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関連審決 不服2005-12671
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10153審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10261審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10121審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10209審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10305審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  相違点の認定 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10096号 審決取消請求事件
原告日 立化成工業株式会社
訴訟代理人弁理 士長谷川芳樹
同 清水義憲
訴訟復代理人弁理 士池田正人
同 城戸博兒
被告特許庁長官
指定代理人岡本昌直
同 佐野遵
同 中田とし子
同 豊島唯
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/01/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2005−12671号事件について平成20年1月29日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成7年5月16日,発明の名称を「回路用接続部材」とする発明について,特許出願をし,平成16年4月27日付けで明細書の発明の詳細な説明に係る手続補正をしたが(甲2),平成17年5月27日付けで拒絶査定を受けたことから,同年7月4日,これに対する不服の審判(不服2005-12671号事件)を請求するとともに,同年8月3日付け手続補正書(甲3)により手続補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,平成20年1月29日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その審決の謄本は,平成20年2月12日に原告に送達された。
2 出願当初の特許請求の範囲出願当初の明細書(以下「本願明細書」という。甲1)における特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,出願当初の請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。
「下記(1)〜(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,導電性粒子よりなる回路用接続部材。
(1) ビススフェノールF型フェノキシ樹脂(2) ビスフェノール型エポキシ樹脂(3) 潜在性硬化剤」3 本件補正後の特許請求の範囲本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。補正部分に下線を施した。甲3)。
「【請求項1】下記(1)〜(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1〜10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材。
(1) ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(2) ビスフェノール型エポキシ樹脂(3) 潜在性硬化剤」4 審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願補正発明は,特開平6-256746号公報(以下「引用例」という。甲4)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に違反するものであり,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである,そして,本願発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
審決の認定した,引用発明の内容,本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(1) 引用発明の内容(甲4)「下記(1)〜(4)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0〜30体積%である導電粒子よりなる,形状がフィルム状である接着フィルム。
(1) アクリル樹脂(2) フェノキシ樹脂(3) ビスフェノール型エポキシ樹脂(4) 潜在性硬化剤」(2) 本願補正発明と引用例との一致点及び相違点(一致点)ビスフェノール型エポキシ樹脂と潜在性硬化剤の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1〜10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材(相違点)本願補正発明が,接着剤組成物の必須の成分として「ビスフェノールF型フェノキシ樹脂」を含むのに対し,引用例に記載の発明では,「アクリル樹脂」と「フェノキシ樹脂」を含んでいる点
当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張審決には,以下のとおり,(1)引用発明の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1),(2)相違点に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)がある。
(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り及び相違点の看過)審決は,本願補正発明と引用発明との相違点の認定に当たり,引用発明の接着剤組成成分の1つである「アクリル樹脂」が単純なアクリル樹脂であるとし(審決書4頁末行),引用発明がアクリル樹脂を用いる点を,形式的な相違点として挙げたものの(審決書5頁16行,17行),実質的な相違点ではないと判断した(審決書5頁25行,26行)。
