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関連審決 不服2005-15635
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成21行ケ10041審決取消請求事件 判例 特許
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平成22行ケ10373審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10107審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  有用性 /  技術常識 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  発明が不明確 /  翻訳文 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  置換可能性 /  実施 /  加工 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  特許協力条約 /  国際出願 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10286号 審決取消請求事件
原告ザ トラスティーズ オブ プリンストンユニバーシティ
同訴訟代理人弁理士矢口太郎 山口康明 佐々木義行 関口一哉
被告特許庁長官
同 指定代理 人日夏貴史末政清滋 山本章裕 安達輝幸
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/06/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2005-15635号事件について平成20年3月18日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において特許請求の範囲の記載(請求項1)を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)本件出願(甲1の2)及び拒絶査定出願人:原告発明の名称:「有機装置のための透明コンタクト」出願番号:平成9年特許願第531791号(国際出願)出願日:平成9年2月15日(パリ条約による優先権主張・1996年(平成8年)3月6日,米国)手続補正:平成16年2月16日付け(甲2)誤訳訂正:平成17年3月14日付け(甲14)拒絶査定:平成17年5月6日付け(2)審判請求手続及び本件審決審判請求日:平成17年8月15日(不服2005-15635号)手続補正日:平成20年1月31日(甲4。以下「本件補正」という。)本件審決日:平成20年3月18日本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成20年4月1日2特許請求の範囲の記載(本件補正後のもの)(文中の「/」は,原文の改行部分を示す。以下,関係書類の原文を引用する場合は,これに倣うことがある。また,以下,単に「請求項」というときは,本件補正後の請求項をいい,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。なお,本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲4,その余につき甲2(全文補正),甲14(一部誤訳訂正)及び甲4(一部補正))を「本願明細書」といい,本願明細書の発明の詳細な説明の引用箇所は,甲14による一部誤訳訂正及び甲4による一部補正がされた箇所を除き,甲2の頁数及び行数(空白の行を除く。)により特定することとする。)【請求項1】基板と,/前記基板上に形成され,正の極性を有する第1の導電性層と,/前記第1の導電性層上に形成された透明有機発光デバイスと,/前記透明有機発光デバイス上に形成され50〜400Åの厚さにすることによって透明となる透明導電性金属層と,/前記透明導電性金属層上に直接形成され,負の極性を有し,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層と/を具備してなる有機発光デバイス構造。
3本件審決の理由の要旨本件審決の理由は,要するに,本件出願は,その特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号の規定する「サポート要件」及び同項2号の規定する「明確性の要件」を充足していないので,拒絶すべきものである,というものである。
4取消事由(1)サポート要件についての判断の誤り(取消事由1)(2)明確性の要件についての判断の誤り(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1について〔原告の主張〕本件審決は,「(1)明細書の記載」において,摘記1(3頁27行〜4頁16行)及び摘記2(4頁19行〜5頁6行)を抽出した上,「(2)明細書の記載から読み取れる事項」における誤った認定に基づき,「(3)判断」において,請求項1の記載がサポート要件を充足しないとの誤った判断をしたものである。
(1)本件審決の認定ア摘記1に関する認定について(ア)本件審決は,「摘記1の記載は,本発明者により製造された透明有機発光装置(TOLED)の一連の製造工程を記述した部分であることは,文脈から明らかである」と認定した(5頁8〜10行)。
しかしながら,本件審決の摘記1の記載は,本件出願に係る図17(甲1の2。
以下,単に「図面」,「図17」などというときは,甲1の2の50頁以下に記載された本件出願に係る図面を指す。)に示す横断面図に基づきTOLEDの構成を説明したものであり,その説明の便宜のため,ガラス支持体302側から積層順に説明したものにすぎないから,摘記1の記載をもって,「透明有機発光装置(TOLED)の一連の製造工程を記述した部分」であるとはいえず,本件審決の認定は誤りである。
(イ)被告は,本件審決の説示(5頁11〜21行)を挙げ,「摘記1の記載がTOLEDの一連の製造工程を記述したものであることのみならず,同記載の内容自体からも,同記載につき,『ガラス支持体302に予備被覆した透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304,即ちITOフィルムの変形例について言及したと理解するのが自然である』との結論を導いた」と主張するが,その直前の文に照らせば,被告が挙げる説示部分は,明らかに,摘記1の記載がTOLEDの一連の製造工程を記述したものであることを前提としているというべきである。
イ摘記1のうち「また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る」との記載(3頁35〜37行)に関する認定ついて(ア)本件審決(5頁11〜22行)は,「『装置30が,…透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は透明なガラスから成るが,この例においては,それはまた,ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体,たとえばプラスチック材料によっても供給され得ることを注意すること。また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る。』の記載から,まず,『透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302』の『支持体302』の変形例について言及し,次に,『ガラス支持体302』に予備被覆した『透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304』,即ち『ITOフィルム』の変形例について言及したと理解するのが自然である。さらに,図17を参照すれば,ITOフィルムは,正の極性を有することも明らかである」と認定した。
本件審決の認定は,要するに,摘記1の「また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る」との記載(以下「本件記載?@」という。)にいう「ITOフィルム」が「透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」について言及するものであり,正の極性を有するとするものであるが,以下のとおり,本件記載?@にいう「ITOフィルム」は,ITOフィルム一般をいうものであるから,当該記載の後に記載されたITOは,すべて導電性酸化物の一例であると理解され,少なくとも,摘記1中の「ITO層312」(負の極性)については,ITO以外の導電性酸化物と置換し得るものであると理解するのが相当である。したがって,本件審決の認定は誤りである。
(イ)そもそも,本件記載?@の2つ前の文においては,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」との語が使用されており,摘記1を含め,発明の詳細な説明の他の箇所においても,ITOについての説明の際には,対応する図面中の参照番号(26I,304,312等)が必ず付されているのに対し,本件記載?@においては,「ITOフィルム」の語に当該参照番号が付されていないのであるから,当該「ITOフィルム」との記載は,特定のITOフィルムである「ITO層フィルム304」のみをいうものではなく,ITOフィルム一般についていうものであり,少なくとも摘記1中の「ITO層312」(負の極性)についても言及している可能性があるものと理解するのが自然である。
