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関連審決 無効2007-800225
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  特許の有効性 /  実施可能要件 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  信義則 /  実施 /  加工 /  交換 /  設定登録 /  変更 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10475号 審決取消請求事件
原告株 式会社ジェイテクト
同訴訟代理人弁理士山崎宏 仲倉幸典
被告日 本精工株式会社
同訴訟代理人弁護士増井和夫 橋口尚幸 齋藤誠二郎
同弁理士小山武男 武藤正樹 篠剛
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/10/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2007-800225号事件について平成20年11月5日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の有する下記2の本件発明に係る特許に対する被告の無効審判請求について,特許庁が同請求を認め当該特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1本件訴訟に至る手続の経緯(1)原告は,発明の名称を「トロイダル型無段変速機」とする特許第3746636号の特許(平成11年5月25日出願,平成17年12月2日設定登録。請求項の数は1である。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書及び図面(甲18)を「本件明細書」という。)の特許権者である。
(2)被告は,平成19年10月16日,本件特許の請求項1に係る発明について特許無効審判を請求し,この請求は無効2007-800225号事件として特許庁に係属した。特許庁は,審理の結果,平成20年11月5日,「特許第3746636号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との本件審決をし,同月17日,その謄本を原告に送達した。
2本件発明の要旨本件審決が対象とした請求項1に記載の発明,すなわち,本件発明は,以下のとおりである。なお,文中の「/」は,原文の改行部分を示す。
凹湾曲面からなる円周軌道を有するディスクを対向させ,この対向するディスクの両円周軌道に摩擦接触しながら回転して,両ディスク間のトルク伝達を行うと共に,このディスクに対して傾斜して変速機を増減速するローラを備えたトロイダル型無段変速機において,/上記ディスクとローラの接触面に働いて上記トルク伝達を行う周方向の摩擦力を増やすと共に,上記接触面に働いて上記トルク伝達ロスの原因になる径方向の摩擦力を低減すべく,/上記ディスクとローラとの接触面の周方向のトラクション係数が,上記接触面の径方向のトラクション係数よりも大きくなるように,上記ディスクの転動面の粗さと上記ローラの転動面の粗さを設定したことを特徴とするトロイダル型無段変速機。
3本件審決の理由の要旨本件審決の理由は,要するに,以下のとおり,本件特許は,実施可能要件及びサポート要件を満たしておらず,無効とすべきものである,というものである。
(1)トロイダル型無段変速機は,トラクションオイルの油膜を介して動力を伝達するもので,金属接触を伴うことなく大きな動力の伝達を可能としたものであるが,金属接触を伴う境界潤滑の領域で使用するようなトロイダル型無段変速機を想定することは技術常識からみて困難である。実施の形態として想定し得るトロイダル型無段変速機が運転される範囲では,単に表面粗さを設定することによって,トラクション係数を変更することができないにもかかわらず,本件明細書においては,トラクション係数の設定について,ディスクの転動面の粗さとローラの転動面の粗さに異方性を持たせるとしか開示されておらず,粗さをどのように設定して実現するのか開示されていないから,本件発明について,発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているということはできない。よって,本件特許は,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下「法」という。)36条4項に規定する実施可能要件を満たしていない。
(2)転動面の粗さを調節して周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数より大きくなるようにすることができるという仮の前提のもとでは特許法36条6項1号のサポート要件を満たしていないが,同項2号,29条1項柱書きの要件は満たしているのに対し,その仮の前提がない場合,すなわち,転動面の粗さを変えることによって周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数より大きくなるようにすることができない場合には,同法36条6項1号,2号の要件を満たしておらず,「発明の課題を解決するための手段…によっては,課題を解決することが明らかに不可能なもの」ないし「実際上,明らかに実施できない発明」に相当するから,同法29条1項柱書きの規定に違反する。
4取消事由(1)実施可能要件についての判断の誤り(取消事由1)(2)サポート要件についての判断の誤り(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,トロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないとの誤認及び表面粗さの大小とトラクション係数の大小が対応しないとの誤認をしたことにより,法36条4項実施可能要件の判断を誤った。
(1)トロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないとの認定の是非本件審決(9頁2〜5行,11頁14〜17行,24〜26行)は,境界潤滑状態とは金属接触を伴う領域であり,境界潤滑領域(飽和領域とは必ずしも一致しない)で使用するようなトロイダル型無段変速機を想定することは技術常識からみて困難であり,それが実施の形態として想定し得るとする根拠は見出し得ないなどとして,トロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されることを否定した。
しかしながら,この認定は,以下のとおり,証拠,被告の自白に反し,かつ,自己矛盾するものである。
