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関連審決 不服2007-18398
関連ワード 技術的思想 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10076号 審決取消請求事件
原告ニュー・ウェーブ・リサーチ
同訴訟代理人弁理士政木良文 佐伯直人
被告特許庁長官
同 指定代理 人千葉成就今村亘 黒瀬雅一 安達輝幸
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/12/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2007-18398号事件について平成20年11月11日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,下記2のとおりの本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)出願手続(甲8)及び拒絶査定発明の名称:「基板から素子を切り取る装置及び方法」出願番号:特願2003-373955号(以下,本件出願に係る明細書(甲8)を「本願明細書」という。)出願日:平成15年11月4日パリ条約による優先権主張:平成14年(2002年)11月5日(米国。以下「本件優先日」という。)手続補正日:平成18年8月18日(甲9)拒絶査定:平成19年3月28日付け(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成19年7月2日(不服2007-18398号)手続補正書提出日:平成19年7月2日(甲10。以下,この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。)審決日:平成20年11月11日審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成20年11月25日2本件補正の内容本件補正は,本件出願に係る特許請求の範囲(本件補正後は全21項)を補正するものであり,そのうちの請求項1に係る部分は,下記(1)の記載を同(2)の記載のとおりとするものである。以下において,(1)の本件補正前(平成18年8月18日付け手続補正後。以下同じ。)の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,(2)の本件補正後の請求項1に記載された発明を「本件補正発明」という。なお,(2)の下線部分は本件補正による補正箇所である。また,以下の文中の「/」は,原文の改行部分を示す。
(1)本件補正前の請求項1の記載製品の切断方法であって,/設置面を有する多孔性部材の上に前記製品を設置し,/前記設置面上の前記製品を前記多孔性部材の孔部を通して吸引することにより固定し,/前記吸引によって前記設置面上に固定された状態を維持したまま,レーザエネルギを用いて前記製品を個々の素子に切断して完全に分離すると共に,分離後の前記個々の素子夫々が前記多孔性部材の孔部からの吸引によって固定された状態を維持されることを特徴とする切断方法。
(2)本件補正後の請求項1の記載金属基板を有する製品の切断方法であって,/設置面を有する多孔性部材の上に前記製品を設置し,/前記設置面上の前記製品を前記多孔性部材の孔部を通して吸引することにより固定し,/前記吸引によって前記設置面上に固定された状態を維持したまま,レーザエネルギを用いて前記製品を個々の素子に切断して完全に分離すると共に,分離後の前記個々の素子夫々が前記多孔性部材の孔部からの吸引によって固定された状態を維持されることを特徴とする切断方法。
3本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由は,要するに,本件補正発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イないしエの周知例1ないし3に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができず,したがって,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下「法」という。)17条の2第5項において準用する特許法126条5項の規定に違反するから,法159条1項において準用する法53条1項の規定により却下すべきものであるとし,その結果,本件出願の請求項1に係る発明の要旨を本件補正前の請求項1の記載に基づいて本願発明のとおりと認定した上,本願発明は,前記引用発明及び周知技術に基づいて,また,特開平5-144939号公報(甲2)に記載された発明並びに下記アの引用例及び下記イないしカの周知例1ないし5に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア引用例:特開2001-170786号公報(甲1)イ周知例1:株式会社電子ジャーナル平成13年11月15日発行の「Electronic Journal」同月号(第92号)の194頁及び195頁に掲載された中村昌弘による「日本カンタム・デザインのLD励起固体UVレーザ発振器」と題する記事(乙3)ウ周知例2:特開2002-124772号公報(甲4。平成14年4月26日公開)エ周知例3:特開平10-50852号公報(甲5)オ周知例4:特開2001-176820号公報(甲6)カ周知例5:特開2001-196332号公報(甲7)(2)本件審決が認定した引用発明及び同発明と本件補正発明との相違点(以下「本件相違点」という。)は,次のとおりである。なお,以下の文中の「/」は,原文の改行部分を示す。
