関連審決 | 不服2007-24968 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20行ケ10486審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10487審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10483審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10366審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10397審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 有用性 / 製造方法 / 使用方法 / 容易に発明 / 翻訳文 / 優先権 / 警告 / 優先日 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 拡張 / |
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事件 |
平成
20年
(行ケ)
10377号
審決取消請求事件
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原告ノ ボゲ ンリサーチピーティーワイリミテッド 訴訟代理人弁護 士辻居幸一 同 高石秀樹 訴訟復代理人弁護 士佐竹勝一 訴訟代理人弁理 士小川信夫 同 市川さつき 被告特許庁長官 指定代理人塚中哲雄 同 弘實謙二 同 北村明弘 同 小林和男 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2009/10/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は,原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2007-24968号事件について平成20年6月9日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「フィト-エストロゲン,類似体の健康補助剤製造のための使用方法」とする発明について,平成5年5月19日にした特許出願(特願平5-519718号。優先権主張1992年5月19日 オーストラリア国)の一部について,平成15年2月7日,新たな特許出願(特願2003-31777号)をしたが,平成19年6月13日に拒絶査定を受けたことから,同年9月11日,不服の審判(不服2007-24968号事件)を請求した。 特許庁は,平成20年6月9日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲平成19年5月1日付け手続補正書(甲14)により補正された明細書(以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。 「【請求項1】ゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA,ホルモノネチン及びこれらのグリコシドからなる群から選択される2種又はそれ以上の天然に存在するフィト-エストロゲンの健康補助量からなる,月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療のために使用される健康補助剤。」3 審決の理由別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平1-258669号公報(甲4。以下「引用例」又は「文献A8」〔甲4〕という場合がある。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断した。 上記判断に際し,審決が認定した「引用例の記載事項」,「本願発明と引用発明との一致点及び相違点」,「相違点に対する判断」は,以下のとおりである。 (1) 引用例の記載事項「(a)『大豆抽出液あるいは大豆磨砕物からイソフラボン化合物を製造するに際し,大豆中のβ-グルコシダーゼ活性が最大となるように,浸漬工程,磨砕工程あるいは磨砕後の酵素反応工程のいずれか,あるいは2以上の工程において,大豆あるいは大豆磨砕物を45〜55℃に加熱することを特徴とするイソフラボン化合物の製造法。』(特許請求の範囲)(b)『本発明は大豆からイソフラボン化合物,特にそのアグリコン類を多量に含むイソフラボン化合物の製造法に関するものである。』(1頁左下欄下から6〜4行)(c)『大豆にはダイジン,グリシチン,ゲニスチン,ダイゼイン,ゲニステイン等のイソフラボン化合物が含まれており,その生理活性作用はエストロゲン作用,抗酸化,抗溶血作用,抗菌作用,抗脂血,抗コレステロール作用が知られており,また最近ではガン細胞の分化誘導作用,ガン遺伝子阻害作用等,制ガン効果も確認され,その有用性が注目されている。』(1頁左下欄下から2行〜同頁右下欄6行)(d)『実験例1脱皮大豆を5倍量の20〜80℃の水に6時間浸漬し,その浸漬水と浸漬大豆を直ちに冷却,凍結させる。それを凍結乾燥機にて乾燥,粉末化し,その一定量を80%メタノールで環流抽出し,定容したものの一定量を高速液体クロマトグラフィー(Waters 社209D型)にて分析した。結果を第1表に示す。・・』(2頁右下欄6行〜3頁左上欄最下行)(e)『実施例3低変性脱脂大豆(日清ソーヤフラワー)10kgに50℃の水,50L(注,原文では小文字筆記体)を加え,1時間攪拌した。これをスプレードライにて熱風乾燥し,精製原料を得た。精製原料に対し5倍量の80%熱メタノールによりイソフラボン類を抽出し,減圧乾固して粗イソフラボン画分103 gを得た。これを少量のメタノールに再溶解し,充填剤としてODS-Aタイプ60-01((株)山村化学研究所製)をつめたφ70 mm×100 cmのカラムに通して吸着させた。次いで,40%のメタノールでフェノール酸やイソフラボン配糖体画分を流出させ,除去し,次いで80%メタノールで溶出し,これを減圧乾固したところ,アグリコン9.5 gを得た。』(3頁右下欄5〜18行)」(審決書2頁5行〜3頁2行)(2) 一致点「ゲニステイン及びダイドゼインという2種の天然に存在するフィト-エストロゲンを含むものである点」(審決書3頁13行,14行)(3) 相違点「前者(判決注本願発明)が該フィト-エストロゲンを健康補助量用いた月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療のために使用される健康補助剤であるのに対し,後者(判決注引用発明)が該イソフラボン化合物をどのような用途に使用するか特段に限定を付していない点」(審決書3頁15行〜18行)(4) 相違点に対する判断「特開平2-160722号公報(原査定の文献A1;1頁右欄4〜15行,2頁右下欄6〜7行)にはフラボノイドの遊離型やグルコシドには血小板凝集抑制,血管拡張,抗ヒスタミン,抗炎症,鎮痙,エストロン様,遊離ラジカルのスカベンジャー等の薬理的性質を有すること,このような生理活性を有するフラボノイドは天然物中に存在し,日常の食事中にも微量存在している安全な化合物である点から特定の治療目的に用いることが提案されてきたこと,フラボノイドにはイソフラボン類(ダイゼイン,ゲニステイン,ゲニスチンなど)が含まれることが記載されている。 特開昭60-48924号公報(原査定の文献A4;1頁左欄最下行〜2頁左上欄3行)には,骨粗鬆症の原因のうち重要なものは閉経後の女性において卵巣機能の低下によりエストロゲンの分泌が減少することであり,従来の治療剤とされてきたエストロゲン剤と比較し,式(1)の化合物(構造式は省略Rが水酸基の場合はダイドゼインに相当する。)は緩和なエストロゲン作用を有し,従来のエストロゲン剤のような副作用のないものとして当該疾病の治療に使用できる旨の記載がされている。 一方,卵巣機能の低下によるエストロゲンの分泌減少は骨粗鬆症のみならず,更年期障害(閉経期症候と同義である,熱感,のぼせ,老人性膣炎などの症状を呈するもの)の原因となること,従来は合成エストロゲン剤等により卵巣ホルモンを代償する療法が更年期障害に対する主要な治療法であったことは当業者がよく知るところである(特開昭59-199630号公報(原査定の文献A5))。 そうすると,更年期障害に対しても,骨粗鬆症と同様に緩和なエスロトゲン作用を有するダイドゼインなどのフィトエストロゲンを合成エストロゲン剤に代えて使用すること,その際,副作用が生じない程度の量を検討して使用することは当業者が容易に想到しうる範囲のことである。」(審決書3頁20行〜4頁10行) |
