審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成19ネ10056不当利得返還等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ4556職務発明譲渡対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ネ4867「窒素磁石」に係る発明の対価請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ23981補償金請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ネ6451各補償金請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 発明者 / 考案者 / 職務発明 / 相当の対価(相当な対価) / 協議 / 反復(反復可能性) / 反復実施 / 方法の発明 / 製造方法 / 共同発明 / 試行錯誤 / 発明の詳細な説明 / 共有 / 着想 / ライセンス / 存続期間 / 特許料(維持年金) / 信義則 / 特許発明 / 実施 / 加工 / 差止請求(差止) / 算定方法 / 実施料 / 共同発明者 / 実施権 / 通常実施権 / 実施許諾(実施の許諾) / 設定登録 / 対価 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
19年
( )
10033号
職務発明譲渡対価請求控訴事件
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控訴人 X 訴訟代理人弁護 士村林?ヘ一 同 井上裕史 被控訴人日 信化学工業株式会社 訴訟代理人弁護 士美勢克彦 同 秋山佳胤 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2008/10/20 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1原判決を次のとおり変更する。 2被控訴人は控訴人に対し,380万円及びこれに対する平成17年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3控訴人のその余の請求を棄却する。 4訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その2を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1控訴の趣旨1 原判決を取り消す。 2被控訴人は,控訴人に対し,3億5998万円及びこれに対する平成17年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 第2事案の概要【以下,略称は原判決の例による。】1一審原告である控訴人は,昭和36年に被控訴人会社に入社し,昭和54年9月から武生工場長室長兼環境保安課長を務めた後,昭和59年9月に製造部長となり,昭和62年5月に取締役に就任し,平成6年5月から平成10年5月まで常務取締役を務め,その後,常勤監査役となり,平成16年5月に退任した元従業員である。 一方,一審被告である被控訴人は,有機無機の薬品・工業薬品その他化学製品の製造・販売等を目的とする株式会社である。 2本件訴訟の対象となっている特許権は,特許公報(甲1)の記載によれば,下記のとおりのものである。 記特許番号第2796486号発明の名称 高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法出願日平成5年7月16日公開日平成7年1月27日登録日平成10年6月26日特許権者日信化学工業株式会社信越化学工業株式会社発明者XC3本件訴訟は,控訴人が本件特許の唯一の発明者であるとして,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下「旧35条」ということがある。)に基づき,被控訴人に対し,相当対価である金3億5998万円及びこれに対する平成17年3月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 4原審の東京地裁は,平成19年2月28日,控訴人は本件発明の発明者ではないとして,控訴人の請求を棄却した。そこで,これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。 5争点は,?@控訴人は本件発明の発明者か,及び,?A被控訴人への譲渡対価相当額はいくらか,である。 第3当事者の主張当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。 1控訴人 原判決の誤り判断の遺脱 ア原判決は,被控訴人が出願した特許に発明者として名を記載した控訴人につき,被控訴人が発明者であることを本件訴訟で否定するのは信義則に反すると主張した点について判断せずに本件請求を棄却しており,判断遺脱がある。本件において,被控訴人が控訴人が発明者であることを否認するのは信義誠実の原則に反し,実体法的にも手続法的にも許されない。 イ事実誤認 被控訴人が株式会社リコーから受託した業務につき原判決は,「被告は,当初から型の改良・開発等を依頼されており」(59頁20行〜21行)とし,Aらが,型の改良実験を行っていたと認定したが,昭和55年1月25日の三社合同会議において,被控訴人がリコーから依頼された業務は,「溶融脱気」「注型」に関する改良業務であり,「型の改良・開発」ではない。型の改良・開発は,被控訴人ではなく,信越化学及びリコーの担当業務であった。 そして,SZBを安定して製造するために型の改良が必要であるとの知見に到達したのは控訴人であり,本件発明は,被控訴人の行っていたリコーよりの委託業務とは全く無関係に達成された。原判決の上記認定は事実誤認である。 Aらが行った実験内容につき原判決は,Aらが,単にSZBを製造するだけでなく,「室温で冷却する場合でも,型をテーブルの上に置いたり,研究室のコンクリートの床に置くなどし,これと併せて型を横に置いたり,立てて置くなどの実験を行った」旨を認定した。 しかし,被控訴人がリコーから託された業務内容は,「溶融脱気」及び「注型」に関する実験であり,型の形状や冷却時の配置方法に関するものではない。また,Aらが昭和55年2月2日の三社合同会議での「型冷却勾配下部から冷やすのがポイントではないか」とは,あくまで型を横置きにしたことを前提にしたものであり,型を立てて置く実験を前提にしたものではない。 原判決の上記認定は,信憑性のない陳述書のみを根拠とするものであり,また,昭和55年当時の実験を再現したとする実験報告書(乙34,56)も信憑性に欠ける。 Aらが実験を行った事実は存在せず,原判決の認定は,当該事実を誤認したものである。Aは,「研究所のコンクリートの床に縦(垂直)に立てて置いたもののみがうまくできました」(乙7,6頁7〜8)とするが,Aらが,型の置き方や配置場所を試行錯誤した旨記載された製造データーは存在しない。 さらにAは,良好にSZBを製造できた過程を観察したとするが,Aの主張する方法では,固化の状態が観察できない。 さらに,後日,Aが,社内で発表したと主張する「研究発表会資料」の「成形観察」の記録も,固化品にクラックが存在する不良品の固化状況であり,良好に製造できた記録はない。 以上のとおり,Aらの実験内容について,「溶けたステアリン酸亜鉛を,温めたシリコーン型に流し込んで固化させる際,室温の自然冷却,保温箱での段階的な冷却,あるいは恒温器で温度コントロールをしながらの冷却など冷却条件を様々に変えて実験を行ったほか,室温で冷却する場合でも,型をテーブルの上に置いたり,研究室のコンクリートの床に置くなどし,これと併せて型を横に置いたり,立てて置くなどの実験を行った。」(48頁下3行〜49頁4行)とした原判決の認定は誤りである。 Aが,昭和55年2月2日までに,本件発明の技術思想を想起していたとの事実認定に対し原判決は,「昭和55年2月2日のリコー,信越化学及び被告の三社合同会議の時点において,Aから,『型冷却勾配下部より冷やすのがポイントではないか』との説明がされているところ(甲16),この時点で,既に,Aらが,型の下部から冷却するという本件発明の技術思想を想起していたことが認められる。また,被告は,同日の会議において,リコーに対し,5項目にわたる依頼をしており,…本件発明の技術思想である下部からの冷却という温度勾配を前提として,冷却の速度の変化によるSZBの品質への影響を照会したものであると認められる。」(55頁23行〜56頁8行)と認定した。 しかしリコーが実施した実験結果(甲19)によれば,Aらがリコーに対して説明した「型冷却勾配下部より冷やすのがポイントではないか」(甲19,2枚目)とは,型を横置きにする方法を前提に,型下に冷えたメタルを置いて,SZBの僅かな厚さ方向に温度勾配を設けるのはどうかとのアイデアにすぎない。昭和55年2月2日の三社合同会議で,Aが指摘したのは,あくまで横置き型でのSZB製造時における温度勾配にすぎないのである。 本件発明の技術思想は,単に型の下部から冷却して温度勾配を付けるというものではなく,原判決記載の一部を引用すれば「成形時に温度差を作ることとし,温度の高い方を上部にもっていき,温度が低い下部が固化して収縮を起こす際,その分の液が高温側である上部から自然にフィードできるようにしておく」との点(原判決52頁19行〜22行)にある。 よって,単に「温度勾配」というキーワードがあるとしても,それが,横置きの型の上部を温めたり,下部を冷やすことを示唆するものにすぎない場合,本件発明の課題を解決するような技術思想ではないことは明白である。 以上のとおり,昭和55年2月2日の時点で,「既に,Aらが,型の下部から冷却するという本件発明の技術思想を想起していたことが認められる」との原審の事実認定は誤りである。 本件発明の実施品がリコーに納品されたとの事実に対し原判決は,「被告は,同月4日及び8日,リコーにSZB60本及び55本を現実に出荷している(乙13,14,24及び25)ところ,上記のとおり,被告において,既に本件発明の着想が得られ,SZBの量産に向けての検討が行われていた段階であったと認められるのであるから,これらリコーに納品したSZBは,型の下部から冷却するという製造方法によって製造されたものと考えられるところである。」