運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2006-18457
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10199審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10033審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10068審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10509審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10373審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  置換 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 20年 (行ケ) 10045号 審決取消請求事件
原告サムコ株式会社
訴訟代理人弁理士小林良平,市岡牧子
被告特許庁長官鈴木隆史
指定代理人小川武,岡和久,綿谷晶廣,中田とし子,森山啓
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/09/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた裁判「特許庁が不服2006-18457号事件について平成19年12月10日にした審決を取り消す。」との判決第2事案の概要本件は,原告が,その特許出願についての拒絶査定に対する不服審判請求を成り立たないとした審決の取消しを求めた事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)出願手続(甲第6号証)出願人:株式会社サムコインターナショナル研究所(原告の商号変更前の名称)発明の名称:IC用絶縁膜の作成方法出願日:平成8年11月27日出願番号:特願平8-332854号(2)拒絶査定(甲第7〜第9号証)及び本件手続拒絶理由通知発送日:平成18年4月4日意見書提出日:平成18年5月31日拒絶査定日:平成18年7月13日審判請求日:平成18年8月24日(不服2006-18457号)審決日:平成19年12月10日審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成20年1月9日2本願発明の要旨審決が対象とした発明は,本件特許出願に係る明細書(甲第6号証。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。なお,請求項は全部で3項である。)であり,その要旨は次のとおりである。
「【請求項1】フロンガスと炭化水素ガスとの混合ガスを原料ガスとし,プラズマ重合により両ガスの共重合体から成る絶縁膜を成膜するIC用絶縁膜の作成方法。」3審決の理由の要旨審決は,本願発明は,特開平8-83842号公報(甲第5号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないとした。
審決の理由中,刊行物1発明の認定の部分及び本願発明と刊行物1発明との対比・判断の部分は,以下のとおりである(略称を本判決指定のものに改めた部分がある。)。なお,審決の「甲第2号証」は,本訴甲第2号証と共通である。
(1)刊行物1発明の認定・・・刊行物1には,・・・段落0007の「非晶質炭素膜を半導体装置の層間絶縁膜に使用する」との記載,および,・・・段落0008の「CH ,C H ,C H などの炭化水素4 2 4 2 2系ガス,・・・同時にCF ,C F ,C F ,C F ・・・等のフッ素系ガスを流入させ,4 2 8 2 4 2 2同様にプラズマでフッ素ラジカル,イオンを発生させて,非晶質炭素膜中にフッ素を含有させる」との記載から,CH ,C H ,C H などの炭化水素系ガスをプラズマ化し,生成され4 2 4 2 2た炭素のラジカル分子,イオンなどを基板上で反応させて非晶質炭素膜を形成するとともに,同時にCF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスを流入させ,同様にプラズマでフッ4 2 8 2 4 2 2素ラジカル,イオンを発生させて,非晶質炭素膜中にフッ素を含有させることにより,比誘電率を低下させた非晶質炭素膜を形成し,この非晶質炭素膜を半導体装置の層間絶縁膜として用いることが記載されている。
上記記載によれば,炭化水素系ガスをプラズマ化し,非晶質炭素膜を形成するとともに,同時にフッ素系ガスを流入させてプラズマ化することにより,非晶質炭素膜にフッ素を含有させていることから,炭化水素系ガスとフッ素系ガスとの混合ガスをプラズマ化して,フッ素含有非晶質炭素膜を生成しているものと認められる。
