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関連審決 無効2005-80139
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  物を生産する方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  技術的特徴 /  明細書の記載要件 /  パリ条約 /  優先権 /  共有 /  着想 /  援用権(援用) /  特許出願日 /  優先日 /  製造承認 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  方法の使用 /  侵害 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  国際出願 /  国際公開 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10489号 審決取消請求事件
原告 バクスター・インターナショナル・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士 宮原正志
訴訟代理人弁理士 山本秀策,?谷剛志,長谷部真久,森下夏樹
被告 アボツト・ラボラトリーズ
被告 セントラル硝子株式会社
両名訴訟代理人弁護士 岡田春夫,川中陽子
両名訴訟復代理人弁護士 鈴木潤
両名訴訟代理人弁理士 川口義雄,小野誠,金山賢教,大崎勝真,坪倉道明
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/04/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2005−80139号事件について平成18年6月21日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告らの負担とする。
3 被告アボツト・ラボラトリーズにつき,この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文1,2項と同旨の判決
事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案であり,原告は特許無効審判の請求人,被告らは後記本件特許の特許権者(共有者)である。
1 特許庁における手続の経緯(1) 被告らは,発明の名称を「フルオロエーテル組成物及び,ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」とする特許第3183520号(平成10年1月23日特許出願(国際出願パリ条約による優先権主張:1997(平成9)年1月27日,米国),平成13年4月27日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者(共有者)である(甲21の1)。
(2) 原告は,平成17年5月6日,本件特許(請求項1ないし4)について特許無効審判を請求した(甲21の2。無効2005-80139号事件として係属)。
(3) 特許庁は,平成18年6月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。
審判費用は,請求人の負担とする。」との審決をし,同年7月3日,その謄本を原告に送達した。
2 発明の要旨審決が検討の対象とした本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1ないし4(以下,単に「請求項1」などという。)に記載された各発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明4」といい,これらを併せて「本件各発明」という。)の要旨は,次のとおりである。
「【請求項1】麻酔薬組成物であって,一定量のセボフルラン;及び少なくとも0.015%(重量/重量)の水を含むことを特徴とする,前記麻酔薬組成物。
【請求項2】上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップを含むことを特徴とする,請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
【請求項3】水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップを含むことを特徴とする,請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
【請求項4】一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法であって,該方法は,該一定量のセボフルランに対して所定量の水を添加するステップを含むことを特徴とし,但し,該所定量の水が,得られる溶液中において少なくとも0.015%(重量/重量)である前記方法。」3 審決の理由の要点審決は,原告の次の各無効主張,すなわち,?@本件各発明は下記の引用例1又は2に記載された発明(以下,それぞれ「引用発明1」,「引用発明2」という。)であるから,本件各発明に係る本件特許は特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであり,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)123条1項2号の規定により無効とされるべきである(以下「無効理由a」という。),?A本件各発明は引用発明1又は2及び下記の引用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件各発明に係る本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,旧特許法123条1項2号の規定により無効とされるべきである(以下「無効理由b」という。),?B本件各発明は下記の引用例4(願書に最初に添付した明細書又は図面)に記載された発明(以下「引用発明4」という。)と同一であるから,本件各発明に係る本件特許は平成14年法律第24号附則3条2項の規定により読み替えて適用する特許法29条の2(以下,単に「特許法29条の2」という。)の規定に違反してされたものであり,旧特許法123条1項2号の規定により無効とされるべきである(以下「無効理由c」という。),?C本件特許に係る明細書(甲21の1。以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件各発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから,本件各発明に係る本件特許は旧特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,旧特許法123条1項4号の規定により無効とされるべきである(以下「無効理由d」という。)との各主張をいずれも排斥した上,原告の主張及び証拠方法によっては,本件各発明についての本件特許を無効とすることができないとした(なお,審決が挙示した書証の番号は,本訴における書証の番号と同一である。)。
引用例1 特開平7-267889号公報(甲1)引用例2 特開平7-258138号公報(甲6)引用例3 1995(平成7)年1月1日に公式のものとされた The United StatesPharmacopeial Convention, Inc.の The Board of Trustees 発行に係る「THE UNITEDSTATES PHARMACOPEIA THE NATIONAL FORMULARY」(「合衆国薬局方 国定処方集」)と題する文献の841頁及び842頁(甲7)引用例4 特開平9-194416号公報(平成8年1月23日特許出願,平成9年7月29日公開)(甲8)審決の理由中,上記判断に係る部分は,以下のとおりである。
(1) 無効理由a(特許法29条1項3号)について請求人の主張する具体的理由は,「引用例1は,実施例2において,約0.12%〜0.14%(1200〜1400ppm)の水を含むセボフルランを開示し,そして,そのセボフルランは,吸入麻酔薬として使用されることが引用例1に記載されており,また,引用例2も引用例1と同様のものを開示するから,本件各発明は新規性を有さない。」というものである。
そこで,引用例1,引用例2の各証拠につき検討する。
ア 引用例1に基づく理由(ア) 本件発明1について引用例1の段落番号【0017】には,「実施例2 …(略)…。フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル及びこれに対して7wt%のNa HPO 水溶液を仕込み,蒸留を行った。ま24ず,全還流させ,1時間後,還流比20で初留を抜き出し,フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルの純度が99.0%以上となった時点で主留に切り替え,還流比10で主留の抜き出しを行った。…(略)…。結果を表2に示す。なお,分析は,ガスクロマトグラフィーにより行った。」と記載され,同引用例の【表2】の記載によれば,その主留の純度はNo.1のもので99.995%,No.2のもので99.928%である(以下,No.1及び2の主留を単に「主留分」という。また,「フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル」は,「セボフルラン」と同義であるので,以下この審決ではこれを「セボフルラン」と表記する。)。
そして,セボフルランと水は両者の沸点よりも低い温度の共沸点を有する共沸混合物を形成し,蒸留によっては両者を完全に分けることはできないこと,甲3の実験報告書(ギラード博士の実験報告書)によれば高純度のセボフルラン(ロットS0001L129,S003M122及びS002M122の混合物(27頁。ギラード1124-1。純度99.9974%),ロットS003M217(67頁。純度99.9942%))にNa HPO 水溶液ま24たは脱イオン水を仕込んだものを共沸点で蒸留して得られる留出液は,高純度のセボフルランと150ppm以上の水を含むことから,蒸留により得られる引用例1に記載された主留分に含まれる水の量は少なくとも0.015%(150ppm)以上であるということができる。
しかし,この主留分は以下の点で,麻酔薬であるということはできない。
すなわち,引用例1の段落番号【0001】,【0002】及び【0020】には,セボフルランが吸入麻酔剤として広く利用されている旨の記載はあるが,これは単にセボフルランの用途を記載したものであって,主留分がそのまま麻酔薬として利用できることを意味するものではない。そして,引用例1の【請求項1】,段落番号【0004】,【0005】の記載によれば,主留分を得る蒸留精製工程は,蒸留時にセボフルランが分解して不純物である「フルオロメチル-1,1,3,3,3-ペンタフルオロイソプロペニルエーテル」が生成するのを抑制するための工程であるが,この工程により麻酔薬として利用可能な純度を達成するとの記載はない。また,主留分の純度は99.995%,99.928%と高純度であるものの,その値はガスクロマトグラフィーで分析して得られた結果であって,これにより無機不純物の含有量を知ることはできない。結局のところ,この主留分についての「フルオロメチル-1,1,3,3,3-ペンタフルオロイソプロペニルエーテル」以外の有機,無機不純物の種類やその含有量は不明といえる。
そして,同引用例の「粗セボフルラン中には,さまざまな副生成物が含まれているが,これらの副生成物は,反応生成物を通常の処理工程,すなわち,酸による洗浄,アルカリによる洗浄,水による洗浄,蒸留精製などの工程を通すことにより除去する」(段落番号【0003】)の記載からすれば,主留分を得る蒸留精製工程だけで麻酔薬として利用可能な程度に不純物の除去がなされたと解することもできない。
そうすると,引用例1に記載された主留分は,麻酔薬とは解しえず,その後に不純物の同定や含有量の分析を行い,その結果に応じてさらに不純物の除去処理を必要とする,麻酔薬製造のための中間生成物であるというべきである。
したがって,引用例1に,本件発明1の麻酔薬組成物が記載されているということはできない。
請求人は,「甲3の追試で得られた蒸留物の分析結果において記載されている各種不純物の含有量は微量であるから,当該組成物の臨床使用を阻害しない」と主張する。しかしながら,甲3の結果は,製品ロットに入っていた高純度のセボフルラン(すなわち,麻酔薬として利用可能な程度に不純物の除去がなされたセボフルラン)に水を加え蒸留して得られる留出液を分析した結果であって,引用例1に記載された主留分を分析した結果ではない。
また,請求人は,「本件発明1の麻酔薬組成物は人間用に限定されず,動物にも利用可能なものであり,動物実験に用いられる麻酔薬組成物に多少の毒性化合物が含有されていても問題ない。そして,引用例1は,少なくとも動物実験用の麻酔薬組成物を開示しているので,本件発明1に新規性はない。」旨主張する。しかしながら,動物実験用であるか否かという以前に,引用例1に記載された主留分は麻酔薬製造のための中間生成物というべきものであって,麻酔薬と解しえないのは上述のとおりである。
したがって,請求人の主張は何れも採用できない。
(イ) 本件発明2及び3について本件発明2,3は,それぞれ,「一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」,「水に対して一定量のセボフルランを添加するステップ」を発明特定事項とする,本件発明1の「麻酔薬組成物」の調製法である。
しかし,引用例1には,(ア)で述べたとおり本件発明1の麻酔薬組成物が記載されておらず,そして,以下で述べるように「一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」あるいは「水に対して一定量のセボフルランを添加するステップ」に相当する記載もない。
すなわち,引用例1に記載された主留分を得る蒸留精製工程は,「共沸現象に由来するセボフルラン蒸気とそれに随伴してきた水蒸気の混合蒸気が凝縮し,不可避の不純物として水を含む主留分となる段階」を含むものであるが,この段階では,蒸留前においてはセボフルランはNa HPO 水溶液に由来する水とともに共沸混合物を形成しており,蒸留中及び蒸留後にお24いては水(あるいは水蒸気)は常にそして不可避的にセボフルラン(あるいはその蒸気)に随伴している。そうすると,この段階は,水に対してセボフルランをあるいはセボフルランに対して水を新たにつけ加える(添加する)ものではない。
したがって,本件発明2,3も,引用例1に記載されているとはいえない。
(ウ) 本件発明4について本件発明4は,「一定量のセボフルランに対して所定量の水を添加するステップ」,「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」を発明特定事項としている。
引用例1には,(イ)で述べたとおり一定量のセボフルランに対して水を添加するステップに相当する工程も,また,それによりルイス酸によるセボフルランの分解を防止することの記載もみあたらない。
したがって,本件発明4は,引用例1に記載された発明とはいえない。
請求人は,「セボフルランのルイス酸による分解の防止は,セボフルランに対して水を添加することにより達成される効果であるから,引用例1は,実質的にセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法をも開示する」と主張する。しかしながら,上述のとおり,引用例1には,「一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」自体の記載がないのであるから,この主張はその前提を誤っており,採用することはできない。
イ 引用例2に基づく理由引用例2の段落番号【0009】〜【0012】には,セボフルランの粗生成物をNaOH水溶液,次いで水で洗浄し,蒸留すると,純度99.99%のセボフルランを含む留出液が得られた旨記載されており(以下,この留出液を単に「留出液」という),この留出液も少なくとも0.015%(150ppm)以上の水を含むものと認められる。
しかし,引用例2には,留出液をそのまま麻酔薬として利用することについて何ら記載はなく,かえって同引用例の【請求項1】,段落番号【0003】,【0004】,【0008】の記載からすれば,この留出液も,引用例1に記載された主留分と同様,麻酔薬とは解しえず,その後に不純物の同定や含有量の分析を行い,その結果に応じてさらに不純物の除去処理を必要とする,麻酔薬製造のための中間生成物であるというべきである。
また,引用例2には,本件発明2,3の麻酔薬組成物の調製法,本件発明4のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法についても何ら記載するところがない。
したがって,引用例2に,本件各発明が記載されているとはいえない。
(2) 無効理由b(特許法29条2項)について請求人の主張する具体的理由は,「引用例1及び引用例2に記載されているとおり,セボフルランを含む麻酔薬組成物は周知であり,また,セボフルランと同様に麻酔剤として使用されるイソフルランが0.14%(1400ppm)までの水を含むことができることは当業者に周知である(引用例3)。そうすると,引用例3に基づいて,セボフルランに0.14%までの水を含めることは,当業者が容易に想到し,本件各発明は進歩性がない。」というものである。
そこで,以下検討する。
引用例1の段落番号【0001】,【0002】,【0020】,引用例2段落番号【0001】,【0002】,【0013】の記載によれば,セボフルランが吸入麻酔薬として広く利用されている化学物質であること自体は明らかである。
一方,引用例3(合衆国薬局方)には「イソフルラン …(略)… 水,方法I<921>:0.14%以下」と記載されている。
この引用例3の記載は,麻酔薬として使用されるイソフルランには0.14%を超える水が含まれてはならないこと,即ち不純物として含まれる水の許容限度を示したものである。それゆえ,この記載は,不純物として含まれる水はむしろ少なければ少ないほどよいと当業者が理解するものであって,積極的にイソフルランに0.14%以下までの水を含ませ,それを麻酔薬に利用することを当業者に教示するものではない。
そうすると,イソフルランとセボフルランが共にフルオロエーテル系麻酔薬として利用される化学物質であり,両者の化学構造が類似しているといっても,本来それだけで麻酔薬として利用可能な一定量のセボフルランに対して,従来不純物と認識されていた水を少なくとも0.015%(重量/重量)以上含ませ麻酔薬組成物とする本件発明1ないし3を上記証拠の記載から導くことはできない。
また,引用例1ないし3には,セボフルランがルイス酸により分解されること,及び水がそれを防止することも何ら記載がないのであるから,本件発明4にしてもこれらの証拠から当業者が容易に着想し得たということはできない。
そして,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,セボフルランのルイス酸による分解が防止されるという上記引用例1ないし3の記載から当業者が予測し得ない効果を奏するものである。
したがって,本件各発明は,引用発明1又は2,及び引用発明3に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。
請求人は,甲13(Aの宣誓供述書(証拠8))によれば,セボフルランと同様にフルオロエーテル系麻酔薬として利用されるエンフルラン及びメトキシフルランが0.1%までの水を含むことができ,同号証(証拠11)によれば,セボフルランは吸湿性であってその最終製品は0.1%までの水を含むことができ,そして,甲17(丸石製薬株式会社製セボフルラン分析証明書)によれば,水分量が0.07%のセボフルラン麻酔薬製品が存在していたのであるから,セボフルランに0.015%以上の水を含ませることに阻害要因はない旨主張する。
しかし,従来不純物と認識されていた水を,一定量のセボフルランと共に麻酔薬組成物の一成分とすることは,当業者に知られていなかっただけでなく,当業者の常識に反することであり,これを積極的に動機付けるものがない以上,単に麻酔薬中に不純物として含まれうる水の許容限度が知られていたというだけで本件発明1が容易に導かれるとはいえない。
また,請求人は,「水をセボフルランに添加することによる効果は,セボフルラン麻酔薬を開発しようとするメーカーが必然的に行う確認実験の結果として必然的に観察されるものでしかない」と主張する。しかしながら,一定量のセボフルランと水とを含む組成物を麻酔薬として使用すること自体が当業者に容易に着想し得ないのは上述のとおりであるから,請求人のこの主張も採用する余地はない。
(3) 無効理由c(特許法29条の2)について請求人の主張する具体的理由は,「引用例4は,調製例において,水の入ったトラップを用いることにより0.13%(1300ppm)の水を含むセボフルランを開示し,そして,そのセボフルランは,吸入麻酔薬として使用されることが引用例4に記載されているから,本件各発明は引用発明4と同一である。」というものである。
そこで,以下検討するに,引用例4の段落番号【0015】,【0017】には,水を0.13%含有する粗セボフルラン(ビスフルオロメチルエーテル0.62%,ポリエーテル類10.6%含有)が調製され,そしてそれを蒸留すると水を0.09%含有する粗セボフルラン(ビスフルオロメチルエーテル0.58%,ポリエーテル類0.01%含有)(以下,両者を単に「粗セボフルラン」という。)が得られた旨の記載がある。
しかしながら,当該粗セボフルランは,ビスフルオロメチルエーテル等を副生成物として含み,その後ゼオライトで副生成物の精製処理が施されるものであって(段落番号【0016】,【0018】参照),そのまま麻酔薬として利用されるものではない。
そして,引用例4には,本件発明2,3の麻酔薬組成物の調製法,本件発明4のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法についても何ら記載するところがない。
したがって,引用例4には,本件各発明が記載されているとはいえない。
(4) 無効理由d(旧特許法36条4項)について本件明細書の発明の詳細な説明は当業者が本件各発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとして請求人が主張する具体的理由は以下の2点である。
?@ 甲9(米国訴訟における被告証拠DX 232)のロット番号25334DK,Tycon番号H8-324のサンプルには,水分量が0.0187%存在していたのに,セボフルランが分解してpHが1.0に下がったことが示されており,0.015%の水が本件各発明の効果を奏すると当業者が理解し得ない。
?A 特定のガラス容器以外の容器にセボフルランを入れる場合の本件各発明の効果は,記載されておらず,当業者に容易に理解できない。
そこで,この請求人の主張を検討する。
ア ?@について本件明細書の発明の詳細な説明実施例(4頁8欄42行-5頁9欄25行,表1,6頁11欄36行-7頁13欄46行参照)には,セボフルランに対して水を添加すると活性アルミナ存在下あるいはガラス製ボトル・アンプル中のセボフルランの分解が抑制される旨,加熱温度が上昇するとセボフルランの分解抑制に必要な水の下限量が増大する旨,及び40℃,200時間という加熱条件下では206ppmより以上のレベルの水があればよい旨の記載がある。
また,実施例に先立つ発明の詳細な説明の欄には,セボフルラン等のルイス酸による分解反応メカニズム(2頁3欄10-13行,2頁3欄18行-4欄5行,2頁4欄19-20行及び同頁の図,3頁6欄35-39行)が示され,また,水等のルイス酸抑制剤がセボフルラン等の分解を抑制する機構(4頁7欄6-9行,4頁7欄11-18行,4頁7欄45行-8欄1行参照)も示されている。
これらの記載は,ルイス酸の空軌道がセボフルランのアルファフルオロエーテル部分-C-O-C-Fと相互作用(攻撃)し分解が起こるが,ルイス酸抑制剤である水はルイス酸の空軌道と相互作用(空軌道に電子を供与し共有結合を形成)してルイス酸の潜在的な反応部位を遮断し,セボフルランの分解を防止することを当業者に教示するものである。
してみれば,当業者には,加熱のない常温下での保存,ルイス酸の少ない容器を用いた保存,短時間の保存,といった保存条件下では,水の量が少なくても,セボフルランの分解を防止するのに有効であり,一方,その逆の保存条件下ではより多量の水がセボフルランの分解を防止するのに必要となるであろうことが理解できる。
このように,本件明細書の発明の詳細な説明は,保存条件に応じて含まれる水の量が決められることを当業者に明らかにしているのであるから,下限値として示された「0.015%(重量/重量)」は,あくまでルイス酸による分解を防止できる最小量の目安として示されているのであって,あらゆる条件下においてルイス酸による分解を防止できる量であると解すべきものではない。
そうすると,甲9で水の量0.0187%のサンプルでセボフルランの分解がみられたとしても,当該サンプルでは単にルイス酸抑制剤である水が0.0187%では不足であったことが推定されるだけであって,このことにより本件各発明が当業者に実施しえないとすることはできない。
イ ?Aについて麻酔薬組成物を収容する容器は特定のガラス容器に限られず,プラスチック,スチール,又は他の材料でもよいことは本件明細書の発明の詳細な説明(4頁8欄11-15行)に示されている。さらに,上述のとおり,容器に存在するルイス酸の種類や量に応じて,含ませる水の量を決定すべきであることは当業者には明らかなことであるから,ガラス容器以外の保存容器であっても本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,ルイス酸抑制に必要な水の量を決めれば,本件各発明の効果が奏されることも当業者が容易に理解しうることである。
したがって,上記?@?Aを根拠に,本件明細書の発明の詳細な説明は当業者が本件各発明ウの実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとすることはできない。
なお,請求人が提出したその他の証拠を見ても,上記無効理由a〜dについての判断(5)は左右されるものではない。
(6) 審決の「むすび」以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件特許を無効とすることができない。
審決取消事由の要点
審決は,引用発明1に基づく新規性の判断,引用発明2に基づく新規性の判断,進歩性の判断,引用発明4に基づく同一性の判断及び実施可能要件についての判断をいずれも誤った結果,本件各発明に係る本件特許を無効とすることができないと判断したものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1に基づく新規性の判断の誤り)(1) 本件発明1について審決は,引用例1の実施例2(以下,取消事由1に係る当事者双方の主張において,単に「実施例2」ということがある。)に記載された主留分(以下,単に「主留分」又は「主留」ということがある。)が麻酔薬であるとはいえないとして,「引用例1に,本件発明1の麻酔薬組成物が記載されているということはできない」と判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 主留分に含有される不純物について(ア) 審決は,主留分が麻酔薬であるとはいえないことの第1の根拠として,「この主留分についての『フルオロメチル-1,1,3,3,3-ペンタフルオロイソプロペニルエーテル』以外の有機,無機不純物の種類やその含有量は不明といえる」と認定した。
(イ) しかしながら,以下のとおり,主留に含まれる不純物は極めて少量であって,麻酔薬としての性能を否定するほどの多量のものではないから,審決の上記認定は誤りである。