(56頁8行〜14行)と認定した。 しかし被控訴人は,同月2日の三社合同会議で,リコーに対して,下部からの冷却という温度勾配を前提として,冷却の速度の変化によるSZBの品質への影響を照会したところ,リコーからはいずれも問題があるとされていたものである(甲19)。 さらにリコーは,SZBの製造方法について詳細な仕様を作成し,当該仕様で作成することを被控訴人に指示し(甲11),仮に他の方法で製造する場合には,リコーの承諾が必要である旨を告げている(甲7)。 ゆえに被控訴人は,控訴人が本件金型を設計製造し,SZBが安定的に量産できることを確認した上で,昭和55年3月13日,リコー本社で,金型法によるSZBの量産技術を説明し,当該製造方法による製品の出荷について了解を求めたのである(甲17の4〜6,甲28)。 以上のとおりであるから,被控訴人が,リコーの承認なく,当該仕様以外の方法で製造されたSZBを出荷したとの原判決の認定は誤りである。 金型図面の作成につき原判決は,「結局,上記の部品図等については,Aらの開発実験に基づいて,原告がその依頼を受けて作成したと推測するのが自然であり,原告が,同日,本件発明を完成させたことを認めるには足りないというべきである。」(62頁18行〜20行)と認定した。 しかし控訴人が,本件図面を作成した昭和55年2月20日(甲23)より前に,Aが控訴人にSZBの製造状況について説明したり,金型の設計を依頼した事実は,Aらの陳述書においても極めて曖昧である(乙7)。また,控訴人の手控え(甲17の1〜3)には,かかる記載はない。 当時,被控訴人には設計部門が存在し,控訴人はAの上職であったのであるから,そもそもAらが,開発実験に基づいて控訴人に金型の作図を依頼することは考えられない。 仮に,何らかの事情によって,控訴人に依頼したのであるとすれば,かかる特別な事情が具体的に記載されているはずである。 さらに,被控訴人は,「SZBの製造方法が確立した後,Aらは,SZBを量産するべく,金型の作成について原告に相談した。」と主張する。 すなわち,Aらは,控訴人に金型の製造についての相談をする前に,(a) シリコーン型での量産(b) 信越化学から送られてきた1本取りの金型での実験(c) 縦置き2本取りの金型でのSZBの製造(d)金型の上部にリボンヒータを巻いて熱して,強制的に下部から上部への温度勾配を作る製造実験等の実験をしたと主張する。 しかし,Aらが,昭和55年2月2日の時点では,上記(a)の途上だったことは,三社合同会議の議事録(甲16)の記載から明らかであり,その後,控訴人が本件金型の図面を作成する昭和55年2月20日までの短期間に上記の実験を実施することは不可能である。 よって,被控訴人主張の発明に至る過程は客観的事実に反し,原判決の認定も客観的事実と異なるものである。 昭和55年1月17日から,シンワのBによるSZBの製造試験が開始されたとの事実認定に対し原判決は「そこで検討するに,まず,被告においては,前記(1)アないしクのとおり,昭和54年12月にSZB製造の依頼を受けた後,昭和55年1月17日からシンワのBによるSZBの製造試験が開始され,さらに,同月末からは,AらによるSZBの製造実験が行われていたものと認められる。」(59頁15行〜18行)とした。 しかし,Bの陳述書(乙22)に添付された実験データは,昭和55年1月25日の三社合同会議で被控訴人に課せられた,「溶融温度・時間・真空度・注型温度・時間」について,具体的に条件を変化させ実験をしたものである。 すなわち,同実験は,上記三社合同会議後に行われたものであり,Bが同会議前に行った実験でないことは明らかである。また,そもそも,リコーは,シリコンゴム型の手配を行い,昭和55年1月25日,26日に,被控訴人会社に来社し,SZBの製造に関する技術指導を行っている。それにもかかわらず,シンワのBがこれを待たず,沢山のシリコンゴム型を使用し,試作のみならず色々な条件で製造実験をしたとの事実は,不自然である。 以上のとおり,被控訴人がリコーからの技術指導を受ける前から,シンワのBによるSZBの製造試験が開始されたとの事実認定は誤りである。 ウ 判断の誤り 本件発明の本質の判断につき原判決は,「本件発明が,下部から上部への順次冷却固化をその本質とすることは既に述べたとおりであり,それ以上のものではなく,金型による方法や,上部を積極的に加熱する方法に限定されるものではないから,これら本件明細書の記載は,上記本件発明の完成に関する認定を直接左右するものではない」(57頁1行〜5行)と判断した。 しかし,縦置きの型で,溶融液を自然冷却してもその冷却固化は,下部から上部に進行し,それと並行して壁面からの固化も進行するところ,かかる自然冷却では,クラックのないSZBは製造できないから,本件発明の技術効果を得ることはできない。 本件発明の本質は,成形時に温度差を作ることとし,温度の高い方を上部にもっていき,温度が低い下部が固化して収縮を起こす際,その分の液が高温側である上部から自然にフィードできるようにしておくこと,すなわち,上部を自然冷却に任せずに,加熱して,上部を液層の状態に維持した構成とした点にこそ,本件発明の本質がある。 よって,「本件発明が,下部から上部への順次冷却固化をその本質とする」との原判決の上記判断は誤りである。 「発明は,その技術内容が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されたときに完成したということができる」(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁)ことは,原判決が認定するとおりである。 よって,発明の完成を判断するに当たっては,特許として出願された「特許請求の範囲」の形式的な記載ではなく,発明の詳細な説明に基礎付けられた構成,すなわち,当業者が技術効果を挙げることができる程度に具体的な技術思想を発明の本質として判断しなければならない。 この点,本件発明が目的とする技術効果は,単にSZBを製造することではない。SZBの製造自体はリコーが60%の収率で行っていたし昭和55年2月2日の時点の被控訴人も45%の収率を達成していたことから,100%に近い非常に高い収率での製造を達成することであり,実施例においてはいずれも100%の収率を達成したことが記載されている。 そして,昭和55年2月2日に,Aが三社合同会議で示した,型を横置きにした状態での「型冷却勾配」との着想のみでは,上記技術効果を得ることはできなかった。さらに,型を縦置きにしてステアリン酸亜鉛を固化させた場合,密度の高い凝固物は沈下し固層が下部から進行し,高温の溶融液が上部に溜まり,上下で温度差,すなわち,温度勾配が生じ,下部から順番に固化が進む。しかしながら,この状況では,良好な成形品は得られなかった。 この点,上記技術効果を得るためのメカニズムが,「成形時に温度差を作ることとし,温度の高い方を上部にもっていき,温度が低い下部が固化して収縮を起こす際,その分の液が高温側である上部から自然にフィードできるようにしておく」(原判決52頁19行〜22行)点にあり,これは当事者間に争いがない。 すなわち,そもそもステアリン酸亜鉛は,ほぼ下部から上部に固化が進んでいるところ,仮にこの結果に下部から冷却する機構を加えても,「温度が低い下部が固化して収縮を起こす際,その分の液が高温側である上部から自然にフィードできるようにしておく」構成にはならない。 なぜならば,上部からステアリン酸亜鉛の溶融液が供給されないのは,壁面から固層が成長することにより上部の溶融液が失われるためであり,これを抑制するためには,下部を冷却するのではなく,本件金型のように,上部を積極的に加熱して壁面での固層の成長を抑制し,上部に十分な溶融液を確保するという意味内容での「温度勾配」が必須なのである。 本件特許公報の「発明の詳細な説明」に開示された,金型の上下方向に温度勾配を設ける方法は金型の上部を積極的に加熱する構成のみであり,金型下部を冷却する機構は,前記の加熱構成を補助するとして記載されているにすぎない。 以上のとおり,当該技術分野における通常の知識を有する者が,反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているのは,金型の上部に加熱のためのヒータを取り付けた構成,すなわち,控訴人が設計した金型のみであり,上部を加熱する当該構成こそが,本件発明の本質であるといえる。 よって,金型による方法や,上部を積極的に加熱する方法に限定されるものではないとの原判決の発明の本質の認定は誤りである。 発明の完成時の認定につき原判決は,昭和55年2月2日に,既に本件発明の着想が得られ,遅くとも同月4日までには,下部を上部よりも相対的に冷却して下部から上部に順次冷却固化する方法によって,リコーに納品する一定量のSZBを製造しているのであるから,遅くとも同日までには,本件発明が完成された旨を認定した(56頁10行〜24行)。 しかし原判決の上記判断は,本件発明の内容を「特許請求の範囲」に記載された形式的な文言で捉えており,不適切である。 そもそも,昭和55年2月2日にAが示唆した技術思想(型冷却勾配,甲16)は,型を横置きにする方法を前提に,型下に冷えたメタルを置いて,SZBの僅かな厚さ方向に温度勾配を設けるのはどうかとのアイデアにすぎない。 このような僅かな温度勾配で,本件発明が目的とする技術効果を奏することはできなかったのは既に述べたとおりである。 また,昭和55年2月2日の三社合同会議では,AがSZBの製造歩留まりが50%程度であるなどと報告し,リコーに納期の延長を求めている(甲16)。 すなわち,被控訴人は,同日までに,本件発明の技術効果である,高い歩留まりでSZBを製造する方法を見い出していなかったことは明白である。さらに,同月4日までに,かかる方法により製造されたSZBは出荷されていない。 以上のとおり,本件発明が昭和55年2月4日までに本件発明が完成されたとの原判決の認定は誤りである。 そして,本件発明の本質である「上部に加熱のための熱源を取り付けた構成」を最初に着想し,当業者が反復継続可能な程度に実施化したのは,本件金型の製作が最初である。 よって,本件発明は,遅くても昭和55年2月20日に控訴人により完成されたものなのであり,控訴人こそが発明者である。 