関連審決 | 不服2006-6287 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20行ケ10259審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10338審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10396審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10468審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10002審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明特定事項 / 慣用技術 / 優先権 / 参酌 / 発明の要旨認定 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 減縮 / 変更 / 独立特許要件 / 国際公開 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
20年
(行ケ)
10405号
審決取消請求事件
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原告セイコーエプソン株式会社 同訴訟代理人弁護士生田哲郎 森本晋 佐野辰巳 同弁理士松本雅利 被告特許庁長官 同 指定代理 人佐藤宙子長島和子 山本章裕 安達輝幸 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2009/09/01 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1特許庁が不服2006−6287号事件について平成20年9月16日にした審決を取り消す。 2訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求主文1項同旨第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,補正後の請求項1を下記2(2)とする本件補正を却下し,発明の要旨を下記2(1)の補正前の請求項1のとおりと認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1特許庁における手続の経緯(1)出願手続(甲6)及び拒絶査定発明の名称:「インクカートリッジおよびインクカートリッジホルダ」出願日:平成15年3月20日出願番号:特願2003-77815号優先権主張日:平成14年3月20日(日本)優先権主張番号:特願2002-79760号手続補正日:平成18年2月10日(甲8)拒絶査定日:平成18年3月2日(甲10)(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成18年4月5日手続補正日:平成18年4月25日(甲11。以下,同日付けの手続補正書による補正を「本件補正」という。)審決日:平成20年9月16日本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成20年9月30日2本件補正前後の特許請求の範囲の記載本件補正は,平成18年2月10日付け手続補正書による補正後の特許請求の範囲の請求項1ないし9を請求項1ないし8に補正するものであるが,本件補正前後の請求項1の記載は,それぞれ以下のとおりである。なお,文中の「/」は原文の改行部分を示す。 (1)本件補正前の請求項1の記載は次のとおりである。以下,同記載の発明を「本願発明」という。 記憶装置にインクを供給するインクカートリッジであって,/前記インクを収容し,第1の壁と該第1の壁と交差する前壁を有するインクカートリッジ本体と,/前記インクカートリッジ本体の前記第1の壁の一部に設けられ,記憶素子と電気的に接続した少なくとも一つの接続電極を含む接続電極部と,/前記前壁に設けられたインク供給部と,/前記前壁上の前記接続電極部近傍に配置され,前記インクカートリッジを前記記憶装置の位置決め部材に沿って案内する位置決め部を備え,/該位置決め部は,前記接続電極部と略平行な方向で且つ前記接続電極部と対向するように前記記憶装置の位置決め部材を案内可能に形成されており,/前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあることを特徴とするインクカートリッジ。 (2)本件補正後の請求項1の記載は次のとおりである(下線部分が補正箇所である。)。以下,同記載の発明を「本件補正発明」という。 