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関連審決 無効2008-800039
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  移転登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  釈明 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10043号 審決取消請求事件
原告株式会社日立産機システム
同訴訟代理人弁理士橘昭成
同 篁悟
同 市村裕宏
同 斉藤秀俊
被告株 式会社荏原製作所
同訴訟代理人弁護士近藤惠嗣
同 森田聡
同 重入正希
同訴訟代理人弁理士松村貴司
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/11/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2008-800039号事件について,平成21年1月15日にした審決を取り消す。
第2事案の概要1特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「中高層建物用増圧給水システム」とする特許第3301860号(平成6年6月14日特許出願,平成14年4月26日設定登録,平成15年2月26日特許権の移転登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲1,9)。
被告は,平成20年2月29日に,本件特許の請求項1及び2に係る発明につき,無効審判請求(無効2008-800039号事件)をした。これに対し,特許庁は,平成21年1月15日,「特許第3301860号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
これに対し,原告は,平成21年4月27日,特許請求の範囲減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として特許庁に対して訂正審判請求をしており(甲13),同事件が特許庁において係属している。
2特許請求の範囲本件特許に係る明細書(甲1。以下「本件明細書」という。)によれば,特許請求の範囲の請求項1及び2は,以下のとおりである。
【請求項1】中高層建物の各階床に対する給水を,低階床では水道用配水管に直結された低階床側給水管により行ない,中高階床では増圧ポンプの吐出側に接続された中高階床側給水管により行なうようにした給水システムにおいて,上記増圧ポンプの吸込側を上記低階床側給水管に接続して給水を行なうように構成したことを特徴とする中高層建物用増圧給水システム(以下この発明を「本件発明1」という。)。
【請求項2】中高層建物の各階床を,下側から順次,少なくとも3群の階床群に分割し,下階床群に属する階床に対する給水は水道用配水管に直結された下階床群用給水管により行ない,下階床群以外の階床群に属する階床に対する給水は,各階床群毎に,夫々専用の増圧ポンプの吐出側に接続された夫々の高階床群用給水管により行なうようにした給水システムにおいて,上記専用の増圧ポンプの吸込側を,順次,その階床群の下階床群側の給水管に夫々接続して給水を行なうように構成したことを特徴とする中高層建物用増圧給水システム(以下この発明を「本件発明2」といい,本件発明1と併せて「本件各発明」という場合がある。)。
3審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,審決は,本件各発明は,実願昭58-1506号(実開昭59-107072号)のマイクロフィルム(甲2。以下「刊行物1」という。)記載の各発明(以下本件発明1,本件発明2に対応して「引用発明1」,「引用発明2」といい,これらを併せて単に「引用発明」という。)及び「水道協会雑誌」平成4年2月第61巻第2号(第689号)所収の「直結給水用ブースタ装置の開発と実証実験(中間報告)」と題する論文(甲3。以下「刊行物2」という。)記載の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し無効とすべきものであると判断した。
上記の結論を導く前提として,審決が認定した引用発明の内容並びに本件各発明と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
(1)引用発明の内容ア引用発明1の内容ビル等の各階に対する給水を,1階から3階では下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,4階から6階では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう給水システムにおいて,上記上部ポンプ22の吸込側を上記下部送水管13に接続して給水を行なうように構成したビル等の高所への給水システム。
イ引用発明2の内容ビル等の各階に対する給水を,1階から3階では下部受水槽の水が下部ポンブ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,4階から6階では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行ない,7階から所定の階では上部ポンプ22より上方に設置されるポンプの吐出側に接続された送水管により行なう給水システムにおいて,上記上部ポンプ22の吸込側を上記下部送水管13に接続して給水を行ない,上部ポンプ22より上方に設置されるポンプの吸込側を上記上部送水管23に接続して給水を行なうように構成したビル等の高所への給水システム。
(2)一致点ア本件発明1と引用発明1との一致点「中高層建物の各階床に対する給水を,低階床では低階床側給水管により行ない,中高階床では増圧ポンプの吐出側に接続された中高階床側給水管により行なうようにした給水システムにおいて,上記増圧ポンプの吸込側を上記低階床側給水管に接続して給水を行なうように構成した中高層建物用増圧給水システム。」である点(以下「一致点1」という。)。
