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関連審決 無効2004-80109
関連ワード 新規性 /  公然知られ(29条1項1号) /  守秘義務 /  公然実施(29条1項2号) /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術情報 /  技術的特徴 /  優先権 /  援用権(援用) /  優先日 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  実施 /  社会通念 /  加工 /  交換 /  属地主義 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の理由 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  申し立てない理由 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10380号 審決取消請求事件
原告 セーブマシン株式会社
訴訟代理人弁護士 御器谷修,島津守,梅津有紀,土屋義隆,弁理士 丹羽宏 之,野口忠夫,吉澤大輔
被告 日之出水道機器株式会社
訴訟代理人弁理士 福田賢三,福田伸一,加藤恭介
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/01/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2004-80109号事件について平成17年1月5日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,特許を無効とする審決の取消しを求める事件であり,原告は無効とされた特許の特許権者,被告は無効審判の請求人である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「マンホ-ル蓋を含む枠取替え工法」とする特許第3522268号(平成15年4月1日出願(優先日平成14年4月26日,優先権主張国日本),平成16年2月20日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲B15)。
(2) 被告は,平成16年7月23日,本件特許について無効審判の請求をした(無効2004-80109号事件として係属)。
(3) 特許庁は,平成17年1月5日,「特許第3522268号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同月17日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載 【請求項1】 電気,電信,ガス,及び上下水道系等におけるマンホール蓋を含む枠の取替え工事に際し,回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を,360°旋回させて,蓋を含む枠の周囲の路面に回転円弧状または球面状に切り込みを入れて分離除去可能とし,この分離された切断片を除去した後に,下桝上に新たにマンホール枠を固着すると共に,このマンホール枠の周囲にできる空間に主材とする自硬性を有する高流動性無収縮充填材を充填し,転圧工程を不要としたことを特徴とするマンホール蓋を含む枠取替え工法。
【請求項2】 請求項1記載の前記高流動性無収縮充填材は,主としてカルシウム,サルフォ,アルミネート系等の金属系無収縮材を含むモルタル類からなり,かつ表層材を備えて成ることを特徴とするマンホール蓋を含む枠取替え工法。
【請求項3】 請求項1記載の前記高流動性無収縮充填材は,主として金属性骨材を含まない非金属系無収縮材を含むモルタル類からなり,かつ表層材を備えて成ることを特徴とするマンホール蓋を含む枠取替え工法。
【請求項4】 請求項2または3記載の表層材を繊維質含有材料としたことを特徴とするマンホール蓋を含む枠取替え工法。
【請求項5】 請求項1記載のマンホール蓋を含む枠取替え工法において,前記高流動性無収縮充填材を充填する際に,補強用鉄筋を網目状に配設したことを特徴とするマンホール蓋を含む枠取替え工法。
3 審決の理由の要旨 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,請求項1ないし5に係る発明(以下「本件発明」といい,各発明は請求項の番号に従い「本件発明1」のようにいう。)は,公然実施された発明であるか,公然実施された発明,公知技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,かつ,本件出願前に頒布された刊行物及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた,というものである。
(1) 対比・判断 ア 第1の無効理由について (判決注:第1の無効理由は,「本件発明1ないし5は,審判甲1ないし8(本訴甲A1ないし8)に示すように,公然実施された発明,或いは,公然実施された発明に基いて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条1項2号又は同条2項に該当し,特許を受けることができない。」というものである。) まず,審判甲1ないし4の13(本訴甲A1ないし4の13)によって示され,平成14年3月7日に神奈川県大和市上草柳1004番地の公道で実施された,マンホール蓋を含む枠取替え工法(以下「実施工法」という。)が公然実施されたものであるか否かを検討する。
被請求人は,該実施工法は,人通りの少ない場所を選定して行われ,工事関係者以外に一般公衆が立ち入れないようにカラーコーンを設置して道路を閉鎖し,2時間程度の短時間に一度実施しただけであり,繰り返し行ったものではないから,公然実施ではない旨主張する。
しかしながら,上記実施工法が実施された場所が,いくら人通りの少ない場所を選定したといっても公道である以上,一般公衆が立ち入れないものではなく,また,カラーコーンが設置された証拠方法は示されておらず,例えカラーコーンが設置されているとしても,一般公衆の視界を遮るものでもなく,さらに,短時間に一度実施しただけだとしても,時間の多寡にかかわらず,一般公衆が見ようとすれば見うる状態にあったことは明らかである。このことは,審判甲2(本訴A2)ビデオテープにおいて,白いトラック(2分30秒〜),一般歩行者(8分55秒〜),自転車(10分50秒〜)が通行していることからも伺える。
また,被請求人によれば,上記実施工法の立会人の,神奈川県企業庁水道局大和営業所工務課職員,請求人社員,被請求人社員,理研ダイヤモンド工業株式会社社員,ツチヤ総研社員は,文書上には明記されていないものの,社会通念上又は商習慣上,守秘義務があることは信義則上明らかである旨主張する。
しかしながら,被請求人が上記立会人に守秘義務を課したことが口頭で又は文書で行われたか明らかでなく,その上,上記のように,一般公衆が見ようとすれば見うる状態の場所で上記実施工法を行ったということは,被請求人において秘密にしようという考えが無かったか,秘密にしようとする意図が希薄であったことが伺える。
しかも,被請求人が守秘義務があると主張する当の請求人が,本件無効審判事件を提起したということは,上記実施工法について守秘義務を課していないともいえる。
以上のとおりであるから,上記実施工法は,公然実施されたものであると認められる。
以下,本件発明1ないし5について検討する。
(ア) 本件発明1について 本件発明1と実施工法とを対比すると,審判甲3の19ないし24(本訴甲A3の19ないし24)によれば,実施工法では,マンホール枠の周囲にできる空間に「HIーJUSTER」を充填したことが認められ,該「HIーJUSTER」は,審判甲7(本訴甲A7)及び審判甲8(本訴甲A8)によれば,「ハイジャスター」(自硬性を有する高流動性無収縮充填材)であると認められるからから,本件発明1と実施工法とに構成の差違はない。
(イ) 本件発明2について 本件発明2と実施工法とを対比すると,審判甲7(本訴甲A7)2頁によれば,実施工法における充填する高流動性無収縮充填材は,主としてカルシウム,サルフォ,アルミネート系等の金属系無収縮材を含むモルタル類であると認められるからから,本件発明2と実施工法とに構成の差違はない。
