運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2003-35066
関連ワード 新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  翻訳文 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 16年 (行ケ) 36号 審決取消請求事件
原告 イーグル工業株式会社
訴訟代理人弁護士 清永利亮,弁理士 櫻井義宏,高塚一郎
被告 日本ピラー工業株式会社
訴訟代理人弁理士 三木久巳
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/11/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2003−35066号事件について平成15年12月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告が特許権者である本件特許第2055326号「軸封装置」に係る発明(請求項1のみ。本件発明)についての出願は,平成4年2月26日の特許出願(特願平4-39621号)に係り,平成7年7月26日に出願公告(特公平7-69018号公報)がされた後,平成8年5月23日に特許の設定登録がされた。
原告は,平成15年2月21日,本件発明の特許無効審判を請求したが(無効2003-35066号),平成15年12月19日,審判請求不成立の審決があり,その謄本は平成16年1月7日原告に送達された。
2 本件発明の要旨(特許請求の範囲を分節し,これに符号A〜Fを付した。) A.シールケーシング(15)及びこれを洞貫する回転軸(16)の一方に第1密封環(12,22)を固定保持すると共に他方に第1密封環(12,22)へと押圧附勢させた第2密封環(13,23)を軸線方向摺動可能に保持させてなる2組のメカニカルシール(11,21)により, B.両メカニカルシール(11,21)間に形成されたパージ流体領域(C)を介して,被密封流体領域(A)と大気領域(B)とを遮蔽シールするように構成された軸封装置において, C.被密封流体領域(A)側の第1メカニカルシール(11)を第2密封環(13)に被密封流体領域(A)の流体圧力が背圧として作用する接触型シールに構成すると共に, D.大気領域(B)側の第2メカニカルシール(21)を,第2密封環(23)にパージ流体領域(C)の流体圧力が背圧として作用する非接触型シールに構成し, E.かつパージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させたことを特徴とする F.軸封装置。
3 原告が審判で主張した無効理由 (1) 無効理由1 本件発明は,審判甲第1号証に記載された発明であり,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものであるから,特許法123条1項1号の規定により無効とすべきである。
(2) 無効理由2 本件発明は,審判甲第1号証に記載された発明により,あるいは審判甲第1号証に記載された発明に,審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載された周知技術を適用して,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,特許法123条1項1号の規定により無効とすべきである。
(3) 証拠方法 審判甲第1号証(本訴甲第1号証):ジ アメリカン ソサエティー オブ リュブリケーション エンジニアーズ発行,リュブリケーション エンジニアリング,第35巻第7号,1979年(昭和54年)7月発行,p.367-375,A著,「らせん溝非接触面シールの基礎(Fundamentals of Spiral Groove Noncontacting Face Seals)」 審判甲第2号証(本訴甲第2号証):テキサス A&M ユニバシティー発行,第6回国際ポンプユーザーズ シンポジウム会報,1989年(平成1年)4月発行,同年9月26日英国図書館文献サービスセンター(BLDSC)収蔵,p.53-58,アフザル アリ著,「上流ポンピング:メカニカルシール設計における新展開(UPSTREAM PUMPING:NEW DEVELOPMENTS IN MECHANICAL SEAL DESIGN)」 審判甲第3号証(本訴甲第3号証):日本機械学会発行,日本機械学会誌 第80巻 第706号,昭和52年9月発行,p.43-49,鷲田彰著,「ポンプ用メカニカルシールの現況と将来展望」 4 審決の理由の要点 (1) 審判甲第1号証の記載内容 審判甲第1号証には,下記のA′〜D′及びF′の構成が記載されているものと認められる。
A′「シールケーシング及びこれを洞貫する回転軸の一方に第1密封環を固定保持すると共に他方に第1密封環へと押圧附勢させた第2密封環を軸線方向摺動可能に保持させてなる2組のメカニカルシールにより,」 B′「両メカニカルシール間に形成されたパージ流体領域を介して,被密封流体領域と大気領域とを遮蔽シールするように構成された軸封装置において,」 C′「被密封流体領域側の第1メカニカルシールを第2密封環に被密封流体領域の流体圧力が背圧として作用する接触型シールに構成すると共に,」 D′「大気領域側の第2メカニカルシールを,第2密封環にパージ流体領域の流体圧力が背圧として作用する非接触型シールに構成し,」 F′「軸封装置」 審判甲第1号証には,これらの構成に加え,下記E′の構成が記載されているものと認められる。
E′「パージ流体領域に被密封流体より高圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた」 (2) 無効理由1についての審決の判断 (2)-1 対比 本件発明と審判甲第1号証に記載の発明(引用発明)を対比すると,引用発明の構成A′は,本件発明の構成Aに,以下同様に,構成B ′は構成Bに,構成C ′は構成Cに,構成D ′は構成Dに,構成F′は構成Fに,各々相当するので,本件発明と引用発明の一致点及び相違点は,本件発明の用語を用いて表すと,以下に示すとおりのものである。
[一致点] A.シールケーシング及びこれを洞貫する回転軸の一方に第1密封環を固定保持すると共に他方に第1密封環へと押圧附勢させた第2密封環を軸線方向摺動可能に保持させてなる2組のメカニカルシールにより, B.両メカニカルシール間に形成されたパージ流体領域を介して,被密封流体領域と大気領域とを遮蔽シールするように構成された軸封装置において, C.被密封流体領域側の第1メカニカルシールを第2密封環に被密封流体領域の流体圧力が背圧として作用する接触型シールに構成すると共に, D.大気領域側の第2メカニカルシールを,第2密封環にパージ流体領域の流体圧力が背圧として作用する非接触型シールに構成し, E.かつパージ流体領域に窒素ガス等のパージガスを注入させた F.軸封装置。
[相違点] 本件発明においては,「パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガスを注入させた」のに対し,引用発明においては,パージ流体領域に被密封流体より高圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた点。
(2)-2 相違点についての判断 審判甲第1号証の図11に開示されているとおりに,中間室のガス(窒素ガス)圧が被密封流体圧より(わずかに)高圧であり,請求人(原告)が主張するように「安全シールとして使われるとき,このらせん溝シールは通常非常に低い圧力差で運転される。」の記載を根拠として,審判甲第1号証の図11のものにおいて中間室のガス(窒素ガス)圧が被密封流体圧より低圧であり,Eの構成を具備する,との請求人の主張はその解釈を誤ったものといわざるを得ない。
