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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成21行ケ10098審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10012審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10588審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10017審決取消請求事件 判例 特許
平成17ネ10125補償金請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  薬事法 /  援用権(援用) /  存続期間 /  延長登録 /  特許発明 /  実施 /  実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  拒絶査定 /  訂正審判 /  変更 /  期間の延長 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10097号 審決取消請求事件
原告ノバルティス アクチエンゲゼルシャフト
訴訟代理人弁護士阿部隆徳
訴訟代理人弁理士青山葆
同岩崎光隆
同植村昭三
同中川将之
被告特許庁長官
同 指定代理 人星野紹英
同北村明弘
同塚中哲雄
同酒井福造
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/11/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2008−20590号事件について平成20年12月1日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1本件は,原告が特許権を有し発明の名称を「シクロスポリン含有医薬組成物」とする特許第1996397号につき,存続期間の延長登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたのでこれに対する不服審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。
2争点は,本願において延長を求める期間が「その特許発明実施することができなかった期間」を超えているか(特許法67条の3第1項3号),である。
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁における手続の経緯ア原告は,平成元年9月14日,名称を「シクロスポリン含有医薬組成物」とする発明について特許出願(特願平1-239795号)をし,その出願公告は平成7年3月22日になされ(特公平7-25690号),平成7年12月8日に特許庁から特許第1996397号として設定登録を受けた。
その後,原告から上記特許につき訂正審判請求(訂正2004-39142号)がなされ,平成16年7月23日付けで請求どおりの審決がなされた(訂正後の請求項の数52,以下「本件特許」という。)。
イ原告は,平成17年4月26日,延長を求める期間を5年として本件特許の存続期間延長登録を出願(以下「本願」という。)し,平成19年6月12日付けで延長を求める期間を4年10月4日とする旨の補正をしたが,平成20年4月30日付けで拒絶査定を受けたので,これに対する不服審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2008-20590号事件として審理した上,平成20年12月1日,請求不成立の審決をし,その謄本は同年12月16日原告に送達された。
ウなお,本件特許については,原告の日本における関連会社である日本チバガイギー株式会社に対して通常実施権が設定され,平成12年7月28日付けでその旨の設定登録がなされている。
(2) 本願において前提とされた行政処分本願は,本件特許に係る発明の実施について政令(特許法施行令)に定める処分を受けることが必要であったとして,4年10月4日の特許権存続期間の延長を求めるものであり,その政令で定める処分の内容は,次のとおりである(以下「本件承認処分」という。)。
<判決注>平成15年12月19日政令535号による改正前の特許法施行令(昭和35年3月8日政令第16号)3条(延長登録の理由となる処分)は,以下のとおり。
1号:(略)2号:薬事法(昭和35年法律第145号)第14条1項に規定する医薬品に係る同項(同法23条において準用する場合を含む。)の承認,同法14条7項(同法19条の2第4項及び第23条において準用する場合を含む。)の承認及び同法19条の2第1項の承認ア 標題 医薬品 輸入承認事項一部変更承認イ 承認番号 21200AMY00063000ウ 被承認者 日本チバガイギー株式会社エ 承認日 平成17年1月26日オ 承認者 厚生労働大臣 尾辻秀久カ 承認内容平成16年12月1日付けで申請のあった医薬品の輸入の承認事項の一部変更薬事法(昭和35年法律第145号)第23条において準用する同法第14条第7項の規定により,申請のとおり承認する。(以下略)キ 根拠法令平成14年法律第96号による改正前の薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同法23条において準用する同法14条7項ク 処分の対象となった物シクロスポリンケ 処分の対象となった物について特定された用途膵移植における拒絶反応抑制コ 販売商品名 ネオーラル25?rカプセル<判決注> 平成14年法律第96号による改正前の薬事法(以下「旧薬事法」という。)14条1項,14条7項,23条は,以下のとおり。
14条1項「厚生労働大臣は,医薬品(厚生労働大臣が基準を定めて指定する医薬品を除く。),医薬部外品(厚生労働大臣が基準を定めて指定する医薬品を除く。),厚生労働大臣の指定する成分を含有する化粧品又は医療用具(厚生労働大臣の指定する医療道具を除く。)につき,これを製造しようとする者から申請があったときは,品目毎にその製造についての承認を与える。」・14条7項「第1項の承認を受けた者は,当該品目について承認された事項の一部を変更しようとするときは,その変更についての承認を求めることができる。
