運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10175審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10206審決取消請求事件 判例 特許
平成20ネ10019特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成19行ケ10380審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10221審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  公知技術 /  技術常識 /  優先権 /  優先日 /  数値限定 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  公知事実 /  判決の拘束力 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 20年 (行ケ) 10110号 審決取消請求事件
原告篠 田商事株式会社
原告訴訟代理人弁理士増田竹夫
被告新日鉄マテリアルズ株式会社
被告訴訟代理人弁護士上谷清
同 永井紀昭
同 仁田陸郎
同 萩尾保繁
同 笹本摂
同 山口健司
同 薄葉健司
同 石神恒太 郎
被告訴訟代理人弁理士中村朝幸
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2005-80343号事件について平成20年2月20日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実等(証拠を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。)1 手続の経緯(1)訴外新日本製鐵株式会社(以下「新日鐵」という。)は,発明の名称を「圧胴または中間胴」とする特許第3439569号の特許(以下「本件特許」という。平成7年4月25日出願〔優先権主張:平成6年4月25日,日本〕,平成15年6月13日設定登録。登録時の請求項の数は4である。)の特許権者であった(甲19,26)。
本件特許に対し,特許異議の申立て(異議2003-73106号事件)があり,その審理の過程において,新日鐵が,平成16年8月16日,本件特許の願書に添付した明細書の記載を訂正する請求をしたところ,特許庁は,平成16年9月6日,「訂正認める。特許第3439569号の請求項1乃至4に係る特許を維持する。」との決定(以下「異議決定」という。)をし,同決定は,同年9月29日,確定した(甲20,26)。
(2)原告は,平成17年11月29日,本件特許の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とすることについて審判(無効2005-80343号事件。以下「本件審判」という。)を請求したが(乙1),特許庁は,平成18年5月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をした(甲26)。
(3)原告が,前審決の取消しを求めて,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10273号事件)を提起したところ,同裁判所は,平成19年9月10日,前審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)をした。なお,被告は,上記訴訟の係属中に,会社分割により,新日鐵から本件特許に係る特許権の移転を受けた(平成18年9月15日登録)ことから,同年10月31日付け引受決定により,同訴訟を引き受け,これに伴って,新日鐵は原告の承諾を得て同訴訟から脱退した(甲26)。
(4)前判決の確定により再開された本件審判の手続において,被告は,平成19年10月26日,本件特許の願書に添付した明細書の記載を訂正(以下,この訂正を「本件訂正」という。)する請求をした(甲27)。
特許庁は,平成20年2月20日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年3月3日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載(1) 本件訂正前の特許請求の範囲の記載本件訂正前(異議決定の確定時)の本件特許の願書に添付した明細書(以下,図面と併せ,「訂正前明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし4の各記載は,次のとおりである(甲20。以下,これらの請求項に係る発明を項番号に対応して,「訂正前発明1」などといい,これらをまとめて「訂正前発明」という。)。
「【請求項1】印刷装置において,印刷要素に対して被印刷体を圧着し,その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって,脱脂,ブラスト処理された金属製ローラ基材上に,気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と,さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し,更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く,一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており,かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度R20〜40μmで,滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とすmaxる圧胴または中間胴。
【請求項2】前記凹凸の凸部が,20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で存在するものである請求項1に記載の圧胴または中間胴。
【請求項3】前記金属製ローラ基材と,前記複合被覆皮膜との間には,金属溶射層が形成されているものである請求項1または2に記載の圧胴または中間胴。
【請求項4】前記低表面エネルギー性樹脂が,シリコーン系樹脂である請求項1〜3のいずれか一つに記載の圧胴または中間胴。」(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載本件訂正後の本件特許の願書に添付した明細書(以下,図面と併せ,「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし4の各記載(下線部分は訂正前明細書の記載からの訂正箇所を示す。)は,次のとおりである(甲27。以下,これらの請求項に係る発明を項番号に対応して,「訂正発明1」などといい,これらをまとめて「訂正発明」という。)。
「【請求項1】印刷装置において,印刷要素に対して被印刷体を圧着し,その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって,脱脂,ブラスト処理された金属製ローラ基材上に,気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と,さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度R30〜50μmの粗面を形成し,更に前記多孔質セラmaxミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く,一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに,0.5〜20μmの厚さにおいて付着して,前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており,かつその表面性状がセmax ラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度R20〜40μmで,滑らかな凹凸を有し,該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。
【請求項2】前記凹凸の凸部が,20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で存在するものである請求項1に記載の圧胴または中間胴。
【請求項3】前記金属製ローラ基材と,前記複合被覆皮膜との間には,金属溶射層が形成されているものである請求項1または2に記載の圧胴または中間胴。
【請求項4】前記低表面エネルギー性樹脂が,シリコーン系樹脂である請求項1〜3のいずれか一つに記載の圧胴または中間胴。」3 本件審決の理由別紙審決書写しのとおりである。要するに,原告(請求人)が下記(1)のとおり主張したのに対し,本件訂正を認めた上で,下記(2)のとおり,訂正発明1は当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできず,また,訂正発明2ないし4は,いずれも訂正発明1の構成をその構成の一部とするものであるから,訂正発明1と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできず,原告(請求人)の主張及びその提出に係る証拠によっては,訂正発明1ないし4についての特許を無効とすることはできない,というものである。
