運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2006-22132
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10368審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10478審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10291審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10003審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10479審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 有用性 /  創作性(創作) /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  周知技術 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  着想 /  優先日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  混同 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  国際出願 /  国際公開 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 20年 (行ケ) 10193号 審決取消請求事件
原告オシリスセラピューティク ス,インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士鈴木修 末吉剛
同弁理士江尻ひろ子 深澤憲広
被告特許庁長官
同 指定代理 人鵜飼健北村明弘 安達輝幸 吉田佳代子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/07/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2006-22132号事件について平成20年1月7日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,本件補正を却下し,本件出願に係る発明の要旨を下記2のとおりと認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)本件出願及び拒絶査定発明の名称:「間葉幹細胞を用いる骨の再生および増強」パリ条約による優先権主張日:1996年(平成8年)4月19日(米国)国際出願日:平成9年4月17日出願番号:特願平9-538185号手続補正日:平成17年12月7日(甲5)拒絶査定日:平成18年6月26日(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成18年10月2日手続補正日:平成18年10月2日(甲6。以下「本件補正」という。)審決日:平成20年1月7日本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成20年1月22日2本件出願に係る発明の要旨本件出願に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨は,本件補正前(平成17年12月7日付け手続補正書(甲5)による補正後)の明細書(以下「本願明細書」という。)における特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりのものと認定した。本件審決による本件補正の却下の結論及びこれを前提とする本願発明の認定については,当事者間に争いがなく,本願発明の要旨は,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認められる。
【請求項1】骨形成増強のための組成物であって,骨形成増強を必要とする個体に分離ヒト間葉幹細胞と共に前記個体に投与され,前記分離ヒト間葉幹細胞からの骨形成を生じるのに十分な範囲で前記分離ヒト間葉幹細胞の骨形成系列への分化を支持することを特徴とする組成物。
3本件審決の理由の要旨本件審決の理由は,要するに,本願発明は,優先権主張日前である1992年(平成4年)に発行され,頒布された刊行物である「Bone,Vol.13」の81ないし88頁(以下「引用例」という。)に記載の発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
なお,本件審決がその判断の前提として認定している本願発明と引用発明との一致点と相違点(以下「本件相違点」という。)は,以下のとおりである。
一致点:骨形成増強のための組成物であって,分離ヒト間葉幹細胞と共に個体に投与され,前記分離ヒト間葉幹細胞からの骨形成を生じるのに充分な範囲で前記分離ヒト間葉幹細胞の骨形成系列への文化を支持することを特徴とする組成物である点相違点:本願発明は,「骨形成増強のための組成物」であって,骨形成を必要とする個体」に投与されるものであるのに対し,引用例には,ヌードマウスの皮下に移植したものが骨形成することが記載されているにとどまり,実際に形成増強を必要とする個体に投与されてはいない点4取消事由(1)本件審判における手続違背(取消事由1)(2)本件相違点以外の相違点の看過(取消事由2)(3)本件相違点についての判断の誤り(取消事由3)第3当事者の主張1取消事由1について〔原告の主張〕(1)本件審決が本願発明について特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した際に対比した引用刊行物は前記引用例の1つのみであるところ,引用例には本願発明の構成のすべてが開示されているわけではない。