そして,本件発明は,A,Bの構成をなす軸封装置においてC,D,Eのように構成しておくことによって,(ア)高圧条件下や液体アンモニア等の揮発性流体ないし低沸点流体に対しても,良好かつ安定したシール機能を発揮し得る信頼性の高い軸封装置を提供することができる。
(イ)パージ流体の循環を行うための周辺機器を必要とせず,装置構造を簡素化することができる。
という効果を共に奏するものであり,これらいずれの構成を欠いても成立しないものである。
したがって,引用発明が,本件発明のEの構成である「パージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた」点を具備しないものであって,本件発明のすべての構成A〜Fを具備するものでない以上,本件発明は引用発明とは認められないので,特許法29条1項3号に該当するものとは認められない。
(3) 無効理由2についての審決の判断 (3)-1 対比 本件発明と引用発明を対比すると,無効理由1におけるのと同様の[一致点]及び[相違点]が存在する。
(3)-2 相違点についての判断 ここでは,上記相違点に関し,「2つの接触型・非接触型シールであるメカニカルシールをタンデム配置(各流体を密封環の背圧として作用するように密封環を配列した配置)した場合には,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすること,」(以下,「技術事項」という。)が周知の技術にすぎないものか否かについて,引用発明及び審判甲第2号証に記載された発明について,各々その妥当性を検討する。
(a)審判甲第1号証に記載されたものから,前記技術事項が周知技術であるといえるか否かについて 2つのメカニカルシールをタンデム配置した場合でも,中間室の窒素ガスを被密封流体の圧力より高圧とする場合があることは,2つのメカニカルシールが接触シールと非接触シールの組合せからなる審判甲第1号証の図11にも示されているが,審判甲第1号証の図10は2つのメカニカルシールである非接触型シールのみからなるシールをタンデム配置したものであるが,当該図10及びこれに関する説明には,中間室の圧力を被密封流体の圧力より低圧とすることはもちろん,中間室にガスを注入することすら記載されていない。これらの例を考慮しても分かるように,2つのメカニカルシールをタンデム配置した場合であっても,2つのメカニカルシールが非接触型・接触型シールである場合及び2つのメカニカルシールが共に非接触型シールである場合に,必ず,中間室の圧力を被密封流体より低くすることが開示されているわけではなく,2つのメカニカルシールをタンデム配置した場合には,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすることが周知の技術であるとは認めることはできない。
(b)審判甲第2号証に記載されたものから,前記技術事項が周知技術であるといえるか否かについて 審判甲第2号証の54頁左欄5〜47行,翻訳文2頁28行〜4頁4行の記載事項には,「…多重シールは,こうして,再定義されなければならなかった。外観では迷わされるだろうから,シール配置に利用するその補助装置がより理論的な基準になる。これより,多重シールは次のように再定義された: タンデムシール:低圧のシール補助装置を利用する多重シール。APIプラン52。
ダブルシール:高圧のシール補助装置を利用する多重シール。そのバリア流体圧力が常時その被密封領域の喉部(the throat of the seal cavity)の圧力よりも高い水準に維持される。
定義から,したがって,タンデム配置においてはその高圧被密封流体(the high pressure product)の低圧バリア流体への漏洩が原因で,このバリア流体が被密封流体(the product)により絶えず汚染されることが推断できる。…」と記載されており,また,審判甲第2号証の図3には,中間室の圧力が被密封流体領域より低圧となっているタンデムシールが示されている。これらの点を考慮すると,請求人が主張するように,タンデムシールにおいて,2組の接触型シールを配置し,中間室には接触型シールの潤滑が可能となる液体が注入されたものにおいては,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすることはその記載よりみて妥当な解釈と認められる。
しかしながら,審判甲第2号証の図3に記載されたものは2組の接触型シールをタンデム配置したものであり,本件発明のC+Dのような接触型シールと非接触型シールをタンデム配置したものでもなく,中間室にガスを注入しないものである。
当該タンデムシールにあっては,大気領域側のメカニカルシールが接触型シールであるから,中間室には当該接触型シールの潤滑が可能となる液体が注入される。その理由は,中間室にガスを注入すると,大気側領域側の接触型シールがドライ運転となり,シール面に焼き付きを生じて,良好なシール機能を発揮することができないからである。このことは,審判甲第2号証の図3において,中間室と熱交換器との間で水循環させる構成が図示されていることからも理解できる。このように中間室にガスを注入することを行い得ない審判甲第2号証の図3に記載された技術は,中間室に液体を注入することを行い得ない本件発明の軸封装置(中間室に液体を注入すると,大気領域側の非接触シールによるシール機能が発揮されない)に適用すること自体,無理があり,非接触型シールと接触型シールとの差を考えると,単純に中間室に低圧液を注入する技術と中間室に低圧ガスを注入する技術とを適宜置換可能とすることはできない。
してみると,仮に,2組の接触型シールをタンデム配置した場合には,中間室には接触型シールの潤滑が可能となる液体を注入し,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすることが通例であるとしても,2つのメカニカルシールをタンデム配置した場合であっても,2つのメカニカルシールが共に非接触型シールである場合は,中間室の圧力を被密封流体より低くすることが周知の技術であるとは認めることができないのと同様,本件発明のように2つのメカニカルシールをタンデム配置した接触型・非接触型シールにおいて,しかも中間室にガスを注入したものにおいては,必ずしも中間室の圧力を被密封流体より低くすることが周知技術とは認められない。
なお,本件発明のように,中間室にガスを注入した場合にあっては,中間室の圧力が被密封流体領域の圧力よりわずかに高いものであっても,被密封流体領域側のメカニカルシールが接触型シールであるので,当該接触型シールがドライ運転となり,シール面に焼き付きを生じて,良好なシール機能を発揮することができないと考えるかもしれないが,審判甲第2号証の54頁右欄32〜37行,翻訳文5頁1〜5行の記載事項には,「ダブル配置においては,漏洩はバリア流体から被密封流体(the process)の中へと起こるだけであることが普通当然であると思われている。あいにくこれが必ずしも正しいとは限らない。漏洩はその圧力差にも係らず被密封流体(the process)からバリア流体へと起こることがある。…」と記載されていることから,中間室にガスを注入した場合であって,中間室の圧力が被密封流体領域の圧力よりわずかに高いことを考えると,被密封流体領域側の接触型シールは被密封流体の漏洩により安定したシール機能を維持するものと認められる。
