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関連審決 不服2004-12734
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10125号 審決取消請求事件
原告X
同訴訟代理人弁理士柳田征史
同 佐久間剛
同 本澤大樹
被告特許庁長官
同 指定代理 人川本眞裕
同 亀丸広司
同 紀本孝
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/12/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2004−12734号事件について平成20年12月22日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「作業用アームレスト」とする発明につき,平成10年2月26日,国際特許出願をしたが(パリ条約による優先権主張1997年(平成9年)3月7日,ドイツ連邦共和国,以下,「本願」という。),平成16年3月11日付けの拒絶査定を受け,これに対し,同年6月21日,審判請求(不服2004-12734号事件)をすると共に,平成19年4月17日付け手続補正書(甲7)を提出した。
特許庁は,平成19年7月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(以下,この審決を「前審決」という。付加期間90日),これに対して,原告は,平成19年12月11日,審決取消訴訟を提起した(当裁判所平成19年(行ケ)第10412号)。当裁判所は,平成20年8月26日,上記審決を取り消す旨の判決をし(以下,この判決を「前訴判決」という。),同判決は確定した。
特許庁は,平成20年12月22日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし(以下,この審決を「本件審決」という場合がある。付加期間90日),その謄本は平成21年1月13日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲平成19年4月17日付け手続補正書(甲7)による補正後の本願発明の請求項1は,下記のとおりである(請求項の数は7である。)。
【請求項1】「上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設された,上端にアームレストを有する弾性的支柱を備え,該アームレストは前記弾性的支柱が動くにつれて略水平方向に移動可能であり,前記弾性的支柱はロッド形の単一の支承要素からなっていて前記アームレストを弾力をもって支承するためのばねを有し,床から伸びていることを特徴とするコンピュータ作業場用の可動アームレスト。」(以下,この発明を「本願発明」という。)3 審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,実願昭58-136165号(実開昭60-44651号)のマイクロフィルム(甲1,以下,「刊行物1」という。)の記載及び周知技術(甲2ないし4)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,刊行物1記載の発明(以下,「引用発明」という。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設された支柱であって,腋下受具(1)に固着された支棒(2)にスプリング(5)を巻付け,上端に腋下支(6)を有する弾力性のあるパイプ(4)をそのスプリング(5)にはめ込んで構成した支柱を備え,該腋下支(6)は前記支柱のパイプ(4)が湾曲するにつれて略水平方向に移動可能であり,前記支柱は前記腋下支(6)を弾力をもって支承するためのスプリング(5)を有している座軽快具。
(2) 一致点「上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設された,上端に上肢部受台を有する弾性的支柱を備え,該上肢部支台は前記弾性的支柱が動くにつれて略水平方向に移動可能であり,前記弾性的支柱はロッド形の単一の支承要素からなっていて前記上肢部受台を弾力をもって支承するためのばねを有し,床から伸びている作業場用の上肢部支え具。」である点。
