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事件 平成 21年 (ネ) 10036号 業務委託料等請求控訴事件
控訴人株式会社デプロ
訴訟代理人弁護 士大越徹
被控訴人株 式会社T−TECH
訴訟代理人弁護 士小畑英一
同 柴田祐之
同 島田敏雄
同 森直樹
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/12/17
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原判決を次のとおり変更する。
2控訴人は,被控訴人に対し,4620万円及び内金1155万円に対する平成16年7月1日から,内金1155万円に対する同年8月1日から,内金1155万円に対する同年9月1日から,内金1155万円に対する同年10月1日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3被控訴人のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は,第1,2審を通じて3分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
5この判決の第2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
全容
第1控訴の趣旨1 原判決を取り消す。
2被控訴人の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
第2事案の概要【略称は原判決の例による。】1平成15年10月から関東1都3県の条例により実施されることになっていたディーゼルエンジンの排気ガスの規制を巡り,上記規制に合致する粒子状物質(PM)削減装置を製造販売すべく,一審原告たる被控訴人(旧商号株式会社徳大寺自動車文化研究所)が技術情報及び下記発明を提供し,一審被告たる控訴人がこれに要する資金捻出と製造販売を行う等として,控訴人と被控訴人が平成14年12月25日付けで,?特許実施許諾及び技術援助契約(本件許諾契約。甲1)並びに?試験研究及び技術指導業務委託契約(本件業務委託契約。甲2)を締結していたところ,本件訴訟は,被控訴人が控訴人に対し,上記?の本件許諾契約に基づく,平成15年分(平成15年1月1日から同年12月31日まで分)の実施許諾料(年間ミニマムロイヤルティ)2100万円(消費税込)及びこれに対する平成16年1月31日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金と,上記?の本件業務委託契約に基づく,平成16年6月分ないし同年9月分の業務委託料月額1155万円(合計4620万円・消費税込)及びこれに対する各月分の支払期日の翌日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
記(1) 特許出願番号 特願2002-288638号発明の名称ディーゼルエンジン低負荷時におけるPM連続再生方法出願人株式会社徳大寺自動車文化研究所(2) 特許出願番号 特願2000-153889号発明の名称ディーゼルエンジンの低負荷時高排気温度維持装置出願人株式会社兼坂技術研究所(3) 特許出願番号 特願2001-129833号発明の名称エンジンの排気処理方法及びその装置出願人株式会社兼坂技術研究所(4) 特許出願番号 特願2002-094174号発明の名称多気筒ディーゼルエンジンの排気浄化装置出願人株式会社兼坂技術研究所2原審の東京地裁は,平成21年4月16日,控訴人の主張を全て排斥して被控訴人の請求を全部認容したため,これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。
3なお,被控訴人は,平成19年10月10日に東京地裁から再生手続開始の決定を受け,平成20年5月8日に再生計画認可決定が確定している。
第3当事者の主張当事者双方の主張は,当審における主張を次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。
1当審における控訴人の主張(1) 本件業務委託契約における契約期間(争点1-1)アスケジュールが定められなかった旨の認定について原判決は,「…本件業務委託契約は,委託業務について,研究開発の期限やスケジュールを定めていない…」(38頁10行〜11行),「…本件業務委託契約に係る契約書(甲2)中には,自動更新の回数を制限する規定は存しない。」(45頁下4行〜下2行)などと判示する。
本件業務委託契約そのものに開発スケジュールなどが記載されていないことはそのとおりである。
しかし,本件で問題となっている排ガス浄化装置を巡るプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)において,W-1を遅くとも八都県市条例が施行される平成15年10月1日までに販売すべきこと,その前提として被控訴人は,W-1の開発をその数か月前までには完了させるべきことは,関係当事者間で合意されていたことであるから,本件業務委託契約に記載していないから当事者間では「研究開発の期限やスケジュールを定めていない」という認定は誤りである。
この関係で原判決は,「…八都県市条例が平成15年10月1日に施行されるため,原告及び被告が,それ以前に本件許諾製品の販売準備を整えることを目指していたからといっても,本件業務委託契約における委託業務は,本件許諾製品の設計,実験,製造等に関する試験研究並びに技術指導に関する業務であり,その進行には不確定な面があることが否めない…」とも判示する(47頁下2行〜48頁3行)。しかし,本件プロジェクトには我が国のそうそうたる著名企業も参画し,しかも実際にこれらの著名企業は控訴人及び被控訴人に出資し,プロジェクトの推進にも巨額の費用が使用されている。このような現実に照らすならば,「その進行には不確定な面があることが否めない」との判示はあまりにも浮世離れしたものであるといわざるを得ない。しかも,本件許諾契約(甲1)は被控訴人と兼坂技研との間の平成14年9月26日付け特許実施許諾及び技術援助契約書を前提としているところ,上記判示は,同契約中に「乙(判決注:被控訴人)が,自ら又はサブライセンシーにより2003年12月31日迄に『許諾製品』の製造,販売を開始しない場合には,甲は乙に対し書面による通知をすることにより何時でも本契約を解除することができる。」とされている(乙19,8-6)こととも全く整合しない。
イ平成15年9月16日付け合意について原判決は,平成15年9月16日付け合意(甲3)に関し,「…本件業務委託契約における委託業務に,粒子状物質(PM)と窒素酸化物(NOx)を同時に削減するシステムの試験研究業務を追加することを合意したものであり,上記合意は,原契約,すなわち,本件業務委託契約に付帯する契約としてされたものである。」と判示する(46頁1行〜5行)。