記録装置にインクを供給するインクカートリッジであって,/前記インクを収容し,第1の壁と該第1の壁と交差する略長方形の前壁を有するインクカートリッジ本体と,/前記インクカートリッジ本体の前記第1の壁の一部に設けられ,記憶素子と電気的に接続した少なくとも一つの接続電極を含む接続電極部と,/前記前壁に設けられたインク供給部と,/前記前壁上の前記接続電極部近傍に配置され,前記インクカートリッジを前記記録装置の位置決め部材に沿って案内する位置決め部を備え,/該位置決め部は,前記接続電極部と略平行な方向で且つ前記接続電極部と対向するように前記記録装置の位置決め部材を案内可能に形成されており,/前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,/前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている/ことを特徴とするインクカートリッジ。 3本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由は,要するに,本件補正は,特許請求の範囲を減縮するものであるが,本件補正発明は,特開2002-19135号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定する独立特許要件を欠くとして,これを却下し,その結果,発明の要旨を本願発明のとおりと認定した上,本願発明も,本件補正発明と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。 (2)なお,本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との相違点(以下「本件相違点」という。)は以下のとおりである。 「位置決め部」と「接続電極部」の位置関係に関し,本件補正発明は,位置決め部は,「前記接続電極部と対向するように」前記記録装置の位置決め部材を案内可能に形成されており,「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」のに対し,引用発明は,本件補正発明のような特定がない点4取消事由本件相違点についての判断の誤り第3当事者の主張〔原告の主張〕本件審決は,本件相違点についての判断において,?@位置ずれを少なくするために位置決め部材と被位置決め部材を可能な限り近傍になるようにすることは当業者にとって自明であるとした上,?A引用発明において位置ずれを無くす必要があるのは回路基板(接続電極部)の部分であるため,回路基板(接続電極部)の近傍に位置決め開口穴(位置決め部)が設けられていると認定し,?B両者の位置関係は当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないから,相違点に係る本件補正発明の発明特定事項とすることは当業者が容易に想到し得たことであり,本件補正は独立特許要件を欠くと判断したが,以下のとおり,上記のうち?A及び?Bの点は誤りである。 1?Aの点について引用発明において,位置ずれを無くす必要があるのは,「回路基板53と端子機構59の係合部分」だけでなく,「インク導出口50とインク導出管57との係合部分」及び「加圧空気の導入口52と加圧空気送出口58の係合部分」の3箇所である。 すなわち,引用発明には,加圧空気導入口52,インク導出口50及び回路基板53の3つの要素を,カートリッジケースの一面(前面)に集中配置するとともに,位置決め部たる一対の開口穴51をケース前面における長手方向に沿った2箇所に配置して,上記3つの要素についての位置決めを実現しているのである。 したがって,引用発明における位置決めを要する部分のうち,回路基板にのみ着目して本件相違点について判断した本件審決は,前提を誤ったものである。 2?Bの点について部材同士の位置決めにおいては,両者の位置関係を特定することが基本であり,その周囲を含む構造の全体が関わる可能性が全くないとはいえないが,非常に少ないのであり,位置決めの際に周囲を含む構造の全体を考慮することが設計の基本であるということはできない。 また,位置決めの際に,カートリッジの全体的な機械的構造を勘案するとしても,具体的な構造を参酌しての検討が行われる必要があり,単に,抽象的に設計事項であるとされる場合は,カートリッジの位置決めに関する事項のすべてが設計事項であるとされ,この種発明について特許が許される余地はなくなってしまう。 