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事件 平成 19年 (ワ) 17344号 損害賠償請求事件
岐阜県関市<以下略>
原告株 式会社石の湯岐阜
同 訴訟代理人弁護 士御器谷修
同 島津守
同 梅津有紀
同 栗田祐太郎 山形市<以下略>
被告株 式会社石の湯総本部
同所
被告Y
上記両名訴訟代理人弁護士柿崎喜世樹
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2008/08/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1被告らは,原告に対し,各自金3000万円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,被告らの連帯負担とする。
4この判決は,第1,3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
全容
第1請求被告らは,原告に対し,連帯して,金3000万円及びこれに対する平成18年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要2本件は,原告が,被告Yとの間で,被告Yが特許権者であった石風呂装置の特許につき,専用実施権設定契約を締結し,同契約に基づいて被告Yに対し契約金として3000万円を支払ったところ,その後,同特許を無効とする審決が確定したため,上記特許に係る石風呂装置を独占的に使用することができなくなったとして,主位的に,(1)?@被告らが,共謀の上,上記特許に無効原因があることを知りながら,原告にそのことを告げずに原告に同特許が有効であると誤信させ,また,同特許に係る発明を実施したものでない石風呂装置を同特許に係る発明を実施したものであると誤った説明をして,原告にその旨誤信させて上記専用実施権設定契約を締結させた上,契約金3000万円を支払わせたこと,?A被告らが上記特許の無効を招いたことが,それぞれ共同不法行為に当たると主張して,被告らに対し損害賠償を請求し,(2)(1)?Aの行為は,原告に対する債務不履行に当たると主張して,被告らに対し損害賠償を請求し,(3)(1)?@の事実によれば,同契約は,錯誤により,又は公序良俗違反により無効であると主張して,被告らに対し,不当利得返還請求権に基づき契約金の返還を請求し,(4)上記特許を無効とする審決が確定したことを理由に,不当利得返還請求権に基づき契約金の返還を請求した事案である。
1当事者間に争いのない事実等(認定事実は末尾に証拠番号を掲記する。)(1)原告は,石風呂及び浴場の経営等を目的とする株式会社である。
被告株式会社石の湯総本部(以下「被告石の湯総本部」という。)は,公衆浴場の営業等を目的とする株式会社であり,被告Yは,被告石の湯総本部の代表取締役である(甲10)。
有限会社鉱石ミネラル嵐の湯(旧商号「有限会社みんなの石の湯」。以下「嵐の湯」という。)は,ホテル,旅館の経営及び管理等を目的とする有限会社であり,Zは,嵐の湯の代表取締役である(甲11)。嵐の湯は,山形県東根市内において石風呂装置を用いた「たびやかた嵐湯」を経営している。
(2)被告Yは,以下の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明3を「本件発明」という。)の特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた者である(甲19)。
特 許 番 号第3396776号発明の名称石風呂装置出願日平成11年9月30日出 願 番 号特願平11-278869公開日平成13年4月10日公 開 番 号特開2001-95889登録日平成15年2月14日本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
「建物Aの最下部層に断熱材(1)を設け,この上にコンクリート層(2)を設け,更にこの層の上部に温水管(4)を埋設したモルタル層(3)を設け,この上に最上層として砂利及び炭を混合した温浴層(5)を設けて,床を4層構成とし,建物内部に蒸気吹出口を設けてなり,ボイラーBからの温水を上記温水管(4)に循環させて床最上層の温浴層(5)を適温に加温すると共に,蒸気の噴出によって建物A内を適温・適湿度に保ったことを特徴とした石風呂装置。」なお,被告Yは,商標登録第4471394号の「みんなの石の湯」という商標の商標権者である。
(3)被告Yは,平成15年3月18日,嵐の湯との間で,本件特許について通常実施契約(以下「嵐の湯実施契約」という。)を締結した(丙2)。