(1) 原告(請求人)の主張訂正前発明1ないし4(訂正発明1ないし4も同様。)は,下記アないしクの各文献に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない(以下,各文献に記載された発明を,文献番号に対応して,「甲1発明」などという。)。
ア 甲1文献 実公平5-12203号公報(甲1の1)イ甲2文献日本溶射協会編「溶射技術ハンドブック」(株式会社新技術開発センター1998年5月30日初版第1刷発行)468頁〜481頁(甲2の1)ウ 甲3文献 実公平4-18857号公報(甲3)エ 甲4文献 特開平3-120048号公報(甲4)オ 甲5文献 米国特許公報第US2555319号(甲5)カ 甲6文献 英国特許公報第GB2022016号(甲6)キ 甲7文献 特開平5-195185号公報(甲7)ク 甲8文献 特開平1-139297号公報(甲8)(判決注甲1文献及び甲3文献ないし甲8文献は本件特許の優先日前に頒布された刊行物であるが,甲2文献は本件特許の優先日後に頒布された刊行物である。)(2) 本件審決の認定判断訂正発明1と甲1発明とは,下記の一致点において一致するものの,下記の相違点1ないし4において相違し,このうち相違点3及び4について,当業者が容易になし得たものとすることはできないから,相違点1及び2について検討するまでもなく,訂正発明1は当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
[一致点]「印刷装置において用いられる胴であって,金属製ローラ基材上に,セラミックス溶射層を溶射して凹凸の粗面を形成し,更にセラミックスの凹凸表面層上に低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成された胴。」である点。
[相違点1]訂正発明1では,印刷要素に対して被印刷体を圧着し,その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であるのに対し,甲1発明では,印刷装置で用いられるガイドローラーである点。
[相違点2]訂正発明1では,金属製ローラ基材は脱脂,ブラスト処理されているのに対し,甲1発明では,この点について特に記載はない点。
[相違点3]訂正発明1では,金属製ローラ基材上に気孔率5〜20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と,さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度R30〜50μmの粗面を形成しているのに対し,甲1発明では,金 max属ローラー1の表面2にセラミツク3を溶射するが,セラミックス溶射層の詳細について特に記載はない点。
[相違点4]訂正発明1では,多孔質セラミックスの凹凸表面層上及び孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く,一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに,0.5〜20μmの厚さにおいて付着して,長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており,かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度R20〜40μmで,滑らかな凹凸を有し,該max凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するのに対し,甲1発明では,テフロン4がセラミツク3を溶射された表面2の凹部5に食込むようにコーテイングされているが,該テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーテイングされている点。
(判決注本件審決が認定した訂正発明1と甲1発明との相違点のうち,前審決が認定した訂正前発明1と甲1発明と相違点と異なる部分に下線を引いた。)
取消事由についての原告の主張
本件審決は,以下のとおり,訂正発明1の進歩性の判断に当たり,前判決の拘束力に反する認定判断をした違法(取消事由1),相違点3及び4についての容易想到性の判断を誤った違法(取消事由2)があり,また,訂正発明2ないし4の進歩性の判断に当たり,訂正発明1と同様の誤りをした違法(取消事由3)があるから,取り消されるべきである。なお,本件審決における本件訂正の適否の判断(審決書3頁19行〜6頁32行)は争わない。
1 取消事由1(拘束力違反)本件審決は,以下のとおり,前判決の拘束力に反する認定判断をした。
(1) 前判決の認定判断前判決(甲26)は,次のとおり,認定判断した。
ア「そして,甲1発明におけるセラミックス溶射層の上にコーティングされる低表面エネルギー樹脂(テフロン)は,溶射されて直ちに完全に固化する場合には,セラミックス溶射層の凹凸にほぼ沿った凹凸表面を呈する態様となるが,溶射され固化するまでに流動性が維持されている時間(その長短は,温度等の条件にも依存する。)がある場合には,低表面エネルギー樹脂は,溶射後,セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる結果,セラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く,凸部には薄く残って固化し,セラミックス溶射層の凹凸表面よりも高低差が小さい凹凸表面を形成し,滑らかな凹凸を形成することになると解される。したがって,低表面エネルギー樹脂は,その量が少ない場合には,?@セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことなく,セラミックス溶射層全体を薄く覆い,本件明細書の【図2】のようになり,目的とする点接触効果を奏する態様になると解されるが,その量が多い場合には,?Aセラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる量が多く,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸を維持しつつも,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くし(充填し),原告主張の態様Aになる場合もあり,また,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)に十分な量の低表面エネルギー樹脂がコーティングされる場合には,?B低表面エネルギー樹脂の表面が,平滑になるなど,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した凹凸表面を維持しなくなる場合もあり得ると解される。しかるところ,前記(1)イのとおり,本件特許発明1は,上記?@の態様のみならず,上記?Aの態様をも含むものであるから,本件特許発明1は,その低表面エネルギー樹脂が,たとえ『その表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度R20〜40μmで,滑らかな凹凸を有するもの』として形成さmaxれるとしても,前記?Aの態様(原告主張の態様Aに相当。)のように,圧胴または中間胴として,目的とする点接触効果を奏するとは限らない態様をも包含する発明であるということができる。」(29頁7行〜30頁8行。なお,原告は,下線部の「溶射」は「コーティング」の誤記と思料する。)イ「上記記載並びに第6図及び第8図によれば,甲24には,金属製ローラの表面に,10乃至500μmの粒径を有する金属粒子を溶着させて形成した凹凸面に,フッ素樹脂をコーティングした物品が記載されており,金属製ローラ表面上,溶着した金属粒子によって形成される凹凸面が,互いに独立に溶着している多数の金属粒子からなるか,互いに溶着一体化している金属粒子からなるかにかかわらず,その凹凸面にフッ素樹脂がコーティングされ,その凹部を埋め尽くす(充填する)厚みとなる場合であっても,フッ素樹脂表面は,溶着した金属粒子によって形成される凹凸表面に対応した滑らかな凹凸を維持するものとなっていることが看取される(なお,甲24は,印刷装置において使用される圧胴または中間胴に関するものではないが,セラミックス,金属など,樹脂よりも高融点の無機系材料からなる10ないし500μm程度の凹凸表面に,低表面エネルギー樹脂をコーティングする場合に,その樹脂が形成し得るコーティング構造,あるいは,コーティング時の樹脂の挙動の限りで,これを斟酌することができるというべきである。)。」(31頁20行〜32頁8行)ウ「本件特許発明1の要件を満たすセラミックス溶射層の表面に,低表面エネルギー樹脂を普通にコーティングする場合,本件明細書の【図2】のようになり,目的とする点接触効果を奏する態様(前記?@の態様)になる場合もあり得るし,態様A(前記?Aの態様)になり,所期の点接触効果を奏さない場合もあり得るものであり,さらには,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した凹凸表面が維持されず,点接触自体が実現しない態様(?Bの態様)になる場合もあり得るところ,本件特許発明1は所期の点接触効果を奏さない『態様A』(?Aの態様)をも含むものであり,また,低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜の表面粗度を『R20〜40μm』と規定している点にも,前記エmaxのとおり,格別な技術的意義があるとは認められないから,相違点4に係る本件特許発明1の構成は,点接触効果を得るという技術思想とは関係なく,甲1発明を普通に実施することによって形成され得る態様の一つであるということができる。」