さらに,引用発明に開示されるカートリッジの全体的な機械的構造を勘案すると,引用発明の位置決め手段である開口穴51を回路基板53の近傍に配置しようとする場合,開口穴51の形状変更や,開口穴51の移動に伴い他の部材の設計変更へと波及しないかどうかについても考慮しなければならないところ,そもそも引用発明のカートリッジの前面における各構成部材の配置は,自由度の大きい長方形の長手方向の配列が基本であって,自由度の小さい短手方向に2部材を配置することは考えにくい上,引用発明の開口穴51は単に穴を穿設するだけでなく,その周囲に肉厚部を必要とするものであるほか,回路基板53の下方部分は上ケース41の折り曲げ部によって覆われているので,回路基板53の下方部分に開口穴51を設けようとすれば,回路基板53の移動や上ケース41の形状変更などが必要となり,位置決めピン56と端子機構59との干渉についても考慮する必要があることから,開口穴51はスペースに余裕のある回路基板53の左側に設けるように設計するのが普通であり,回路基板53の下方で,かつ,中心孔を回路基板53の幅内に設定するように配置することは考えにくい。 3まとめ以上のとおり,引用発明に基づいて本件補正発明の相違点に係る構成とすることは困難であるというべきであるから,本件審決の本件相違点についての前記判断は誤りであって,その誤った判断を前提にした本件審決は取り消されるべきである。 〔被告の主張〕原告は,本件審決の本件相違点についての判断の誤りを主張するが,いずれも失当である。 1?Aの点について原告は,本件審決が,引用発明において位置決めを要する部分のうち,回路基板にのみ着目して相違点について判断したと主張するが,本件審決が「引用発明において,特に位置ずれを無くす必要があるのは,回路基板の部分であって,回路基板の近傍に位置決め開口穴が設けられている」としたのは,引用発明において当業者が決めるであろう位置決め部の場所の一つを例示したに過ぎず,引用発明として位置決めすべき部分や,設けるべき位置決め部の個数を具体的に示す意図からではないし,本件審決は上記位置ずれを無くす必要がある部分は「回路基板53の部分だけ」であるとしているわけでもない。 したがって,原告の主張は本件審決を正解しないものであり,失当である。 2?Bの点についてそもそも位置決めを目的とするにつき対処すべきは不安定性であって,不安定性には,対象となる部材の形状のみならず,その周囲を含む構造の全体が関わるものであるから,位置決めの際にそれらを考慮することは設計の基本であり,被位置決め部と位置決め部とを近傍に設けることは自明の前提である。 そして,構造全体の各種条件に応じて,ある好適な被位置決め部と位置決め部との位置関係が定まり,この位置関係自体は,位置決めを目的とした設計変更の単なる結果としてある。 そうすると,本件補正発明において,被位置決め部である接続電極部と位置決め部である開口穴との位置関係に関し,「位置決め部の中心軸は,接続電極部の幅内にあり」とすることも,位置決め部の中心を,有限の幅を有する接続電極部に存在する位置決めすべき点に可能な限り近接させるために適宜なされた設計変更の結果であるにすぎないというべきである。 3まとめ以上によると,原告の主張はいずれも失当であり,本件相違点についての本件審決の判断に誤りはなく,取消事由は理由がない。 第4当裁判所の判断本件審決は,本件相違点について,要するに,回路基板と位置決め開口穴との位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎず,本件補正発明の相違点に係る構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断しているのに対し,原告は,本件審決のこの判断の誤りを主張しているので,以下,本件出願に係る明細書(本件補正に係る手続補正書による補正後のもの。以下「本願明細書」という。)の記載からみた本件補正発明における位置決め機構と,引用例の記載からみた引用発明における位置決め機構とを比較・対照した上,本件相違点についての本件審決の判断の当否について検討することとする。 1本願明細書の記載について本願明細書には,以下の記載がある。 (1)発明が解決しようとする課題についての記載【0004】【発明が解決しようとする課題】…インクカートリッジホルダ,インクカートリッジ,これらの構成要素およびその組み付けには,製品ごとのばらつきがある。この製品ごとのばらつきにより,インクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との相対位置がずれると,これらの電気的な結合が離れ,情報を読み書きできなくなる。特に,大型のインクカートリッジを用いる場合にあっては,この製品ばらつきによるICチップと読取部との相対位置のずれの絶対値が大きくなりやすい。よって,情報の読み書きができなくなるおそれが大きい。 