しかし,引用例記載のアクリル樹脂は,単なる「アクリル樹脂」ではなく,「カルボキシル基,ヒドロキシル基,及びエポキシ基から選ばれる1種以上の官能基」を有する特定の「アクリル樹脂」(以下「特定アクリル樹脂」という。)であるから,この点に係る審決の前記認定は誤りである。
ア引用例の【請求項1】には,「アクリル樹脂」が「特定アクリル樹脂」であることが記載されている。また,引用例の【発明の詳細な説明】においても,「本発明で用いるアクリル樹脂は,カルボキシル基,ヒドロキシル基,及びエポキシ基から選ばれる1種以上の官能基を有するアクリル樹脂が好適であり,例えばアクリル酸エステルとアクリロニトリルを主成分とし,0.2重量部以上のアクリル酸,メタアクリル酸,ヒドロキシエチルアクリレート,グリシジルアクリレート,グリシジルメタアクリレート等を1種以上含有した共重合体である。」(甲4の段落【0005】)と記載され,その官能基の役割及び作用について,「アクリル樹脂とフェノキシ樹脂のヒドロキシル基やカルボキシル基の作用でこれらが金属や酸化金属で構成される回路類表面に吸着形成され表面に高濃度に傾斜的に存在するものと考えられる。そのため硬化系内のアクリル樹脂とフェノキシ樹脂の島状もしくは傾斜部等の高濃度部は,汎用溶剤により容易に膨潤又は溶解し,又はこの部分がきっかけとなり硬化物を膨潤又は溶解し補修可能となる。」(甲4の段落【0017】)と記載されている。引用例のアクリル樹脂は,その特定の官能基の作用により,回路類表面に吸着形成されて,表面に高濃度に傾斜的に存在するため,汎用溶剤により容易に膨潤又は溶解され,これにより,接続部の信頼性とともに,補修性の向上することが説明されている。そして,引用例の実施例及び比較例の結果を示す【表1】(甲4の段落【0021】),及び【表2】(甲4の段落【0024】)には,カルボキシル基を有する「AA」(アクリル酸)及び「MAA」(メタアクリル酸),エポキシ基を有する「GMA」(グリシジルメタアクリレート),及び,ヒドロキシル基を有する「HEMA」(ヒドロキシルエチルメタアクリレート)を用いた「実施例」B〜Kのアクリル樹脂と,上記特定の官能基を有さない通常の「アクリル樹脂A」を用いた「比較例1」等の結果が示されている。これによると,上記特定の官能基を有する,実施例のアクリル樹脂B〜Kは,「接続信頼性」,「補修性」及び「接着力」ともに優れたものであることが示されているのに対し,上記特定の官能基を有しない通常の「アクリル樹脂A」を用いた「比較例1」では,補修性が「100≦秒」(すなわち,100秒以上),信頼性が「200Ω」と不良であり,「アクリル樹脂が官能基成分を有しないため補修性と信頼性に劣った。」(甲4の段落【0025】)と評価,分析され,通常の単なる「アクリル樹脂」が不適当であることが説明されている。
引用例に上記の記載があるにもかかわらず,審決は,引用発明の接着剤組成成分の1つである「アクリル樹脂」が単純なアクリル樹脂であると認定し,本願補正発明のアクリル樹脂と実質的な相違がない旨判断した点で誤りがある。
イ本願補正発明の3つの必須成分以外に含有され得る成分が,「ビスフェノールA型フェノキシ樹脂」を意味することは,本願明細書に接した当業者にとって明らかな事項である。すなわち,本願明細書に,「カップリング剤としては・・・が,・・・特に好ましい。」(甲1の段落【0009】)として記載され,本願明細書中に,「溶融粘度の調整等のために,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂を適宜混合して用いてもよい」(甲1の段落【0005】)と説明され,実施例(実施例9〜11:甲1の段落【0030】【表1】)でも用いられていることからも明らかである。そして,特定の官能基の作用により補修性等を向上させる,引用例の「特定アクリル樹脂」のように,本願補正発明の課題解決手段等,本願補正発明の本質を変更するような特殊な成分が,対象とされないことも明らかである。
以上のとおり,課題達成のための手段として「ビスフェノールF型フェノキシ樹脂」を構成成分とした本願補正発明と,「特定アクリル樹脂」を構成成分とした引用発明とを対比するに際しては,引用発明のアクリル樹脂が「カルボキシル基,ヒドロキシル基,及びエポキシ基から選ばれる1種以上の官能基」を有するものであるという点は,両者の発明の課題解決手段の相違,及び発明の技術思想の相違からみて,両者の重要な点であるから,実質的な相違点といえる。したがって,引用発明が「アクリル樹脂」を含んでいる点は,実質的な相違点ではないとした審決の判断は誤りである。
ウこの点,被告は,特開平5-182515号公報(乙1)をもって,エポキシ樹脂と潜在性硬化剤を含む接着剤の系において,熱可塑性樹脂が接続部材の補修性において優位な効果をもたらすことは周知であり,本願発明の「ビスフェノールF型フェノキシ樹脂」も引用発明の「アクリル樹脂」も共に熱可塑性樹脂であるから,引用例に「アクリル樹脂」を含んでいる点は実質的な相違点に当たらないと反論する。
しかし,乙1においては,「熱可塑性樹脂」が,架橋反応触媒の存在により架橋剤と反応する官能基を分子中に有する特定の熱可塑性樹脂であり,また,「架橋反応触媒」が,所定の温度で溶融するホットメルト樹脂でコーティングされた特定の架橋反応触媒であって,当該コーティングを形成するホットメルト樹脂の作用により,可撓性,弾性率低下,耐熱衝撃性の向上等の効果を奏させるものであるなどの点で,通常の「潜在性硬化剤」とは異なる。
したがって,そのような乙1を挙げて,「エポキシ樹脂と潜在性硬化剤を含む接着剤の系において,熱可塑性樹脂が接続部材のリペアー性(補修性)において優位な効果をもたらすこと」が周知であるとし,同じ熱可塑性樹脂である「アクリル樹脂」を引用発明が含んでいる点は実質的な相違点に当たらないとする被告の主張は理由がない。
(2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)審決は,本願発明が,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断したが,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