さらに,CF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスについては,本件審判請求人が4 2 8 2 4 2 2拒絶理由に対する意見書に添付した甲第2号証(「化学大辞典」東京化学同人1989p2086)に記載されているように,塩素を含むクロロフルオロカーボンとともに,塩素を含まないフルオロカーボンも,慣用名として「フロン」が使用されていることからみて,刊行物1に記載のCF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスは,慣用名の「フロン」ガスに4 2 8 2 4 2 2該当するものである。
そうすると,刊行物1には,「炭化水素系ガスとフッ素系ガスであるフロンガスとを混合ガスとしてプラズマ化し,フッ素含有非晶質炭素膜を形成して,半導体装置の層間絶縁膜とする方法」の発明(刊行物1発明)が記載されていることになる。
(2)本願発明と刊行物1発明との対比・判断本願発明と刊行物1発明とを対比すると,・・・段落0013〜0014の「図1は,本発明の非晶質炭素膜を絶縁材料に用いることを特徴とした半導体装置の断面模式図である。まず公知の技術でトランジスタをシリコン基板105上等に形成し,アルミニウム等の電極材料を堆積後,公知のリソグラフィ技術により配線にパターンを形成する」との記載からみて,刊行物1に記載の「半導体装置」には「トランジスタ」が含まれるから,上記「半導体装置」は本願発明1の「IC」に相当する。また,本願発明も,刊行物1発明も,ともに,同じ低誘電率絶縁膜を得ることを目的としている。
そうすると,両者は,「フロンガスと炭化水素ガスとの混合ガスを原料ガスとし,プラズマ化して絶縁膜を成膜するIC用絶縁膜の作成方法」の点で一致し,以下の点で相違する。
相違点成膜される絶縁膜が,本願発明では,「プラズマ重合によるフロンガスと炭化水素ガスとの共重合体から成る絶縁膜」であるのに対し,刊行物1発明では,「フッ素含有非晶質炭素膜」である点。
検討刊行物1発明のフッ素含有非晶質炭素膜は,・・・炭化水素系ガスとフッ素系ガスとの混合ガスをプラズマ化して,フッ素含有非晶質炭素膜を生成しており,プラズマにより炭素のラジカル分子,イオン及びフッ素のラジカルを形成し,基板上で反応させて成膜している点で,本願発明が採用する製造方法によるものと同一の反応プロセスにより絶縁膜が形成されていると認められる。また,本願発明も,刊行物1発明も,ともに,同じ低誘電率絶縁膜を得るという同じ発明の効果を奏しており,膜質に違いがあるとは認められない。
この点に関し,出願人は塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨主張するが,フロンには,これら両者が含まれるので,この主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用できない。
よって,刊行物1発明のフッ素を含有する非晶質炭素膜を,本願発明の,プラズマ重合により両ガスの共重合体から成る絶縁膜とすることは,当業者が容易になし得るものである。
第3当事者の主張の要点1原告主張の審決取消事由(1)取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)審決は,「CF ,C F ,C F ,C F ・・・等のフッ素系ガスを流入さ4282422せ,同様にプラズマでフッ素ラジカル,イオンを発生させて,非晶質炭素膜中にフッ素を含有させる」との記載のある刊行物1に関し,「CF ,C F ,C F ,42824C F 等のフッ素系ガスについては,本件審判請求人が拒絶理由に対する意見書に 22添付した甲第2号証(『化学大辞典』東京化学同人1989p2086)に記載されているように,塩素を含むクロロフルオロカーボンとともに,塩素を含まないフルオロカーボンも,慣用名として『フロン』が使用されていることからみて,刊行物1に記載のCF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスは,慣用名の4282422『フロン』ガスに該当するものである」とした上,刊行物1発明を「炭化水素系ガスとフッ素系ガスであるフロンガスとを混合ガスとしてプラズマ化し,フッ素含有非晶質炭素膜を形成して,半導体装置の層間絶縁膜とする方法」の発明と認定した。
確かに,平成元年10月20日株式会社東京化学同人発行の「化学大辞典」(甲第2号証)の「フロン」の項には,「フルオロカーボン,クロロフルオロカーボンの慣用名」(2086頁)と記載されている。
