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関連審決 不服2006-8167
関連ワード 29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  釈明 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10394号 審決取消請求事件
原告X
同訴訟代理人弁護士吉澤敬夫
被告特許庁長官
同 指定代理 人上田正樹紀本孝 江成克己 安達輝幸
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/05/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2006-8167号事件について平成20年9月12日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの本件特許出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,下記2に係る本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)出願手続(甲1)及び拒絶査定発明の名称:「押しピンおよびそのカートリッジ」出願日:平成15年2月20日出願番号:特願2003-42143号手続補正日:平成17年6月15日(甲6)拒絶査定日:平成18年3月22日(甲11)(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成18年4月27日(甲12)手続補正日:平成18年5月26日(甲13。以下,同日付の補正を「本件補正」という。)審決日:平成20年9月12日本件審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成20年9月29日2本件補正前後の特許請求の範囲の記載(1)本件補正前(平成17年6月15日付け手続補正書による補正後)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。以下,請求項1に記載の発明を「本願発明1」,同2に記載の発明を「本願発明2」という。
【請求項1】筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピンにおいて,前記ピン部は筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧可能である,ことを特徴とする押しピン。
【請求項2】筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピンを内部に収納しうる空洞部と,該空洞部の一方の端部に設けられた前記筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押しピンを押圧する押圧部と,該押圧部の対向部に設けられた開口部と,前記空洞部の他方の端部側に設けられ,押しピンを前記一方の端部側に移動させる弾性部材を有する,押しピンのカートリッジ。
(2)本件補正後の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。以下,本件補正後の請求項1に記載の発明を「本件補正発明」という。
【請求項1】筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,使用時にロッドによって筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピンと,該押しピンを内部に複数収納しうる空洞部と,該空洞部の一方の端部に設けられた前記筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押しピンを押圧するロッドと,該ロッドの対向部に設けられた開口部と,前記空洞部の他方の端部側に設けられ,押しピンを前記一方の端部側に移動させる弾性部材を有する,押しピンおよびそのカートリッジ。
3本件審決の理由の要旨本件審決の理由は,要するに,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下,単に「法」という。)17条の2第4項4号に規定する「明りようでない記載の釈明」,2号に規定する「特許請求の範囲減縮」を目的とするものではないから,いわゆる「目的要件」を欠き,また,仮に目的要件を満たすとしても,同条5項において準用する法126条5項の規定に違反するので,独立特許要件を欠くとして,これを却下した上,本件補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明の要旨を認定し,本願発明は,下記の各引用刊行物(以下「引用刊行物1」及び「引用刊行物2」という。)に記載された各発明(以下,それぞれ「引用発明1」及び「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,進歩性を欠く,というのである。
引用刊行物1:実願昭62-72282号(実開昭63-179197号)のマイクロフィルム引用刊行物2:実願昭61-188466号(実開昭63-92796号)のマイクロフィルムなお,本件補正は補正事項1ないし5からなるが,これらのうち本件訴訟の審理判断の対象となるのは次の補正事項2及び同3である。
補正事項2:補正前の請求項2における「押しピンを内部に収納しうる空洞部と」及び「押しピンのカートリッジ。」を,補正後の請求項1においては,「押しピンと,該押しピンを内部に…収納しうる空洞部と」及び「押しピンおよびそのカートリッジ。」にする補正補正事項3:補正前の請求項2における「使用時に…下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピン」に,補正後の請求項1においては,「使用しないときには手でその部分に触れてもピン部が動くことはなく,」という限定を付加する補正また,本件審決が認定した本件補正発明と引用発明との相違点は,次の相違点1及び同2である。
相違点1:本件補正発明の「押しピン」が「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,使用時にロッドによって筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である」と特定されているのに対し,引用発明1の「画鋲」は前記特定を有しない点相違点2:本件補正発明は,ロッドが「筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押しピンを押圧する」と特定されているのに対し,引用発明1は前記特定を有しない点4取消事由(1)取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)(2)取消事由2(本願発明の進歩性を否定した判断の誤り)第3当事者の主張1取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,本件補正がいわゆる「目的要件」を欠き,また,独立特許要件を欠くとして,これを却下しているが,その判断は誤りである。
