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関連審決 不服2005-10387
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  実質的同一 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  実質的に同一 /  優先日 /  参酌 /  技術的意義 /  実質的同一性 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  合理的な理由 /  国際出願 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10368号 審決取消請求事件
原告ダブリュ.エル.ゴアアンドアソシエイツ,インコーポレイティド
訴訟代理人弁護士上谷清,永井紀昭,仁田陸郎,萩尾保繁,笹本摂,山口健司, 薄葉健司
訴訟代理人弁理士古賀哲次,永坂友康,蛯谷厚志,出野知
訴訟復代理人弁護士石神恒太郎
被告特許庁長官鈴木隆史
指定代理人山本昌広,一色由美子,中田とし子,森山啓
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/09/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた裁判「特許庁が不服2005-10387号事件について平成19年6月19日にした審決を取り消す。」との判決第2事案の概要本件は,原告が,後記特許出願(以下「本願」という。)に対する拒絶査定を不服として審判請求をしたが,同請求は成り立たないとの審決がされたため,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)本願(甲1)出願人:原告発明の名称:「部分要素からなる複合膜」出願番号:平成8年特許願第527561号出願日:平成8年1月11日(国際出願パリ条約による優先権主張:1995(平成7)年3月15日及び同年11月21日,アメリカ合衆国)手続補正日:平成17年1月4日(甲2。以下「本件補正」といい,本願に係る本件補正後の明細書(甲1,2)を「本願明細書」という。)拒絶査定:平成17年3月2日付け(2)審判請求手続審判請求日:平成17年6月6日(甲7。不服2005-10387号)審決日:平成19年6月19日審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成19年7月3日2発明の要旨審決が対象とした本件補正後の請求項1に記載の発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。
「(a)各層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)のポリマーのフィブリルの微細構造を有する少なくとも1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜,及び(b)膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料,を有する複合膜であって,その含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜は,10000秒を上回るガーレイ数を有し,そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた,複合膜。」3審決の要点審決は,本願発明は,後記の引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないとした。
(1)特開平6-29032号公報(甲3。以下「引用例」という。)の記載事項引用例には次の事項が記載されている。
ア「【請求項1】延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜。
【請求項2】延伸により作製された高分子多孔膜にイオン交換樹脂の溶液を含浸させ,次いで溶媒を除去することを特徴とする高分子電解質膜の製造法。」(特許請求の範囲請求項1及び2)イ「【産業上の利用分野】本発明は,固体高分子型燃料電池,水電解装置などに用いる高分子電解質膜であって,装置の運転状況の繰り返し変化に対する破損のない高分子電解質膜及びその製造法に関する。」(段落【0001】)ウ「【課題を解決するための手段】本発明者らは,たとえイオン交換樹脂の含水量の変化が繰り返し生じても破損しない高分子電解質膜を開発すべく検討を続けた結果,本発明を完成するに至った。本発明の要旨は,延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜,および延伸により作製された高分子多孔膜にイオン交換樹脂の溶液を含浸させ,次いで溶媒を除去することを特徴とする高分子電解質膜の製造方法にある。
本発明において用いる高分子多孔膜は以下の様にして作製されたものである。フッ素樹脂(たとえば,ポリテトラフルオロエチレンなど)またはその他の樹脂(たとえば,ポリプロピレン,ポリエチレンなど)を特公昭42-13560号や特公昭51-18991号(甲4。
以下『甲4公報』という。)の様に結晶融点以下の温度で少なくとも一軸方向に延伸し,次いで延伸状態のまま結晶融点以上に加熱することにより3次元の網目構造の,本発明で用いる高分子多孔質とする。本発明の高分子電解質膜に用いる多孔質膜の好ましい膜厚は,10〜200μm,好ましい平均孔径は,0.1〜10μm,好ましい気孔率は,50〜95%である。」(段落【0006】〜【0007】)エ「延伸により作製された高分子多孔膜は,3次元的な網目構造を有するため,どの方向に対しても伸縮性がある。従って延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜は,イオン交換樹脂の膨潤,収縮に応じて伸縮するので,イオン交換樹脂と高分子多孔膜の界面でのはがれが生じにくくなり,高分子電解質膜の破損が防止される。」(段落【0009】)オ「本発明の高分子電解膜は,好ましくはイオン交換樹脂の溶液を高分子多孔膜に含浸させ,その後乾燥させ,イオン交換樹脂を高分子多孔膜に定着させて製造する。溶剤は,イオン交換樹脂の種類に応じて選択すればよく,たとえば実施例で使用したパーフルオロカーボンスルホン酸の場合,イソプロパノールなどの溶剤が好ましく用いられる。
溶剤中のイオン交換樹脂の濃度は,通常1〜5%である。あまり濃度が低いと,必要な量のイオン交換樹脂を高分子多孔質膜に含有させるのに,含浸,乾燥工程を繰り返さなければならず,一方濃度が高すぎると,溶液の粘度が高くなって,含浸操作が面倒になり,あるいは,多孔質膜の内部まで溶液が十分浸透しない。」(段落【0011】〜【0012】)カ「乾燥後の高分子多孔質膜中のイオン交換樹脂の量は,多孔質膜1g当たり1〜100g,好ましくは10〜40gである。」(段落【0014】)キ「実施例1(I)ポリテトラフルオロエチレンを延伸して作製した多孔膜(平均孔径1μm,膜厚50μm,多孔率90%)に,パーフルオロカーボンスルホン酸[ナフィオン(Nafion,登録商標),デュポン(DuPont)社]のイソプロピルアルコール5重量%溶液[アルドリッチ・ケミカル(Aldrich Chemical)社]を含浸させ,60℃で乾燥させた。(?U)この後,140℃で5分間,膜を熱処理した。ピンホールがなくなるまで(I)と(?U)の操作を繰り返した(5回)。
次に,この膜を1N硫酸中に60〜70℃で1時間浸漬した後,60〜70℃で純水中に1時間浸漬して,イオン交換樹脂の側鎖の末端基を-SO Hに変換した。」(段落【00135】〜【0016】)ク「実施例1及び比較例1で得られた膜それぞれを,『膨潤サイクルテスト』に付した。その結果,実施例1ではテスト後ピンホールは見られなかったが,比較例1の膜では20%にピンホールが発生した。
『膨潤サイクルテスト』は以下のように行う。高分子電解質膜を直径6cmの円形に切り,外周部(直径5cm)のところにO-リングを乗せ,ドーナツ状押え具で上下から挟み,押え具の6箇所をボルト/ナットで固定し,90℃の純水中に5分間浸漬した後に取り出し,100℃で5分間乾燥させる。この浸漬乾燥工程を10回繰り返した後,イオン交換樹脂の脱落による穴の有無を目視により観察し,かつ膜の一方の面より加圧した場合の他方の面への空気のもれの有無を観察して,ピンホールの有無を評価する。」(段落【0019】〜【0020】)(2)引用例に記載された発明引用例には,固体高分子型燃料電池,水電解装置などに用いる高分子電解質膜であって,装置の運転状況の繰り返し変化に対する破損のない高分子電解質膜(摘示事項イ)として,「延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜。」(摘示事項ア)が記載されている。そして,当該高分子電解質膜は,延伸により作製された高分子多孔膜にイオン交換樹脂の溶液を含浸させ,次いで溶媒を除去することにより製造される(摘示事項ア)ものであるから,孔内に含有されたイオン交換樹脂は含浸されたものといえる。
そして,引用例には,延伸により作製された高分子多孔膜として,ポリテトラフルオロエチレンを延伸して作製した多孔膜(摘示事項ウ,キ)が記載されている。
そうであるから,引用例には,「延伸により作製されたポリテトラフルオロエチレン多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含浸されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
(3)本願発明と引用発明との対比本願発明と引用発明とを対比する。
本願明細書には,本願発明の「ポリマーのフィブリルの微細構造を有する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜」として,米国特許第3,953,566号(甲5。以下「甲5公報」という。)に開示された内容に従って製造することができる,延伸膨脹ポリテトラフルオロエチレンが挙げられている(明細書7頁)。
一方,引用発明の「延伸により作成されたポリテトラフルオロエチレン多孔膜」は,甲4公報に従って製造することができるものである(摘示事項ウ)が,当該甲4公報には,成形物品を1方向またはそれ以上の方向に伸長(延伸),拡大する(甲4公報に対応する甲5公報ではexpandedと記載されている。)ことが記載されており,これは延伸,膨張を意味すると解するのが相当である。
そうであるから,引用発明の「延伸により作成されたポリテトラフルオロエチレン多孔膜」は,本願発明の「ポリマーのフィブリルの微細構造を有する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜」に相当するものであることは明らかである。
また,引用発明の「該多孔膜の少なくとも孔内に含浸されたイオン交換樹脂」は,その製法(摘示事項ウ,キ)からみて,多孔膜への含浸が部分的に行われたものではなく,全体になされたと解するのが自然であるから,本願発明の「膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料」に相当するものといえる。
さらに,引用発明の高分子電解質膜はポリテトラフルオロエチレン多孔膜とイオン交換樹脂からなるものであるから複合膜といえるものである。
また,引用例には,多孔質膜の好ましい厚さは,10〜200μm(摘示事項ウ)と記載されており,本願発明の0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)と重複・一致することは明らかである。
一方,本願発明は,「少なくとも1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜」を構成要件とするものであり,1層(単層)の物を包含するものである。また,本願発明の含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜は,(a)と(b)を有する複合膜であるから,「含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜」と言い換えることができるものである。
そうすると,本願発明と引用発明とは,「(a)層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)のポリマーのフィブリルの微細構造を有する1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜,及び(b)膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料,を有する含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜。」という点で一致し,次の相違点で相違する。
相違点本願発明では,その含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜は,10000秒を上回るガーレイ数を有し,そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させたものであるのに対し,引用発明では,そういった特定がなされていない点。
(4)相違点についての判断上記相違点について検討する。
まず,10000秒を上回るガーレイ数というのは,本願明細書の表3には,膨潤膜(含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜)のガーレイ数として,具体的な数値の記載はなく,「全体的閉塞」と記載されているところからみて,含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜が,イオン交換材料で全体的に閉塞しておれば,そのガーレイ数は,10000秒を上回るものと認められるから,「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」ということと同義のものと認められる。
そして,引用例には,多孔質膜の孔内にイオン交換樹脂を含有させるために,多孔質膜の内部まで溶液が十分に浸透すること(摘示事項オ)が必要であり,実施例においても,含浸,乾燥及び熱処理を5回繰り返すこと(摘示事項ク)が記載されている。
さらに,引用例には,「膨潤サイクルテスト」によって,「イオン交換樹脂の脱落による穴の有無を目視により観察し,かつ膜の一方の面より加圧した場合の他方の面への空気のもれの有無を観察して,ピンホールの有無を評価」して,引用例のものにはピンホールが見られなかったこと(摘示事項ク)が記載されている。
そのことは,高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(摘示事項エ)を示すものであり,また,多孔質膜中のイオン交換樹脂の量が,多孔質膜の1〜100倍(好ましくは10〜40倍)であること(摘示事項カ)からみて,引用発明においても,本願発明と同様に,そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させることを意図しているものというべきである。
したがって,引用発明においても,イオン交換材料が膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させるようにすることは,当業者であれば容易になし得たものであって,そのことによる作用効果も予測し得るものであって格別なものとすることはできない。
(5)審判請求人の主張について審判請求人は,引用例では界面活性剤が使用されていないので,閉塞が実現されていないと主張しているが,本願明細書においても,実施例3以外にも,実施例12,15,19,20及び21において界面活性剤は使用されておらず,界面活性剤を使用しなくても完全に閉塞することは可能であるから,審判請求人の主張は採用できない。
また,審判請求人は,膜厚について,本願発明は超薄型であり,引用例のものと相違する旨主張しているが,膜厚が重複・一致していることは上記(3)に記載のとおり明らかである。
