ用いる本件試薬の売上げを基にして,「発明により使用者等が受けるべき利益」を算定するに当たっては,被告が本件発明の使用にのみ用いる物の製造販売を事実上排他的に独占し,第三者による製造販売を排除したことにより得られたものと認められる本件試薬の売上高,すなわち,特許法35条1項に基づく通常実施権を有することにより販売し得たと認められる売上高を上回る売上高(超過売上高)に係る分について,第三者に本件発明の使用にのみ用いる物の製造販売を許諾した場合に得られる実施料を算定するのが相当であると解される。
具体的には,本件試薬の売上高のうち,その排他的,独占的な販売に基づく超過売上高に係る分はいくらであるか,その超過売上高に係る分を第三者に許諾した場合に得られる想定実施料(超過売上高に係る分に想定実施料率を乗じた額)はいくらであるかを認定し,本件試薬の販売による独占の利益を算定するのが相当である。
イこれに対し原告は,本件試薬を用いて本件発明に係る方法を使用するのは,あくまで本件試薬を購入した第三者(検査機関)であって,被告は本件発明を自己実施していないから,特許権者が自己実施している場合の「超過売上高の割合」を本件発明に係る相当の対価の算定に当たり考慮する必要はない旨主張する。
しかし,前記アのとおり,職務発明方法の発明である場合において,特許を受ける権利が使用者等に承継されずに,従業員が特許権を受けたときは,使用者等は,無償の法定通常実施権を取得し,これに基づいて方法の発明に係る方法を使用することができるのみならず,当該発明に係る使用にのみ用いる物を自ら製造販売することができのであるから,当該特許権の排他権が及ぶのは,使用者等が法定通常実施権を有することにより販売することができた売上げを超える超過売上高に係る分に限られるべきであり,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 「発明により使用者等が受けるべき利益の額」ア平成5年10月1日から平成23年9月30日(本件特許権の存続期間満了日の1か月前)までの間の被告による本件試薬の売上高が68億1840万円(前記第3の2(1)イ(イ))であることは,当事者間に争いがない。
そこで,本件試薬の上記売上高のうち,超過売上高に係る分について,以下において検討する。
(ア) 本件発明の位置づけ前記2(2)のとおり,本件発明は,ビリルビンの測定方法として主流であったジアゾ法や酵素法等の課題を解決するための手段として,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンをビリルビンの酸化剤として用いる点(本件発明の特徴的部分?),直接ビリルビンを測定する際にはヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を間接ビリルビンの反応抑制剤として使用する点(本件発明の特徴的部分?)に特徴を有する総ビリルビン及び直接ビリルビンの測定方法の発明であって,自動分析装置への応用が可能であり,ジアゾ法との相関が良く,測定試液の安定性に優れ,試料中の共存物質による測定値への影響が少ないビリルビンの測定方法を提供することを目的とするものである。
(イ) 被告の市場占有率前記1(1)ア(ア)aの認定事実と証拠(甲45,乙8の2,16の2,27,)及び弁論の全趣旨を総合すれば,被告は,従来から,ビリルビン測定方法として一般的であったジアゾ法による測定試薬を製造販売していたが,日本商事が昭和60年ころ酵素法によるビリルビン測定試薬の販売を開始した後,被告のジアゾ法試薬の売上げが減少し,昭和63年ないし平成元年ころには,売上げが年約1億9000万円,市場占有率が約20%であったこと,原告は,本件発明に係るバナジン酸法による本件試薬の販売を開始した後,市場占有率を回復し,平成14年における市場占有率は,総ビリルビン測定試薬について33.1%,直接ビリルビン測定試薬について28.6%であったことが認められる。