(1)目的要件に関する判断ア補正事項2について(ア)本件審決は,補正事項2は,「明りようでない記載の釈明」を目的とするものではない,とした。
(イ)しかしながら,「押しピン」の構造については,本件補正前の請求項2において,「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である押しピン」と記載されていたところ,本願発明2は,そのような「押しピン」と「カートリッジ」とから成るものであることも記載されていたのであるから,「カートリッジ」だけでなく,上記構造により特定される「押しピン」も本件補正前の請求項2における必須の構成要件であった。
もっとも,本件審決は,本件補正前の請求項2における「押しピン」の記載は,カートリッジの内部に収納しうる一例を記載したものであって,それ自体は本願発明2である「押しピンのカートリッジ」の構成に含まれないとしているが,「内部に収納しうる」との記載は,上記構造によって特定された「押しピン」も,「カートリッジ」と同様に,本願発明2の対象であることを前提に,当該押しピンが当該カートリッジの内部に収納しうるものであることを意味するにすぎないのであり,本件審決の判断は誤りである。仮に,本件審決が指摘するように,本願発明2において,上記構造によって特定された「押しピン」以外の構成を有するものも許容されているとすれば,補正事項2は,そのようなものも収容しうるカートリッジについて,上記のとおり特定された「押しピン」のみを収納しうるものに減縮したことになり,同補正事項に係る補正は特許請求の範囲減縮を目的とするものとなるはずである。
(ウ)さらに,補正事項2は,拒絶理由通知が,引用刊行物1記載の画鋲刺入装置において,引用刊行物2記載の画鋲を収容することにより,本願請求項2記載の発明の如く構成することは当業者が容易になし得たものであると指摘したのに対し,本願発明は引用刊行物2に記載された画鋲とは異なる特定の構成の押しピンとカートリッジの組合せに係るものであることを明瞭にすることを目的としたものであるから,同補正事項に係る補正は「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」にほかならない。
(エ)したがって,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった「カートリッジ」とから成ることを明瞭にするための補正であり,法17条の2第4項4号が規定する「明りようでない記載の釈明」を目的とした補正であるから,補正事項2に係る本件審決の判断は誤りである。
イ補正事項3について(ア)本件審決は,補正事項3は,特許請求の範囲減縮を目的とするものではない,とした。
(イ)しかしながら,補正事項3は,本願発明2の「押しピン」を「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定することを内容とするものであり,これが特許請求の範囲減縮を目的とするものであることは明白である。
本件補正発明の「押しピン」と引用発明2の「画鋲」は,非使用時にピンが筒状部材(中空体)の内部に収納される点で一致しているが,引用発明2の画鋲は中空体の上部に大きな押入孔6が開いており,ここに指を入れて針を押し出す構造であるのに対し,本件補正発明の「押しピン」は,補正事項3に係る補正によって「使用しないときには手のどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定されるとともに,カートリッジのロッドでピン部を押し出すものである点で引用発明2の「画鋲」と明確に区別されることになるのである。
(ウ)この点につき,被告は,補正事項3は「押しピン」を「作動」によって限定したものであり,その具体的構成を限定するものではない旨主張する。
しかしながら,本件特許に係る出願明細書(以下,本件審決と同様に,「本願明細書」という。)には,「図3は本発明の第1の実施例の構造を示す斜視図で,1は筒状部,2はコイルスプリング,2はピン部,4は筒状部の下部に設けられた孔部,5はその上部に設けられた孔部である。この例では,筒状部は円筒状に形成されており,押しピンを使用しないときは,図1のようにピン部3のフランジ部と,筒状部の底部との間に設けられているスプリング2によって,そのピンの先端が筒状部内に収容されるようになっている。従って,この状態ではピンの尖った先端は全く外部に現れず,また押しピン全体を手にとってどの部分に触れても,ピン部3が動くことはないので,ピンの先端は外部に突出することがなく,極めて安全な状態が保たれている。」(段落【0006】)との記載があり,このうち「この状態ではピンの尖った先端は全く外部に現れず,また押しピン全体を手にとってどの部分に触れても,ピン部3が動くことはない」との記載および図を参照すれば,筒状部には全く指が入らない構造であって,筒状部の上部に設けられた孔5は,カートリッジのロッドのみが入る構造であることは容易に理解できる。そして,「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との特定は,補正前の特許請求の範囲中において特定されていなかった「押しピン」の構造を具体的に限定するものであるから,被告の主張は失当である。
(エ)したがって,補正事項3は,本願発明2の「押しピン」を限定する補正であり,法17条の2第4項2号が規定する特許請求の範囲減縮を目的とする補正であるから,補正事項3に係る本件審決の判断は誤りである。
ウ以上のとおり,本件補正は,いずれも目的要件を具備するものであったから,本件補正を却下した本件審決は取り消されるべきものである。
(2)独立特許要件に係る判断ア相違点1について(ア)本件審決は,本件補正発明と引用発明1との相違点1について,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,」を除いて「押しピン単体」として構造が同一であることを前提として,引用発明2も,相違点1に係る「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,使用時にロッドによって筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造」をなすものといえるとし,危険回避を目的とする以上は,使用を意図した時以外には,指をもって押入難い程度に前記押入孔の大きさをなすことは,当業者であれば適宜に設計し得る程度のことでしかないから,相違点1に係る構成とすることは容易であると判断した。