さらに,本願明細書の実施例23では,0.75ミル(なお,換算数の「0.002mm」は誤りであり,本願明細書の7頁に記載されているように,0.75ミルは「0.019mm」が正しい。)のものを2つ貼り合わせて,合計1.5ミルの「より厚い一体型複合膜が形成された」と記載されており,本願発明が,複数の膜を結合させて一体化した,より厚い複合膜を含むものであって,単に超薄型のもののみに限定されるものではないことからみても,審判請求人の上記主張は採用できない。
(6)審決の「むすび」以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
第3審決取消事由の要点審決は,以下のとおり,一致点の認定を誤り(取消事由1及び2),また,相違点についての判断を誤り(取消事由3),その結果,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したものであるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(膜厚に係る一致点の認定の誤り)審決は,本願発明と引用発明(以下,単に「両発明」ということがある。)を対比した結果,「引用例には,多孔質膜の好ましい厚さは,10〜200μm(摘示事項ウ)と記載されており,本願発明の0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)と重複・一致することは明らかである。」として,「本願発明と引用発明とは,『(a)層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)のポリマーのフィブリルの微細構造を有する1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜・・・を有する含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜。』という点で一致・・・する。」と認定したが,以下のとおり,この認定は誤りである。
(1)引用例における膜厚の記載についてア引用例は,多孔膜一般について,その好ましい膜厚として10〜200μmを指摘するものであり(前記第2の3(1)のとおりの審決の摘示事項(以下,単に「審決摘示事項」という。)ウ),本願発明を構成するポリテトラフルオロエチレン膜に限定すれば,その唯一の実施例において,50μmもの厚さの膜を開示しているにすぎない(審決摘示事項キ)。
この50μmとの膜厚は,本願発明を構成する膜の膜厚(1.5〜20μm)とはかけ離れて大きいものであるから,本願発明を構成する膜と引用発明を構成する膜との間に重なりはない。
イ被告は,引用例の記載(審決摘示事項ウ(引用例の段落【0007】))を根拠に,「引用例に記載された『好ましい膜厚』が,引用例に記載された多孔質膜のすべてについて妥当するものであり,とりわけ,引用発明のポリテトラフルオロエチレン膜についての好適な膜厚の範囲を示すものであることは明らかである。その他,引用発明の『ポリテトラフルオロエチレン膜』の膜厚を,実施例において採用された50μmに限る特段の事情は存在しない。」と主張する。
しかしながら,引用例の段落【0007】の記載は,ポリテトラフルオロエチレンを「本発明において用いる高分子多孔膜」の一例として挙げるものであり,ポリプロピレン,ポリエチレン等も含む一般的な多種類の多孔質膜に関する記述の中で,その膜厚につき,10〜200μmが好ましいとするものである。
以上に加え,上記アの実施例の記載をも併せ考慮すると,同段落の「膜厚10〜200μm」との記載は,ポリテトラフルオロエチレン膜に特化した膜厚についてのものではなく,引用発明に用いられる他の多孔膜の多くに共通して当てはまる一般的な膜厚について言及したものにすぎないというべきである。
(2)本願発明における膜厚と引用発明における膜厚との重複部分について仮に,引用例に記載された多孔膜一般の膜厚(10〜200μm)と本願発明を構成する膜厚(1.5〜20μm)との間に重なりがあることを認め得るとしても,それは,ごく一部の範囲(10〜20μm)において重なるにすぎない。
加えて,引用例には,取り立てて,薄型膜を志向する記載又はそれを窺わせる記載もない。
(3)引用発明における余分なイオン交換樹脂の残留についてア引用発明においては,多孔膜の疎水性を克服するために界面活性剤を使用するなどの方法が採用されていないので,イオン交換樹脂を膜に浸透させる工程において,イオン交換樹脂が,多孔膜の微細構造の内部にまで十分に浸透しきらず,膜表面に余分なイオン交換樹脂が膨れ上がり残留していることが明らかである(なお,引用発明におけるイオン交換樹脂の多孔膜内部への含浸の程度については,後記2において詳述するとおりである。)。
イ実際,引用例には,「イオン交換樹脂と高分子多孔膜の界面でのはがれが生じにくくなり,高分子電解質膜の破損が防止される。」(段落【0009】。下線は,原告の主張に基づき,本判決が付したものである。以下,特に断らない限り,この「第3審決取消事由の要点」において同様である。)との記載があるところ,ここでいう「界面」とは,引用例がイオン交換樹脂の界面での「はがれ」を問題として認識していることに照らし,「多孔膜と,その表面に積層された(堆積した)イオン交換樹脂の層との界面(境界面)」を指すものと理解するのが合理的である。
そうすると,引用発明においては,多孔膜の表面にイオン交換樹脂が層状に残留しているものと理解される。
ウ他方,引用例には,膜表面に残留したイオン交換樹脂を除去することについての開示は一切ない。
エしたがって,引用発明において,その複合膜の実質的な膜厚は,膜表面に残留したイオン交換樹脂のため,実施例において用いられたポリテトラフルオロエチレン膜の膜厚(50μm)より,さらに厚くなっていることが明らかである。
オ被告の主張に対する反論(ア)被告は,「本願発明の実施例3は,残留したイオン交換樹脂の除去操作を行っていないものであるにもかかわらず,イオン交換樹脂の含浸後の膜厚については何ら言及されていない。したがって,膜表面に残留したイオン交換樹脂による膜厚の増加に関しても,本願発明と引用発明との間に差異はない。」と主張する。
しかしながら,本願発明の実施例3においては,後記2(1)ア(ア)b(a)ないし(d)及び(h)のとおりの方法(「超薄型膜」の使用,ガーレイ数が低い膜の使用,膜の両面からの溶液の塗布,刷毛の使用及び膜が完全に透明になるまでの操作の繰り返し)を用いて含浸操作を行い,完全閉塞を実現することにより,イオン交換樹脂をポリテトラフルオロエチレン膜の層と完全に一体化させようとしている。また,刷毛の使用は,膜表面の余分なイオン交換樹脂をかき出す効果も有するため,実質的には,余分なイオン交換樹脂の除去作業を行ったことと何ら変わりはない。したがって,実施例3のポリテトラフルオロエチレン膜において,その膜表面にイオン交換樹脂が過剰に残留して堆積することはない。
本願発明が志向する「超薄型膜」とは,もともと薄い多孔質膜本体に対し,イオン交換樹脂が含浸して一体化し,ほぼ同等の厚さになる膜のことを指すのであり,本願発明は,多孔質膜表面に残留するイオン交換樹脂膜,すなわち,多孔質膜と一体化しないイオン交換樹脂膜層を過剰に残さないことを志向する発明なのであって,実施例3も,この本願発明の「超薄型膜」の思想を体現したものにほかならないから,実施例3において,イオン交換樹脂の含浸後の膜厚についての言及がないのは,むしろ当然とさえいえる。
(イ)被告は,引用例の段落【0009】の記載を根拠に,「同記載にいう『イオン交換樹脂』とは,『少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂』であるから,『孔内』に含有されることが必須のものであって,多孔膜の表面に残留したイオン交換樹脂を指すものでないことは明らかである。」と主張する。
しかしながら,同段落の記載(特に,「『少なくとも』孔内に含有された」との記載)は,孔内に含有されないイオン交換樹脂が存在し得ることを除外していないのであるから,同段落の記載を根拠に,「多孔膜の表面に残留したイオン交換樹脂を指すものでないことは明らか」とまでいうことは,到底できない。
(ウ)被告は,「『界面』とは,『2相の境界面』を意味するものであるから,引用例の段落【0009】の記載にいう『界面』とは,多孔膜内部の孔の内面とイオン交換樹脂との界面を意味する」と主張する。
しかしながら,「界面」が「2相の境界面」を意味するものであるとしても,引用例の上記記載にいう「界面」につき,多孔膜内部の孔の内面とイオン交換樹脂との界面を直ちに意味するということはできず,多孔膜の表面に蓄積されたイオン交換樹脂の層と多孔膜との界面を意味する場合があることは否定されないし,むしろ,この後者の解釈の方が自然である。
(4)引用発明の志向と本願発明の志向との相違についてア引用発明の志向について(ア)引用例の次の記載によれば,引用発明においては,イオン交換樹脂の含水量の変化が繰り返し生ずることに耐え,破損を避け得る程度の強度を有する高分子電解質膜,すなわち,ある程度の厚みを持った膜の開発が志向されているものと理解される。
「【課題を解決するための手段】本発明者らは,たとえイオン交換樹脂の含水量の変化が繰り返し生じても破損しない高分子電解質膜を開発すべく検討を続けた結果,本発明を完成するに至った。」(段落【0006】)(イ)被告は,引用例(段落【0002】)の記載を根拠に,引用発明も「超薄型」の多孔膜を志向するものであると主張する。
しかしながら,上記記載は,引用発明が属する技術分野(固体高分子型燃料電池,水電解装置等に用いられる高分子電解質膜の分野)において,一般に,膜厚の減少が図られていることを述べるにすぎず,引用発明が,とりわけ薄型膜ないし超薄型膜を「志向」していることを示すものではない。また,仮に,引用発明が,薄型膜を「志向」するものであったとしても,そこにいう「志向」とは,一般的な産業上の「要請」程度の意味にすぎず,本願発明の構成や解決課題のように,必ず実現しなければならない特定命題における「志向」とは意味するところを異にするものである。
イ本願発明の志向について(ア)本願発明は,「層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)」の「超薄型」のポリテトラフルオロエチレン膜をその構成とする。
(イ)また,本願明細書の次の記載のとおり,本願発明は,膜厚を薄くすることにより,高い伝導率の達成や膜の製造経費の削減,膜の小型化による保管スペースの縮小といった顕著な作用効果を奏するものである。
「本発明の一体型複合膜は,電解法及び化学分離において,有利に使用することができる。
平板型電気透析ユニットにおいて,本発明の膜は,陽イオン交換膜の存在に代わるであろう。
この膜は,特定の用途におけるスペーサースクリーンに貼合わされる種類のものであることができる。この膜の高い伝導度は,より薄い膜に適しているので,電気透析ユニットは,所定の流束(flux)速度を達成するために,より少ない膜を使用することができ,これによって場所及び経費が削減できる。」(17頁11〜17行)。
(ウ)このように,本願発明において,膜厚は,発明の作用効果を左右する重要な構成であり,膜厚を薄くすることに発明の本質が存する(なお,膜厚を薄くすることによって生じる問題点については,後記2及び3のとおりの「全体への実質的含浸」及び「内部体積の実質的閉塞」によって克服されるものである。)。
(エ)審決は,「(5)審判請求人の主張について」において,本願明細書における実施例23の記載事項を挙げ,「本願発明(は),複数の膜を結合させて一体化した,より厚い複合膜を含むものであって,単に超薄型のもののみに限定されるものではない」として,本願発明が超薄型の膜厚を志向するものであるとの原告の主張を退けた。
確かに,実施例23は,0.75ミル(19μm)の複合膜2枚を貼り合わせた合計1.5ミル(38μm)の複合膜を開示するものであるが,この38μmの複合膜を構成する19μmの膜自体が「超薄型」である事実に変わりはないから,「超薄型」の膜2枚を貼り合わせた複合膜を多くの実施例の1つとして開示していることをもって,本願発明が超薄型膜を志向することを何ら否定するものではない。
(5)小括以上のとおりであるから,引用例の多孔膜一般についての記載である膜厚10〜200μmと,本願発明を構成する「層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)」とが形式的にごく一部重なることをもって,両発明の膜厚が一致するとした審決の認定は,誤りである。
2取消事由2(イオン交換材料の含浸に係る一致点の認定の誤り)審決は,本願発明と引用発明とを対比した結果,「引用発明の『該多孔膜の少なくとも孔内に含浸されたイオン交換樹脂』は,その製法(摘示事項ウ,キ)からみて,多孔膜への含浸が部分的に行われたものではなく,全体になされたと解するのが自然であるから,本願発明の『膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料』に相当するものといえる。」として,「本願発明と引用発明とは,『・・・(b)膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料,を有する含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜。』という点で一致・・・する。」と認定したが,以下のとおり,この認定は誤りである。
(1)疎水性に起因する含浸の困難性とその克服手段についてア本願発明について(ア)本願発明を構成する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜は,著しい疎水性を有するため,水を含む溶媒に分散された状態で使用されるイオン交換材料を当該膜に含浸させることは,その性質上極めて困難である。そこで,イオン交換材料を当該膜の内部に含浸させるためには,この疎水性を克服するための工夫が必要となるところ,本願明細書(1〜23の実施例を含む。)においては,以下のとおり,種々の克服手段が開示されている。
a界面活性剤の使用(9頁16,17行等)この方法は,ポリテトラフルオロエチレン膜の表面の特性を界面活性剤を用いて変化させることにより,イオン交換材料の膜内への含浸をより確実にするものである。
b界面活性剤を使用しない場合(11頁27,28行。実施例3,12,14,15及び19〜23)以下の各方法は,界面活性剤を使用しないものであるが,イオン交換樹脂の膜内部構造への含浸を促進する理由を有する格別の含浸手段である。
(a)「超薄型膜」の使用厚い膜を使用した場合に比べて,イオン交換樹脂の全体含浸,完全閉塞を促進するものである(このことは,技術常識である。)。
(b)ガーレイ数が低い膜(「疎」な膜)の使用(実施例3)実施例3において使用される膜は,「超薄型」であることに加え,そのガーレイ数は0.9秒であり,他の膜よりも膜の構成が「疎」である。「疎」な膜,すなわち,きめの粗い膜を使用することにより,イオン交換樹脂をより容易に含浸させることが可能になる。
(c)膜の両面からの溶液の塗布膜の両面からの溶液の塗布は,片面からの塗布に比して,イオン交換樹脂の全体含浸,完全閉塞を促進させるものである(このことは,当業者の技術常識からすれば,当然のことである。)。
(d)刷毛の使用溶液の塗布に際して刷毛を使用すると,刷毛塗りにより圧力が加わることにより,イオン交換樹脂の全体含浸,完全閉塞を促進することになる。
(e)水分濃度の低減処理(実施例12,14及び15)イオン交換樹脂溶液中の水含有量を減少させることにより,当該溶液の表面張力を低下させ,疎水性を有する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜の内部構造への含浸の促進が図られる(本願明細書の下記記載参照)。
「界面活性剤を使用しない処置は,該溶液中の水含有量が低められると,容易に行なわれる。」(12頁3,4行)(f)膜表面の過剰溶液の除去(11頁1〜4行。実施例12,14,15及び19〜23)拭き取りによる物理的圧力によりイオン交換樹脂の含浸を促進させ,また,膜表面にイオン交換樹脂が残らないために,次回の含浸操作が効果的に行われ,もって,イオン交換樹脂の全体含浸,完全閉塞を促進するものである。