しかしながら,平成10年株式会社岩波書店発行の「理化学辞典第5版」(CD-ROM版)(甲第1号証)の「フロン」の項には「炭化水素のクロロフルオロ置換体類.デュポン社の商品名をフレオン(Freon)という.代表的なものにフロン22(CHClF , 融点-160℃,沸点-40.8℃),..などがある.」と記載されており,また,2昭和56年3月9日森北出版株式会社発行の「化学辞典第1版」(甲第15号証)の「フロン」の項には,「冷媒,熱媒,溶媒あるいは噴霧剤などの用途に使用されるメタン,エタンなどのフッ素置換体の総称で,わが国における慣用名。多くの場合フッ素以外にも塩素をも含むのでクロロフルオロカーボンとも称される。」(1120頁)と記載されている。
そうすると,「フロン」は必ずしも塩素を含まないフルオロカーボンを意味するわけではなく,塩素を含むクロロフルオロカーボンを指すことが多いといえるのであり,CF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスが慣用名の「フロン」ガ4282422スに該当するとはいえない。したがって,CF ,C F ,C F ,C F 等のフ 4282422ッ素系ガス(フルオロカーボンガス)を流入させることは記載されているが,クロロフルオロカーボンを流入させることは記載されていない刊行物1に基づき,刊行物1発明を「炭化水素系ガスとフッ素系ガスであるフロンガスとを混合ガス」とするものとした審決の認定は誤りである。
そして,審決は刊行物1発明の認定を誤った上,本願発明と刊行物1発明と対比し,相違点について判断しているのであるから,審決は判断の前提を誤っているというべきである。
(2)取消事由2(手続的瑕疵)ア本件特許出願の審査の過程で,拒絶理由通知に対し原告が提出した意見書(甲第8号証)の記載,及びこれに対する拒絶査定(甲第9号証)の備考欄の記載から,審査官は,本願発明の原料ガスであるフロンガスと,刊行物1の原料ガスであるCF とは相違するものと認めていたことがわかる。
4これに対し,審決は,上記のとおり,塩素を含むクロロフルオロカーボンとともに,塩素を含まないフルオロカーボンも「フロン」に含まれると認定し,「出願人(判決注・原告)は塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨主張するが,フロンには,これら両者が含まれるので,この主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用できない。」と判断した。
イしかしながら,仮に,「フロン」に,塩素を含むクロロフルオロカーボン及び塩素を含まないフルオロカーボンの両方が包含されるとすると,本願発明1の課題を解決するための手段として,発明の詳細な説明に,塩素を含むクロロフルオロカーボン及び塩素を含まないフルオロカーボンを用いることがそれぞれ記載されていなければならないが,本願明細書の発明の詳細な説明には,塩素を含むクロロフルオロカーボンを原料ガスとして用いることにより成膜速度を速くすることができることのみが開示され,塩素を含まないフルオロカーボンを用いることは全く記載されていない。
そして,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,本願発明の要旨と同一であるから,特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されていないことになり,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求していることになる。
このように,「フロン」が,塩素を含むクロロフルオロカーボン及び塩素を含まないフルオロカーボンの両方を包含すると認定し,塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨の主張が特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるとされるのであれば,審判官は,拒絶査定の理由とは異なる特許法36条6項1号(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同項同号につき同じ。)の拒絶の理由を発見したということになるから,審判において改めてその旨の拒絶理由を通知すべきであった。
ウこの点につき,被告は,審決は,拒絶理由通知で示された特許法29条2項に基づいて結論を導いており,審判合議体が同法36条6項1号拒絶理由通知をしなかったことに手続上の瑕疵はないと主張する。
しかしながら,甲第2号証のように,塩素を含むクロロフルオロカーボンとともに,塩素を含まないフルオロカーボンも「フロン」に含まれるとする立場があるとしても,「フロン」の用語法として,クロロフルオロカーボンの慣用名であるとする立場(甲第1,第15号証)もあることは否定し得ない事実である。