a 有機不純物について(a) 仮に,主留中に有機不純物が存在したのであればガスクロマトグラフィー(以下「GC」という。)によって測定されるところ,引用例1には,No.1の主留について,GCにより測定した純度が99.995%であると記載されており,これは,被告アボツト・ラボラトリーズ(以下「被告アボツト」という。)の製品規格(甲41)及び原告の製品規格(甲13)をはるかに上回るものであるし,また,引用例1には,「本発明の方法により,医薬品,特に吸入麻酔剤として使用されるフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルの蒸留精製時における分解を効果的に抑制し,高純度のフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルを得ることができる」(段落【0020】)などの記載があるのであるから,主留中の有機不純物の含有量は極めて少量であり,麻酔薬組成物として問題なく使用することのできる程度のものであるといえる。
(b) 被告らは,「GCによるデータ以外のデータが全く示されていない引用例1の記載に接した当業者は,引用例1に,そのまま直ちに使用することのできる医薬品(組成物)が開示されているとは考えない」と主張するが,本件特許に係る優先日(以下「本件優先日」という。)当時,セボフルランの医薬品としてのスペックは公開されていなかったのであるから,上記(a)の純度の記載や段落【0020】の記載等に接した当業者は,引用例1に記載された組成物を麻酔薬組成物と認識したことは当然であり,したがって,被告らの上記主張は理由がない。
b 無機不純物について(a)i 一般に,無機不純物を含む出発材料を蒸留した場合,無機不純物は気化せずに容器中に残存する(甲13参照)。したがって,留出物中に無機不純物が混入することはあり得ない。
また,セボフルランの製造段階において添加されたフッ化水素(以下「HF」という。)の一部(微量である。)は,出発材料の容器中に残留し得るが,リン酸水素二ナトリウム水溶液による中和反応によりフッ化ナトリウムとなるため,残留し得る当該HFが蒸留成分に混入することはない。
したがって,HFが問題になり得るとしても,それは,いったん製造されたセボフルランの分解により発生し得るHFということになる。そして,当該分解によって発生し得るHFが問題となり得る場面は,蒸留過程(カラム中又はレシーバ容器中)に限られるところ,当該HFが1分子発生すると,同時に,フルオロメチル-1,1,3,3,3-ペンタフルオロイソプロペニルエーテル(以下「化合物A」という。)が1分子生成されることになる。化合物Aは,有機化合物であるから,GCにより検出可能であるところ,引用例1の【表2】によれば,化合物Aは,検出限界を0.001%以下とする条件で検出されなかったのであるから,化合物Aの濃度は,10ppm未満となり,化合物AとHFの分子量比から計算すると,HFの濃度は,1.11ppm未満となる。これは,薬事申請に合格するレベルのものである。
以上からすると,主留中に無機不純物を多量に含むことはあり得ないというべきである。
ii 被告らは,「リン酸水素二ナトリウムによって中和され得るHFの量は,最大でも0.0984gにすぎない」などとして,引用例1に記載されたリン酸水素二ナトリウムの量が,HFの中和に十分なものではなかった旨主張する。
しかしながら,引用例1の記載(段落【0010】)によれば,使用するリン酸水素二ナトリウムの量に上限がなく,HFの中和に必要な十分な量のリン酸水素二ナトリウムを用い得ることは明らかである。
また,0.0984gのHFが発生し得ることにつき,被告らは,その具体的な根拠を示していないし,そもそも,0.0984g(394ppm)のHFは,被告らが主張する許容値(2ppm)の約200倍に相当するところ,引用例1に係る特許出願人である被告セントラル硝子株式会社(以下「被告セントラル硝子」という。)が,主留分にそのような大量のHF(人体に極めて有害なものである。)を発生させる危険極まりない実験を行うはずがない。
さらに,HFは水に非常に溶けやすく,セボフルラン等のエーテルにはわずかにしか溶けないことは技術常識であり(甲45参照),水とセボフルランとを共沸させた引用発明1においては,HFは水層に存在し,セボフルラン中にはほとんど存在しないから,セボフルラン中のHFが問題となるはずがない。
したがって,被告らの上記主張は失当である。
(b)i 被告セントラル硝子は,引用例1に係る特許出願人であり,実施例2に係る詳細な実験データを有していると考えられるところ,被告らは,主留分に無機不純物が含まれていたとの立証を行わないのであるから,主留分には無機不純物が存在していなかったものと推認すべきである。
ii 被告らは,「実施例2の実験において,HFの量を測定する必要はなく,したがって,被告セントラル硝子は,HFに関するデータを有していない」と主張するが,当時セボフルランを商業的に販売していた唯一の企業である被告セントラル硝子において,実験者の生命の危険を招来し得るHFの量を測定していないはずがないから,被告らの上記主張は虚偽である。
(c)i なお,セボフルランの製造方法に関する先行技術文献(引用例2,甲23,28,34,35参照)をみても,蒸留工程が最終工程とされており,その他,蒸留により得られた留出物中の無機不純物を除去することが必要である旨記載した文献は存在しない。
ii 被告らは,「被告セントラル硝子は,引用例1及び2に記載された蒸留工程からは,更なる乾燥を必要とする中間体が得られるにすぎないと常に認識していた」と主張するが,被告セントラル硝子が製造したセボフルランを最終製品として販売していた丸石製薬株式会社(以下「丸石製薬」という。)は,被告セントラル硝子が製造したセボフルランに更に水を添加していたのである(甲25,乙13参照)から,被告らの上記主張が虚偽であることは明白である。
(d) 新たな実験結果等についてi 主留の純度は99.995%であるから,主留中に存在する有機不純物は最大でも0.005重量%(50ppm(重量))であるところ,当該有機不純物がHFを発生させるとした場合,その量が最大となるのは,HFの発生と同時に生じる生成物の分子量が小さい場合(単位重量当たりのHFの発生量が最大となる場合)である。そして,通常,分解等の結果HFを生じる物質として知られているもののうち最も分子量の小さい物質はセボフルランであるから,当該有機不純物のすべてがHFを発生させるとして,セボフルラン及びHFの分子量に照らして計算した場合,分解等によって発生し得るHFの濃度は,最大でも5.5ppm程度となる(なお,出発材料である粗セボフルランに,少なくとも7.871%の有機不純物が存在していることからすれば,この約5.5ppmは,実際にはおよそあり得ない,最も悲観的な数値である。)。
しかるに,A(以下「A」という。)の供述書(甲61)に記載された実験によれば,このような最大量のHFをセボフルラン水溶液に存在させても,そのほとんどが水層に分配され,セボフルラン層からは,検出限界0.2ppmの条件で,HFが検出されなかった。
以上からすると,いかなる場合を想定しても,引用発明1のセボフルラン層に2ppmを超えるHFが存在することなど,化学的見地からして,絶対にあり得ないというべきである。
ii また,被告らが主張するHFの量は,被告らが主張する許容量の200倍以上に相当するものであるところ,上記のとおり,HFのほとんどは水層に存在するのであるから,仮に,セボフルランの有機層中にこのような大量のHFが存在するならば,分解により発生したHFは,少なくとも数百ppmというとてつもない量であることになる(ただし,主留中に存在する有機不純物が最大でも50ppmであることからすると,そのようなことは,常識的にみてあり得ない。)。
ところで,HFがガラスを溶かすことは周知であるところ(本件明細書の2頁4欄15〜16行参照),引用発明1においては,フラスコが用いられているのであるから,被告らの主張によれば,ガラスを溶かす毒がどの程度発生するか予想もつかない実験を実施していることになる。
そして,被告らの主張するHFの量が,セボフルラン層中に存在する量だけでも,人の安全に対する許容量の200倍以上であることにも照らせば,引用例1に記載された実験が危険極まりないものであることは論を待たず,被告セントラル硝子がこのような実験をするはずがない。
(e) HF以外の無機不純物について被告らは,主留中にHF以外の無機不純物が存在し得る旨主張する。
しかしながら,引用例1の段落【0003】にも記載されるとおり,蒸留は,精製における一工程であるところ,蒸留により,不揮発性の無機不純物を分離することができるのであるし,揮発性の無機不純物についても,沸点の差を利用して分離することができるのであるから,蒸留精製の工程を経てもなお主留中に存在する無機不純物としては,HF(水とセボフルランが共沸するため,蒸留による分離が困難である。)以外には考えられない。
c 以上のとおりであるから,蒸留により得られた留出物をGCにより測定して純度が高いことが確認されれば,当該留出物は,麻酔薬として使用可能なものであるといえる。
イ 主留分が中間生成物であるとの認定について(ア) 審決は,主留分が麻酔薬であるとはいえないことの第2の根拠として,引用例1の「粗セボフルラン中には,さまざまな副生成物が含まれているが,これらの副生成物は,反応生成物を通常の処理工程,すなわち,酸による洗浄,アルカリによる洗浄,水による洗浄,蒸留精製などの工程を通すことにより除去する」との記載(段落【0003】)を挙げた上,「引用例1に記載された主留分は,・・・その後に不純物の同定や含有量の分析を行い,その結果に応じてさらに不純物の除去処理を必要とする,麻酔薬製造のための中間生成物である」と認定した。
(イ) しかしながら,以下のとおり,引用例1の段落【0003】に記載された上記工程(以下「段落【0003】の工程」という。)は,蒸留により得られた主留分に対して更に行うものではないから,審決の上記認定は誤りである。
a 引用例1の段落【0003】〜【0005】は,以下の工程が順に行われることを開示するものであり,引用発明1において,段落【0003】の工程が実施例2の蒸留工程の後に行われるものでないことは明らかである。
(a) 粗セボフルランの調製(b) 酸による洗浄(c) アルカリによる洗浄(d) 水による洗浄(e) 蒸留精製に代え,添加剤を用いた蒸留工程(例えば,実施例2の蒸留工程)b 段落【0003】の工程を上記aの順序で行うことは,引用例2の実施例1の記載からも明らかである。
c 被告セントラル硝子が引用例1に係る特許出願日の8日後にした特許出願に係る甲23においても,洗浄を行った後の最終工程として蒸留を行うことが記載されている。
d 日本薬局方にも,セボフルランと同様のフルオロエーテル系吸入麻酔薬であるイソフルランについて,蒸留が最終工程である旨記載されている(甲29参照)。
e 被告らは,蒸留は最終工程でない旨主張するが,その主張を裏付ける先行技術文献は存在しない。
また,被告らは,乙4を根拠に,「粗イソフルランの蒸留後に水洗浄や乾燥を行うことによって初めて,純粋なイソフルランが得られるということが知られていた」と主張するが,乙4には,乾燥したイソフルランを得るために「乾燥」が必要であると記載されているにすぎず,医薬品として使用するために「乾燥」が必須であるなどと記載されているものではない。
ウ Bの証言について本件特許に対応する米国特許(以下「本件米国特許」という。)に基づく米国の侵害訴訟(以下「米国訴訟」という。)において,被告らの専門家であるB(以下「B」という。)は,実施例2のNo.1の主留が「販売可能な物」,すなわち,医薬品グレードの物であることを認める旨の証言をするとともに,先行技術(引用例1に対応するもの。甲2)の表2に記載された主留から生産されるであろう飽和セボフルランと,本件米国特許に係る実施例2に記載された飽和セボフルランとの同一性を認める旨の証言をした(甲14)。
エ イソフルランが麻酔薬(組成物)として使用される場合の基準について甲29(日本薬局方C-441)によれば,イソフルランについては,GCによって定量したときに99.0〜101.0%のイソフルランを含むことで,医薬品として十分に合格レベルの純度を有しているとされている。
これを引用発明1についてみるに,引用例1の段落【0017】の記載のとおり,引用発明1においては,上記基準に従い,麻酔薬としてそのまま使用することのできるレベルである99.0%以上の純度に達した時点で初留から主留に切り替えられているのであって,実施例2で達成された99.995%の純度を有するセボフルランは,上記基準をはるかに凌駕する麻酔薬組成物であるといえる。
オ 主留分が2層に分離したものであることについて被告らは,主留分が2層に分離したものであることを根拠として,「そのまま直ちに医薬品として利用可能なものとはいえない」と主張するが,水飽和量を超えたセボフルランが2層に分離していても,上層の水は,容易に分離することができる(乙8参照)のであるから,被告らの上記主張は失当である(なお,下層の透明なセボフルランは,150ppmを超える水(飽和量1400ppm)を含有している。)。
カ 主留分が中間生成物であったと仮定した場合について(ア) 仮に,主留分自体は,いまだ副生成物(HF)を含む中間生成物であったとしても,引用例1の段落【0003】の記載によれば,アルカリ洗浄等の方法によりHFを除去することは周知技術であったといえるから,引用例1には,同段落記載の工程を経た麻酔薬,すなわち,水とセボフルランを含む麻酔薬組成物が開示されているといえるし,引用例1が開示する蒸留法による薬学的に受容可能なセボフルランの調製においては,どのような調製をしたとしても,その調製過程におけるセボフルランは,請求項1の範囲内にある組成物である段階を通過することが避けられないことになる。
したがって,「引用例1に,本件発明1の麻酔薬組成物が記載されているということはできない」とした審決の判断は,いずれにせよ誤りである。
(イ) 被告らは,「セボフルランをアルカリ洗浄し,又は水洗浄する際には,洗浄工程の最後の操作として水層を取り除き,乾燥剤を使ってセボフルラン層を乾燥するのが当業者の技術常識である」と主張するが,以下のとおり,被告らの上記主張は理由がない。
a C(以下「C」という。)が,本件特許に対応する英国特許の有効・無効が争われた英国の訴訟(以下「英国訴訟」という。)において提出した供述書(甲58)によれば,精製工程を経たセボフルランについては,特段の問題が見出されない限り,脱水工程を行わないことが,本件優先日当時の当業者の技術常識であったこと及び当該特段の問題は存在しなかったことが明らかである。
b 被告セントラル硝子は,本件優先日の10年以上も前である昭和61年に,飽和水分量までの水が何ら問題ないとして,医薬品製造承認申請(乙8)をしている。
c 本件優先日当時の当業者は,吸入麻酔薬において,水,すなわち,水蒸気自身が有害であるとは考えていなかったし,先行文献の調査や,イソフルラン等の薬事基準により,水が妨げにならないとの知見を有していた。
d 引用例1の段落【0003】には,脱水工程の記載は一切ない。
e その他,セボフルランから水分を除くべきであることを開示し,又は示唆する先行技術文献は,存在しない。
キ 審決の判断遺脱について審決は,「本件発明1の麻酔薬組成物は人間用に限定されず,動物にも利用可能なものであり,動物実験に用いられる麻酔薬組成物に多少の毒性化合物が含有されていても問題ない。そして,引用例1は,少なくとも動物実験用の麻酔薬組成物を開示しているので,本件発明1に新規性はない」との原告(請求人)の主張に対し,「動物実験用であるか否かという以前に,引用例1に記載された主留分は麻酔薬製造のための中間生成物というべきものであって,麻酔薬と解しえないのは上述のとおりである」と判断した。
しかしながら,審決の上記判断は,本件発明1の麻酔薬組成物が動物用のものを含むか否か,含むとして,その成分が主留分と異なるか否か,主留分が中間生成物であるか否かについての認定・判断を遺脱してされたものであり,誤りである。
(2) 本件発明2及び3について審決は,「蒸留前においてはセボフルランはNa HPO 水溶液に由来する水と24ともに共沸混合物を形成しており,蒸留中及び蒸留後においては水(あるいは水蒸気)は常にそして不可避的にセボフルラン(あるいはその蒸気)に随伴している。
そうすると,この段階は,水に対してセボフルランをあるいはセボフルランに対して水を新たにつけ加える(添加する)ものではない」として,「本件発明2,3も,引用例1に記載されているとはいえない」と判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 水を新たに付け加える(添加する)ことについて(ア) 水とセボフルランとを含む組成物自体は,従前から公知のものであったところ,本件明細書の4頁8欄22〜27行の記載によれば,容器に水を加えることは,単に,従来,保存環境下において存在していた湿潤条件においても達成できるとされ,大掛かりな水の添加工程が想定されているわけではないし,また,同欄16〜21行の記載によれば,水を添加する時期は全く重要視されていないのであり,さらに,同欄28〜29行の記載をも併せ考慮すると,水を新たに付け加えるか,もともと水が入っているかということは,設計事項にすぎず,何ら新規の技術的特徴を付与するものではない。
(イ) 被告らは,「水を添加する工程を規定しなければ,『水を含む麻酔薬組成物』の製法発明としては成立し得(ない)」と主張するが,それは,明細書の記載要件に係る主張であって,水を添加することが設計事項にすぎないとの原告の主張に対する反論たり得るものではない。
イ 引用例1の開示内容について(ア) 引用例1の段落【0017】の記載によれば,引用発明1においては,蒸留の前にセボフルランとNa HPO 水溶液が混合され,この際に,一定量のセボ24フルランに対して水が添加され,又は水に対して一定量のセボフルランが添加されているのであるから,引用例1には,一定量のセボフルランに対して水を,又は水に対して一定量のセボフルランをそれぞれ「添加する」ことが開示されているといえる。
(イ) 被告らは,「本件発明2及び3における『セボフルラン』は,医薬品グレードのセボフルランを意味するものである」と主張するが,引用例1の段落【0014】に,セボフルランが化合物名(フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル)で記載されているとおり,セボフルランという化学物質(フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル)が医薬品グレードであるかということは,そもそも問題となるはずがない。また,HFは,アルカリ洗浄により除去することができるものであるから,セボフルラン自体が医薬品グレードである必要は全くない。
(3) 本件発明4についてア 審決は,「引用例1には,・・・一定量のセボフルランに対して水を添加するステップに相当する工程も,また,それによりルイス酸によるセボフルランの分解を防止することの記載もみあたらない」として,「本件発明4は,引用例1に記載された発明とはいえない」と判断した。
イ しかしながら,上記(2)のとおり,引用例1には,一定量のセボフルランに対して水を添加する工程が開示されているところ,セボフルランの分解の防止は,セボフルランに水を添加した結果として達成される効果にすぎないから,仮に,本件発明4において,本件明細書に記載されているとおり,水がセボフルランの分解を防止するのであれば,引用発明1においても,セボフルランの分解が防止されることになる。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
2 取消事由2(引用発明2に基づく新規性の判断の誤り)(1) 本件発明1について審決は,引用例2の実施例1〜4(以下,取消事由2に係る当事者双方の主張において,単に「実施例1」ないし「実施例4」ということがある。)に記載された留出液(以下,単に「留出液」ということがある。)が中間生成物であり,そのまま麻酔薬として利用されるものではないとして,引用例2に本件発明1が記載されているといはいえない旨判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 「高純度のフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル」が得られたことについて(ア) 引用例2の段落【0005】(「蒸留により・・・ポリエーテル類を分離して,悪臭のない高純度のフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルが得られる」)及び【0013】(「吸入麻酔薬として使用されるフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルを極めて高純度で得る事が出来る」)の記載に加え,セボフルラン化合物による麻酔薬の製造においては,前記1のとおり,医薬品グレードの麻酔薬組成物を得るという意味で,蒸留が最終工程となることが技術常識であったことに照らせば,そのような蒸留・分離により得られた引用発明2の高純度のフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル,すなわち,高純度のセボフルランは,麻酔薬組成物にほかならない。
(イ) また,引用例2によれば,GCにより測定した留出液の純度は,99.99%である(段落【0009】〜【0012】)ところ,これは,被告アボツトの製品規格(甲41)及び原告の製品規格(甲13)を上回るものであり,麻酔薬組成物として利用することが十分に可能なものである。
この点に関し,被告らは,「引用発明2においては,純度をGCのみによって測定していることからみて,ここでいう『高純度』とは,あくまでも有機不純物に関する純度にすぎ(ない)」と主張するが,GCによって測定した純度が高ければ,医薬品としてのグレードは十分に満たしているのであるから,被告らの上記主張は失当である。
(ウ) なお,引用例2には,留出液が中間生成物であるとの記載はない。
(エ) 仮に,留出液に無機不純物が含まれていたのであれば,当該無機不純物に関する具体的なデータが引用例2に係る明細書に記載されたはずであるにもかかわらず,そのような記載はないし,引用例2に係る特許出願人である被告セントラル硝子は,当該データを容易に提出することができるにもかかわらず,被告らは,これを提出しないのであるから,留出液には無機不純物が含まれていないとの実験データが得られたものと推認するのが相当である。
(オ) 被告らは,「引用発明2においては,引用例1が開示する蒸留中の化合物Aの生成を抑制する手段が施されていないため,留出液中のHFは,引用例1に記載された主留中のHFよりも多量である可能性が高い」と主張するが,引用例2には,吸入麻酔薬として使用されるものを製造することが明記されている(段落【0001】及び【0013】)のであるから,HFが発生したものが記載されているというのは不自然であるし,また,被告セントラル硝子は,引用例1に係る特許出願日の3日前に引用例2に係る特許出願をしたものであるから,引用発明1において施した手段を引用発明2においても施していた蓋然性が高い(単に,同じ実験施設で行った種々の態様の発明を別々の特許出願の対象とした可能性も高い。)。
また,被告らは,「HF等の無機不純物に関する純度は不明である」などと,HFの量を測定しなかった旨主張するが,仮に,「留出液中のHFは,引用例1に記載された主留中のHFよりも多量である可能性が高い」のであれば,実験者の生命に関わるような高度の危険性を有するHFの量を測定しないということはあり得ない。
イ 留出液が中間生成物であるとの認定について(ア) 審決は,「引用例2の【請求項1】,段落番号【0003】,【0004】,【0008】の記載からすれば,この留出液も,・・・その後に不純物の同定や含有量の分析を行い,その結果に応じてさらに不純物の除去処理を必要とする,麻酔薬製造のための中間生成物であるというべきである」と認定した。
(イ) しかしながら,引用例2の【請求項1】及び段落【0004】に記載されたブレンステッド酸等による処理は,実施例1の80%硫酸による処理(段落【0008】),実施例2の四フッ化チタンによる処理(段落【0009】),実施例3の三フッ化ホウ素による処理(段落【0010】)及び実施例4のNafionHによる処理(段落【0011】)に対応するものであり,蒸留前に行われる処理工程であって,蒸留により得られた留出液を更に精製する工程ではない。
また,段落【0003】に記載された水洗浄及びアルカリ洗浄は,実施例1〜4のNaOH洗浄及び水洗浄(段落【0009】〜【0012】)に対応するものであり,同様に,蒸留前に行われる処理工程であって,蒸留により得られた留出液を更に精製する工程ではない。
さらに,段落【0003】に記載された乾燥は,水の含有量を低減させる工程であって,有害な不純物を除去する精製工程ではない。
このように,引用例2の【請求項1】並びに段落【0003】,【0004】及び【0008】は,蒸留後に更に精製を行うことを一切記載していないのであるから,審決の上記認定は誤りである。
(ウ) なお,「後工程が予定されている」などの理由により,留出液を「中間生成物」と称するとしても,当該留出液は,前記アのとおり,麻酔薬として十分に利用可能なものであるから,これを麻酔薬組成物とすることを何ら妨げるものではない。
ウ 留出液に含まれる水の量について(ア) 被告らは,「洗浄においては,最後の工程として,水層を捨て,得られた有機層のみを次工程に供するというのが当業者の技術常識である(乙2,9,10参照)から,実施例1〜4における上記各洗浄は,明示の記載はないものの,各洗浄の最後の工程として,水層を取り除く工程を当然に含むものであると理解すべきである」,「洗浄の後,有機液体の蒸留を行う前に,乾燥剤で乾燥すること,すなわち,有機層に溶け込んでいる水分をあらかじめ除去しておくことも,当業者の技術常識であった(甲34,35,乙9,11,36の1〜36の4参照)」などとして,留出液が少なくとも0.015%以上の水を含むものであるとの審決の認定が誤りであると主張する。
(イ) しかしながら,引用例2には,洗浄の後,水を除去したとの記載は全くないし,むしろ,被告セントラル硝子が,引用発明1において,水溶液を加えて蒸留していることからすると,引用発明2においても,水の除去は行われていないと理解するのが自然である。
また,被告セントラル硝子は,水層を除去する場合には,そのことを明示的に記載している(甲33,乙8参照)のであるから,このことからも,引用発明2において,水の除去が行われていないことは明らかである。
なお,乙9は,平成18年発行の文献であるから,本件優先日当時の当業者の技術常識を示す証拠とすることはできない。
(2) 本件発明2及び3について審決は,「引用例2には,本件発明2,3の麻酔薬組成物の調製法・・・についても何ら記載するところがない」として,引用例2に本件発明2及び3が記載されているとはいえない旨判断した。
しかしながら,引用例2には,セボフルランを水で洗浄する工程が記載されている(段落【0009】〜【0012】)ところ,水で洗浄する工程は,水をセボフルランに添加するか,セボフルランを水に添加することによって達成されるものであるし,本件明細書の4頁8欄16〜21行の記載によれば,水を添加する時期は全く重要視されていないのであるから,結局,水を新たに付け加えるか,もともと水が入っているかということは,単なる設計変更にすぎず,何ら新規の技術的特徴を付与するものではない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
(3) 本件発明4について審決は,「引用例2には,・・・本件発明4のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法についても何ら記載するところがない」として,引用例2に本件発明4が記載されているとはいえない旨判断した。