(g)膜にイオン交換材料を引き込むために,圧力を低減させる方法(12頁2,3行)なお,被告は,引用例の段落【0013】の記載を根拠に,引用例にも,「膜にイオン交換材料を引き込むために,圧力を低減させる方法」と同様の方法が示されていると主張する。
しかしながら,同段落の記載は,高分子多孔膜に含浸させた溶液の乾燥方法として,減圧乾燥方法を用いることを示唆するにすぎないものであり,イオン交換樹脂の含浸のために,膜内の圧力を低減させることを示すものではないから,被告の上記主張は,失当である。
(h)上記の各方法による含浸操作を,膜が完全に透明になるまで繰り返すこと(11頁18,19行,20頁7,8行。実施例3)。
本願明細書には,「膜が完全に透明になるまで」含浸操作が繰り返されたことが開示されているところ,ポリテトラフルオロエチレン膜につき,当初は「不透明」であるが,膜が完全に閉塞,含浸されると「透明」に変わることはよく知られた化学現象であるから,上記含浸操作からも,本願発明においては,膜の「完全な閉塞,含浸」が積極的に意識され,意図されていることが明らかといえる。
(イ)以上のとおり,本願明細書には,膜の疎水性の克服手段が詳細に検討されたことが開示されており,実際に,本願発明においては,これらの克服手段により,イオン交換材料を膜の「全体に含浸」させている(本願に係る図面(甲1)のうち図4(33頁)には,膜がイオン交換材料で含浸され,実質的に閉塞された状態が開示されている(本願明細書6頁13,14行参照)。)。
イ引用発明について(ア)引用発明は,膜の破損を避け得る程度の強度を有する高分子電解質膜の開発を解決課題とするものであり,イオン交換樹脂の含浸方法としては,「イオン交換樹脂の濃度調整」及び「含浸・乾燥・熱処理の操作を繰り返すこと」という従来技術における典型的な方法を採用するものである。
そして,引用例は,膜の疎水性に起因するイオン交換材料の含浸の困難性についての認識,開示,示唆を一切欠いており,当然ながら,当該困難性を克服する手段についても全く開示していない。
特に,上記ア(ア)bの各方法に関し,次の各点を指摘することができる。
a厚い膜の使用引用発明において使用される膜は,そもそも非常に厚く,特に,本願発明が対象とする「ポリテトラフルオロエチレン膜」に限定すれば,引用発明の唯一の実施例において,50μmもの厚さのものが使用されている(段落【0015】)。このような厚い膜において,その内部構造につき,イオン交換樹脂の全体含浸,完全閉塞を実現することは,極めて困難である。
b引用例は,イオン交換樹脂の完全閉塞,含浸により,膜が不透明から透明に変化するとの公知の現象について一切触れていない。このことからも,引用発明において,膜の完全閉塞,含浸が積極的に意図されていないことは明らかである。
(イ)上記アのとおり,膜の疎水性の克服手段を検討することなしに,本願発明の「全体に含浸」させるとの構成を実現することは不可能であるから,引用例における上記認識等の欠如は,引用発明において,そもそもイオン交換材料の膜内部への「完全な含浸」の必要性が認識されておらず,したがってまた,含浸に当たっての膜の疎水性の問題も認識されておらず,その克服手段についても一切検討されていないことを示すものである。
(ウ)被告の主張に対する反論a被告は,引用例(段落【0012】)の記載を根拠に,「引用例には,引用発明も,多孔膜の内部にまでイオン交換材料を含浸させることを志向し,そのための手段として,イオン交換材料溶液の濃度を調整することが示されている。」とし,また,引用例(段落【0013】)の記載を根拠に,「引用例には,イオン交換材料の含浸後に圧力を低減させること,すなわち,『膜にイオン交換材料を引き込むために,圧力を低減させる方法』と同様の方法が示されている。」とし,結論として,「したがって,引用発明も,多孔膜の『完全閉塞』を志向していることは明らかであり,引用例には,それを実現するための手段が示されているといえる。」とそれぞれ主張する。
bしかしながら,引用例の段落【0012】は,溶剤中のイオン交換樹脂の濃度と含浸操作との関係について,濃度が高すぎる場合と低すぎる場合にそれぞれ弊害が生じること,イオン交換樹脂の濃度が通常1〜5%であることを,単に記述的に述べたものにすぎず,少なくとも,多孔膜の性質(含浸操作の困難性等)を踏まえて,水分を含有するイオン交換樹脂溶液の含浸を促進させ,完全閉塞を実現させるべく,その明確な意図の下で,イオン交換樹脂の濃度を調整して対応する手段を具体的に示したものではないから,「引用例には,引用発明も,多孔膜の内部にまでイオン交換材料を含浸させることを志向し,そのための手段として,イオン交換材料溶液の濃度を調整することが示されている。」とは到底いえない。
cまた,引用例の段落【0013】は,前記ア(ア)b(g)のとおり,「減圧による乾燥」について述べたものにすぎず,本願発明が開示する減圧によるイオン交換樹脂の含浸操作(本願明細書12頁2,3行)について述べたものではない。乾燥の際の減圧と,イオン交換樹脂の含浸操作の際の減圧とは,技術的操作が全く異なるのであるから,引用例に,単に「減圧」との表現が用いられていることのみにより,本願発明における「減圧」と同じ操作が施されるものと理解することはできない。したがって,「引用例には,『膜にイオン交換材料を引き込むために,圧力を低減させる方法』と同様の方法が示されている。」とはいえない。
dそもそも,引用例は,多孔膜一般について,一般論的なイオン交換樹脂と含浸操作との関係や,減圧乾燥に言及しているにすぎない。引用発明は,高い強度を有する膜の開発を解決課題とするものであり,イオン交換樹脂の含浸の程度を向上させることを特段の解決課題とするものではないから,引用例も,当該含浸の手段について,従来技術のそれを開示しているにすぎない。したがって,「引用発明も,多孔膜の『完全閉塞』を志向していることは明らかであり,引用例には,それを実現するための手段が示されている」ということはできない。
ウ原告の主張に対する審決の誤解について審決は,「審判請求人は,引用例では界面活性剤が使用されていないので,閉塞が実現されていないと主張している」と説示するが(前記第2の3(5)),原告が,界面活性剤が使用されていないことのみをもって,引用発明において完全閉塞が実現されていないと主張するものでないことは,上記ア(ア)bのとおりの本願明細書の各記載を挙げていることからも明らかである。
(2)引用発明の製法上の問題点についてア引用発明の製法について(ア)審決が認定した引用発明の製法は,以下のとおりである。
「本発明の要旨は,延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜,および延伸により作製された高分子多孔膜にイオン交換樹脂の溶液を含浸させ,次いで溶媒を除去することを特徴とする高分子電解質膜の製造方法にある。」(審決摘示事項ウ)すなわち,引用発明は,高分子電解質膜を形成する多工程により製造されるものであり,具体的には,少なくとも1軸に沿って延伸し,三次元ネットワーク構造を形成することによって多孔質高分子膜を製造するもの,好ましくは,この多孔膜にイオン交換樹脂の溶液を含浸した後,乾燥させ,イオン交換樹脂を多孔膜に固定することで,高分子電解質膜を製造するものである。
(イ)審決が摘示する引用発明の実施例は,以下のとおりである。
実施例1(判決注:下線は,審決及び引用例に付されているものである。)(I)ポリテトラフルオロエチレンを延伸して作製した多孔膜(平均孔径1μm,膜厚50μm,多孔率90%)に,パーフルオロカーボンスルホン酸[ナフィオン(Nafion,登録商標),デュポン(DuPont)社]のイソプロピルアルコール5重量%溶液[アルドリッチ・ケミカル(Aldrich Chemical)社]を含浸させ,60℃で乾燥させた。(II)この後,140℃で5分間,膜を熱処理した。ピンホールがなくなるまで(I)と(II)の操作を繰り返した(5回)。
次に,この膜を1N硫酸中に60〜70℃で1時間浸漬した後,60〜70℃で純水中に1時間浸漬して,イオン交換樹脂の側鎖の末端基を-SO Hに変換した。」(審決摘示事項3キ)(ウ)上記(ア)及び(イ)のとおり,引用例には,引用発明の製法について,延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン膜にイオン交換樹脂溶液を複数回含浸させるとの記載はあるが,そこでのイオン交換樹脂溶液の含浸の仕方についての具体的記載はない。また,引用例には,イオン交換材料を膜の微細構造の「全体に含浸」させることについての具体的記載が一切ない。さらに,引用例には,引用発明の製法として,界面活性剤の使用,真空を使用してイオン交換樹脂の含浸を促進させること,膜表面から過剰のイオン溶液を除去するとの方法について,全く開示がない(そもそも,引用発明においては,膜の微細構造の「全体を閉塞」させる必要性が全く認識されておらず,したがってまた,引用例が,イオン交換材料の含浸についての詳細な検討・開示を一切欠くことも,当然である。)。
イピンホールがないことについて(ア)審決摘示事項キには,溶液の含浸操作につき,「ピンホールがなくなるまで・・・操作を繰り返した」との記載があるところ,審決は,両発明の対比(前記第2の3(3))において,「引用発明の『該多孔膜の少なくとも孔内に含浸されたイオン交換樹脂』は,その製法(摘示事項ウ,キ)からみて,多孔膜への含浸が・・・全体になされたと解するのが自然である」と判断している。
(イ)しかしながら,以下のとおり,ピンホールがないことと,イオン交換樹脂の「全体含浸」とは別物であり,審決の上記判断は,技術常識,経験則に反し,合理性を欠いている。
aすなわち,ピンホールがない膜は,?@イオン交換材料が膜の微細構造の全体に含浸することで得られる場合もあるが,これとは別に,?A膜の表面に表面蓄積層が堆積することによって得られる場合もあることは,技術常識である。したがって,引用例にピンホールのない膜が得られたことの開示があるからといって直ちに,引用発明において,イオン交換材料が膜の微細構造の全体に含浸されていることが示唆されるものでは全くない。
bかえって,引用発明におけるピンホールのない膜は,膜表面にイオン交換材料が蓄積することによって実現されている可能性が高い。
すなわち,イオン交換材料の含浸に当たっての膜の疎水性の問題が認識されておらず,その克服手段についても一切検討されていないことや,界面活性剤が使用されておらず,かつ,膜表面の過剰溶液を除去する作業も行われていないことからすると,引用発明においては,イオン交換材料が膜の表面に付着し膨れ上がっていることが強く推測され,ピンホールのない膜は,膜表面にイオン交換材料が蓄積することによって獲得されていると考えるのが合理的である。
なお,引用発明においては,ピンホールがないことが目視により確認されているところ(審決摘示事項ク),目で視認できる範囲は,熟練した当業者において,せいぜい0.1〜0.2mm程度である。また,当該目視による確認は,膜の表面の状態を観察したものにすぎないと理解するのが相当である。
c他方,本願明細書には,ピンホールについて,以下の各記載がある。
(a)「本発明の複合膜は均質であり,かつ機械的に強固である。ここにおいて使用される用語『均質』とは,この複合膜構造内にピンホール又は他の不連続の出口がない,イオン交換材料による連続的含浸と定義される。この膜は『閉塞性』でなければならず,このことはこの多孔質膜の内部体積が含浸され,イオン交換材料でこの内部体積が充填され,かつ最終的な膜が10,000秒を上回るガーレイ数を有し,本質的に不透過性であることを意味する。」(7頁3〜8行)。
(b)「本発明の最終的な複合膜は,その表面に不連続又はピンホールが全くない,均一の厚さを有している。この膜の内部体積は閉塞性であり,この複合膜は,非極性気体及び液体の大量流れに対して不透過性である。」(10頁2〜5行)上記(a)の記載のとおり,本願発明は,複合膜の「均質」について,?@「ピンホール又は他の不連続の出口がない,イオン交換材料による連続的含浸」と,?A膜について「『閉塞性』・・・内部体積が含浸され,イオン交換材料でこの内部体積が充填され(ていること)」の双方を要求するものである。したがって,本願発明においては,ピンホールがないことと,内部体積が閉塞,充填されていることが別物であること(前者は,通常,膜の表面の状態をいうものであり,膜内の閉塞をいうものでないこと)が明瞭に認識された上,その双方が発明の構成として要求されるものである(これは,ピンホールがないことが要求されているにすぎない引用発明と比較して,対照的である。)。
また,上記(b)の記載によっても,本願発明においては,ピンホールがないことが,あくまで,膜表面の状態のことであり,そのことと,内部体積が閉塞,充填されていることが別物であると理解されているといえる。
d以上のとおり,審決摘示事項キのピンホールに関する記載は,あくまで膜表面が連続状で穴のない状態を示しているだけの可能性が高い。
(ウ)被告の主張に対する反論a被告は,「『ピンホール』との用語は,『製品にできた貫通した微細な穴』を意味するものであるから,『ピンホール』がないことは,単に膜表面の状態を示すものではない。」,「引用発明の膜においては,ピンホールがないことが確認されており,このようなピンホールのない構造,すなわち,貫通した微細な穴を有しない構造は,イオン交換材料が膜内部の全体に含浸し,閉塞させることにより得られたものと理解するのが相当である。」と主張する。
しかしながら,「ピンホール」との用語が「製品にできた貫通した微細な穴」を意味するとしても,貫通した微細な穴がないことと,完全閉塞とは全く異なるものであり,膜表面が被膜等で覆われた結果,製品に貫通した微細な穴がなくなる場合は幾らでもあるのであるから,引用例において,ピンホールが発生した比較例1に対し,実施例1においてピンホールが発生しなかったとしても,実施例1において,当然に完全閉塞が実現しているわけではない。
b(a)被告は,「審決は,膜にピンホールがないことのみから,引用発明について,イオン交換材料の膜内部への全体含浸を認定したものではなく,高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(審決摘示事項エ),多孔質膜中のイオン交換樹脂の量は,多孔質膜の1〜100倍(好ましくは10〜40倍)であること(同カ)に加え,本願発明の実施例3,12,14,15及び19〜23は,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,イオン交換樹脂を多孔膜に含浸させることにより,膜の完全閉塞が実現されることを示すものといえることを総合的に勘案し,引用発明においても,膜の完全閉塞が実現されていると認定したものである。」と主張する。
(b)しかしながら,審決摘示事項エ(引用例の段落【0009】)の記載から,イオン交換材料が「高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれている」といえないことは,後記3(2)イ(ウ)のとおりである。
また,界面での「はがれが生じにくい」からといって,直ちに,イオン交換材料が「高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれている」といえないことは,前記1(3)オ(ウ)のとおりである。
さらに,多孔質膜の表面近傍にイオン交換樹脂が堆積したままイオン交換樹脂が多孔質膜の厚み方向に一部含浸した場合,いわゆるアンカー効果(投錨効果)により,はがれは容易に生じないものであるところ,多孔質膜とイオン交換樹脂の一体化(超薄型膜)を志向せず,閉塞実現のための手段を講じることもない引用発明において,界面からのはがれが生じにくくなるのは,このアンカー効果の結果にほかならない。したがって,仮に,「はがれが生じにくい」とされる「界面」が,多孔質膜内部における多孔質膜とイオン交換樹脂の界面を指し,引用発明が,多孔質膜内部に存在する界面において,「はがれが生じにくく」なったものであるとしても,そのことにより,イオン交換材料が「高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれている」とはいえない。
(c)他方,多孔膜中のイオン交換樹脂の量についてみても,引用例は,多孔質膜中のイオン交換樹脂の量と多孔質膜との量との比率が,多孔膜の完全閉塞にどのように関係するかにつき,全く明らかにしていない。