この点に関し,被告は,「例えば,発明の詳細な説明の他の箇所(7頁4〜5行,10頁15〜16行並びに28頁1〜3行)にみられるように,発明の詳細な説明においては,ITOについて説明する際,必ずしも図面中の参照番号が付されているわけではない」と主張するが,被告が指摘する箇所における「ITO」は,図面中のいずれか特定のITO層について言及するものではなく,「物質や材料としてのITO」との意味で用いられているものであるから,図面中の参照番号が付されていないのは当然である。
(ウ)加えて,本件記載?@は,ガラス支持体302の変形例(置換可能性)についての説明の次に,「また」という接続詞を介して続くものであり,当該変形例についての説明に当たり,いわば「ついで」に付言したものにすぎず,ITO層フィルム304についての変形例を積極的に述べるというよりは,当該実施形態において用いるITOフィルム一般が他の導電性酸化物等と置換可能であることを述べるにすぎないと解釈すべきである。
(エ)本件記載?@は,その記載振り(上記(ア)及び(イ)参照)からみて,周囲の文から独立したものであり,摘記1中のどの箇所に置かれてもその意味を失わないところ,例えば,本件記載?@を摘記1の末尾に移記した場合には,明らかに,「ITO層312」(負の極性)についてもITO以外の他の導電性酸化物と置換し得るものと解釈されることになるから,本件記載?@の位置のみに基づいて,当該記載にいう「ITOフィルム」の意義を解釈するのは相当でない。
なお,本件審決は,前記アのとおり,摘記1の記載をもって「透明有機発光装置(TOLED)の一連の製造工程を記述した部分」と理解することにより,摘記1における記載(説明)の順序が重要であるとするようであるが,当該理解が誤りであることは,前記アのとおりである。
(オ)摘記1には,「この第2のITO層312は,第2のTOLEDが構築される上部に連続した透明な伝導性表面を供給する(図12,13及び16の記載についての上記を参照のこと)」との記載があるが,これによれば,図12,13及び16のように複数のTOLEDが積層的に形成される場合も本願発明に含まれることになるところ,図17に示される第2のITO層312は,その上部に形成されるTOLEDとの関係では第1のITO層としての役割を有することになる(図2の回路図参照)。すなわち,摘記1には,いずれのITO層も,第1のITO層としての役割を果たし得ることが明確に記載されているのであるから,本件記載?@にいう「ITOフィルム」がガラス支持体302上に被覆された「ITO層フィルム304」のみをいうものと解釈することは誤りであり,摘記1には,「ITO層312」についても,ITO以外の他の導電性酸化物と置換可能であることが記載されているというべきである。かえって,本件記載?@にいう「ITOフィルム」が,第1のITO層フィルム304のみを指し,これのみが他の導電性酸化物等と置換可能であるとすると,第2のITO層も上部のTOLEDとの関係では第1のITO層と同じ役割を果たす(甲6)にもかかわらず,第1のITO層304のみが他の導電性酸化物等と置換可能であり,第2のITO層312は当該置換が不可能であるという矛盾が生じることになる。
この点に関し,被告は,「積層型のTOLEDであっても,『ITO層フィルム304』が正極の役割しか果たさないのに対し,『ITO層312』は,下側の有機発光層との関係では,依然として負極の役割を果たす」と主張するが,原告の主張は第2のITO層(ITO層312)の「上部のTOLEDとの関係」をいうものであるから,被告の主張は,原告の主張に対する反論となるものではない。
(カ)ITO以外の透明導電性酸化物がTOLEDの電極材料として用いられることは,本件出願に係る優先日(以下「本件優先日」という。)当時の当業者(以下,単に「当業者」というときは,サポート要件についての一般論をいう場合及び書証の記載内容をそのまま引用する場合を除き,本件優先日当時の当業者を指す。)の技術常識であったから,本件記載?@にいう「ITOフィルム」が「ITO層フィルム304」のみをいうと解釈することは,甲5添付の意見書(以下「甲5意見書」という。)及び甲6の陳述書(以下「甲6陳述書」という。)に照らしても,当業者にとって非常に不自然であって,誤りというべきである。
この点に関し,被告は,「甲5意見書に記載された意見は,本件優先日当時の技術常識について述べたものではない」と主張するが,甲5意見書は,正極につきITO以外の透明導電性酸化物による置換が可能である旨の発明の詳細な説明の記載に接した当業者が,本件優先日当時の技術常識に基づき,負極についてもそのような置換が可能であると解釈し得るのかにつき,この分野の専門家の意見を記載したものである。
また,被告は,甲5意見書の記載につき,「正極に仕事関数の大きなITOその他の透明導電性酸化物を用いる場合に,負極に仕事関数の大きなITO以外の透明導電性酸化物を用いることが,有機ELに関する技術分野における当業者の技術常識であった旨をいうものではない」と主張する。
しかしながら,甲5意見書には,「超薄膜金属層と透明酸化物層間の電荷注入のためのエネルギー的な整合性は必要とされない」との記載があり,これが本件優先日当時の技術常識であったのであるから,発明の詳細な説明の記載に接した当業者は,負極にもITO以外の透明導電性酸化物を用い得るものと認識することができたものである。
さらに,被告は,「有機発光装置(OLED)に関する技術分野においては,正極にはITO等の仕事関数が大きい材料を用いるのに対し,負極には仕事関数が小さい材料を用いることが当業者の技術常識であった」と主張するが,本願発明は,薄膜とすることで透明化した金属層と透明酸化物導電膜の多層電極を採用することにより,初めて負極側を透明化することができたものであって,本願発明における透明酸化物導電膜材料を,本件優先日前において単層電極に用いられていた透明酸化物導電膜材料と同列に論じるのは相当でない。
被告は,単層型のTOLEDに関し,「『ITO層フィルム304』が正極の役割しか果たさないのに対し,『ITO層312』は,下側の有機発光層との関係では,依然として負極の役割しか果たさない」ことを理由に,「単層型のTOLEDの負極の役割しか果たさない層312の材料としてITOを用いることが記載されているからといって,これに代え,ITO以外の透明導電性酸化物を選択し得ることが,発明の詳細な説明に記載されているものとみることはできない」と主張するが,原告は,単層型のTOLEDの場合,ITO層312が上部の有機発光層に対するホール注入の役割を果たす必要がないこと(甲6陳述書参照)を理由に,層312の材料として,透明導電性酸化物であればどのような材料であっても選択し得ると主張しているのである。
(キ)欧州特許庁に対する本件出願に対応する特許出願(甲8)及び米国特許商標庁に対する本件出願に対応する特許出願(甲9)については,いずれも特許が付与されているところ,これらの特許出願に係る請求項1の記載は,いずれも,負の極性を有する第2の導電性層として,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含むものとされている。そして,これらの特許出願に係る各明細書の内容と本願明細書の内容は,同一のものである。
そうすると,欧米の両庁における各審査手続においてサポート要件を充足するとされた内容と同一の内容の本願明細書につき,日本語であればサポート要件を充足しないということは考えられないし,日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の充足性の判断が左右されるのは相当でない。
この点に関し,被告は,「特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載された事実に基づく法的な判断であるから,原告の上記主張は,請求項1の記載がサポート要件を充足していることの理由となるものではない」と主張する。
しかしながら,特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足するか否かは,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されているか否かという事実の問題であるところ,原告は,発明の詳細な説明に記載された事実が何であるかを認定するための間接事実として,欧米の両庁における対応特許の付与状況を主張するものであるから,被告の主張は失当である。
なお,本件出願は,特許協力条約に基づく国際出願であるところ,同条約に規定するサポート要件の国際的調和の精神に照らし,同条約に基づく国際出願が主要国の国内官庁の手続に移行した場合,当該主要国の国内官庁における判断は,重要な参酌要素とすべきである。
(ク)被告は,日本語の通常の用法からみて,「本件記載?@中の『ITOフィルム』が『酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304』のみを意味し,『ITO層312』を意味しないことは明らかである」と主張する。
しかしながら,特許明細書は,その表現や用語の使用に細心の注意を払うべき特殊な文書であり,特に,用語については,これを統一して使用すること(同じ対象を表すときは完全に同じ用語を用いること)が求められるものである(特許法施行規則様式29備考8参照)。