(イ)しかしながら,引用発明2は,本件補正発明のようなカートリッジやロッドの使用を考えておらず,押入孔6に指を入れて使用することを前提としているから,押入孔6は,厳密な寸法こそ記載がないが,指の入る大きさであって,そのような大きさのものとして特定されているのに対して,本件補正発明の「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との構成は,どの部分にも指で触ることによってピンが動くことがないことを意味しており,本件補正発明の「押しピン」には,そのような指の入るような大きな孔がなく,カートリッジに設けたロッドの作動によってのみピンが動くものである。
したがって,引用発明2における「押入孔6」は,「指で以って押圧」するための孔であり,本件補正発明における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,指を入れることなどはないものであるから,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっている。
(ウ)また,本件審決は,「危険回避を目的とする以上は,使用を意図した時以外には,指をもって押入難い程度に前記押入孔の大きさをなすことは,当業者であれば適宜に設計しうる程度のこと(である)」と判断しているが,引用発明2において,指が入らない大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなくなるのであり,引用発明2を「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものとすることには阻害事由があるというべきである。
(エ)したがって,相違点1についての本件審決の判断は誤りである。
イ相違点2について(ア)本件審決は,本件補正発明と引用発明1との相違点2について,引用発明1における「押しピン」を引用発明2のものとする際に,「押しピン」として機能させるべく,引用発明1の「ロッド」が引用発明2の上記孔部を通じて「ピン部」を押圧させるようにして,引用発明2の「押しピン」を機能させるように構成することは,当業者にとって自明であるとして,相違点2に係る構成とすることは容易であると判断した。
(イ)しかしながら,引用発明1には,画鋲をカートリッジを用いて連続的に使用する思想はあっても,用いる画鋲自体の安全性に対する思想はなく,引用発明2には,安全性における配慮はあっても,カートリッジを用いることや,カートリッジを用いるときにのみピン先端が突出させることによって安全性を図るという思想はない。
そうすると,引用発明1と引用発明2とは,技術思想を異にしており,これらを組み合わせることは困難であるばかりでなく,これらを組み合せても,カートリッジを用いるときにのみピン先端が突出させて高度の安全性を確保するという本件補正発明の構成と作用効果を導くことはできないというべきである。
(ウ)したがって,相違点2についての本件審決の判断は誤りである。
(3)以上のとおり,本件補正は,目的要件を満たし,かつ,独立特許要件も満たすものであるから,本件補正を却下した本件審決の判断は誤りであって,本件審決は本願発明の要旨の認定を誤ったものとして,取消しを免れない。
〔被告の主張〕原告は,本件補正を却下した本件審決の判断は誤りであると主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。
(1)目的要件に関する判断ア補正事項2について(ア)原告は,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった「カートリッジ」から成ることを明瞭にするための補正であり,法17条の2第4項4号が規定する「明りようでない記載の釈明」を目的とする補正であると主張する。
(イ)しかしながら,本件補正前の請求項2の記載に接した当業者は,本願発明2について,「押しピンのカートリッジ」の発明として,「押しピンを内部に収納しうる空洞部」,「押しピンを押圧する押圧部」,「開口部」及び「押しピンを一方の端部側に移動させる弾性部材」との構成を有するものと理解するものである。
つまり,本件補正前の請求項2において,「押しピン」は,それ自体としてカートリッジを構成するものではなく,カートリッジの構成要素である「空洞部」,「押圧部」及び「弾性部材」を特定する意味しか有しないのであり,本願発明2において,「押しピン」は必須構成要件ではないというべきである。
そして,本件補正前の請求項2において,「押しピン」の構成が具体的に記載されているのは,「…押しピンを内部に収納しうる空洞部」との箇所であり,この「収納しうる」との記載は「収納することが可能である」ことを意味するから,本願発明2の「空洞部」は,他の構成の押しピンを収納することを排除するものではないと解釈するのが自然である。
したがって,本件補正前の請求項2に開示された特定の構成の「押しピン」は,「内部に収納しうる一例」であるとした本件審決の判断に誤りはない。
(ウ)また,「明りようでない記載の釈明」は,本来,拒絶理由通知において拒絶の理由が示された事項についてのみ許容されるものであるところ,平成18年3月22日付け拒絶査定の理由となる同17年8月22日付け拒絶理由通知及び同18年3月22日付け補正却下の決定のいずれにおいても,「押しピンのカートリッジ」が「明りようでない」との拒絶の理由は示されていないから,補正事項2が「明りようでない記載の釈明」であるとする原告の主張は,この点においても失当である。
(エ)したがって,補正事項2については,「明りようでない記載の釈明」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ補正事項3について(ア)原告は,補正事項3は,本願発明2の「押しピン」を限定する補正であり,法17条の2第4項2号が規定する特許請求の範囲減縮を目的とする補正であると主張する。
(イ)しかしながら,補正事項3は,本件補正前の請求項2に記載されていた「押しピン」の具体的な構成を限定するものではなく,「押しピン」をその作動によって限定しようとするものであり,本願明細書の発明の詳細な説明に「使用しない時には…手にとってどの部分に触れてもピン部3が動くことはない」(段落【0006】)との記載があることから,少なくとも本願明細書の実施例中の「押しピン」は補正事項3に対応する構成を有するものというべきである。
