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関連審決 不服2002-5158
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 72号 審決取消請求事件
原告A
被告 特許庁長官小川 洋
同指定代理人 佐藤伸夫
同 久保田 健
同 山下弘綱
同 小曳満昭
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/11/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が、不服2002-5158号事件について、平成16年1月16日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、平成7年1月17日、発明の名称を「無線電話端末による取引バランス決済システム」とする発明について、特許出願(特願平7-35817号、
以下「本願」という。特開平8-194763号)をしたが、平成14年3月4日付けで拒絶査定を受けたので、同月27日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、上記請求を不服2002-5158号事件として審理した上、
平成16年1月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年2月4日、原告に送達された。
(2) 本願の請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、平成13年9月21日付手続補正書に記載され、本件審決に記載された、以下のとおりのものである。
【請求項1】無線電話端末(コードレス電話子機、携帯電話、又はPHS端末)に付着されたメモリカード(ICカードを含む)又はカードリーダを経て読み込まれる利用客の金融取引データをもとに、利用客及び店舗の取引金融機関側センタ装置と、無線及び有線回線で接続された無線電話端末により、利用客の買い上げ商品又はキャッシングの取引を決済するシステムにおいて、店舗での取引決済に際して、利用客の取引金融機関の口座より、出金電文にもとづいて利用客の取引金額の出金処理を行い、その口座の新残高にもとづいて取引決済の可否の判断を決定し、新残高がマイナスの場合には決済処理を中止し、決済が可能と判断されると、
利用客と同一の金融機関での店舗側の取引口座へ、利用客の出金処理での取引金額と同額の入金処理のための入金電文をセンタ装置に伝送して現金のバランス決済を行う処理機能を有する事を特徴とする無線電話端末による取引バランス決済システム。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平6-231161号公報(甲3、以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)、特開平6-162280号公報(甲4、以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び特開昭59-154572号(甲5、以下「引用例3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとした。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、本願発明と引用発明1との相違点4の判断において、引用例3を誤認した(取消事由)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 本願発明と引用発明1との一致点及び相違点(1〜4)が、本件審決が認定した(6〜7頁)とおりであり、その相違点4が「取引を決済する処理機能について、本願発明が「店舗での取引決済に際して、利用客の取引金融機関の口座より、出金電文にもとづいて利用客の取引金額の出金処理を行い、その口座の新残高にもとづいて取引決済の可否の判断を決定し、新残高がマイナスの場合には決済処理を中止し、決済が可能と判断されると、利用客と同一の金融機関での店舗側の取引口座へ、利用客の出金処理での取引金額と同額の入金処理のための入金電文をセンタ装置に伝送して現金のバランス決済を行う処理機能を有する」と、決済処理プロセスに即して具体的に記載しているのに対し、引用例1発明では、そのように具体的に記載していない点」であること、上記相違点1ないし3に関する判断(7頁)は、いずれも認める。
しかし、本件審決が、上記相違点4の判断において、「引用例3には、
「・・・決済が可能と判断されると、利用者と同一の銀行での該当する商店の口座に取引額を振込み、取引と同時に決済が行なわれる処理機能を有する、取引端末機による決済システム」の発明(引用例3発明)が開示されていることが認められる」(8頁)と認定したことは、以下のとおり誤りである。
(2) すなわち、引用例3のステップ(83)、(84)には、取引端末機と銀行のコントロール・センタとの決済の取引処理フローが定められているところ、図12、15、13における決済の処理フローにおいて、加盟店への振込みは、即時オンラインでの入金処理でなく、夜間バッチ処理を前提とした商店別取引データの集計をもとに、加盟店別に取引データの一括振込みを行っていることが明らかである。金融システムの第二次オンラインの開発に携わってきた原告の経験でも、入金処理と振込処理はその決済フローが全くことなっており、本件審決は、引用発明3の技術内容を誤認したものである。
(3) この点について被告は、引用例3の2頁右上欄6行〜左下欄9行(本件審決における引用例3の摘記事項「a)」、以下「本件摘示事項」という。)には、