発明考案届出書(甲4,5)の発明者の記載につき原判決は,「原告は,発明考案届出書(甲4,5)における発明者の記載を自ら発明者であることの裏付けとするが,これまで述べたところに加え,同届出書作成当時,原告が被告社内において取締役工場長委嘱という地位にあり(甲6),Aの上司として上記書類等の作成について事実上の影響力を有していた(乙7)ことも考慮すれば,同届出書の記載のみをもって,原告を本件発明の発明者であると認めることができない」(62頁21行〜26行)と認定した。 しかしAらのみならず,被控訴人を含め,本件紛争が生じるまで,控訴人が本件発明の発明者であることに異議を述べた者はいない。 また,被控訴人において,「特許に関する業務」は,研究室長室に属する職務であったところ,被控訴人が主張するように,Aが控訴人に発明を奪われたのであれば,Aは,10年以上の上司であった研究室長に容易に異議を申し立てることができたはずである。 他方,控訴人とAは,共同発明者として出願された発明もあるし(乙16),本件特許出願前後にAが発明者であると出願された特許出願も存在する(乙17〜19)。 かかる状況からすれば,控訴人が,他者の発明を奪うことなどなかったことは明白である。 以上のとおりであるから,控訴人がAの発明を横取りしたかの如き原判決の認定は誤りである。 控訴人の主張の信用性につきa原判決は,控訴人が,本件発明の着想を得た日に関する主張に,不自然な変遷がある旨を指摘する(60頁22行〜61頁3行)。 しかし控訴人の主張は,昭和55年2月15日の会議で,SZBの問題に心を悩ませた控訴人が,入浴中のリラックスした状況で,温度勾配を設ければよいこと,さらに,お風呂が釜で加熱した温水を供給するように,ステアリン酸亜鉛を加熱し,上部から液状のステアリン酸亜鉛を供給する着想を得たこと,2月20日に金型の設計図を完成させて,遅くても同日までに本件発明が完成した点で何ら変遷していない。 bまた原判決は,「金型によるSZBの製造の段階に至るまで,被告におけるSZB製造実験・作業に自ら参加していない原告が,一人で,渡された資料とそれまでに知り得た会議での情報を基にして,入浴中とその後のわずかな時間の中で,前記事項を全て具体的に想到したとの主張は,およそ現実的に可能なものとはいえず,採用の限りではない」(60頁17行〜21行)と認定した。 しかし控訴人は,昭和36年に被控訴人会社に入社した後,塩化ビニールプラント,硫酸カリ肥料プラント等,数々のプラントを担当し,有機合成工学,高圧ガス工学,粉体工学,伝熱工学,安全工学等の多彩な経験と技術を習得した技術者である。また,これまで,控訴人が扱った機器も多種ある。 以上のとおり,控訴人には,本件課題の解決のため,必要な知識と経験が既に備わっていたのであるから,最低限の僅かな情報が得られていれば,本件発明を着想し,その後の僅かの時間で,それを金型の設計図面という具体的・客観的なものとして構成することは,現実的に十分可能なことだったものである。 c原判決は,「原告は,前記?Hのとおり,同年2月19日に,粘度が高いので液漏れの問題はないことについて思考をめぐらせていたと主張するが,従前は,シリコーンゴム型を立てて使用すれば,型の間から液漏れを起こす旨繰り返し述べていたところ(弁論の全趣旨),被告から液漏れが生じない反論を受けたものである」(59頁末行〜60頁4行)と認定した。 しかし控訴人が液漏れを指摘していたのは,型を目玉クリップで固定する被控訴人の製造方法(甲11,4枚目)に対してであり,控訴人の製造装置は,ボルトの強い力で固定する方式を考えていたのであるから,控訴人の製造装置で液漏れが生じないと考えても何ら主張に齟齬はない。 以上のとおりであり,控訴人の主張に変遷はない。 相当の対価の額ア 本件において適切な算定方法本件では,被控訴人の全社の利益率は,多くとも●%を超えないにもかかわらず,SZBの利益率は別紙「SZB売上高・経常利益」記載のとおり,多くの年度において●●%を超過するものであり,被控訴人は,ロイヤリティの支払を免れた以上の多大な利益を得ている。 よって,本件における相当の対価は,本件特許を使って事業を行った結果生み出した利益から,被控訴人の事業に貢献する資産の要求利回りを控除した利益を評価額とする,いわゆる「超過収益法」によって算定されるべきである。 さらに,本件訴訟において被控訴人は,客観的事実と明らかに齟齬する陳述書等を作成し,控訴人を精神的に苦しめたのみならず,裁判所の審理を混乱させたのであり,かかる被控訴人に,本件発明を独占したことによって得た利益を不当に利得させるべきではない。 よって,かかる信義則上の観点からも,本件においては,被控訴人に本件発明による超過利益を利得させるような評価手法を採用すべきではない。 イ被控訴人が超過収益を得たことに基づく独占的利益の算定 超過収益a本件発明の完成時から平成17年の超過収益額被控訴人の全事業の利益率は●●●%程度であるから,全資産の要求利回りは多くとも●●である。 そこで,被控訴人のSZB売上による超過収益の総額は,別紙「SZB売上高・経常利益」記載のとおりであり,昭和55年から平成17年まででも合計●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●となる。 b平成18年以降の超過収益額SZBはカラー複写機の重要な部品であり,今後も継続的な販売が見込めるものであり,被控訴人は少なくとも●●●の超過利益を得ると見込まれる。 c以上から,本件特許権を独占することによって得られる超過利益は,少なくとも●●●●を下回らない。 超過売上割合上記のとおり,超過収益は本件発明を独占することにより達成されたものであるから,上記超過収益全部が,独占の対価である。 よって,本件においては,「超過売上割合」を採用する余地はない。 収益に対する本件発明の貢献度収益に対する発明の貢献度としては,米国で一般的に採用されている25%ルールが適切である。 発明における控訴人の貢献度控訴人は被控訴人の助力を全く借りず本件発明を完成させ,貢献度は100%となるが,控訴人の経験が被控訴人でのこれまでの業務によって培われたものであることを最大限考慮しても,50%が妥当である。 共同発明者としての寄与割合控訴人及び被控訴人が,いずれも認めるとおり,本件特許の発明者として記載されている信越化学のCは,本件発明に全く関与していない。 よって,本件発明の独占的利益において,共同発明者の控除がされる余地はない。 また,仮に,被控訴人においてAらがSZBの製造に関する研究をしていたとしても,控訴人は,AらからSZBの製造に関するデータを入手したり,共同で実験をした事実はない。 よって,本件発明の独占的利益において,Aらが共同発明者であるなどとして控除がされる余地もない。 超過収益法による独占的利益の経済的価値以上のとおりであるから,被控訴人が,本件特許発明を独占することによって得た利益の経済的価値は,●●●となる。 超過利益額 ×本件発明の貢献度×(1-被控訴人の貢献度)= ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●= ●●● 信越化学に本件特許の実施権を与えたことから得られるべき利益(ロイヤリティ法による独占的利益の算定)a被控訴人は,訴外信越化学工業株式会社に本件特許の実施許諾をしている(乙33)。 被控訴人が信越化学から取得するべきライセンス料も,本件発明の独占的利益の算定において考慮されるべきものである。なお被控訴人は,信越化学に対して,無償で実施を許諾しているが,その代わりに信越化学の保有する特許権等を無償で実施する利益を得ているのであるから,想定される実施料率のライセンス収入を考慮するべきである。信越化学が,本件特許の存続期間中,本件発明を実施して,SZBを製造販売することにより得られる利益額は●●●●と見込まれる。 そして,被控訴人が,信越化学に対して,本件発明の実施の対価として受領するべきライセンス料は,本件発明が上記のとおり,極めて高い利益率を確保できるものである点を考慮して,上記利益の10%とみるのが相当である。 よって,被控訴人の得べかりしライセンス収入額は,●●●となる。 b発明における控訴人の貢献度前記のとおり,50%が妥当である。 c信越化学に本件特許の実施権を与えたことから得られるべき利益による独占的利益の経済的価値以上のとおりであるから,被控訴人が,本件特許発明を独占することによって得た利益の経済的価値は,●●●となる。 (得べかりしライセンス収入)×(1-被控訴人の貢献度)=●●●●●●●●●●●●●●●=●●● そうすると,控訴人が被控訴人に本件特許を受ける権利を譲渡したことに対する相当な対価は,上記 の合計●●●が相当であり,既に受領した金額(2万円)を控除しても,3億5998万円を下回ることはない。 ウ ロイヤリティ免除法による算定の場合の実施料率仮に,本件発明の独占的利益の経済的価値を,ロイヤリティ免除法で算定するのであれば,その実施料率は少なくとも10%とされるべきである。 上記のとおり,本件発明は,その独占により●●%を超過する極めて高い利益率を達成するものであり,これを実施許諾する場合,高い実施料率が適用されることは当然だからである。 2被控訴人 控訴人が発明者ではないこと本件発明の発明者はAら3名であることは,原判決が認定したとおりである。 ことに,Aら3名が本件発明に至るシリコーン型による製造実験を経て,シリコーン型に溶融したステアリン酸亜鉛を注入し,冷たい床に立てておくことにより,下部から上部へと順次冷却固化させるという本件発明に想到して,シリコーン型により訴外株式会社リコーに対してSZBを納入し続けていた経緯,さらに金属型による製造実験を経て,上部を積極的に加熱し,下部を積極的に冷却するということにまで想到した経緯を見れば明らかである。 控訴人は,?@シリコーン型による製造実験を自ら何ら行わず,?AAらによるシリコーン型による製造実験の内容も知らず,?Bその上,シリコーン型をほぼ垂直に立てて製造していたという当時の製造方法,製造の実態も知らず,?C風呂に入浴中に,突如として,上部加熱,下部冷却という発想に思い至った等とするものであって,控訴人は被控訴人の主張,立証を経てから,後出しのように主張を変遷させており,この点も原判決が認定したとおりである。 判断遺漏との主張に対し本件訴訟において発明者性を争うことが信義則違反として許されないという控訴人の主張は独自の主張であり主張自体失当である。かかる主張に対して,原判決が明示的な判断をしなかったからといって,違法となるものではない。