この場合においては,第2項から前項までの規定を準用する。」・23条「医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療用具の輸入販売業については、第13条から第19条まで、第20条第1項及び第2項、第21条並びに第68条の2の規定を準用する。この場合において、第13条第1項中「厚生労働大臣の承認を受けていないときは」とあるのは「厚生労働大臣の承認を受けていないとき(外国においてその物を製造する者がその物につき第19条の2の規定による厚生労働大臣の承認を受けているときを除く。)は」と、同条第2項中「与えないことができる」とあるのは「与えないことができる。当該輸入しようとする物を外国において製造する者(その者が法人であるときは、その業務を行う役員を含む。)が第19条の2第2項の規定に該当する者であるときも、同様とする」と、第13条の3第1項本文中「その者がその物につき次条(第23条において準用する場合を含む。次項において同じ。)の規定による厚生労働大臣の承認を受けていないとき」とあるのは「その者及び外国においてその物を製造する者がその物につき次条(第23条において準用する場合を含む。)及び第19条の2の規定による厚生労働大臣の承認を受けていないとき」と、同項ただし書中「その者が」とあるのは「その者又は外国においてその物を製造する者が」と、同条第2項中「次条」とあるのは「次条(第23条において準用する場合を含む。)又は第19条の1」と読み替えるものとする。」(3) 審決の内容審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,?@本件承認申請は,最初は平成12年3月12日になされているが,その後取り下げられ,平成17年1月26日になされた本件承認処分は再度の申請である平成16年12月1日になされたものに基づくこと,?A平成16年12月1日より前の期間は,本件承認処分を受けるために必要な審査資料を用意するに要した期間とは認められない,したがって本願において処分を受けることが必要であるために特許発明実施することができなかった期間は「1月24日」であり,延長を求める期間はその特許発明実施することができなかった期間を超えているから,本願は特許法67条の3第1項3号の規定に該当する,等というものである。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,審決は違法として取り消されるべきである。
ア 本件承認処分に至る経緯(ア) 平成12年3月21日当時の日本における移植医療の状況日本国では平成9年(1997年)に「臓器の移植に関する法律」が施行され,脳死下での種々の臓器移植が法律上可能になった。そのため,心臓,肺,肝臓,膵臓等の移植が本格的に実施される状況になっており,また,海外でこれら臓器の移植を受け帰国した患者の多くに対しシクロスポリンによる免疫抑制療法が行われていたことから,移植医療における環境整備の一環として薬事法上,心移植,肺移植,膵移植等における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンを承認することは急務と考えられていた。また,日本移植学会は,これらの免疫抑制剤の臨床成績を評価し,関係企業に対しては薬事法上の効能追加のための承認申請を促し,処分庁である厚生労働省に対してはこれをできるだけ早期に承認することを求めていた。
(イ) 平成12年3月21日付け承認申請の経緯厚生労働省は,平成11年(1999年)8月6日,原告の子会社である日本法人ノバルティス ファーマ株式会社(以下「ノルバディスファーマ社」という。)に対し,これらの臓器移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を促した。そこで,本件特許の通常実施権者である日本チバガイギー株式会社(以下「日本チバガイギー社」という。)は,平成12年(2000年)3月21日,心移植,肺移植,膵移植及び小腸移植の各臓器移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を単一の申請として行った(以下,この申請を「1回目の承認申請」ともいう。)。
なお,日本チバガイギー社は,ノバルティス ファーマ社の100パーセント子会社であり,ノバルティス ファーマ社が販売する医薬品の製造・輸入元となっていた。当時の薬事法下において承認申請者となることができたのは,製造又は輸入業者であり,製造所を有していないノバルティス ファーマ社は承認申請者とはなれず,日本チバガイギー社が承認申請を行っていた。したがって,「ネオーラル25?rカプセル」の医薬品輸入承認事項一部変更承認申請を行ったのは,輸入会社である日本チバガイギー社である。一方,日本チバガイギー社には開発や薬事の機能はなく,製造部門に特化した組織であった。開発本部はノバルティス ファーマ社に属していたことから,厚生労働省から連絡を受ける窓口は,本件に限らずノバルティス ファーマ社の薬事部となっていた。このような理由で,厚生労働省からの連絡はノバルティス ファーマ社に対して行われ,承認申請は日本チバガイギー社が行っていた。
(ウ) 膵移植についての承認の保留医薬品医療機器審査センターは,平成12年(2000年)10月26日,審査を行った上,膵移植を含む上記臓器における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認は差し支えないと判断した。
しかし,厚生労働省は,平成12年(2000年)10月27日,ノバルティスファーマ社の担当者と面会した際,「サンディミュン(判決注:シクロスポリンを有効成分とする医薬品の販売名)及びネオーラルについて,審査を一時中断するが,これは,追加効能の薬価適応について,保険局との調整がつかなかったからである。高度先進医療が承認されれば,診療,検査,投薬,入院等には保険診療が適用されることになるが,高度先進医療の承認前に今回の効能追加が承認され薬剤費のみが保険適用されることになると,臨床の現場が混乱する。もし,審査が停止するとしても一度承認申請を取り下げてもらうことは,現時点で考えていない。」と説明した。
そして,厚生労働省は,平成13年(2001年)4月27日に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会における検討を経て,「『心移植』については承認して差し支えないが,『肺移植,膵移植,小腸移植』については,提出資料により有効性及び安全性は認められるものの,これらの移植の国内実績が極めて少ないことから,国内症例の集積状況を踏まえて承認すべき」であるとして,膵移植,肺移植及び小腸移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認を当面行わない(保留する)方針を明示した。すなわち,当時,膵移植,肺移植及び小腸移植は,「医療現場の医療技術に関する高度先進医療の承認」(術式の高度先進医療に関する承認)が下りていない状態であったが,薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会は,上記承認が下りていない医療技術について,「製薬会社の薬剤に関する効能追加の承認」(薬剤に関する承認)が先行してしまうことは,保険医療の枠組みからすると認め難く,臨床医療に混乱を招くことを理由に,膵移植,肺移植及び小腸移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認を当面行わないこととした。厚生労働省は,同日,ノバルティス ファーマ社に対し,「医薬品部会としては,提出された資料からみて,心,肺,膵及び小腸全ての有効性については評価する。しかしながら,効能追加を承認するということになると,日本国内での実績があり高度先進医療として承認された心臓移植のみとする。ただし,今後国内で実績が積まれ,残りの肺,膵及び小腸が申請された場合には,既に部会における科学的な審査は終了しているため,事務局審査のみで承認を下ろすことができると理解されたい。」と説明した。