(ウ) 本件発明3について 本件発明3と実施工法とを対比すると,上記一致点を有すると共に,本件発明3が「高流動性無収縮充填材は,主として金属性骨材を含まない非金属系無収縮材を含むモルタル類」であるのに対し,実施工法がこのような構成を有しない点で相違する。
上記相違点を検討すると,非金属系骨材を含むモルタル類は,特開2000-143317号公報,特開平3-193649号公報及び特開昭62-113741号公報等に記載されているように本件出願前に周知であるから,上記実施工法において,上記相違点の本件発明3に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
(エ) 本件発明4について 本件発明4と実施工法とを対比すると,上記一致点及び相違点の他,本件発明4が「表層材を繊維質含有材料」としたのに対し,上記実施工法の表層材の含有材料が明確でない点で相違する。
上記相違点を検討すると,舗装材料に繊維質材料を含有させることは,例えば,審判甲12(本訴甲A12)段落【0013】等に記載されているように,周知慣用のことであるから,上記実施工法において,上記相違点の本件発明4に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
(オ) 本件発明5について 本件発明5と実施工法とを対比すると,上記一致点及び相違点の他,本件発明5が「高流動性無収縮充填材を充填する際に,補強用鉄筋を網目状に配設した」のに対し,上記実施工法はこのことが明確でない点で相違する。
上記相違点を検討すると,審判甲13(本訴甲A13)等に記載されているように網目状の補強材を鉄筋により構成することは従来から周知慣用であり,又,審判甲14(本訴甲A14)段落【0002】ないし段落【0004】には,アスファルト舗装道路において「合成繊維で編成され,かつ,その外面を合成樹脂で被覆された格子状のシートをアスファルト層内に埋設させて補強すること」が従来の技術として記載されており,上記相違点の本件発明5に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
以上のとおり,本件発明1及び2は,公然実施された発明であるから,特許法29条1項2号に該当し,本件発明3ないし5は,公然実施された発明,公知技術及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明3ないし5のように構成したことによる格別の作用効果も認められないから,同法29条2項の規定に違反して,特許されたものである。
イ 第2の無効理由について (判決注:第2の無効理由は,「本件発明1ないし5は,審判甲9及び10並びに7,8及び11ないし14(本訴審判甲A9及び10並びに7,8及び11ないし14)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない。」というものである。) (ア) 本件発明1について 本件発明1と審判甲10(本訴甲A10)記載の発明とを対比すると,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明の「マンホール蓋1」,「蓋受枠11」,「円筒状の円形カッター等」,「切断した舗装片」,「コンクリートブロック12」,「舗装剤M」,「マンホール蓋周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法」はそれぞれ本件発明1の「(マンホール)蓋」,「(マンホール)枠」,「路面用カッター装置」,「切断片」,「下桝」,「充填材」,「マンホールを含む枠取替え工法」に相当し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明の「充填材」が自硬性を有することは技術常識であるから,両者は,「電気,電信,ガス,及び上下水道系等におけるマンホール蓋を含む枠の取替え工事に際し,路面用カッター装置を,蓋を含む枠の周囲の路面に切り込みを入れて分離除去可能とし,この分離された切断片を除去した後に,下桝上に新たにマンホール枠を固着すると共に,このマンホール枠の周囲にできる空間に主材とする自硬性を有する充填材を充填したマンホール蓋を含む枠取替え工法。」である点で一致し,次の各点で相違する。
(相違点1) 本件発明1の路面用カッター装置が「回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を360°旋回」させるものであり,「枠の周囲の路面に回転円弧状または球面状に切り込みを入れ」るのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明の路面用カッター装置は,円筒状の円形カッター等である点。
(相違点2) 本件発明1の充填材が「高流動性無収縮」であり,「転圧工程を不要とした」ものであるのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明の充填材がこのようなものであるか否か明確でない点。
上記相違点1を検討すると,路面用カッター装置が回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を360°旋回するものは,審判甲9(本訴甲A9)及び審判甲9(本訴甲A9)段落【0003】に挙げられた特開平7-279118号公報(本訴乙3)等に記載されており,相違点1の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
上記相違点2を検討すると,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明の充填材(舗装剤M)は液状のものであることから高流動性であることが示唆され,審判甲7(本訴甲A7)(末尾に「・・・2002年3月現在のもの・・・」との記載あり。)及び審判甲8(本訴甲A8)(末尾に「・・・’98年3月現在のもの・・・」との記載あり。)には,マンホール調整部に高流動性無収縮充填材が記載され,特開2000-143317号公報,特開平3-193649号公報及び特開昭62-113741号公報等には,「収縮低減」,「良好な流動性」(特開2000-143317号公報段落【0004】ないし段落【0006】)等と記載されており,高流動性無収縮充填材は従来周知と認められるから,上記相違点2の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
被請求人は,「道路」,「マンホール」が記載された公開公報は膨大であり,これら公報から,審判甲9(本訴甲A9),審判甲10(本訴甲A10)といった2件の公報を順序をつけて選択することは容易でない旨主張するが,それは,単に統計上の話であって,審判甲9(本訴甲A9),審判甲10(本訴甲A10)いずれも,路面を平面視円形に切り込みを入れて除去する点では一致しており,当該技術分野で技術常識を有する当業者にとって,審判甲9(本訴甲A9),審判甲10(本訴甲A10)を組み合わせることに格別困難性があるとは認められない。
被請求人は 審判甲9(本訴甲A9)には,「工法」なる用語が記載されていないというが,審判甲9(本訴甲A9)には路面用カッターが記載されており,路面が傾斜しているか否かは別として,これを審判甲10(本訴甲A10)記載の工法に適用することは,当業者であれば容易に思い付くことである。また,被請求人は,傾斜地における審判甲10(本訴甲A10)の工法において,円筒状の円形カッターの代わりに審判甲9(本訴甲A9)の路面用カッターを使用することは不可能であるというが,上記審判甲10(本訴甲A10)記載の発明の認定において,実施例の傾斜地に限ったわけではないし,審判甲10(本訴甲A10)記載の工法に審判甲9(本訴甲A9)記載の路面カッターを適用するにあたっては当業者であれば適宜設計上の工夫をすると思われるから,これらの組合せに困難性はない。さらに,被請求人は,本件発明1は,マンホール枠の周囲にできる回転円弧状または球面状の空間に,高流動性無収縮充填材を充填することにより,転圧工程を不要としたというが,回転円弧状または球面状の空間を構成したことにより直ちに転圧工程が不要となるものでもなく,また,従来周知の高流動性無収縮充填材がもともと流動性が高いことから,転圧工程が不要なものであって,当業者が予測できない要件ということはできない。