嵐の湯は,平成15年12月17日,以下の特許出願をした(甲2。以下,同出願に係る発明を「Z発明」という。)。同出願については,審査請求がされないまま取り下げとみなされるに至った。
発明の名称鉱物ミネラル風呂装置出願日平成15年12月17日4出 願 番 号特願2003-418837公開日平成17年7月7日公 開 番 号特開2005-176953Z発明の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
「【請求項1】建物Aの最下部をコンクリート層として床面を形成し,該コンクリート層に上下3段に配した温水管を埋設し,ボイラーXにより温水を循環して送入して加熱床とすること,該加熱床の上部に薬石層を25cm厚さに敷詰め,該薬石層内に温泉水送入管を配し,薬石層内部に温泉水を浸透させ,室内を温泉水の蒸気で充満させることを特徴とした鉱物ミネラル風呂装置。
【請求項2】請求項1において使用する薬石とは,ゲルマニウム石,トルマリン石,麦飯石,昌質石灰岩,陽起石等であり,これらを細粒とし混合して使用する鉱物ミネラル風呂装置。」(4)原告は,平成15年12月22日,被告Yとの間で,次のとおり,本件特許権の専用実施権設定契約を締結した(甲1。以下「本件実施契約」という。)。
ア被告Yは,原告に対し,本件特許権につき専用実施権を設定する。
専用実施権実施地域は,岐阜県及び長野県とする。
ウ期間は平成15年12月22日から平成30年12月21日までとする。
エ原告は,本件実施契約の締結時に,被告Yに対し,契約金(指導料,交通費を含む。)として金3000万円を支払うものとする。
オ原告は,被告Yに対し,原告による本件特許権の実施による石風呂の入浴料金につき,毎月21日から翌月20日までを集計して,その入浴料金の4パーセントに相当する金員を翌月末日までに支払う。
カ本件実施契約に基づいてされたあらゆる支払は,事由のいかんにかかわ5らず原告に返還されないものとする。
(5)原告は,平成15年12月24日,本件実施契約に基づき,契約金3000万円(以下「本件契約金」という。)を被告Yに支払った。
(6)嵐の湯は,平成16年3月11日,被告Yに対し,嵐の湯実施契約が錯誤により無効である可能性がある,と主張して,同契約に基づく実施料等の支払を拒絶した(丙8の1,2,丙9,10,弁論の全趣旨)。この結果,被告Yは,嵐の湯実施契約を解除する旨の通知をした後,同年6月15日,嵐の湯の設置した石風呂装置が本件特許権を侵害するとして,嵐の湯に対し,特許権侵害差止訴訟を提起した(丙11ないし14)。
嵐の湯は,同訴訟において,嵐の湯が使用している石風呂装置は本件発明の技術的範囲に属さないと主張するとともに,平成16年11月26日,特許庁に,本件特許の無効審判請求をした(丙15の1)。特許庁は,上記請求につき,平成17年4月26日,本件特許を無効とする審決をした(甲3。
以下「本件無効審決」という。)。被告Yは,本件無効審決の取消訴訟を提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成18年5月30日に請求棄却の判決をした(丙16)。被告Yは,同判決を不服として上告及び上告受理の申立てをしたところ(乙20ないし23),最高裁判所は,同年10月20日,上告を棄却するとともに上告を受理しないとの決定をし(乙36),本件無効審決が確定した。
このため,被告Yは,上記特許権侵害差止訴訟を取り下げた(弁論の全趣旨)。
2争点(1)共同不法行為の成否(2)債務不履行の成否(3)錯誤無効,公序良俗違反の成否(4)本件無効審決の確定による本件契約金の返還義務の有無6第3争点に関する当事者の主張1争点(1)(共同不法行為の成否)について〔原告の主張〕(1)被告石の湯総本部は,本件発明の実施品である石風呂装置を利用した浴場を経営することを目的とする「みんなの石の湯グループ」の主催者である。
被告石の湯総本部は,代表取締役である被告Yが一人で経営しており,被告Yと同視すべき存在である。
嵐の湯は,代表取締役であるZが一人で経営しており,Zと同視すべき存在である。
(2)被告Y及びZは,平成15年3月1日,本件発明の普及及びそれによる利益の折半に合意し(丙1),同月18日,本件特許につき嵐の湯に通常実施権を設定する契約(嵐の湯実施契約)を締結した(丙2)。Zは,本件発明の実施品の販売のモデルとするため,嵐の湯の経営する「たびやかた嵐湯」内に石風呂装置1号及び2号(以下,両者を合わせて「Z装置」という。)を設置した。