よって,以上のことから,たとえ,2つの接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合には中間室の圧力を被密封流体圧より低くすることが知られているとしても,2つの非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合,及び2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合においては,上記したように,中間室の圧力を被密封流体より低くすることが周知の技術であるとは認められない。
したがって,本件発明はC,Dの構成のようなメカニカルシールの配置においてパージガスを被密封流体より低圧としておくことに格別の工夫があるものであるところ,審判甲第1号証及び審判甲第2号証にはC+Dの構成において中間室に低圧ガスを注入しておく点について記載又は示唆がないことを考慮すると,本件発明は引用発明に基づき,あるいは,引用発明に,上述のように,「2つの接触型・非接触型シールであるメカニカルシールをタンデム配置した場合には,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすること,」が周知の技術とは認められない引用発明及び審判甲第2号証に記載された発明を適用し,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。
なお,審判甲第3号証には,本件発明の新規性,進歩性を論ずる上で特に関係がある技術内容が記載されているとは認められない。
(4) 審決のむすび したがって,請求人が主張する理由及び提示した証拠方法によっては,本件特許を無効とすることはできない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用発明認定の誤り) 審決は,引用発明においては,「E′.パージ流体領域に被密封流体より高圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた」構成としていると認定したが,誤りである。
(1) 審判甲第1号証の図9及び図11に破線で示されている「らせん溝パターン」は,回転された時,内向きにガスを送り込むような構成になっており,らせん溝パターンの外側が高圧,内側が低圧になるよう設計されている。このため,図9のシール装置ではBUFFER GAS INJECTION AT PRESSURE ”P0>P1”となっているのは,首肯できる。
一方,図11のセーフティタンデム配列においては,らせん溝シールが大気領域側の第2メカニカルシールとして配置されているから,パージ流体(NITROGEN GAS INJECTION)の圧力は大気(ATMOSPHERE)の圧力より高く設定される。しかし,被密封流体側の第1メカニカルシールは接触型であるから,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力より高く設定する必要性はない。
また,図11のセーフティタンデム配列においては,被密封流体は液体であり,パージ流体は潤滑性のない窒素ガスであることから,接触型の第1メカニカルシールの接触部の潤滑を考えると,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定するのが技術常識であって,逆に,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力より高く設定するのは,当業者の技術常識に反することである。
このように,審判甲第1号証の図11のセーフティタンデム配列からすると,「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0>P1”」の記載は「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0 (2) 周知技術として提出した審判甲第2号証には,「タンデムシールは,同じ向きにして搭載された二つのシングルシールから構成され(図3),その二つのシールの間に大気圧あるいはそれに近い圧力の補助的な中立流体を伴う。」(54頁左欄5〜8行,翻訳文2頁28行〜3頁1行),「タンデムシール:低圧のシール補助装置を利用する多重シール。・・・ダブルシール:高圧のシール補助装置を利用する多重シール。そのバリア流体圧力が常時その被密封領域の喉部の圧力よりも高い水準に維持される。」(54頁左欄27行〜32行,翻訳文3頁17〜20行)と記載されており,これらの記載によれば,タンデムシールは,二つのシールの間に低圧のシール補助装置が利用されるものであり,ダブルシールは,高圧のシール補助装置が利用されるものであることが分かる。
したがって,審判甲第2号証の記載事項からみても,審判甲第1号証の図11のセーフティタンデム配列の「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0>P1”」の記載は「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0 (3) 甲第5号証(「Guidelines for Meeting Emission Regulations for Rotating Machinery with Mechanical Seals」1990年(平成2年))には,「タンデムシール タンデムシールは2つのシールアセンブリから構成され,シールアセンブリ間のバリア流体は被密封液の圧力より低い圧力で運転される。内側の1次シールは,被密封流体の全圧力をシールし,外側のシールは典型的には加圧されないバリア流体をシールする。図2を参照せよ。」(2頁右欄2〜8行)と記載されている。
甲第6号証(菊川弘道ほか「ドライガスシール」産業機械No.494(1991年(平成3年))には,ドライガスシールと題して記載されており(51〜53頁),「3.スパイラル溝型ドライガスシールの原理」の欄には,審判甲第1号証に記載のらせん溝シールに相当する非接触型のスパイラル溝型ドライガスシールが説明され,続いて「5.ガスシールの組み合わせ」の欄には,「タンデムシール 通常使用される組合せで,プロセス側シールで圧力を受け,大気側シールはバックアップで通常大気圧に近い。」(53頁右欄1〜4行),「最も多く採用されるのはタンデムシールである。理由はプロセス側ガスシールが圧力を受け,大気側のガスシールはプロセス側ガスシールをバックアップ(プロセス側ガスシールに万一不都合が生じた場合の予備シール)する安全構造となっているためである。」(53頁右欄15〜20行)と記載されている。
甲第7号証(「world pumps」(1985年(昭和60年)10月)中の「Dry running gas seals」)には,審判甲第1号証に記載のらせん溝シールに相当する非接触型のシール装置が記載されており(297〜300頁),その中で「圧力が高い場合の適用では,タンデムシール,図11,が考えられる。各シールを横切る圧力差は,およそ被密封流体圧力の50%とされ,それによって,被密封流体圧力がシングルシールで受けることのできる圧力を超える場合に,この装置が使えるようにしている。」(299頁左欄下から14〜7行)と記載されている。
(4) 甲第5〜第7号証のこれらの記載によれば,審判甲第1号証の図11に記載のようなセーフティタンデム配列においては,被密封流体の圧力よりもパージ流体の圧力の方が低く設定されることが技術常識であることが分かる。
