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関連審決 不服2007-34782
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 物の発明 /  上位概念 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  薬事法 /  存続期間 /  延長登録 /  特許料(維持年金) /  発明の要旨認定 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  相当期間 /  期間の延長 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10476号 審決取消請求事件
原告武 田薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護 士畑郁夫
同 国谷史朗
同 茂木鉄平
同 重冨貴光
被告特許庁長官
指定代理人森田ひとみ
同 星野紹英
同 中田とし子
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/05/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2007−34782号事件について平成20年10月31日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨
争いのない事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠によって容易に認定することができる事実である。
1 特許庁における手続の経緯(1)原告は,発明の名称を「有核顆粒およびその製造法」とする特許第2138026号の特許(昭和63年1月28日出願〔優先権主張:昭和62年1月29日,日本国〕,平成8年3月29日出願公告〔特公平8-32625号〕,平成10年8月28日設定登録。以下「本件特許」という。
出願公告時及び設定登録時の請求項の数は,いずれも2である。)の特許権者である(甲2,9,40,弁論の全趣旨)。
(2)原告は,平成18年9月1日,本件特許につき,特許権の存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長登録出願2006-700068。以下「本件出願」という。)をし,延長の理由として,原告が平成18年6月15日に次の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことを主張した(甲1)。なお,本件処分の対象となった「物」が,同処分の対象となった「医薬品」を指すのか(原告の主張),同医薬品の「有効成分」を指すのか(被告の主張)については,争いがある。
延長登録の理由となる処分薬事法14条7項に規定する医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る同項の承認イ 処分を特定する番号(承認番号)20400AMZ01104000ウ 処分の対象となった物(ア) 処分の対象となった医薬品(販売名)タケプロンカプセル15(イ) 処分の対象となった医薬品の有効成分(一般名称)ランソプラゾールエ 処分の対象となった物について特定された用途(効能・効果)非びらん性胃食道逆流症(3)原告は,本件出願について,平成19年11月16日付けで拒絶査定を受けたので,同年12月26日,これに対する不服の審判(不服2007-34782号事件)を請求した。
特許庁は,平成20年10月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,同年11月18日,その謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲(1) 出願公告時本件特許の願書に添付された明細書(出願公告時のもの)の特許請求の範囲の記載(以下,各請求項に係る発明を項番号に対応して,「公告時発明1」などといい,これらをまとめて「公告時発明」という。なお,審決にいう「本件特許発明」とは,公告時発明を指す〔審決書1頁下から6行〜下から4行参照〕。)は,次のとおりである(甲2)。
「【請求項1】主薬と低置換度ヒドロキシプロピルセルロースとを配合してなる粉状散布剤で被覆された有核顆粒。
【請求項2】核顆粒に,水性結合剤を噴霧しながら主薬と低置換度ヒドロキシプロピルセルロースとを配合してなる粉状散布剤で該核顆粒を被覆することを特徴とする有核顆粒の製造法。」(2) 設定登録時本件特許の願書に添付された明細書(設定登録時のもの)の特許請求の範囲の記載(以下,各請求項に係る発明を項番号に対応して,「登録時発明1」などといい,これらをまとめて「登録時発明」という。)は,次のとおりである(甲40。なお,証拠〔甲40〜47〕及び弁論の全趣旨により,登録時発明の特許請求の範囲を次のとおり認定できることは,後記第4,1(1)アにおいて説示するとおりである。)。
「【請求項1】ベンツイミダゾール系薬物と,粉状散布剤に対して10〜60%(W/W)の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースとを配合してなる粉状散布剤で被覆された有核顆粒。
【請求項2】核顆粒に,水性結合剤を噴霧しながらベンツイミダゾール系薬物と,粉状散布剤に対して10〜60%(W/W)の低置換度ヒドロキシプロピルセルロースとを配合してなる粉状散布剤で該核顆粒を被覆することを特徴とする有核顆粒の製造法。」3審決の理由別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件処分は公告時発明(審決にいう「本件特許発明」)の実施に必要な処分であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきである,というものである。
当事者の主張