全体含浸・完全閉塞は,「多孔質膜の空孔部分の体積」が「イオン交換樹脂の体積」によって完全に埋まった状態をいうものであるから,単純に,多孔質膜の重量とイオン交換樹脂の重量に着目して判断できるものではない。そこで,「イオン交換樹脂の量が多孔質膜の1〜100倍」の場合につき,引用例が開示する条件の下で,「多孔質膜の空孔部分の体積」と「イオン交換樹脂の体積」の関係に置き換えて計算してみると,「イオン交換樹脂の体積」が「多孔質膜の空孔部分の体積」を大幅に下回る場合が多く存在するのであり,このような場合に,全体含浸・完全閉塞が実現され得ないことは明らかである。
したがって,「イオン交換樹脂の量が多孔質膜の1〜100倍」であることをもって,当然に全体含浸・完全閉塞が実現されているとはいえない(なお,「イオン交換樹脂の体積」が「多孔質膜の空孔部分の体積」を上回る場合,含浸を促進させる手段を特段講じない引用発明においては,多孔質膜の表面にイオン交換樹脂層が堆積するにすぎないと推認される。)。
(d)また,本願発明の実施例3,12,14,15及び19〜23において,界面活性剤以外の特別な手段を用いることにより,膜の完全閉塞が実現されることは,前記(1)ア(ア)b及び(イ)のとおりである。
(e)以上のとおり,被告の反論はいずれも理由がなく,引用発明において「完全閉塞」が実現されたものと認定することはできない。
cなお,「燃料電池においては,気体(H ,O )が電解質を通ってはならな22いため,電解質膜に貫通孔(ピンホール)があってはならず,電解質膜にピンホールがないことは,燃料電池が作動するための必要条件の一つである」との被告の主張は,認める。
ウ引用例に記載された方法の問題点を指摘する刊行物の存在について(ア)引用例に記載されたイオン交換樹脂の含浸方法の問題点につき,次の各刊行物には,それぞれ次の各記載がある。
a特開平11-310649号公報(甲9。以下「甲9公報」という。)「一方,物理的強度や耐熱性等に優れた樹脂材料としては,ポリテトラエチレンに代表されるフッ素系樹脂が知られており,これを母材の素材樹脂として使用した陽イオン交換膜が,例えば特開平6-29032号公報(判決注:本件の引用例である。)・・・等により知られている。そして,これらの陽イオン交換膜は,いずれも,前記した陽イオン交換膜の製造方法の内の,多孔質膜からなる母材の空孔内に陽イオン交換樹脂を溶剤に溶解させて含浸させ,その後溶剤を除去させる方法により製造されている。
ところが,こうした製造方法では,母材に含浸させる陽イオン交換樹脂溶液が高粘度になるため,母材の空孔部細部まで液が侵入し難く,さらに,含浸後に溶剤が除去されるため体積変化も生じてしまい,母材の空孔部細部まで密に陽イオン交換樹脂が充填され難いものであった。
その結果,これらの陽イオン交換膜は,ガスの透過性が大きく,前記燃料電池用隔膜として使用した際には,燃料室の水素ガスが酸化剤室側に拡散することを十分に抑えることができず,大きな電池出力が得られない問題があった。」(段落【0009】,【0010】)b特開2003-41031号公報(甲10。以下「甲10公報」という。)「このような損傷を防ぐため,多孔質基材と高分子電解質とを複合化することが提案されている。例えば,固体高分子電解質型燃料電池用隔膜等として,超高分子量のポリオレフィン製多孔膜やフッ素系樹脂製多孔膜等の空孔中に,高分子電解質である陽イオン交換樹脂を充填(し)た高分子電解質複合膜が開示され,充填は,高分子電解質の溶媒溶液を空孔に含浸させ,次いで,溶媒を除去させることによりなされることも開示されている(・・・特開平6-29032号公報・・・等)。しかしながら,多孔膜に対する高分子電解質の溶媒溶液の浸透力が小さい場合は,空孔中へ殆ど含浸されず,複合化が困難であり,一方,浸透力が大きい場合は,含浸され,空孔中へ電解質を充填し得るが,得られた複合膜の外観が悪化するすなわち複合膜が気泡や凹凸を有するため,応力がかかった際に応力集中点となり,複合膜が破損する恐れがあった。」(段落【0004】)c米国特許第4902308号公報(1990(平成2)年2月20日特許。
甲11。以下「甲11公報」という。)「膨張延伸ポリテトラフルオロエチレン膜の構造を,ペルフルオロカチオン交換ポリマー,たとえばスルホン酸又はカルボン酸ポリマーのアルコールその他の溶媒の希薄溶液で完全に湿潤させて,膨張延伸ポリテトラフルオロエチレン膜をペルフルオロカチオン交換ポリマーで含浸した。膜は寸法変化がないように拘束し,溶媒を80℃〜120℃の炉で蒸発させると,多孔の化学的に安定なイオン交換基材が得られた。」(原文3欄50〜59行の訳文)(イ)上記(ア)のとおり,甲9公報及び甲10公報には,引用例に記載されたイオン交換樹脂の含浸方法によって,燃料電池を作動させる程度の膜を得ること自体は可能であるものの,その多孔膜の空孔をイオン交換樹脂で完全に充填させることはできないことが開示されており,また,甲11公報によれば,引用例に記載されたイオン交換樹脂の含浸方法によれば,膜の内部及び表面に気孔が残るものと理解される。
このように,他の刊行物においても,引用例に記載された含浸方法につき,多孔膜の空孔にイオン交換樹脂溶液を完全に充填することができないとの問題点が指摘されているところである。
(ウ)被告の主張に対する反論a被告は,「甲9公報の記載は,引用発明のようなイオン交換樹脂溶液の多孔膜への含浸方法において,溶液が高粘度の場合に,膜内部に溶液が浸入し難いことを示すにとどまり,溶液が低粘度の場合にまで,引用発明の方法により膜内部への含浸が不可能であることを示すものではない。」と主張する。
しかしながら,上記(ア)aのとおりの甲9公報の記載によれば,同公報は,「引用発明の製造方法によると,母材に含浸させる陽イオン交換樹脂溶液が高粘度になること」までを示すものであるといえるから,被告の上記主張は,理由がない。
b被告は,「甲10公報の記載は,引用発明のようなイオン交換樹脂溶液の多孔膜への含浸方法において,多孔膜に対するイオン交換材料溶液の浸透力が小さい場合に,膜内部への含浸が困難であることを示すにとどまり,溶液の浸透力が大きい場合にまで,引用発明の方法により膜内部への含浸が不可能であることを示すものではない。」と主張する。
しかしながら,上記(ア)bのとおりの甲10公報の記載によれば,同公報には,溶液の浸透力が大きい場合について,一応含浸はなされるものの破損のおそれのある複合膜となることも示されており,結局,引用発明の製造方法では,溶液の浸透力の大小にかかわらず,含浸操作が困難であることが示されているといえるのであるから,被告の上記主張は,理由がない。
(3)小括以上のとおり,引用発明において,イオン交換材料が膜の全体に含浸されていないことは明らかであるから,引用発明の製法(審決摘示事項ウ及びキ)を根拠に,両発明が「膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料を有する点」において一致するとした審決の認定は,誤りである。
3取消事由3(相違点についての判断の誤り)審決は,相違点について,「引用発明においても,イオン交換材料が膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させるようにすることは,当業者であれば容易になし得たものであって,そのことによる作用効果も予測し得るものであって格別なものとすることはできない。」と判断したが,以下のとおり,この判断は,誤りである。
(1)ガーレイ数についてア審決は,「10000秒を上回るガーレイ数というのは,本願明細書の表3には,膨潤膜(含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜)のガーレイ数として,具体的な数値の記載はなく,『全体的閉塞』と記載されているところからみて,含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜が,イオン交換材料で全体的に閉塞しておれば,そのガーレイ数は,10000秒を上回るものと認められるから,『膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた』ということと同義のものと認められる。」と判断した。
イしかしながら,「10000秒を上回るガーレイ数」は,イオン交換材料が「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」状態にある場合のみならず,膜の表面に蓄積層を設けた場合にも達成され得るものである。
すなわち,ガーレイ数とは,「面積642mm の紙又は板紙を100mlの空2気が通過する時間」であり,低い圧力で空気が通る時間を測定し評価するものであるため,例えば,フィルムを積層した場合のように,膜表面を孔なしに覆う部分があれば,その膜内部の空孔が全く閉塞されていない状態であっても,10000秒以上の数値が生じる得る。
したがって,本願発明の「10000秒を上回るガーレイ数」との構成が「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」との構成と同義であるとした審決の判断は,その技術的前提において誤りがある。
(2)「実質的含浸」及び「内部体積の実質的閉塞」について審決は,?@「引用例には,多孔質膜の孔内にイオン交換樹脂を含有させるために,多孔質膜の内部まで溶液が十分に浸透すること(摘示事項オ)が必要であり,実施例においても,含浸,乾燥及び熱処理を5回繰り返すこと(摘示事項ク)が記載されている。」,?A「引用例には,『膨潤サイクルテスト』によって,『イオン交換樹脂の脱落による穴の有無を目視により観察し,かつ膜の一方の面より加圧した場合の他方の面への空気のもれの有無を観察して,ピンホールの有無を評価』して,引用例のものにはピンホールが見られなかったこと(摘示事項ク)が記載されている。」,?B「そのことは,高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(摘示事項エ)を示すものであり,また,多孔質膜中のイオン交換樹脂の量が,多孔質膜の1〜100倍(好ましくは10〜40倍)であること(摘示事項カ)からみて,」とした上,「引用発明においても,本願発明と同様に,そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させることを意図しているものというべきである。」と判断したが,以下のとおり,審決のこの判断は,誤りである。
ア疎水性に起因する含浸の困難性とその克服手段の開示について(ア)前記2(1)のとおり,延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜の疎水性からすると,水を含む溶媒に分散された状態で使用されるイオン交換材料を膜に含浸させることには多大の困難を伴うものであるところ,引用例は,当該困難性についての認識を欠き,これを克服する手段について具体的検討を開示するものではない。
(イ)また,前記2(2)ウのとおり,引用例に記載された含浸方法においては,膜の空孔の細部にまでイオン交換樹脂溶液を充填することが非常に困難である。
イ審決が引用する引用例の記載について(ア)審決摘示事項クについて審決が上記?@のとおり指摘するように,引用例には,多孔膜の内部にイオン交換樹脂の溶液を十分に浸透させることが示唆されている(審決摘示事項ク)。
しかし,引用例には,このような指摘がされているだけであり,イオン交換樹脂溶液を実際に多孔膜に含浸させる際に問題となる含浸の困難性(多孔膜の疎水性に起因するもの)や,その克服手段についての具体的な開示や示唆はない。
(イ)ピンホールがないことについて審決は,上記?A及び?Bのとおり,「引用例のものにはピンホールが見られなかったこと(摘示事項ク)が記載されている。」,「そのことは,高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(摘示事項エ)を示すものであ(る)」と指摘するが,前記2(2)イのとおり,引用発明におけるピンホールのない膜は,イオン交換材料が膜の微細構造の全体に含浸することによって得られたものではなく,膜表面にイオン交換材料が蓄積することによって実現されたことが強く推認されるものである。
(ウ)審決摘示事項エについて審決は,上記?Bのとおり,「高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(摘示事項エ)を示すものであ(る)」と指摘するが,引用例の記載によれば,はがれが生じにくいとの効果が生じるのは,「イオン交換樹脂を含有する高分子多孔膜が,どの方向に対しても伸縮性を有し,イオン交換樹脂の膨潤,収縮に応じて伸縮するため」である(引用例には,そのような効果が生じる理由が,「イオン交換材料が高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれているため」であるとの記載はない。)。
(エ)審決摘示事項カについて審決は,上記?Bのとおり,「多孔質膜中のイオン交換樹脂の量が,多孔質膜の1〜100倍(好ましくは10〜40倍)であること(摘示事項カ)」を指摘するが,イオン交換樹脂が膜表面に堆積することによって,上記の程度の量のイオン交換樹脂が残存する可能性も否定できないのであるから,審決が指摘する上記摘示事項をもって直ちに,イオン交換樹脂が膜内に含浸した結果,上記の程度の量のイオン交換樹脂が獲得されたとはいえない。
ウ以上からすると,審決が判断したように,「引用発明においても,・・・イオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させることを意図している」ということはできないというべきである。
(3)作用効果の顕著性について本願発明は,延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜が「超薄型」で,膜の「全体」にイオン交換材料が含浸されるとともに,当該膜が「10000秒を上回るガーレイ数を有し」,さらに,イオン交換材料が膜に「実質的に含浸」され,膜の「内部体積を閉塞」させた構成を有することにより,引用発明と異なり,高価な材料費用を低減することができるにとどまらず,同じ電圧でより多くの電流を流すことができるなどの様々な優れた膜性能を有するものである。
本願発明における上記の性能が,本願発明が属する技術分野において,極めて顕著な作用効果であることは明らかである。
(4)審決の判断手法について審決は,本願発明と引用発明の相違点を認定し,その容易想到性について判断しているものの,周知技術を適用することなく,引用発明(引用例)のみに基づいて当該判断をしているものであって,その実質は,本願発明と引用発明との実質的同一性,すなわち,新規性の欠如を理由とするものであるといえる。
本願発明と引用発明とが実質的に同一のものでないことは,これまで主張したとおりであるが,さらに,特許出願に係る発明と先行発明との実質的同一性を理由に当該特許出願を拒絶する場合には,これら2つの発明の解決課題が同一であることを要すると解するのが相当であるところ(これは,特許庁における実務でもある。),本願発明が,「超薄型」で,イオン交換樹脂が膜の内部構造の「全体に含浸」され,その内部構造を「実質的に閉塞」(完全閉塞)する高分子電解質膜を提供するものであり,当該「全体含浸」及び「完全閉塞」を達成するため,疎水性に起因する含浸の困難性を克服する手段を提供するものであるのに対し,引用発明は,膜の破損を避け得る程度の強度を有する高分子電解質膜の開発を解決課題とするものであるから,両発明につき,これらが実質的に同一であると評価した審決の判断は,この点からみても誤りであり,特許庁における実務にも反する不合理なものである。
(5)小括以上のとおりであるから,本願当時の当業者において,「10000秒を上回るガーレイ数」を有し,イオン交換材料が「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞」させるとの本願発明の構成(相違点に係る構成)に想到することは,決して容易なものとはいえず,本願発明が進歩性を有することは明らかである。
第4被告の反論の骨子以下のとおり,審決には,一致点の認定の誤りも,相違点についての判断の誤りもない。