(3)Zは,平成15年10月末ころ,原告役員らに対し,「みんなの石の湯グループ」の第1号店である「たびやかた嵐湯」に設置したZ装置を見学させ,Z装置が本件発明の実施品であると説明した。上記説明会の後,被告Yは,原告所在地である岐阜に赴き,原告役員らに対し,「みんなの石の湯グループ」の概要や,Z装置が本件発明の実施品であるとの説明をして,同グループへの加入を勧めた。
この結果,原告役員らは,同グループに加入することを決め,原告を設立した上,原告と被告Yとの間で本件実施契約を締結し,契約金として3000万円を支払った。
(4)不法行為1(本件特許に無効原因があることを知りながら,これを原告に告げずに本件実施契約を締結させたこと)7ところが,その後,本件特許について,嵐の湯が無効審判請求をしたことにより,本件無効審決が確定した。
本件無効審決は,「建物の最下層部に断熱材を設け,この上にコンクリート層を設け,更にこの層の上部に温水管を埋設した層を設け,この上に最上層として砂利を混合した温浴層を設けて,床を4重構成とし,ボイラーからの温水を上記温水管に循環させて床最上層の温浴層を適温に加温すると共に,建物内を適温に保った風呂装置」との技術思想は,既に平成6年出願の特許(甲16)に現れており,温水管を敷設する層をモルタル層に限定すること,温浴層の砂利と混合する対象物につき遠赤外線発生促進剤のうちから炭を選定すること,建物内を適温・適湿度に保つために蒸気の噴出につき触れたこと,マッサージ効果を得るために砂利が直接入浴者に刺激を与える配置構成とする点に特徴があることについては,いずれも周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものにすぎないと判断しており,本件発明が周知技術の範囲に属するものであることは明らかであった。
上に述べたところによれば,被告らは,本件実施契約の基礎となる本件特許に無効原因が存在することを知りながら,契約金3000万円を得るため,共謀の上,原告にこのことを全く告げないまま,本件実施契約を締結させ,3000万円を支払わせ,その後,計画的に本件特許の無効を確定させたものである。
被告らの上記行為は,原告に対する共同不法行為に当たる。仮に,被告Yと被告石の湯総本部とを同一視することができないとしても,被告石の湯総本部は,代表取締役である被告Yの上記不法行為につき,会社法350条に基づき損害賠償責任を負う。
(5)不法行為2(Z装置が本件発明の実施品であるとの虚偽の説明をして本件実施契約を締結させたこと)上記(2),(3)によれば,本件実施契約は,Z装置が本件発明の実施品であ8ることを前提に締結されたものであり,原告は,Z装置と同様の装置を独占的に実施することを目的として本件実施契約を締結したものである。しかしながら,Z装置は本件発明の実施品ではなく,原告は,本件実施契約に基づいてZ装置を独占的に実施する地位を取得することができなかった。
被告らは,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,原告に対し,Z装置が本件発明の実施品である旨を説明して,本件実施契約を締結させ,本件契約金3000万円を支出させた。
被告らの上記行為は,原告に対する共同不法行為に当たる。仮に,被告Yと被告石の湯総本部とを同一視することができないとしても,被告石の湯総本部は,代表取締役である被告Yの上記不法行為につき,会社法350条に基づき損害賠償責任を負う。
(6)不法行為3(本件特許の無効を招いたこと)被告らは,Z装置が本件発明の実施品ではないことを看過し,ZからZ装置が本件発明の実施品ではないとの主張をされるという事態を招き,これを契機として本件特許の無効という結果を招いた。
被告らの上記行為は,原告に対する共同不法行為に当たる。仮に,被告Yと被告石の湯総本部とを同一視することができないとしても,被告石の湯総本部は,代表取締役である被告Yの上記行為につき,会社法350条に基づき損害賠償責任を負う。
(7)原告は,上記共同不法行為により,契約金相当額である3000万円の損害を被った。
よって,原告は,被告らに対し,民法719条又は会社法350条に基づき,各自金3000万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成18年10月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告らの主張〕9原告の上記主張は,争う。
(1)被告Yには,本件実施契約締結時において,本件特許に無効原因があることの認識は全くなかった。