イ本件発明2と引用発明2との一致点「中高層建物の各階床を,下側から順次,少なくとも3群の階床群に分割し,下階床群に属する階床に対する給水は下階床群用給水管により行ない,下階床群以外の階床群に属する階床に対する給水は,各階床群毎に,夫々専用の増圧ポンプの吐出側に接続された夫々の高階床群用給水管により行なうようにした給水システムにおいて,上記専用の増圧ポンプの吸込側を,順次,その階床群の下階床群側の給水管に夫々接続して給水を行なうように構成した中高層建物用増圧給水システム。」である点(以下「一致点2」という。)。
(3)相違点ア本件発明1と引用発明1との相違点低階床に対する給水について,本件発明1は,水道用配水管に直結された低階床側給水管により行なうのに対して,引用発明1は,下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行なう点(以下「相違点1」という。)。
イ本件発明2と引用発明2との相違点下階床群に属する階床に対する給水について,本件発明2は,水道用配水管に直結された下階床群用給水管により行なうのに対して,引用発明2は,下部受水槽の水が下部ポンブ12を用いて供給される下部送水管13により行なう点(以下「相違点2」という。)。
(4)審決の判断の要点ア本件発明1の容易想到性の判断(ア)引用発明1について刊行物1に,「下部のポンプについては,ほぼ同様に,最上階高さよりも10m程高い揚程を必要とし」と記載されていることを踏まえ,また,建物の1階分の高さを概ね3mと見積もると,引用発明1の下部ポンプ12の揚水能力は,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,1階から3階までの揚水能力である,概ね20m程度で十分であることは刊行物1の記載から自明である。
すなわち,引用発明1において,1階から3階まで給水するために必要とされる下部ポンプ12の揚水能力は,概ね20(約3×3(3階の天井までの高さ)+10)m程度の揚水能力で済む。また,引用発明1において,上部ポンプ22等のポンプによって更に給水が増圧されるから,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,各階に給水するために必要な下部ポンプ12の揚水能力は,1階から3階までの揚水能力である概ね20m程度で十分である。このことは,刊行物1の「低い揚程のポンプを使用し」という記載からも明らかである。
(イ)刊行物2(甲3)に示された技術常識について刊行物2の記載からみて,水道本管圧力は,約3kgf/cm (揚2水能力として,約30m程度)であり,既存の配水管圧力で直結給水できる地域に建てられた建物の3階程度までは,水道本管圧力を利用すれば,給水管内圧力を加圧,給水するブースタ装置を必要とすることなく,水道管から各階に直結給水が常時可能であること,及び受水槽式の給水方式には,衛生面等の問題があることや,受水槽空間を有効利用すべく,受水槽式の給水方式を直結給水方式に変更することが給水技術の流れであることは,本件特許の出願前における当業者の技術常識というべきである。
そして,引用発明1の下部ポンプ12の揚水能力は,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,1階から3階までの揚水能力である,概ね20m程度であり,水道本管圧力(約30m程度)の揚水能力は,引用発明1における「下部ポンプ12」のものと同等以上である。
(ウ)容易想到性の判断について引用発明1が記載された刊行物1に上記技術常識を有する当業者が接したとき,引用発明1の下部受水槽と下部ポンプ12による給水に代えて,常時水道本管の給水圧力のみを利用した給水に変更することは当業者が容易に想到し得る事項である。
換言すると,1階から3階(低階床)に対する給水手段として,下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行なう方式に代えて,本件発明1のように,水道用配水管に直結された低階床側給水管により行なう方式に変更することは引用発明1及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得る事項である。
したがって,相違点1に係る本件発明1の構成要件は,引用発明1及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得るものである。
また,本件発明1によってもたらされる効果は,刊行物1及び刊行物2の記載から当業者が予測し得る程度のものである。
よって,本件発明1は,引用発明1及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
イ本件発明2の容易想到性の判断(ア)引用発明2について刊行物1に,「下部のポンプについては,ほぼ同様に,最上階高さよりも10m程高い揚程を必要とし」と記載されていることを踏まえ,また,建物の1階分の高さを概ね3mと見積もると,引用発明1の下部ポンプ12の揚水能力は,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,1階から3階までの揚水能力である,概ね20m程度で十分であることは刊行物1の記載から自明である。
すなわち,引用発明2において,1階から3階まで給水するために必要とされる下部ポンプ12の揚水能力は,概ね20(約3×3(3階の天井までの高さ)+10)m程度の揚水能力で済む。また,引用発明2において,上部ポンプ22等のポンプによって更に給水が増圧されるから,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,各階に給水するために必要な下部ポンプ12の揚水能力は,1階から3階までの揚水能力である概ね20m程度で十分である。このことは,刊行物1の「低い揚程のポンプを使用し」という記載からも明らかである。
