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関連審決 不服2007-19301
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10120号 審決取消請求事件
原告三 菱レイヨン株式会社代表者代表取締 役鎌原正直
訴訟代理人弁理 士志賀正武
同 高橋詔男
同 鈴木慎吾
同 松沼泰史
被告特許庁長官
指定代理人大河原裕
同 田良島潔
同 森川元嗣
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2007-19301号事件について平成20年1月21日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「切替弁及びその結合体」(後に「切替弁」を「切換弁」と補正)とする発明について,平成8年6月27日にした特許出願(特願平8-185330号)の一部について,平成13年12月20日に新たな特許出願(特願2001-387025号)をし,さらに,上記特許出願の一部について,平成15年4月7日に新たな特許出願(特願2003-102823号,以下「本件出願」という。)をした。
原告は,平成19年5月18日付けの拒絶査定を受けたので,同年7月10日,これに対する不服の審判(不服2007-19301号事件)を請求するとともに,同年8月6日付けの手続補正書を提出した。
特許庁は,平成20年1月21日,平成19年8月6日付けの手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)について補正却下の決定をするとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年3月5日に原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲本件出願の願書に添付された明細書(甲4。以下,願書に添付した図面[別紙本願当初明細書【図1】〜【図9】参照]と併せて「本願当初明細書」という。)の特許請求の範囲(請求項の数9)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】水道蛇口と浄水器の間に配される切換弁であって,蛇口と連結可能な原水流入口,原水をそのままストレート状またはシャワー状に吐水する各原水吐出口及び浄水器に接続可能な原水送水口を備えた切換弁本体の内部に,切換レバーの回動操作により各原水吐出口または原水送水口への水路の切り換えを行う水路切換機構を有し,該切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構が配された切換弁であって,該切換レバーを元の所定位置に復元する切換レバー復元機構が配されると共に,該切換弁本体に,該切換レバーの位置を設定するストッパーが配された切替弁。」3 本件補正発明の特許請求の範囲本件補正後の明細書(甲6)における特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正後の請求項1記載の発明を「本件補正発明」という。)。
「蛇口と連結可能な原水流入口,原水をそのままストレート状またはシャワー状に吐水する各原水吐出口及び浄水器に接続可能な原水送水口を備えた切換弁本体の内部に,切換レバーの回動操作により各原水吐出口または原水送水口への水路の切り換えを行う水路切換機構を有し,該切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構が配された,水道蛇口と浄水器の間に配される切換弁であって,該切換レバーを元の所定位置に復元する切換レバー復元機構が配されると共に,該切換弁本体及び切換レバーの回動伝達部のそれぞれに設けた凸設部との組み合わせで構成されるストッパーが配された切換弁。」4 審決の理由別紙審決書写しのとおりである。要するに,(1)本件補正発明は,特開平8-75018号公報(以下「引用文献1」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。),実願昭48-16128号(実開昭49-117465号)のマイクロフィルム(以下「引用文献2」という。甲2)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び特開平8-11667号公報(以下「本件周知文献」という。甲3)に記載された周知技術(以下「本件周知技術」という。)に基づき,当業者が容易に本件補正発明の構成に至ることが容易であり,本件補正は,平成18年改正前の特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に違反するから,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきである,(2)本願発明は,引用発明,引用発明2及び本件周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容,本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容(別紙引用文献1【図1】ないし【図7】参照)「水道の蛇口が挿入される原水導入口,原水ストレート用分岐流路,原水シャワー用分岐流路及び浄水器用分岐流路を備えた筒部の内部に,レバーの回動操作により各分岐流路への水路の切り換えを行う構成を有する切換弁。」(審決書3頁20行〜22行)(2) 一致点「蛇口と連結可能な原水流入口,原水をそのままストレート状またはシャワー状に吐水する各原水吐出口及び浄水器に接続可能な原水送水口を備えた切換弁本体の内部に,切換レバーの回動操作により各原水吐出口または原水送水口への水路の切り換えを行う水路切換機構を有し,該切換レバーによる回動伝達部を有する,水道蛇口と浄水器の間に配される切換弁。」である点(審決書4頁18行〜22行参照)。