引用発明:非金属材料基板8の割断方法であって,/設置面を有する多孔質プレート板17の上に前記非金属材料基板8を設置し,/前記設置面上の前記非金属材料基板8を前記多孔質プレート板17の気孔穴を通して吸引することにより固定し,/前記吸引によって前記設置面上に固定された状態を維持したまま,レーザビームを用いて前記非金属材料基板8を個々のチップに割断すると共に,割断後の前記個々のチップ夫々が前記多孔性部材の孔部からの吸引によって固定された状態を維持される割断方法。
相違点:本件補正発明は,「金属基板を有する製品」を「切断」により「完全に分離する」が,引用発明は,「非金属材料基板8」を「割断」するものである点。
4取消事由本件相違点についての判断の誤り第3当事者の主張〔原告の主張〕(1)分断対象物について本件審決は,周知例1ないし3を引用し,金属がレーザエネルギによる分断対象物として周知であるとして,本件相違点のうち分断対象物に係る部分(本件補正発明が「金属基板を有する製品」であるのに対して,引用発明は「非金属材料基板8」である点。以下「分断対象物に係る相違点」という。)につき,「金属基板を有する製品」とすることは適宜選択し得る事項にすぎないと判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
ア引用発明における分断対象物について引用例の記載(【0045】,【0052】〜【0054】,【0057】〜【0059】)によると,引用発明における分断対象物は,レーザ照射によってき裂を発生させることのできる材料であって,500℃の温度に耐えるものから成るということができる。
イ引用発明に周知技術を適用することの阻害要因について周知例1ないし3に記載された周知技術は,いずれも,レーザエネルギを用いた加工の対象物を金属とするものであるところ,金属は,展性を有することから,レーザ照射を行うと,加熱により軟化(当業者に周知の事実である。)し,割断き裂が発生しない。したがって,レーザ照射により対象物を分断する引用発明に当該周知技術を適用し,分断対象物を「金属基板を有する製品」とした場合,これを個々の素子に分離することができないから,引用発明に当該周知技術を適用することには,阻害要因があるというべきである。
ウ引用発明及び本件補正発明の技術内容の看過について引用発明は,本件補正発明と同様,基板を多孔性部材上に設置し吸引固定した状態で個々の素子に分断する技術(ウェハのダイシング技術)に関するものであるから,レーザエネルギによって金属材料を切断し得ることを示すにすぎない周知技術を引用発明に適用しても,分断対象物に係る相違点に関して本件補正発明(上記ウェハのダイシング技術に係るもの)の構成に容易に想到することはできないというべきである。
周知技術の「切断」と引用発明の「割断」との技術的相違について被告は,非金属基板を対象とする「割断」(引用発明)と金属基板を対象とする「切断」(周知技術)とが,同一の技術分野に属し,分断対象物を異にするにすぎないと主張するが,以下のとおり,周知技術の「切断」と引用発明の「割断」とは,その内容を大きく異にする技術であって,分断対象物を異にするにすぎないという程度のものではない。
(ア)周知技術の「切断」について周知例1ないし3並びに浦井直樹ら著「Q&Aレーザ加工」と題する文献(平成5年7月20日発行)の抜粋(甲11及び乙1。以下,甲11と乙1とを併せて「乙1文献」といい,甲11中の記載を引用するときにのみ,書証番号を併記する。)及び金岡優著「機械加工現場診断シリーズ?レーザ加工」と題する文献(平成11年5月28日発行)の抜粋(乙2。以下「乙2文献」という。)に記載されたレーザ切断は,レーザ照射により,切断対象物に対して溶融及び蒸発という相変化を生じさせて切断するものであり(乙2文献の3頁図1.2参照),溶融・蒸発した切断対象物を除去・排出するため,アシストガスを利用するもの(乙1文献の57頁参照)である。
レーザ切断の場合,後記(イ)のレーザ割断の場合と異なり,レーザ照射時において,切断を深さ方向に切断対象物の厚み分まで進展させ,切断対象物を個々の素子に分離する必要がある。
(イ)引用発明の「割断」について引用発明のレーザ割断は,レーザ照射により,対象物の割断箇所を局所的に加熱することで熱応力を発生させ,これにより,き裂を所望の方向に進展させ,割断するもの(引用例の【0009】参照)であり,割断箇所の冷却のため,アシストガスを使用し(周知例4の【0049】〜【0057】参照),レーザ照射による加熱とアシストガスによる冷却との温度差に伴う熱応力により,割断き裂を発生させるものである。
レーザ割断の際に使用するレーザの出力は,レーザ切断の際に使用するそれと比較して低いものである。
レーザ割断は,溶融,蒸発等の相変化を伴わないため,溶融するなどした割断対象物を除去する必要がない。
レーザ割断の場合,レーザ照射後に物理的応力を与えることにより,き裂を深さ方向に進展させて完全に分離することが容易である(乙1文献(甲11)の99頁6〜9行参照)ため,レーザ照射時には,割断き裂を深さ方向に割断対象物の厚み分まで進展させて割断対象物を個々の素子に分離する必要がない。
(2)分断方法についてア実質的相違点ではないとした判断の誤りについて本件審決は,引用例の【0052】の記載を根拠に,本件相違点のうち分断方法に係る部分(本件補正発明が「切断」により「完全に分離する」ものであるのに対して,引用発明は「割断」するものであるとの点。以下「分断方法に係る相違点」という。)が実質的相違点ではないと判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(ア)本件補正発明の「切断して完全に分離する」との構成について本件補正発明の「切断して完全に分離する」との構成は,分断対象物を縦横方向のみならず深さ方向にも切断し,個々の素子に完全に分離することを意味する。