そして,本件記載?@中の「ITOフィルム」の語は,対応する図面中の参照番号が欠落しているのみならず,その表記をみても,「ITO層フィルム304」及び「ITO層312」と異なるのであるから,より広範な範囲のものを含み得る包括的な語として,「ITOフィルム」についての置換例一般を指すよう意図されて用いられたものというべきである。
ウ摘記2に関する認定について(ア)本件審決(5頁23〜33行)は,「摘記2の記載から,以下の点が理解できる」などとして,要するに,摘記2の記載はITOについて言及したものであると認定したが,該当する摘記2には,「本発明者は,層は,必要とされる次の加工段階,この例においては,金属層の上部に酸化インジウム錫(ITO)層を付着する段階から…」との記載があるのであるから,摘記2は,例としてITOを挙げているにすぎず(なお,国際出願である本件出願に係る明細書の原文(甲10)においても,「この例においては」との語句は,文法的にみて,「ITO層」に係るものである。),ITO以外の例もあることが当然の前提とされている。したがって,本件審決の認定は誤りである。
(イ)この点に関し,被告は,「発明の詳細な説明の記載(27頁10〜18行)は,金属層を被覆するための加工段階の例として『付着する段階』を挙げているのであり,金属層を被覆する材料の例としてITOを挙げているものではない」と主張する。
しかしながら,被告が指摘する発明の詳細な説明の箇所には,「この例においては,金属層の上部に酸化インジウム錫(ITO)層を付着する段階から」との記載(27頁11〜12行)及び「これを実施するための従来の方法は,…高温及び高電力付着で行なわれる。従って,本発明者は,非常に低い電力及び室温…で金属層上にITO層を付着するための方法を考えついた」との記載(同頁15〜18行)があり,発明の詳細な説明の記載が,金属層を被覆するための「加工段階」として「付着する段階」を前提としていることは明らかであるから,摘記2の「この例においては」との語句は,「加工段階」の内容ではなく,何を付着するか,すなわち,「ITO」を付着するとの箇所に係るものと理解すべきである。
(ウ)また,被告は,「サポート要件を充足するか否かの判断の対象となるのは,外国語特許出願に係る明細書の原文の記載ではない」と主張するが,原告は,発明の詳細な説明の記載の正しい意味内容を確認するためにその原文を参照する旨の主張をしているのである。
被告は,「原文の記載を参照したとしても,『この例においては』との語句は,文法的にみて,『ITO層』ではなく,『付着する段階』に係るものである」と主張するが,原文においても,上記(イ)において主張したところが当てはまるから,被告の主張は失当である。
(2)本件審決の判断ア本件審決(5頁35行〜6頁3行)は,「ここでの透明導電性酸化物は,ガラス支持体302に予備被覆したITOフィルムに代えて置換し得るものであって,決して,金属層310表面上にスパッタ付着された第2のITO層312に代えて置換し得るものではない」と判断したが,前記(1)イのとおり,導電性酸化物は,ガラス支持体302に予備被覆したITOフィルムだけではなく,金属層310表面上にスパッタ付着された第2のITO層312に代えて置換し得るものであるから,本件審決のこの点の判断は誤りである。
イまた,本件審決(6頁10〜15行)は,「この記載から,有機材料との結合に問題のあるものはITOであり,…金属層上に付着するものはITOのみで,それ以外の物質については,…一切言及されていない」と判断したが,前記(1)ウのとおり,摘記2の記載は,ITOに限定されるものではないし,また,発明の詳細な説明には,その他の材料であっても同様の方法で有機層上にコンタクトを形成する場合に問題があることについての記載があるのであるから,本件審決のこの点の判断も誤りである。
ウかえって,前記(1)によれば,本願発明における「(負の極性を有し,)酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物(を含む第2の導電性層)」は,当業者において本願発明の課題が解決されるものと認識することができる程度に,発明の詳細な説明に明確に記載されているというべきである。
この点に関し,被告は,「発明の詳細な説明には,『負の極性を有し,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層』との本願発明の構成を採用することにより,上記課題を解決することができると当業者が認識することができる記載はない」と主張するところ,当該主張は,発明の詳細な説明に,ITO以外の透明導電性酸化物を負極に用いる場合の課題についての記載がなく,課題の解決手段として示された実施形態にも,ITO以外の透明導電性酸化物を負極に用いる例についての記載がないことを理由とするものと解される。
しかしながら,仮に,発明の詳細な説明に,ITO以外の透明導電性酸化物を負極に用いる場合の課題についての記載がないとしても,課題の解決手段として示された実施形態中には,負極に用いられるITOフィルムをITO以外の透明導電性酸化物で置換することができるとの記載があるのであり,それで足りるというべきである。
また,本願発明の課題は,従来負極に用いられるわけではなかったITOを負極に用いることではなく,透明な負極を得ることであるところ,発明の詳細な説明には,ITOを有機層に直接結合した場合の例を基に,透明な負極を得る際の仮想的な問題点が記載されている。
さらに,発明の本質は,その構成にあるところ,本願発明の構成に基づき同発明について説明する実施形態中に,ITOを他の透明導電性酸化物で置換することができるとの記載がある以上,発明の詳細な説明には,本願発明をサポートする十分な記載があるといえる。
〔被告の主張〕本件審決の認定には,原告主張の誤りはなく,したがって,その判断にも,原告主張の誤りはない。
(1)本件審決の認定ア摘記1に関する認定について(ア)原告は,摘記1の記載は,TOLEDの構成を説明したものであり,その一連の製造工程を記述したものではない旨主張するが,摘記1の記載の順序は,図17に示される順序(TOLEDをガラス支持体302上に製造する順序)と合致する。また,摘記1の記載中には,「有機フィルムの付着の前」(28頁5行),「前もって清浄された」(同頁5〜6行),「層306,続いて電子伝導性化合物」(同頁8行)及び「最終的に」(同頁15行)との,順序や時系列を表す文言が使用されている。さらに,摘記1の記載中には,文末の表現として,「構築される」(同頁1行),「清浄された」(同頁6行),「真空下での昇華により実施された」(同頁9〜10行),「付着により製造された」(同頁12行),「ITO層312によりキャップされる」(同頁16行)との,TOLEDの製造工程を示す文言が使用されている。
以上からすると,摘記1が,TOLEDの構成を説明したものにとどまらず,その一連の製造工程を記述したものであることは明らかというべきである。
(イ)本件審決は,摘記1の記載がTOLEDの一連の製造工程を記述したものであることのみならず,同記載の内容自体からも,同記載につき,「『ガラス支持体302』に予備被覆した『透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304』,即ち『ITOフィルム』の変形例について言及したと理解するのが自然である」との結論を導いたものである(5頁11〜21行参照)。
(ウ)仮に,摘記1が単にTOLEDの構成を説明したにとどまるものであったとしても,摘記1の記載自体から,本件記載?@中の「ITOフィルム」が「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」のみを意味し,「第2のITO層312」を意味しないことは,後記イ(ア)のとおりである。
イ本件記載?@に関する認定について(ア)一般に,文章においてある文言の説明をする場合,当該文言は,説明文の前に記載され,また,当該説明文中においては,当該文言につき,形式的にほぼ同一の表記がされるのが,日本語の通常の用法である。
これを摘記1についてみると,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」との文言は,本件記載?@の前に置かれ,同記載中の「ITOフィルム」との文言と形式的にほぼ同一の表記がされているのに対し,「ITO層312」との文言は,本件記載?@の後に置かれ,同記載中の「ITOフィルム」との文言と形式的にほぼ同一の表記がされているとはいえない。
そうすると,本件記載?@中の「ITOフィルム」が「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」のみを意味し,「ITO層312」を意味しないこと,すなわち,本件記載?@が,「ITO層フィルム304」の変形例について述べたものであり,「ITO層312」の変形例について述べたものではないことは明らかである。
(イ)原告は,本件記載?@においては「ITOフィルム」の語に図面中の参照番号が付されていないと主張するが,例えば,発明の詳細な説明の他の箇所(7頁4〜5行,10頁15〜16行並びに28頁1〜3行)にみられるように,発明の詳細な説明においては,ITOについて説明する際,必ずしも図面中の参照番号が付されているわけではない。
(ウ)原告は,「本件記載?@は,ITO層フィルム304についての変形例を積極的に述べるというよりは,当該実施形態において用いるITOフィルム一般が他の導電性酸化物等と置換可能であることをついでに述べるにすぎないと解釈すべきである」と主張する。
しかしながら,原告が主張する「ついでに述べる」の意味は不明であるし,「ついでに述べる」ことは,本件記載?@の後に位置する「ITO層312」についても他の導電性酸化物と置換可能といえる理由となるものではない。