(3) 相違点「本件補正発明では,切換レバーによる回動伝達部『にラチェット機構が配された』構成,及び,『切換レバーを元の所定位置に復元する切換レバー復元機構が配されると共に,切換弁本体及び切換レバーの回動伝達部のそれぞれに設けた凸設部との組み合わせで構成されるストッパーが配された』構成を有しているのに対して,引用発明では,そのような構成を有していない点」(審決書4頁24行〜28行参照)。
当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1)引用発明と引用発明2の組合せの容易性判断の誤り(取消事由1),(2)ストッパーに係る周知技術認定等の誤り(取消事由2),(3)顕著な作用効果に係る判断の誤り(取消事由3)がある。
(1) 取消事由1(引用発明と引用発明2の組合せの容易性判断の誤り)審決は,「中心軸を一定角度ずつ回動させる機構にラチェット機構を有し,且つ,該ラチェットを回転させる手段を所定位置に復元する復元機構(ねじりコイルばね4)が配されると共に,本体に設けた凸設部(ストッパー6)及びレバーの回動中心近傍部分との組み合わせで構成されるストッパーを備えた発明が,引用文献2に記載されている。」(審決書4頁31行〜35行)と認定した上で,「引用発明の切換レバーの回動操作による水路切換機構と引用文献2に記載されたレバーによるカムの回転のための構成は,レバーによる回転操作の動作対象たる回動伝達部を回動させる機構である点で共通するものである」(審決書5頁1行〜3行)ことを理由として,「引用発明において,切換レバーによる回動伝達部及び該切換レバーに,引用文献2に記載されたラチェット機構及び復元機構をそれぞれ採用することは当業者に容易である。」(審決書5頁4行〜6行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は,次のとおり誤りである。
ア以下のとおり,引用発明と引用発明2とは,互いに機能が異なり,技術分野も関連性を有しておらず,また,解決課題も共通していないから,その両者を組み合わせることが容易であるとはいえない。
(ア)引用発明においてはレバーの回動角度の調整によって所望の流路に切り換える機能を有しているのに対して,引用発明2の構成は,レバーの往復1サイクルでON,OFFスイッチングを行うのみである点で,両者の構成及び機能が異なる。
また,引用発明の技術分野は,「上水道等の蛇口に設けられ,原水ストレート,原水シャワー,浄水器等の切り換えを行う切換弁に関するもの」であり(甲1,段落【0001】),その課題は,「全体が小型化され,各分岐流路における流出水量を十分かつ正確に確保することができ,しかも安価な切換弁を提供すること」である(甲1,段落【0005】)。これに対し,引用発明2の技術分野は,「この考案は1サイクルON,OFF用のカム式スイッチに関する」(甲2,明細書2頁3行〜4行)と記載され,「自動制御に於ける操作用の電源開閉装置などの分野に於いて画斯的新機軸をもたらす」(甲2,明細書6頁9行〜11行)と記載されているとおり,自動制御における操作用電源装置などの技術分野に使用される1サイクルON,OFF用のカム式スイッチに関するものであり,その課題は,「レバーを往復運動させ,レバーを一定距離移動させることにより1/2サイクルの途中で可動接点と固定接点とを一回のみ接触させて回路を閉じ,かつその後接点の接触を解除させて開回路となす機構を備えたカム式スイッチを提供すること」である(甲2,明細書2頁4行〜9行)。
(イ)被告は,引用発明においては,レバーの回動角度を,軸体の突起26と開口部30との位置関係により,あらかじめ決められた一定の位置に操作する必要があるから,所定角度ずつ回動部材を回動させる引用発明2のラチェット機構を組み合わせることに困難な点はないと反論する。
しかし,被告の上記反論は,次のとおり理由がない。
a引用発明では,レバー39及びレバー39が突出した軸体25は,ボール24が反対側に移動しない範囲において,例えば180度程度の範囲において自在に回動可能な構成である。すなわち,引用発明は,操作者が自由にレバー39を回動させて,その回動角度を調整することにより,複数設けられている突起26のいずれかと複数の開口部30のいずれかとを対応させて,分岐流路43,44,45のいずれかを選択することができるものであるから,被告の上記主張は理由がない。
b被告は,引用発明がレバーの回動角度をあらかじめ決められた一定の位置に操作する必要があることの根拠として,バネ付勢されたボールを設けて,レバー作動時に切り換えのクリック感を出していることを指摘する。しかし,引用文献1(甲1)の【図7】(別紙引用文献1【図7】参照)に示されるように,ボール41は,レバー39を回動させた際に,対応して設けられた凹部にバネ付勢により一部が没することでクリック感を感知させるにすぎないものであり,レバー39の回動をそれ以上回動させないように規制するものではないから,引用発明がレバーを所定角度ずつ操作して流路を切り換えるものであるとする被告の前記主張は失当である。
c被告は,引用発明において,3つの突起(26,26,26)が【図3】(別紙引用文献1【図3】参照)のとおり,軸体の周方向にほぼ一定の角度ずつ離間した位置に設けられていることから,引用発明がレバーを所定の角度ずつ操作するものであると主張する。しかし,引用発明においては,引用文献1(甲1)の段落【0020】に,「これら突起26,26,26は,軸体25の断面方向において中心角180度以内の同一の扇形内に軸体25の周方向に互いに離間して3個まとめて配置され」と記載されているのみであり,突起26,26,26が一定の角度ずつ離間した位置に設けられていることについては何ら記載がない。また,仮に引用発明において,突起26,26,26が一定の角度ずつ離間した位置に設けられているとしても,レバーを回動させるのに伴って単にその角度に応じた間隔で流路が切り換わるにすぎないのであるから,これを根拠としてレバーを所定角度ずつ操作するものであるとする被告の主張は失当である。