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当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1)特開平2-160722号公報(甲1。以下「文献A1」〔甲1〕という。),特開昭60-48924号公報(甲2。以下「文献A4」〔甲2〕という。)及び特開昭59-199630号公報(甲3。以下「文献A5」〔甲3〕という。)を適用することの容易想到性判断の誤り(取消事由1),(2)イソフラボンの有害性に係る阻害要因の看過の誤り(取消事由2)がある。 (1)取消事由1(文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕を適用することの容易想到性判断の誤り)文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕には,「2種以上」の「天然に存在するフィト-エストロゲン」(イソフラボン)を含有する健康補助食品についての記載がなく,また,イソフラボンを「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療」の用途に用いることの記載も示唆もない。したがって,引用発明に,文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕に記載された各発明を適用することが容易であるとはいえない。 ア文献A1〔甲1〕を適用することの容易想到性判断の誤り審決は,文献A1〔甲1〕について,「フラボノイドの遊離型やグルコシドには血小板凝集抑制,血管拡張,抗ヒスタミン,抗炎症,鎮痙,エストロン様,遊離ラジカルのスカベンジャー等の薬理的性質を有すること,このような生理活性を有するフラボノイドは天然物中に存在し,日常の食事中にも微量存在している安全な化合物である点から特定の治療目的に用いることが提案されてきたこと,フラボノイドにはイソフラボン類(ダイゼイン,ゲニステイン,ゲニスチンなど)が含まれることが記載されている。」(審決書3頁21行〜27行)と認定し,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物に,文献A1〔甲1〕を適用することは,当業者が容易に想到し得ると判断した。 しかし,審決の上記認定判断は,以下のとおり誤りがある。 (ア)文献A1〔甲1〕が言及する「特定の治療目的」とは,特開昭60-199817号公報に記載されているとおり,「制癌剤」である(甲16,1頁右欄参照)。 (イ)また,文献A1〔甲1〕に挙げられている「血小板凝集抑制,血管拡張,抗ヒスタミン,抗炎症,鎮痙,エストロン様,遊離ラジカルのスカベンジャー」等の各薬理的性質も,本願発明の「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患」の予防又は治療という用途を開示ないし示唆するものではない。 (ウ)さらに,文献A1〔甲1〕の実施例1で調製されたリボソーム剤を投与されたマウスは,「最終投与直後やその1日後に皮膚症状や行動に一部異常が認められた」(甲1,5頁左上欄18行,19行)ものであることから,文献A1〔甲1〕に記載されたリボソーム剤が安全であると考えることはできない。 したがって,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物に,文献A1〔甲1〕記載の技術を適用して,本願発明とすることは,当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。 イ 文献A4〔甲2〕を適用することの容易想到性判断の誤り審決は,文献A4〔甲2〕について,「骨粗鬆症の原因のうち重要なものは閉経後の女性において卵巣機能の低下によりエストロゲンの分泌が減少することであり,従来の治療剤とされてきたエストロゲン剤と比較し,式(1)の化合物(構造式は省略Rが水酸基の場合はダイドゼインに相当する。)は緩和なエストロゲン作用を有し,従来のエストロゲン剤のような副作用のないものとして当該疾病の治療に使用できる旨の記載がされている。」(審決書3頁29行〜末行)と認定し,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物に文献A4〔甲2〕適用することは,当業者が容易に想到し得ると判断した。 しかし,審決の上記認定判断は,次のとおり誤りがある。 (ア)上記認定のうち,「骨粗鬆症の原因のうち重要なものは閉経後の女性において卵巣機能の低下によりエストロゲンの分泌が減少することであり,」(審決書3頁29行,30行)との認定部分は,誤りである。 すなわち,骨粗鬆症は,カルシウム欠乏,遺伝的要因,生活様式等(例えば,運動不足,喫煙,飲酒,ステロイドの使用)の様々な要因によって引き起こされる骨密度の減少の結果であり,エストロゲンのレベルの低下のみが原因ではない。さらに,骨粗鬆症は,男性も発症することを充分に認識すべきである。骨粗鬆症と閉経期症候の発症条件の複雑さを考慮するならば,一方の治療に有効な化合物が他方の治療にも有効であると合理的に予測することはできない。 (イ)また,文献A4〔甲2〕の記載によっても,骨粗鬆症は「閉経期以後とくに60才台の女性」が罹患し易い病気であるとされている(甲2,1頁左欄末行)。閉経期には骨粗鬆症が懸念される程にエストロゲンレベルが減少することはないことから,閉経期症候と閉経期以後に起こる病気とを同一視することは誤りである。閉経期症候と骨粗鬆症の原因の相違に照らせば,当業者は,骨粗鬆症治療に有用な化合物が,閉経期症候の治療にも有用であると合理的に期待することはできない。 (ウ)さらに,文献A4〔甲2〕には,その薬理効果としても,骨粗鬆症が挙げられているのみであり,本願発明の「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療のために使用される健康補助剤」の用途は全く記載されていない。 (エ)骨粗鬆症の治療に有用な化合物が閉経期症候の治療においても有用であると予測することはできない(甲15の1)。すなわち,文献A4〔甲2〕には,甲状腺からのカルシトニン分泌を刺激することで体内のカルシウムレベルを調整する方法により骨量の減少速度を遅らせる骨粗鬆症の治療が記載されているところ,カルシウムレベルの調整は閉経期症候とほとんど関係がなく,むしろ「カルシトニンレベルの上昇は,のぼせ症状を実際に増大させる」ことが知られており,閉経期症候の予防・治療とは逆効果である(甲15の1,5頁,6頁)。 したがって,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物に,文献A4〔甲2〕記載の技術を適用して,本願発明とすることは,当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。 ウ 文献A5〔甲3〕を適用することの容易想到性判断の誤り審決は,「一方,卵巣機能の低下によるエストロゲンの分泌減少は骨粗鬆症のみならず,更年期障害(閉経期症候と同義である,熱感,のぼせ,老人性膣炎などの症状を呈するもの)の原因となること,従来は合成エストロゲン剤等により卵巣ホルモンを代償する療法が更年期障害に対する主要な治療法であったことは当業者がよく知るところである(特開昭59-199630号公報(原査定の文献A5〔甲3〕))」(審決書4頁1行〜6行)と認定し,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物に,文献A5〔甲3〕を適用することは,当業者が容易に想到し得るものと判断した。 しかし,審決の上記判断は,次のとおり誤りがある。 (ア)まず,文献A5〔甲3〕には,合成エストロゲン剤の問題点として,「これらの合成ホルモン剤は不正出血や発癌の危険性がある」(甲3,1頁右欄14行,15行)ことが指摘されており,それゆえに,文献A5〔甲3〕に記載の発明は,本願発明の「2種以上」の「天然に存在するフィト-エストロゲン」とは全く別種のイソフラボンである,特許請求の範囲記載の一般式で表される,「それ自体はE作用(判決注エストロゲン作用)をもたないが,E作用を増強する効果をもつ」(甲3,2頁左上15行,16行)化合物を,本願発明の特定の用途とは全く別の,「熱感,のぼせ,老人性膣炎などの疾患の治療」に供することを特徴とするものである。 (イ)また,文献A5〔甲3〕に開示される化合物とゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA及びホルモノネチンそれぞれの間の構造上の相違(特に文献A5〔甲3〕に開示される化合物の3-フェニル環上にヒドロキシ置換基又はメトキシ置換基がないこと)を考慮すれば,ゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA及びホルモノネチンが閉経期症候の治療に有用であろうという予測はし得なかった(甲15の1,22項)。 したがって,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物に,文献A5〔甲3〕記載の技術を適用して,本願発明とすることは,当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。 エ エストロゲン作用を容易想到性の根拠とする審決の判断の誤り(ア)審決の論理は,各文献に記載された化合物がエストロゲン作用を有することを根拠に,各文献に本願発明の特定の用途が一切記載されていなくても同用途に用いることが容易想到であるというものであって,エストロゲン作用を有する化合物はすべて本願発明の特定の用途に好適な効果を有することを前提としているが,そのような前提は誤りである。 