ア証拠に反すること(ア)甲22(262頁)記載のとおり,本件特許出願前の平成3年当時から,トラクションドライブを,油膜のせん断のみによる成分のみで動力の伝達をするという弾性流体潤滑状態(完全EHL状態)のみの検討では,不十分で,表面微小突起の干渉による部分的なEHL状態(境界潤滑状態)も検討しなければならないということが,当業者に知られていた。表面微小突起の干渉による部分的なEHL状態とは,境界潤滑状態である。このように,平成3年当時から,トラクションドライブは,現実には,流体潤滑領域と境界潤滑領域との両方の領域で通常運転されていることは,当業者の技術常識であった。これを,トラクションドライブは,弾性流体潤滑領域のみで通常使用されるがごとき本件審決の上記認定は,当業者の常識に反し,トロイダル型無段変速機の現実の使用状態から遊離したもので,誤りである。
(イ)また,甲23(18頁)には,安全率を見込んで,非線形領域や熱領域に現れる最大トラクション係数の90%以下の負荷で運転するように設計されていると記載されていることから,図8において,非線形領域(境界潤滑領域)の最大値を超えない非線形領域の相当大きな範囲で運転されていることは,本件特許出願前の平成2年当時から,当業者に認識されていた。
(ウ)さらに,甲24(1874頁)の記載から,トラクションドライブにおいては,本件特許出願前の昭和62年当時から,混合潤滑条件下(突起干渉が生じている)で使用されることが知られており,かつ,この混合潤滑条件下(突起干渉が生じている)では,つまり,境界潤滑下では,トラクション係数は表面粗さの増大とともに増加することが知られていた。
(エ)また,甲25(703頁)によれば,本件特許出願前の昭和61年には,トロイダル型無段変速機において,Λ<1〜1.5領域,つまり,表面突起間の接触が起こる混合潤滑状態(境界潤滑状態)で使用され,この境界潤滑状態において,トラクションが増加することが当業者の技術常識として知られていた。
(オ)さらに,甲26(159頁の図5)には,ハーフトロイダル型無段変速機において,すべり率(クリープ)が3.5%の使用が記載されている。すべり率3.5%は,一般に,境界潤滑領域である。
(カ)また,甲27(11頁)では,トラクション係数が最大値になる前までの境界領域は,安定作動領域であって,運転領域であると言っている。
(キ)甲28(271,273,274,276頁)の記載から,被告の社員も,自動車の実用域においては,ハーフトロイダル型無段変速機は,直線領域(弾性領域)のみならず,金属接触を伴う境界潤滑領域でも運転されていること,つまり,ハーフトロイダル型無段変速機の実用条件下では,弾性領域と境界領域との両方で運転されていることを,本件特許出願前の平成3年当時から認めている。
(ク)以上の証拠(甲22〜28)により,トロイダル型無段変速機,トラクションドライブにおいて,表面微小突起が干渉する境界潤滑状態での運転を立証しており,実用化されているトロイダル型無段変速機の境界潤滑領域の運転を否定するような認定は,明白な誤認である。
したがって,トロイダル型無段変速機の境界潤滑状態での運転を否認する本件審決は,実際の使用状況を示す上記証拠に反し,技術常識に反して,誤りである。
イ被告の自白に反すること被告は,口頭審理において,飽和領域の一部で運転していることを自白している(甲9の1)。したがって,境界潤滑領域での運転を否認する本件審決の認定は,被告の自白に反して,誤認である。
また,被告は,平成19年の特許出願(甲29,30)において,トロイダル型無段変速機で金属接触が生じることを認めながら,これに反する主張を行うことは信義則に反する。
ウ本件審決の認定が自己矛盾していること本件審決(8頁36行〜9頁16行)の認定は,一方では金属接触(境界領域での運転)を否定し,他方では境界領域の一部での運転を認めて金属接触を許容しているから,自己矛盾したものである。
したがって,本件審決の認定は,正しくない。
エ審理不尽であることなお,トロイダル型無段変速機が金属接触により動力を伝達することは,甲17の3・4,13,31,32からも明らかであり,これらの参考資料に言及していない本件審決は,審理不尽でもある。
(2)表面粗さの大小とトラクション係数の大小が対応しないとの認定の是非本件審決(9頁25〜32行)は,トロイダル型無段変速機については,単に表面粗さを設定することによって,周方向のトラクション係数を径方向のトラクション係数よりも大きくすることはできないとして,表面粗さの大小とトラクション係数の大小が対応しないと認定したが,以下のとおり,誤りである。
ア甲2の図12のうちの特異な1つのデータのみを基礎にしたもので,妥当性がないこと甲2の図12(拡大図である甲10の6の図12)において,直線領域に近い境界領域(すべり率の絶対値が1%)では,表面粗さが粗い方が,表面粗さが細かい方よりも,トラクション係数が大きくなっていて,表面粗さの大小とトラクション係数の大小とが対応しており,他の遠い境界領域(すべり率の絶対値が2%〜4%)においても,粗さの大小とトラクション係数の大小とが逆転しているのは,特異な1つのデータのみである。この特異な1つのデータを除けば,トラクション係数が最大値になるまでの境界潤滑領域において,粗さの大小とトラクション係数の大小との逆転現象は見られない。
したがって,1つの資料である甲2の図12のみの特異な1つのデータのみで,全体を考慮しないで,高い確率で粗さを大小にすることによってトラクション係数を大小にできるにもかかわらず,粗さの大小とトラクション係数の大小とが100%一致しなければ,その相関が認められないというがごとき本件審決の上記認定は妥当性を欠き,不当である。
イ当業者に広く一般に正しいと認められている多くの証拠,技術常識とはかけ離れて異なるものであることトロイダル型無段変速機の境界潤滑領域において,「単に表面粗さを設定することによって,周方向のトラクション係数を径方向のトラクション係数よりも大きくすることはできない」との認定は,トライボロジーの分野で正しいものと認められている多くの証拠(甲22,24,6,11〜13)に反するものである。上記各証拠には,例外なく,境界潤滑領域(非直線領域,飽和領域)のうちの最大値になるまでの領域において,表面粗さが大きくなるほど,トラクション係数が大きくなることが明確に記載されている。
したがって,「トラクション係数にあらさの違いによる差はみられないと認められる」との本件審決の認定は明白な誤りであり,当然に,「したがって,上記のようなトロイダル型無段変速機については,単に表面粗さを設定することによって,周方向のトラクション係数を径方向のトラクション係数よりも大きくすることはできないと認められる。」との本件審決の認定も,明らかな誤認である。
(3)以上のように,トロイダル型無段変速機は境界潤滑状態でも運転され,表面粗さの大小はトラクション係数の大小に相応することは,当業者の技術的な常識であるところ,本件発明は,単に,接触面の周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなるように,接触面の表面粗さを設定するだけで実施できるのであるから,本件特許は,法36条4項実施可能要件を充たしている。
