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関連審決 無効2007-800168
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10487審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10017審決取消請求事件 判例 特許
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平成20行ケ10478審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10097審決取消請求事件 判例 特許
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事件 平成 20年 (行ケ) 10486号 審決取消請求事件
原告第一 三 共株式会社
訴訟代理人弁護 士竹田稔
同 川田篤
訴訟代理人弁理 士高野登志雄
同 高木千嘉
同 結田純次
同 三輪昭次
被告大 原薬品工業株式会社
被告沢井 製 薬株式会社
被告シ オノケミカル株式会社
被告大 正薬品工業株式会社
被告大 洋薬品工業株式会社
被告高田 製 薬株式会社
被告長 生堂製薬株式会社
被告東和 薬 品株式会社
被告日医工株式会社
被告日 本ジェネリック株式会社
被告日 本薬品工業株式会社審決時請求人「メルク製薬株式会社」承継人
被告マ イラン製薬株式会社
被告株式会社陽進堂
被告13名訴訟代理人弁護士伊原友己
同 加古尊温
被告13名訴訟代理人弁理士小谷悦司
同 小谷昌崇
同 戸田俊材
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/10/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2007-800168号事件について平成20年11月28日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯等原告は,発明の名称を「ピリドベンゾオキサジン誘導体」とする特許第1659502号(昭和61年6月20日出願,平成4年4月21日登録。以下,この特許権に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である(平成19年7月17日に第一製薬株式会社から原告への一般承継を原因とする本件特許権の移転登録がされた。以下,当時の第一製薬株式会社も含めて「原告」ということがある。甲1)。
本件特許権については,平成18年5月22日,特許権の存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2006-700042号)がされ(甲2の1),平成19年3月28日,延長の期間を「4年11月7日」とする本件特許権の存続期間の延長登録(以下「本件延長登録」という。)がされた(甲1)。
被告ら(ただし,被告マイラン製薬株式会社については吸収合併前のメルク製薬株式会社)は,平成19年8月20日,原告を被請求人として,本件延長登録について無効審判(無効2007-800168号事件)を請求した。
特許庁は,平成20年11月28日,「特許第1659502号の特許権存続期間延長登録願2006-700042号に基づく延長登録は,その特許発明実施をすることができなかった期間である2年6月5日を超える期間の延長登録を無効とする。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,平成20年12月3日,原告に送達された。
なお,無効審判請求人であるメルク製薬株式会社は,審判係属中の平成20年5月16日に被告マイラン製薬株式会社に吸収合併されたが,その吸収合併によりメルク製薬株式会社の権利義務が被告マイラン製薬株式会社に承継されたこと自体には当事者間に争いがなく,被告マイラン製薬株式会社が本件訴訟に異議なく応訴したことから,当裁判所は,被告マイラン製薬株式会社の本件訴訟における被告適格を認め,本件審決取消訴訟の提起追行が適法なものであるとして,審理をした。
2 本件特許に係る発明の要旨本件特許の願書に添付した明細書における特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明」という。)。
「R-(+)-異性体を含有しないS-(-)-9-フルオロ-3-メチル-10-(4-メチルまたはエチル-1-ピペラジニル)-7-オキソ-2,3-ジヒドロ-7H-ピリド[1,2,3-de][1,4]ベンゾオキサジン-6-カルボン酸またはその塩を有効成分とする抗菌剤。」3 本件延長登録の内容等本件延長登録に係る延長の期間及び特許法67条2項の政令で定める処分の内容は,以下のとおりである(別紙「本件延長登録時系列表」参照)。
(1) 延長の期間「4年11月7日」なお,上記期間は,次のア及びイの期間を合算したものである(甲5の1,甲6)。
ア 「1年8月23日」出願人の米国における独占的実施権者であるJohnson & Johnson(以下「J&J社」という。)の子会社であるThe R.W.Johnson Pharmaceutical Research Institute(以下「PRI社」という。)が米国において,ペニシリン耐性またはエリスロマイシン耐性肺炎球菌による肺炎患者を対象とした非盲検非対照試験「LEVAQUIN(levofloxacin tablets)TabletsNDA20-634」(以下「本件米国臨床試験」という。甲16)を開始した日(平成8年10月27日)から同臨床試験終了日(平成10年7月21日)までの期間イ 「3年2月14日」出願人による財団法人日本抗生物質学術協議会への回答日(平成14年12月19日)から承認了知日(平成18年3月6日)の前日までの期間(2) 特許法67条2項の政令で定める処分の内容(甲2の3)ア 特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分薬事法14条7項(判決注平成16年6月23日法律第135号による改正前のもの)に規定する医薬品に係る同項の承認(以下「本件承認」という。)イ 処分を特定する番号承認番号20500AMZ00563000号ウ 処分を受けた日平成18年3月6日(甲2の3,末頁の受領確認日)エ 処分の対象となった物レボフロキサシンオ 処分の対象となった物について特定された用途適応菌種として,レジオネラ属が追加された。その結果,医薬品(販売名「クラビット錠」。以下「本剤」という。)の製造承認の一部変更承認後の適用菌種及び適応症は次のとおりとされた(判決注下線部が変更箇所である。)。
【効能又は効果】欄「<適応菌種>本剤に感性のブドウ球菌属,レンサ球菌属,肺炎球菌,腸球菌属,淋菌,モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス,炭疽菌,大腸菌,赤痢菌,サルモネラ属,チフス菌,パラチフス菌,シトロバクター属,クレブシエラ属,エンテロバクター属,セラチア属,プロテウス属,モルガネラ・モルガニー,プロビデンシア属,ペスト菌,コレラ菌,インフルエンザ菌,緑膿菌,アシネトバクター属,レジオネラ属,ブルセラ属,野兎病菌,カンピロバクター属,ペプトストレプトコッカス属,アクネ菌,Q熱リケッチア(コクシエラ・ブルネティ),トラコーマクラミジア(クラミジア・トラコマティス)<適応症>表在性皮膚感染症,深在性皮膚感染症,リンパ管・リンパ節炎,慢性膿皮症,ざ瘡(化膿性炎症を伴うもの),外傷・熱傷及び手術創等の二次感染,乳腺炎,肛門周囲膿瘍,咽頭・喉頭炎,扁桃炎(扁桃周囲炎,扁桃周囲膿瘍を含む),急性気管支炎,肺炎,慢性呼吸器病変の二次感染,膀胱炎,腎盂腎炎,前立腺炎(急性症,慢性症),精巣上体炎(副睾丸炎),尿道炎,子宮頸管炎,胆嚢炎,胆管炎,感染性腸炎,腸チフス,パラチフス,コレラ,バルトリン腺炎,子宮内感染,子宮付属器炎,涙襄炎,麦粒腫,瞼板腺炎,外耳炎,中耳炎,副鼻腔炎,化膿性唾液腺炎,歯周組織炎,歯冠周囲炎,顎炎,炭疽,ブルセラ症,ペスト,野兎病,Q熱」【用法及び用量】欄「通常,成人に対して,レボフロキサシンとして1回100mgを1日2〜3回経口投与する。
なお,感染症の種類および症状により適宜増減するが,重症または効果不十分と思われる症例にはレボフロキサシンとして1回200mgを1日3回経口投与する。
レジオネラ肺炎については,レボフロキサシンとして1回200mgを1日3回経口投与する。
腸チフス,パラチフスについては,レボフロキサシンとして1回100mgを1日4回,14日間経口投与する。