イ以下のとおり,引用発明に引用発明2を組み合わせて,本件補正発明に至るためには,引用発明2の特徴的構成である「二つのストッパー5,6を備える」との構成を除かなければならない点で困難性がある。
(ア)引用発明においては,レバーの操作によって回動軸の回動角度の調整をし,当該回動角度と,該回動軸に突設された突起及びボールとの組合せにより,所望の流路に切り換えるものであり,レバーの回動角度が操作者の操作にゆだねられており,操作者は自在に流路を切り換えることができる(甲1,段落【0022】,別紙引用文献1【図1】ないし【図8】参照)。
(イ)引用発明2においては,「1サイクルON,OFF用のカム式スイッチに関するもので,レバーを往復運動させ,レバーを一定距離移動させることにより1/2サイクルの途中で可動接点と固定接点とを一回のみ接触させて回路を閉じ,かつその後接点の接触を解除させて開回路となす機構を備えたカム式スイッチを提供すること」(甲2,明細書2頁3行〜9行)を課題とし,その課題を解決する構成の一つとして,2つのストッパー5,6を設け,当該ストッパー5,6にレバーが衝止されることによって該レバーの周期が決定され,所定のタイミングでON,OFFのスイッチングを行うことを可能としているのであるから,当該発明の技術思想に照らすと,二つのストッパー5,6を備えることが特徴的な構成である(別紙引用文献2第1図ないし第5図参照)。
(ウ)そうすると,引用発明に引用発明2を組み合わせるためには,引用発明2の構成から一方のストッパーを除き,レバーを所定の回動角度としたときに流路が切り換わる構成とすることが必要であるが,このような特徴的な構成の削除は引用発明2の技術思想に反するから,これらを組み合わせることは困難であるというべきである。
この点について,被告は,本件補正発明においては,ストッパーの数が特定されておらず,引用発明2のように,2つのストッパーを備えたものを排除していないから,そもそもストッパー5を除く必要性がなく,その困難性を論ずる意味がないと反論する。しかし,本件補正発明においては,切換レバーは,復元位置がストッパーにより設定されている一方,復元位置からの回動角度については自在に設定可能となっている(甲4,段落【0013】,【0021】)。したがって,引用発明に引用文献2に記載された発明を組み合わせて本件補正発明の構成とするには,引用文献2に記載された発明の構成要素であるストッパー5,6の一方のストッパー5を除いて組み合わせる必要があり,その必要がないとする被告の主張は,失当である。
ウそもそも,引用文献2にはラチェット機構について具体的な説明が開示されておらず,どのように作動カム7及び端面爪車9を適用して水路切換機構を作動させるかが不明であるから,本件補正発明における「切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構が配された」構成に容易に想到することはできない。
(2) 取消事由2(ストッパーに係る周知技術認定等の誤り)審決は,「回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組み合わせでストッパーを構成することは,例えば特開平8-11667号公報(平成8年1月16日公開,ストッパ60と係合突起71参照)に記載されるように周知技術であり,ストッパーの位置及びその構成は当業者が適宜設計し得る事項と認められる。」(審決書5頁7行〜11行)と認定した。
しかし,審決の上記判断は,次のとおり誤りである。
ア本件周知文献の一つに記載されている事項によって,切換弁本体及び切換レバーによる回動伝達部のそれぞれに設けられた凸設部との組み合わせで構成されるストッパーが周知技術であるとすることはできない。
被告は,本件訴訟において,実願平4-85336号(実開平6-50201号)のCD-ROM(乙1。以下「乙1周知文献」という。)及び実願平4-66115号(実開平6-18475号)のCD-ROM(乙2。以下「乙2周知文献」という。)を提出するが,訴訟において提出されたこれらの資料を参照して,周知技術を認定することは許されるべきではない。のみならず,乙1周知文献は回転つまみに関するものであり,乙2周知文献はシャワーヘッドに設けられたスライド機構に関するものであって,いずれも,本件補正発明が対象とする浄水器分野における周知技術ではない。
イ以下のとおり,本件周知文献(甲3)の技術内容について,審決のした認定に誤りがある。甲3の段落【0047】には,「・・・反時計回転方向(矢印C方向)へ回転して,ストッパ60が慣性質量体30の係合突起71と係合する(図1)。この状態から,さらに,安全装置50に矢印C方向の操作力を加えて,図3に示される如く,ストッパ60及び係合突起71の係合状態を維持したまま慣性質量体30の凹部29,33に形成された突起66,67を破断させて,この安全装置50と共に慣性質量体30を矢印C方向へ回転させる」と記載されているとおり,ストッパー60と係合突起71とは,互いに係合した状態で,慣性質量体30をともに回転させるためのものであるから,凸設部で構成されてレバーの復元位置を設定するためのストッパーを示したものではない。
これに対し,被告は,本件周知文献(甲3)の段落【0037】を根拠に,係合突起が「凸設部で構成されたストッパー」としての機能を有することが記載されていると主張する。
