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関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  パリ条約 /  優先権 /  実質的に同一 /  数値限定 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消判決 /  除斥 /  異議申立 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 561号 審決取消請求事件
原告 大同工業株式会社
訴訟代理人弁理士 近島一夫
被告 ボーグワーナー・インコーポレーテッド
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/11/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第35034号事件について平成15年10月31日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告が特許権者である本件特許第2632656号「動力伝達用チェーン,ガイドリンク及び動力伝達用チェーンの製造方法」(後記訂正審決により「サイレントチェーン,ガイドリンク及びサイレントチェーンの製造方法」に訂正)は,平成7年(1995年)2月14日(パリ条約による優先権主張;1994年2月15日,米国)を出願日とする出願に係るものであって,平成9年4月25日に特許権の設定登録がなされたところ,平成10年1月23日に原告により無効審判の請求がされ,平成12年3月29日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(第1次審決)があったが,その審決取消訴訟(東京高裁平成12年(行ケ)第170号)において,東京高裁は,平成14年10月31日,第1次審決を取り消す旨の判決をした(第1次取消判決)。
被請求人である被告は,この判決に対して上告及び上告受理申立てはしなかったものの,そのための期間(附加期間を含む。)内である平成14年12月16日に訂正審判を請求し(訂正2002-39268号),平成15年6月24日,「特許第2632656号に係る明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決(訂正審決)があり,この審決は確定した。
第1次取消判決及び訂正審決の確定に基づき,上記無効審判において改めて審理がされた結果,平成15年10月31日,審判請求不成立の審決(第2次審決)があり,その謄本は同年11月12日原告に送達された。以下において単に「審決」というときは,第2次審決を指す。
2 本件発明の要旨(訂正審決によって訂正が認められた特許請求の範囲の記載。下線部分が訂正箇所。以下,請求項番号に対応して「本件発明1」などと表記する。)【請求項1】複数のチェーンリンクを有するサイレントチェーン10において,各チェーンリンクが, a.二つのガイドリンク20と, b.複数の内側リンク50と, c.ガイドリンクを連結する枢支部材80と,を備えるとともに, a′.ガイドリンクの各々が,ある厚み及び硬度を有するとともに,間隔をあけて配置された一対の開孔24,26と,間隔をあけて配置された一対のつま先部28,30とを有し,該各つま先部が,開孔を囲むとともに,外側フランク面36,38及び内側フランク面32,34を有し,内側フランク面は,丸いクロッチ部40で結合されており, b′.内側リンクの少なくとも一部がガイドリンク間に配置されるとともに,内側リンクの各々が,間隔をあけて配置された一対の開孔54,56と,ある厚み及び硬度とをそれぞれ有しており, c′.一つの枢支部材が,各ガイドリンクの対向する開孔内で支持されるとともに,各内側リンクの少なくとも一つの開孔内を挿通しており, a″.各ガイドリンクは ,内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように,内側リンクの厚みよりも薄い厚みを有し,かつ内側リンクの硬度よりも低い硬度を有するとともに,クロッチ 部40 の基部 が開孔 24 ,26 の水平方向中心線21 の下方 まで 延びて いる,ことを特徴とするサイレントチェーン。
【請求項2】内側リンクが内側リンクのガイド列及び内側リンクのノンガイド列を構成するように組み合わされ,ガイド列内側リンクの開孔がガイドリンクの開孔と一直線上に揃えられている,ことを特徴とする請求項1記載のサイレントチェーン。
【請求項3】ガイドリンクが変形するときには,ガイドリンクの端部44,46に最小量の変形を伴いつつ,ガイドリンクの実質的にすべての変形がクロッチ部近傍の領域で発生する,ことを特徴とする請求項1記載のサイレントチェーン。
【請求項4】リンク50の組立体及び枢支部材80から構成されるサイレント チェーンとともに用いられる側部ガイドリンク20であって,該チェーンは,隣り合う組が交互に組み合わされた内側リンクの組が差し込まれる複数組の側部ガイドリンクを有し,該各リンクは,間隔をあけて配置された一対の開孔を有し,一つのリンクの組の一組の開孔は,隣接するリンクの組の一組の開孔と横方向に整列して配置されており,各ガイドリンクは, a.底部22と, b.間隔をあけて配置されかつ上方に延びる一対のつま先部28,30とを備え, b′.前記つま先部は,開孔24,26を囲むとともに,外側フランク面36,38と,丸いクロッチ部40で連結された内側フランク面32,34とを有しており, b″.ガイドリンクは,内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように,内側リンクの厚みより薄いある厚みと,内側リンクの硬度より低いある硬度とを有し,かつ クロッチ 部40 の基部 が開孔 24 ,26 の水平方向中心線 21 の下方まで 延びている,ことを特徴とするガイドリンク。
【請求項5】実質的にすべてのリンクが実質的に同一のピッチ長を有しているサイレント チェーンの製造方法であって, a.無端状のチェーンを形成するように複数のチェーンリンクを連結することと, b.第1のガイドリンクピッチと異なる第2のガイドリンクピッチと,第1の内側リンクピッチと異なりかつ第2のガイドリンクピッチと実質的に等しい第2の内側リンクピッチとが得られるように,内側リンク の降伏荷重よりも大きな荷重でチェーンにプリストレスをかけることとを備えており, 前記チェーンリンクは, i.間隔を隔てて配置されかつ第1のガイドリンクピッチを定める一対の開孔24,26を備えた複数の側部ガイドリンク20と, ii.少なくともその一部がガイドリンク間に配置され,間隔を隔てて配置されかつ第1の内側リンクピッチを定める一対の開孔54,56をそれぞれ有する複数の内側リンク50と, iii.そのうちの一つが各ガイドリンクの対向する開孔内で支持され,各内側リンクの少なくとも一つの開孔を挿通するとともに,各々内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有しているガイドリンクを連結する枢支部材80とを含んでおり, さらに, iii′.ガイドリンクの各々が,ある厚み及び硬度を有するとともに,開孔24,26を囲みかつ外側フランク面36,38及び内側フランク面32,34を備える,間隔を隔てた一対のつま先部28,30を有しており, iii″ .ガイドリンク が内側 リンク の降伏荷重 よりも 低い降伏荷重 を有するように,ガイドリンク の厚みが 内側 リンク の厚みよりも 薄く,かつ ガイドリンク の硬度が内側 リンク の硬度 よりも 低いような ,ある 厚み及び硬度 を内側 リンク の各々が有するとともに ,ガイドリンク のクロッチ 部40 の基部 が開孔 24 ,26 の水平方向中心線 21 の下方 まで 延びている,ことを特徴とするサイレントチェーンの製造方法