したがって,技術常識からしても,審判甲第1号証の図11の「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0>P1”」の記載は「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0 (5) 著者自身が,審判甲第1号証の図11の上記記載が誤記であることを認めている。すなわち,審判甲第1号証の著者である,Aの,原告の質問(甲第9号証)に対する回答書(甲第10号証)によれば,同氏は,概ね,「図11にはエラーがありました。」「図11の記述は,”P0 (6) 以上のとおり,審判甲第1号証には,実質的に「E.パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた」構成が記載されていたに等しいものである。したがって,審決が,審判甲第1号証には,「E′.パージ流体領域に被密封流体より高圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた」構成が記載されていると認定したのは誤りである。
2 取消事由2(無効理由1についての判断(新規性判断)の誤り) 審決は,本件発明と引用発明との相違点として,「本件発明においては,「パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガスを注入させた」のに対し,引用発明においては,パージ流体領域に被密封流体より高圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた点」と認定している。
しかしながら,上述したように,審判甲第1号証には,実質的に「パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガスであるパージガスを注入させた」構成が記載されているから,本件発明と引用発明とはすべての点で一致し,相違点はない。
したがって,審決の,「引用発明が,本件発明のEの構成である「パージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた」点を具備しないものであって,本件発明のすべての構成A〜Fを具備するものでない以上,本件発明は引用発明とは認められないので,特許法29条1項3号に該当するものとは認められない。」との判断は誤りである。本件発明は,引用発明にほかならない。
3 取消事由3(無効理由2についての判断(進歩性判断)の誤り) 仮に,審決が認定するように,引用発明が,本件発明のEの構成である「パージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた」点を具備しないとしても,本件発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(1) 判断手法の誤り 審決は,「ここでは,上記相違点に関し,「2つの接触型・非接触型シールであるメカニカルシールをタンデム配置(各流体を密封環の背圧として作用するように密封環を配列した配置)した場合には,中間室の圧力を被密封流体より低圧にすること,」(以下,「技術事項」という。)が周知の技術にすぎないものか否かについて,引用発明及び審判甲第2号証に記載された発明について,各々その妥当性を検討する。」とした上で,「2つの接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合には中間室の圧力を被密封流体圧より低くすることが知られているとしても,2つの非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合,及び2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合においては,上記したように,中間室の圧力を被密封流体より低くすることが周知の技術であるとは認められない。」と認定したが,誤りである。
審決は,「2つの接触型・非接触型シールであるメカニカルシールをタンデム配置した」構成(本件発明のC,Dの構成)を,一致点として認定しているのであるから,周知事項であるかどうかの検討対象は,相違点であるEの構成(「パージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた」点)とすべきであり,「2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合において,中間室の圧力を被密封流体より低くすること」を周知技術の検討対象とするのは,妥当でない。
審決は,周知事項を2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置したものに適用することの想到容易性の問題として検討すべきことを,発明の同一性の判断の問題(周知事項の認定の問題)として検討するものであり,判断手法を誤り,周知事項として認定すべき対象を誤っている。
審決は,周知技術の認定を誤り,誤った判断手法を用いた結果,「したがって,本件発明はC,Dの構成のようなメカニカルシールの配置においてパージガスを被密封流体より低圧としておくことに格別の工夫があるものであるところ,審判甲第1号証及び審判甲第2号証にはC+Dの構成において中間室に低圧ガスを注入しておく点について記載又は示唆がないことを考慮すると,本件発明は引用発明に基づき,あるいは,引用発明に,上述のように,「2つの接触型・非接触型シールであるメカニカルシールをタンデム配置した場合には,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすること,」が周知の技術とは認められない引用発明及び審判甲第2号証に記載された発明を適用し,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。」という誤った結論を導いている。
(2) 周知技術認定の誤り 審決は,相違点であるEの構成(「パージ流体領域(C)に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガス(G)を注入させた」点)を周知技術と認定すべきところ,周知技術の認定を誤ったことは上述のとおりである。
相違点であるEの構成は,以下のとおり,周知である。
審判甲第2号証,甲第5〜第7号証には,取消事由1において摘示したとおりの記載がある。これらの記載からすると,審判甲第2号証では,パージ流体領域の流体の圧力が大気圧あるいはそれに近い圧力とされていることが分かる。また,甲第5号証には,パージ流体領域の流体の圧力が被密封液の圧力より低い圧力で運転されることが示されている。甲第5号証は,そのタイトルが示すように,メカニカルシールを用いた回転機械のための,排出物質規制に適合するためのガイドラインであり,メカニカルシールの技術分野における基準を示すものである。また,甲第6号証には,2つの非接触型シールを用いたタンデム配列のシールにおいても,パージ流体領域の流体の圧力が被密封流体の圧力より低い大気圧に近い圧力とされることが示されている。さらに,甲第7号証では,2つの非接触型シールをタンデム配列したタンデムシールにおいて,パージ流体領域の流体の圧力が被密封流体の圧力の50%の圧力とされていることが分かる。
これらから明らかなように,本件発明の「E.パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガスを注入させた」点は,本件発明の技術分野において,その出願前に周知の事項であったものである。また,2つの非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合においても,「パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガスを注入させた」点は,周知の事項である。
(3) 進歩性判断の誤り 審決は,2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合においては,中間室の圧力を被密封流体より低くすることが周知の技術であるとは認められないとして,本件発明の進歩性を肯定したが,誤りである。上述のとおり,審決は,判断の前提である周知の事項の認定において誤っており,本件発明の進歩性の判断も誤りである。