1 取消事由についての原告の主張審決は,以下のとおり,本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤った違法(取消事由1),特許法の解釈・適用を誤った違法(取消事由2)があるから,取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本件特許に係る特許発明の内容の認定の誤り)審決は,本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤った違法なものである。
本件特許については,出願公告後,特許異議の申立てがされたことから,原告は,特許請求の範囲の記載を補正した(甲45)が,特許異議の決定(甲47)記載の理由により拒絶査定(甲46)を受けたので,これに対する不服の審判を請求し,特許請求の範囲の記載を前記第2,2(2)のとおりとなるよう補正した(甲42)ところ,特許査定(甲44)を受けた。
審決は,本件処分と公告時発明1,2における「主薬」との関係を検討しているが,上記の経緯に照らし,本件処分と登録時発明1,2における「ベンツイミダゾール系薬物」との関係を検討すべきであったといえる。
このように,審決は,本件出願の許否について判断するに当たり,公告時発明について検討し,登録時発明について検討しなかった点に誤りがある。
(2) 取消事由2(特許法の解釈・適用の誤り)審決は,以下のとおり,特許法の解釈・適用を誤った結果,本件処分は本件特許に係る特許発明実施に必要な処分であったとは認められないと誤って判断した。
ア審決は,「特許発明実施行為には当然その物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての実施行為が明確に存在することが必要であって,そうでない場合は,その特許発明実施にその処分は必要ではなかったことになる」(審決書5頁10行〜13行),「医薬品についての処分が特許発明実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される『物』すなわち『有効成分』が特許発明構成要件として明確に特定されていることを要するというべきである」(審決書5頁31行〜34行),「延長登録制度は,処分で特定される『物』が,薬事法の規制により使用できないことにより特許発明実施が不可避的に相当期間妨げられた場合,一定の限度において救済をすることをその趣旨とするのであるから,少なくともその特許発明には,薬事法上の規制を受ける『物』自体あるいはその『物』が顕在化している上位概念(例,マーカッシュ形式で記載された化合物など)がその構成要件として含まれることを要すると言うべきであ(る)」(審決書7頁7行〜13行)と説示した。
上記説示によれば,審決は,特許権の存続期間の延長登録の要件に係る「その特許発明実施」であるというためには,処分の対象が「特許発明構成要件として明確に特定され」ていなければならないと解釈したものと理解できる。
しかし,特許法67条2項及び67条の3第1項1号の規定によっても,処分の対象が「特許発明構成要件として明確に特定され」なければならないと解する合理的理由はない。
上記各規定は,「その特許発明実施」について政令で定める処分を受けることが必要である場合に,特許権の存続期間の延長登録が認められることを定めたものであり,また,「その特許発明実施」における「実施」の意義は,特許法2条3項各号に定められている(甲21〔中山信弘編著,「注解特許法」第三版【上巻】,平成12年8月25日青林書院発行〕651頁29行〜31行〔平山孝二・守屋敏道執筆部分〕参照)。
これらの規定によれば,処分の対象たる「医薬品」(あるいは,処分の対象たる「有効成分」を含有する「医薬品」)の製造販売等が特許発明実施であれば,「その特許発明実施」に該当すると解するのが相当である。
例えば,甲22(特許庁編集,「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第17版〕」,平成20年5月30日社団法人発明協会発行)は,特許法67条の3第1項1号所定の拒絶理由に関して,「処分を受けることによって禁止が解除された範囲と特許発明(特許権)の範囲に重複している部分がなければ,特許発明実施に当該処分を受けることが必要であるとは認められない」(215頁16行,17行)としているが,これを換言すれば,処分によって禁止を解除された範囲(処分の対象)と特許発明(特許権)の範囲に重複している部分(特許発明技術的範囲に属する部分)があれば,「その特許発明実施第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」ということになる。
上記のような解釈は,これを否定すべき実質的根拠が見当たらないのみならず,上述した甲22のほか,甲21が「特許発明実施に法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったと認められるためには,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除された行為と特許発明実施(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に重複部分があることが必要である。具体的には,処分を受けた物(又は,物と用途)が特許請求の範囲に記載されている場合には,その特許発明実施に当該処分を受けることが必要であったと認められる(特許庁・改善多項制および特許権の存続期間の延長制度に関する運用基準)。」(652頁1行〜7行)と述べていること,甲23(小栗昌平監修・平山孝二外3名著,「詳説改善多項制・特許権の存続期間の延長制度」,昭和63年8月25日社団法人発明協会発行)が「『処分を受けた物(又は,物と用途)が特許請求の範囲に記載されている場合』には,・・・・・・処分を受けた物(又は,物と用途)が特許請求の範囲に明示されている場合のほか,処分を受けた物(又は,物と用途)の上位概念の物(又は,物と用途)が特許請求の範囲に記載されている場合も含まれる。例えば,特許請求の範囲にはマーカッシュ形式等により複数の化合物が包括的に記載されており,処分を受けた物が特許請求の範囲に明示的に記載されていない場合(例えば,処分を受けた物の化合物名が特許請求の範囲に明示的に記載されていない場合)であっても,処分を受けた物がそれに含まれていれば,処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていることとなる。」(189頁29行〜190頁10行)と述べていることとも,整合する。なお,甲23は,「マーカッシュ形式等」に言及しているが,これは例示にすぎず,処分の対象が「特許発明構成要件として明確に特定され」ることが必要であるとしたものではない。