(イ)刊行物2(甲3)に示された技術常識について刊行物2の記載からみて,水道本管圧力は,約3kgf/cm (揚2水能力として,約30m程度)であり,既存の配水管圧力で直結給水できる地域に建てられた建物の3階程度までは,水道本管圧力を利用すれば,給水管内圧力を加圧,給水するブースタ装置を必要とすることなく,水道管から各階に直結給水が常時可能であること,及び受水槽式の給水方式には,衛生面等の問題があることや,受水槽空間を有効利用すべく,受水槽式の給水方式を直結給水方式に変更することが給水技術の流れであることは,本件特許の出願前において当業者の技術常識というべきである。
そして,引用発明1の下部ポンプ12の揚水能力は,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,1階から3階までの揚水能力である,概ね20m程度であり,水道本管圧力(約30m程度)の揚水能力は,引用発明2における「下部ポンプ12」のものと同等以上である。
(ウ)容易想到性の判断について引用発明2が記載された刊行物1に上記技術常識を有する当業者が接したとき,引用発明2の下部受水槽と下部ポンプ12による給水に代えて,常時水道本管の給水圧力のみを利用した給水に変更することは当業者が容易に想到し得る事項である。
換言すると,1階から3階(下階床群に属する階床)に対する給水手段として,下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行なう方式に代えて,本件発明2のように,水道用配水管に直結された下階床群用給水管により行なう方式に変更することは引用発明2及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得る事項である。
したがって,相違点2に係る本件発明2の構成要件は,引用発明2及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得るものである。
また,本件発明2によってもたらされる効果は,刊行物1,刊行物2の記載から当業者が予測し得る程度のものである。
よって,本件発明2は,引用発明2及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
第3原告主張の取消事由1取消事由1(引用発明1の認定の誤り)審決は,引用発明1について,「ビル等の各階に対する給水を,1階から3階では下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,4階から6階では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう」と認定したが,誤りである。
刊行物1には,「ビル等の各階に対して下部受水槽の水を給水するにあたり,下部では下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,上部では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう給水システムにおいて,上記上部ポンプの吸込側を上記下部送水管に接続して給水を行うように構成したビル等の高所への給水システム」が記載されているにすぎず,1階から3階と4階から6階とに分けることに技術的意義はない。すなわち,引用発明1は,「ビル等の各階に対する給水を,下部では下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,上部では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう給水システムにおいて,上記上部ポンプ22の吸込側を上記下部送水管13に接続して給水を行うように構成したビル等の高所への給水システム」と認定されるべきであり,これと異なる審決の引用発明1の認定は誤りであり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼす。
2取消事由2(相違点1の認定の誤り)本件発明1と引用発明1とを対比すると,両者の相違点は,「低階床に対する給水について,本件発明1は,受水槽を備えることなく,水道用配水管に増圧ポンプを介さずに直結された低階床側給水管により行なうのに対して,引用発明1は,下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行なう点。」と認定すべきであり,これと異なる相違点1の認定は誤りであり,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼす。
3取消事由3(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)(1)引用発明1の内容について審決は,「引用発明1において,上部ポンプ22等のポンプによって更に給水が増圧されるから,建物が例えば6階建てであれ,7階建て以上であれ,各階に給水するために必要な下部ポンプ12の揚水能力は,1階から3階までの揚水能力である概ね20m程度で十分である。」と判断した。
しかし,審決の上記判断は,誤りである。
審決の引用発明1における下部ポンプ12の揚水能力は,複数階数のビルをいくつの数階に分割するかによって決められるものであり,一義的に決めることはできない。7階建て以上の例えば20階建てのビルを想定し,それを2基の揚水ポンプでまかなおうとすると,下部ポンプは,必然的に1階から10階までの揚水能力を必要とするから,おおむね40mの揚水能力を必要とする。
仮に,審決の判断したとおり,建物の1階分の高さを3mとし,水圧として最上階高さよりも10m高い揚程が必要であるとすると,刊行物1の第3図においては,建物全体(6階)に必要とされる掲程は28mであり,他方水道管本管圧力(約30m)はそれ以上となる。したがって,審決によれば,当業者は,むしろ第3図に示された下部受水槽,下部ポンプ及び上部ポンプによる給水に代えて建物全体を水道管本管のみを利用した給水方法を選択するはずである。