しかし,このような合意が締結された平成15年9月16日の時点ではW-1の開発は全く完了していなかったし,W-1の開発自体は,控訴人がそのモニター販売中止を正式に決定した平成16年1月までは公式にも継続していたのである。逆に,NOxPM法及びこれに対応すべきW-2に関しては,被控訴人はどんなに遅くとも平成15年7月までには研究を開始していた。このような経緯からすれば,この平成15年9月16日時点では,被控訴人はW-1のみならずW-2の開発も既に手がけていたことが明らかである。そうすると,W-1の開発は完了していないからその後も続行し,他方でW-2の開発はその以前から既に着手していたという状況において,NOxPM法及びW-2の「試験研究業務を追加することを合意した」ということは,極めて不自然である。
また,原判決が判示するところは,被控訴人の研究開発の対象に従前からの八都県市条例対策のみならず,NOxPM法対策も後発的に加わったということであるが,そうだとすると,本来的には八都県市条例施行の研究開発の対価であった月額1100万円(税別。甲2)という金額が,NOxPM法対策の研究開発も加わった分だけ増額されるのが普通である。
それにもかかわらず,本件では平成15年9月16日付け合意の前後で業務委託料の金額に全く変更がないのは,極めて不自然である。
以上の事柄からすると,この平成15年9月16日付け合意は,確かに書面上はNOxPM法関係の試験研究業務を追加発注することと記載されているものの(甲3),それは単に名目上のことに過ぎない。実体としては,これに先行する本件業務委託契約が平成15年9月末日に終了したため,これを半年間だけ延長することを目的とするものであった。これこそが真相である。
さらに,原判決は,「…上記合意に係る書面(甲3)に記載のない事項については,本件業務委託契約に係る契約書(甲2)に定められた規定が引き続き適用されることが合意されており,本件業務委託契約の契約期間は,平成16年3月31日以降も,契約の期間満了の1ヶ月前までに,原告ないし被告のいずれか一方から相手方に対し,何らの申出もない場合には自動的に3か月毎に延長されるものと約定されていたものと認めることができる。」と判示する(46頁6行〜12行)が,これも誤りである。
上記のとおり,平成15年9月16日の時点では,被控訴人が行っていた研究開発には既に,W-1向けのものとW-2向けのものとが混在していたのである。そこで,この時点でわざわざW-2に関して内容の異なる新たな業務委託契約を締結する必然性はない。しかも原判決によれば,本件業務委託契約は当事者による申出がない限り無制限に3か月ずつ延長される(甲2,第4条)というのであるから,仮に当事者が平成15年10月1日以降も業務委託契約が存続することを欲するのであれば,控訴人も被控訴人も反対の異を唱えず,何もしなければよいだけのことである。そうすれば,本件業務委託契約が自動的に更新されたはずであり,わざわざ平成15年9月16日付け合意を行う必然性は全くない。このように考えるならば,原判決の判示によれば,当事者間で平成15年9月16日付け合意がなされた理由,必然性はついぞ解明されない。このことからも,この合意の趣旨が,本件業務委託契約の有効期間を平成15年10月1日から半年間だけ延長する点にあったことは明らかである。
ウ平成16年5月1日のAとBの会談における合意について原判決は平成16年5月1日のAとBの会談について,「もともと,Aによる上記申入れは,原告に対し,本件業務委託契約に基づく委託業務を引き続き委託することを前提としつつ,業務委託料の改定を求めるものであり,同年9月に交渉が決裂するまでの間における申入れは,業務委託料の改定のいかんにかかわらず,本件業務委託契約を更新しない旨を申し入れたものであるとはいえない。」と判示する(46頁下4行〜47頁1行)。
しかし,この会談において両者が,本件業務委託契約に代わる新たな契約を平成16年7月から成立させることを合意したことは,明らかである。
原判決はこの日のAの申出が単に,控訴人の台所事情が苦しくなったから毎月の業務委託料の減額を申し入れた程度の認識のようである。しかし,実際にはAはそのような軽い認識でいたわけでは毛頭ない。控訴人が被控訴人に巨額の資金をつぎ込んできたにもかからず,この時点でも被控訴人の排ガス浄化装置の開発は全く先が見えず,このままでは控訴人も被控訴人も共倒れになることは明らかで,このような状況を改善する喫緊の必要性がAにもBにもあったのである。
また,原判決は「原告は,Aから上記申入れを受けた後も,本件業務委託契約に基づく受託業務を遂行していたのであり,被告もこれを認識していながら,特に異議を述べた形跡もないのであり,この点からも,同9月に交渉が決裂するまでの間における申入れが本件業務委託契約を更新しない旨の申入れではなかったことが裏付けられる。」と判示する(47頁2行〜6行)が,これも誤りである。
平成16年3月以降,被控訴人はメタル担体に傾斜していったほか,控訴人を公然軽視するような態度をとるなどして,暴走(迷走)を始めた。
他方で控訴人は被控訴人のそのような態度に危機感を感じ,被控訴人には極秘にW-2改の開発を推進した。このとおり,実際には平成16年3月ころから,控訴人と被控訴人はそれぞれ独自の途を模索し始めた。ただし,原判決が指摘するとおり,控訴人は被控訴人に対して確かに「異議を述べ」なかったが,それはむしろ当然である。なぜなら,業務の遂行に「異議を述べる」ということは本件プロジェクトの崩壊を意味するところ,控訴人にはそこまでの覚悟はなかったからである。かえって,平成16年5月1日付け面談には,そのようにぎすぎすした現状を解決しようとの思惑も存在したのである。さらに,そのように暴走(迷走)しつつも被控訴人が有用な技術開発に成功したならば,それは控訴人の利益でもある。そこで,控訴人がわざわざ被控訴人の研究開発を阻止すべき必然性も全くない。
以上の次第であるから,控訴人が「異議を述べ」たかどうかと,本件業務委託契約の有効期間との間には何らの論理的関連性はない。
エBの平成16年9月3日付けメールについて原判決が判示するように,仮に被控訴人からの解除通知(甲15)が到達するまで本件業務委託契約が有効に存続した(原判決47頁7行〜11行)とするならば,Bの平成16年9月3日付けメール(乙23)の記載内容がこのような結論と矛盾することは明らかである。
これについて原判決は,「上記電子メール全体の記載に照らせば,上記記載は,原告と被告との間における新たな業務委託契約の締結に向けての交渉が存在することを前提としたものにすぎないというべきであり…原告と被告との間に業務委託契約が存在しないことを前提としたものであるとはいえない」と判示する(49頁18行〜24行)。