ア 引用例記載の「PKHA」について審決は,引用例の実施例として「PKHA(フェノキシ樹脂,分子量25000,ヒドロキシル基6%,ユニオンカーバイド株式会社製商品名)」が記載されていることを根拠として,引用発明のフェノキシ樹脂として,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることは,当業者が容易に推考し得ると判断した。
しかし,審決の上記判断は,次のとおり誤りである。
すなわち,審決の引用する「PKHA」(甲4の段落【0022】)は,ビスフェノールA型のフェノキシ樹脂であって,ビスフェノールF型のフェノキシ樹脂ではない。甲5の1及び2には「PKHA(ビスフェノールAより誘導されるフェノキシ樹脂・・」(甲5の1の段落【0086】)と記載され,また,「これらの樹脂は,ユニオンカーバイド社からBakeliteフェノキシ樹脂・・PKHA・・として商業的に入手でき,そして,ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから得られる高分子量熱可塑性ポリマーと表現される。」(甲5の2第4欄44〜48行)と記載されているとおり,「PKHA」はビスフェノールA型のフェノキシ樹脂であって,ビスフェノールF型のフェノキシ樹脂ではない。
以上によれば,引用例では,より好ましい態様として記載されている実施例において,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂である「PKHA」が挙げられている(甲4の段落【0022】)ことからして,引用例の記載が,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの動機付けとはならない。
イ 相溶性について審決は,相溶性をより一層良くするように,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことであると判断した(審決書6頁6行〜8行)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
樹脂における相溶性は,耐熱性,絶縁性,剛性,粘度等の項目と同様,回路用接続部材用の樹脂組成物を調製する際に検討される多くの項目の一つにすぎない。樹脂組成物においては,種類が異なる複数の樹脂を混合し,それぞれの樹脂の特性を生かしつつ,目的に応じて,各種の樹脂組成物が形成される。フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂との相溶性については,引用例に,「フェノキシ樹脂は・・・エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く」(甲4の段落【0007】)と記載されるとおり,フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂とは,基本骨格が類似していることから,既に一定以上の相溶性が確保されており,両者の相溶性に問題があるとはされていない。したがって,樹脂組成物における多くの検討項目のうちから,格別,相溶性に着目して,A型同士,又はF型同士を混合して用いる動機付けはない。
なお,引用例には,フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂とは相溶性が良いと記載されている(甲4段落【0007】)が,同記載からF型同士とすることによって,さらに相溶性が良くなり,補修性も向上するといえるわけではない。実際にも,本願明細書の【表1】(甲1の段落【0030】)の「比較例1」によれば,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂と,ビスフェノールA型エポキシ樹脂というA型同士を混合した場合は,その補修性は「90秒」であって,同【表1】中,最悪の結果を示しているとおりである。以上のとおり,たとえ,フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂との組成物において,両者の樹脂の型(A型,F型等)が同じであれば,さらに相溶性が良くなるであろうと仮定したとしても,自ずと,補修性も良くなるというものでもない。
ウ 接着性について審決は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂と,接着性との関係について,接着性がより一層良くなるように,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことである,と判断した(審決書6頁6行〜8行)。
しかし,審決の上記判断も誤りである。
引用例に,フェノキシ樹脂として,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることにより,接着性が向上するとの記載はない。また,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂は,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂に比べて耐熱性が低いことは周知である。例えば,甲6に示すとおり,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2138頁TABLE IのPolymer No.2に該当。)のガラス転移点は80℃であり,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2139頁TABLE IIのPolymer no.3に該当。)のガラス転移点は100℃である。したがって,良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として,引用例に具体的に記載され,実施例でも用いられている,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)(甲4の段落【0022】)に代えて,あえて耐熱性の低いビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いる動機付けはないといえる。
エ 補修性(本願補正発明の作用効果)について審決は,本願補正発明の作用効果である「補修性」が,引用例に記載の発明の「補修性」と比べて格別優れたものとはいえないと判断した(審決書6頁9行〜11行)。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