(エ)原告は,「本件記載?@は,その記載振りからみて,周囲の文から独立したものであり,摘記1中のどの箇所に置かれてもその意味を失わない」と主張するが,本件記載?@の「記載振り」から,同記載が「周囲の文から独立したもの」といえるとの根拠は不明である。
かえって,日本語の通常の用法に従えば,本件記載?@は,発明の詳細な説明の「この例においては,装置30が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される」との記載(27頁27行〜28頁1行)を受け,「ITO層フィルム304」の変形例について述べたものと理解するのが相当である。
この点に関し,原告は,本件審決が摘記1の記載を「透明有機発光装置(TOLED)の一連の製造工程を記述した部分」と理解したことが誤りであるとも主張するが,これに対する反論は,前記アのとおりである。
(オ)原告は,積層型のTOLEDについて,「本件記載?@にいう『ITOフィルム』が,第1のITO層フィルム304のみを指し,これのみが他の導電性酸化物等と置換可能であるとすると,第2のITO層も上部のTOLEDとの関係では第1のITO層と同じ役割を果たすにもかかわらず,第1のITO層304のみが他の導電性酸化物等と置換可能であり,第2のITO層312は当該置換が不可能であるという矛盾が生じる」と主張する。
しかしながら,本件審決は,本願発明の「負の極性を有(する)第2の導電性層」が「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む」ことにつき,これが発明の詳細な説明に記載されていないと判断したものである。
また,「ITO層フィルム304」が,ガラス支持体302上に被覆されるものであるのに対し,「ITO層312」は,Mg-Agアロイ電極上に付着されるものである(発明の詳細な説明の27頁27行〜28頁1行,同頁15〜18行及び図17)し,発明の詳細な説明の28頁20〜21行の記載,図17並びに有機発光装置(OLED)に関する技術分野における本件優先日当時の技術常識からすると,積層型のTOLEDであっても,「ITO層フィルム304」が正極の役割しか果たさないのに対し,「ITO層312」は,下側の有機発光層との関係では,依然として負極の役割を果たすものであるから,本件記載?@中の「ITOフィルム」が「ITO層フィルム304」のみを意味し,「ITO層312」を意味しないとしても,何ら矛盾は生じない。
(カ)原告は,甲5意見書及び甲6陳述書を挙げて,「ITO以外の透明導電性酸化物がTOLEDの電極材料として用いられることは,当業者の技術常識であった」と主張する。
しかしながら,甲5意見書に記載された意見は,平成20年1月31日現在の技術常識を述べたものであって,本件優先日当時の技術常識について述べたものではない。
また,甲5意見書には,「ITOを代表とする酸化物透明電極」につき,「現在,有機EL,液晶,プラズマディスプレーなどのフラットパネルディスプレー用の電極として幅広く用いられている。そして,陽極のみならず陰極としても広範囲に用いられており,画素部分の電気的接続をとる透明性の陽極および陰極電極としての有用性が実証されている。したがって,この記載を見た場合,『また,ITO〜』における記述は,陽極,陰極の両方を示していると解釈するのが妥当である」との記載があるが,有機EL(本願発明の有機発光装置(OLED)に相当するもの)は,液晶やプラズマディスプレーとその表示原理を異にするものであるから,仮に,本件優先日当時,液晶やプラズマディスプレーにおいて,正極及び負極のいずれにもITOその他の透明導電性酸化物を用いることが当業者の技術常識であったとしても,正極及び負極がいずれも透明であるTOLEDにおいて,正極及び負極のいずれにもITOその他の透明導電性酸化物を用いることが当業者の技術常識であったということはできない。
しかも,上記記載にいう「有機EL」が,正極及び負極がいずれも透明であるTOLEDについていうものか否かは不明である。
さらに,上記記載は,正極に仕事関数の大きなITOその他の透明導電性酸化物を用いる場合に,負極に仕事関数の大きなITO以外の透明導電性酸化物を用いることが,有機ELに関する技術分野における当業者の技術常識であった旨をいうものではない。
加えて,甲5意見書には,当業者の技術常識を客観的に示す文献が挙げられておらず,単に作成者の個人的な意見が記載されているにすぎないことをも併せ考慮すると,甲5意見書によっても,TOLEDの電極材料としてITO以外の透明導電性酸化物を用い得ることが当業者の技術常識であったということはできない。
かえって,乙1ないし4及び発明の詳細な説明の記載(27頁20〜23行)によれば,OLEDに関する技術分野においては,正極にはITO,酸化錫,酸化亜鉛等の仕事関数が大きい材料を用いるのに対し,負極には仕事関数が小さい材料を用いることが当業者の技術常識であったから,発明の詳細な説明にTOLEDの負極の役割を果たす層312の材料としてITOを用いることが記載されているからといって,これをITO以外の透明導電性酸化物(本件優先日当時,正極の材料として用いることが技術常識であったもの)に置換し得ることが発明の詳細な説明に記載されているものとみることはできない。したがって,当業者からみれば,本件記載?@中の「ITOフィルム」は,正極であるITO層フィルム304のみについて言及したものと解釈するのが自然である。
他方,甲6陳述書には,「単層型の有機発光装置についてみてみると,ITO層312は上の有機発光層に対するホール注入の役割を有する必要がないから,前述の積層構造に用いる場合のITO層以上にその置換に制限がなく,私が考える限り,いかなる導電性酸化物材料でも置換可能である」との記載があるが,前記(オ)のとおり,「ITO層フィルム304」が正極の役割しか果たさないのに対し,「ITO層312」は,下側の有機発光層との関係では,依然として負極の役割しか果たさないものであり,本件優先日当時の技術常識に照らせば,発明の詳細な説明に,単層型のTOLEDの負極の役割しか果たさない層312の材料としてITOを用いることが記載されているからといって,これに代え,ITO以外の透明導電性酸化物(本件優先日当時,正極の材料として用いることが技術常識であったもの)を選択し得ることが,発明の詳細な説明に記載されているものとみることはできない。
(キ)原告は,本願明細書と同一の内容を有する明細書に係る欧米の各特許出願につき,いずれも特許が付与されていると主張するが,特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足するか否かは,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載された事実に基づく法的な判断であるから,原告の主張は,請求項1の記載がサポート要件を充足していることの理由となるものではない。
ウ摘記2に関する認定について(ア)原告は,摘記2の「本発明者は,層は,必要とされる次の加工段階,この例においては,金属層の上部に酸化インジウム錫(ITO)層を付着する段階から…」との記載を根拠に,「摘記2の記載は,例としてITOを挙げているにすぎず,ITO以外の例もあることが当然の前提とされている」と主張する。
しかしながら,発明の詳細な説明の記載(27頁10〜18行)は,金属層を被覆するための加工段階の例として「付着する段階」を挙げているのであり,金属層を被覆する材料の例としてITOを挙げているものではない。
(イ)原告は,「国際出願である本願に係る明細書の原文(甲10)においても,『この例においては』との語句は,文法的にみて,『ITO層』に係るものである」とも主張する。
しかしながら,サポート要件を充足するか否かの判断の対象となるのは,外国語特許出願に係る明細書の原文の記載ではない。
仮に,当該原文(甲10)の記載を参照したとしても,「この例においては」における「例」の語は,「必要とされる次の加工段階」の例をいうものであるから,「この例においては」との語句は,文法的にみて,「ITO層」ではなく,「付着する段階」に係るものである。
(2)本件審決の判断ア原告は,本件審決の「(2)明細書の記載から読み取れる事項」における認定が誤りであることを前提として,「(3)判断」における判断が誤りであると主張するが,前者の認定に誤りがないことは前記(1)のとおりであるから,原告の主張は,その前提を欠くものとして,失当である。
イそもそも,特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足しているか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくても当業者が特許出願時(優先権主張があるときは優先日当時)の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,サポート要件の存在は,拒絶査定不服審判請求を不成立とした本件審決の取消しを求める原告が証明責任を負うものである。
ウこれを本件についてみると,発明の詳細な説明の記載(25頁8行以下,特に,26頁15行〜27頁25行)に照らせば,本願発明の課題は,「透明導電性材料であるITOを有機層上に直接形成してITOを負極としたのでは,有機層との良好な結合が得られないため,有機層と負極との機械的安定性及び良好な電気結合が得られないこと」及び「ITOが有機電気発光材料中への良好な電子インジェクターではないこと」であるから,請求項1の記載がサポート要件を充足するというためには,本願発明の「第2の導電性層」が「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物」から成る場合においても,発明の詳細な説明の記載により当業者において本願発明が上記課題を解決することができると認識することができること又は発明の詳細な説明に記載や示唆がなくても当業者において本件優先日当時の技術常識に照らし本願発明が上記課題を解決することができると認識することができることを要する。