例えば,?@「タモキシフェンは,胸部組織において明らかに抗エストロゲン剤であるが,子宮内膜を刺激し,子宮内膜癌の可能性を上昇させることが見いだされた。」と報告されている(甲15の1,6項参照)。また,?Aラロキシフェン及びクロミフェンとして知られる化合物も,エストロゲン活性を有しているものの,「のぼせ症状」を増大させるものであり,閉経期症候を悪化させるものとされている(甲15の1,8項参照)。さらに,?B「妊娠期間における母体のエストロゲンであるジエチルスチルベストロールによる治療と,その後の娘における膣内腺癌の発生の間には,極めて高い関連性がある(p<0.00001)。」(甲15の1,9項)と報告され,ジエチルスチルベストロール(DES)が投与された妊婦と女性子孫における膣の明細胞腺癌の発症との有意な関連性が報告されている。このDESについては,「雄ゴールデンハムスター(13)における腎明細胞癌の自然発生率が非常に低いのに対して,DESで処理した全ての動物は,エストロゲン処理が始まってから7.5ヵ月後に腎臓新生物を示した(表1)。DESで処理した動物における約9.5ヶ月間の間の腫瘍発生率もまた非常に高い(87%)。ハムスターをTF-DESで処理すると,処理の開始から9.5ヵ月後に100%の腫瘍発生率となった。」(甲15の1,10項)と説明され,エストロゲン活性を有するTF-DESの投与によるハムスターにおける腫瘍発生率との関連性が報告されている。DESは,1980年代前半以降,その発癌性のため使用されなくなった(甲15の1,11項)。?Cエストロゲン活性を有するビスフェノールA(BPA)も,1990年代後半以降,発癌性,神経毒性作用及び内分泌かく乱などの悪影響(有害性)に関する懸念が高まっており,「この報告書に記載された結果は,発生過程でのBPAへの暴露が乳腺の腫瘍性形質変化を誘導するという有力な証拠を提供するものである」(甲15の1,12項)とされ,BPA暴露と乳癌との有意な関連性が報告されている。このように,タモキシフェン,ラロキシフェン及びクロミフェン,DES並びにBPAは,何れもエストロゲン活性を有する化合物であるものの,人体に対し悪影響を及ぼすことが知られている。特にラロキシフェン及びクロミフェンは,閉経期症候の1つである女性ののぼせ症状を増大させるという悪影響を及ぼすことが知られていたから,エストロゲン作用を有する化合物が「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療」に好適な効果を有することを前提とする審決の論理には理由がない。 加えて,疾病又は疾患を治療する際に化合物が最終的に全体としてよい結果をもたらすかどうかを,エストロゲン活性のみに基づいて予測することはできない(甲15の1)。 (イ)本願発明は,体内において不足している物質と同一の物質を摂取する発明ではない。ビタミンAの欠乏に対してビタミンAを補充するという「常識的な対処方法」とは異なる。本願発明は,体内に存在する(内在性の)エストロゲンとは構造が異なる外来性の化合物(「ゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA,ホルモノネチン及びこれらのグリコシドからなる群から選択される2種又はそれ以上の天然に存在するフィト-エストロゲン」)を特定の用途(月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防若しくは治療)に用いることを特徴とする発明である。 内在性の化合物を外来性の化合物により置き換える場合,すなわち,本願発明においては,内在性のエストロゲンとは構造が異なる化合物を予防ないし治療薬として用いる場合は,副作用の可能性が懸念される。本願発明の優先日当時において,副作用の問題が顕在化していた「ゲニステイン,ダイドゼイン」を用いることは,当業者にとって容易に想到し得るものでない。 (2) 取消事由2(イソフラボンの有害性に係る阻害要因の看過の誤り)審決は,「請求人は参考文献1〜8を提出し,イソフラボンは潜在的に有害で重大な副作用に至るものとして知られていたと主張しているが,これらは単にイソフラボンを含有する飼料を大量に摂取する家畜においてみられる現象を報告するにすぎないものであるから,有用な薬理作用を有することが知られているイソフラボンをその適切な量で摂取して利用する試みを阻害するものではなく,」(審決書4頁15行〜20行)と判断し,イソフラボン化合物を本願発明の用途に用いることが容易想到であったとした。 しかし,審決の上記判断は,誤りである。すなわち,以下の各文献(甲5〜12)に記載されているとおり,本願発明の出願当時の当業者は,イソフラボンが人体に潜在的に有害な影響を与える物質であることを認識していたといえるから,イソフラボンを健康補助剤として使用する試みについて,阻害要因が存在していた。そうであるのに,審決は,本願優先日当時の当業者の認識の認定を誤り,上記阻害要因の存在を看過したから,誤りである。 アRami S. Kaldas他「 REPRODUCTIVE AND GENERAL METABOLIC EFFECTS OFPHYTOESTROGENS IN MAMMALS」(Reproductive Toxicology Volume2 Number2.1989年 81頁〜89頁。甲5。以下「参考文献1」という。)参考文献1には,「フィトエストロゲンは,病気に対し,悪化要因にも良化要因にもなりうることが示唆されている。チーターの食事において,フィトエストロゲンは,血管疾患による肝臓機能障害を引き起こす。・・・したがって,人間の肝臓機能障害が引き起こされる可能性についても,少なくとも考慮に入れておかなければならない。・・・エストロゲンの摂取は,ホルモンに敏感な細胞を癌化させる要因となり得る・・・」(甲5,88頁左欄20行〜44行),「フィトエストロゲンは,哺乳類の生殖プロセスに影響を与え,そのため,各哺乳類の生殖の成功に対して障害となり,個体群の選択的環境因子となりえる。フィトエストロゲンは幾つかの好都合な効果を有するものの,その効果の大半は有害,有毒なものである。」と記載されている(甲5,88頁右欄下から9行〜3行)。 イK.D.R.Setchell他「Dietary Estrogens-A Probable Cause of Infertility and Liver Disease in Captive Cheetahs」(GASTROENTEROLOGY vol.93 No.2 1987年 225頁〜233頁。甲6。以下「参考文献2」という。)参考文献2には,「現在,生殖障害及び肝臓疾患により,捕獲されている(captive,飼育されている)チータの個体数の将来が脅かされている。100以上のチータの肝臓の組織学的評価により,肝臓疾患の原因である肝臓障害として静脈閉塞疾患(venocclusivedisease)がこの種において見出された。市販の猫用飼料を高速液体クロマトグラフィー及びガス-液体クロマトグラフィー-マススペクトルにより分析したところ,ダイドゼイン及びゲニステインとして同定される二つのフィトエストロゲンが大量に存在することが明らかになった。これらの化合物は,チータの飼料の成分であった大豆製品から誘導されたものであることが見いだされ,濃度は両方とも18〜35μg/g(飼料)の範囲であった。従って,成体のチータはこれらの弱いエストロゲンを約50mg/日消費することになる。」(甲6,225頁左欄4行〜18行),「我々が,飼育チータの市販資料において同定した植物起原のエストロゲンは重要な役割を果たす。これらのエストロゲンを,飼料を替えることにより除去すると,血液凝固時間,肝臓機能,及び肝臓のミトコンドリア変性が改良された。このことは,飼料中のエストロゲンと肝臓障害の関係を示している。成熟した飼育チータの60%に見られる静脈閉塞疾患は,他のエストロゲンについて示唆されているように,フィトエストロゲンの血管壁への影響,あるいは第二の肝臓障害に伴う血液凝固における変化への直接の影響の結果であろう。」(甲6,229頁右欄6行〜18行),「チータに関する私達の観察は,人間のエストロゲン摂取により引き起こされうる事態をより深刻に考慮すべきことを,より一層支持するものである」(甲6,231頁右欄19行〜21行)との記載がある。 そして,参考文献2において「成体のチータはこれらの弱いエストロゲンを約50mg/日消費することになる」(甲6,225頁左欄17行,18行)とされるところ,本願明細書の実施例の1つにおいては,人間が1日当たり約60ないし100mgのイソフラボン用量を摂取した事例が報告されているから(甲13,段落【0055】),成体のチータ(体重52Kg[甲18])に生ずる悪影響は,成人女性(平均体重はチータと同程度)にも発生し得ると考えられる。したがって,「これらは単にイソフラボンを含有する飼料を大量に摂取する家畜においてみられる現象を報告するにすぎないものであるから,有用な薬理作用を有することが知られているイソフラボンをその適切な量で摂取して利用する試みを阻害するものではなく,したがって,上記判断を左右するものでもない。」