(ウ) ビリルビン測定方法の方法別施設割合a社団法人日本臨床衛生検査技師会発行の平成14年度ないし17年度の各日臨技臨床検査精度管理調査報告書(甲46,47,53,54)及び平成18年度の日臨技臨床検査精度管理調査総括統計表(甲55)によれば,?総ビリルビンの測定については,平成14年度は酵素法採用施設が約45.3%,バナジン酸法採用施設が約43.3%,ジアゾ法採用施設が約9.3%,平成15年度は酵素法採用施設が約44.4%,バナジン酸法採用施設が約45%,ジアゾ法採用施設が約7.7%,平成16年度は酵素法採用施設が約44.3%,バナジン酸法採用施設が約46.6%,ジアゾ法採用施設が約6.7%,平成17年度は酵素法採用施設が約44.0%,バナジン酸法採用施設が約45.9%,ジアゾ法採用施設が約7.4%,平成18年度は酵素法採用施設が約43.8%,バナジン酸法採用施設が約46.7%,ジアゾ法採用施設が約7.1%であったこと,?直接ビリルビンの測定については,平成14年度は酵素法採用施設が約47.0%,バナジン酸法採用施設が約43.5%,ジアゾ法採用施設が約7.7%,平成15年度は酵素法採用施設が約46.4%,バナジン酸法採用施設が約46.0%,平成16年度は酵素法採用施設が約46.2%,バナジン酸法採用施設が約47.3%,平成18年度はバナジン酸法採用施設が約47.3%,平成18年度はバナジン酸法採用施設が約47.8%であったことが認められる。
b日本医師会発行の平成17年度臨床検査管理調査結果報告書(甲45)及び同年度臨床検査管理調査報告会抄録(乙37)によれば,総ビリルビンの測定について,平成14年度は酵素法採用施設が40.2%,化学酸化法採用施設が約45.8%,ジアゾ法採用施設が約13.5%,平成15年度は酵素法採用施設が39.7%,化学酸化法採用施設が47.0%,ジアゾ法採用施設が8.9%,平成16年度は酵素法採用施設が39.4%,化学酸化法採用施設が約48.1%,ジアゾ法採用施設が7.5%,平成17年度は酵素法採用施設が39.3%,化学酸化法採用施設が約48.2%,ジアゾ法採用施設が7.6%であったことが認められる。
(エ) まとめ前記(ア)ないし(ウ)の事実によれば,?ビリルビン測定試薬における被告の市場占有率は,被告がバナジン酸法による本件試薬の販売を開始したことにより,被告がジアゾ法試薬のみを販売していた昭和63年ないし平成元年ころ当時よりも高くなったこと,?ビリルビン測定試薬として従来から使用されてきたジアゾ法や酵素法が,バナジン酸法の代替技術として存在し,各測定方法を使用する施設割合では,酵素法を使用する施設とバナジン酸法を使用する施設とが概ね同程度の割合を占め,平成14年度から平成18年度の5年度にわたりその施設割合に大きな変動がみられないことからすれば,ビリルビン測定試薬の市場においては,バナジン酸法によるビリルビン測定試薬と酵素法によるビリルビン測定試薬の使用者の棲み分けが概ね固定化しつつあることが認められる。
以上の?,?の認定事実及び本件に現れた諸般の事情を考慮すると,被告の本件試薬の売上高のうち,被告が本件発明の使用にのみ用いる物の製造販売を事実上排他的に独占し,第三者による製造販売を排除したことにより得られたものと認められる超過売上高に係る分が占める割合は,40%と認めるのが相当である。
そうすると,本件試薬の売上高のうち,超過売上高に係る分は,27億2736万円と認められる。
(計算式・ 68億1840万円(売上高)×0.4(超過売上高の割合)=27億2736万円)イ 次に,想定実施料率(仮想実施料率)について検討する。
(ア)原告は,本件の想定実施料は,本件試薬の販売価格の20%を下らない旨主張する。
しかし,本件全証拠によっても,被告が本件発明の使用にのみ用いる物の製造販売を第三者に許諾した場合の実施料率が20%を下らないことを認めるに足りる証拠はない。
この点に関し原告は,被告が他社から実施許諾を得た例(甲48)が参考となる旨主張するが,甲48に記載の事案は,被告が他社が保有する複数の特許権を対象として実施許諾を得た事案であって,本件とは事案が異なり,原告の上記主張を裏付けることはできないというべきである(なお,被告は,甲48は,原告が原告作成の被告あての平成19年5月15日付け秘密保持誓約書(乙35)に基づく秘密保持義務に違反して入手したものであって,違法収集証拠であるから,証拠から排除すべきである旨主張するが,本件全証拠によっても,甲48が民事訴訟における証拠能力を排除しなければならないほど著しく反社会的方法によって取得されたものとは認められず,被告の主張は採用することができない。)。