エしかしながら,発明の詳細な説明には,「負の極性を有し,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」との本願発明の構成を採用することにより,上記課題を解決することができると当業者が認識することができる記載はないし,本件優先日当時の技術常識に照らし,当業者がそのように認識することができるものと認めるに足りる証拠もない。
オしたがって,請求項1の記載がサポート要件を充足していないとの本件審決の判断に誤りはない。
2取消事由2について〔原告の主張〕(1)酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物の意義本件審決(6頁22〜25行)は,「『酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物』は,明細書に記載されているものでなく,…当業者にとって,具体的にどのような物質が,本願発明の作用・効果を奏する透明導電性酸化物であるのか,全く不明確である」と判断した。
しかしながら,取消事由1に係る主張のとおり,本願明細書には,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物についても明確な記載があり,また,本願発明は,電極を多層構造とすることにより透明な負極を実現したことを特徴とするものであるところ,種々の透明導電性酸化物が電極材料として用いられることは,当業者の技術常識であったから,具体的にどのような物質が本願発明の作用効果を奏する透明導電性酸化物であるのかについては,本願発明の課題の解決手段に接した当業者にとって明確であるといえる。
したがって,本件審決の判断は誤りである。
(2)適切な透明導電性酸化物の意義ア本件審決(6頁26〜31行)は,「摘記1には,『いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る。』と記載されているが,特許請求の範囲では,『適切な』の限定もなく,…仮に,『適切な』の意味を含むものとしても,どのような物質が,適切な透明導電性酸化物であるのか,明細書中に全く説明がないのであるから,当業者にとって,全く不明確である」と判断した。
しかしながら,「『適切な』透明導電性酸化物」とは,電極として用いられる透明導電性酸化物のすべてを意味し(本件出願において優先権主張の基礎とされた特許出願に係る明細書(甲10)によれば,「『適切な』透明導電性酸化物」の材料として,「電極として用いられるものならいずれの材料であってもよい」と理解することができる。また,特に,単層型のTOLEDの場合,第2のITO層は,ホール注入の役割を持たないので,制約条件が更に緩くなることが当業者にとって明らかである。),電極として用いられる透明導電性酸化物であって当業者が知っているもののいずれをも包含するものであるから,「『適切な』導電性酸化物」は,当業者にとって明確なものである。
したがって,本件審決の判断は誤りである。
イこの点に関し,被告は,「『適切』であるか否かの判断基準や,具体的にどのような物質が『適切な透明導電性酸化物』に該当するのかにつき本願明細書に記載がない」と主張するが,「適切」であるか否かは,当業者の技術常識に従って当然に判断することができるものであるから,その判断基準等は,明細書に記載する必要のないものである(乙1の請求項1及び段落【0018】の各記載参照)。
ウまた,被告は,「明確性の要件を満たすか否かの判断の対象となるのは,外国語特許出願に係る明細書の原文(甲10)の記載ではない」とも主張するが,これに対する反論は,取消事由1に係る主張(1)ウ(ウ)のとおりである。
〔被告の主張〕(1)酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物の意義原告は,本願明細書には酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物についても明確な記載があり,また,種々の透明導電性酸化物が電極材料として用いられることは当業者の技術常識であったと主張する。
しかしながら,本願明細書に,「第2の導電性層」(ITO層312)の材料として酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を用いるとの記載がないことは,取消事由1に係る被告の主張のとおりであるから,具体的にどのような物質が本願発明の作用効果を奏する「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物」に該当するのかについては,不明であるといわざるを得ない。
また,具体的にどのような物質が本願発明の作用効果を奏する「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物」に該当するのかにつき,本件優先日当時のOLEDに関する技術分野における技術常識に照らせば当業者にとって明確であると認めるに足りる証拠もない。
(2)適切な透明導電性酸化物の意義ア請求項1の「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」には,適切でない透明導電性酸化物も含まれるのに対し,本願明細書には,本件記載?@(「また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る」)があるのであるから,結局,請求項1の記載は,本願明細書の記載と整合せず,したがって,本願発明は,不明確である。
仮に,発明の詳細な説明の記載を参酌して,請求項1の「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」の技術的意義を「酸化インジウム錫以外の適切な透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」と理解したとしても,「適切」であるか否かの判断基準や,具体的にどのような物質が「適切な透明導電性酸化物」に該当するのかにつき本願明細書に記載がないから,本願発明が不明確であることに変わりはない。
イ原告は,本件出願において優先権主張の基礎とされた特許出願に係る明細書(甲10)の記載を根拠に,適切な透明導電性酸化物は,電極として用いられる透明導電性酸化物のすべてを意味し,電極として用いられる透明導電性酸化物であって当業者が知っているもののいずれをも包含するなどと主張するが,明確性の要件を満たすか否かの判断の対象となるのは,外国語特許出願に係る明細書の原文(甲10)の記載ではない。
また,取消事由1に係る被告の主張のとおり,本願明細書に,単層型のTOLEDの負極の役割しか果たさない層312の材料としてITOを用いることが記載されているからといって,これに代え,ITO以外の透明導電性酸化物を選択し得ることが,本願明細書に記載されているものとみることはできない。
ウしたがって,原告の主張は理由がない。
第4当裁判所の判断1取消事由1(サポート要件についての判断の誤り)について(1)特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時(優先権主張があるときは優先日当時)の技術常識に照らし,当業者において,当該発明の課題が解決されるものと認識することができるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
そこで,上記観点に立って,以下,本件について検討することとする。
(2)請求項1の記載請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願発明の「負の極性を有(する)第2の導電性層」は,「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む」ものである。
(3)発明の詳細な説明の記載発明の詳細な説明には,次の各記載がある(○破線を付した部分,○実線を付A Bした部分及び波線を付した部分並びに○波線を付した部分は,それぞれ,○摘記C A2,○摘記1及び○本件記載?@である。)。
B Cア「技術分野/本発明は,多色性有機発光装置,及びより特定には,フラットパネル電子表示,ヘッド-アップ表示,等に使用するためのそのような装置に関する。」(1頁3〜5行)イ「現在,最(と)も好ましい高い効率の有機発光構造体は,図1に示され,そして従来技術と称するダブルヘテロ構造体LEDとして言及される。…/図1Aに示される装置においては,ガラス10の支持層が,酸化インジウム錫(ITO)11の層により被覆され,ここで層10及び11が支持体を形成する。次に,薄い(100〜500Å)有機性の優先的に正孔を輸送する層(HTL)12が前記ITO層上に付着される。薄い(典型的には,50〜100Å)発光層(EL)13が,HTL層12の表面上に付着される。前記層が薄すぎる場合,フィルムの連続性の欠損が存在し,そしてより厚いフィルムは,より高い力の操作を必要とする高い内部耐性を有する傾向がある。発光層(EL)13は,HTL層12からの正孔と共に100〜500Åの厚さの電子輸送層14(ETL)から放される電子のための再結合部位を供給する。ETL材料は,正孔の移動性よりもその相当に高い電子により特徴づけられる。…/図1Aに示されるような装置は,…上部の電極17を付着することによって完結される。…電極17はしばしば,アロイ,たとえば有機ETL層14と直接的にコンタクトするMg/Ag17’,及び厚い,高い仕事関数の層17'',たとえばMg/Ag上の金(Au)又は銀(Ag)から成る二重層構体である。前記厚い金属17''は不透明である。適切なバイアス電圧が上部の電極17とコンタクト15及び16との間に適用される場合,発光がガラス支持体10を通して生じる。」(2頁3〜26行)ウ「発明の開示/それぞれ明白な色を放すいくつかのタイプの有機エレクトロルミネセント媒体を用いる多色有機発光装置を供給することが本発明の目的である。