本件特許については,いったん拒絶査定を受けたものの,被告Yにおいて拒絶査定不服審判を請求し,手続補正を行うなどしてようやく特許査定が認められたものである。被告Yは,本件特許の無効審判請求に対しても,無効審判手続や審決取消訴訟及びその上告審の手続において,本件特許が無効とならないよう,できる限りの努力をした。このような特許取得の経過や無効審判請求に対する被告Yの対応に照らせば,被告Yが本件特許を有効な特許権であるとの認識の下に本件実施契約を締結したことは明らかである。
特許無効の判断は特許庁がするものであり,特許権者が計画的に無効とすることができるようなものではない。
(2)被告Yは,本件実施契約の当時,Z装置は本件発明の実施品であり,少なくとも本件発明の均等の範囲に属するとの認識を有していた。このことは,被告YがZ装置が本件特許権を侵害しているとして,嵐の湯に対し特許権侵害差止訴訟を提起したことからも明らかである。
Z装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かについては,特許庁や裁判所の公式的な見解は示されておらず,仮に,技術的範囲に属しないとしても,被告Yにおいて,Z装置が本件発明の技術的範囲に属すると認識したことについて過失はない。
2争点(2)(債務不履行の成否)について〔原告の主張〕(1)被告らは,Z装置が本件発明の実施品ではないことを看過し,ZからZ装置が本件発明の実施品ではないとの主張をされるという事態を招き,これを契機として本件特許の無効という結果を招いた。
被告らの上記行為は,本件特許を維持すべき契約上又は信義則上の義務に10違反したものであり,原告に対する債務不履行に当たる。
(2)原告は,上記債務不履行により,契約金相当額である3000万円の損害を被った。
本件実施契約の当事者は,書面上,被告Yとなっている。しかし,以下に述べるとおり,被告石の湯総本部も本件実施契約の当事者であると解すべきである。
すなわち,被告石の湯総本部は本件特許権等の実施のために設立されたものであり,被告Yと被告石の湯総本部とは不可分一体の関係にあり,厳密に区別することができないことからすれば,被告らは,いずれも本件実施契約の当事者であると解すべきである。
そうすると,本件実施契約の当事者である被告らは,上記債務不履行により原告が被った3000万円の損害を賠償する義務を負う。
よって,原告は,被告らに対し,民法415条に基づき,各自金3000万円及びこれに対する債務不履行の後の日である平成18年10月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告らの主張〕原告の上記主張は,争う。
3争点(3)(錯誤無効,公序良俗違反の成否)について〔原告の主張〕(1)原告は,本件特許が無効原因を有していないと誤信し,又はZ装置が本件発明の実施品であり,原告がZ装置と同一の装置を独占的に実施することができると誤信して本件実施契約を締結したものである。上記1で述べたところによれば,本件実施契約は,錯誤又は公序良俗違反により無効である。
(2)被告らが本件実施契約の当事者であることは,上記2で述べたとおりである。本件実施契約の当事者である被告らは,本件実施契約が無効であることにより,原告が同契約に基づいて支払った本件契約金3000万円につき,11不当利得返還義務を負う。
(3)よって,原告は,被告らに対し,不当利得返還請求権に基づき,各自金3000万円の支払を求める。
〔被告らの主張〕原告の上記主張は,争う。
仮に本件実施契約が無効となるとしても,本件実施契約書(甲1)の6条は,特許権が本件のような理由により無効となった場合も想定した規定であるから,被告Yは,本件契約金3000万円の返還義務を負わない。
4争点(4)(本件無効審決の確定による本件契約金の返還義務の有無)について〔原告の主張〕(1)本件実施契約においては,原告が本件特許を,少なくとも当初の契約期間である15年間,岐阜県及び長野県において独占的に実施することができることが前提とされており,このことを前提にして契約金を3000万円とすることが定められたものである。
(2)ところが,その後,本件特許について本件無効審決が確定し,本件特許は遡及的に無効となったから,被告らは,本件契約金3000万円の全額を不当利得として返還する義務があり,少なくとも無効確定後である平成18年10月から平成30年12月までの12年2か月の期間に相当する金額を不当利得として返還すべき義務がある。
(3)被告らは,本件実施契約において不返還特約を援用する。しかし,被告らにおいて,前記1のような不法行為をしておきながら,不返還特約を援用することは,信義則に反し許されない。
(4)よって,原告は,被告らに対し,不当利得返還請求権に基づき,各自金3000万円の支払を求める。
〔被告らの主張〕12原告の上記主張は,争う。