しかるところ,上記のとおり,本願発明の原料ガスであるフロンガスと刊行物1の原料ガスであるCF とが相違するものと認めていた審査官は,「フロン」をク4ロロフルオロカーボンの慣用名であるとする立場に拠っていたのであり,これに対し,審決は,クロロフルオロカーボンとフルオロカーボンの両方が「フロン」に含まれるとするものであるから,審査段階と審決とでは,「フロン」の定義を異にすることになる。そして,本件では,「フロン」の定義が異なれば,刊行物1発明の認定を異にすることになるから,仮に,審決が特許法29条2項に基づいて結論を導いているとしても,審査段階とは異なる拒絶の理由に基づくものというべきであり,改めて拒絶理由通知をすることが必要であるというべきである。
エしかしながら,審判段階で拒絶理由通知はなされていないから,審決は特許法159条2項,50条に違背し,手続上の瑕疵を有するものである。
2被告の反論の要点(1)取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)に対して甲第2号証には「フロン」の用語法につき,「フルオロカーボン,クロロフルオロカーボンの慣用名」との記載があるが,このような用語法を開示する文献は,甲第2号証の他にも様々な分野で多数存在している(乙第1〜第8号証)から,上記の用語法に基づく判断も正しいというべきである。
原告は,「フロン」が必ずしも塩素を含まないフルオロカーボンを意味するわけではなく,塩素を含むクロロフルオロカーボンを指すことが多いと主張するが,審決が前提としている「フロン」の理解が誤りであると主張するものではないから,原告の主張によっても審決の判断の前提に誤りはない。
したがって,原告の主張は失当であり,取消事由1は理由がない。
なお,仮に,原告の主張が,本願発明における「フロン」は,塩素を含むクロロフルオロカーボンのみの慣用名として使用するというものであるというのであれば,本願明細書中にそのような「フロン」の定義がなければならないが,そのような定義はないから,失当である。
(2)取消事由2(手続的瑕疵)に対してア原告は,審決は手続上の瑕疵を有すると主張するが,審決は,拒絶理由通知において通知しているとおり,特許法29条2項に基づいて,結論を導いており,審判合議体が特許法36条6項1号の拒絶理由を通知しなかったことに手続上の瑕疵はない。
イまた,原告は,審査段階と審決とで「フロン」の定義を異にしており,「フロン」の定義が異なれば,刊行物1発明の認定を異にすることになるから,審決が特許法29条2項に基づいて結論を導いているとしても,審査段階とは異なる拒絶の理由に基づくものというべきであり,改めて拒絶理由通知をすることが必要であるとも主張する。
しかしながら,本件特許出願に係る拒絶理由通知書(甲第7号証)に,「引用文献1(判決注・刊行物1)の【0007】〜【0020】・・・には,それぞれフルオロカーボンガスと炭化水素ガスとをプラズマ重合させて,半導体装置の絶縁膜を形成することが記載されており,本願明細書に記載された従来技術によって公知の引用文献3(判決注・本訴甲第14号証)記載の同じフロン類であるフロンガス,CFC-113,CFC-12のプラズマ重合物を,同じ半導体装置用絶縁膜の用途に用いることは当業者が適宜なし得た事項である。」との記載があり,さらに,拒絶査定(甲第9号証)で,上記拒絶理由通知書の記載を引用しているとおり,審査官も,審決と同様,フルオロカーボンガスをCFC-113,CFC-12(クロロフルオロカーボンガス)とともに「同じフロン類であるフロンガス」と認識しているのであるから,審査段階と審決とで「フロン」の定義を異にしているとの主張は誤りである。
また,そもそも,クロロフルオロカーボンとともに,フルオロカーボンも「フロン」に含まれるとの記載がある甲第2号証は,拒絶理由通知に対する意見書とともに原告自身が提示したものであるから,原告は,遅くとも意見書提出時までには,「塩素を含むクロロフルオロカーボンとともに,塩素を含まないフルオロカーボンも『フロン』に含まれるとする立場」があることを熟知していたはずであり,このような「フロン」の用語法に基づく点についても防御の手段を検討することが十分可能であった。
したがって,原告に対し,審判合議体が改めて拒絶理由通知をする必要はなく,原告の上記主張も失当である。
第4当裁判所の判断1取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)について(1)原告は,「フロン」は必ずしも塩素を含まないフルオロカーボンを意味するわけではなく,塩素を含むクロロフルオロカーボンを指すことが多いといえるのであり,CF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスが慣用名の「フロン」ガ4282422スに該当するとはいえないから,フルオロカーボンガスを流入させることは記載されているが,クロロフルオロカーボンを流入させることは記載されていない刊行物1に基づき,刊行物1発明を認定した審決は,判断の前提を誤ったものである旨主張する。