「取引と同時に決済が行われるために、もし利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると決済は不可能であり」として、夜間バッチではなく取引と同時に決済が行われる発明が明記されていると主張するが、「利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると」の部分は、預金者の与信力のチェックの部分であり、決済そのものではない。しかも、「取引と同時に決済が行われ」と記載されているが、
「その利用者の口座から取引額が引出され、該当する商店の口座に取引額が振込まれること」は振込処理であり、本願発明における「入金処理」ではないのである。
本件審決は、無線電話端末による「入金処理」を「振込処理」と同等のものと誤認したのである。
(4) また、被告は、売買取引が終了していないことを理由に、取引の決済がなされていないかのような主張をするが、通常、売買取引とその決済のプロセスにおいてはタイムラグが生じており、与信リスクが伴うものである。振込みのための手続(指図)が行われた段階で、未だ商店の口座への入金がなされない状況でも、売買取引を終了しても支障はなく、与信リスクが生じるだけである。
つまり、「振込まれる」ことと取引の「決済」がなされることとは、次元が異なり、「振込みによる即時決済」が常に成立するものではない。
3 被告の反論の要点 本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、理由がない。
(1) 本件摘示事項には、「取引と同時に決済が行われるために、もし利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると決済は不可能であり、」と、原告が主張するような夜間バッチではなく、取引と同時に決済が行われる発明が明記されている。原告の主張は、本件審決の上記摘示事項を正解しないものである。
(2) しかも、本件摘記事項によれば、「利用者の口座から取引額が引出され、
該当する商店の口座に取引額が振込まれることにより、上記の取引が決済される」のであるから、「利用者の口座から取引額が引出され」ることと「該当する商店の口座に取引額が振込まれる」ことの2つの処理により取引の「決済」がなされ、かつその「決済」は「取引と同時に」行われることになる。
決済とは、一般に、代金の支払によって売買取引を終了させることを意味する用語である(新村出編「広辞苑」第3版第2刷、岩波書店昭和59年11月20日発行、752頁参照。)。このことを考慮して上記記載を検討すると、取引の「決済」をする、すなわち、売買取引を終了させるためには、利用者の口座から引出された取引額が、該当する商店の口座に実際に入金される必要があり、「取引と同時に決済が行なわれる」という記載を考え併せるならば、上記「該当する商店の口座に取引額が振込まれる」ことは、商店の口座に入金されることと実質的に同等の意味に解することが相当である。してみれば、上記記載における「利用者の口座から取引額が引出され」ることと「該当する商店の口座に取引額が振込まれる」ことは、それぞれ本願発明の「利用客の取引金額の出金処理」と「店舗側の取引口座へ、利用客の出金処理での取引金額と同額の入金処理」に相当することは明らかである。
なお、本件審決の引用発明3の認定における「振込み処理」という用語は、「該当する商店の口座に取引額を振込」むことを、便宜上、「振込み処理」と表現したものであり、引用発明3の認定事項を超えた特別な意味を持たせたものでない。
当裁判所の判断
1 取消事由(引用例3の誤認)について (1) 本願発明と引用発明1との相違点4が、本件審決が認定するとおり、「取引を決済する処理機能について、本願発明が「店舗での取引決済に際して、利用客の取引金融機関の口座より、出金電文にもとづいて利用客の取引金額の出金処理を行い、その口座の新残高にもとづいて取引決済の可否の判断を決定し、新残高がマイナスの場合には決済処理を中止し、決済が可能と判断されると、利用客と同一の金融機関での店舗側の取引口座へ、利用客の出金処理での取引金額と同額の入金処理のための入金電文をセンタ装置に伝送して現金のバランス決済を行う処理機能を有する」と、決済処理プロセスに即して具体的に記載しているのに対し、引用例1発明では、そのように具体的に記載していない点」(7頁)であることは、当事者間に争いがない。
原告は、本件審決が、上記相違点4の検討において、「引用例3には、
「・・・決済が可能と判断されると、利用者と同一の銀行での該当する商店の口座に取引額を振込み、取引と同時に決済が行なわれる処理機能を有する、取引端末機による決済システム」の発明(引用例3発明)が開示されていることが認められる」(8頁)と認定したことが誤りであると主張するので、以下検討する。
(2) 原告は、引用例3のステップ(83)、(84)に基づく図12、15、
13における決済の処理フローにおいて、加盟店への振込みは、即時オンラインでの入金処理でなく、夜間バッチ処理を前提とした商店別取引データの集計をもとに、加盟店別に取引データの一括振込みを行っているから、本件審決の上記認定が誤りであると主張する。
しかしながら、引用例3(甲5)によれば、本件審決が引用した本件摘示事項は、同引用例の特許請求の範囲に記載された発明自体に関するものではなく、
発明の詳細な説明の「発明の背景」に記載された従来技術を説明した箇所であると認められるところ、原告は、同引用例の「特許請求の範囲」に記載された発明におけるステップ(83)、(84)に基づいて、図12、15、13における決済の処理フローが、即時オンラインでの入金処理でなく夜間バッチ処理を前提としていると主張するものであるから、原告の同主張は、本件審決が本件摘示事項を引用した趣旨を正解せずに非難するものであって、採用の限りではない。