〔被告の主張〕(1)トロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないとの認定の是非ア原告が引用する甲22ないし28は,いずれも原告の主張を裏付けていない。
そして,公知文献の記載を正しく理解すれば,結局,本件審決の認定は正しい認定である。
原告の主張は,トラクションドライブに関する一般的な研究として過渡領域について言及している文献の記載を,トロイダル型無段変速機の実用される条件の記載であるかのごとく,誤った引用を行っているにすぎない。
原告は,甲22ないし28は,表面微小突起が干渉する境界潤滑状態の運転を立証していると主張するが,この主張は「境界潤滑」という概念を持ち出している点で本件審決の認定への反論となっていないし,これらの公知文献は,いずれも,「トロイダル型無段変速機では,一般的に,境界領域でも運転される」という原告の主張を裏付ける文献ではない。
また,「トラクションカーブで表された範囲のうち,トロイダル型無段変速機の運転に利用できるのは,主として弾性領域(直線領域,線形領域)である。」との本件審決を裏付ける証拠(甲8の2,8の5,10の8)が提出されていた。
イ被告が,「直線領域,及び,境界領域のうちの直線領域に近い範囲でのみ運転しています。」と述べたこと(甲9の1)は,「トロイダル型無段変速機は,入力トルクの急増時にも,トラクションカーブの平衡状態から下がり始める点に達しないように,十分な安全率を確保して,直線領域,及び,境界領域のうち直線領域に近い範囲でのみ運転しているものであって,境界領域のうちでトラクション係数が最大になる点は勿論,最大に近い部分も使用していない。」という本件審決の認定(9頁7〜16行)と一致する。原告は,本件審決の認定内容について混乱した理解をしている。
ウ本件審決の認定に矛盾はない。すなわち,本件審決の認定は,「トロイダル型無段変速機は,入力トルクの急増時にも,トラクションカーブの平衡状態から下がり始める点に達しないように,十分な安全率を確保して,直線領域,及び,境界領域のうち直線領域に近い範囲でのみ運転しているものであって,境界領域のうちでトラクション係数が最大になる点は勿論,最大に近い部分も使用していない。」というものである。そして,トラクションカーブの直線領域及び境界領域のうち直線領域に近い範囲においては,金属接触は基本的に生じない。
原告は,「直線領域,及び,境界領域のうち直線領域に近い範囲」においては,必ず金属接触が生じるかのような主張をしているが,その主張の根拠は全く示されていない。
(2)表面粗さの大小とトラクション係数の大小が対応しないとの認定の是非ア甲10の6の図12をどう見ても,すべり率1%付近ではすべてのデータは同じ曲線上に乗っており,値の大小の順番など全く判読できない。また,すべり率2〜4%に関し,原告は,特異な値で測定誤差と決め付けているが,なぜそのように言い切れるのか根拠が明らかではない。むしろ,甲2の図12は,粗さが6種類しかないデータであって,そのうち2つも順番が逆になっているであるから,本件審決のように「トラクション係数にあらさの違いによる差はみられない」と判断するのが合理的である。
イ原告が引用する証拠(甲22,24,6,11〜13)の記載からは,「トラクションカーブの直線領域及びそれに近い境界領域で,表面粗さが大きくなるほどトラクション係数は大きくなる」ということは,立証されていない。これらの文献は,通常のトロイダル無段変速機とは異なるトラクションドライブについて,金属接触が寄与する場合についてのトラクション係数に関する記載を含むにすぎない。
したがって,これらの証拠からは,「トロイダル型無段変速機については,単に表面粗さを設定することによって,周方向のトラクション係数を径方向のトラクション係数よりも大きくすることはできないと認められる。」との本件審決の認定が原告主張の誤認であるとは,立証されていない。
(3)本件発明は,本件明細書に実施態様が一例も記載されていない発明であって,そのような本件発明は,当業者の技術常識を併せても,結局,実施不能な発明なのである。
2取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,トルク伝達ロスの大小を比較する場合,トルク容量を同一にした条件で,トルク伝達ロスを比較しなければならないという本件明細書の文脈,合理性に違背して本件発明の認定を誤ったことにより,特許法36条6項1号,2号,29条1項柱書きの判断を誤った。
(1)トルク伝達ロスの大小を比較する場合の条件本件審決(22頁25〜31行,23頁12〜20行,25頁19〜21行,25頁37〜39行)の認定,判断は,無数にある等方性のトラクション係数から特定のトラクション係数を恣意的に選定して,トルク容量の大小を無視して,トルク伝達ロスの大小を比較するもので,本件明細書の記載内容から遊離し合理性に反し,かつ,被告の自白にも反し,さらに,自己矛盾を含むものであるから,不当である。
ア本件明細書の記載内容に反すること本件発明は,周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなるようにすることによって,トルク容量を確保しながら,トルク伝達ロスを低減できるものである。本件審決は,無数にある等方性のトラクション係数から,トルク容量の大きさを無視して,恣意的な選定を行い,比較の対象とするものであるから,本件明細書の記載(【0005】〜【0009】),文脈から遊離していて,不当である。
本件発明の目的は,比較の対象としたある等方性のトロイダル型無段変速機に対して,「トルク容量を低下させないで,トルク伝達ロスを低減できるトロイダル型無段変速機」を提供するものであるから,本件明細書の発明の課題,目的を参酌して,請求項1の「周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなる」という文言をその文言どおりに読むべきである。
イ合理性に反すること本件審決は,2のトロイダル型無段変速機のトルク容量の大きさをそろえないで,トルク伝達ロスの大小を比較するものであるから,単純な合理性の観点からも,誤っている。
ウ被告の自白に反すること被告は,本件発明の目的は,トルク容量を低減せずにスピン損失を低減する点にあるとの自白をしているのに(甲9の1),本件審決の認定は,これに反する。
エ自己矛盾していること本件審決の認定は,恣意的に等方性のトラクション係数を選択して,「周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きいあらゆるものは」,本件発明に包含されないことになる論理を展開した上で,恣意的に等方性のトラクション係数を選択して,「周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きいあるものは」,本件発明に包含されると認定するもので,自己矛盾,自家撞着も甚だしいものである。