(審決書4頁16行〜20行)とした審決の判断は,誤りである。 なお,被告は,草食動物に比較して猫科の肉食動物であるチータについては,フィトエストロゲンを不活性化する代謝経路が弱い点を指摘するが,それはあくまでも憶測にすぎない(甲6,231頁左欄50行〜55行,翻訳文・乙15)。仮にチータの代謝経路が弱いとしても,それはフィトエストロゲンの毒性に対する耐久性の程度問題にすぎないから,ヒトがフィトエストロゲンの毒性の影響を受けないことまでをも意味せず,阻害要因があることに変わりがない。 ウK.D.R.Setchell他「Nonsteroidal estrogens of dietary origin: possible roles in hormone-dependent disease」(The American Journal ofClinical Nutrition 40 1984年9月 569頁〜578頁。甲7。以下「参考文献3」という。)参考文献3には,「様々なフィトエストロゲンの摂取に伴う動物の様々な生殖障害があることから・・・大豆製品の摂取から誘導される大量のエクオールの人間において起こりうる効果について考慮しなければならない。・・・避妊剤源として,植物の高い価値が認められたのは,多量のフィトエストロゲンであるフォルモノネチン(16)(Fig 1)を含むクローバーの一種のトリフォルタムサブテラニウム(Trifoltum subterraneum)の上で放牧されたオーストラリアの羊のエクオールの避妊作用が報告された後である。更に,このクローバー上での羊の放牧で,精子数の減少が報告されている(54)。動物におけるこれらの効果に鑑みれば,エクオールへの変換を担う腸内菌叢(フロラ)が存在し,且つ活性であれば,人間がフィトエストロゲンの前駆物質を多く含む食物を消費した場合に類似の作用が起こることが想像できる」との記載がある(甲7,574頁右欄9行〜575頁左欄13行)。 ここで,「フィトエストロゲンの前駆物質を多く含む食物」の摂取とは,フィトエストロゲンを1日当たり50〜100mg消費することを含むから,甲7は,人間が健康補助食品を健康補助量(1日当たり50〜100mg)摂取した場合の有害性を記載しているに等しい。この量のイソフラボンは,本願発明におけるイソフラボンの一日当たりの投与量の範囲と一致する。以上のとおりであるから,参考文献3(甲7)を見た当業者は,イソフラボンの消費に関連する羊の出生率が低下したという悪影響を認識するとともに,人間が1日当たり50〜100mgのフィトエストロゲンを摂取した場合に同様の悪影響が有り得るということを合理的に予測する。したがって,参考文献3(甲7)に記載されたフィトエストロゲン摂取による有害性を無視した本件審決は,明らかに誤りである。 エM.Axelson他「Soya -a dietary source of the non-steroidal oestrogen equol in man and animals」(Journal of Endocrinology 1984 102,49頁〜56頁。甲8。以下「参考文献4」という。)参考文献4(甲8)には,「大量のクローバー,特にエクオール前駆体を多量に含むトリフォリウムサブテラニウムの摂取により,羊において“クローバー病”と称される不妊症候群が起きる。この症候群では生殖管において嚢包性の症状を示し,妊娠ができなくなる」(甲8,49頁左下欄下から6行〜末行),「プロテインの食物源として大豆の使用が広まっていることは,人間の体に対するエクオールの潜在的な生理学的な効果を測定することを重要にした。動物における“不妊”の効果は,我々人間に対し,解明不能な不妊症や生理不順と女性の食生活及び尿中へのエクオールの排出との関係を調査することの重要性を示唆している」(甲8,55頁左欄3行〜9行)との記載がある。これらの記載に照らせば,イソフラボンを月経前症候等の予防又は治療に使用することが予測されるものではない。 オH.M.Drane他「Oestrogenic activity of soya-bean products」(1979年10月22日 425頁〜427頁。甲9。以下「参考文献5」という。)参考文献5には,「動物にとって大豆はプロテインの吸収源として重要な食物であり,今日は人間の食物としてもより多く使用されていることから,私達は,少量の摂取であっても,このエストロゲン活性の明らかに一定の源を見落としてはならない」と記載されている(甲9,427頁左欄3行〜7行)。 カH.R.Lindner「Occurrence of Anabolic Agents in Plants and their Importance」(151頁〜158頁。甲10。以下「参考文献6」という。)参考文献6には,植物エストロゲンの「有毒性」についての解説が記載されており,特に「ゲニステイン」及び「ダイドゼイン」が挙げられている。家畜について観察された有毒性は,「ゴナドトロピンの放出と排卵の抑制等による不妊症,障害を有する卵子の輸送,黄体の時機尚早の退化,長期の暴露による子宮内膜腺の不可逆的な嚢包性過形成,異常分娩,子宮脱出症」が例示されており(甲10,151頁17行〜22行),卵巣嚢胞の形成も説明されている(甲10,151頁23行)。「そのようなエストロゲンは,・・・加工植物産物を通して,あるいは,エストロゲンを含有する飼料を与えられた動物からの生産物や屠殺体を消費することによって人間に到達する可能性がある。」(甲10,152頁24行〜27行,乙3・翻訳)とも記載されている。 さらに,参考文献6には,イソフラボンが食肉用の羊の脂肪組織に蓄積されると記載されている(甲10,155頁下から5行〜3行)。また,ミルクと乳製品中の植物エストロゲンの存在に対する懸念が表明され,フィトエストロゲンの含有量を減らすために,制御方法の実施が提案されている(甲10,156頁20行〜26行)。 キE.O.Brookbanks「OESTROGENS IN PASTURE AND A POSSIBLE RELATIONSHIP WITH MASTITIS(NEW ZEALAND VETERINARY JOURNAL VOL.17 159頁,160頁。甲11。以下「参考文献7」という。)参考文献7には,「植物のエストロゲンが米国における乳線炎の爆発的増加に関係している」と記載されており(甲11,159頁左欄34行〜36行),放牧羊において,イソフラボン(例えば,ゲニステインとホルモノネチン)の摂取量と乳腺炎の間の高水準の関係が報告されている(甲11,159頁右欄20行〜26行)。ここで,乳腺炎は,家畜と同様,人間に対し痛みを伴う症状を発生させる。参考文献7の報告は,春と秋の最もよく牧草が育つ時期の牧草であり,他の時期と比較すれば多くのフィトエストロゲンを含むとしても,天然に存在する濃度レベルにすぎないから,多量の摂取であるとして当業者が無視するとはいえない。 クN.R.Adams「Morphological changes in the organs of ewes grazing oestrogenic substerranean clover(Research in Veterinary Science 1977 22 216頁〜221頁。甲12。以下「参考文献8」という。)参考文献8には,フィト-エストロゲンに曝されることによる形態的影響を測定するために,ヤギを対象として行われた研究が報告されており,イソフラボンの豊富なクローバーの高い摂取は,生殖器に対する有害な影響だけではなく,脳,甲状腺と副腎の主要器官への形態的な変化に関連するとされている。特に,高いイソフラボンの摂取量は,脳の視床下部における,萎縮した多色染色体ニューロンの発達と関係しているとされている(甲12,217頁第2欄の要約参照)。 ケ以上の参考文献1ないし8は,牛,羊,山羊,鼠,ハムスター,チータ等を含む広い範囲の哺乳類におけるフィトエストロゲンの生理学的影響の観察結果を開示したものである。各参考文献によれば,人間に対しても,フィトエストロゲンによる生理学的悪影響が引き起こされるものと予測される。動物の体内における化学物質により引き起こされる副作用は,一般的に人間の体内の同物質により誘導される副作用と同一であり,そのことは,毒物学における基本的な仮説である。 また,そもそも,前臨床試験は,人間における毒性を予測するために一定範囲の哺乳類に対し薬物を投与する試験(毒性試験又は安全性試験)であることが良く知られているところ,審決が参考文献1ないし8の開示を,各文献が人間以外の動物について記載しているにすぎないことを根拠に容易発明性の判断に影響がないとしたことは,潜在的な毒性を有する化合物を人間に投与する際の評価に関する標準的な手法(人間以外の哺乳類を用いた前臨床試験)を無視したとの批判を免れない。 以上によれば,イソフラボンを健康補助剤として使用する試みについては,阻害要因が存在していたといえるから,文献A8〔甲4〕の方法により得られたイソフラボン化合物を本願発明の用途に用いることを当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。