1取消事由1(膜厚に係る一致点の認定の誤り)に対して(1)引用例における膜厚の記載についてア審決摘示事項ウのとおり,引用例には,下記(ア)の記載があり,それに続いて,下記(イ)の記載があるのであるから,引用例に記載された「好ましい膜厚」が,引用例に記載された多孔質膜のすべてについて妥当するものであり,とりわけ,その多孔質膜として最初に例示され,実施例(審決摘示事項キ)として具体的に示されている引用発明の「ポリテトラフルオロエチレン膜」についての好適な膜厚の範囲を示すものであることは明らかである。
(ア)「本発明において用いる高分子多孔膜は以下の様にして作製されたものである。フッ素樹脂(たとえば,ポリテトラフルオロエチレンなど)またはその他の樹脂(たとえば,ポリプロピレン,ポリエチレンなど)を・・・本発明で用いる高分子多孔質とする。」(イ)「本発明の高分子電解質膜に用いる多孔質膜の好ましい膜厚は,10〜200μm・・・である。」イその他,引用発明の「ポリテトラフルオロエチレン膜」の膜厚を,実施例において採用された50μmに限る特段の事情は存在しない。
ウ以上のとおりであるから,「ポリテトラフルオロエチレン膜」の膜厚に関し,両発明は一致・重複するものというべきである。
(2)本願発明における膜厚と引用発明における膜厚との重複部分についてア上記(1)のとおり,「ポリテトラフルオロエチレン膜」の膜厚に関し,両発明は一致・重複するものであるところ,その重複する範囲がごく一部であることをもって,両発明が一致・重複するものでないとする合理的な理由は何ら認められない。
イなお,引用例には,次の記載があるのであるから,引用発明も,「超薄型」の多孔膜を志向するものであるといえる。
「固体高分子型燃料電池・・・などに用いる高分子電解質膜は,エネルギー効率の改善が求められており,そのためには高分子電解質膜の膜抵抗を低減する必要があり,そこで膜厚の減少が図られている。」(段落【0002】)(3)引用発明における余分なイオン交換樹脂の残留についてア引用発明の実施例及び本願発明の実施例3は,いずれも,界面活性剤を使用しないで,イオン交換樹脂を多孔膜に含浸させるものであるから,界面活性剤を使用しないことによる膜表面のイオン交換樹脂の残留に関し,本願発明と引用発明との間に差異はない。
イまた,本願明細書をみても,本願発明の実施例3は,残留したイオン交換樹脂の除去操作を行っていないものであるにもかかわらず,イオン交換樹脂の含浸後の膜厚については何ら言及されていない。したがって,膜表面に残留したイオン交換樹脂による膜厚の増加に関しても,本願発明と引用発明との間に差異はない。
ウ(ア)原告は,引用例の段落【0009】の記載を根拠に,引用発明において,多孔膜の表面にイオン交換樹脂が層状に残留している旨主張する。
(イ)しかしながら,引用例の段落【0009】の記載は,下記のとおりであるところ,同記載にいう「イオン交換樹脂」とは,「少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂」であるから,「孔内」に含有されることが必須のものであって,原告が主張するように,多孔膜の表面に残留したイオン交換樹脂を指すものでないことは明らかである。
「従って延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜は,イオン交換樹脂の膨潤,収縮に応じて伸縮するので,イオン交換樹脂と高分子多孔膜の界面でのはがれが生じにくくなり,高分子電解質膜の破損が防止される。」(ウ)さらに,「界面」とは,「2相の境界面」を意味するものであるから(共立出版株式会社昭和38年8月25日発行の「化学大辞典2(縮刷版)」の275頁及び276頁(乙1。以下「乙1辞典」という。),上記(イ)の引用例の記載にいう「界面」とは,多孔膜内部の孔の内面とイオン交換樹脂との界面を意味するものと解すべきである。
(エ)以上からすると,引用例の段落【0009】の記載を根拠にする原告の上記主張は,理由がない。
エなお,引用発明が,本願発明と同様,「超薄型」の多孔膜を志向するものであることは,前記(2)イのとおりである。
(4)引用発明の志向と本願発明の志向についてア前記(2)イのとおり,引用発明は,本願発明と同様,「超薄型」の多孔膜を志向するものである。
イなお,本願発明は,「(a)各層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)のポリマーのフィブリルの微細構造を有する少なくとも1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜」をその構成とするものであるところ,「少なくとも1層」との記載から明らかなように,本願発明において規定される膜厚は,「ポリテトラフルオロエチレン膜」の厚さではないから,本願発明は,「超薄型膜」を志向するものであるとしても,上記のとおり特定された厚さの「超薄型膜」を志向するものではない。
(5)小括以上からすると,取消事由1に係る原告の主張は,いずれも理由がなく,「ポリテトラフルオロエチレン膜」の膜厚を両発明の一致点とした審決の認定に誤りはないというべきである。
2取消事由2(イオン交換材料の含浸の係る一致点の認定の誤り)に対して(1)本願発明における「膜の微細構造の全体に含浸された」との構成の技術的意義について「含浸」との用語は,「液体を固体にしみ込ませる操作」(乙1辞典と同じ辞典の646頁(乙2。以下「乙2辞典」という。)),「多孔質物質に液状物質をしみこませること」(株式会社岩波書店平成10年2月20日発行の「岩波理化学辞典(第5版)」の630頁(乙3。以下「乙3辞典」という。))を意味するものであり,また,「全体」とは,物のすべての部分を意味するものであるから,本願発明における「膜の微細構造の全体に含浸された」との構成は,「膜の微細構造のすべての部分に液体(イオン交換材料)をしみ込ませた(状態)」を意味するものであり,「膜の微細構造の『全体を閉塞』させた(状態)」を意味するものではないと理解するのが相当である。
このことは,本願発明の要旨において,「膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料」につき,さらに,「そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」との規定が加えられていることからも明らかである。
(2)引用発明における「含浸された」との構成の技術的意義について審決摘示事項キのとおり,引用発明の実施例において,イオン交換材料の含浸操作を施す膜の箇所についての特段の限定はないから,当該含浸操作は,膜の微細構造の一部に対してではなく,全体に対して施されたものと理解するのが相当である。
そもそも,燃料電池においては,気体(H ,O )が電解質を通ってはならない22ため,電解質膜に貫通孔(ピンホール)があってはならず,電解質膜にピンホールがないことは,燃料電池が作動するための必要条件の一つであるから,引用発明においても,イオン交換材料の含浸操作を行う際には,ピンホールがないように膜の全体に対してこれを施すものと理解されるのは当然であって,部分的にイオン交換材料を含浸させるとの操作は想定されていないものである。
また,イオン交換材料の含浸操作において,イオン交換材料を膜に部分的に含浸させるためには,含浸されない部分を保護するなどの何らかの特別の処理が必要であるところ,引用例には,そのような処理についての言及はないのであるから,この点からも,引用発明において,イオン交換材料の含浸は,膜の全体に対して施されるものと理解するのが自然である。
(3)以上のとおりであるから,引用発明について,「その製法・・・からみて,多孔膜への含浸が部分的に行われたものではなく,全体になされたと解するのが自然である」とした審決の認定に誤りはない。
(4)原告の各主張について本願発明における「膜の微細構造の全体に含浸された」との構成の技術的意義は,前記(1)のとおりであるが,原告は,同構成が「膜の微細構造の全体が閉塞された」ことを意味する旨の種々の主張をするので,念のため,以下,原告の各主張に対して反論を加えておくこととする。
ア「疎水性に起因する含浸の困難性とその克服手段」について(ア)乙2辞典には下記aの記載が,乙3辞典には下記bの記載がそれぞれあるように,そもそも,「含浸」とは,物体の内部への液体の流入を意味するものである。
a「含浸の方法として広く使用されているのは,容器中に物体を入れて真空にし,物体表面および内部の空気,その他を吸出しておき,次に浸透させたい液体を流入してから,高圧をかけて強制的に物体の内部へ液体を浸透させるという手段であ(る)」b「多孔質物質に液状物質をしみこませること。・・・2)液状を利用して多孔質物質内部へ物質を運び,液体は乾燥あるいは焼成で除去してしまう・・・などの場合がある。」(イ)そして,下記aの記載のとおり,引用例には,引用発明も,多孔膜の内部にまでイオン交換材料を含浸させることを志向し,そのための手段として,イオン交換材料溶液の濃度を調整することが示されている。
また,引用例には,下記bの記載があり,イオン交換材料の含浸後に圧力を低減させること,すなわち,原告が「疎水性に起因する含浸の困難性の克服手段」として挙げる「膜にイオン交換材料を引き込むために,圧力を低減させる方法」と同様の方法が示されている。
したがって,引用発明も,多孔膜の「完全閉塞」を志向していることは明らかであり,引用例には,それを実現するための手段が示されているといえる。
a「溶剤中のイオン交換樹脂の濃度は,通常1〜5%である。あまり濃度が低いと,必要な量のイオン交換樹脂を高分子多孔質膜に含有させるのに,含浸,乾燥工程を繰り返さなければならず,一方濃度が高すぎると,溶液の粘度が高くなって,含浸操作が面倒になり,あるいは,多孔質膜の内部まで溶液が十分浸透しない。」(段落【0012】)b「乾燥温度も溶剤の種類に応じて適宜選択すればよく,必要なら減圧で乾燥してもよい。」(段落【0013】)(ウ)a原告は,「本願明細書には,『膜の両面からの溶液の塗布』の方法が開示されている」と主張し,また,「本願明細書には,『膜が完全に透明になるまで』含浸操作が繰り返されたことが開示されているところ,上記含浸操作からも,本願発明においては,膜の『完全な閉塞,含浸』が積極的に意識され,意図されている」と主張する。
bしかし,本願明細書には,「膜の両面からの溶液の塗布」の方法により多孔膜の完全閉塞が実現されることについての説明がされておらず,これら手段・結果の関係は,明らかでない。
そもそも,本願明細書には,実施例3について,「この方法を,膜が完全に透明になるまで更に4回繰り返し」と記載されているのであり,この繰り返しによって膜の完全閉塞が実現されると理解されるところ,その点では,本願明細書の実施例3に記載された操作は,引用例の実施例1(段落【0015】)に記載された「ピンホールがなくなるまで(I)と(II)の操作を繰り返した(5回)。」との操作と何ら差異のないものである。
したがって,審決が「(5)審判請求人の主張について」において説示するとおり,本願発明の実施例3は,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,膜の完全閉塞が実現されることを示すものといえるから,原告の上記主張は,引用発明において膜の完全閉塞が実現されていないことの根拠となるものではない。
(エ)a原告は,「本願明細書には,『膜表面の過剰溶液の除去』の方法が開示されている」と主張する。
b確かに,本願明細書の実施例12,14,15及び19〜23には,イオン交換材料を界面活性剤を使用することなく含浸させ,膜表面から過剰な溶液を除去することが記載されている。
しかしながら,本願明細書には,膜表面から過剰な溶液を除去する手段により多孔膜の完全閉塞が実現されることについての説明がされておらず,これら手段・結果の関係は,明らかでない。
また,前記1(3)イのとおり,本願発明の実施例3においては,残留したイオン交換樹脂の除去操作を行っていないにもかかわらず,膜の完全閉塞が実現されている。
さらに,本願明細書には,実施例19及び20(多孔膜の厚さが,それぞれ2.2ミル(0.6mm)及び3ミル(0.8mm)の例)につき,他の実施例と同様に膜の内部体積を完全に閉塞性にしたとの記載があり,膜の厚さにかかわらず,膜の完全閉塞が実現されることが示されている。
したがって,審決が「(5)審判請求人の主張について」において説示するとおり,本願発明の実施例12,14,15及び19〜23についても,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,膜の完全閉塞が実現されることを示すものであるといえる。
そうすると,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,イオン交換樹脂を多孔膜に含浸させる引用発明においても,膜の完全閉塞が実現されていると認めるのが相当であるから,原告の上記主張は,引用発明において膜の完全閉塞が実現されていないことの根拠となるものではない。
イ引用発明の製法について引用例には,引用発明の製法のうち,イオン交換樹脂溶液の膜への含浸方法についての特段の記載はない。
しかしながら,上記ア(ウ)及び(エ)のとおり,本願発明の実施例3,12,14,15及び19〜23は,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,膜の完全閉塞が実現されることを示すものといえるから,引用発明においても,膜の完全閉塞が実現されていると認めるのが相当である。
ウピンホールがないことについて(ア)「ピンホール」との用語は,財団法人日本規格協会平成7年11月20日発行の「JIS工業用語大辞典(第4版)」の1620頁(乙4)に示されるように,「製品にできた貫通した微細な穴」を意味するものであるから,「ピンホール」がないことは,原告が主張するように,単に膜表面の状態を示すものではない。
(イ)また,引用発明の膜においては,目視によりピンホールの有無が確認されているのではなく,膜の一方の面から加圧した場合の他方の面への空気の漏れの有無を観察して,ピンホールがないことが確認されており(審決摘示事項ク),このようなピンホールのない構造,すなわち,貫通した微細な穴を有しない構造は,イオン交換材料が膜内部の全体に含浸し,閉塞させることにより得られたものと理解するのが相当である。
このことは,膜表面にのみイオン交換材料が堆積したと考えられる比較例1の膜では,膨潤サイクルテスト後にピンホールが発生しているのに対し,実施例1の膜,すなわち,引用発明の膜では,同テスト後にもピンホールが見られなかったとの引用例の記載からも裏付けられる。
そして,審決は,膜にピンホールがないことのみから,引用発明について,イオン交換材料の膜内部への全体含浸を認定したものではなく,「(4)相違点についての判断」及び「(5)審判請求人の主張について」において説示するとおり,高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(審決摘示事項エ),多孔質膜中のイオン交換樹脂の量は,多孔質膜の1〜100倍(好ましくは10〜40倍)であること(同カ)に加え,本願発明の実施例3,12,14,15及び19〜23は,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,イオン交換樹脂を多孔膜に含浸させることにより,膜の完全閉塞が実現されることを示すものといえることを総合的に勘案し,引用発明においても,膜の完全閉塞が実現されていると認定したものである。
エ甲9公報及び甲10公報について(ア)甲9公報の記載は,引用発明のようなイオン交換樹脂溶液の多孔膜への含浸方法において,溶液が高粘度の場合に,膜内部に溶液が浸入し難いことを示すにとどまり,溶液が低粘度の場合にまで,引用発明の方法により膜内部への含浸が不可能であることを示すものではない。
なお,前記ア(イ)aのとおり,引用発明においても,多孔膜の内部にまでイオン交換材料を含浸させるための手段として,イオン交換材料溶液の濃度を調整することが示されている。
(イ)甲10公報の記載は,引用発明のようなイオン交換樹脂溶液の多孔膜への含浸方法において,多孔膜に対するイオン交換材料溶液の浸透力が小さい場合に,膜内部への含浸が困難であることを示すにとどまり,溶液の浸透力が大きい場合にまで,引用発明の方法により膜内部への含浸が不可能であることを示すものではない。