3 原告(無効審判請求人)が主張する無効理由 訂正後の本件発明1ないし5は,下記審判甲第1〜第4号証に基づき,本件出願前当業者が容易に想到し得たものであって,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができないものである。よって,本件特許は,特許法123条1項2号の規定により無効とすべきである。
〈証拠方法〉 審判甲第1号証;特開平4-46241号公報(本訴甲5) 審判甲第1号証の1;審判甲第1号証に係る請求人による特許異議申立てに対する特許異議答弁書 審判甲第1号証の2;特公平7-86378号公報(審判甲第1号証に係る公告公報) 審判甲第2号証;特開平2-278040号公報(本訴甲6) 審判甲第3号証;実公平6-8357号公報(本訴甲7) 審判甲第4号証;中込昌孝著「ローラチェーンの安全設計」養賢堂(平成1年9月5日)発行,77頁〜83頁(本訴甲8) 4 審決の理由の要点 (1) 本件発明1についての対比・判断 (1)-1 審判甲第1号証に記載された発明の「ガイドリンクプレート3」,「駆動リンクプレート2」,「連結ピン4」,「クロッチ(切欠き)35」及び「サイレントチェーン」は,それぞれ,本件発明1の「ガイドリンク20」,「内側リンク50」,「枢支部材80」,「クロッチ部40」及び「サイレントチェーン」に相当し,審判甲第1号証に記載された発明のガイドリンクプレート3は,本件発明1のガイドリンク20と同様にある厚み及び硬度を有するとともに,間隔をあけて配置された一対の開孔と,間隔をあけて配置された一対のつま先部とを有し,該各つま先部が,開孔を囲むとともに,外側フランク面及び内側フランク面を有し,内側フランク面は,丸い(曲面形状)クロッチ部で結合されており,駆動リンクプレート2は,本件発明1の内側リンク20と同様に駆動リンクプレート2の少なくとも一部がガイドリンクプレート3間に配置されるとともに,駆動リンクプレート2の各々が,間隔をあけて配置された一対の開孔と,ある厚み及び硬度とをそれぞれ有しており,連結ピン4は,本件発明1の枢支部材80と同様に各ガイドリンクプレート3の対向する開孔内で支持されるとともに,各駆動リンクプレート2の少なくとも一つの開孔内を挿通しているものであるから,本件発明1の用語を使用して本件発明1と審判甲第1号証に記載された発明とを対比すると,両者は,「複数のチェーンリンクを有するサイレントチェーンにおいて,各チェーンリンクが,二つのガイドリンクと,複数の内側リンクと,ガイドリンクを連結する枢支部材とを備えるとともに,ガイドリンクの各々が,ある厚み及び硬度を有するとともに,間隔をあけて配置された一対の開孔と,間隔をあけて配置された一対のつま先部とを有し,該各つま先部が,開孔を囲むとともに,外側フランク面及び内側フランク面を有し,内側フランク面は,丸いクロッチ部で結合されており,内側リンクの少なくとも一部がガイドリンク間に配置されるとともに,内側リンクの各々が,間隔をあけて配置された一対の開孔と,ある厚み及び硬度とをそれぞれ有しており,一つの枢支部材が,各ガイドリンクの対向する開孔内で支持されるとともに,各内側リンクの少なくとも一つの開孔内を挿通しているように構成されたサイレントチェーン。」で一致しており,下記の点で相違している。
【相違点】本件発明1では,各ガイドリンクは,内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように,内側リンクの厚みよりも薄い厚みを有し,かつ内側リンクの硬度よりも低い硬度を有するとともに,クロッチ部40の基部が開孔24,26の水平方向中心線21の下方まで延びているように構成されている(分説した技術事項a″)ものであるのに対して,審判甲第1号証に記載された発明では,ガイドリンクプレート3の板厚を駆動リンクプレート2の板厚の1/2まで薄くできるものであるが,本件発明1の上記構成(技術事項a″)までは具備していない点。
(1)-2 上記相違点について検討するに,第1次取消判決(「第5 当裁判所の判断」の項参照)によれば,審判甲第2号証及び審判甲第4号証に記載された技術事項を知り得た当業者であれば,審判甲第1号証に記載された発明のようなサイレントチェーンにおいてもローラチェーンと同様に製作後にプリストレスをかけて弾性変形の限界を超えた塑性変形までの変形(残留ひずみ)を生じさせて,プリストレス後に各枢支部材を実質的に平行に配列させることは容易であるとしている。
しかしながら,第1次取消判決が訂正後の本件発明1の上記相違点に係る構成(技術事項a″)の容易性についてまで判示していないことは明らかである。
そこで,本件発明1の上記技術事項a″の技術的意義について検討すると,ガイドリンクを内側リンクの厚みよりも薄い厚みを有し,かつ内側リンクの硬度よりも低い硬度を有するように構成することによって,ガイドリンクの塑性変形を内側リンクよりも生じやすくするとともに,ガイドリンクに形成するクロッチ部の形状をクロッチ部40の基部が開孔24,26の水平方向中心線21の下方まで延びているように構成することによって,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に,ガイドリンクに作用する引張荷重の作用線は,ガイドリンクのクロッチ部の上方に位置させることとなって,ガイドリンクに生じる実質的にすべての塑性変形をクロッチ部近傍の領域に生じさせるようにしたことにある。
一方,審判甲第1号証(3頁左下欄3行〜右下欄12行の記載参照)には,ガイドリンクプレートに形成するクロッチ部の形状については,「この切欠き35は穴32の中心を結ぶ中心線0′-0′の近くまで中心側に伸びているが,その深さは必要に応じて任意に調節できる。」との記載があるが,この記載からは,ガイドリンクに形成するクロッチ部の深さを本件の出願前に当業者に知られた範囲内の深さにおいて任意に調節できることが理解されるにとどまるものであって,本件訂正発明1のようにクロッチ部の基部が開孔の水平方向中心線の下方まで延びているような深さにすることまでも示唆しているものとは認めることができない。
また,審判甲第2号証(8頁右下欄7行〜14行,11頁右上欄17行〜左下欄10行,13頁左上欄20行〜右上欄10行の記載参照)及び審判甲第3号証(2頁第3欄40行〜第4欄11行の記載参照)には,サイレントチェーンの弾性限界範囲内の変形についての事項として,ガイドリンクの板厚を内側リンクの板厚の1/2とする,あるいは,ガイドリンクと内側リンクの材料を変更する等により,ガイドリンクを内側リンクとほぼ同程度に変形させることにより荷重の分布を改善してチェーンを構成する構成部分の寿命を延ばすことが記載されているにすぎないものであり,審判甲第4号証に記載された事項(77頁末行〜78頁4行,79頁4行〜7行,79頁10行〜19行の記載参照)からは,サイレントチェーンにおいてもローラチェーンと同様に製作後,組立て時のピッチ誤差等を矯正するために内側リンクの降伏応力以上の荷重を負荷する作業が行われること,及び,チェーンに予荷重を施したときの効果は,ローラリンクプレートの穴底部の応力集中による表面圧縮残留応力の生成によるものであることが理解できるにとどまるものである。
そして,降伏荷重は,降伏応力と断面積の積によるものであるから,材料が同じであれば,ガイドリンクの板厚を内側リンクの1/2とすればガイドリンクの断面積は内側リンクの断面積の1/2となり,ガイドリンクの降伏荷重は内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するものになることは,当業者であれば容易に理解することができる技術事項であると認められる。