(2)刊行物2(甲3)に示された技術常識についてア審決は,刊行物2の記載からみて,「水道本管圧力は,約3kgf/cm (揚水能力として,約30m程度)であり,既存の配水管圧力で直結2給水できる地域に建てられた建物の3階程度までは,水道本管圧力を利用すれば,給水管内圧力を加圧,給水するブースタ装置を必要とすることなく,水道管から各階に直結給水が常時可能である」と判断した。
しかし,審決の上記判断は,誤りである。
すなわち,刊行物2記載の技術的事項は,給水区域内での地盤高等により既存の配水管圧力で直結給水できない地域や6階以上の集合住宅で直結給水を実施する場合には,建物全体に給水するためにブースタ装置(増圧ポンプ)を使用することが前提となるということである。したがって,たとえ「水道本管圧力は,約3kgf/cm (揚水能力として,約30m2程度)」であったとしても,6階建て以上の,例えば10階建てビルに下部受水槽を使用せず直結給水する場合は,刊行物2に記載のように,ブースタ装置を用いて10階まで給水すべく増圧することが行われる。そして,このような場合に建物の低階層のみを増圧せずに直結給水することは,刊行物2には記載がないし,他に本件発明1の出願前に当業者の技術常識であることを示す証拠もない。
イ審決は,本件発明1の容易想到性の判断において,「受水槽式の給水方式には,衛生面等の問題があることや,受水槽空間を有効利用すべく,受水槽式の給水方式を直結給水方式に変更することが給水技術の流れであることは,本件特許の出願前において当業者の技術常識というべきである。」と判断した。
しかし,審決の上記判断は,誤りである。
すなわち,甲12によれば,直結給水方式には,配水管工事や災害等による断水の場合,受水タンク方式のような貯留機能がないといったデメリットもあること,配水管水圧の変動や給水装置から配水管への汚水の逆流などの課題があることが指摘されているから,本件発明1の出願時に直結給水方式が必ずしも給水技術の流れであるとまではいえない。
ウまた,刊行物2記載の前記技術的事項を技術常識と認定したことは,審決においてはじめて判断されたものであり,審判段階においては審理の対象ではなかった。審判においては,刊行物2から認定した技術常識の当否について被請求人(原告)による何らの意見申立ての機会がないままに審決がされたという審理不尽があり,この審理不尽は審決の結論に影響する。
(3)相違点1に係る構成の容易想到性の判断についてア引用発明1からの容易想到性の判断の誤り(ア)引用発明1は受水槽を用いた給水システムであって,高層ビルにあっては,下部に配置する揚程の高いポンプを廃して,数階毎に揚程の低いポンプをいわば直列に配置することで上層階まで給水することを技術的思想とするものである。他方,本件発明1の出願前における技術常識では,直結給水方式が検討されており,高層ビルに対し直結給水方式を適用するには,建物全体に給水するためのブースタ装置(増圧ポンプ)が必要であった。
したがって,刊行物1に上記技術常識を有する当業者が接したとき,当業者が容易に想到することができるのは,引用発明1における受水槽式を直結給水方式とし,受水槽を取り除く構成にとどまるものであり,本件発明1のごとく,建物の最下の階床群を水道管本管に増圧ポンプを介さずに直結した直結給水方式とし,その上の階床群は増圧ポンプを用いた増圧直結給水方式として,それぞれ異なる給水方式を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
(イ)引用発明1は,?@受水槽式にはポンプが必要,?A高い建物の場合は該ポンプの揚程が大きくなる,?Bしたがって,該ポンプを低揚程の下部ポンプと上部ポンプとする,という思考過程からなされた発明であるから,受水槽と2個のポンプ(下部ポンプ及び上部ポンプ)を有することを発明の本質としている。引用発明1から本件発明1を想到することは,結果として引用発明1の受水槽と下部ポンプを排除するという思考過程を経なければならず,そのように思考することは,引用発明1の発明の本質を毀損することであるから,当業者の思考過程としてはあり得ないことである。また,仮にそのように考えるとしても,引用発明1から本件発明1に至るまでには,「?@受水槽を取り払って,建物全体に給水するための増圧ポンプを水道管に直結する(直結式),?A増圧ポンプを下部ポンプ,上部ポンプの2個とする,?B水道管の水圧だけで給水できる領域については下部ポンプを取り除いて水道管直結とし,その領域の上階に上部ポンプを配置する」という複数の思考過程が必要であり,とりわけその内の?A,?Bの過程は,前記技術常識によっては容易に想到することができない。
したがって,引用発明1に技術常識を有する当業者が接したとき,本件発明1のごとく,建物の最下の階床群を水道管本管に増圧ポンプを介さずに直結した直結給水方式とし,その上の階床群は増圧ポンプを用いた増圧直結給水方式として,それぞれ異なる給水方式を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
イ引用発明1と刊行物2記載の技術常識の組合せによる容易想到性の判断の誤り(ア)引用発明1は,受水槽を用いた給水方式において,1階に配置するポンプのみで揚水すると該ポンプを揚程の高いポンプとする必要があるので設備費や運転費がかさむ,という課題に対して,1階に配置する高揚程のポンプの代わりに,数階毎に低揚程のポンプと圧力容器とを配置する発明であって,これによって,下部にポンプ1台を設置したのに比べ,ポンプの設備費及び運転費を安くするという発明である。そうすると,引用発明1の技術思想は,受水槽を用いた給水方式において,各階床群に対して,等しくポンプと圧力容器とを配置するというものである。
これに対して,本件発明1の技術思想は,従来からの受水槽方式と水道管直結増圧方式の課題を解決するため,水道管の給水圧力を有効に活用すべく低階床を直結給水方式とし,中高階床を増圧直結給水方式として,低階床と中高階床とでは,給水方式を異にするというものである。