2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置することは審判甲第1号証に記載されており,審判甲第1号証の図11はセーフティタンデム配列と題され,パージ流体としては窒素ガスが,被密封流体としては液体製品が用いられている。図11のセーフティタンデム配列においては,非接触型シールであるらせん溝シールが大気領域側の第2メカニカルシールとして配置されているから,パージ流体の圧力は大気圧より高く設定されるが,被密封流体側の第1メカニカルシールは接触型であるから,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力より高く設定する必要性はなく,むしろ,被密封流体は液体であり,パージ流体は潤滑性のない窒素ガスであることから,接触型の第1メカニカルシールの接触部の潤滑を考えると,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定することは,当業者の技術常識からすると容易に想到できることである。
タンデムシールにおいて,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定することは,審判甲第2号証,甲第5〜第7号証に記載のとおり周知の技術にすぎない。また,甲第6及び第7号証に示されているように,2つの非接触型のシールをタンデム配置したものにおいてパージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定することも周知である。さらにまた,審判甲第2号証に示されているように,2つの接触型シールをタンデム配置したものにおいてパージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定することも,周知である。したがって,審判甲第1号証に記載の,2つの接触型・非接触型メカニカルシールをタンデム配置したものにおいて,上記周知技術を適用して,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定することは,当業者であれば容易に想到できるところである。
本件発明において,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力よりも低く設定したことによる効果についてであるが,本件明細書(甲第14号証)には,「第1メカニカルシール11にあっては,・・・パージ流体圧力P′を低圧としておくことによって,両密封環12,13によるシール部分に作用する負荷を大幅に低減することができ,被密封流体の性状や圧力条件に拘わらず,良好かつ安定したシール機能を発揮させることができる。」(【0021】),「また,第2メカニカルシール21については,それが非接触型のガスシールであるから,摺動密封環23に背圧として作用するパージガス圧力P′が被密封流体圧力Pより低圧であることとも相俟って,高圧条件下においても良好なシール機能が発揮されることになる。」(【0022】),と記載されている。しかし,上記第1メカニカルシールの効果は,審判甲第2号証の接触型シールの奏する効果にすぎず,また,上記第2メカニカルシールの効果も,甲第6及び第7号証の非接触型シールの奏する効果にすぎないから,本件発明が格別の効果を奏しているということもできない。
以上のとおり,審決が,「したがって,本件発明はC,Dの構成のようなメカニカルシールの配置においてパージガスを被密封流体より低圧としておくことに格別の工夫があるものであるところ,審判甲第1号証及び審判甲第2号証にはC+Dの構成において中間室に低圧ガスを注入しておく点について記載又は示唆がないことを考慮すると,本件発明は引用発明に基づき,あるいは,引用発明に,上述のように,「2つの接触型・非接触型シールであるメカニカルシールをタンデム配置した場合には,中間室の圧力を被密封流体より低圧とすること,」が周知の技術とは認められない引用発明及び審判甲第2号証に記載された発明を適用し,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。」と認定判断したのは,誤りである。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(引用発明認定の誤り)に対し (1) 原告は,審判甲第1号証の図11には誤記があり,誤記を正せば,甲第1の図11に記載されたセーフティタンデム配列(以下「当該セーフティタンデム配列」という。)は,本件発明の構成要素A〜Fに相当する構成をすべて具備すると認定できるから,Eに相当する構成を具備しない(圧力関係においてEと正反対をなす構成E′を具備する)とする,審決の認定は誤っている旨を主張する。
しかし,この主張は,自らが提示した証拠(審判甲第1号証)を自らが否定するものである。これでは,E以外の構成A〜D,Fについても,本件発明と引用発明とが一致するとしたことについて,審判甲第1号証のどの部分から何を根拠として見出されるかについて疑問が生じることとなり,審判甲第1号証を新規性否定の根拠とする意味が不明ということになる。
加えて,審判甲第1号証の記載に誤りがあると指摘するのであれば,まず,当該誤りとする記載がその他の記載との間に明らかな矛盾があるかどうかを検討し,その上で矛盾があれば技術常識,周知技術に照らして正当な記載を見出すべきである。しかし,原告は,図11の記載「NITROGEN GAS INJECTION AT ”P0>P1”」が,図11についての解説(373頁右欄1〜26行,同翻訳文5頁23行〜6頁13行)に対して矛盾しているかどうかについての検討を行っていない。当該解説と図11の記載とには矛盾もないから,図11の記載が誤記であるとする根拠は見当たらない。
(2) 原告は,当業者の技術常識に反することをもって,図11の記載が誤記であることの根拠とする。
審決が,審判甲第1号証の記載事項の認定に際して,原告が審判で主張したのに対し,「そして,通常運転時においても中間室の圧力つまり窒素ガス圧を被密封流体圧力より高い圧力(通常,相対的に,わずかに高い圧力と認められる。)としていても差圧がそれほど高くないうえに,・・・どうしても漏洩が生じるが,その漏洩は,正常に作動している一次シールである接触シールの潤滑に使用され,被密封流体は該接触シールにより遮断されるものと考えられる。」と説示しているように(甲第4号証の審決書10頁下から2段落目),シール条件や接触型シールの構造によっては,接触型の第1メカニカルシールの接触部の潤滑を考慮したとしても,パージ流体の圧力を被密封流体の圧力より高く設定することは可能であり,当業者の技術常識に反することでもない。
(3) 原告は,審判甲第2号証,甲第5〜第7号証の記載を根拠として,審判甲第1号証の図11の記載が誤記である旨を主張する。
しかし,審判甲第2号証の図3に記載されたものは,2つの接触型シールをタンデム配置したものであり,当該セーフティタンデム配列のような接触型シールと非接触型シール(非接触型のメカニカルシール)をタンデム配置したものでも,中間室にガスを注入するものでもない。このように2つの接触型シールからなるタンデムシールにおいてこそ,潤滑を考慮して,中間室には潤滑作用のある液体を注入するのである。
甲第5号証の図2に示されたものも,同様であり,2つの接触型シールをタンデム配置したものであり,図10から明らかなように中間室にはガスでなく液体を注入するものである。