しかし,原判決の判示を前提とすれば,平成16年9月3日当時は,本件業務委託契約に基づく法律関係がなおも控訴人及び被控訴人間には存在していたこととなる。そして,当事者は新たな業務委託契約について交渉を続けていたが,未だ新契約の締結には至っていなかったということになる。そうであれば,控訴人から依頼ないし指示を受けた被控訴人としては,旧契約に則ってそれを処理すれば足りるし,またそうすべき旧契約上の義務もある。しかも,当該メールには「今回のご依頼は飽くまで『内示』としてのみ受け取らざるを得ず」,「実際の作業は実施いたしません」とも記載している。仮に旧契約が存在するのに何もしないということはあり得ないのであって,原判決の判示を前提する限り,記載事項は日本語として成立していないといわざるを得ない。
オ以上のほか,被控訴人が平成16年6月分以降の「業務委託料」相当金額を帳簿上計上していたが,それは単に形式上のものに過ぎず,「取引実態がなかった」ことに照らすと,本件業務委託契約は平成16年3月末日をもって終了したというべきである。それにもかかわらず,控訴人はその後も4月分及び5月分の「業務委託料」相当金を事実上支払ったし,また,控訴人及び被控訴人間では本件業務委託契約に代わる新たな契約を締結するための交渉も行われていたが,このような新たな契約は締結に至らず,平成16年10月には控訴人及び被控訴人は完全に決別したというのが真相である。
(2)平成16年6月分〜9月分の業務委託料についての同時履行の抗弁権の成否(争点1-3)ア従前主張の訂正等控訴人は従前,平成16年5月1日付け面談の際に本件業務委託契約が平成16年6月30日をもって終了させる旨の合意が成立したとの前提のもとで,平成16年6月分の業務委託料についてだけ,同時履行の抗弁が成立する旨主張していた。
しかし,本件業務委託契約は平成16年3月31日をもって終了したというのが実体的にも真実であるから,平成16年6月分のみならず,9月分まで4か月分の全ての業務委託料について同時履行関係が成立するものとして,その旨の抗弁を提出する。
さらにその内容であるが,従前,控訴人は,研究成果物の開示及び引渡義務と業務委託料支払が同時履行関係に立つと主張していた。これは決して誤りではないが,説明として必要充分でもない。すなわち,本件業務委託契約の上位概念として本件プロジェクトという概念が存在する。これは,Gのアイデアを前提として「完全連続再生方式」の排ガス浄化装置を研究開発し,販売することに外ならない。そして,この排ガス浄化装置とは第一義的には八都県市条例対応のW-1であり,これを平成15年10月1日の条例施行までに販売するというものであったが,控訴人ら関係当事者は何もW-1に限定することなく,NOxPM法対応のW-2も視野に入れて,被控訴人は研究開発を行っていた。また,本件プロジェクトでは役割分担があり,被控訴人が研究開発を,控訴人が製造販売を,それぞれ担当していた(原判決37頁下8行〜下7行)。このような本件プロジェクトの内容に照らし合わせるならば,被控訴人が控訴人に対して負担した義務というのは,ある特定の図面やフロッピーディスクなどを控訴人に交付するものというだけでは正確でない。そうではなくて,「Gのアイデアを前提とした『完全連続再生方式』の排ガス浄化装置に関する研究開発を行い,もって控訴人をして具体的に当該排ガス浄化装置の製造販売が可能な状態に置くこと」が本件プロジェクト,あるいはそれを具現化する本件業務委託契約において被控訴人に課された義務であった(以下「本件研究開発義務」という。)。そして,このような被控訴人の活動に対して控訴人は毎月の業務委託料を支払う義務を負担していた。以上の両者の義務は,個別に履行期の定めがない限り,同時履行関係に立つ。
そして,仮に本件業務委託契約が被控訴人からの解除通知(甲15)によって終了したものとしても,被控訴人がそのような排ガス浄化装置の開発に失敗し,しかも未だ,控訴人は当該排ガス浄化装置を製造販売する状況には置かれていないことは争う余地がない。そうすると,確かに控訴人が平成16年6月分〜9月分までの業務委託料支払義務を履行していないとしても,他方,被控訴人もそれと牽連関係に立つ本件研究開発義務を履行していない。そこで,控訴人は同時履行抗弁権を行使することが許容されるのである。
イ説明の補足1原判決は,「…業務委託料の支払と研究開発の成果物の開示及び引渡しとが同時履行の関係に立つとは約定されていないから,両者が同時履行の関係に立つことを前提とする被告の上記主張は理由がない(なお,本件業務委託契約の内容に照らし,契約や債権の性質上,両者が同時履行の関係に立つとも認められない。)」と判示する(51頁下5行〜下1行)。
本件業務委託契約の契約書(甲1)においては,業務委託料の弁済期は一義的に明確であるのに比して,被控訴人が行うべき委託業務(本件研究開発義務)の履行期は明記されていない。
しかし,W-1に関していえば,八都県市条例が施行される平成15年10月1日迄には控訴人は排ガス浄化装置の販売を開始しているべきであり,それが可能になるように被控訴人の研究開発も完了しているべきことが関係当事者間では合意されていた。そして,これに遅滞,失敗したことは被控訴人も自認するところである。
そうであれば,被控訴人のW-1研究開発という義務は最早同時履行などでさえなく,平成16年6月分〜9月分の業務委託料の各弁済期よりも先履行であったことは自ずと明らかである。
ウ説明の補足2仮に本件業務委託契約が解除通知(甲15)によって終了したとしても,本件業務委託契約の性質は一回性のものではなく,継続的取引としての性質を有することが明らかであるから,ここでの契約終了の法的性質は,正確には解除ではなく解約告知である(そのように解さないと,当事者双方が原状回復義務を負担するという不都合な結果になる)。
したがって,その終了した時点で,双方の義務は既発生のものはそのまま存続し,未発生のものは発生しないことに確定する。このとき,被控訴人が負担した本件研究開発義務は,遅くとも契約終了時が弁済期として確定する。なぜなら,契約が終了してもなお,それよりあとの時期までに履行を猶予すべき必然性は全くなく,むしろそれは(同時履行抗弁権の制度趣旨でもある)当事者間の公平に反することにもなるからである。
そうすると,本件業務委託契約終了の直前までは,仮に控訴人の業務委託料支払義務が遅滞に陥っていたとしても,契約終了をもって被控訴人の本件研究開発義務も履行期が到来して遅滞に陥るから,公平の観点上,そのときから控訴人も適法に同時履行抗弁権を行使することが可能となる。
エなお,原判決は,「…原告は,平成16年6月1日以降も,本件業務委託契約に基づく受託業務を遂行していたものと認められる…」と判示するが(52頁2行〜4行),これが誤りであることは,Bのメール(乙23)の記載内容に照らしても明らかである。
(3)被控訴人と控訴人との間で,本件業務委託契約を平成16年6月30日をもって終了させる旨の合意がされたか(争点1-4)被控訴人と控訴人との間で本件業務委託契約を平成16年6月30日をもって終了させる旨の合意がされたとの主張は撤回する。