(3) また、原告は、本件摘記事項の「利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると」の部分が、預金者の与信力のチェックの部分であって決済そのものではなく、「取引と同時に決済が行われ」と記載されてはいるが、「その利用者の口座から取引額が引出され、該当する商店の口座に取引額が振込まれること」は振込処理であり、本願発明における「入金処理」ではないのであって、無線電話端末による「入金処理」を「振込処理」と同等のものと誤認していると主張する。
この点について、引用例3(甲5)の本件摘記事項には、「デビット・カードを利用した信用取引システムに加盟している商店には取引端末機があり、この取引端末機は銀行のコントロール・センタと電話(通信)回線により接続されている。コントロール・センタには、デビット・カードの利用者の口座および加盟店の口座に関するデータがストアされた顧客別情報ファイルが設けられている。利用者がある加盟店で取引を行なった場合には、取引端末機からデビット・カードのデータと取引額とがセンタに伝送される。そしてセンタでは、その利用者の口座から取引額が引出され、該当する商店の口座に取引額が振込まれることにより、上記の取引が決済される。このようなデビット・カードを用いた取引決済装置が構想されているが、この構想では取引と同時に決済が行なわれるために、もし利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると決済は不可能であり、利用者はデビット・カードを用いた取引を拒否されることになる。 」(2頁右上欄〜左下欄)と記載されている。
上記の記載によれば、引用例3では、利用者が加盟店である商店と取引を行った場合には、取引端末機からデビット・カードのデータと取引額とが銀行のコントロール・センタに伝送され、センタでは、その利用者の口座から取引額が引き出されるとともに、該当する商店の口座に取引額が振り込まれることにより、取引と同時に決済が行われ、仮に、利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると、決済は不可能とされ、利用者は、デビット・カードを用いた取引自体を拒否されるものと認められる。すなわち、引用発明3においては、利用者の口座からの取引額の引出し及び商店の口座への取引額の振込みが完了した場合をもって、「決済」が行われたものとされ、振込みがなされない限り決済は不可能とされるのであるから、同引用例における「振込み」とは、単に振込みのための手続が行われた段階に留まるものではなく、原告が主張する口座への「入金処理」も含めた概念として用いられていることが明らかである。
そして、引用例3(甲5)には、「たとえ利用者の口座と商店の口座とがそれぞれ異なる銀行にあったとしても、これらの銀行のセンタ同志を通信回線で接続しておき、一方のセンタから他方のセンタに取引データを伝送するようにすれば、決済は可能となる。この場合に、決済すべき取引データをストアするためのデビット・ファイルとしては利用者の口座が開設されているセンタのものを用いるのが好ましいであろう。そして、決済金額を振込むときにのみ振込むべき金額を含むデータを商店の口座が開設されている銀行のセンタに伝送し、そこのセンタの口座に入金する。」(3頁右下欄〜4頁左上欄)とも記載されており、この記載によれば、引用例3では、利用者の口座と商店の口座とが異なる銀行にある場合に決済金額を振込むときには、利用者の口座が開設されているセンタから、振込むべき金額を含むデータが商店の口座が開設されている銀行のセンタに伝送され、その振込金額等のデータの伝送によって、口座への入金がなされると扱われているものと認められるから、この点からも、引用例3における「振込み」が、原告が主張する口座への「入金処理」も含めた概念として用いられているものと理解することができ、
同引用例の「決済」が、銀行などの金融機関同士の決済手続に留まるものではなく、振込相手方の口座への入金の完了までも含めたものであることが明らかである。
したがって、本件審決が、「引用例3には、「・・・決済が可能と判断されると、利用者と同一の銀行での該当する商店の口座に取引額を振込み、取引と同時に決済が行なわれる処理機能を有する、取引端末機による決済システム」の発明(引用例3発明)が開示されている」(8頁)と認定したことに誤りはなく、これに反する原告の上記主張は採用することができない。
(4) さらに、原告は、通常、売買取引とその決済のプロセスにおいてはタイムラグが生じており、振込みのための手続(指図)が行われた段階で、未だ商店の口座への入金がなされない状況でも、売買取引を終了しても支障はなく、「振込まれる」ことと取引の「決済」がなされることとは、次元が異なり、「振込による即時決済」が常に成立するものではないと主張する。
しかしながら、一般論として、原告が主張するように、振込みのための手続が行われた段階で、未だ商店の口座への入金がなされない状況で、売買取引等が終了する場合があるとしても、引用例3においては、前示のとおり、利用者の口座から取引額が引き出されるとともに、該当する商店の口座に取引額が振り込まれれば、決済が行われたものとされ、同時に取引が成立するものであり、仮に、利用者の口座の残高が取引額以下であったとすると、決済は不可能とされ、利用者は取引自体を拒否されるのであるから、原告の上記主張は、「振込による即時決済」を前提とする引用例3に妥当するものでないことが明らかであり、これを採用する余地はない。
2 結論 そうすると、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