審決は,上記各文献が示唆するイソフラボンの毒性に関する警告を無視したものであり,誤りである。 コなお,被告は,本願の優先日当時,フィトエストロゲンは,多量摂取した動物に対する有害な作用ばかりではなく,その薬理作用の有用性が注目されていた化合物でもあり,参考文献1(甲5の88頁。乙1参照)には,フィトエストロゲンが閉経期症候として典型的なホットフラッシュの抑制に有用であることが記載されていると主張する。 しかし,被告が指摘する参考文献1(甲5,88頁)には「ゲニステイン,ダイドゼイン,ビオカニンA,ホルモノネチン」という特定のフィトエストロゲンが上記用途に有用である旨の開示は一切存在しない。参考文献1(甲5,88頁)には,フィトエストロゲンが「プレマリン(ウマ由来結合型エストロゲン)と同様に作用する」(乙1・翻訳文)と記載されているにすぎず,文献A8〔甲4〕における「ゲニステイン,ダイドゼイン」と「プレマリン(ウマ由来結合型エストロゲン)」との関係は不明であるから,後者による作用効果を前者においても得られるかどうかは予測不能である。 2 被告の反論(1)取消事由1(文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕を適用することの容易想到性判断の誤り)に対し審決は,?@イソフラボン類がエストロン作用(エストロゲン作用と同義)を有すること,?Aエストロゲンの分泌減少が主要な原因である骨粗鬆症の治療に,緩和なエストロゲン作用を有するダイドゼインが有効であること(これはダイドゼインがエストロゲンを補充する薬剤として使用されていると解することができる。),?Bエストロゲンの分泌減少に由来する更年期障害に対して従来は合成エストロゲン剤等による卵巣ホルモンを代償する療法が使用されていること(これは合成エストロゲン剤がエストロゲンを補充する薬剤として使用されていることを意味する。),にそれぞれ言及した上で,?C従来合成エストロゲンを使用していた更年期障害に対し,エストロゲン作用があることが知られ,エストロゲン補充目的での使用も知られるフィトエストロゲンを適用してみることは容易であると判断した。 したがって,文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕に,フィトエストロゲンそのものを本願発明の用途である「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療」に用いることが直接記載されていないことは,何ら上記?Cの判断を導くことの妨げになるものではない。 ア 文献A4〔甲2〕を適用することの容易想到性判断の誤りに対し文献A4〔甲2〕の「本発明は一般式(I)・・・で示される化合物を含有し,経口投与により緩和なエストロゲン作用を示し,これにより骨粗鬆症を治療する医薬に関する。」(甲2,1頁左欄10行〜15行)との記載,及び骨粗鬆症について「その原因は内分泌及び栄養の障害等多様であるが,その中で最も重要と考えられるものは閉経後の女性において,その卵巣機能の低下によりエストロゲン分泌が減少することである。」(甲2,1頁右欄5行〜9行)との記載によれば,化合物(I)が卵巣ホルモンの代償として,使用されていることが明白である。また,文献A4〔甲2〕の化合物(I)に具体的に含まれる化合物が,たとえダイドゼインのみであっても,文献A8〔甲4〕にはダイゼイン,ゲニステインなどを含むイソフラボン化合物にエストロゲン作用のあることが記載されている。 したがって,文献A8〔甲4〕のイソフラボン化合物について卵巣ホルモンの代償の用途を想起させることは容易である。 これに対し,原告は,文献A4〔甲2〕には,甲状腺からのカルシトニン分泌を刺激することで体内のカルシウムレベルを調整する方法により骨量の減少速度を遅らせる骨粗鬆症の治療が記載されているところ,カルシウムレベルの調整は閉経期症候とほとんど関係がない旨主張する(甲15の1,16項,17項)。しかし,文献A4〔甲2〕には,「本発明は・・・化合物を含有し,経口投与により緩和なエストロゲン作用を示し,これにより骨粗鬆症を治療する医薬に関する。」(甲2,左下欄10行〜15行)と記載され,甲2についてE博士(甲15の1)の指摘する箇所の全文は,「本発明者らは一般式(I)で示される化合物が経口投与で従来のエストロゲン剤と比較して緩和なエストロゲン作用を有し,従来のエストロゲン剤のような副作用がなく,甲状腺からのカルシトニン分泌を刺激することにより骨粗鬆症の治療に供しうることを明らかにした。」(甲2,1頁右欄下から3行〜2頁左上欄3行)と記載記載され,同記載によれば,エストロゲンがカルシトニンの分泌を介して骨粗鬆症の治療に役立っているものと解される。エストロゲンにカルシトニン分泌を促す作用があり,閉経期の骨量減少を防ぐこと(乙16,Eur J Clin Invest.1983Des;13(6)481-7),エストロゲンがカルシトニンの分泌促進作用を有し,血中カルシトニン値を上昇させること(乙14,4枚目右欄29行〜31行,【解説】「閉経後骨粗鬆症とエストロゲン療法」の項)は,当業界でよく知られていることである。したがって,カルシトニン分泌作用とエストロゲン作用を別のものとする甲15の1の見解は誤りである。 イ エストロゲン作用を適用することの容易想到性判断の誤りに対し(ア)原告主張のとおり,タモキシフェン,ラロキシフェン及びクロミフェンが閉経期症候のホットフラッシュの改善に役立たないか,あるいはかえって悪化させることがあるとしても,それは,上記各物質が選択的エストロゲン受容体モジュレーター(調整剤)という,通常のエストロゲン作用剤とは異なる新しい範疇の薬剤であって,特定の組織に対してのみエストロゲン様作用を示し,他の組織に対してはむしろ拮抗的に作用する物質であることに由来するのであって(甲15の3,1頁,サマリー部分,1行〜6行,乙10・翻訳),そのことは,通常のエストロゲン作用物質の用途として閉経期症候の治療を検討することを何ら妨げるものではない。 (イ) ジエチルスチルベストロール(DES)についてDESは,非ステロイド性合成エストロゲンであり,この物質が1941年に米国で閉経期症候の治療などの用途で認可された(甲15の1,9項)ことからも,合成により得られたエストロゲン作用物質をエストロゲンの不足により引き起こされる疾病や症状に適用しようとすることは以前から行われていたことが裏付けられる。1971年にDESの発癌性が報告された後であっても,また,甲3に「これらの更年期障害諸症状に対し・・・合成ホルモン剤は不正出血や発癌の危険性があるため,近年はこれらの療法は行われない傾向にある。」(甲3,1頁右欄10行〜16行)と言及されてはいても,甲3に記載されるように,従来よりも毒性の低い合成エストロゲン剤として,「一般式(?T)で示される」イソフラボン系の化合物が発明されている(甲3,2頁左欄10行〜2頁右欄末行)。この例からみても,DESがその毒性のために使用が中止されたことや,他の従来の合成ホルモン剤に使用上危険があることは,より安全なエストロゲン作用物質の開発を促すことはあっても,エストロゲン作用物質の開発や利用を妨げる要因となるものでない。 (ウ) ビスフェノールAについてビスフェノールAは,食品容器の原料として使用されるため飲食物中へ移行してヒトが摂取する可能性が高いことからその影響が懸念されているのであって,そのこととエストロゲン欠乏による症状の緩和に対してエストロゲン作用物質の利用を試みることとは何ら関係しない。本願発明におけるエストロゲン作用物質であるダイドゼイン,ゲニステインは,日本において古くから食用とされている大豆中に含まれる成分であって,通常の食事から摂取する量の範囲において格別の毒性は報告されていない物質であり,種々の薬効を利用する試みがされている。そして,薬物が有用性と同時に副作用を併せ持つことは常識であるから,ダイドゼイン,ゲニステインにしても薬として使用する場合には,その有効かつ安全な量の範囲内で使用することが前提とされるのはいうまでもない。 (2)取消事由2(イソフラボンの有害性に係る阻害要因の看過の誤り)に対しア 参考文献1ないし8(甲5〜12)の記載内容について原告は,本願出願当時の当業者の常識を認定する証拠として参考文献1ないし8(甲5〜12)を挙げ,本願発明の出願当時の当業者は,イソフラボンが人体に潜在的に有害な影響を有する物質であることを認識していたと主張する。 しかし,審決では「これらは単にイソフラボンを含有する飼料を大量に摂取する家畜においてみられる現象を報告するにすぎないものであるから,有用な薬理作用を有することが知られているイソフラボンをその適切な量で摂取して利用する試みを阻害するものではなく」(審決書4頁16行〜20行)と言及したように,上記証拠によっては,原告主張のような認識の存在が裏付けられるものではない。 以下,各証拠の記載事項に基づき反論する。 (ア) 参考文献1についてa参考文献1には,人間の病気に関するフィトエストロゲンの役割に関する「悪化要因」として,次の(a)及び(b)の記載がある。 (a)「フィトエストロゲンは,病気に対し,悪化要因にも良化要因にもなりうることが示唆されている。