(4)被控訴人による,本件業務委託契約に基づく平成16年6月分ないし9月分の業務委託料の請求が権利濫用に当たるか(争点1-5)原判決は,「…本件業務委託契約は,委託業務について,研究開発の期限やスケジュールを定めていなかったから,原告による本件許諾製品の開発が,契約上定められた期限を遵守しなかったものであると認めることはできない。」と判示する(55頁下6行〜下3行)。しかし,本件プロジェクトには当然ながら期限やスケジュールが厳然と定められていたこと,被控訴人が研究開発を遅滞し失敗したことを自認していることは,既述のとおりである。
原判決は,「…原告の開発した八都県市条例に対応する『W-1』は,平成15年10月23日には指定を受け,自動車NOx・PM法に対応する『W-2』の開発についても,原告は,平成16年8月までに試験,国土交通省の担当者への技術説明を終えており,実際に,同年9月の『評価会』を経て,同年10月には,国土交通省から認可を得ているのであって,原告が本件業務委託契約に基づく受託業務を遂行しなかったとはいえない。」と判示する(55頁下2行〜56頁5行)。しかし,そのような許認可の取得は本件研究開発義務の当然の前提となるものであって,そのような許認可を取得したから本件研究開発義務が果たされたことにならないことは,自明の理である。
原判決は,「本件訴訟の勝敗は,原告の再生計画の帰趨には影響を与えないから,原告を勝訴させて保護すべき実益がないとの点は,被告の独自の見解であって採用することができない。既に述べたとおり,原告は,本件訴訟において回収した金員をもって,再生債権者に対する追加弁済を行う予定であり(甲8),原告が本件訴訟の帰趨について利益を有することは明らかである。」と判示する(56頁11行〜16行)。確かに本件に勝訴すれば被控訴人は回収金を追加弁済するのかも知れない。しかし,だからといって,事案の性質上当然ながら,被控訴人は本件訴訟の勝敗にかかわらず追加弁済義務を負ったということでは全くない。したがって,本件の帰趨が再生計画の進展に全く影響しないことは明らかである。設立から本件業務委託契約の終了に至るまで,控訴人は被控訴人に対しおびただしい資金を投入し,そのため自ら財務状況が毀損されたにもかかわらず,被控訴人からは何も得るものがなかった。このような悲惨な現実を殊更無視するから,原判決は利益衡量に失した結論とならざるを得ないのである。
(5)平成15年分ミニマムロイヤルティに関する条件未成就の抗弁(新主張)本件許諾契約には,売上ロイヤルティと年間ミニマムロイヤルティの2種類のロイヤルティが定められている。これは,ライセンシーが販売努力を怠って売上ロイヤルティが全く発生しなかった場合でも,最低限年間ミニマムロイヤルティは発生するものとして,確実にライセンサーのロイヤルティ収入を保証することとしたものである。また,ライセンス契約においては,ライセンサーはライセンシーからライセンス料を受領することと引き替えに,ライセンシーが当該ライセンス実施しうる状態におく一般的な義務を負担している。
これらの事柄に加えて,本件プロジェクトにおいては被控訴人が研究開発を,控訴人が製造販売をという役割分担が決定されていた。そして,被控訴人がまずは研究開発を完了させなければ,控訴人が製造販売を行えないことはいうまでもない。これを本件許諾契約との関係でいうならば,ライセンサーたる被控訴人が研究開発を成功させない限り,ライセンシーたる控訴人は対象となる特許等を実施(本件においては排ガス浄化装置の製造及び販売)することができない。なお,モニター販売は飽くまでも試験的なものであって通常の販売ではなく,また,本件で実際にモニター販売されたW-1はたったの2台だけであり,それも瑕疵が内包されたものであったから,当該モニター販売をもって控訴人が対象特許等を「実施」し得たものとみることはできない。
そうだとすると,本件許諾契約における年間ミニマムロイヤルティは,契約当事者の意思解釈としては,控訴人が排ガス浄化装置を製造販売できる状況にあるのにこれを怠っている場合に,被控訴人が得られるべきであった売上ロイヤルティ(の一部)を保証する趣旨で規定されたものであることは明らかである。
したがって,本件許諾契約における年間ミニマムロイヤルティは,被控訴人が本件研究開発義務を果たすことが論理前提となっているのであり,これを法的に見れば,被控訴人による本件研究開発義務の履行が停止条件となっているというべきである。
しかるところ,本件では被控訴人は本件研究開発義務の履行を全く行っていないから,停止条件は未成就であり,控訴人は,平成15年分に限らず,年間ミニマムロイヤルティ支払義務は一切ない。
(6)被控訴人と控訴人との間において,控訴人が平成15年分の年間ミニマムロイヤルティを支払わない旨の合意がされたか(争点2-2)控訴人が主張する内容にて,平成16年5月1日付け面談の際の合意が成立した。
(7)被控訴人による,本件許諾契約に基づく平成15年分の年間ミニマムロイヤルティの請求が権利濫用に当たるか(争点2-3)前記(4)で述べたところに加え,下記を補足する。
ア試算一般的に年間ミニマムロイヤルティはライセンサーが得べき売上ロイヤルティの一部を保証するという意味合いがある。ここで,例えばW-1を例にとると,松下電器は工場出荷価格を40万円と試算していた(乙73)が,これをW-1の販売価格と仮定すると,被控訴人が受領すべき売上ロイヤルティはW-1の1台当たり2万8000円となる(税別。甲1,第5条?)。次に,本件許諾契約における年間ミニマムロイヤルティは,金2000万円(税別。甲1,第5条?)だから,この金額は,売上ロイヤルティで考えればW-1がおよそ715台程度になる。しかし,実際に控訴人が販売したW-1はモニター販売の,それもたった2台だけである。現実には2台しか販売していないのに,700台以上を販売したことに相当する年間ミニマムロイヤルティを請求することは非常識である。
イ原因被控訴人は,目詰まりなどはディーゼルエンジン一般に当然にあり得ることと主張しているが,そもそも本件プロジェクトはそのようなディーゼルエンジンに一般的に見られる欠点を克服した「完全連続再生方式」を実現するものであったし,何よりも,被控訴人は本件研究開発義務が遅滞したこと,失敗したことを自認していた。したがって,被控訴人のこのような弁解は全くの欺瞞である。
このように,W-1にせよW-2にせよ,完全連続再生方式は実現されず,目詰まりや溶損などの欠陥が克服できなかったから,控訴人はW-1のモニター販売を中止せざるを得なかったのである。
また,被控訴人は松下エコシステムズ製触媒についても主張するようであるが,当該触媒を採用することは本件プロジェクトの当初(控訴人設立以前)から決定していたことであるし,設立後の控訴人が同触媒の採用を強行に主張したなどという事実や証拠も全くない。
控訴人が排ガス浄化装置を販売できなかったこと,あるいは本件プロジェクトが瓦解したことは,ひとえに被控訴人の責任に外ならない。