炭疽,ブルセラ症,ペスト,野兎病,Q熱については,レボフロキサシンとして1回200mgを1日2〜3回経口投与する。」4 審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,(1)存続期間の延長登録を認める特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」とは,特許権の設定登録以降であって,かつ,医薬品の場合には薬事法14条1項の承認等を受けるための所要の実験によるデータの収集及びその審査のために特許発明実施をすることができなかった期間をいう,(2)本件米国臨床試験は,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集には該当しない,その理由は,?@本件米国臨床試験の成績は,本件承認に当たって新たに行われた臨床試験の成績として提出されたものではないこと,?A本件米国臨床試験の実施者において追加臨床試験を実施した意図が,日本における承認に向けたものではなく,米国におけるレジオネラ菌に起因する市中肺炎の承認のための追加データを作成する点にあったといえること,?B本件米国臨床試験を日本における医薬品の製造(輸入)承認に使用する場合には厚生省(当時)の担当課への事前相談をするのが通常であるのに,その事前相談がされなかったこと,?C本件米国臨床試験の終了から約4年も経過した後に,第一製薬が,日本国内においてレボフロキサシンについてレジオネラ属に対する効能・効果を追加する一部変更承認を得るために最初に医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(甲52参照)に対して相談をした際にも,海外における臨床試験成績は,用法・用量が異なるので参考資料として位置付けたい旨を説明しており,本件米国臨床試験の成績を日本における承認のための臨床試験データとして使用する意図が認められなかったこと,などである,(3)他方,第一製薬がした「白人および日本人の健常成人を対象とした薬物動態試験」(以下「本件国内臨床薬理試験」という。)は,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集に該当するから,治験届を提出して同試験を開始した日である平成15年8月29日から本件承認了知日の前日までの期間2年6月5日の延長登録を認めるのが相当である,(4)したがって,本件延長登録の延長期間4年11月7日のうち,上記の本件国内臨床薬理試験に係る期間2年6月5日を超える期間については,特許発明実施をすることができなかった期間を超えているので,その延長登録については特許法125条の2第1項3号によりこれを無効とする,というものである。
当事者の主張
1 取消事由に関する原告の主張審決には,以下のとおり,(1)特許法153条2項の趣旨違反(取消事由1),(2)本件米国臨床試験の実施期間を延長期間に算入しなかった誤り(取消事由2),(3)日本の承認に向けた活動再開日から本件国内臨床薬理試験開始日までの期間を延長期間に算入しなかった誤り(取消事由3)がある。
(1) 取消事由1(特許法153条2項所定の手続違反)審決は,延長登録の可否について特許庁が定めた審査基準における「臨床試験」の要件(??処分を受けるために必要不可欠であること,??その試験の遂行に当たって方法,内容等について行政庁が定めた基準に沿って行う必要があるため企業の試験に対する自由度が奪われていること,??処分を受けることに密接に関係していること)の存否を検討することなく,?@臨床試験は,日本のみでの承認申請を目的としたものに限る,?A日本の承認申請のためにしたというためには,米国での臨床試験の実施の前に,日本の医薬当局と事前に相談をする必要がある,?B日本の承認申請において,「参考資料」として提出された米国の臨床試験は,日本の承認申請のためにしたものとはいえない,とする独自の限定的な解釈基準を設定し,これに基づく認定判断をした。
しかし,「審判長は,前項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときは,その審理の結果を当事者及び参加人に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならない。」と規定する特許法153条2項の趣旨に照らせば,審判長が,そのような審査基準とは異なる審判体独自の限定的な解釈基準に基づいて審判をするのであるならば,その解釈基準について審理中に原告に対して主張及び立証の機会を与えるべきであった。
そうであるのに,そのような機会を与えることなくされた審決には,特許法153条2項所定の手続違反があるから,審決は取り消されるべきである。
(2)取消事由2(本件米国臨床試験の実施期間を延長期間に算入しなかった誤り)審決は,「1996年に開始された本件米国臨床試験が,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集に該当するとはいえないことは明らかである。」(審決書16頁23行〜25行)と判断し,本件米国臨床試験の実施期間は,特許法67条2項の「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」に当たらない旨の判断をした。
しかし,審決には,その判断を示す過程において次のような各誤りがあり,その結果として,上記の誤った判断に至ったものであるから,取り消されるべきである。
ア 本件承認申請時に新たに実施した試験であるか否かを考慮した誤り審決は,「本件米国臨床試験の成績は,本件承認にあたって申請者により新たに行われた臨床試験の成績として提出されたものではない。したがって,申請手続き上,この臨床試験が,本件承認のために新たに行われたものでないことは明らかである。」(審決書16頁13行〜16行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」に該当するかどうかは,あくまで当該外国での臨床試験が,日本での承認を受けることが必要であるためにされたものであり,その外国での臨床試験がされている間,日本において特許発明実施をすることができなかったかどうかにより判断されるべきであり,本件承認申請に当たり新たに実施された試験であるか否かによって決められるべきではない。したがって,本件承認申請時に新たに実施した試験であるか否かを考慮したかのような上記審決は,誤りである。
イ 本件米国臨床試験の実施意図に係る認定の誤り審決は,「本件米国臨床試験の実施者がレジオネラ菌起因の市中肺炎治療についての追加臨床試験を実施した意図は,日本における承認にむけたものではなく,米国におけるレジオネラ菌に起因する市中肺炎における承認のための追加データの作成であることは明らかである。」(審決書16頁下から3行〜17頁1行)と認定した。
しかし,審決の上記認定は,次のとおり誤りである。
(ア) 本件米国臨床試験を実施した意図第一製薬は,本件特許発明の日本特許出願に基づく米国出願に係る米国特許権について,平成3年5月28日,J&J社との間で,独占的実施権設定契約(以下「本件ライセンス契約」という。)を締結した。そして,上記本件ライセンス契約書(甲21の2,4条4項)において,第一製薬が研究開発計画の結果を使用する権限を有すると定め,いわゆる「生データ」へのアクセスを可能としたのは,米国の生データ等を日本の承認手続にも利用する意図があったからである。
(イ)また,本件ライセンス契約に基づいて,J&J社の子会社であるPRI社が,平成3年11月11日から実施し,平成7年12月15日に報告書にまとめた米国の初回申請時の臨床試験(以下「米国初回臨床試験」という。)において,レジオネラ・ニューモフィラ(レジオネラ属の1つ)を起炎菌とする肺炎(以下「レジオネラ肺炎」という。)について10症例のデータを取得した。これは,日本にはレジオネラ肺炎の症例が少なかったことから,米国において臨床試験を行い,これを米国のほか日本の製造承認にも利用しようとする目的に基づくものであった。
(ウ)さらに,平成8年10月27日から平成10年7月21日にかけて,やはりPRI社が,上記10症例では少ないと指摘されるのに備えて,ペニシリン耐性又はエリスロマイシン耐性の肺炎球菌を起炎菌とする肺炎についての米国での効能追加申請の際に本件米国臨床試験を実施し,レジオネラ肺炎についても37症例のデータを取得した。本件米国臨床試験も,米国のほか日本の製造承認にも利用しようとする目的に基づくものであった。そのため,第一製薬の担当者がPRI社の担当者とも頻繁に協議をした(甲20・原告従業員T作成の陳述書並びに資料3〔同Tのメモ〕,資料4〔PRI社からのファックス〕,資料5〔議事録〕及び資料6〔議事報告〕)。なお,本件米国臨床試験開始(平成8年10月27日)から約2か月後の平成8年12月20日には米国でのレジオネラ肺炎についての承認がされ,結果的にはレジオネラ肺炎10症例のみに係る平成7年12月15日作成の米国初回臨床試験報告書のみがその承認に用いられた。