しかしながら,上記(2)のとおり,引用例2には,一定量のセボフルランに対して水を添加する工程が記載されているところ,セボフルランの分解の防止は,セボフルランに水を添加した結果として達成される効果にすぎないから,仮に,本件発明4において,本件明細書に記載されているとおり,水がセボフルランの分解を防止するのであれば,引用発明2においても,セボフルランの分解が防止されることになる。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
3 取消事由3(進歩性の判断の誤り)(1) 本件発明1ないし3について審決は,「本来それだけで麻酔薬として利用可能な一定量のセボフルランに対して,従来不純物と認識されていた水を少なくとも0.015%(重量/重量)以上含ませ麻酔薬組成物とする本件発明1ないし3を(引用例3)の記載から導くことはできない」,「従来不純物と認識されていた水を,一定量のセボフルランと共に麻酔薬組成物の一成分とすることは,当業者に知られていなかっただけでなく,当業者の常識に反することであり,これを積極的に動機付けるものがない以上,単に麻酔薬中に不純物として含まれうる水の許容限度が知られていたというだけで本件発明1が容易に導かれるとはいえない」などとして,「(本件発明1ないし3)は,引用発明1又は2,及び引用発明3に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない」と判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 引用例3について(ア) 審決は,「引用例3の記載は,・・・不純物として含まれる水はむしろ少なければ少ないほどよいと当業者が理解するものであって,積極的にイソフルランに0.14%以下までの水を含ませ,それを麻酔薬に利用することを当業者に教示するものではない」と判断した。
(イ) しかしながら,0.14%との水分濃度は,イソフルラン中に水がほぼ飽和状態で存在している数値であるから,引用例3の記載は,イソフルランが「ほぼ飽和レベルまでの水を含んでもよい」旨教示しているのであって,「0.14%以下でなければ有害となる」旨教示するものではない。そして,イソフルランは,セボフルランと同様のフルオロエーテル系吸入麻酔薬であり,セボフルランが開発される前には最も広く用いられていた吸入麻酔薬であるから,引用例3の記載から,セボフルランにおける許容水分量に事実上上限がないこと,すなわち,セボフルランが0.015%程度の水を含み得ることは,当業者にとって明らかであったというべきである。
また,水は,人体に無害である上,セボフルランを吸入麻酔薬として使用する際に患者の呼気中の水蒸気と必然的に混ざることは,当然の周知事実であったのである(甲13参照)し,セボフルランに含まれる水の量が比較的多量であってもよいことは,被告ら自身が認めるところ(甲24参照)であるから,引用例3の記載から,当業者は,麻酔薬組成物に含まれる水が少なければ少ないほどよいと考えたのではなく,麻酔薬組成物中に水が存在しても問題はないと考えたといえる。
以上からすると,審決の上記判断は誤りである。
(ウ) 被告らは,「セボフルランに患者の呼気中の水蒸気が混入するとしても,当該水蒸気の量は,極めて微量のものである」として,「極めて微量」の水蒸気であれば問題としない旨主張するが,これは,「水は,麻酔薬に対して悪影響を及ぼす不純物であり,それが少なければ少ないほどよい」との被告らの主張と矛盾するものである。
イ セボフルランに水が含まれることに係る当業者の認識について(ア) 引用例3に係る文献と同一の文献(「合衆国薬局方 国定処方集」)の588頁,589頁,988頁及び989頁(甲39)には,エンフルラン及びメトキシフルラン(いずれも,セボフルランと同様に麻酔薬として用いられるフルオロエーテル化合物である(本件明細書1頁2欄11行〜2頁3欄7行等参照)。)についても,ほぼ飽和レベルまでの水(エンフルランにつき0.14%,メトキシフルランにつき0.1%)を含み得る旨記載されているのであり,引用例3の記載を併せ考慮すると,各種フルオロエーテル化合物がほぼ飽和レベル(約0.1%)までの水を含み得ることは,当業者にとって周知であったといえる(甲13参照)。
従来,セボフルランの製造の際に,水を用いて洗浄することが一般的であった(先行技術文献(引用例1,2及び4,甲13の「証拠2」,「証拠4」,「証拠6」及び「証拠7」)参照)ところ,水は,セボフルランと共沸混合物を形成するから,蒸留を行っても,すべての水を除去することはできない(なお,これらの先行技術文献には,蒸留後に残存する水を除去する工程が記載されていない。)。
また,セボフルラン(吸湿性の化合物である。)を保存する際又はセボフルランを気化器回路に通す際に,空気中の水蒸気がセボフルランに混入し,患者が実際に吸入する際のセボフルラン中の水の量を0%とすることが不可能であることも自明であった(甲13参照)ところ,混入した水による悪影響がないことは周知であり,水がセボフルランに含まれることは当然に許容されていたほか,当該水を除去する必要もないと考えられていた。
さらに,セボフルランの再循環において,セボフルランを水と接触させることが記載された甲40によれば,当業者は,セボフルランの使用時にセボフルラン中の水の量が増える工程を意図的に行っても問題がないと考えていたといえる。
現に,1993(平成5)年には,0.015%を超える水分量を有するセボフルラン麻酔薬製品が大量に製造されていた(甲17参照)のであるし,被告アボツトの製品規格(甲41)にも,セボフルランが0.1%までの水を含み得る旨明記されていたほか,丸石製薬の製品規格(甲17)においても,セボフルランが約0.13%相当の水を含み得ることとされていた。
したがって,本件優先日前から,当業者は,セボフルランが飽和レベルまでの水(0.015%を超える水)を含んでも問題はないと考えていたものであるから,0.015%の水をセボフルラン麻酔薬組成物に含めることについては,本件優先日当時の当業者にとって,何らの困難もなかったというべきである。
(イ) なお,何らかの物質に水を添加するという工程は,本件優先日当時の周知・慣用の技術であった。
(ウ) 被告らは,「甲17に記載された『0.015%を超える水分量を有するセボフルラン麻酔薬製品』とは,実際に販売された麻酔薬ではない」と主張するが,英国訴訟において,「0.015%以上の水を含有したセボフルラン麻酔薬が日本国内において販売されていた」旨の原告の主張に対し,丸石製薬の協力を得て反証を提出することをしなかったのであるから,被告らの上記主張は虚偽であるというべきである。
また,被告らは,「被告アボツト及び丸石製薬の製品規格は,製品が含有し得る最大限の水分量を規定したものであって,実際に販売された製品の水分量を示すものではない。現に,被告らは,水分量を100ppm未満とするよう務めていたものである」と主張するが,仮に,100ppm以上の水分が麻酔薬に悪影響を及ぼすのであれば,製品規格においても,水分量の上限を100ppm未満に設定し,それを超える量の水分を許容しないはずであるから,被告らの主張は矛盾しているといわざるを得ない。
ウ セボフルランに水を含ませることに係る阻害要因について(ア) 加水分解についてa 被告らは,「甲22の4の文献に接した当業者は,当然に,水によりセボフルランの加水分解が起こることを懸念した」と主張する。
しかしながら,甲22の4には,水の量が約99.85%である状態,すなわち,「ほとんど水」の状態での実験結果が記載されているのであり,これは,引用発明1のようにセボフルランの量が99.9%以上である状態(「ほとんどセボフルラン」の状態)において生じる反応とは異なるものである(甲13参照)。
すなわち,水中にセボフルランが存在する場合には,セボフルランのC-O-C-Fの構造が,多数の水分子から高頻度で攻撃を受けるが,セボフルラン中に水が存在する場合には,当該攻撃の頻度が極めて低くなる。また,前者の場合の媒体は極性の水であり,後者の場合の媒体は非極性のセボフルランであるから,前者の場合は,後者の場合に比して,圧倒的に反応速度が速い(なお,少なくとも飽和レベルまでの水を含むセボフルラン(「ほとんどセボフルラン」の状態に該当するもの)が安定していることは,引用例3の記載からも明らかである。)。
また,甲22の4の記載(「セボフルランが,ポリエチレン被覆したキャップをつけた褐色ガラス瓶中で45℃で1年以上安定であった」)によれば,セボフルランに水を加えても問題はなく,むしろ,安定であるといえる。
b なお,Cの供述書(甲58)には,「唯一の問題は,二層に分かれることを防止することのみである」と明記され,加水分解によりHF等の分解産物が発生することが問題であるとの指摘はない。
(イ) 100ppmを超える水の弊害について被告らは,「本件優先日当時の当業者は,最終的なセボフルラン麻酔薬組成物中に100ppmを超える水分が存在することが,医薬品としての品質に弊害をもたらすものと考えていた」と主張する。
しかしながら,甲25のとおり,被告アボツトは,100ppmを超える水分を含有するセボフルラン麻酔薬組成物を,医薬品としての品質に何ら問題がないとして販売していたものである(したがって,「1994年から1996年に被告アボツトが製品のリコールを受けるまで,被告セントラル硝子は,この製品を100ppm未満の水分量(そして多くの場合30ppmを超えない水分量)として被告アボツトへ供給していた」旨の甲22の1の記載は,虚偽である。)から,被告らの上記主張は失当である。
この点に関し,被告らは,「甲25に記載された71ロット中,水分量が100ppmを超えているのは,わずか2ロットのみであ(る)」と主張するが,そうすると,被告らが「医薬品としての品質に弊害をもたらす」と主張する欠陥品が,約35分の1の割合で存在していたことになり,それが事実であるとすれば,被告らは,医薬品メーカーとして失格であることはいうまでもない。したがって,「本件優先日当時の当業者は,最終的なセボフルラン麻酔薬組成物中に100ppmを超える水分が存在することが,医薬品としての品質に弊害をもたらすものと考えていた」との被告らの主張自体が虚偽であることは明らかである。
(ウ) 「水をセボフルランに添加することにき当業者が否定的であった」との被告らの主張について被告らは,「甲22の11(・Dの陳述書)によれば,本件優先日当時の当業者は,水をセボフルランに添加することについて,これを否定的に考えていたというべきである」と主張するが,甲22の11に記載されていることは,単なる推論にすぎないし,被告ら自身,「セボフルランが比較的多量の水を含んでいた場合でも気化器を使用することで,患者の吸入に用いることが可能である」と主張する(甲24)ところである。加えて,丸石製薬が,セボフルランに水を添加して麻酔薬として販売していた事実をも併せ考慮すると,本件優先日当時の当業者が「水をセボフルランに添加することについて,これを否定的に考えていた」ということはできない。
この点に関し,被告らは,甲24における被告らの主張につき,「本件発明1ないし3に係る麻酔薬組成物について説明するものであって,本件優先日当時の当業者の認識を示すものではない」と主張するが,甲24において言及された文献(引用文献1)は,1992(平成4)年〜1993(平成5)年の新薬を収載したものである(甲50参照)から,甲24は,丸石製薬が販売していたセボフルランについて説明するものであり,本件発明1ないし3に係る麻酔薬組成物について説明するものではない。
エ 本件発明1ないし3が奏する作用効果について審決は,「(本件発明1ないし3)は,セボフルランのルイス酸による分解が防止されるという上記引用例1ないし3の記載から当業者が予測し得ない効果を奏するものである」と判断した。
しかしながら,審決は,「麻酔薬組成物」であるか否かについては,製造時点における麻酔薬としての使用の可否を問題とするのみであるから,セボフルランのルイス酸による分解の防止は,製造後の保存の場面で初めて問題となるものであるところ,審決は,麻酔薬の保存の場面で問題となる上記作用効果を,本件発明1ないし3の構成要件として認定していない。そうすると,審決は,構成要件ではない上記作用効果を根拠に,本件発明1ないし3の進歩性を肯定したものであるから,審決の上記判断は誤りである。
(2) 本件発明4について審決は,「引用例1ないし3には,セボフルランがルイス酸により分解されること,及び水がそれを防止することも何ら記載がないのであるから,本件発明4にしてもこれらの証拠から当業者が容易に着想し得たということはできない」と判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 水によるルイス酸の抑制について本件優先日の4年前に頒布された甲31によれば,本件優先日当時,水がルイス酸の効果を不活性化し,又はルイス酸を分解することは,当業者に周知であった。
イ ルイス酸によるセボフルランの分解について特定のフルオロエーテルについて,1種類又は2種類以上のルイス酸が存在すると,HF等の潜在的に毒性を有する化学物質を含む幾つかの産物に分解することは,本件優先日当時の技術的課題であった(本件明細書1頁2欄10行以下の「発明の背景」参照)。
ウ 本件発明4についての容易想到性について上記ア及びイによれば,本件発明4が,本件優先日当時の当業者にとって想到容易であったことは明らかである。
(3) 取消事由1に係る主張について前記1において主張したとおり,本件各発明は,引用発明1に基づき新規性を有しないものであるが,仮に,本件各発明と引用発明1との間に相違点が存在するとしても,それは極めて軽微なものであるし,また,前記1において主張した周知技術に基づき本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものであるから,本件各発明が引用発明1に基づき進歩性を有しないとの主張として,前記1の取消事由1に係る主張を援用する。
4 取消事由4(引用発明4に基づく同一性の判断の誤り)(1) 本件発明1について審決は,引用例4に記載された粗セボフルランがそのまま麻酔薬として利用されるものではないとして,引用例4には本件発明1が記載されているとはいえない旨判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 引用例4には,セボフルラン中のビスフルオロメチルエーテルの濃度を1ppm以下に減少させることができると記載されている(段落【0013】)イ 引用例4には,他のポリエーテル類につき,通常適用される回収処理方法,すなわち,水洗浄,アルカリ洗浄,乾燥,蒸留等を施すことにより,実質的には製品中に残存しないのが通常であると記載されている(段落【0002】)ウ 引用例4には,セボフルランに飽和水分量程度の水を含有させることが記載されている(段落【0013】)エ 以上のとおり,引用例4には,ビスフルオロメチルエーテル以外の副生成物が実質的に残存しないようにし,ビスフルオロメチルエーテルの濃度を1ppm以下に減少させたセボフルランが含まれ,かつ,飽和水分量程度の水を含有した組成物が記載されているところ,当該組成物が,不純物等の点を考慮しても,麻酔薬として使用可能であることは明白であるから,引用例4には,本件発明1が記載されているといえる。
(2) 本件発明2ないし4について審決は,「引用例4には,本件発明2,3の麻酔薬組成物の調製法,本件発明4のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法についても何ら記載するところがない」として,引用例4には本件発明2ないし4が記載されているとはいえない旨判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 引用例4には,セボフルランを水の入ったトラップに通じて捕集する工程が記載されている(段落【0015】)。そして,当該工程は,セボフルランを水に添加することによって達成されるものであるところ,水をセボフルランに添加するか,セボフルランを水に添加するかという水の添加の順序に新規の技術的事項が何ら含まれていないことは明らかであるから,引用例4には,実質的に,水をセボフルランに添加する工程も記載されているといえる。
イ また,本件明細書(4頁8欄16〜21行)において,水を添加する時期が全く重要視されていないことにも照らせば,本件発明2及び3において,水を新たに付け加えるか,もともと水が入っているかということは,何ら新規の技術的特徴を付与するものではなく,したがって,本件発明2及び3は,単なる設計変更にすぎず,引用例4に記載された発明であることが明らかである。
ウ さらに,上記のとおり,引用例4には,一定量のセボフルランに対して水を添加することが記載されているところ,セボフルランの分解の防止は,セボフルランに水を添加した結果として達成される効果にすぎないから,仮に,本件発明4において,本件明細書に記載されているとおり,水がセボフルランの分解を防止するのであれば,引用発明4においても,セボフルランの分解が防止されることになる。
したがって,引用例4には,セボフルランの分解を防止する方法が記載されているといえる。
5 取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)(1) 水の量について審決は,「本件明細書の発明の詳細な説明は,保存条件に応じて含まれる水の量が決められることを当業者に明らかにしているのであるから,下限値として示された『0.015%(重量/重量)』は,あくまでルイス酸による分解を防止できる最小量の目安として示されているのであって,あらゆる条件下においてルイス酸による分解を防止できる量であると解すべきものではない」として,「甲9で水の量0.0187%のサンプルでセボフルランの分解がみられたとしても,当該サンプルでは単にルイス酸抑制剤である水が0.0187%では不足であったことが推定されるだけであって,このことにより本件各発明が当業者に実施しえないとすることはできない」と判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 「『少なくとも0.015%(重量/重量)』が『最小量の目安』である」との判断について(ア) 請求項1ないし4には,「少なくとも0.015%(重量/重量)」(以下「本件数値」ということがある。)が「最小量の目安」であるとの規定はなく,その他,請求項1ないし4に,本件数値が一定の緩い条件下における下限値であるとの規定はないし,本件明細書の発明の詳細な説明(以下,単に「発明の詳細な説明」というときは,本件明細書の1頁2欄4行〜3頁5欄3行及び同欄下から2行〜10頁20欄末行(第1図を除く。)までの記載を指す。)においても,本件数値が「最小量の目安」であることが実験データ等によって具体的に裏付けられているものではなく,むしろ,水以外のルイス酸抑制剤の分量について,「水のモル量に基づくモル当量を使用すべきである」との記載(4頁7欄下から7行)があり,量を考慮することが本件各発明の本質であることを前提としているのであるから,本件数値が「最小量の目安」であるとの審決の判断は誤りである。
この点に関し,被告らは,「本件数値は,水の量が109ppmと206ppmである場合の実験データに基づき,その中間値を採用したものであるから,実験データによって裏付けられている」と主張する。
しかしながら,本件数値そのものによって,セボフルランのルイス酸による分解が防止されるとの作用効果(以下「本件作用効果」ということがある。)が奏されたことは,発明の詳細な説明に何ら記載がないし,また,当業者にとって,被告らが主張する「中間値」であれば,なぜ本件作用効果を奏するのか全く明らかとはいえず,さらに,被告らが主張する206ppmは,発明の詳細な説明中の実施例4(以下,取消事由5に係る当事者双方の主張及び当裁判所の判断において,単に「実施例4」,「実施例」などというときは,発明の詳細な説明中の実施例を指す。)の表3に基づくものであるところ,同表によれば,206ppmの水を添加しても,セボフルランの分解が十分に抑制されていないから,当該「中間値」を算出する上限値とすることのできないものであり,加えて,被告らは,存在するルイス酸の量が少ないときは必要とされる水の量も少なくなり得ることを認め(甲21の10参照),水の量が本件数値を下回る場合に,本件作用効果が奏される場合があり得ることを自認しているのであるから,被告らの上記主張は失当である。
(イ) 被告らは,「発明の詳細な説明は,保存状態に応じて,含まれる水の量が決められることを当業者に対し明らかにしている」と主張する。
しかしながら,発明の詳細な説明は,どのような保存条件の場合に,どの程度の水を添加すれば,どの程度までセボフルランのルイス酸による分解が防止されるのかについて何ら具体的に開示するものではなく,「保存状態に応じて,含まれる水の量が決められることを当業者に対し明らかに」するものではない。また,被告らが187ppmの水が添加された例について「追加の水を必要とするかもしれない」と主張しながら,当該追加の水の量を示していないことや,後記のとおりの当業者の技術常識からみても,被告らの上記主張は失当である。
(ウ) 被告らは,「本件各発明においては,『最悪の場合のシナリオ』における実験を行い,これに基づき,本件数値を具体的に規定した」として,「当業者は,セボフルランが通常使用される環境下にある限り,本件数値の水を加えれば,安定した状態のセボフルランが実現されるものと容易に理解することができる」と主張する。
しかしながら,後記のとおり,本件優先日当時の当業者は,セボフルランのルイス酸による分解及びルイス酸抑制剤によるその防止についての知識を有しておらず,「最悪の場合のシナリオ」であれ,「セボフルランが通常使用される環境下」においてルイス酸による分解が起こり得る場合であれ,その内容を想定することはできないところ,発明の詳細な説明には,各実施例が「最悪の場合のシナリオ」であること,「最悪の場合のシナリオ」の内容,ルイス酸によるセボフルランの分解が生じ得るような「セボフルランが通常使用される環境」の内容等について,全く記載がない(「最悪の場合のシナリオ」という文言の記載さえない。)。したがって,本件優先日当時の当業者は,「最悪の場合のシナリオ」を基準として水の添加量を判断することなどできなかったというほかない。
イ 甲9に記載された実験結果について(ア) 甲9には,水の量が0.0187%のサンプルにおいてセボフルランの分解がみられたとの実験(以下「甲9実験」という。)の結果が記載されているところ,甲9には,甲9実験が,セボフルランの分解防止のために多量の水が必要となるであろうと理解することができる程度の厳しい条件下で行われた旨の記載はないから,当業者は,甲9実験があえて厳しい条件下で行われたものと理解することはできない。
他方,発明の詳細な説明には,甲9実験の条件よりも緩い条件が具体的にどのようなものであるかについての開示が一切ない。
以上からすると,本件各発明において本件数値により本件作用効果が奏されることと,甲9実験の結果とは,明らかに矛盾しているといえるから,発明の詳細な説明は,本件各発明を実施可能に開示していないというべきである。
(イ) なお,甲9には,51ppm,53ppm,90ppm又は104ppmの水しか添加していないのにセボフルランが分解されなかった結果が記載されている。
(ウ) 被告らは,「発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,当業者は,加熱のない常温下での保存,ルイス酸の少ない容器を用いた保存,短時間の保存といった保存条件下では,水の量が少なくても,セボフルランの分解を防止するのに有効であろうことを理解することができるのであり,そのような条件が,原告主張に係る『緩い条件』である」と主張するが,発明の詳細な説明には,そのような記載はないし,また,被告ら主張のように理解することが本件優先日当時の技術常識であるということもあり得ないから,当業者は,発明の詳細な説明に接しても,被告ら主張に係る「緩い条件」を理解することはできない。
実施例の記載について(ア) 発明の詳細な説明には,本件数値の水についての実施例が全く存在せず,かえって,実施例3の表2(6頁)によれば,少なくとも303ppmを超える濃度の水を用いなければ本件作用効果を十分に奏することができないことが明らかであり,6頁11欄下から9〜8行には,「少なくとも595ppmの水があれば充分にセボフルランの分解を抑制できることを示している」との記載がある。また,実施例5及び6にも,本件数値の水では本件作用効果を十分に奏しないことが記載されている(実施例6においては,約400ppmの水(添加)を含有する100mLのセボフルランであっても,669ppmもの総分解産物が生じている。)。
(イ) また,各実施例を,ルイス酸の種類・量の観点からみるに,実施例1は,唯一,ルイス酸の種類・量が明記されているものであるが,同実施例におけるルイス酸は,20mlのセボフルランに対して,10mg,20mg又は50mgの活性アルミナを加えるというものである。これは,ルイス酸の量がとてつもないレベルにあるものであり(甲69参照),当業者が日常接し得るものではない。そして,発明の詳細な説明には,実施例1におけるルイス酸を,実際のセボフルランの製造現場におけるルイス酸に置き換えるためのテストについて何ら開示していない。したがって,当業者は,実施例1の記載を参考にしても,本件各発明を実施することができないというべきである。
他方,実施例2〜7においては,いかなる強さのルイス酸が抑制の対象とされているのかすら記載がない。
なお,実施例2〜7においては,250mlのガラスボトルがフッ化水素酸による腐食及び加熱の双方によって活性化され,かつ,50℃という高温でセボフルランの分解実験を行っており,セボフルランが通常取り扱われる環境下においては考え難い状況下(「最悪の場合のシナリオ」)における実施例にすぎない。そして,実施例1の場合と同様,発明の詳細な説明には,実施例2〜7における実験条件を,実際のセボフルランの製造現場における条件に置き換えるためのテストについての開示もないから,当業者は,実施例2〜7の記載を参考にしても,本件各発明を実施することができない。
したがって,当業者が通常の環境下においてセボフルランを取り扱う場合を想定した実施例は,1件も存在しないというほかない。
エ 当業者の技術常識について(ア) 麻酔薬としてのセボフルランは,世界中で販売され,本件優先日までに日本国内において110万本が投与されるなどの使用実績のあった医薬品である(甲67参照)が,様々な種類のルイス酸がどこにでも存在し,セボフルランが,その製造から投与に至るまでのあらゆる段階において,ルイス酸にさらされている(甲22の5,22の6参照)にもかかわらず,また,実際に販売されたセボフルランの中には,わずか8ppmの水しか含まれていないものも存在した(甲22の8,甲70参照)にもかかわらず,セボフルランの分解が生じたとの報告事例は,本件優先日前,全世界において,1件しか知られていなかった(本件優先日後のものを加えても,合計2件のみである。)し,そのような事例を開示する文献は,一切存在しなかった。したがって,本件優先日当時の当業者は,セボフルランが,通常は,ルイス酸となり得る物質に対して極めて安定していると認識していたものである(甲68参照)。なお,当業者の当該認識は,化学的にも裏付けられているものである(甲53,54参照)。
(イ) また,上記(ア)によれば,本件優先日当時の当業者は,どのような種類・強さ・量のルイス酸が,どのような条件下でセボフルランに混入した場合に分解が生じるのかについての知識を全く有していなかったというべきであるし,また,当該当業者は,セボフルランに様々な量の水を添加してセボフルランの分解に係る実験を行い,その結果,セボフルランの分解が生じない場合があったとしても,それが,セボフルランが単に分解しなかっただけなのか,水がルイス酸の働きを抑制したためにセボフルランの分解が生じなかったのかを判別することはできず,まして,どれだけの量の水を加えれば,どの程度までルイス酸の働きが抑制されるのかを判断することなどおよそ不可能であったというほかない。
(ウ) さらに,発明の詳細な説明の記載(2頁4欄15〜18行)によれば,いったんセボフルランが分解されると,更に多量のルイス酸が露出するというのであるから,当業者は,いったんセボフルランの分解反応が生じた容器を検査しても,分解開始時に存在したルイス酸の量を知ることができない。