(1)本件特許が無効になったからといって,その特許権に係る実施契約が遡及的に無効になるものではない。
(2)3000万円の契約金の法的性質は,特許権の期間に対応する性質のものではない。契約金は,契約の成立を証し,原告が優先的な地位を獲得したことの対価であり,発明者,特許権者が投下したエネルギー,資本及び今後の開発費用を分担する趣旨である。特許が無効であろうとなかろうと資本が投下されたことは間違いないから,期間に応じて返還することにはならない。
(3)本件実施契約書(甲1)の6条は,特許権が本件のような理由により無効となった場合も想定した規定であるから,被告Yは,本件契約金3000万円の返還義務を負わない。
第4当裁判所の判断1本件の経過について前記当事者間に争いのない事実等及び証拠(甲1,9,12ないし14,20,乙1,20ないし23,29,30,35ないし37,丙1ないし3,丙4の1,2,丙5,丙8の1,2,丙9ないし14,丙15の1,2,丙16ないし18,証人W,被告Y,Z)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)被告YとZは,平成15年3月1日,本件発明に係る石風呂装置を両名が共同して販売するなどして世に広めること,販売等により得た利益は両名で折半することを合意した。
被告Yは,同月18日,Zが代表者をしている会社である嵐の湯(当時の名称は「有限会社みんなの石の湯」)との間で,本件特許につき嵐の湯に通常実施権を設定する旨の契約(嵐の湯実施契約)を締結した。
被告Yは,同年8月26日,本件発明の実施品である石風呂装置を利用した浴場を経営することを目的とする「みんなの石の湯グループ」を主催し,13本件発明の実施に伴う収入の受け皿となる会社として,被告石の湯総本部を設立し,その代表取締役に就任した(設立当時は有限会社であり,平成16年に株式会社に組織変更した。)。
(2)Zは,平成15年3月ころ,上記合意に基づく石風呂装置販売のモデルとするため,嵐の湯の経営する温泉宿泊施設である「たびやかた嵐湯」内に石風呂装置1号を設置した。
Zは,同年10月半ばころ,石風呂装置1号の薬石層に温泉水を導入して蒸気化し,石風呂内を温泉水の蒸気で充満させる構成を追加した石風呂装置2号を「たびやかた嵐湯」内に設置した。石風呂装置2号の構成は,別紙Z装置図面1,2記載のとおりである。
(3)現在,原告の監査役であるWは,平成15年10月ころ,知人から「たびやかた嵐湯」の石風呂装置にいろいろな効能があるとの話を聞いて,石風呂装置を用いた施設の開業を考えるようになり,同月末ころ,Wを含む5名が山形県東根市内にある「たびやかた嵐湯」を訪れ,石風呂装置1号及び2号(Z装置)を見学して入浴を体験するとともに,ZからZ装置についての説明を受けた。その際,Zは,Wらに対し,パンフレットを示して,Z装置の構造の概要や効能を説明するとともに,Z装置は被告Yが特許権者である本件特許権を実施したものであり,Z装置を用いた施設を開業するためには本件特許権の実施契約を締結し,契約金を支払う必要があることなどを説明した。
(4)Wらは,相談の結果,平成15年11月20日ころ,同人らにおいて会社を設立した上でZ装置を用いた施設を開業することを決め,紹介者を通じて本件特許の実施契約の契約書案の送付を受けた。同年12月11日には,被告Yらが原告の本店所在地である岐阜県関市を訪れ,Wらに対し,上記契約書案の契約条項について説明するとともに,同人らから条項についての希望を聴取した。その際,被告Yは,Wらに対し,本件実施契約書の6条1項14につき,特許が無効になっても契約金等の返還をしない趣旨である旨を説明した。被告Yは,Z装置が本件発明の技術的範囲に属すると考えており,このときも,Wらに対し,Z装置を設置した「たびやかた嵐湯」が本件特許権を実施した第1号店である旨を説明した。
原告は,同年12月12日に設立された。
(5)本件実施契約の締結は,平成15年12月22日に,前記「たびやかた嵐湯」において,被告Y,原告代表者,W,Zらが同席して行われた。
原告は,同月24日,本件実施契約に基づき,本件契約金3000万円を被告Yに支払った。
被告Yは,同日,Zに対し,原告を被告Yに紹介した仲介手数料として500万円を支払った。
(6)Zは,Z装置の構成が,本件発明の構成と異なっていることを認識していたものの,全体としてはZ装置は本件発明と類似の構造であって本件発明の技術的範囲に属するものと考えていた。しかしながら,構成の違いもあることから,念のため,平成15年12月17日,Z発明につき特許出願をした。Z発明の構成は,後記2(2),(3)記載のとおり,一部の構成が異なるものの,その他の構成はZ装置と同じである。なお,同出願について審査請求はなく,特許査定がされていない。