厚生労働省は,平成13年(2001年)6月20日,1回目の承認申請に関し,心移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認をした。
(エ) 平成17年1月26日付け承認申請の経緯その後,膵移植についての国内実績が蓄積され,厚生労働省は,平成16年(2004年)11月9日,ノバルティス ファーマ社に対し,膵移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を促し,日本チバガイギー社は,この依頼に基づき,同年12月1日,その承認申請を行い(以下,この申請を「2回目の承認申請」ともいう。),平成17年(2005年)1月26日に承認を受けた。なお,2回目の承認申請においては,1回目の承認申請の際に添付した旧薬事法14条の医薬品等の製造販売の承認申請のために必要な安全性確認のための資料は添付されていない。
イ 取消事由1(承認申請日の認定の誤り)審決は,本件処分に係る承認申請日を平成12年3月21日とすべきところを平成16年12月1日と誤って認定した結果,本願において延長を求める期間は本件特許に係る発明を実施することができなかった期間を超えていると誤って判断したものであり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,違法として取り消されるべきである。
(ア) 本件承認処分に係る承認申請日は平成12年3月21日であること審決は,「本件出願における上記の『延長を求める期間』は,平成13年6月20日に承認された心移植についての処分(『以下,最初の承認』という。)の申請期日である平成12年3月21日から本件の処分を受けた日の前日までの期間である。まず,この期間が「期間A」に該当するか否かをみるに,「最初の承認」は心移植について効能効果の追加が認められた承認であって,本件出願の基礎とされている本件処分とは別の処分であるから,その承認の申請日は,本件処分の申請日とはいえない。」と認定した(4頁12行〜19行)。
しかし, 前記アのとおり,膵移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの有効性及び安全性に関する科学的調査は1回目の承認申請後に終了しており,その後は,「医療現場の医療技術に関する高度先進医療の承認」(術式の高度先進医療に関する承認)が未だ下りていないものについて「製薬会社の薬剤に関する効能追加の承認」(薬剤に関する承認)が先行してしまうことは,保険医療の枠組みからすると認め難く,臨床医療に混乱を招くという厚生労働省側の都合により膵移植の国内症例が集積されるまで承認を保留する状態が続き,膵移植の国内症例が集積された段階で厚生労働省から2回目の承認申請を依頼されたものである。そして,2回目の承認申請においては,1回目の承認申請の際に添付した旧薬事法14条の医薬品等の製造販売の承認申請のために必要な安全性確認のための資料は添付されていない上,科学的審査は行われず,事務局審査のみで速やかに承認がされた。このような経緯からすれば,1回目の承認申請日が本件処分の申請日である。2回目の承認申請は,厚生労働省から依頼されて,膵移植の適応に限った申請にするとの体裁を整えるためだけのものにすぎない。
(イ)1回目の承認申請につき膵移植を含む心移植以外の臓器移植についての申請は取り下げられていないこと審決は,「提出資料dの参考資料1によれば,取り下げの理由として,厚生労働省医薬局と保険局の調整の結果,移植の術式が高度先進医療として認められていた心移植についてのみ承認が与えられ,膵臓を含むその他の臓器については,国内症例の移植実績が更に集積され,移植術式が高度先進医療として認められる目処がついた時点で,再度承認申請を依頼するとされたことが挙げられている。」(3頁3行〜8行),「提出資料c及び参考資料9によれば,『最初の承認』の申請は,当初は,心移植,肺移植,膵移植及び小腸移植の各臓器移植の承認を目的としてされていたという経緯は認められるが,その後,膵移植を含む心移植以外の臓器移植についての申請は取り下げられているのであるから,『最初の承認』の申請が継続した結果,本件出願の基礎となった処分に至ったものではなく,これを実質的に一体のものとして取り扱うべき理由もない。」(4頁20行〜25行)と認定した。
しかし,複数の効能を含む申請のうちの一部の効能について承認が下り,他の効能について厚生労働省が申請取下げを指示した場合,他の事例においては,審査報告書に申請が取り下げられた旨が記載されるところ(甲27の8頁),本件においては,平成13年6月20日の心移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認時の審査報告書(甲16)に取下げに関する記載は一切ない。また,前記のとおり,平成12年(2000年)10月27日にノバルティス ファーマ社の担当者が厚生労働省と面会した際,厚生労働省からは,高度先進医療の承認前に今回の効能追加が承認され薬剤費のみが保険適用されることになると臨床の現場が混乱すること,もし,審査が停止するとしても一度承認申請を取り下げてもらうことは,現時点で考えていないことが説明されているところ,この「高度先進医療の承認前に今回の効能追加が承認され薬剤費のみが保険適用されることになると,臨床の現場が混乱する」という理由は,平成13年(2001年)4月27日に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会おいて示された方針の理由と同じであるから,厚生労働省は,日本チバガイギー社に承認申請を取り下げてもらう意思がなかったといえる。さらに,旧薬事法14条2項各号は,承認拒絶事由を列挙しているが,「安全性・有効性は確認されているが,国内における移植症例数が少ないこと」は,いずれの号にも該当しない。その上,厚生労働省による平成13年6月20日の心移植に関する承認が膵移植,肺移植及び小腸移植に関しては承認拒絶であるとすると,膵移植,肺移植及び小腸移植に関し新たな申請があった場合,科学的審査と事務局審査の両方を行うことになるところ,本件では,平成12年(2000年)10月27日の厚生労働省からノバルティスファーマ社への説明で予告されていたとおり,2回目の申請の後,事務局審査のみが行われ科学的審査は行われていない。かかる経緯に照らすと,平成20年6月20日の心移植に関する承認は,膵移植等に関する承認拒絶ではない。