オ 適切な水の量の決定について(ア) 請求項1ないし4には,ルイス酸の種類を限定する規定がなく,また,発明の詳細な説明も,当業者が,セボフルランを取り扱う通常の環境下において,どのようにしてルイス酸の種類・量を知り,どのような保存条件の場合に,どの程度の水を添加すれば,どの程度までセボフルランのルイス酸による分解が防止されるのかについて判断する基準を全く開示しておらず(例えば,ルイス酸の種類につき,発明の詳細な説明には,「ルイス酸のソースはガラスの天然成分である酸化アルミニウムであり得る」との記載(2頁3欄21行〜4欄1行)があるのみであり,しかも,後記のとおり,(活性)酸化アルミニウムによるセボフルランの分解反応は,ルイス酸が関与して起こるものではない。),かえって,発明の詳細な説明には,本件各発明に係る麻酔薬の保存状態について予測することは困難であるにもかかわらず,「温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大することを示唆している」との記載(7頁13欄下から7〜5行)があるのであるから,当業者において,あらゆる種類・量のルイス酸につき,本件作用効果が奏されるような水の量を決定するためには,過度の試行錯誤(なお,甲69,70,72参照)を要することになることは明白である。したがって,水の量に係る本件数値は,本件優先日当時の当業者の技術常識を勘案したとしても,実施可能要件を満たしているとはいえない。
なお,発明の詳細な説明の4頁7欄40〜42行には,「本組成物に付加できる水の有効量は,約0.0150%w/wから約0.14%w/wであ(る)」との記載があるが,ここでいう「約0.0150%w/wから約0.14%w/w」との水の量は,いかなる種類・強さのルイス酸に関する数値であるのか,その記載上,全く明らかではない。
(イ) 被告らは,「本件各発明において問題となるルイス酸は,実際上,本件各発明において抑制の対象となるべきルイス酸,具体的には,セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等,セボフルランがさらされる環境下において存在し得るルイス酸であって,『あらゆる種類のルイス酸』ではない」と主張するが,発明の詳細な説明は,「セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等,セボフルランがさらされる環境下において存在し得るルイス酸」が何であるかにつき明確にしていないのであるから,本件各発明において問題となるルイス酸が被告ら主張のとおりであるとしても,依然,水の量に係る本件数値は,実施可能要件を満たさないものである(なお,被告らが挙げる酸化アルミニウム等は,ルイス酸の例示として列挙するものにすぎず,ルイス酸の具体的範囲を何ら限定列挙するものではないから,本件各発明において問題となるルイス酸の範囲は,依然,無限定のままである。また,被告らが主張する「クラーク数が大きな元素から成る成分」については,発明の詳細な説明の記載によって裏付けられているものではないし,「クラーク数」によりルイス酸を限定することが,本件優先日当時の技術常識であったということもできない。また,クラーク数(地球表層部の元素の平均存在度)とルイス酸(特に,医薬品の製造現場の環境におけるルイス酸)との論理的相関関係につき,被告らは,合理的な説明をしていない。)。
(2) ガラス容器以外の容器について審決は,「容器に存在するルイス酸の種類や量に応じて,含ませる水の量を決定すべきであることは当業者には明らかなことであるから,ガラス容器以外の保存容器であっても本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,ルイス酸抑制に必要な水の量を決めれば,本件各発明の効果が奏されることも当業者が容易に理解しうることである」と判断したが,以下のとおり,上記判断は誤りである。
ア 特許請求の範囲の記載について請求項1ないし4には,本件数値が規定されているのであるから,「本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,ルイス酸抑制に必要な水の量を決めれば(よい)」との審決の判断は,特許請求の範囲の記載に反するものであり,誤りである。
イ 分解防止のメカニズムについて(ア) 実施例には,ルイス酸として,ガラスの例の記載があるのみであるから,当業者が,水がすべてのルイス酸を抑制することができるか否かについて理解するためには,ルイス酸によるセボフルランの分解防止のメカニズム(以下「本件メカニズム」という。)から,当該ルイス酸の範囲を理解し,かつ,本件各発明の課題(ルイス酸によるセボフルランの分解を防止すること)を解決することができるものと認識し得ることを要する。
ところで,発明の詳細な説明中,本件メカニズムについて説明する部分は,2頁4欄19〜20行及び同欄の図(以下「2頁の図」という。)のみであり,そこには, (以下「Si-OH基」という。)が,表面に結合したルイス酸として機能することが説明されているにすぎない。
そして,実施例において使用された容器のうち,「タイプ?T」については,その内容が不明確に開示されているのみであり,果たしてSi-OH基が容器内に存在していたかは不明である。また,その内容が一部開示されている「タイプ?V」についても,「主に二酸化珪素,酸化カルシウム,酸化ナトリウム,及び酸化アルミニウムからなっている」との記載(4頁8欄下から8〜6行)があるだけであるところ,二酸化珪素,酸化カルシウム,酸化ナトリウム及び酸化アルミニウムは,いずれも,Si-OH基を有しない(仮に,二酸化珪素(SiO )の一部が変化して2Si-OH基を有することになると善解したとしても,それは,ガラス容器の場合にのみ当てはまることである。)。
なお,容器内壁以外の供給源(空気中等)に存在するルイス酸についても,発明の詳細な説明には,何らの記載もない。
そうすると,発明の詳細な説明においては,本件メカニズムの正当性が実証的に記載されていないといわざるを得ない。
以上のとおり,発明の詳細な説明には,容器の材質がガラスの場合についての実施例の記載しかないにもかかわらず,本件メカニズムについて説明する記載がないのであるから,本件各発明は,データによる裏付けを必要とする化学分野の発明として,当業者が実施可能な程度に開示されておらず,実施可能要件を満たしていないというべきである。
(イ) 被告らは,酸化アルミニウム及びSi-OH基がルイス酸である旨主張する。
しかしながら,通常の酸化アルミニウム(以下「アルミナ」ということがある。)は,これを酸熱処理した後に得られる活性アルミナと異なり,セボフルランに対してルイス酸として働くことはない(単なるアルミ缶にセボフルランを入れても,セボフルランが分解することはない。)。
また,Si-OH基は,その酸素原子に2つの孤立電子対があるのであるから,被告らの主張を前提にすれば,これは,ルイス酸ではなく,ルイス塩基である。したがって,仮に,Si-OH基がルイス酸としてセボフルランを分解するのであれば,ルイス酸であるかルイス塩基であるかは,単に,構造(空軌道の有無,孤立電子対の有無)のみによっては区別がつかず,実験してみなければ分からないということになり,結局,ルイス酸の特定はおよそ不可能ということになる。
(ウ) 被告らの主張(「『タイプ?V』が主としてソーダ石灰ガラスから成る」,「ソーダ石灰ガラスは,ソーダ(酸化ナトリウム),石灰(酸化カルシウム),珪酸(二酸化珪素)を主成分とする」)によれば,「タイプ?V」の主成分として酸化アルミニウムが含まれていないことになるが,これは,発明の詳細な説明の「タイプ?Vのガラスは主に二酸化珪素,酸化カルシウム,酸化ナトリウム,及び酸化アルミニウムからなっている」との記載(4頁8欄下から8〜6行)と矛盾する。
また,被告らの主張(「『タイプ?T』が主として硼珪酸ガラスから成(る)」,「硼珪酸ガラスは,ソーダ石灰ガラス中のCaO,SiO の一部をB O で置換223した形式のものであ(る)」)によれば,「タイプ?T」についても,酸化アルミニウムを主成分として含んでいないことになり,発明の詳細な説明には,「酸化アルミニウムは既知のルイス酸である。ガラスマトリックスは常態ではセボフルランに不活性である。しかし,特定の条件(無水,酸性)下では,ガラス表面が攻撃され,または変質し,セボフルランを酸化アルミニウム等の活性ルイス酸部位に晒すことがある」との記載(同欄下から6〜2行)があるにもかかわらず,実施例において使用された容器には,酸化アルミニウムが含まれていないことになる。
(エ) なお,実施例1において,セボフルランを分解する原因となったのは,おそらく,活性アルミナであると考えられる。
実施例2は,何が原因で分解が生じているのか,全く明らかでなく,また,再現を許さない実験である。
実施例3は,「119℃で3時間オートクレーブした」ということの外,何をしているのかさえ,全く明らかでなく,また,再現を許さない実験である。
実施例4は,何がルイス酸であったか,全く明らかでない。
実施例5は,再現を許さない実験である。
このように,各実施例は,セボフルランを分解したものが何であるか明確でなく,仮に,ルイス酸によるセボフルランの分解が起こったものであるとしても,それをどのように再現するのかが明らかでなく,この点からも,発明の詳細な説明の記載には,実施不能の不備があるといわざるを得ない。
(オ) 被告らは,「当業者であれば,空気中に含まれる主なルイス酸として,珪素,アルミニウム,鉄等のクラーク数が大きな元素から成る成分等を容易に想定することができ(る)」と主張するが,クラーク数に基づく被告らの主張に対する反論は,前記のとおりである。
ウ 活性酸化アルミニウムについて(ア) 活性酸化アルミニウムの存在下におけるフルオロエーテルの分解には,ルイス酸は関与せず,当該分解反応は,ルイス酸による分解反応とは独立した,完全に異なった反応メカニズムによるものである(甲32参照)。
したがって,活性化されたアルミニウム容器の場合のように,活性酸化アルミニウムによるセボフルランの分解反応は,ルイス酸を抑制することによって本件作用効果を奏する本件各発明においては,抑制することができない。
そうすると,発明の詳細な説明には,活性化されたアルミニウム容器のような場合について,本件各発明(特に,本件発明4)が実施可能な程度に開示されているとはいえない。
(イ) 被告らは,「実施例1においては,ルイス酸としての活性アルミナによってセボフルランを分解した結果,ルイス酸であるSi-OH基による分解の場合と同様,ヘキサフルオロイソプロピルアルコール等が分解産物として生じており,ルイス酸による分解が起こったことが確認されている」と主張するが,Si-OH基がルイス酸でないことは前記のとおりであるから,被告らの上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
エ 「容器に存在するルイス酸の種類や量」について審決は,「容器に存在するルイス酸の種類や量に応じて,含ませる水の量を決定すべきであることは当業者には明らかなことである」と判断するが,発明の詳細な説明には,「容器に存在するルイス酸の種類や量」を測定する方法や,それに応じて「含ませる水の量を決定」する方法についての記載はなく,前記(1)の本件優先日当時の当業者の技術常識にも照らせば,当業者が,「容器に存在するルイス酸の種類や量」を知ることができなかったことは明らかであり,したがって,「含ませる水の量」を算定することなどおよそ不可能であったというべきであるから,審決の上記判断は誤りである。
オ ガラス容器以外の容器に係る発明の詳細な説明の記載について被告らは,「発明の詳細な説明の4頁8欄10〜15行には,『容器』の素材として,『ガラス,プラスチック,スチール,または他の材料』との記載があり,ガラス以外の素材についても明記されている」と主張する。
しかしながら,発明の詳細な説明に種々の容器が記載されているからといって,これら容器の種類のみからでは,容器に存在するルイス酸の種類・量は不明なのであるから,被告らが主張する上記記載によっても,ガラス容器以外の容器について,本件各発明が実施可能な程度に開示されているということはできない。
被告らの反論の骨子
1 取消事由1(引用発明1に基づく新規性の判断の誤り)に対して(1) 本件発明1についてア 主留分に含有される不純物について(ア) 有機不純物についてa 原告は,「主留中の有機不純物の含有量は極めて少量であり,麻酔薬組成物として問題なく使用することのできる程度のものである」と主張する。
b(a) しかしながら,後記(イ)のとおり,主留分における無機不純物(HF等)の含有量は不明であるから,たとえGCにより測定した有機不純物の含有量が幾分少量であったとしても,当業者は,引用例1に,そのまま直ちに使用することのできる医薬品(組成物)が開示されているとは考えない。
(b) また,GCは,有機物純度を決定するための分析法として万能なものではなく,特定の条件下で分離・検出が不可能な有機物を測定することはできない。そのため,医薬品の規格としては,GCによる純度以外にも多くの項目が定められており(甲29,41参照),これらの項目をすべて満足しない限り,医薬品としては認められない。そして,これらは,当業者にとっての常識又は周知の事項であるから,GCによるデータ以外のデータが全く示されていない引用例1の記載に接した当業者は,引用例1に,そのまま直ちに使用することのできる医薬品(組成物)が開示されているとは考えない。
(c) 以上からすると,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 無機不純物についてa(a) 原告は,「セボフルランの製造段階において添加されたHFの一部は,出発材料の容器中に残留し得るが,リン酸水素二ナトリウム水溶液による中和反応によりフッ化ナトリウムとなるため,残留し得る当該HFが蒸留成分に混入することはない」と主張する。
(b) しかしながら,実施例2の記載によっても,どれだけの量のHFが添加され,残留しているのか不明であるところ,実施例2に記載されたリン酸水素二ナトリウムの濃度等から計算すると,リン酸水素二ナトリウムによって中和され得るHFの量は,最大でも0.0984gにすぎないから,仮に,添加されたリン酸水素二ナトリウムのすべてがHFの中和に使用されたとしても,0.0984gを超えるHFが存在する場合には,中和されない過剰なHFが残存することになる。そして,HFが,セボフルランの製造段階のみならず,セボフルランやその他の副生成物・不純物が分解されることによっても生じ得ることに照らせば,0.0984gを超えるHFが存在することは十分にあり得ることである。
また,リン酸水素二ナトリウムの一部は,当該副生成物・不純物とも反応し得るのであるから,添加されたリン酸水素二ナトリウムのすべてがHFの中和に使用されるものではない。
さらに,仮に,添加されたリン酸水素二ナトリウムの量が十分であったとしても,後記オのとおり,水とセボフルランは2層に分離するのであるから,水に溶解しているリン酸水素二ナトリウムが,セボフルランを含む有機物層から発生するHFと完全に接触して中和反応を生じるとの確証は全くない(むしろ,添加されたリン酸水素二ナトリウムのすべてが中和反応に使用されるとは限らないと考えるのが常識的である(甲21の10参照)。)。
原告は,「引用例1の記載(段落【0010】)によれば,使用するリン酸水素二ナトリウムの量に上限がなく,HFの中和に必要な十分な量のリン酸水素二ナトリウムを用い得ることは明らかである」と主張するが,本件発明1と引用発明1とは,その課題及びこれを解決する技術的思想を異にするものであるから,両発明の同一性の判断は,引用例1に記載された具体的な実施例において,たまたま本件発明1と同一といえる発明が記載されているか否かとの観点のみから判断されるべきであり,したがって,実施例2中に具体的に記載されていない段落【0010】の記載を参酌することは許されず,原告の上記主張は失当である。
(c) 原告は,「HFは水に非常に溶けやすく,セボフルラン等のエーテルにはわずかにしか溶けない」,「引用発明1においては,HFは水層に存在し,セボフルラン中にはほとんど存在しないから,セボフルラン中のHFが問題となるはずがない」などと主張するが,引用例1に記載された主留分は,セボフルラン層のみならず,水層も含めて一体として把握すべきであるから,セボフルランに溶けるHFのみを問題とするのは相当でない。また,HFは,セボフルラン層中に存在している飽和水分にも溶解するのであるから,セボフルラン層中のHFの量が問題となるのは当然のことである。
(d) よって,原告の上記(a)の主張は理由がない。
b 原告は,「HFが問題になり得るとしても,それは,いったん製造されたセボフルランの分解により発生し得るHFということになる」と主張する。
しかしながら,実施例2で用いられた蒸留前の粗セボフルランには,その純度に照らし,セボフルラン以外の副生成物・不純物が多量に含まれていることが明らかであるところ,これらの副生成物・不純物中には,熱に不安定で,蒸留中に分解してHFを生じる様々な物質(例えば,ビスフルオロメチルエーテル,ポリエーテル類)が含まれており(引用例4参照),蒸留中,これらの副生成物・不純物の分解によってもHFが発生し得る。そして,カラム中で発生したHFは,出発材料中のリン酸水素二ナトリウムと接触し得ないのであるから,当該HFが留出物中に混入し得ることは明らかである。
したがって,原告の上記主張は失当である。
c 原告は,化合物Aの濃度を根拠に,「HFの濃度は,1.11ppm未満となる」と主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,セボフルラン以外の副生成物・不純物に由来するHFの存在(上記b),その場合に化合物Aが生成されないこと(化合物Aは,セボフルランの脱フッ化水素酸反応によってのみ生成される。)を看過したものであり,失当である(したがって,化合物Aの量のみからHFの量を決定することはできない。)。
d 原告は,「被告セントラル硝子は,実施例2に係る詳細な実験データを有していると考えられるところ,被告らは,主留分に無機不純物が含まれていたとの立証を行わないのであるから,主留分には無機不純物が存在していなかったものと推認すべきである」と主張するが,引用発明1の目的(引用例1の段落【0001】)に照らせば,化合物Aの量を測定すれば十分であり,また,実際の製造工程においては,蒸留後にアルカリ洗浄を予定していたため,いずれにせよ,実施例2の実験において,HFの量を測定する必要はなく,したがって,被告セントラル硝子は,HFに関するデータを有していないのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
なお,原告は,「実験者の生命の危険を招来し得るHFの量を測定していないはずがない」とも主張するが,被告セントラル硝子は,定性的に相当量のHFが発生することを前提とした対策を講じた上で,全く危険なく実験を行ったものであり,HFの量を定量(測定)することまでしていなくても,何ら不自然なことではない。
e(a) 原告は,「セボフルランの製造方法に関する先行技術文献(引用例2,甲23,28,34,35参照)をみても,蒸留工程が最終工程とされており,その他,蒸留により得られた留出物中の無機不純物を除去することが必要である旨記載した文献は存在しない」と主張する。
(b) しかしながら,原告が引用する各文献において粗セボフルランの蒸留工程が「最後の工程」とされているからといって,実際の麻酔薬組成物としてのセボフルランの製造においても,粗セボフルランの蒸留工程が最終工程であることにはならない。現に,引用例1及び2に係る特許出願人であり,本件優先日前にセボフルランを商業的に製造していた唯一の企業である被告セントラル硝子は,引用例1及び2に記載された蒸留工程からは,更なる精製及び乾燥を必要とする中間体が得られるにすぎないと常に認識していたものである。また,原告が実際に行っているセボフルランの製造工程においても,粗セボフルランを蒸留する工程が最終工程とはされておらず,粗セボフルランを蒸留して得られたセボフルランを,更に,苛性ソーダと水で洗浄することが記載されている(乙2参照)。
さらに,原告が引用する各文献に記載された各「最後の工程」は,いずれも,実際の麻酔薬組成物としてのセボフルランを製造するための最終工程に相当するものでなく,当該「最後の工程」により得られたセボフルランは,医薬品グレードに達しているものではない。
(c) 原告は,上記「乾燥」に関し,「丸石製薬は,被告セントラル硝子が製造したセボフルランに更に水を添加していた」と主張するが,被告セントラル硝子は,最終製品たる医薬品グレードのセボフルランを製造しており(甲22の1参照),他方,丸石製薬は,専ら,小分け,ボトル詰め等の作業を行っていただけであって,水を添加していたものではない(乙23,27参照)。
(d) よって,原告の上記(a)の主張は理由がない。
f 新たな実験結果等について(a)i 原告は,主留中の有機不純物の量を根拠に,「分解等によって発生し得るHFの濃度は,最大でも5.5ppm程度となる」と主張する。
ii しかしながら,蒸留中にセボフルランの分解が起こると,主として,HFと化合物Aが生成され,セボフルラン以外の有機不純物の分解の場合には,種々の化合物と共に,多くの場合にはHFが生成されるところ,セボフルランとこれらの有機不純物とは,カラムで徐々に分離され,低沸点成分は初留に,高沸点成分は釜残にそれぞれ濃縮されて,高純度のセボフルランのみが主留分として採取されることになる。そして,この際,セボフルランは,水と共沸(様)組成物を形成するところ,水に溶けるHFはセボフルランと共沸する水分中に共存することとなるため,水と共に主留中に留出して,結果的に,セボフルランと混在することとなる。
したがって,分解によって発生した有機不純物は,蒸留工程の中でセボフルランと分離され,主留中にはほとんど混入しないのであるから,主留中の有機不純物の量と蒸留中に全体として発生するHFの量との間には,単純な相関関係は認められず,主留中の有機不純物の量から,発生するHFの量を推定することは実際上不可能である(乙25参照)。
そうすると,原告の上記主張は失当であるから,これを前提とするAの供述書(甲61)の記載は,その前提を欠くというべきである。
(b)i 原告は,「被告らが主張するHFの量は,被告らが主張する許容量の200倍以上に相当するものであるところ,・・・分解により発生したHFは,少なくとも数百ppmというとてつもない量であることになる」,「被告らの主張によれば,ガラスを溶かす毒がどの程度発生するか予想もつかない実験を実施していることになる」,「被告らの主張するHFの量が,セボフルラン層中に存在する量だけでも,人の安全に対する許容量の200倍以上であることにも照らせば,引用例1に記載された実験が危険極まりないものであることは論を待た(ない)」などと主張する。
ii しかしながら,被告らは,主留中のセボフルラン層に含まれ得るHFの量が0.0984g(原告の上記主張の「200倍」に相当する量)以上であると主張しているのではなく,蒸留釜中に当該量のHFが存在することは十分あり得ると主張しているのであるから,原告の上記主張は,被告らの主張を正解しないものとして失当である。
また,化学実験に精通している当業者が,実験中に発生するガスを吸入することなど,通常はあり得ない(被告セントラル硝子は,たとえ100%のHFであっても安全に取り扱う技術を有している。)し,後記 iii の推計HF濃度(0.14%)程度であれば,化学的には希薄なものであって,当業者にとって,「危険極まりない」というほどのものではないし,その程度の濃度のHFがガラスを溶かして容器を破損するなどということもない。
iii なお,蒸留中にセボフルランと共沸する水分及び蒸留後に得られたセボフルラン中の飽和水分を考慮して,No.1の主留(約2%の水層(上層)と約98%の水飽和セボフルラン層(下層。0.14%の水を含有する。)とに分離している(乙12参照)。)における水飽和セボフルラン層のHF濃度が許容値2ppmとなるのに要するHFの量を推計すると,0.00035gとなり,便宜上,水飽和セボフルラン層において,HFがすべて0.14%の飽和水に溶けていると仮定すると,飽和水中のHF濃度は,0.143%となる,他方,水層にも同程度の濃度でHFが分配されていると仮定すると,水層に含まれるHFの量は,0.0051gとなり,結局,No.1の主留における水飽和セボフルラン層のHF濃度が許容値2ppmとなるのに要するHFの量は,水層分を含めたとしても,0.00545gにすぎない(これをモル数に換算すると,蒸留に供したセボフルランの0.024%に相当する。なお,No.2の主留について同様の計算をすると,0.025%となる。)。
g HF以外の無機不純物について主留中に無機不純物が含まれる場合,それは,主として,液体又は水若しくはセボフルランに可容な気体の化合物であるところ,そのような性質を有し,かつ,GCにより検出されないものとしては,HF以外にも,その他のハロゲン化水素,硫黄化合物,窒素化合物等,多くのものを挙げることができる。これらの無機化合物は,セボフルランの製造方法によって,蒸留原料に含まれたり,蒸留中に発生したりし,したがって,これらの無機化合物が主留中に存在することも十分にあり得ることである。例えば,セボフルランの製造過程で発生し得る塩化水素や硫黄酸化物は,水に溶ける気体であるから,セボフルランと水の共沸に伴い,主留中に混入し得る。
なお,HF以外の無機不純物を除去する工程としては,希水酸化ナトリウム水溶液による洗浄工程及び水洗工程(乙8の「2.製造工程」に記載されている工程のうちの粗セボフルランの蒸留後に行うもの)が挙げられる。
イ 主留分が中間生成物であるとの認定について(ア) 原告は,「段落【0003】の工程は,蒸留により得られた主留分に対して更に行うものではない」と主張する。
(イ) しかしながら,引用例1の段落【0003】は,各工程を単に列挙するのみであり,同段落に記載された順序(原告が主張する順序)で各工程が行われるとの記載はないし,実施例2にも,単に「フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルの蒸留を行った」と記載されているだけであって,その前に段落【0003】の工程が行われたのか否かについては,何の記載もない。したがって,引用例1には,段落【0003】の工程を,いつ,どのような順序で行うのかについて,何らの記載もないというべきである。
また,引用例2の実施例1の記載は,単なる一例にすぎないし,そのことが,蒸留後に更なる精製工程が不要であることを意味するものではない。現に,被告セントラル硝子は,粗セボフルランの蒸留後に,アルカリ洗浄によりHFの除去を行っているところである(甲22の1参照)し,原告も,粗セボフルランの蒸留後に,苛性ソーダ(アルカリの一種)と水による洗浄を行っている。
さらに,甲29は,日本薬局方を解説した書籍にすぎず,日本薬局方(乙3)には,イソフルランの製造方法に関する記載は全くない。かえって,実際のイソフルランの製造においては,粗イソフルランの蒸留後に水洗浄や乾燥を行うことによって初めて,純粋なイソフルランが得られるということが知られていたものである(乙4参照)。
この点に関し,原告は,「乙4には,乾燥したイソフルランを得るために『乾燥』が必要であると記載されているにすぎず,医薬品として使用するために『乾燥』が必須であるなどと記載されているものではない」と主張するが,乙4には,「イソフルランを蒸留し,乾燥後,実質的に純粋なイソフルランを得る」と明記されている。
以上からすると,原告の上記(ア)の主張は理由がない。
ウ Bの証言について(ア) 原告は,「Bは,実施例2のNo.1の主留が『販売可能な物』,すなわち,医薬品グレードの物であることを認める旨の証言をするとともに,甲2の表2に記載された主留から生産されるであろう飽和セボフルランと,本件米国特許に係る実施例2に記載された飽和セボフルランとの同一性を認める旨の証言をした」と主張する。
しかしながら,甲14に乙5も併せてBの証言内容を読めば,Bは,専らGC純度の点から,実施例2のNo.1の主留が「販売可能な物」であると証言したものであり,また,専ら水分量の点から,本件米国特許に記載された水飽和のセボフルランと,甲2を再現した場合に得られる水飽和のセボフルランとの間に違いはない旨証言したにすぎないから,原告の上記主張は,同教授の証言内容を正解しないものとして失当である。