(32頁21行〜33頁8行)エ「本件特許発明1のうち相違点3及び4に係る構成につき容易想到性の判断を行うに際しては,甲1発明において,普通かつ一般的なセラミックス溶射方法によってセラミックス溶射層を形成し,これを普通にコーティングすることにより得られる態様との関係で,本件特許発明1が進歩性を有するか否かについて,検討することが必要というべきである。しかるに,審決はこのような検討を行うことなく,本件特許発明1のうち相違点3及び4に係る構成につき,当業者は容易に想到することができないと判断したものであるから,審決の判断は誤りというほかはない。」(34頁13行〜20行)(2) 本件審決の認定判断が前判決の拘束力に反するものであることア 甲1発明についての認定判断について本件審決は,甲1文献の記載中の「『テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。』とは,テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」(審決書17頁18行〜20行)と解釈することにより,甲1発明が「凹凸を維持することを意識的に除外している発明である。」(審決書17頁36行〜37末行)と認定し,甲1発明に「敢えて凹凸を維持させるものを想起することには,・・・格別の阻害要因が存在している」(審決書18頁4行〜5行)と判断した。
しかし,本件審決の上記認定判断は,前判決にいう「?@の態様」(前記(1)ア。以下,前判決の同部分にいう?@ないし?Bの各態様を「?@の態様」などという。)を全く認めないものであり,また,前判決における「甲24は,・・・セラミックス,金属など,樹脂よりも高融点の無機系材料からなる10ないし500μm程度の凹凸表面に,低表面エネルギー樹脂をコーティングする場合に,その樹脂が形成し得るコーティング構造,あるいは,コーティング時の樹脂の挙動の限りで,これを斟酌することができるというべきである。」(前記(1)イ)との認定判断を全面的に否定するものである。
また,甲1文献の「テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。」(2頁3欄31行〜33行)との記載における「均等」とは,「テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」(審決書17頁19行〜20行)というものではなく,むしろ「ほぼ等しく」されているという意味であり,本件審決が上記のような認定判断をしたことは,前判決の「?@の態様」が容易に想到し得るという判断(前記(1)ア,ウ)にも反するものである。
イ相違点3及び4に係る訂正発明1の構成についての認定判断について本件審決は,訂正発明1において,溶射層の表面粗度R30〜50maxμmとコーティング層の厚さ0.5〜20μmとを前提として,表面粗度R20〜40μmとしたことに技術的意義を認めた。
maxしかし,本件審決の上記認定判断は,「低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜の表面粗度を『R20〜40μm』と規定maxしている点にも,・・・格別な技術的意義があるとは認められない」とした前判決の判断(前記(1)ウ)に反するものである。
ウ相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性の判断について前判決の前記(1)エの認定判断の趣旨に照らし,訂正発明1における溶射層の表面粗度についての数値限定は,普通の溶射技術により実現できる範囲,あるいは単なる設計事項であり,コーティング層の厚さについての数値限定も,スプレー塗布などの公知のコーティング技術によれば,当業者が容易に実施できる範囲であって,特別な技術により達成されるものではないというべきであるから,本件審決における容易想到性の判断は,前判決の趣旨を否定するものである。
2 取消事由2(相違点3及び4についての容易想到性の判断の誤り)本件審決は,以下のとおり,甲1発明についての認定判断を誤り,甲6発明についての認定判断を誤り,甲1発明ないし甲8発明その他の公知技術に基づいて訂正発明1を容易に発明することができたか否かについて審理を尽くさなかった結果,相違点3及び4についての容易想到性の判断を誤ったものである。
(1) 甲1発明についての認定判断の誤り本件審決は,甲1発明は「凹凸を維持することを意識的に除外している発明である」(審決書17頁36行〜37行)から,同発明に「敢えて凹凸を維持させるものを想起することには,・・・格別の阻害要因が存在していることが明らかであり,適用を妨げる事由となる」(審決書18頁4行〜6行)と認定判断し,甲1文献を引用例から除外した。
しかし,以下のとおり,本件審決の上記認定判断は誤りである。
ア本件審決の上記認定判断の根拠とされた甲1文献の「テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。」(2頁3欄31行〜33行)との記載等は,甲1発明において最終的な表面形状に凹凸を形成することの阻害要因となるものではない。
本件審決は,上記記載における「均等」について,「テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」(審決書17頁19行〜20行)と解釈しているが,本件審決にいう「距離が等しく」とは,要するに,甲1発明の最終的な表面粗度が100分の2mm未満であることを意味するものである。しかし,そのような表面粗度を実現することは,コーティングについての技術水準にかんがみると,極めて非現実的であるといわざるを得ない。むしろ,低表面エネルギー樹脂をコーティングした後の表面粗度が「20〜40μm」であることが一般的であって,上記数値範囲は特殊なものではない。
イ甲1発明は,印刷装置におけるガイドローラーに関するものであるから,訂正発明1を想到する動機付けになり得るものである。
この点,本件審決は,訂正発明1と甲1発明とが「異別の課題を有する」(審決書19頁23行)としたが,以下のとおり,本件審決の上記認定判断は誤りである。
(ア)訂正明細書に「インキの付着汚染が少なくかつ洗浄の容易な耐久性の高い圧胴または中間胴を提供することを目的とする」(段落【0010】)と記載されているように,訂正発明1は,甲1発明と課題を同一にするものである。
(イ)本件審決は,甲1文献に点接触効果についての直接的な記載がないことから,課題が全く異なるとしたものと解される。
しかし,特定の表面粗度の範囲内にある溶射層に樹脂をスプレー塗布し,乾燥固化させれば,樹脂層の厚さや最終的な表面粗度は訂正発明1と同じものになる。すなわち,甲1発明の最終的な表面粗度は,下地層である溶射層の粗度がR30〜50μmの範囲にありさえすmaxれば,この溶射層にテフロンをスプレー塗布して乾燥固化させるという公知のコーティング技術を採用することで,訂正発明1と同じようにR20〜40μmの範囲になり得るから,甲1発明に点接触効果maxがないということはできない。
なお,溶射層の表面粗度をR30〜50μm程度とすることは,max前判決において公知技術であると認定されているとおりであり,また,甲3文献には,「R30〜60μ」(2頁右欄32行)との記max載があり,甲1発明の溶射層の表面粗度を甲3発明のようにすることは,当業者が容易に想到し得たといえる。また,甲1発明が前判決にいう「?@の態様」を含み得るとすれば,低表面エネルギー樹脂層の厚さ,最終的な表面粗度をそれぞれ「0.5〜20μm」,「R20max〜40μm」とすることは,容易である。
(ウ)加えて,「点接触」により訂正発明1と同様の「本質的課題」(審決書19頁15行)を達成するものとして,甲3発明や甲6発明がある。
(2) 甲6発明についての認定判断の誤り本件審決は,「甲第6号証に記載されているのは,外皮層の凹部はテフロンなどの反撥性物質で密閉されていること,その外皮層(耐摩耗性外層)の表面の粗さが20〜100μであること及び外皮層がテフロンなどによって完全にシールドされることであり,・・・特定の凹凸表面層を有するセラミック溶射層に低表面エネルギー樹脂の被覆を行うことを開示するものではない。」(審決書20頁3行〜10行)と認定判断した。
しかし,以下のとおり,本件審決の上記認定判断は誤りである。
甲6文献には,中間胴(シートガイディングドラム)の全表面に溶射層相当の殻3(表面粗度が20〜100μmであり,材料として金属酸化物や炭化物が例示されている。)を形成し,この殻3の気孔に充填されるようにテフロンを溶射層の全表面を覆うようにコーティングし,殻3の突起5が紙と点接触を図り,シリンダーと印刷された紙との間に空間を提供する技術が開示されている。
したがって,甲6文献は訂正発明1に極めて近い技術を開示しているというべきである。
(3) 審理不尽本件審決は,甲1発明ないし甲8発明(特に,甲3発明)やその他の公知技術(甲24など)に基づいて訂正発明1を容易に発明することができたか否かについての十分に検討することを怠ったものであり,審理不尽がある。