(2)よって,本件特許は,特許法36条6項1号のサポート要件を充たしている。そして,必然的に,同項2号,29条1項柱書きの要件を充たしている。
〔被告の主張〕(1)トルク伝達ロスの大小を比較する場合の条件ア仮に,原告が主張するように,等方性のものと比較するのではなく何らかの基準を設けるとしても,本件明細書にはその基準が「トルク容量が同じ」ことでなければならないとする記載ないし示唆は何もない。「トルク容量が同じ」という基準にする技術的必然性はなく,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。
そもそも,本件明細書には,比較の基準や対象について,何の明確な記載もなされていない。比較の基準が明確でなかったため,本件審決は本件明細書の記載を参酌した上で,比較の対象は,異方性をもたせる以前の等方性のものであると解釈した。本件審決が,上記のような解釈を行ったのは,そもそも,本件明細書に比較の対象や基準が記載されず,トラクション係数の増減の程度の記載もなかったためである。
本件明細書(【0005】〜【0007】)には,「トルク容量を同一にして」比較するなどということは全く記載されていない。むしろ,【0006】には,「伝達ロスは低下するが,トルク容量が低下する」という記載があり,伝達ロスの大小の比較は,トルク容量の大小とは切り離して考えることを示唆する表現が記載されているのである。
イなぜトルク容量を同じという条件にするのが「合理的」なのか,本件審決の明細書解釈のどこが不合理なのか,原告はその理由を説明していない。論理の問題として,トルク容量の増大と伝達ロスの低減が両立する発明はあり得るし,むしろ理想的な発明である。本件発明に係る請求項1は,この態様を包含しているし,発明の詳細な説明において,これを排除することを示していない。しかし,この態様を実施する方法を開示していない。そうである以上,請求項に発明の詳細な説明に記載されていない発明が含まれているとの判断に誤りはない。
( )このトルク伝達ロスの大小の比較条件の議論は,あくまで「転動面の粗さ2を適宜設定することで,トラクション係数を周方向で大きく,径方向で小さくすることができるという仮の前提」の下で行われたものであり,そもそも,本件においては,この仮の前提自体が成立しないというべきであるから,本件特許の有効性検討に際して意味の乏しい議論である。
第4当裁判所の判断1取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について( )トロイダル型無段変速機の境界潤滑領域における運転状況1原告は,本件審決がトロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないと認定したとし,それが誤りであると主張する。
ア境界潤滑の意味そこで,まず,境界潤滑の意味を検討する。
(ア)科学大辞典(昭和60年発行。乙1)の「境界潤滑」の項には,「潤滑状態の一つ。摩擦面に生成される油膜の厚さが,潤滑面の粗さの大きさに比べて十分でないため,粗さの頂上部において油膜が破れ,局部的に摩擦面が直接接する潤滑状態をいう。摩擦の大きさは流体摩擦と乾燥摩擦の中間になる。」と説明されている。
(イ)田中裕久「トロイダルCVT」(平成12年7月株式会社コロナ社発行。
甲8の2)には,トロイダル型無段変速機が利用するトラクションドライブの説明において,「トラクション曲線」として,クリープCrとトラクション係数μ のt関係が示されている(1頁の図1.2)。これによると,一般的に,まずクリープが増大するに従い,トラクション係数も直線的に増大し,ある程度クリープが増大した時点でトラクション係数の増加率が小さくなっていき,最大値に達した後に,トラクション係数はクリープの増大と共に減少していくことになる。同書では,はじめのトラクション係数が直線的に増大する領域を「弾性領域」,直線的な増大から外れて最大値となった後に減少し始める領域を「過渡領域」,その後の減少していく領域を「熱発生塑性領域」と表現している。上記「過渡領域」は,「遷移領域」,「境界領域」,「非線形領域」,「飽和領域」等とも呼ばれている(甲10の4)。
潤滑32巻11号(昭和62年発行。甲2)でも,同様のトラクション曲線が図4に示され,「図4はナフテン系基油を使用した場合のトラクション係数μと接触圧力Pmaxの関係を横軸にすべり率Sをとって示したもので,ローラ間の電圧値で表わした潤滑状態も図中に同時に示している。いずれの接触圧力の場合も,トラクション係数はすべり率の絶対値の小さな範囲(以下,すべり率の大小は絶対値で考える)ではすべり率の増加とともに直線的に増加し(直線領域),それよりもすべり率が大きくなるとトラクション係数の増加割合が小さくなり(非直線領域),最大値を示した後はすべり率の増加とともにゆるやかに減少する(熱領域)傾向を示している。」(813頁右欄20〜30行)と説明されている。
(ウ)上記(ア)によると,「境界潤滑」とは,油膜を挟んだ二面間における,潤滑の状態をいうものである。なお,トロイダル型無段変速機が境界潤滑状態になるのであれば,転動面同士は,局部的に金属接触することになる。
他方,上記(イ)によると,トラクション曲線における「弾性領域」,「直線領域」,「過渡領域」,「非直線領域」あるいは「境界領域」などの呼称は,トラクション係数とすべり率(クリープ)の関係に着目した呼称であり,トラクション曲線における「境界領域」とは,直線的な増大から外れ,最大値となった後,減少し始める間の領域を指す。
したがって,「境界潤滑」と,トラクション曲線における「境界領域」とは,その持つ意味が異なるものといわなければならないから,原告主張のように「境界潤滑」と「境界領域」とを同義に解するのは適切でない。
(エ)そして,自動化技術26巻8号(平成6年発行。甲10の8)には,「実用的に使用できる範囲は線形領域であり,それ以上に滑り速度を上げていくと油膜が破断されローラの転走面の摩耗および焼き付きが発生しやすくなる。」(16頁右欄5〜8行)と記載されているが,線形領域(弾性領域,直線領域)を越えると,徐々に油膜が破断されて金属接触が生じる可能性が高まることが示されている。これによれば,境界領域(過渡領域,非直線領域)で直ちに境界潤滑状態になるわけではないと解される。
また,日本機械学会論文集53巻492号(昭和62年発行。甲24)には,「Pmax=199MPaの場合には,トラクション係数はs=8%付近まではすべり率に比例して増大し(線形領域…),s=8%付近からその増加割合が減少しs=35%付近で最大値に達し(非線形領域…),さらにsが大きくなると減少する(熱領域…)傾向を示すことがわかる。このことよりPmax=199MPaの場合のトラクション係数のすべり率による変化は,潤滑油膜のみで動力が伝達される場合と一致していると考えられる。Pmax=247MPaの場合には,トラクション係数はs=7%付近まではsに比例して増大し,s=7%付近から35%付近まではその割合が減少し,さらにsが増加するとその増加割合が逆に増大している。この場合トラクション係数が熱領域で減少傾向を示さないのは,s=30%付近からローラ表面の金属接触(突起間干渉)による摩擦力が生じるためで,これがsの増加とともに増大することによると考えられる。」(1872頁左欄39行〜右欄17行)と記載されている。すなわち,接触圧力が199MPaの場合は,直線領域,非線形領域(境界領域)及び熱領域にわたり,金属接触はなく,247MPaの場合は,非線形領域(境界領域)の最後部分で金属接触が生じるとされているのであって,前同様,境界領域で直ちに境界潤滑状態になるわけではないと解される。