このように請求項に記載された発明の構成のすべてが引用刊行物に開示されているわけではない場合においては,当業者が引用刊行物記載の発明を修正して特許出願に係る発明を容易に想到し得るかどうかを判断するに当たって,その動機付けを基礎付ける別個の刊行物の存在は,拒絶理由の不可欠な要素であるから,このような刊行物が新たに提示され又は変更された場合には,新たな拒絶理由を構成するものというべきである。
(2)しかるところ,本件審決においては,引用発明から本願発明を想到する動機付けに関し,参考文献(Acta Orthop Scand, Vol.60, No.3, p.334-339, 1989。
以下,本件審決と同様,単に「参考文献」という。)に言及しているが,参考文献は,本件審判における平成19年4月3日付け審尋の段階で初めて言及されたものであって(甲8の9頁1〜2行参照),それまでの審査及び審判の過程において,参考文献が提示されたことはなかった。
そして,参考文献は,引用発明から本願発明を想到する動機付けに関して本件審判において新たに提示されたものであるから,審判長は,拒絶理由を通知し,原告に補正の機会を与える義務を負っていたにもかかわらず,参考文献に関し,新たな拒絶理由が通知されることなく,原告に補正の機会が一度も与えられないまま本件審決がされた。
したがって,本件審決には,参考文献に関し,新たな拒絶理由を通知すべきであったのにこれをしないで,原告から補正の機会を奪ったという重大な手続違背があるから,取り消されるべきものである。
〔被告の主張〕原告は,参考文献に関し,新たな拒絶理由を通知すべきであったのに,その拒絶理由通知がなかったことから本件審決には手続違背の違法があると主張するが,以下のとおり,失当である。
参考文献は,本願発明の核心となる部分についての引用例ではなく,引用例から本願発明が容易であることを示すための論理の補強として,本願の優先権主張日当時の技術的背景をより明らかにするために提示されたものにすぎないから,審判長が新たな拒絶理由を通知しなかったとしても審判手続に違背するものではない。
したがって,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2取消事由2について〔原告の主張〕本件審決は,「骨形成増強のための組成物」である点を本願発明と引用発明との一致点として認定した上,その相違点として,本件相違点を認定した。
しかしながら,本願発明と引用発明とは,投与される個体の差異の点だけでなく,以下のとおり,「骨形成増強」のための組成物であるか,単に「骨形成」のための組成物であるかの点においても相違するのであり,本願発明と引用発明との相違点を本件相違点のみとした本件審決の認定は誤りである。
(1)本願発明における「骨形成増強」ア本願発明における「骨形成増強」とは,「増強」という語句が示すとおり,単に骨組織が形成されるというものではなく,必要とする個体における骨欠損の修復及び再生,関節再構築,美容術再構築,骨融合などを指す(甲4の4頁9〜20行)。つまり,本願発明における「骨形成増強」は,骨本来の働きをさせる場所(同所性の位置)で行われるものである。
器官としての骨は,組織としての骨と明確に区別される(甲10訳文5〜7行;「骨形成のいかなる議論においても同様であるが,『組織としての骨』(骨細胞及び石灰化組織)と『器官としての骨』(骨,軟骨,線維性組織,骨髄及び血管などのいくつかの組織を含む。)との区別に留意することは重要である。」)ところ,本願発明における「骨形成増強」は,骨欠損の修復及び再生等によって器官としての骨を生じさせるものであって,引用例における単なる骨組織の形成とは異なる。
イ「骨形成増強」のうち,骨欠損の修復及び再生の例では,骨欠損部に本願発明の組成物及びhMSCを含む移植片が投与されると,宿主の既存の骨と移植片との間のインターフェイスに骨が形成され(甲7訳文1頁1〜4行,2頁6〜8行,13〜14行,4頁1〜3行及び5頁12〜17行),さらに,インターフェイスにとどまらず,移植片の内部にも骨が充填される(同2頁16〜18行,5頁2〜9行,17〜19行,甲4の54頁24〜55頁1行)。そして,既存の骨と移植片との間のインターフェイスと移植片内部の骨とは連続的につながって,欠損部を横断して連続した骨が修復又は再生される(甲7訳文1頁5〜6行,2頁6〜8行,14〜16行及び5頁12〜17行)。このようにして修復又は再生された骨は,血管要素と結合しているが,血管形成は新骨形成に必須である(甲4の28頁23行〜29頁1行及び51頁23行〜52頁2行)。
「骨形成増強」は,骨欠損部の治癒を実現し(同57頁9〜11行),移植片を既存の骨と一体化するものであるから(甲7訳文4頁),治癒後の骨は,解剖学的に正しい形状を有する。
以上の事実は,本願明細書中の複数の箇所に記載されているが,代表的な例として,「再生過程の間,かなりの新骨形成が宿主と移植片の間のインターフェイスで生じ,連続した骨の範囲が欠損部を横断して存在した。12週で新しい線維性骨及び層板骨が宿主の皮質の切断端部と密接に接触しているのを見ることができ(図9E),またこの癒合の領域は移植片の孔全体にわたり形成された骨と直接につながっている。HA/TCPのより深い領域(図9F)では,孔への新骨および血管系の充填は明らかである。」(甲7訳文5頁12〜19行。甲4の54頁9〜15行に対応)といった箇所が挙げられる。