2当審における被控訴人の主張(1) 平成16年6月分ないし9月分の業務委託料についてア控訴人は,本件業務委託契約に基づく平成16年6月分ないし9月分の業務委託料について,同委託料の支払を平成16年3月31日限りとする旨の合意があったことから,その支払義務は発生しないなどと主張する。
しかし,そのような合意は存在しない。
このことは,?控訴人の主張は,八都県市条例対応排ガス浄化装置(W-1)を同条例施行の平成15年10月1日より前(あるいはその直後)に販売開始することが関係当事者間で予定されていたにもかかわらず,これが実現できなかったことが,上記の「合意」の契機となっているというものであるところ,そのような厳格な販売予定が設けられていたわけではなかったこと?被控訴人としては迅速な研究開発を行ってきており,スケジュールに「遅延」が生じたとすれば,それは控訴人が推した触媒の不備によるもので,被控訴人が責を負うべきものでないのであるから,被控訴人にとって業務委託料支払を免除すべき理由は全くないこと?本件業務委託契約の内容は,「許諾製品」の設計等に関する試験研究及び技術指導に関する業務であって,その性質上,進行について不確定な面が多分にあること?本件業務委託契約に基づく受託業務は平成16年9月まで継続して実行されており,これについて控訴人側が異議を述べるなどした形跡は全くないこと?平成16年5月に行われたというAとBとの「会談」は,その内容からして,本件業務委託契約が継続していることを当然の前提としているものであること?実際,控訴人は,平成16年5月分までは業務委託料を支払っており,これは「本件業務委託料の支払いを平成16年3月31日限りとする旨の合意があった」との主張と明らかに矛盾していること等からしても明らかである。
イところで,上記?に関連して,控訴人は,業務継続についてことさら異議を述べなかったことについて「業務の遂行に『異議を述べる』ということは,本件プロジェクトの崩壊を意味するところ,控訴人にはそこまでの覚悟はなかった」などと主張するが,そうであればまさに控訴人承認のもと,平成16年6月以降も本件業務委託契約に基づく受託業務がなされていたのであるから,その対価たる業務委託料を控訴人が支払うべきことは当然である。
ウまた,上記?の点に関連していうと,平成16年5月1日のBとAの会談の内容について,控訴人は,原審においては「本件業務委託契約を平成16年6月末日で終了すること」を合意したなどと主張していた。しかしこれは,上記の「同年3月末日をもって本件業務委託契約が終了していた」という主張と明らかに矛盾するものである。これに気付いたためか,控訴人は,控訴審においては,同日の会談の内容を「本件業務委託契約はすでに平成16年3月末日に終了しているのでこれに代わる新たな契約を同年7月から成立させること」に「訂正」している。このように主張に一貫性を欠くこと自体,BとAの会談において本件業務委託料の支払いに関し明確な合意など成立していなかったことの証左といえる。
(2) 平成15年分の年間ミニマムロイヤルティについてア控訴人は,平成16年5月のA・B会談において,平成15年分の年間ミニマムロイヤルティを請求しない旨の合意が成立したなどと主張する。
しかし,そのような合意成立の事実はない。
イ控訴人は,年間ミニマムロイヤルティに関して「条件未成就の抗弁」を新たに主張している。
しかし,?本件許諾契約において,「研究開発義務」が年間ミニマムロイヤルティ発生の条件とされていたことなどなく(同ロイヤルティは単に技術ライセンス許諾の対価とされている),同契約の契約書(甲1)においてもその旨の条項は存在しないこと,?被控訴人は研究開発行為にいそしみ,最終的に八都県市条例対応装置(W-1)及び自動車NOx・PM法対応装置(W-2)について,それぞれ東京都・国土交通省の指定・認可を得ているのであって,この意味で研究開発の「結果」も出していることの諸点からして,控訴人の当該主張は失当という外ない。
第4当裁判所の判断1当裁判所は,原判決と異なり,被控訴人の請求のうち,?本件許諾契約に基づく平成15年分の実施許諾料(年間ミニマムロイヤルティ)2100万円と遅延損害金の支払を求める部分は理由がないが,?本件業務委託契約に基づく平成16年6月から9月までの業務委託料(月額1155万円)の合計4620万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は理由があると判断する。その理由は,以下とおり削除又は変更するほか,原判決記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,被告を「控訴人」と,原告を「被控訴人」と改める。)。
2本件許諾契約に基づく平成15年分の実施許諾料(年間ミニマムロイヤルティ)2100万円と遅延損害金の支払請求の可否原判決57頁8行〜58頁4行を次のとおり変更する。
「(1)平成15年分ミニマムロイヤルティに関する条件未成就の抗弁につい てア控訴人は,本件許諾契約における年間ミニマムロイヤルティは,被控訴人が本件研究開発義務を果たすことが論理前提となっているのであり,これを法的に見れば,被控訴人による本件研究開発義務の履行が停止条件となっていると主張する。
イところで,本件許諾契約(甲1)においては,年間ミニマムロイヤルティについて,毎年12月末日後30日以内に2000万円を支払う旨規定されているのみで,条件を規定した条項はない。
しかし,年間ミニマムロイヤルティは,控訴人が「許諾製品」を製造販売したことに対するロイヤルティ(実施許諾料)につき,被控訴人に対する最低限の支払を保証する趣旨のものであるから,契約上明文の規定はないものの,控訴人が「許諾製品」を製造販売することができず,しかも,その原因が被控訴人の研究開発の遅延にあるときは,その支払義務を負わないとする趣旨であったと解することができる。控訴人の上記主張は,そのような趣旨のものと理解することができる。
ウそして原判決(38頁下1行〜40頁17行)認定のとおり,被控訴人が開発した「W-1」は,平成15年2月22日,23日に行われた初期排出ガス試験に不合格となったため,控訴人及び被控訴人の当初の見込みに反し,指定を受けるまでのスケジュールが大幅に遅延することになり,その後,被控訴人が改良した「W-1」は,平成15年10月23日に八都県市の指定を受けたことから,平成15年12月には控訴人がモニター販売を行ったものの,平成16年1月中旬ころには,控訴人は,「W-1」の品質に問題がある,すなわち,冷温時に排気ガスのすすがフィルターにすぐに目詰まりするという欠陥があると考えたため,「W-1」のモニター販売を中止したものと認められる。
以上のように,控訴人は,平成15年には,被控訴人が開発した「W-1」について2台モニター販売をしたのみであって,しかも,その主たる原因は,被控訴人の開発が遅れたことにあるものと認められるから,控訴人は,平成15年の年間ミニマムロイヤルティの支払義務を負わないというべきである。この点について,被控訴人は,平成15年2月に行われた初期排出ガス試験に不合格となったのは,控訴人が推した松下製の触媒を使用したからであると主張し,甲16(Bの陳述書)には,これに沿う記載が存する。しかし,被控訴人は,本件業務委託契約に基づいて,自らの責任で「許諾製品」を開発すべき義務を負っており,そのために業務委託料の支払を受けていたのであるから,控訴人が推した触媒を使用したことは,開発が遅れたことを免責すべき事由となるものではない。