(4) 小括以上のとおり,本件審決は,相違点3及び4の容易想到性の判断に誤りがあり,これらの誤りは本件審決の結論に影響するものである。
3 取消事由3(訂正発明2ないし4についての判断の誤り)本件審決は,訂正発明2ないし4が訂正発明1の構成をその構成の一部とするものであるから,訂正発明1と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないと判断した。
しかし,訂正発明1についての本件審決の判断に誤りがあることは,前記1及び2のとおりであるから,訂正発明2ないし4についての本件審決の判断にも同様の誤りがある。
被告の反論
本件審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(拘束力違反)に対し以下のとおり,本件審決は,前判決の拘束力に反しない。
(1) 前判決の認定判断と訂正発明との関係前判決は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて,訂正前発明1について検討し,同発明が「その目的とする点接触効果が奏されるとは限らない態様を含む発明である」との判断を前提として,訂正前発明1と甲1発明との相違点3及び4に係る前審決の認定判断に誤りがあると判示した。
しかし,本件訂正が認められた結果,訂正発明1は点接触効果が奏される発明に限定されたため,同発明と甲1発明との相違点3及び4は,前審決時における訂正前発明1と甲1発明との相違点3及び4とは,異なるものとなった。
訂正発明1は,前判決における前審決を取り消すべきであるとの判断の前提となった事実が変更したのであるから,本件審決が,相違点3及び4に係る容易想到性の判断に当たって,前判決と異なる認定判断をしても,前判決の拘束力には反しない。
(2) 原告の主張に対しア 甲1発明について(ア)原告は,甲1発明についての本件審決の認定判断が,前判決の認定に係る「?@の態様」を全く認めないものであり,前判決の「?@の態様」が容易に想到し得るという判断にも反すると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
前判決は,甲1発明におけるセラミックス溶射層の上に低表面エネルギー樹脂をさまざまな量でコーティングした場合を想定し,その結果の態様を例示したものにすぎず,甲1発明が「?@の態様」を含む発明であると認定したものではない(甲1発明の技術思想は,セラミックス溶射層上にテフロンを十分に塗布するというものであって,同発明では,セラミックス溶射層の凹部をテフロンが十分に埋め尽くすものと解されるから,前判決が,甲1発明に「?@の態様」が開示されていると認定するはずがない。)。
また,前判決は,「?Aの態様」について,甲1発明を普通に実施することによって形成され得る態様の一つであると認定したにすぎず,「?@の態様」について,そのような認定はしていない。
(イ)原告は,甲1文献における「均等」とは,「テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」(審決書17頁19行〜20行)というものではなく,むしろ「ほぼ等しく」されているという意味であり,本件審決は,甲1文献の「テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。」との記載を極めて狭く解釈した点において,前判決の拘束力に反する旨主張する。
しかし,前判決は,甲1文献における「均等な厚さ」について認定判断したものではないから,本件審決のかかる認定は,何ら拘束力に反するものではない。
(ウ)原告は,本件審決が,甲1発明について,「凹凸を維持することを意識的に除外している発明」であると認定判断し,甲1発明に,あえて凹凸を維持させるものを想起することには,格別の阻害要因が存在すると判断したことについて,前判決の認定に係る「?@の態様」を全く認めないものであり,また,前判決における「甲24は,・・・セラミックス,金属など,樹脂よりも高融点の無機系材料からなる10ないし500μm程度の凹凸表面に,低表面エネルギー樹脂をコーティングする場合に,その樹脂が形成し得るコーティング構造,あるいは,コーティング時の樹脂の挙動の限りで,これを斟酌することができるというべきである。」との認定判断を全面的に否定するものであると主張する。
しかし,「?@の態様」についての原告主張が失当であることは,前記(ア)のとおりであり,また,甲24に関する前判決の上記説示は,訂正前発明1(これには,「?Aの態様」が含まれる場合もあり得る,とされた。)と甲1発明との相違点4の判断において,甲24を斟酌することができるとしたものであるから,本件審決が,本件訂正により「?Aの態様」が含まれないことが明確になった訂正発明1と甲1発明との相違点の判断に際して,甲24に言及していないとしても,前判決の拘束力に反するものではない。
イ 相違点3及び4に係る訂正発明の構成及びその容易想到性について原告は,本件審決が,訂正発明において,溶射層の表面粗度R30max〜50μmとコーティング層の厚さ0.5〜20μmとを前提として,表面粗度R20〜40μmとしたことに技術的意義を認めた上,相違max点3及び4に係る容易想到性の判断をしたことについて,前判決の趣旨を否定するものである旨主張する。
しかし,前判決は,訂正前発明1について,「低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜の表面粗度を『R20〜40μm』maxと規定している点にも,・・・格別な技術的意義があるとは認められない」としたものであるが,本件訂正後の訂正発明1についてまで,そのように判断したものではない。これに対し,本件審決は,訂正発明1における「金属製ローラ基材上にセラミックス溶射層を溶射して形成した表面粗度R30〜50μmの粗面」,「長周期的な凸部には薄く付着 maxするとともに,0.5〜20μmの厚さにおいて付着して,該長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜」,「セラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度R20〜40μmで滑らかなmax凹凸」との「数値範囲による特定事項が相互に関連している一体不可分のもの」(審決書14頁6行〜7行)であることから,訂正発明1の進歩性を認めたものである。したがって,本件審決が,訂正発明1における一体不可分の特定事項である表面粗度R20〜40μmとの構成にmax技術的意義を認めたことは,前判決の拘束力に反するものではない。
なお,前判決は,「?@の態様」が甲1発明から生じることや,甲1発明と他の公知技術から容易に推考できることを認定したものではない。
2取消事由2(相違点3及び4についての容易想到性の判断の誤り)に対し以下のとおり,本件審決の認定判断に原告主張の誤りはない。
(1) 甲1発明についての認定判断の誤りに対し原告は,本件審決が,甲1発明に「格別の阻害要因が存在している」から「適用を妨げる事由」があると判断し,甲1文献を引用例から除外したと主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
アそもそも本件審決は,甲1文献を検討の対象としたものであって,引用例から除外したものではない。
また,本件審決は,甲1発明では,テフロンをコーティング後の表面において,セラミック溶射層の凹凸を概ね維持するようにして,滑らかな凹凸を有するものとすることは除外されているとしたものであり,この判断に誤りはない。
この点について,原告は,甲1文献の「テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。」との記載等は,甲1発明において最終的な表面形状に凹凸を形成することの阻害要因となるものではないと主張する。
しかし,甲1発明におけるテフロン4の表面に全く凹凸がないとはいえないとしても,そのことは,テフロン4の表面に意識的にセラミック溶射層の凹凸と関連づけて凹凸を形成することとは何の関係もないから,原告の上記主張は,阻害要因の存在を否定する根拠とはならない。
イ本件審決は,甲1発明におけるセラミックスを使用する課題(目的)と訂正発明1におけるセラミックスを使用する課題(目的)が全く異なるとしたものであって,共通する課題を全く有しないとしたものではない。
訂正発明1は,「インキの付着汚染の少ない・・・圧胴または中間胴を提供する」という広い意味では,甲1発明と共通する課題を有するとしても,甲1発明には,最終的な表面性状が凹凸を概ね維持するようにして,被印刷体との点接触を図るという訂正発明1のセラミックを使用する本質的課題を有していないから,そのことによって,本件審決が,甲1発明は「凹凸を維持することを意識的に除外している発明」であり,同発明に「格別の阻害要因が存在している」と認定判断したことが否定されるものではない。
ウ原告は,点接触効果を達成することは,甲3文献や甲6文献により公知であると主張する。
しかし,仮に点接触効果を達成することが公知であるとしても,そのことは,甲1発明が点接触効果を達成することを課題とすることの根拠とはならないし,甲1発明に阻害要因が存在することを否定する根拠となるものでもない。
エ(ア)原告は,特定の表面粗度の範囲内にある溶射層に樹脂をスプレー塗布し,乾燥固化させれば,樹脂層の厚さや最終的な表面粗度は訂正発明1と同じものになると主張する。
しかし,訂正発明1は,単に,特定の表面粗度の範囲内にある溶射層に樹脂をスプレー塗布し,乾燥固化させたものではない。