そして,前記(1)イのとおり,金属基板に対してレーザを照射しても割断き裂が発生しないことを踏まえ,本件補正発明においては,金属基板を有する製品を吸引した状態で,「レーザエネルギを用いて前記製品を個々の素子に切断して完全に分離する」こととしたものである。
(イ)引用発明の「割断する」との構成について本件審決が引用する引用例の【0052】の記載(「非金属材料基板の一方端からき裂を発生させ,他方端にまでそれを進展させる」)は,XY格子状にき裂を発生させること,すなわち,縦横方向にき裂を発生させることを開示するにすぎない(引用例の【0054】参照)し,また,引用発明において分断対象物を金属基板を有する製品とした場合に,XY格子状にすら割断き裂を発生させることができないことは,前記(1)イのとおりである。
(ウ)レーザ切断とレーザ割断との技術的相違について以上に加え,前記(1)エのとおりのレーザ切断とレーザ割断との技術的相違を併せ考慮すると,引用例の【0052】の記載をもって,引用発明の「割断する」との構成が本件補正発明の「切断して完全に分離する」との構成に含まれるということはできない。なお,このことは,後記イのとおり,本件審決が,「完全に分離する」ようにするか否かはレーザエネルギの量等によって定まると説示していることからも明らかである。
イ目的に応じて選択すべき事項にすぎないとした判断の誤りについて本件審決は,「完全に分離する」ようにするか否かがレーザエネルギの量等によって定まるものであるとして,分断方法に係る相違点につき,当業者が目的に応じて選択すべき事項にすぎないと判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(ア)本件審決にいう「目的」について分断方法に係る相違点に関し本件補正発明の構成を選択する目的は,単に,レーザエネルギを用いて金属基板を完全に分離するように切断することではなく,金属基板を有する製品を,多孔性部材上に設置し吸引固定した状態で,レーザエネルギを用いて,個々の素子に切断して完全に分離するというもの(ウェハのダイシング)である。このことに加え,前記(1)のとおり,引用発明を金属基板に適用することができないことをも併せ考慮すると,引用例又は周知例1ないし3に,このような目的が明記されていなければ,引用発明において分断方法に係る相違点に関する本件補正発明の構成を採用する動機付けがないというべきである。
この点に関し,被告は,乙1及び乙2文献を引用して,個々の素子に切断して完全に分離することが切断の態様として一般的なものにすぎないと主張するが,被告の主張は,分断方法に係る相違点に関する本件補正発明の構成の上記目的を看過するものとして,失当である。
引用発明は,非金属基板に対してしか使用することのできないものであり,引用例に,引用発明が金属基板に対して使用可能である旨の記載や示唆はないのであるから,引用例には,分断方法に係る相違点に関して本件補正発明の構成を選択すべき目的又は動機付けについての記載がない。
周知例1は,当業者が実施することのできる程度に技術内容を開示するものではないし,どの加工対象に対してどの内容の加工を施すかという組合せを指定するものでもないから,同周知例により,分断方法に係る相違点に関して本件補正発明の構成を選択すべき目的又は動機付けが導かれるものではない。
周知例2及び3は,基板上の上層部分に形成された金属部分のみを隣接領域と電気的に分離するように切断するとの技術を示唆するものにすぎず(周知例2の図3,周知例3の【0004】及び図1(d)参照),これらの周知例に記載された技術は,基板を個々の素子に切断して完全に分離するものでないことが明らかであるから,分断方法に係る相違点に関する本件補正発明の上記目的とは異なる目的を有する技術にすぎないといえ,したがって,これらの周知例により,分断方法に係る相違点に関して本件補正発明の構成を選択すべき目的又は動機付けが導かれるものではない。
乙1及び乙2文献についても,周知例2及び3の場合と同様,分断方法に係る相違点に関して本件補正発明の構成を選択すべき目的又は動機付けを導き出すものではない。
(イ)本件審決にいう「レーザエネルギの量等」について引用例の記載(特に,【0063】〜【0064】,【0066】参照)によると,引用発明は,非金属基板を個々のチップに分離するため,き裂がXY方向の直線上に進展することを要するものであり,レーザエネルギの量を増加した場合,所望の直線のき裂が進展しない可能性を否定することのできないものである。したがって,引用発明は,単にレーザエネルギの量を調整するだけでは,非金属基板を個々のチップに分離することができないものであり,その他,引用例には,レーザエネルギの量を調整することにより,き裂を直線上に進展させ,非金属基板を個々のチップに分離することができるとの記載又は示唆はない。そもそも,前記(1)イのとおり,分断対象物が金属基板を有する製品である場合,引用発明のレーザ照射によっては,レーザエネルギの量を調整しても,き裂が進展することはない。
また,周知例1ないし3にも,レーザエネルギの量を調整することにより,金属基板を有する製品を個々の素子に切断して完全に分離することができるとの記載又は示唆はない。
さらに,本件補正発明は,レーザ照射によって残存する溶融金属等の残骸を基板裏面側から多孔性部材の孔部を通して吸引することをも手段として,個々の素子に完全に分離することを実現するもの(本願明細書の【0016】,【0029】参照)である。