イ審決は,「本件特許発明は顆粒として経口投与される薬物全般についての製剤技術に関する発明である」(審決書6頁32行,33行),「ランソプラゾールが本件特許発明における『主薬』として採用されうるとしても,本件特許発明はランソプラゾールを使用しなければ有核顆粒が製造できないというものではないし,『非びらん性胃食道逆流症』に使用される『ランソプラゾール』を使用しなければならないものでもない」(審決書6頁36行〜7頁1行),「『非びらん性胃食道逆流症』に『ランソプラゾール』を使用することについて所用の実験,審査などに相当の期間を要するがために,本件特許発明実施,すなわち,主薬と低置換度ヒドロキシプロピルセルロースとを配合してなる粉状散布剤で被覆された有核顆粒や,その製造法の実施が不可避的に相当期間妨げられたということはできない」(審決書7頁2行〜6行)と説示した。
上記説示によれば,審決は,公告時発明における「主薬」のように,特許請求の範囲に広義の概念を用いた場合には,同概念に処分の対象が含まれる旨の記載が発明の詳細な説明にあったとしても,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきであるとしたものと理解することができる。
しかし,審決の上記判断は,下記(ア),(イ)に示される特許庁における従来の運用からも逸脱している。
(ア)特許第1729813号の特許(以下「813号特許」という。)については,その特許発明実施に「スルファモノメトキシン,オルメトプリム,含水マクロゴール400,マクロゴール400,水酸化ナトリウム,塩酸及び精製水を含有したpH9.5〜11.5の液状合剤」についての薬事法14条6項に規定する動物用医薬品に係る同項の承認(農林水産省令9畜A第890号)を受けることが必要であったとして,特許権の存続期間の延長登録の出願がされ,同出願に対し登録査定がされた(甲37)。しかし,813号特許に係る明細書(甲36)の特許請求の範囲には,「スルホンアミド類」との記載があるにとどまり,上記承認の対象となった動物用医薬品の有効成分である「スルファモノメトキシン」自体はもとより,マーカッシュ形式の記載など「スルファモノメトキシン」が顕在化している上位概念も記載されていない。なお,同明細書の発明の詳細な説明には,「本願発明における被可溶化対象物質である合剤の主成分,即ち,スルホンアミド類としては例えば,・・・スルフアモノメトキシン等又はその塩が挙げられ」(2欄18行〜3欄1行)との記載があり,「スルファモノメトキシン」が「スルホンアミド類」として採用され得ることを理解できる。
(イ)特許第2576927号の特許(以下「927号特許」という。)については,その特許発明実施に「アジスロマイシン水和物を含む小児用細粒」についての薬事法14条1項に規定する医薬品の製造に係る同項の承認(承認番号:21200AMZ00162000)を受けることが必要であったとして,特許権の存続期間の延長登録の出願がされ,同出願に対し登録査定がされた(甲39)。しかし,927号特許に係る明細書(甲38)の特許請求の範囲には,「主薬」との記載があるにとどまり,上記承認の対象となった医薬品の有効成分である「アジスロマイシン」自体はもとより,マーカッシュ形式の記載など「アジスロマイシン」が顕在化している上位概念も記載されていない。なお,同明細書の発明の詳細な説明には,「本発明に用いられる主薬としては,細粒剤として投与されうるものならば限定されないが,特に苦味などの不快な味を有する薬物に適応する時,本発明の効果が著しい。その様な薬物としては,・・・アジスロマイシンに代表されるマクロライド系抗生物質・・・などが挙げられる。」(段落【0013】)との記載があり,「アジスロマイシン」が「主薬」として採用され得ることが理解できる。
(ウ)上記(ア)及び(イ)の事例は,処分の対象である医薬品等の「有効成分」はもとより,これが顕在化している上位概念も特許請求の範囲に明確には記載されていないにもかかわらず,発明の詳細な説明に当該「有効成分」が特許請求の範囲に記載された広義の概念に含まれることが示されている点において,本件と事案を同じくするものである。
ウ以上のとおり,審決は,特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈・適用を誤ったものというべきである。
2 被告の反論以下のとおり,原告の主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1(本件特許に係る特許発明の内容の認定の誤り)に対しア特許権の存続期間の延長登録の出願の審査は,その出願時に出願人が提出した資料に基づいて行われるものであり(特許法67条の2第2項,特許法施行規則38条の16),出願人は,必要かつ十分な説明と資料の提出を行うことが要請されている。
そして,原告は,本件出願の出願人であり,特許権者であって,本件特許の設定登録に至る経緯を熟知するとともに,本件特許に係る特許発明実施に本件処分が必要であったことを説明する義務を負う者である。
しかるに,原告は,本件特許に係る特許発明の内容に関する資料として,特公平8-32625号公報(以下「本件公告公報」という。甲2)のみを提出し,同公報に基づき,本件特許に係る特許発明実施に本件処分が必要であった旨説明したものであり(甲1,13,16,19),本件出願の審査,審判を通じ,出願公告後に本件特許の特許請求の範囲の記載が補正されたことを示す資料は一切提出していない。