また,平成15年12月にモニター販売を行った製品について,控訴人は,「W-1」の品質に問題がある,すなわち,冷温時に排気ガスのすすがフィルターにすぐに目詰まりするという欠陥があると考えたのであるが,これに対する被控訴人の対応は,「フィルターの目詰まりは,ディーゼルエンジン排ガス浄化装置においては避けようのない問題であって,この点は製品の欠陥ではなく,また,冷温時に排気ガスのすすがフィルターに目詰まりするとの点については,目詰まりを起こしそうなときにアラームが鳴る仕組みとし,その際には停車して2000回転で30分以上エンジンを回すか,時速80?以上で15分以上走行させるという方法により対策が可能である。」というものであった。この被控訴人の対応は,控訴人の指摘した上記欠陥の解決策とはいいがたいものである(被控訴人は,控訴人の製品の説明書[甲6]に「警告灯が点滅ブザーが断続音を発する」場合は,「法定速度の範囲内において,時速80〜100km/hの速度を維持して走行することにより警告灯を消灯させ,ブザーを停止することが可能です。」との記載があると主張するが,この記載は上記の被控訴人の対応と似ているものの,それのみで,平成15年12月にモニター販売を行った製品について上記欠陥がなかったとまでいうことはできない。)。そうすると,被控訴人は,平成15年中に販売可能な「許諾製品」を開発することができなかったものであり,控訴人が平成15年にモニター販売した「W-1」2台についても,上記のような欠陥を有するものであったと認められる(乙61[Cの陳述書]2頁)から,上記2台分についてもロイヤルティの請求は認められない。
(2)そうすると,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の年間ミニマムロイヤルティの請求は理由がない。」3本件業務委託契約に基づく平成16年6月から9月までの業務委託料合計4620万円と遅延損害金の支払請求の可否(1) 原判決52頁11行〜55頁9行を削除する。
(2)原判決55頁18行及び57頁2行〜3行の「本件許諾契約に基づく平成15年分の年間ミニマムロイヤルティ及び」を削除し,55頁下2行〜56頁7行を次のとおり変更する。
「また,被控訴人の開発した八都県市条例に対応する「W-1」は,平成15年10月23日には指定を受け,自動車NOx・PM法に対応する「W-2」の開発についても,被控訴人は,平成16年8月までに試験,国土交通省の担当者への技術説明を終えており,実際に,同年9月の「評価会」を経て,同年10月には,国土交通省から認可を得ている。これらは,被控訴人が本件業務委託契約に基づく受託業務を遂行したことを示しているということができるが,前記2のとおり,「W-1」には,冷温時に排気ガスのすすがフィルターにすぐに目詰まりするという欠陥があったのであり,乙61(Cの陳述書)によれば,「W-2」についても同様の欠陥があったと認められる。しかし,控訴人は,そのことを知りながら,本件業務委託契約を継続し,平成16年5月分までは業務委託料を支払っており,一方,被控訴人は,平成16年4月以降も,本件業務委託契約に基づく研究開発を行っていたのであり(原判決44頁下5行〜45頁2行),控訴人がそのことに特段の異議を述べたとも認められないのであるから,同年6月分以降の業務委託料の請求が権利濫用になるということはできない。」(3) 当審における控訴人の主張について,以下補足的に判断する。
ア本件業務委託契約における契約期間(争点1-1)(ア)スケジュールが定められなかった旨の認定についてa控訴人は,本件プロジェクトにおいて,W-1を遅くとも八都県市条例が施行される平成15年10月1日までに販売すべきこと,その前提として被控訴人は,W-1の開発をその数か月前までには完了させるべきことは,関係当事者間で合意されていたことであるから,本件業務委託契約に記載していないから当事者間では「研究開発の期限やスケジュールを定めていない」という認定は誤りであると主張する。
しかし,控訴人が主張するような開発の期限は,本件業務委託契約(甲2)には全く記載されていない。また,本件業務委託契約における委託業務は,本件許諾製品の設計,実験,製造等に関する試験研究並びに技術指導に関する業務であり,その進行には不確定な面があることが否めないのであるし,W-1が八都県市条例が施行される平成15年10月1日までに販売できなければ,開発がおよそ意味がなくなってしまうということもできない(現に,控訴人は,平成15年12月から「W-1」の製造販売をしようとしていた[原判決40頁1行〜2行]のであり,このことに照らしても,上記判断に反する乙97[Hの陳述書]の記載は採用することができない)から,控訴人の主張は採用の限りでない。
b控訴人は,本件プロジェクトには我が国のそうそうたる著名企業も参画し,しかも実際にこれらの著名企業は控訴人及び被控訴人に出資し,プロジェクトの推進にも巨額の費用が使用されていると主張するが,そうであるとしても,上記aの認定は左右されるものではないし,被控訴人と兼坂技研との間の平成14年9月26日付け特許実施許諾及び技術援助契約書(乙19)には,「乙(判決注:被控訴人)が,自ら又はサブライセンシーにより2003年12月31日迄に『許諾製品』の製造,販売を開始しない場合には,甲は乙に対し書面による通知をすることにより何時でも本契約を解除することができる。」との条項(8-6)があるが,これは,被控訴人と兼坂技研との間の契約の条項であって,直ちに上記aの認定を左右するものではない。なお,本件許諾契約(甲1)にも同様の条項(8-6「乙(判決注:被控訴人)又はサブライセンシーが正当な事由なく2003年11月30日迄に『許諾製品』の製造及び販売を開始しない場合には,甲は乙に対し書面で通知をすることにより本契約を終了することができる。但し,乙の責に帰さない事由により前記の製造及び販売開始時期が遅延する場合はこの限りではないものとする。 」)があるが,この条項は,被控訴人が2003年(平成15年)11月30日までに「許諾製品」の製造,販売を開始できる場合に,それを義務付けたものにすぎないことは,条項上明らかであって,上記aの認定を左右するものではない。
c控訴人は,次の各証拠(乙50,52,55,63,64,73,74の1・2,75,78,85の1・2,90の1・2)を提出するが,いずれもそれぞれの時点における見込みを述べたものにすぎず,上記aの認定を左右するものではない。