この点に関し,被告は,本件補正発明につき,本願明細書の記載(【0029】,【0035】)を根拠に,残骸の除去が多孔性部材の孔部を通した吸引により行われるものではないと主張するが,これらの記載は,上方に流出する蒸発したアブレーション種の残骸(乙2文献の3頁図1.2のA部分参照)のみについていうものにすぎないところ,本件補正発明は,レーザエネルギの照射により深さ方向に進展した孔の底部やその周辺に残存する残骸をも除去する必要のあるものであり,これらの残骸は,多孔性部材の孔部を通して吸引されるものであるから,被告の主張は,この点を看過したものである。
また,被告は,引用発明においても,多孔性部材の孔部を通した残骸の吸引が行われると主張するが,引用発明は,レーザ割断に関するものであり,溶融,蒸発等の相変化を伴わないものであるから,除去すべき残骸が存在しないし,また,深さ方向に完全に切断する工程を含まないものであることなどから,レーザエネルギの照射による孔が基板の底部にまで達しないもの(レーザ割断に係る周知例5の【0036】参照)である。したがって,引用発明において,基板の底面側に達した孔やその周辺に残存する残骸を多孔性部材の孔部を通して吸引することはない。
以上のとおり,「完全に分離する」ようにするか否かが,単にレーザエネルギの量によって定まるとする根拠はない。
本件審決は,「完全に分離する」ようにするための条件を「レーザエネルギの量等」としているが,レーザエネルギの量以外の条件を「等」というあいまいで不明りょうな概念で表現すること自体,失当である。
以上に加え,前記(1)エのとおりのレーザ切断とレーザ割断との技術的相違をも併せ考慮すると,レーザエネルギの量等を調整することによって分断方法に係る相違点に関する本件補正発明の構成を採用することにつき,当業者が選択すべき事項にすぎないなどということはできない。
ウ完全に分離する切断が周知であるとした認定の誤りについて本件審決は,分断方法に係る相違点につき,金属部分をレーザエネルギにより「完全に分離」するように「切断」することは周知例2及び3にみられるように周知であると判断したが,前記イ(ア)のとおり,これらの周知例に記載された技術は,レーザエネルギを用いて金属基板を有する製品を個々の素子に「切断して完全に分離する」ものではないから,本件審決の判断は誤りである。
(3)本件相違点に係る判断の手法について本件補正発明は,分断対象物を「金属基板を有する製品」とするが故に,分断方法として「切断して完全に分離する」との構成を採用した点に意義を有するものであり,本件補正発明の分断対象物は分断方法の前提条件ともいうべきものであるから,両者は,相互に連関し,一体不可分の関係にある。したがって,この点を看過し,分断対象物に係る相違点と分断方法に係る相違点とを別個に判断した本件審決は誤りである。
〔被告の主張〕(1)分断対象物について乙1文献(56頁9行,59頁2〜4行,同頁10〜12行)及び乙2文献(3頁下から8〜7行,4頁3〜4行,5頁末行〜6頁下から6行)の記載によると,レーザエネルギを利用した分断の対象物として,金属であるか非金属であるかを問わないことは,当業者の技術常識(なお,本願明細書の【0013】参照)である。
そうすると,非金属基板を対象とする割断と金属基板を対象とする切断とは,ともに,レーザエネルギを利用した分断という同一の技術分野に属し,その分断対象物を異にするものにすぎないのであるし,引用発明の分断対象物を「金属基板を有する製品」とすることに阻害要因があるということもできない。
(2)分断方法についてア実質的相違点ではないとした判断の誤りについて引用発明の非金属基板を対象とした「割断」は,結果として,非金属基板を「完全に分離する」こととなるものであるから,引用発明の「割断する」との構成が本件補正発明の「切断して完全に分離する」との構成に含まれ,分断方法に係る相違点が実質的相違点ではないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ目的に応じて選択すべき事項にすぎないとした判断の誤りについて(ア)本件審決にいう「目的」について本件審決にいう「目的」が,分断対象物としての金属基板を「完全に分離する」ように「切断」することを意味することは,その文脈から明らかである。
前記(1)のとおり,非金属基板を対象とする割断と金属基板を対象とする切断とは,ともに,レーザエネルギを利用した分断という同一の技術分野に属し,レーザエネルギを利用した分断を金属基板に対して使用することができることは,技術常識である。
本願明細書の記載(【0017】,【0054】)のとおり,製品を切断する際には,多孔性部材が切断されないことが望ましいところ,周知例2及び3は,このことを踏まえ,多層構造の加工対象物において,上部層である金属部分を「完全に分離する」例を示すものである。
個々の素子に「切断して完全に分離する」ことは,乙2文献(63頁図2.32(a))にもみられるように,「切断」の態様として,一般的なものにすぎない。なお,乙1文献にも,図示はないが,「切断」が個々の素子に「切断して完全に分離する」ものを含むとの記載があることは明らかである。
以上に加え,金属基板が,非金属基板と異なり,き裂の進展による割断が生じないとの性質を本来有することを踏まえると,金属基板を完全に分離するまで切断することは当然であるから,本件審決が引用する刊行物に上記目的が明記されていないからといって,本件審決の判断に誤りがあるということはできない。