したがって,審決が,本件出願の願書に添付された唯一の資料である本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいて,本件特許に係る特許発明の内容の認定をしたことに違法はない。
イ「ランソプラゾール」は,その化学名が「(±)-2-[[[3-メチル-4-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)-2-ピリジル]メチル]スルフィニル]ベンズイミダゾール」であり,ベンツイミダゾール骨格以外に特殊な官能基を有する化合物である。
一方,登録時発明にいう「ベンツイミダゾール系薬物」は,単にベンツイミダゾール骨格を有することを特定するものにすぎず,公告時発明にいう「主薬」と同様に,「ランソプラゾール」との同一性を論じるに足りる記載とはいえない。
したがって,本件特許について,出願公告後,特許請求の範囲減縮があったことは,審決の結論に影響しない。
(2) 取消事由2(特許法の解釈・適用の誤り)に対しア原告は,処分によって禁止を解除された範囲(処分の対象)と特許発明(特許権)の範囲に重複している部分(特許発明技術的範囲に属する部分)があれば,「その特許発明実施第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」ということになると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
すなわち,特許発明実施に特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったと認められるためには,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除された行為と特許発明実施に重複部分があることが必要であり,この重複範囲において特許権の効力が延長される(乙1〔中山信弘編著,「注解特許法〔第三版〕【上巻】」,平成12年8月25日青林書院発行〕の671頁下から11行目〜672頁5行,乙2〔特許庁編,「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第17版〕」,平成20年5月30日社団法人発明協会発行〕219頁3行〜8行参照)から,上記禁止が解除された範囲については,特許法68条の2(存続期間が延長された場合の特許権の効力)の規定を踏まえて,その内容を理解する必要がある。
そのような観点から,特許法67条の3第1項1号の要件を検討すると,同号の該当性は,「処分によって禁止を解除された範囲(処分の対象)と特許発明(特許権)の範囲に重複している部分(特許発明技術的範囲に属する部分)があるか否か」ではなく,「処分の対象となった物,又は物と用途が,特許請求の範囲に特定されているか否か」によって判断すべきである。その理由は,特許発明技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるところ(特許法70条),特許請求の範囲に,存続期間が延長された場合に特許権の効力が及ぶ物(又は,物と用途)の記載がないとき,あるいは,漠然としか記載されていないときは,当業者といえども当該延長された特許権の効力が及ぶ範囲を予見することは困難であって,処分の対象となった物が特許発明技術的範囲に属しさえすれば,特許権の存続期間の延長登録が認められるとすると,存続期間満了後に特許発明実施しようとする第三者に不測の不利益を及ぼす不都合が生ずるからである。
この点,原告が引用する甲23は,処分を受けた物(又は,物と用途)を含む上位概念の物(又は,物と用途)が特許請求の範囲に記載されている場合も含まれると説明されているが,マーカッシュ形式の記載が例示されているように,あくまで特定の「物」が把握でき,上位概念であっても,処分の対象となった物と本質的に同一の物であると判断できる程度の記載がされていることが必要である。むしろ,原告が引用する甲23では,医薬品の場合,処分の対象となった有効成分と特許請求の範囲に記載されている物とが同一であるということの説明が必要であると解説されている(乙3〔小栗昌平監修・平山孝二外3名著,「詳説改善多項制・特許権の存続期間の延長制度」,昭和63年8月25日社団法人発明協会発行)〕177頁14行〜182頁8行,374頁2行〜376頁17行参照)。
イ原告は,813号特許及び927号特許に係る各特許権の存続期間の延長登録出願に関する先例を挙げて,審決の判断が特許庁における従来の運用から逸脱していると主張する。
しかし,上記各事例では,その願書(甲37,39)における「処分の対象となった物」の記載について,補正が指示されていないことに照らしても,特許権の存続期間の延長登録の要件の審査に当たり,何らかの錯誤があったことが疑われるものである。すなわち,特許権の存続期間の延長登録の出願は,当初は,物質特許,用途特許,物質の製法特許について出願されることが想定されており,製剤特許等についての審査の対応についての検討が十分ではなかったことから,このような錯誤が生じたもの考えられる。
特許法125条の2延長登録無効審判について規定しているのは,行政庁の処分であっても過誤が生じる可能性があり,それを正すためであるから,原告の主張に係る事例において特許権の存続期間の延長登録が認められた例があることをもって,直ちに当該事例における解釈・運用が正当であるということはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件特許に係る特許発明の内容の認定の誤り)について原告は,審決には本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤った違法があると主張するので,検討する。
(1) 本件特許に係る特許発明の内容についてア本件特許の出願公告時の特許請求の範囲の記載は,前記第2,2(1)のとおりである。