訂正発明1は,溶射層の表面粗度R30〜50μm,コーティンmaxグ層の厚さ0.5〜20μm,表面粗度R20〜40μmとの構成 maxを一体不可分のものとして組み合わせるとともに,セラミック溶射層の長周期的な凹凸が埋没することなく,かつ表面性状がセラミック溶射層の長周期的な凹凸を概ね維持するようにした発明であり,そのようにすることにより,セラミック溶射層の長周期的な凹凸が埋没してしまうことなく,その凹凸の凸部がコーティング後の滑らかな凹凸の凸部となり,同様にその凹部も滑らかな凹凸の凹部になることによって,所望の点接触効果を奏するものであって,何の目的もなく,溶射層を形成し,その上に樹脂を塗布して形成されるものではない。
(イ)原告は,溶射層の表面粗度をR30〜50μm程度とすることmaxは,前判決において公知技術であると認定されているとおりであり,また,甲3文献には,「R30〜60μ」(2頁右欄32行)とのmax記載があり,甲1発明の溶射層の表面粗度を甲3発明のようにすることは,当業者が容易に想到し得たといえると主張する。
しかし,前判決は,訂正前発明1が点接触効果を奏するとは限らない態様を含むことを前提に,「甲1発明において,セラミックス溶射層の表面粗度をR30〜50μm程度とすることが,格別困難であmaxるとは認められない」(27頁8行〜9行)としたものであり,点接触効果が奏される発明において,格別困難であるとは認められないとしたものではない。
そもそも,訂正発明1の構成から,溶射層の表面粗度がR30〜max50μmであるとの構成のみを取り出し,その公知性や容易想到性をのみを議論することは誤りであり,最終的な表面粗度R20〜40maxμmの樹脂層を形成して点接触効果を得るために,ベースとなる溶射層を表面粗度R30〜50μmの粗面とすることは,公知技術でもmaxないし,当業者が容易に想到し得たことでもない。
(ウ)原告は,甲1発明が「?@の態様」を含み得ることを前提に,低表max 面エネルギー樹脂層の厚さを0.5〜20μmとし,表面粗度をR20〜40μmとすることは容易であると主張する。
しかし,甲1発明は「?@の態様」を含むものではないから,原告の上記主張はその前提において誤りである。
(2) 甲6発明についての認定判断の誤りに対し甲6文献の記載についての本件審決の摘記に誤りはない。
また,甲6文献には,シェル3がセラミックスの溶射層であること,シーリングサブスタンス7が低表面エネルギー樹脂であること,シェル3における凸部5がシーリングサブスタンス7によって覆われていることは,いずれも記載されていない。また,甲6文献には,凸部には薄く凹部には厚く樹脂をコーティングするという思想も,セラミックスの気孔を積極的に利用するという思想も開示されていない。
そもそも,甲6発明がテフロンを使用しているのは,気孔から腐食性の強い溶液が含浸してロール基材が腐食することを防ぐために気孔を封孔することであり,シェルには良好な防錆性があるため気孔をシール材で塞ぐことは必須の構成とはされていないのであるから,シール材によってインキの付着を防止することは副次的な効果にすぎず,むしろ気孔は負の要素とされている。
したがって,甲6文献が訂正発明1に極めて近い技術を開示しているということはできない。
(3) 審理不尽に対し本件審決は,甲2発明及び甲3発明との組み合わせについて,直接には言及していないが,甲2文献及び甲3文献の各記載事項を摘記しているから,相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性について判断するに当たり,上記各記載事項について検討したことは明らかである。
しかも,本件審決の摘記に係る甲2文献及び甲3文献の各記載事項(審決書8頁25行〜9頁15行)によれば,甲2文献及び甲3文献は,溶射層について記載されているのみで,溶射層の上に樹脂をコーティングすることは記載されていないから,相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性を判断するに当たり,結論に影響を与えるようなものではない。
(4) 小括以上のとおり,本件審決における相違点3及び4の容易想到性の判断に原告主張の誤りはない。
3 取消事由3(訂正発明2ないし4についての判断の誤り)に対し訂正発明1についての本件審決の判断に原告主張の誤りがないことは,前記1及び2のとおりであるから,訂正発明2ないし4についての本件審決の判断にも原告主張の誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にはこれを取り消すべき違法はないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1(拘束力違反)について原告は,本件審決が前判決の拘束力に反する認定判断をしたと主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
(1)甲1発明において最終的な表面性状に凹凸を形成することの阻害要因に関する認定判断について原告は,甲1発明についての本件審決の認定判断が,前判決の認定に係る「?@の態様」を全く認めないものであり,また,前判決における「甲24は,・・・セラミックス,金属など,樹脂よりも高融点の無機系材料からなる10ないし500μm程度の凹凸表面に,低表面エネルギー樹脂をコーティングする場合に,その樹脂が形成し得るコーティング構造,あるいは,コーティング時の樹脂の挙動の限りで,これを斟酌することができるというべきである。」との認定判断を全面的に否定するものであると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
ア 前判決とその拘束力について(ア)前判決(甲26)には,原告の指摘に係る記載(前記第3,1(1))のほか,次の記載がある。
「本件特許発明1において,滑らかな突起の密度及び低表面エネルギー樹脂の厚さは,何ら具体的に特定されていない。したがって,本件特許発明1は,次のとおり,その目的とする点接触効果が奏されるとは限らない態様を含む発明であるというべきである。すなわち,・・・滑らかな突起の間隔が広ければ,被印刷体は滑らかな突起以外でもロール表面に接触することとなり,点接触効果を奏することができないことになる。また,低表面エネルギー樹脂の厚さが望ましい厚さを超える場合,例えば原告主張の態様Aも,本件特許発明1に含まれることになる・・・。・・・以上を前提として,審決における相違点3及び4の認定判断について,検討する。」(23頁11行〜24頁4行)(イ)上記(ア)の記載によれば,前判決は,訂正前発明1が「?Aの態様」,すなわち,「その目的とする点接触効果が奏されるとは限らない態様」を含むという前提の下で,前審決の認定判断に誤りがあるとの判断を示したものということができる。
しかし,本件訂正により,訂正発明1は「その目的とする点接触効果が奏されるとは限らない態様を含む発明」ではなくなったから,前判決が判断の基礎とした事実は,訂正によって変更したものというべきである。
イ 原告の主張に対し(ア)原告は,本件審決は,甲1文献の記載中の「『テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。』とは,テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」(審決書17頁18行〜20行)と解釈することにより,甲1発明が「凹凸を維持することを意識的に除外している発明である。」(審決書17頁36行〜37末行)と認定し,甲1発明に「敢えて凹凸を維持させるものを想起することには,・・・格別の阻害要因が存在している」(審決書18頁4行〜5行)と判断したものであるとした上,本件審決は,前判決の認定(前記第3,1(1)ア)に係る「?@の態様」を全く認めないものであり,また,前判決における「甲24は,・・・セラミックス,金属など,樹脂よりも高融点の無機系材料からなる10ないし500μm程度の凹凸表面に,低表面エネルギー樹脂をコーティングする場合に,その樹脂が形成し得るコーティング構造,あるいは,コーティング時の樹脂の挙動の限りで,これを斟酌することができるというべきである。」との認定判断(前記第3,1(1)イ)を全面的に否定するものである旨主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張はいずれも失当である。
a前判決のうち,原告が前記第3,1(1)アにおいて指摘する部分(29頁7行〜30頁8行)は,甲1発明が「?@の態様」を含む発明であると認定したものではない。
前判決には,上記部分のほかに,原告が前記第3,1(1)ウ及びエにおいて指摘する部分(32頁21行〜33頁8行,34頁13行〜20行)がある。
前判決の同部分の説示に照らせば,同判決は,訂正前発明1における「?Aの態様」に関し,甲1発明を普通に実施することによって容易に想到し得た可能性を直ちには否定できないから,審判体によって再審理をするのが妥当であると判断したものであり,訂正前発明1における「?@の態様」について,甲1発明を普通に実施することによって容易に想到し得た可能性を否定できないと判断したと解することはできない。
そうすると,前判決は,当業者が甲1発明を普通に実施することにより「?Aの態様」になり得ることを強く示唆しているとはいえるものの,「?Aの態様」になると断定したものではなく,まして,「?@の態様」になると認定判断したものではないというべきである。