そして,上記段落【0006】には,「この例では筒状部は円筒状に形成されており,押しピンを使用しないときには,図1のようにピン部3のフランジ部と,筒状部の底部との間に設けられているスプリング2によって,そのピンの先端が筒状部内に収容されるようになっている。従って,この状態ではピンの尖った先端は全く外部に現れず,また押しピン全体を手にとってどの部分に触れても,ピン部3が動くことはないので,ピンの先端は外部に突出することがなく,極めて安全な状態が保たれている。」との記載があるから,当業者は,本願発明2の「押しピン」は「使用しない時には手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」という補正事項3に係る限定を加えられたものであると理解するというべきである。
そうすると,補正事項3によって,本願発明2の「押しピン」を具体的に限定するものであるということはできない。
そして,上記ア(イ)のとおり,本願発明2において,「押しピン」は,カートリッジの構成要素である「収納部」,「押圧部」及び「弾性部材」を特定する意味しか有しないものであるから,補正事項3により具体的な構成が明らかにされたものとはいえない「押しピン」によって,本願発明2の「押しピンのカートリッジ」の構成に限定が加えられたものということもできない。
(ウ)したがって,補正事項3については,特許請求の範囲減縮を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
(2)独立特許要件に関する判断ア相違点1について(ア)原告は,本件補正発明における「押しピン」と引用発明2とは構成が異なるものであり,引用発明2を引用発明1に適用することについて阻害事由があると主張する。
(イ)しかしながら,原告が本件補正発明における「押しピン」が引用発明2と異なる点として主張する「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との記載は,その文言からみて,「指の入らない大きさの挿入孔を有するもの」と限定するものではない。そして,本願明細書の発明の詳細な説明において,ロッド15及び孔部4の大きさに関する記載は存在しないから,当業者は,「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との記載が,指の入るような大きな孔を有していないものであることを記載したものであると直ちに認識することはできない。
また,原告は,引用発明2は,本件補正発明のようなカートリッジやロッドの使用を考えておらず,押入孔6に指を入れて使用することを前提としており,本件補正発明の「押しピン」にはそのような孔がないと主張するが,引用発明2の「押入孔6」も本件補正発明の「孔部」も,ピン部を筒状体の外側から押圧するために設けられた「孔部」であるという点では構成上の差異はなく,かつ,上記のとおり,本願明細書にも孔部の大きさを具体的に限定する記載はない。
そうすると,引用発明2は,本件補正発明における「押しピン」とは,「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく」との箇所を除いて,その構成が同一であるとした本件審決の認定に誤りはない。
(ウ)また,原告は,引用発明2において,指が入らない大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなくなるから,引用発明2を「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものとすることには阻害事由があると主張する。
しかしながら,押しピンという技術分野において,不使用時の安全性を確保するという課題はごく一般的なものであったものであるから,この課題を考慮して,引用発明1と引用発明2とを組み合わせる際に,引用発明2の「孔部」を指が入らない程度のサイズとして,引用発明1の「ロッド」と対応させるように設計することは,当業者ならば容易になし得た程度のものに過ぎない。
(エ)したがって,相違点1についての本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。
イ相違点2について(ア)原告は,引用発明1と引用発明2とは,技術思想を異にしており,これらを組み合わせることは困難であるばかりでなく,これらを組み合せても,カートリッジを用いるときにのみピン先端が突出させて高度の安全性を確保するという本件補正発明の構成と作用効果を導くことはできないというべきであると主張する。
(イ)しかしながら,引用発明1は画鋲刺入装置,すなわち,押しピンのカートリッジという技術分野に属し,引用発明2は画鋲,すなわち,押しピンという技術分野に属するものであるから,これらの2つの技術分野の間に密接な関連性があることは明らかである。
ここで,押しピンは,鋭利なピン先端によって印刷物を展示・掲示するために用いられる道具であるから,不使用時の安全性を確保するという課題は,当該技術分野においてはごく一般的であったということができる。
したがって,引用発明1である「押しピンのカートリッジ」に装填する「押しピン」として,上記課題を考慮した「押しピン」である引用発明2を採用することは,当業者ならば当然なし得たものである。
そして,引用発明1と引用発明2とを組み合わせて用いた場合に,さらに上記課題を考慮することにより,引用発明1のカートリッジを用いてロッドにより引用発明2の「押しピン」を押し込んだ場合にのみ押しピンの先端が突出される構成となるように設計することは,当業者ならば適宜なし得たものに過ぎないから,本願発明の奏する作用効果も,当業者が予測することができた程度のものに過ぎない。
(ウ)したがって,引用発明1と引用発明2とを組み合わせることによって,本件補正発明の構成とすることは容易であるとの本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。
(3)以上のとおり,本件補正は目的要件を満たすものではなく,かつ,本件補正発明は独立特許要件を満たすものでもないから,本件補正を却下した本件審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(本願発明の進歩性を否定した判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)本件審決は,本件補正を却下して発明の要旨を本願発明1及び同2のとおりと認定した上,本願発明1は引用発明2と同一であり,本願発明2は,上記1(2)イ(ア)と同様の理由により,引用発明1及び同2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとした。