ウまた,「骨形成増強」により修復又は再生等がされた骨の組織学的特徴の一つとして,層板骨(層状骨;lamellar bone)が形成されている点がある。骨折の治癒では,まず編目状の線維性骨(woven bone)が形成され,さらに治癒が進むと,成熟した層板骨が形成される。層板骨は,哺乳類の成体に一般的なタイプであり,層板組織は,コラーゲン線維構造の繰り返しパターンを反映している(甲9「層板骨」の項目を参照)。それに対し,線維性骨は,マトリックスのコラーゲン繊維が不規則に配列された胎性の骨格という特徴のある体組織である(甲9「線維性骨」の項目を参照)。つまり,骨の修復又は再生等のためには,層板骨が形成されることが必要である。
本願明細書の実施例のうち,間葉幹細胞(MSC)としてヒトのMSC(hMSC)を使用した実施例3が本願発明に対応するところ,実施例3では,既存の皮質骨の切断端部と移植片とのインターフェイスに層板骨が観察され(甲7訳文5頁14〜17行及び甲4図9E),組成物(実施例3ではHA(ヒドロキシアパタイト)/TCP(リン酸トリカルシウム)円筒)内部にも層板骨が観察された(同図9F)。同様に,ラットMSCを用いた実施例1でも,層板骨が観察された(甲7訳文1頁5〜7行,2頁13〜14行及び3頁1〜3行並びに甲4図5A及び5B)。
エ骨欠損等の治癒には,骨の機械的強度の回復が不可欠であるが,機械的強度は,生体力学試験(甲4では「機械的検査」(55頁末行以下))により評価される。十分な機械的強度が達成できなければ,骨欠損等が治癒したということはできない。この点は,甲11にも記載されるとおりである。
「欠損部を治癒するため形成された骨の構造特性を評価するため,生体力学試験が行われた。BMP-2産生骨髄細胞による骨修復の究極の臨床的成功は,骨の生成のみに依存するではなく,形成された骨が骨欠損部の位置で結合を生じるか否かにも依存する。」(甲11の912頁右欄1行〜913頁左欄1行)本願発明の「骨形成増強」により修復又は再生等がされた骨は,優れた機械的強度を有する(甲4の55頁25行〜57頁7行)。実施例3では,組成物(HA/TCP円筒)単独の場合と比較して,hMSCと組み合わせた場合,強度,剛性及び吸収されるねじりエネルギーが,それぞれ115%,145%および112%もの増加を示す(同56頁表4及び57頁3〜5行)。HA/TCP円筒及びhMSCにより治癒した骨の機械的強度は無傷の骨に及ばないが,その原因は,HA/TCP円筒にあり(同59頁14〜22行),修復又は再生等がされた骨によるものではない。
この機械的強度は,前記イの連続した骨の形成及び同ウの組織学的特徴に由来するものと思われる。
オ一般に,骨化のメカニズムは,膜内骨化(膜内骨形成)と軟骨内骨化(軟骨内骨形成)とに分類される。膜内骨化は,軟骨相を経由することなく,間葉細胞が骨芽細胞に分化して骨細胞となるというメカニズムである。軟骨内骨化は,最初に軟骨が形成され,その後に骨組織に置換されるというメカニズムである(以上について,甲10の53頁右欄10〜28行)。
本願発明における「骨形成増強」は,間葉細胞であるhMSCを用いて行われるものであるから,膜内骨化のメカニズムによる。この事実は,本願明細書の以下の記載からも裏付けられる。
「この骨欠損を再生する過程で骨形成は軟骨シークエンスによるよりも間葉細胞の骨芽細胞への直接変換により生じることに注目することが重要である。」(甲7訳文3頁3〜5行。甲4の38頁4〜6行に対応)「この骨欠損部を再生する過程において,骨形成が軟骨内カスケードによるよりもむしろ間葉細胞の骨芽細胞への直接転換により生ずることに注目することは重要である。」(甲4の57頁25行〜58頁2行)カ以上のとおり,本願発明の「骨形成増強」は,同所性の位置における骨欠損の修復及び再生,関節再構築,美容術再構築,骨融合など器官としての骨の形成に関するものであって,移植片が既存の骨と連続的に結合して一体化し,解剖学的に正しい形状を実現し,組織学的には層板骨が形成され,優れた機械的強度をもたらし,膜内骨化のメカニズムによるものをいうのである。
(2)本願発明と引用発明との相違点引用例は,ヒトの骨髄由来の間葉細胞培養物をセラミックに担持し,そのセラミックをマウスの皮下及び腹腔に,すなわち骨と異なる場所(異所)に移植し,セラミック内部で骨が形成されたことを観察したにすぎない。引用例は,骨の形状,組織及び強度には全く触れていない。
そのような引用例の異所性移植では,既存の骨との結合について知見を得ることは不可能であり,骨欠損の修復及び再生等ができるわけもない。つまり,引用発明における「骨形成」は,単に骨組織の形成を意味しているにすぎず,本願発明におけるの「骨形成増強」とは相違する。
したがって,本願発明と引用発明とは,本件相違点以外に,本願発明は,「骨形成増強」のための組成物であるのに対し,引用発明は,「骨形成」のための組成物である点においても相違するのであって,本件審決には,この相違点を看過した違法がある。
〔被告の主張〕原告は,本願発明は「骨形成増強」のための組成物であるのに対し,引用発明は「骨形成」のための組成物であるという点で相違しているにもかかわらず,本件審決は,この相違点を看過したと主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。
(1)原告が主張の根拠とする甲10及び11は本願の優先権主張日当時の技術常識を示す文献ではない。また,甲7は,本願明細書自体ではなく,国際公開パンフレットの写しにすぎない。