(3) 相違点本願発明は,コンピュータ作業場用の可動アームレストであり,上肢部受台がアームレストであるのに対し,引用発明は,作業場用の座軽快具であり,上肢部受台が腋下支である点。
取消事由に係る原告の主張
審決は,?引用発明の認定を誤り(取消事由1),?一致点の認定を誤り(取消事由2),?容易想到性の判断を誤り(取消事由3),?拒絶理由通知を欠いた手続違背があるから(取消事由4),取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)審決が認定した引用発明は,以下の理由から,支柱ないし腋下支が,「略水平方向に移動可能」と認定した点で誤りがある。
(1)審決は,引用発明の認定に当たって,「第3図には,第1図に示されたパイプ(4)と比べると,パイプ(4)が全体的に外側に湾曲し,パイプ(4)の上端に設けられた腋下支(6)が略水平方向に移動している様子が図示されている。」と判断したが,誤りである。
刊行物1の第3図において,パイプ(4)が「略水平方向に移動している」と認定するためには,パイプ(4)の上端の位置と下端の位置とが水平方向にずれており,下端の鉛直方向に上端が位置していないことが必要である。しかし,上記第3図においては,パイプ(4)の下端の鉛直方向に上端が位置しており,パイプ(4)の中央部分のみが撓んでいるから,パイプ(4)が略水平方向に移動していると認定することはできない。
(2)審決は,引用発明の認定に当たって,刊行物1の「本考案は以上の構造となっているので前後の動作,横ヒネリ,左右の手上げ下げ動作が自由で,一斉身体に負担がかからず床又はいす席で胴体が支えられている」等の記載から,「パイプ(4)は力を加えると撓んで湾曲し,湾曲するにつれて腋下支(6)が略水平方向に移動し得るものであることは明らかである。」と判断したが,誤りである。
「前後の動作」は腋下支(6)が腋を支えるように湾曲していることから可能であり,「横ヒネリ」は支棒(2)とパイプ(4)とが別部材からなり相対的に回転するから可能であり,左右の手上げ下げ動作は,パイプ(4)の水平方向の移動とは無関係であり,少なくとも刊行物1には体の前後の動作等とパイプ(4)による水平方向の移動との関係について記載も示唆もない。
また,引用発明は,長時間座って作業をする人の腋の下を支えて腕と腰のれを防ぐ軽快具であり,その効果は,腋下に対し垂直方向の弾性力による押上力を加えることにより状態を支持して腕と腰の負担を軽くし,楽にすることにある。引用発明の効果は,胴体が垂直方向に支えられながらも腋から腋下支(6)が外れない範囲内において手や体を動かすことができ,作業が楽になることにより達成されるものであって,腋下を水平方向に移動させて上半身を水平方向に移動させることにより達成されるものではない。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)審決は,引用発明における棒(2),パイプ(4),スプリング(5)等から構成される「支柱」は,腋下支(6)を水平方向に移動可能であるように弾力をもって支承するものであって,本願発明の「弾性的支柱」に相当するので本願発明と引用発明は「弾性的支柱」を備える点で一致すると認定したが,誤りである。
また,審決は,「上端に上肢部受台を有する」点において一致すると認定したが,腋下は上肢の一部ではないので,引用発明は,上肢部受台を有していない。刊行物1には「スプリング(5)が圧迫されたのが元に戻る力で腋下が押し上げられる」と記載され,支柱が鉛直方向に対し腋下を支える作用のみが示されており,支柱の構成によって腋下を水平方向に移動可能に支承する記載や示唆はない。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)審決は,「可動アームレスト自体は,・・従来周知であり,この種の可動アームレストがコンピュータ作業場などで腕に疲労を与えることを防止するために使用されることも周知の事項である。そうすると,当該周知技術に倣って引用発明の腋下支6をアームレストとなし,コンピュータ作業場などで使用する可動アームレストとする程度のことは,当業者であれば容易に想到できたことであるといえる。」と判断したが,誤りである。