(イ)本件審決にいう「レーザエネルギの量等」について乙1文献(59頁10〜12行,62頁19〜20行)及び乙2文献(51頁下から2行,同頁表2.4)の記載によると,加工条件として,レーザエネルギの量が重要であり,加えて,その他の条件として,出力形態,周波数,デューティー,速度等があることは明らかであるから,「完全に分離」するようにするか否かがレーザエネルギの量等によって定まるとした本件審決の判断に誤りはない。
なお,原告が主張する本件補正発明の基板裏面側からの多孔性部材の孔部を通した吸引による残骸の除去については,本件補正後の請求項1に記載がないし,本願明細書の発明の詳細な説明の記載(【0029】,【0035】)をみても,残骸の除去は,多孔性部材の孔部を通した吸引により行われるものではない。仮に,本件補正発明における残骸の除去が多孔性部材の孔部を通した吸引により行われるものであるとしても,引用発明も,分断対象物を吸引するものであるから,この点において本件補正発明と異なるところはない。
(3)本件相違点に係る判断の手法について金属基板は,非金属基板と異なり,き裂の進展による割断が生じないとの性質を本来有するものであるところ,周知例2及び3並びに乙1及び乙2文献に示された技術常識を踏まえると,レーザエネルギを利用した分断の対象物を金属基板とする場合,レーザエネルギの量等を工夫して,これを「完全に分離する」ことは,分断対象物の相違に伴って当然考慮すべき設計的事項にすぎない。
本件審決は,このことを踏まえ,分断対象物に係る相違点及び分断方法に係る相違点を総合勘案して判断しており,その判断に,原告が主張するような誤りはない。
第4当裁判所の判断1レーザ切断及びレーザ割断について(1)証拠(甲1,乙1,2)及び弁論の全趣旨によると,本件優先日当時の当業者の技術常識として,次の事実が認められる。
アレーザ切断について(ア)レーザ切断は,レーザ光を照射して加工対象物を加熱することにより,加工対象物に対し,溶融,次いで蒸発という相変化を生じさせ,これを切断するとの技術であり,金属材料であると非金属材料であるとを問わずに加工対象物とすることのできるものである(乙1文献の56頁3〜9行,57頁1〜4行,59頁1〜4行,乙2文献の2頁15〜23行,3頁図1.2)。
(イ)レーザ切断における加工条件としては,レーザ出力が加工対象物を溶融する能力と直接の関連を有するパラメータとなり,また,レーザ光の出力形態(連続発振又はパルス発振)も重要な条件となるが,その他,周波数,デューティ,切断速度,ガス圧,ガス種,ピアシング時間,焦点位置,加工対象物の材質及び板厚,加工形状等の複数のパラメータが存在する(乙1文献の62頁15行〜63頁末行,乙2文献の50頁下から2行〜57頁末行,51頁表2.4)。
(ウ)レーザ切断において,加工対象物の板厚が大きい場合等には,レーザ出力を増大させる必要がある(乙1文献の59頁8〜12行,同頁図3.9,乙2文献の62頁3〜10行)。
イレーザ割断について(ア)レーザ割断は,レーザ光を照射して加工対象物に熱応力を発生させ,これによってき裂を進展させ,加工対象物を分断するとの技術である(引用例の【0009】)。
(イ)金属材料は,展性を有することから,レーザ照射を受けると加熱により軟化し,き裂の進展による割断を生じさせることができない。したがって,金属材料は,レーザ割断には適しない(弁論の全趣旨)。
(2)上記(1)の本件優先日当時の当業者の技術常識に照らすと,加工対象物が金属基板であるか非金属基板であるかに応じて,レーザ切断の方法を採用するかレーザ割断の方法を採用するか,また,レーザ切断の方法を採用する場合において,レーザ出力を始めとする各種加工条件を調整することにより,加工対象物をどの程度の厚さにまで切断するかについては,いずれも,本件優先日当時の当業者にとって,適宜工夫して選択することのできる事項であったものと認めるのが相当である。
2引用発明の技術的思想及び割断の状態について(1)引用例の記載引用例には,次の記載がある。
【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,非金属材料基板をレーザビームで割断加工してチップとするための非金属材料基板の加工方法及びその装置に関するものである。
【0002】【従来の技術】…非金属基板を微少サイズのチップ状に精密分断加工する技術の要求が高まってきている。
【0005】図9は,従来のCO レーザービームを用いた非金属材料基板の加工2装置の概略図を示したものである。
【0007】非金属材料基板8は,XYZθ移動装置(あるいはXYθ移動装置)12上のワークテーブル9上に真空吸着されている。
【0008】10は真空吸引穴であり,11は上記真空吸引穴10を通して基板8の裏面をワークテーブル9上に真空吸着するための真空排気装置である。
【0009】CO レーザービーム2-3は,X(あるいはY)方向に移動中の非2金属材料基板8の一方の端から他方の端に向かって照射される。それによって基板8には熱応力によってき裂が発生され,そのき裂を進展させることによって割断により,基板8は分断される。
【0010】図10は非金属材料基板8を格子状に分断し,チップ13-1,…を得る方法の模式図を示したものである。
【0012】各々のチップ13-1,…の裏面には真空吸引穴10-1…10-64が設けられている。
【0014】【発明が解決しようとする課題】ところが従来のレーザを用いた割断加工方法及びその装置にはまだ次のような問題がある。
【0015】(1)チップサイズが数mm角か,それより小さくなってくると,それぞれ分断するチップ面の裏面に設けた真空吸引穴10も直径が数mmか,それより小さくしないといけない。なぜならば,それぞれの分断したチップが割断加工時に吹き飛ばされないように,しっかりと真空吸着しておかなければならないからである。しかし,直径が1mmかそれよりも小さくなると,真空吸引力が大幅に低下し,真空吸引が難しい。またワークテーブル上に上記真空吸引穴10を1mm間隔で多数設けることが機械寸法精度(ワークテーブルの平坦性)の面からも難しい。