/有機媒体が,いずれかの色が表示の共通領域から放され得るように積層された形状で配置されている,高い鮮明度の多色表示でのそのような装置を供給することが本発明のさらなる目的である。/動力源を断たれた場合,非常に信頼できる,実質的に透明であり,そして製造するのに比較的安価である3色有機発光装置を供給することが本発明のもう1つの目的である。/高い信頼性のコンパクトで有効的であり,そしてRGB表示への使用のために低い駆動電圧を必要とする有機LEDを得るために,エレクトロルミネセントダイオードに使用されるそれらの材料に類似する有機材料の開発により実現されるそのような装置を提供することがさらなる目的である。/本発明の1つの態様においては,多色発光装置(LED)構造体は,積層された構造体を形成するために,お互い上に積層された少なくとも第1及び第2の及び好ましくは3層の有機LEDを含んで成り,そして個々のLEDは,前記積層物を通して光を放すために別々のバイアス電位を個々の装置が受けることを可能にするために,透明な導電層によりお互い分離されている。」(4頁1〜18行)エ「発明を実施するための形態/図1Aは,従来技術のダブルヘテロ構造有機発光装置を示す。図1Aの装置の基本的構成が本発明において使用される。/図2Aに関しては,本発明の1つの態様において,生長された又は真空付着された有機層により積層される,非常にコンパクトで,統合されたRGB画素構造体の横断面が示される。多くの種類の材料(たとえば金属及びITO)上での有機材料の生成する能力に基づいて,1つの態様において,20,21及び22として表わされるLEDダブルヘテロ構造体(DH)の積層物を構成することができる。例示的な目的のために,図2Aの例においては,LED20は前記積層物の底部分に,LED21は中間部分に,そしてLED22は上方部分に考慮される。」(6頁3〜12行)オ「装置20としての個々の装置構造体は,ITO層35の表面上に真空付着された又は生成された,又は付着されたHTL層20Hから成る。上部ETL層20Tは,たとえば図2Aの装置構成において示される。前者とHTL層20Hとの間にEL層20Eをサンドイッチする。そのETL層20T及び記載される他のETL層は,有機材料…から構成される。…典型的には50Å〜400Åの範囲の厚さを有する,薄い半透明の低い仕事関数(好ましくは,<4eV)の金属層26Mが,ETL層20Tの上部に形成される。適切な候補体は,Mg,Mg/Ag,及びAsである。もう1つの透明な薄い導電性ITO層26Iが,金属層26Mの上部に付着される。(本明細書での便利さのために,金属層26M及びITO層26Iの二重層構造体は,ITO/金属層26として言及される。)20,21,及び22としてのダブルヘテロ構造体装置の個々は,ITO26I又は35の透明な導電性層上に形成される底部HTL層を有する。次に,EL層が付着され,そして次に,もう1つのETL層が付着される。HTL,ETL,ITO,金属及び有機EL層の個々は,それらの組成及び最小の厚さのために透明である。個々のHTL層は50Å〜1000Å超の厚さであり得;個々のEL層は50〜200Å超の厚さであり;個々のETL層は50〜1000Å超の厚さであり;個々の金属層26Mは50〜100Å超の厚さであり;そして個々のITO層26I及び35は,1000〜4000Å超の厚さであり得る。最適な性能のためには,個々の層は好ましくは,上記範囲の下限に維持されるべきであるが,しかしそれらの範囲は限定を意味するものではない。従って,個々のLED20,21及び22(ITO/金属層を除く)は,好ましくは,200Åの厚さに近い。」(6頁19行〜7頁12行及び甲14の1頁20行〜2頁2行)カ「本発明者は,図1A〜16の記載に関して上記のような多色有機LEDが,OLED装置が電力を切られる場合,使用者に対して実質的に十分な透明であるよう改良される場合,そのような透明な有機発光装置(この後,TOLEDと称す)が,ベッド-アップ装置及び他の用途への使用のために直接的に適用されることを認識した。この記載のためには,ヘッド-アップ表示装置は,電力を切られる場合,使用者に対して実質的に透明であり,それにより,使用者に透視能力を提供する。
前記装置のうち一定の1つ又は複数の装置が電圧を付与される場合,この例においては光を放すよう電圧を付与される場合,表示装置の効果を与えられた部分が,本発明の下記態様を組込む上記有機LEDにより個々の又は多色表示を照らす。これを達成するために,本発明者は,典型的には,既知の従来の方法を用いる場合に生じるような,下にある層に対する損傷を引き起こさないで,有機発光装置(OLED)に使用されるような軟質の材料上への透明な電気コンタクトの付着において従来技術に包含される困難性を克服するための方法及び装置を思いついた。本発明者は,それらの問題を克服する場合,OLED装置が,使用者に対して実質的に透明であるコンタクトを生成するために本発明の下記態様からそれ自体,有益である,種々の他の表示技法を用いるヘッド-アップ表示に使用され得ることを理解する。」(25頁8〜24行)キ「硬質材料,又は約50℃を越える温度により影響されない材料…上に透明なコンタクトを付着するための方法は知られている。本発明の下記態様の意図された有益性は軟質材料,たとえば有機層上での透明なコンタクトの形成に使用するためであるが,本発明の方法及び装置は硬質材料上に透明なコンタクトを付着するためにも使用され得ることが注目されるべきである。」(26頁4〜9行)ク「実質的に透明なコンタクトを供給するための下記に記載されるような本発明の態様の使用により,本発明者は,電力を切られる場合,71%以上の透過率を有し,そして電力を付与される場合,高い効率を有する上部及び下部ダイオード表面から光を放すことができる(1%の量的効率に近づくか又は越える)新規種類の真空付着された有機発光装置を発明した。/上記結果を達成するためには,本発明者により克服されるべき最初の問題は,機械的安定性を付与するために下部にある有機層と良好な化学結合を形成できる金属を発見することであった。1つのそのような金属が,マグネシウム(Mg)及び銀(Ag)の金属アロイフィルムの使用により提供され得ることがわかった。…Mg:Agのフィルムは,本発明ための好ましい態様を提供すると現在思われている。コンタクトが単一金属から成る場合,その金属は低い仕隼関数を有すべきである。コンタクトが金属アロイから成る場合,その金属中の少なくとも1つが,低い仕事関数を有すべきである。Mg:Agを用いる場合,Mgは低い仕事関数を有する。また,選択された金属は,種々の材料との実験を通して決定されるように,有機層との良好な電気結合を保証すべきである。
良好な電気結合は,金属コンタクト又は電極が十分な数のキャリヤーを有機層中に注入するであろうことを確かにする。」(26頁15行〜27頁5行)ケ「下部有機層との良好な化学結合及び電気接触を提供するための金属又は金属アロイを確立する最初の問題を解決した後,本発明者のための次の問題は,それらの他の性質,たとえば低い電気抵抗を保存しながら,コンタクトをいかにして透明にするかを決定することであった。金属層を非常に薄くすることによって,層のための所望する透明度を得ることは知られている。しかしながら,本発明者は,層は,必要とされる次の加工段階,この例においては,金属層の上部に酸化インジウム錫(ITO)層を付着する段階から下部有機層を保護するのに十分な厚さのものであるべきであることを認識した。また,たとえば薄いMg層はすばやく酸化し,そしてMg層を保護するために,形成された後,できるだけ早くITOにより被覆されるべきである。これを実施するための従来の方法は,下部の有機層に損傷を与える,高温及び高電力付着で行なわれる。従って,本発明者は,非常に低い電力及び室温,典型的には22℃(72°F)で金属層上にITO層を付着するための方法を考えついた。/透明である他に,ITO層はまた,電導性であり,そして従って,Mg:Agにより形成される多層コンタクトの電気抵抗を減じる。ITOは,単独では使用され得ない。なぜならば,それは有機材料との良好な結合を付与せず(すなわち,それは有機材料に十分に接着しない),そして典型的には,それは有機電気発光材料中への良好な電子インジェクターではないからである。この例においては,Mg:Ag層は,有機層及びITOに対する良好な結合を付与し,そして良好な電子インジェクターである。」(27頁6〜25行)コ「図17においては,透明有機発光装置(TOLED)を提供するために本発明者により製造された工学的原型の横断面図が示される。この例においては,装置(300)が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は透明なガラスから成るが,この例においては,それはまた,ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体,たとえばプラスチック材料によっても供給され得ることを注意すること。