以上,1回目の承認申請につき膵移植を含む心移植以外の臓器移植についての承認申請は取り下げられておらず,1回目の承認申請は,厚生労働省による科学的審査が終了し,あとは事務局審査を残すのみとなった段階で審査が中断し,この状態が継続していたものである。
(ウ)小括特許法67条2項の「処分」が旧薬事法14条7項に規定する医薬品にかかる承認である場合,医薬品の承認を受けることが必要であるために特許発明実施することができなかった期間とは,少なくとも当該承認の申請日から当該承認を受けたことを申請者が了知した日の前日までの期間をいうと解されるところ,本件処分の承認申請日が平成12年3月21日,承認を受けたこと申請者が了知した日の前日は平成17年1月25日であるから,膵移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認のために本件特許発明実施することができなかった期間は4年10月4日である。
ウ 取消事由2(特許法67条の3第1項3号の解釈の誤り)(ア) 総論審決は,特許法67条の3第1項3号の「特許発明実施をすることができなかった期間」とは,特許法67条2項特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間であって,ここでいう処分とは延長登録出願の基礎とされた特定の処分をいい,本件にいう上記期間とは,「少なくとも当該承認の申請日から当該承認を受けたことを申請者が了知した日の前日までの期間」(期間A)と「申請者が安全性の確保に関し当該承認をうけるために必要な審査資料を用意するに要した期間」(期間B)をあわせた期間であって,かつ特許権の設定登録以降の期間をいうと解されるとした上で,期間Aについて,「最初の承認」の申請日を「期間A」の起算日とすることはできないとした。
しかし,「少なくとも当該承認の申請日から当該承認を受けたことを申請者が了知した日の前日までの期間」との期間Aには,「政府規制に基づく禁止状態が継続している期間」を含むと解すべきである。
(イ) 特許権存続期間延長制度の創設の趣旨特許制度は,発明者にその発明に係る技術を公開することの代償として一定期間その権利の専有を認め,これによって発明を保護しつつ,一般の利用に供し,もって産業の発展を図ることを目的としている。すなわち,発明者に一定期間の権利の専有を保証することが制度の基本となっている。
しかしながら,一部の分野では,安全性の確保等のための政府の法規制に基づく許認可を得るに当たり所用の実験によるデータの収集及びその審査に相当の長期間を必要とするため,その間はたとえ特許権が存続していても権利の専有による利益を享受し得ず,その期間に相当する分だけいわば特許期間が侵食されているという問題を生じている。
このような法規制そのものは,その趣旨からして必要欠くべからざるものであるが,その結果として,当該規制対象分野全体として,かつ,不可避的に,本来享受できるはずの特許期間がその規制に係る期間の分だけ享受し得ないこととなっており,特許制度が本来予定しているはずの発明者への一定期間の権利の専有が保証し得ないこととなっている。しかも,これらの規制審査期間の短縮にも,安全性の確保等の観点からおのずから限界がある。こうした事態は,特許制度の基本にかかわる問題であるところ,これを解決するために特許権の存続期間の延長制度が設けられた。
(ウ) 制度趣旨から導かれるべき解釈上記のとおり,特許権の存続期間の延長制度の創設の趣旨が,「不可避的に,本来享受できるはずの特許期間がその規制に係る期間の分だけ享受し得ないこととなっており,特許制度が本来予定しているはずの発明者への一定期間の権利の専有が保証し得ないこととなっている」事態に対処するためであり,「処分の申請から処分を受けるまでの期間」は行政庁が純粋に審査を行っている期間であるから,完全な意味で政府規制期間であり,まさに処分を受けるためだけの期間であるといえることからすると,「少なくとも当該承認の申請日から当該承認を受けたことを申請者が了知した日の前日までの期間」である「期間A」には,政府規制に基づく禁止状態が継続している期間を含むと解すべきである。
このように解釈しないと,本件のような臓器移植医療に関する医薬品の発明であることに伴う特殊事情を有する事案においては,極めて不都合な結果を招くこととなる。すなわち,開発した医薬品の製造販売承認を受けるには,通常,当該医薬品の安全性・有効性を検討するためにまず臨床試験等を実施し,その結果得られた試験成績に基づいて承認申請を行い,所轄機関の審査により当該医薬品の安全性・有効性が確認された上で承認が与えられ,その後薬価収載という保険の手続きに進む。ところが,本件においては,医薬品の安全性・有効性は既に確認されており,科学的審査は終っているので,通常はその時点で承認が下りるところを,混合診療を可能にするという健康保険法上の要請に応えるために,厚生労働省の指示により膵移植の国内実績の蓄積を待ち,その間は承認を下ろさないという政府規制が行われ,規制法に基づく「禁止」状態(実施をすることができない状態)が続いていたという特殊事情を有する。
医薬品の安全性・有効性が未だ確認されていない通常の場合においてすら,これを確認するための期間が「特許発明実施をすることができない場合」として救済されるにもかかわらず,医薬品の安全性・有効性が既に確認されている本件の場合において,保険の問題に対処するために厚生労働省の指示により留め置かれた期間が「特許発明実施をすることができない場合」として救済されないことは余りにも不均衡であり,「既に特許の審査・審理が終了し,特許権が付与された(特許権の設定の登録があった)にもかかわらず,なお他の法律の規定による許可その他の処分を受けることが必要であるために,特許発明実施をすることができない場合について例外的に救済しようとする」との法の趣旨を没却する。
(エ) 本件への当てはめ本件においては,医薬品の安全性・有効性は既に確認されており,科学的審査は終っているので通常はその時点で承認が下りるところを,混合診療を可能にするという健康保険法上の要請に応えるために,厚生労働省の指示により膵移植の国内実績の蓄積を待ち,その間は承認を下ろさないという政府規制が行われており,この間は,政府規制に基づく禁止状態が継続していたといえる。