原告が指摘する本願明細書の箇所のいずれにも「骨形成増強」の定義がされているわけではなく,器官としての骨の形成や層板骨の形成に関する記載もない。原告は,「骨形成増強」の意味の根拠として実施例3の記載を指摘するが,本願発明の多数の態様の一つであるにすぎない特定の実施例の記載をもって,本願発明が解釈されるべき理由もない。
したがって,本願発明における「骨形成増強」を原告の主張するような特定の意味に解することはできない。
(2)また,本件審決では,本願発明と引用発明との相違点として本件相違点を認定した上で,本件相違点に関する判断を示しているところ,その判断についてみれば,本件審決が看過したと原告が主張する相違点についても,実質的に認定し,判断を示しているものということができる。
(3)引用例の投稿及び発表と本願の優先権主張日までの年月の長さについては,技術的困難性以外にも様々な理由があり得る。また,本件審決が引用例の記載をまとめた摘記事項(1-4)には,原告が主張するように,断定的ではないとしても,骨形成増強が要求される臨床の場で用いられることの推定又は予測が記載されているものであるから,当該記載に触れた当業者であれば,骨形成の増強が要求される臨床の場への適用を当然想起するものである。
(4)仮に,「骨形成増強」の意味を原告の主張どおりに解したとしても,本件審決は「骨形成の増強が必要とされる部位」への適用について言及するとともに,効果についても「当業者の予測の範囲内である」と判断している。この点は,乙1ないし3に記載の骨形成に関する本願の優先権主張日前の周知技術および技術常識によっても裏付けられるものである。
(5)以上のとおりであるから,原告の主張する取消事由2は理由がない。
3取消事由3について〔原告の主張〕本件審決は,本件相違点について,「引用例の摘記事項(1-4)が動機付けになる,すなわち,ヌードマウスの皮下において骨形成能が確認された材料について,骨欠損部における骨の結合効果を期待して,試験,確認することは,当業者であれば当然に為しえたものである」と判断した(本件審決5頁34〜38行)。
しかしながら,この判断は,以下の(1)ないし(4)に分説するとおり,皮下など異所性移植で骨形成がみられた材料が同所性移植でも当然に骨を形成するという誤った前提に立った上で,本願の優先権主張日の当業者の認識についての誤った認定に依拠しているものであるから,誤りである。
(1)MSCの分化の多様性MSCは,骨組織にのみ分化するわけではなく,沿軸中胚葉由来の各種器官に分化し得る。例えば,MSCは,脂肪組織,骨組織,軟骨組織,弾性組織,筋肉組織,線維性結合組織,腱,骨髄基質など様々な組織に分化し得る。どの分化経路に進むのかは,機械的影響及び/又は内因性の生物活性因子(例えば,成長因子,サイトカイン,及び/又は宿主組織により定められる局所的な微小環境条件)に依存しており,制御することは困難である(以上について,甲12の143頁の要約,甲16の1頁第2パラグラフ及び4頁第1パラグラフ)。
以上のとおり,MSCには前述の様々な組織及び形状に分化する可能性が存在するので,ある移植態様で骨形成能が報告された移植片であっても,別の移植態様で骨形成をするのか当業者が予見することは不可能であった。皮下や腹腔に移植した多孔性セラミックの細孔内部でMSC由来の骨が形成されたからといって,同じ移植片を骨欠損部の環境下においた場合に骨が形成されることが予期されるわけではなく,まして「骨形成増強」を予測することは困難であった。本願発明で「骨形成増強」に成功したことは,当業者の予測を超える驚くべき現象だったのである。
それにもかかわらず,本件審決は,引用例の「骨」のみに焦点をあて,他の組織への分化の可能性を捨象しているのであって,この点で,本件審決の判断は誤っている。
(2)本願の優先権主張日当時の当業者の認識ア引用例の記載本件審決が引用例の記載をまとめた摘記事項(1-4)には,「骨形成の増強が要求される臨床の場において有用であるかもしれないことを示すものである。」旨の記載(以下「本件記載」という。)がある。
イ引用例から本願発明までの期間しかしながら,本件記載のある引用例の投稿から本願の優先権主張日まで約5年もの間,hMSCの同所性移植の成功例は報告されていなかった。この事実は,本願の優先権主張日当時,当業者が「異所性移植で骨形成がみられた材料が同所性移植でも当然に骨を形成する」とは認識していなかったことを示すものである。
ウBMP-2の役割本願の優先権主張日において,骨形成増強には,MSCではなくBMP(Bone Morphogenetic Protein)-2が重要視されていた(甲11)。この事実は,優先日当時,摘記事項(1-4)に反する見解が当業者に広まっていたことを示しており,引用例の本件記載が本願発明の動機付けとなることを妨げるものである。
ちなみに,甲11は,905頁左下に「Vol.81-A, No.7, JULY 1999」とあるとおり,本願の優先権主張日より後に発表された文献である。甲11では,アデノウイルスを用いた遺伝子導入によってヒトBMP-2を産生するラット骨髄細胞を作製し,ラットの大腿部欠損に充填し,骨の修復及び再生が観察された(Group ?T)。
組換えヒトBMP-2で直接処理した群(Group ?U)でも,骨の修復及び再生が観察され,Group ?UとGroup?Tとの間に有意な差はほとんど認められなかった。比較のため,β-ガラクトシダーゼを産生する骨髄細胞(Group ?V),非感染骨髄細胞(Group ?W),及び塩酸グアニジンで抽出された脱塩骨基質(Group ?X)による実験も行われた。これらの対照群では,骨形成は僅か1例を除き,検出されなかった。