甲第6号証のタンデムシール(53頁右欄)は,2つのガスシール(非接触型シール)をタンデム配置したものであり,中間室にパージガスを注入するものでない。すなわち,甲第6号証のタンデムシールは,2つのガスシールにより高圧側から低圧側へと段階的に減圧させることによりプロセスガスをシールするものであり,中間室には漏洩したプロセスガスが存在するにすぎない。このことは,甲第6号証に,「タンデムシール 通常使用される組合せで,プロセス側シールで圧力を受け,大気側シールはバックアップで通常大気圧に近い。」(53頁右欄1行〜4行),「最も多く採用されるのはダンデムシールである。理由はプロセス側ガスシールが圧力を受け,大気側のガスシールはプロセス側ガスシールをバックアップ(プロセス側ガスシールに万一不都合が生じた場合の予備シール)する安全構造となっているためである。」(53頁右欄15行〜20行)と記載されていることから,明らかである。
甲第7号証の図11に示された記載されたタンデムシールも,甲第6号証と同様に,2つのガスシール(非接触型シール)により高圧側から低圧側へと段階的に減圧させるようにしたものである。甲第7号証に,「圧力が高い場合の適用では,タンデムシール,図11,が考えられる。各シールを横切る圧力差は,およそ被密封流体圧力の50%とされ,それによって,被密封流体圧力がシングルシールで受けることのできる圧力を超える場合に,この装置が使えるようにしている。」(299頁左欄下から14行〜7行)と記載されているように,被密封流体(プロセスガス)が高圧側ガスシールのみでシールし難いような高圧のものである場合には,高圧側ガスシールで被密封流体圧力の50%程度まで減圧し,減圧された圧力を中間室において低圧側ガスシールで受けるようにしているのであり,中間室に被密封流体以外のパージガスを注入するものではない。
したがって,審判甲第2号証,甲第5〜第7号証に記載されたタンデムシールは,いずれも,当該セーフティタンデム配列のように接触型シールと非接触型シールとを組み合わせたものでも,中間室にパージガスを注入したものでもないから,本件発明の構成Eが技術常識であるとの前提で,審判甲第1号証の図11が誤記である旨の主張は,当を得ない。
(4) 原告は,審判甲第1号証の著者の説明を根拠として,審判甲第1号証の図11の記載が誤記である旨を主張する。
しかし,審判甲第1号証の図11の記載が当該解説欄の記述と矛盾しないのであるから,著者の説明にかかわらず,審判甲第1号証は,誤記がないものとして扱われるべきでものである。
なお,通常,学術論文は,掲載までに幾度となく著者及び編集者等によるチェックがなされるものである。また,原告がいうように,審判甲第1号証の図11における誤りが,当業者の技術常識をもってすれば,さほどの困難もなく看破できるのであれば,誤記は既に修正されているはずである。著者の説明は信用できない。
(5) したがって,引用発明におけるセーフティタンデム配列においては,Eの構成とは圧力関係を逆にするE′の構成が採用されているとした審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(無効理由1についての判断(新規性判断)の誤り)に対し 引用発明におけるセーフティタンデム配列においては,Eの構成とは圧力関係を逆にするE′の構成が採用されているのであるから,本件発明が,引用発明と同じであるはずはなく,無効理由1についての審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(無効理由2についての判断(進歩性判断)の誤り)に対し (1) 原告は,Eの構成を周知事項でないとする審決の進歩性の判断は誤りである旨主張する。
しかし,上述したように,審判甲第2号証の図3及び甲第5号証の図2に示されたものは,いずれも,2つの接触型シールをタンデム配置したものであって,両シールの中間室に液体を注入するものであり,また,甲第6号証の53頁右欄の写真及び甲第7号証の図11に示されたものは,いずれも,2つの非接触型シール(ガスシール)をタンデム配置したものであって,両シールの中間室にパージ流体を注入しないものである。すなわち,これら各甲号証に記載されたタンデムシールは,いずれも,「パージ流体領域に被密封流体より低圧の窒素ガス等のパージガスを注入させた」ものではなく,原告の主張は失当である。
(2) 原告は,2つの非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合,中間室の圧力を被密封流体より低くすることは,甲第6及び第7号証に記載のように周知の事項であるから,審決は,判断の前提である周知の事項の認定において誤っており,その結果,本件発明の進歩性判断についても誤っている旨を主張する。
しかし,原告は,審決の「中間室の圧力を被密封流体より低くすることが周知の技術であるとは認められない」との説示を誤解しているか,あえて曲解している。
すなわち,原告は,「中間室の圧力」を「パージガスが注入されていない場合における中間室の圧力」をも含むものと解しているが,審決の説示において,「中間室の圧力」は,当然に「中間室の注入されたパージガスの圧力」のみを意味するものである。
一方,甲第6及び第7号証に記載されたタンデムシールは,2つの非接触型メカニカルシール(ガスシール)をタンデム配置したものであり,かつ中間室の圧力が被密封流体より低くなるものであるが,上述したように,中間室にはパージガスが注入されるものではなく,高圧側ガスシールにより減圧された被密封流体(プロセスガス)が侵入するにすぎない。したがって,甲第6及び第7号証からは,2つの非接触形メカニカルシールをタンデム配置していることは導き出し得ても,中間室にパージガスを注入することは導き出し得ないから,「2つの非接触型メカニカルシールをタンデム配置した場合,中間室の圧力を被密封流体より低くすることは,甲第6及び第7号証に記載のように周知の事項である」とすることはできない。
(3) 原告は,「第1メカニカルシールの効果は,審判甲第2号証の接触型シールの奏する効果にすぎず,また,上記第2メカニカルシールの効果も,甲第6及び第7号証の非接触型シールの奏する効果にすぎないから,本件発明が格別の効果を奏しているということもできない。」と主張する。しかし,かかる主張は,C+Dの構成をなすタンデムシールにおいて中間室にEのパージガスを注入するようにした本件発明と,中間室にパージガスを注入せずに2つの接触型シール又は2つの非接触型シールをタンデム配置したにすぎない審判甲第2号証又は甲第6及び第7号証のタンデムシールとを比較するといったものであり,不当である。
(4) 以上のとおり,原告は,タンデムシールにおいて中間室に被密封流体より低圧のパージガスを注入しておく点が周知技術であることを立証しておらず,また審判甲第1号証の当該セーフティタンデム配列がEに相当する構成を具備しないことは,上述したように明らかである。したがって,審決の無効理由2についての判断に誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,審判甲第1号証記載の事項の誤認に基づく取消事由1,2は理由がないが,進歩性判断の誤りをいう取消事由3は理由があるものと判断する。すなわち,以下のとおりである。
1 まず,引用発明についてみると,審判甲第1号証(甲1)には次の記載がある。