さらに,原判決が発明者性を判断している以上,実質的には控訴人の信義則違反の主張は成り立たない旨を判断しているものであり,判断の遺漏はない。 むしろ,控訴人こそが当時の会社における強い立場を利用して,Aら3名から真の発明者の功績を横取りしたというのが実態であって,控訴人の主張こそが信義に反する。 事実誤認との主張に対しア 被控訴人が株式会社リコーから受託した業務につき控訴人は,被控訴人がリコーから受託した業務には「型の改良・開発」が含まれていないと主張する。 この点に関しては原判決の判示するとおりであり,控訴人の主張には反論する必要はない。 なお控訴人は,被控訴人は型の改良,開発を受託していないはずだとしてAらが型の改良,開発をしたことを論難する。他方,控訴人自身は,委託を受けていない被控訴人の従業員の一員でありながら,しかもシリコーン型によるSZBの製造に一切関わっていないにも拘わらず,突如として風呂で金属型の発明に想到したというものである。控訴人の主張は意味のない論難といわざるを得ない。 イ Aらが行った実験内容につき控訴人の,シリコーン型を「横置きにした」旨の主張は,その製造の実態を知らないが故であり,シリコーン型を立てて製造していたことは当然のことである。被控訴人がリコーからの委託を受けて,SZBを当初シリコーン型で製造し,納入していたことは控訴人も争っていないが,当時,シリコーン型を立てて製造していたことは,その製造に関与した者であれば見て判ることだけに,誰もが知っていた事実である。 また控訴人は,本件発明の技術思想が特許請求の範囲に記載された「下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴」とするものであることを更に限定して,上部の加熱が必要だと主張する。少なくとも,クラックを生じないSZBを製造するためには,下部から上部へと順次冷却固化させるという温度勾配が必須であることに当事者間に争いはないというべきである。従って,本件発明の本質に「上部加熱」まで要するかどうかさておいても,クラックのないSZBをシリコーン型で製造しリコーに納入していた被控訴人が,シリコーン型を立てて製造していたことは明白である。 控訴人が主張するように「横に寝かせて」下から冷やす方法では,温度勾配が生じるはずもなく,クラックが生じて割れてしまうことは自明である。 ことにSZBの規格は厚さ5?o,幅20?o,長さ30?p以上という極々薄い上に細長い棒状である(甲11)。従って,かかる薄く,細長いSZBの形状を雌型として有するシリコーン型を横に寝かせてみても,全体が一様に冷えるだけであり,温度勾配が生じるはずがない。「横に寝かせた」シリコーン型について,Aが「下部より冷やすのがポイントではないか」などというはずがないのであり,控訴人主張が当を得ないものであることは明らかである。 さらに控訴人の主張する,「横に寝かせ」て「型下に冷えたメタル」を置いたなどという製造方法は,いかなる根拠に基づくのか不明である。 以上,被控訴人が実施もしていない「真横に寝かせた」という控訴人主張には根拠がない。なお,控訴人は甲19(SZB基礎実験よりの型評価)を引用するが,同号証はリコーの実験である上に,縦置きの記載もあり,意味がない。 控訴人は,A,D,Eの各陳述書の信憑性を論難するが失当である。同人らの陳述書は,当時の状況を具体的,詳細に陳述すると共に,当時作成の書証,これらから明らかとなる状況に符合するのみならず,B陳述書(乙22),第三者であるFの陳述書(乙26)とも合致している。 また,乙34,56の実験報告書に対する論難も,些末な揚げ足取りと,溶融したステアリン酸亜鉛の色を知らないが故にすぎない。溶融したステアリン酸亜鉛の色は,無色透明,淡黄色,不透明,加熱により褐色になるというものであり,乙56はまさにその一例にすぎない。また控訴人はガラスから放熱するから確認できないなどと論難するが,6面のうち,ガラス板は1面であり,他の4面はシリコーンである。もちろん,最も面積の大きい2つの側面のうち1つがガラス板であるから,放熱の影響は多少受けるであろうが,その点を考慮しても,全面がシリコーン型の場合のことを想定することは出来るのであり,実際に固化の状況が観察できていることは,乙7(Aの陳述書),乙9の1(Aの研究発表会資料),乙56(Gの実験報告書)のとおりである。 ウAが昭和55年2月2日までに,本件発明の技術思想を想起していたとの事実認定につき原判決が適切に認定するとおり,昭和55年2月2日のリコー,信越化学及び被控訴人の三社合同会議の時点において,Aから,「型冷却勾配下部より冷やすのがポイントではないか」との説明がされているところ(会議報告書,甲16),この時点で,既にAらが,型の下部から冷却するという本件発明の技術思想を想起していたことが認められる。 このときの依頼項目の1つに,「冷却速度勾配と○品質の対応をとってスほしい」という事項が掲げられている(甲16)が,この点についても原判決が適切に認定するとおり,本件発明の技術思想である下部からの冷却という温度勾配を前提として,冷却の速度の変化によるSZBの品質への影響を照会したものであることが認められる。 これに対する控訴人の「真横に置いた」との主張が失当であることは,既に述べたとおりである。 控訴人は甲19(SZB基礎実験よりの型評価)を根拠に反論するが,甲19はAの実験,照会とは関係しないし,しかも甲19にも縦置きの記載はある。控訴人の主張は意味がない。 エ 本件発明の実施品がリコーに納品された事実につきAが遅くとも昭和55年2月2日の時点では本件発明を想起していたことは既に述べたとおりである。 これに対して控訴人は,上記照会についてリコーの試験ではいずれも問題があったと称してここでも甲19を引用するが,甲19は上記照会に対する回答ではなく,意味がない。またリコーの承諾無く,仕様を変更できないとの控訴人の主張は,蒸し返しにすぎず,原判決においても正当に摘示されているとおりである(原判決29頁,e)。リコーにおいて仕様書記載の製造方法では製造できないからこそ,被控訴人に,型の改良,開発,製造を委託したものである。 オ 金型図面の作成につき控訴人は,金型図面の依頼をAらから受けるはずがないと主張する。しかし,金型による上部加熱,下部冷却という製造実験も行ったAらからの依頼を受けて,金型の図面を引いたにすぎないことは原判決が適切に認定するとおりである。 ことに控訴人は,シリコーン型による開発実験にも製造にも関与していないことを争わず,Aらが行った金型による製造実験についてはその事実自体を否定しているのである。従って,かかるシリコーン型,金型による製造実験に一切,何の関わりもないことを自認する控訴人が,ある日突然,お風呂の中で,金型によるSZBの製造方法に想い至り,本件発明を行い,金型の詳細な図面を引いて,その製造条件まで詳細に指示したというのである。かかる控訴人主張の事実が,あり得ないことは指摘するまでもない。 なお,控訴人はここでもAらが本件発明をし,金型による製造実験を行ったことについて,その期間が短かったことを論難するが,蒸し返しにすぎない。既に述べたとおり,リコーへの納入に追われつつ,極めて短期間に製造し,製造実験に明け暮れていたのである。しかも,短期間というのであれば,上述のとおり,シリコーン型による開発実験,製造現場に関与していないことを自認し,金型による製造実験にも関与したことがないことを自認する控訴人が,突如として金型による製造方法を発明し,金型図面を引き,金型によるSZBの製造方法まで指示したのは,一体どの程度の期間であるというのか疑問である。 カ昭和55年1月17日から,シンワのBによるSZBの製造試験が開始されたとの事実認定につき控訴人の主張は蒸し返しに過ぎず,原判決の認定は適切である。いずれにせよ一切の開発実験に関与していないことを認めている控訴人が,シンワのBが製造実験を行っていたことを云々したところで結論に変わりはない。また,Bは本件特許発明の発明者でもない。 判断の誤りの主張に対しア本件発明の本質の判断に誤りはない原判決が認定したとおり,本件発明は,下部から上部への順次冷却固化をその本質とするものであり,上部を積極的に加熱するものに限定されるものではない。 これに対する控訴人の主張は,要するに上部を積極的に加熱することが必須であるというものであるが,根拠がない。 まず控訴人は型を縦置きにしてもSZBの良好な成形品は得られないとして乙9の1(Aの研究発表会資料)を引用する。しかし,シリコーン型を縦置きにして,冷たい床において下部から冷却していたことは何度も繰り返し指摘したとおりである。立てることによる温度勾配でも製造できないのであれば,真横に置いたら,まして製造など出来ない。控訴人のかかる主張は,製造の実態すら知らないことによるものであるとともに,シリコーン型を真横に寝かせたなどとありもしないことを強弁し,シリコーン型による発明完成を否定せんが為の主張である。 しかも,乙9の1の図は,研究室の冷たい床に置かない場合を観察したものであり,研究室の冷たい床に置いて下から徐々に冷却した場合のものではない。乙9の1の図は,Aがクラックの原因に想到した実験である(乙7〔A陳述書〕,6頁)。この図を根拠に,縦置きでは製造できないという控訴人主張は,失当である。 控訴人は,さらにシリコーン型の周りから冷却が進むから上部の溶融液が失われるなどと主張する。しかし,これはシリコーン型による製造の実態を全く知らない控訴人の根拠のない推測にすぎない。実際に製造に使用するシリコーン型においては,冷たい床におくことにより,適切な温度勾配が生じ,リコーに納入し続けることが出来たことは原判決も正当に認定しているとおりである。 イ発明の完成時の認定に誤りはないこれに関する控訴人の主張は繰り返しである。「真横に寝かせる」などという方法で製造できなかったことは前記のとおりである。また控訴人は,「高い歩留まり」が本件発明の技術効果であると主張するが失当である。本件明細書(特許公報,甲1)のどこにも「高い歩留まり」が技術効果などという記載はない。 本件明細書の段落【0004】【発明が解決しようとする課題】には「本発明は,…成形時に割れることなく高級脂肪酸金属塩ブロックを製造することのできる溶融固化法を提供しようとしてなされたものである。」と明記されており,段落【0013】【発明の効果】には「本発明の製造方法によれば,…クラック発生のトラブルを生ずることなく,良好なブロック状の高級脂肪酸金属塩成形体を得ることができる。」