【0005】また,インクカートリッジをインクカートリッジホルダに装着するのを容易にするために,インクカートリッジホルダにクリアランス,すなわちいわゆる“遊び”を設ける場合がある。特に,大型のインクカートリッジの場合にあっては,インクカートリッジホルダのクリアランスを大きく設けた方が良い。しかし,この場合には上述のように,クリアランスによるガタが生じ,ICチップと読取部との相対位置がずれやすい。よって,情報の読み書きができなくなるおそれが大きい。 (2)位置決め機構に関する記載ア【0039】図4は,第1実施形態のインクカートリッジの正面及び第1の側面側から見たカートリッジの一部を示す図である。インクカートリッジ300の位置決め部326は,第1側面310に形成された凹部312内に形成された情報記憶部314の接続電極部316の近傍で,前面から見たときのカートリッジの厚さ方向(矢印B方向)で接続電極部316と重なり合うように形成されている。より詳細には,位置決め部326の孔部328の矢印A方向の幅W2の中心線C2が,接続電極部316の幅W1の範囲内に位置するように形成されている。図中矢印Aは,「第1の側面及びカートリッジ挿入方向に垂直な面に平行な方向」を示している。また,位置決め部326の孔部328はインクカートリッジ挿入方向に延びており,その中心軸は第1側面310に対して垂直方向から見たときに,接続電極部316の幅W1の範囲内に位置するように形成されている。 【0040】また,位置決め部326の形状としては,後述する位置決め部材220が挿入可能な凹部または筒状部にすることもできるが,矢印A方向及び/または図面上で矢印A方向に垂直な矢印B方向の規制を行うことが可能な形状であることが好ましい。 【0041】位置決め部326の孔部328の位置は,より好ましくは,位置決め部326の孔部328の矢印A方向における幅W2の中心線C2が接続電極部の幅W1の中心線C1と略一致する様に形成されているとよい。 【0042】より詳細には,図4において,位置決め部326における孔部328の幅W2の中心を通る第1側面の方向へ引いた中心線C2と,情報記憶部314における接続電極部316の幅方向の中心線C1とが,図面上第1側面310および前面320に平行な方向Aについて略一致するとさらによい。なお,図4においてはわずかながらずれているが,この程度のずれであれば許容し得る。これにより,後述するインクカートリッジホルダへの挿入において,より正確に接続電極部を記録装置側の接続電極と位置決め当接させることができる。 イ【0049】図7は,第1実施形態のインクカートリッジホルダ201を開口面の方向から見た部分正面図である。 【0050】インクカートリッジホルダ201の位置決め部材220は,情報読取部214の接続電極216近傍にあり,矢印D方向(挿入されたカートリッジの厚み方向)で対向するように形成されている。また図中矢印C方向は,挿入されるインクカートリッジ300の第1側面310及びカートリッジの挿入方向に垂直な面に平行な方向を示している。 【0051】位置決め部材220は,位置決め部材の中心線C4が,矢印C方向における情報読取部214の接続電極216の幅W5の範囲内に位置するように構成されている。更に,位置決め部材本体222の中心線C4と情報読取部214の接続電極216の幅W5の中心線C3とが矢印A方向において重なり合うように位置するとより好ましい。図では若干ずれてはいるが,この程度のずれであれば許容され得る。また,位置決め部材220の本体222はインクカートリッジ挿入方向に延びており,その中心軸は第1側面310に対して垂直方向から見たときに,情報読取部214の幅W5の範囲内に位置するように形成されている。 ウ【0058】インクカートリッジホルダ201,インクカートリッジ300,これらの構成要素およびその組み付けには,製品ごとのばらつきがある。これらのばらつきにより,インクカートリッジ300がインクカートリッジホルダ201に対して,図10における矢印Bの方向に不安定性を有する場合がある。その場合であっても,インクカートリッジホルダ201の位置決め部材220とインクカートリッジ300の位置決め部326とが位置決めされているので,インクカートリッジ300はインクカートリッジホルダ201に対して点O1を略中心として矢印D1の方向に回動する。よってこの不安定性があっても,正確な位置決めが要求されるインクカートリッジホルダ201の情報読取部214における接続電極216とインクカートリッジ300の情報記憶部314における接続電極部316の相対的な位置関係のずれは小さい。 【0059】以上,第1実施形態によれば,製品ごとのばらつき等により,インクカートリッジホルダに対してインクカートリッジが不安定性を有する場合であっても,正確な位置決めが要求されるインクカートリッジホルダの情報読取部における接続電極とインクカートリッジの情報記憶部における接続端子の相対的な位置を保持することができる。 