(イ) なお,引用発明1に係る発明者の1人であるEは,米国訴訟において,医薬品として用いるセボフルランを得るためには,甲2に記載された精製工程だけではなく,その他の精製工程が必要である旨証言している(乙6)ところである。
エ イソフルランが麻酔薬(組成物)として使用される場合の基準について(ア) 原告は,「甲29(日本薬局方C-441)によれば,イソフルランについては,GCによって定量したときに99.0〜101.0%のイソフルランを含むことで,医薬品として十分に合格レベルの純度を有しているとされている」と主張する。
しかしながら,上記基準は,GCによる有機物純度の基準にすぎず,当該基準を満たせば医薬品として十分であるということではない。現に,甲29に純度試験として挙げられた6つの項目のうち,GCによる測定が可能なものは類縁物質のみであり,他の5つの項目については,他の測定方法によって確認することとされている。
(イ) また,原告は,「引用発明1においては,(甲29の)基準に従い,麻酔薬としてそのまま使用することのできるレベルである99.0%以上の純度に達した時点で初留から主留に切り替えられている」と主張するが,99%は,通常の精製において,ある程度の精製ができていることを示す1つの目安であり(多くの試薬が99%を1つの目安としている。),引用発明1においても,これを指標としたにすぎない。
オ 主留分が2層に分離したものであることについて主留分は,単に,150ppm以上の水を含んだ均一なセボフルラン組成物ではなく,当該セボフルラン組成物の上に水の層が乗って2層に分離しているものである(甲21の2参照)。そうすると,主留分は,その両層の間に界面を視認することができるものであり,また,振り混ぜると乳濁するものである。
ここで,医薬品製造承認申請書(甲33)には,規格の1つとして,セボフルランの性状が「無色燈明の流動しやすい液」であることが明記されている(なお,「燈明」とは,広辞苑(乙1)によれば,「すみきっていること」を意味する。)ところ,上記のとおり2層に分離してその界面を視認することができ,振り混ぜると乳濁する主留分は,「無色燈明の流動しやすい液」には該当せず,そのまま直ちに医薬品として利用可能なものとはいえない。
したがって,この点からも,主留分が麻酔薬であるとはいえないとした審決の認定に誤りはないということができる。
カ 「主留分が中間生成物であったと仮定した場合について」との原告の主張について(ア) 原告は,実施例2に記載された主留分につき,引用例1の段落【0003】の記載を併せ読むことにより,「引用例1には,同段落記載の工程を経た麻酔薬,すなわち,水とセボフルランを含む麻酔薬組成物が開示されている」と主張する。
(イ) しかしながら,本件発明1と引用発明1とは,その課題及びこれを解決する技術的思想を異にするものであるから,両発明の同一性の判断は,引用例1に記載された具体的な実施例において,たまたま本件発明1と同一といえる発明が記載されているか否かとの観点のみから判断されるべきである。したがって,実施例2中に具体的に記載されていない段落【0003】の一般的記載を併せ読むことは許されないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
また,セボフルランをアルカリ洗浄し,又は水洗浄する際には,洗浄工程の最後の操作として水層を取り除き,乾燥剤を使ってセボフルラン層を乾燥するのが当業者の技術常識であるから,段落【0003】に記載された工程を経て得られるのは,乾燥剤によって乾燥された水分量の極めて少ないセボフルランにすぎず,仮に,実施例2の記載と段落【0003】の記載とを併せ読んだとしても,引用例1に,少なくとも150ppmの水を含む医薬品グレードのセボフルランが具体的に記載されているといえないことは明らかである。
さらに,仮に,乾燥を行うか否かが任意の操作であったとしても,乾燥を行ったか否かが特定されない以上,得られるセボフルラン中の水分量を特定することができないから,やはり,引用例1に,少なくとも150ppmの水を含む医薬品グレードのセボフルランが具体的に記載されているということはできない。
(ウ) 原告は,「Cが英国訴訟において提出した供述書(甲58)によれば,精製工程を経たセボフルランについては,特段の問題が見出されない限り,脱水工程を行わないことが,本件優先日当時の当業者の技術常識であったこと及び当該特段の問題は存在しなかったことが明らかである」と主張する。
しかしながら,Cの供述書には,「(引用例1に対応する)精製法特許・・・の情報は・・・セボフルランは水分存在下で安定であること・・・を示唆している」との記載があるところ,引用発明1において,水は,蒸留前の粗セボフルランに対して加えられており,また,蒸留の結果として,水を含むセボフルランが一時的に得られているだけであるから,そのことのみをもって,長期間の保存に際しても,セボフルランが水分の存在下で安定であるなどとはいえない。
また,Cの供述書の記載は,同博士が,「水を除去すべき」とする先行文献を読んだことがないことを前提としているところ,本件優先日前において,水によるセボフルランの分解の可能性が示唆されていた(例えば,甲22の4等)のであるから,同供述書の記載は,その前提において誤りがある。
したがって,Cの供述書の記載を採用することはできないというべきである。
(エ) 原告は,「被告セントラル硝子は,本件優先日の10年以上も前である昭和61年に,飽和水分量までの水が何ら問題ないとして,医薬品製造承認申請(乙8)をしている」と主張する。
しかしながら,一般に,医薬品製造承認申請書には,製造者が実際に管理しようとする目標数値の範囲をそのまま記載するのではなく,これを超えて,製品が医薬品として販売可能である範囲まで広く記載するものであるところ,乙8においても,セボフルランの常温での飽和水分量(2層分離が常温で起こらない上限である。)を目安として記載したものであるから,乙8の記載をもって,被告セントラル硝子が「飽和水分量までの水が何ら問題がない」と認識していたとはいえない(現に,被告セントラル硝子は,実際の水分量の管理として,100ppm未満を遵守していた(乙24参照)。)。
(オ) 原告は,「本件優先日当時の当業者は,吸入麻酔薬において,水,すなわち,水蒸気自身が有害であるとは考えていなかったし,先行文献の調査や,イソフルラン等の薬事基準により,水が妨げにならないとの知見を有していた」と主張する。
しかしながら,当業者であれば,水によるセボフルランの分解の可能性が記載された甲22の4に接するのが当然であるから,これに接した当業者が,「水は除去すべきである。したがって,脱水工程が必須である」と考えたことも,当然であるといえる。
また,Aが英国訴訟において提出した供述書(乙22)によれば,1998年に原告に買収されたオメダ社は,本件特許に係る国際公開日(1998(平成10)年7月30日)前の1997(平成9)年当時,コストをかけてまで脱水を行っていたものであるが,これは,当時,オメダ社が,水がセボフルランにとって問題であるとの結論に達したから行ったものであるといえる。
さらに,本件優先日当時の当業者は,セボフルランが,イソフルラン等と比べて,水の存在下においてより不安定であると考えていた(甲22の11参照)。
加えて,セボフルランは,寒冷地においても使用されるところ,セボフルランの水に対する飽和溶解度は,18℃では1275ppmであるのに対し,-1℃では646ppmにまで低下してしまうのであるから,当業者は,低温下において2層分離が生じないよう,蒸留後の脱水が必須であると考えていた(これは,現在においても同様である。)。
なお,本件優先日当時の当業者は,「水が存在すると,セボフルランが加水分解され,有害なHFが生じる」との懸念を有していたのであるから,当該当業者は,間接的には,水を有害な不純物として認識していたものである。
以上によれば,本件優先日当時の当業者は,水がセボフルランにとって問題であり,脱水が必要であると考えていたといえるから,原告の上記主張は理由がない。
(カ) 原告は,「引用例1の段落【0003】には,脱水工程の記載は一切ない」と主張するが,アルカリ洗浄や水洗浄等の洗浄工程の最終操作として,水層を取り除き,乾燥剤を使って乾燥することが当業者の技術常識であったのであるから,当該技術常識に照らせば,段落【0003】に記載された「洗浄工程」には,洗浄後に乾燥して脱水することも実質的に含まれるものである。
(キ) 原告は,「引用例1が開示する蒸留法による薬学的に受容可能なセボフルランの調製においては,どのような調製をしたとしても,その調製過程におけるセボフルランは,請求項1の範囲内にある組成物である段階を通過することが避けられない」と主張する。
しかしながら,たとえ,主留分をアルカリ洗浄し,又は水洗浄することによって,「HFを除去し,かつ,水で飽和されたセボフルラン」との段階をいったん通過するとしても,上記のとおり,その後,速やかに乾燥剤を使って乾燥することが当業者の技術常識であったのであるから,当該乾燥前の「HFを除去し,かつ,水で飽和されたセボフルラン」は,あくまで,一連の精製工程の中途段階において,一時的・過渡的に生成される物にすぎないところ,このような精製工程の中途段階において一時的・過渡的に生成された物が,偶発的に物質として同一であり得たとしても,これをもって,引用例1に,麻酔薬という独立した特定の用途を規定した組成物としての具体的な開示があるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
キ 審決の判断遺脱について原告は,「『動物実験用であるか否かという以前に,引用例1に記載された主留分は麻酔薬製造のための中間生成物というべきものであって,麻酔薬と解しえないのは上述のとおりである』との審決の判断が,本件発明1の麻酔薬組成物が動物用のものを含むか否か,含むとして,その成分が主留分と異なるか否か,主留分が中間生成物であるか否かについての認定・判断を遺脱してされたものであり,誤りである」と主張する。
しかしながら,審決は,主留分の成分・内容を吟味して,これを不純物の除去が必要な中間生成物であると認定した上,そのような中間生成物たる主留分は,人間用であるか,動物用であるかのいかんを問わず,「麻酔薬と解しえない」と判断したものであるから,審決の上記判断に原告主張の誤りはない。
なお,動物用の麻酔薬であっても,人間用のものよりも毒性に関連する基準等を緩和することは通常あり得ない(特に,HFについては,そうである。)。現に,動物用の麻酔薬の医薬品製造承認(乙40)においても,HF濃度は,人間用のものと同様,2ppm以下とされている。
(2) 本件発明2及び3についてア 水を新たに付け加える(添加する)ことについて(ア) 原告は,「水を新たに付け加えるか,もともと水が入っているかということは,設計事項にすぎ(ない)」と主張するが,本件発明2及び3は,物(「水を含む麻酔薬組成物」)を生産する方法の発明であるところ,水は,セボフルランと並んで当該組成物の主要成分の1つであるから,水を添加する工程を規定しなければ,「水を含む麻酔薬組成物」の製法発明としては成立し得ず,したがって,水を添加する工程は,本件発明2及び3における重要な工程の1つであり,設計事項でないことは明らかである。
(イ) なお,原告が引用する本件明細書の4頁8欄28〜29行の記載は,水を加える段階について,これを適切に選択することを示すものにすぎず,水を加える工程自体が設計事項であるとするものではない。
イ 引用例1の開示内容について(ア) 原告は,「引用例1には,一定量のセボフルランに対して水を,又は水に対して一定量のセボフルランをそれぞれ『添加する』ことが開示されている」と主張するが,本件発明2及び3における「セボフルラン」は,医薬品グレードのセボフルランを意味するものであるところ,実施例2においては,粗セボフルラン(純度92.129%又は89.299%)に水溶液を添加しているだけであるから,引用例1に,医薬品グレードのセボフルランに対して水を,又は水に対して医薬品グレードのセボフルランをそれぞれ添加することは開示されていない。
(イ) 原告は,「セボフルランという化学物質(フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル)が医薬品グレードであるかということは,そもそも問題となるはずがない」と主張するが,「麻酔薬組成物」が医薬品グレードのものである以上,それを構成するセボフルランも医薬品グレードのものであることは当然であり,少なくとも,実施例2に記載された粗セボフルランが本件発明2及び3における「セボフルラン」に該当しないことは明らかである。
したがって,仮に,原告が主張するとおり,本件発明2及び3における「セボフルラン」が化学物質を意味するものであるとしても,粗セボフルランがこれに該当しない以上,引用例1に,「セボフルラン」に対して水を,又は水に対して「セボフルラン」をそれぞれ添加することが開示されていないことに変わりはない。
また,原告は,「HFは,アルカリ洗浄により除去することができるものであるから,セボフルラン自体が医薬品グレードである必要は全くない」と主張するが,最終的に得られる「麻酔薬組成物」を構成するセボフルランが医薬品グレードである必要があるのは,「麻酔薬組成物」との語から当然である。
(3) 本件発明4について原告は,引用例1に,一定量のセボフルランに対して水を添加する工程が開示されていることを前提に,「本件発明4は,引用例1に記載された発明とはいえない」との審決の判断が誤りである旨主張するが,引用例1に,一定量のセボフルランに対して水を添加する工程が開示されていないことは,上記(2)のとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
2 取消事由2(引用発明2に基づく新規性の判断の誤り)に対して(1) 本件発明1についてア 「高純度のフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテル」が得られたことについて(ア) 原告は,「セボフルラン化合物による麻酔薬の製造においては,医薬品グレードの麻酔薬組成物を得るという意味で,蒸留が最終工程となることが技術常識であった」と主張するが,前記1のとおり,粗セボフルランの蒸留によっては,その過程でセボフルランや他の副生成物・不純物が分解し,HF等が発生するおそれがあるため,そのままでは麻酔薬組成物としては適さない中間体が得られるにすぎないと考えるのが当業者の技術常識であったものである。
(イ) また,原告は,引用発明2において「高純度のフルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルが得られた」,「留出液の純度は,99.99%である」などと主張するが,引用発明2においては,純度をGCのみによって測定している(引用例2の段落【0008】)ことからみて,ここでいう「高純度」とは,あくまでも有機不純物に関する純度にすぎず,HF等の無機不純物に関する純度は不明である。
この点に関し,原告は,「HFの量を測定しないということはあり得ない」と主張するが,粗セボフルランの蒸留中にHFが発生し得ることを認識していても,HFの量を定量することまでが必要となるわけではないことは,前記1のとおりである。
(ウ) さらに,原告は,引用例2の段落【0013】の「吸入麻酔薬として使用される」との記載を挙げるが,当該記載は,引用発明2によって得られるセボフルランの用途を示したものではあるものの,留出液がそのまま直ちに医薬品として使用することができることまでを意図したものではない。
(エ) なお,引用発明2においては,蒸留中におけるHFの発生につき,引用発明1と同様の問題(前記1)があることに加え,引用例1が開示する蒸留中の化合物Aの生成を抑制する手段が施されていないため,引用発明1の場合よりも更に,化合物Aの発生に伴う多量のHFが発生し得るのであるから,留出液中のHFは,引用例1に記載された主留中のHFよりも多量である可能性が高い。
この点に関し,原告は,「引用例2には,吸入麻酔薬として使用されるものを製造することが明記されているのであるから,HFが発生したものが記載されているというのは不自然である」と主張するが,上記のとおり,「吸入麻酔薬として使用される」との引用例2の記載は,セボフルランの用途を示すものにすぎないし,また,引用発明1及び2のいずれにおいても,蒸留中に発生するHFは,発明の目的と直接関係せず,念頭に置かれていなかったため,蒸留中のHFの発生の問題は,引用発明1及び2のいずれにおいても完全に克服されていたわけではないから,「HFが発生したものが記載されているというのは不自然である」ということはできない。
また,原告は,「引用発明1において施した手段を引用発明2においても施していた蓋然性が高い」と主張するが,これは,引用例2に化合物Aを抑制する手段の記載がないことを看過した憶測に基づく主張である。
(オ) 原告は,「被告セントラル硝子は,無機不純物に関するデータを容易に提出することができるにもかかわらず,被告らは,これを提出しないのであるから,留出液には無機不純物が含まれていないとの実験データが得られたものと推認するのが相当である」と主張するが,引用発明2の目的(引用例2の段落【0003】)に照らせば,副生フッ素化エーテルの量を測定すれば十分であり,また,実際の製造工程においては,蒸留後にアルカリ洗浄を予定していたため,いずれにせよ,HFの量を測定する必要はなく,したがって,被告セントラル硝子は,HFに関するデータを有していないのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
イ 留出液が中間生成物であるとの認定について(ア) 原告は,「引用例2の【請求項1】並びに段落【0003】,【0004】及び【0008】は,蒸留後に更に精製を行うことを一切記載していない」として,「引用例2の【請求項1】,段落番号【0003】,【0004】,【0008】の記載からすれば,この留出液も,・・・その後に不純物の同定や含有量の分析を行い,その結果に応じてさらに不純物の除去処理を必要とする,麻酔薬製造のための中間生成物であるというべきである」との審決の認定が誤りであると主張する。
しかしながら,「蒸留後に更に精製を行う」との記載がないからといって,当該蒸留がセボフルラン製造の最終工程とはいえないこと,引用例2の【請求項1】等の各工程が蒸留前の処理工程であると記載されているからといって,蒸留後にこれらの工程を行うことを妨げるものではないこと,現に,被告セントラル硝子は,蒸留後にアルカリ洗浄を行うことにより,HFの除去を行い,原告も,蒸留後にアルカリの一種である苛性ソーダと水とで洗浄を行っていることは,いずれも,前記1のとおりである。
また,実施例1〜4に記載された手順は,異なる酸による効果の差を明確にするため,手順等を統一したものであって,これらの実施例に記載された手順が,セボフルラン製造における常識的なものであるわけではない。
以上からすると,引用例2に記載された蒸留がセボフルラン製造の最終工程であるとはいえないから,原告の上記主張は失当である。
(イ) 原告は,「『後工程が予定されている』などの理由により,留出液を『中間生成物』と称するとしても,当該留出液は,麻酔薬として十分に利用可能なものであるから,これを麻酔薬組成物とすることを何ら妨げるものではない」と主張するが,留出液が麻酔薬として利用可能なものでないことは,前記アのとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
ウ 留出液に含まれる水の量について原告は,留出液が少なくとも0.015%以上の水を含むものであるとの審決の認定を当然の前提としているが,以下のとおり,この前提は誤りであるから,この点からも,引用例2に本件発明1が記載されているとはいえない。
(ア) 引用例2には,留出液に含まれる水の量について何らの記載もない。
(イ) 実施例1〜4においては,引用例1の実施例2の場合とは異なり,粗セボフルランを10%NaOH水溶液5g,次いで,水10gでそれぞれ洗浄したものを蒸留している(引用例2の段落【0009】〜【0012】)ところ,洗浄においては,最後の工程として,水層を捨て,得られた有機層のみを次工程に供するというのが当業者の技術常識である(乙2,9,10参照)から,実施例1〜4における上記各洗浄は,明示の記載はないものの,各洗浄の最後の工程として,水層を取り除く工程を当然に含むものであると理解すべきである。そうすると,実施例1〜4において蒸留されたものは,セボフルランの飽和水分量(約0.14%)程度の水しか含まない粗セボフルランであるということになる。
そして,その程度の水しか含まない粗セボフルランを蒸留した場合,セボフルランと水との共沸物の組成(乙12)等から計算すると,留出液に含まれる水の量は,0.015%未満であった蓋然性が高い。
加えて,洗浄の後,有機液体の蒸留を行う前に,乾燥剤で乾燥すること,すなわち,有機層に溶け込んでいる水分をあらかじめ除去しておくことも,当業者の技術常識であった(甲34,35,乙9,11,36の1〜36の4参照)から,実施例1〜4において乾燥を行ったとすれば,留出液に含まれる水分量は,更に少なくなる(なお,当該乾燥を行うことが当業者の技術常識であったことは,前記1において主張したとおりである。)。
(ウ) 原告は,「被告セントラル硝子が,引用発明1において,水溶液を加えて蒸留していることからすると,引用発明2においても,水の除去は行われていないと理解するのが自然である」と主張するが,引用発明1における水溶液の添加と,引用発明2における洗浄とは,その技術的意義を異にする操作であるから,引用発明1において水を除去していないからといって,引用発明2においても水を除去していないということにはならない。
原告は,「被告セントラル硝子は,水層を除去する場合には,そのことを明示的に記載している(甲33,乙8参照)のであるから,このことからも,引用発明2において,水の除去が行われていないことは明らかである」と主張するが,甲33及び乙8は,医薬品製造承認申請書であり,製造の全工程を記載する必要があるものであるのに対し,引用例2は,特許明細書であって,必ずしも,最終製品に至るまでの全工程が開示されているものではないから,前者と後者を同列に論じることはできない。
原告は,「乙9は,平成18年発行の文献であるから,本件優先日当時の当業者の技術常識を示す証拠とすることはできない」と主張するが,乙9は,その記載内容(乙35)に照らし,本件優先日当時の技術常識を示す文献であるといえる。
(2) 本件発明2及び3について原告は,「引用例2には,セボフルランを水で洗浄する工程が記載されているところ,水で洗浄する工程は,水をセボフルランに添加するか,セボフルランを水に添加することによって達成されるものである」と主張するが,本件発明2及び3における「セボフルラン」は,医薬品グレードのセボフルランを意味するものであるところ,引用発明2においては,蒸留前の粗セボフルランを水で洗浄しているだけであるから,引用例2に,医薬品グレードのセボフルランに対して水を,又は水に対して医薬品グレードのセボフルランをそれぞれ添加することは記載されていない。
(3) 本件発明4について原告は,引用例2に,一定量のセボフルランに対して水を添加する工程が記載されていることを前提に,引用例2に本件発明4が記載されているとはいえない旨の審決の判断が誤りである旨主張するが,引用例2に,一定量のセボフルランに対して水を添加する工程が記載されていないことは,上記(2)のとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
3 取消事由3(進歩性の判断の誤り)に対して(1) 本件発明1ないし3についてア 引用例3について(ア) 原告は,「引用例3の記載から,当業者は,麻酔薬組成物に含まれる水が少なければ少ないほどよいと考えたのではな(い)」として,「引用例3の記載は,・・・不純物として含まれる水はむしろ少なければ少ないほどよいと当業者が理解するものであって,積極的にイソフルランに0.14%以下までの水を含ませ,それを麻酔薬に利用することを当業者に教示するものではない」との審決の判断が誤りであると主張する。
しかしながら,引用例3において,水は,イソフルランに対する不純物としてのみ認識されているところ,不純物の量が少なければ少ないほどよいことは,当業者の一般的な技術常識であるから,審決の上記判断に誤りはない。
また,仮に,引用例3の記載が,イソフルランにつき,ほぼ飽和レベルまでの水を含んでもよい旨教示しているとしても,セボフルランは,-OCH Fの構造を2有しているため,イソフルランよりも,水の存在下において不安定であると考えられていた(甲22の11参照)ほか,セボフルランについては,加水分解の懸念が指摘されていた(甲22の4参照)ものであるから,セボフルランとイソフルランとを同列に論じることはできない。
(イ) 原告は,「水は,人体に無害である」と主張するが,セボフルランが水によって加水分解され,人体に有害なHFが生じる懸念があったことからすると,間接的には,水も有害な不純物であると認識されるものであったから,この点でも,審決の上記判断に誤りはない。
(ウ)a 原告は,「セボフルランを吸入麻酔薬として使用する際に患者の呼気中の水蒸気と必然的に混ざることは,当然の周知事実であった」,「セボフルランに含まれる水の量が比較的多量であってもよいことは,被告ら自身が認めるところ(甲24参照)である」などとして,「引用例3の記載から,当業者は,・・・麻酔薬組成物中に水が存在しても問題はないと考えたといえる」と主張する。
b しかしながら,セボフルランに患者の呼気中の水蒸気が混入するとしても,それは,極めて短時間のことであるから,当該水蒸気の量は,極めて微量のものである。
この点に関し,原告は,「被告らは,『極めて微量』の水蒸気であれば問題としない旨主張するが,これは,『水は,麻酔薬に対して悪影響を及ぼす不純物であり,それが少なければ少ないほどよい』との被告らの主張と矛盾する」と主張する。
しかしながら,被告らが主張する「悪影響」とは,低温にさらされた際の相分離及び加水分解であるところ,これらは,いずれも,ppmレベルの水分では問題とならないものであるから,被告らの主張が矛盾するということはない。
c なお,甲24に記載された被告らの主張は,本件発明1ないし3に係る麻酔薬組成物について説明するものであって,本件優先日当時の当業者の認識を示すものではない。
イ セボフルランに水が含まれることに係る当業者の認識について(ア) 原告は,「甲39には,エンフルラン及びメトキシフルランについても,ほぼ飽和レベルまでの水を含み得る旨記載されている」として,「各種フルオロエーテル化合物がほぼ飽和レベルまでの水を含み得ることは,当業者にとって周知であった」と主張する。
しかしながら,甲39において水がエンフルラン等に対する不純物としてのみ認識されていること及びセボフルランとエンフルラン等とを同列に論じることができないことは,上記ア(ア)と同様である。
(イ) 原告は,「従来,セボフルランの製造の際に,水を用いて洗浄することが一般的であった」,「セボフルランを保存する際又はセボフルランを気化器回路に通す際に,空気中の水蒸気がセボフルランに混入し,患者が実際に吸入する際のセボフルラン中の水の量を0%とすることが不可能であることも自明であった」などとして,「水がセボフルランに含まれることは当然に許容されていたほか,水を除去する必要はないと考えられていた」と主張する。
しかしながら,製造の途中で水を用いたとしても,その後の蒸留,アルカリ洗浄,脱水等により,最終製品には水が含まれず,加水分解等の懸念は取り除かれるから,製造途中で水洗浄を行うことは,最終製品である医薬品グレードのセボフルランについて,「水が含まれることは当然に許容されていたほか,水を除去する必要はないと考えられていた」ことの根拠となるものではない。