したがって,本件発明1と引用発明1は,技術的課題が異なるとともに,技術思想及び構成においても明確に異なる。
(イ)刊行物2には,中層建物の給水システムが開示されているが,建物を各階床群に分割して給水するという思想は開示されていない。刊行物2は,ポンプの給水系路とこれをバイパスする逆止弁のバイパス給水管が備わっていることを前提とする給水システムであり,入口圧力が増大して吐出設定圧力以上になるときにポンプが自然停止してバイパス配管を通って給水することが開示されているにすぎない。刊行物2の「十分な入口圧力がある場合はこの経路でポンプを必要とせずに給水できる」(36頁)との記載は,ポンプを設置しないということではなく,入口圧力の値次第ではポンプの作動を不要とするということをいうにすぎず,本件発明1に係る最下階床群の給水管下端が水道用配管に直接接続され,増圧ポンプをなくすという構成及び効果とは異なる。
したがって,本件発明1と刊行物2記載の技術的事項とは,その技術的課題及び構成において相違している。
(ウ)引用発明1の下部送水管13への受水槽式の給水方式に代えて,刊行物2記載の構成を適用すると,引用発明1の受水槽と下部ポンプ12の代わりにポンプを用いたブースタ(増圧)装置が置き換わるのであり,本件発明1にいう最下の階床群の給水管を水道用配管に直接接続する構成とは全く異なる。すなわち,この場合逆止弁を必須とするバイパス配管を含みポンプを用いたブースタ装置が下部送水管13に接続されるのであって,バイパス配管のみを選択してそれを下部送水管13に接続したものとはなり得ない。したがって,引用発明1と刊行物2記載の技術常識から本件発明1が容易に想到するとはいえない。
ウ顕著な作用効果の判断の誤り本件明細書によれば,本件発明1は,?@低層ゾーンには水道管の水圧だけで給水されるので,減圧の必要は無くなり,増圧ポンプは高層ゾーンで必要とする増圧だけを得るように働けば良いので,水道管の水圧が充分に活用され,この結果,低層ゾーンでの減圧が不要になることと相俟って,必要なエネルギーを少なくすることができ,且つ,バイパス管路がなくても低層ゾーンへの給水が途絶える虞れをなくすことができる(作用効果a)(段落【0016】),?A各階層ゾーン毎に異なった水圧で給水することができるので,減圧弁を使用する必要が無く,このため,減圧に伴うエネルギーの損失が無くなるので,充分に省エネを得ることができる。また,ポンプ4は,水道配水管1から供給される水道水が有する圧力では足りない部分の増圧を行なえば済むため,水道配水管の水圧が有効に利用された分,省エネが得られることになる(作用効果b)(段落【0029】),?B減圧弁やバイパス配管を設ける必要が無いから,コストを低減することができる(作用効果c)(段落【0030】),?C高層ゾーンに対する給水が,低層ゾーンの給水管を共用して行なわれるので,別途,低層ゾーン専用の給水管を設ける必要も無いので,この面でも構成が簡単になり,さらにコストダウンを得ることができる(作用効果d)(段落【0030】)という作用効果を奏する。
これに対し,引用発明1及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて予測される作用効果は,上記作用効果dにとどまり,その余の上記作用効果aないし作用効果cについては予測し得ない顕著なものである。
4取消事由4(引用発明2の認定の誤り)引用発明2においては,従来の下部ポンプの揚程を下部ポンプ12と上部ポンプ22とによって数階ごとに分担するものであるから,下部ポンプ12及び上部ポンプ22が分担する階数は任意であり,9階建てビルを想定すると下部ポンプが1階ないし5階を担い,上部ポンプが6階ないし9階を担うことも想定されるし,10階建てビルを想定すると下部ポンプ12が1階ないし5階を担い,上部ポンプ22が5階ないし10階を担うことも十分推察することができ,上部ポンプ22をどこに配置するかもそれを複数にすることも刊行物1からは明らかでない。
したがって,引用発明2は,「ビル等の各階に対する給水を,下部では下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,上部では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう給水システムにおいて,上記上部ポンプ22の吸込側を上記下部送水管13に接続して給水を行うように構成したビル等の高所への給水システム」と認定すべきであり,これと異なる審決の引用発明2の認定は誤りである。
5取消事由5(一致点2及び相違点2の認定の誤り)(1)本件発明2と引用発明2との一致点は,「中高層建物の各階床を,階床群に分割し,下階床群に属する階床に対する給水は下階床群用給水管により行ない,下階床群以外の階床群に属する階床に対する給水は,専用の増圧ポンプの吐出側に接続された高階床群用給水管により行なうようにした給水システムにおいて,上記専用の増圧ポンプの吸込側を,下階床群側の給水管に接続して給水を行なうように構成した中高層建物用増圧給水システム。」と認定すべきであり,これと異なる審決の一致点2の認定は誤りである。
(2)本件発明2と引用発明2との相違点は,?@「低階床に対する給水について,本件発明2は,受水槽を備えることなく,水道用配水管に増圧ポンプを介さずに直結された低階床側給水管により行なうのに対して,引用発明2は,下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行なう点。」,?A「中高層建物に対する給水について,本件発明2は,中高層建物の各階床を,下側から順次,少なくとも3群の階床群に分割し,下階床群以外の階床群に属する階床に対する給水は,各階床群毎に,夫々専用の増圧ポンプの吐出側に接続された夫々の高階床群用給水管により行なうようにした給水システムにおいて,上記専用の増圧ポンプの吸込側を,下階床群側の給水管に接続して給水を行なうように構成するのに対し,引用発明2についてはそのような構成がない点」と認定すべきであり,これと異なる審決の相違点2の認定は誤りである。