(エ)以上のとおりJ&J社が行った臨床試験は,実質的には第一製薬の委託による試験であり,さらに,第一製薬は,レボフロキサシンの日本を含めた国際的開発を視野に入れ,可能な限り多くの効能につき承認を取得するという観点から,米国でのレジオネラ属菌が起炎菌の1つである市中肺炎(CAP)の治験に関心を持ち,意見を交わし,特に,本件米国臨床試験の開始時である平成8年7月当時には,市中肺炎(CAP)に代表される疾患の補強臨床試験として臨床第III相b試験(本件米国臨床試験)に重大な関心を持ち,積極的に関与し,その後もレボフロキサシン(クラビット錠)の効能追加等の努力をしていたのであるから(甲20,甲53,8頁),本件米国臨床試験は,第一製薬が日本でのレジオネラ属に対する追加承認を受けるという目的をも併存させて行われたものであるといえる。
ウ 事前相談に係る判断の誤り審決は,「乙第10号証によれば,一定の条件下で,外国で実施された臨床試験データを日本における医薬品の製造(輸入)承認に使用することが可能であるが,その場合には,厚生省(当時)の担当課への事前相談や,・・・が必要であるとされている。そうすると,第一製薬が,本件米国臨床試験のデータを上記のライセンス契約に基づき日本における承認に使用することを意図していたとすれば,この臨床試験を実施するに際し,事前に,日本の審査当局に,・・・相談を行うと考えるのが自然であるが,これらの相談を行ったことを裏付ける証拠はなんら提出されていない。」(審決書17頁2行〜16行)と判断した。
しかし,審決の上記認定は,誤りである。すなわち,当時の昭和60年薬務局長通知「第4,1」は,「外国で実施された臨床試験データを製造(輸入)承認申請資料として提出する場合にあっては,厚生省薬務局審査第一課,第二課及び生物製剤課は事前の相談に応じるものであること。」(甲25)と規定していたが,日本での承認申請時よりも前に「事前の相談」をすることができることを規定していたものであり,外国での臨床試験実施時よりも前に相談すべきことを定めているわけではなかった。上記通知が適用されていた当時における日本の医薬当局による治験及び承認の審査の実務においても(なお,平成10年医薬安全局長通知により事前相談の制度は廃止された。),外国の臨床試験を実施するに先立ち,医薬当局に事前の相談をするようなことはされていなかった。それにもかかわらず,審決は,「事前の相談」を外国での臨床試験の実施に先立って日本の医薬当局と相談すべき趣旨に誤解しているから,誤りである。
エ 医薬品の承認申請における「参考資料」に係る誤り審決は,「第一製薬の,日本においてレボフロキサシンについてレジオネラ属に対する効能・効果を追加する一部変更承認にむけた最初の活動は,米国での臨床試験の開始後5年以上,終了後略4年経過した後の2002年7月16日に行った薬品副作用被害救済・研究機構(その後,医薬品医療機器総合機構に改組された)に対する治験成分記号「DR-3355」(レボフロキサシン)についての初回治験相談の申し込みである。
しかも,乙第12号証の参考資料12によれば,当該相談において,第一製薬は,非定形肺炎に対する効能追加を目的とした臨床試験を実施することが妥当であり,申請データパッケージとしては,基礎データと非対照試験による国内臨床試験成績から構築し,海外における臨床試験成績は,用法・用量が異なることから参考資料として位置づけることを考えていると説明しており,本件米国臨床試験の成績を日本における承認のための臨床試験データとして使用する意図は認められない。」(審決書17頁17行〜29行)と認定判断した。
しかし,審決の上記認定判断は,次のとおり誤りである。
(ア) 審決は,以下のとおり,第一製薬の説明の意図を誤認した。
第一製薬が平成14年10月4日に医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構に対してした相談は,日本での臨床試験において一定数の症例を得ることが困難であろうと考えられていたレジオネラ肺炎よりも,比較的,症例を得やすいと考えられていたマイコプラズマ及びクラミジアを起炎菌とする肺炎について,その日本における臨床試験を主たる対象とするものであった。そこで,第一製薬は,マイコプラズマ及びクラミジアを起炎菌とする肺炎については,少なくとも米国初回臨床試験データを「参考資料」扱いにする意思を表明したのであり,レジオネラ肺炎については日本で臨床試験データを得ることができない場合には「本資料」にしようと考えていた。そうであるのに,審決は,マイコプラズマ及びクラミジアを起炎菌とする肺炎についての第一製薬の上記説明を,レジオネラ肺炎についてのものと理解した点に誤りがある。
(イ)本件において,米国の臨床試験データが,いわゆる「臨床データパッケージ」の主たる内容を構成しているにもかかわらず,「参考資料」とされたのは,平成11年2月1日研第4号,医薬審第104号厚生省健康政策局研究開発振興課長及び医薬安全局審査管理課長通知「適応外使用に係る医療用医薬品の取扱いについて」(甲14)に基づき,一定の場合において,臨床試験の全部又は一部を新たに実施することなく,適応外使用に係る効能等が医学薬学上公知であると認められる場合には,それらを基に当該効能等の承認を認める制度(いわゆる「公知申請」の枠組み)が適用され,米国の臨床試験データが新たな臨床試験を省略する根拠資料ともされた際に,「医学薬学上公知」であることをも裏付ける資料については「参考資料」とするとの医薬当局の一般的な方針に基づく取扱いがされたことによる。このように日本の医薬当局が,米国の臨床試験データを「参考資料」とし,「原資料」の調査を不要とする取扱いをしているのは,日本と同等又はそれ以上の厳しい基準を採用している米国での臨床試験に対する高い信頼性を付与したものであって,本件承認時の本件米国臨床試験の重要性を低下させるものではない。実際に,本件承認においては,米国での臨床試験データのみが,レボフロキサシンのレジオネラ肺炎の症例に対する抗菌剤としての有効性及び安全性の根拠とされた。米国初回臨床試験(10症例)に加えて,本件米国臨床試験(37症例)のデータがなければ,レボフロキサシンのレジオネラ肺炎に対する有効性及び安全性を立証することができず,本件承認もされなかったものである。したがって,単に「参考資料」としての取扱いがされたという形式的な理由により,日本における承認申請に向けられた臨床試験ではないとする審決の論理は,形式的であり,誤りである。
オ 本件米国臨床試験の実施前の相談等を前提とした認定判断の誤り審決は,「被請求人が主張するように,たとえ,本件米国臨床試験の開始時である1996年7月当時に第一製薬には,日本でレジオネラ肺炎の効能拡大を申請したいとの意思があり,その際に,本件米国臨床試験のデータを有効利用したいとの意思を有していたとしても,臨床試験の実施時点で日本における具体的な承認に向けた活動が行われていない以上,このことは,単に,将来,レジオネラ感染症に関する国内臨床試験の実施が可能となる等状況が整えばそうしたいという希望を有していたことを意味するにすぎず,これをもって,本件米国臨床試験が,日本におけるレボフロキサシンについてレジオネラ属に対する効能・効果を追加する一部変更承認である本件承認を受けるために行われたものであるとすることはできない。」(審決書18頁9行〜18行)と認定判断した。
しかし,審決の上記認定判断は誤りである。すなわち,審決には,前記のとおり,事前相談が本件米国臨床試験の実施前に日本の医薬当局に対してされなければならないという誤解がある。また,米国での臨床試験の結果が明らかではなく,レジオネラ肺炎の症例の数も分からないうちに,日本における具体的な承認申請に向けた活動をすることは,およそ困難である。したがって,第一製薬が米国での臨床試験の結果が確定するのを待機していた状態をもって,単に「希望を有していたことを意味していたにすぎない」などとした審決の上記判断は,誤りである。
カ 本件米国臨床試験の本件承認における重要性に係る認定判断の誤り審決は,「被請求人は,本件米国臨床試験の成績を第一製薬のみが厚生当局への申請を含めて使用することができたこと(口頭陳述要領書(平成20年7月30日付け)の第9頁第12行〜第11頁第1行),さらに,本件米国臨床試験の成績が,公知申請が妥当であることを示すための資料としてだけでなく,本剤(レボフロキサシン)単独のレジオネラ肺炎に対する有用性が担保できることを示すために必要な資料でもあったこと(上申書2(平成20年8月28日付け)の第9頁第12行〜第11頁第18行)を理由に,本件米国臨床試験は,本件承認を受けるのに必要な臨床試験であると主張するがこれらのことは,本件米国臨床試験が本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集に該当することを裏付けるものではないし,上記ア)〜ウ)の事項に基づく,本件米国臨床試験は,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集に該当するとはいえないとの判断に影響するものではない。」(審決書18頁19行〜31行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は誤りである。