また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る。有機フィルムの付着の前,支持体302は,従来の技法を用いて前もって清浄された。付着は,正孔伝導性化合物N,N’-ジフェニル-N,N’-ビス(3-メチルフェニル)-1,1’-ビフェニル-4,4’-ジアミン(TDD)の200Åの厚さの層306,続いて電子伝導性化合物Alq3(アルミニウムトリス-8-ヒドロキシキノリン)の400Åの厚さの層308の10-4トル以下の真空下での昇華により実施された。装置300に電子注入コンタクトを供給する上部層310は,薄い(50Å〜400Å)半透明Mg-Agアロイ電極(40Mg:1Agのおおよその原子比での)の陰影マスキング(示されていない)による付着により製造された。他の原子比,たとえば50Mg:1Agが用途に依存して使用され得るが,しかし本発明はいずれかの特定の比又はコンタクト金属組成に限定することを意味しないことを注意すること。最終的に,TOLED装置300は,層310のMg-Ag表面上にスパッタ付着された第2の400Åの厚さのITO層312によりキャップされる。この第2のITO層312は,第2のTOLEDが構築される上部に連続した透明な伝導性表面を供給する(図12,13及び16の記載についての上記を参照のこと)。ITO層312は,許容できる透明度を保持しながら,抵抗率を減じるためにできるだけ厚くされる。電気コンタクト314(負の極性)及び316(正の極性)が,従来の方法を用いて,それぞれ,ITO層312及び304に結合される。」(27頁26行〜28頁21行)(4)サポート要件の充足性ア前記(3)によれば,本願発明が属する有機発光装置の技術分野においては,従来から,ITOの層により被覆されたガラス支持層の上部に有機性の正孔輸送層(HTL)を,HTL層の表面に発光層(EL)を,その上部に有機性の電子輸送層(ETL)を,その上部にMg/Ag等のアロイを,その上部にAu,Ag等の仕事関数が大きく厚い不透明な金属をそれぞれ付着させた装置が存在したところ,本願発明は,「動力源を断たれた場合,非常に信頼できる,実質的に透明であ(る)3色有機発光装置を供給すること」,「低い駆動電圧を必要とする有機LEDを得る」ことなどをその目的とし,そのために,?@金属層の下部に存在する軟質の有機層に損傷を引き起こさないで,金属層が有機層と良好な化学結合を形成するようにすること(機械的安定性を付与すること),?A金属層と有機層との間の良好な電気結合を保証すること,?B低い電気抵抗を保存しながら,金属層を透明にすることをその課題とし,当該課題を解決する手段として,「前記透明有機発光デバイス上に形成され50〜400Åの厚さにすることによって透明となる透明導電性金属層」及び「前記透明導電性金属層上に直接形成され,負の極性を有し,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」との構成(前記第2の2)を採用したものということができる。
イそこで,発明の詳細な説明に,当業者において,本願発明の上記課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるか否かについて検討すると,前記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,金属層を透明にするため,これを,下部の有機層を保護することができる程度の十分な厚さを保ちつつ,できる限り薄くすることにより,所望の透明度を得た上,さらに,金属層を保護し,また,電気抵抗を減少させるため,金属層の上部に,許容される透明度を保持しつつ,できる限り厚いITO層(本願発明の「第2の導電性層」に相当する。)を付着する旨の記載はみられるものの,この層(「ITO層312」)がITO以外の透明導電性酸化物である場合に上記課題が解決されることについての記載ないし示唆は一切みられないから,発明の詳細な説明に,当業者において,本願発明の上記課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるとまで認めることはできない。
この点に関し,原告は,本件記載?@を挙げ,これが,「ITO層312」についても「いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る」旨をいうことを前提として,発明の詳細な説明に,「ITO層312」がITO以外の透明導電性酸化物である場合についての記載がある旨主張する。
しかしながら,摘記1の記載は,図17に示された透明有機発光装置(TOLED)を構成する各部材について,「ガラス支持体302」及び「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」に始まり,その後は,図17に示されたとおり,下部のもの(層306)から順次説明するもの(ただし,電気コンタクト316を除く。)であり,また,「ITOフィルム」との表記及び摘記1の文脈にも照らせば,本件記載?@の「ITOフィルム」の語は,摘記1の「装置300が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は…ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体…によっても供給されることを注意すること。…有機フィルムの付着の前,支持体302は,…清浄された」との記載にいう「ITOフィルム」,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」,「ITO」及び「有機フィルム」(いずれも下線を付した部分),すなわち,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」(以下「ITO層フィルム304」という。)を指すものであって,「ITO層312」を指すものでないことが明らかであるから,原告の主張は,その前提を欠くものとして,失当である。
また,原告は,本件記載?@にいう「ITOフィルム」の語には対応する図面中の参照番号が付されていない,同記載はガラス支持体302の変形例についての説明に当たりついでに付言したものである,同記載は周囲の文から独立したものである,同記載にいう「ITOフィルム」との表記は「ITO層フィルム304」及び「ITO層312」と異なるとして,当該「ITOフィルム」の語がITOフィルム一般を指すものである旨主張するが,上記説示したところに照らせば,原告が主張するところは,いずれも,当該「ITOフィルム」の語が「ITO層フィルム304」を指すものであって,「ITO層312」を指すものではないとの上記結論を左右するに足りるものとはいえない。
さらに,原告は,摘記1の「この第2のITO層312は,第2のTOLEDが構築される上部に連続した透明な伝導性表面を供給する(図12,13及び16の記載についての上記を参照のこと)」との記載を挙げ,摘記1には,TOLEDを積層する場合,いずれのITO層も第1のITO層としての役割を果たし得る旨記載されているところ,本件記載?@にいう「ITOフィルム」の語が「ITO層フィルム304」のみを指すと解釈すれば,「ITO層フィルム304」及び「ITO層312」が,ともに同じ役割を果たすにもかかわらず,前者のみがITO以外の透明導電性酸化物と置換可能であるとの矛盾が生じるとも主張する。
しかしながら,前記(3)及び上記のとおり,TOLEDを積層する場合であっても,第2のITO層(上記「ITO層312」)が,単層のTOLEDの場合と同様,薄い金属層の上部に付着されるものであることに変わりはなく,また,その機能も,単層のTOLEDの場合と同様,所望の透明度を得た薄い金属層を保護し,電気抵抗を減少させることであると認められるのに対し,第1のITO層(上記「ITO層フィルム304」)は,単層のTOLEDの場合と同様,透明な硬質支持体(ガラス支持体等)の上部に付着されるものであるし,その機能が第2のITO層の上記機能と同様であるものと認めるに足りる確たる証拠もないから,結局,TOLEDを積層する場合においても,本件記載?@にいう「ITOフィルム」の語が「ITO層フィルム304」のみを指すと解釈することにより,原告が主張するような矛盾が生じるということはできない。
なお,原告は,甲5意見書及び甲6陳述書を挙げ,本件記載?@にいう「ITOフィルム」が「ITO層フィルム304」のみを指すと解釈することは,本件優先日当時の当業者の技術常識に照らし誤りである旨主張するが,甲5意見書及び甲6陳述書の記載が本件優先日当時における当業者の技術常識を示すものと認められないことは,後記ウのとおりである。
原告は,摘記2中に「本発明者は,層は,必要とされる次の加工段階,この例においては,金属層の上部に酸化インジウム錫(ITO)層を付着する段階から…」との記載(以下「本件記載?A」という。)があることを根拠に,摘記2は,例としてITOを挙げるものにすぎず,ITO以外の透明導電性酸化物の例が存在することを当然の前提としていると主張する。