6取消事由6(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)(1)引用発明2に刊行物2記載の技術常識を有する当業者が接したとき,当業者が容易に想到することができるのは,引用発明2における受水槽式を直結給水方式とし,受水槽を取り除く構成にとどまるものであり,本件発明2のごとく,建物の最下の階床群を水道管本管に増圧ポンプを介さずに直結した直結給水方式とし,その上の複数の階床群は増圧ポンプを用いた増圧直結給水方式として,それぞれ異なる給水方式を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
(2)引用発明2は,?@受水槽式にはポンプが必要,?A高い建物の場合は該ポンプの揚程が大きくなる,?Bしたがって,該ポンプを低揚程の下部ポンプと上部ポンプとするという思考過程からなされた発明であるから,受水槽と2個のポンプ(下部ポンプ及び上部ポンプ)を有することを発明の本質としている。引用発明2から本件発明2を想到することは,結果として引用発明2の受水槽と下部ポンプを排除するという思考過程を経なければならず,そのように思考することは,引用発明2の発明の本質を毀損することであるから,当業者の思考過程としてはあり得ないことである。また,仮にそのように思考するとしても,引用発明2から本件発明2に至るまでには,「?@受水槽を取り払って,建物全体に給水するための増圧ポンプを水道管に直結する(直結式),?A増圧ポンプを下部ポンプ,上部ポンプの2個とする,?B少なくとも3群の階床群に分割し,上階床群側のポンプは順次,その下の階床群の給水管に直結する,?C水道管の水圧だけで給水できる最下層の領域を設定し,該領域では下部ポンプを取り除いて水道管直結とし,その領域の上階には複数の上部ポンプを配置する」という複数の思考過程が必要であり,とりわけその内の?Aないし?Cの過程は,前記技術常識によっては容易に乗り越えることができない過程である。
したがって,刊行物1に該技術常識を有する当業者が接したとき,本件発明2のごとく,建物の最下の階床群を水道管本管に増圧ポンプを介さずに直結した直結給水方式とし,その上の階床群は増圧ポンプを用いた増圧直結給水方式として,それぞれ異なる給水方式を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
(3)本件発明2にも,本件発明1と同じ作用効果を奏するのに対し,引用発明1及び刊行物2に記載された技術常識に基づいて予測される作用効果は,前記作用効果dであり,その余の作用効果は,予測し得ない格別の作用効果である。
第4被告の反論原告主張の取消事由には理由がなく,審決に違法はない。
1取消事由1,4,5に対し審決の引用発明1,2の認定並びに一致点2及び相違点2の認定には誤りはない。
2取消事由2に対し(1)審決の相違点1の認定に誤りはない。
(2)原告は,本件発明1と引用発明1との相違点として,「受水槽を備えることなく」及び「増圧ポンプを介さずに」との点を看過し,それを前提に本件発明1の容易想到性の判断が誤っていると主張する。
しかし,刊行物2の図2において受水槽が存在しないことは明らかであるし,刊行物2には「吸込管は逆止管へポンプをバイパスするように配管され,十分な入口圧力がある場合はこの経路でポンプを必要とせずに給水できる。」と記載されており,バイパス配管が図2に明示されている。したがって,審決が本件発明1に関して原告主張の相違点を看過したとしても,容易想到性の判断に影響を及ぼすものではない。
3取消事由3,6に対し(1)引用発明1の内容の認定判断に誤りがあるとの原告の主張は争う。
(2)刊行物2(甲3)に示された技術常識について刊行物2の図-2には,左下の配水本管から右下の給水管に至る配管として,NO.1ポンプ及びNO.2ポンプをいずれもバイパスする配管が記載されている。そして,刊行物2(36頁左欄下から2行目から同頁右欄2行目)には,「吸込管は逆止弁を介して吐出管へポンプをバイパスするように配管され,十分な入口圧力がある場合はこの経路でポンプを必要とせずに給水できる。」との記載がある。
このように,配水本管に十分な給水圧力がある場合には,ポンプを必要としないことは常識であり,低階床への給水に必要な圧力の方が高階床への給水に必要な圧力よりも低いことも常識である。しかし,実用上は,何らかの理由で配水本管の給水圧力が低下した場合などを考慮して設備の設計がなされる。刊行物2の上記記載は,このような技術常識を反映したものである。
(3)相違点に係る容易想到性の判断の誤りについて原告が主張している本件各発明の作用効果は,刊行物2記載の技術常識から自明な効果にすぎない。また,本件各発明に係る特許請求の範囲には,「増圧ポンプを備えることなく」との記載がないから,上記作用効果は本件各発明の構成によって得られる効果でないものが含まれている。原告の主張は失当である。
第5当裁判所の判断当裁判所は,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,原告の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について刊行物1の第3図によれば,1階から3階までは下部受水槽から下部ポンプ12により下部圧力タンク11と連通する下部送水管13により揚水を行い,4階から6階までは上部ポンプ22により上部圧力タンク21と連通する上部送水管23により揚水を行うことが示されている。
そうすると,審決が,引用発明について,「1階から3階では下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,4階から6階では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう」と認定したことに誤りはない。