上記審判甲第1〜第4号証に記載された事項を総合勘案すれば,審判甲第1号証に記載されたようなサイレントチェーンのガイドリンク(クロッチ部の深さを穴の中心を結ぶ中心線0′-0′の近くまで中心側に伸ばしたもの)の板厚を内側リンク(駆動リンクプレート)の板厚よりも薄くすること,あるいは,硬度の低い材料を使用すること(材質を変更すること)によってガイドリンクの降伏荷重を内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように構成する(塑性変形を生じやすくする)ことは,当業者であれば容易に想到することができるものと認められる。
しかしながら,このようなガイドリンク構造では,審判甲第4号証の79頁10行〜19行の記載事項からも理解できるように,サイレントチェーンにプリストレス(予荷重)を施せば,ガイドリンクの開孔(穴)底部に応力が集中するものであるから,ガイドリンクは開孔(穴)底部周辺において塑性変形(残留ひずみ)を生じるものとなるものであって,本件発明1のようにガイドリンクに生じる塑性変形をクロッチ部近傍の領域に集中させやすくなるという効果までは奏しないものである。
そして,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に生じる塑性変形をガイドリンクに形成したクロッチ部近傍の領域に集中させること,及び,サイレントチェーンのガイドリンクに形成するクロッチ部の基部を開孔(穴)の水平方向中心線の下方まで延ばすことは,本件の出願前に当業者に知られていた事項であるとは認めることができないものである。
そうすると,本件発明1の上記技術事項a″のようにガイドリンクを構成することによって,ガイドリンクを内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重とするとともに,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に生じる塑性変形をガイドリンクに形成したクロッチ部近傍の領域に集中させることについては,当業者が想到するための契機がないものであるから,本件発明1の上記技術事項a″は,当業者といえども容易に想到することができるものとは認めることができない。
さらに,本件発明1のようなガイドリンクを備えたサイレントチェーンとすることによって,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に,従来知られたクロッチ部形状(穴の中心を結ぶ中心線の近くまで中心側に伸びるように形成)のガイドリンクを採用したサイレントチェーンのようにガイドリンクの開孔(穴)底部に塑性変形(残留ひずみ)を生じさせることなく,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができるという格別な効果を奏するものと認められる。
したがって,本件発明1は,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。
(1)-3 ところで,請求人は,訂正後の本件発明1の技術事項a″について,概略,「ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができる」点は,「クロッチ部の基部が開孔最上部の下方まで垂れ下がっている」効果であって,技術事項a″による格別の効果ではない旨主張している。
しかしながら,本件明細書中にも記載されているように,本件発明1においてサイレントチェーンのガイドリンクを上記技術事項a″のように構成することの目的は,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に生じるガイドリンクの塑性変形箇所を開孔(穴)底部周辺ではなく,クロッチ部近傍の領域に集中させることにあることは明らかであり,本件発明1のように,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に生じるガイドリンクの塑性変形箇所をクロッチ部近傍の領域に集中させることは,本件の出願前に当業者に知られていた課題であると認めることができないものである。
そして,本件発明1では,ガイドリンクの板厚を内側リンクの板厚よりも薄くし,硬度についても低くすることによってガイドリンクの降伏荷重を内側リンクの降伏荷重をよりも低い降伏荷重を有するように構成するとともに,ガイドリンクに形成するクロッチ部の基部が開孔(穴)の水平方向中心線の下方まで延びているように構成するという特有の構成を採用することによって,ガイドリンクに作用する引張荷重の作用線をクロッチ部基部の上方に位置させることで,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域に生じさせやすくするという格別な効果を奏するものと認めることができるものである。
よって,請求人の本件発明1の技術事項a″についての上記主張は採用することができない。
(2) 本件発明2,3についての対比・判断 本件発明2,3は,それぞれ,本件発明1の技術事項を引用するとともに,更に構成を限定したものである。
そして,本件発明1が,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものであることは,上記「(1) 本件発明1についての対比・判断」の項で検討したとおりである。
したがって,本件発明2,3も,本件発明1と同様の理由により,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。
(3) 本件発明4についての対比・判断 (3)-1 審判甲第1号証に記載された2頁右上欄14行〜右下欄13行,3頁左下欄3行〜右下欄12行,4頁左下欄3行〜7行の記載事項からみて,審判甲第1号証に記載された発明の「ガイドリンクプレート3」,「駆動リンクプレート2」,「連結ピン4」,「クロッチ(切欠き)35」及び「サイレントチェーン」は,それぞれ,本件発明4の「(側部)ガイドリンク20」,「内側リンク50」,「枢支部材80」,「クロッチ部40」及び「サイレントチェーン」に相当し,審判甲第1号証に記載された発明のガイドリンクプレート3も,本件発明4の側部ガイドリンク20と同様に底部と,間隔をあけて配置されかつ上方に延びる一対のつま先部とを備え,該つま先部は,開孔を囲むとともに,外側フランク面と,丸い(曲面形状)クロッチ部で連結された内側フランク面とを有しているものであるから,本件発明4の用語を使用して本件発明4と審判甲第1号証に記載された発明とを対比すると,両者は,「リンクの組立体及び枢支部材から構成されるサイレントチェーンとともに用いられる側部ガイドリンクであって,該チェーンは,隣り合う組が交互に組み合わされた内側リンクの組が差し込まれる複数組の側部ガイドリンクを有し,該各リンクは,間隔をあけて配置された一対の開孔を有し,一つのリンクの組の一組の開孔は,隣接するリンクの組の一組の開孔と横方向に整列して配置されており,各ガイドリンクは,底部と,間隔をあけて配置されかつ上方に延びる一対のつま先部とを備え,前記つま先部は,開孔を囲むとともに,外側フランク面と,丸いクロッチ部で連結された内側フランク面とを有しているガイドリンク。」で一致しており,下記の点で相違している。
【相違点】本件発明4では,ガイドリンクは,内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように,内側リンクの厚みより薄いある厚みと,内側リンクの硬度より低いある硬度とを有し,かつクロッチ部40の基部が開孔24,26の水平方向中心線21の下方まで延びているように構成されている(分説した技術事項b″)ものであるのに対して,審判甲第1号証に記載された発明では,ガイドリンクプレート3の板厚を駆動リンクプレート2の板厚の1/2まで薄くできるものであるが,本件発明4の上記構成(技術事項b″)までは具備していない点。
(3)-2 上記相違点について検討するに,本件発明4の上記相違点に係る構成(技術事項b″)は,本件発明1の技術事項a″と実質的に同一の事項である。