なお,仮に,日本チバガイギー社による1回目の承認申請の取下げがあったとしても,厚生労働省の指示により膵移植の国内実績の蓄積を待たなければならなかった以上,1回目の承認申請から2回目の承認申請までの期間,政府規制に基づく禁止状態が継続していたことに変わりはない。
(オ) 小括日本チバガイギー社は,1回目の承認申請を行った平成12年(2000年)3月21日から2回目の承認申請を行った平成16年(2004年)12月1日までの間,処分庁である厚生労働大臣の承認を得るために,十分な膵移植の国内実績が蓄積するのをただ待たなければならなかったのであるから,この期間は「政府規制に基づく禁止状態が継続している期間」に当たり,審決のいう「期間A」に含まれる。したがって,膵移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認のために本件特許発明実施することができなかった期間は,上記期間に2回目の承認申請日である平成16年12月1日から処分(承認)を受けた日の前日である平成17年1月26日までの1月24日を加えた4年10月4日である。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 原告の主張アに対し本件における事実関係は,以下のとおりである。
・ 平成11年8月6日厚生労働省は,ノバルティスファーマ社に対し,心移植,肺移植,膵移植及び小腸移植の各臓器移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を促した。
・ 平成12年3月21日日本チバガイギー社は,心移植,肺移植,膵移植及び小腸移植の各臓器移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を単一の申請として行った。
・ 平成12年10月26日審査を行った医薬品医療機器審査センターは,膵移植を含む上記臓器における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認は差し支えないと判断した。
・ 平成12年10月27日ノバルティスファーマ社の担当者が厚生労働省と面会し,厚生労働省担当官から下記の説明がなされた。
「サンディミュン及びネオーラルについて,審査を一時中断するが,これは,追加効能の薬価適応について,保険局との調整がつかなかったからである。高度先進医療が承認されれば,診療,検査,投薬,入院等には保険診療が適用されることになるが,高度先進医療の承認前に今回の効能追加が承認され薬剤費のみが保険適用されることになると,臨床の現場が混乱する。もし,審査が停止するとしても一度承認申請を取り下げてもらうことは,現時点で考えていない。」・ 平成13年4月27日薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会において,「医療現場の医療技術に関する高度先進医療の承認」(術式の高度先進医療に関する承認)が未だ下りていないものについて,「製薬会社の薬剤に関する効能追加の承認」(薬剤に関する承認)が先行してしまうことは,保険医療の枠組みからすると認め難く,臨床医療に混乱を招くことを理由に,高度先進医療の承認等がなされた後でないと,膵移植,肺移植及び小腸移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認を行わないとされた。
・ 平成13年4月27日厚生労働省は,ノバルティスファーマ社に対し,以下の説明をした。
「医薬品部会としては,提出された資料からみて,心,肺,膵及び小腸全ての有効性については評価する。しかしながら,効能追加を承認するということになると,日本国内での実績があり高度先進医療として承認された心臓移植のみとする。ただし,今後国内で実績が積まれ,残りの肺,膵及び小腸が申請された場合には,既に部会における科学的な審査は終了しているため,事務局審査のみで承認を下ろすことが出来ると理解されたい。」・平成13年6月20日日本チバガイギー社が平成12年3月21日に行った承認申請について,心移植についてのみ承認され,その他の臓器に関しては目処がついた時点で承認申請を依頼するとされた。
・ 平成14年11月27日日本チバガイギー社は,厚生労働省からの打診を受け,肺移植に関する拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を行った。
・ 平成15年1月31日日本チバガイギー社は,上記承認申請につき承認を受けた。
・ 平成16年11月9日厚生労働省から,ノバルティスファーマ社に対し,ネオーラルについて膵移植に関する効能追加のための承認事項一部変更承認申請の打診の電話連絡がなされた。
・ 平成16年11月初旬ノバルティスファーマ社は,独立行政法人医薬品医療機器総合機構に対し,本承認申請に当たり承認申請書に添付すべき資料や部数等について相談及び確認を行った。
・ 平成16年12月1日日本チバガイギー社は,ネオーラル25mgカプセルについて,その「用法及び用量」及び「効能又は効果」に「膵移植」を追加する一部変更承認についての申請を行った。
・ 平成17年1月26日平成16年12月1日付けの上記承認申請が承認された。
(2) 取消事由1に対しア1回目の承認申請につき膵移植を含む心移植以外の臓器移植についての申請は取り下げられていないことにつき(ア)原告は,1回目の承認申請のうち心移植以外の臓器移植についての承認申請は取り下げられていない理由として,下記の事由を掲げる。
?@複数の効能等を追加する旨の医薬品輸入承認事項一部変更承認申請がなされたが,一部の効能について承認が下り,他の効能について厚生労働省が申請取下げを指示した場合,審査報告書に申請取下げが記載されるところ,本件において,平成13年6月20日の心移植承認の際の審査報告書(甲16)には,取下げに関する記載が一切ない。
?A平成12年10月27日にノバルティスファーマ社の担当者が厚生労働省と面会した際,厚生労働省担当官から,高度先進医療の承認前に膵移植の効能追加が承認され薬剤費のみが保険適用されることになると臨床の現場が混乱すること,もし,審査が停止するとしても一度承認申請を取り下げてもらうことは,現時点で考えていないことが説明された。
?B厚生労働省による平成13年6月20日の心移植に関する承認は,膵移植,肺移植及び小腸移植に関する承認拒絶ではない。
(イ)しかし,審査報告書は,単に当該医薬品の審査経過,評価結果等を取りまとめたものであって,承認申請の内容の取下状況を必ず記載するという性格の文書ではない。したがって,上記?@は1回目の承認申請のうち心移植以外の臓器移植についての承認申請が取り下げられた事実を否定するものではない。