(イ)一方,被告は,本件特許権の想定実施料率(仮想実施料率)は,被告の近時のライセンス契約における実施料率の平均値である2.85%程度である旨主張する。
被告提出の乙28には,被告が締結したライセンス契約のうち,?ライセンス契約の対象が,被告が単独で保有する日本国特許権に係るものであること,?ライセンス契約の締結が,平成5年1月26日(本件特許出願の出願公開日)から平成21年6月1日までの間にされたものであること,?ライセンス契約に係る発明が被告との関係における職務発明であり,その発明者がすべて被告の従業者又は役員であること,?ライセンス契約における実施権許諾の対価実施料率により定められたものであること,?ライセンス契約の相手方が日本法に基づき設立された会社であることの条件を満たすライセンス契約の対象となった10件の特許権について,特許権1件当たりの実施料率の平均値が2.85%と算出されたことが記載されている。
しかし,これらのライセンス契約の対象となる特許権の内容や実施権の範囲等の事情が明らかではなく,乙28に示された実施料率の平均値をもって直ちに本件における仮想実施料率として採用することはできない。
もっとも,被告の上記主張によれば,被告は,被告が本件発明の使用にのみ用いる物の製造販売を第三者に許諾した場合の実施料率について,これが2.85%程度であるとの限度において認めているものと解される。
この点に加えて,本件発明が,自動分析装置への応用が可能であり,ジアゾ法との相関が良く,測定試液の安定性に優れ,且つ試料中の共存物質による測定値への影響が少ないビリルビンの測定方法ニーズに応える技術であること(前記ア(ア)),一方で,本件発明には,ジアゾ法や酵素法といった代替技術が存在し(前記ア(イ)ないし(エ)),本件発明がパイオニア発明であるとまではいえないこと等の諸事情を総合すると,本件における仮想実施料率は3%と認めるのが相当である。
ウ 小括以上によれば,本件発明により被告が受けるべき利益の額は,8182万0800円と認められる。
(計算式・27億2736万円(超過売上高に係る分)×0.03(仮想実施料率)=8182万0800円)(3) 「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」ア次に,本件発明について,相当の対価の額を算定する際の考慮要素である特許法旧35条4項所定の「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」について判断する。
この「使用者等が貢献した程度」には,使用者等がその発明がされるについて貢献した程度のほか,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した程度等も含まれると解するのが相当である。
イ前記1(1)の前提事実と証拠(甲1,12,13,35,乙27,29ないし31,39ないし42)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告における研究環境等被告は,本件発明に関し,臨床試薬の研究開発に必要な素材,分光光度計,自動分析装置等の装置及び器具,検体となる人血清,酵素法によるビリルビン測定試薬の研究に必要なビリルビンオキシダーゼ等を調達,提供した。
(イ) 本件発明の権利化本件発明に係る本件特許出願,本件米国特許出願及び本件欧州特許出願は,被告の特許課が行った。原告は,本件発明に関する特許出願依頼書及び明細書の原案(甲32)を作成し,被告の特許課に提出し,また,被告が本件欧州特許出願及び本件米国特許出願について受けた各拒絶通知に対する回答案(甲33の1,2)を作成した。
(ウ) 本件発明の製品化a本件試薬を製品化したのは,被告の製造部である。
b本件試薬は,メタバナジン酸ナトリウムをビリルビンの酸化剤として,その還元剤に塩酸ヒドロキシルアミンを間接ビリルビンの反応抑制剤として使用しているところ,本件試薬が用いられる自動分析装置は2液型で3液の試薬は使用できないため,あらかじめ第1試薬に還元剤を入れた後,酸化剤溶液である第2試薬を添加して還元剤と酸化剤を共存させ,還元剤により過剰の酸化剤を吸収して間接ビリルビンが徐々に酸化されていくのを防止する(本件明細書【0027】参照)という技術が用いられている。