しかし,本件周知文献(車両に装備されるエアバック装置などの乗員保護装置に係る文献)に記載された発明において,係合突起71は,安全装置作動状態においてストッパ60と係合し移動を制限するが(甲3,段落【0043】),これは一状態における機能にすぎず,作動可能状態ではストッパ60と離間し,車両の廃車時等ではストッパ60と係合した状態から破断して係合状態を維持したままストッパ60とともに回転するものであって(段落【0045】),発明の目的を無視して構成の一つの状態のみを周知技術であるとして,容易想到性判断の基礎とするのは妥当でない。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果に係る判断の誤り)審決は,「本件補正発明の全体構成により奏される効果は,引用発明,引用文献2に記載された発明及び上記周知技術から当業者が予測し得る程度のものと認められる。」(審決書5頁17行〜19行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は,本件補正発明における「原水をストレート状またはシャワー状に吐水させる原水の水路と浄水器に送水する水路の切り換え操作を,切換レバーを一方向に押し倒すことにより行うことができ,復元する切換レバーを一方向に押し倒すだけで順次水路の切り換えが行えるので,指が濡れていたり,手に物を持った状態等でも切り換え操作が簡単,かつ安全に行える。」という顕著な効果を看過したものであるから,誤りである。
2 被告の反論(1)取消事由1(引用発明と引用発明2の組合せの容易性判断の誤り)に対しア原告は,引用発明においてはレバーの回動角度の調整によって所望の流路に切り換える機能を有しているのに対して,引用発明2の構成は,レバーの往復1サイクルでON,OFFスイッチングを行うのみである点で,両者の構成及び機能が異なること等を主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。
すなわち,引用発明は,レバー39を回動させて,軸体25の回動角度を調整し,所望の流路に切り換えるものであるが,レバー作動時に切り換えのクリック感を出していることに照らすならば,?@止水部40の一側面と筒部22の外側面との間にバネ付勢されたボールを設けて,レバーの回動角度は,軸体の突起26と開口部30の位置関係により,あらかじめ決められた一定の位置に操作することを必要していること,?A引用発明においては,3つの突起(26,26,26)が,軸体の周方向にほぼ一定の角度ずつ離間した位置に設けられており,流路を切り換えるためには,レバーを任意の角度ではなく,所定の角度ずつ操作するものであることからすれば,同じく所定の角度ずつ回動部材を回動させる引用文献2記載のラチェット機構を組み合わせることに,構成及び機能に差異はなく,組合せについての困難性はない。
引用発明と引用発明2の技術分野及び発明の課題が相違するとしても,引用発明の水路切換機構と引用発明2のラチェット機構とは,レバーによる回動操作の動作対象たる回動伝達部を回動させる機構である点で共通するから,その両者を組み合わせることが困難であるとはいえない。
イまた,原告は,引用発明に引用発明2を組み合わせて,本件補正発明に至るためには,引用発明2の技術思想の特徴的な構成(レバーが衝止のためのストッパーを設ける構成)を削除しなければならない点で困難性があると主張する。
しかし,原告の上記主張も,以下のとおり,失当である。
すなわち,本件補正発明は,レバーの復元位置を設定するストッパーを備えることを構成としているが,それ以外のストッパーの有無については,本件補正後の請求項1には記載がないから,同構成を排除していることを前提とする原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって失当である。引用発明のレバー回動機構に,引用文献2に開示されたラチェット機構を適用するに際して,一方のストッパー5を除く必要はない。
ウ原告は,引用文献2にはラチェット機構について具体的な説明が開示されていないと主張する。
しかし,原告の上記主張も,以下のとおり,失当である。すなわち,引用文献2において,ラチェット機構の構造と作動態様についての記載があるから(甲2,明細書3頁1行〜5頁16行,第1図,第2図等),第2図が多少不鮮明であったとしても,これらの記載を見た当業者は,この機構がラチェット機構として作動することを明確に理解することができる。
(2) 取消事由2(ストッパーに係る周知技術認定等の誤り)に対しア原告は,審決は,本件周知文献から「回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組み合わせでストッパーを構成すること」は周知技術であるとしたが,本件周知文献に記載された事項のみによって,周知技術であると判断するのは誤りであると主張する。
しかし,原告の上記主張は,理由がない。
回動部材の回動位置を規制するために,回動部材側とこれを設けた非回動部材(装置本体)側に,それぞれ凸設部を設けてストッパーを構成することは,本願発明の技術分野に限らず,種々の技術分野で広く用いられている極めてありふれた技術である。
本件周知文献における係合突起が,ある一状態においてのみストッパーとして機能するものであるとしても,ストッパーとしての機能を有していることを否定することができない以上,ストッパーの周知例の一つであるといえる。
周知例としては,本件周知文献の他にも,乙1周知文献及び乙2周知文献がある。乙1周知文献及び乙2周知文献の技術分野が本件補正発明の技術分野とはそれぞれ異なるとしても,それは,凸設部の組み合わせによりストッパーを構成することが種々の技術分野において普通に採用されているものであることを示すものであり,このように広く普通に採用されている技術を,本件補正発明の技術分野に採用することを妨げる理由はない。
以上のとおり,回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組み合わせによりストッパーを構成することが周知技術であるとした審決の判断に誤りはない。