チーターの食事において,フィトエストロゲンは,血管疾患による肝臓機能障害を引き起こす・・・。したがって,人間の肝臓機能障害が引き起こされる可能性についても,少なくとも考慮に入れておかなければならない。・・・・血管疾患は食事によるフィトエストロゲンの摂取に関連している可能性がある(35)。冠状動脈性心疾患が,牛のミルクを通して間接的に摂取されるフィトエストロゲンに関連するものであるという示唆がなされている。・・・・・・・エストロゲンの摂取は,ホルモンに敏感な細胞を癌化させる要因となり得るが,そのような例は示されていない。・・・」(甲5,88頁左欄18行〜下から3行)。 (b)「フィトエストロゲンは哺乳類の生殖プロセスに影響を与え,そのため,各哺乳類の成功に対して障害となり,個体群の選択的環境因子となりえる。フィトエストロゲンは幾つかの好都合な効果を有するものの,その効果の大半は有害,有毒なものである。」(甲5,88頁右欄下から9行〜3行)。 上記(a)の記載は,いずれも悪化要因としての「可能性」の記載にとどまるものである。 また,上記(b)の記載は,直ちに人間を含む哺乳類全般に対するフィトエストロゲン作用の評価であると理解することはできない。参考文献1(甲5)には,人間の生殖プロセスにフィトエストロゲンが悪影響を及ぼすことは記載されていないから,上記(b)の記載は,その文脈から見て,生殖プロセスが影響されることが確認された哺乳類に対するフィトエストロゲンの評価であると解すべきである。 甲6(翻訳文・乙15)には,「チータにおけるダイゼインとゲニステインの代謝については知られていない。羊,ラット,ヒトに関していえば,これらのイソフラボンはエクオールに変換されるか,より強い他のエストロゲンに活性化されると考えられる。エクオールとダイゼインはヒトとラットでは主にグルクロン酸抱合体として排泄される(7,8)。なぜチータがこれらの植物中のエストロゲンに感受性であるかについての鍵は,多くの生体異物あるいはフェノール化合物の肝臓での抱合,すなわち重要な不活性化と排泄の経路が,猫科の動物種においては一般的に弱いという事実にあるのかもしれない(44)。そのために,チータにおいては,遊離のあるいは生物学的に活性な抱合されていないイソフラボンが低い効率で不活性化され排泄されるのかもしれない。」(甲6,231頁左欄44行〜右欄2行)と記載されており,チータは,ラットやヒトとは異なり,フィトエストロゲンを不活性化する代謝経路が弱い点が指摘されている。この代謝経路の違いを考慮するならば,食事中に1日50mgという量はチータにとってのみ安全量を超える量に相当するといえるから,この数値をもとにヒトにおける有害摂取量を算出することはできない。 b参考文献1(甲5,88頁)には,「悪化要因」の項に続いてフィトエストロゲンの「有益な役割」が以下のように記載されている(乙1・翻訳文)。 「エストロゲンは,その用量により癌に対し2種の相反する作用を有している。大きい用量では乳癌の発生を阻害し,既に存在する癌の増殖を抑制する。しかし,少ない用量では,癌の発生及び成長を促進するようである。この二様性はフィトエストロゲンにも及ぶ。フィトエストロゲンは癌の成長を促進したり阻害したりするようである(8.14)。フィトエストロゲンが抗癌作用を現す1つのメカニズムは,エストロゲンレセプターをブロックし,レセプターが媒介する反応を阻止するというものである。このようにして,癌の成長を助ける生体内のエストロゲンの能力は減少させられる。ホルモン応答性の器官の癌におけるフィトエストロゲンに媒介される減少についての間接的な人口統計的な裏付けは次の事から引き出される。即ち菜食主義的食事をする国の女性は肉と野菜の食事をする社会の女性に比べ乳癌発生率が低いことが観察される(37)。 フィトエストロゲンは抗ウイルス,抗菌の性質を有するが,メカニズムは不明である。このグループの化合物がそのような性質をもつという考えに対するサポートは,抗真菌剤ケタコナゾールがいくつかのステロイド酵素の阻害剤であるという知見にあるだろう。 植物エストロゲンは抗コレステロール血症のヒトや動物の血漿コレステロールレベルを低下させることに関係している。そのような作用は,コレステロールの調節とリポ蛋白の代謝や相互作用においてエストロゲンが行う役割と関係しているようである(8)。 フィトエストロゲンの最後の有益な作用は,閉経期の女性の血管運動症状の軽減である。歴史的に中国人は「ホットフラッシュ」の治療に生薬を使用していた。これらの生薬は自然閉経女性のこれらの症状の緩和にプレマリン(ウマ由来結合型エストロゲン)と同様に作用する。同様に,マイコエストロゲン,ゼアララノールが手術により閉経した女性のホットフラッシュの発生率を減少させることが報告されている(4)。これらの効果はこれらの化合物に期待されるエストロゲン的な性質に一致する。」(甲5,88頁左欄下から2行〜右欄42行)。 上記記載のとおり,フィトエストロゲンは,人間に対する有益な作用も知られており,閉経期の女性に対するホットフラッシュ発生抑制作用さえも知られていた。なお,ホットフラッシュとは,更年期障害の症状の一種であり,「顔面紅潮」,「のぼせ」を意味する用語である(乙2,826頁参照)。 (イ) 参考文献2及び3(甲6,7)について参考文献2(甲6)には,北米動物園の飼育チータに与えられた市販の飼料中の大豆タンパク質からの比較的高濃度のフィトエストロゲンが,この種の繁殖率の低下と肝臓疾患の病因の主要な要因であり得ることが記載され(甲6,225頁右欄4行〜12行),参考文献3(甲7)には,多量のフィトエストロゲンを含むクローバーの摂取による羊のエクオールの避妊作用や精子減少の報告から,「動物におけるこれらの効果に鑑みれば,エクオールヘの変換を担う腸内菌叢(フロラ)が存在し,且つ活性であれば,人間がフィトエストロゲンの前駆物質を多く含む食物を消費した場合に類似の作用が起こることが想像できる」(甲7,575頁左欄8行〜13行)との記載があるが,いずれも多量のフィトエストロゲンを摂取した動物に見られる現象であって,あくまでこのような多量のフィトエストロゲンを摂取した場合の人体への影響が推測されるにすぎない。 (ウ) 参考文献4及び5(甲8,9)について原告が引用する参考文献4の「プロテインの食物源として大豆の使用が広まっていることは,人間の体に対するエクオールの潜在的な生理学的な効果を測定することを重要にした。動物における“不妊”の効果は,我々人間に対し,解明不能な不妊症や生理不順と女性の食生活及び尿中へのエクオールの排出との関係を調査することの重要性を示唆している。」(甲8,55頁左欄3行〜9行)との記載,参考文献5の「動物にとって大豆はプロテインの吸収源として重要な食物であり,今日では人間の食物としてもより多く使用されていることから,私達は,少量の摂取であっても,このエストロゲン活性の明らかに一定の源を見落としてはならない」(甲9,427頁3行〜7行)との記載は,エストロゲン活性のあるエクオールの人間の体に対する影響を調査する必要性に言及してはいるが,大豆の摂取自体が危険であるとか,有害であると指摘したものではない。 (エ) 参考文献6(甲10)について本願の優先日以降(平成17年)の文献である参考文献6(甲10)には,家畜に対するフィトエストロゲンの作用として不妊症,異常分娩,子宮脱出症等が記載されているが,「そのようなエストロゲンは,直接林檎やサクランボのような新鮮なフルーツ,(ポテトのような)野菜,にんにくのような香辛料,ビール製造に使用されたホップ及びその他の加工植物産物を通して,あるいは,エストロゲンを含有する飼料を与えられた動物からの生産物や屠殺体を消費することによって人間に到達する可能性がある。これらの源から人間に達した植物エストロゲンの病原性の意義に関する証拠は発表されていない。」(甲10,152頁24行〜29行,乙3・翻訳文)との記載からも明らかなように,人間が食物から摂取するフィトエストロゲンに関しては病原性は見いだされていない。 (オ) 参考文献7及び8(甲11,12)について原告は,参考文献7には,「植物のエストロゲンが米国における乳線炎の爆発的増加に関係している」(甲11,159頁左欄34行〜36行)との記載があり,参考文献8には,フィトエストロゲンに曝されることによる形態的影響を測定するために,ヤギを対象として行われた研究が報告されており,イソフラボンの豊富なクローバーの高い摂取は,生殖器に対する有害な影響だけでなく,脳,甲状腺と副腎の主要器官への形態的な変化に関連すると主張している。しかし,これらの記載は多量のフィトエストロゲンを摂取した動物での報告であって,参考文献2及び3と同様,多量のフィトエストロゲンを摂取した場合の人体への影響が推測されるにすぎない。 イフィトエストロゲン(イソフラボン)の有用な薬理作用を示す文献について(ア)上記のとおり,フィトエストロゲンはそれを多量に含む食餌を家畜が多量摂取した場合に悪影響が現れることは知られていた。しかし,そのことがフィトエストロゲンの利用を遠ざける要因にはならず,むしろ,フィトエストロゲンのエストロゲン作用を含む種々の有用な薬理作用を人間に対し積極的に利用しようとする認識が存在していたことは,以下の証拠から明らかである。 