そして,本件発明1の技術事項a″が審判甲第1〜第4号証に記載された技術事項ア〜コを総合勘案したとしても当業者が容易に想到することができない事項であることは,上記「(1) 本件発明についての対比・判断」の項で検討したとおりである。
したがって,本件発明4も,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。
(4) 本件発明5についての対比・判断 (4)-1 審判甲第1号証に記載された2頁右上欄14行〜右下欄13行,3頁左下欄3行〜右下欄12行,4頁左下欄3行〜7行の記載事項からみて,審判甲第1号証に記載された発明の「ガイドリンクプレート3」,「駆動リンクプレート2」,「連結ピン4」,「クロッチ(切欠き)35」及び「サイレントチェーン」は,それぞれ,本件発明5の「(側部)ガイドリンク20」,「内側リンク50」,「枢支部材80」,「クロッチ部40」及び「サイレントチェーン」に相当し,サイレントチェーンを含むローラーチェーンにおいては,製作後,組立て時のピッチ誤差等を矯正するために駆動リンクプレート(内側リンク)の降伏荷重以上のプリストレスを負荷してわずかに塑性変形を生じさせるもの(第1次取消判決の判示事項参照)であり,また,審判甲第1号証に記載された発明のガイドリンクプレート3は,本件発明5の側部ガイドリンク20と同様に,ある厚み及び硬度を有するとともに,穴(開孔)を囲みかつ外側フランク面及び内側フランク面を備える,間隔を隔てた一対のつま先部を有しており,駆動リンクプレートの板厚の1/2まで薄く(駆動リンクプレートよりも低い降伏荷重を有する)できるものであるから,本件発明5の用語を使用して本件発明5と審判甲第1号証に記載された発明とを対比すると,両者は,「実質的にすべてのリンクが実質的に同一のピッチ長を有しているサイレントチェーンの製造方法であって,無端状のチェーンを形成するように複数のチェーンリンクを連結することと,第1のガイドリンクピッチと異なる第2のガイドリンクピッチと,第1の内側リンクピッチと異なりかつ第2のガイドリンクピッチと実質的に等しい第2の内側リンクピッチとが得られるように,内側リンクの降伏荷重よりも大きな荷重でチェーンにプリストレスをかけることとを備えており,前記チェーンリンクは,間隔を隔てて配置されかつ第1のガイドリンクピッチを定める一対の開孔を備えた複数の側部ガイドリンクと,少なくともその一部がガイドリンク間に配置され,間隔を隔てて配置されかつ第1の内側リンクピッチを定める一対の開孔をそれぞれ有する複数の内側リンクと,そのうちの一つが各ガイドリンクの対向する開孔内で支持され,各内側リンクの少なくとも一つの開孔を挿通するとともに,各々内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有しているガイドリンクを連結する枢支部材とを含んでおり,さらに,ガイドリンクの各々が,ある厚み及び硬度を有するとともに,開孔を囲みかつ外側フランク面及び内側フランク面を備える,間隔を隔てた一対のつま先部を有しているサイレントチェーンの製造方法。」で一致しており,下記の点で相違している。
【相違点】本件発明5では,ガイドリンクは,内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように,ガイドリンクの厚みが内側リンクの厚みよりも薄く,かつガイドリンクの硬度が内側リンクの硬度より低いような,ある厚み及び硬度を内側リンクの各々が有するとともに,クロッチ部40の基部が開孔24,26の水平方向中心線21の下方まで延びているように構成されている(分説した技術事項iii″)ものであるのに対して,審判甲第1号証に記載された発明は,ガイドリンクプレート3の板厚を駆動リンクプレート2の板厚の1/2まで薄くできるものであるが,本件発明5の上記構成(技術事項iii″)までは具備していない点。
(4)-2 上記相違点について検討するに,本件発明5の上記相違点に係る構成(技術事項iii″)は,本件発明1の技術事項a″と実質的に同一の事項である。
そして,本件発明1の技術事項a″が審判甲第1〜第4号証に記載された技術事項ア〜コを総合勘案したとしても当業者が容易に想到することができない事項であることは,上記「(1) 本件発明1についての対比・判断」の項で検討したとおりである。
したがって,本件発明5も,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。
(5) 審決のまとめ 以上のとおりであるから,請求人の主張及び提出した証拠方法によっては,本件の請求項1ないし請求項5に係る発明(本件発明1ないし本件発明5)の特許を無効とすることができない。
原告主張の審決取消事由
1 本件発明1の進歩性について (1) 本件発明1は, 訂正審判においては,本件発明1のa″の構成,特に「クロッチ部40の基部が開孔24,26の水平方向中心線21の下方まで延びている」との部分(以下「下方まで延びているとの構成」という。)に進歩性が認められた。
しかしながら,審判甲第1号証の3頁左下欄7行〜10行には,「この切欠き(本件発明1のクロッチに相当)35は穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′の近くまで中心側に延びているが,その深さは必要に応じて任意に調節できる。」と記載されている。
本件訂正明細書(乙1訂正審決に添付のもの)には,「クロッチ部の基部は,開孔の水平方向中心線21の下方まで延びている。好ましくは,クロッチ部の基部は,水平方向中心線21から開孔の最下部までの距離の半分以上下方まで延びている。より好ましくは基部は,水平方向中心線から開孔の最下部までの距離の約85%下方まで延びている。」(【0060】)と記載されている。
審判甲第1号証と本件訂正明細書のこれらの記載は実質的に同じ内容を述べていて,クロッチ部の深さは,様々に変更し得ることが明記されている。
(2) また,本件訂正明細書の【0060】における上記記載の上には,「クロッチ部を丸く形成することによって,応力集中が原因で生じる疲労クラックの形成が最小に抑えられる。」とあり,同様な記載は,【0067】にもあり,該記載の後に「クロッチ部の基部は,開孔頂上部の下方まで延びている。」と続いている。
すなわち,クロッチ部の存在そのものが,該クロッチ部基部に応力集中を生ずることを意味しており,このことは,切欠き効果として材料力学上の常識である。クロッチ部が深くなれば,リンクの荷重作用面積が小さくなり,上記切欠き効果と相俟って,降伏荷重が低くなることも,材料力学上の常識である。
審決が本件発明1の効果として認定する「ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができる」との点は,ガイドリンクの最も降伏荷重の低い部分に実質的にすべての塑性変形が発生することを述べていることにすぎず,これは,上述した常識による当然の結果であって,格別のものではない。
「ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができる」点は,訂正前の請求項4の記載であるが,訂正前にあっては,該請求項4が請求項1に従属する以上,請求項1,すなわち「クロッチ部の基部が開孔最上部の下方まで垂れ下がっている」ことによる効果であって,訂正後の請求項,すなわち下方まで延びているとの構成による格別の効果でない。
審決で認定しているように,クロッチ部の深さが,訂正前の「開孔部最上部の下方」では発明性の存在を認めず,訂正後の「開孔の水平方向中心線の下方」ではこれを認めるとすると,開孔中心線まで延びるクロッチ部が記載されている刊行物の存在等により該訂正後のものも認めない状態となると,更に【0060】の記載に基づき「開孔の最下部までの距離の約85%下方まで延びる」ものに発明性の存在を認めることになる。