(ウ)上記?Aにつき,厚生労働省が平成12年10月27日の時点で,心移植以外の臓器移植について原告に承認申請を取り下げてもらうことを考えていなかったとしても,平成13年4月27日に開催された厚生労働省医薬品部会における議論を経て,日本チバガイギー社が平成12年3月21日に行った1回目の承認申請のうち心移植についてのみ承認された平成13年(2001年)6月20日の時点では,膵移植,肺移植及び小腸移植についてはこれらの移植術が高度先進医療として認められる目途がついた時点で改めて承認申請を依頼することに方針が変更された。そして,かかる方針は,1回目の承認申請における心移植以外の臓器移植についての申請は一旦取り下げられることが前提になっているところ,実際に1回目の承認申請で申請された心,肺,膵及び小腸移植のうち平成13年6月20日に承認が下りたのは心移植のみであること,その後厚生労働省の依頼を受けて改めて膵移植に関する承認申請が行われたことは,平成13年6月20日の心移植についての承認が下りたことにより,膵移植についての手続が継続していないことを裏付けている。加えて,本件特許権の存続期間延長登録の出願手続において原告が提出した意見書(乙1,2)には1回目の承認申請は取り下げられた旨の記載がある。
(エ)上記?Bにつき,心移植以外の臓器移植について薬事法上の承認拒絶理由が存在しないにもかかわらず,心移植のみが承認されたという事実は,むしろ,心移植以外の臓器移植について承認申請が取り下げられたと解すべき有力な根拠となるものであって,「仮に,本件の厚生労働省の処分が承認拒絶であるとすると」という仮定自体の成立も否定される。
なお,その後の膵移植の承認申請(平成16年12月1日になされた2回目の申請)の審査において科学的審査が行われず事務局審査のみ行われたということは,単なる事情であって,前記事実経過から認定できる1回目の承認申請において膵移植等が取り下げられた事実を否定する根拠にはならない。
(オ)そうすると,上記(ア)の各事実は1回目の承認申請のうち心移植以外の臓器移植についての承認申請が取り下げられていないことを裏付ける理由にはならない。むしろ,前記の事実経過等からすれば1回目の承認申請のうち心移植以外の臓器移植についての承認申請は取り下げられたというべきである。
イ本件承認処分に係る承認申請日が平成12年3月21日であることにつき原告は,1回目の承認申請は,保険医療の問題という厚生労働省側の都合により膵移植の国内症例が集積されるまで承認を保留する状態が続いていたものであり,2回目の承認申請は,厚生労働省から依頼されて,膵移植の適応に限った申請にするとの体裁を整えるためだけのものにすぎず,1回目の承認申請日が本件承認処分の申請日であると主張する。
しかし,前記のとおり,1回目の承認申請が保留状態であったとする前提が事実に反するものであってものである上,2回目の承認申請においては,安全性確認のための資料が添付されていないのではなく,添付が不要とされた資料については既に提出済みである旨を明記した紙を代わりに添付するなど膵移植の適応についての申請書類として独立した体裁を整えた申請が行われている。したがって,本件承認処分の申請日は2回目の申請日であるとする審決の認定に誤りはない。
(3) 取消事由2に対しア特許法67条2項には「特許権の存続期間は,その特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間があつたときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる」と規定されている。また,同法67条の3第1項3号には特許権の延長登録出願を拒絶査定すべき旨の査定をすべき場合として「その延長を求める期間がその特許発明実施をすることができなかった期間を超えているとき」を挙げている。この「その特許発明実施をすることができなかった期間」とは,67条2項に規定された期間と解されるから,「その特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」であって,ここでいう「処分」とは,延長登録出願の基礎とされた特定の処分である。そして,当該処分が旧薬事法14条7項に規定する医薬品に係る承認である場合,医薬品の承認を受けることが必要であるために特許発明実施することができなかった期間とは,少なくとも当該承認の申請日から当該承認を受けたことを申請者が了知した日の前日までの期間(「期間A」)と申請日前に臨床試験など,申請者が安全性の確保に関し当該承認を受けるために必要な審査資料を用意するに要した期間があれば,その期間(「期間B」)を合わせた期間であって,かつ特許権の設定登録以降の期間をいうものと解される。上記の期間については,あくまで「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要する」という観点で解釈するべきものである。
特許発明実施することができない「特許期間の侵食」が生じる原因としては,?@市場環境が整わないため(適当な需要がないため),?A関連技術が実用化しなかったため,?B原理的には完成していても商品化するためになお技術的改善が必要であったため,?C実施準備が整っても法律上の制限があるため(この法律の制限が解除されるまで)実施できない等があり,このような現象が生じる産業は多岐にわたる。そして,市場環境が整わない,社会のニーズが成熟していない,あるいは,実施準備が整っても法律上の制限があるため(この法律の制限が解除されるまで)特許発明実施できないというのは,医薬・農薬以外の分野でも起きうることであるのに対し,医薬・農薬分野に特有な問題としては,安全性のための各種試験及び有効性のための臨床試験という,許認可取得のために必要な準備が「法に基づく義務として課せられている」ことがあり,そのために侵食された特許期間を一定限度で回復させるという制度が希求されたのである。
特許法67条2項「特許権の存続期間は,その特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間があつたときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる」との文言は,「その処分をきちんと達成するためには,どんなに早く手続きを運んでいってもやむを得ず相当の期間を要してしまうもの」という意味であって「特許発明実施をすることができない期間」を限定するべく規定されたものであり,それ以外に拡大解釈することは許されるものではない。
ウ膵移植の国内症例が蓄積されるまでの待機期間は,膵移植が高度先進医療に承認され,その結果,保険適用対象である膵移植についての免疫抑制剤との「混合診療」が可能となって,実質上ネオーラルの膵移植についての免疫抑制剤としての利用拡大が見込まれるまでの期間ということができるから,事実上市場環境が整うまで待っていた期間と同等の性格を有するものである。