(2)しかしながら,上記1(2)ア(イ)のとおり,引用発明2における「押入孔6」は,「指で以って押圧」するための孔であり,指を入れることなどはなく「ロッド」のみで押圧する本願発明1における孔部とは異なるから,「押しピン単体」として既に構造が異なっているから,本願発明1と引用発明2は同一ではない。
また,上記1(2)イ(イ)のとおり,引用発明1と引用発明2とは互いに技術思想が異なるから,これらを組み合わせることはできず,本願発明2はこれらの発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。
(3)したがって,本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕(1)原告は,本願発明1と引用発明2とは同一ではなく,引用発明1と引用発明2とは互いに技術思想が異なり,これらを組み合わせることはできないから,本願発明2はこれらの発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものではないと主張する。
(2)しかしながら,本願発明1は「押しピン」単体に関するものであり,この「押しピン」が「押圧部材」を含むものではないことは,本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載から明らかである。そして,本件補正前の請求項1には「孔部」に関し,「筒状部の上部に設けられた押圧部材が挿入される孔部」との記載があるのみであるから,本願発明1の「筒状部の上部」に設けられた「孔部」の構成は,「押圧部材が挿入される」という以上に限定されるものであるということはできない。また,本願明細書の発明の詳細な説明には,「押圧部材」及びこれに対応する「ロッド14」に関する記載(段落【0007】,【0009】)があるものの,いずれもピン部材を押し込むという機能に関する記載であり,押圧部材の形状や材質,サイズ等に関する記載は存在しない。
したがって,本願発明1と引用発明2の「孔部」の構成が相違するということはできず,両発明が同一であるとした審決の認定に誤りはない。
また,上記1(2)イ(イ)のとおり,引用発明1と引用発明2とを組み合わせることは,当業者が容易に想到することができたものであり,それによる作用効果も,当業者が予測可能なものである。
なお,仮に,原告が主張するように,本願発明2の「孔部」は,そのサイズが規定されるものであるとしても,上記1(2)ア(ウ)のとおり,「孔部」のサイズを調整することは当業者が容易になし得た程度のものに過ぎない。
(3)したがって,本願発明2は引用発明1と引用発明2とを組み合わせることにより,当業者が容易に発明することができたものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断1取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について(1)目的要件に関する判断ア補正事項2について原告は,補正事項2は,本願発明2が「押しピン」とこれと組になった「カートリッジ」から成ることを明りょうにするためのものであるとして,この補正が法17条の2第4項4号にいう「明りようでない記載の釈明」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがある旨主張するので,以下,検討する。
(ア)本願発明2の理解本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりであって,同記載において,押しピンについては,「…構造である押しピンを内部に収容しうる…」,「…により押しピンを押圧する…」と記載されているにとどまることから,本件審決が判断し,また,被告も主張するように,押しピンは,本願発明2における発明の対象ではなく,発明の対象であるカートリッシが備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解する余地もないわけではない。他方,請求項2の記載において,押しピンは「筒状部と,筒状部に収容された弾性部材及びピン部とを有し,非使用時にピン部は弾性部材によって筒状部内に収容され,使用時に筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧され,下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する構造である」ことが特定されており,本願発明2は,このような押しピンと,「筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押しピンを押圧する押圧部」を有するものであることによって特定されるカートリッジとによって構成されるものであると理解する余地もないわけではない。
そして,そのような理解を前提にすると,本件補正前の請求項2は,これとは反対に,押しピンを発明の対象とせず,その対象であることが記載上明らかなカートリッジの備える構成の1つとして記載されているにすぎないと理解されなくもない記載となっていたということができるのであって,その意味で,当該記載は法17条の2第4項にいう「明りようでない記載」に当たるといわなければならない。
(イ)補正事項2の位置付けこれに対し,補正事項2は,本件補正前の請求項2における「押しピンを内部に収納しうる空洞部と」及び「押しピンのカートリッジ。」の記載を,補正後の請求項1においては,「押しピンと,該押しピンを内部に…収納しうる空洞部と」及び「押しピンおよびそのカートリッジ。」の記載に改めるものであり,その記載内容から,本願発明2が「カートリッジ」だけでなく,「押しピン」も発明の対象とするものであることを明示しようとするものであることが明らかである。
そして,上記(ア)のとおり,本件補正前の請求項2の記載からは,「押しピン」と「カートリッジ」と,その両者を本願発明2の対象とするものであったと解することが可能であったところ,その反面,「押しピン」を当該発明の対象とするものではなく,「カートリッジ」のみを対象とするものであったと解する余地もないわけではなく,明りょうでない記載といわざるを得ないものであったのであるから,補正事項2は正にその明りょうでない記載を釈明するものであるということができる。
実際,補正事項2による補正前後の記載を比較してみれば,本件補正前の請求項2のように,本願発明2の対象である「押しピン」がもう1つの発明の対象である「カートリッジ」が備える構成の1つにとどまるかのように記載されていることを前提として,両者の構造を認識し,これらを対比して両者が発明の対象であると理解する場合に比較して,本件補正後の請求項2の記載のように「押しピン」と「カートリッジ」とを並列的に記載したほうが,その趣旨がより明りょうとなっているということができる。