(イ)「高温の,汚染された,あるいは有害な気体をシールする時の適用においては,清浄で,かつ/又は冷却されたガスが被密封ガスよりも高い圧力でこの緩衝帯に注入される。この注入されたガスは,その圧力差とラビリンスの設計によって決まる速度でこのラビリンスを通過しプロセス内に流れる。この時らせん溝シールはこの注入されたガスだけをシールする。」(翻訳文4頁19〜23行) (ロ)「被密封圧力がシングルシールの能力をこえる所での適用には,タンデム配置が用いられる(図10)。この配置では安全上のバックアップもまた提供される。もしその一次シールが故障したならば,その機外側シールは,その設備を停止できるまでの間一次シールとして引き継ぐことが可能である。高圧に適用して使用されるとき,一次シールの漏洩によってその二つのシールの間で圧力低下が起こる。・・・シールの幾何学的配置は,機外側シールの圧力と漏洩を最小にするように修正することができる。替わりに,この圧力の低下は,シールの漏洩に加え圧力調整弁の使用によっても遂行できる。」(翻訳文5頁12〜22行) (ハ)「図11に示すような,接触シールとタンデムに組み合わせたらせん溝シールによって構成されるシール配置は,安全シール,緩衝シール,あるいはその両方として使用することができる。タンデムシール配置は通常,両方のシールが同じ方向に向くように考案される。このらせん溝シールはこの方式かあるいは図示のように置くことができる。この一次シールが低温流体(cryogenic fluids)をシールするときの適用では,このらせん溝シールは,その被密封流体(the product)と大気の間の緩衝帯の役目をすることができる。この緩衝帯はその接触シールを,大気に触れることによって,漏洩が起こる可能性のある場所に氷が着くことから守る。
通常は,接近した隙間のブッシュ,あるいはパッキンがこの目的のために使われる。しかしながら,このらせん溝シールは,以下のさらなる利点を伴って使用することができる: 1. この緩衝帯へ供給するために使用する窒素の量は,このらせん溝シールのシール能力によって徹底的に減少される。 2. このらせん溝シールの使用は,この外側の仕切り空間の加圧を可能にし,この一次シール前後の圧力差を減少させて,シールの磨耗と漏洩を低減させる。
安全シールとして使われるとき,このらせん溝シールは通常非常に低い圧力差で運転される。一次シールの漏洩は,貯蔵容器へと導く排出口に送られる。もしもこの一次シールの故障が起こると,この設備を停止できるまで,このらせん溝シールがその漏洩を止める。」(翻訳文5頁23行〜6頁13行) 2 上記記載によれば,接触シールとタンデムに組み合わせたらせん溝シールによって構成されるシール配置は,緩衝シール,安全シールとして使用され,緩衝シールとして使用されるときは,一次シール前後の圧力差を減少させて,シールの磨耗と漏洩を低減させ,安全シールとして使用されるときは,らせん溝シールが通常非常に低い圧力差で運転されることが認められる。しかし,図11には,緩衝帯における流入ガス圧力を被密封流体圧力より高くすることが記載されているものの,緩衝シールとして使用されるときに,「圧力差を減少」させることが,「緩衝帯における流入ガス圧力を被密封流体圧力より高くする」ことであるかどうかは定かではなく,また,安全シールとして使用されるときに,「緩衝帯における流入ガス圧力と被密封流体圧力とのいずれの圧力を高くする」ことであるのかは定かではない。そうすると,上記シール配置において,緩衝シール,安全シールとして使用されるときの圧力条件としていかなるものが採用されるかは,上記記載からでは明らかであるとはいえない。
原告は,図11に示された圧力条件は誤記であると主張しているが,上記記載(イ)からすると,被密封流体によっては,緩衝帯における流入ガス圧力を被密封流体圧力より高く設定する必要性があることが理解される。上記記載(イ)は,一次シールがラビリンスである場合についてのものであり,図11のものとはシール構造が異なるものの,被密封流体が同じであれば,同じ課題が生じることは明らかであり,流入ガス圧力について同様の条件を採用することは十分あり得ることであるというべきであるから,図11に示された圧力条件が誤記であると直ちに認めることはできない。
3 しかしながら,審判甲第1号証に記載のシール配置は,タンデムシールの範疇に属するものであるから,特段の理由がない限り,その使用に当たっては,タンデムシールの一般的な使用態様が適用されるものと認められる。そこで,一般のタンデムシールにおいて,緩衝帯における流入ガス圧力と被密封流体圧力とが,いかなる圧力関係のもとで使用されるのかについてみてみることとする。
審判甲第2号証(甲第2号証)には,次の記載がある。
(イ)「従来のメカニカルシールは,高圧源からの漏洩を防止するように配置される。漏洩が起こるとき,高圧の区域から低圧の周囲環境へとなることが予想される。」(翻訳文「要約」の項) (ロ)「タンデムシールは,同じ向きにして搭載された二つのシングルシールから構成され(図3),その二つのシールの間に大気圧あるいはそれに近い圧力の補助的な中立流体(a secondary neutral fluid)を伴う。タンデムシールは次の三つの主要な理由で利用される: ・冗長性-安全上のバックアップとして;万一その一次シールが故障の場合,その二次シールが環境への流出/漏洩を防止する。 ・クエンチ流体を溜めておく-低温を必要とする設備(cryogenic services),及び液化された固体(腐食剤,砂糖)を含む設備。 ・捕らえにくい放出物を抑制する-軽炭化水素(light hydrocarbons)/揮発性有機化合物(VOCs)の密封。」(翻訳文2頁25行〜3頁8行) (ハ)「外観では迷わされるだろうから,シール配置に利用するその補助装置がより論理的な基準になる。これより,多重シールは次のように再定義された: タンデムシール:低圧のシール補助装置を利用する多重シール。APIプラン52。
ダブルシール:高圧のシール補助装置を利用する多重シール。そのバリア流体圧力が常時その被密封領域の喉部(the throat of the seal cavity)の圧力よりも高い水準に維持される。 定義から,したがって,タンデム配置においてはその高圧被密封流体(the high pressure product)の低圧バリア流体への漏洩が原因で,このバリア流体が被密封流体(the product)により絶えず汚染されることが推断できる。この汚染された流体はその二次シールを超えて漏れることによりいつかは大気側へ進むだろう。タンデム配置は,しかしダブル配置よりも本質的に安全である,なぜならばその二次シールは万一一次シールが故障しても被密封流体(the product)を溜めておくことができるからである。」(翻訳文3頁14〜27行) 4 上記記載からすると,タンデムシールは,同じ向きにして搭載された二つのシングルシールから構成され,その二つのシールの間に大気圧あるいはそれに近い圧力の補助的な中立流体を伴うものであること(記載(ロ)),タンデム配置においては,その高圧被密封流体の低圧バリア流体への漏洩が原因で,このバリア流体が被密封流体により絶えず汚染されること(記載(ハ)),二次シールは万一一次シールが故障しても被密封流体を溜めておくことができること(記載(ハ))が認められ,これらのことから,タンデムシールは,安全シールとして適用され,その際には,被密封流体側よりバリア流体側が低圧となるように圧力条件を定め,被密封流体側からバリア流体側へと被密封流体が漏洩するようにして利用されるものであると理解することができる。
5 上記理解は,以下のとおり,甲第5号証〜第7号証に記載されたところからも裏付けられ,上記タンデムシールの安全シールとしての利用形態は,本件出願前に周知であったというべきである。
すなわち,甲第5号証(「Guidelines for Meeting Emission Regulations for Rotating Machinery with Mechanical Seals」1990年(平成2年))には,「タンデムシールは2つのシールアセンブリから構成され,シールアセンブリ間のバリア流体は被密封液の圧力より低い圧力で運転される。内側の1次シールは,被密封流体の全圧力をシールし,外側のシールは典型的には加圧されないバリア流体をシールする。」(2頁右欄3〜7行),「タンデムシールはさらにシールの信頼性の高い水準を備えた装置であり,典型的に使用するのは加圧されないバリア流体であることから,維持管理の容易な装置でもある。バリア流体は被密封流体よりも低圧であることから,バリア流体による被密封流体の汚染が回避される。」(2頁右欄24〜29行)と記載されている。