(3) 作用効果が数値に比例して連続する,いわば臨界点ではない数値の限定に発明性の存在を認めないことは,審査規準(第2章2.8 数値限定を伴った発明の進歩性の考え方 参照)及び慣例(単なる数値の限定)等に定めるものであり,本件発明1は,これに該当する。
すなわち,下方まで延びているとの構成は,単なる設計的事項若しくは課題解決のための具体化手段における徴差,又は少なくとも出願前当業者が容易になし得た事項であって,この点に発明性が存在しないことは明らかである。
(4) 効果はクロッチ部を設けたことによるものであって,基部が開孔の水平方向中心線の下方まで延びていることによる格別の効果ではない。従前の請求項1で規定される「基部が開孔最上部の下方まで垂れ下がっている」は,基部の深さが最低限そこまで有することを意味し,下方まで延びているとの構成も含むことは,本件訂正明細書の内容を勘案した特許請求の範囲の解釈では当然のことであって,従前の請求項1が,上記規定される深さのみに限定したものでないことは明らかである。
上記効果は,クロッチ部を有することによる当然の帰結であって,審判甲第1,第2号証にクロッチ部を有するサイレントチェーン用ガイドリンクが記載されている以上,本件出願前当業者に知られている事項であり,技術的課題となり得るものではない。
2 審判合議体の除斥事由 本件においては,審決(第2次審決)の前に訂正審決が,独立特許要件について判断している。訂正審決の合議体は,無効審判請求の審決に対して前審に当たり,その構成員は,審査官として前審に関与した審判官の除斥を規定する特許法139条6号の規定に該当するものとして,無効審判から排除されるべきである。また,訂正審決の合議体の構成員は,無効審判に関しては,直接の利害関係を有するものとして,特許法139条7号にも該当する。
本件における審決(第2次審決)は,このような除斥原因を有する審判官によってされたものであり,当然に無効である。
3 その他の本件発明の進歩性について 本件発明2,3,4,5は,訂正前の請求項3,4,5,6(8)に相当するので,上記技術事項a″以外は,既に,第1次取消判決により進歩性がないと結論付けられており,これらの発明も,本件発明1と同様,進歩性が存在しないことは明らかである。
審決取消事由に対する被告の反論
1 本件発明1について (1) 本件出願前においては,サイレントチェーンのガイドリンクのクロッチ部の基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばしたものはなく,本件出願前の技術水準を示す審判甲第1号証においても,第5図及び第6図の記載から明らかなように,ガイドリンクのクロッチ部の基部は,開孔中心線の上方に位置するにとどまっている。審判甲第1号証は,2頁右上欄2〜6行の記載から分かるように,これまでクロッチ部が形成されていなかったガイドリンクの背面側に初めてクロッチ部を形成したことを特徴としており,クロッチ部の深さも,開孔中心線の近くまでの範囲内で調節できると記載されているにすぎない。ガイドリンクにクロッチ部を形成することで,クロッチ形成部分においてガイドリンクの断面積が小さくなり,その結果,ガイドリンクに引張荷重が作用したときに,ガイドリンクの二つの開孔間の距離つまり穴ピッチ(ガイドリンクピッチ)が伸びやすくなる。
審判甲第1号証に記載の発明では,実際のチェーンの運転中つまりチェーンの走行中にチェーンに張力が作用したときに連結ピンの曲がりを防止するために,ガイドリンクの穴ピッチの弾性伸びをリンクプレートの穴ピッチの弾性伸びと同程度にしようとしており(4頁左下欄の3〜6行参照),このため,ガイドリンクのクロッチ部の深さも最大でリンクプレートのクロッチ部の深さと同じ深さ,つまり開孔中心線の上方までの深さになっているのである(第3図及び第6図参照)。
これに対して,本件発明1では,サイレントチェーンにプリストレスをかけてガイドリンクを塑性変形させるときに,ガイドリンクの実質的にすべての塑性変形をクロッチ部近傍の領域に生じさせようとしており,このため,ガイドリンクのクロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばすことにより,プリストレス時にガイドリンクに作用する引張荷重の作用線(実質的に開孔の水平方向中心線と一致)を常時ガイドリンクのクロッチ部基部の上方に配置させるようにしているのである。言い換えれば,クロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばしたことによって,ガイドリンクに引張荷重が作用した際に,ガイドリンクのクロッチ部を挟んだ両側の各つま先部が互いに離れる側に伸びて,いわゆる口開きを起こしやすくなる。
(2) クロッチ部基部が開孔の水平方向中心線の上方に配置された従来のガイドリンクに関しては,原告の主張するとおりであるが,本件発明1では,クロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばしたことによって,すなわち,引張荷重の作用線を跨いでクロッチ部基部を配置したことによって,プリストレス時には,クロッチ部基部に作用する曲げモーメントによって,ガイドリンクの各つま先部が口開きを起こすことになる。
本件発明1は,原告の主張するような単なる切欠き効果等を利用したものではなく,本件発明1のようにガイドリンクを塑性変形させる点は,いずれの審判甲号証にも記載されていない。
(3) 「ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させてガイドリンクに口開きを効果的に起こさせることができる」点は,技術事項a″のように,ガイドリンクのクロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方に配置させることにより,ガイドリンクに対する引張荷重の作用線をクロッチ部基部の上方に位置させて初めて可能となるのである。
本件公報中の図6を参照すると分かるように,クロッチ部40の基部(底部)から各開孔24,26の中心までの距離があることによって,クロッチ部40の基部近傍の領域の塑性変形が局部的なものであっても,その塑性変形は各開孔24,26の中心間距離つまりガイドリンクピッチに影響を与えやすくなる。このように,クロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばしたことに伴う,クロッチ部の塑性変形に関しては,いずれの審判甲号証にも記載されていない。
サイレントチェーンにおいては,ガイドリンクがチェーン長手方向に隣り合うリンクプレートとピンを介して連結されているために,プリストレス時には,各開孔に挿入された各ピンからガイドリンクに引張荷重が作用しており,このような引張荷重の作用線は開孔の水平方向中心線と実質的に一致している。したがって,このような前提に立った審決の判断に誤りはない。
2 その余の発明について 本件発明2,3は,それぞれ,本件発明1の技術事項を引用するとともに,更に構成を限定したものであり,本件発明1が審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものである以上,本件発明2,3も,本件発明1と同様の理由により,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
本件発明4は,側部ガイドリンクに関するものであるが,本件発明1の技術事項a″と実質的に同一の技術事項b″を備えており,本件発明1の技術事項a″が審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものである以上,本件発明4も,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