この技術は,原告が関与したクレアチニンの定量方法の発明(甲12,13)等によって得た知見を応用して着想し,これを具体化したものである。
(エ) 営業体制被告は,生化学分野の自動分析装置用の試薬市場において大きなシェアを有し,平成12年から平成15年までの間,100億円の売上げを維持していた(乙27)。
また,被告の臨薬開発部門や臨薬営業部門は,本件試薬を売り込むために,大学病院の検査部などで本件試薬を使用してもらい,その結果を学会などにおいて広く公表してもらう活動を行い,本件試薬の有用性や測定の精度などがユーザーに認知された。
一方,原告及びBは,講演(乙11)や論文(甲4)において,本件発明の測定原理のほか,直接ビリルビンの測定に際しては,過剰のバナジン酸が残留すると間接ビリルビンが徐々に酸化されるので,還元剤であるヒドロキシルアミンをあらかじめ第1試薬に添加しておき過剰のバナジン酸を吸収して直接ビリルビンへの特異性を向上させていることや,直接ビリルビン測定用の緩衝液には酒石酸緩衝液を用いるとヒドロキシルアミンが比較的安定し,冷蔵すれば1年は使用できること,本件発明を用いる被告のビリルビン測定試薬が界面活性剤,緩衝剤等の効果を合わせた高性能のものであることを発表し,対外的に宣伝した。
(オ) 原告及びBの職務内容等原告は,昭和47年から臨床化学分析用の自動分析装置のための被告の試薬開発に従事し,平成2年1月当時は,大阪研究所主任研究員(係長待遇)として東京研究所に勤務し,ビリルビン測定試薬の改良を担当する生化学グループ?に所属していた。一方,Bは,昭和63年3月に大阪府立大学大学院農学研究科博士後期課程1年次を修了した後,同年4月に被告に雇用され,平成2年1月当時は,被告に入社後2年目で,生化学グループ?に所属する被告の部下であった。
被告は,ジアゾ法試薬に代わるものとして,酵素法によるビリルビン測定試薬の開発を平成2年度の研究開発のテーマとし,その開発を社内方針として決定した。その開発に当たっては,日本商事等の他社特許に抵触せず,開発される試薬の性能が「(1)総ビリルビン,直接ビリルビン両方共測定可能な方法(2Step),(2)試液調整後の安定性,呈色安定性の良いもの。・・・(3)自動分析装置に適用可能な組立て」であること(前記1(1)ア(ア)c)が前提とされていた。
そして,本件発明は,上記のようなビリルビン測定試薬の開発という原告及びBの職務の遂行そのものの過程の中で行われたものであって,本件発明において解決すべき課題の一部である自動分析装置への応用が可能であること,測定試液の安定性に優れていること等については,上記開発に係る開発テーマと軌を一にするものであった。
ウ以上のとおり,被告の研究に関する設備,本件発明の権利化の過程における被告の対応及び原告の関与,本件試薬の製品化や販売における被告の対応,原告及びBによる本件試薬の製品化や営業活動への寄与,原告及びBの職務内容,本件発明は,被告が社内方針としていた酵素法によるビリルビン測定試薬の開発の過程の中で行われたものであり,本件発明において解決すべき課題の一部は上記開発に係る開発テーマとして所与のものであったこと等の本件発明に至る経緯等の諸事情を総合的に勘案すると,本件発明に関し被告が貢献した程度は,90%を下回ることはないものと認められる。
(4) 発明者間の寄与割合ア 本件発明への寄与(ア)本件発明の特徴的部分?は,総ビリルビン又は直接ビリルビンを測定する際に,バナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンをビリルビンの酸化剤として用いる点にあるところ(前記2(2)),従来ビリルビンの酸化剤として知られていなかったバナジン酸イオン及び三価のマンガンイオンを有効なビリルビン酸化剤として新たに見出した点において,技術的意義を有するものである。
そして,本件発明の特徴的部分?については,Bが,日本商事の酵素法試薬についての失括実験を契機として,銅イオンに代わる重金属イオンによりビリルビンを酸化させることを着想し,この着想に基づいて重金属イオンの酸化力を試す実験を行った結果,バナジン酸イオン及び三価のマンガンイオンがビリルビンの酸化剤として銅イオンよりも有効であることを発見したものであり(前記2(3)ア(ウ)a),Bが,酵素法試薬の開発という被告の既定方針(前記1(1)ア(ア))にもかかわらず,重金属イオンによるビリルビンの酸化を着想したことが大きく寄与している。