甲11は,本願の優先権主張日後であっても,当業者が細胞ではなくBMP-2に着目した研究を行っており,骨の修復及び再生にあたりBMP-2が不可欠と考えられていたことを示している。実際,甲11では,骨髄細胞が共存した群(Group ?T)の結果は,BMP-2のみを投与し骨髄細胞を投与しなかった群(Group?U)の結果と比較して有意な差がなく,BMP-2が支配的要因であることを示唆するものであった。
以上のとおり,本願の優先権主張日の後であっても,骨欠損部の修復及び再生にはBMP-2が不可欠と考えられており,骨髄細胞由来の細胞単独で骨欠損部の修復及び再生を試みることは,引用例に本件記載があるにも関わらず,当業者の常識に反していた。
(3)本件記載と本願発明の動機付け本件記載は,以下のとおり,本願発明の動機付けとなるものではない。
ア本件審決は,「引用例には,摘記事項(1-4)に示されるように,…骨形成の増強が必要とされる部位における骨形成を増強する効果について試験・確認しようとする強い動機づけが存在する」(同5頁33〜38行,同5頁17〜22行も参照)とする。
しかしながら,かかる判断は,「骨形成増強」と「骨形成」を混同したものであることは,前記2のとおりであり,MSCの分化の多様性及び当業者の認識を無視したものであることも,上記(1)及び(2)のとおりであるから,誤りである。
イ本件審決は,「皮下に異所性に骨形成し得たものが,骨本来の部位において骨形成し得えず,骨組織の再生,増強が不可能であるとする具体的な根拠もない。」(同5頁37行〜6頁1行)とする。
しかしながら,かかる判断は,MSCの分化の多様性を捨象し,骨にのみ焦点をあてている点で誤っている。MSCが様々な組織に分化しうることを示す具体的な根拠は,上記(1)で述べたとおりである。
ウ本件審決は,「骨形成増強を必要とする個体に投与することは,当業者であれば当然に為しえたことであり,その効果も当業者の予測の範囲内である」(同6頁4〜5行)とする。
しかしながら,「骨形成」と「骨形成増強」とは異質なものであるから,「骨形成増強」という成果は当業者の予測の範囲を大きく超えるものである。したがって,上記判断は誤っている。
(4)参考文献の考慮の是非本件審決において参考文献を考慮することは許されないが,参考文献は,以下のとおり,本願発明と無関係なものであるから,そもそも本件相違点の判断に際して参考となり得るものではない。
ア本願発明は,MSCに関するものであるところ,参考文献は,骨髄細胞に関する文献であって,MSCに関する文献ではない(本件審決の参考例を引用した(a)ないし(c)参照。)。骨髄細胞中にMSCが占める割合は,約0.001から0.01%であり,極めて低い(甲12,13)。加齢により,この割合は更に低下する(甲14)。したがって,参考文献は,本願発明と無関係である。
イ参考文献には,「骨形成増強」に関する示唆がない。
「骨形成増強」には,骨の組織及び機械的強度の要因が重要であるところ,参考文献には,これらの要因について何ら記載も示唆もされていない。
参考文献の実験では,軟骨の形成が観察されているため(図3の脚注の「C」の説明を参照),軟骨内骨化のメカニズムで骨形成が起きており,本願発明の膜内骨化とは相違する。
参考文献の図3に示されているとおり,参考文献の実験では,骨組織がランダムな位置で形成を始めている。それに対し,本願発明では,組織だって骨が形成され,解剖学的に正しい形状で優れた機械強度が実現される。この点でも,参考文献は本願発明と相違する。
参考文献では,形成された骨の血管新生について何ら示されていない。したがって,十分な血液の供給がなされないため,層板骨は形成されず,器官としての骨が形成されるとはいえない。
ウ参考文献に開示されている骨欠損の修復は,ラットの骨髄細胞をラットに移植するという同系の移植によるものである(前記(a)中の「しかしながら,同系の生きた骨髄細胞と共にセラミックを移植した場合,...大量の骨形成が観察された。」との記載(本件審決6頁15〜18行)参照)。なお,同系移植とは,遺伝子の相違がほとんどない近交系間(ヒトの場合には一卵性双生児間)の移植を指し,当然のことではあるが,動物の種としては同種間の移植である(自家,同系,同種及び異種移植について,甲15参照)。
それに対し,ヒトでの「骨形成増強」の確立にあたり,倫理上,異種移植による検討を行うほかない。ヒトMSC(hMSC)では,同種移植に踏み切る前提問題として,異種移植の成功が不可避である。つまり,hMSCでは,異種移植の実験が異種及び同種移植双方の確証を得る目的を備えているという特殊な事情がある。
本願明細書の実施例3は,hMSCをラットの大腿骨欠損部に移植するという異種移植(すなわち,非同種移植であり,非自家移植である。)に関するものである。本願明細書の実施例3も,上記目的のために行われたものである。
本願明細書の実施例3の異種移植は,参考文献の同種同系移植よりも困難であるため,当業者は,参考文献での骨欠損の修復を参考に実施例3の異種移植を試みるとはいえない。異種移植を試みることがなければ,本願発明に至ることもないのだから,参考文献は,本願発明の動機付けの参考となるものではない。
エなお,上記主張は,本願発明がhMSCの同種及び同系移植を包含していることを否定するものではない。ヒトのMSCという特殊な要因により,異種移植の実験が同種移植の確証を得るため不可避であるということを述べたに過ぎない。
オ要するに,参考文献は,MSCに関する文献ではなく,「骨形成増強」に必要な骨の組織及び機械的強度の要因について開示しておらず,同系移植に関するものであるから,本願発明の動機付けの参考となるものではない。
(5)以上のとおり,本件相違点についても,本件審決の判断は誤りであるから,本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕原告は,本件相違点についての本件審決の判断の誤りについてるる主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。