と明記されているのである。 以上のとおり,クラックが発生しないSZBの製造方法こそが本件発明の課題であり,効果である。 本件発明の本質が「上部に加熱」することにあるとは,控訴人の独自の主張にすぎない。 ウ 発明考案届出書の発明者の記載につき控訴人自らが提出した発明考案届出書(甲4,5)を見れば,控訴人が,Aが届け出た発明考案届出書に対して,Aに何を言って,何をしたのかは明白というべきである。控訴人は,Aらが発明者として名を連ねていることについて,発明者ではないことを話して納得してもらったなどと主張するが,それこそ事実に反する。 控訴人の主張には不自然な変遷があるア 控訴人は,本件発明の完成日に変遷はないと主張するが失当である。 控訴人が発明日を変遷させたのは原審における原告準備書面(7)である。原告準備書面(7)は平成18年11月2日の期日に陳述されたものであるが,当該期日でのやりとりを踏まえて被控訴人は被告第8準備書面において,控訴人の発明日に関する主張の変遷を指摘したものである。控訴人による発明日の主張の変遷は,単なる誤記等ではなく,控訴人として十分に自覚した上であえて為された,従前とは異なる発明日の主張である。 控訴人は,判決理由において摘示されるや,何ら変遷していないなどと主張するが,この度の控訴人の主張でも発明日が2月15日なのか2月19日なのかすら不明であり,失当と言わざるを得ない。 イまたSZBの開発実験,製造に従事することなく本件発明をすることなどあり得ない。金型によるSZBの製造段階まで,何ら製造実験,製造に従事していない控訴人が,一人で,紙資料とそれまでに知り得た会議での情報をもとに,入浴中とその後の僅かな時間で,金型と,それによる製造方法まで想到することなどあり得ないことは原判決が適切に認定するとおりである。これに対する控訴人主張は,控訴人は種々経験を有するし,種々機械を設計したというものであるが失当である。 控訴人が主張するが如き経験を有したとしても,SZBに関するものではない以上,突如として,SZBを製造する金型とその製造方法の詳細に想到するなどということはあり得ないことは明白である。 ウ控訴人主張には,まさに変遷がある。原判決は,「一方,原告は,前記?Hのとおり,同年2月19日に,粘度が高いので液漏れの問題はないことについて思考をめぐらせていたと主張するが,従前は,シリコーンゴム型を立てて使用すれば,型の間から液漏れを起こす旨繰り返し述べていたところ(弁論の全趣旨),被告から液漏れが生じない旨の試作実験の結果(乙34)に基づく反論を受けたものである。」(59頁末行〜60頁4行)として,控訴人がシリコーン型によるSZB製造実験にも製造作業にも加わっていないことを正当に認定している。 これに対し控訴人は,同人が液漏れを指摘していたのは目玉クリップによる製造方法であり,同人の金型による製造装置ではボルトの強い力で固定するから主張に齟齬はない,などと主張する。 しかし原判決は,上記のとおり,認定事実から,控訴人がSZB製造実験にも製造作業にも加わっていないことを認定しているのであり,この点は,控訴人が原審から一貫して明らかに争っていないところである。従って,控訴人の主張は意味がない。しかも,控訴人は,従前は,「縦(垂直)で使用」すると目玉クリップでは容易に液漏れすると主張していたところ,被控訴人からそのようなことはあり得ない旨の反論と立証を受けた後に主張されたのが,本件発明に関して控訴人が巡らしたという原判決の上記?Hの主張である。 従って,その経緯を知る原審裁判所が,控訴人の主張をそのまま受け入れるはずもなく,?Hの金属型で「パッキン無しに液漏れをしないかだが,SZBの溶融液粘度(甲10の1)より粘度が高いのでまず問題ない。」との点について,「それは従前の主張と違う」ということ,かかることも知らない控訴人がSZB製造実験にも製造作業にも加わっていないことを正当に認定したのである。控訴人がSZBのシリコーン型による開発実験は勿論のこと,製造にすら従事していなかったという原判決の認定は正当である。 しかも,この度の控訴人の主張は,シリコーン型では漏れると指摘し,金型では漏れを心配しなかったのは,「ボルトの強い力で固定する方式を考えていた」からというものであり,控訴人の主張は,上記原判決?Hの「パッキン無しに液漏れをしないかだが,SZBの溶融液粘度(甲10の1)より粘度が高いのでまず問題ない。」との点とも齟齬する。控訴人は原審終結の間際になってから被控訴人の主張,立証を見た上で後出しのようにされた上記「本件発明を巡る思考」の?Hを,原判決の指摘を受けて,さらにまたもや変遷させた。この主張の変遷を見れば,控訴人が発明者ではあり得ないことは明白である。 相当対価額について仮に控訴人が本件発明の発明者の1人と認められるとしても,発明譲渡対価の算定に当たっては,次の事情を斟酌すべきである。 ア本件発明の実施開始時期は昭和55年であり,発明の完成もその当時である点に争いはない。然るに特許出願は平成5年になってからであり,特許権の満了は平成25年である。控訴人は,昭和55年から特許満了の平成25年7月15日迄の34年間という長期間について,独占による利益を算定すべきであると主張するが,失当である。 独占による利益の算定について,その始期について判決例の考え方も分かれており,登録時以降とするもの,発明公開時以降とするもの(但し,二分の一とする),ノウハウとして独占できることを理由に承継時からとするものがある。また,その終期について,ノウハウとして出願せずに独占したときには,独占による利益が未来永劫続くと考えるのは,いつ公知となるかも知れず,さらにはノウハウとして保有するときには差止請求もできず,事実上,密かに独占するにすぎないことなどを考えると,特許出願したときとのバランス上,どんなに長くとも承継時から20年以内と考えるべきである。 従って,本件特許については,控訴人主張の如く昭和55年を始期とするのであれば,その算定期間は承継時から20年,平成11年迄と考えるべきである。 イ売上高昭和55年から平成11年迄の20年間の売上高の合計額は●●●●●●●●●●●●●である。 なお,仮に原告主張の如く,承継時から平成25年7月の特許権の期間満了までの34年という極めて長期間と考えるとしても,将来の売上高は不明であり,後記のとおり必ずしも明るいものではない。従って,将来の売上高については,現在までの売上高により評価されるべきものである。 昭和55年から平成19年迄の28年間の売上高の合計額は,●●●●●●●●●●●●●である。 ウ独占による利益額以下の事情を考慮すると,本件特許を有することによる独占割合は上記売上高の10%を超えることはない。 競合他社の特許の存在SZBの製造方法については,訴外株式会社小西製作所の有する特許第3192371号(発明の名称「金属石鹸ブロック成形用の圧入成形装置及び金属石鹸ブロック成形方法」,出願日 平成8年6月28日,登録日 平成13年5月25日,特許権者 株式会社小西製作所,乙31),特許第3192391号(発明の名称「金属石鹸ブロック成形用の圧入成形ライン及び金属石鹸ブロック成形方法」,出願日 平成9年7月14日,登録日 平成13年5月25日,特許権者 小西製作所,乙32)が存在しており,現に同社はSZBを製造しているところ,同社はこれらの特許権に基づいて製造していると推測される。同社は,被告と現にSZBの販売において競合しているばかりか,近年,同社の製造するSZBにより被控訴人はシェアを大きく奪われている。 従って,本件特許を有することにより,そもそもSZBの製造,販売を独占できるというものではないのであり,現に小西製作所によりシェアを奪われている。 本件特許の特殊性SZBは,複写機に使用するものであるが,リコー及び訴外ゼロックスの一部機種に使用されるにすぎない。リコー及びゼロックスのその他の複写機並びにキヤノン,ブラザー工業,東芝テック,京セラミタ,パナソニックコミュニケーションズ,セイコーエプソン等の複写機においては使用されていない。 従って,SZBをブラシでなぞり,それを塗布するという機種の製造台数,製造状況いかんによりその需要が左右され,被控訴人の売上数量,売上高もそれに応じて決まる。現に,平成4年には需要自体が無くなり,売上げもゼロであった。しかも,競合他社が存在する中で,その納入条件(価格,利益率)は将来に向かい,より厳しくなることが予想される。 エ 実施料率本件特許の実施料率はどんなに高くとも3%を超えることはない。 オ 会社の貢献度以下の事情を考慮すると,会社の貢献度は95%以上である。 控訴人は昭和36年に被控訴人会社に入社しているが,昭和55年から,会社退職,取締役就任,常勤監査役を経て平成16年の退任に至るまでの25年間に限ってみても,被控訴人は控訴人に対し,給与と賞与,退職金の合計●●●●●●●●●●●●を支払っている。 SZBの開発は,被控訴人が会社として取り組んだプロジェクトであり,そのための人的,物的設備は全て会社が整えた。 SZBの仕事はそもそも元従業員であったCが被控訴人に持ち込んだものであり,会社の業務として行われたプロジェクトである。 カ 共同発明者としての持分割合本件発明はA,D,Eの3名が発明者であるところ,控訴人の貢献はせいぜい量産型の金属型の作成にとどまる。従って,本件発明の発明者をAら3名と控訴人と仮定しても,控訴人の発明者としての持分は5%を超えることはない。 キ 相当対価額 以上から,特許法旧35条により算定した相当の対価の額(売上高×独占割合10%×実施料率3%×発明者貢献度5%)は下記のとおりである。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●=●●●●●●●●昭和55年〜平成19年について算定しても下記のとおりである。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●=●●●●●●●● そして,上記本件特許についての相当の対価の額に,控訴人が共同発明者であると仮定した場合の発明者持分割合5%を乗じると,下記のとおりとなる。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●昭和55年〜平成19年について算定しても下記のとおりである。