他方,前記2(4)のとおり,原告は,本件発明の特徴的部分?の着想及び具体化について関与したものとは認められない。
(イ)本件発明の特徴的部分?は,直接ビリルビンを測定する際にヒドラジン類,ヒドロキシルアミン類,オキシム類,脂肪族多価アミン類,フェノール類,水溶性高分子及びHLB値が15以上の非イオン型界面活性剤からなる群より選ばれた1種以上の化合物を間接ビリルビンの反応抑制剤として使用する点にあり(前記2(2)),酸化剤を用いて直接ビリルビンを測定する際に,間接ビリルビンの酸化剤への反応を抑制する化合物を特定した点に技術的意義がある。
これらの化合物を特定するための実験は,Bによって行われたものであるが,原告は,ビリルビン測定試薬を含む臨床検査用試薬について豊富な知識・経験に基づき,Bに対し,上記実験に関し指示ないし示唆をし,実験結果等の分析評価についても原告が主導的な役割を担っていたものであり(前記2(3)イ(イ)),本件発明の特徴的部分?の着想及びその具体化に関与している。
もっとも,本件発明の特徴的部分?は,直接ビリルビンと総ビリルビンの分別測定を行うという,ジアゾ法以来公知の課題について,直接ビリルビンのみを酸化剤によって酸化させ,間接ビリルビンについては酸化させないために反応抑制剤を用いるとの着想を具体化したものであり,ビリルビンの酸化剤としてバナジン酸イオン又は三価のマンガンイオンを用いることが特定されれば(本件発明の特徴的部分?),当然に検討しなければならない事柄であることからすれば,本件発明の特徴的部分?の着想及びその具体化は,本件発明の特徴的部分?の着想及びその具体化と比べ,その技術的思想創作性の程度は高くないものと認められる。
イ 本件試薬の製品化への寄与前記(3)イ(ウ)bのとおり,本件試薬を製品化するに当たっては,本件試薬が用いられる自動分析装置は2液型で,酸化剤の添加後に還元剤を添加することができないため,あらかじめ第1試薬に還元剤である塩酸ヒドロキシルアミンを入れ,これと酸化剤であるメタバナジン酸ナトリウムを共存させるという技術が用いられているが,この技術は,原告が着想し,具体化したものである。
また,本件試薬に添加された界面活性剤等の選択についても,本件発明の特徴的部分?と同様に,原告が主導的な役割を担っていたものとうかがわれる。
ウ まとめ以上の諸点を総合考慮すると,本件発明の共同発明者である原告及びB間の寄与割合は,原告が30%,Bが70%と認めるのが相当である。
(5) 小括ア以上によれば,原告及びBの共同発明である本件発明の特許を受ける権利全部(本件外国特許に係る特許を受ける権利を含む。)が被告に承継されたことに対する相当の対価の額は,本件発明により被告が受けるべき利益の額8182万0800円から被告の貢献度90%に相当する金額を差し引いた818万2080円となるところ,このうち,原告が本件発明の特許を受ける権利(共有持分)を被告に承継させたことによって支払を受けるべき相当の対価の額は,上記818万2080円の30%に当たる245万4624円と認めるのが相当である。
(計算式・8182万0800円(被告が受けるべき利益の額)×(1-0.9(被告の貢献度))×0.3(原告の寄与割合)=245万4624円)イそして,原告は,被告から本件発明についての補償金として合計1万8000円の支払を受けているから,被告が原告に支払うべき上記相当の対価の不足額は,243万6624円となる。
したがって,被告は,原告に対し,上記相当の対価の不足額243万6624円及びこれに対する平成19年12月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