(ア)一般に効能・効果を追加するための承認申請においては,承認申請書の「第5部」の「5.3臨床試験報告書」(甲39の1及び2,甲41)に臨床試験データ又はそれに準じる資料を添付することが必要不可欠である(甲42の通知の「別表2-(1)」の「左欄」の「(4)新効能医薬品」に対応する「右欄」の「ト」〔臨床試験の成績に関する資料〕の項目に「○」〔資料が必要なことを意味する記号〕が付されている。)。
本件承認申請書においては,上記通知の「ト臨床試験の成績に関する資料」としての臨床試験データ又はそれに準じる資料として,?@「5.3.5.有効性および安全性試験報告書」に係る米国での臨床試験に係る資料が4件(米国での初回申請時の臨床試験に係る資料2件及び米国での効能追加時の臨床試験に係る資料2件)と,?A「5.3.3.臨床薬物動態(PK)試験報告書」に係る本件国内臨床薬理試験のデータ(甲17)1件とが添付されているにすぎない。
前者?@の本件米国臨床試験は,米国での承認手続のためのみならず,日本で症例を得ることが困難なレジオネラ肺炎についての症例を得るためにもされたものである。また,後者?Aの本件国内臨床薬理試験は,日本の医薬当局が,第一製薬に対し,米国での臨床試験データにおけるレボフロキサシンの用法・用量(500mg×1回/1日)が日本におけるレボフロキサシンの用法・用量(200mg×3回/1日)と異なる点について問題がないこと,すなわち,その有効性及び安全性が担保されることを説明することができるようにと指導したことにより実施されたものである(甲27,参考資料15第2葉2行〜7行)。したがって,米国の臨床試験データ(本件米国臨床試験)と本件国内臨床薬理試験のデータとを併せて初めて,日本での適応症例の追加に係る本件承認がされたものであるといえる。
(イ)また,審査報告書をみても,「海外における本剤と注射剤を合わせた有効性に関する評価,及び国内における本剤単独投与,並びに他の抗菌薬との併用投与の有効性に関する評価から,本剤単独レジオネラ肺炎に対する有効性は担保できるものと考える」(甲9,審査報告書19頁3行〜5行)とあるように,有効性の評価においては,海外(=米国)における本剤(=錠剤)と注射剤とを合わせた有効性に関する評価を用いて,レボフロキサシンの錠剤のレジオネラ肺炎に対する有効性の担保が認定されている。
さらに,安全性については,「国内外の臨床試験,国内使用成績調査,国内自発報告において,・・・・・・ことより,今回の申請用量における安全性に対する大きな懸念はないものと考える。」(甲9,20頁5行〜8行)とあるように,米国での臨床試験データも安全性の評価についての基礎におかれていたことが明らかである。このように,本件米国臨床試験のデータを始め,レジオネラ肺炎に係る合計47症例の米国の臨床試験データは,日本における承認審査のためにも必要とされた臨床試験のデータである。
以上アないしカのとおり,審決は,種々の誤った認定判断に基づき,本件米国臨床試験が,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集に該当するとはいえず,その実施期間が,特許法67条2項の「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」には当たらないとの誤った結論を導いたものであるから,取り消されるべきである。
(3)取消事由3(日本の承認に向けた活動再開日から本件国内臨床薬理試験開始日までの期間を延長期間に算入しなかった誤り)審決は,「本件米国臨床試験により,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集が開始したとすることはできない。したがって,日本における財団法人日本抗生物質学術協議会への回答日(2002年12月19日)が,米国における臨床試験終了日(1998年7月21日)以降中断していた本件承認の申請に向けて実施していた活動が再開した日であるとすることはできない。」(審決書18頁下から5行〜19頁1行),「本件承認のための所要の実験によるデータの収集を開始した日は,治験届を提出して本件国内臨床薬理試験を開始した日である2003年8月29日である。」(審決書20頁6行〜8行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
すなわち,前記のとおり,米国初回臨床試験の開始日(平成3年11月11日)が,本件承認を受けるための所要の実験によるデータの収集が開始した日である。その後の本件米国初回臨床試験が終了した平成10年7月21日以降,日本において臨床試験を実施しようとしてもレジオネラ肺炎の症例を得ることが困難であることや,簡便な確定診断キットである尿中抗原検出キットも平成15年までは導入されていなかったことなどにより,やむを得ず,日本での承認に向けた活動が中断されていたが,その中断期間を経て,遅くとも,第一製薬が,日本の医薬当局の指導に応えて,平成14年12月19日,レジオネラ肺炎についての効能・効果の追加の要望を日本抗生物質学術協議会へ回答した時点において,上記期間は,再び進行を開始したものというべきである(甲29参照)。また,実際の治験計画届の提出前には,医薬当局と新たな臨床試験が必要かどうか,どのような枠組みで承認申請をするかなどの協議をしたり,臨床試験を実施してくれる医師を探して依頼したりする作業期間が必要であり,これらの準備期間は,実質的にみても,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明実施をすることができない期間」に該当するというべきであり,特許庁もそのような運用をしている(甲29,34参照)。
そうであるのに,審決は,当該期間の始期を,本件承認に向けられた継続的活動の再開時である平成14年12月19日ではなく,レジオネラ肺炎についての効能・効果の追加の要望に基づいて,第一製薬が治験計画届を医薬当局に提出した平成15年8月29日であるとしているから,誤りである。
2 被告らの反論(1) 取消事由1(特許法153条2項所定の手続違反)に対し原告は,審判体は,特許庁の審査基準に反して独自の限定的な解釈基準を設定して判断したのに,その点について原告に主張立証の機会を与えていないから,特許法153条2項の趣旨に違反した手続違背があると主張する。
しかし,審決は,本件米国臨床試験の期間が「特許発明実施をすることができない期間」と評価できるのか否かという観点から当事者の十分な主張立証を踏まえ,かつ特許法67条2項の条文を極めて素直に解釈した上で,的確に審理判断をしているから,原告の上記主張は理由がない。
(2)取消事由2(本件米国臨床試験の実施期間を延長期間に算入しなかった誤り)に対し原告は,本件米国臨床試験の実施期間が特許法67条2項の「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」に当たると主張する。
しかし,次のとおり原告の主張は理由がない。
ア審査においては,臨床試験のデータ自体には重きが置かれておらず,米国等の多数の国で承認されている事実や,教科書や種々のガイドラインにおいて使用が奨励されている事実が斟酌されているものであり,本件米国臨床試験のデータは,まさに使用実績に関する種々の参考資料の中の1つとされたにすぎないのであって(甲9,13頁,2)),本件承認に必要不可欠なものであったとはいえない。
なお,そのことは,フルオロキノロン系抗菌薬(レボフロキサシンもその1つである)に属する他の薬効成分(メシル酸パズフロキサシン)について,他の製薬企業が,公知申請を利用して,外国での臨床試験成績がなくても,レジオネラ属に対する効能追加の承認を取得した事例(甲10)が存在することからも明らかである。
イまた,仮に米国等において承認がされた事実のみならず,それらの承認申請に添付された資料が実質的に有効性や安全性の観点から考慮されたとしても,本件においては,それはあくまでも初回申請の添付資料(米国初回臨床試験の資料)で足りているから,追加試験で得られた本件米国臨床試験のデータは,日本の本件承認においても必要不可欠なものではなかった。