(オ)原告のその余の主張について原告は,トロイダル型無段変速機は,境界潤滑領域のうちのトラクション係数が下がり始めるまでの点(最大値)までの領域で使用するとした上で,被告が「一般的なトロイダル型無段変速機では,飽和領域の一部(境界潤滑領域の一部)で使用する」ことを自白しているとか,本件審決は,自己矛盾しているなどと主張する。
その主張は,甲2で「非直線領域」とされた領域を「境界(潤滑)領域」とした上で,この領域では「境界潤滑」状態にあって,油膜を挟んだ二面間は金属接触が生じた状態にあるとの前提に立ったものと解される。
しかしながら,油膜を挟んだ二面間が局部的に金属接触している「境界潤滑」状態にあることと,トラクション曲線における「境界領域」とは異なる概念であることは,前記(ウ)のとおりであり,「境界(潤滑)領域」(過渡領域,飽和領域)が,直ちに「境界潤滑状態」にあることを意味するものではないことも,前記(エ)のとおりであるから,原告の主張は失当といわざるを得ない。
イトロイダル型無段変速機における金属接触の有無原告は,トロイダル型無段変速機は,金属接触が生じる状態で通常運転されることが明らかであると主張する。
(ア)トロイダル型無段変速機はトラクションドライブにより動力伝達を行うものであるが,この動力伝達に関しては,以下のような説明がされている。
a自動化技術26巻8号(平成6年発行。甲10の8)には,「トラクションドライブは,2つの圧接されたローラ間に介在する油膜によって駆動側ローラから従動側ローラへと動力が伝達される機構である。」(15頁右欄10〜12行),「通常,トラクションドライブではローラ接触面に最大接触応力σmaxで0.7〜2GPaが掛けられているが,トラクションオイルは高圧力下でガラス転移し固化する性質があるため,高いせん断力が得られ,高トラクション力を発生する。次に,滑り速度とトラクション係数の間には図4に示す特性がある。実用的に使用できる範囲は線形領域であり,それ以上に滑り速度を上げていくと油膜が破断されローラの転走面の摩耗および焼き付きが発生しやすくなる。」(16頁左欄17行〜右欄8行)との記載がある。
bまた,「フルトロイダルはその構造のシンプルなことから,1900年代初頭に初期の自動車に搭載された。しかし,当時のトロイダルCVTはフリクションドライブカーと呼ばれ,金属同士を直接接触させるものであり,その耐久性の低さから部品交換が煩雑で,1915年頃迄にはその姿を消した」と記載された文献もある(NSKTECHNICALJOURNALNo.670(平成12年被告発行。甲8の5)2頁左欄8〜13行)。
(イ)以上によると,本件特許出願当時,トラクションドライブにおいて,駆動側と従動側の転動面同士が直接金属接触を起こすと耐久性に問題が生じることから,トラクションドライブは,高圧下でガラス転移し固化する性質があるトラクションオイルを用い,駆動面と従動面の間にオイルを閉じ込め,油膜が破断されない状態が維持され実用的に使用できる範囲である線形領域(弾性領域,直線領域)において主に動力を伝達することにより,金属接触が生じないようにされた構成となっていたものと認められる。
なお,このことは,本件特許出願後に発行された以下の文献の記載からも裏付けられる。
a本件特許出願直後に概説書として発行された田中裕久「トロイダルCVT」(平成12年7月株式会社コロナ社発行。甲8の2,甲10の7)には,「トラクションドライブは,歯車伝動と異なり,図1.1に示すように,滑らかな表面をもつ1対の転動体を強く押し付け(図で法線力Fc),これによってできる弾性変形接触部に油を閉じ込め,これにより微小な相対滑り(クリープと呼び,Cr=(u-u )/u で表す)を与え,限界せん断応力の大きなナフテン系の油のせん断12 1応力で接線力(Ft)を伝えるものである。クリープとトラクション係数(μ = tFt/Fc)との関係は,一般に図1.2で示される挙動を示し,通常はCr=1〜2%以内の弾性領域で力を伝達し,μ の最大値は0.08付近となる。」(1t頁1行〜2頁1行)との記載がある。
b平成14年に公開された特開2002-257217号公報においても,トロイダル型無段変速機では,金属接触を行わずに動力伝達を行うものとされている(甲17の3参照)。
(ウ)この点に関して,原告は,甲22ないし28において,トロイダル型無段変速機は,通常,金属接触を生じる状態で使用されていると主張するので,以下,その指摘する文献の記載内容について検討する。
a甲22日本機械学会論文集57巻538号(平成3年発行。甲22)には,「弾性流体潤滑(EHL)状態にある接触部において,相対する二面の速度差により流体膜に生ずるせん断力であるトラクションは,これまで機械的損失の一つとして,できるだけ小さい方が望ましいと考えられてきた。」(262頁左欄2行〜6行),「従来のトラクション係数に関する研究では,特にその特性を力学的に説明しようとする試みが積極的に進められていた。…これらの研究は,接触部の表面粗さの影響を考えない完全なEHL状態を対象としていた。一方転がり機械要素の接触面では,運転条件によって表面の微小突起同士の相互作用を含む部分的なEHL状態となることが考えられるので,従来の完全EHL領域における研究のようにトラクションを流体膜のせん断による成分のみで表すだけでは不十分で,表面微小突起干渉部に生ずる成分も併せて考慮する必要がある。」(262頁左欄11行〜右欄8行)との記載がある。
そうすると,甲22は,トラクション係数の研究について説明したものであり,転がり機械要素の接触面では,運転条件によっては,金属接触が生じていない弾性流体潤滑状態(EHL状態)だけではなく,転動面間に機械接触が生じる部分的なEHL状態となることが考えられるので,研究においてはその成分も併せて考慮する必要があるとしたものにすぎない。よって,甲22は,トロイダル型無段変速機が,本件特許出願時に,通常の使用態様において機械接触が生じる状態で用いられていることを示すものではない。
b甲23トライボロジスト35巻1号(平成2年発行。甲23)には,「トラクションドライブを応用した製品では,図8の曲線の全領域を使用することはできず,安全率を見込んで非線形領域や熱領域に現われる最大トラクション係数の90%以下の負荷で運転するように設計されている。」(18頁左欄16〜20行)との記載がある。