前判決のうち,原告が前記第3,1(1)アにおいて指摘する部分は,甲1発明の低表面エネルギー樹脂そのものが「?@の態様」となっていると認定したのではなく,セラミックス溶射層上に低表面エネルギー樹脂(テフロン)をコーティングする際に,上記樹脂が一般的に示す挙動について考察し,現象としては,樹脂の量が少ない場合には「?@の態様」,該樹脂の量が多い場合には「?Aの態様」あるいは「?Bの態様」になることがあり得るとしたものにすぎず,当業者が甲1発明を普通に実施することにより「?@の態様」になると認定判断したものでないというべきである。
原告の主張は,前判決を正解しないものであって,採用することができない。
b前判決のうち,原告が前記第3,1(1)イにおいて指摘する部分(31頁20行〜32頁8行)は,甲24について言及するものであって,甲1発明の認定とは直接関係がない。
しかも,前判決には,上記部分に引き続き,次の記載がある。
「甲24の上記技術内容は,低表面エネルギー樹脂の量が多い場合には,セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる量が多く,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸を維持しつつも,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くし(充填し),本件特許発明1の態様Aになる場合もあり得るという,前記アの理解を支持するものである。」(32頁9行〜13行。なお,「態様A」とは,「セラミック溶射層の凹部に充填された低表面エネルギー樹脂がセラミック溶射層の凸部を超える厚さを有する態様・・・,例えば,セラミックス溶射層の長周期的凹凸の深さ(凸部との高低差)が50μmの凹部へは60μmの厚さに,セラミックス溶射層の長周期的凹凸の凸部には30μmの厚さになるように連続的に厚さが変化する,Rが20μmの低表面エネルギー樹脂層が形成されてmaxいるような態様」(10頁15行〜21行)であって,「?Aの態様」に相当する。)そうすると,原告の指摘に係る部分は,訂正前発明1に含まれる態様のうち,本件訂正により訂正発明1には含まれないこととなった態様との関係で説示されているというべきであるから,本件審決が甲24に言及していないことが前判決の拘束力に反することになるとはいえない。
(イ)原告は,甲1文献における「均等」とは,「テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」(審決書17頁19行〜20行)というものではなく,むしろ「ほぼ等しく」されているという意味であるとした上,本件審決が上記のような認定判断をしたことは,前判決の「?@の態様」が容易に想到し得るという判断(前記第3,1(1)ア及びウ)にも反する旨主張する。
しかし,前判決のうち,原告が前記第3,1(1)ア及びウにおいて指摘する部分(29頁7行〜30頁8行,32頁21行〜33頁8行)は,前記(ア)aのとおり,「?@の態様」について当業者が容易に想到し得たと判断したものでもなければ,当業者が甲1発明を普通に実施することにより「?Aの態様」になると断定したものでもないこと,また,そもそも甲1文献における「均等」の意味について認定判断したものでもないことからすれば,本件審決が,甲1文献における「均等」について,「テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。」と認定したことが,直ちに前判決の拘束力に反するものではない。
(2)相違点4に係る圧胴または中間胴の最終的な表面性状に関する認定判断についてア原告は,本件審決が,訂正発明において,溶射層の表面粗度R30max〜50μmとコーティング層の厚さ0.5〜20μmとを前提として,表面粗度R20〜40μmとしたことに技術的意義を認めたとしたmax上,本件審決の上記認定判断は,「低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜の表面粗度を『R20〜40μm』と規定していmaxる点にも,・・・格別な技術的意義があるとは認められない」とした前判決の判断(前記第3,1(1)ウ)に反する旨主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
(ア)前判決のうち,原告が前記第3,1(1)ウにおいて指摘する部分(32頁21行〜33頁8行)は,前判決の次の記載を受けたものである。
「相違点4に係る本件特許発明1の構成において,低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜の表面粗度を「R20〜4max0μm」と規定していることについて,本件明細書には,「最終的な表面粗度Rは代表的には20〜40μm程度とすることが望ましmaxい。」(段落【0018】)などと記載されているにとどまり(段落【0012】及び【0037】も同旨),上記表面粗度の数値自体に格別の技術的意義があることを裏付ける記載は見当たらない。」(32頁14行〜20行)そうすると,前判決は,訂正前発明1において,低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜の表面粗度を「R20〜40maxμm」と規定した点に関し,上記表面粗度の数値それ自体には,格別の技術的意義は認められないとしたものであるといえる。
(イ) 本件審決は,次のとおり説示した。
「すなわち,本件特許発明1は,上記(ア)のセラミックス溶射層が溶射された表面粗度R30〜50μmの粗面に対して,上記(maxイ)の0.5〜20μmの厚さの低表面エネルギー樹脂をコーティングし,最終的に,上記(ウ)の表面粗度R20〜40μmの表面性max状を形成するものである。したがって,上記(ウ)の最終的な表面粗度R20〜40μmの表面性状は,上記(ア)のセラミックス溶射max層の表面粗度R30〜50μmの粗面に対して,上記(イ)の0. max5〜20μmという特定の厚さに限定された低表面エネルギー樹脂をコーティングすることによって達成されるものである。言い換えれば,最終的な表面粗度R20〜40μmの形成のためには,表面粗max度R30〜50μmの粗面の形成と,低表面エネルギー樹脂のコー maxティングを特定の0.5〜20μmの厚さに設定することが必須の構成要件であり,これらの2つの数値範囲に特定された事項を組み合わせることによって最終的な表面性状は形成されることになる。」(審決書13頁27行〜14頁3行)max そうすると,本件審決は,訂正発明1において,表面粗度を「R20〜40μm」と規定したことそれ自体に技術的意義があると認定判断したものではなく,同発明が,本件訂正により付加された構成であるセラミックス溶射層の表面粗度を「R30〜50μm」とするmax点と,同じく本件訂正により付加された構成である低表面エネルギー樹脂のコーティングを「0.5〜20μm」の厚さとする点とを組み合わせることによって,最終的に表面粗度が「R20〜40μm」maxの表面性状とした点に,技術的意義を認めたものといえる。
m (ウ)上記検討したところによれば,訂正発明1における表面粗度「R20〜40μm」との構成の技術的意義についての本件審決の認定ax判断は,前判決の拘束力に反するものとはいえない。換言すると,前判決中の原告指摘に係る部分は,訂正前発明1に含まれる態様のうち,本件訂正により訂正発明1には含まれないこととなった態様との関係で,説示されていたともいえる。
したがって,原告の主張は採用することができない。
イ原告は,本件審決における容易想到性の判断は,前判決の前記第3,1(1)エの認定判断の趣旨を否定するものである旨主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
そもそも,前判決は,結論として,訂正前発明1の進歩性を否定したものではない。前判決は,訂正前発明1が「その目的とする点接触効果が奏されるとは限らない態様を含む発明である」ことにかんがみると,相違点3及び4に係る同発明の構成の容易想到性の判断は,同発明の目的及びそのための特段の考慮の有無により左右されるべきものではないから,甲1発明において,普通かつ一般的なセラミックス溶射方法によってセラミックス溶射層を形成し,これを普通にコーティングすることにより得られる態様との関係で,訂正前発明1が進歩性を有するか否かについて,検討することが必要であるにもかかわらず,前審決がそのような検討を行っていない点に審理不尽の違法があるとしたものである。
一方,訂正発明1では,本件訂正により,溶射層の表面粗度やコーティング層の厚さが限定されており,前判決が,これらの構成を含む相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性について,判断したものでないことは明らかである。そして,本件訂正により,訂正発明1は「その目的とする点接触効果が奏されるとは限らない態様を含む発明」ではなくなったから,前判決が前審決について指摘した点は,訂正発明について直ちに妥当するものではない。
したがって,本件審決における容易想到性の判断は,前判決の拘束力に反するものではない。
(3) 小括以上のとおり,本件審決の認定判断は前判決の拘束力に反するものではない。