そもそも,本願補正発明は,引用発明と課題解決のための構成において相違し,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,補修性の効果を根拠にして,引用発明から本願補正発明を容易に想到したということはできない。
また,補修性の優越を比較するためには,「補修性」の測定値について,本願明細書と引用例の補修性に関する測定条件や測定方法を揃えることが必要であるにもかかわらず,この点が一致していない。例えば,本願明細書と引用例との間では,?@エポキシ樹脂として用いた,油化シェルエポキシ株式会社製の「エピコート828」と「エピコートYL-983U」との相違,?A溶剤として用いた,「トルエン/酢酸エチル」と「トルエン/酢酸ブチル」との相違,?B潜在性硬化剤として用いた,「ノバキュア3941」と「ノバキュア3742」との相違,?Cマイクロカプセル型硬化剤として用いた,「平均粒径5μm」と「平均粒径2μm」との相違,?D硬化剤の配合について,「固形重量比で樹脂成分100,潜在性硬化剤20となるように配合した」と「固形分比で30%になるように混合」との相違,?E導電粒子について,「3体積%」と「2体積部」との相違,?F導電粒子の平均粒径について,「10μm」と「5μm」との相違,?G導電粒子について,「ポリスチレンを核とする粒子」と「スチレン-ジビニルベンゼン共重合体樹脂球」との相違,?H乾燥温度について,「75℃」と「100℃」との相違,?I接着剤層の厚みについて,「25μm」と「20μm」との相違,?Jライン幅について,「50μm」と「40μm」との相違,?Kピッチについて,「100μm」と「80μm」との相違,?Lフィルムの厚みについて,本願明細書では「80μm」であるのに対し,引用例では不明である点の相違,?M加熱温度について,「160℃」と「170℃」の相違,?N加熱加圧時間について,「10秒」と「20秒」との相違が存在する。
本願明細書と引用例とでは,補修性の測定条件及び測定方法に共通性がないにもかかわらず,審決は,これを単純に比較して,「補修性」についてみても,本願発明は,引用発明に比べて格別優れたものとはいえないと判断している点に誤りがある。
仮に,補修性について,対比が可能であるという前提に立ったとしても,以下の理由により,本願補正発明の補修性が格別優れたものでないとはいえない。すなわち,本願明細書の上記【表1】に示されるとおり,フェノキシ樹脂としてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いた各実施例の「補修性」は「28秒」(実施例3,8)〜「65秒」(実施例10)を達成しているのに対し,引用例の上記「表2」中,「アクリル樹脂」を含まず,フェノキシ樹脂としてビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)を用いた「比較例2」の「補修性」は「100≦秒」(すなわち100秒以上)であり,フェノキシ樹脂として,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いたことに基づく本願補正発明の効果が優れている。
2 被告の反論(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り及び相違点の看過)に対しア 審決における引用例の摘示が不十分であったことは認める。
しかし,引用発明の認定をするに当たっては,引用例における特許請求の範囲の記載に限定されるものではなく,発明の詳細な説明欄の記載を含めることは,当然に許される。引用例の【実施例】には,「カルボキシル基,ヒドロキシル基,及びエポキシ基から選ばれる1種以上の官能基を有するアクリル樹脂」であるアクリル樹脂B〜Kを用いたフィルム状接着剤の実施例1〜24のほかに,そのような官能基を有しないアクリル樹脂Aを用いた比較例1,アクリル樹脂を用いない比較例2,フェノキシ樹脂を用いない比較例3が記載され,それぞれ,評価,分析がされている(甲4の段落【0019】〜段落【0028】,表1,表2参照。)。したがって,審決が,引用例の段落【0005】の摘示に当たり,「カルボキシル基,ヒドロキシル基,及びエポキシ基から選ばれる1種以上の官能基を有する」の部分を摘示しなかった点が不十分だったとしても,そのことにより引用発明の認定が誤りであったとはいえない。仮に,引用例のアクリル樹脂が「特定アクリル樹脂」に限定されるとした場合でも,アクリル樹脂であることに変わりはないから,単なるアクリル樹脂とした審決の認定に誤りはない。
イまた,以下のとおり,審決が,本願補正発明は,3成分以外の成分を排除したものではないとの前提に立って,引用発明が「アクリル樹脂」を含んでいる点は,実質的な相違点ではないとした判断にも,誤りはない。
すなわち,回路用接続部材において,補修性の向上は,当業者において重要な課題であり,また,エポキシ樹脂と潜在性硬化剤を含む接着剤の系において,熱可塑性樹脂が接続部材の補修性において優位な効果をもたらすであろうことも,当業者にとって普通に知られていることである。そして,本願補正発明の「ビスフェノールF型フェノキシ樹脂」も,引用発明の「アクリル樹脂」及び「フェノキシ樹脂」も,それぞれ共に,熱可塑性樹脂である。そして,本願補正発明は,「また,溶融粘度の調整等のために,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂を適宜混合して用いてもよい。」と記載され,また,【表1】に,実施例9〜11がビスフェノールA型フェノキシ樹脂を成分として含んでいることが記載されていることから,3成分以外を排除したものではないと理解される。以上のとおり,本願補正発明と引用発明とは,課題の解決手段が相違し,発明の技術思想が根本的に異なるものとはいえないから,引用発明が「アクリル樹脂」を含んでいる点は,実質的な相違点ではないとした点に誤りはない。
この点について,原告は,本願補正発明は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂,ビスフェノールA型エポキシ樹脂,及び潜在性硬化剤以外に,他の成分が含有することを排除したものではないが,更に含有され得る他の成分としては,本願明細書に記載の追加的な通常の添加剤や「ビスフェノールA型フェノキシ樹脂」であり,「特定アクリル樹脂」のように,本願補正発明の課題解決手段等,本願補正発明の本質を変更するような特殊な成分を意図してはいないと主張する。