(イ) 本件発明2について 本件発明2と審判甲10(本訴甲A10)記載の発明とを対比すると,上記(ア)の一致点及び相違点の他に,下記の相違点を有する。
(相違点3) 本件発明2の充填材が「主としてカルシウム,サルフォ,アルミネート系等の金属系無収縮材を含むモルタル類」であるのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明はこのような構成のない点。
(相違点4) 本件発明2が「表層材」を備えるのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明はこのような構成のない点。
上記相違点3を検討すると,審判甲11(本訴甲A11)には,土木・建築分野において,速硬材がカルシウムアルミネート,膨張剤がカルシウムサルホアルミネートを含有している超速硬性無収縮グラウト材を使うことが記載されており,又,審判甲7(本訴甲A7)2頁には,高流動性無収縮充填材は,主としてカルシウム,サルフォ,アルミネート系等の金属系無収縮材を含むモルタル類が記載されていることから,上記相違点3の本件発明2に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
上記相違点4を検討すると,マンホール等を備える路面において,舗装層を多層にすることは常套手段であるから,上記相違点4の本件発明2に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
(ウ) 本件発明3について 本件発明3と審判甲10(本訴甲A10)記載の発明とを対比すると,上記(ア)の一致点及び相違点の他に,下記の相違点を有する。
(相違点4) 本件発明3が「表層材」を備えるのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明はこのような構成のない点。
(相違点5) 本件発明3の充填材が「主として金属性骨材を含まない非金属系無収縮材を含むモルタル類」からなるのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明はこのような構成のない点。
上記相違点4については,(イ)において述べたとおりである。
上記相違点5を検討すると,上記相違点5の本件発明3に係る構成は,上記ア(ウ)において述べた理由により,本件出願前に周知であるから,上記審判甲10(本訴甲A10)記載の発明において,上記相違点5の本件発明3に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
(エ) 本件発明4について 本件発明4と審判甲10(本訴甲A10)記載の発明とを対比すると,上記(ア)ないし(ウ)の一致点及び相違点の他に,下記の相違点を有する。
(相違点) 本件発明4が表層材を繊維質含有材料としたのに対し,審判甲10(本訴甲A10)記載の発明はこのような構成のない点。
上記相違点を検討すると,上記相違点の本件発明4に係る構成は,上記ア(エ)において述べた理由により,周知慣用のことであるから,上記審判甲10(本訴甲A10)記載の発明において,上記相違点の本件発明4に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
(オ) 本件発明5について 本件発明4と審判甲10(本訴甲A10)記載の発明とを対比すると,上記(ア)の一致点及び相違点の他に,下記の相違点を有する。
(相違点) 本件発明5が「高流動性無収縮充填材を充填する際に,補強用鉄筋を網目状に配設した」のに対し,上記審判甲10(本訴甲A10)記載の発明はこのことが明確でない点。
上記相違点を検討すると,上記相違点の本件発明5に係る構成は,上記ア(オ)において述べたとおり,周知慣用であるから,上記相違点の本件発明5に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
以上のとおりであり,本件発明1ないし5は,本件出願前に頒布された刊行物及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明1ないし5のように構成したことによる格別の作用効果も認められないから,同法29条2項の規定に違反して特許されたものである。
ウ 第3の無効理由について 第3の無効理由は,本件発明3の構成要件「主として金属製骨材を含まない非金属系無収縮材を含むモルタル類」について,発明の詳細な説明に,具体的な記載が全く存在せず,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ充分に記載されているとはいえないというものである。
しかしながら,非金属系骨材を含むモルタル類は,特開2000-143317号公報,特開平3-193649号公報及び特開昭62-113741号公報等に記載されているように本件出願前に周知であることから,本件発明3の構成要件「主として金属製骨材を含まない非金属系無収縮材を含むモルタル類」は明確であり,本件明細書の発明の詳細な説明に具体的な記載がなくとも,本件発明3は当業者であれば容易に実施できると認められるから,請求人の主張は理由がない。
エ 手続の経過について 被請求人は,答弁書において,特開2001-259216号公報(審判甲9(本訴甲A9))は,出願当初から被請求人が提示し,2回に亘る拒絶理由通知の引用文献として提示された上で,本件発明が進歩性を認められたこと(審判乙10の(1)(本訴甲B24の1)ないし審判乙11の(2)(本訴甲B25の2)),米国では,格別意見を認められることなく特許されたこと(審判乙12(本訴甲B26)),及び,ヨーロッパ調査報告書の引用文献である特開2001-294469号公報(審判甲11(本訴甲A11))がカテゴリー「A」(技術水準を示す文献の意味・・・合議体注)であること(審判乙第13ないし審判乙14の(2)(本訴甲B27ないし本訴甲B28の2))を挙げ,これらの手続の経過からみて,本件発明は特許性を否定するものではない旨主張している。
しかしながら,特許庁の審査結果を再吟味するのが審判であり,審査において特許されたからといって審判においても特許が維持されるべきものでもないし,特許制度は属地主義を採っていることから,米国,ヨーロッパの審理結果には拘束されない。
オ 商業的成功について 被請求人は,本件発明が,契機となって全国パラボラ工法協会を創設したこと(審判乙15(本訴甲B29)),外国刊行物及び国内のカタログに掲載されたこと(審判乙16の(1)ないし審判乙18(本訴甲B30の1ないし本訴甲B32)),国土交通省新技術情報システム(NETIS)に選ばれたこと(審判乙19の(1)及び(2)(本訴甲B33の1及び2))を挙げ,本件発明が商業的成功を収めた旨主張する。
しかしながら,本件発明が,上記ア及びイに述べたように技術的に新規性,進歩性がないと認定される以上,仮に,商業的成功を納めているとしても,そのような事情は,進歩性を左右するものではない。また,商業的成功は,発明の技術的特徴の他,製品の経済性,販売方法,経済状況の変動等種々のものがあり,一概に,本件発明がすぐれていることのみによるとはいえない。
(2) 以上のとおりであるから,本件発明1ないし5は特許法123条1項2号に該当し,その特許は無効とすべきものである。
当事者の主張の要旨
1 原告主張の審決取消事由 (1) 第1の無効理由について 審決は,「実施工法は,公然実施されたものであると認められる。」とし,「本件発明1及び2は,公然実施された発明であるから,特許法29条1項2号に該当し,本件発明3ないし5は,公然実施された発明,公知技術及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断した。
ア 甲A1及び2はビデオテープであり,審決は,これに基づき実施工法が公然実施されたことを認定したが,審決は,上記ビデオテープについて,誰がどのような意図で録画し,どのように編集したのかを検討していない。しかも,上記ビデオテープは,本件発明1の「マンホール蓋を含む枠取替え工法」の要部を記録しただけで,施工作業のすべてを記録しているわけではなく,また,不特定多数の人に頒布したものでもないから,上記ビデオテープをもって実施工法が公然実施されたと認定することはできない。