本件発明5は,サイレントチェーンの製造方法に関するものであるが,本件発明1の技術事項a″と実質的に同一の技術事項iii″を備えており,本件発明1の技術事項a″が審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものである以上,本件発明5も,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
当裁判所の判断
1 除斥原因の主張について 訂正審決の合議体を構成する審判官が,当該特許に関する無効審判に関与することが,審判官の除斥原因を定める特許法139条の各号に該当するものでないことは明らかである。これに反する原告の主張(取消事由の2)は理由がない。
2 本件発明1について (1) a″の構成の容易想到性について (1)-1 審判甲第1号証(甲5)には,ガイドリンクプレートの切欠き35について,「ガイドリンクプレート3は駆動リンク2よりも厚さが薄くなっていて,背縁側すなわち駆動リンクプレート2のリンク歯21のある側と反対側の中央には第5図に示されるようにクロッチすなわち切欠き35が形成されている。」(3頁左下欄3〜7行)と記載され,この記載に続き切欠き35の形状について,「この切欠き35は穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′の近くまで中心側に伸びているが,その深さは必要に応じて任意に調節できる。」(3頁左下欄7〜10行)と記載されている。
通常,「調節」は,「ほどよくととのえること」を意味するから(広辞苑第5版),上記「その深さは必要に応じて任意に調節できる。」という記載が,切欠き35の深さを,必要に応じて任意に深くしたり浅くしたりして適当な深さにできることを意味するのは明らかである。
そして,切欠き35が,穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′の近くまで中心側に延びていることは上記のとおりであるから,当業者が上記記載に接すれば,この切欠き35の深さを調節するに当たって,必要があれば切欠き35を深くし,穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′よりも下方まで延ばすことを理解するというべきである。
(1)-2 他方,審判甲第2号証(甲6)には,動力伝達チェーンにおける一般的技術事項として,「動力伝達チェーンにおける2個の案内リンクとプレーンリンクとの間の歪みを均等化するためには,考慮すべきいくつかの要因がある。すなわち,例えば,案内リンクの厚さ,プレーンリンクの厚さ,プレーンリンクの数,案内リンクとプレーンリンクとの間の相対的弾性関係,案内リンクとプレーンリンクの相対的形状関係,各リンクにおける応力の臨界点等がある。」(8頁右下欄7行〜14行)と記載され,審判甲第2号証の「案内リンク」,「プレーンリンク」が,それぞれ本件発明1の「ガイドリンク」,「内側リンク」に相当することは明らかであるから(審決(第2次審決)における一致点の認定及び第1次審決における一致点の認定(第1次取消判決(甲1)に添付の審決48頁参照)),審判甲第2号証には,チェーンに引張荷重が作用したときのガイドリンクと内側リンクの伸びを同じにするために,両者の厚さや形状を調節することが記載されていると認められる。
(1)-3 審判甲第3号証(甲7)には,「ガイドリンク1の板厚は噛合いリンクプレートの板厚の1/2としたから,ガイドリンク1は張力に対し噛合いリンクプレート4の1/2の剛性を有することになる。また,ガイドリンクを噛合いリンクプレートの1/2の剛性にする他の実施例として材質を変更することもある。」(4欄5〜11行),「本考案は,ガイドリンクの張力に対する剛性を形状の改変又は材質の変換により噛合いリクプレートの1/2にしたから,引張荷重に対する噛合いリンクプレートとガイドリンクとの伸びが同等となり,噛合いリンクプレート及びガイドリンクのそれぞれの荷重負担を均一化できる」(4欄20〜24行)と記載され,審判甲第3号証の「ガイドリンク」,「噛合いリンクプレート」が,それぞれ本件発明1の「ガイドリンク」,「内側リンク」に相当することは明らかであって,審判甲第3号証には,チェーンに引張荷重が作用したときのガイドリンクと内側リンクの伸びを同じにするために,ガイドリンクの厚さ,形状,材質を調節することが記載されていると認められる。
(1)-4 上記審判甲第2号証及び審判甲第3号証の記載事項からすると,チェーンに引張荷重が作用したときのガイドリンクと内側リンクの伸びが同じであるかどうかは,両者の厚さ,形状,材質に依存するものということができる。
このように,チェーンに引張荷重が作用したときのガイドリンクプレート(ガイドリンク)と駆動リンクプレート(内側リンク)の伸びが同じであるかどうかは,両者の厚さ,形状,材質によるのであるから,仮に,ガイドリンクプレートの切欠き35を,穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′よりも下方まで延ばしたことにより駆動リンクプレートの切欠きよりも深くなるような形状となることがあるとしても,そのことだけで,ガイドリンクプレートと駆動リンクプレートの両者の伸びを等しくすることが否定されないことも明らかである。
(1)-5 審判甲第1号証には,切欠き35についての「その深さは必要に応じて任意に調節できる。」という記載の後に,該切欠きに関連して,「ガイドリンクプレート3に切欠きを形成することにより引張荷重に対する剛性が小さくなり,チェーンに引張荷重が作用したとき駆動リンクプレートと同じ量だけ伸びることが可能となる。」(3頁左下欄14〜17行)と記載されている。この記載によれば,切欠き35の深さを調節するのは,ガイドリンクプレートの引張荷重に対する剛性を小さくして,チェーンに引張荷重が作用したとき,ガイドリンクプレートが駆動リンクプレートと同じ量だけ伸びるようにするためであると解され,仮に,ガイドリンクプレートの切欠き35を,穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′よりも下方まで延ばしたことにより駆動リンクプレートの切欠きよりも深くなることがあるとしても,それは,あくまでもチェーンに引張荷重が作用したとき,ガイドリンクプレートが駆動リンクプレートと同じ量だけ伸びるように切欠き35の深さを調節した結果ということができる。
(1)-6 そうすると,審判甲第1号証に記載されている発明が,これまでクロッチ部が形成されていなかったガイドリンクプレートの背面側に初めてクロッチ部を形成したことを特徴としており,それにより,ガイドリンクプレートの弾性伸びと駆動リンクプレートの弾性伸びを同じにして,連結ピンに曲げが発生しないようにしたものであるとしても,そのことと,チェーンに引張荷重が作用したとき駆動リンクプレートと同じ量だけ伸びるようにするために切欠き35の深さを調節した結果,駆動リンクプレートの切欠きよりも深くなることは矛盾するものではなく,このときガイドリンクプレートの伸びが駆動リンクプレートよりも大きくなって,連結ピンに曲げが発生するということもできない。
(1)-7 以上によれば,審判甲第1号証に記載の「その深さは必要に応じて任意に調節できる」とは,ピン穴中心線O′-O′を越えた深さまで任意に調節できるということではなく,駆動リンクプレートと同様のピン穴中心線近くまでの深さの範囲内で任意に調節できる,という趣旨であるとか,審判甲第1号証のガイドリンクプレート(ガイドリンク)の切欠き35の深さは,ピン穴中心線の近くまでの範囲にとどまる,とかいう被告の主張は,理由がない。