なお,原告は,本件承認に係る用法・用量を導く上で本件米国臨床試験のデータが必要不可欠であったかのように主張する。しかし,米国承認の用法用量自体は米国での承認内容から明らかであるし,仮にその米国承認の用法用量が適切なものであるかどうかの裏付けデータが必要とされたとしても,それは米国初回臨床試験の10症例のデータで十分であり,追加試験で得られた本件米国臨床試験のデータは不要である。本件米国臨床試験は米国承認においてさえも不要とされたからこそ,承認後にその試験目的が途中で変更されたのであり,そのように米国でのレジオネラ肺炎に対する承認において不要であった本件米国臨床試験がその後の日本の承認において必要不可欠とされるはずがない。
ウ原告は,米国初回臨床試験の開始当時から,米国での本件ライセンス契約の締結先であるJ&J社の子会社であるPRI社と協調して,日本での承認をも得ること目的として,レジオネラ肺炎を適応とする臨床試験を米国において実施していたが,レジオネラ肺炎の症例が日本では少ないこと,及び日本には迅速な確定診断検査キットも承認されていなかったことから,やむを得ず日本での承認申請手続を中断し,時期が遅れてから公知申請とせざるを得なかった旨主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。
すなわち,本件米国臨床試験報告書(甲16)が完成した平成11年3月30日よりも約2年前の平成9年4月26日には,医機発317号通知(甲52)に基づき医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構において治験相談業務が開始されていた。したがって,第一製薬は,仮に本件米国臨床試験が第一製薬の日本におけるレボフロキサシンのレジオネラ肺炎の承認申請をも目的とし,かつ第一製薬の監督下にされていたものとするならば,その試験報告書が完成した平成11年3月30日の直後に上記機構に対し,日本ではレジオネラ肺炎症例が少なく,かつ診断検査キットもない事情を説明し,昭和60年薬発第660号通知(甲25。外国で実施された医薬品等の臨床試験データの取扱いについて)に従って承認申請することにつき事前相談を行ない,直ちに米国臨床試験に示されたレジオネラに対する有効性を日本人に外挿するために必要な臨床薬理試験の治験計画届を出し,本件米国臨床試験データと日本での臨床薬理試験データのデータパッケージの下で承認申請をすることができたはずである。ところが,第一製薬は,そのような手続をすることなく,本件米国臨床試験の終了,報告から4,5年も経て,レボフロキサシンのレジオネラに対する有効性が世界中に知れ渡った時点で公知申請を行った。第一製薬は,本件米国臨床試験データを本件承認に使用する意思や計画を有しておらず,たまたま外国のラインセンシーの子会社がかつて実施していた米国での臨床試験データ(本件米国臨床試験データ)を,日本での審査資料として提出したにすぎない。米国での臨床試験データは,日本での承認申請に向けられた臨床試験(日本の承認審査につき法令上要求されているがゆえに実施した試験)ではなく,また,本件承認の結論に影響を与えるデータではないという意味で,本件承認と密接関連性を有しない。
(3)取消理由3(日本の承認に向けた活動再開日から本件国内臨床薬理試験開始日までの期間を延長期間に算入しなかった誤り)に対して原告は,平成14年12月19日にレジオネラ肺炎についての効能・効果の追加の要望を出した時点において,日本の承認申請に向けられた継続的活動が再開され,「政令に定めるものを受けることが必要であるため」の期間に該当すべき期間が,再び進行を開始した旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,失当である。
アすなわち,前記のとおり,本件米国臨床試験は,本件承認を受けるために必要な試験には当たらないから,同試験が「承認を受けるのに必要な試験」であることを前提にして,その中断後の再開日(原告主張の平成14年12月19日)をもって「政令に定めるものを受けることが必要であるため」の期間に該当する期間が再び進行を開始したとすることはできない。「承認を受けるのに必要な試験」は,本件国内臨床薬理試験であるから,「特許発明実施をすることができなかった期間」の始期は,その本件国内臨床薬理試験を開始した日,すなわち,その治験届を提出して本件国内臨床薬理試験を開始した平成15年8月29日であるというべきである。したがって,これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。
イなお,規制当局への事前相談前に,その背景と相談の内容を予め通知した書面(甲27添付の参考資料16,1頁下から2行〜2頁3行)においては,「平成14年11月6日に厚生労働省医薬局審査管理課並びに医薬品医療機器審査センターから,『抗菌薬の適切な効能効果の確認』作業を委託された日本化学療法学会の指示により,日本抗生物質学術協議会を通じ,LVFXにレジオネラ肺炎の効能追加の希望を昨年12月末に提出したことにより,前述の効能追加開発の準備を中断し,『抗菌薬の適切な効能効果の確認』作業に関わる規制当局の指導を待っている状況にあります。」と記載されており,平成14年12月19日のレジオネラ肺炎についての効能・効果の追加の要望を日本抗生物質学術協議会に提出した後,この効能追加開発の準備(つまり,公知申請や薬物動態試験の準備を指す。)を中断したことを原告自身が明らかにしている。
また,原告が平成15年5月28日に当局に事前相談(ヒアリング)した際の社内報告メモ(甲27の参考資料15,2頁「報告者所感」)においても,「今回の相談結果を踏まえ,当社としては用法用量の理論武装データを新たに作成する目的から,白人および日本人の健常成人を対象とした薬物動態試験,動物病態モデル等の試験を早急に開始したいと考える。」と記載されている。
これらの事実経過からすると,第一製薬が日本抗生物質学術協議会にレボフロキサシンのレジオネラ肺炎の効能追加の希望を表明した平成14年12月19日(原告主張の日本における所要の実験データ収集開始日)から約5か月間も効能追加開発活動が中止されていたことが窺われるから,そのような中断期間が生じ得る曖昧な期間を算入するような恣意的な日をもって,特許発明実施をすることができなかった期間の始期とすべきではない。また,正式な治験計画届出が未だ医薬当局に提出されていない段階の,いわば原告における社内的検討期間ともいい得るような曖昧な準備期間をもって,所要の実験によるデータのために客観的に不可避な期間であるとすることは,恣意的な存続期間の延長を認めることになって不当である。よって,取消理由3の原告の主張も失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法153条2項所定の手続違反)について原告は,審判体は,特許庁の審査基準に反して独自の限定的な解釈基準を設定して判断したのに,その点について原告に主張立証の機会を与えていないから,特許法153条2項の趣旨に違反した手続違背があると主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり理由がない。
特許法153条2項は,審判において当事者又は参加人が申し立てない理由について職権で審理した場合の規定である。ところで,本件は,審判体が,被告らの主張する延長登録の無効理由とは異なる理由について職権で審理判断したものではない。すなわち,被告らは,審判段階においては,本件米国臨床試験の期間を,特許法67条2項の「特許発明実施をすることができない期間」に算入するべきではなく,延長期間に算入されるべき期間は,第一製薬が厚生労働省にレジオネラ属に対する効能追加の承認を申請した平成17年1月27日から承認了知日である平成18年3月6日までの1年1月6日のみであるか,そうでなくとも治験届日である平成15年8月29日から上記承認了知日までの2年6月5日のみであると具体的に主張し,本件延長登録により延長された期間4年11月7日は,本件特許発明実施をすることができなかった期間を超えているとの理由により,特許法125条の2第1項3号の無効事由があると主張している。そして,この被告ら主張の延長登録無効事由に対しては原告も十分な主張立証をした上で,審決がその争点について審理判断をしたものであると認めることができる(審決書,審判において原告が提出した甲16〜20)。そうすると,本件の審判の審理判断の過程において特許法153条2項所定の手続違背があるとはいえず,この点に係る原告の上記主張は理由がない。
2取消事由2(本件米国臨床試験の実施期間を延長期間に算入しなかった誤り)について(1) 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨について特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。「その特許発明実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。