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●第4 当裁判所の判断1本件訴訟は,前述したように,被控訴人(日信化学工業株式会社)及び信越化学工業株式会社が共同して有する特許第2796486号(本件特許)について控訴人(X)が唯一の発明者であるとして,従前の使用者であった被控訴人に対し,特許法旧35条に基づき,職務発明譲渡対価金3億5998万円と平成17年3月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であり,争点は,控訴人は本件発明の発明者か(争点1),及び,控訴人が発明者であるとして,その譲渡対価額はいくらか(争点2),というものであり,原判決は,上記争点1につき控訴人の発明者性を否定して,争点2について判断することなく,控訴人の本訴請求を棄却したものである。 当裁判所は,原判決と異なり,上記争点1につき控訴人の発明者性は肯定すべきであり,争点2につき控訴人の主張は一部において理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は以下に述べるとおりである。 2 争点1(控訴人は本件発明の発明者か)について 下記掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 ア控訴人は,昭和36年3月に金沢大学機械工学科を卒業後,同年4月に被控訴人会社に入社し,当初製造課設計係に配属され,昭和46年11月に工務課長,昭和53年2月に武生工場長付課長,昭和54年9月から武生工場長室長兼環境保安課長,昭和55年7月に製造部製造課第1課長を務め,その後製造部副部長,製造部長代理,製造部長を務めた後,昭和62年5月に取締役に就任し,平成6年5月から平成10年5月まで常務取締役を務め,その後,常勤監査役となり,平成16年5月に退任した(甲6)。 控訴人が発明者に名を連ねた特許出願は本件以外に,特公昭54-4496号(発明の名称「泥しょう物の加圧脱液成型法」,出願日 昭和48年1月16日,発明者 H,I,J,X,A。特許公報〔乙16〕)がある。 なお控訴人は,昭和55年以前に工務課長として塩化ビニールプラント,硫酸カリ肥料プラント等の設計建設等を行ったことがある(甲6)。 イAは,昭和38年3月に金沢大学工学部工業化学科を卒業して昭和38年4月に被控訴人会社に入社し,製造部製造課変成係に配属され,昭和42年12月に研究室に配属,昭和52年4月に技術部研究室係長となり,昭和55年7月からは技術部開発室長となった。 Aが発明者に名を連ねた特許出願には,上記アの特公昭54-4496号のほか,以下のものがある。 ?@特開昭52-15516号(発明の名称「けい酸カルシウム系成型体の製造方法」,出願日 昭和50年7月28日,発明者 I,A,D,K。乙15〔公開公報〕)?A特公平4-17911号(発明の名称「超軽量珪酸カルシウム成形体の製造法」,出願日 昭和60年9月10日,発明者 A,L。乙17〔特許公報〕)?B特公平4-17912号(発明の名称「超軽量珪酸カルシウム成形体の製造法」,出願日 昭和60年9月10日,発明者 A,M,L。乙18〔特許公報〕)?C特公平7-5808号(発明の名称「ポリ塩化ビニル系樹脂組成物」,出願日 平成2年3月29日,発明者 A,L。乙19〔特許公報〕)?D特許第2799219号(発明の名称「化粧料組成物」,出願日 平成2年5月10日,発明者 N,A,O。乙20〔特許公報〕)ウ昭和54年12月11日に初めて信越化学のCから被控訴人に対しSZBの製造依頼があった後,昭和55年1月25日に信越化学,リコー,被控訴人の三社合同会議が開催されるまでの状況は,原判決45頁末行〜48頁15行記載のとおりである。 エリコーに納入するSZBは,リコー製の当時の新機種の複写機に用いられる部品(消耗品)であるところ,その原料となるステアリン酸亜鉛はリコーの指定するメーカーである国産化学株式会社製の白色粉末のものを用いること,製品の成形誤差,硬度等でもリコーの定めた基準を満たすこと(甲11,14)のほか,160度で溶融した後3時間経過すると褐色変化するため,その時間内で行うこと,等の諸条件を満たすことが必要とされた(甲13の1)。昭和54年12月27日時点で,リコーの試作では製作分のうちの合格品の割合(収率)は60%であって,手作りであれば製作可能であるが,安定して量産する技術を必要としていた。 しかし,被控訴人においては,溶融したステアリン酸亜鉛を固化させる技術については全く知識がなかったため,昭和55年1月25日,26日ころ,被控訴人方工場にリコー複写技術開発センター第2グループのPが技術指導に来場した。Pは,同月26日にA立会の元でSZBを1本完成させ,その製造工程をAに示して技術指導を行い,AはSZBの固化が可能であることを確認した(乙9の1)。 昭和55年1月29日に信越化学から被控訴人方にシリコーン型4本が到着し(乙13),同日からAはPに教わった方法に従い,諸条件を変えてSZBの製造実験を開始した(乙14)。同年1月31日に初めて成形合格品が得られたが,同1条件でも製造バッチが異なるとクラック(ひび割れ)が発生するなどした。 昭和55年2月2日,信越化学のC,Q,リコーのP,Rらのほか,控訴人,Aが参加して被控訴人方において第2回三社合同会議が開催された(甲16,17の1)。Aからは,「?@2/1現在で良品数25本(歩留り0.45)不良項目,割れがほとんど,?A現在の型数6コ,(2/2より型数11コ,2/5より18コとなる予定)」,「?C作ってみて,…○型冷却ホ勾配下部より冷やすのがポイントではないか」との説明がされ,被控訴人からリコーに対し,シリコン型と金属型を用いた場合には冷却速度勾配が異なり,SZBの硬度に影響を与えることなどから,冷却速度勾配とSZBとの品質との対応関係,すなわちリコーの製品基準を満たすかどうかにつき教えて欲しい旨の依頼がされた。 昭和55年2月15日に被控訴人方においてステアリン酸ブロック製造に付いての打ち合わせが開かれ,三代副工場長,B,A,E,D,控訴人らが出席したが,その席では,「収率=100%×クラック(80%)×寸法不良(80%)」,「現在の方法の延長では16本/工×64%=10.2本/工」と,すなわち当時の被控訴人方のSZBの収率が64%であるとの認識が示された(甲17の2)。 オ昭和55年2月19日,リコー本社において,信越化学からCら,被控訴人からB,A,控訴人ら,リコーからPらが出席してSZBに関する打ち合わせが開かれた。これは先立つ昭和55年1月25日の会議(甲15)において同年2月16日までと定められた納期に従い,信越化学,リコー,及び被控訴人がそれまでの実験等の結果を持ち寄るべく参集したものである。その際,Aから「A型テフロン貼付データの説明」の説明がされ,リコーのPからは「A+テフロン遠心力をかけた.冷却スピ ード速く表面結晶化だめ」との認識が示された(甲17の3)。 その際,リコーのRからは「SZB基礎実験よりの型評価」との表題の文書が配布されこれに基づき発表がされたところ,上記文書には,SZBを寝かせて成形する横置き型である「型TypeB-2」の冷却条件に「上部に熱源下部より冷却」と記載され,SZBを立てて成形する縦置き型で,上部が開口している「型TypeC」は「Bタイプと同様な冷却方法」とし,その「長所品質面」として「 両面平滑小さな気泡!!なし⇒品質安定している」,「総合評価」として「各typeの中で一番良い品質のものが得られる作業性も良い型清掃さえ解決すれば量産型として可」との評価が記載されている(甲19)。 スまた信越化学のQからも実験結果の発表がされ「 オープン方式では○(判決注:ステアリン酸亜鉛ブロック)収縮によるス(空洞)発生個所の制御が必要でありそれには赤外ランプ等を使用し冷却スピードを部分的に遅らせ歪みを集中させる方法が有効である。」(甲20の1,3頁)「 , の成型法の考察から冷却は下部より除々に冷却させるのが特にクラック防止等の点でも良さそうである。」(甲20の2,2頁)との認識が示された。Qが説明に際し配布した文書「SZB成型について- 」には,「1オープン式成型」として横置きにした型を用い,端部の一部分(5?p)に赤外ランプを当てた例が紹介されている(甲20の1)。 控訴人からは,SZB製造における金属型の使用について,大量生産が可能でコストが安いこと等の長所が説明され,短所として初期投下設備費用が大きく,冷却速度を固定化する観点から冷却条件の決定と方法の確立が必要であるとの説明がされ,冷却条件の決定については「ヒーターの種類」も関係することについて言及がされている(甲17の4)。 この会議において,被控訴人において3月3日までとして型製作を行うこと,同年3月11日に打ち合わせを行うことが決められた。 カ昭和55年2月20日,控訴人は「10本立ブロック型」(甲22),「ブロック型」(甲23)の2枚の図面を作成した。これらは,SZBを2本×11列で成型することを可能とするものであり,アルミニウム材質を中心に想定されている。そのブロック型(甲23)の図面では,上部,中部,下部の3箇所に棒状の過熱用ヒーターを通す穴が開けられている。 これら図面に基づき昭和55年2月21日に金型が発注され(甲24),昭和55年2月28日に完成した金型が被控訴人に納品された(甲25)。この控訴人設計の金型をAは控訴人から受け取り試験金型として使用した(証人Aの尋問調書21頁)。 その結果,昭和55年3月4日ころには被控訴人において金型を用いたSZBの量産化技術に目処がついた。このことは,「55・3・4金型法による量産化技術にメド」(「11月度研究発表会資料」,昭和55年11月18日A作成,乙9の1),「3/5…3)SZBについて信越C課長に連絡しリコー対策について協議する」(「日常業務報告」シンワ株式会社,B作成,乙13)との各記載から認めることができる。 そして昭和55年3月14日付け「出張報告書」(甲28)には「日信↑リコー金型による量産化のメドがついた。(金型及び試作SZ○B提示)」との記載があることから,リコーに対しても量産化が可能であることが正式に提示され,リコーから被控訴人に対しても,SZB品質についてとして金型を用いた冷却速度勾配についても「可」との伝達がされた。 また昭和55年3月13日,被控訴人本社で行われた会議でも,Tから「 技術的に大量生産の方式は確立した。 生産量5000本,収率80%…」との報告がされている(甲17の5)。 そしてそのころ,リコーに対しては既にSZBが納入されていたが,当時は金型を用いたものとテフロン型によるものとが併存していたところ,昭和55年6月1日から被控訴人においては,全量金型法によるSZBの生産を開始し,これを信越化学を通してリコーに販売した。 