イ 審決は,「ビデオテープにおいて,白いトラック(2分30秒〜),一般歩行者(8分55秒〜),自転車(10分50秒〜)が通行している」としているが,上記車両及び通行人はいずれも工事関係者であって,工事に必要な材料等を運搬していたものである。
そして,工事参加者は,特許出願前の工事であることを認識していたものであり,特に工事を管理する神奈川県企業庁水道局の担当官は,工場現場として一般通行人の少ない場所を選ぶとともに,工事現場に通ずる道路に「漏水修理工事」と表記した看板を立て,カラーコーンで道路の通行を遮断し,係官を1名ずつ配置して,通行人や車輌の進入通過を防ぐ態勢につき万全を期していた。本件特許は,「マンホール蓋」の「取替工法」に係るもので,地表上での作業工程のみならず,地上から見難い地下での作業工程を含む上,作業工程は約2時間で,その間,現場で観察を続けない限り実施工法を知ることはできないから,実施工法は,一般公衆が見ようとすれば見うる状態にあったということはできない。
実施工法は,原告の秘密にしようとする意図の下で,実際に一般公衆が見ることのできない状態で行われた。当日は,資料作りの必要もあり,ビデオ撮影などを立会人が各自で行っていたが,神奈川県企業庁水道局の担当官の指示の下に道路も交通を遮断したのであり,工事参加者には事前に試験施工であることを通知していたから,工事参加者全員が守秘義務を負っていたことは明らかである。被告も,また,原告取扱製品の総代理店となることを希望し,原告取扱製品を月数十台販売することを約束して,共同で実施工法を実施することを強く希望していたから,被告が守秘義務を負っていたことも明らかであり,被告が本件特許の技術内容を知っているからといって,直ちに公知であるということはできない。
エ したがって,実施工法が公然実施されたものであると認めることはできないから,審決の認定は誤りであり,実施工法が公然実施されたことを前提とする審決の判断も誤りである。
(2) 第2の無効理由について ア 特許法153条2項違反 審決は,本件発明1と甲A10記載の発明とを対比して,一致点を認定した上,相違点について,「相違点1の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。」,「相違点2の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。」と判断した。
(ア) しかしながら,被告は,審判において,本件発明1と甲A9記載の発明とを対比し,相違点について,当業者が容易に想到することができると主張しているのであって,甲A10については,「このマンホール枠の周囲にできる空間に主材とする自硬性を有する高流動性充填剤を充填し,」との構成が記載されていると主張しているにすぎない。
(イ) 審決の判断した上記無効理由と被告の主張する無効理由とは,基礎となる発明が異なるから,完全に異なっており,また,被告は,甲A10に「マンホール蓋を含む枠取替え工法」が記載されているとは主張していない。そうすると,審決の判断した上記無効理由は,当事者が申し立てない理由であるから,これについて審理をするのであれば,これを原告に通知し,意見を申し立てる機会を与えなければならない。
(ウ) 原告は,審決の審理判断した上記無効理由について,通知を受けず,意見を申し立てる機会が与えられなかったのであるから,審判手続には,特許法153条2項の規定に違反する瑕疵がある。
イ 甲A10記載の発明の認定の誤り,相違点の看過 審決は,本件発明1と甲A10記載の発明とを対比し,甲A10記載の発明の「マンホール蓋周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法」が本件発明1の「マンホールを含む枠取替え工法」に相当するとして,「両者は,「・・・マンホール蓋を含む枠取替え工法。」である点で一致」すると認定した。
(ア) 甲A10は,特許請求の範囲,発明の実施の形態のいずれにおいても,傾斜地,オフセットを主たる要件とする道路舗装層切断工法,道路舗装層修復工法が記載されているのであって,マンホール蓋の取替えは記載されておらず,示唆もされていない。
(イ) 甲A10に記載された工法は,道路工事又は車両通過による加重等の理由によりマンホール蓋と道路表面との間に高さのずれが生じたときに実施されるマンホール蓋の高さ調整のための工法であって,「マンホールを含む枠取替え工法」ではないから,審決は,甲A10記載の発明の認定を誤り,その結果,一致点の認定を誤って,相違点を看過したものである。
ウ 相違点1についての判断の誤り 審決は,相違点1について,「路面用カッター装置が回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を360°旋回するものは,甲A9及び甲A9段落【0003】に挙げられた特開平7-279118号公報(乙3)等に記載されており,相違点1の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。」と判断した。
(ア) 甲A10記載の発明の路面用カッター装置は,円筒状の円形カッター等であるところ,このような従来周知の円筒状の円形カッター等から示唆されるものは,甲37(「まるい技術エポ工法」と題するカタログ)にあるように,作業車で運搬される大型の円筒状の刃を有するカッターであり,甲A9に記載のような,断面円弧状の刃と円盤状の刃を交換して,路面を円形,直線両方の切断(円・直両用切断)ができることを特徴とする路面用カッターではない。
(イ) 審決が援用する特開平7-279118号公報(乙3)に記載されているのは,縦断面台形のブレード(刃)を用いるものであって,回転円弧状又は球面状カッターを備えたものではない上,上記公報の段落【0004】には,「一般に舗装工事の仕様書では,路面に対して直角に切断するように規定されており,上記の球冠状のブレ-ドによる切断方法はこの規定を充足することができないのである。」との記載があり,これによれば,本件発明1のような回転円弧状又は球面状カッター(球冠状のブレ-ド)を備えた路面用カッター装置は舗装工事に使用することができないから,上記公報には,甲A9の甲A10への結びつきを否定する事由(阻害要因)が明記されている。
(ウ) また,審決は,「甲A9,甲A10いずれも,路面を平面視円形に切り込みを入れて除去する点では一致して」いるとするが,甲A9,甲A10にはそのような記載はないから,上記の点で両者が結びつくとは解されない。ちなみに,甲A9の請求項1の「断面円弧状回転体を回転させて路面を円形にカットする」は,路面から道路舗装層を球面状に切断することであり,甲A10の請求項1の「道路舗装層を略円形状に切断する」は,路面から道路舗装層を円柱状に切断することであって,両者の切断形状は明らかに相違する。
(エ) 甲A10の請求項1,2の冒頭に「傾斜地に設置されるマンホール蓋・・・」とあるように,甲A10記載の発明は,傾斜地に限られた工法であり,円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することは不可能である。
(オ) これらの事情に照らすと,相違点1の本件発明1に係る構成とすることは,当業者が容易に思い付くとはいえないから,審決の判断は誤りである。
2 被告の反論 (1) 第1の無効理由に対して ア 甲A1のビデオテープは原告代表者が撮影し,甲A2のビデオテープは被告従業員が撮影したものであるところ,134分間の施工作業のうちの30分以上にわたるもので,本件発明1の構成要件のすべてを克明に撮影している。また,上記ビデオテープが不特定多数の人に頒布したものであるか否かは,実施工法が公然と実施されたものであるか否かとは関係がないことである。
イ ビデオテープに撮影された車両及び通行人は,その映像に照らすと,工事関係者ではなく,工事に全く関係のない車両や一般歩行者であり,原告は,その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で,実施工法を実施しているのである。
ウ 工事参加者は,品質を確認するための試験施工であるとの認識があったものの,特許出願を前提とする守秘義務を負うとの認識はなく,秘密保持のために交通を遮断していたという認識もなかった。被告も,また,実施工法を共同で実施することを希望したが,特許出願を前提とする守秘義務を負うとの認識はなかった。
エ したがって,実施工法は公然実施されたものであって,審決の認定に誤りはなく,実施工法が公然実施されたことを前提とする審決の判断にも誤りはない。