2本件補正発明における位置決め機構の意義について本願明細書の上記記載によると,本件補正発明は,製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダに設けられているクリアランスにより,インクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置がずれるという課題を解決するための発明であると認められる。 そして,上記製品ごとのばらつきは,その寸法が大きいほど絶対値が大きくなるものであるから,インクカートリッジについていえば,当然ながら,短辺方向よりも長辺方向のばらつきの絶対値が大きくなるところ,ばらつきの絶対値が大きいほど,ICチップと読み取り部の電気的結合に問題が生じ易くなる。 しかるところ,本件補正発明における位置決め機構は,インクカートリッジ本体が第1の壁と該第1の壁と交差する略長方形の前壁を有していることを前提として,第1の壁に対して垂直方向から見たときの位置決め部の中心軸が接続電極部の幅内にあり,かつ,位置決め部及び接続電極部が前壁の短辺と平行な方向に配列されているため,上記問題の生じ易い長辺方向(本願明細書の段落【0058】におけるB方向)についてのずれはほぼ無いことになり,製造のばらつきによって生じる位置決め部を中心とする上下の回動による影響もより小さくすることができるものとなっている。 3引用例の記載についてこれに対し,引用例には,以下の記載がある。 (1)発明が解決しようとする課題についての記載【0004】【発明が解決しようとする課題】…昨今においてはより大きな紙面に対して印刷を行うことが可能な,キャリッジの走査距離の長い大型の記録装置が要求されている。このような記録装置においては,…記録ヘッドにおいては益々多ノズル化が図られている。さらに,…各サブタンクからそれぞれ記録ヘッドに対してインクを安定して供給するような記録装置が求められる。 【0005】このような記録装置においては,…キャリッジの走査距離が大きいために必然的にチューブの引き回し距離が増大する。しかも…サブタンクに対するインクの補給量が不足するという技術的課題を抱えている。 【0006】このような課題を解決するための一つの手段として,例えばインクカートリッジ側に空気圧を印加し,インクカートリッジからサブタンクに対して空気圧によって強制的なインク流を発生させて,サブタンクに対して必要十分なインクを補給する構成が採用し得る。 【0007】前記したような構成の記録装置に用いられるインクカートリッジ…におけるインクパックは,ケース内に印加される加圧空気によってインクが押し出され,キャリッジに搭載された記録ヘッド側に送り出されるように作用する。 【0008】一方,近年においては,この種の記録装置の適用範囲が拡大され,より高精細な印刷画質が求められるなどの多様化が進んでいる。これに伴って,記録装置に用いられるインクの種類も多様化され,印刷内容に応じてカートリッジを交換して印刷を実行するなどの運用が成されるに至っている。したがって,各インクカートリッジのインクの種類や残量などを管理するために,データの読み出し書き込みが可能な半導体記憶手段を搭載したインクカートリッジの提案も成されている。 【0009】したがって,前記したように加圧空気を導入してインクを送り出す機能と,半導体記憶手段を搭載して記録装置本体との間でデータの授受を実行するようなインクカートリッジを用いる場合,これを記録装置のカートリッジホルダに装填した場合において,加圧空気の導入と同時にインクの導出を可能にし,さらに半導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板の接続等も同時に成される構成が必要になる。 【0010】この場合,機構的および電気的な幾つかの接続を成させるために,カートリッジをホルダ内に装填する場合における位置決めの精度が重要な課題となる。 また,加圧空気により強制的にインクを押し出す機能を有しているために,何らかの障害によりインク漏れ等が発生しても,前記した回路基板の接続端子部分を汚染させるなどの問題を効果的に回避する手段を講ずる必要がある。 【0011】本発明は,このような技術的な課題に基づいてなされたものであり,機構的および電気的な接続を確実になされる位置決め機構を提供すると共に,何らかの障害を受けてカートリッジからインク漏れが発生しても回路基板の接続端子部分の汚染を効果的に回避することができるインクカートリッジおよびこれを用いるインクジェット式記録装置を提供することを目的とするものである。 (2)位置決め機構に関する記載【0013】…前記位置決め手段は,好ましくは記録装置に配置された位置決めピンを包囲することができるように形成された開口穴により構成される。そして,好ましい実施の形態においては,前記位置決め手段を構成する開口穴が,ケースの前記一面における長手方向に沿った2か所に配置され,各開口穴のほぼ中間部にインクパックからのインク導出口が配置された構成とされる。さらに,好ましくは2か所に配置された各開口穴の両外側に,回路基板の接続端子および加圧空気の導入口がそれぞれ配置された構成とされる。 【0014】以上のように構成されたインクカートリッジによると,カートリッジケースの一面に,記録装置へ装填する場合の位置決め手段が配置され,同じく前記一面に,インクパックからのインク導出口,加圧空気の導入口,およびデータ記憶手段を備えた回路基板の接続端子が集中して配置されているので,位置決め手段によってカートリッジケースの前記一面が位置決めされることにより,機構的および電気的な各接続機構の位置合わせも正確になされ,位置決め精度を向上させることができる。 【0015】そして,カートリッジケースに施される前記位置決め手段は,記録装置に配置された位置決めピンを包囲することができるように形成された開口穴により構成され,この開口穴がケースの前記一面における長手方向に沿った2か所に配置された構成とされるので,記録装置に配置される2本の位置決めピンとの作用により,カートリッジの三次元方向の位置決めを達成することができる。 4引用発明における位置決め機構の意義について引用例の上記記載によると,引用発明は,加圧空気を導入してインクを送り出す機能と,半導体記憶手段を搭載して記録装置本体との間でデータの授受を実行するようなインクカートリッジに関するものであり,このようなインクカートリッジを記録装置のカートリッジホルダに装填した場合,加圧空気の導入と同時にインクの導出を可能にし,さらに半導体記憶手段とのデータの授受を行なうために回路基板の接続等も同時に行われる構成が必要となるところ,機構的及び電気的ないくつかの接続を行うために,カートリッジをホルダ内に装填する場合における位置決めの精度が重要な課題となる。 引用発明においては,その課題を解決するために,加圧空気導入口,インク導出口,回路基板の接続端子をカートリッジケースの一面に配置し,位置決め手段を構成する2つの開口穴が前記一面の長手方向に配置するとともに,各開口穴のほぼ中間部にインク導出口を,各開口穴の両外側に回路基板の接続端子と加圧空気導入口をそれぞれ配置する構成とすることにより,機構的及び電気的な各接続機構の位置合わせを正確に行い,位置決め精度を向上させるものである。 5本件相違点と本件審決の判断の当否以上認定の本件補正発明における位置決め機構と,引用発明における位置決め機構とを踏まえて,本件相違点と本件審決の判断の当否について検討する。 (1)本件補正発明及び引用発明における課題上記2及び4によると,本件補正発明における位置決め機構の課題が,製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダに設けられているクリアランスによるインクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置ずれであり,引用発明における課題も,回路基板の接続のために位置決め精度の向上であるから,両発明の課題は,概括的にはICチップ(回路基板)とその読取部の位置決めをする際にずれを小さくするという点において共通するものであるということができる。 しかしながら,課題として解決すべき位置ずれについて,本件補正発明においては,上記のとおり製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダのクリアランスによるものが意識されており,本件補正発明はこのような位置ずれによる影響を最小限に抑えようとするものであるのに対し,引用発明においては,一般的な位置決め精度の向上という観点が記載されるのみであり,製品ごとのばらつき等による位置ずれを解消しようとするものではないと解されることから,両者の課題認識は,少なくともこの点において相違しているということができる。 (2)課題を解決する手段としての「近傍に配置すること」位置決めの際に,位置決めが必要となる部材同士の組(相違点にいう「接続電極部」)と位置決め部材の組(同「位置決め部」)を互いに近傍に配置することにより,位置ずれが小さくなることは当業者にとって自明の事項であると認められる。 