(1)-8 当業者が審判甲第1号証の上記記載に接すれば,この切欠き35の深さを必要に応じて任意に調節するに当たって,切欠き35を深くして,穴32の中心を結ぶ中心線O′-O′よりも下方まで延ばすことを理解することは,以上説示したとおりであり,審判甲第1号証の「ガイドリンクプレート3」,「駆動リンクプレート2」,「切欠き35」,「穴32」は,それぞれ本件発明1の「ガイドリンク」,「内側リンク」,「クロッチ部」,ガイドリンクに配置された「開孔」に相当することは明らかであるから,本件発明1のa″に係る構成のようにガイドリンクのクロッチ部の基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばすことは,当業者が審判甲第1号証の上記記載に接すれば理解する程度の事項である。
(1)-9 審判甲第1号証には,その記載からして,「各ガイドリンク(各ガイドリンクプレート)が内側リンク(駆動リンクプレート)の降伏荷重よりも低い降伏荷重を有している」発明が記載されていると認められる(第1次取消判決(甲1)25頁第1段落の認定参照)。
そして,審判甲第1〜第4号証の記載からすれば,「審判甲第1〜第4号証に記載された事項を総合勘案すれば,甲第1号証に記載されたようなサイレントチェーンのガイドリンク(クロッチ部の深さを穴の中心を結ぶ中心線O′-O′の近くまで中心側に伸ばしたもの)の板厚を内側リンク(駆動リンクプレート)の板厚よりも薄くすること,あるいは,硬度の低い材料を使用すること(材質を変更すること)によってガイドリンクの降伏荷重を内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように構成する(塑性変形を生じ易くする)ことは,当業者であれば容易に想到することができるものと認められる。」との審決の認定判断に誤りはない(当事者双方とも,この部分の認定判断について特段の主張をしていない。)。
審決はこのように認定判断しながらも,本件発明1の効果に言及して,「サイレントチェーンにプリストレスを施した際に生じる塑性変形をガイドリンクに形成したクロッチ部近傍の領域に集中させること,及び,サイレントチェーンのガイドリンクに形成するクロッチ部の基部を開孔(穴)の水平方向中心線の下方まで延ばすことは,本件の出願前に当業者に知られていた事項であるとは認めることができない。」と認定判断した。
しかしながら,本件発明1のa″に係る構成にあるようにガイドリンクのクロッチ部の基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばすことは,当業者が審判甲第1号証の上記記載に接すれば理解する程度の事項であることは上記説示のとおりであるし,そのようにすれば,クロッチ部(切欠き)が深くなってガイドリンクの降伏荷重が低くなることは明らかである。
(1)-10 以上によれば,本件発明1の a″に係る構成:「各ガイドリンクは,内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重を有するように,内側リンクの厚みよりも薄い厚みを有し,かつ内側リンクの硬度よりも低い硬度を有するとともに,クロッチ部40の基部が開孔24,26の水平方向中心線21の下方まで延びている」は,審判甲第1〜第4号証に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到し得るものと認めるべきである。
(1)-11 上記の点について被告が主張するところは,「本件発明1のようにガイドリンクを塑性変形させる点は,いずれの審判甲号証にも記載されていない。したがって,技術事項a″を含む本件発明1は,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができないものである。」というにある。
しかしながら,ガイドリンクのクロッチ部の基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばすことは,当業者が審判甲第1号証の上記記載に接すれば理解する程度の事項であるとともに,審判甲第1〜第4号証にガイドリンクを塑性変形させる点が記載されているか否かにかかわらず,本件発明1のa″に係る構成は,審判甲第1〜第4号証に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであることは上述のとおりであるから,被告の上記主張をもってしても,本件発明1の容易想到性の判断を左右するものではない。
(1)-12 以上によれば,本件発明1の技術事項a″について審決がした認定判断,すなわち「本件発明1の上記技術事項a″のようにガイドリンクを構成することによって,ガイドリンクを内側リンクの降伏荷重よりも低い降伏荷重とするとともに,サイレントチェーンにプリストレスを施した際に生じる塑性変形をガイドリンクに形成したクロッチ部近傍の領域に集中させることについては,当業者が想到するための契機がないものであるから,本件発明1の上記技術事項a″は,当業者といえども容易に想到することができるものとは認めることができない。」との認定判断は誤りである。
(2) a″の構成による効果について (2)-1 被告は,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させてガイドリンクに口開きを効果的に起こさせることができるのは,a″の構成のように,ガイドリンクのクロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方に配置させることにより,ガイドリンクに対する引張荷重の作用線をクロッチ部基部の上方に位置させて初めて可能となると主張するとともに,チェーンのプリストレス運転時にガイドリンクプレートに作用する応力分布状態を確認するために,有限要素法(FEM)を用いた解析(有限要素解析:FEA)を行い,引張荷重の作用時にガイドリンクが口開きを起こす様子を説明するために,試験を行っている。
その結果は以下のとおりである。
(ア)有限要素法(FEM)を用いた解析(乙3(別紙 Fig.1〜 5及びGraph1 )) クロッチ部基部がピッチライン(ピン穴中心線)の上方に配置されている場合には(Fig.2及びFig.3参照),クロッチ部基部に応力集中が見られるものの,その領域は相対的に狭く,応力の大きさも相対的に低いのに対して,クロッチ部基部がピッチラインをわずかでも越えると(Fig.4参照),クロッチ部基部の応力集中領域が拡大し,応力の大きさも相対的に高くなるとともに,ピン穴開口縁部からピン穴・クロッチ部間最小寸法領域における応力も増大し,クロッチ部基部がピッチラインを更に越えると(Fig.5参照),クロッチ部基部の応力集中領域が更に拡大するとともに,応力の最大値もかなりのレベルまで増大している。
Fig.1〜5及びGraph1を考察した結果,クロッチ部基部がピン穴中心線(ピッチライン)を越えると,クロッチ部基部には,応力集中による応力に加えて,引張荷重による曲げモーメントが作用し,曲げモーメントによる曲げ応力が発生していると考えられる。この曲げ応力が新たに加わる分だけ,クロッチ部基部における応力が増大して,チェーンピッチの弾性変形量が増大していると判断される。また,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えると,クロッチ部基部に曲げモーメントが作用することになるのは,Fig.1を参照すると分かるように,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えた状態では,ガイドリンクに作用する引張荷重の作用線(つまりピッチライン)とクロッチ部基部との間に距離が生じており,これが曲げモーメントの「腕の長さ」となって曲げモーメントが発生するためである。
(イ)試験(乙4(別紙 fig.1〜5)) ガイドリンクに引張荷重0.5kgを作用させた場合(Fig.4参照),切欠きが小→中→大と徐々に深くなるにつれて,スライド軸が徐々に右方に移動しており,ガイドリンクの弾性変形量が徐々に大きくなっているのが分かる。ただし,この場合には,切欠き大のガイドリンクにおいて,ガイドリンクの左右一対のつま先部が互いに離れる側に開く,いわゆる口開きの現象は明確には発生していない。