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点3及び4についての容易想到性の判断の誤り)について(1) 甲1発明についての認定判断の誤りについて原告は,本件審決が,甲1発明に「格別の阻害要因が存在している」から「適用を妨げる事由」があると判断し,甲1文献を引用例から除外したと主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
ア 原告は,本件審決が甲1文献を引用例から除外したと主張する。
しかし,本件審決は,相違点3及び4についての容易想到性の判断に当たり,甲1発明に「敢えて凹凸を維持させるものを想起することには,・・・格別の阻害要因が存在する」としたものにすぎず,甲1文献を引用例から除外したものではない。このことは,本件審決が,「当業者といえども甲第1号証記載の発明において凹凸を概ね維持するようにして,滑らかな凹凸を形成させることは,容易に想到し得るものではない。」(審決書18頁7行〜9行)との判断を示していることからも明らかである。
イ原告は,甲1文献の「テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーティングされている。」(2頁3欄31行〜33行)との記載等は,甲1発明において最終的な表面形状に凹凸を形成することの阻害要因となるものではないと主張する。
(ア)本件審決は,甲1発明の表面性状について,「セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)に十分な量の低表面エネルギー樹脂がコーティングされる場合に,低表面エネルギー樹脂の表面が,平滑になるなど,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した凹凸表面を維持しなくなる場合」(審決書17頁29行〜33行。前判決にいう「?Bの態様」に相当する。)に該当すると断定し,「セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる量が多く,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸を維持しつつも,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填し)態様になる場合」(審決書12頁21行〜23行。前判決にいう「?Aの態様」に相当する。)があることを否定した。
しかし,前判決が言及した甲24に示されるセラミックス,金属など,樹脂よりも高融点の無機系材料からなる10ないし500μm程度の凹凸表面に,低表面エネルギー樹脂をコーティングする場合に,その樹脂が形成し得るコーティング構造,あるいは,コーティング時の樹脂の挙動にかんがみると,甲1発明を普通に実施する際,積極的な意図の有無にかかわらず,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸が維持されることがおよそあり得ないとはいえない(なお,前記1(1)イ(ア)aのとおり,前判決は,当業者が甲1発明を普通に実施することにより「?Aの態様」になり得ることを強く示唆しており,被告も,甲1発明におけるテフロン4の表面に全く凹凸がないと断定的に主張しているものではない。)。
したがって,本件審決が,甲1発明の表面性状について,「セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる量が多く,セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸を維持しつつも,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填し)態様になる場合」がないと断定した点については,その根拠が十分に示されているとはいえない。
(イ)しかし,仮に本件審決の上記認定判断がそのまま是認できるものでないとしても,その点は,本件審決の結論に影響するものではない。
甲1文献には,「印刷された紙,プラスチックフィルム等の基材をガイドするのに使用されるガイドローラーにおいて,金属ローラ1の表面2にセラミック3を溶射して同表面2を凹凸の粗面に加工し,同表面2の凹部5にテフロン4が充填されるように同表面2にテフロン4をコーティングしてなることを特徴とするガイドローラー。」(1頁1欄2行〜8行)との記載がある。
甲1文献の上記記載によれば,甲1発明は,セラミック3を溶射して形成されたセラミックス溶射層の凹部5に,テフロン4が充填されるようにコーティングされるものであるということができる。
そうすると,甲1発明を実施するに際し,セラミックス溶射層の凹部は埋め尽くされる(充填される)のであって,訂正発明1のように,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことがないようにされるものではないといえる。
そして,甲1発明においては,セラミツク3にコーテイングするテフロン4の表面性状は最終的に平滑にされるのであるから,甲1発明に別の技術を適用し,あえてセラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことがないようにし,かつ,セラミックス溶射層の凹凸が残るようにすることは,およそ想定し難いといえる。
そうすると,本件審決が,甲1発明に「敢えて凹凸を維持させるものを想起することには,・・・格別の阻害要因が存在する」と認定判断したことは,訂正発明1との関係で問題となる「?@の態様」,すなわち,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことがないようにする場合に関する限り,これを是認することができる。
ウ原告は,訂正発明1が甲1発明と課題を同一にするものであり,両者が「異別の課題を有する」(審決書19頁23行)とした本件審決の認定判断は誤りであると主張する。
原告の主張に係る訂正発明1と甲1発明との共通の課題とは,要するに,インクが付着しにくくして表面汚れを防止することであり,この点は,本件審決においても言及されている(審決書19頁5行〜9行)。
本件審決は,甲1発明が「表面2にテフロン4の食付きを良くさせるために,セラミック3の凹凸を利用している」(審決書19頁12行〜13行)のに対し,訂正発明1は「最終的な表面性状が凹凸を概ね維持するようにして,被印刷体との点接触を図る」(審決書19頁15行〜17行)という点で「異別の課題」を有するとしたものであり,この点と表面汚れの防止とは,直接関係するものではない。
したがって,訂正発明1が甲1発明と「異別の課題を有する」(審決書19頁23行)とした本件審決の認定判断に誤りはない。
エ原告は,甲1発明の最終的な表面粗度は,下地層である溶射層の粗度がR30〜50μmの範囲にありさえすれば,この溶射層にテフロンmaxをスプレー塗布して乾燥固化させるという公知のコーティング技術を採用することで,訂正発明1と同じようにR20〜40μmの範囲になmaxり得るから,甲1発明に点接触効果がないということはできないと主張する。
前判決は,溶射層の表面粗度をR30〜50μm程度とすることがmax公知技術であるとしたものではないが,確かに「甲1発明では,セラミックス溶射層と低表面エネルギー性樹脂であるテフロンとの密着性が意識されているから,甲1発明において,セラミックス溶射層の表面粗度をR30〜50μm程度とすることが,格別困難であるとは認められmaxない」(27頁6行〜9行)と説示している。
しかし,甲1発明において,セラミックス溶射層の表面粗度をR3max0〜50μm程度とすることが容易であるとしても,前記イのとおり,甲1発明を実施するに際し,セラミックス溶射層の凹部は埋め尽くされる(充填される)のであるから,同発明は「?@の態様」を含むものとはいえない。すなわち,甲1発明は,セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことがないようにされるものではなく,訂正発明1のように,点接触効果を奏するものとはいえない。
原告の主張は採用することができない。
オ原告は,訂正発明1の点接触効果を達成することは,甲3文献や甲6文献から公知であると主張する。
しかし,点接触効果を達成することが本件特許の出願前に公知であったとしても,そのことによって,甲1発明に別の技術を適用し,あえてセラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことがないようにし,かつ,セラミックス溶射層の凹凸が残るようにすることが困難であるという前記イの判断が左右されるものではない。
(2) 甲6発明についての認定判断の誤りについて原告は,本件審決における甲6発明の認定判断に誤りがあると主張する。
しかし,以下のとおり,甲6発明についての本件審決の説示には必ずしも適切でない部分があるとしても,その点は本件審決の結論に影響するものではない。
ア 甲6文献には次の記載がある。