上記記載によると,トラクションドライブは主に線形領域で使用されることが示されていると解され,90%以下の負荷の領域に非線形領域が入るとしても,最大トラクションに達する前の線形領域に近い領域で使用されることを示しているものである。そして,非線形領域が直ちに金属接触が生じる境界潤滑状態にあることを意味するものでないことは,前記のとおりであり,線形領域を越えると,油膜が破断する可能性が徐々に高まるものであるから(甲10の8),むしろ,甲23は,トラクションドライブを応用した製品が,金属接触を生じない状態で使用されることを示しているものと解される。
c甲24日本機械学会論文集53巻492号(昭和62年発行。甲24)には,「ころがり・すべり条件下で使用される軸受け,歯車装置,トラクションドライブなどでは,凸面どうしの接触,凹面と凸面の接触が生じる。…凹面と凸面の接触の場合については,等価円周による理論と凸面どうしの接触による実験結果を用いて説明されている程度で,実験的研究結果はほとんど報告されていない。本報では,凹凸ローラのトラクション特性について実験的に検討を加えている。」(1869頁左欄2〜13行),「凹凸ローラのトラクション係数は,混合潤滑条件下(突起間干渉が生じている)では表面あらさの増加とともに増大し,その程度はすべり率ローラ回転速度の増加,接触圧力の減少とともに大きくなる。」(1874頁右欄6〜9行)との記載がある。
上記記載によると,甲24は,これまで余り実験がされていなかった凹凸ローラのトラクション係数についての実験結果を報告したものであり,金属接触が生じる混合潤滑条件下においてはトラクション係数が表面粗さと相関関係があることを示したものではあるが,トロイダル型無段変速機がこの条件下で使用されていることを示したものとはいえない。なお,実験結果と実施の有無を同視し得るものでない。
d甲25出光トライボレビュー12号(昭和61年発行。甲25)には,「トラクションドライブは,弾性流体潤滑膜を介して回転トルクを伝導する機構である。…本稿では,トラクションドライブCVTに必要不可欠なトラクション油に関し,最近の諸研究成果を整理し,今後の方向を探ってみたい。」(36頁左欄2〜27行),「日本精工/ハーフトロイダル型CVTを図5に示す」(37頁左欄39行),「Λ<1〜1.5領域では,油膜は表面突起間の接触が起こる程に薄くなり,いわゆる混合潤滑状態となって荷重の一部は突起によって支えられ,トラクションは増加する。」(45頁左欄1〜3行)との記載がある。
上記記載によると,甲25には,トロイダル型無段変速機を含むトラクションドライブは,弾性流体潤滑膜を介して回転トルクを伝導する機構であるが,研究成果の一つとして,混合潤滑状態(境界潤滑状態)ではトラクションが増加することが判明していることが示されている。すなわち,甲25では,トロイダル型無段変速機は,金属接触の生じない弾性流体潤滑膜を介して伝導するとされている上,混合潤滑状態で,通常,使用されるとしているものでもない。なお,計算理論や実験結果が,実施の有無と同視し得るものでない。
e甲26社団法人自動車技術会学術講演会前刷集(平成3年発行。甲26)には,「本報告は,ハーフトロイダル型CVTの実用条件下での伝達効率を解析し,実験的に各部の損失を求め,その損失分析をするとともに効率向上の可能性について考察した結果を示すものである。」(157頁左欄13〜16行)との記載があり,「各接触におけるクリープ」が表わされた図5には,すべり率(クリープ)の上限として約3.5%までのプロットがされている。
上記記載によると,甲26は,実用条件下でのトロイダル型無段変速機に関して各部の損失を求めるものとされているが,あくまで実験結果を報告したものであって,データを取得したすべての範囲でトロイダル型無段変速機が通常使用されているとしているものでもない。そして,実験のために製造した装置の設計上の原因もあり得るから(乙2),甲26が,プロットされているデータの上限域であるすべり率3.5%において,トロイダル型無段変速機が,通常使用されていることを表わしていると解することはできない。
f甲27潤滑28巻8号(昭和58年発行。甲27)には,「トラクションドライブの安全作動領域は,すべり速さの増加に伴って伝達係数が増加する範囲である。すなわち,図4に示したように各曲線の最大値をそれぞれ結ぶ線の左側の領域が安定作動域となる。」(10頁右欄40行〜11頁左欄3行)との記載がある。
甲27は,上記bとほぼ同様の事項が開示されているものであり,むしろトラクションドライブは,金属接触が生じない状態で使用されることを示唆しているものと解される。
g甲28日本機械学会論文集57巻533号(平成3年発行。甲28)には,「トラクションドライブが自動車用無段変速機として本格的に適用されるためには,スピンを伴うトラクションドライブの動力伝達面の信頼性の確認が最も重要である。そのために1300ccの二輪車に搭載可能なトラクションドライブ形式のハーフトロイダル型無段変速機を試作し,エンジンに組み込み,変速比を固定したまま実用条件下での耐久試験を行い,10 回トラクションドライブによる動力の伝達を行わせる8ことに成功した。この耐久試験後の回転体表面の粗さ,形状の変化を測定し,さらに電子顕微鏡を用いて表面の性状の変化を観察した。また,この試験条件をHamrock,Dowsonの油膜厚さの式に代入し試算を行った。この計算結果と表面の観察結果とは良く一致し,高出力で運転されるトラクションドライブのトラクション面においても弾性流体潤滑油膜が形成されていることが推察され,自動車用無段変速機としてハーフトロイダル型無段変速機が適用可能であることが確認されたので,その内容について報告する。」(271頁左欄15行〜右欄13行),「?B,?Cは明らかに金属接触をして,…図9に示した,粗さの測定結果から非走行部の粗さは,0.2μmの凹凸である。図10の観察結果から最も金属接触が強く起こったと思われる写真?Dにも加工跡の筋目が残存することから,トラクション面の摩耗は粗さの突起部が削り取られた0.2μm程度であることが推察される。」(274頁左欄16〜32行),「以上の結果から,自動車の実用域においてもハーフトロイダル型無段変速機の転がり接触面はトラクションドライブの機能を十分維持して動力の伝達が行えることが分かった。」(276頁左欄20〜23行)との記載がある。
上記記載によると,甲28は,1300ccの二輪車に搭載可能なトラクションドライブ形式のハーフトロイダル型無段変速機を試作し,実用条件下での耐久試験を行い,10 回トラクションドライブによる動力の伝達を行わせることに成功した8実験結果に関するものであり,その表面の観察などから,高出力で運転されるトラクションドライブのトラクション面においても,金属接触の生じない弾性流体潤滑膜が形成されていることが推察されるものの,観察結果の中には,金属接触が発生した痕跡もあることが述べられている。したがって,甲28は,トロイダル型無段変速機は,金属接触が生じない状態で使用されるとされることを裏付けるものということはできるが,金属接触が生じる状態で,通常,使用されることを示したものということはできない。なお,甲28は,試験後に,動力伝達関与した走行部では粗さ中の突起部が無くなり,非走行部と同じ0.2μmの粗さになったとしているものであり,0.2μmを越えるような突起部のみが,偶発的に生じる金属接触により消滅したことを述べたものと解され,走行部で恒常的に金属接触が生じるとしたものではない。