しかしながら,摘記2を含む前記(3)の記載は,?@本願発明により高い透過率を有するなどの結果が得られたこと,?Aその結果を達成するため,下部有機層との良好な化学結合及び電気結合(電気接触)を提供するための金属又は金属アロイを確立するとの問題を解決したこと,?B低い電気抵抗を保存しながら,コンタクトを透明にする方法について順次説明し,また,上記?B中においては,金属層を非常に薄くすることにより所望の透明度を得ることができることについて説明した後,下部有機層の保護のため,金属層が十分な厚さを有するべきであることを説明し,当該説明中に本件記載?Aを置くものである。そうすると,本件記載?Aにいう「この例においては」との語句は,「上記?Bの方法においては」との趣旨で用いられているものと理解され,これを,金属層の上部に付着させる層の材質を例示する趣旨のものとみることはできない。
また,本件記載?Aの内容自体をみても,「『金属層の上部に酸化インジウム錫(ITO)層を付着する』との『段階』」が「必要とされる次の加工段階」の具体的内容をいうものであることは明らかであるし,摘記2中の本件記載?Aに続く記載をみても,「ITO」ないし「ITO層」を例示として用いている箇所はみられない。
そして,上述したところは,本件出願に係る国際出願日における明細書(甲10)の記載(38頁7行〜40頁5行)を参酌しても,妥当するものである。
以上からすると,本件記載?Aを根拠に,摘記2が,ITO以外の透明導電性酸化物の例が存在することを当然の前提としているものと認めることはできないから,原告の主張は理由がない。
ウ次に,本件優先日当時の技術常識に照らし,当業者において,本願発明の前記アの課題が解決されるものと認識することができるか否かについてみると,原告は,甲5意見書及び甲6陳述書の記載を根拠に,ITO以外の透明導電性酸化物がTOLEDの電極材料として用いられることは本件優先日当時の当業者の技術常識であったと主張するので,この点について検討する。
(ア)九州大学未来化学創造センター光機能材料部門教授安達千波矢作成の甲5意見書(平成20年1月31日付けで特許庁に提出された手続補足書添付のもの)及び千歳科学技術大学学長雀部博之作成の同年9月12日付け甲6陳述書には,次の各記載がある。
a甲5意見書(a)「インジウムスズ酸化物(ITO)を代表とする酸化物透明電極は,…現在,有機EL…などのフラットパネルディスプレー用の電極として幅広く用いられている。そして,陽極のみならず陰極としても広範囲に用いられており,画素部分の電気的接続をとる透明性の陽極および陰極電極としての有用性が実証されている。したがって,この記載(判決注:本件記載?@である。)を見た場合,『また,ITO〜』における記述は,陽極,陰極の両方を示していると解釈するのが妥当である。」(1丁24行〜2丁2行)(b)「本発明は,ITO等の金属酸化物と超薄膜の金属層を積層させることによって,陽極のみならず陰極にも用いることが可能であることが要点である。本発明において,透明電極層は,単なる電気的接触をとるための補助電極層としての機能が第一であり,半導体同士のようなエネルギー構造を考慮した接合形成は不要であり,超薄膜金属層と透明酸化物層間の電荷注入のためのエネルギー的な整合性は必要とされない。したがって,実施例においてはITOのみが示されているが,IZO,NESA等の他の酸化物透明電極においても有用であることは,当業者であれば容易に想像がつくし,この意味でも,上記の文章の『ITOフィルム』が陽極のITO層304だけを指していると考えるのは不自然であり,陰極のITO層312についても述べていると解釈するのが妥当である。」(2丁13行〜末行)b甲6陳述書「図17の例でみれば,上記のように積層型の有機発光装置として用いる場合,ガラス基板302上に形成された第1のITO電極304と電子輸送層308上の多層電極中の第2のITO層312は完全に同じ働きを有するものであり,ITO電極304について用いられる物質であれば当然にITO電極312にも用いることができるものである。したがって,この明細書のように,単に『ITOフィルム』は他の材料で置換しうると記載されているのであれば,もちろん,それは,両方のITO電極に適用しうるものであり,第2のITO層のみ排除するべきではない。
一方,単層型の有機発光装置についてみてみると,ITO層312は上の有機発光層に対するホール注入の役割を有する必要がないから,前述の積層構造に用いる場合のITO層以上にその置換に制限がなく,私が考える限り,いかなる導電性酸化物材料でも置換可能である。
以上のことは,この技術分野の専門家であれば,極めて当然,常識的な解釈であると考える。」(2丁8行〜末行)(イ)しかしながら,上記各記載をみても,その内容が,書面作成時ではなく本件優先日(平成8年3月6日)当時の当業者の技術常識であることを十分に意識したものであるとは認められない(上記のとおり,甲5意見書には,「酸化物透明電極は,…現在,…幅広く用いられている。そして,陽極のみならず陰極としても広範囲に用いられており,…陽極および陰極電極としての有用性が実証されている。
したがって,…『また,ITO〜』における記述は,陽極,陰極の両方を示していると解釈するのが妥当である」との記載がある。)し,また,上記各記載内容が,作成者の単なる個人的な見解ではなく,当業者の技術常識であったものと認めるに足りる刊行物等の証拠はない。
かえって,特開平7-263144号公報(乙1)の段落【0001】,【0014】及び【0015】,特開平4-298989号公報(乙2)の段落【0001】及び【0011】,特開平3-47890号公報(乙3)の2頁左上欄9〜15行及び9頁右上欄2行〜左下欄9行並びに特開平6-5368号公報(乙4)の段落【0001】,【0017】及び【0018】の各記載によれば,本件優先日当時,有機発光装置の技術分野においては,正極に仕事関数が大きい金属(Au等),導電性透明材料(ITO,SnO ,ZnO等)等を,負極に仕事関数が小2さい金属(Mg等),合金(Mg/Ag等),導電性化合物等をそれぞれ用いることが当業者の技術常識であったものと認められる(この点に関し,原告は,「本願発明は,薄膜とすることで透明化した金属層と透明酸化物導電膜の多層電極を採用することにより,初めて負極側を透明化することができたものであって,本願発明における透明酸化物導電膜材料を,本件優先日前において単層電極に用いられていた透明酸化物導電膜材料と同列に論じるのは相当でない」と主張するが,原告の当該主張は,ITO以外の透明導電性酸化物を有機発光装置の負極に用いることが本件優先日当時の当業者の技術常識であった旨をいうものではない。)。
(ウ)以上によれば,甲5意見書及び甲6陳述書の記載によっても,ITO以外の透明導電性酸化物を有機発光装置の負極(ITO層312に相当する層)に用いることが本件優先日当時の当業者の技術常識であったものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件優先日当時の技術常識に照らしても,当業者において,ITO層312に相当する層がITO以外の透明導電性酸化物である場合に本願発明の前記アの課題が解決されるものと認識することができると認めることはできないというべきである。
エ以上のとおりであるから,請求項1の記載がサポート要件を充足するものと認めることはできず,したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはないといわなければならない。
(5)ちなみに,原告は,「欧米の両庁における各審査手続においてサポート要件を充足するとされた内容と同一の内容の本願明細書につき,日本語であればサポート要件を充足しないということは考えられないし,日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の適合性の有無が左右されるのは相当でない」と主張するが,外国語特許出願において,サポート要件の判断の対象となる明細書は,当該外国語特許出願に係る国際出願日における明細書の翻訳文である(平成14年法律第24号による改正前の特許法184条の6第2項)から,欧米の両庁における各審査に付された明細書と本願明細書とが同一の内容のものである旨をいう原告の上記主張は,両者がサポート要件の充足性の判断の対象たる明細書として完全に同一のものであるという趣旨であれば,その前提を誤るものとして失当であるといわざるを得ない。
また,「日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の適合性の有無が左右されるのは相当でない」との主張も,上記説示したところに照らせば,これを採用することができないというべきである。
この点に関し,原告は,「発明の詳細な説明に記載された事実が何であるかを認定するための間接事実として,欧米の両庁における対応特許の付与状況を主張するものである」とも主張するのであるが,上記のとおり,欧米の両庁における各審査に付された明細書と本願明細書がサポート要件の充足性の判断の対象たる明細書として完全に同一のものということはできないから,仮に,本件出願に対応する欧米の特許出願に対して特許が付与されているとしても,そのことをもって,請求項1の記載がサポート要件を充足するものと認めることはできないとの前記判断を左右するものではない。
さらに,原告は,「特許協力条約に基づく国際出願が主要国の国内官庁の手続に移行した場合,当該主要国の国内官庁における判断は,重要な参酌要素とすべきである」と主張するが,以上説示したところに照らせば,原告のこの点に関する主張も採用することができないことは明らかである。
2結論以上の次第であるから,本件出願に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足しないといわなければならない以上,明確性の要件について判断するまでもなく,本件審決の取消しを求める原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