(5)小括以上からすると,取消事由2に係る原告の主張は,いずれも理由がなく,イオン交換材料が「膜の微細構造の全体に含浸された」との点を両発明の一致点とした審決の認定に誤りはないというべきである。
3取消事由3(相違点についての判断の誤り)に対して(1)ガーレイ数についてイオン交換材料が「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」状態にある場合に,「10000秒を上回るガーレイ数」が達成されることは,原告も認めるとおりである(このことは,本願明細書の実施例1〜3において,いずれも,「膜の内部体積を完全に閉塞性にした。」と記載され,また,表3(実施例1〜3に係るもの)において,「最終の膨潤膜ガーレイ数(秒)」欄に,いずれも,「全体的閉塞」と記載されるのみで,「10000」を上回る数が記載されていないことからも明らかである。)。
そうすると,相違点のうち,「10000秒を上回るガーレイ数を有する」との構成についての判断に当たり,イオン交換材料が「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」構成とすることが,当業者が容易になし得たものであれば,「10000秒を上回るガーレイ数」を達成することも,同様に,当業者が容易になし得たものであることは明らかである。
したがって,相違点の判断に当たり,「10000秒を上回るガーレイ数を有する」との構成と,「膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた」との構成が同義であるとした審決の判断に誤りはない。
(2)「実質的含浸」及び「内部体積の実質的閉塞」についてア「疎水性に起因する含浸の困難性とその克服手段」について前記2(4)アのとおり,引用例には,イオン交換材料が膜の微細構造に「実質的に含浸」され,「膜の内部体積を実質的に閉塞」させるための手段が示されており,また,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,イオン交換樹脂を多孔膜に含浸させる引用発明において,イオン交換材料が膜の微細構造に「実質的に含浸」され,「膜の内部体積を実質的に閉塞」させることが実現されているから,「引用発明においても,・・・そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させることを意図している」との審決の判断に誤りはない。
イ審決が引用する引用例の記載について(ア)審決摘示事項クについて前記2(4)アのとおり,引用例には,イオン交換材料が膜の微細構造に「実質的に含浸」され,「膜の内部体積を実質的に閉塞」させるための手段が示されており,また,界面活性剤等の特別な手段を用いることなく,イオン交換樹脂を多孔膜に含浸させる引用発明において,イオン交換材料が膜の微細構造に「実質的に含浸」され,「膜の内部体積を実質的に閉塞」させることが実現されているのであるから,審決摘示事項クの記載を引用し,引用例には,多孔膜の内部にイオン交換樹脂の溶液を十分に浸透させることが示唆されているにすぎないとする原告の主張は,理由がない。
(イ)ピンホールがないことについて前記2(4)ウのとおり,引用発明の膜のピンホールのない構造は,イオン交換材料が膜内部の全体に含浸し,閉塞させることにより得られたものと理解されるのであるから,「引用例のものにはピンホールが見られなかったこと(摘示事項ク)が記載されている。」,「そのことは,高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(摘示事項エ)を示すものであ(る)」との審決の判断に誤りはない。
(ウ)審決摘示事項エについてイオン交換樹脂のはがれが生じにくくなるとの効果(審決摘示事項エ)については,そのような効果が生じる原因はともかく,そのような効果が生じることからみて,イオン交換樹脂が高分子多孔膜の孔内面と強固に結合していることは明らかであるから,「高分子多孔膜の孔内に含有されたイオン交換材料は,はがれが生じにくく,高分子多孔膜の孔内に強固に取り込まれていること(摘示事項エ)を示すものであ(る)」との審決の判断に誤りはない。
(エ)審決摘示事項カについて前記2(4)イないしエにおける被告の主張を総合すると,審決摘示事項カ(「多孔質膜中のイオン交換樹脂の量が,多孔質膜の1〜100倍(好ましくは10〜40倍)であること」)については,原告が主張するように,イオン交換樹脂が膜表面に堆積することによって,上記の程度の量のイオン交換樹脂が残存したものと解釈するより,審決が判断するとおり,「引用発明においても,・・・イオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させることを意図している」と解釈するほうが妥当である。
(3)「作用効果の顕著性」についてア引用例の下記記載によれば,引用発明も,膜抵抗の低減,すなわち,同じ電圧でより多くの電流を流すことを目的とするものである。
「固体高分子型燃料電池・・・などに用いる高分子電解質膜は,エネルギー効率の改善が求められており,そのためには・・・膜抵抗を低減させる必要があ・・・る。」(段落【0002】)イまた,前記1及び2並びに上記(1)及び(2)のとおり,引用発明も,延伸膨張テトラフルオロエチレン膜が「超薄型」で,膜の「全体」にイオン交換材料が含浸されるとともに,当該膜が「10000秒を上回るガーレイ数を有し」,さらに,イオン交換材料が膜に「実質的に含浸」され,膜の「内部体積を閉塞」させた構成を意図するものである以上,原告主張に係る本願発明が奏する作用効果と同様の作用効果を奏するものである。
ウしたがって,「イオン交換材料が膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させるようにすること・・・による作用効果も予測し得るものであって格別なものとすることはできない。」との審決の判断に誤りはない。
(4)小括以上からすると,取消事由3に係る原告の主張は,いずれも理由がなく,当業者が相違点に係る本願発明の構成に容易に想到し得る旨の審決の判断に誤りはないというべきである。
第5当裁判所の判断1引用例の記載事項審決の認定・判断の内容及び審決取消事由の内容等にかんがみ,各取消事由の検討に先立って,まず,引用例の記載事項をみることとする。
「高分子電解質膜及びその製造法」と称する発明(本願発明とその属する技術分野を同じくするもの)に関する引用例には,次の各記載がある(審決摘示事項と重複する部分についても,便宜上,本項に再掲する。)。
(1)「【請求項1】延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜。
【請求項2】延伸により作製された高分子多孔膜にイオン交換樹脂の溶液を含浸させ,次いで溶媒を除去することを特徴とする高分子電解質膜の製造法。」(【特許請求の範囲】)(2)「【産業上の利用分野】本発明は,固体高分子型燃料電池・・・などに用いる高分子電解質膜であって,装置の運転状況の繰り返し変化に対する破損のない高分子電解質膜及びその製造法に関する。」(段落【0001】)(3)「【従来の技術】固体高分子型燃料電池・・・などに用いる高分子電解質膜は,エネルギー効率の改善が求められており,そのためには高分子電解質膜の膜抵抗を低減する必要があり,そこで膜厚の減少が図られている。しかし,膜厚が薄くなると必然的に強度が低下するので,電解質膜を固体高分子型燃料電池・・・に組み込む際に破れたり,組み込んだ後に膜の両側の圧力差によって膜が破裂したり,膜周辺の封止部分が裂けたりすることがある。
このような損傷を防ぐため,高分子電解質膜及びその製造技術として特公平1-57693号は,イオン交換樹脂を繊布に埋め込む方法を提案している。」(段落【0002】,【0003】)(4)「【発明が解決しようとする課題】従来の織布などを補強材として用いた高分子電解質膜は,織布の繊維とイオン交換樹脂との界面にはがれが生じることがあり,その結果,イオン交換樹脂の脱落によって高分子電解質膜に穴があいてしまうなどの問題があった。
その原因は以下の様に考えられる。イオン交換樹脂は水分の含有量の変化により膨潤及び収縮を起こす。一方,高分子電解質膜の補強材として用いられる織布は,このイオン交換樹脂の膨潤,収縮に対して,これを抑制する働きをし,織布の繊維とイオン交換樹脂の界面に応力が加わる。従って,・・・固体高分子型燃料電池などのように,運転状況(出力など)が繰り返し変動する装置内では,上記応力の繰り返し発生により,界面に剥離が生ずるものと考えられる。」(段落【0004】,【0005】)(5)「【課題を解決するための手段】本発明者らは,たとえイオン交換樹脂の含水量の変化が繰り返し生じても破損しない高分子電解質膜を開発すべく検討を続けた結果,本発明を完成するに至った。・・・本発明において用いる高分子多孔膜は以下の様にして作製されたものである。フッ素樹脂(たとえば,ポリテトラフルオロエチレンなど)またはその他の樹脂(たとえば,ポリプロピレン,ポリエチレンなど)を・・・特公昭51-18991号の様に結晶融点以下の温度で少なくとも一軸方向に延伸し,次いで延伸状態のまま結晶融点以上に加熱することにより3次元の網目構造の,本発明で用いる高分子多孔質とする。本発明の高分子電解質膜に用いる多孔質膜の好ましい膜厚は,10〜200μm,好ましい平均孔径は,0.1〜10μm,好ましい気孔率は,50〜95%である。」(段落【0006】,【0007】)(6)「【作用】延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜は,装置運転中の運転状況の繰り返し変化などに起因して生じる高分子電解質膜の破損を防ぐことができる。その理由は,必ずしも明らかでないが以下の通りであると考えられる。
延伸により作製された高分子多孔膜は,3次元的な網目構造を有するため,どの方向に対しても伸縮性がある。従って延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子電解質膜は,イオン交換樹脂の膨潤,収縮に応じて伸縮するので,イオン交換樹脂と高分子多孔膜の界面でのはがれが生じにくくなり,高分子電解質膜の破損が防止される。
また,2軸延伸により作製した多孔膜を用いると,3次元的な網目構造がさらに発達しているため,2軸延伸により作製された高分子多孔膜と該多孔膜の少なくとも孔内に含有されたイオン交換樹脂とからなる高分子多孔膜はイオン交換樹脂の膨潤,収縮に応じてより大きく伸縮するから,イオン交換樹脂と高分子多孔膜の界面でのはがれが一層生じ(に)くくなり,高分子電解質膜の破損を防止する効果が増大する。」(段落【0008】〜【0010】)(7)「本発明の高分子電解(質)膜は,好ましくはイオン交換樹脂の溶液を高分子多孔膜に含浸させ,その後乾燥させ,イオン交換樹脂を高分子多孔膜に定着させて製造する。溶剤は,イオン交換樹脂の種類に応じて選択すればよく,たとえば実施例で使用したパーフルオロカーボンスルホン酸の場合,イソプロパノールなどの溶剤が好ましく用いられる。
溶剤中のイオン交換樹脂の濃度は,通常1〜5%である。あまり濃度が低いと,必要な量のイオン交換樹脂を高分子多孔質膜に含有させるのに,含浸,乾燥工程を繰り返さなければならず,一方濃度が高すぎると,溶液の粘度が高くなって,含浸操作が面倒になり,あるいは,多孔質膜の内部まで溶液が十分浸透しない。
乾燥温度も溶剤の種類に応じて適宜選択すればよく,必要なら減圧で乾燥してもよい。
乾燥後の高分子多孔質膜中のイオン交換樹脂の量は,多孔質膜1g当たり1〜100g,好ましくは10〜40gである。」(段落【0011】〜【0014】)(8)「【実施例】実施例1(I)ポリテトラフルオロエチレンを延伸して作製した多孔膜(平均孔径1μm,膜厚50μm,多孔率90%)に,パーフルオロカーボンスルホン酸[ナフィオン・・・]のイソプロピルアルコール5重量%溶液・・・を含浸させ,60℃で乾燥させた。(II)この後,140℃で5分間,膜を熱処理した。ピンホールがなくなるまで(I)と(II)の操作を繰り返した(5回)。
次に,この膜を1N硫酸中に60〜70℃で1時間浸漬した後,60〜70℃で純水中に1時間浸漬して,イオン交換樹脂の側鎖の末端基を-SO Hに変換した。
3比較例1補強用織布として,200デニールのポリテトラフロロエチレンマルチフィラメントを横糸とし,200デニールのポリテトラフロロエチレンマルチフィラメントを縦糸として25メッシュに絡み織りしたものを用いた。この補強用織布に,(I)5重量%のナフィオン溶液・・・を含浸させ,60℃で乾燥させた。(II)この後,140℃で5分間熱処理した。ピンホールがなくなるまで(I)と(II)の操作を,膜厚が50μmになるまで繰り返した(5回)。ピンホールは見られなかった。
次に,この膜を1N硫酸中に60〜70℃で1時間浸漬した後,60〜70℃で純水中に1時間浸漬し,イオン交換樹脂の側鎖の末端基を-SO Hに変換した。」(段落【0015】3〜【0018】)(9)「実施例1及び比較例1で得られた膜それぞれを,『膨潤サイクルテスト』に付した。
その結果,実施例1ではテスト後ピンホールは見られなかったが,比較例1の膜では20%にピンホールが発生した。
『膨潤サイクルテスト』は以下のように行う。高分子電解質膜を・・・円形に切り,外周部・・・のところにO-リングを乗せ,ドーナツ状押え具で上下から挟み,押え具の6箇所をボルト/ナットで固定し,90℃の純水中に5分間浸漬した後に取り出し,100℃で5分間乾燥させる。この浸漬乾燥工程を(を)10回繰り返した後,イオン交換樹脂の脱落による穴の有無を目視により観察し,かつ膜の一方の面より加圧した場合の他方の面への空気のもれの有無を観察して,ピンホールの有無を評価する。」(段落【0019】,【0020】)(10)「【発明の効果】本発明の高分子電解質膜は,それを取り付けた装置の運転中に生じるイオン交換樹脂の膨潤,収縮の繰り返しに起因する高分子電解質膜の破損を防止する効果がある。従って,固体高分子型燃料電池・・・などの分野で利用すると効果的である。」(段落【0021】)2取消事由1(膜厚に係る一致点の認定の誤り)について(1)引用発明を構成するポリテトラフルオロエチレン多孔膜の厚さについてア引用例の段落【0007】には,要するに,引用発明において用いられる高分子多孔膜が,フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン等)その他の樹脂(ポリプロピレン,ポリエチレン等)を延伸するなどして作製されること,引用発明において用いられる高分子多孔膜の好ましい膜厚が,10〜200μmであることが記載されているのであるから(なお,当該膜厚は,引用例の段落【0002】〜【0010】の記載に照らし,十分に吟味された技術的裏付けのある数値であると認められる。),引用発明を構成する高分子多孔膜が,ポリテトラフルオロエチレンを延伸するなどして作製された膜厚10〜200μmのものを含むものであることは,優にこれを認めることができるというべきである。
イ(ア)原告は,引用例の段落【0007】の記載中の「本発明の高分子電解質膜に用いる多孔質膜の好ましい膜厚は,10〜200μm・・・である。」との部分が,引用発明に用いられる多孔膜一般に関するものであり,ポリテトラフルオロエチレン多孔膜には妥当しない旨主張するが,上記1(5)記載のとおり,引用例には,引用発明に用いる多孔質膜としてポリテトラフルオロエチレンを真っ先に掲げているのであるから,これを除外して理解する根拠はなく,原告主張は,引用例の上記記載の趣旨を正解しない独自の見解であるというほかなく,採用の限りではない。
(イ)また,原告は,引用例に記載された唯一の実施例(段落【0015】)において使用されたポリテトラフルオロエチレン多孔膜の厚さが50μmであるとも主張するが,一般に,特許法29条2項において引用する同条1項3号前段に掲げる発明の内容を認定するに当たっては,特段の理由がない限り,当該内容を,刊行物に記載された実施例の内容に限定して認定しなければならないとする理由はないところ,本件において,引用発明の内容を,引用例に記載された実施例の内容に限定して認定しなければならないとする特段の理由があるものとは認められないから,この点に係る原告の主張も,上記アの認定を左右するものではない。