前記1のとおり,審決は刊行物1記載の技術内容を誤認したものであるから,たとえ刊行物1に上記周知技術を適用したとしても本願発明を想到することはできない。また,腋下は上肢の一部ではなく,腋下を支えて上体を楽にするとともに腕の動きを自由にして作業をしやすくする軽快具と,腕を支えてコンピュータの操作を楽にするアームレストでは,その構成も目的も異なるから,当業者といえども本願発明を容易に想到し得るものではない。
4 取消事由4(拒絶理由通知を欠いた手続違背)(1)刊行物1(甲1)は,審査及び前審決では,周知技術の一例として副引用例とされたが,本件審決では,主引用例として用いられている。しかし,前訴判決後の審判手続では,審判体は,特許法159条2項,50条の「異なる拒絶の理由」に該当しないとの判断を前提として,?前訴判決後に新たな拒絶理由通知をすることなく,?審尋を行うことをせず,?意見書等を提出する機会を与えなかった(甲8)。本件審判手続には,手続を欠いた違背があり,違法である。
(2)被告は,拒絶査定も本件審決も刊行物1を主引用例としているので,本件審決の拒絶理由は特許法159条2項,50条の「異なる拒絶の理由」に該当しないから本件審決には手続的瑕疵はない旨主張するが,誤りである。
本願の審査経過及び審判経過のいずれにおいても,刊行物1が主引用例とされた事実はなく,本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定は,本件審決においてはじめてされた。したがって,本件審決に係る拒絶理由は,特許法159条2項の「新たな拒絶の理由」に該当し,本件審判手続には,拒絶理由通知を行うべきものであったにもかかわらず,それを怠った手続違背がある。
被告の反論
審決に違法はなく,原告の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対し(1)原告は,刊行物1の第3図は,パイプ(4)が身体の体重により撓んだ状態を示しており,本願発明のようにパイプが水平方向に移動可能にしている状態を示すものではないと主張する。
しかし,刊行物1の第3図によれば,パイプ(4)の上端の位置と下端の位置とは若干とはいえ水平方向にずれている。また,支棒(2)の下端は腋下受具(1)に固着され,支棒(2)の下端の位置は変化しないのに対し,パイプ(4)の上端は何の拘束もされていないうえ,パイプ(4)は撓むので,構造上,パイプ(4)の上端の位置は水平方向に移動可能である。したがって,体の前後の動作や横ヒネリに応じて外力がパイプ(4)に加われば,パイプ(4)は撓み,パイプ(4)の上端の位置は,下端の位置に比べて水平方向にずれることは明らかである。原告の主張は,理由がない。
(2)原告は,「前後の動作」は腋下支(6)が腋を支えるように湾曲していることから可能であり,「横ヒネリ」は支棒(2)とパイプ(4)とが別部材からなり相対的に回転するから可能であり,「左右の手上げ下げ動作」はパイプ(4)の水平方向の移動とは無関係であると主張する。
しかし,「前後の動作」とは,例えば背筋を真っ直ぐに伸ばして腰掛けた状態から,前かがみの状態になることを意味するものである。この場合,少し前かがみになると,腋は腰の真上の位置から前方へ移動するから,支柱の上端の位置は下端の位置に比べて水平方向に前方へずれ,真っ直ぐであった支柱が湾曲する。また,「横ヒネリ」とは,例えば正面を向いて背筋を真っ直ぐ伸ばして腰をかけた状態で右側にある物を取ろうとする場合の動作を意味するものである。この場合,上体は背骨を中心に回動し,右側の腋は後方へ,左側の腋は前方へ移動するので,その動きに応じて,右側の支柱の上端は水平方向に後方へ移動して支柱は後方へ湾曲し,左側の支柱は前方へ水平方向に移動して支柱は前方へ湾曲する。「左右の手上げ下げ動作」については,例えば背筋を真っ直ぐに伸ばして腰掛けた状態で手を上げたり下げたりする場合には,スプリング(5)が伸縮するだけで,支柱はほとんど湾曲しないが,これに「前後の動作」や「横ヒネリ」が加われば,支柱の上端は水平方向に移動して支柱は湾曲する。