証拠(甲40〜47)によれば,本件特許については,?@出願公告後,特許異議の申立てがされたことから,原告は,平成9年4月7日付け手続補正書(甲45)により,特許請求の範囲の記載を補正したこと,?Aその後,平成10年2月2日付け特許異議の決定(甲47)記載の理由により,同日付けの拒絶査定(甲46)を受けたことから,原告は,同年4月22日付けで同査定に対する不服の審判を請求し,同年5月21日付け手続補正書(甲42)により,特許請求の範囲の記載を補正したこと,?Bその後,同年7月3日付けで特許査定(甲44)を受けたことが,いずれも認められる。
上記各事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の設定登録時の特許請求の範囲の記載は,前記第2,2(2)のとおりであることが認められる(なお,上記各補正〔特に,平成10年5月21日付け手続補正書(甲42)による補正〕が補正の要件を欠くものであることから,その補正がされなかつた特許出願について特許がされたものとみなされる〔平成5年法律第26号による改正前の特許法42条参照〕旨の主張,立証はなく,また,本件特許の設定登録後,訂正審判請求又は訂正請求により,特許請求の範囲の記載が訂正されたことから,その訂正後における明細書等により特許権の設定の登録がされたものとみなされる〔特許法128条参照〕旨の主張,立証もない。)。
イ特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明実施に第六十7条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定する。同号にいう「特許発明」とは,「特許法を受けている発明」(特許法2条2項)を意味するというべきであるから,本件出願について同号の規定する拒絶理由の有無を判断するに当たり,本件特許に係る特許発明の内容は,出願公告時の特許請求の範囲の記載ではなく,設定登録時の特許請求の範囲の記載に基づいて,確定されるべきであることは当然である。
ウ審決は,前記第2,3のとおり,本件処分が公告時発明(審決にいう「本件特許発明」)の実施に必要な処分であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきであると判断した。審決は,本件処分が本件特許に係る特許発明実施に必要な処分であったか否かを判断するに当たり,設定登録時の特許請求の範囲の記載に基づくのではなく,公告時発明の特許請求の範囲の記載に基づいて,特許発明の内容を認定した点において,誤りがあるというべきである。
(2) 被告の主張に対しア被告は,特許権の存続期間の延長登録の出願の審査及び審判は,その出願時に出願人が提出した資料に基づいて行われるのであるから,本件出願の願書に添付された本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいてした審決の認定,判断に,違法はないと主張する。
確かに,証拠(甲1,2,13,16,19)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件出願の願書に本件公告公報を添付し,また,同出願に係る審査,審判を通じ,本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいて,本件特許に係る特許発明実施に本件処分が必要であった旨説明したことが認められる。
しかし,上記の経緯を前提としても,以下のとおり,被告の上記主張は失当である。
(ア)すなわち,特許法67条の2第2項は,特許権の存続期間の延長登録の出願に係る願書には,経済産業省令で定めるところにより,延長の理由を記載した資料を添付しなければならない旨を規定する。法がこのような規定を設けた趣旨は,出願人に,願書に資料を添付させることよって,迅速な審査や審判手続の実現を目指すことにあるのは明らかである。
同条の上記の趣旨に照らすならば,このような規定があるからといって,審査及び審判において,存続期間延長登録出願に係る特許に係る特許発明の内容を認定するに当たって,出願人の提出に係る資料のみに基づいてされなければならないものではなく,また,出願人の提出に係る資料に基づいて,審査及び審判を実施しさえすれば,違法とはならないと解することもできない。
(イ)また,特許法施行規則38条の16第1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願に係る願書に添付しなければならないとされている特許法67条の2第2項所定の「延長の理由を記載した資料」として,「その延長登録の出願に係る特許発明実施に特許法第六十7条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたことを証明するため必要な資料」と規定している。
これを受けて,特許庁は,「特許・実用新案審査基準」を作成,公表し,その「第VI部特許権の存続期間の延長」の「2.5延長の理由を記載した資料の記載事項」の項には,特許法施行規則38条の16第1号所定の資料に該当するものの一つとして,「特許発明であること(登録日,満了日,特許料の納付状況等)」とし,それを裏付けるための資料が例示されている(当裁判所に顕著な事実)。
しかし,そもそも,特許原簿のように特許庁に備えられているものまで,「証明するため必要な資料」に該当すると解することには疑問があるのみならず,そのことによって,審査,審判を担当する特許庁審査官,特許庁審判官が,特許原簿など特許庁に備えられている資料との照合を省略することが正当化される理由はない。
イ被告は,「ランソプラゾール」はベンツイミダゾール骨格以外に特殊な官能基を有する化合物であるところ,登録時発明にいう「ベンツイミダゾール系薬物」は単にベンツイミダゾール骨格を有することを特定するものにすぎず,公告時発明にいう「主薬」と同様に,「ランソプラゾール」との同一性を論じるに足りる記載とはいえないから,本件特許に係る特許発明の要旨認定の誤りは,審決の結論に影響しないと主張する。