(2) 第2の無効理由に対して ア 特許法153条2項違反について (ア) 被告は,審判において,審判請求書に甲A9及び10を添付して,従来の公知技術として主張しており,原告も,これに対し,十分に反論をしている。
(イ) したがって,審決の第2の無効理由について,原告に意見を申し立てる機会がなかったとはいえず,不利に取り扱われたわけではないから,審判手続に特許法153条2項の規定に違反する瑕疵はない。
イ 甲A10記載の発明の認定の誤り,相違点の看過について 甲A10記載の発明は,「道路舗装層切断工法及び修復工法」という名称であるが,甲A10の段落【0010】に「マンホール蓋周囲の道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断し,切断した舗装片を除去する。そうすることにより,道路舗装層とマンホール蓋との間に溝が形成される。」という技術が記載されており,従来からの周知技術と相侯って判断すると,マンホール周囲の溝形成方法ないしマンホール周囲に溝を形成することにより枠を容易に取り替えることができる枠取替え工法を容易に連想することができる。
また,甲A10の段落【0003】には,「マンホール蓋高さ調整は,・・・マンホールブロックとマンホール蓋枠との間を調整リング,スプリング等を用いてマンホール蓋枠を上下動調整した後,」との記載がある。マンホール蓋枠を上下動調整する際に,調整リング等を用いる場合には,当然に,マンホール蓋枠をマンホールブロック上から除去して,調整リング等をマンホールブロック上に設置し,その後再度マンホール蓋枠を調整リング等の上に設置する工程を要するが,この際に,マンホール蓋枠を新規なものに取り替えれば「マンホール蓋を含む枠取り替え」となるから,甲A10におけるマンホール蓋高さ調整とマンホール蓋を含む枠取替えとは,技術的に相違があるものではない。
したがって,甲A10号証の「マンホール蓋周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法」が,本件発明1の「マンホール蓋を含む枠取替え工法」に相当するとした審決に誤りはなく,相違点の看過はない。
ウ 相違点1についての判断の誤りに対して (ア) 甲A10には,「道路舗装層を略円形状に切断」(段落【0006】,段落【0007】),「道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断する。」(段落【0009】),「道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断し,」(段落【0010】)などと記載されているだけであって,切断するカッター装置を具体的に特定していないし,これを具体的に特定する必要もない。
(イ) 特開平7-279118号公報(乙3)の段落【0002】には,「【従来の技術】マンホール等のまわりの路面を平面円形に切断する装置としては,円筒形のカッタを鉛直軸線のまわりに回転させる方法や,実公昭62-19687号公報に開示された円盤状ブレードを用いる方法,あるいは特開昭63-55204号公報に開示された球冠状のブレードを用いる方法などがある。」との記載があり,これによれば,マンホール等のまわりの路面を平面円形に切断する方法や装置が記載されているから,上記公報に,甲A9の甲A10への結びつきを否定する事由(阻害要因)は記載されていない。
(ウ) 甲A9も,甲A10も,上から見ると,路面を円形に切り込みを入れて,切込みを入れた部分を除去しているのであって,この点では完全に一致している。審決は,甲A9の請求項1が路面から道路舗装層を球面状に切断するとか,甲A10の請求項1が路面から道路舗装層を円柱状に切断すると判断しているものではないのであるから,切断の断面形状をとらえて,両者の切断形状が相違するというのは間違っている。
(エ) 甲A10の請求項1,2の冒頭には「傾斜地に設置されるマンホール蓋・・・」とあるが,甲A10を公知文献として判断した場合,マンホール蓋周囲の道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断し,切断した舗装片を除去することにより,溝が形成される,とみるのが当業者の技術常識であり,円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することに困難はない。
(オ) 甲A9は,段落【0001】に記載されているように,「道路工事等の際に用いられる路面用カッター」に関するものであって,段落【0018】には「切断刃8aを周設した断面円弧状回転体8」が,段落【0029】には「路面を円形に切断するために,路面において所定の円形上を一周し切断加工する」ことが,段落【0030】には切断された「切断部が断面円弧状,切断面が球面状を呈する」ことが記載されている。また,特開平7-279118号公報(乙3)も,路面の切断方法及び路面切断装置に関するものであって,段落【0022】に「路面切断装置1を用いて路面2を切断するには,・・・カッタ30を位置ぎめする。」と記載された上,段落【0023】に「台車10の向きおよび位置を,・・・位置決めして,セット状態とする。その後カッタ駆動機40によりカッタ30を回転駆動し,・・・台車10を前進させれば,台車10は・・・回動中心線3のまわりにほぼ円形の軌跡を描いて走行し,カッタ30は回動中心線3のまわりにほぼ半径Rの円形軌道を描いて回動し,路面2は円形に切断される。」として,路面用カッター装置を360°旋回する内容が記載され,また,段落【0002】,段落【0004】には,球冠状(球面状)のブレードが記載されている。
(カ) したがって,相違点1の本件発明1に係る構成とすることは,当業者が容易に思い付くということができるから,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
まず,第2の無効理由について検討する。
1 特許法153条2項違反について (1) 甲34,35によれば,本件審判手続の経緯について,次の事実が認められる。
ア 被告の審判請求書における主張 被告は,審判請求書(甲34)において,第2の無効理由につき,本件発明1と甲A9記載の発明とを対比し,相違点として,(イ)甲A9の路面切断工法はマンホール蓋を含む枠の取替え工事に際して実施できるかどうか不明である点,(ロ)甲A9の路面切断工法では,路面を断面円弧状,切断面が球面状を呈するように切り取るものであっても,マンホール蓋を含む枠の周囲の路面については,分離除去可能にできるか不明である点,(ハ)甲A9の路面切断工法は,路面切断工法のみを開示したものであって,マンホール蓋を含む枠取替え工法については開示していない点を挙げた上,それぞれの相違点について,次のように主張した。
(ア) 相違点(イ)について 「甲A10には,道路舗装層切除の際,マンホール蓋1周辺の道路舗装層を円形状に切断するための切断工具として,従来周知の円筒状の円形カッター等を用いることが記載されている・・・。したがって,当業者にとってみれば,マンホール蓋周辺の道路舗装層を円形状に切断するための切断工具として,円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することに格別の困難性はないので,・・・,当業者が容易に想到することができるものに過ぎない。」 (イ) 相違点(ロ)について 「甲A9の路面用カッターは,路面を断面円弧状,切断面が球面状を呈するように切り取る機能を有するから,当該路面用カッターを使用すれば,マンホール蓋を含む枠の周囲の路面に回転円弧状または球面状に切り込みを入れて分離除去可能にできることは,当業者が容易に想到することができる事項である。」 (ウ) 相違点(ハ)について 「「蓋を含む枠の周囲の路面に回転円弧状または球面状に切り込みを入れて分離除去可能とし」,「この分離された切断片を除去した後に」,新旧のマンホール枠を交換することは,当業者が通常行いうる作業である。したがって,「この分離された切断片を除去した後に」,「下桝上に新たにマンホール枠を固着する」ことは,当業者の技術常識の範囲内で通常行われる事項に過ぎず,当業者が容易に想到することができる程度の事項である。」,「甲A9の路面切断工法により,・・・路面工事を終了した後,当該作業後の路面を使用可能な状態に復旧するために,甲A10のマンホール蓋周囲の修復作業を適用し,「マンホール枠の周囲にできる空間に,モルタルまたは樹脂等の液状の自硬性を有する高流動性無収縮充填剤を充填する」ことにより路面の修復作業を行うことは,当業者が容易に想到し得たことである。・・・マンホール枠の周囲にできる空間に主材とする自硬性を有する高流動性無収縮充填剤を充填する場合,当該充填剤は高流動性であるゆえに充填性が良好であり,更に,無収縮状態で硬化するので,ローラ等を転がして,圧して締め固める工法は不要になる。」 イ 原告の審判事件答弁書における反論 これに対し,原告は,審判事件答弁書(甲35)において,被告が挙げたそれぞれの相違点について,次のように反論して,「請求人のいう一致点,相違点についての主張はいずれも誤りであり,本件発明1は,甲A9,10に記載のものから,本件出願の出願前に,容易に発明することはできない。」と主張した。