刊行物1に記載された座軽快具は,「長時間椅子又は床に座わつた姿勢で事務,ノコ刃製造,各種部品組立作業等を実行する」際に使用されるものであり,その際に「前後の動作,横ヒネリ,左右の手上げ下げ動作が自由」に行えるのであるから,支柱の上端は,各動作により水平方向に移動し,支柱が湾曲すると考えるのが自然でありかつ合理的である。逆に,水平方向に移動しないとすれば,体が支柱に拘束されて各動作が自由に行えなくなることは明らかである。原告の主張は,理由がない。
(3)原告は,「引用発明の効果は,腋下に対し垂直方向の弾性力による押上力を加えることにより上体を支持して腕と腰の負担を軽くし,楽にすることにある。この効果は,胴体が垂直方向に支えられながらも腋から腋下支(6)が外れない範囲内において手や体を動かすことができるから作業が楽になると解するのが相当であり,腋下を水平方向に移動させて上半身を水平方向に移動させることにより達成されるものではない。」と主張する。
しかし,腋下支(6)が水平方向に移動できないとした場合,体を前後に動かすことのできる範囲がかなり狭いものとなってしまう。刊行物1には,「前後の動作・・・が自由で,一斉身体に負担がかゝらず床又は椅子席で胴体が支えられている」と記載されている。体を前後に動かす動作をするときには,腋下支(6)が上下動するとともに,水平方向にある程度の範囲で移動し得るからこそ,「事務,ノコ刃製造,各種部品組立作業等」の様々な作業が自由に楽に行えるのであり,腋下支(6)が水平方向に移動できないとすれば,それらの動作が自由に行えるとはいわないはずである。
したがって,「パイプ(4)は力を加えると撓んで湾曲し,湾曲するにつれて腋下支(6)が略水平方向に移動し得るものであることは明らか」であり,原告の主張は誤りである。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)に対し原告は,刊行物1における「支柱」が本願発明の「弾性的支柱」に相当するので審決の一致点の認定は誤りである旨主張する。しかし,引用発明における「支柱」は,腋下受具(1)に固着された支棒(2)にスプリング(5)を巻き付け,上端に腋下支(6)を有する弾力性のあるパイプ(4)をそのスプリング(5)にはめ込んで構成した支柱であり,パイプ(4)はその弾力性で湾曲し得ることから,本願発明の「弾性的支柱」に相当する。審決の認定に誤りはない。
また,原告は,腋下は上肢の一部ではないので,引用発明は,上肢部受台を有していない点で相違すると主張するが,原告の主張は,後記3で述べるとおり,腋下は上肢の一部とみるべきであるから失当である。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)に対し(1)原告は,腋下は上肢の一部ではないと主張するが,失当である。刊行物1には,「腕を動かす力が半分以下で腕が軽く」,「スプリング(5)が圧迫されたのが元に戻る力で腋下が押上げられる。」と記載されていることからみても明らかなように,腕が軽くなるのは,スプリング(5)によって腕の一部に対して上向きの力が加えられるからである。腕の一部に上向きの力が作用しなければ,腕は軽くなることはない。そうすると,刊行物1において,腋下を腕の一部,すなわち上肢の一部として記載されていることは明らかである。
(2)原告は,「腋下を支えて上体を楽にするとともに腕の動きをフリーにして作業をしやすくする軽快具と,腕を支えてコンピュータの操作を楽にするアームレストでは,およそその構成も目的も異なる」と主張する。しかし,刊行物1に記載された座軽快具は,腕の一部を支えるものであり,それによって様々な作業が楽に行えるようにしたものである。したがって,引用発明は,本願発明と比べ,腕のどの部位を支えるかの違いはあるとしても,構成や目的の点において格別な差異はなく,刊行物1に接した当業者であれば,引用発明をアームレストに適用することを容易に想到し得る。原告の主張に理由はない。