(1)間葉幹細胞がもたらす表現型は,周辺の微小環境に依存するものであることは,甲16に加え,乙1及び3に記載されるように,本願の優先権主張日前の当該分野における技術常識である。
そのような技術常識の下では,骨が本来存在する部位では,皮下と比較して,骨への分化経路へと導く微小環境条件がより整っているであろうことは,当業者が当然想起するものである。
しかも,引用例には,「全骨髄又は培養された骨髄細胞がセラミックキューブへ担持され,それから,同系宿主の皮下嚢又は同所部位へ移植された際に,骨及び軟骨がセラミックの孔内に形成されることが確認されている」ことも記載されているのであるから,引用例において,骨欠損とは関係のない皮下や腹腔部位において骨形成がみられた組成物を骨欠損部に移植をした場合にも骨形成がされるであろうことは,当業者が当然予測する事象である。
(2)原告は,本願の優先権主張日には,骨形成増強には,MSCではなく,BMP-2が重要視されていたことから,引用例の本件記載にもかかわらず,本願発明への動機付けは妨げるように主張するが,本願発明は「BMP-2を含まない」ことを必須の構成とするものではないから,原告の主張はそもそも本願発明の構成に基づくものではない。
そして,たとえ本願の優先権主張日前に骨の修復及び再生にあたりBMP-2の利用がその可能性の一つとして考えられていたとしても,課題を達成する可能性のある手段が一つに限られるわけではないから,その事実は本件記載が本願発明の動機付けとなることの何らかの阻害要因となるものではない。
(3)原告は,本願明細書の実施例3の記載に基づき,本願発明の効果が当業者の予測の範囲を大きく超えるとも主張するが,当該特定の条件下以外で,様々な成分を含有する組成物を用いた場合でも,実施例3と同様の効果が奏されるという点については,明細書等に何ら具体的な開示がなされていない。むしろ,乙2に記載されるように,骨髄を移植する際の組成物の組成により,骨形成効率等は異なることは,当該技術分野における技術常識である。したがって,原告の主張は,本願発明のごく一部の態様に関するものであって,本願発明の全体に関する主張とはいえない。
(4)また,原告は,参考文献は,本願発明と無関係なものであり,本件相違点の判断に際して参考となるものではないと主張するが,以下のとおり,この点の主張も誤りである。
ア骨髄細胞内の間葉幹細胞が骨形成作用を有するものであることは,引用例および乙3にも示されるとおり本願の優先権主張日前の技術常識であるから,原告の主張は的を射ないものである。
また,本願発明における「骨形成増強」を原告の主張する意味に解することはできないから,参考文献には「骨形成増強」に関する示唆がないとの原告の主張は,本願発明の進歩性に関するものとはいえない。
イそして,参考文献は,実際に観察される骨の状況を示すために参照されたものではないから,参考文献において具体的に記載される骨の状態をもって,当該文献を参考文献とすることが不当であるとの原告の主張には理由がない。
ウさらに,そもそも本願発明は,異種移植に限定されるものではなく,原告は,異種移植が困難であるとする具体的な根拠は示していない。免疫原性等の観点から,同種同系移植よりも異種移植では工夫すべき点があるとしても,例えば乙3に記載されるように,異種移植を行うために免疫低下等の処置を宿主に施すことは,本願の優先権主張日前の周知技術である。
(5)したがって,原告の主張する取消事由3は理由がない。
第4当裁判所の判断事案にかんがみ,取消事由2,同3及び同1の順で判断する。
1取消事由2(本件相違点以外の相違点の看過)について(1)「骨形成増強」と「骨形成」との異同ア原告は,本願発明における「骨形成増強」と引用発明における「骨形成」との相違を主張するところ,本願明細書には,「骨形成増強」について,次の記載がある。
(ア)「この発明は骨形成を創り出すのに十分な範囲で骨形成系列へのヒト間葉幹細胞の分化を支持する基質を持つ分離ヒト間葉幹細胞を投与することにより,それを必要とする個体において骨形成を増強する方法を提供する。基質は望ましくはセラミックおよび再吸収性バイオポリマーから選択される。」(甲4の3頁22行〜4頁1行)(イ)「特にこの発明は,動物あるいはそれを必要とする個体に骨欠損の修復あるいは再生を実行するための方法を提供する。そのような欠損は,例えば分節骨欠損,偽関節,変形治癒あるいは癒合遅れ,嚢胞,腫瘍,壊死あるいは成長異常を含む。骨増強を必要とする他の条件,例えば関節再構築,美容術再構築あるいは脊椎固定もしくは関節固定などの骨融合は,例えば増強を必要とする骨の部位に新鮮健全骨髄およびもしくは分離ヒト間葉幹細胞もしくはその併用物をゼラチン,セルロースあるいはコラーゲンベース媒体内でそれから骨形成増強に十分な量を投与することにより個体で治療される。」(同4頁9〜18行)(ウ)「この発明は更に骨形成を増強する組成物を提供し,この組成物は少くとも1個の新鮮骨髄およびもしくは分離間葉幹細胞と併用される吸収性ゼラチン,セルロースおよびコラーゲンよりなるグループから選択される基質を含む。この組成物はスポンジ,条片,パウダー,ゲルあるいはウエブの形態で使用される。この発明はまたそれを必要とする個体に組成物の骨形成増強量を投与することにより個体で骨形成を増強する方法を提供する。」(同5頁12〜19行)(エ)「完全培地あるいは合成無血清培地において,分離培養拡張hMSCsは骨形成を増強することが可能である。骨伝導性あるいは再吸収性バイオポリマーなど他の最適化培地において,骨髄のml当り約10 MSCsを含む新鮮な健全骨髄は4同じく骨形成を増強することが可能である。」(同7頁13〜17行)(オ)「骨折治癒および骨修復は修復芽腫を形成するために欠損部位で十分な細胞を集める能力に依存する」(同47頁7〜9行)(カ)「実施例4MSC負荷HA/TCP立方体の骨形成応答についての被覆の効果この実験は被覆されていないHA/TCP立方体がMSC媒介骨形成を支持するフィブロネクチンあるいは自己由来血清被覆HA/TCP立方体と同等であることを立証する試みとして行われた。