【0016】(2)上記真空吸着力の弱さのために,割断加工中にき裂部分に隙間が発生してしまい,直交して格子状にき裂を発生させる際に,き裂を発生しにくくしたり,格子状の交叉部に不連続なき裂が発生したりして四角形(あるいは長方形)のチップを寸法精度良く分割することが難しい。また最悪の場合には割断加工中にチップが飛び散ってしまうなどの問題点があった。
【0017】(3)割断終了時に分断したそれぞれのチップを整列良く取り出して搬送することが難しい。
【0018】そこで,本発明の目的は,上記課題を解決し,レーザビームで非金属材料基板を割断する際に,その非金属材料基板をしっかり真空吸着できる非金属材料基板の加工方法…を提供することにある。
【0019】【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために,請求項1の発明は,非金属材料基板をレーザビームで割断してチップ状の基板とする非金属材料基板の加工方法において,…多孔質プレート板上に非金属材料基板を置き,その多孔質プレート板の下から真空排気して多孔質プレート板上に非金属材料基板を真空吸着させながらレーザビームで割断するようにした非金属材料基板の加工方法である。
【0020】請求項2の発明は,非金属材料基板をレーザビームで割断してチップ状の基板とした後,その各チップを分離して取り出す非金属材料基板の加工方法において,…非金属材料基板を真空吸着させながらレーザビームで割断した後,その割断した非金属材料基板シートにUV接着シートを貼り付け,真空吸着をブレークした後その非金属材料基板をUV接着シートごと多孔質プレート板から分離し,その後UV接着シートにUV光を照射してその接着力を弱めて各チップ状の基板をそれぞれ分離して取り出すようにした非金属材料基板の加工方法である。
【0043】非金属材料基板8は,XYZθ移動装置(あるいはXYθ移動装置)12上のワークテーブル19上に真空吸着されている。
【0044】本発明においては,このワークテーブル19を改良した点にある。
【0045】すなわち,ワークテーブル19には,…多孔質プレート板17が取り付けられ,その多孔質プレート板17の上に非金属材料基板8が置かれ,また多孔質プレート板17の下面のワークテーブル19には真空排気口18が設けられ,…その真空排気口18を,真空排気装置11で真空排気することにより,非金属材料基板8の下面は多孔質プレート板17,真空排気口18を介して真空引きされて多孔質プレート板17上に吸引されるように構成されている。
【0047】この多孔質プレート板17は,数μm〜100μm程度の沢山の気孔穴を有する構造からなり,割断き裂によって1mm角程度のチップに分断する場合でも十分に真空吸着して非金属材料基板8を多孔質プレート板17上に固持することができる。
【0048】また多孔質プレート板17の表面は,従来の真空吸引穴10を多数設けたワークテーブル9の表面に比してはるかに平滑な表面である…。
【0051】工程1;…XYZθ方向に電気駆動に移動できる移動装置上に設置された多孔質プレート板上に非金属材料基板を置く。…多孔質プレート板は,数μmから100μm程度の多数の気孔穴を有するプレート板であり,この多孔質プレート板の下から真空排気する機構を設けておけば,非金属材料基板は多孔質プレート板上に真空排気され,割断加工時にもアシストス吹き付けで吹き飛ぶことがない。
また割断した微少サイズチップ(0.数mm角)も十分真空吸着された状態で多孔質プレート板上に吸着固定される。
【0052】工程2;…真空吸着されている非金属材料基板…をX方向に…移動させつつ,CO レーザビームを非金属材料基板上の一方端から他方端まで照射する。
2これにより,非金属材料基板の一方端からき裂を発生させ,他方端にまでそれを進展させる。同様の操作を非金属材料基板をY方向に所望ピッチずらせて再びX方向に割断き裂を発生させる。さらに上記操作を複数回繰り返すことにより,非金属材料基板のY方向に所望のピッチで割断き裂を基板の一方端から他方端まで形成する。
【0053】工程3;…上記基板を移動装置で90°回転させ,…CO レーザビ2ームを非金属材料基板上に照射しつつ…非金属材料基板をY方向に…移動させて,一方端から他方端まで割断き裂を発生させる。そして再びX方向に所望ピッチずらせてY方向に割断き裂を発生させる工程を複数回繰り返す。
【0054】以上のような操作により,非金属材料基板上にXY格子状に割断き裂を発生させる。
【0056】次に工程3で分断した微少サイズの多数のチップを配列を乱さずに一体的に取り出して搬送し,最後にそれぞれのチップを分離して取り出す工程について説明する。
【0057】工程4;…工程3で割断き裂の発生した非金属材料基板を真空吸着した状態で,その基板表面にUV接着シートを貼り付ける。…【0058】工程5;…真空排気装置の真空をブレークしてUV接着シート付き非金属材料基板を多孔質プレート基板上から分離して搬送機構に移し搬送する。各々のチップはUV接着シートに貼り付けられているので,搬送中にはがれ落ちてバラバラになることがない。