(a)被控訴人がアイ・ピー・ビー宛てに作成提出した平成13年8月31日付技術開発費用明細書における「注7:発売前試験は,市場占有率の多いDE(判決注:ディーゼルエンジンの略)については2002年12月までに終了し,2003年3月までにキット販売体制を完成させる」との記載(乙50)。
(b)日本経済新聞夕刊2002年(平成14年)12月4日における,「首都圏を中心に来年十月までに十二万台の需要を見込む」との記載(乙52)。
(c)平成15年1月8日のDPF:DEPRO合同会議(第1回)の議事録における「1,100万/月額まず6カ月」との記載(乙55)。
(d)松下電器のDがAに宛てた平成14年1月22日付けメールにおける「個人的に,本件で,魅力なのは,やはり,市場規模ですね。最低,東京都だけでも,初年度1年間で10万台として20万円として,200億…」との記載(乙63)。
(e)BのA宛て平成14年6月21日付けメールにおける「NHKの取材スケジュールおよび7月開催の『自動車技術会』に間に合わせるべく,6月末完成予定にて進行しています。」,「商品化までの残された日数は限られております。」との記載(乙64)(f)BのA宛て平成14年11月6日付けメールに添付されたAのコスモ石油株式会社担当者に対するメールにおける「松下電器による販売見込は,初期DPF取付台数約68.5万台×シェア30%×工場出荷価格40万円=840億円と試算している。(最小でも100億円と見ている)また,その後2014年までの11年間,環境条例の全国波及により年間50万台の需要が継続すると推定している模様である」との記載(乙73)(g)BのA宛ての平成14年11月6日付けメール(乙74の1)に添付されたプレスリリースの案文における「新会社による本装置の販売開始は,2003年4月を予定している」との記載(乙74の2)。
(h)Bの旭硝子株式会社担当者宛ての平成14年11月12日付けメールにおける「来春には大手電機メーカー様を中心に販売を開始する予定です。」との記載(乙75)。
(i)被控訴人従業員であるEの三菱ふそうトラック・バス株式会社従業員川F宛ての平成15年1月21日付けメールにおける「間近に迫った東京都の規制に対応するためには,どう対処すべきか,早く既販車ユーザに完全なシステムを提供するにはどうしたらよいか,ということをこの仕事に関わる一人一人の人間が共通に認識しているからです。」との記載(乙78)(j)BのAら宛ての平成15年6月17日付けメール(乙85の1)に添付された「デプロ排ガス浄化システム開発と販売についての考察に対する徳大寺自動車文化研究所の(事前)回答」における「追記:今秋までの開発・量産化はU-/4HF1の八都県市対応キットを最優先し…」との記載(乙85の2)(k)BのA宛ての平成15年9月11日付けメール(乙90の1)に添付された,みずほ銀行市ヶ谷支店宛ての「短期融資のお願い」と題する書面における「弊社及び株式会社デプロでは10月よりの販売開始を予定しております。」との記載(乙90の2)(イ) 平成15年9月16日付け合意についてa控訴人は,平成15年9月16日の時点では,被控訴人はW-1のみならずW-2の開発も既に手がけていたことが明らかであるから,NOxPM法及びW-2の「試験研究業務を追加することを合意した」ということは,極めて不自然であると主張する。
しかし,平成15年9月16日付け合意書面(甲3)には,追加発注として「NOx・PM法の同時削減システムの試験研究」と記載されており,「NOx・PM法の同時削減システムの試験研究」を追加発注したことは明らかである。平成15年9月16日の時点で被控訴人がW-1のみならずW-2の開発も手がけていたとしても,同日,そのことを追加発注することに合意としたと考えれば不自然ではない。また,本件業務委託契約(甲2)における業務委託費月額1100万円(税別)は,上記合意によって増額されていないが,上記合意書面(甲3)には,業務委託費を除く開発費の増額分を清算する旨の条項などもあるから,業務委託費が増額されていないからといって,直ちに不自然であるということはできない。
b控訴人は,仮に当事者が平成15年10月1日以降も業務委託契約が存続することを欲するのであれば,控訴人も被控訴人も反対の異を唱えず,何もしなければよいだけのことであって,そうすれば,本件業務委託契約が自動的に更新されたはずであり,わざわざ平成15年9月16日付け合意を行う必然性は全くないと主張するが,平成15年9月16日付け合意は,上記のとおり,「NOx・PM法の同時削減システムの試験研究」を追加発注し,それに関する発注金額を定めたものであるから,合意を行う理由がある。
(ウ) 平成16年5月1日のAとBの会談における合意についてa控訴人は,平成16年5月1日のAとBの会談において両者が,本件業務委託契約に代わる新たな契約を平成16年7月から成立させることを合意したと主張する。
しかし,平成16年5月1日の会談において,BがAの申入れを承諾した旨のAの陳述(乙46)は,Bがこれを否定していること(甲16),その後のBとAの電子メールのやりとりの内容(乙3,4,乙5の1〜3)や控訴人の提案した「覚書」(乙5の2参照)や「試験研究及び技術指導業務委託契約書」(乙5の3参照)が被控訴人との間で作成されるに至っていないこと等に照らし,直ちに信用することはできず,他に上記合意の事実を認めるに足りる証拠は存しない。
b(a)控訴人は,BからAに対して送信された電子メール(乙3)中には,「開発受託料を大幅に削減し,弊社を赤字化する…というお考えには意義(判決注・異議)がありませんが…」と記載されていることをもって,BがAの本件業務委託契約を見直す旨の申出を了解していたことが明らかである旨主張する。
しかし,上記電子メールの記載は,全体として見れば,Aの考えに対し,「当社を黒字化することにもメリットがあるとも考えます。」と記載されているとおり,対案を示した上で,話合いを求める内容となっているから,上記電子メール(乙3)の記載によって,平成16年5月1日付け合意の成立を裏付けるに足りるものであるとはいえない。
(b)控訴人は,AからBに対して送信された電子メール(乙4)中には,Aが提案した2案が示されており,これらの案には,いずれも,本件業務委託契約を改定することが含まれていることをもって,このことが,被控訴人と控訴人との間で合意されていたことが明らかである旨主張する。
しかし,上記電子メールの記載は,全体として見れば,Aの被控訴人に対する提案が記載されているにすぎず,上記電子メール(乙4)の記載によって,平成16年5月1日付け合意の成立を裏付けるに足りるものであるとはいえない。
(c)控訴人は,AがBに対し,「覚書(案)」(乙5の2)や「試験研究及び技術指導業務委託契約書(案)」(乙5の3)を添付した電子メール(乙5の1)を送信したことをもって,平成16年5月1日付け合意が成立したことの根拠とする。
しかし,上記電子メールの記載は,Aの被控訴人に対する契約書案等の提案にすぎず,結局,これらの書類が作成されることはなかったのであるから,上記電子メール(乙5の1〜3)の存在をもって,平成16年5月1日付け合意の成立を裏付けるに足りるものであるとはいえない。