(2)両発明における膜厚の重なりの程度についてア原告は,「仮に,引用例に記載された多孔膜一般の膜厚と本願発明を構成する膜厚との間に重なりがあることを認め得るとしても,それは,ごく一部の範囲において重なるにすぎない。」と主張する。
イ本願発明に係る請求項の記載によれば,本願発明を構成する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜の厚さが1.5〜20μmであるから,本願発明を構成する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜が厚さ10〜20μmのものを含むことは客観的に明らかであり,他方,上記(1)アによれば,引用発明を構成する高分子多孔膜が,ポリテトラフルオロエチレンを延伸するなどして作製された厚さ10〜20μmのものを含むことも客観的に明らかである。したがって,両発明は,厚さ10〜20μmのポリテトラフルオロエチレン膜を構成要素とする点において一致するのであるから,「両発明がポリテトラフルオロエチレン膜の厚さにおいて一致する」旨の審決の認定が誤りであるとはいえず,原告主張に係る「重複部分の程度」の大小が上記認定を左右するものでないことは明らかというべきである。
ウなお,原告は,「引用例には,取り立てて,薄型膜を志向する記載又はそれを窺わせる記載もない。」とも主張するが,前記1(3)に認定したように,固体高分子型燃料電池に用いる高分子電解質膜のエネルギー効率改善の見地から,高分子電解質膜の膜厚の減少が引用発明の出願前において既に志向されていたところ,引用発明はこのような技術的要請を踏まえたものであることが認められるのであり,また,仮にそうでないとしても,引用例の段落【0007】には,「本発明の高分子電解質膜に用いる多孔質膜の好ましい膜厚は,10〜200μm・・・である。」と明記されているのであるから,引用発明が「薄型膜を志向」していると否とにかかわらず,上記イの客観的な事実に変わりはないのであり,原告のこの主張も,「両発明がポリテトラフルオロエチレン膜の厚さにおいて一致する」旨の審決の認定が誤りであることの根拠となるものではない。
(3)多孔膜表面におけるイオン交換樹脂の残留についてア原告は,「引用発明において,その複合膜の実質的な膜厚は,膜表面に残留したイオン交換樹脂のため,実施例において用いられたポリテトラフルオロエチレン膜の膜厚(50μm)より,さらに厚くなっている」と主張するところ,この主張を,「引用発明を構成する高分子多孔膜の厚さは,10〜200μmではなく,膜表面に残留したイオン交換樹脂のため,さらに厚くなっている」との趣旨をいうものと善解し,以下,検討する。
イ(ア)本願発明に係る請求項の記載には,本願発明を構成する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜の厚さがイオン交換材料の含浸操作を施した後のものであるとの特定はみられない。
(イ)他方で,本願発明に係る請求項の記載には,当該膜の厚さがイオン交換材料の含浸操作を施す前のものであるとの特定もなく,結局,当該膜の厚さが,イオン交換材料の含浸操作を施す前のものを指すのか,当該操作を施した後のものを指すのかについては,同請求項の記載から一義的に明確に理解することができるものではない。そこで,本願明細書の記載を参酌するに,同明細書には,次の各記載がある。
a「図3は,イオン交換材料で処理されていない,延伸膨張PTFE膜の断面の・・・顕微鏡写真である。」(6頁11,12行)b「好ましい基材4は,・・・米国特許第3,953,566号で開示された内容に従って製造することができる,延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン(ePTFE)である。このような基材は,35%以上の気孔率を有する。・・・好ましい厚さは,0.06ミル(0.15 μm)〜0.8 ミル(0.02mm)の間であ・・・る。・・・図3は,このような延伸膨張PTFE膜の具体例の内部の多孔質微細構造の顕微鏡写真を示す。」(7頁11〜19行(本件補正(甲2)後のもの))(ウ)以上からすると,本願発明を構成する延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜の厚さ(0.06〜0.8ミル(1.5〜20μm))は,イオン交換材料の含浸操作を施す前のものを指すと理解するのが相当である。
ウ他方,引用例の【請求項2】並びに段落【0007】及び【0015】の各記載によれば,引用発明を構成する高分子多孔膜の厚さ(10〜200μm)についても,これがイオン交換樹脂の含浸操作を施す前のものを指すことは明らかである。
エそうすると,膜表面に残留したイオン交換樹脂による膜厚の増加を根拠に,引用発明を構成する高分子多孔膜の厚さが引用例に記載されたものよりも大きい旨をいう原告の上記主張は,膜厚を比較すべき対象を誤るものとして,失当である。
(4)引用発明の志向と本願発明の志向についてア原告は,両発明を構成するポリテトラフルオロエチレン膜の厚さが一致しないことの根拠として,本願発明が「超薄型」のポリテトラフルオロエチレン膜をその本質的な構成とするのに対し,引用発明においては,ある程度の厚みを持った膜の開発が志向されていると主張する。
イそこで検討すると,引用発明おいても膜厚の薄型化を志向したものであることは既に説示したとおりである上,発明の対比判断は,各発明の客観的な構成自体に着目して行うのが相当であるところ,仮に引用発明が,「超薄型」の膜を志向していないとしても,前記(2)イに説示した客観的な事実(本願発明に係る請求項の記載及び引用例の記載から客観的に認められる両発明を構成するポリテトラフルオロエチレン膜の厚さ)に変わりはないのであるから,原告の上記主張も,「両発明がポリテトラフルオロエチレン膜の厚さにおいて一致する」旨の審決の認定が誤りであることの根拠となるものではない。
(5)小括以上のとおりであるから,「本願発明と引用発明とは,『(a)層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)のポリマーのフィブリルの微細構造を有する1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜・・・を有する含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜。』という点で一致・・・する。」とした審決の認定に誤りはないというべきである。
よって,取消事由1は,理由がない。
3取消事由2(イオン交換材料の含浸に係る一致点の認定の誤り)について(1)本願発明における「膜の微細構造の全体に含浸された」との構成の技術的意義についてア本願発明に係る請求項の記載によれば,本願発明は,以下の構成から成るものである。
(ア)次のa及びbを有する複合膜であること。
a各層厚さ0.06ミル(1.5μm)〜0.8ミル(20μm)のポリマーのフィブリルの微細構造を有する少なくとも1層の延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜b膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料(以下,イオン交換材料又はイオン交換樹脂が「膜の微細構造の全体に含浸されること」を,単に「全体含浸」ということがある。)(イ)上記(ア)の含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜が10000秒を上回るガーレイ数を有すること。
(ウ)上記(ア)bのイオン交換材料が次のa及びbの条件を満たすこと。
a膜に実質的に含浸されること(以下,単に「実質的含浸」ということがある。)。
b膜の内部体積を実質的に閉塞させること(以下,単に「実質的閉塞」ということがある。)。
イ原告は,その主張内容に照らすと,上記アの「全体含浸」を「実質的含浸」ないし「実質的閉塞」と基本的に同義のものであるとの見解に立っているものと解されるところ,被告は,「全体含浸」と「実質的含浸」ないし「実質的閉塞」とが異なる概念であると主張する。
このように,「全体含浸」,「実質的含浸」及び「実質的閉塞」の技術的意義並びにこれらの概念の相互関係について当事者間に争いがあることからも明らかなように,上記「全体含浸」の技術的意義等については,本願発明に係る請求項の記載から一義的に明確に理解することができるものではない。そこで,本願明細書の記載を参酌するに,同明細書には,次の各記載がある。
(ア)「発明の要旨本発明は,現在公知のイオン交換膜を改良するものである。本発明のある態様例において,これは,ポリマーのフィブリルの多孔質微細構造を有する,延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)膜を含む複合膜を提供することによって達成される。この複合膜は,イオン交換材料で膜全体が含浸されている。この含浸された延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜は,10,000秒を上回るガーレイ数を有する。このイオン交換材料は,膜を実質的に含浸し,膜の内部体積を実質的に閉塞性にする。」(5頁12〜19行)(イ)「図面の簡単な説明図1は,イオン交換材料で完全に含浸された,本発明の複合膜の大要の断面図である。
・・・図3は,イオン交換材料で処理されていない,延伸膨張PTFE膜の断面の・・・顕微鏡写真である。
図4は,イオン交換材料で含浸され,膜の内部体積が実質的に吸蔵性である,延伸膨張PTFE膜の断面の・・・顕微鏡写真である。
図5は,イオン交換材料で処理されていない,結節の存在を伴わないフィブリルが実質的に含まれた,延伸膨張PTFE膜の断面の・・・顕微鏡写真である。」(6頁6〜17行)(ウ)「発明の詳細な説明図1に最適に図解するように,基材4,及びイオン交換材料又はイオン交換樹脂2を含む複合膜が提供される。この基材4は,フィブリルによって相互に接続された結節を特徴とする多孔質微細構造(図3),もしくは実質的にフィブリルを特徴とする多孔質微細構造(図5)で定義された膜である。このイオン交換樹脂は,実質的にこの膜を含浸し,その結果その内部体積を実質的に閉塞性にする。このイオン交換樹脂は,この膜の外面及び内面の両方,すなわちこの基材のフィブリル及び/又は結節に強固に接着している。」(6頁18〜25行)(エ)「本発明の複合膜は均質であり,かつ機械的に強固である。ここにおいて使用される用語『均質』とは,この複合構造内にピンホール又は他の不連続の出口がない,イオン交換材料による連続的含浸と定義される。この膜は『閉塞性』でなければならず,このことはこの多孔質膜の内部体積が含浸され,イオン交換材料でこの内部体積が充填され,かつ最終的な膜が10,000秒を上回るガーレイ数を有し,本質的に不透過性であることを意味する。この膜の内部体積の90%以上の充填は,本発明の目的に適した閉塞性を提供するはずである。」(7頁3〜10行)(オ)「図4を参照して最もよくわかるように,本発明の最終的な複合膜は,その表面に不連続又はピンホールが全くない,均一の厚さを有している。この膜の内部体積は閉塞性であり,この複合膜は,非極性気体及び液体の大量流れに対して不透過性である。」(10頁2〜5行)(カ)「1種以上の界面活性剤を混合した溶媒中にイオン交換材料を含むように溶液を調製する。この溶液は,液体溶液が該基材の間隙及び内部体積に浸潤できる限りは,正転ロールコーティング・・・,更には浸漬,ブラッシング,ペイント,及びスプレーを含む,いずれか通常のコーティング技術により,基材4に塗布することができる。この膜の表面の過剰な溶液は除去することができる。この処理された膜は,その後即座に炉に入れ,乾燥する。・・・この処理した膜の炉中での乾燥は,イオン交換樹脂を,外側及び内側の膜両面,すなわち基材のフィブリル及び/又は結節に強固に接着させる。追加の溶液塗布の工程,及びそれに続く乾燥を,この膜が完全に透明になるまで繰り返す。・・・この炉で処理した膜を,その後前述のような種類の溶媒中で浸漬し,界面活性剤を除去する。
その後,膜を,膨潤剤中,かつ約1〜約20絶対大気圧・・・の範囲の圧力下で煮沸し,これにより膨潤剤の量が増すことによって,処理された膜の保持が可能になる。」(11頁9〜26行)また,実施例1〜23(18頁21行〜29頁13行)には,「膜の内部体積を実質的に閉塞性にした」との表現及び「膜の内部体積を完全に閉塞性にした」との表現が,繰り返し使用されている。
ウなお「含浸」自体の技術的意義に関しては,乙2辞典に次の(ア)の記載が,乙3辞典に次の(イ)の記載がそれぞれある。
(ア)「液体を固体にしみ込ませる操作。・・・工業的に行なわれる含浸とは,液体を金属またはその他の材料の中に浸透させることをいう。」(左欄下から12〜4行)(イ)「多孔質物質に液状物質をしみこませること。・・・2)液状を利用して多孔質物質内部へ物質を運び,液体は乾燥あるいは焼成で除去してしまう・・・などの場合がある。」(右欄下から10〜3行)エ上記イの本願明細書の記載並びに上記ウの乙2辞典及び乙3辞典の各記載によれば,本願発明における「実質的閉塞」とは,延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜の内部にイオン交換材料を含む溶液を浸透させ,その後,当該膜を乾燥させるとの操作を繰り返すことにより,当該膜の内部体積の90%程度又はそれ以上にイオン交換材料が充填された状態をいい,「実質的含浸」とは,そのような「実質的閉塞」を実現する程度にまで,イオン交換材料を当該膜の内部に浸透させることをいうものと認めるのが相当である。
オ他方,上記アの本願発明の構成によれば,「全体含浸」と「実質的含浸」及び「実質的閉塞」とは,異なる概念であり,異なる技術的意義を有するものと認めることができる。そして,上記イのとおり,本願明細書には,本願発明における「全体含浸」の技術的意義に直接言及した記載はみられないが,上記アの本願発明の構成,上記エの「実質的含浸」及び「実質的閉塞」の技術的意義並びに「膜の微細構造の全体に含浸された」との文言の通常の意義に照らし,本願発明における「全体含浸」とは,ポリテトラフルオロエチレン膜の内部体積へのイオン交換材料の充填の程度からみた概念ではなく,イオン交換材料が充填される当該膜の場所の観点からみた概念であって,当該膜の内部体積の特定の部分にイオン交換材料が偏在するようにこれを浸透させるのではなく,当該膜の内部体積の全体にイオン交換材料を行き渡らせるように浸透させることを意味し,当該膜の内部体積へのイオン交換材料の充填の程度を規定するものではないと認めるのが相当である。
(2)引用発明における全体含浸の有無についてア引用例の【請求項1】及び【請求項2】並びに段落【0002】ないし【0012】及び【0015】によれば,引用例には,次の趣旨の記載があるものと認められる。
(ア)固体高分子型燃料電池等に用いられる高分子電解質膜においては,従来から,エネルギー効率の改善のため,膜抵抗を低減する必要があり,そのために,膜厚の減少,すなわち薄膜化が図られてきた。
(イ)しかし,膜厚を薄くすると,高分子電解質膜の強度が低下するため,織布を補強材として用いた高分子電解質膜(イオン交換樹脂を織布に埋め込んだもの)が提案された。
(ウ)ところが,織布を補強剤として用いた高分子電解質膜においては,イオン交換樹脂の膨潤及び収縮(水分の含有量の変化によるもの)に対し,伸縮性のない織布がこれを抑制する働きをし,織布の繊維とイオン交換樹脂の界面に応力が加わることにより,当該界面に生じる剥離により,イオン交換樹脂が脱落し,高分子電解質膜に穴が空いてしまうという問題があった。
(エ)そこで,イオン交換樹脂の膨潤及び収縮に応じて高分子電解質膜を伸縮させることにより,上記(ウ)の剥離を生じにくくするとの意図の下,延伸により作製された高分子多孔膜(3次元的な網目構造を有することにより,どの方向に対しても伸縮性がある。)の孔内にイオン交換樹脂を含有させて高分子電解質膜とする引用発明の完成に至った。
(オ)引用発明においては,延伸により作製された高分子多孔膜の孔内にイオン交換樹脂を含有させるため,イオン交換樹脂を含んだ溶液を当該高分子多孔膜に含浸させ,その後乾燥させ,イオン交換樹脂を高分子多孔膜に定着させるという方法が採用されている。その際,イオン交換樹脂の含浸操作を容易にし,かつ,多孔膜の内部にまで必要な量のイオン交換樹脂を含んだ溶液を十分に浸透させるため,当該溶液におけるイオン交換樹脂の濃度を通常1〜5%に調整するという工夫がされている。また,イオン交換樹脂の含浸操作(乾燥工程を含む。)は,多孔膜にピンホールがなくなるまで繰り返されるものである。