(ア) 相違点(イ)について 「甲A9の路面用カッターは,路面に直角方向にしか切断できないカッターなので傾斜地では鉛直方向には切断できず,また断面円弧状に切断するカッターなので,略円筒状に切断することはできず,結局,甲A10の工法において,円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することは不可能であり,代わりに使用することに格別の困難性はないという請求人の主張は誤りである。」 (イ) 相違点(ロ)について 「請求人の(イ)についての主張が誤りであって成り立たないので,この(ロ)の主張は成り立たない。」 (ウ) 相違点(ハ)について 「甲A10の円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することが可能なことを前提とする主張であり,・・・甲A10の円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することは不可能なので,この主張は成り立たない。」,「単に,高流動性無収縮充填剤を充填するだけでは,切削の隅部に気泡が残る惧れがある。このため,甲A10では,舗装剤Qをマンホール蓋の谷間から頂部に向けて充填するものと推定される(・・・)。これに対し,本件発明1では,マンホール枠の周囲にできる回転円弧状または球面状の空間という,隅部のない空間に高流動性無収縮充填剤を充填することにより,気泡等が残る惧れが無く,転圧工程を不要とできるのであって,この請求項1の“転圧工程を不要とした”要件は,甲A9及び10の記載からは予測できない要件である。」 (2) そこで,以上の審判手続の経緯(被告の主張及び原告の反論)に基づいて,検討する。
被告が申し立てた審判請求の理由と審決が本件発明1に係る特許を無効とすべきものとした理由とを比較すると,両者は,いずれも甲A9及び10を取り上げていて,甲A10の工法において,円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することが容易に思い付くことであるかどうか,高流動性無収縮の充填剤を充填して転圧工程を不要とすることが容易に思い付くことであるかどうかなど,本件発明1に係る特許を無効とすべきか否かの判断の基礎となる事実関係が主要な部分において共通している。そして,審決がこれらの点につき当業者が容易に思い付くことであるとした理由は,被告の審判請求書に記載されていて,原告は,これに対し,審判事件答弁書(甲35)において反論しているのである(なお,相違点(ハ)についての被告の審判請求書の記載に照らすと,被告は,甲A10記載の発明が「マンホール蓋を含む枠取替え工法」であるとはいえないことを前提に,上記(1)ア(ウ)のとおり,「新旧のマンホール枠を交換することは,当業者が通常行いうる作業である。・・・「下桝上に新たにマンホール枠を固着する」ことは,当業者の技術常識の範囲内で通常行われる事項に過ぎず,当業者が容易に想到することができる程度の事項である。」と主張しているところ,原告は,これに対しても,同様に審判事件答弁書(甲35)において反論している。)。
(3) そうであれば,審決が,当事者の申し立てない理由について審理し,判断したということはできないから,審判手続に特許法153条2項の規定に違反する瑕疵はない。原告の主張する取消事由は,理由がない。
2 甲A10記載の発明の認定の誤り,相違点の看過について (1) 審決は,「甲A10には,「電気,通信,ガス,及び上下水道系等における道路舗装面に設置されるマンホール蓋1周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法に際し,円筒形の円形カッター装置等を,マンホール蓋1を含む蓋受枠11の周囲の路面に切り込みを入れて分離除去可能とし,この切断された舗装片を除去した後に,コンクリートブロック12上に新たに蓋受枠11を固着すると共に,この蓋受枠11の周囲にできる空間に樹脂等の液状の舗装剤Mを充填したマンホール蓋1周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法。」の発明が記載されていると認めることができる。」とした。
(2) 甲A10には,以下の記載がある。
「【請求項1】傾斜地に設置されるマンホール蓋周囲の道路舗装層を切断する道路舗装層切断工法において,上記マンホール蓋の中心より傾斜方向にオフセットした位置を中心とし,前記マンホール蓋周辺の道路舗装層を略円形状に切断することを特徴とする道路舗装層切断工法。
【請求項2】傾斜地に設置されるマンホール蓋周囲の道路舗装層を修復する工法において,上記マンホール蓋の中心より傾斜方向にオフセットした位置を中心とし,前記マンホール蓋周辺の道路舗装層を略円形状に切断し,前記マンホール蓋の調整工程を行い,前記マンホール蓋の谷側の所要箇所より,液状の舗装剤を充填して道路舗装層を修復することを特徴とする道路舗装層修復工法。」 「【発明の属する技術分野】本発明は,道路舗装面に設置されるマンホール蓋周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法に関する。」(段落【0001】) 「【従来の技術】通常,道路下には様々な管路が埋設されており,また道路面には,これらの管路に通じるためにマンホール蓋が設置されている。そして道路工事または,車両通過による加重等の理由により,マンホール蓋と道路表面とにずれが生じ,時にこれらマンホールの蓋高さ調整を行わなくてはならない。」(段落【0002】) 「これらのマンホール蓋高さ調整は,マンホール蓋周囲の道路舗装アスファルトを切断し,土砂を取り除き,マンホールブロックとマンホール蓋枠との間を調整リング,スプリング等を用いてマンホール蓋枠を上下動調整した後,復旧作業を行い終了する。」(段落【0003】) 「【発明が解決しようとする課題】ところで,マンホール蓋周囲のアスファルトを切断する際に,通常,円盤カッターを用いてマンホール蓋の周囲を四角形状に切断する。しかし,直線的に切断して四角形状にするため,交差部分に余切りが生じ,復旧の際に,この余切り部分を含めた復旧を行わなくてはならない。そのため,復旧コストが割高になってしまう問題点があった。」(段落【0004】) 「本発明の目的は,これらの問題点を解決するために案出されたもので,余切りが発生せず,舗装の復旧処理が簡易に行える道路舗装層切断工法及び修復工法を提供することを目的とする。」(段落【0005】) 「上記の本発明による工法の作用は,以下のとおりである。まず請求項1の切断工法の発明では,マンホール蓋の中心より傾斜方向にオフセットした位置を中心として,前記マンホール蓋周囲の道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断する。こうすることにより,余切りを発生させずに道路舗装層を切断することができる。」(段落【0009】) 「請求項2記載の修復工法の発明では,まずマンホール蓋の中心より傾斜方向にオフセットした位置を中心として,前記マンホール蓋周囲の道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断し,切断した舗装片を除去する。そうすることにより,道路舗装層とマンホール蓋との間に溝が形成される。次に,マンホールの蓋高さ調整等の調整工程を行う。そして,前記溝で作業領域が広く確保されている谷側より,液状の舗装剤を充填して修復作業を行う。充填される舗装剤は谷側より頂部に向けて充填されていくため,舗装剤に空気の気泡が混入せず,強固な舗装層を形成することができる。」