そうすると,67条の3第1項3号にいう「その特許発明実施をすることができなかった期間」のうち期間Aは,上記アのとおり,承認申請から承認を了知した日の前日までの期間をいうのであるから,膵移植についての承認申請日(平成16年12月1日)より以前に存在した膵移植手術に高度先進医療が適用されるまでの待機期間は承認申請から承認を了知した日の前日までの期間に入らない。また,この待機期間は,膵移植の国内実績の蓄積を待つ期間であって,「その処分をきちんと達成するためには,どんなに早く手続きを運んでいってもやむを得ず相当の期間を要する」という性格の期間でもないから,67条2項の「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるための期間」にも当たらない。
したがって,これが「特許発明実施をすることができない期間」に含まれる理由はない。そもそも,67条2項は,「政府規制に基づく禁止状態が継続している期間」をすべて「特許発明実施をすることができない期間」と規定してはいないのである。
原告は,この期間を算入しないことは,特許権存続期間延長制度の創設の趣旨に反したり,あるはこれを没却したりすることになる主張するが,むしろこのような期間についてまで特許権を回復させることこそ,特許権存続期間延長の創設の趣旨に反することになる。
エ 小括よって,審決に特許法67条の3第1項3号の解釈の誤りはなく,審決が,特許法67条の3第1項3号における「その特許発明実施をすることができなかった期間」が,本件承認処分の承認書(甲3)に明記された申請日である平成16年12月1日を起算日として,当該承認を受けた日である平成17年1月26日の前日までの「1月24日」とし,その結果,原告が,本件出願において延長を求める期間とした「4年10月4日」が,その特許発明実施することができなかった期間を超えていると判断したことに,何ら違法性はない。
当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(本願において前提とされた行政処分の内容)・(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本件存続期間延長登録拒絶を正当とした審決の適否について(1)特許法67条2項は「特許権の存続期間は,その特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を適格に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と定めているところ,本件特許発明は,免疫抑制剤としてのシクロスポリンに関する発明であり(甲1),その特許発明実施のためには,日本国においては,特許法67条2項にいう政令である特許法施行令のいわゆる薬事法上の処分を要することは明らかである。そこで,原告が本願において延長を求める期間が「その特許発明実施をすることができなかった期間」を超えているか(特許法67条の3第1項3号)について,以下,検討する。
(2) 存続期間延長登録拒絶に至る経緯証拠(甲3,5,16,19,24,25,26,30,31,54,55,58)及び弁論の全趣旨によれば,本件審決に至る経緯は,以下のとおりであったことが認められる。
?@日本国では平成9年に「臓器の移植に関する法律」が施行され,脳死下での種々の臓器移植が法律上可能になった。そのため,心臓,肺,肝臓,膵臓等の移植が本格的に実施される状況になっており,また,海外でこれら臓器の移植を受け帰国した患者の多くに対しシクロスポリンによる免疫抑制療法が行われていたことから,移植医療における環境整備の一環として,薬事法上,心移植,肺移植,膵移植等における拒絶反応の抑制を用途とする薬剤(シクロスポリン等)を承認することが急務となっていた。また,日本移植学会は,これらの免疫抑制剤の臨床成績を評価し,関係企業に対しては薬事法上の効能追加のための承認申請を促し,処分庁である厚生労働省に対してはこれをできるだけ早期に承認することを求めていた(甲16,19)。
?A厚生労働省は,平成11年8月6日,原告の日本法人であるノバルティスファーマ社に対し,心移植,肺移植,膵移植及び小腸移植の各臓器移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を事実上依頼した(甲5)。
?B厚生労働省からの上記依頼を受け,日本チバガイギー社は,平成12年3月21日,心移植,肺移植,膵移植及び小腸移植の各臓器移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を,医薬品輸入承認事項一部変更承認申請書を提出することにより,単一の申請として行った(甲16,19,54)。
なお,日本チバガイギー社は,ノバルティス ファーマ社の100パーセント子会社であり,ノバルティス ファーマ社が販売する医薬品の製造・輸入元となっていた。当時の薬事法下において承認申請者となることができたのは製造又は輸入業者であり,製造所を有していないノバルティスファーマ社は承認申請者とはなれなかったため,輸入会社である日本チバガイギー社が「ネオーラル25?rカプセル」(シクロスポリンを有効成分とする医薬品の販売名)の医薬品輸入承認事項一部変更承認申請を行った。一方,日本チバガイギー社には開発や薬事の機能はなく,製造部門に特化した組織であり,開発本部はノバルティス ファーマ社に属していたことから,厚生労働省から連絡を受ける窓口は,本件に限らずノバルティス ファーマ社の薬事部となっていた(弁論の全趣旨)。
?C厚生労働省から指示を受けて審査を行った医薬品医療機器審査センターは,平成12年10月26日,膵移植を含む上記臓器における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認は差し支えないと判断した(甲16,19)。
?D平成12年10月27日に至り,ノバルティスファーマ社の担当者が厚生労働省と面会し,厚生労働省担当官から下記の説明がなされた。
「サンディミュン及びネオーラルについて審査を一時中断するが,これは追加効能の薬価適応について保険局との調整がつかなかったからである。高度先進医療が承認されれば,診療,検査,投薬,入院等には保険診療が適用されることになるが,高度先進医療の承認前に今回の効能追加が承認され薬剤費のみが保険適用されることになると臨床の現場が混乱する。もし,審査が停止するとしても一度承認申請を取り下げてもらうことは,現時点で考えていない。」(甲26)?Eそして,平成13年4月27日に開かれた薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会において,「医療現場の医療技術に関する高度先進医療の承認」(術式の高度先進医療に関する承認)が未だ下りていないものについて製薬会社の薬剤に関する効能追加の承認(薬剤に関する承認)が先行してしまうことは,保険医療の枠組みからすると認め難く臨床医療に混乱を招くことを理由に,高度先進医療の承認等がなされた後でないと膵移植,肺移植及び小腸移植における拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認を行わないこととされた(甲24)。