政令で定められた薬事法の承認等は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明実施することができなかったすべての期間(ただし,5年の限度以内である。)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明実施する意思及び能力があってもなお,特許発明実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象としている。以上によれば,「その特許発明実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味すると解すべきである(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)。
以下,上記の趣旨を前提として,本件米国臨床試験等の実施期間が,特許法67条2項所定の薬事法14条7項の承認を受けることが必要であるために,「その特許発明実施をすることができない期間」に該当するか否かを判断する。
(2) 事実認定ア独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下「機構」という場合がある。)は,本件承認に先立って審査を実施し,審査報告書(甲9)を作成した。
同報告書によれば,機構は,日本における本件承認前の審査において,以下の(ア)ないし(エ)を根拠として,本剤のレジオネラ肺炎に対する使用が医学薬学上公知であることを認定し,公知申請を妥当であると認め,本剤・レボフロキサシン(以下,「本剤」という場合がある。)の使用実績や有効性を裏付けるための新たな臨床試験を求めることなく,本剤に従来承認されていた効能・効果にレジオネラ肺炎(「適応菌種」に「レジオネラ属」)を追加することが相当であると判断した。
(ア)本剤は海外115ヵ国で承認され,そのうち,レジオネラ肺炎の適応を有する国は,米国,カナダ,イギリス,フランス,ドイツ等,60ヵ国であること(イ)国内での使用実績を示す28報49例のほか,海外での使用実績を示す米国承認申請資料における米国初回臨床試験10例と,本件米国臨床試験37例の報告があること(ウ)国際的に評価された教科書であるハリソン内科学(原著第16版)において,フルオロキノロン系薬(本剤を含む。)がレジオネラに対して試験管内薬剤感受性試験,細胞内モデル,動物モデルのいずれにおいても活性が高く,また,臨床試験においても多数のレジオネラ症例において有効性が示されている旨が記載されており,その他のマンデル感染症学・理論と実際第6版や,セシル内科学第22版といった標準的な教科書においても,本剤の投与がレジオネラ肺炎患者に対して有効である旨が記載がされていること(エ)米国感染症学会市中肺炎ガイドラインにおいて,入院を要するレジオネラ症患者にフルオロキノロン系薬(本剤が例示されている。)の投与が推奨されており,米国胸部学会成人市中肺炎ガイドラインにおいても,非定型病原体(レジオネラ肺炎を含む)に対してはフルオロキノロン系薬(本剤を含む)の投与が推奨されており,日本呼吸器学会の「成人市中肺炎診療の基本的考え方」においても,レジオネラ肺炎が疑われる患者に対してフルオロキノロン系薬の使用が記載されていることイところで,米国では,平成18年3月6日の本件承認了知日より約10年も前である平成8年(1996年)12月20日に,本剤のレジオネラ肺炎に対する効能・効果が追加承認された。その承認申請に提出された臨床試験データは,レジオネラ肺炎10例を対象とし,その9例について有効とされた米国初回臨床試験の成績のみであった。本件米国臨床試験は,米国当局から,症例の不足を指摘されることに備えて開始されたものであったが,その臨床試験開始からわずか約2か月後にレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認がされ,本件米国臨床試験が不要となり,途中から,ペニシリン耐性又はエリスロマイシン耐性肺炎球菌による肺炎患者を対象としたものに試験目的を変更して試験を続行した経緯が存在する(甲16,25頁,2)。
ウ機構は,本剤と同じくフルオロキノロン系薬の1つであるメシル酸パズフロキサシン(PZFX)のレジオネラ感染症への適応の追加の可否についても審査を実施したが,その審査に係る審査報告書(甲10)によれば,メシル酸パズフロキサシンのレジオネラ肺炎に対する使用が医学薬学上公知であると判断した根拠として,以下の点を挙げている(甲10.11頁下から14行〜12頁下から12行)。
(ア)国際的に評価された教科書であるハリソン内科学(原著第15版)において,フルオロキノロン系薬(メシル酸パズフロキサシンの例示はない。)がレジオネラ感染症に対して試験管内薬剤感受性試験,細胞内モデル,動物モデルのいずれにおいても活性が高く,また,臨床試験においてもその有効性が示されている旨が記載されていること(イ)米国感染症学会市中肺炎ガイドラインにおいて,入院を要するレジオネラ症患者にフルオロキノロン系薬(メシル酸パズフロキサシンの例示はない。)の投与が推奨されており,米国胸部学会成人市中肺炎ガイドラインにおいても,非定型病原体(レジオネラ肺炎を含む)に対してはフルオロキノロン系薬の投与が推奨されており,日本呼吸器学会の「成人市中肺炎診療の基本的考え方」においても,レジオネラ肺炎が疑われる患者に対してフルオロキノロン系薬の使用が記載されていること(ウ) 国内での使用実績を示す6例の報告があることエなお,機構が審査の前提として作成した審査報告書(甲9)には,以下のとおりの記載がある。
「?U.提出された資料の概略及び医薬品医療機器総合機構(以下,機構)における審査の概要1.起原又は発見の経緯及び外国における使用状況等レボフロキサシン(以下「LVFX」)は,昭和60年に発売されたラセミ体であるオフロキサシンの一方の光学活性S・(-)体であり,オフロキサシンと同様に第一製薬株式会社において創薬されたフルオロキノロン系抗菌薬である。
LVFXは,平成5年10月に本邦で承認され,同年12月に『クラビット錠』,『クラビット細粒』として発売された。その後,平成12年8月に腸チフス,パラチフスの効能・効果が追加承認され,平成14年3月には,炭疽,ペスト,野兎病,ブルセラ症及びQ熱の効能・効果が追加承認されている。
平成15年1月に,社団法人日本化学療法学会より本剤について,レジオネラ属,レジオネラ感染症に対する適応拡大の要望が厚生労働省になされた。これを受け,厚生労働省医政局研究開発振興課から申請者に対し,レジオネラに対するLVFXの追加効能取得の可能性について照会がなされた。申請者は本申請の可能性を下記のとおり検討した。
・国内におけるLVFXのレジオネラ肺炎に対する適応外使用の実績が報告されている。
・米国における初回申請時の臨床試験成績がある。
・国際的に信頼できる学術雑誌への掲載がある。
・米国感染症学会(IDSA)の肺感染症抗菌薬療法ガイドラインにおいて,LVFXを含むフルオロキノロン系薬がレジオネラ肺炎の入院患者に推奨されている。
・各種標準的な教科書においても,レジオネラ感染症の治療におけるニューキノロン系抗菌薬の有用性が記載されている。
以上の検討結果より,臨床試験を新たに実施することなく,『適応外使用に係る医療用医薬品の取扱いについて』(平成11年2月1日,研第4号,医薬審第104号)に基づき申請することが可能であると申請者は判断し,今般,申請されるに至った。
なお,平成17年9月現在,本剤は海外115ヵ国で承認され,そのうち,レジオネラ肺炎の適応を有する国は,米国,カナダ,イギリス,フランス,ドイツ等,60ヵ国である。」(甲9,5頁7行〜31行)「4臨床に関する資料」(甲9,7頁下から9行)「(??)有効性及び安全性試験成績の概要<提出された資料の概略>本申請に際し,新たな臨床試験は実施されず,臨床的有効性に関する資料として,本剤の米国初回申請資料における有効性に関する評価の概要,米国効能追加申請資料として提出されたペニシリン耐性またはエリスロマイシン耐性肺炎球菌による肺炎患者を対象とした非盲検非対照試験の1試験,国内のレジオネラ肺炎に対する本剤投与症例の特別調査報告1報,本剤を対照薬として実施された市中肺炎患者に対するテリスロマイシンの第?V相二重盲検比較試験の公表論文1報,及び国内症例報告並びに国内症例集積報告25報が参考資料として提出された。」(甲9,10頁12行〜19行)「<機構における審査の概略>機構は主として以下の検討を行った。
(1) 公知申請の妥当性について機構は,公知申請の妥当性について,下記の各々の観点から審査を行った。