(d)控訴人は,平成16年5月1日当時,被控訴人が本件業務委託契約上の債務の不履行状態にあったという背景事情から,被控訴人は控訴人からの要求を拒むことはできなかったのであり,このことから平成16年5月1日付け合意が成立していたことが明らかである旨主張する。
平成16年5月1日当時における,被控訴人の本件業務委託契約上の受託業務の遂行状況は,八都県市条例に対応する排ガス浄化装置の開発について,平成15年2月22日,23日に行われた初期排出ガス試験に不合格となったため,被控訴人及び控訴人の当初の見込みに反し,指定を受けるまでのスケジュールが大幅に遅延することになったことや,控訴人は,被控訴人の開発した「W-1」が八都県市の指定を受けたことから,平成15年12月にはモニター販売を行ったものの,平成16年1月中旬ころには,「W-1」のモニター販売を中止し,「W-1」の販売を中止する方針をとり,自動車NOx・PM法に対応する装置を優先的に開発,製品化するとの方針を打ち出したことが認められる。
しかし,本件業務委託契約は,委託業務について,研究開発の期限やスケジュールを定めていなかったから,上記状況をもって,直ちに被控訴人の債務不履行に当たるとはいえない。
(e)さらに,BのA宛ての平成16年9月2日付け及び同月7日付けメール(乙93,94)に記載されている三井住友銀行「Vファンド」導入の検討も,平成16年5月1日付け合意を裏付けるものということはできない。
cそして,原判決(47頁2行〜6行)が同旨を判示するとおり,「被控訴人は,Aから上記申入れを受けた後も,本件業務委託契約に基づく受託業務を遂行していたのであり,控訴人もこれを認識していながら,特に異議を述べた形跡もないのであり,この点からも,同年9月に交渉が決裂するまでの間における申入れが本件業務委託契約を更新しない旨の申入れではなかったことが裏付けられる」というべきである。
(エ)Bの平成16年9月3日付けメールについてa控訴人は,原判決が判示するように,仮に被控訴人からの解除通知(甲15)が到達するまで本件業務委託契約が有効に存続した(原判決47頁7行〜11行)とするならば,Bの平成16年9月3日付けメール(乙23)の記載内容がこのような結論と矛盾することは明らかであると主張する。
bしかし,原判決(49頁18行〜24行)が判示するとおり,「上記電子メール全体の記載に照らせば,上記記載は,原告と被告との間における新たな業務委託契約の締結に向けての交渉が存在することを前提としたものにすぎないというべきであり…原告と被告との間に業務委託契約が存在しないことを前提としたものであるとはいえない。」当該メール(乙23)には「今回のご依頼は飽くまで『内示』としてのみ受け取らざるを得ず」,「実際の作業は実施いたしません」と記載されているが,この記載は,メール全体の記載からすると,新たな業務委託契約に基づく「依頼」,「実際の作業」と解することができるから,被控訴人と控訴人との間に本件業務委託契約が存在しないことを前提としたものであるとはいえないし,原判決の「…原告は,平成16年6月1日以降も,本件業務委託契約に基づく受託業務を遂行していたものと認められる…」との認定(52頁2行〜4行)が誤りであるということもできない。
(オ)被控訴人の平成16年6月分以降の「業務委託料」相当金額の計上についてa控訴人は,被控訴人は平成16年6月分以降の「業務委託料」相当金額を帳簿上計上していたが,それは単に形式上のものに過ぎず,「取引実態がなかった」と主張する。
b控訴人は,被控訴人の監督委員補助会計士Iの意見書(乙8,5頁)には,「…株式会社デプロ,有限会社GESに対する売掛金に関しては,取引実態がなかったものと考えられる」と記載されており,本件訴訟における請求債権に相当する「貸倒引当金6720万円」は,再生裁判所宛てに提出された被控訴人第6期損益計算書には記載されている(乙9,3枚目)が,株主に交付された同書面には記載されていないこと(乙10,16枚目)が認められる。
しかし,原判決(45頁8行〜49頁下3行)判示のとおり,本件業務委託契約は,被控訴人が,平成16年10月21日付け書面をもって,本件業務委託契約を解除する旨の意思表示をしたことにより,解約されたものというべきであって,「業務委託料」はそれまでは発生していたものである。上記各書面の記載は,この認定を左右するものではない。
なお,BのA宛ての平成16年9月7日付けメール(乙94)には,「『試験及び技術指導契約料』は当社売り上げとして記帳いたしますが,デプロからの支払実施は,事業の成否あるいは御社資金状況如何と考えておりました。事業推進のリスク(極めて少額ではありますが)の一部を負担したいとするのが主旨です。」と記載されているが,このメールの記載も,本件業務委託契約に基づく「業務委託料」債権の発生を否定するものではなく,その支払方法について述べたものと解されるから,上記認定を左右するものではない。
イ平成16年6月分〜9月分の業務委託料についての同時履行の抗弁権の成否(争点1-3)本件業務委託契約において,控訴人は,被控訴人に対し,契約期間中毎月月末までに業務委託料を支払う旨が定められている。これに対し,前記ア(ア)のとおり,本件業務委託契約においては,研究開発の期限は,定められていないのであって,このことからすると,控訴人の業務委託料の支払は,研究開発の進行にかかわりなく,各期限に履行されるべき趣旨のものであったと認められる。本件業務委託契約が解除通知(甲15)によって終了したことによって,そのことが変わる理由もないから,本件業務委託契約が終了したからといって,業務委託料の支払と研究開発の完了とが同時履行関係になるということはない。
ウ被控訴人による,本件業務委託契約に基づく平成16年6月分ないし9月分の業務委託料の請求が権利濫用に当たるか(争点1-5)前記ア(ア)のとおり,本件業務委託契約においては,研究開発の期限は,定められていないから,原告による本件許諾製品の開発が,契約上定められた期限を遵守しなかったものであると認めることはできない。
また,控訴人は,被控訴人は本件訴訟の勝敗にかかわらず追加弁済義務を負ったということでは全くないから,本件の帰趨が再生計画の進展に全く影響しないと主張するが,控訴人が主張するこのような点が本件業務委託料の請求が権利濫用になることを基礎付けるものということはできないことは明らかである。
4結語以上のとおりであるから,被控訴人の本訴請求は,本件業務委託契約に基づく平成16年6月から9月までの業務委託料月額1155万円(合計4620万円)と各月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余(本件許諾契約に基づく実施許諾料2100万円と遅延損害金の支払請求)は理由がないことになる。
よって,これと異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 澁谷勝海