しかし,本願補正発明が,実験的に評価確認した実施例のみに限定されるものとは理解されないのと同様,更に含有され得る他の成分が,本願明細書に記載された,追加的な通常の添加剤及び「ビスフェノールA型フェノキシ樹脂」に限定されるべき理由はない。また,本願明細書には,「特定アクリル樹脂」を排除する旨の記載もない。したがって,原告の上記主張は,失当である。
(2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)に対しア 引用例記載の「PKHA」について引用例(甲4の段落【0022】)に記載された「PKHA」はフェノキシ樹脂の一例として示されているにすぎず,引用例には,フェノキシ樹脂として,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の選択を排除する記載はされていない。そして,回路基板等で使用される各種の接着剤の成分として,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂が用いられる系で,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂も用いられることは,従来周知である。
引用例には,「フェノキシ樹脂は,分子量が10000以上の高分子量エポキシ樹脂であり,エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する。」と記載されており(甲4の段落【0007】),「構造が似ていること」が「相溶性」や「接着性」を向上させる旨が示されている上,「エポキシ樹脂の中では,ビスフェノール型エポキシ樹脂が分子量の異なるグレードが広く入手可能で,接着性や反応性等を任意に設定できることから好ましい。ビスフェノールF型エポキシ樹脂は,粘度が特に低いことからフェノキシ樹脂との組み合わせで流動性を広範囲に設定できることや,液状であり粘着性も得やすいことから特に好ましい。」とされ(甲4の段落【0009】),実施例として,「PKHA(フェノキシ樹脂,分子量25000,ヒドロキシル基6%,ユニオンカーバイト株式会社製商品名)と,エピコートYL-983U(ビスフェノールF型高純度液状エポキシ樹脂)」と記載されている(甲4の段落【0022】)。
以上を踏まえると,引用例には,ビスフェノールF型エポキシ樹脂と「相溶性,接着性が一層良くなるように」ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの動機付けがあるというべきである。
イ 相溶性,接着性について原告は,?@引用例において,既に一定以上の相溶性が確保されており,特段,両者の相溶性に問題があるとはされていないので,相溶性に着目して,A型同士又はF型同士を混合して用いる動機はない,?A相溶性について,フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂とをF型同士とすることにより,更に相溶性が良くなり,更に補修性が向上する確証はない旨主張する。
しかし,引用例(甲4)には,「フェノキシ樹脂は,分子量が10000以上の高分子量エポキシ樹脂であり,エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する。」と記載されており(甲4の段落【0007】),さらに構造の似たもの同士であれば,相溶性,接着性が良くなるであろうことは,容易に想到し得たことである。また,フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂とをF型同士とすることにより,さらに相溶性が良くなることを目的として,F型同士を混合する試みが困難であるとはいえない。
また,原告は,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)に代えて,耐熱性がより低いビスフェノールF型フェノキシ樹脂を,あえて用いる動機付けがあるとはいえないと主張する。
しかし,相溶性,接着性の向上という動機付けがある上,回路用接続部材の接着剤組成物として,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂が,使用するに十分な耐熱性を有することは,当業者にとって従来周知の技術的事項であるから,上記原告の主張は,失当である。
以上のとおり,相溶性及び接着性の点を勘案して,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことであるとした審決の判断には,誤りはない。
ウ 補修性について本願補正発明も引用発明も,ともに,接着剤という同一の技術分野に属し,回路基板の接着に利用されるものであり,その補修性の測定は,接続部のFPC(フレキシブル回路板)をITO(酸化インジウム)ガラスから剥離し,ITOガラス上に残存する一定面積(20×2mm)の接着剤を,アセトンを含浸した綿棒で拭き取り,終わるまでに要した時間で行われたものである(甲1の段落【0025】,【0028】,及び甲4の段落【0023】,【0025】)。
そして,補修性の評価において,良好と評価している範囲も,本願明細書に記載された【表1】の28〜65秒に対し,引用例(甲4)に記載された「表2」では,15〜30秒と,ともに数十秒であり,大きな相違はない。評価実験は,実用時の諸条件を模して行われるのが通常であるところ,本願明細書に記載された【表1】及び引用例に記載された「表2」の両者の測定条件及び測定方法の種々の相違は,実用時の設定条件の相違から生ずるものであり,これらの相違は,本願補正発明と引用発明との比較において,本願明細書の【表1】及び引用例の「表2」の結果を用いることが不合理であるというほどのものではない。
本願補正発明と引用発明とでは,その補修性の向上等,発明の課題が共通しており,課題の解決手段が異なるともいえないから,本願補正発明の構成に想到することに困難性はない。これと同旨の審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,審決には,相違点の看過についての誤りがあるか否かにかかわらず,引用発明のフェノキシ樹脂について,相溶性,接着性がより一層良くなるように,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことであるとした点には誤りがあると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1 本願明細書と引用例の各記載本願明細書及び引用例には,以下の記載がある。