(2)「フロン」の意義ア以下の各文献には,「フロン」について次のような記載がある。
(ア)平成10年株式会社岩波書店発行「理化学辞典第5版」(CD-ROM版)(甲第1号証)の「フロン」の項「フロン炭化水素のクロロフルオロ置換体類。・・・」(イ)平成元年10月20日株式会社東京化学同人発行の「化学大辞典」(甲第2号証)(2086頁右欄)「フロンフルオロカーボン,クロロフルオロカーボンの慣用名」(ウ)昭和56年3月9日森北出版株式会社発行の「化学辞典第1版」(甲第15号証)「フロン冷媒,熱媒,溶媒あるいは噴霧剤などの用途に使用されるメタン,エタンなどのフッ素置換体の総称で,わが国における慣用名。多くの場合フッ素以外に塩素をも含むのでク(1120頁右欄) ロロフルオロカーボンとも称される。・・・」(エ)平成3年7月20日実践教育機械系研究会発行の「実践教育」6巻1号所収の稲田正作著「オゾン層は救えるか(?U)」と題する記事(乙第1号証)「フロンとはフロンという名称は,日本だけで使われているものです。フッ素と炭素の化合物を意味するフルオロカーボン(fluorocarbon)を省略した和製英語ですから,『フロン』と言っても外国では通用しません。フロンは次の3種類に大別されています。
(1)フルオロカーボン(2)クロロフルオロカーボン(3)ヒドロクロロフルオロカーボン(1)はフッ素(フルオロ)と炭素(カーボン)の化合物であることを,(2)は塩素(クロロ)とフッ素と炭素の化合物であることを,また,(3)は,さらに水素(ヒドロ)と塩素,フッ素,(54頁左欄) 炭素の4種類の元素の化合物であることを意味しています。」(オ)平成元年4月15日日本熱物性研究会発行の「熱物性」3巻1号所収の蒔田董著「フロン規制と代替フロンの熱物性」と題する論文(乙第2号証)「フロン(flon)という名称は,JISにも採用され,本邦ではフッ素を含むハロゲン化炭化(21頁左欄) 水素類の総称となっているが,国際的には通用しない和製語である。」(カ)昭和57年2月28日財団法人日本規格協会発行「JISエネルギー管理用語(その1)」(乙第3号証)(23頁)「フロンふっ化炭化水素の総称。冷媒として使用される。」(キ)特開平7-74156号公報(出願人・日本電気株式会社)(乙第5号証)「【請求項1】塩素系ガスと臭素を含むガスとを混合したガスを主要ガスとしたアルミニウムのプラズマエッチングにおいて,前記主要ガスに窒素ガス又はフロンガスを全流量の20%以下添加することを特徴とする半導体装置の製造方法
・・・・・【請求項4】フロンガスとしてCF ガス,CHF ガス,C F ガスのいずれかを用いる請4 3 26(2頁左欄2〜14行) 求項1ないし3いずれかの半導体装置の製造方法。」(ク)特開平5-226298号公報(出願人・セイコーエプソン株式会社)(乙第6号証)n 2n+ 2 「本発明の半導体装置の製造方法は,・・・該トレンチ形成後の該半導体基板にC F(nは自然数)と酸素の混合ガスのプラズマによるエッチングを加える工程を含むことを特徴とし,C FはCF またはC F またはC F またはC FまたはC Fであることをn 2n+ 2 4 26 38 410 512*特徴としている。・・・基本的にはフロンガス(C F)を用いるため,弗素ラジカルF n 2n+ 2(段落【0009】 が発生し,F とシリコン基板の化学反応によりエッチングが進行する。」*〜【0010】)(ケ)平成8年9月30日株式会社日刊工業新聞社発行の「マグローヒル科学技術用語大辞典第3版」(乙第7号証)の「フロン」の項「フロンflon〔有機〕フルオロカーボンのこと。その中でもとくにメタンとエタンの水素原子のすべてがフッ(弗)素,塩素にとって替わられた化合物.用途は,冷媒,エアゾールプ(1639頁右欄) ロペラント,発泡剤,溶剤,エッチング剤などである。」イ上記ア(ア)〜(ケ)の各文献における「フロン」に関する説明のうち,「フロン」を「クロロフルオロカーボン」に限定していると理解されるのは,(ア)の文献のみであるということができ((ウ)の文献については,「多くの場合フッ素以外に塩素をも含むのでクロロフルオロカーボンとも称される。」とされているが,この記載からは「フロン」が「クロロフルオロカーボン」に限定されるものでないことは明らかである。),しかも,(ア)の文献は,本件特許出願に係る出願日後に発行された刊行物であるから,その記載が,本件特許出願当時における当業者の技術常識を示すものであると即断することもできない。
これに対し,その余の文献は,いずれも本件特許出願に係る出願日前に発行された辞典類,基礎的な解説書又は特許公開公報(明細書)等であり,それぞれフルオロカーボンが「フロン」に含まれることが記載されているのであるから,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられていると解するのが当業者の技術常識であったものと認められる。