また,保存中の水分の混入(吸収)は,ガラス瓶を用いることにより十分に避けられるものであるし,気化器回路中においてセボフルランが空気と接するとしても,患者に投与されるまでの時間は極めて短く,この間に水分が混入し得たとしても極めて微量のものにすぎないから,これらの点も,最終製品である医薬品グレードのセボフルランについて,「水が含まれることは当然に許容されていたほか,水を除去する必要はないと考えられていた」ことの根拠となるものではない。
(ウ) 原告は,「甲40によれば,当業者は,セボフルランの使用時にセボフルラン中の水の量が増える工程を意図的に行っても問題がないと考えていたといえる」と主張するが,甲40(麻酔時において循環されるガス状麻酔薬中の二酸化炭素吸収剤に係る発明に関するもの)に開示された二酸化炭素吸収剤における水の役割は,固体状の吸収剤について適切な吸収作用を確保することにあり,水は,固体状の吸収剤に含まれている(吸着されている)ものであるから,ここにセボフルランを通したからといって,水をセボフルランの一成分とすることが周知であったということはできない。
(エ) 原告は,「現に,1993(平成5)年には,0.015%を超える水分量を有するセボフルラン麻酔薬製品が大量に製造されていた(甲17参照)のであるし,被告アボツトの製品規格(甲41)にも,セボフルランが0.1%までの水を含み得る旨明記されていたほか,丸石製薬の製品規格(甲17)においても,セボフルランが約0.13%相当の水を含み得ることとされていた」と主張する。
しかしながら,甲17に記載された「0.015%を超える水分量を有するセボフルラン麻酔薬製品」とは,わずか1つの特定のロットに関するものであるほか,当該ロットは,米国におけるテスト用サンプルとして送付されたものにすぎず,実際に販売された麻酔薬ではない(なお,仮に,当該ロットに係る麻酔薬が日本国内において販売されていたとしても,その水分量は,約0.013%相当であった可能性が高いものである(乙23,41,42参照)。)。
また,被告アボツト及び丸石製薬の製品規格は,製品が含有し得る最大限の水分量を規定したものであって,実際に販売された製品の水分量を示すものではない(乙23参照)。現に,被告らは,水分量を100ppm未満とするよう務めていたものである(甲25,乙13等参照)。
したがって,原告が上記のとおり主張する事実は,本件優先日当時の当業者の認識を示す根拠となるものではない。
この点に関し,原告は,「被告らは,英国訴訟において,『0.015%以上の水を含有したセボフルラン麻酔薬が日本国内において販売されていた』旨の原告の主張に対し,丸石製薬の協力を得て反証を提出することをしなかった」と主張するが,丸石製薬が被告らの立証活動に協力しなかったのは,当該販売の事実についての立証責任が原告にあると考えた被告らが,丸石製薬に対し,協力要請をしなかったからにすぎない。
(オ) 原告は,「何らかの物質に水を添加するという工程は,本件優先日当時の周知・慣用の技術であった」と主張するが,何らかの物質に水を添加する工程,すなわち,水の添加の仕方が周知・慣用の技術であったとしても,水を添加すること自体が,直ちに,周知・慣用の技術であるということはできず,水を添加するか否かは,水と各物質との相互関係によって決定されるものである。したがって,原告の上記主張によっても,本件優先日当時,セボフルランに水を添加すること自体が,当業者にとっての周知・慣用の技術であったということはできない。
ウ セボフルランに水を含ませることに係る阻害要因について(ア) 加水分解について甲22の4の文献(セボフルランを発明したトラベノール・ラボラトリーズ(原告の前身会社)が発表したもの)に接した本件優先日当時の当業者は,当然に,水によりセボフルランの加水分解が起こることを懸念したということができる(このことは,甲22の11によっても裏付けられている。)。
この点に関し,原告は,「甲22の4には,『ほとんど水』の状態での実験結果が記載されているのであり,これは,引用発明1のような『ほとんどセボフルラン』の状態において生じる反応とは異なるものである」と主張する。
しかしながら,甲22の4にセボフルランが加水分解を起こし得ることが記載されている以上,セボフルランの分解に対して非常に高い関心を有していた当業者が甲22の4に接した場合,当該当業者は,たとえ,「ほとんど水」の場合と「ほとんどセボフルラン」の場合とで,加水分解の速度に差があると理論的に推定することができたとしても,その絶対量が不明なのであるから,後者の場合においても,前者の場合と同様,加水分解が生じ得るとの懸念を抱いたというべきである。
また,原告は,「甲22の4の記載(『セボフルランが,ポリエチレン被覆したキャップをつけた褐色ガラス瓶中で45℃で1年以上安定であった』)によれば,セボフルランに水を加えても問題はなく,むしろ,安定であるといえる」と主張するが,原告が指摘する記載部分には,水に関する直接の記載はないのであるから,「水を加えても問題はなく,むしろ,安定である」などと即断することができるものではない。かえって,当業者は,甲22の4の「セボフルランはある程度の化学的及び代謝的な不安定性を有しており,水中では僅かであるが観測される程度の加水分解を起こす」との記載及び「セボフルランを水と共に常温下(18〜23℃)で攪拌した場合,セボフルランが1.4μmol/L/hrの割合で加水分解される」旨の記載を重視したというべきである。
(イ) 100ppmを超える水の弊害について本件優先日当時の当業者は,最終的なセボフルラン麻酔薬組成物中に100ppmを超える水分が存在することが,医薬品としての品質に弊害をもたらすものと考えていた(甲22の1〜22の3,22の9〜22の11参照)。
この点に関し,原告は,「甲25のとおり,被告アボツトは,100ppmを超える水分を含有するセボフルラン麻酔薬組成物を販売していた」と主張する。
しかしながら,被告セントラル硝子は,セボフルランの製造を開始した1990(平成2)年から1996(平成8)年末までの間,一貫して,水分量を100ppm未満に管理し,その一部を被告アボツトに供給していたものである(乙13参照)し,甲25に記載された71ロット中,水分量が100ppmを超えているのは,わずか2ロットのみであり,測定誤差の可能性等も考慮すると,甲25の記載は,被告アボツトにおいても,水分量を100ppm未満に管理するよう努めていたことを示すものである。
また,原告は,「被告らが『医薬品としての品質に弊害をもたらす』と主張する欠陥品が,約35分の1の割合で存在していたことにな(る)」と主張するが,被告らが主張する「医薬品としての品質に弊害をもたらす」とは,相分離の発生をいうものであり(甲22の2,22の3参照),これを避けるため,被告セントラル硝子としては,脱水の効率,コスト等も加味した上,現実的な基準として100ppmを目安としていたものである(甲22の1参照)。そして,100ppmを多少上回る水が含有されていたとしても,直ちに相分離が起こるものではないし,医薬品としての安全性に問題を来す欠陥品となるものでもないから,原告の上記主張は失当である。
(ウ) 水をセボフルランに添加することにつき当業者が否定的であったことについて甲22の11(D教授の陳述書)によれば,本件優先日当時の当業者は,水をセボフルランに添加することについて,これを否定的に考えていたというべきである。
この点に関し,原告は,甲24における「セボフルランが比較的多量の水を含んでいた場合でも気化器を使用することで,患者の吸入に用いることが可能である」との被告らの主張を挙げるが,当該被告らの主張が,本件発明1ないし3に係る麻酔薬組成物について説明するものであって,本件優先日当時の当業者の認識を示すものではないことは,前記のとおりである(原告は,「甲24は,丸石製薬が販売していたセボフルランについて説明するものであ(る)」と主張するが,甲24の記載からみて,原告が上記のとおり指摘する部分が,本件発明1ないし3に係る麻酔薬組成物について説明するものであることは明らかである。)。
また,原告は,「丸石製薬が,セボフルランに水を添加して麻酔薬として販売していた」と主張するが,そのような事実はない。
エ 本件発明1ないし3が奏する作用効果について原告は,「審決は,構成要件ではない(セボフルランのルイス酸による分解が防止されるという)作用効果を根拠に,本件発明1ないし3の進歩性を肯定したものである」と主張するが,審決は,「少なくとも0.015%(重量/重量)の水を含む」との本件発明1ないし3の構成自体について,これが容易に想到し得ないものである旨判断しており,本件発明1ないし3が奏する作用効果を主たる根拠として進歩性を肯定したものではないから,原告の上記主張は,審決を正解しないものとして失当である。
(2) 本件発明4についてア 水によるルイス酸の抑制について水がルイス酸の効果を抑制することが本件優先日当時の周知の事項であったことは,被告らも争わない。
イ ルイス酸によるセボフルランの分解について原告は,「特定のフルオロエーテルについて,1種類又は2種類以上のルイス酸が存在すると,HF等の潜在的に毒性を有する化学物質を含む幾つかの産物に分解することは,本件優先日当時の技術的課題であった」と主張するが,本件優先日当時,ルイス酸がセボフルランを分解することは知られていなかったのであり,当該技術的課題は,本件特許に係る発明者らが初めて発見した新たなものである。
なお,2006(平成18)年には,英国において,原告が販売する低水分量(50〜70ppmの範囲(乙2参照))のセボフルランを用いた気化器において,セボフルランの分解副生成物が発生し,当該気化器に悪影響を与える場合があるとの報告がされたものである(乙15,16参照)。
ウ 本件発明4についての容易想到性について上記イによれば,「本件発明4が,本件優先日当時の当業者にとって想到容易であったことは明らかである」との原告の主張は,その前提を欠くものとして失当である。
(3) 取消事由1に係る主張について原告は,取消事由1に係る主張を援用し,本件各発明が引用発明1に基づき進歩性を有しない旨主張するが,取消事由1に係る原告の主張に理由がないことは前記1において反論したとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
4 取消事由4(引用発明4に基づく同一性の判断の誤り)に対して(1) 本件発明1についてア 原告は,「引用例4には,他のポリエーテル類につき,・・・実質的には製品中に残存しないのが通常であると記載されている(段落【0002】)」と主張するが,段落【0002】が対象としている副生成物は,単に,ホルマール,アセタール,フッ素化エーテル類(フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロピルエーテルを除く。)及び高沸点のポリエーテル類の4種類にすぎないし,また,同段落は,それら4種類のすべてが常に残存しないことまで記載したものではないから,引用例4には,セボフルランの製造過程において発生するすべての副生成物(HFを含む。)を残存させないことが開示されているわけではない。
イ 原告は,「引用例4には,セボフルランに飽和水分量程度の水を含有させることが記載されている(段落【0013】)」と主張するが,段落【0013】の記載によれば,水分を含有するのは,製造過程におけるセボフルラン,すなわち,粗セボフルランであって,医薬品グレードのセボフルランではない。現に,引用例4に記載された実施例1及び2のいずれにおいても,ビスフルオロメチルエーテルの濃度を1ppm以下に減少させたセボフルランの水分量は,0.015%を大きく下回っている。
ウ 以上からすると,引用例4には,「医薬品グレードのセボフルラン」と「少なくとも0.015%の水」との構成は開示されていないというべきであるから,引用例4には本件発明1が記載されているとはいえない旨の審決の判断に誤りはない。
(2) 本件発明2ないし4についてア 原告は,「引用例4には,セボフルランを水の入ったトラップに通じて捕集する工程が記載されている(段落【0015】)」と主張するが,段落【0015】の記載によれば,水の入ったトラップに通じて捕集されるのは,粗セボフルランにすぎないから,引用例4には,医薬品グレードのセボフルランに対して水を添加する工程及び水に対して医薬品グレードのセボフルランを添加する工程は開示されていない。
イ 原告は,引用例4に,一定量のセボフルランに対して水を添加することが記載されていることを前提に,「引用例4には,セボフルランの分解を防止する方法が記載されている」と主張するが,引用例4に,医薬品グレードのセボフルランに対して水を添加する工程が開示されていないことは,上記アのとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
5 取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)に対して(1) 水の量についてア 「本件数値が『最小量の目安』である」との判断について(ア) 原告は,「請求項1ないし4には,本件数値が『最小量の目安』であるとの規定はな(い)」などとして,「本件数値が『最小量の目安』であるとの審決の判断は誤りである」と主張する。
しかしながら,本件数値が何ら臨界的意義を有しない「目安」であることは,本件各発明の中核たる技術的思想(本件各発明は,数値限定にのみ特徴があるものではなく,「ルイス酸によるセボフルランの分解という新たな知見を見出し,かかる知見を基礎としつつ,従来不純物として認識されていた水を含ませることによってルイス酸によるセボフルランの分解を抑制すること」を発明の中核たる特徴とする新たな技術的思想に基づくものである。)及び審査過程から明らかであり,また,発明の詳細な説明は,保存状態に応じて,含まれる水の量が決められることを当業者に対し明らかにしているのであるから,審決の上記判断に誤りはない。
(イ) 原告は,「発明の詳細な説明においても,本件数値が『最小量の目安』であることが実験データ等によって具体的に裏付けられているものではなく,むしろ,水以外のルイス酸抑制剤の分量について,『水のモル量に基づくモル当量を使用すべきである』との記載があり,量を考慮することが本件各発明の本質であることを前提としている」,「発明の詳細な説明は,どのような保存条件の場合に,どの程度の水を添加すれば,どの程度までセボフルランのルイス酸による分解が防止されるのかについて何ら具体的に開示するものではな(い)」などと主張する。
しかしながら,本件数値は,水の量が109ppmと206ppmである場合の実験データに基づき,その中間値を採用したものであるから,実験データによって裏付けられているものである(なお,原告は,「被告らは,水の量が本件数値を下回る場合に本件作用効果が奏される場合があり得ることを自認している」と主張する。確かに,場合によっては,水の量が本件数値を下回る場合に本件作用効果が奏される場合もあり得るであろうが,被告らは,単に,水の量が本件数値を下回る場合について特許を受けることを放棄したにすぎず,そのことをもって,本件数値が「最小量の目安」でないとはいえない。)。
また,本件各発明は,ルイス酸抑制剤を水に限定しているのであるから,水以外のルイス酸抑制剤に関する発明の詳細な説明の記載は,本件各発明と直接の関係はないし,原告主張に係る上記記載をもって,「量を考慮することが本件各発明の本質であることを前提としている」ということはできない(水以外のルイス酸抑制剤であっても,本件数値に相当する当該ルイス酸抑制剤の量が「最小量の目安」であることに変わりはない。)。
さらに,本件各発明の目的は,セボフルランが通常使用される環境において安定している状態を実現することにあるのであるから,保存条件についても,セボフルランが通常使用される環境が基本となることは明らかである。そして,本件各発明においては,その予防的効果にかんがみ,最悪と想定されるケースが起きた場合においても本件作用効果を奏するように,「最悪の場合のシナリオ」における実験を行い,これに基づき,本件数値を具体的に規定したものであるから,当業者は,セボフルランが通常使用される環境下にある限り,本件数値の水を加えれば,安定した状態のセボフルランが実現されるものと容易に理解することができる。したがって,「どの程度までセボフルランのルイス酸による分解が防止されるのか」についてまで,具体的数値により画定する必要はない(なお,例えば,実施例5の表4には,分解される前のセボフルランの総分解産物量として,185ppmや190ppmといった数値が記載されており,これらの約200ppmとの数値は,分解が防止されるレベルの目安となり得るものである。また,温度については,発明の詳細な説明(7頁13欄下から7〜6行)に「温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大する」との記載がある。)。
(ウ) 原告は,「当業者にとって,被告らが主張する『中間値』であれば,なぜ本件作用効果を奏するのか全く明らかとはいえ(ない)」と主張する。
しかしながら,実施例4の表3のサンプル7(総水分量:109ppm)とサンプル8(総水分量:206ppm)とを比較すると,サンプル7において,既に,ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(以下「HFIP」という。)の量は40ppm,総分解産物の量は77ppmとなっており,これは,サンプル8(及びサンプル9〜11)とほぼ同等のレベルにまで達しているが,HF等の無機酸の量の指標となるPHのみが3.0であり,いまだ十分なレベルに達していなかったことが分かる。したがって,既にサンプル7において,かなりの程度の分解抑制効果を発揮していたといえるのであるから,もう少し水分を増加させれば,十分に本件各発明の分解抑制レベルにまで達するものと合理的に推測することができる。そこで,本件各発明の予防的効果も加味し,やや余裕を持たせた数値として,109ppmと206ppmのほぼ中間値である本件数値を水の量の下限値としたものである。
(エ) 原告は,「被告らが主張する206ppmは,実施例4の表3に基づくものであるところ,同表によれば,206ppmの水を添加しても,セボフルランの分解が十分に抑制されていないから,当該『中間値』を算出する上限値とすることのできないものであ(る)」と主張する。
実施例4は,フレームシールを行うという「最悪の場合のシナリオ」の中で温度(40℃と60℃)を変えることにより,その影響を試験したものであるところ,原告が指摘する例は,60℃の場合であり,その場合,確かに,206ppmの水によっては十分な分解抑制効果がみられなかったものである。
他方,40℃の場合には,206ppmの水によって十分な分解抑制効果がみられたところ,上記のとおり,40℃の場合であっても,「最悪の場合のシナリオ」であることに変わりはないから,40℃の場合の結果(「最悪の場合のシナリオ」において分解抑制効果が確認されたもののうち,水の添加量が最も小さいもの)をもって本件数値を算出する上限値とすることには,十分な合理的根拠があるというべきである。
(オ) 原告は,「本件優先日当時の当業者は,セボフルランのルイス酸による分解及びルイス酸抑制剤によるその防止についての知識を有しておらず,『最悪の場合のシナリオ』の内容を想定することはできない」と主張する。
しかしながら,セボフルランを製造し,使用するなどする当業者であれば,製造,輸送,貯蔵工程等においてセボフルランが通常さらされ得る環境を容易に想定することができるのであるから,これと比較して,各実施例が「最悪の場合のシナリオ」に該当するものであることも,容易に理解することができる。現に,原告自身,各実施例について,これらを「最悪の場合のシナリオ」におけるものであると主張している。
イ 甲9に記載された実験結果について(ア) 原告は,「本件各発明において本件数値により本件作用効果が奏されることと,甲9実験の結果とは,明らかに矛盾しているといえるから,発明の詳細な説明は,本件各発明を実施可能に開示していないというべきである」と主張する。
しかしながら,本件数値は,ルイス酸によるセボフルランの分解を防止することができる最小量の目安として示されたものであり,あらゆる条件下において当該防止を可能にする量であると解すべきではない。
そして,甲9実験におけるサンプルは,タイコン(大きな金属製の容器)の抜き出し口のバルブに存在するルイス酸にさらされ得るものであったところ,そのような場合には,通常では想定されないような多量のルイス酸がサンプル内に蓄積されるのであるし,さらに,当該ルイス酸によるセボフルランの分解に伴って生成されたHFにより,セボフルランの分解が進んだ可能性もある(このような苛酷な条件下においては,187ppmの水では十分にルイス酸によるセボフルランの分解を抑制することができず,追加の水を必要とするかもしれない。)。
したがって,このような極めて特異な例がたまたま1例存在したからといって,本件各発明が実施可能に開示されていないといえないことは明らかである。
(イ) 原告は,「甲9には,51ppm・・・の水しか添加していないのにセボフルランが分解されなかった結果が記載されている」と主張するが,51ppmの水を添加した例は,ルイス酸に接していない普通の状態のセボフルランの場合を示したものにすぎないから,本件各発明における水の量を画定するに当たって参照されるべきものではない。
(ウ) 原告は,「発明の詳細な説明には,甲9実験の条件よりも緩い条件が具体的にどのようなものであるかについての開示が一切ない」と主張するが,発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,当業者は,加熱のない常温下での保存,ルイス酸の少ない容器を用いた保存,短時間の保存といった保存条件下では,水の量が少なくても,セボフルランの分解を防止するのに有効であろうことを理解することができるのであり,そのような条件が,原告主張に係る「緩い条件」であるから,原告の上記主張は失当である。
この点に関し,原告は,上記「緩い条件」につき,「発明の詳細な説明には,そのような記載はない」と主張する。
しかしながら,実施例4(7頁13欄下から7〜6行)には,「温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大する」との記載があるのであるから,逆に,加熱のない場合に必要な水の量が減少することは,当業者にとって明らかである。また,一般に,化学反応において,その原因たる化学種の量や接触時間に応じて当該化学反応の程度が増減するのは,当業者の技術常識であるから,ルイス酸の量や接触時間に応じてセボフルランの分解量が増減することも,当業者の技術常識であるといえ,したがって,ルイス酸を中和してその作用を抑制する水の量がルイス酸の量や接触時間に応じて増減することも,当業者の技術常識であるといえる。
そうすると,発明の詳細な説明の記載及び当業者の技術常識によれば,加熱のない常温下での保存の場合であって,甲9実験に比べてルイス酸がより少ないときや保存がより短時間のときに,必要な水分量が同実験の場合よりも少なくなることは,当業者にとって明らかであるから,原告の上記主張は失当である。
実施例の記載について(ア) 原告は,「発明の詳細な説明には,本件数値の水についての実施例が全く存在(しない)」と主張する。
しかしながら,実施例4には,水の量が109ppmでは不十分で,206ppmでは十分な効果があったことが記載されているのであるから,この中間値である本件数値については,具体的な実験結果に基づく十分に合理的な範囲の開示があるといえる。
また,実施例1においては,20mlのセボフルランに対し,最低でも10mgの活性アルミナを加えているところ,活性アルミナは,セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等,セボフルランがさらされる環境下において想定される主なルイス酸の中でも最も強いものの1つであるし,10mg/20mlとの量も,通常のセボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等において想定され得るルイス酸の量と比較して,多量(高濃度)である。したがって,そのような条件下で行われた実施例1において,本件作用効果を確認し,その結果等に基づき,本件数値を定めたのであるから,当業者は,本件数値の水を含むことにより,大抵の場合においては本件作用効果が奏されるものと容易に理解することができるといえる。
以上のとおりであるから,発明の詳細な説明に,本件作用効果を奏するために必要な水の量の基準として,本件数値の記載があることは明らかである。
(イ) 原告は,「実施例3の表2によれば,少なくとも303ppmを超える濃度の水を用いなければ本件作用効果を十分に奏することができないことが明らかであ(る)」と主張する。
しかしながら,実施例3は,水の添加量に対応したセボフルランの分解抑制の傾向を短時間で確認するため,119℃(なお,セボフルランの沸点は,約58℃である。)という極めて高温の条件下で行われた一種の苛酷試験(一般的に広く用いられている有用な試験方法である。)であり,このような条件は,通常の貯蔵状態(通常は室温付近の温度で貯蔵される。)ではあり得ない。加えて,実施例4における「温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大することを示唆している」との記載(7頁13欄下から7〜5行)も参酌すると,実施例3の結果は,「高温条件下においては,通常の状態と比較して,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大する」ことを示唆するものにすぎず,本件各発明が本来の目的とする通常の貯蔵状態においても,「303ppmを超える濃度の水を用いなければ本件作用効果を十分に奏することができない」ことを示すものではない。
(ウ) 原告は,「実施例5及び6にも,本件数値の水では本件作用効果を十分に奏しないことが記載されている」と主張する。
しかしながら,実施例5は,20ppmの水しか含有しない例であり,本件数値の水を含有する例ではないし,実施例6は,20ppmの水を含有する場合にはセボフルランの分解が抑制されなかったのに対し,400ppmの水を含有する場合にはセボフルランの分解度がかなり低減されたことを示しているのであるから,実施例5及び6について,「本件数値の水では本件作用効果を十分に奏しないことが記載されている」ということはできない。なお,実施例6も,通常の貯蔵状態では考え難い50℃という高温の条件下において行われた一種の苛酷試験として,水の添加量に対応したセボフルランの分解抑制の傾向を確認したものであって,通常のセボフルランの貯蔵状態において400ppmの水では不十分であることを直接的に示すものではない。
(エ) 原告は,実施例1に関し,「ルイス酸の量がとてつもないレベルにあるものであり,当業者が日常接し得るものではない」,「発明の詳細な説明には,実施例1におけるルイス酸を,実際のセボフルランの製造現場におけるルイス酸に置き換えるためのテストについて何ら開示していない」などとして,また,実施例2〜7に関し,「最悪の場合のシナリオにおける実施例にすぎない」,「発明の詳細な説明には,実施例2〜7における実験条件を,実際のセボフルランの製造現場における条件に置き換えるためのテストについての開示もない」などとして,「当業者は,実施例1〜7の記載を参考にしても,本件各発明を実施することができない」と主張する。
しかしながら,前記のとおり,実施例1〜7は,「最悪の場合のシナリオ」においてすら本件作用効果を奏することを記載するものであり,当該記載により,当業者は,実際の保存状態においてセボフルランがさらされ得る大抵の場合には,それ以上に効果を奏することを容易に理解することができるものである(したがって,「実際のセボフルランの製造現場における条件に置き換えるためのテスト」なども必要がない。)。
(オ) 原告は,「実施例2〜7においては,いかなる強さのルイス酸が抑制の対象とされているのかすら記載がない」と主張するが,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。