【0059】工程6;…UV接着シートの反対面(非金属材料基板が貼り付けられていない面)側からUV光を照射する。このUV光照射により,上記UV接着シートの粘着力が大幅に低下…し,割断き裂されたそれぞれのチップが分離され,容易に上記UV接着シート上から取り出すことができる。…【0060】以上のように,レーザ割断加工中にチップが吹き飛んだり,き裂部分に不要な隙間が発生することもなく,また非常に微少チップサイズのものでも十分に真空吸着して位置保持をすることができ,さらに,割断したチップを取り出す際にバラバラに分離してチップの基板上での位置など判らなくなることなどがなく,割断き裂を発生させた状態のまま加工装置から取り出して搬送することができ…る。
【0080】【発明の効果】以上要するに本発明によれば,次のような効果を奏する。
【0081】(1)基板裏面全体が一様に,かつ非常に強く真空吸着されているので,微少なサイズのチップに割断加工時に,割断したチップがアシストガスで引き飛んだり,チップとチップとの間に隙間が生じても割断加工寸法精度が低下することがない。
【0082】(2)割断終了時に,割断した基板形状をそのまま保った状態,すなわち,それぞれのチップがバラバラにならないようにUV接着シートを基板表面に貼り付けて別の場所に搬送することができる。…【0083】(3)多孔質プレート板は非常な平滑な表面をしているので,割断したチップがmmサイズの微少なものでも割断加工中にチップが吹き飛ばされることはなく多孔質プレート板上に真空吸着させることができる。
【0084】(4)割断した基板ごと加工装置から取り出して搬送することができるので,…割断した後に,それぞれのチップを加工装置から1個ずつ取り出すのに比し,大幅な時間短縮を図ることができる。
(2)引用発明の技術的思想上記(1)の引用例の記載(【0017】,【0020】,【0056】〜【0059】,【0082】,【0084】を除く。)によると,引用発明の技術的思想は,従来技術(個々のチップに対応する形でワークテーブルに複数の真空吸引穴を設けることにより非金属材料基板をワークテーブルに真空吸着させて,これにレーザビームを照射して割断を行うとの方法)において個々のチップの大きさを数mm角以下とする場合に生じる問題点,すなわち,個々のチップの大きさを小さくすることに伴う真空吸引穴の小型化による真空吸着力の低下,機械寸法精度(ワークテーブルの平坦性)の確保の困難性等を解決するため,従来のワークテーブルに個々のチップに対応する形で複数の真空吸引穴を設けるとの方法に代えて,ワークテーブルに多孔質プレート(数μm〜100μm程度のたくさんの気孔穴を有するもの)を取り付け,その下面に真空排気口を設けた上,多孔質プレート上に非金属材料基板を置いて真空吸着するとの方法を採用し,もって,十分な真空吸着力を維持するとともに,非金属材料基板と接触する面(多孔質プレートの上面)の平滑性を確保する点にあるということができる。
そうすると,引用発明は,前記第2の3(2)のとおり,レーザビームを用いて非金属材料基板を割断する方法に係る発明ではあるものの,その技術的思想は,加工対象物が非金属材料基板であること及び加工方法としてレーザ割断を採用したことに固有のものではなく,加工対象物が金属基板を有する製品である場合であっても,加工方法がレーザ切断の場合であっても,十分に妥当するものであるというべきである。
(3)引用発明の割断の状態上記(1)の引用例の記載(【0015】〜【0020】,【0051】,【0056】〜【0060】,【0081】〜【0084】)によると,?引用発明は,非金属材料基板を割断してチップ状の基板とする方法に係るものであること,?従来技術は,個々の分断したチップが割断加工時に吹き飛ばされないようにするため,これをしっかりと真空吸着することを必要とするものであったところ,当該従来技術において個々のチップを小型化する場合,これに伴う真空吸引穴の小型化により真空吸着力が低下し,割断加工中にチップが飛び散ってしまうなどの問題が生じるため,引用発明の方法を採用することにより,割断された非常に微小なチップであっても,これを十分に真空吸着することができるようになったこと,?従来技術においては,割断終了時に,分断した個々のチップを整列した状態のまま取り出して搬送することが困難であるとの問題があったところ,引用発明の方法に加え,UV接着シートを割断した非金属材料基板に貼り付けることにより,個々のチップが取出しや搬送の際にばらばらに分離するということがなくなり,他方,非金属材料基板が接着されたUV接着シートにUV光を照射することにより,必要なときに個々のチップを分離することができるようになったことが認められる。
このように,引用発明の割断により,個々のチップは,割断加工中に飛び散ったり,取出しや搬送の際にばらばらに分離したりする状態にまで分断されるというのであるから,引用発明の割断によって,個々のチップは,完全に分離された状態となるものと認めるのが相当である。
3本件審決の判断の当否について前記1の本件優先日当時の当業者の技術常識及び前記2(2)の引用発明の技術的思想に照らすと,引用発明の分断対象物を「金属基板を有する製品」とし,引用発明の分断方法を「切断して完全に分離する」ものとすることは,当業者が適宜工夫し,選択することのできた事項にすぎないということができるから,本件相違点に係る本件補正発明の構成を採用することは,本件優先日当時の当業者において容易に想到し得たものと認めざるを得ない。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないというべきである。
4原告の主張の当否について(1)原告は,金属が展性を有し,レーザ照射を行っても割断き裂が発生しないとして,引用発明の分断対象物を「金属基板を有する製品」とすることには阻害要因があると主張するが,前記2(2)のとおり,引用発明の技術的思想が,非金属材料基板を加工対象物とすること及びレーザ割断を加工方法とすることに固有のものではなく,金属基板を有する製品を加工対象物とする場合であっても,レーザ切断を加工方法とする場合であっても,十分に妥当するものであることからすると,原告が主張する金属の特性を考慮しても,引用発明の分断対象物を「金属基板を有する製品」とすることに阻害要因があるということはできない。