(3)本願明細書の記載本願明細書(甲第6号証)には,「フロンガス」に関する次の記載がある。
「なお,フロンガスとしては,CFC-113,CFC-12等を用いることができる。炭化水素ガスとしては炭素数3以下の低級炭化水素のガス,すなわち,メタン,エタン,エチレン,アセチレン,プロパン,プロピレンを用いることができる。ここで炭素数3以下としたのは,炭素数4以上となると,原料が液体となり,反応器への導入が困難となるためである。炭素数3以下の低級炭化水素ガスの中でも,特に不飽和結合を有するエチレン及びアセチレン等が高い成膜速度を得る上で有利である。」(段落【0007】)そして,上記記載において,フロンガスとして例示されているCFC-113とCFC-12はクロロフルオロカーボンに属するものであるということができるが,これはあくまで例示であるから,このような記載があるからといって,直ちに,本願発明の「フロン」が,クロロフルオロカーボンを意味し,フルオロカーボンを含まないと理解することはできない。
また,本願明細書中に,本願発明の「フロン」が,「クロロフルオロカーボン」を指し,「フルオロカーボン」を含まないことを明らかにするような記載は存在しない。
そうすると,本願明細書においても,「フロン」の語は当業者の技術常識に基づく通常の用法として,すなわち,フルオロカーボンを含む意味で用いられているものと解さざるを得ない。
(4)以上によると,審決が,本願発明の「フロン」を,クロロフルオロカーボンに限定されず,フルオロカーボンを含むものとして理解したことは相当であり,原告の主張を採用することはできないから,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(手続的瑕疵)について(1)原告は,本件特許出願の審査をした審査官は,本願発明の原料ガスであるフロンガスと,刊行物1の原料ガスであるCF とが相違すると認めていたとした上4で,審決が,原告の主張に対し,「出願人(判決注・原告)は塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨主張するが,フロンには,これら両者が含まれるので,この主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用できない。」と説示したことを捉え,審判官は,拒絶査定の理由とは異なる特許法36条6項1号の拒絶の理由を発見したということになるから,審判において拒絶理由を通知すべきであったにもかかわらず,審判段階で拒絶理由通知はなされていないから,審決は同法159条2項,50条に違背すると主張する。
しかしながら,同法50条の「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない。」との規定,及び同法159条2項の「第五十条・・・の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。」との規定によれば,拒絶査定不服審判において,拒絶査定による拒絶の理由とは異なる拒絶の理由により,拒絶査定を維持し,審判請求を不成立とする審決をする場合には,審判請求人に対し改めて拒絶理由通知をする必要があるものの,仮に,審判合議体が,拒絶査定による拒絶の理由のほかに,これと異なる拒絶の理由を発見したとしても,その異なる拒絶の理由を,審決における拒絶の理由とするのでなければ,審判請求人に対し,その異なる拒絶の理由を改めて通知する必要がないことは明らかである。
しかるところ,本件特許出願に対する拒絶査定(甲第9号証)は,本件特許出願を「平成18年3月29日付け拒絶理由通知書に記載した理由」により拒絶すべきとしたものであり,当該拒絶理由通知書(甲第7号証)には,拒絶の理由として,刊行物1のほか,特開平8-236517号公報及び特開平8-24560号公報を引用し,本願明細書に記載された請求項1〜3に係る発明は,上記各引例に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨の記載がある。そして,審決も,本願発明が刊行物1発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものであることは,上記のとおりであり,したがって,審決における拒絶の理由は,拒絶査定による拒絶の理由に含まれるものであって,これと異なる拒絶の理由ということはできない。
(2)もっとも,上記拒絶査定には,「備考」として以下の記載がある。
「本願請求項1に係る発明は,引用例1(判決注・刊行物1)と対比すると以下の点で相違する。