材料および方法フィブロネクチン,1%自己由来血清,10%自己由来血清で被覆され,あるいは未被覆で残された標準HA/TCP立方体がMSCsで負荷され無胸腺マウスに皮下移植された。立方体は移植6週後に回収され脱石灰組織学方法により骨形成水準を検査された。…結果および結論すべての処置グループからのMSC負荷立方体は6週で著しい量の骨形成を示した。……予期したように無細胞対照HA/TCP立方体は骨形成を持たなかった。
前記の結果に基づいて,未被覆HA/TCPは骨修理/増強を行うためのMSCs送達にとって実用的な担体であると我々は結論する。」(同60頁8行〜61頁5行)(キ)「各動物から誘導された細胞の分析は試験管内骨形成能および標準生体内異所性移植検定で著しい骨形成を実証した。」(同75頁3〜5行)(ク)「実施例6吸収可能コラーゲン含有スポンジで骨髄を使用する骨欠損修復…末梢血餅の不在あるいは存在下でジェルフォーム スポンジプラス4本骨ある□いは1本骨からの骨髄を受けた動物は移植の領域で強力な骨形成治癒応答を示した。末梢血餅の存在下でジェルフォーム スポンジおよび,1本の半分骨からの骨□髄で移植された動物はほんの限られた量の骨形成を示した。…要するに,ジェルフォーム スポンジで移植された受容体ラットのそれぞれで同系骨髄の著しい骨形成□応答は著しい骨欠損部の修復にこの細胞および基質組合せが適していることを示している。」(同75頁16行〜77頁末行)イ上記アの記載によると,本願発明における「骨形成増強」について,「骨形成」の語に「増強」の語が付加されているが,以下のとおり,「増強」の語に格別の意味があるとは解されないから,「骨形成増強」と引用発明における「骨形成」とが相違する旨の原告の主張は本願明細書の記載に基づくものではなく,これを採用することができない。
(ア)本願明細書には,「骨形成増強」と骨欠損の治療(修復,再生)とを関連づけた記載が存在するが,「骨形成増強」と単なる「骨形成」が異なるものであることや,形成される骨が異なるものであることについての記載はない。
(イ)実施例の記載からみると,本願明細書においては,「骨形成(応答)」の能力や「骨形成」の量に着目して「骨形成増強」についての評価が行われているにすぎない。
(ウ)「骨折治療および骨修復は修復芽腫を形成するために欠損部位で十分な細胞を集める能力に依存する」とされていること及び実施例の記載から,本願明細書においては,骨形成の能力を示す数値が高いことや形成される骨の量が多いことから,「骨形成」の能力や程度が「増強」されていると評価されている。
(エ)さらに,このような骨形成の強さは,試験管内や異所性移植においても評価されている。
ウ他方,引用例には「これらの観察は,…骨形成の増強が要求される臨床の場において有用であることを示すものである。」(甲1訳文2枚目10〜12行)と記載されていることからすると,引用例に記載された組成物は,骨形成増強のために用い得るものということができるのである。
エしたがって,本願発明と引用発明とが「骨形成増強」のための組成物である点において異なるところはなく,両発明について,本件審決が「骨形成増強のための組成物」である点において一致すると認定したことに誤りはない。
(2)本願発明と引用発明における「骨形成」の異同ア原告は,本願発明における「骨形成増強」は,骨欠損の修復及び再生等によって器官としての骨を生じさせるものであるから,引用発明における単なる骨組織の形成とは異なると主張しているところ,この主張は,本願発明と引用発明とにおける「骨形成」それ自体の意味が異なることをいう趣旨に理解することもできる。
イしかしながら,本願明細書の「実施例3」の「議論」の項には,「ここで提示された結果は,精製培養拡張ヒトMSCsが骨修復のために十分に確立されたモデルで臨床的に著しい骨欠損部を治癒できることを論証する。一方でヒトMSCsの骨形成能が試験管内分離MSCsの研究(12,64)と同じく皮下移植片での新骨形成により証明(54)されるが,これはヒトMSCsが修復を必要とする正常部位で骨を形成できるということの最初の論証である。」(甲4の57頁9〜15行)との記載があるところ,本願明細書には,上記記載における引用文献番号に対応する引用文献について,「54.ヘインズワーズ,S.E.,五島,J.;ゴールドバーグ,V.M.;およびキャプラン,A.I.:ヒト骨髄よりの骨形成能を持つ細胞の特徴付け。骨13:81-88,1992。」(同86頁14〜17行)との記載があることから,本願明細書の上記「(54)」の文献は引用例そのものであることが明らかである。
ウしたがって,本願明細書における「骨形成」と引用発明における「骨形成」とが同様の現象を意味していることは明らかであり,これらが異なるものであるとの原告の主張を採用することはできない。
(3)以上によると,本件審決には,原告の主張する相違点を看過した違法があるということはできないから,取消事由2は理由がない。