4 結論以上によれば,原告の請求は,被告に対し,243万6624円及びこれに対する平成19年12月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)外国特許目録1本件米国特許権特許番号5,449,623発明の名称ビリルビン測定方法登録日1995年(平成7年)9月12日出願日1994年(平成6年)9月23日特許請求の範囲(訳文)「【請求項1】体液に,ビリルビンの酸化を促進するための反応促進剤を含有する第1の試薬液を加えるステップと,前記第1の試薬液が加えられた前記体液の光学的変化を測定するステップと,ビリルビンの化学酸化剤としてのバナジン酸イオンを含有する第2の試薬液を,前記第1の試薬液が加えられた前記体液に加えるステップと,前記第1及び第2の試薬液が加えられた前記体液の光学的変化を測定するステップと,前記光学的変化から前記体液中の総ビリルビンの量を計算するステップとを含む,ビリルビンを含有する体液中の総ビリルビンの量を測定する方法。」「【請求項2】キレート剤が,前記第1の試薬液,前記第2の試薬液又は前記第1及び第2の試薬液の両方の中に含有される,請求項1に記載の方法。」「【請求項3】前記反応促進剤が,アニオン性界面活性剤,カチオン性界面活性剤又は両性界面活性剤である,請求項1に記載の方法。」「【請求項4】体液に,化学酸化剤としてのバナジン酸イオン,並びに間接ビリルビンの酸化を阻害するための,ヒドラジン誘導体,ヒドロキシルアミン誘導体,オキシム,脂肪族多価アミン,フェノール,水溶性高重合体,及び15以上のHLB値を有する非イオン性界面活性剤からなる群から選択される少なくとも1種類の反応阻害剤を含む試薬液を加えるステップと,前記試薬液が加えられた前記体液の光学的変化を測定するステップと,前記光学的変化から前記体液中の直接ビリルビンの量を計算するステップとを含む,ビリルビンを含有する体液中の直接ビリルビンの量を測定する方法。」「【請求項5】前記試薬液がキレート剤をさらに含む,請求項4に記載の方法。」「【請求項6】体液に,間接ビリルビンの酸化を阻害するための反応阻害剤を含有する第1の試薬液を加えるステップと,前記第1の試薬液が加えられた前記体液の光学的変化を測定するステップと,ビリルビンの化学酸化剤としてのバナジン酸イオンを含有する第2の試薬液を,前記第1の試薬液が加えられた前記体液に加えるステップと,前記第1及び第2の試薬液が加えられた前記体液の光学的変化を測定するステップと,前記光学的変化から前記体液中の直接ビリルビンの量を計算するステップとを含む,ビリルビンを含有する体液中の直接ビリルビンの量を測定する方法。」「【請求項7】前記反応阻害剤が,ヒドラジン誘導体,ヒドロキシルアミン誘導体,オキシム,脂肪族多価アミン,フェノール,水溶性高重合体,及び15以上のHLB値を有する非イオン性界面活性剤からなる群から選択される少なくとも1種類の化合物である,請求項6に記載の方法。」「【請求項8】キレート剤が,前記第1の試薬液,前記第2の試薬液又は前記第1及び第2の試薬液の両方の中に含有される,請求項7に記載の方法。」【請求項9】ないし【請求項21】(省略)2本件欧州特許権特許番号EP0484133B1発明の名称ビリルビン測定方法登録日1996年(平成8年)6月19日出願日1991年(平成3年)10月30日指定締約国ドイツ,スペイン,フランス,イギリス,イタリア等特許請求の範囲(訳文)「【請求項1】酸化剤としてのバナジン酸イオン又はマンガン(???)イオンを含む試薬液を,生体液の試料に加えるステップと,前記試料体液の光学的変化を測定するステップと含む,総ビリルビン又は直接ビリルビンの測定方法。」「【請求項2】反応阻害剤として,ヒドラジン誘導体,ヒドロキシルアミン誘導体,オキシム,脂肪族多価アミン,フェノール,水溶性高分子ポリマー,及び15以上のHLB値を有する非イオン性界面活性剤からなる群から選択される少なくとも1種類の化合物をさらに使用して,直接ビリルビンを測定する,請求項1に記載の方法。」「【請求項3】総ビリルビン又は直接ビリルビンをキレート剤の存在下で測定する,請求項1に記載の方法。」「【請求項4】直接ビリルビンをキレート剤の存在下で測定する,請求項2に記載の方法。」「【請求項5】バナジン酸イオン又はマンガン(???)イオン,反応促進剤,及びキレート剤を含む,総ビリルビンを測定するための組成物。」
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 大西勝滋
裁判官 関根澄子
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