4 取消事由4(拒絶理由通知を欠いた手続違背)に対し(1) 拒絶査定における拒絶の理由審査の過程で,審査官は,平成15年4月11日,「引用文献1」(甲9)を主引用例として進歩性を否定する旨の拒絶理由通知書(乙2)を発した。これに対して,原告は,同年9月17日付け意見書(乙3)で「引用文献1-2(判決注:引用文献2は刊行物1を指す。)に記載された発明は,本願発明の要旨中の『水平方向に移動可能な垂直方向に配設された弾性的支承要素(2)を有している』構成を具備することなく,両者はこの点においてその構成が顕著に相違します。」と引用文献1と引用文献2とを同等に考慮して,反論した。審査官は,原告の主張を受けて,平成16年3月11日,引用文献1に記載の支柱(2)乃至螺筒支柱(5)と,引用文献2に記載の支棒(2)乃至パイプ(4)とは,どちらも「水平方向に移動可能な垂直方向に配設された弾性的支承」手段としての構成を具備するものとして引用文献1と引用文献2とを同等なものとして扱い,その上で,「上記引用文献1及び2に記載の技術手段を上記周知のコンピュータ作業用のアームレストに適用することは当業者が容易に成し得る」との理由で拒絶査定をした(乙1)。以上の経緯によれば,拒絶査定における拒絶理由は,引用文献1記載の技術手段を周知のコンピュータ作業用のアームレストに適用しても,いずれにしても当業者が容易に成し得ることであると理解される。そうだとすれば,拒絶査定の拒絶理由は,引用文献2に記載の技術手段を周知のコンピュータ作業用のアームレストに適用することは,当業者が容易に成し得ることであると理解することができる。
(2) 本件審決における拒絶理由本件審決は,「上肢の一部である腕を支えるアームレストを備えた可動アームレスト自体は,・・・従来周知であり,この種の可動アームレストがコンピュータ作業場などで腕に疲労を与えるのを防止するために使用されることも周知の事項である。そうすると,当該周知技術に倣って引用発明の腋下支6をアームレストとし,コンピュータ作業場などで使用する可動アームレストとすることは,当業者であれば容易に想到できたことである。」と判断した。
(3) 拒絶査定と本件審決との対比上記のとおり,拒絶査定も本件審決も本願発明の進歩性を否定する理由付けとして,引用文献2(甲1)を主引例としている。このように,本件審決は,拒絶査定の拒絶の理由に沿った判断を示しており,実質的に拒絶査定の理由と同じ理由で本件審決をしたことになり,本件審判手続に手続違背は存しない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告が主張する取消事由1(引用発明の認定の誤り)及び取消事由2(一致点の認定の誤り)のいずれにも理由があるので,本件審決を取り消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について(1) 刊行物1の記載刊行物1(甲1)には,次の記載がある。
ア「弓型腋下受具(1)の両端に支棒(2)を設け,それにスプリング(5)を巻き上に出し,そこにT型上部を腋下支(6)と下部をパイプ(4)としてスプリング(5)にはめ込み,棒(2)の中位迄カバーした構造よりなる座軽快具。」(1頁4〜8行)イ「本考案は座わつた姿勢の軽快具に関するものである。誰人であれ長時間椅子又は床に座わつた姿勢で事務,ノコ刃製造,各種部品組立作業等を実行すると腕腰の疲れを感ずるものである。本考案はその欠点を除くため考案されたものである。」(1頁10〜14行)ウ「・・第1図〜第4図に示す通り金属性長さ50cm太さ各面巾3cm位の直方体棒を尻の後から両横に曲げ腋下受具(1)とし,その両端に同質支棒(2)長さ25cm太さ直径1.5cm位を四角体支(3)と共に固着,棒(2)上からスプリング(5)の巻付止ミゾ(9)を棒(2)の中位迄切取り,そこに長さ15cm位の金属性ゼンマイ式特種スプリング(5)を5cm位巻付けて上に10cm出し,その上部にプラスチツク等弾力性のあるT型上部を長さ8cm太さ5mm位を上に幾分曲げて腋下支(6)それに太さ直径1.5cm位のスポンジ(7)と回りにビニールカバー(8)を付着,下部を長さ30cm太さ2cm位のパイプ(4)をスプリング(5)にはめ込み,棒(2)の中位迄カバー,スプリング(5)上端を腋下支(6)の下部に固着したものである。」(1頁15行〜2頁8行)エ「使用法として本具を装着,椅子席の場合,席に座わる姿勢で両手を後に出し腋下支(6)を握り腋下に当て乍ら座わり手を離す。又床での使用は腋下受具(1)の間に前かゞみになり両手を後に出し,腋下支(6)を握り下に押し身体を直立にして腋下に支(6)を当てゝ手を離す。すると共にスプリング(5)が圧迫されたのが元に戻る力で腋下が押上げられる。ほんの僅か1g位の押上力でも顕著の楽差があるので使用人に一番適した押上力に腋下支(6)をひねりスプリング(5)の止ミゾ(9)で上げ下げ調節して使用する。」(2頁8〜19行)オ「本考案は以上の構造となつているので前後の動作,横ヒネリ,左右の手上げ下げ動作が自由で,一斉身体に負担がかゝらず床又は椅子席で胴体が支えられているから兎に角各々座つた姿勢で作業しても分動の原理で腕を動かす力が半分以下で腕が軽く,腰に加わる力も両腋下で支えられているから本具1組で使用すると腕と腰が同時に楽で仕事の能率が上がり非常に便利である。」(2頁19行〜3頁6行)カ第1図には,腋下受具(1)から上方に向かって真っ直ぐに延びる垂直方向に配設されたパイプ(4)が図示されている。