a 実施例2〜4について実施例2は,セボフルラン及び水を「タイプ?T」の透明ガラス製アンプルに入れた後,アンプルの首部分を炎で溶かして焼き切ることにより封管する(フレームシール)ものであること,「タイプ?T」の透明ガラス製アンプルには,Si-OH基や酸化アルミニウムが含まれていること(乙20,21参照),一部のセボフルランの分解に伴い発生したHFによりガラス壁が腐食して酸化アルミニウムが露出すること(発明の詳細な説明の2頁4欄1〜3行及び15〜17行参照)からすると,フレームシールの際の加熱の結果,活性化されたガラス表面部分に存在することとなったSi-OH基,酸化アルミニウム等が,実施例2における主たる抑制対象ルイス酸であることは明らかである。
実施例3及び4についても,フレームシールの際の加熱の結果,活性化されたガラス表面に存在するルイス酸が,主たる抑制対象ルイス酸であることは明らかである。
b 実施例5〜7について実施例5〜7においては,内面にかなりの量の腐食があるボトルが用いられていること,ガラス壁が腐食すると酸化アルミニウムが露出し,容器の内容物と接触すること(発明の詳細な説明の2頁4欄1〜3行参照)からすると,腐食によって露出した表面に存在する酸化アルミニウム,Si-OH基等が,実施例5〜7における主たる抑制対象ルイス酸であるあることは明らかである。
エ 当業者の技術常識について(ア) 被告らは,本件優先日当時,セボフルランがルイス酸によって分解されるという事実が知られておらず,したがって,当時の当業者が,その原因に関する知識を有していなかったことを争うものではない(ただし,発明の詳細な説明の記載に当時の当業者の技術常識を加味すれば,当時の当業者は,本件各発明を容易に実施することができたものである。)。
(イ) また,被告らは,本件優先日当時の当業者の認識として,セボフルランがルイス酸に対して安定であると考えられていたことを争うものではない(ただし,本件各発明の過程において,そのような理解が正確ではないことが判明したものである。)。
(ウ) 原告は「様々な種類のルイス酸がどこにでも存在し,セボフルランが,その製造から投与に至るまでのあらゆる段階において,ルイス酸にさらされている(甲22の5,22の6参照)」と主張する。
しかしながら,セボフルランが実際にルイス酸によって分解されるのは,分解に足る有意量のルイス酸の存在下において,セボフルランやその容器が悪条件にさらされた場合に限られるところ,実際には,そのような事態は,ほとんど生じない(Bも,セボフルランがルイス酸にさらされる可能性について言及するにすぎない(甲22の5)。)。したがって,セボフルランが現実にルイス酸によって分解された事例が少ないとしても不自然なことではないし,そのことをもって,「セボフルランが,通常は,ルイス酸となり得る物質に対して極めて安定している」と結論付けることもできない。
(エ) 原告は,「セボフルランの分解が生じたとの報告事例は,本件優先日前,全世界において,1件しか知られていなかった(本件優先日後のものを加えても,合計2件のみである。)」と主張するが,これまで,ルイス酸による分解に起因してリコールされたセボフルラン製品は,多数のロットにわたっていることが報告されている(乙32の1及び2参照)。
(オ) 原告は,「セボフルランが,通常は,ルイス酸となり得る物質に対して極めて安定しているとの本件優先日当時の当業者の認識は,化学的にも裏付けられているものである(甲53,54参照)」と主張する。
確かに,甲53の鑑定意見書には,「α-フルオロエーテルが極めて強力なルイス酸でなければ通常は分解されない」との記載があるが,同鑑定意見書は,その引用論文からは「加熱及び強酸処理を行わなかった常態での酸化ジルコニウムは,超臨界二酸化炭素の存在という極めて特殊な反応条件下における糖構造中に存在する特殊なフルオロエーテル部分の置換反応に対しては触媒活性を示さなかった」といえるにすぎないにもかかわらず,反応条件の特殊性等を考慮せず,また,特段の実験を行うこともせずに,「-C-O-C-F-」の化学構造を有する点でのみ共通することを根拠として,α-フルオロエーテルの反応に一般化したものであって(なお,この点につき,甲22の11及び乙25参照),十分な合理的根拠に基づくものではないし,さらに,セボフルランは,同引用論文に記載された特殊なフルオロエーテルとは,その全体構造を大きく異にするものであり,加えて,本件各発明のセボフルランが通常使用される環境は,同引用論文に記載された反応環境と大きく異なるものであるから,同鑑定意見書の上記記載内容を採用することはできない(実際,セボフルランは,例えば,鉄さびによっても分解されるものである(乙25,33参照)。)。
また,甲54の鑑定意見書には,酸化アルミニウムを大気中に放置したりすると活性度が低下して平衡状態に達することが示されているが,平衡状態においても活性度が0になるわけではなく,所定の活性度を保っていることも記載されているのであるし,また,同鑑定意見書に記載されているように立体構造の変化によってルイス酸が不活性化するわけでもない(乙25参照)から,同鑑定意見書の記載を根拠に,セボフルランがルイス酸となり得る物質に対して極めて安定しているということはできない。
(カ) 原告は,「本件優先日当時の当業者は,セボフルランに様々な量の水を添加してセボフルランの分解に係る実験を行い,その結果,セボフルランの分解が生じない場合があったとしても,それが,セボフルランが単に分解しなかっただけなのか,水がルイス酸の働きを抑制したためにセボフルランの分解が生じなかったのかを判別することはでき(ない)」と主張する。
原告の上記主張は,セボフルランを取り扱う通常の環境下における分解を問題にしているものと解されるところ,前記のとおり,セボフルランを取り扱う通常の環境下において,現実にセボフルランが有意量のルイス酸にさらされること自体,頻繁に起こることではなく,そのような普通の状態におけるセボフルランは,水の有無にかかわらず安定し,分解しないのであるから,そのような状態のセボフルランの分解や水の添加による効果について検討すること自体,本件各発明に関しては無意味である。
すなわち,本件各発明は,予期せぬ何らかの理由によりセボフルランが有意量のルイス酸と悪条件下において接触した場合に起こり得るセボフルランのルイス酸による分解を抑制するためのものであるから,各実施例に記載されているように,セボフルランが有意量のルイス酸と接触した場合を想定して,水による本件作用効果の有無を検討するのが当然である。そして,そのような場合においては,水によってルイス酸の抑制効果が生じたことが容易に判別され得るのであるから,原告の上記主張は失当であるといわざるを得ない。
オ 適切な水の量の決定について(ア) 原告は,「当業者において,あらゆる種類・量のルイス酸につき,本件作用効果が奏されるような水の量を決定するためには,過度の試行錯誤(なお,甲69,70,72参照)を要することになる」と主張する。
しかしながら,本件各発明において問題となるルイス酸は,実際上,本件各発明において抑制の対象となるべきルイス酸,具体的には,セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等,セボフルランがさらされる環境下において存在し得るルイス酸であって,「あらゆる種類のルイス酸」ではない(乙17参照)。そして,当業者であれば,そのようなルイス酸として,発明の詳細な説明に具体的に記載されている酸化アルミニウムやSi-OH基の外,例えば,輸送容器や貯蔵容器が特に金属製の場合,これらがさびることにより発生する金属酸化物,空気中のちりや砂塵等に含まれる珪素,アルミニウム,鉄等のクラーク数が大きな元素から成る成分等が主なものとして容易に想定されるところである(乙17参照)。
そうすると,これらのルイス酸と水との間において本件作用効果を確認することは,当業者が一般的な技術常識を用いることにより容易に行い得ることであって,過度の試行錯誤を要するものではない。
この点に関し,原告は,「発明の詳細な説明も,当業者が,セボフルランを取り扱う通常の環境下において,どのようにしてルイス酸の種類・量を知り,どのような保存条件の場合に,どの程度の水を添加すれば,どの程度までセボフルランのルイス酸による分解が防止されるのかについて判断する基準を全く開示して(いない)」と主張するが,前記のとおり,発明の詳細な説明に接した当業者は,セボフルランが通常使用される環境下にある限り,本件数値の水を加えれば,安定した状態のセボフルランが実現されるものと容易に理解することができるのであるから,原告の上記主張は失当である。
そして,発明の詳細な説明には,各種ルイス酸によってセボフルランが分解されること,本件数値の水を含ませることによって,「最悪の場合のシナリオ」におけるセボフルランのルイス酸による分解ですら抑制することができることがそれぞれ記載されているのであるから,これらの記載を参酌すれば,当業者が,自己の製品等におけるルイス酸の量が「最悪の場合のシナリオ」におけるルイス酸の量よりも極めて少ないと容易に理解し,本件数値の水を添加すれば足りると決定することができることは明らかである。
なお,原告が引用する甲69,70及び72は,英国訴訟における尋問調書等であるが,英国訴訟においては,ルイス酸抑制剤の量につき「分解を防止するのに十分な量」と機能的に規定するにすぎない請求項の記載の具体的意義が明らかであるか否かが問題とされたのであるから,甲69,70及び72の記載内容を,ルイス酸抑制剤の量を本件数値により規定している本件各発明に当てはめることはできない。
(イ) 原告は,発明の詳細な説明の4頁7欄40〜42行の記載に関し,「ここでいう『約0.0150%w/wから約0.14%w/w』との水の量は,いかなる種類・強さのルイス酸に関する数値であるのか,その記載上,全く明らかではない」と主張するが,当該数値が,「最悪の場合のシナリオ」におけるルイス酸に関する数値であることは明らかであるから,原告の上記主張は失当である。
(ウ) 原告は,「発明の詳細な説明は,『セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等,セボフルランがさらされる環境下において存在し得るルイス酸』が何であるかにつき明確にしていない」,「被告らが挙げる酸化アルミニウム等は,ルイス酸の例示として列挙するものにすぎず,ルイス酸の具体的範囲を何ら限定列挙するものではないから,本件各発明において問題となるルイス酸の範囲は,依然,無限定のままである」などと主張する。
しかしながら,上記のとおり,本件各発明において問題となるルイス酸の具体的範囲は,一般的な技術常識に基づき,当業者が容易に理解することができる程度に十分明確なものであるから,原告の上記主張は失当である。
(エ) 原告は,「『クラーク数が大きな元素から成る成分』については,発明の詳細な説明の記載によって裏付けられているものではないし,『クラーク数』によりルイス酸を限定することが,本件優先日当時の技術常識であったということもできない」と主張する。
しかしながら,クラーク数(地球表層部の元素の平均存在度)が大きな元素(酸素を除く。)として,珪素,アルミニウム,鉄等が挙げられることは,当業者にとって周知の事実であるし,当業者であれば,典型的なルイス酸として金属酸化物が挙げられることも十分に理解しているのであるから,クラーク数が大きなこれらの金属元素とクラーク数順位が1位の酸素が反応した金属酸化物が,ルイス酸としてちり等の形で空気中に多く含まれるものであり,セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等においても存在し得る可能性が高いものであることは,当業者であれば,容易に想定することができる。よって,原告の上記主張は失当である。
(オ) 以上のとおりであるから,発明の詳細な説明には,添加すべき水の量が,明確に実施可能な態様で開示されているというべきである。
(2) ガラス容器以外の容器についてア 分解防止のメカニズムについて(ア) 原告は,ガラス容器以外の容器に関し,「発明の詳細な説明においては,本件メカニズムの正当性が実証的に記載されていない」と主張するが,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
a 酸化アルミニウム及びSi-OH基がセボフルランを分解し,その主たる分解産物として,HFIP,メチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(以下「P1」という。),ジメチレングリコールヘキサフルオロイソプロピルエーテル(以下「P2」という。),メチレングルコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル(以下「S1」という。)等が生じることは,実施例1及び2の結果を表した図1及び2に明示されている。
b 「タイプ?T」がガラス製のものであることは,実施例3及び4に明示され,また,「タイプ?T」が主として硼珪酸ガラスから成り,「タイプ?V」が主としてソーダ石灰ガラスから成ること(乙19参照)や,硼珪酸ガラス及びソーダ石灰ガラスの詳細組成等(乙20,21参照)は,当業者に周知の事項である(硼珪酸ガラスは,ソーダ石灰ガラス中のCaO,SiO の一部をB O で置換した形式のも223のであり(乙20),他方,ソーダ石灰ガラスは,ソーダ(酸化ナトリウム),石灰(酸化カルシウム),珪酸(二酸化珪素)を主成分とするガラスであり,その成分例として,「SiO 65〜75%」がある(乙21)。したがって,「タイ2プ?T」,「タイプ?V」とも,基本的には,SiO の構造から成る。)。 2そして,ガラスを構成する主成分であるSiO の表面の一部が変化して,多数2のSi-OH基が存在することも,当業者に周知の事項であるから,「タイプ?T」及び「タイプ?V」は,いずれも,Si-OH基の例を示しているといえる。
c そうすると,セボフルランが,ルイス酸(酸化アルミニウム及びSi-OH基)の作用によって分解され,HFIP,P1,P2,S1等が分解産物として生じたとの上記実験事実は,2頁の図に記載された分解メカニズムによって合理的に説明されているといえるから,本件メカニズムは,実施例1,2等により,具体的な実験結果をもって実証されているといえる。
したがって,2頁の図に記載された分解メカニズムは,Si-OH基のみならず,ルイス酸一般に適用されるものであり(この点は,発明の詳細な説明の2頁4欄19〜20行に,「ルイス酸の存在下におけるセボフルランの分解メカニズムは次のように図解することができる」と記載されていることからも明らかである。),同図中のSi-OH基は,ルイス酸の例示にすぎない。
(イ) 原告は,「アルミナは,活性アルミナと異なり,セボフルランに対してルイス酸として働くことはない」と主張する。
しかしながら,アルミナも活性アルミナも,化合物としては同一(Al O )の23ルイス酸であり,いずれも,水のようなルイス酸抑制剤と接触すると,その活性を失うものである(なお,鉄さびのような特に活性化されていないルイス酸であっても,セボフルランの分解を引き起こすことは,乙33に示された実験結果からも明らかである。)。
また,原告は,「Si-OH基は,ルイス塩基である」と主張する。
しかしながら,化学大辞典には,4価のSi(Si(IV))が強い酸であると記載されているのであるから,当業者の技術常識参酌すれば,4価のSiに含まれるSi-OH基がルイス酸であることは明らかである。また,Siは,12個までの電子を受け入れることができるから,Si-OH基は,8個の電子を有していても,更に4個の電子を受け入れることができる空軌道を有しており,構造の点からも,ルイス酸であるといえる(理論的には,Si-OH基を有する珪素化合物中の珪素原子がルイス酸性を有し,これに基づく反応活性を発現し得るものである(乙37参照)。)。
(ウ) 原告は,「実施例において使用された容器には,酸化アルミニウムが含まれていない」と主張する。
しかしながら,乙20には,硼珪酸ガラスについて,「R -RO-B O -S223iO 系が主体で,更にAl O を含む」と明記され,具体的成分としても,二酸 223化珪素(65〜80%),ホウ酸(5〜25%),酸化ナトリウム(6〜14%)及び酸化カルシウム(5〜8%)に続く量のものとして,酸化アルミニウム(1〜5%)の記載があり,また,乙21にも,ソーダ石灰ガラスの成分例として,二酸化珪素(65〜75%),酸化ナトリウム(10〜20%)及び酸化カルシウム(5〜15%)に続く量のものとして,酸化アルミニウム(0.5〜4%)の記載があるのであるから,各実施例において用いられた「タイプ?T」及び「タイプ?V」に,酸化アルミニウムが主成分として含まれていないということにはならない。
(エ) 原告は,実施例2〜5について,「セボフルランを分解したものが何であるか明確でなく,仮に,ルイス酸によるセボフルランの分解が起こったのであるとしても,それをどのように再現するのかが明らかでな(い)」と主張するが,以下のとおり,原告の上記主張は理由がない。
a 実施例2において,フレームシールの際の加熱の結果,活性化されたガラス表面に存在するSi-OH基,酸化アルミニウム等のルイス酸が原因で分解が生じたことは明らかであり,同実施例は,当業者であれば,容易に再現可能なものである。
b 実施例3は,実施例2と同様,フレームシールを行い,実施例2と同一の条件で,様々なレベルの水の抑制効果について確認した実験であることが明らかであり,当業者であれば,容易に再現可能なものである。
c 実施例4において,実施例2及び3と同様,フレームシールの際の加熱の結果,活性化されたガラス表面に存在するSi-OH基,酸化アルミニウム等のルイス酸が原因で分解が生じたことは明らかであり,同実施例は,当業者であれば,容易に再現可能なものである。
d 実施例5において,腐食によって露出し,活性化された表面に存在する酸化アルミニウム,Si-OH基等のルイス酸が原因で分解が生じたことは明らかであり,同実施例は,当業者であれば,容易に再現可能なものである。
e なお,実施例6及び7は,実施例1においてセボフルランの分解が起こったものと同様のボトルを「分解したセボフルランの貯蔵に使用したタイプ?Vの褐色ガラス製ボトル」として用いれば,容易に再現可能なものである。
(オ) 原告は,「容器内壁以外の供給源(空気中等)に存在するルイス酸についても,発明の詳細な説明には,何らの記載もない」と主張するが,当業者であれば,空気中に含まれる主なルイス酸として,珪素,アルミニウム,鉄等のクラーク数が大きな元素から成る成分等を容易に想定することができ,これらのルイス酸が,原理的には,2頁の図に記載された分解メカニズムと同様の反応によりセボフルランを分解することも,発明の詳細な説明の記載(2頁3欄8行〜4欄20行)を参酌すれば,容易に理解することができるのであるから,原告の上記主張は理由がない。
イ 活性酸化アルミニウムについて(ア) 原告は,「活性酸化アルミニウムの存在下におけるフルオロエーテルの分解には,ルイス酸は関与せず,当該分解反応は,ルイス酸による分解反応とは独立した,完全に異なった反応メカニズムによるものである(甲32参照)」と主張する。
しかしながら,甲32に記載された実験は,セボフルランとは構造を異にする化合物((CF H) O)のみを用い,アルミナ表面において熱分解される際に起こ22る反応のみを対象とした結果,表面アルミナ中のルイス酸部位であるAl が当該3+熱分解に関与せず,ルイス酸と異なる部位が関与して当該熱分解が起こったことを確認したものである。すなわち,同実験は,ルイス酸による分解反応とは独立した,完全に異なった反応メカニズムによる(CF H) Oの分解反応についてのみ検討22したものであって,同実験の結果は,酸化アルミニウム表面においてルイス酸によるセボフルランの分解が起こらないことを意味するものではない。
現に,実施例1においては,ルイス酸としての活性アルミナによってセボフルランを分解した結果,ルイス酸であるSi-OH基による分解の場合と同様,HFIP,P1,P2,S1等が分解産物として生じており,ルイス酸による分解が起こったことが確認されている。
したがって,原告の上記主張は,甲32の内容を正解しないものとして,失当である。
(イ) なお,仮に,本件各発明に係る現実の製品において,ルイス酸以外によるセボフルランの分解が起こり得るとしても,本件各発明が特許として成立するに当たっては,本件数値の水を含むことにより本件作用効果が奏されればよいのであるから,ルイス酸以外によるセボフルランの分解を抑制し得るか否かは,本件各発明が実施可能であるか否かとは関係がない。
ウ 「容器に存在するルイス酸の種類や量」について原告は,「当業者が,『容器に存在するルイス酸の種類や量』を知ることができなかったことは明らかであり,したがって,『含ませる水の量』を算定することなどおよそ不可能であった」と主張する。
しかしながら,発明の詳細な説明には,「最悪の場合のシナリオ」において,本件数値の水を含ませれば十分に本件作用効果を奏することを確認した旨記載されているのであるから,セボフルランが通常さらされ得る環境下において,実際に容器に存在するルイス酸の種類や量を必ずしも具体的に特定することができないとしても,発明の詳細な説明に接した当業者であれば,自己の実際の製品等におけるルイス酸は「最悪の場合のシナリオ」におけるルイス酸よりも極めて低レベルにあり,本件数値の水を含ませれば十分であると容易に理解することができるものである。
エ ガラス容器以外の容器に係る発明の詳細な説明の記載について酸化アルミニウムはルイス酸の一種であるから,実施例には,ガラスに起因するルイス酸以外のルイス酸を用いた例が具体的に記載されているといえる。また,発明の詳細な説明の4頁8欄10〜15行には,「容器」の素材として,「ガラス,プラスチック,スチール,または他の材料」との記載があり,ガラス以外の素材についても明記されている。
この点に関し,原告は,「これら容器の種類のみからでは,容器に存在するルイス酸の種類・量は不明なのである」と主張する。
しかしながら,ガラス容器以外の容器であっても,材料によっては,それ自体がルイス酸の性質を示す場合もあり得るし,材料の変質によって,あるいは,セボフルランがさらされ得る環境下における空気中等からの混入や,容器の製造・使用の過程における混入によって,容器中にルイス酸が存在し得るという点では,ガラス容器の場合と変わりはないのであるから,本件各発明においては,本来的に,容器の種類やそこに存在し得るルイス酸の種類が問われるものではない。
そして,各実施例においては,セボフルランの分解が促進されやすいガラス容器の場合(いわゆるカスケード反応が起こり得る。)においてすら,本件作用効果が確認されているのであるから,本件各発明が,ガラス容器よりもセボフルランの分解が起こりにくい他の材質の容器に対しても有用であることは自明のことである。
当裁判所の判断
各取消事由相互の関係,各取消事由に係る当事者双方の主張立証の内容等にかんがみ,取消事由5から判断することとする。
1 取消事由5(実施可能要件についての判断の誤り)について(1) 旧特許法36条4項に定めるいわゆる実施可能要件について旧特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物(麻酔薬組成物)の発明である本件発明1にあっては当該物の生産,使用等を,物を生産する方法(麻酔薬組成物の調製法)の発明である本件発明2及び3にあっては当該方法の使用,当該方法により生産した物の使用等を,方法(一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法)の発明である本件発明4にあっては当該方法の使用をそれぞれいうものであるから,本件各発明について実施可能要件を満たすというためには,発明の詳細な説明の記載が,本件発明1については当業者が同発明に係る麻酔薬組成物を,本件発明2及び3については当業者が同各発明に係る麻酔薬組成物の調製法を,本件発明4については当業者が同発明に係る一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法をそれぞれ使用することができる程度のものでなければならない。
そして,本件発明1のような組成物の発明においては,当業者にとって,当該組成物を構成する各物質名及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当該組成物がその所期する作用効果を奏するか否かを予測することが困難であるため,当該組成物を容易に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,発明の詳細な説明に,当該組成物がその所期する作用効果を奏することを裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。
また,上述したところは,本件発明2及び3のような組成物の調製法の発明並びに本件発明4のような物質間の化学反応を防止する方法の発明においても,同様に妥当するものというべきである。
(2) 本件各発明が所期する作用効果についてア 請求項1ないし4の記載前記第2の2の記載の本件各発明に係る請求項1ないし4の記載を再掲すると,次のとおりである。
「【請求項1】麻酔薬組成物であって,一定量のセボフルラン;及び少なくとも0.015%(重量/重量)の水を含むことを特徴とする,前記麻酔薬組成物。
【請求項2】上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップを含むことを特徴とする,請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
【請求項3】水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップを含むことを特徴とする,請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
【請求項4】一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法であって,該方法は,該一定量のセボフルランに対して所定量の水を添加するステップを含むことを特徴とし,但し,該所定量の水が,得られる溶液中において少なくとも0.015%(重量/重量)である前記方法。」イ 発明の詳細な説明の記載発明の詳細な説明(甲21の1)には,次の各記載がある。
(ア)「発明の技術分野本発明は,一般に,ルイス酸の存在下においても分解しない,安定した麻酔用フルオロエーテル組成物に関する。また,本発明は,ルイス酸の存在下におけるフルオロエーテルの分解抑制法についても開示する。」(1頁2欄5〜9行)(イ)「発明の背景フルオロエーテル化合物は麻酔薬として広く用いられている。麻酔薬として使用されているフルオロエーテル化合物の例は,セボフルラン・・・を含む。
フルオロエーテルは優れた麻酔薬であるが,幾つかのフルオロエーテルでは安定性に問題があることが判明した。より詳細には,特定のフルオロエーテルは,1種類もしくはそれ以上のルイス酸が存在すると,フッ化水素酸等の潜在(的)に毒性を有する化学物質を含む幾つかの産物に分解することが明らかになった。フッ化水素酸は経口摂取及び吸入すると毒性を呈し,皮膚や粘膜を強度に腐食する。従って,医療分野では,フルオロエーテルのフッ化水素酸等の化学物質への分解に対する関心が高まっている。
フルオロエーテルの分解はガラス製の容器中で起こることが分かった。ガラス製容器中でのフルオロエーテルの分解は容器中に存在する微量のルイス酸によって活性化されるものと考えられる。ルイス酸のソースはガラスの天然成分である酸化アルミニウムであり得る。ガラス壁が何らかの原因で変質または腐食すると酸化アルミニウムが露出し,容器の内容物と接触するようになる。すると,ルイス酸がフルオロエーテルを攻撃し,フルオロエーテルを分解する。
例えば,フルオロエーテルであるセボフルランが無水条件下でガラス容器中の1種類もしくはそれ以上のルイス酸と接触すると,ルイス酸はセボフルランをフッ化水素酸と幾つかの分解産物に分解し始める。・・・セボフルランの分解により生じたフッ化水素酸が更にガラス表面への攻撃を進行させ,ガラス表面に更に多くのルイス酸を露出させる。この結果,セボフルランの分解が一層促進される。