(2)原告は,レーザエネルギによって金属材料を切断し得ることを示すにすぎない周知技術を引用発明に適用しても,金属基板を有する製品を多孔性部材上に設置し吸引固定した状態で個々の素子に分断するとの本件補正発明の構成に容易に想到することはできないと主張するが,製品を多孔性部材上に設置し吸引固定した状態で分断するとの点は,本件相違点には含まれない(なお,原告は,本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点(本件相違点)に係る本件審決の認定を争うものではない。)ものであるから,原告の主張は,相違点でない本件補正発明の構成を根拠として本件相違点に係る本件審決の判断の誤りをいうものであって,失当である。
(3)原告は,レーザ割断の場合,レーザ照射時には,割断き裂を深さ方向に割断対象物の厚み分まで進展させてこれを個々の素子に分離する必要がないとして,引用発明においても,非金属材料基板が割断により完全に分離されていないと主張するが,レーザ割断におけるレーザ照射時に,割断き裂を深さ方向に割断対象物の厚み分まで進展させてこれを個々の素子に分離する必要があるか否かはともかく,少なくとも引用発明においては,前記2(3)のとおり,割断によって,個々のチップが完全に分離された状態となるものと認められるのであるから,原告の主張を採用することはできない。
(4)原告は,分断方法に係る相違点に関し本件補正発明の構成を選択する目的が,単に,金属基板を有する製品を完全に分離するように切断することではなく,金属基板を有する製品を,多孔性部材上に設置し吸引固定した状態で個々の素子に切断して完全に分離することであるとした上,これを前提として,引用例等の刊行物から,分断方法に係る相違点に関する本件補正発明の構成を選択すべき目的又は動機付けが導かれるものではないと主張するが,上記(2)と同様,原告の主張の前提は,相違点でない本件補正発明の構成を根拠とするものであるから,原告の主張は,その前提において誤りであるといわざるを得ない。
また,前記1の本件優先日当時の当業者の技術常識に照らすと,レーザエネルギを用いて金属基板を有する製品を個々の素子に「切断して完全に分離する」との本件補正発明の構成は,レーザ出力を始めとする各種加工条件を調整することにより,当業者が適宜工夫することにより得られたものであることが明らかであるから,この点からも,原告の主張は理由がないというべきである。
(5)原告は,単にレーザエネルギの量を調整することによって金属基板を有する製品を個々の素子に「切断して完全に分離する」との本件補正発明の構成を得ることはできず,かえって,本件補正発明は,レーザ照射によって残存する残骸を基板裏面側から吸引することをも手段として,金属基板を有する製品を個々の素子に「切断して完全に分離する」ことを実現するものであると主張するが,前記1(1)アのとおり,レーザ切断は,レーザ光を照射して加工対象物を切断するとの技術であり,また,その加工条件には種々のものがあるところ,特に,加工対象物の板厚が大きい場合の最も重要な加工条件として,レーザ出力(レーザエネルギの量)が挙げられるのであるから,主たる加工条件としてレーザエネルギの量を調整した上,その余の諸条件を適宜調整することにより,金属基板を有する製品を個々の素子に「切断して完全に分離する」ことができることは明らかというべきである(なお,本件審決も,「完全に分離する」ようにするか否かは,レーザエネルギの量等によって定まるものであると説示している。)し,他方,原告が主張する残骸の吸引は,本件補正後の請求項1に全く記載されていないものであるから,いずれにせよ,原告の主張を採用することはできないというべきである。
(6)原告は,「完全に分離する」ようにするための条件を「レーザエネルギの量等」とした本件審決の説示が,あいまいで不明りょうな概念を用いるものとして失当であると主張するが,前記1(1)アに認定した事実は,本件優先日当時の当業者の技術常識であるから,本件審決が用いた「等」に含まれるものが,レーザ光の出力形態,周波数等を指すものであることは,当業者にとって明らかであり,したがって,本件審決がこのような説示をしたことをもって,これを違法ということはできない。
(7)原告は,本件補正発明の分断対象物と分断方法との相互連関性及び一体不可分性を看過し,分断対象物に係る相違点と分断方法に係る相違点とを別個に判断した本件審決が誤りであると主張するが,本件審決は,本件相違点についての判断において,まず,分断対象物に係る相違点に関する本件補正発明の構成(「金属基板を有する製品」)を採用することの容易想到性について検討し,これを肯定する旨の判断をした上,分断対象物が「金属基板を有する製品」であることを前提として,分断方法に係る相違点に関する本件補正発明の構成(「切断」により「完全に分離する」)を採用することの容易想到性について検討している(そのことは,5頁19〜20行の説示に明示的に表れている。)と解されるから,本件審決が原告の主張する相互連関性等を看過して両相違点を別個に判断したものということはできないし,また,前記3のとおり,両相違点を併せて判断しても,本件審決と同旨の結論に至るのであるから,いずれにせよ,原告の主張は理由がない。
5結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