2取消事由3(本件相違点についての判断の誤り)について(1)引用例には,摘記事項(1-4)として抜粋されているとおり,「結論として,セラミック移植のテクニックは,骨髄由来の間葉細胞の感度の良いアッセイを提供する。重要なことは,このような骨形成能を有する細胞が,広い年齢層のヒトドナーから得ることができることである。これらの観察は,骨形成能を有する細胞をエクスビボで増やすことが,骨形成の増強が要求される臨床の場において有用であることを示すものである。」との記載がある。
また,骨欠損部における移植である同所性移植による骨形成は,骨欠損を治癒する可能性を有するものであり,これが臨床の場において当業者が直面していた課題であることは明らかである。
(2)この点に関し,原告は,上記摘記事項の記載が本願発明の動機付けとならないことについて,間葉幹細胞の分化がどの分化経路を進むのかは,機械的影響及び又は内因性の生物活性因子(例えば,成長因子,サイトカイン,及び/又は宿主組織により定められる局所的な微小環境条件)に依存しており,制御することは困難であると主張する。
しかしながら,もともと骨が存在しない皮下等の部位に比して,骨が本来存在する部位においては,間葉幹細胞の分化を骨の分化経路へと導く微小環境条件がより整っているであろうことは,当業者であれば容易に着想し得ることであり,異所性移植で骨形成がみられた材料に対して,同所性移植によって同様の骨形成することを期待することは,当業者にとって極めて自然な発想であるというべきである。
そうすると,上記摘記事項のように,臨床の場での有用性が期待されている材料を同所性移植における骨形成について検証するために実験を行うことは,当業者が容易になし得るものと認められ,その結果,器官としての骨の形成が確認できたとすれば,それは,当業者にとって正に期待するとおりのものであり,これが当業者の予想の範囲内のものであることは明らかであるから,原告の主張は採用することができない。
(3)また,原告は,本件審決につき,?@皮下など異所性移植で骨形成がみられた材料が同所性移植でも当然に骨を形成するという誤った前提に立った上で,?A本願の優先権主張日の当業者の認識についての誤った認定に依拠しているものであるとして,その誤りを主張するが,これらの点についても,以下のとおり,原告の主張は理由がない。
ア?@の点について,本件審決は,「引用例1の摘記事項(1-4)には,『骨形成の増強が要求される臨床の場において有用であることを示すものである』旨記載されており,かかる記載に接した当業者であれば当然,さらに,骨形成増強を必要とする個体に投与し,実際に骨形成を増強する効果を発揮するかどうか,試験・確認しようとするものと考えられ,引用例1に記載の当該記載は,この点を実験して確かめる強力な動機付けとなるものである。」(5頁17〜22行)と認定しているにすぎず,原告が主張するような「異所性移植で骨形成がみられた材料が同所性移植でも当然に骨を形成する」との認定まで行っているものではないから,原告の主張は本件審決を正解するものではなく,失当である。
イ?Aの点について,原告は,引用例の投稿から本願の優先権主張日まで約5年もの間,hMSCの同所性移植の成功例が報告されていなかったことを指摘し,当業者には,異所性移植で骨形成がみられた材料が同所性移植でも当然に骨を形成するとは認識されていなかったと主張するが,従来技術と,ある発明の完成までの時間の長短には様々な要因が影響を与えるものであり,その時間が長いからといって,その技術的到達点に発明として評価される創作的な貢献が認められるとは限らないものであるから,原告の主張を直ちに採用することはできない。
ウなお,原告は,本願の優先権主張日において,骨形成増強には,MSCではなくBMP-2が重要視されていたとして,この事実は,摘記事項(1-4)が本願発明の動機付けとなることを妨げるものであるとも主張する。
しかしながら,例えば,MSCが骨形成増強に関与しないとの技術常識が存在したなどの事情があるわけでもなく(そのような技術常識の存在についての証拠は存在しない。),BMP-2が重要視されていたということが,引用例において示されているMSCの可能性に着目することの障害となるものでないことは明らかである。
そして,本願明細書の引用文献には,本願の優先権主張日(1996(平成8)年4月19日)前後に発表されたMSCに関する研究論文等(引用文献番号11(「骨成長骨修復および骨格再生治療における間葉幹細胞」1994年),12(「試験管内精製ヒト間葉幹細胞の骨形成導入:骨芽細胞表現型の定量評価」1995年),13(「拡張性継代培養および続く冷凍保存中の精製ヒト間葉幹細胞の成長運動,自己再生および骨形成能」1997年),54(引用例),64(「試験管内精製培養拡張ヒト間葉幹細胞の骨形成分化」1997年),66(「骨髄誘導間葉細胞の試験管内軟骨形成」1996年))が挙げられていることからも,BMP-2が重要視されていたとしても,そのことが,本願発明のようなMSCによる骨形成(増強)についての発明の動機付けを妨げるものでないことは明らかであるということができる。
(4)以上によると,本件審決の本件相違点についての判断に,原告の主張するような誤りは認められないから,取消事由3は理由がない。
3取消事由1(本件審判における手続違背)について原告は,本件審判において,参考文献に関し,新たな拒絶理由を通知すべきであったと主張するが,上記2によると,本件審決の結論は,同審決が認定した引用発明との対比のみから導くことができるというべきであるから,新たな拒絶理由を通知すべき場合に当たるということはできず,取消事由1の主張は失当である。
4結論以上の次第であるから,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,原告の本訴請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 高部眞規子
裁判官 杜下弘記