・・・従って,当分野においては,ルイス酸の存在下においても分解しないフルオロエーテル化合物を含有する安定した麻酔薬組成物が求められている。」(1頁2欄10行〜3頁5欄3行)(ウ)「発明の詳細な説明本発明はルイス酸の存在下においても分解しない,安定な麻酔薬組成物を提供する。また,本発明は,該麻酔薬組成物の調製法についても開示する。」(3頁5欄49行〜6欄2行)(エ)「化学構造式Iを有するフルオロエーテル化合物は,アルファフルオロエーテル部分-C-O-C-F-を含んでいる。ルイス酸はこの部分を攻撃し,それによりフルオロエーテルの分解が起こり,様々な分解産物や毒性化学物質がもたらされる。」(3頁6欄下から16〜12行)(オ)「本発明の麻酔薬組成物は生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤も含んでいる。本明細書で用いる『ルイス酸抑制剤』という用語は,ルイス酸の空軌道と相互作用し,それによりその酸の潜在的な反応部位を遮断するあらゆる化合物を表している。生理学的に許容可能なあらゆるルイス酸抑制剤を本発明の組成物に使用することができる。本発明で使用できるルイス酸抑制剤の例は,水・・・を含む。
本発明の組成物は有効な安定化量のルイス酸抑制剤を含んでいる。本組成物に使用できるルイス酸抑制剤の有効な安定化量は,約0.0150%w/w(水当量)からフルオロエーテル化合物中におけるルイス酸抑制剤の約飽和レベルまでであると考えられる。本明細書で用いる『飽和レベル』という用語は,フルオロエーテル化合物中におけるルイス酸抑制剤の最大溶解レベルを意味している。・・・例えば,フルオロエーテル化合物がセボフルランで,且つルイス酸抑制剤が水の場合,本組成物を安定化するために使用される水の量は,約0.0150%w/wから0.14%w/w(飽和レベル)であると考えられる。しかし,一旦本組成物がルイス酸に晒されると,本組成物とルイス酸抑制剤の望ましくない分解反応を防止するため,ルイス酸抑制剤がルイス酸と反応するので,本組成物中のルイス酸抑制剤量は減少し得ることに留意すべきである。
本発明の組成物で使用するのに好適なルイス酸抑制剤は水である。・・・先述の如く,本組成物に付加できる水の有効量は,約0.0150%w/wから約0.14%w/wであり,好適には約0.0400%w/wから約0.0800%w/wであると考えられる。・・・フルオロエーテル化合物がルイス酸に晒されると,本組成物中に存在する生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤がルイス酸の空軌道に電子を供与し,該抑制剤と該酸との間に共有結合を形成する。これにより,ルイス酸はフルオロエーテルのアルファフルオロエーテル部分との反応が妨げられ,フルオロエーテルの分解が防止される。」(4頁7欄5行〜8欄1行)ウ 上記ア及びイによれば,麻酔薬として広く用いられているセボフルラン(フルオロエーテル化合物)は,ルイス酸(酸化アルミニウム等)と接触すると,ルイス酸がセボフルラン中のアルファフルオロエーテル部分を攻撃することにより,皮膚や粘膜に有害なフッ化水素酸を含む分解産物に分解されるとの問題があったところ,本件各発明は,ルイス酸の存在下においても分解しないセボフルランを含有する安定した麻酔薬組成物を提供するため,ルイス酸抑制剤(ルイス酸の空軌道に電子を供与してルイス酸との間に共有結合を形成することにより,ルイス酸と上記アルファフルオロエーテル部分との反応を妨げるもの)である水を麻酔薬組成物中に含有させ,もって,ルイス酸によるセボフルランの上記分解を防止することを目的とするものであるといえる。
したがって,本件各発明が所期する作用効果は,セボフルランを含有する麻酔薬組成物について,セボフルランがルイス酸によってフッ化水素酸等の分解産物に分解されることを防止し,安定した麻酔薬組成物を実現すること(以下「所期の作用効果」という。)であると認めるのが相当である。
(3) 所期の作用効果を奏するための手段について上記(2)によれば,本件各発明が所期の作用効果を奏するための手段は,セボフルランを含有する麻酔薬組成物中の水の量を本件数値のものとすることであると認められる。
そして,原告は,本件各発明につき,本件数値の水によっても所期の作用効果を奏するものと発明の詳細な説明の記載からは当業者が理解し得ない旨主張するので,以下,この点につき検討する。
(4) 水の量及びセボフルランの分解抑制効果についての発明の詳細な説明の記載発明の詳細な説明には,次の各記載があり,また,発明の詳細な説明中において引用される図面の記載は,次のとおりである。
ア「実施例1:ルイス酸としての活性アルミナタイプ?Vのガラスは主に二酸化珪素,酸化カルシウム,酸化ナトリウム,及び酸化アルミニウムからなっている。酸化アルミニウムは既知のルイス酸である。・・・特定の条件(無水,酸性)下では,ガラス表面が攻撃され,または変質し,セボフルランを酸化アルミニウム等の活性ルイス酸部位に晒すことがある。
以下の3つのレベルの水分を含有する20mlのセボフルランに様々な量の活性アルミナを付加することにより,セボフルランの分解における水の効果を試験した:1)20ppmの水-測定した量の水であって,それ以外に水は何も加えていない;2)100ppmの水-添加(spiked);3)260ppmの水-添加。次の表1は試験のマトリックスを示している。
20ppmの水は水0.002%w/wに相当することが理解されよう。サンプルを60℃に放置し,22時間後にガスクロマトグラフィーで分析した。図1は,同量の酸化アルミニウム(50mg)の存在下において,水の量が増えるほどセボフルランの分解度が減少することを示している(表1のA列)。酸化アルミニウムの量が20mg及び10mgの場合も同様な傾向が観察された(B列及びC列)。」(4頁8欄42行〜5頁9欄下から17行)イ 図1(10頁)ウ「実施例2:水を加えた場合と加えない場合の,加熱によるアンプル内でのセボフルランの分解約20mLのセボフルランをタイプIの1つ目の50mL入り透明アンプルに入れ,2つ目のアンプルには約20mLのセボフルランと1300ppmの水を入れた。両アンプルともフレームシール(flame-sealed)した後,119℃で3時間オートクレーブした。次いで,2つのアンプルの内容物をガスクロマトグラフィーで分析した。図2は,1番目のアンプルに入れたセボフルランが分解したことを示している。図3は,ルイス酸抑制剤,即ち水を加えた結果,2番目のアンプルに入れたセボフルランは分解しなかったことを示している。」(5頁9欄下から16〜5行)エ 図2及び図3(11頁)【図2】 【図3】オ「実施例3:水添加試験(109ppmから951ppm)によるアンプル内でのセボフルランの分解タイプIの透明ガラス製アンプルを用いて,様々なレベルの水がセボフルランの分解を抑制する効果について試験した。約20mLのセボフルランと,約109ppmから約951ppmの範囲の異なるレベルの水を各アンプルに入れた。その後,それらのアンプルをシールした。
合計10本のアンプルにセボフルランと様々な量の水を充填した。そのうち5本のアンプルをセットAとし,残りの5本をセットBとした。次いで,それらのアンプルを119℃で3時間オートクレーブした。セットAのサンプルは一晩振とう機に掛け,水分をガラス表面に被覆できるようにした。セットBのサンプルはガラス表面を水で平衡化することなく調製した。幾つかの対照サンプルも調製した。オートクレーブに掛けていない2本のアンプル(対照アンプル1及び対照アンプル2)と1本のボトル(対照ボトル)に,それぞれ,20mLのセボフルランを充填した。どの対照サンプルにも水を全く加えなかった。また,対照サンプルは一晩振とうもしなかった。ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)と総分解産物(メチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル,ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル,メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテルを含む)のレベルをガスクロマトグラフィーで測定した。その結果が以下の表2に示されている。
上記表2の結果は,セットA及びセットBのアンプルの場合,少なくとも595ppmの水があれば充分にセボフルランの分解を抑制できることを示している。また,この結果は,一晩振とうしたアンプルと一晩振とうしなかったアンプルとの間に有意な差がないことを示している。」(5頁9欄下から4行〜6頁11欄下から6行)カ「実施例4:60℃または40℃における水添加セボフルラン試験によるアンプル内でのセボフルランの分解タイプIの透明ガラス製アンプルを用いて,様々なレベルの水及び温度がセボフルランの分解抑制に及ぼす影響について試験した。約20mLのセボフルランと,約109ppmから約951ppmの範囲の異なるレベルの水を各アンプルに入れた。その後,それらのアンプルをフレームシールした。分解プロセスを加速するため,各水分レベルのサンプルを2つの加熱条件下に置いた。サンプルは,60℃の恒温装置(stability station)に144時間置くか,あるいは40℃の恒温装置に200時間置いた。各サンプルにおいて得られたセボフルランをガスクロマトグラフィーで分析し,pHも調べた。ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)とセボフルランの総分解産物を測定した。その結果が以下の表3に示されている。
表3の結果は,40℃で200時間貯蔵した場合,206ppmより以上のレベルの水があればセボフルランの分解を抑制できることを示している。また,サンプルを60℃で144時間またはそれ以上貯蔵した場合には,303ppmより以上のレベルの水があればセボフルランの分解を抑制できる。このデータは,温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大することを示唆している。」(6頁11欄下から5行〜7頁13欄下から5行)キ「実施例5:活性化されたタイプ?Vの褐色ガラス製ボトル内におけるセボフルランの分解分解したセボフルランの貯蔵に使用したタイプ?Vの褐色ガラス製ボトルを試験した。ボトルの内面にかなりの量の腐食があるボトルを選んだ。合計10本のタイプ?V褐色ガラス製ボトルを選択した。これらの各ボトルに含まれている分解したセボフルランを排液し,分解していない新鮮なセボフルランでこれらのボトルを数回すすぎ洗いした。約20ppmの水を含有する約100mLの分解していないセボフルランを各ボトルに入れた。開始時(時間ゼロ時)と50℃で18時間加熱した後に,すべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)とジメチレングリコールエーテル(P2)について測定した。その結果が以下の表4及び表5に示されている。
表4及び表5の結果は,これらのボトルのガラス表面が分解したセボフルランにより『活性化』されていたことを示している。このように,『活性化』されたガラス表面は新鮮なセボフルランの分解に対する開始剤として作用した。」(7頁13欄下から4行〜8頁15欄下から4行)ク「実施例6:活性化されたタイプ?V褐色ガラス製ボトル内でのセボフルランの分解に関する追加試験実施例5の各ボトル内でのセボフルランの分解の程度をガスクロマトグラフィーで定量化した。10本のボトルを,対照 Sevo グループ(ボトル2,3,5,7,8を含む)と試験 Sevoグループ(ボトル1,4,6,9,10を含む)の2つのグループに分けた。
10本のボトルすべてを,約20ppmの水を含有する分解していないセボフルランで再度数回すすぎ洗いした。5本の対照 Sevo グループのボトルに対しては,約20ppmの水を含有する100mLのセボフルランを各ボトルに入れた。一方,5本の試験グループボトルに対しては,約400ppmの水(添加)を含有する100mLのセボフルランを各ボトルに入れた。
開始時(時間ゼロ時)と50℃で18時間加熱した後にすべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP),ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2),及び総分解産物を測定した。その結果が以下の表6に示されている。
表6の結果は,時間ゼロ時では,表4のゼロ時の結果と比べると,セボフルランの有意な分解が観察されなかったことを示している。表6の結果は,試験Sevo グループ(400ppmの水)ではセボフルランの分解度がかなり低減されたことを示している。分解産物P2(ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル),及びS1(メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル)の量は,対照グループ1(20ppmの水)の場合よりもずっと少なかった。しかし,試験 Sevo グループのHFIP濃度はかなり高く,ガラス表面が尚も幾分活性状態にあったことを示唆している。
図4は,表5及び表6のデータから得られる分解産物ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2)量をグラフで比較したものである。また,図5は,実施例5及び6で現れる分解産物メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル(S1)量をグラフで比較したものである。図4及び図5は共に,400ppmの水(の)付加によりセボフルランの分解が抑制されることを示している。」(8頁15欄下から3行〜9頁18欄下から15行)ケ 図4及び図5(12頁)【図4】 【図5】コ 実施例7:活性化されたタイプ?V褐色ガラス製ボトル内でのセボフルランの分解に関す「る追加試験実施例6の試験 Sevo グループの5本のボトルからセボフルランをデカントした。各ボトルを新鮮なセボフルランで充分にすすぎ洗いした。次いで,各ボトルに約125mLの水飽和セボフルランを入れた。その後,その5本のボトルを回転機に約2時間掛け,活性化されたガラス表面に水を被覆できるようにした。次いで,各ボトルから水飽和セボフルランを排液し,400(添加)ppmの水を含有する100mLのセボフルランで置換した。50℃で18時間,36時間,及び178時間加熱した後,すべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。ビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2)と総分解産物について測定した。その結果が以下の表7に示されている。
表7の結果は,活性化されたガラス表面を加熱する前に水飽和セボフルランで処理することにより,セボフルランの分解が大いに抑制されたことを示している。」(9頁18欄下から14行〜10頁20欄末行)(5) 検討ア 上記(4)の各記載及び図示によれば,水の量及びセボフルランの分解抑制効果について発明の詳細な説明に記載された事項は,次のとおりである。
(ア) 実施例1は,水の量が増える(20ppm(重量/重量。以下同じ。),100ppm及び260ppm)に従ってセボフルランの分解度が減少する傾向にあることを示すものである。
(イ) 実施例2は,水を加えない場合(ただし,この場合においても,発明の詳細な説明において,「無水」とは,「フルオロエーテル化合物に含まれている水の量が約50ppm未満であること」(3頁6欄4〜7行)とあるように,上記程度の水が存在し得ることを意味している。)と1300ppmの水を添加した場合とを比較し,前者においてはセボフルランが分解し,後者においてはセボフルランが分解しなかったことを示すにすぎない。
(ウ) 実施例3は,20mlのセボフルランと,109ppm,206ppm,303ppm,595ppm又は951ppmの水をタイプ?Tの透明ガラス製アンプルに入れてシールし,119℃で3時間オートクレーブするなどした結果,303ppm以下の水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,595ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を十分に抑制することができたことを示すものである。
(エ) 実施例4は,実施例3の量のセボフルランと水をタイプ?Tの透明ガラス製アンプルに入れてフレームシールし,各水分量のサンプルにつき,2つの加熱条件下に置いた(60℃の恒温装置に144時間置くか,又は40℃の恒温装置に200時間置くかした。)結果,40℃の条件下では,109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができ,他方,60℃の条件下では,206ppm以下の水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,303ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたことを示すものである。
(オ) 実施例5は,分解したセボフルランの貯蔵に使用し,内面にかなりの量の腐食があるタイプ?Vの褐色ガラス製ボトルにおけるガラス表面の「活性化」を確認するための試験であり,水の含有量は,20ppmである。
(カ) 実施例6は,実施例5で用いたボトル内でのセボフルランの分解に関する追加試験であり,水の含有量は,20ppm及び400ppmである。
(キ) 実施例7は,実施例6において400ppmの水を含有させたボトルを用い,更にセボフルランの分解に関する追加試験を行ったものであり,水飽和セボフルラン(なお,発明の詳細な説明において,「水飽和セボフルラン」とは,1400pmmの水を含有するセボフルラン意味している(4頁7欄23〜32行)。)による処理等の後,試験に付されたセボフルランに係る水の含有量は,400ppmである。
イ 上記アのとおり,発明の詳細な説明には,本件数値(少なくとも150ppm)の水を含ませることにより所期の作用効果を奏したとの直接の記載は一切なく,実験に用いられた水の量のうち本件数値に最も近似する水の量である109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの記載(実施例4のうち40℃の場合)があるのみである。
ウ この点に関し,被告らは,109ppmと206ppmの中間値を本件数値として採用した旨主張し,次のとおり,その合理性の根拠を挙げるので,被告らの主張に即して検討する。
(ア) 被告らは,「実施例4の表3のサンプル7(総水分量:109ppm)とサンプル8(総水分量:206ppm)とを比較すると,サンプル7において,既に,HFIPの量は40ppm,総分解産物の量は77ppmとなっており,これは,サンプル8(及びサンプル9〜11)とほぼ同等のレベルにまで達しているが,HF等の無機酸の量の指標となるPHのみが3.0であり,いまだ十分なレベルに達していなかったことが分かる。したがって,既にサンプル7において,かなりの程度の分解抑制効果を発揮していたといえるのであるから,もう少し水分を増加させれば,十分に本件各発明の分解抑制レベルにまで達するものと合理的に推測することができる。そこで,本件各発明の予防的効果も加味し,やや余裕を持たせた数値として,109ppmと206ppmのほぼ中間値である本件数値を水の量の下限値とした」と主張する。
しかしながら,実施例4の表3によれば,HFIPの量は,サンプル8ないし11では5ないし7ppmであるのに対し,サンプル7では40ppmであるから,そもそもサンプル7がサンプル8と「ほぼ同等のレベルにまで達している」と評価し得るかについても,疑問の余地が残るというべきである。
また,発明の詳細な説明には,水の量が増えるに従ってセボフルランの分解度が減少する傾向にあることが記載されている(実施例1,3及び4)といえるが,pHが3.0であり,「いまだ十分なレベルに達していなかった」サンプル7(109ppm)につき,「もう少し水分を増加させ(た)」数値,あるいは,「やや余裕を持たせた数値」が,なぜ109ppmの約1.38倍,206ppmの約0.73倍である150ppmとなるのかにつき,これを合理的に説明する証拠が一切ない以上,被告らの「もう少し水分を増加させ(た)」数値,「やや余裕を持たせた数値」との主張は,科学的な裏付けを欠いた単なる憶測にすぎないといわざるを得ない。
さらに,実施例4の実験は,タイプ?Tの透明ガラス製アンプルにセボフルランと水を入れてフレームシールしたものであるから,そこで問題となるルイス酸は,そのほとんどがガラス容器に由来するものであると認められる。他方,被告らの主張によれば,本件各発明が抑制の対象とするルイス酸は,「セボフルランの製造,輸送,貯蔵工程等,セボフルランがさらされる環境下において存在し得るルイス酸」であるところ,被告らの上記主張は,ガラス容器に由来するルイス酸以外のルイス酸が及ぼす影響を考慮に入れたものではない。
なお,発明の詳細な説明に,水の量が増えるに従ってセボフルランの分解度が減少する傾向にあることが記載されていることからすると,109ppmと206ppmとの間に,所期の作用効果を奏する数値が存在する蓋然性が高いとはいえるが,それが両者の単純な中間値(157.5ppm)付近の数値であるといえる知見は何ら存在しない。
以上のとおりであるから,被告らの上記主張を採用することはできない。
(イ) 被告らは,「実施例1〜7は,『最悪の場合のシナリオ』においてすら本件作用効果を奏することを記載するものであり,当該記載により,当業者は,実際の保存状態においてセボフルランがさらされ得る大抵の場合には,それ以上に効果を奏することを容易に理解することができるものである(したがって,『実際のセボフルランの製造現場における条件に置き換えるためのテスト』なども必要がない。)」と主張する。
確かに,実施例4のサンプル7及び8の実験条件は,フレームシールを施した上,40℃の恒温装置に200時間置いたというものであり,当業者は,かかる実験条件を,通常のセボフルラン含有麻酔薬の製造,保存等における環境下では生じ得ない条件であると理解し得るものと認められる。
しかしながら,上記条件下において,109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの実験結果から,これを通常のセボフルランの製造,保存等における環境下に置き換えることにより,150ppmの水が存在すれば所期の作用効果を奏することができるとの結論を導き得ることを合理的に説明する証拠は一切存在しない。
ましてや,本件優先日当時の当業者は,セボフルランがルイス酸によって分解されるという事実を知らず,当該分解の原因に関する知識も有しておらず,むしろ,セボフルランがルイス酸に対して安定であると考えていた(当事者間に争いがない。)のであるから,「最悪の場合のシナリオ」の記載に接した当業者が,「実際の保存状態においてセボフルランがさらされ得る大抵の場合」には,150ppmの水が存在すれば所期の作用効果を奏することを容易に理解することができたものと認めることができないことは,論を待たない。
したがって,被告らの上記主張も,これを採用することができない。
(ウ) なお,被告らは,甲9実験に関してではあるが,実施例4に「温度が上昇すると,セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大する」との記載があること,化学反応において,その原因たる化学種の量や接触時間に応じて当該化学反応の程度が増減することが当業者の技術常識であることを根拠に,「発明の詳細な説明の記載を参酌すれば,当業者は,加熱のない常温下での保存,ルイス酸の少ない容器を用いた保存,短時間の保存といった保存条件下では,水の量が少なくても,セボフルランの分解を防止するのに有効であろうことを理解することができる」と主張する。
しかしながら,上記主張は,一般論としてそのようにいえるとしても,具体的に,150ppmの水が存在すれば「加熱のない常温下での保存」等の場合に所期の作用効果を奏することができることを何ら説明するものではないから,失当といわざるを得ない。
エ小括以上によれば,発明の詳細な説明には,本件各発明について,本件数値の水を含有させることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載があるものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はないから,発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえないというべきである。
(6) 審決の判断についてア 審決は,前記第2の3(4)アのとおり,「発明の詳細な説明は,保存条件に応じて含まれる水の量が決められることを当業者に明らかにしているのであるから,下限値として示された『0.015%(重量/重量)』は,あくまでルイス酸による分解を防止できる最小量の目安として示されているのであって,あらゆる条件下においてルイス酸による分解を防止できる量であると解すべきものではない」として,「甲9で水の量0.0187%のサンプルでセボフルランの分解がみられたとしても,当該サンプルでは単にルイス酸抑制剤である水が0.0187%では不足であったことが推定されるだけであって,このことにより本件各発明が当業者に実施しえないとすることはできない」と判断した。
確かに,前記(2)イの発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明は,セボフルランがルイス酸によって分解され,有害なフッ化水素酸等の分解産物を生じるとの課題を解決するため,ルイス酸抑制剤である水を含有させることにより,所期の作用効果を奏することを目的とするものと認められる。
しかしながら,発明の詳細な説明には,本件各発明は,単に,ルイス酸抑制剤としての水を含有させればよいとするものではなく,水によるその「有効な安定化量」を問題とし,これを,「約0.0150%w/wから0.14%w/w(飽和レベル)である」とする旨の記載(4頁7欄19〜23行及び29〜32行)があるのであり(なお,前記のとおり,発明の詳細な説明は,「無水」,すなわち,セボフルランにあえて水を添加しない場合であっても,セボフルラン中に約50ppm未満の水が存在することを前提にしている。),前記(4)の各実施例の記載をみても,そのほとんどにおいて,含有させる水の量を問題にし,水の量の多寡によって,所期の作用効果を奏するか否かを確認しているのであるから,本件数値は,所期の作用効果を奏する有効量を意味するものと解され,これを,場合によっては所期の作用効果を奏しないこともあるという意味での単なる「目安」とみることはできない。
したがって,審決の上記判断は,その前提を誤るものといわざるを得ない。
イ この点に関し,被告らは,審決の上記判断と同旨の主張をするとともに,本件数値が「目安」にすぎないことの根拠として,「本件各発明の中核たる技術的思想(本件各発明は,数値限定にのみ特徴があるものではなく,『ルイス酸によるセボフルランの分解という新たな知見を見出し,かかる知見を基礎としつつ,従来不純物として認識されていた水を含ませることによってルイス酸によるセボフルランの分解を抑制すること』を発明の中核たる特徴とする新たな技術的思想に基づくものである。)及び審査過程から明らかであ(る)」と主張するが,上記アにおいて説示したところに照らせば,被告らの上記主張は,本件数値を,場合によっては所期の作用効果を奏しないこともあるという意味での単なる「目安」とみるべき根拠となるものではない。
(7) 以上のとおりであるから,発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえず,審決の判断は誤りであるから,取消事由5のうち,本件数値の水によっても所期の作用効果を奏するものと当業者が理解し得ない旨をいう部分は,理由がある。
2結論よって,その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由があるから,同請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中信義
裁判官 浅井憲
裁判官 杜下弘記
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