h以上のとおり,原告が引用する甲22ないし28に,原告が主張するように,トロイダル型無段変速機が通常金属接触を生じる状態で使用されていることが開示されているということはできない。
(エ)原告のその余の主張について原告は,トロイダル型無段変速が金属接触により動力を伝達することは,甲17の3・4,13,31,32からも明らかであり,これらの参考資料に言及していない本件審決は,審理不尽であるとも主張する。
しかしながら,原告が指摘する上記各証拠の記載内容を検討しても,いずれも本件特許出願時に,トロイダル型無段変速機が通常金属接触が生じる状態で使用されていることを示すものではなく,むしろ,金属接触が生じないように使用されていたことを裏付けるものといえるから,原告の主張は失当である。
また,原告は,被告の平成19年の特許出願(甲29,30)において,トロイダル型無段変速機で金属接触が生じることを認めながら,これに反する主張を行うことは信義則に反すると主張する。
しかしながら,本件特許出願後に金属接触が生じる状態で使用されるトロイダル型無段変速機が発明されたことと,本件発明の実施可能要件に関係はなく,信義則違反ともいえないので,原告の主張は失当というほかない。
(オ)以上のとおり,本件特許出願当時,トロイダル型無段変速機に代表されるトラクションドライブは,高圧下でガラス転移し固化する性質があるトラクションオイルを用い,駆動面と従動面の間にオイルを閉じ込めて油膜が破断されない状態とし,通常,金属接触が生じないように構成していたものと認められる。
ウ小括したがって,トロイダル型無段変速機は,金属接触を伴う境界潤滑状態で通常運転されるものではなく,この点に関する原告の主張は理由がない。
(2)表面粗さの大小とトラクション係数の大小との対応関係原告は,表面粗さの大小とトラクション係数の大小が対応しないとの本件審決の認定が誤りであると主張する。
アまず,甲2の記載事項について検討する。
(ア)潤滑32巻11号(昭和62年発行。甲2)には,次の記載がある。
「図4はナフテン系基油を使用した場合のトラクション係数μと接触圧力Pmaxの関係を横軸にすべり率Sをとって示したもので,ローラ間の電圧値で表わした潤滑状態も図中に同時に示している。いずれの接触圧力の場合も,トラクション係数はすべり率の絶対値の小さな範囲(以下,すべり率の大小は絶対値で考える)ではすべり率の増加とともに直線的に増加し(直線領域),それよりもすべり率が大きくなるとトラクション係数の増加割合が小さくなり(非直線領域),最大値を示した後はすべり率の増加とともにゆるやかに減少する(熱領域)傾向を示している。」(813頁右欄20〜30行)「図12にトラクション係数と表面あらさの関係を示す。直線領域ではトラクション係数にあらさの違いによる差はみられず,潤滑状態も良好である。しかし,S=-2%以上にすべり率が増加して熱領域に入るとあらさの小さいσ=0.06〜0.19μmの場合は,すべり率の増加に伴いトラクション係数が減少するのに対して,あらさの比較的大きいσ=0.24〜0.57μmの場合には逆に増加の傾向を示し,トラクション係数に及ぼすあらさの影響が顕著となっている。」(816頁左欄3〜11行)甲2の図12(本判決別紙図面)は,粗さごとのプロットが必ずしも明瞭とはいえないものの,これを詳細に見ると,以下の事項が看取できる。すなわち,トラクション係数が0.06に達するまでの直線に近い状態においては,表面粗さの大きい○の方がより粗さの小さい△よりもトラクション係数が小さくなっている。トラクション係数が約0.07付近に達し,直線から明らかに外れた位置になると,○と△のトラクション係数がほぼ同じになり,また更に進んで,すべり率が-3%を越えたあたりでは,粗さの小さい■の方がより粗さの大きな□よりもわずかにトラクション係数が大きくなっている。
(イ)トラクションドライブは,トラクション曲線における直線領域及びそれにごく近い非直線領域で使用されるとされていたものであるが,上記(ア)のとおり,直線領域ではトラクション係数に粗さによる違いは見られないとされている。そして,トラクションドライブでは,通常,使用されない熱領域に入るに従い,粗さによる差が見られるとされており,図12を見る限り,確かにそのような傾向が認められる。
(ウ)原告は,図12において,粗さの大小とトラクション係数の大小とが逆転しているのは,特異な1つのデータのみであり,これを除けば,粗さの大小とトラクション係数の大小との逆転現象は見られないと主張する。
しかしながら,甲2では,非線形領域を越えた熱領域に入るに従い,粗さによる差が見られるようになると説明されている。また,上記のとおり,図12でも,△と▲の関係も原告が主張するように粗さの大きな方がトラクション係数が小さくなっているが,その他のプロットにおいても,直線領域及びそれに近い領域において,粗さとトラクション係数の関係に明確な相関関係があるとはいえない。
(エ)したがって,本件審決が,「(甲2において)直線領域,及び境界領域のうちのトラクション係数が最大になる点に近い部分より直線領域に近い範囲(すべり率の絶対値が約2%以下)ではトラクション係数に粗さの違いによる差はみられない」と認定したことに誤りはなく,これが1つの特異データに基づいてのみ認定されたものとはいえない。
イ次に,原告が指摘する文献(甲22,24,6,11〜13)に開示された事項について検討する。
(ア)甲22日本機械学会論文集57巻538号(平成3年発行。甲22)の第10図,第11図に表された膜厚比Λ=0.94-0.97におけるすべり率とトラクション係数の関係によると,0〜10%の全すべり率で,表面粗さが大きいRq0.4(○で表される)の方が,表面粗さが小さいRq0.2(●で表される)の方よりも,トラクション係数が大きくなっている。そして,前記(1)イ(ウ)a認定の事項も併せ考えると,膜厚比Λ=0.94-0.97とは,境界潤滑状態であると考えられる。
したがって,甲22には,境界潤滑状態において,表面粗さが大きい面が,小さい面よりトラクション係数の大きいデータが開示されている。
(イ)甲24日本機械学会論文集53巻492号(昭和62年発行。甲24)には,「凹凸ローラのトラクション係数は,混合潤滑条件下(突起間干渉が生じている)では表面あらさの増加とともに増大し,その程度はすべり率ローラ回転速度の増加,接触圧力の減少とともに大きくなる。」(1874頁右欄6〜9行)との記載がある。
そうすると,甲24は,金属接触が生じる混合潤滑条件下においてはトラクション係数と表面粗さとの間に相関関係があることを示している。