また,甲第6号証(菊川弘道ほか「ドライガスシール」産業機械No.494(1991年(平成3年))には,(イ)「タンデムシール 通常使用される組合せで,プロセス側シールで圧力を受け,大気側シールはバックアップで通常大気圧に近い。」(53頁右欄1行〜4行),(ロ)「最も多く採用されるのはタンデムシールである。理由はプロセス側ガスシールが圧力を受け,大気側のガスシールはプロセス側のガスシールをバックアップ(プロセス側ガスシールに万一不都合が生じた場合の予備シール)する安全構造となっているためである。特にプロセス側の微量な漏れも避けたい場合,大気側シール部に内部ラビリンスを設け窒素などの不活性ガス注入により,大気側シールからの極微量の漏れはすべて窒素ガスとする方法も採用される。」(53頁右欄15行〜24行)と記載されている。
そして,甲第7号証(「world pumps」(1985年(昭和60年)10月)中の「Dry running gas seals」)には,「圧力が高い場合の適用では,タンデムシール,図11,が考えられる。各シールを横切る圧力差は,およそ被密封流体圧力の50%とされ,それによって,被密封流体圧力がシングルシールで受けることのできる圧力を超える場合に,この装置が使えるようにしている。」(299頁左欄下から14行〜7行)と記載されている。
甲第5〜第7号証のこれら記載によれば,タンデムシールにおいては,バリア流体が被密封流体よりも低圧となる条件の下で運転されることが理解される。
6 審判甲第2号証及び甲第5号証に記載されたタンデムシールは,一次側(プロセス側),二次側(大気側)のいずれのシールも,接触式としたものであり,また,甲第6号証及び甲第7号証に記載されたタンデムシールは,いずれのシールも,非接触式としたものであるから(なお,被告は,甲第6号証,甲第7号証のものは,中間室にパージガスが注入されないものである旨主張するが,甲第6号証の上記記載(ロ)からすると,甲第6号証においては,一次側,二次側シールの中間室にパージガスが注入されているものと認められる。),確かに,審決が認定するように,「2つのメカニカルシールをタンデム配置した接触型・非接触型シールにおいて,しかも中間室にガスを注入したものにおいて,中間室の圧力を被密封流体より低くすること」が周知技術であるとまではいうことはできない。しかし,審判甲第2号証,甲第5〜第7号証の上記記載からすると,タンデムシールにおいて,シール間領域の圧力を,被密封流体圧力より低くすることにより,バリア流体による被密封流体の汚染が回避され(甲第5号証),二次側(大気側)のシールが,一次側(プロセス側)のシールをバックアップする効果が奏されること(甲第6,第7号証)を認めることができる。
7 引用発明のタンデムシールは,接触シールと非接触シールとを組み合わせたものであるが,二つのシールは協働するものではなく,それぞれが個別にシール機能を果たすものであり,いわば,二段シールともいうべきものである。審判甲第2号証,甲第5〜第7号証に記載のタンデムシールも,二つのシールの組合せにおいて,引用発明とは異なるものの,個々のシールは,それぞれ,個別にシール機能を果たすものであり,二段シールといえるものである。
そうであれば,引用発明のタンデムシールを,審判甲第2号証や甲第5〜第7号証のものと同じく安全シールとして使用することは,創意を要することなく想起できるものということができ(安全シールの場合でも,パージガスとして窒素ガスが注入されることがあることは,甲第6号証に記載されている。また,タンデムシールの安全シールとしての利用形態は,本件出願前に周知であったことは前判示のとおりである。),引用発明のタンデムシールにおいて,中間室の圧力を被密封流体より低くすること(安全シールとして利用すること)は,当業者であれば,容易に想到できることというべきである(原告主張の審決取消事由3も,この趣旨における容易想到性の主張を含むものと理解できる。)。
8 接触シールと非接触シールとを組み合わせた引用発明において,中間室(パージガス)の圧力を被密封流体の圧力より低くすることに何らかの阻害要因が存在するのなら別であるが,前判示のとおり,各々のシールは,個別に機能するものである。非接触シールについては,中間室(パージガス)の圧力を被密封流体の圧力より低くすることで問題を生じないはずであるし,接触シールについても,格別の問題が生ずるとは考えられない。すなわち,中間室と被密封流体とは接触シールによりシールされており,仮に,中間室(パージガス)の圧力を被密封流体の圧力より高くすると,中間室に導入されている緩衝流体が被密封流体側に流れることで接触シール面での潤滑の問題が発生する可能性があるが,中間室の圧力を被密封流体の圧力より低くすると,被密封流体による潤滑が期待できるのであるから,中間室の圧力を被密封流体より低くすることは理にかなっており,阻害要因はない。
9 作用効果についてみるに,引用発明は,接触型シールと非接触型シールとからなるタンデムシールにおいて,中間室に,パージガスを注入するようにした構成を備えているのである。本件明細書(甲第14号証)には,本件発明の作用,効果として,「【作用】被密封流体領域とパージ流体領域とをシールする第1メカニカルシールについては,摺動可能な第2密封環に被密封流体圧力が背圧として作用することから,パージ流体領域の流体圧力を被密封流体圧力より低くしておくことができ,シール部分に作用する負荷を大幅に低減することができる。したがって,被密封流体が液体アンモニア等の揮発性流体ないし低沸点流体である場合や高圧流体である場合にも,良好かつ安定したシール機能を発揮する。一方,大気領域とパージ流体領域とをシールする第2メカニカルシールについては,それが非接触型のガスシールであることから,パージ流体圧力が被密封流体圧力よりも低圧であることとも相俟って,高圧条件下においても良好なシール機能を発揮する。」(【0010】〜【0011】),「【発明の効果】以上の説明から明らかなように,本発明によれば,高圧条件下や液体アンモニア等の揮発性流体ないし低沸点流体に対しても,良好かつ安定したシール機能を発揮し得る信頼性の高い軸封装置を提供することができる。しかも,パージ流体の循環を行うための周辺機器を必要とせず,装置構造を簡素化することができる。」(【0025】)と記載されているが,これらの作用効果は,いずれも,引用発明(パージガス圧力を除いた構成)により奏される作用効果であるといえる。上記において,「パージ流体圧力が被密封流体圧力よりも低圧であることとも相俟って,高圧条件下においても良好なシール機能を発揮する」(【0025】)との記載が認められるが,具体性に欠けている。したがって,本件発明において,中間室に被密封流体よりも低圧のパージガスを注入した点による格別の作用効果を認めることはできない。
10 以上のとおりであり,また,取消事由3で主張されている相違点以外の本件発明の構成が引用発明と一致するとした審決の認定については,当事者双方とも特段の主張立証をしていないところである。そうすると,本件発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。したがって,原告主張の取消事由3は理由があり,審決は違法として取り消されるべきである。
結論
以上のとおりであり,原告の請求は認容されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久