しかしながら,本件相違点は,上記第2の3のとおりであり,引用発明に基づいて本件補正発明の相違点に係る構成とするためには,位置決め部について,本件補正発明における「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」との構成を採用する必要があるから,本件審決による相違点についての判断の適否を検討するに当たっては,「近傍に配置すること」によって,このような構成を実現することができるかどうかについて検討しなければならない。 (3)「近傍に配置すること」と本件相違点に係る構成引用例の記載によると,引用発明におけるインクカートリッジは,インクカートリッジホルダに接合する面が長方形であるものを想定していると認められるところ,その長方形の内部において,インク導入口のような他の必要な部材と共に回路基板及び開口穴を配置しようとする場合,これらの部材をスペースに余裕のある長手方向に配列しようとするのが自然な発想であり,あえて短手方向に複数の部材を配置しようとするには,何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けを必要とするというべきである。 したがって,引用発明において,回路基板と開口穴とを近傍に配置しようとしたからといって,必ずしも本件補正発明の相違点に係る構成を採用することとなるわけではない。 これに対し,本願明細書の記載によると,本件補正発明において,本件相違点に係る構成が採用されたのは,接続電極部における位置ずれを極めて小さくし,製造のばらつきによる位置決め部を中心とする上下の回動による影響も最小限に抑えようとの動機に基づくものであると認められるところ,上記(1)のとおり,そもそも引用発明が課題として製造のばらつきを意識したものであるとは認められないし,引用例における位置決め機構に関する上記3の記載や他の記載において,本件相違点に係る構成を示唆する記載が存在するとは認められない。 そうすると,引用発明に基づいて,本件補正発明との本件相違点に係る構成を採用することは,当業者にとって単なる設計事項であるということはできないというべきである。 (4)本件審決の判断の適否以上によると,本件審決が,回路基板と位置決め開口穴との位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとした判断は誤りであるから,本件審決は,そのような本件相違点についての誤った判断を前提として,本件補正を却下した結果,発明の要旨認定も誤って,原告の拒絶査定不服審判の請求が成り立たないとしたものであるといわざるを得ない。 ちなみに,本件審決は,その「なお書き」(5頁1〜8行)において,「本願出願時において,インクカートリッジを記録装置側に装着する際に,位置決め機能を有する孔を半導体記憶手段を有する回路基板と対向するように形成し,該孔の中心軸が,回路基板の幅内にあること」は,インクジェット記録装置の技術分野においては周知慣用技術であると説示しているが,そもそも同説示は,回路基板と開口穴との位置関係は当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとして,本件相違点についての上記判断を導いた後に付加されたにすぎないものであり,本件審決は,上記判断のほか,引用発明に周知慣用技術を適用して本件相違点に係る構成を導き出し得ると判断したものと理解することはできない。また,上記説示においては,周知慣用技術に関して,「(必要ならば国際公開99-59823号参照)」として刊行物が摘示されているが,同刊行物を副引用例として拒絶理由が通知されたわけでもないから,同説示によって,本件審決が,上記刊行物を副引用例として相違点に係る構成を導き出し得ると判断したものと理解することもできない。 この点については,被告も,「本件審決は,甲1号証記載の発明(引用発明)に基いて本願発明に係る構成とすることは容易であると判断したものであり,甲第5号証を副引用例とした上,引用発明と組み合わせることにより容易であると判断したものではない。」と自認しているところである。 したがって,本件審決による本件相違点についての判断は,回路基板と位置決め開口穴の位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないという点に尽きているというべきであるから,上記のとおり,本件審決のこの点の判断が誤りである以上,周知慣用技術を相違点に適用することを前提として本件審決の判断の適否を論ずる余地はないが,念のため,付言しておくこととした。 6結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由があるので,本件審決は取り消されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 高部眞規子 |
裁判官 | 杜下弘記 |