イ原告は,本件周知文献には,ストッパー60と係合突起71とは,互いに係合した状態で慣性質量体30と共に回転させるための構成が示されているのであって,「凸設部で構成されてレバーの復元位置を設定するためのストッパー」が示されているとはいえないから,審決の本件周知技術の認定に誤りがあると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,本件周知文献においては,係合突起71と端面62Aとの間にストッパー60が配置されて,係合突起によりストッパーの時計回転方向(図1の矢印C方向)への移動が制限されるとの構成が示されている(段落【0037】参照)から,係合突起が「凸設部で構成されたストッパー」としての機能を有することは明らかであり,審決の認定に誤りはない。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果に係る判断の誤り)に対し原告は,審決には,本件補正発明における「原水をストレート状またはシャワー状に吐水させる原水の水路と浄水器に送水する水路の切り換え操作を,切換レバーを一方向に押し倒すことにより行うことができ,復元する切換レバーを一方向に押し倒すだけで順次水路の切り換えが行えるので,指が濡れていたり,手に物を持った状態等でも切り換え操作が簡単,かつ安全に行える。」という顕著な効果を看過した誤りがあると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。本件補正発明の奏する「切換レバーを一方向に押し倒すだけで順次水路の切り換えを行うことができる」効果は,引用発明に引用文献2に記載の発明を適用して,レバー回動機構にラチェット機構を設けることにより奏される効果であって,このような効果は,当業者であれば,容易に予測し得るものであるといえる。したがって,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1取消事由1(引用発明と引用発明2の組合せの容易性判断の誤り)について原告は,?@引用発明2は1周期内でON,OFFスイッチングを行うのみであるのに対し,引用発明は回動角度の調整によって所望の流路に切り換える機能を有している点で異なること,?A引用発明と引用発明2はその技術分野に関連性を有しておらず,課題に共通性も認められないこと,?B引用発明2は2つのストッパーを設けることが特徴的な構成であり,引用発明と組み合わせるためにその1つのストッパーを除くことは,引用発明2の技術思想に反すること,?C引用文献2にはラチェット機構について具体的な説明が開示されていないことなどから,引用発明と引用発明2との組合せが容易であるとする審決には誤りがある旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり理由がない。
(1) 引用文献1ア 引用文献1の記載引用文献1(甲1)には,図面(別紙引用文献1【図1】ないし【図7】参照)とともに,次の記載がある。
「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,上水道等の蛇口に設けられ,原水ストレート,原水シャワー,浄水器等の切り換えを行う切換弁に関するものである。」「【0005】本発明は,上記の事情に鑑みてなされたものであって,全体が小型化され,各分岐流路における流出水量を十分かつ正確に確保することができ,しかも安価な切換弁を提供することにある。
【0006】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために,本発明は次の様な切換弁を採用した。すなわち,請求項1記載の切換弁では,上水道等の蛇口に着脱自在に設けられ,内部に流路が形成され,その流路の下流側が1以上の隔壁により画成されて複数の分岐流路とされ,これらの分岐流路に外部と連通する開口部が形成された筒部と,複数の前記分岐流路内のそれぞれに移動自在に設けられ,前記開口部を開閉可能なボールと,前記複数の分岐流路の配列方向に沿って配置され,軸線回りに回動自在に設けられた軸体と,軸体の外周部にそれぞれの前記分岐流路に対応して設けられ,軸体の回動とともに該軸体の軸線回りに回動し,前記ボールを前記回動方向に移動させて開口部を開閉する複数の突起とを備えてなることを特徴としている。」「【0012】【作用】本発明の請求項1記載の切換弁では,突起によりボールを分岐流路内を移動させることにより開口部を開閉する。開口部を閉塞する際には,ボールが開口部に位置し,水圧によりボールが開口部に圧接されて水の流出を遮断する。また,ボールによって閉塞された開口部を開く場合には,軸体を回動させることにより,突起が回動して開口部近傍を通過する際に該開口部を閉塞させているボールを突起の回動方向に移動する。これにより,軸体を回動させることにより,各ボールが各開口部を順次開閉することにより,分岐流路が切り換えられる。」「【0019】・・・前記筒部内分岐流路28,28,28には,それぞれボール24が筒部内分岐流路28内を移動自在として配置されている。
ボール24は,中央に位置する筒部内分岐流路28に2個配置され,他の筒部内分岐流路28,28に1個ずつ配置されており,各ボール24はそれぞれの筒部内分岐流路28において開口部30を開閉可能な形状に形成されている。
【0020】前記軸体25は,概略外形円柱状の部材であって,・・・軸体25の筒部22から突出された端部には,軸体25を自身の軸線を中心として回動操作するためのレバー39が固定されている。このレバー39は,軸体25の半径方向一側に突出され,軸体25の軸線回りに回動させることにより軸体25を回動させるようになっている。・・・軸体25の各筒部内分岐流路28,28,28に面する外周部には,これら各筒部内分岐流路28,28,28に配置されたボール24を移動するための突起26,26,26が計3個突設されている。これら突起26,26,26は,軸体25の断面方向において中心角180度以内の同一の扇形内に軸体25の周方向に互いに離間して3個まとめて配置され,それぞれ,軸体25が回動した際に,前記開口部30を閉塞しているボール24に衝突してこのボール24を開口部30から移動可能な形状に形成されている。
【0021】前記分岐流路29の内,最も前記嵌合孔38側に位置する開口部30に接続されたものは原水ストレート用分岐流路43(分岐流路)であり,中央に位置する開口部30に接続されたものは原水シャワー用分岐流路44(分岐流路)であり,凹部37側に位置する開口部30に接続されたものは浄水器用分岐流路45(分岐流路)である。・・・・・。