請求項1に係る発明では,フロンガスと炭化水素ガスとの混合ガスを原料ガスとし,プラズ4 マ重合により両ガスの共重合体から成る絶縁膜を成膜するのに対して,引用例1では,CFとCH とをプラズマ装置中で重合させている点4上記相違点について検討すると,引用例3(判決注・特開平8-24560号公報)には,フロンCFC-113と炭化水素を重合させて膜を形成することが記載されており,結合エネルギーが異なる以外に共通点が多いCF に代えて,プラズマ重合することが知られているC4FC-113を用いることは,単なる転用に過ぎず,半導体素子の保護膜用のPSG膜に替わる保護膜として,CFC-113自体からプラズマ重合させた膜を用いることは,周知である(この点について,特開昭53-84682号公報参照)。」この記載は,刊行物1発明のCF (フルオロカーボン)を,「フロンCFC- 4113」に転用(置換)することの容易性について言及するものと認められ,この記載のみからすれば,原告主張のとおり,拒絶査定においては,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたと考えられないでもない。
しかるところ,拒絶理由通知の制度趣旨は,審査官又は審判官が出願を拒絶すべき理由を発見したときに,出願人に対してその旨を通知することにより,出願人に意見を述べる機会及び手続補正をする機会を与えて,特許出願制度の適正妥当な運用を図ることにあるから,拒絶査定において,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであるとされていたと仮定して,そのことにより,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとすれば,上記(1)のとおり,審決の拒絶の理由が,拒絶査定における拒絶の理由に含まれるものであるとはいえ,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったと解する余地もある。
しかしながら,上記拒絶理由通知書(甲第7号証)には,「引用文献1(判決注・刊行物1)の【0007】〜【0020】,引用文献2(判決注・特開平8-236517号公報)の【0008】〜【0023】には,それぞれフルオロカーボンガスと炭化水素ガスとをプラズマ重合させて,半導体装置の絶縁膜を形成することが記載されており,本願明細書に記載された従来技術によって公知の引用文献3(判決注・特開平8-24560号公報)記載の同じフロン類であるフロンガス,CFC-113,CFC-12のプラズマ重合物を,同じ半導体装置用絶縁膜の用途に用いることは当業者が適宜なし得た事項である。」との記載があり,この記載によれば,審査官(拒絶査定と同一の審査官である。)は,フルオロカーボンガスを,CFC-113,CFC-12(クロロフルオロカーボンガス)と「同じフロン類であるフロンガス」と認識していたことが認められるから,そもそもフルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたということ自体が疑わしくなる。
また,その点は措くとしても,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられていると解するのが当業者の技術常識であったものと認められることは,上記1(2)イのとおりであり,現に,上記拒絶理由通知に応じて原告自身が意見書(甲第8号証)とともに提出した上記1(2)ア(イ)の文献にも,「フロン」がフルオロカーボンとクロロフルオロカーボンの慣用名であることが明記されているのである。上記意見書(甲第8号証)の記載によれば,原告が,本願発明の「フロン」を「分子中にフッ素の他,塩素を含」むもの,すなわち,クロロフルオロカーボンとしていることが認められるが,そうであるならば,上記のとおり,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられており,上記拒絶理由通知書にもその旨の記載がある以上,原告としては,意見書の提出と併せて,本願明細書の「フロン」との記載を,原告自身の意図するところに合わせて改めるべく,手続補正をすべきであったのであり,そのようにすることに格別の障害があったと認めることはできない。
そうすると,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとは到底いうことができず,この点からも,審判合議体が,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったということはできない。
(3)以上によれば,審決に,拒絶理由通知の懈怠の手続的瑕疵があった旨の原告の主張を採用することはできないから,取消事由2は理由がない。
第5結論以上の次第で,取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 石原直樹
裁判官 榎戸道也
裁判官 杜下弘記