この点について,被告は,本件審決の判断と同様に,本件補正前の請求項2に係る発明が「カートリッジ」の発明であって,「押しピン」の発明ではないなどとるる主張するが,本件補正前の請求項2が「カートリッジ」のみを対象とする発明として明りょうに記載されていた場合であれば格別,既に説示したとおり,当該記載が「明りようでない記載」であった以上,被告の主張を採用することはできない。
(ウ)拒絶の理由について法17条の2第4項4号は,「明りようでない記載の釈明」として補正が許されるのは,「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」と規定するところ,被告は,本件においては,「押しピンのカートリッジ」が「明りようでない」との拒絶の理由は示されていないから,補正事項2は「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」ではないと主張するので,この点についても検討する。
甲11によると,平成18年3月22日付け拒絶査定には,本件特許出願は平成17年8月22日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって拒絶されるべきことが記載されていることが認められ,甲7によると,平成17年8月22日付け拒絶理由通知書には,拒絶の理由として,請求項1及び同2に係る発明(本願発明1及び同2)が特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができない旨記載されるとともに,請求項2に係る発明(本願発明2)については,引用発明1の画鋲刺入装置において,引用発明2の画鋲を収容することによって,本願発明2のように構成することは容易である旨記載されていることが認められる。
これに対し,補正事項2は,前記認定の経緯からして,本願発明2が「押しピン」と「カートリッジ」と,その両者を当該発明の対象とするものであることを明示することにより,上記拒絶理由通知書において指摘された本願発明2に係る拒絶の理由を回避しようとするものであると認められるから,補正事項2が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」であるということが妨げられるものではなく,被告の主張を採用することはできない。
以上によると,補正事項2に係る補正は,法17条の2第4項4号が規定 (エ)する「明りようでない記載の釈明」を目的とするものというべきである。
イ補正事項3について原告は,補正事項3に係る補正が本願発明2の「押しピン」を限定する補正であるとして,この補正が法17条の2第4項2号にいう「特許請求の範囲減縮」を目的とするものではないとした本件審決の判断に誤りがあると主張するので,以下,検討する。
(ア)本願発明2の理解本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は,前記したとおりである。
(イ)補正事項3の位置付けこれに対し,補正事項3は,補正前の請求項2においては,「押しピン」の構造が「使用時に…下部に設けられた孔部からピン部先端が外部に突出する」と記載されていたところ,補正後の請求項1においては,その構造に「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,」という限定を付加して記載されているのであって,その記載内容を比較すると,本願発明2における「押しピン」の構造に上記限定を付加するものであると認められる。
そして,本願発明2の「押しピン」が特定の構造を有するものであることは前記で説示したところであるから,このような「押しピン」に上記限定が加えられることにより,使用しないときに手でいずれかの部分を触れればピン部が動く可能性があった本件補正前の「押しピン」が,本件補正後においては「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものに限定されたということができ,本願発明2においては,「押しピン」も当該発明の対象となるものであることも前記ア(ア)で説示したとおりであるから,その構成が限定されることによって,特許請求の範囲減縮されるものと認めることができる。
この点について,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明に「使用しない時には…手にとってどの部分に触れてもピン部3が動くことはない」(段落【0006】)との記載があることから,本件補正前の請求項2に記載されていた「押しピン」はそのようなもの(補正事項3による補正後のもの)と理解されるから,補正事項3は本願発明2の「押しピン」を具体的に限定するものではないと主張するが,本件補正前の請求項2には,「押しピン」が「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものであることを示す記載は存在しないから,被告の主張は失当である。なお,被告は,本願発明2の対象は「カートリッジ」のみであって,「押しピン」それ自体は本願発明2の対象ではないから,「押しピン」の構造に上記制限が加えられたとしても,特許請求の範囲減縮にはならないとも主張するが,「押しピン」も「カートリッジ」と並んで本願発明2の対象となることは前記アで説示したとおりであるから,この点に関する被告の主張は,その前提において,失当といわなければならない。
(ウ)以上によると,補正事項3に係る補正は,法17条の2第4項2号が規定する「特許請求の範囲減縮」を目的とするものというべきである。
ウ以上によると,本件補正に係る補正事項2及び同3はいずれも目的要件を具備するものであると認められるから,その要件を満たさないことを理由として本件補正を却下することはできないというべきであり,これと異なる本件審決の判断はこの限りにおいて誤りといわざるを得ない。
(2)独立特許要件に関する判断もっとも,本件補正が目的要件を具備するものであったとしても,特許請求の範囲減縮する補正を含むものであるから,法17条の2第5項で準用する法126条5項の規定するいわゆる独立特許要件についても検討する必要があるところ,本件審決も,仮定的にではあるが,この点について判断しているので,以下,本件審決がその判断の対象としている相違点1,相違点2の順に検討することとする。