1)欧米等における承認状況本剤はフルオロキノロン系薬剤のひとつであり,本剤が承認されている115ヵ国中,米国等60ヵ国においてレジオネラ肺炎の適応症が承認されている。
2)医療における使用実績機構は,フルオロキノロン系薬である本剤の国内外でのレジオネラ肺炎の使用状況について,市販後データ,公表文献,学会報告等を調査し,説明するよう申請者に求めた。
これに対し,申請者は以下のように回答した。
国内の使用実績については,本邦における本剤のレジオネラ感染症に対する使用実態を,学会報告を含めて検索した結果,今回の一変承認申請時までに収集した国内文献報告に加え,新たに文献報告1報1例を収集した(機構注:今回の一変承認申請時までに収集された報告を含め28報49例)海外の使用実績については,新たに収集された報告はない(機構注:今回の一変承認申請時に提出された,本剤の米国承認申請資料における47例)。
3)成書における記載フルオロキノロン系薬は,国際的に評価された教科書並びに,国内外の診療ガイドラインにおいて,レジオネラ感染症に対して推奨される治療薬として,以下のように記載されている(機構注:申請者の回答,及び提出された資料について機構の確認した内容を示す)。
国際的に評価された教科書であるハリソン内科学(原著第16版)(Harrison's Principles ofInternal Medicine 16edition,McGraw-Hill Published,2005)によると,新しい世代のマクthロライド系薬(特にアジスロマイシン(AZM))とフルオロキノロン系薬は,EMに代わって選択される抗菌薬であり,EMと比較するとAZM,CAM,ロキシスロマイシンなどの新しい世代は,優れた試験管内抗菌活性を有し,細胞内移行性も良好で,気道分泌液と肺組織における濃度もより高いとされている。また,EMが1日4回投与であるのに対し,新しい世代のマクロライド系薬とフルオロキノロン系薬の薬物動態は1日1〜2回の投与が可能であるという特徴がある。フルオロキノロン系薬(本剤,CPFX,pefloxacin,ゲミフロキサシン(GMFX),モキシフロキサシン(MFLX))は,どのマクロライド系薬よりもレジオネラに対して試験管内薬剤感受性試験,細胞内モデル,動物モデルのいずれにおいても活性が高く,更に,臨床試験においても多数のレジオネラ症例においてフルオロキノロン系薬による治療の有効性が示されている。また,臨床症状が改善するまでは経静脈投与を選択し,その後は経口投与に変更するとされている。レジオネラ肺炎に対する本薬の用法・用量は,経口投与又は経静脈投与で,1回500mgを1日1回(初回投与のみ2倍量の投与が推奨される)とされている。
マンデル感染症学,理論と実際第6版(Mandell Douglas,and Bennett's Principles and Practice of Infectious Disease.6edition,Churchill and Livingstone,2005)においては,レジオthネラ症に対する治療に用いられる抗菌薬の選択は,患者の重症度,免疫状態,薬剤の毒性,薬剤のコストにより行われるべきであるとされている。外来管理が可能な軽症で免疫機能の低下がみられない患者では,EM,AZM,TEL,CAM,DOXY及びキノロン系抗菌薬(本剤,CPFX,GFLX,モキシフロキサシン(MFLX))の経口投与が,入院が必要又は免疫機能の低下がみられる患者では,AZM又は本薬の静注内投与を第一選択薬として,CPFX経口投与,MFLXの静注内投与,又はEM静注内投与とRFP経口投与の併用が第二選択薬として推奨されている。レジオネラ肺炎に対する本剤の用法・用量は,免疫不全がない軽症の外来管理可能な患者に対しては,本剤1回500mgを1日1回7〜10日間経口投与,入院が必要又は免疫機能の低下がみられる患者には,本剤注射剤1回500mgを1日1回10〜14日間経静脈投与が推奨されている。
セシル内科学第22版(CECIL Textbook of Medicine,22 ed,SAUNDERS,2004)においては,免nd疫機能が正常で軽症〜中等症のレジオネラ肺炎患者に対してEM又はDOXYの代替薬として本剤1回500mgを1日1回経口投与,又は本剤注射剤1回500mgを1日1回経静脈投与5日間,免疫機能が正常で重症,又は免疫機能の低下がみられるレジオネラ肺炎患者に対しては,第一選択薬として本剤1回500mgを1日1回経口又は本剤注射剤1回500mgを1日1回経静脈投与7〜10日間行うことが推奨されている。
4)診療ガイドラインにおける記載海外の診療ガイドラインにおいては,以下のように記載されている。
米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America,IDSA)市中肺炎ガイドライン(Clin Infect Dis 37:1405-33,2003)では,入院を要するレジオネラ症患者には,AZMあるいは,フルオロキノロン系薬(本薬,MFLX,GFLX,GMFX)と記載されており,外来管理可能な患者には,EM,DOXY,AZM,CAMもしくはフルオロキノロン系薬が推奨されている。
また,米国胸部学会(American Thoracic Society,ATS)成人市中肺炎ガイドライン(Am J Respir Crit Care Med 163:1730-54,2001)においては,市中肺炎に対する治療は肺炎球菌と非定型病原体(機構注:レジオネラ属を含む)に対する抗菌作用を持つ抗菌薬の選択が原則とされ,心肺疾患等の合併症を有する外来患者,又はICU管理の不要な入院患者には新しい世代のフルオロキノロン系薬単剤の使用が,また,ICU管理の必要な肺炎患者にはβ-ラクタム系薬剤に静脈内投与のフルオロキノロン系薬の併用が,推奨される治療方法のひとつとして記載されている。
国内においては,日本呼吸器学会の『成人市中肺炎診療の基本的考え方』(2000年)において,非定型肺炎の患者,原因不明の重症肺炎患者,温泉旅行歴や循環風呂の使用歴を有するなど,レジオネラ肺炎が疑われる患者に対してフルオロキノロン系薬の使用が記載されている。同様に,日本呼吸器学会の『成人院内肺炎診療の基本的考え方』(2002年)においても,レジオネラ肺炎が否定できない重症肺炎患者及びレジオネラ肺炎が疑われる肺炎に対してフルオロキノロン系薬の使用が記載されている。
機構は,提出された参考資料において国内外での本剤の使用実績が確認されたこと,教科書・診療ガイドラインへの記載状況及び外国における承認状況から,レジオネラ感染症に対するフルオロキノロン系薬の使用は医学薬学上公知であると判断した。本剤はフルオロキノロン系薬のひとつであり,?@米国等において臨床試験による有効性・安全性の確認がなされ,その効能・効果が承認されていること,?A教科書や種々のガイドラインにおいてその使用が推奨されているものであることから,今般の申請は,平成11年2月1日付研第4号・医薬審第104号厚生省健康政策局研究開発振興課長・医薬安全局審査管理課長通知の記,2(1)の条件(外国において既に当該効能又は効果等により承認され,医療における相当の使用実績があり,その審査当局に対する承認申請に添付されている資料が入手できる場合),並びに,(2)の条件(『外国において,既に当該効能又は効果等により承認され,医療における相当の使用実績があり,国際的に信頼できる学術雑誌に掲載された科学的根拠となり得る論文又は国際機関で評価された総説等がある場合』)に該当すると考える。本剤の用法・用量については,米国承認用法・用量と異なるものとなっているが,国内における症例報告において今回レジオネラ肺炎に対する申請用量あるいはより少ない用量(1日300mg)においても有効性が確認されていること,及び国内臨床薬理試験(試験番号DR3355-28)における血中濃度のシミュレーションの結果より,今回の申請用法・用量で米国承認用法・用量と同様の有効性が期待できるものと考える(『(3)用法・用量について』の項参照)。」(甲9,13頁5行〜15頁20行)「(4)有効性について機構は,学会報告などを含め,本邦におけるレジオネラ感染症に対する本剤の使用実態を,申請時提出資料より更に広く検索した上で,報告されている症例における本剤の有効性について説明するように求めた。
申請者は,新たに収集された報告は,国内においてPZFX1回500mgを1日2回経静脈投与8日間後,本剤1日600mg経口投与に切り替えられ,治癒した1症例に関する1報のみであるため,今回の一変承認申請時までに収集した報告に基づいて以下のように回答した。