(1) 本願明細書及び手続補正書(甲1,甲2)の記載本願明細書及び手続補正書(甲1,甲2)には,以下の記載がある。
「【0001】【産業上の利用分野】本発明は接着剤組成物と導電性粒子を用いた回路用接続部材に関する。
【0002】【従来の技術】2つの回路基板同士を接着すると共に,これらの電極間に電気的導通を得る接着剤については,スチレン系やポリエステル系等の熱可塑性物質や,エポキシ系やシリコーン系等の熱硬化性物質が知られている。この場合,接着剤中に導電性粒子を配合し加圧により,接着剤の厚み方向に電気的接続を得るもの(例えば特開昭55-104007号公報)と,導電性粒子を用いずに接続時の加圧により,電極面の微細凹凸の接触により電気的接続を得るものの(例えば特開昭60-262430号公報)とがある。
ところで,これらの接着剤による接続において,電気的接続不良であったり接続後に電子部品や回路が不良なるとし,回路間を剥がす等した後で接着剤を溶剤等で除去した後に,再度良品を接着剤により接続することが行われている。
この場合,微細回路や電極上の接着剤を汎用溶剤(例えばアセトン,メチルエチルケトン,トルエン,リグロイン,テトラヒドロフラン,アルコール等)を用いて,周辺部の良好部に悪影響を与えず,迅速かつ容易に除去できることが重要である。接着剤が熱硬化性物質の場合,溶剤として例えば,塩化メチレンと酸等により成るいわゆるエポキシ剥離剤を用いる場合が多い。
【0003】【発明が解決しようとする課題】従来,用いていた熱硬化性の接着剤では,溶剤として例えば,塩化メチレンと酸等によりなるいわゆるエポキシ剥離剤を用いて補修していたが,基板回路等への悪影響があった。
本発明は,接続部の信頼性が高く,かつ汎用溶剤により短時間で容易に補修可能な回路用接続部材を提供するものである。」「【0005】本発明に用いるビスフェノールF型フェノキシ樹脂について説明する。
ビスフェノールF型フェノキシ樹脂は,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)から求めた平均分子量が10000以上の高分子量エポキシ樹脂に相当し,エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する。分子量の大きいほどフィルム形成性が容易に得られ,また接続時の流動性に影響する溶融粘度を広範囲に設定できる。・・・また,溶融粘度の調整等のために,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂を適宜混合して用いてもよい。」「【0012】【作用】本発明においては,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を混合した接着剤組成物は,微細回路接続後の信頼性が高く,また補修には汎用溶剤の使用が可能であるという特徴に加えて,補修に要する時間が短いという特徴も兼備することになる。その結果として,回路の接続作業の効率が上昇すると推定される。・・・本発明における回路用接続部材は,用いる接着剤がビスフェノールF型フェノキシ樹脂,ビスフェノール型エポキシ樹脂及び潜在性硬化剤を含有し,溶剤の種類と沸点を特定し潜在性硬化剤の活性温度以下で乾燥するため,硬化剤の劣化がなく,安定した保存性が得られる。
【0013】【実施例】以下,本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。
なお,それぞれの配合比は表1にまとめてある。
実施例1ビスフェノールFとエピクロルヒドリンから,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(平均分子量20000)50gを一般的方法により作製し,これを重量比でトルエン(沸点110.6℃,SP値8.90)/酢酸エチル(沸点77.1℃,SP値9.10)=50/50の混合溶剤に溶解して,固形分40%の溶液とした。
ビスフェノール型液状エポキシ樹脂(ビスフェノールA型エポキシ樹脂,油化シェルエポキシ株式会社製,商品名エピコート828,エポキシ当量184)50gを,重量比でトルエン/酢酸エチル=50/50の混合溶剤に溶解して,固形分40%の溶液とした。
潜在性硬化剤は,ノバキュア3941(イミダゾール変性体を核とし,その表面をポリウレタンで被覆してなる平均粒径5μmのマイクロカプセル型硬化剤を液状ビスフェノールF型エポキシ樹脂中に分散してなるマスターバッチ型硬化剤,活性温度125℃,旭化成工業株式会社製商品名)を用いた。
ポリスチレンを核とする粒子の表面に,厚み0.2μmのニッケル層を設け,このニッケル層の外側に,厚み0.02μmの金層を設け,平均粒径10μm,比重2.0の導電性粒子を作製した。
固形重量比で樹脂成分100,潜在性硬化剤20となるように配合し,さらに,導電性粒子を3体積%配合分散させ,厚み80μmのフッ素樹脂フィルムに塗工装置を用いて塗布し,75℃,10分の熱風乾燥により接着剤層の厚みが25μmの回路用接続部材を得た。
得られたフィルム状接着剤は,室温での十分な柔軟性を有し,また40℃で240時間放置してもフィルムの性質には変化がほとんどなく,良好な保存性を示した。」「【0023】比較例1ビスフェノールF型フェノキシ樹脂に代えて,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHC)とした他は,実施例1と同様にして回路用接続部材を得た。」「【0025】(回路の接続)実施例1〜16,比較例1〜2で得た回路用接続部材を用いて,ライン幅50μm,ピッチ100μm,厚み18μmの銅回路を500本有するフレキシブル回路板(FPC)同士を170℃,2MPaで20秒間加熱加圧して,幅2mmにわたり接続した。この時,予め一方のFPC上に,回路用接続部材の接着面を貼り付けた後,70℃,0.5MPaで5秒間加熱加圧して仮接続し,その後,フッ素樹脂フィルムを剥離してもう一方のFPCと接続した。
また,前述のFPCと酸化インジウム(ITO)の薄層を形成したガラス(表面抵抗20Ω/□)とを160℃,2MPaで10秒間加熱加圧して,幅2mmにわたり接続した。この時,上記と同様にITOガラス上に仮接続を行った。
【0026】(接続抵抗の測定)回路の接続後,上記接続部を含むFPCの隣接回路間の抵抗値を,初期と,85℃,85%RHの高温高湿槽中に500時間保持した後に,マルチメータで測定した。抵抗値は隣接回路間の抵抗150点の平均(x+3σ)で示した。