a文献A1〔甲1〕「フラボノイドは植物の2次代謝産物の花色素で多くはグルコースが結合した配糖体であり,・・・血小板凝集抑制・・・抗炎症,鎮痙,エストロン様,遊離ラジカルのスキャベンジャーなどの薬理的性質を有する。・・・フラボノイドは,天然物中に存在し,日常の食事中にも微量存在している安全な化合物である点から,特定な治療目的に用いることが考案されてきた」(甲1,1頁左欄末行〜右欄15行)b文献A4〔甲2〕「本発明者らは一般式(I)で示される化合物が・・・従来のエストロゲン剤と比較して緩和なエストロゲン作用を有し,従来のエストロゲン剤のような副作用がなく・・・骨粗鬆症の治療に供しうることを明らかにした。」(甲2,1頁右欄18行〜2頁左上欄3行)c文献A8〔甲4〕「大豆にはダイジン,グリシチン,ゲニスチン,ダイゼイン,・・・等のイソフラボン化合物が含まれており,その生理活性作用はエストロゲン作用,抗酸化,・・・抗コレステロール作用が知られており・・その有用性が注目されている。」(甲4,1頁左欄下から2行〜右欄6行)d特開昭62-106016号公報(乙4)「・・上記化合物(I)において,R が水酸基でR が水素原子で1 2ある化合物はゲニステインと呼ばれており,弱いエストロジェン作用を有することが報告されている。」(乙4,2頁左上欄8行〜11行)「以上の測定結果より,化合物(I)は,すぐれた免疫抑制作用を有しており,しかも毒性も低いので,ヒトの免疫疾患,たとえば・・・骨粗鬆症等の自己免疫疾患の治療および再発予防のための薬剤として有用である。」(乙4,3頁左上欄1行〜7行)e特開昭62-126186号公報(乙5)「この大豆には・・・ダイズイン,グリシチン,ゲニスチン,ダイゼイン,ゲニステイン等のイソフラボン誘導体が含まれており,ダイゼインのマウス摘出小腸におけるパパベリン様鎮痙作用・・・をはじめとして多くの薬理作用が知られている。従って,今後これらのイソフラボン誘導体を医薬品として提供する場合,いかに安価に,かつ大量にイソフラボン誘導体を得るかが重要な因子となる。」(乙5,1頁右欄1行〜2頁左上欄3行)f特開昭61-246124号公報(乙6)「同文献によれば,ゲニステインはある種のクローバー・・・から単離された化合物で,弱いエストロジェン作用を有することが報告されている。」(乙6,1頁右欄1行〜4行)「C57BL/6系マウスを用い,ゲニステインを腹腔内に注射して急性毒性を調べた。LDは500mg/kg以上であった。・・50・ゲニステインはすぐれた制癌作用を有しており,しかも急性毒性の結果も低いので,ヒトおよび動物の癌の治療,癌の転移に伴う疾患の治療および再発の予防のための制癌剤として有用である。」(乙6,5頁左上欄15行〜右上欄5行)g特開昭64-68318号公報(乙7)「(1)マメ科植物の含有するフラボノイド,サポニン又はそれらの配糖体の少なくとも何れか一つを有効成分として含有する肝機能障害の予防改善剤。 ・・・(4)フラボノイドが・・・ゲニステイン,・・・ダイゼイン,・・・フォルモノネチンなるイソフラボン類である特許請求の範囲3項記載の肝機能障害の予防改善剤。」(乙7,1頁左欄5行〜右欄4行)(イ)このように,本願発明で使用されるダイドゼイン(ダイゼインと同義),ゲニステイン,ホルモノネチンなどのフィトエストロゲンは医薬の有効成分として使用可能(当然,その常識的な範囲での用法・用量による)と考えられており,人間への適用に当たりその安全性に格別の懸念が持たれていたものではない。 ウ 適切な用法,用量の選択について原告は,審決はエストロゲンが良い物であるとの前提で判断を行っているが,エストロゲンが良い場合も悪い場合もあっていずれともいえないと主張する(甲15の1〜10)。 しかし,審決はエストロゲンが人体に常に良い方向で作用するという前提に立って判断したものではない。審決が示した当業界の技術動向から見て,エストロゲン作用を有することが知られているフィトエストロゲンを,エストロゲン不足により生じる不具合を補償するために利用しようとすることは当業者が容易に想起できるとした判断は,以下で述べるとおり,当然にその適切な用法,用量を選んで行うことを条件としている。 病気の原因が生体成分の低下や欠乏に由来することが明らかである場合,その成分を補うことにより症状の緩和を図ること,例えば,ビタミン欠乏に由来する症状に対し,その欠乏しているビタミンを補充するということは,最も常識的な対処方法であるが,生体に必須のビタミンやホルモンであっても,それを過剰に摂取すれば副作用が起こることは,乙8(「薬理学のまとめ」)の以下の記述からも明らかである。 「1.男性ホルモンandrogens・・・副作用は,男性では長期使用による睾丸機能障害や肝障害,女性では体毛の増加などの男性化,高Ca血症2+などである。」(乙8,161頁左欄7行〜右欄4行)「3.卵胞ホルモンestrogens・・・副作用には,悪心,嘔吐,下痢,子宮内膜肥厚,卵巣機能異常,浮腫などがある。」(乙8,161頁右欄下から4行〜162頁左欄下から9行),「ビタミンAは蓄積されるので,大量を長期投与すると頭痛,不眠,嘔吐,脱毛などの中毒症状が現れる。」(乙8,165頁右欄15行〜17行)「ビタミンDには蓄積作用があり,連用すると骨や歯の異常,多尿,高血圧,嘔吐や,食欲不振・・・などの過剰症が現れるので,慎重に投与する必要がある。」(乙8,165頁右欄下から2行〜166頁左欄2行)しかし,副作用や過剰症が現れるからといって,それらの治療薬としての利用が妨げられるものではない。すなわち,化学物質の薬理作用を利用しようとする場合,問題となるのはこのような物質が大抵どれも両刃の剣の性格を備えていることにあるから,期待する有利な作用を発揮させ,副作用を最小限とする用法及び用量で注意深く使用する必要があることは当業者の常識である(乙8,26頁,27頁,31頁,例えば26頁左欄7行〜13行,31頁6行〜8行を参照)。 したがって,フィトエストロゲンやエストロゲンの過剰投与による人体への悪影響の存在について原告が追加主張をしても(甲15の1〜10),フィトエストロゲンやエストロゲンについて有用な薬理作用が知られ,その作用を発揮させる用法,用量を検討する余地がある以上,フィトエストロゲンやエストロゲンを利用しようとする意欲がそがれるものではないから,本願の優先日当時,フィトエストロゲンをその適切な量で医薬として使用する試みを阻害すべき要因は存在しなかった。 |
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当裁判所の判断
1取消事由1(文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕を適用することの容易想到性判断の誤り)について原告は,文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕には,フィト-エストロゲン」(イソフラボン)を「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療」の用途に用いることの記載も示唆もないから,引用発明〔甲4〕に,文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕及びA5〔甲3〕に記載された各発明を適用して,相違点に係る構成に想到することが容易であるとはいえないと主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,(1) 文献A5〔甲3〕の記載文献A5〔甲3〕には,以下の記載がある。 「本発明はヒトの卵巣で産生され,または体外から投与される卵胞ホルモン(Estrogen,以下Eという)の作用を増強せしめ,これにより更年期障害や不妊症等の卵巣機能低下症を治療する医薬に関する。 更年期障害は更年期(大体45〜60才)の女性において,その卵巣機能低下によるE分泌減少の結果,身体の諸代謝に変化が起こり,またこれが自律神経中枢である間脳に関与して発症するものであり,・・・多様な症状を呈する。これらの更年期障害諸症状に対し,合成E剤,アンドロゲン剤およびそれらの合剤投与により,体内分泌の低下した卵巣ホルモンを代償する療法が著効を奏し,従来より更年期障害に対する主要な治療法であったが,これらの合成ホルモン剤は不正出血や発癌の危険性があるため,近年はこれらの療法は行われない傾向にある。その他の治療法としては,精神安定剤,抗抑うつ剤,自律神経遮断剤,末梢血行改善剤,漢方薬等の投与が行われているが,いずれも有効性が低い。」(甲3,1頁左下欄下から8行〜右下欄下から2行)。 (2) 容易想到性についての判断ア文献A5〔甲3〕には,更年期障害が卵巣機能の低下によるエストロゲンの分泌減少の結果として発症するものであり,その更年期障害に対しては合成エストロゲン剤等の投与により体内分泌の低下した卵巣ホルモンを代償する療法が主要な治療法とされていたが,合成ホルモン剤としての危険性のため,その代償療法が近年は行われていない傾向にある旨の記載がある。同記載は,当業者に対して,エストロゲン作用を有する公知の化合物や組成物のうち,合成品でないもの,すなわ天然由来のものを,エストロゲンの分泌減少の結果として発症する更年期障害,すなわち本願発明にいう閉経期症候の予防,治療に対して適用しようとする示唆があると解することができる。 