キ第2図には,上部に止ミゾ(9),下部に支棒支(3)が固着された支棒(2)及び腋下支(6)とパイプ(4)とからなるT型の部材が図示されており,腋下支(6)を含むT型上部とパイプ(4)との境界に点線が付されている。
ク第3図には,人が座った状態でその腋下が腋下支(6)に支えられ,パイプ(4)が略中央部から外側に湾曲している様子が図示されている。
(2) 判断以上を前提に,支柱ないし腋下支が「略水平方向に移動可能」とした審決の引用発明の認定について判断する。
ア前記(1)で認定した刊行物1の記載によれば,引用発明は,長時間座って作業をする人の腋の下を支えて腕と腰の疲れを防ぐ軽快具であり,支棒(2)に巻かれ,パイプ(4)がはめ込まれているスプリング(5)が,腋下によって圧迫されることで生じる復元力によって腋下が押し上げられることによって上体を支持して腕と腰の負担を軽くし,楽にするという効果を有する器具であるといえる。
しかし,パイプ(4)が略水平方向に移動することができる旨の記載はない。刊行物1の第3図によれば,パイプ(4)は略中央部から外側に湾曲しているものの,パイプ(4)の上端は,下端のほぼ真上に位置し,水平方向に移動していない態様で示されていることからすれば,同図は,使用者の体重(の一部)が腋下支にかかることにより撓んだ状態を示しており,パイプ(4)が弾力性を有してその上端の腋下支(6)を略水平方向に移動可能とすることを示したものと解することはできない。
イ 被告は,パイプ(4)は,弾力性を有するものであると主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,刊行物1の「詳細な説明」欄には,「その上部にプラスチツク等弾力性のあるT型上部を長さ8cm太さ5mm位を上に幾分曲げて腋下支(6)それに太さ直径1.5cm位のスポンジ(7)と回りにビニールカバー(8)を付着,下部を長さ30cm太さ2cm位のパイプ(4)をスプリング(5)にはめ込み」との記載がある。「弾力性のある」との語が修飾しているのは「(太さ5mm位の)T型上部」であって,「(太さ2cm位の)パイプ(4)」ではない。また,T型上部とパイプ(4)とが同一部材からなる旨の記載はないこと,刊行物1の図2では,「T型上部」と「パイプ(4)」とは点線によって区切られて図示されていることに照らすならば,両者は,必ずしも同一の部材又は素材からなるか否かは,明らかでない。のみならず,引用発明は,支棒(2)に巻き付けたスプリング(5)が腋下によって圧迫された場合に,復元力によって腋下を押し上げるものであり,このスプリング(5)を伸縮させる動作において,支棒(2)の中位まで覆っているパイプ(4)は支棒(2)に対して上下動することになるが,仮に,パイプ(4)が弾力性を有する場合には,支棒(2)との間にこすれが生じ,上下動が妨げられる不都合が生じる。
以上を総合すると,パイプ(4)は弾力性のある部材で構成されているか否かは明らかでない。
ウまた,被告は,刊行物1の「本考案は以上の構造となっているので前後の動作,横ヒネリ,左右の手上げ下げ動作が自由で,一斉身体に負担がかからず床又はいす席で胴体が支えられている」との記載から,パイプ(4)は力を加えると撓んで湾曲し,湾曲するにつれて腋下支(6)が略水平方向に移動し得るものであることは明らかである旨主張する。
しかし,被告のこの点の主張も失当である。すなわち,引用発明は,腋下に対して押上力が加わることにより状態を支持して腕と腰の負担を軽くし,楽にするという効果を奏するとする発明であるが,被告主張に係る上記各動作が,パイプ(4)の湾曲によって実現することの記載や示唆はない。また,刊行物1からは,パイプ(4)が湾曲するものであったとしても,その程度は,腋下を支えることにより,上方からの荷重を受けて,撓みが生じるものであって,その程度を超えて,腕を水平方向に移動可能とするほどの弾力性を有するものと解することはできない。