(ウ)甲6社団法人日本潤滑学会名古屋大会研究発表会予稿集(昭和52年発行。甲6)には,「2種類の表面あらさΣRmaxについてすべり率Sを変えて実験を行った。」(157頁23行),「ΣRmax/hminで定義されるD値により整理したのが図8・図9である。図10に基礎となる理論最小油膜厚さhminを示す。」(159頁2〜5行),「トラクション係数に対するD値の影響に関し,D値の小さい範囲では構成されるE・H・L油膜の挙動が大きく影響し,大きい所では表面凹凸による金属の接触が支配的となるためと思われる。」(160頁13〜15行)との記載がある。また,159頁の図6,図7では,表面粗さが大きい方が表面粗さが小さいものよりも,トラクション係数が大きくなっている。
よって,甲6には,金属接触が支配的になると,表面粗さが大きくなるほどトラクション係数が大きくなることが示されている。
(エ)甲11潤滑20巻4号(昭和50年発行。甲11)には,「図1は,S45C(被駆動ローラ)とSUJ2(駆動ローラ)とを組み合わせ,SUJ2ローラの表面あらさをパラメータとして伝達トルク(摩擦係数)とすべり率との関係を求めたものである。同一のすべり率に対して摩擦係数は表面あらさが大なるほど増大するというきわめて当然の結果が得られている。すべり率の小さい範囲では接触するローラ間に相対速度差が生じみかけ上すべっているようにみえても,実際にはそれらの接触面は単に弾性的に変形しているにすぎない。」(269頁左欄23行〜右欄2行)との記載がある。
そうすると,甲11には,互いに接触しているローラ間においては,同一のすべり率に対して摩擦係数は表面粗さが大きくなるほど増大することが記載されている。
(オ)甲12数理科学364号(平成5年発行。甲12)には,「図5に示すように,両軸にはすべりによるトラクションと純転がり時にも生じるドラッグの双方によるトルクが同時に作用している。従って,駆動軸と従動軸には,図2に示す方向にトラクションとドラッグが作用する。図5はこのような両者の関係からトラクションとドラッグを算定してそれらを図示したものであり,ドラッグとしての転がり摩擦の大きさが,微小表面形状,転がり速度の影響を受けることがわかる。」(36頁右欄6〜14行)との記載がある。
そうすると,甲12には,互いに接触する駆動軸と従動軸間に生じる転がり摩擦の大きさは,微小表面形状の影響を受けることが記載されている。
(カ)甲13特開2002-327819(平成14年公開。甲13)には,「【請求項1】トラクションドライブ用転動体を備え,このトラクションドライブ用転動体の転動面間にトラクションオイルを介在させて動力を伝達する自動車用トロイダル式無段変速機において,トラクションドライブ用転動体の転動面にトラクションオイルの油膜厚さよりも大きい高低差の凹凸が形成されて,常時限界せん断応力付近で運転されることを特徴とする自動車用トロイダル式無段変速機。」,「【0076】一方,比較例2に示したように,表面の形状によっては,せん断応力,すなわち,トラクション係数を実施例1よりも大きくすることが可能であるが,この場合には,金属接触の程度が増大していることから,耐久性が劣化することが懸念される。このように,実施例1〜3では,金属接触を悪化させることなく,すなわち,油膜あるいは境界膜を維持しつつ,せん断応力(トラクション係数)の向上を実現できることがわかった。」との記載がある。また,表3及び図11に,表面粗さが大きい実施例4の方が,表面粗さの小さい実施例3よりも,トラクション係数が大きいことが記載されている。
そうすると,甲13は,金属接触を伴ってトロイダル型無段変速機を使用した状態では,表面粗さが大きい方がトラクション係数が大きくなることを示している。
ウ上記イの各文献によると,駆動面と従動面の表面同士が直接接触し,金属接触などにより動力を伝達する場合は,その表面粗さが大きい方がトラクション係数が大きくなると認められる。
しかしながら,前記(1)イ(イ)で判示したとおり,本件特許出願時には,トロイダル無段変速機はトラクションオイルによる皮膜を介在し,従動面と駆動面の転動面同士が直接接触することはないとされていたものである。そして,互いの表面同士は接触しないのであるから,直接接触することを前提とした上記イ認定の文献の開示事項が当てはまるということはできない。
また,トラクションドライブは,転動面間に油膜を挟み,この油に微小な相対滑りを与えて動力を伝達するのであるから(甲8の2),相互に接触していない上に,滑る油膜を介している転動面同士の表面粗さが,トラクション係数にそのまま影響するとは考えられない。事実,甲2によれば,トロイダル型無段変速機において通常使用される範囲において,転動面の表面粗さとトラクション係数の間に相関関係はないことが認められる。そして,この他に,トロイダル型無段変速機が通常使用される範囲において,転動面の表面粗さとトラクション係数の関係が知られていたことを示す証拠もない。
そうすると,表面粗さを単純に制御することにより,トロイダル型無段変速機において,トラクション係数を調節することが,本件特許出願時において,技術常識であったということはできない。
エ小括したがって,金属接触を伴わない範囲では,表面粗さの大小関係とトラクション係数の大小関係は完全には一致しないものであるから,この点に関する原告の主張は理由がない。
(3)本件発明の実施可能要件の充足性ア原告は,トロイダル型無段変速機は境界潤滑状態でも運転され,表面粗さの大小はトラクション係数の大小に相応することは,当業者の技術的な常識であるから,本件発明は,単に,接触面の周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなるように,接触面の表面粗さを設定するだけで実施できるから,実施可能要件を充足すると主張する。
しかしながら,前記(1)(2)のとおり,本件特許出願時に,トロイダル型無段変速機が境界潤滑状態で使用されていたものとは認められず,表面粗さの大小がトラクション係数に相応するとはいえないから,原告の主張は理由がない。
また,仮に,境界潤滑状態で使用されるような,通常のトロイダル型無段変速機とは異なるタイプの装置を対象としたものであるならば,そのような内容が明細書に明らかにされている必要があるが,本件明細書にはその点の記載がない。
イしたがって,いずれにしても,本件発明について,発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているということはできないから,本件特許は,法36条4項に規定する要件を満たしていないものである。
よって,法123条1項4号の規定により,本件発明は特許を受けることができず,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2結論以上の次第であるから,取消事由2(サポート要件違反)について判断するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 高部眞規子
裁判官 杜下弘記