(段落【0010】) 「まず本発明における切断工法を図2を用いて説明する。図に示すように,マンホール蓋1の中心より傾斜方向に若干オフセットした位置を中心とし,該マンホール蓋1周辺の道路舗装層を円形状に切断する。・・・また,切断工具としては,従来周知の円筒状の円形カッター等を用いる。このようにすることで,従来課題とされていた余切りの発生をなくすことができ,さらに後述する修復作業において,作業効率を向上させることができる。」(段落【0013】) 「ここで,マンホール蓋1は,蓋受枠11に支持されており,該蓋受枠11は,コンクリートブロック12の上にボルト13を介して設置されている。」(段落【0014】) 「次に,上述したように切断した舗装片を除去する。・・・そして,マンホール蓋の蓋高さ調整を行う。具体的には,前記コンクリートブロック12の上面に調整ボルト13を立設し,コンクリートブロック12と蓋受枠13との間にテーパ状のコイルスプリング14を介在させる。そして蓋受枠13のフランジ部を前記調整ボルト12に挿通させ,該コイルスプリング14の弾性力により蓋受枠13を浮かした状態にする。また合わせて,前記コンクリートブロック12の内周縁に沿って立設するゴム性の内型枠15を設置する。そして,調整ボルト13にナット13aを螺合し,該ナット13aを締め込むことで,マンホール蓋1を路面に面合わせするようにする。」(段落【0015】) (3) 上記の記載によれば,甲A10に記載された「マンホール蓋周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法」とは,道路工事又は車両通過による加重等の理由により,マンホール蓋と道路表面との間に高さのずれが生じたときに行うマンホールの蓋高さ調整のために,マンホール蓋周辺の道路舗装層を切断し,土砂を取り除き,マンホール蓋枠を上下動調整した後,復旧作業を行う工法である。そして,甲A10に,マンホール蓋枠を新たなものに取り替えることは記載されていないし,その示唆もないから,甲A10記載の発明は,コンクリートブロック12上に「新たに」蓋受枠11を固着することを内容とするものではない。
そうすると,本件発明1と甲A10記載の発明とは,審決が認定した相違点1,2の外に,本件発明1が,下桝上に新たにマンホール枠を固着することによる「マンホールを含む枠取替え工法」としたのに対し,甲A10記載の発明が,マンホールの蓋高さ調整のためにコンクリートブロック12上に蓋受枠11を固着するようにした「マンホール蓋周辺の道路舗装層の切断工法及び修復工法」である点でも相違するのであり,審決は,これを看過して,両者が「マンホール蓋を含む枠の取替え工事に際し,・・・下桝上に新たにマンホール枠を固着する・・・マンホール蓋を含む枠取替え工法。」である点で一致すると誤って認定したことになる。
(4) そこで,進んで,審決が甲A10記載の発明を認定するについてした上記の誤り,相違点の看過が結論に影響を及ぼすものであるか否かについて検討する。
上記(2)の甲A10の段落【0015】の記載によれば,甲A10記載の発明において,マンホール蓋の高さ調整を行う際には,いったん蓋受枠11をコンクリートブロック12の上面から取り外すものであると認められる(この点は,本件明細書の段落【0022】に,実施例の説明として,「旧い蓋受枠2′を取り外した後,下桝3の上面を清掃し,次に,(3)高さ調整部付きアンカーボルト5(後施工型アンカーボルト)を設置し(図3(a),(b)参照),高さ調整し,」と記載されていることと軌を一にするものといえる。)。
ところで,マンホール蓋受枠の老朽化や破損,仕様の変更などがあるときにおいて,蓋受枠を取り外した際に新たな蓋受枠に取り替えることは,当業者でなくても容易に想定する事項である。そして,甲A10記載の発明において,マンホールの蓋枠を上下動調整した後に新たな蓋受枠を固着することが技術的に不可能であるということはできないから,蓋受枠11をコンクリートブロック12の上面から取り外すときに新たな蓋受枠を取り付けて,「マンホール蓋受け枠の取替え工法」とすることに何ら困難はなく,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項であって,上記の相違点が格別のものであるということはできない。
(5) そうであれば,審決が甲A10記載の発明を認定するについてした上記の誤り,相違点の看過は結論に影響を及ぼすものではないと認められるから,原告の主張する取消事由は,理由がないといわなければならない。
3 相違点1についての判断の誤りについて (1) 本件明細書(甲B15)について ア 本件明細書(甲B15)には,相違点1に係る「回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を360°旋回する」について,以下の記載がある。
「【従来の技術】従来,図5(b)に示すように,電気,電信,ガス,及び上下水道系等におけるマンホール蓋を含む枠の取替え工事に際しては,平板状のカッター,コアカッター,等で四方形またはカット面がストレートな円版状に切断し,切断部を除去した後,補修部分に補修材を充填し,その後転圧機で転圧作業をして工事終了とするのが通例である。」(段落【0002】) 「【発明が解決しようとする課題】然しながら,上述の従来例では,四角形に切断する場合は勿論のこと,円形切断の場合でも,前者の場合は四隅と底部全縁に,後者の場合は底部全縁に角張った隅部が発生し(図5(b)参照),補修材等の充填材を充填しても前記隅部に前記充填材が十分に行き渡らず空隙が生じ,切断部が略垂直な壁面となり,切断部側面の摩擦力のみで支持されているのでずれて沈下し易い為,路面に生じた隙間から雨水等が浸透し易く,沈下を助長し,事故の原因を誘起することとなる。」(段落【0004】) 「また,四角形に切断する場合は,図5(b)に示すように4角部に余分なカットクロス部ができ,その分の補修も含まれることになる。」(段落【0006】)「上述のように従来工法では,カットクロス部のような余分な補修工事が発生したり,補修工事の際に,後工程で転圧作業をしなければ,経時的に表層部及び路盤部が沈下し,路面に凹凸が発生する虞がある等の不都合な問題があった。」(段落【0007】) 「図1ないし図3に示す実施例1において,(1)先ず,交換を必要とする蓋受枠2′の径dが654mmの場合,切断する直径Dは1000mmとし,予め用意した回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置の車輪角度を設定(ワンタッチ操作)し,装置を360°旋回して回転円弧状または球面状切り込み1を入れ(舗装切断),(2)次いで,図2(b)に示すように疑似円環状の切断片を除去し,図2(a)に示すような疑似円環状の空間を形成させ,旧い蓋受枠2′を取り外した後,下桝3の上面を清掃し,次に,(3)高さ調整部付きアンカーボルト5(後施工型アンカーボルト)を設置し(図3(a),(b)参照),高さ調整し,新しい蓋受枠2,及び内型枠4を取り付ける。次に,(4)路盤材6及び調整部材7を充填し,養生時間(約19分)経過後,(5)表層材8を,例えば,厚み50mm(h)に充填し,そして仕上げ作業を行い,表層材8の養生時間約30分で実作業を終了する。」(段落【0022】) 「尚,本工法の最大の特徴は,切断部の壁面を従来の様な柱状ではなく,回転円弧状または球面状切断部1aとすることが出来るので,図5(a)に示すように,補修材(充填材)が,球面状を形成する切断部の摩擦力に加えて求心方向支持力により,例えば,図5(a)に示すように,上方からの圧力,即ち車両等の荷重Pを受ければ受けるほど,充填材と切断部1aの密着性が高まり,従来法での柱状切断壁面のように隙間からの雨水の浸透等による補修部の沈下現象(図5(b)参照)等を防止出来,トラブルを回避して全く安全且つ迅速なマンホール蓋を含む枠取替え工事を行うことが出来る。」(段落【0026】) 「【発明の効果】以上説明したように,予定されたマンホール蓋を含む枠の取替え工事に際して,路面の切削に係る工事範囲を最小限とする」(段落【0031】) イ 上記の記載によれば,従来の技術は,平板状のカッター,コアカッター等で四方形又はカット面がストレートな円版状に切断し,切断部を除去した後,補修部分に補修材を充填し,その後転圧機で転圧作業を行うというものであるが,この技術では,四隅や底部に発生した角張った隅部に充填材が十分に行き渡らず空隙が生じたり,切断部が略垂直な壁面となり,切断部側面の摩擦力のみで支持されているためずれて沈下しやすいなどの問題があり,さらに,四角形に切断する場合は,4角部に余分なカットクロス部ができるという問題があったところ,本件発明1は,「回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を360°旋回」させて路面を切削することにより,切断部の壁面を従来のような柱状ではなく,回転円弧状又は球面状切断部として,補修部の沈下現象等を防止するとともに,路面の切削に係る工事範囲を最小限とするというものであると認められるところ,本件発明1において相違点1に係る構成としたことの技術的意義は,この点にあると考えられる。