キなお,Aが作成し,被控訴人社内研究会の発表資料として配布した昭和55年12月23日付け「12月度研究発表会資料」には,「題目SZBの成形法の検討についてその2金型法の開発」,「知見」「?A信越の実験より」として,「feedし,固化成形時に型の1端を加熱した。スの解消の為(シリコン型)」「加熱部に気泡(ス)が集った。温度の高↑い方は固化しにくく液状で低い粘度を保ち易いから,気泡がその箇所に逃げてきて集り易い。」とした後「方向」として「?@成形時に温度差を作ってやる」「?A温度の低い方より高い方が上部にあるようにする。即ち,低い方より固化するが収縮も起こすので,その分だけ液を高温側から自然にフィードできるようにしておく。」との記載がされている(乙9の2)。 クその後,被控訴人会社においては,上記ステアリン酸亜鉛を固化する技術につき当面特許として出願する意思はなく,平成4年には売上げも無くなったが,平成5年ころにカラー複写機に関する新たな需要が生じたことなどから,平成5年に至って被控訴人においては特許出願をする意思を固めた。 平成5年ころ,Aは,発明考案届出書(甲4)の用紙を用いて,当初「2発明・考案者」の欄にA,D,Eの3名を記載して控訴人に見せたところ発明者が違うと言われ,控訴人の名を記載することを求められていると思い,再度,上記3名に控訴人を加えた4名を発明・考案者の欄に記載した届出書(甲4)を作成した。しかし,控訴人から発明者は控訴人1人である,強いて言えば信越のC,更に入れろと言われれば当時の営業担当のTである旨を言われたため,これを提出することを断念した(証人Aの尋問調書16頁〜17頁)。 なお,Aが作成した発明考案届出書(甲4)の「5発明・考案の要旨(発明者)」欄には「溶融状態の高級脂肪酸金属塩を金型低部から順次上部へと冷却し固化物を低部から積み上げることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造法」と記載されている。 ケ平成8年9月24日にリコーのマーケティング本部サービスパーツセンターのUが被控訴人方に来場してSZBのコストダウンを求めてきた際の議事録には,被控訴人側からリコーへの説明として以下の記載がある(甲42)。 「…最も話題になったのは歩留まりであったので下記の説明をした。 製造歩留まりA109 80%A172 60%A176 48%歩留まりに影響する要因について1.(ス)の形状…A176は最も成型しずらいもので冷却時に亀裂が入る。 A172は細いのでハンドリング時に折れ易い。 … 」コ 一方,本件明細書(特許公報〔甲1〕)には以下の記載がある。 a 特許請求の範囲「【請求項1】型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法。」b 発明の詳細な説明・「【課題を解決するための手段】本発明者らは前記の課題を解決するため鋭意検討の結果,溶融高級脂肪酸金属塩を型内に流し込んだ後の冷却方法をコントロールすることにより課題解決の可能性があることを見出し本発明に至った。すなわち,本発明は前記の課題を解決したものであり,型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法,を要旨とするものである。」(段落【0005】)・「以下に本発明について詳しく説明する。本発明で使用する型は,使用時に高温になること,熱伝導性や強度が要求されることなどから,金属製の型(以後単に金型と記す)を用いるとよい。金型の材質は加工性及び熱伝導性が良く,取扱いやすく,高級脂肪酸金属塩に対して不活性で表面付着の少ないものが好ましい。」(段落【0006】)・「高級脂肪酸金属塩ブロックはその用途からいって大部分が棒状のアスペクト比の大きいものであり,これの製造について説明する。まず,この製造に金型を用いる場合の好ましい形状・構造の例について述べる。金型は平たい割型とし,分割面の一方のみまたは両方にわたって,棒状の製品に対応した寸法・形状の溝を所望個数設ける。金型は分割面をほぼ垂直方向ないしこれからやや傾け,かつ溝(製品)の長手方向も同様の位置になるように設置して用いるのがよく,別途溶融した高級脂肪酸金属塩を流し込む場合のために金型の上側になる面に溝に通ずる開口部を設ける。図1にこのような金型の1例を示す。また,高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることから,金型の上下方向に温度勾配がつけられるようにヒーターの取付けができるようにするとか,ヒーター付きの蓋を用意するとか,さらに,金型下部あるいは金型のせ台にヒーター取付け機構のほか通水等による冷却機構を設けるとよい。」(段落【0007】)サ本件特許は平成5年7月16日に出願,平成10年6月5日に特許査定されて平成10年6月26日に設定登録がされたところ,特許権者である被控訴人及び信越化学は,毎年特許料を収め,特許権を維持している(甲38)。 以上の事実関係を基に,本件発明の完成時期と発明者について検討する。 ア特許法2条1項にいう「発明」といえるためには,その技術内容が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されている必要があると解される(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照)。 これを本件発明についてみると,本件発明は「高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」(発明の名称)に関するものであり,「型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させること」を特徴とする(特許請求の範囲の記載)ものである。一方,ステアリン酸亜鉛は常温では白色粉末の状態であるところ,加熱すると115度〜135度で溶融し透明となることが知られており(乙58,59),型内において溶融状態にあってこれを下部から順次冷却固化させるとすれば,上部の溶融状態を保つためには型の上部を加熱する必要があるというべきである。実際,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,上記で摘記の「…金型の上下方向に温度勾配がつけられるようにヒーターの取付けができるようにするとか,ヒーター付きの蓋を用意するとか,さらに,金型下部あるいは金型のせ台にヒーター取付け機構のほか通水等による冷却機構を設けるとよい。」(段落【0007】)とあるように,下部の冷却のみならず上部の加熱を可能とするものしか記載されていない。 そして上記温度勾配と上部の加熱等に関連する知見は,昭和55年2月19日に行われた三社会議において,リコーのRによりなされた上部を加熱した場合によい成形品が得られる可能性についての発表や,信越化学のQの実験結果の発表における「ステアリン酸亜鉛ブロックの空洞発生個所の制御が必要でありそれには赤外ランプ等を使用し冷却スピードを部分的に遅らせ歪みを集中させる方法が有効である。」,「冷却は下部より除々に冷却させるのが特にクラック防止等の点でも良さそうである。」との指摘が重要な役割を果たしたことが明らかである。この点については上記キで摘記したとおり,A自身が信越からの知見として上記加熱部に気泡が集まった点に言及していることからも裏付けられるというべきである。 そして,上記昭和55年2月19日の会議において決められた方針に従い,控訴人が作成した図面(上部,中部,下部の3箇所に棒状ヒーターを入れる穴が設けられている)により金型が試作・納入されてAにより実験がされた結果,昭和55年3月12日にはリコーから品質面でも合格した旨が伝えられたものである。 以上の検討によれば,本件発明の完成は昭和55年3月12日ころのことであると認められる。 イそして,本件発明の発明者については,上記のとおり信越化学から冷却速度を部分的に遅らせ歪みを集中させること,冷却は下部より徐々に冷却することが良いとの知見が基になっていることからすれば,実質的に信越化学との共同発明ということができる。また,被控訴人会社のうちの誰がいつ金型の上部,中部,下部にヒーターを挿入して温度勾配を設けるとの着想に至ったかについては,金型の図面を作成したのは控訴人であること,被控訴人宛ての発明考案届出書の1通(甲4)にはX(控訴人)・D・E・Aの4名が発明者として記載されていること,もう1通(甲5)にはX(控訴人)のみが発明者として記載されていること,本件特許の特許願にはX(控訴人)とCの2名が発明者として出願されたこと,本件特許公報(甲1)にもX(控訴人)とCの2名が発明者とされていること,特許庁から発行された本件特許の特許証(乙72)にも上記2名が発明者と記載されていること等を総合考慮すると,本件特許の発明者の中心人物の1人が控訴人であり,Aほかの者と共同してこれを発明したものであって,共同発明者間における控訴人の寄与率は約45%と認めるのが相当である。 ウなお,控訴人は,本件発明の着想を風呂で「上は大水,下は大火事な〜に」とのなぞなぞからこれを得て,フェロ板で溶融したステアリン酸亜鉛の固化,型からの剥離を確認して本件発明を完成させた唯一の発明者であると主張する。 しかし,本件発明に至るについては,リコー,信越化学の担当者が実験等を行った結果を何度も持ち寄ったことにより昭和55年2月19日の会議においてこれが集成され,この知見が基になったことは上記のとおりであり,また本件明細書(甲1)の実施例に具体的な温度勾配を設けるについての条件が記載されているように(段落【0010】,【0011】),割れのない固化のためには度重なる実験が必要であることは自明であって,控訴人の上記主張は採用することができない。 エ 一方,被控訴人は,本件発明の本質は,下部から上部への順次冷却固化をその本質とし,必ずしも上部を加熱するものに限られないと主張する。しかし,本件特許の特許請求の範囲の記載に「型内において溶融状態にある」ステアリン酸亜鉛を順次冷却固化させるためには,上部を加熱する必要があることについては既に検討したとおりである。被控訴人の上記主張は採用することができない。 また被控訴人は,本件発明は,A,D,Eが昭和55年2月2日までに完成させた旨主張する。