そして,前後の動作等が自由となる点については,腋下支(6)がその弾力性により撓んで,使用者の肩部の動きを許容することにより生じるものと解される。特に,「横ヒネリ」については,支棒(2)とパイプ(4)とが相対的に回転することから可能となるものと認められる(当事者間に争いがない。)。被告の上記主張は理由がない。
以上により,引用発明においては,刊行物1の記載から,支柱ないしその上端の腋下支が略水平方向に移動可能であると認めることはできないから,審決の引用発明の認定は誤りである。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)について(1) 本願発明についてア 本願発明に係る明細書の記載本願発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2,2のとおりである。
また,本願発明の明細書(甲5ないし7。以下「本願明細書」という。)には,「弾性的支柱」に関して図面とともに次の記載がある。
すなわち,「図面に示す本発明の実施形態について説明する。受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から台3までの垂直な支柱2によって支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。支柱2は支持パイプ22と,この支持パイプ22中に滑動可能に嵌合した支持柱23とを有し,支持パイブ22及び支持柱23は,スチールで形成してもよいし,上に置かれた受台3が十分に動けるようにグラス・ファイバーや,いろいろな半径のばね,又はフラット・ばねで弾力性のあるものにしてもよい。これによって上部での腕の動きがより容易になる。」(2頁8行〜17行)。「支持パイプ22は下端がばね21によって支承され,ばね21は下端がスタンド4に設立された受筒5に受納されている。また支持パイプ22の上端はばね25によって支承され,ばね25の上下端は,受台3の支持孔6及び支持筒10内に受納され,支持筒10は支持パイプ22の上端に設けられている。」(2頁23行〜3頁4行),「また受台3は,これを支持する支柱2の上下端がばね21,25によって支持されているため,使用者の腕に当接している個所の全体に渡ってほぼ均一に柔軟に当接し,腕に疲労をあたえることが防止される。」(3頁9行〜12行)。
イ 本願発明の「弾性的支柱」について特許請求の範囲請求項1の記載のとおり,本願発明の「弾性的支柱」は,?「上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設され」,?それが動くにつれてアームレストが「略水平方向に移動可能であり」,?「ロッド形の単一の支承要素からなっていてアームレストを弾力をもって支承するためのばねを有」するとの構成を備えるものであって,発明の詳細な説明に照らしても,これと異なる格別の意味を有するものではない。
(2) 本願発明と引用発明との対比引用発明における「支柱」は,腋下受具(1)に固着された支棒(2)にスプリング(5)を巻き付け,上端に腋下支(6)を有するパイプ(4)をそのスプリング(5)にはめ込んで構成されているが,このうちパイプ(4)に弾力性があると認定できないことは前記のとおりであり,また,スプリング(5)も,腋下に対し弾性力による押上力を加えることに資する部材であって,その弾力をもって腋下支(6)を略水平方向に移動させるものということはできない。
したがって,引用発明における「支柱」は,本願発明の「弾性的支柱」に相当するということはできない。引用発明における「支柱」が本願発明の「弾性的支柱」に相当するとした審決の認定は,誤りである。
3 結論以上のとおり,その余の取消事由について判断するまでもなく(なお,本件審決に係る審判手続には,原告が取消事由4において主張する手続違背も存在すると解する。),原告の主張する取消事由には理由があり,その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 中平健
裁判官 上田洋幸