米国において本剤は,L.pneumophilaを起炎菌とする肺炎に対する効能・効果を既に取得している。その根拠となった臨床試験において本剤は,L.pneumophilaを起炎菌とする肺炎患者10例に対し9例が有効(有効率90.0%)と判定された・・・。また,ペニシリン耐性又はエリスロマイシン耐性の肺炎球菌を起炎菌とする肺炎に対する本剤の効能追加申請時の臨床試験成績において,L.pneumophilaを起炎菌とする肺炎患者37例に対し34例が有効(有効率91.9%)と判定された・・・。
国内においては,市中肺炎患者を対象としたTELの第?V相試験の中でL.pneumophilaを起炎菌とする肺炎患者6名に本剤が投与され,全例が有効と判定された・・・。他の国内報告においては,本剤は他の抗菌薬と併用されているケースがほとんどであり,その単独での有効性を評価することは困難である。
機構は,米国の症例は本剤と本剤注射剤を合わせた成績であること,国内の症例はほとんどが他の抗菌薬と併用投与されていることから,本剤単独の使用実態に基づいた有効性の確認は十分行えなかったと考える。しかしながら,本剤のバイオアベイラビリティーが99%と高いことを踏まえた海外における本剤と注射剤を合わせた有効性に関する評価,及び国内における本剤単独投与,並びに他の抗菌薬との併用投与の有効性に関する評価から,本剤単独のレジオネラ肺炎に対する有効性は担保できるものと考える。」(甲9,18頁18行〜19頁5行)「?W.総合評価提出された資料より,下記の点から本剤の有効性・安全性は評価可能であると考える。しかしながら,本邦における本剤のレジオネラ肺炎に対する有効性・安全性にかかる情報については,十分な症例数が報告されたとは言い難く,引き続き情報を収集していく必要があると考える。
・本剤は多くの国々においてレジオネラ肺炎の適応を有していること・国内外の成書,ガイドライン等においても本剤を含むニューキノロン系薬の使用が推奨されていること・海外と用法・用量は異なるものの薬効と最も相関するパラメータであるAUC/MICは,本邦と海外でほぼ同程度であること・レジオネラ肺炎は致命率の高い感染症であること」(甲9,24頁1行〜10行)(3) 「特許発明実施をすることができない期間」該当性に関する判断ア以上の事実によれば,?@米国の効能追加承認においては米国初回臨床試験の10症例の成績のみでレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認がされており,本件米国臨床試験は必要とされなかったのであるから,その後に申請される日本での同様のレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加承認においても,米国初回臨床試験のデータのみがあれば足り,本件米国臨床試験は必ずしも必要とはされなかったであろうと合理的に推認することができ,?A本剤と同じフルオロキノロン系薬の1つであるメシル酸パズフロキサシンのレジオネラ肺炎に対する効能・効果の追加に関する上記審査において,本件承認申請と極めて類似した状況の下で効能追加の承認がされたことからすると,メシル酸パズフロキサシンの6症例を上回る10症例に係る臨床試験データを有する米国初回臨床試験があれば,本件米国臨床試験データがなくとも,日本での本剤の効能追加の承認がされたであろうと合理的に推認することができる。
この点について,原告は,メシル酸パズフロキサシン(甲10)は,経口剤よりも即効性の高いレジオネラ肺炎に対する国内唯一の注射剤であって,致命的な疾患であるレジオネラ肺炎について医療上の緊急性から極めて例外的に承認されたにすぎず,既にレジオネラ肺炎に対する効能が承認済みの他の経口抗菌剤が存在する状況の下では,経口剤である本剤の承認申請については,メシル酸パズフロキサシンと同様の審査がされて承認されたであろうとはいえない旨主張する。しかし,致命的な疾患であるレジオネラ肺炎を適応とする点では本剤もメシル酸パズフロキサシンも同じであるから,原告の上記主張は前記の合理的推認を覆すに足りない。
イしたがって,本件延長登録がされた期間4年11月7日のうち,本件米国臨床試験に係る期間1年8月23日は,特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」には該当しない。
これと同旨の審決の判断には誤りはなく,この点に関する原告の主張は理由がない。
3取消事由3(日本の承認に向けた活動再開日から本件国内臨床薬理試験開始日までの期間を延長期間に算入しなかった誤り)について(1)原告は,本件米国臨床試験に係る期間が特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」に当たることを前提として,平成14年12月19日にレジオネラ肺炎についての効能・効果の追加の要望を出した時点において,日本の承認申請に向けられた継続的活動が再開され,上記期間が,再び進行を開始した旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,理由がない。すなわち,前記2で説示したとおり,本件米国臨床試験に係る期間は,特許法67条2項にいう「政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間」には当たらないから,同期間に該当することを前提として,本件米国臨床試験を一時中断した後に再開した日を,同期間の再開日に該当するものということはできない。
(2)また,原告は,実際の治験計画届の提出前には,医薬当局と新たな臨床試験が必要かどうか,どのような枠組みで承認申請をするかなどの協議をしたり,臨床試験を実施してくれる医師を探して依頼したりする作業期間が必要であり,これらの準備作業をした平成14年12月19日以降の期間は,実質的にみても,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明実施をすることができない期間」の起算日(承認を受けるのに必要な試験を開始した日)に該当するというべきである旨主張する。
しかし,原告の上記主張も理由がない。すなわち,準備がいつどのように開始され,継続されるのかは第三者にとって必ずしも明確ではない。したがって,仮に,不明確な準備作業の開始日をもって「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日第二小法廷判決参照)に該当するとするならば,延長登録期間の客観的な確定を困難にさせ,予見可能性を担保することができなくなる。したがって,臨床試験を実施することが治験計画届や治験を実施する医療機関との契約書等により客観的に明確になった日をもって,「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」であるとして,「政令に定めるものを受けることが必要であるため,その特許発明実施をすることができない期間」の進行が開始するものとするのが相当である。
これを本件についてみると,本件国内臨床薬理試験の治験届が提出された日である平成15年8月29日をもって,「承認を受けるのに必要な試験を開始した日」に当たるものと認めるのが相当であり,本件において,この認定を左右するに足りる証拠はない。したがって,これと結論を同じくする審決の判断は正当であり,この点に係る原告の上記主張は理由がない。
4 結論以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他にも縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)「本件延長登録時系列表」昭61年6/20本件特許出願(甲1)〜平3年5/28第一製薬・J&Jライセンス契約(甲21の1),11/11米国初回臨床試験の開始平4年4/21本件特許設定登録(甲1)平5年10/1レボフロキサシンの日本での最初の製造承認(甲2の3)平6年平7年12/15米国初回申請時の臨床試験報告書完成平8年10/27本件米国臨床試験の開始(甲16)※?@延長登録済み期間ア12/20米国初回承認※?C原告が主張する取消事由2の延長相当期間1年8月23日平9年平10年7/21本件米国臨床試験の終了(甲16)平11年3/30本件米国臨床試験報告書完成(甲16)平12年平13年平14年12/19日本抗生物質学術協議会への回答(甲5の2)※?D原告が主張する取消事由3の延長相当期間※?A延長登録済み期間イ3年2月14日平15年8/29治験計画届出(甲2の8)平16年(ア)※?B審決が延長を認めた本件国内臨床薬理試験期間2年6月5日+イ=4年11月7日平17年平18年3/6本件承認書を第一製薬が受領(了知)(平成18年6月20日・特許期間20年満了日)平19年平成20年12月25日審決が認めた延長期間の満了日平20年平21年平22年平成23年5月27日延長登録済み期間の満了予定日平23年
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大須賀滋
裁判官 齊木教朗