ア相違点1について(ア)原告の主張の主旨原告は,本件審決のこの点の判断につき,要するに,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはなく,」を除いて「押しピン単体」として構造が同一であることを前提として相違点1について判断しているが,引用発明2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するための孔であるのに対し,本件補正発明における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,指を入れることなどはないものであるから,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっており,その前提を誤っていると主張し,また,本件審決は,相違点1に係る構成とすることは容易であるとしているが,引用発明2において,指が入らない大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなくなるのであり,引用発明2を「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものとすることには阻害事由があるから,この点の本件審決の判断も誤りであると主張する。
(イ)引用刊行物2の記載しかるところ,引用刊行物2には,次の各項目中にそれぞれ次の各記載がある。
a実用新案登録請求の範囲(1)「皿状頭部に針部を植立した鋲体を中空本体に内装すると共に,針部側の中空体底面板に針孔を穿設し,皿状頭部側の上面板に該頭部が外方に飛び出さない形状または大きさとした押入孔を形成し,鋲体を上面板方向に付勢せしめる発条を内装してなる画鋲。」b問題点を解決するための手段「そこで本案は不使用時に針部が突出しない画鋲を提供し,前記危険性を除去したものである。即ち本案画鋲は,皿状頭部に針部を植立した鋲体を中空本体に内装すると共に,針部側の中空体底面板に針孔を穿設し,皿状頭部側の上面板に該頭部が外方へ飛び出さない形状または大きさとした挿入孔を形成し,鋲体を上面板方向に付勢せしめる発条を内装してなるものである。而して通常は針部が中空本体内に収納されているため,床へ落としたとしても全く危険がなく,また押入孔より頭部を中空本体内方へ押し込むと,針孔より針部が突出するので,壁面等への刺入が可能な状態となるものである。」(第2頁5〜19行)c実施例「また画鋲として使用せんとする場合は押入孔6より指で以って皿状頭部1を中空本体Aの内方に押し込むと,針孔より針部2が突出することになり,第2図に示すように壁面Dに針部2を刺入し,画鋲としての機能を果たすものである。」(3頁下4行〜4頁2行)d考案の効果「本案は以上のように中空本体内に鋲体を内装し,必要に応じて鋲体の針部を外方へ突出せしめるようにしたものであるから,非使用時には鋲体が中空本体内に収納され全く危険がなく,使用時には単に鋲体の針部を外方に突出せしめれば良く,更に針部を壁面刺入した後の取り外しに際しても,中空本体が摘みとなるものである。」(4頁18行〜5頁3行)(ウ)引用発明2の内容以上の引用刊行物2の記載によると,実施例の記載として,原告が主張するとおり,「画鋲」について「指で以って皿状頭部1を…押し込む」方法によって使用することが記載されているものの,他の部分においては,使用時に鋲体の針部を外方に突出させる手段として,「指で以って押圧」することだけに限定した記載はなく(実用新案登録請求の範囲(1),考案の効果),挿入孔については,皿状頭部側の上面板に該頭部が外方へ飛び出さない形状または大きさとするものとされ,皿状頭部の外径よりも小さいものであることが示されている(問題点を解決するための手段)にすぎないということができる。
そうすると,引用刊行物2には,本件審決が認定するように,「中空本体Aと,該中空本体Aに内装された発条C及び鋲体Bとを有し,非使用時に鋲体Bは発条によって中空本体A内に収納され,使用時に中空本体Aの上部に設けられた押入孔6を通じて押圧され,下部に設けられた針孔4から針部2が外部に突出する構造である画鋲。」(「引用発明2」)が記載されているということができるから,実施例の記載を根拠として,引用刊行物2に記載された発明における「押入孔6」を「指で以って押圧」するための孔に限定して把握しなければならない理由はなく,引用発明2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するための孔であることを前提として,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっているとする原告の主張を採用することはできない。
なお,そもそも,本件補正発明における「押しピン」について,「使用しないときには手でどの部分に触れてもピン部が動くことはな(い)」ものとすることは,押入孔の大きさを指を入れることができない程度のものとすることのほか,弾性部材の弾性係数やピン部の長さを適宜設定することによっても実現することができると考えられるから,本件補正発明の「押しピン」の「孔部」が指の入らない大きさのものに限定されるものであるということもできない。
(エ)引用発明2を適用する阻害事由の有無原告は,引用発明2を適用する場合の阻害事由の主張において,「指が入らない大きさの孔6とすれば,引用発明2が所定の機能を発揮しなくなる」ことを前提としているが,上記(ウ)のとおり,引用発明2における「押入孔6」を「指で以って押圧」するための孔に限定して把握しなければならない理由はないのであり,引用発明2の「画鋲」の「押入孔6」を「指が入らない大きさの孔6」としても,引用発明2が機能を発揮しなくなるということもできないと解されるから,原告主張の阻害事由はないといわなければならない。
(オ)したがって,相違点1についての本件審決の判断には原告主張の誤りはないというべきである。
イ相違点2について(ア)原告の主張の主旨原告は,要するに,引用発明1と引用発明2とは技術思想を異にしているから,これらを組み合わせることは困難であるばかりでなく,これらを組み合わせたとしても,カートリッジを用いるときにのみピン先端を突出させて高度の安全性を確保するという本件補正発明の構成と作用効果を導くことはできないから,相違点2についての本件審決の判断は誤りであると主張する。
(イ)引用発明1及び同2の内容引用発明1は,画鋲刺入装置,すなわち,画鋲集合体をスタンドの内部空間に充填し,押圧刺入部材により画鋲を押圧して刺入する装置であり,引用発明2は,中空本体に内装した鋲体を,中空本体の押入孔から押し込んで刺入れする画鋲であり,両者とも,押ピンを押圧して刺入する画鋲に関する点で共通するものであるから,両発明は密接な関連性を有するものであるということができる。