【0022】前記切換弁21によれば,軸体25を前記突起26,26,26が設けられている扇形以外の面を下面に向けることにより,全ての開口部30にボール24が水圧によって圧接されていずれの分岐流路29からも出水しない状態となる。次いで,レバー39を手動で操作することにより軸体25を回動して,例えば図1および図3に示すように中央に位置する突起26を下方に位置させれば,図5に示すように,中央に位置する筒部内分岐流路28の開口部30からボール24が移動されて開口部30が開口され,原水シャワー用分岐流路29への出水がなされる。他の筒部内分岐流路28についても同様に,軸体25を回動することにより,図4および図6に示すように,筒部内分岐流路28に対して配置された突起26によって開口部30からボール24を移動して開口部30を開口する。
これらの開口部30の開口操作においては,前記突起26,26,26が互いに軸体25の周方向で異なる位置に設けられているので,同時に2つの開口部30が開口されることはない。また,いずれかの開口部30が開口されている時には,他の開口部30はボール24によって閉塞されているが,原水ストレート用分岐流路43または浄水器用分岐流路45に出水する際には,原水シャワー用分岐流路44の接続された開口部30は,当該開口部30の設けられている筒部内分岐流路28内に配置された2つのボール24,24のいずれかによって閉塞される。軸体25を原水ストレート用分岐流路43に面する開口部30を開口した状態(図4参照)から図3におけるレバー39側から見て時計回りに回動すれば,まず,図5に示すように原水シャワー用分岐流路44に面する開口部30を開口し,次いで,図6に示すように浄水器用分岐流路45に面する開口部30を開口する。逆に,図6の状態から軸体25をレバー39側から見て反時計回りに回動すれば,図5の状態を経て,図4の状態となる。」「【0028】【発明の効果】以上説明した様に,本発明の請求項1記載の切換弁によれば,軸体を回動して開口部を開閉することにより,出水する分岐流路を切り換えるので,容易に切り換えすることができ,しかも,ボールを移動するためのスペースが少なくて済むから,従来の切換弁に比して高さ寸法を低くすることができ,小型化が可能である。また,ボールは開口部に対して開口・閉塞の中間位置で停止しにくく,しかも,止水時には水圧でボールが開口部に圧接されるので,出水と止水が明確となり,止水時の水漏れや,目的の出水量が安定して得られる。」イ 引用発明の内容について上記の引用文献1の記載事項によれば,引用文献1には,原水ストレート,原水シャワー,浄水器等の各分岐流路への水路の切り換えを行う切換弁の発明が記載されており,この発明は,切換弁の小型化,各分岐流路における流出水量の確保,切換弁の安価化を解決課題としたものと認められる。
そして,水路を切り換える機構に関して,実施例においては,各分岐流路28,28,28の開口30を開閉可能とするボール24(中央に位置する筒部内分岐流路28に2個,他の筒部内分岐流路28,28に1個ずつ)を配置し,また,軸線を中心として回動操作するためのレバー39が固定された軸体25に,各筒部内分岐流路28,28,28に配置されたボール24を移動するための突起26,26,26を,軸体25の断面方向において中心角180度以内の同一の扇形内に軸体25の周方向に互いに離間して突設した構成として,レバー39を手動で操作して軸体25を回動させることにより,突起により開口30から移動されるボールを変更して,このボールの移動により開口される開口30を変更することで,各分岐流路の水路を切り換える機構が記載されていると認められる。
水路の切換えは,軸体25の回動により突起でボールを移動させることで達成されるから,軸体25を回動させるレバー39の回動操作は,各突起26,26,26が軸体25の周方向に互いに離間した角度に応じた角度でされるものであるといえる。
そして,軸体25と直角な断面で切換弁の構造を示す【図3】(別紙引用文献1【図3】参照)による限り突起26,26,26が軸体25の周方向にほぼ同じ角度ずつ離間して設けられているものと見て取ることができるところ,引用文献1には突起26,26,26がそれぞれ異なる角度で離間されるものとする記載もないことからすれば,突起26,26,26は,軸体25の周方向に同じ所定の角度ずつ離間して設けられるものであると解する方が自然であるといえる。
以上によれば,引用発明は,レバー39を所定の角度ずつ回動させて操作することにより,動作対象の軸体25を所定の角度ずつ回動させて,流路を切り換える切換弁であるということができる。
(2) 引用文献2ア 引用文献2の記載引用文献2には,図面(別紙引用文献2第1図ないし第5図参照)とともに,次の記載がある。
「2.実用新案登録請求の範囲上面に端面爪車9をそして外周面に端面爪車9と同歯数の爪歯8を夫々形成した作動カム7及び爪10を有するレバー3基部を夫々取付板1の中心軸2に遊嵌し,一端を一方のストッパー5に固着して中心軸2に巻装したねじりコイルばね4の他端をレバー3に固着し,レバー3がストッパー6に衝止する様に作用させると共に,爪10を端面爪車9に喰嵌させ,レバー3が中心軸2を軸としてストッパー5,6間を一往復回動する毎に作動カム7がその爪歯8の一歯分だけ回転する様になし,軸11に取付けた先端に可動接点12’を有する可動片12を作動カム7外周面に圧装させ,可動接点12’と対応する固定接点13’を先端に有する固定片13を取付軸14に取付け,レバー3がストッパー6からストッパー5に回動する途中で可動接点12’が固定接点13’に接触係合する様に構成したカム式スイッチ」(甲2,明細書「実用新案登録請求の範囲」の欄)。
「3.考案の詳細な説明この考案は1サイクルON,OFF用のカム式スイッチに関するもので,レバーを往復運動させ,レバーを一定距離移動させることにより1/2サイクルの途中で可動接点と固定接点とを一回のみ接触させて回路を閉じ,かつその後接点の接触を解除させて開回路となす機構を備えたカム式スイッチを提供することを目的とするものである。・・・」(甲2,明細書2頁2行〜9行)。