2取消事由2(相違点1の認定の誤り)について原告は,本件発明1と引用発明1との相違点として,「受水槽を備えることなく」,「増圧ポンプを介さず」との点を看過していると主張する。しかし,上記の点はいずれも,本件発明1に係る特許請求の範囲に記載がなく,上記の場合に限定されるものではないから,原告の上記主張は失当である。
3取消事由3(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について(1)引用発明1の内容についてア刊行物1(甲2)の記載刊行物1には,以下の記載がある。
(ア)「従来ビル等の高所への給水装置として下部に受水槽とポンプを設け,ビルの屋上に開放形の高過水槽を設置したもの・・・がある。これらいずれの装置又はシステムも下部のポンプについては,ほぼ同様に,最上階高さよりも10m程高い揚程を必要とし,さらには吐出量も時間平均使用水量の2〜3倍のポンプ又はバリアブルポンプが使用され,設備費,運転費等も高価であり,またポンプ吐出口にかかるウォータハンマー等も大きく故障の原因ともなる。」(1頁19行〜2頁15行)。
(イ)「本考案の目的は,従来の下部ポンプのみで揚水するかわりに数階毎にポンプ逆止弁及び内部に液体を収容する圧力容器とを配置し,低い揚程のポンプを使用し,揚水管を介して直列に接続することによりポンプの設備費を下げるとともに,運転費をも少なくできる給水装置を提供するものである。」(2頁16行〜3頁2行)。
(ウ)「本考案の要旨とするところは,ビル等の高所への給水装置において,数階毎に低楊程のポンプ逆止弁と内部に液体を収納する袋体を有した圧力容器とを送水管を介し直列に配置した給水装置であって以下実施例を図面により説明する。」(3頁3〜7行)。
(エ)「以上のように本考案の効果は,ポンプと圧力タンクを数階毎に設置することにより,各々のポンプの運転時間を少なくし,下部にポンプ1台を設置したのに比べて,設備費,運転費共安くすることができ,さらに従来の給水装置の場合に生じる最上階と,一階の給水圧力差をほとんどなくすことができ,長い揚水管をもつ給水装置において発生するウォーターハンマー等もなくすことができる等,すぐれた効果を奏すものである。」(4頁13行〜5頁1行)。
イ判断刊行物1には「下部のポンプについては,ほぼ同様に,最上階高さよりも10m程高い揚程を必要とし,」との記載があるところ,審決は上記の記載を前提に建物1階の高さを3mと仮定して「1階から3階までの揚水能力を概ね20m程度で十分」と認定したものであり,引用発明1に関する審決の認定判断に不合理な点はなく,誤りはない。
この点,原告は,20階建てのビルを想定した場合,それを2基の揚水ポンプでまかなおうとすると,下部ポンプは,必然的に1〜10階の揚水能力を必要とするから,その場合にはおおむね40mの揚水能力を必要とすると主張する。しかし,刊行物1の「数階毎に・・・低い揚程のポンプを使用し」との記載に照らすと,「低い揚程のポンプ」とは,ビル数階に対して揚水するであると認められるから,10階程度まで揚水するポンプを意味するということはできない。原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,当業者は,本件発明1の容易想到性の判断によれば,刊行物1の第3図に示された下部受水槽,下部ポンプ及び上部ポンプによる給水に代えて建物全体を水道管本管のみを利用した給水方法を選択するはずであると主張する。しかし,刊行物1の記載によれば,引用発明1は,従来の給水装置の場合に生じる最上階と1階との給水圧力差をなくし,長い揚水管に発生するウォーターハンマーを防止するものであることに照らすと,刊行物1に接した当業者が建物全体を水道管本管のみを利用した給水に変更するものということはできない。原告の上記主張は理由がない。
(2)刊行物2(甲3)に示された技術常識についてア刊行物2の記載刊行物2(甲3)には,以下の記載がある。
(ア)「1.はじめに近年,受水槽の管理不徹底による公衆衛生の問題や,受水槽空間の有効利用から,3階建て以上の建物への直接給水が検討されている。5階直結を行なうには0.3MPa(3.1kgf/cm )以上の圧力が2必要である。しかし,給水区域内での地盤高等により既存の配水管圧力で直結給水できない地域や6階以上の集合住宅で直結給水を実施する場合,これを解決するために給水管内圧力を加圧,給水するブースタ装置が必要となる。」(34頁左欄第1行〜同右欄第2行)(イ)「吸込管は逆止弁を介して吐出管へポンプをバイパスするように配管され,十分な入口圧力がある場合はこの経路でポンプを必要とせずに給水できる。圧力センサは配管の吸込側と吐出側にそれぞれ1個づつ付いている。」(36頁左欄4行〜右欄3行)イ判断上記認定のとおり,刊行物2には,受水槽の管理不徹底による公衆衛生の問題や受水槽空間の有効利用から,受水槽を省いて,従来の受水槽式の給水方式に代えて直結給水方式に変更すること,また,十分な入口圧力がある場合は増圧ポンプを必要とせずに給水できることが記載されているといえる。そうすると,1階から3階の低階床については,引用発明1の下部受水槽と下部ポンプ12による給水に代えて,常時水道本管の給水圧力のみを利用した給水に変更することは,当業者が容易に想到し得る事項であるというべきである。
この点,原告は,刊行物2の記載から,本件発明1の出願時に直結給水方式が必ずしも給水技術の流れであるとまではいえず,甲12によれば,直結給水方式についてはデメリットもあること等が指摘されていると主張する。しかし,甲12は,本件特許の出願後に刊行された刊行物であり,本件特許の出願時の直結給水方式に対する認識は明らかでないし,仮に刊行物2から直結給水方式が給水技術の流れであるとはいえないとしても,前記のとおり容易想到性の判断を左右するものではない。
また,原告は,引用発明1と刊行物2に記載された技術常識に基づいて容易想到と判断することに関して,審判において審決認定の技術常識の審理が尽くされていないと主張する。しかし,証拠(甲17,19)及び弁論の全趣旨によれば,審判の過程において,「甲2と甲3を組み合わせることの困難性」については,平成20年11月28日に行われた第1回口頭審理で審理され,意見を述べる機会があったのであるから,審判手続に瑕疵があるということはできない,原告の主張は理由がない。