「この発明は印刷機のシリンダーに関するものである。DE-OS2602277は殻(シェル)で囲まれたシンリンダー本体を構成するシリンダーについて開示している。この殻とは,チタニウム,アルミニウム,マグネシウムなどの酸化物で構成される表面粗度7〜25μmを有するものである。このような殻は通常,シリンダー表面を印刷やクリーニングで使われる物質から守っており,汚れがつくのを防いでいる。また,印刷紙に両面印刷のインクが付着するのを出来うる限り防ぎ,押されてシリンダーに貼りついた紙をはがれやすくしている。この発明による印刷機用シリンダーは,そのシリンダー本体を油を受けつけない撥水性物質と・・・耐摩耗性の殻とで囲ってあり,・・・」(甲6訳文1枚目表2行目〜10行目)「殻は,外表面の中に気孔を有し,これらの気孔に水や空気を通さないように抗酸化物質と油を受けつけない撥水性物質が含まれている。この撥水性物質は,テフロン・・・から成る。殻の外表面には,・・・突起を有する凹凸が分布されている。殻の外表面の粗さは,20〜100μmである(表面粗度20〜100μm)。」(甲6訳文1枚目表17行目〜21行目)「前記殻3は,その表面粗度が20〜100μmの範囲内にあり,多数の支持突起5の高さや空隙や形によって予め決められている。これらの突起5は,表面上に不規則に配置され,互いに接触しないようになっている。・・・この殻3の表面構造と表面形状の維持とが,シリンダーと印刷された紙の間に空間を提供する。それらは,プリント後のシートをはがれやすくしている。殻3のさびに抵抗(耐腐食性の向上)するには,殻3,気孔6はシール材7,例えばテフロン・・・などの材料でふさがれてなければならない。前記殻3は,シール材7によりふさがれ,そうすることで洗浄液,希釈した酸や,他の強い液剤などにも抵抗できる。本発明は,印刷機用シリンダー1に限定されるものではなく,上述したような殻を有するシートガイド用ドラム(中間胴)の表面全体又は部分的表面に適用することも可能である。」(甲6訳文1枚目裏20行目〜2枚目表8行目)イ甲6文献の上記アの記載によれば,甲6発明の「殻3」は,溶射により形成されるものではない点及びその表面粗度が7〜25μmである点において,訂正発明1の「セラミックス溶射層」とは異なるから,本件審決が,甲6発明について,「本件特許発明のように特定の凹凸表面層を有するセラミック溶射層に低表面エネルギー樹脂の被覆を行うことを開示するものではない。」(審決書20頁8行〜10行)と認定したこと自体が誤りであるとはいえない。
もっとも,甲6発明も,「テフロン」が形成される下地としての特定の凹凸表面層を有しているといえるから,その限りにおいて,甲6発明の「殻3」,「テフロン」は,それぞれ訂正発明1の「セラミックス溶射層」,「低表面エネルギー樹脂」に相当するということができる。換言すると,甲6発明は,セラミックス層が溶射により形成されるものではないものの,表面粗度7〜25μmという特定の凹凸表面層を有するセラミックス層に低表面エネルギー樹脂の被覆を行うことを開示するものといえる。
したがって,原告の主張には首肯できる部分がないわけではない。
ウしかし,本件審決の認定に必ずしも適切でない部分があるとしても,その点は本件審決の結論に影響するものではない。
(ア)甲6文献の前記アの記載によれば,甲6発明においてテフロン層を設けることの技術的意義は,シリンダー本体が油を受けつけないようにすることで,洗浄液,希釈した酸や,他の強い液剤などにも抵抗できるようにすることであると認められる。甲6文献を検討しても,訂正発明1のように,「圧胴または中間胴が,被印刷体と接触する際には,ローラ表面全体で接触することなく前記したような滑らかな突起においてのみ接触し,かつその表面には低表面エネルギー性樹脂が存在するために,被印刷体からのインキの移行は起りにくく,かつ移行したインキも,表面が低表面エネルギー性樹脂によるものであることと滑らかな凹凸のプロフィールを有することが相俟って,乾燥した布材等で軽く触れるだけで容易に除去できる」(訂正明細書(甲27)の段落【0019】)との作用効果を期待して,テフロン(低表面エネルギー樹脂)を設けることについては,何らの示唆もない。
(イ)甲6文献の上記アの記載によれば,甲6発明は,テフロンコーティング前の殻(セラミックス層)の表面粗度が7〜25μmであり,テフロンコーティング後の最終的な表面粗度が20〜100μmであると認められる。
そうすると,甲6発明は,コーティングにより最終的な表面粗度が大きくされているものと解されるから,コーティング前の殻の表面が有する凹凸を概ね維持するようにテフロンをコーティングするものではないといえる。すなわち,甲6発明には,訂正発明1における「表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして」低表面エネルギー樹脂をコーティングするという技術思想は存在しない。
(ウ)以上によれば,仮に甲1発明に甲6発明を適用したとしても,相違点4に係る訂正発明1の構成に想到することは困難であるというべきであるから,甲6発明についての原告の主張は,本件審決を取り消すべき理由とはならない。
(3) 審理不尽について原告は,本件審決は,甲1発明ないし甲8発明(特に,甲3発明)やその他の公知技術(甲24など)に基づいて訂正発明1を容易に発明することができたか否かについての十分に検討することを怠ったものであると主張する。
しかし,以下のとおり,本件審決は相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性について判断する当たり,甲2文献及び甲3文献について何ら言及しなかった点において,適切さを欠くものというべきであるが,その点は本件審決の結論に影響するものではない。
ア本件審決が,?@甲1文献ないし甲8文献の記載事項を認定したこと,?A相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性について判断するに当たり,甲1発明について検討するとともに,甲4発明ないし甲8発明について検討し,その容易想到性を否定したこと,?B相違点3及び4の容易想到性が否定されることから,相違点1及び2について検討するまでもなく,原告(請求人)の主張する理由及び提出した証拠方法によっては,訂正発明1を無効にすることはできないとの結論を出したことは,いずれも審決書の記載(審決書8頁12行〜10頁13行,17頁3行〜21頁30行,21頁31行〜32行,22頁2行〜3行)に照らし,明らかである。
したがって,本件審決は,相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性について判断するに当たり,甲2文献及び甲3文献について何ら言及することなく,原告の提出した証拠方法(甲1文献ないし甲8文献)によって訂正発明1についての特許を無効にすることはできないとした点において,説示に妥当を欠く点があったものというべきである。
イしかし,?@本件審判に係る審判請求書(乙1)によれば,原告は,本件審判の手続において,甲2文献(なお,同文献は本件特許の優先日前に頒布された刊行物ではないが,前判決(甲26)では「本件特許の優先日前における知見を示すものと認められる」(25頁23行〜24行)と認定されている。)及び甲3文献を,いずれも甲1文献の記載事項を解釈するための技術常識に関する証拠と位置付けていたものと認められること,?A甲2文献及び甲3文献の記載事項(本件審決も,両文献の記載事項については一応検討している。)に照らせば,甲2発明及び甲3発明について検討したとしても,相違点3及び4に係る訂正発明1の構成のうち,甲1発明及び甲4発明ないし甲8発明によって想到することのできない部分に想到することができないことは,一見して明らかであることからすれば,上記アのとおり,本件審決の説示に妥当を欠く点があったとしても,その点は本件審決の結論に影響するものではないというべきである。
ウ原告は,本件審決が,甲1発明ないし甲8発明以外の公知技術(甲24など)について,検討しなかったとも主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。
そもそも,原告が本件審判の手続において主張した特許法29条2項の無効理由を構成する公知事実以外の公知事実について,本件審決が判断を示す必要はない(最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)。
また,甲24は,前判決において,訂正前発明1に含まれる態様のうち,本件訂正により訂正発明1には含まれないこととなった態様との関係で,技術常識を裏付けるものとして言及された文献であり,訂正発明1の容易想到性判断に際して,必ず検討しなければならない文献であるとはいえない。
エ以上によれば,審理不尽に関する原告の主張は,本件審決を取り消すべき理由とはならない。
(4) 小括以上検討したところによれば,本件審決における相違点3及び4に係る訂正発明1の構成の容易想到性の判断は,その結論において相当である。
したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(訂正発明2ないし4についての判断の誤り)について訂正発明2ないし4は,訂正発明1の構成をその構成の一部とするものであるところ,原告は,訂正発明2ないし4についての本件審決の判断には,訂正発明1についての本件審決の判断と同様の誤りがあると主張する。
しかし,訂正発明1についての本件審決の判断に原告主張の誤りがないことは,前記1及び2のとおりであるから,訂正発明2ないし4についての本件審決の判断にも原告主張の誤りはない。
したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 結論原告はその他縷々主張するが,いずれも理由がない。
以上のとおり,原告主張の取消事由には理由がなく,また,審決に,これを取り消すべきそのほかの誤りがあるとも認められない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 嶋末和秀