「この考案を以下図面実施例について具体的に説明する。
2は例えばベークライトなどの絶縁材でなる取付板1の中心部の中心軸である。7は上面に端面爪車9を,そして外周面に端面爪車9の爪歯と同数の爪歯8を夫々形成した作動カム,3は端面爪車9の爪歯に喰嵌係合できる爪10を基部に適宜設けたレバーである。そこで上記構成の作動カム7及びレバー3基部を夫々中心軸2に遊嵌する。そして取付板1に突設の一方のストッパー5に一端を固着して中心軸2に巻装したねじりコイルばね4の他端をレバー3に固着し,レバー3が取付板1に突設の他方のストッパー6に衝止する様に作用させると共に爪10を端面爪車9に喰嵌させ,レバー3が中心軸2を軸としてストッパー5,6間を一往復回動する毎に作動カム7がその爪歯8の一歯分だけ回転する様にしてある。即ち,作動カム7は爪歯の1ピッチずつ第1図矢印方向に回転して行く逆止防止機構となっているものである」(甲2,明細書2頁19行〜3頁17行)イ 引用発明2の内容について(ア)上記の引用文献2の記載事項によれば,引用文献2には,レバー3がストッパー6からストッパー5に回動する途中で,作動カム7の回動により,可動接点12’と固定接点13’とを一回のみ接触させるカム式スイッチの発明が記載されていると認められる。
そして,作動カム7を回動させる機構に関して,レバー3の爪10を作動カム7の端面爪車9に喰嵌させて,レバー3が中心軸2を軸としてストッパー5,6間を一往復回動するごとに,作動カム7をその爪歯8の一歯分だけ一方向へ回動させる機構が記載されていると認められる。
(イ)レバー3はストッパー5,6の間を回動するから,レバー3はストッパー5,6の間隔で規定される所定の角度だけ回動することになる。
また,レバー3の所定の角度の回動によって作動カム7はその爪歯8の一歯分だけ回転する。
そうすると,レバー3の爪10を作動カム7の端面爪車9に喰嵌させて,レバー3がストッパー5,6間を回動するごとに,作動カム7をその爪歯8の一歯分だけ一方向へ回動させる構成が開示されており,引用文献2には,ラチェット機構が開示されているといえる。
(3) 判断ア原告は,引用発明においてはレバーの回動角度の調整によって所望の流路に切り換える機能を有しているのに対して,引用発明2の構成は,レバーの往復1サイクルでON,OFFスイッチングを行うのみである点で,両者の構成及び機能が異なること等を主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,前記認定のとおり引用発明と引用発明2とは,レバーによる回動操作の動作対象たる回動伝達部を回動させる具体的な構成において共通点を有するものであり,さらには,この回動構成として,ラチェット機構は引用文献2のカム式スイッチの技術分野以外の技術分野においても一般的に知られた技術と解されるものであるから,引用発明に引用発明2を組み合わせて本件補正発明の構成に至ることに,格別困難な点はない。よって,これと同旨の審決に誤りはない。
イまた,原告は,引用発明に引用発明2を組み合わせて本件補正発明の構成に至るためには,引用発明2の構成から一方のストッパーを除き,レバーを所定の回動角度とした時に流路が切り換わる構成とすることが必要であるが,このような必須の構成を削除しなければならない点で困難性があると主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり理由がない。
すなわち,本件補正発明の特許請求の範囲(甲6)においては,ストッパーに関し,「・・・該切換レバーを元の所定位置に復元する切換レバー復元機構が配されると共に,該切換弁本体及び切換レバーの回動伝達部のそれぞれに設けた凸設部との組み合わせで構成されるストッパーが配された切換弁。」と記載され,切換レバー復元機構により切換レバーを元の所定位置まで復元する機能を有するストッパーを特定しているのみであり,その他,切換レバーの回動操作の範囲を制限するストッパーを別途設けることについては何らの特定がない。したがって,そのような別途のストッパーを設けることは,そもそも,本件補正発明の特許請求の範囲からは除外されていない。また,本願当初明細書(甲4)の段落【0004】には「・・・従来の切換弁においては,レバーを回して所定位置に固定するという操作を必要とするため,レバーを指でつまめないと切り換え操作ができないという煩わしさがあり,指が濡れていたり,手に物を持った状態では,レバーから指を滑らせたり,レバーそのものを回せない等切り換え操作に不都合がある。」と記載され,段落【0023】【発明の効果】には「・・・復元する切換レバーを一方向に押し倒すだけで順次水路の切り換えが行えるので,指が濡れていたり,手に物を持った状態等でも切り換え操作が簡単,かつ安全に行える。」と記載されているから,明細書の詳細な説明の記載に照らしても,「復元する切換レバーを一方向に押し倒す」ことに支障のない範囲内においては2つのストッパーを設けることは本件補正発明において除外されてはいないものといえる。
そして,引用発明は,レバー39を所定の角度ずつ回動操作することにより,流路を切り換える切換弁であって,2つのストッパー5,6を設けたとしても,その間隔を当業者において適宜設定することにより,レバー39を所定の角度で回動操作し,流路が適宜切り換わる構成とすることに困難性はないというべきである。
以上のとおり,引用発明2も引用発明に組み合わせるに当たり,一方のストッパーを除き,レバーを所定の回動角度とした時に流路が切り換わる構成とすることが必要であるとはいえないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであって,失当である。
ウさらに,原告は,引用文献2にはラチェット機構について具体的な説明が開示されていないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,理由がない。すなわち,前記認定のとおり,引用文献2には,レバー3の爪10を作動カム7の端面爪車9に喰嵌させて,作動カム7を回動させる機構に関して,レバー3が中心軸2を軸としてストッパー5,6間を一往復回動するごとに,作動カム7をその爪歯8の一歯分だけ一方向へ回動させる機構が開示されており,引用文献2には,ラチェット機構が開示されていることは自明であるといえる。