?Fその後,厚生労働省担当官は,平成13年4月27日,ノバルティスファーマ社に対し,「医薬品部会としては,提出された資料からみて,シクロスポリンの心,肺,膵及び小腸移植全てにおける拒絶反応の抑制の有効性については評価する。しかしながら,効能追加の承認は,日本国内での実績があり高度先進医療として承認された心臓移植のみとする。ただし,今後国内で実績が積まれ,残りの肺,膵及び小腸について効能追加の承認申請された場合には,既に部会における科学的な審査は終了しているため,事務局審査のみで承認を下ろすことができると理解されたい。」旨の説明をした(甲25)。
?G前記のような経緯を受けて,日本チバガイギー社が平成12年3月21日に行った承認申請について,平成13年6月20日,心移植についてのみ承認がされた(甲5)。
?H平成14年11月27日に至り,日本チバガイギー社は,厚生労働省からの事実上の依頼を受け,改めて肺移植に関する拒絶反応の抑制を用途とするシクロスポリンの承認申請を行い,平成15年1月31日,その承認を受けた(甲5)。
?Iそして,平成16年11月9日に至り,厚生労働省から,ノバルティスファーマ社に対し,ネオーラルについて,膵移植に関する効能追加のための承認事項一部変更承認申請の打診の電話連絡がなされた(甲30)。
そこで,ノバルティスファーマ社は,平成16年11月初旬ころ,独立行政法人医薬品医療機器総合機構に対し,膵移植に関する効能追加のための承認申請に当たり承認申請書に添付すべき資料や部数等について相談及び確認を行った上,平成16年12月1日,本件ネオーラル25mgカプセルについて,その「用法及び用量」及び「効能又は効果」に「膵移植」を追加する旨の申請を,改めて医薬品輸入承認事項一部変更承認申請書を提出することにより行った(甲3,30)。
なお,この承認申請においては,1回目の承認申請の際に添付した旧薬事法14条の医薬品等の製造販売の承認申請のために必要な安全性確認のための資料は添付されていない。
?J平成17年1月26日,厚生労働大臣から平成16年12月1日付けの上記承認申請を承認する旨の処分がなされた(甲3,31)。
?Kそこで原告は,平成17年4月26日,本件特許の存続期間延長登録を出願し(甲55),その後の補正(甲59)を行って,1回目の承認申請をした平成12年3月12日から承認処分を受けた平成17年1月26日の前日(平成17年1月25日)までの「4年10月4日」の期間につき,特許庁に存続期間延長登録出願をしたが,前記第3,1(1)イのとおり,平成20年4月30日に拒絶査定を受け,その結論は平成20年12月1日になされた本件審決においても維持された。
(3)本件特許発明のように,その実施について薬事法上の承認処分のような行政処分を要する特許発明については,上記処分を求める申請日から承認処分の告知を受けた日の前日までの期間は,特許法67条2項にいう「その特許発明実施をすることができない期間」に該当すると解されるところ,前記(2)認定の事実関係からすると,原告から本件特許の通常実施権の設定を受けた日本チバガイギー社は,膵臓移植に関し,平成12年3月21日に本件承認処分の申請を行い,その後取下書を提出することなく,平成17年1月26日に承認処分を受けており,その間,日本チバガイギー社において免疫抑制剤たるシクロスポリンの販売を膵臓移植に関し断念すべき客観的事情は認められないのであるから,厚生労働省担当官が膵移植につき承認を当面行わないと告知した上記(2)?Fの平成13年4月27日から同省担当官が電話連絡した?Iの平成16年11月9日までの間は,承認権者たる厚生労働省が保険診療との調整を理由に承認を保留していたにすぎないと認めるのが相当であり,その間は特許権者たる原告が特許発明実施することができないことも明らかであるから,この期間を期間計算から除外するのは相当でないというべきである。
これに対し被告は,日本チバガイギー社は平成16年12月1日付けで改めて2回目の承認申請を行っていること,不服審判請求後の平成19年6月12日付け(乙1)及び平成20年3月18日付け(乙2)の各意見書において1回目の申請が取り下げられた旨を原告が述べていること等を理由に,平成12年3月21日付けでなされた1回目の申請は心移植についてのみ承認処分がなされた平成13年6月20日ころに取り下げられた旨主張するが,本件承認処分の取下げという重要な行為の認定に当たっては,原則として取下書の提出のような申請者の意思を確実に認定できる様式を要すると解するのが相当であることに鑑みると(本件不服審判請求後にその代理人弁理士が取下げがなされたことを前提とするかの如き意見書<乙1,2>を提出したとしても,あくまでも意見であるから,前記のような事実関係からすると,これをもって直ちに取下げがあったと認めることはできないし,原告が2回目の承認申請を行ったことも,1回目の申請が既に取り下げられていることを前提としたものではなく,念のため注意的に申請書を提出したものとみるべきである。),これを援用することができない。
また被告は,前記(2)?Fの平成13年4月27日から?Iの平成16年11月9日までの3年6月余の期間は,保健医療と調整のための待機期間であって安全性確保のために必要とされる期間ではない等とも主張するようであるが,保健医療との調整を要するという事情は承認権者たる厚生労働省側の事情であって,特許権者たる原告が本件承認処分を受けていないため本件特許発明実施できないことに変わりはないから,上記3年6月余を前記期間計算から除外することも相当でない。
(4)そうすると,本件においては,1回目の申請がなされた平成12年3月21日から承認がなされた平成17年1月26日の前日(平成17年1月25日)までの「4年10月4日」の期間につき延長登録を認めるのが相当であり,2回目の申請がなされた平成16年12月1日から承認がなされた上記平成17年1月25日までの「1月24日」とした審決は事実認定を誤った違法なものというほかない。
3 結語以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がある。
よって,その余について判断するまでもなく原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 今井弘晃
裁判官 真辺朋子