しかし,Aを含め被控訴人会社では,昭和55年1月25日にリコーのPから技術指導を受けるまでステアリン酸亜鉛の固化に関しては全く知識がなく,Pが同年1月26日,ステアリン酸亜鉛を固化する様をAに見せながら技術指導し,これに従いAらは実験を開始したものであるところ,Aは,Pが行ったのを真似したとしながらPが行った固化の方法について記憶がないとし(証人Aの尋問調書ス27頁),被控訴人がAが実際に実験を行った証拠として提出する「○製造データ」(乙14)に関しても,上段の「A 」等の条件について1どのような内容であるか記憶がないとしている(同40頁)。 加えて,被控訴人が根拠とする昭和55年2月2日の「会議報告書」(甲16)にAからの報告として「下部より冷やすのがポイントではないか」との説明がされたとの点に関しては,上記のとおりAは昭和55年1月26日にPが行った技術指導により初めてSZBの固化についての知識を得て同年1月29日から実験を開始したところ,Aの実験結果であるとして被控訴人が提出する上記製造データ(乙14)においても,2月1日までの間にはさほどの数の合格製品が得られていない上,一旦合格品が得られたのと同じ条件でも失敗したりした様が記載されている。 また,昭和55年2月15日の被控訴人方において控訴人,A,B,E,Dらが参加した内部の打ち合わせにおいても,収率が64%である旨が報告され(上記 エ),格別これをE,Dらが行ったとするリボンヒーター(型の上部に巻くヒーター)やシーズヒーター(棒状ヒーター)による上部の加熱により解消することが可能であるなどとの知見も示されていない。 上記によれば,Aらが信越化学からシリコン型の送付を受け,昭和55年1月29日以降に実験を行った事実に関しては上記のとおりこれを認めることができるものの,本件発明の完成と結びつく事実に関する的確な証拠はないから,被控訴人の上記主張は採用することができない。 3 争点2(譲渡対価相当額)について控訴人の本訴請求は,特許法旧35条に基づき使用者であった被控訴人(本件特許の共同特許権者の1人)に対しその譲渡対価を求めるものであるところ,前記2のとおり,控訴人は本件発明の発明者の中心人物の1人であったのであるから,被控訴人に対し本件発明の譲渡対価を請求できることになる。 そこで,その対価金額について検討する。 発明により使用者が受けるべき利益の額上記2で認定したとおり,本件発明の完成は昭和55年3月12日ころであるところ,この時点においてはシリコン型によるSZBの製造と金型による製造とが併存し,その割合について不明であるところ,昭和55年6月1日からは,全量金型法による生産を開始し,信越化学を通してリコーに販売したことが認められる。 以上によれば,被控訴人は本件発明を昭和55年6月1日から自ら実施してSZBを製造したということになるから,控訴人は被控訴人に対し,遅くとも昭和55年6月1日までに本件発明を譲渡したものと認めるのが相当である。そうすると,本件における相当の対価の算定時期は昭和55年6月ということになる。 ア 算定の基礎とすべき売上高 昭和55年から平成19年まで本件発明の方法を実施しての被控訴人のSZBの売上金額は別紙「SZB売上高・経常利益」記載のとおりである(弁論の全趣旨)。 まず昭和55年については,譲渡がなされた6月1日以降の分とすべきであるから,以下のとおりとなる。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●そして,本件特許は平成25年7月16日に期間満了となるところ,平成20年以降平成25年までの売上予想については,平成15年〜平成19年の5年分の売上金額の平均によるべきものと認めるのが相当である。控訴人は,平成18年以降SZBがカラー複写機の重要な部品であることから相当の売上げ・利益が見込めると主張するが,株式会社小西製作所もSZBについての特許第3192371号(発明の名称:「金属石鹸ブロック成形用の圧入成形装置及び金属石鹸ブロック成形方法」,乙31),特許第3192391号(発明の名称:「金属石鹸ブロック成形用の圧入成形ライン及び金属石鹸ブロック成形方法」,乙32)を有し,これに基づきSZBの生産を行い,被控訴人と競合している状況にあること(「業務報告(営業)」(2005年〔平成17年〕4月25日付け,乙54)などから,上記5年分の平均によるのが相当である。 そうすると,平成15年ないし平成19年の売上金額の合計は●●●●●●●●●●●●となるところ,これを5で除すと,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●となり,これにつき,5年と5か月半分を計算すると,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●これらに,昭和56年ないし平成19年までの売上金額を合算すると,総合計は●●●●●●●●●●●●●となる。 控訴人は上記に加え,信越化学に対する本件発明の譲渡対価,及びシンコーモールドが実施している分についての実施料についても算定の基礎とすべきと主張する。 信越化学は,昭和55年から平成16年までは被控訴人の製造したSZBを購入しリコーに販売していたにすぎないほか,被控訴人の供給限界を超える月産●●本を超える分の増産要求に対応し,かつ被控訴人としても大幅な投資リスクを回避するために,平成16年(2004年)3月以降は,信越化学からグループ会社であるシンコーモルドに無償で本件発明に関し技術供与をし,SZBの製造委託をするようになったものである(乙36,51)。 しかし,本件特許権を被控訴人と共有する信越化学は当然に本件発明の実施権を有しているものであり,平成16年時点においては,本件発明についての算定基準時である昭和55年から起算しても既に通常の特許権満了期間である20年が経過していること,本件発明は既に検討したとおり実質的にも信越化学の実験結果からの知見を踏まえた共同発明といえること,等から,譲渡がなされた時から既に20年以上も経過した後に信越化学がシンコーモルドに無償実施許諾をしたことに係る利益に関して,本件相当の対価の算定に当たり考慮するのは相当ではないから,控訴人の主張は採用することができない。 イ 利益の額本件発明により使用者が受けるべき利益の額を算定するに当たり,控訴人は被控訴人におけるSZBの販売による実際の利益の額(その詳細は別紙「SZB売上高・経常利益」の「利益」欄のとおり)を基に計算すべきであると主張する。しかし,本件発明はSZBの製造方法のうちステアリン酸亜鉛を固化する方法についての一発明であり,これによらずともSZBの製造は可能であり実際に小西製作所等が製造販売をしていること,被控訴人における上記利益についての詳細も不明であること等から,使用者が受けるべき利益の額を算定するに当たっては,本件においては,被控訴人におけるSZBの実際の売上高に,仮に本件発明に係る特許を第三者に実施許諾した場合に想定される実施料率(仮想実施料率)を乗ずる方法によるべきである。 そして本件発明の仮想実施料率については,本件発明は方法の発明であり,本件発明の方法によらずともSZBの生産は可能であること,上記小西製作所の特許権に係る明細書(乙31)には,本件特許の公開公報(特開平7-26278)が従来例として記載されているところ,そこには「…上記公報の段階的溶融固化法では,…成形装置の構成が複雑になるばかりか,温度制御方式も非常に複雑となり,総じて,設備コストが相当に高くつく欠点がある。しかも,…微妙な温度制御が要求されるため,温度制御が非常に難しく,実際には,僅かな温度制御のずれによって金属石鹸成形体にクラックや巣が出来ることがある。従って,この溶融固化法では,期待するほどの製品歩留りが得られず…」(段落【0007】)との記載があること,上記2 ケで摘記したように,実際これを実施する被控訴人において,リコーの品質管理基準が厳しいことを勘案してもかなり歩留まりの悪い状況が報告されていることなどを総合的に勘案すると,本件発明に係る特許の仮想実施料率は5%と認めるのが相当である。 ウ 法定通常実施権による控除SZBの生産は,上記のとおり被控訴人のほか株式会社小西製作所もこれを行っているものの,信越化学を通してのリコーに対する販売についてはこれを独占していること,昭和55年の本件発明の実施当時から,上記小西製作所の特許出願(平成8年)に至るまで,SZB1本当たり単価1000円以上の高水準を維持し被控訴人会社においてもかなりの利益を挙げている製造部門とみられていること(甲57),等からすると,上記売上金額のうち,使用者たる被控訴人が特許法旧35条により法定通常実施権を有することにより控除すべき割合については,その約50%と認めるのが相当である。 発明者間の寄与率そして本件発明に関与した共同発明者のうちの控訴人の寄与率は,上記2 イのとおり,約45%と認めるのが相当である。 使用者(被控訴人)の貢献度上記2で認定した事実によれば,被控訴人会社に関して,本件発明は控訴人らの職務の遂行そのものであり,リコーからの技術指導により全く経験のない状態から始め,信越化学らの行った実験による知見等も踏まえ,約1か月半程度で発明の完成に至っていること,金型製作費用や実験に関する費用もすべて被控訴人ないし被控訴人と関係を有するリコーの負担のもとになされたこと,本件特許に関しては被控訴人ないし信越化学が弁理士に依頼して出願し,権利化していることなどを考慮すると,使用者側の貢献度は90%(発明者側の貢献度10%)と認めるのが相当である。 上記を総合して計算すると式は以下のとおりとなる。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●そして,控訴人は,発明考案取扱規定に基づき既に2万円を受領していること(原判決3頁18行),この金額には平成25年までの将来分に係る売上金額の予測に基づく算定分も含まれていることなどの一切の事情を総合考慮すると,本件における相当対価額は380万円と認めるのが相当である。 4 結語そうすると,控訴人の本訴請求は,職務発明譲渡の対価金として金380万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成17年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないことになる。 よって,原判決を上記のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 今井弘晃 |
裁判官 | 清水知恵子 |