(4) 小括以上のとおり,原告の取消事由1の主張は,理由がない。
2 取消事由2(ストッパーに係る周知技術認定等の誤り)について原告は,審決は,本件周知文献から「回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組み合わせでストッパーを構成すること」は周知技術であると認定したが,?@本件周知文献に記載された事項のみによって,周知技術であるとはいえない,?A本件周知文献には,ストッパー60と係合突起71とは,互いに係合した状態で慣性質量体30と共に回転させるための構成が示されているのであって,「凸設部で構成されてレバーの復元位置を設定するためのストッパー」が示されているとはいえないから,審決の本件周知技術の認定に誤りがあると主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり理由がない。
(1) 周知技術の内容ア 本件周知文献(甲3)本件周知文献(甲3)の記載事項によれば,本件周知文献には,乗員保護装置用強制作動構造の発明について,安全装置50がコイルスプリング56の付勢力により反時計回転方向(図1の矢印C方向)へ回転すると,安全装置50に設けられたストッパ60が慣性質量体30の係合突起71と係合して,係合突起71によりストッパ60(安全装置50)の時計回転方向(矢印C方向)への移動が制限される構成が記載されていると認められる。
また,【図1】ないし【図4】(別紙本件周知例文献【図1】ないし【図4】)によれば,ストッパ60は安全装置50の外周に突出して設けられ,係合突起71はストッパ60の回動軌跡上に慣性質量体30の内周から突出して設けられていることを理解することができる。
そうすると,本件周知文献には,乗員保護装置用強制作動構造における安全装置50の移動を制限するものではあるが,安全装置50が慣性質量体30に対して回転し,安全装置50に突設されたストッパ60が慣性質量体30に突設された係合突起71に係合することで,安全装置50が回動を阻止される位置が設定される,という技術的事項,すなわち,審決が周知技術であると認定した「回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組み合わせでストッパーを構成すること」(審決書5頁7行〜8行)が記載されているということができる。
イ 乙1周知文献及び乙2周知文献乙1周知文献には,枠体2に回転ツマミ5を取り付ける構造について,枠体2に突出して設けられた度決め突起2dに回転ツマミ5に突出して設けた係止突起5eが係合することにより,回転ツマミ5の回転範囲を規制する技術的事項が記載されている(乙1)。
また,乙2周知文献には,シャワーフックの本体部3にハンドル7を取り付ける構造について,本体部3に設けたストッパー4,4にハンドル7に設けた係止突起7bが係合することにより,ハンドル7回転角度を所定の範囲内に規制する技術的事項が記載されている(乙2)。
上記の乙1周知文献及び乙2周知文献の記載事項によれば,各種の技術分野において,回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組合せによりストッパーを構成することが示されているといえる。
(2) 判断上記の認定によれば,「回転体とその取付部とのそれぞれに設けた凸設部の組み合わせでストッパーを構成すること」は,種々の技術分野において用いられていた周知技術であったということができ,周知技術を,水路を切り換える切換弁のレバーの復元位置を設定するために適用することは,当業者において適宜設計し得ることであったといえる。
よって,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(顕著な作用効果に係る判断の誤り)について原告は,本件補正発明は,引用発明に引用文献2に記載された構成及び本件周知文献に記載された構成を組み合わせても達成し得るものではなく,「切換レバーを一方向に押し倒すだけで順次水路の切り換えを行うことができるので,指が濡れていたり,手に物を持った状態でも切り換え操作が簡単かつ安全に行える」という顕著な効果を有しているから,「本件補正発明の全体構成により奏される効果は予測し得る程度のものである」とした審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,本件補正発明における「切換レバーを一方向に押し倒すだけで順次水路の切り換えを行うことができる」との効果は,引用発明に引用発明2を適用して,レバー回動機構にラチェット機構を設けることにより奏される効果であって,このような効果は,ラチェット機構の機能を理解している当業者であれば,容易に予測し得るものであるといえる。したがって,顕著な作用効果を認めることができないとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 本件補正の許否について以上の説示によれば,本件補正発明は特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は却下されるべきであるとした審決の判断に誤りがあるとはいえない。
なお,引用発明に引用文献2の記載事項を適用することにより,ストッパーを「切換レバーの復元位置を設定する」構成にすることができるのであるから,本願発明は,本件補正発明におけるのと同様の理由により,引用発明,引用発明2及び本件周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということができ,審決の判断に誤りはない。
5 結論以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 嶋末和秀