そして,引用刊行物1には,「7は画鋲集合体で,画鋲刺入装置の装置本体1のシュート12および案内溝121,121に装填され,シュート12,案内溝121,121及び案内面211によって案内されつつ画鋲押圧部材53の押圧面533によってスタンド11の方向に向けて押圧されている。画鋲集合体7は,複数の画鋲71を連結部72を介して互いに連結することにより作成されている。連結部72は,押圧刺入部材3によって画鋲71を押圧したとき破断されるように適宜の肉厚とされている。また所望によっては連結部72を,画鋲71とは異なる破断容易な材料によって形成してもよい。」(12頁14行〜13頁4行)との記載及び「すなわち,拡大作用部30を復帰バネ32に抗しつつ矢印E方向に向けて押圧し,押圧頭部33によって画鋲集合体7の先端部にある画鋲71の頭部拡大部を押圧する(第1図および第3図参照)。これにより連結部72が切断され,先端部の画鋲71が開口部112を介して押し出され,所望の刺入場所に対して刺入される(第4図参照)。」(14頁19行〜15頁5行)との記載があるように,引用発明1においては,拡大作用部30を復帰バネ32に抗して押圧し連結部を切断しないかぎり,画鋲はカバー部材2内から出てこないのであり,これにより安全性を確保することが考慮されているものと認められる。
また,引用刊行物2には,「通常時は第1図に示すように発条Cの力によって皿状頭部1が上面板5側に押し付けられ,これに併って針部2が底面板3より外方へ突出していないので,針部2による怪我が生ずる危険が全くない。また,画鋲として使用せんとする場合は押入孔6より指で以て皿状頭部1を中空本体Aの内方へ押し込むと,針孔4より針部2が突出することになり,第2図に示すように壁面Dに針部2を刺入し,画鋲としての機能を果たすものである。」(3頁14行〜4頁2行)との記載があるように,引用発明2においては,非使用時に針部2が外方へ突出して怪我が生ずる危険を防止しようとしているものと認められる。
そうすると,引用発明1及び同2は,いずれも画鋲を使用するときのみピン先端が突出するようにして安全性を高めようとするものである点において共通しているのであり,両発明が技術思想を異にしているため,これらを組み合わせることは困難である旨の原告の主張を採用することはできない。
(ウ)引用発明1及び同2の組合せ引用発明1において,スタンドの内部空間に充填された画鋲集合体の画鋲は,押圧刺入部材により押圧されて刺入されて使用されるものであるが,画鋲集合体又は個々の画鋲単体の状態では,幼児が触って危険であることは自明の課題である。
そうすると,引用刊行物1の記載に接した当業者が,その課題を解決するために,引用刊行物1に記載された画鋲として,引用刊行物2に記載された「画鋲」,すなわち,「中空本体Aと,該中空本体Aに内装された発条C及び鋲体Bとを有し,非使用時に鋲体Bは発条によって中空本体A内に収納され,使用時に中空本体Aの上部に設けられた押入孔6を通じて押圧され,下部に設けられた針孔4から針部2が外部に突出する構造である画鋲。」を採用し,更なる安全性を求めることは自然な発想であり,当然なし得たことであるというべきである。
そして,引用発明2の「画鋲」は「指を以って押圧」することのみを想定したものでなく,その「押入孔6」を「指を以って押圧」するための孔に限定して把握しなければならない理由はないことについては前記ア(ウ)及び(エ)のとおりであるから,上記のとおり引用発明1と引用発明2とを組み合わせて用いようとする当業者にとって,引用発明1のロッド31及び押圧頭部33によって引用発明2の「押しピン」を押し込んだときにのみ押しピンの先端が突出される構成となるように設計することは,適宜なし得たことというほかないし,そのようにして構成された本件補正発明の奏する作用効果についても,引用発明1及び同2のそれぞれから導かれる作用効果を組み合わせたものと異なる格別顕著なものであるとは認められず,当業者が予想することができたものであるといわざるを得ない。
(エ)したがって,相違点2についての本件審決の判断にも原告主張の誤りはないというべきである。
(3)以上によると,本件補正が,目的要件を満たさないとした本件審決の判断は誤りであるが,独立特許要件に違反するとして本件補正を却下した本件審決の結論それ自体に誤りはないから,取消事由1は理由がないといわなければならない。
2取消事由2(本願発明の進歩性を否定した判断の誤り)について(1)原告は,引用発明2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するための孔であるのに対し,本願発明1における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,指を入れることなどはないものであるから,引用発明2の「画鋲」と本件補正発明の「押しピン」は「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっていると主張するとともに,引用発明1と引用発明2とは技術思想を異にしているから,これらを組み合わせることは困難であるとも主張して,本願発明の進歩性を否定した本件審決の判断に誤りがあると主張する。
(2)しかしながら,本件補正後の請求項1の記載と同補正前の請求項1の記載とを比較すると,本願発明1は,本件補正発明から,「押しピン」以外の構成を省き,「使用しないときには…動くことはなく,」という限定及び「ロッドによって筒状部の上部に設けられた孔部を通じて押圧され,」という限定をいずれも省き,「前記ピン部は筒状部の上部に設けられた押入部材が挿入される孔部を通じて押入部材により押圧可能である」とする限定に代えたものであると認められる。
また,本件補正後の請求項1と同補正前の請求項2の記載を比較すると,本願発明2は,本件補正発明から,「カートリッジ」以外の構成を省き,「カートリッジ」に含まれない「押しピン」について「使用しないときには…動くことはなく,」という限定,「空洞部」に「押しピン」を「複数」収納し得るという限定及び「押入部材」が「ロッド」であるという限定をいずれも省くとともに,「押圧部」を付加したものであると認められる。
そうすると,引用発明2の「画鋲」と本願発明1の「押しピン」とが,引用発明2における「押入孔6」は「指で以って押圧」するための孔であるのに対し,本願発明1における「孔部」は「ロッド」のみで押圧され,指を入れることなどはないものであることを理由として,「押しピン(画鋲)単体」として構造が異なっているということができるかどうかについては,上記1(2)ア(イ)及び(ウ)において説示したところと同様ということができる。
また,引用発明1と引用発明2とが技術思想を異にし,これらを組み合わせることは困難であるということができるかどうかについても,上記1(2)イ(イ)において説示したところと同様というべきである。
したがって,原告の主張については,既に説示したとおりであって,これを採用することができない。
(3)以上によると,本願発明の進歩性を否定した本件審決の判断に原告主張の誤りはなく,取消事由2も理由がない。
3結論以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 高部眞規子
裁判官 杜下弘記