この点,原告は,文献A5〔甲3〕には,本願発明所定の「月経前症候,閉経期症候,及び/又は,良性乳疾患,の予防もしくは治療のために使用される健康補助剤」の用途についての記載又は示唆がないと主張する。しかし,閉経期症候は,文献A5〔甲3〕記載の更年期障害と同義であることから(乙18),閉経期症候に対する予防,治療という用途に用いることは,文献A5〔甲3〕に記載があると認められる。 したがって,当業者が,文献A8〔甲4〕に記載された製造方法により得られるイソフラボン化合物を,更年期障害,すなわち本願発明にいう閉経期症候の予防,治療に適用することに格別の創意を要するものとはいえない。 そうすると,文献A1〔甲1〕,A4〔甲2〕を適用することの容易想到性を判断するまでもなく,原告の主張は理由がない。 イ原告は,E博士の陳述書(甲15の1〜10)を根拠として,?@エストロゲン活性を有する化合物は,作用する組織によって,エストロゲン受容体の活動を促進したり,阻止したりするため,エストロゲン活性のみに基づいて,その治療効果を予測することはできず,?Aエストロゲン活性を有する化合物が閉経期症候に対して望ましくない効果をもたらす例としてラロキシフェン及びクロミフェンがあり,?B発癌性などの毒性を示すエストロゲン活性を有する化合物の例としてジエチルスチルベストロール及びビスフェノールAがあるなどと主張する。 しかし,原告の上記主張は採用することができない。すなわち,?@エストロゲン活性を有する化合物について,エストロゲン受容体の活動を促進又は阻止する場合のあることが知られていたのであれば,当業者としては,化合物にエストロゲン受容体の活動を促進する活性を活用しようとする動機付けないし示唆が存在するというべきであり,?A化合物の人体への毒性の種類や強さは個々の化合物に特有の属性であって,エストロゲン活性を有する化合物の一部に毒性の知られているものが存在するからといって直ちに他のエストロゲン活性を有する化合物にも同様の毒性があるとまではいえないし,他に,本願発明で用いるフィト-エストロゲンと上記ジエチルスチルベストロール及びビスフェノールAが同様の毒性を有するものであることを窺わせるような格別な事情は見いだせない。 そうすると,原告の上記主張は,本願発明が文献A8〔甲4〕及び文献A5〔甲3〕に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるという前記判断を左右するには足りない。 ウ また,原告は,体内に存在するエストロゲンとは構造が異なり,体外に存在する化合物を予防ないし治療薬として用いる場合は,当業者であれば副作用の可能性を懸念することが当然であるところ,本願発明の優先日当時において,副作用の問題が顕在化していた「ゲニステイン,ダイドゼイン」を用いることは,当業者にとって容易に想到し得るものでない旨主張する。 しかし,原告の上記主張は採用することができない。すなわち,体内に存在する成分の低下や欠乏に由来する症状を改善するために,その成分を補給しようとする場合,体外に存在する同様の成分を補充しようとするのは,通常の考え方であるから,体外に存在する化合物の補充であるとの一事をもって,容易想到性を欠くとすることはできない。 2取消事由2(イソフラボンの有害性に係る阻害要因の看過の誤り)について原告は,参考文献1ないし8を引用し,イソフラボンは人体に潜在的に有害な影響を有する物質であることが当業者に認識されていたのであるから,当業者がイソフラボンをヒトに対して健康補助剤として用いることには阻害要因がある旨主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,(1) 事実認定ア参考文献1ないし5,7及び8によれば,本件出願前の時点において,フィト-エストロゲンについて,ヒトに対しては,抗ウイルス,抗菌,抗コレステロール血症,閉経期の女性の血管運動症状の軽減,という有用な生理作用が知られている一方,その用量により癌に対し改善及び悪化の相反する作用を示したり,肝臓機能障害の可能性があること,また,動物に対しては,不妊や乳腺炎をもたらし得ることが知られていたものであると認められる。 イ 他方,下記の各文献によれば,以下のとおりの事実が認められる。 (ア)引用例(文献A8〔甲4〕)の(c)には,ゲニステイン及びダイドゼイン(本願発明で用いるフィト-エストロゲンを含むイソフラボン)について,種々の生理活性作用が知られ,その有用性が注目されている旨の記載があり,これらの作用や有用性は,ヒトに対するものであると解される。 (イ)文献A4〔甲2〕に記載された骨粗鬆症治療剤は,一般式(I)で表されるイソフラボンを有効成分とするものであり(このイソフラボンが,本願発明で用いるダイドゼインを包含することは当事者間に争いがない。),ヒトに対するものであると解される。 (ウ)本件出願前に刊行された刊行物である特開昭62-106016号公報(乙4)には,「本発明は,一般式(I)(略)で示されるイソフラボン化合物を有効成分とする免疫抑制剤に関する。・・・上記化合物(I)において,・・・である化合物はゲニステインと呼ばれており」(乙4,1頁右欄11行〜2頁左上欄10行)と記載され,同記載から,本願発明で用いるゲニステインが免疫抑制剤として用いられる発明が開示されていると認められる。 (エ)特開昭61-246124号公報(乙6)には,「本発明は,式(略)で示される・・・(一般名ゲニステイン)を有効成分とする制癌剤に関する。」(乙6,1頁左欄9〜13行)と記載され,同記載から,本願発明で用いるゲニステインが制癌剤として用いられることが開示されていると認められる。 (オ)特開昭64-68318号公報(乙7)には,「2.特許請求の範囲(1)マメ科植物の含有するフラボノイド・・・を有効成分として含有する肝機能障害の予防改善剤。・・・(4)フラボノイドが,イソリドン,ゲニステイン,・・・ダイゼイン・・・フォルモノネチンなるイソフラボン類である特許請求の範囲第3項記載の肝機能障害の予防改善剤。」(乙7,1頁特許請求の範囲の(1)項及び(4)項)と記載され,同記載から,本願発明で用いるゲニステイン,ダイドゼイン,及び,ホルモノネチンが肝機能障害の予防改善剤として用いられることが認められる。 (カ)「化合物(I)は,すぐれた免疫抑制作用を有しており,しかも毒性も低いので,ヒトの免疫疾患・・・の治療および再発予防のための薬剤として有用である。」(乙4,3頁1行〜7行),「ゲニステインはすぐれた制癌作用を有しており,しかも急性毒性の結果も低いので,ヒトおよび動物の癌の治療・・・のための制癌剤として有用である。」(乙6,5頁右上欄1行〜5行),「次に,人間に対する投与量は,・・・適当である。」(乙7)の記載から,上記の各医薬(乙4,6,7)は,ヒトに対するものであると解される。 上記の各文献の記載によれば,本願発明で用いるゲニステイン,ダイドゼイン,及び,ホルモノネチンは,本件出願当時,既にヒトに対する有用な生理作用を有するものとして当業者に知られていたということができる。 (2) 判断上記で認定したところによれば,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,動物において,不妊や乳腺炎や肝機能障害との関係が知られ,人間への同様の影響が指摘されていたものである一方,用量を適切に考慮すれば癌にも奏功するなど,人間の種々の疾患に対して有用な生理作用を奏するものとして使用し得るという知見があったものと認められる。また,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,文献A8〔甲4〕の記載からみて,大豆に含まれている成分であり,本件出願前からヒトが日常的に摂取してきたものである。 これらの事情を総合すれば,本件出願当時,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,大量に摂取した場合はさておき,大豆から日常的に摂取する程度の量を摂取する限りにおいては,当業者は,人体に対して悪影響を与えるものと理解していないと解するのが自然である。したがって,本件出願当時,原告が主張するような阻害要因が存在したとすることはできない。 この点に関し,原告は,?@当業者は,人間以外の動物においてフィトエストロゲンの摂取による副作用が観察された場合,人間がフィトエストロゲンを摂取した場合にも同様の副作用が生じるであろうことを合理的に予測する,?A前臨床試験は,人間における毒性を予測するために一定範囲の哺乳類に対し薬物を投与する試験(毒性試験又は安全性試験)であることが知られている,こと等の事実から,審決が容易想到であるとした判断には誤りがあると主張する。 しかし,動物実験の結果からヒトへの投与の有効性を検討することは,合理的な手順であるといえるとしても,本願発明で用いるフィトエストロゲンは,前記認定のとおり既にヒトに対する医薬としての有用性が知られているものであるから,原告の上記主張は採用の限りでない。 3 結論以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 大須賀滋 |
裁判官 | 齊木教朗 |