(2) 甲A9について ア 甲A9には,以下の記載がある。
「【従来の技術】従来,道路工事等で行われている路面の切断工事では,所謂アスファルトカッターやコンクリートカッター等が用いられるが,平板状回転体にダイヤモンドブレード等の超硬質刃を周設したカッターを使用して直線切断加工操作により角型形状切断のみであって,コーナ部分の切断部が工事を必要とする範囲外に及び過度に切断するか,或いはコーナ部分を別のカッターで切断しなければならないのが通例である。」(段落【0002】) 「切断部が垂直の場合では,切断面の接合性が悪く,例えば,補修部分が沈下または陥没し易い等の欠点があった(図6(b)参照)。」(段落【0007】) 「切断刃を周設した断面円弧状回転体を回転させて路面を円形にカットする路面用カッター」(段落【0010】) 「尚,図8(a)に示すように,断面円弧状のカッターを使用することにより,切断部が断面円弧状,切断面が球面状を呈する為に,同(b)に示すような垂直切断面とは異なり,切断面の接合性が極めて良く新規に施工した部分が沈下したり陥没したり等の不都合な現象を防止することが出来,美観を維持すると共に,恒久的工事として施工可能である。更に付け加えるとすれば,切り取った切断片が疑似扁平お椀形となり,取り出し除去作業が容易となる利点がある。」(段落【0030】) イ 上記の記載によれば,甲A9には,マンホールに係る工事であることについての明示はないものの,切断刃を周設した断面円弧状回転体を回転させる路面用カッターで路面を円形にカットすることにより,切断部が断面円弧状,切断面が球面状を呈するようにして,切断部が垂直の場合に生じる施工部分の沈下,陥没という問題を解消する技術が開示されていると認められるところ,これは,本件発明1における相違点1に係る技術的意義と共通するものである。
(3) そうすると,円筒形の円形カッター装置等を用いて路面を切削するという甲A10記載の発明において,切断部が垂直であることなどによって生じる問題を解消するために,甲A9に記載された,切断刃を周設した断面円弧状回転体を回転させる路面用カッターを用いて路面を円形にカットすること,すなわち,「回転円弧状または球面状カッターを備えた路面用カッター装置を360°旋回」させて路面を円形にカットするという,相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,十分な動機付けがあり,当業者が容易になし得ることであると認められる。
(4) 原告の主張について ア 原告は,甲A10記載の発明の路面用カッター装置は,円筒状の円形カッター等であるところ,このような従来周知の円筒状の円形カッター等から示唆されるものは,作業車で運搬される大型の円筒状の刃を有するカッターであって,甲A9記載のような,断面円弧状の刃と円盤状の刃を交換して,路面を円形,直線両方の切断(円・直両用切断)ができることを特徴とする路面用カッターではないと主張する。
しかし,上記のとおり,甲A10記載の発明に甲A9の路面用カッターを使用して相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得ることであると認められるから,甲A10記載の発明の円筒状の円形カッター等と甲A9の路面用カッターが異なるものであるとしても,このことは,上記認定を左右するものではない。
イ 原告は,特開平7-279118号公報(乙3)に記載されているのは,縦断面台形のブレード(刃)を用いるものであって,回転円弧状又は球面状カッターを備えたものではない上,上記公報には,甲A9の甲A10への結びつきを否定する事由(阻害要因)が明記されていると主張する。
しかし,特開平7-279118号公報に記載されているのが縦断面台形のブレード(刃)を用いるものであるとしても,甲A9には,回転円弧状カッターを用いることが記載されているのであるから,相違点1に係る本件発明1の構成とすることに格別の困難はなく,また,甲A10記載の発明に甲A9の回転円弧状カッターを適用するについて,技術的にみて,これを阻害するような要因があるとも認め難い。
ウ 原告は,審決は,「甲A9,甲A10いずれも,路面を平面視円形に切り込みを入れて除去する点では一致して」いるとするが,上記の点で両者が結びつくとは解されないと主張する。
原告が主張するように,甲A9の路面用カッターと甲A10記載の発明の円筒状の円形カッター等との切断形状が明らかに相違するものであるとしても,「平面視」では,いずれも円形であるということができるから,「平面視円形に切り込みを入れて除去する点では一致して」いるとした審決に誤りはない。
エ 原告は,甲A10記載の発明は,傾斜地に限られた工法であり,円筒状の円形カッターの代わりに甲A9の路面用カッターを使用することは不可能であると主張する。
甲A10の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,上記2(2)にあるとおりであって,これによれば,甲A10記載の発明は,傾斜地に設置されるマンホール蓋周囲の道路舗装層の切断工法又は修復工法であり,マンホール蓋の中心より傾斜方向にオフセットした位置を中心として,マンホール蓋周囲の道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断するというものである。
しかし,甲A10には,上記2(2)のとおり,「【発明が解決しようとする課題】ところで,マンホール蓋周囲のアスファルトを切断する際に,通常,円盤カッターを用いてマンホール蓋の周囲を四角形状に切断する。しかし,直線的に切断して四角形状にするため,交差部分に余切りが生じ,復旧の際に,この余切り部分を含めた復旧を行わなくてはならない。そのため,復旧コストが割高になってしまう問題点があった。」(段落【0004】)との記載があるところ,この課題は,傾斜地に限ったものとして説明されているわけではなく,マンホール蓋周囲のアスファルトを切断する際に一般的に生じるものとして説明している。そして,その際にマンホール蓋周囲の道路舗装層を円形カッター等を用いて略円形状に切断すれば,これによってかかる課題が解決されることは,当業者にとって自明であるといわなければならない。
そうであれば,甲A10記載の発明は,当業者にとって,傾斜地に限られない工法として容易に理解されるものであると認められる。そして,傾斜地に限られない工法として理解した場合において,甲A10記載の発明に甲A9記載の路面用カッターを使用することに格別の妨げがあるとは認められない。
(5) したがって,相違点1についての審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由は,理由がない。
4 以上のとおりであるから,第2の無効理由に対する原告の取消事由は,すべて理由がない。
そうすると,本件発明1は,本件出願前に頒布された刊行物及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,また,本件発明2ないし5は,原告がこれについて取消事由として格別の主張をしていないものの,本件発明1に係る請求項1を引用しているところ,本件発明1についての上記判示に照らすならば,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものということができるのであって,本件特許は,無効とすべきである。
結論
よって,第1の無効理由に対する取消事由について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 野輝久
裁判官 佐藤達文