次に,ガイドリンクに引張荷重2.5kgを作用させた場合には(Fig.5参照),切欠きが深くなるにつれて,スライド軸の移動量も増大しており,特に,切欠き大のガイドリンクにおいては,口開きの現象が発生している。
(2)-2 そこで上記の点について検討する。
被告が主張する,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができるという効果に関する本件訂正明細書(乙1訂正審決に添付のもの)の記載については,「【請求項3】 ガイドリンクが変形するときには,ガイドリンクの端部44,46に最小量の変形を伴いつつ,ガイドリンクの実質的にすべての変形がクロッチ部近傍の領域で発生する,ことを特徴とする請求項1記載のサイレントチェーン。」との記載のほか,これと同趣旨である「請求項3の発明に係るサイレントチェーンは,請求項1において,ガイドリンクが変形するときには,ガイドリンクの端部に最小量の変形を伴いつつ,ガイドリンクの実質的にすべての変形がクロッチ部近傍の領域で発生することを特徴としている。」(【0028】)という記載がみられるのみである。
そうすると,被告主張の上記効果は,本件発明3に対応する効果の存否は別論としても,本件訂正明細書の記載から認めるべき本件発明1に対応する効果は,【0097】【発明の効果】の欄に記載の「本発明によれば,各リンクのピッチ長伸びの度合いを均等にでき,枢支部材への残留曲げ応力を減少することができる効果がある。」(【0097】)と解することができる。
しかしながら,この効果は,本件発明1の構成,特にa″に係る構成から当業者が予測し得る程度のものといわざるを得ない。そして,前判示のように,本件発明1のa″に係る構成が,審判甲第1〜第4号証に記載された事項に基づき,当業者が容易に想到し得るものである以上,この効果は格別顕著なものということはできない。
(2)-3 念のために,ガイドリンクのクロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方に配置させることにより,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができるという効果についてみてみる。
この点につき,被告は,有限要素法(FEM)を用いた解析(有限要素解析:FEA)や試験を行い,その結果に基づいて,クロッチ部基部がピン穴中心線(ピッチライン)を越えると,クロッチ部基部には,応力集中による応力に加えて,引張荷重による曲げモーメントによる曲げ応力が発生し,この曲げ応力が新たに加わる分だけ,クロッチ部基部における応力が増大して,チェーンの弾性変形量が増大し,また切欠きが深くなるにつれて,口開きが増大すると主張する。
しかしながら,有限要素法(FEM)を用いた解析(乙3(別紙 Fig.1〜 5及び Graph1 ))や試験(乙4(別紙 Fig.1〜 5))の結果をみると,被告主張のように,クロッチ部基部における応力集中や応力増大の傾向はうかがえるが,クロッチ部基部がピン穴中心線(ピッチライン)を越えることにより,被告が本件発明1の効果として主張する,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができるという効果が生じているとまでは認めることができない。
ここで,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えると,クロッチ部基部に曲げモーメントが作用することになるのは,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えた状態では,ガイドリンクに作用する引張荷重の作用線(つまりピッチライン)とクロッチ部基部との間に距離が生じており,これが曲げモーメントの「腕の長さ」となって曲げモーメントが発生するものと理解される。そうすると,クロッチ部基部がピン穴中心線(ピッチライン)を越えると,クロッチ部基部に引張荷重による曲げモーメントの曲げ応力が新たに加わるとしても,その曲げ応力は,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えた量に比例したものにすぎないといわざるを得ない。
すなわち,ガイドリンクのクロッチ部基部を開孔の水平方向中心線の下方に配置させることにより,ガイドリンクに生じる塑性変形の実質的にすべてをクロッチ部近傍の領域で発生させることができるという効果は,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えた量に応じて,ガイドリンクに生じる塑性変形がクロッチ部近傍の領域で発生しやすくなるというものにすぎない。本件発明1のa″に係る構成のように,ガイドリンクのクロッチ部の基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばせば,クロッチ部が深くなってクロッチ部近傍の降伏荷重が小さくなり,ガイドリンクの塑性変形がクロッチ部近傍の領域で発生しやすくなることは明らかである。
そうすると,クロッチ部基部がピン穴中心線を越えると,クロッチ部基部に曲げモーメントが作用するとしても,本件発明1のa″に係る構成のように,ガイドリンクのクロッチ部の基部を開孔の水平方向中心線の下方まで延ばしたことから,直ちに被告主張のような顕著な効果までが生じるということはできない。
(3) 本件発明1の容易想到性についてのまとめ 相違点に係るa″以外の本件発明1の構成が,審判甲第1号証記載発明との間で一致しているとした審決の認定についても,その説示に照らして首肯することができる(当事者双方とも,この一致点の認定を争っていない。)。そして,上記説示のとおり,a″の構成も,審判甲第1〜第4号証に基づき,当業者が容易に想到し得るものであったから,本件発明1は,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。「本件発明1は,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認めることができない。」とした審決の認定判断は,誤りである。
3 本件発明2〜5についてを含むまとめ 審決は,本件発明1が容易に想到することができないことを前提にして,本件発明2〜5についても,容易に想到することができないと判断しており,これらの発明に関する審決の判断も誤りである。
ところで,本件発明4のb″の構成及び本件発明5のiii″の構成が本件発明1のa″の構成と実質的に同一の事項であることは,被告も認めているところ,相違点に係るb″及びiii″以外の本件発明4,5の構成が,審判甲第1号証記載発明との間で一致しているとした審決の認定についても,その説示に照らして首肯することができる(当事者双方とも,この一致点の認定を争っていない。)。そして,a″の構成が,審判甲第1〜第4号証に基づき,当業者が容易に想到し得るものであった以上,b″及びiii″の構成も同様である。そうすると,本件発明4,5は,審判甲第1〜第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。これに反する審決の判断は誤りである。
したがって,本件発明1,4,5は,上記容易想到性に関する本判決の判断に従って,無効とされるべきである。本件発明2,3に関しては,審決は,a″の構成が容易想到ではなかったことを理由に進歩性を認めているが,a″以外の構成の容易想到性については,審決で判断されておらず(第1次取消判決でも判断されていない。),本訴においても審理されていないので,再開後の審判で更に審理がされるべきである。
結論
以上のとおりであり,審決は取り消されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久