【0027】これらの結果を表1に示す。実施例1で得られた接着剤組成物は良好な短時間接続性を示した。また,初期の接続抵抗も低く,高温高湿試験後の抵抗の上昇もわずかであり,高い耐久性を示した。実施例2〜4については,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の分子量を変化させても接続性,耐熱耐湿性にさほど変化は見られず,いずれも良好であった。また,実施例5〜8で作製したフィルム状接着剤は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂/ビスフェノール型エポキシ樹脂の配合量によって形成後のフィルムのタック性に差が認められるものの,接続性や保存性,耐久性自体は良好であった。また,硬化剤をイミダゾール変性体のマイクロカプセルから芳香族スルホニウム塩に代えた実施例16の場合,良好な接続性,保存性等に加えて,これまでの系に比べて,より短時間での硬化が可能となっている。
これらに対して,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂からビスフェノールA型フェノキシ樹脂に代えた比較例1では,接続抵抗が大きくなり,上昇も著しかった。これは接着剤成分が十分に流動する前に硬化し,接続厚みが導電性粒子の粒径よりも大きくなったためである。・・・【0028】(接続後の回路の補修性)補修性は,上記接続部のFPCをITOガラスから剥離し,ITOガラス上に残存する一定面積(20×2mm)の接着剤を,アセトンを含浸した綿棒で拭き取り,終わるまでに要した時間で評価した。
その結果を表1に示す。実施例1〜16では,実施例9〜11を除き,28〜41秒で接着剤の除去が完了している。これはビスフェノールF型フェノキシ樹脂が有する特異な補修性に起因している。実施例9〜11では,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂が混合しているため,補修性にやや劣っている。また,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の含まれていない比較例1の場合,補修時間は90秒と最も長かった。」「【0030】【表1】(判決注 別紙表1記載のとおり)【0031】【発明の効果】以上詳述したように,本発明によれば,接続信頼性が高くかつ汎用の溶剤により容易に,しかも非常に短時間で補修することが可能な回路用接続部材を提供することが可能となった。」(2) 引用例(甲4)の記載他方,引用例(甲4)には,引用発明に用いられる「フェノキシ樹脂」に関して,次の記載がある。
「【0007】フェノキシ樹脂について説明する。フェノキシ樹脂は,分子量が10000以上の高分子量エポキシ樹脂であり,エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する。分子量の大きいほどフィルム形成性が容易に得られ,また接続時の流動性に影響する溶融粘度を広範囲に設定できる。分子量15000以上が好ましい。これらの樹脂はヒドロキシル基やカルボキシル基等の極性基を含有すると,エポキシ樹脂との相溶性が向上し均一な外観や特性を有するフィルムの得られることや,硬化時の反応促進による短時間硬化を得る点からも好ましい。」「【0017】【作用】本発明によれば,アクリル樹脂とフェノキシ樹脂とエポキシ樹脂及び潜在性硬化剤を必須とする接着剤組成物を用いることにより,接続部の信頼性が高くかつ汎用溶剤により容易に補修可能である。この理由は,アクリル樹脂とフェノキシ樹脂とエポキシ樹脂がいずれも金属や酸化金属で構成される回路類と接着性が良好なこと,硬化物の耐熱性に優れること等により,接続部の信頼性が良好である。・・・【0018】本発明においては,組成物中に占める前記フェノキシ樹脂とアクリル樹脂及び必要に応じて用いる粘着付与剤よりなる熱可塑成分の合計割合を調節することにより,溶剤による補修性と接続部の信頼性との両立が可能である。この時,フェノキシ樹脂とアクリル樹脂は,それぞれ分子量が1万以上及び10万以上と高分子量であり必要に応じて用いる粘着付与剤の量は少量なことから,接続部の信頼性を高度に維持することが可能である。」「【0020】実施例1〜10及び比較例1(1)アクリル樹脂・・・」「【0022】(2)組成物の作製PKHA(フェノキシ樹脂,分子量25000,ヒドロキシル基6%,ユニオンカーバイト株式会社製商品名)と,エピコートYL-983U(ビスフェノールF型高純度液状エポキシ樹脂,加水分解性塩素イオン110ppm,油化シェルエポキシ株式会社製商品名,983Uと略)とを,50g/50gで秤量し,トルエン/酢酸ブチル=50/50(重量比)の混合溶剤に溶解して固形分40%の溶液とした。この溶液と前記アクリル樹脂溶液とを,表2に示す組み合わせの固形分比になるように混合した。また潜在性硬化剤は,ノバキュア3742(イミダゾール変性体を核としその表面をポリウレタンで被覆してなる平均粒径2μmのマイクロカプセル型硬化剤,活性温度124℃,旭化成工業株式会社製商品名,3742と略)を,固形分比で30%となるように混合した。上記混合液の固形分100重量部に対し,0.5重量部のエポキシ系シランカップリング剤と,2体積部の導電粒子(平均粒径5μmのスチレン-ジビニルベンゼン共重合樹脂球の表面に金属薄層を有する,プラと略)を添加撹拌し,ポリテトラフルオロエチレンフィルム(セパレータ)上にロールコータを用いて塗布後,100℃10分の乾燥により,接着剤層の厚みが20μmのフィルム状を得た。」「【0024】【表2】(判決注 別紙表2のとおり)【0025】表2において,補修性は上記接続部のFPCをITOから剥離し,ITO上に残存する一定面積(20×2mm)の接着剤をアセトンを浸漬した綿棒で拭き取るのに要した時間である。また,信頼性は85℃85%RH-500h後の接続抵抗値であり,FPCの隣接回路の抵抗200点のx+3σで示した。表2から,実施例1〜10はいずれも良好な補修性と信頼性の両立を得た。一方,比較例1は,アクリル樹脂が官能基成分を有しないため補修性と信頼性に劣った。