(3)相違点1に係る構成の容易想到性の判断について前記の認定に基づくと,引用発明1に刊行物2記載の技術常識を有する当業者が接したときは,引用発明1と本件発明1との相違点である,低階床に対する給水について,引用発明1の下部受水槽と下部ポンプ12による給水に代えて,刊行物2記載の技術常識に基づいて受水槽を省いて,常時水道本管の給水圧力のみを利用した給水に変更することは当業者が容易に想到し得ることであるといえる。
原告は,以下のとおり主張するが,いずれも理由がない。
ア原告は,引用発明1から本件発明1を想到するには,?@受水槽を取り払って,建物全体に給水するための増圧ポンプを水道管に直結する,?A増圧ポンプを下部ポンプ,上部ポンプの2個とする,?B水道管の水圧だけで給水できる領域については下部ポンプを取り除いて水道管直結とし,その領域の上階に上部ポンプを配置する,という複数の思考過程が必要であると主張する。しかし,本件発明1を想到するには引用発明1の下部入水槽と下部ポンプ12を省き,常時水道本管から給水するようにするというものにとどまるから,原告の主張のとおりの思考過程を経由しない限り,本件発明の構成に到達しないということはできない。原告の主張は理由がない。
イ原告は,引用発明1の下部送水管13への受水槽式の給水方式に代えて,刊行物2記載の構成を適用すると,引用発明1の受水槽と下部ポンプ12の代わりにポンプを用いたブースタ(増圧)装置が置き換わるのであり,本件発明1にいう最下の階床群の給水管を水道用配管に直接接続する構成とは全く異なると主張する。しかし,刊行物2から把握できる技術常識は,受水槽を省略して,従来の受水槽式の給水方式を水道用配管からの直結給水方式に変更すること及び十分な入口圧力がある場合は増圧ポンプを必要とせずに給水できることである。したがって,同技術常識を引用発明1に適用すると,引用発明1の受水槽と下部ポンプ12の代わりにポンプを用いたブースタ装置が置き換わるのではなく,本件発明1に係る最下の階床群の給水管を水道用配管に直接接続して直結給水方式に変更するものとなる。原告の上記主張は,理由がない。
ウ原告は,本件発明1と刊行物2記載の発明とはその技術的課題及び構成において異なると主張する。しかし,原告の主張は,本件発明1を最下階床群の給水管下端が水道用配管に直接接続されて増圧ポンプをなくすとの構成であることを前提としており,それは本件発明1の特許請求の範囲に基づかないから,主張自体失当である。
エ原告は,本件発明1には引用発明1及び刊行物2記載の技術常識からは予測できない顕著な作用効果(作用効果aないし作用効果c)を奏すると主張する。しかし,原告の主張は失当である。
すなわち,引用発明1に刊行物2記載の技術常識を適用した場合,低階床に対する給水について,引用発明1の下部入水槽と下部ポンプ12による給水に代えて,本件発明1のように常時水道本管の給水圧力のみを利用した給水に変更することを意味するから,原告主張の作用効果a,bについてはこの場合に当然に奏する作用効果である。そして,原告主張の作用効果cについては,本件発明1に係る特許請求の範囲に増圧ポンプを備えない旨の限定がない以上,ただちに減圧弁やバイパス配管を設ける必要がないとはいえず,特許請求の範囲に基づかない主張であり,失当である。
4取消事由4(引用発明2の認定の誤り)について(1)刊行物1の図3から,引用発明2を「1階から3階では下部受水槽の水が下部ポンプ12を用いて供給される下部送水管13により行ない,4階から6階では上部ポンプ22の吐出側に接続された上部送水管23により行なう」と認定したことに誤りはないことは,前記1と同様である。
(2)原告は,上部ポンプ22を複数にすることは刊行物1には記載がないことから,上部ポンプ22が複数であることを前提とする審決の引用発明2の認定は誤りであると主張する。
しかし,前記3で認定した刊行物1の記載によれば,「数階毎に・・低い揚程のポンプを使用して」との記載があること,引用発明1の目的は,最上階と1階との給水圧力差をなくし,また,長い揚水管に発生するウォーターハンマーを防止するものであることからすれば,上部ポンプは数階の階床群毎に,建物の階数に応じた台数設置されると解される。審決の引用発明2の認定に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
5取消事由5(一致点2及び相違点2の認定の誤り)について(1)前記4で認定判断したとおり,審決の引用発明2の認定に誤りがあるとは認められず,それを前提に本件発明2と対比した場合,両者は「少なくとも3群」の階床群に分割されているものと認められるので,「少なくとも3群」の階床群に分割されているとの審決の一致点2の認定に誤りはない。
(2)原告が審決が看過していると主張する相違点?@,?Aのうち,?@の「受水槽を備えることなく」,「増圧ポンプを介さずに」との点は本件発明2に係る特許請求の範囲には記載がなく,これらの場合に限定されないので,失当である。また上記?Aについては,前記4で判断したとおり,審決の引用発明2の認定に誤りがないことから,相違点と認めることはできない。
6取消事由6(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)について原告の主張する本件発明2の容易想到性の判断の誤りは,本件発明1の容易想到性の判断の誤りと同様であり,かかる主張に理由がないことは前記3で認定判断のとおりである。本件発明2の容易想到性の判断の誤りをいう原告の主張も理由がない。
7結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由に理由はない。原告はその他縷々主張するが,審決を違法とすべき誤りは認められない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 中平健
裁判官 上田洋幸