しかし,登録時発明について,審決は何ら判断していないのであるから,被告の上記主張の当否については,再開されるべき審判手続において,原告に意見陳述の機会を与えた上で,審決において判断すべきものである。被告の上記主張は,審決を適法とする理由としては,主張自体失当というべきである。
(3) 小括以上検討したところによれば,審決は本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。原告主張の取消事由1は理由がある。
2 結論(1)以上によれば,原告主張の取消事由2について検討するまでもなく,審決は取消しを免れない。
(2)事案にかんがみ,再開されるべき審判手続における審理に資するよう,特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について,当裁判所の見解を付言する。
ア特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明実施をすることができない期間があつたときは,五年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の一つとして,「その特許発明実施に第六十7条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定している。
これらの規定の趣旨は,「その特許発明実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」(以下「政令で定める処分」ということがある。)を受けることが必要な場合には,特許権が存在していても,特許権者は特許発明実施することができず,特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,「特許発明」とは「特許を受けている発明」(特許法2条2項)であり,「実施」とは特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。
そうすると,「その特許発明実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったというためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明実施」に当たる行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に重複部分があることが必要であるといえる。換言すれば,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明実施」に当たる行為に重複している部分がなければ,「その特許発明実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとは認められないことになる。
イ「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明実施」に当たる行為に重複している部分があるか否かを判断するには,まず,「政令で定める処分」が薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合には,当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明実施」に当たる行為であるか否かを検討すべきである。なぜなら,薬事法14条所定の承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明実施」に当たる行為である場合には,特許発明の当該実施行為をすることは,薬事法により禁止されていたということができるからである。
ウ一方,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十7条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十7条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。
上記規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである。これは,特許請求の範囲がしばしば上位概念で記載されるため,同記載によって特定される特許発明の範囲も「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広いことが少なくないところ,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからであると解される。
ところで,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)についてのみ及ぶとする制度の下においては,特許権の存続期間満了後に当該特許発明実施しようとする第三者に対し,不測の不利益を与えないという観点からの考慮が必要であることはいうまでもない。
しかし,そのような観点から,「政令で定める処分」の対象となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,客観的な要素によって特定され,かつ,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載及び技術常識に基づいて,十分に認識,理解できることが必要となるとはいい得ても,特許請求の範囲によって明確に記載されていることが必要となるとはいえない。
したがって,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,特許請求の範囲に明確に記載されていないという理由で,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶することは,許されないものというべきである。
(3)以上のとおりであるから,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 嶋末和秀