【0026】実施例11〜14及び比較例2〜3実施例6と同様であるが,表2に示すようにアクリル樹脂とフェノキシ樹脂との配合比を変え,エポキシ樹脂の一部にEPPN501H(トリフェニルグリシジルエーテル型エポキシ樹脂,日本化薬株式会社製商品名,EPPNと略)を用い,また粘着付与剤としてヒタノール2084(アルキルフェノール,軟化点70℃,日立化成工業株式会社製商品名,2084と略)を用いた。更に導電粒子として平均粒径3μmのニッケルを用いた。結果を表2に示すが,各実施例とも良好な補修性と信頼性の両立を得た。なお従来より,耐アセトン性の不十分な硬化体は耐水・耐湿性に劣るといわれていたが,上記各実施例のように本発明では耐水・耐湿性に優れることが分かった。一方,比較例2はアクリル樹脂を有しないので補修性が困難であり,比較例3はフェノキシ樹脂を有しないので信頼性に劣った。」2 判断(1)特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。
さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。
(2) 上記の観点に立って,審決の判断の当否について検討する。
ア前記1,(1)の本願明細書の記載,特に各実施例と比較例1との対比部分の記載に照らすならば,本願補正発明においてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を必須成分として用いるとの構成を採用したのは,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂を用いることに比べて,その接続信頼性(初期と500時間後のもの)及び補修性を向上させる課題を解決するためのものである。
一方,前記1,(2)の引用例には,「フェノキシ樹脂は・・・エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する」(甲4の段落【0007】)と記載されており,格別,相溶性や接着性に問題があるとの記載はない上,回路用接続部材用の樹脂組成物を調製する際に検討すべき考慮要素としては耐熱性,絶縁性,剛性,粘度等々の他の要素も存在するのであるから,相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの示唆等がされていると認めることはできない。また,一般的に,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂が本願出願時において既に知られた樹脂であるとしても(乙2,3),それが回路用接続部材の接続信頼性や補修性を向上させることまで知られていたものと認めるに足りる証拠もない。
さらに,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂は,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂に比べてその耐熱性が低いという問題があること,すなわち,「JOURNAL OF APPLIED POLYMER SCIENCE VOL.7,PP.2135-2144(1963)」(甲6)によれば,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2138頁TABLE IのPolymer No.2に該当する。)のガラス転移点は「80℃」であり,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2139頁TABLE IIのPolymer no.3に該当する。)のガラス転移点は「100℃」であり,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の耐熱性が低いものと認められる。上記のビスフェノールF型フェノキシ樹脂の性質に照らすと,良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として,格別の問題点が指摘されていないビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)(甲4の段落【0022】)に代えて,耐熱性が劣るビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが,当業者には容易であったとはいえない。
イ審決は,引用発明にビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが容易である根拠として,「引用例には・・・実施例として『PKHA(フェノキシ樹脂,分子量25000,ヒドロキシル基6%,ユニオンカーバイド株式会社商品名)』・・・を用いることも記載されている」点を挙げる(審決書5頁28行〜6頁4行)。しかし,審決が引用する「PKHA」(甲4の段落【0022】)は,特開平9-279121号公報において,「PKHA(ビスフェノールAより誘導されるフェノキシ樹脂・・ユニオンカーバイト株式会社製商品名・・・)」との記載があり(甲5の1の段落【0086】),また,米国特許第4343841号明細書においても,「これらの樹脂は,ユニオンカーバイド社からBakeliteフェノキシ樹脂・・PKHA・・として商業的に入手でき,そして,ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから得られる高分子量熱可塑性ポリマーと表現される。」(甲5の2第4欄44行〜48行。訳文)との記載がある。したがって,審決が引用する「PKHA」は,ビスフェノール「A型」のフェノキシ樹脂であり,ビスフェノール「F型」のフェノキシ樹脂ではないから,引用例の「PKHA」との記載は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることに対する示唆にはなり得ない。
(3) 小括以上の事実を総合考慮すれば,引用例に記載された発明のフェノキシ樹脂についてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが当業者にとって容易想到であるということはできず,本願補正発明が特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとした審決の判断には誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。
3 結 論以上のとおり,原告主張の取消事由2(相違点についての容易想到性判断の誤り)には理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 嶋末和秀