イ上記アによれば,引用発明は,高分子電解質膜の薄膜化及び強度の確保という従来からの課題の解決を維持しつつ,織布を補強剤として用いた高分子電解質膜における「剥離」の問題(課題)を解決するものであるといえる。そうすると,薄膜化及び強度の確保の観点からは,引用発明において,多孔膜の内部体積の特定の部分にイオン交換樹脂が偏在しているものとみるのは極めて不自然であり,むしろ,イオン交換樹脂は,多孔膜の内部体積の全体に行き渡るように浸透しているものとみるのが合理的である。
また,引用発明においては,多孔膜の内部にまで必要な量のイオン交換樹脂を含んだ溶液を十分に浸透させるための工夫がされており,イオン交換樹脂の含浸操作(乾燥工程を含む。)は,ピンホールがなくなるまで繰り返されるというのであるから,このような工夫や操作が,多孔膜の内部体積の特定の部分にイオン交換樹脂を偏在させるために行われているとは到底認められず,この点からも,引用発明において,イオン交換樹脂は,多孔膜の内部体積の全体に行き渡るように浸透しているとみるのが合理的である。
そもそも,引用発明の高分子電解質膜は,固体高分子型燃料電池に使用されるものであり,高分子電解質膜の両面(水素極と接する面及び酸素極と接する面)の間においてイオン交換樹脂が連続して存在しなければ高分子電解質膜として機能しないものであるところ,特段の措置を講ずることなく多孔膜の面全体にイオン交換樹脂の含浸操作を施した場合(なお,引用例には,イオン交換樹脂の含浸操作を,多孔膜の面の一部に対して施すとの記載はないし,上記課題(膜抵抗の低減及び強度の確保)から考えても,引用発明においては,多孔膜の面全体に対して含浸操作を施しているものと認めるのが自然である。),上記連続部分が,多孔膜の内部体積の特定部分に偏在するということは,通常考え難い。
以上からすると,引用例に,イオン交換樹脂を多孔膜の内部体積の全体に含浸させる旨の明示の記載がない旨の原告の指摘を考慮しても,引用発明においては,ポリテトラフルオロエチレン多孔膜の内部体積の全体に行き渡るようにイオン交換樹脂が浸透しているものと認めるのが相当であるから,引用発明においては,イオン交換樹脂の全体含浸が実現されているものといえる。
(3)原告の主張についてア原告は,引用例に,疎水性に起因する含浸の困難性に対する認識,開示及び示唆並びに当該困難性を克服する手段についての開示がないことを根拠に,引用発明において全体含浸が実現されていない旨主張する。
原告の上記主張の実質は,その内容に照らし,疎水性に起因する含浸の困難性を克服する手段を講じることなしに,イオン交換樹脂の実質的含浸及びこれによる多孔膜の内部体積の実質的閉塞を実現することはできない旨をいうものであると解される(これは,原告が,イオン交換材料の「全体含浸」がその「実質的含浸」ないし膜の内部体積の「実質的閉塞」と基本的に同義のものであるとの見解に立ってその主張を構築していることによるものと解されるが,そのような見解が失当であることは,前記(1)エ及びオのとおりである。)。
しかしながら,審決は,「本願発明では,そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させたものであるのに対し,引用発明では,そういった特定がなされていない点」を両発明の相違点として認定しているのであるから,原告の上記主張は,「両発明が『膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料』という点において一致する」旨の審決の認定が誤りであることの根拠となるものではない。
イ原告は,「引用例には,イオン交換樹脂溶液の含浸の仕方についての具体的記載はない。」と主張するが,上記(2)イにおいて説示したところに照らせば,原告の主張は,引用発明においてイオン交換樹脂の全体含浸が実現されているとの上記認定を左右するものではない。
ウ原告は,「引用例には,引用発明の製法として,界面活性剤の使用,真空を使用してイオン交換樹脂の含浸を促進させること,膜表面から過剰のイオン溶液を除去するとの方法について,全く開示がない(そもそも,引用発明においては,膜の微細構造の『全体を閉塞』させる必要性が全く認識されておらず,したがってまた,引用例が,イオン交換材料の含浸についての詳細な検討・開示を一切欠くことも,当然である。)。」と主張するが,その主張の実質は,その内容に照らし,疎水性に起因する含浸の困難性を克服する手段を講じることなしに,イオン交換樹脂の実質的含浸及びこれによる多孔膜の内部体積の実質的閉塞を実現することはできない旨をいうものであるから,上記アと同様,失当である。
エ原告は,「引用発明においてピンホールがないことは,膜表面の状態のことを指し,そのことと『全体含浸』とは別物である」旨主張する。
しかしながら,引用発明においてイオン交換樹脂の全体含浸が実現されているとの上記(2)イの認定は,引用発明のポリテトラフルオロエチレン多孔膜に結果としてピンホールがないことを根拠とするものではないから,原告の上記主張は,当該認定を左右するものではない。
オ原告は,「他の刊行物(甲9公報ないし甲11公報)においても,引用例に記載された含浸方法につき,多孔膜の空孔にイオン交換樹脂溶液を完全に充填することができないとの問題点が指摘がされている」と主張するが,この主張も,その内容に照らし,引用発明においては,イオン交換樹脂の実質的含浸及びこれによる多孔膜の内部体積の実質的閉塞を実現することができない旨をいうものであるから,上記アと同様,失当である。
カその他,引用発明において,イオン交換樹脂の実質的含浸及びこれによる多孔膜の内部体積の実質的閉塞が実現されていない旨をいう原告の主張は,上記アと同様,いずれも失当である。
(4)小括以上のとおりであるから,「本願発明と引用発明とは,『・・・(b)膜の微細構造の全体に含浸された含浸イオン交換材料,を有する含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜。』という点で一致・・・する。」とした審決の認定に誤りはないというべきである。
よって,取消事由2は,理由がない。
4取消事由3(相違点についての判断の誤り)について(1)ガーレイ数についてア本願発明において,「イオン交換材料が膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させ(る)」との構成(以下「相違点Bの構成」という。)を備えることによって当然に「含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜が10000秒を上回るガーレイ数を有する」との構成(以下「相違点Aの構成」という。)を備えることとなることは,当事者間に争いがない。
イそうすると,当業者が相違点Bの構成に容易に想到し得るのであれば当然に,当業者は相違点Aの構成にも容易に想到し得ることになるから,相違点についての判断に当たり,相違点Bの構成を備えることによって当然に相違点Aの構成を備えることとなる旨を説示した上,相違点Bの構成に係る容易想到性について判断し,これをもって,相違点Aの構成に係る容易想到性についての独立の判断を省略したとしても,判断の遺脱があることにはならない。
ウそして,相違点Bの構成を採用することが,本願に係る優先日(以下「本件優先日」という。)当時の当業者にとって,容易に想到し得たものと認められることは,後記(2)のとおりであるから,結局,相違点Aの構成を採用することも,本件優先日当時の当業者にとって,容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
エ原告は,審決が,「10000秒を上回るガーレイ数というのは,・・・『膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた』ということと同義のものと認められる。」と説示した点をとらえ,当該説示部分につき,「技術的前提において誤りがある。」と主張する。
確かに,相違点Aの構成が相違点Bの構成と同義であるとの審決の上記説示は,技術的にみて適切さを欠くものではある(上記アのとおり,相違点Bの構成を備えることによって当然に相違点Aの構成を備えることとはなるが,逆は必ずしも真ではないから,両者が同義であるというためには,それなりの技術的な根拠が必要である。)。
しかしながら,審決の上記説示が,上記イと同様,当業者が相違点Bの構成に容易に想到し得るのであれば当然に,当業者は相違点Aの構成にも容易に想到し得ることとなる旨をいうにすぎないものであることは,相違点についての審決の判断の全体をみれば,明らかであるから,原告の上記主張は,審決の結論に何ら影響を及ぼさないものであり,採用することはできない。
(2)相違点Bの構成についてア前記3(2)イにおいて説示したとおり,引用発明は,高分子電解質膜における薄膜化及び強度の確保という従来からの課題の解決を維持しつつ,織布を補強剤として用いた高分子電解質膜における剥離の問題(課題)を解決するものであるところ,薄膜化及び強度の確保の観点からすれば,引用発明においても,イオン交換樹脂の含浸の程度,すなわち,膜の内部体積の閉塞の程度は,大きければ大きいほどよいといえる。
したがって,引用例は,相違点Bの構成を採用することを十分に動機付けるものと認めるのが相当である。
イ他方,三井・デュポンフロロケミカル株式会社平成元年3月発行(平成4年8月増刊)の「パーフルオロカーボン樹脂テフロン 実用ハンドブック」と題する□□資料(甲12)によれば,ポリテトラフルオロエチレン(甲12中の「テフロンFEP」等)が疎水性を有することは,本件優先日当時の当業者の技術常識であったものと認められるところ,これによれば,水を含有するイオン交換材料溶液をポリテトラフルオロエチレン膜に含浸させる場合,ポリテトラフルオロエチレン膜の疎水性が含浸操作に与える影響を考慮しなければならないことも,本件優先日当時の当業者にとって自明の事項であったものと認められる。
ウ(ア)ところで,原告は,本願発明においては,界面活性剤の使用,「超薄型膜」の使用,ガーレイ数が低い膜(「疎」な膜)の使用,膜の両面からの溶液の塗布,刷毛の使用,水分濃度の低減処理,膜表面の過剰溶液の除去及び圧力の低減並びにこれらの手段による含浸操作を膜が透明になるまで繰り返すことにより,疎水性に起因する含浸の困難性を克服し,イオン交換材料を膜に完全に含浸させ,膜の内部体積を完全に閉塞することができる旨主張する。
原告が挙げる上記各手段は,その内容に照らし,いずれも取り立てて格別といえるようなものではなく(なお,上記含浸操作の繰り返しに関し,原告は,「ポリテトラフルオロエチレン膜につき,当初は不透明であるが,膜が完全に閉塞,含浸されると透明に変わることは,公知の化学現象である」と主張するところである。),通常の技術常識を有する当業者であれば,特段高度な創意を用いずとも普通に採り得る手段であると認められる。
(イ)さらに,相違点Bの構成を実現することが,原告が主張するほどに格別困難なものでないことは,本願明細書の下記記載及び同明細書に原告が主張する「疎水性に起因する含浸の困難性」を明示的に記載した部分が一切みられないことからも裏付けられるというべきである。
「1種以上の界面活性剤を混合した溶媒中にイオン交換材料を含むように溶液を調製する。
この溶液は,液体溶液が該基材の間隙及び内部体積に浸潤できる限りは,正転ロールコーティング,逆転ロールコーティング,グラビアコーティング,ナイフコーティング,キスコーティング,更には浸漬,ブラッシング,ペイント,及びスプレーを含む,いずれか通常のコーティング技術により,基材4に塗布することができる。」(11頁9〜14行)エ以上のとおり,引用例は,相違点Bの構成を採用することを十分に動機付けるものであるところ,本件優先日当時の当業者は,自明の事項であるポリテトラフルオロエチレン膜が有する疎水性が含浸操作に与える影響を考慮した上,界面活性剤の使用等,普通に採り得る手段を講じることにより,ポリテトラフルオロエチレン膜において相違点Bの構成を実現することができたものと認められるから,相違点Bの構成を採用することは,本件優先日当時の当業者にとって,容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
オ原告は,「引用発明においても,本願発明と同様に,そのイオン交換材料は,膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させることを意図しているものというべきである。」との審決の判断が誤りであると主張するが,引用例が相違点Bの構成を採用することを十分に動機付けるものであることは,上記アにおいて説示したとおりであるから,仮に,引用発明自体は相違点Bの構成を実現することまで意図していないとしても,そのことをもって,上記エの認定判断が左右されるものではない。
(3)本願発明が奏する作用効果について原告は,「本願発明は,延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン膜が『超薄型』で,膜の『全体』にイオン交換材料が含浸されるとともに,相違点A及びBの各構成を有することにより,引用発明と異なり,高価な材料費用を低減することができるにとどまらず,同じ電圧でより多くの電流を流すことができるなどの様々な優れた膜性能を有するものであるところ,これらの性能が,本願発明が属する技術分野において,極めて顕著な作用効果であることは明らかである。」と主張する。
しかしながら,原告が主張する本願発明の上記作用効果は,その内容に照らし,いずれも,本願発明の構成が当然に奏するものであると当業者が予測することのできる範囲内のものであると認められるから,これらの作用効果が格別顕著なものであるとはいえない。
(4)審決の判断手法についてア原告は,「審決は,両発明の相違点を認定し,その容易想到性について判断しているものの,周知技術を適用することなく,引用発明(引用例)のみに基づいて当該判断をしているものであって,その実質は,両発明の実質的同一性,すなわち,新規性の欠如を理由とするものであるといえるところ,両発明は,実質的に同一のものではない。さらに,特許出願に係る発明と先行発明との実質的同一性を理由に当該特許出願を拒絶する場合には,これら2つの発明の解決課題が同一であることを要すると解するのが相当であるところ,両発明は解決課題を異にするものであるから,両発明が実質的に同一であると評価した審決の判断は,この点からみても誤りであり,特許庁における実務にも反する不合理なものである。」旨主張する。
イそこで検討するに,審決は,引用例の記載から引用発明を認定し,これと本願発明とを対比して一致点及び相違点を認定し,本願発明の相違点に係る構成についても引用発明に基づいて容易に想到することができたものと判断したもので,その認定判断に誤りがないことは既に詳細に検討してきたとおりである。したがって,審決が本願発明と引用発明とが実質的に同一であると判断したものでないことは明らかであるから,原告の主張はその前提を誤るものであるといわざるを得ず,これを採用することはできない。
(5)小括以上のとおりであるから,相違点につき,「10000秒を上回るガーレイ数というのは,・・・含浸延伸膨張ポリテトラフルオロエチレン複合膜が,イオン交換材料で全体的に閉塞しておれば,そのガーレイ数は,10000秒を上回るものと認められるから,『膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させた』ということと同義のものと認められる。」とした上,「引用発明においても,イオン交換材料が膜に実質的に含浸され,膜の内部体積を実質的に閉塞させるようにすることは,当業者であれば容易になし得たものであって,そのことによる作用効果も予測し得るものであって格別なものとすることはできない。」とした審決の判断は,結論において相当であるというべきである。
よって,取消事由3は,理由がない。
5結論以上によれば,審決取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中信義
裁判官 榎戸道也
裁判官 浅井憲