(7)Zは,全国のZ装置と同様の構造の風呂装置を用いている業者に対し,本件特許権を侵害するものである旨を記載した「特許権侵害警告書」を送付していた。
ところが,Zは,特開平8-12406号(以下「公知文献1」という。)に記載の発明の発明者であるPから,平成16年1月28日付けの手紙により,本件発明のうち加熱装置の部分は公知文献1記載の発明と同一であり,本件特許は「砂利と炭」の混合層を設けるものとして認められた特許で,「砂利と砂」の混合層を設けたもののみが本件特許権の権利範囲であっ15て,加熱装置だけでは特許権の対象とならない,Z装置の加熱装置は,公知文献1記載の加熱装置そのものである旨の通知を受けた。
このため,Zは,本件発明の技術的範囲について疑義を持つようになった。
(8)嵐の湯は,平成16年3月11日付け書面により,被告Yに対し,嵐の湯実施契約は,本件特許権が石風呂装置の加熱技術,加湿技術を含む特許であることを前提として締結したものであり,Pの前記指摘どおり加熱装置だけでは特許権の対象とならないのであれば,嵐の湯実施契約は錯誤により無効となる可能性があるとして,本件特許権の範囲やPの主張の当否等について明確に説明するよう求めるとともに,この点が不明確なままでは,嵐の湯実施契約に基づく債務の履行ができないとして,同契約に基づく実施料等の支払を停止するとの通知をした。
これに対し,被告Yは,同年4月15日付け通知書により,嵐の湯に対し,本件特許は特許庁がその新規性,進歩性を認めた上で認めたものであり,いったん認められた特許が簡単に無効などになるはずがないこと,本件特許は,特許請求の範囲及び明細書に記載された加熱技術及び加湿技術を含むものであること,Pの主張する公知文献1記載の発明は,その特許請求の範囲に記載された原材料の配合割合によって成形,構築したコンクリート体を基本とするものであり,本件特許は上記発明によって何ら影響を受けるものではないことなどを主張し,嵐の湯実施契約が錯誤により無効であるとの主張を受け入れることはできないので,速やかに同契約に基づく実施料等を支払うよう求めた。
これに対し,嵐の湯は,同年5月11日付け書面で,被告Yに対し,本件特許の構成要素のうち権利範囲として他に主張し得るものは砂利と砂の混合層であり,本件特許がそのような特許であることを初めから知っていれば嵐の湯実施契約には至らなかったことは明らかであり,同契約は要素の錯誤により無効であること,そもそもZ装置は炭と砂利の混合層を用いていないか16ら,本件発明の技術的範囲には属しないものである,と主張し,被告Yの要求には応じられない旨回答した。
(9)被告Yは,平成16年5月18日付け書面で,嵐の湯に対し,実施料等の未払を理由に嵐の湯実施契約を解除し,本件発明を用いた営業を即時に中止するよう求める通知をした。これに対し,Zは,Z装置が本件発明の技術的範囲に属しないので,営業の中止要求等に応ずるいわれはないとの回答をした。
被告Yは,同年6月15日,Z装置が本件特許権を侵害するとして,嵐の湯に対し,Z装置の使用の差止め,廃棄及び損害賠償の支払を求める特許権侵害差止訴訟を山形地方裁判所に提起した。これに対し,嵐の湯は,Z装置が本件発明の技術的範囲に属しないと主張するとともに,同年11月26日には,本件特許に無効事由があるとして,特許庁に,本件特許の無効審判請求をした。
特許庁は,上記請求につき,平成17年4月26日,本件発明は,公知文献1,実願昭61-5617号(実開昭62-116729号)のマイクロフィルム(以下「公知文献2」という。)及び特開平11-19168号公報(以下「公知文献3」という。)並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,本件発明の特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである,として,本件特許を無効とするとの本件無効審決をした。
被告Yは,本件無効審決の取消訴訟を知的財産高等裁判所に提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成18年5月30日に,被告Yの請求を棄却する判決をした。被告Yは,同判決を不服として上告及び上告受理の申立てをしたものの,最高裁判所は,同年10月20日,上告を棄却するとともに上告を受理しないとの決定をし,本件無効審決が確定した。このため,被告17Yは,上記特許権侵害差止訴訟を取り下げた。
2本件発明,Z発明及びZ装置について(1)本件発明の特許請求の範囲(請求項1)を分説すると,次のとおりである(甲19)。
A建物Aの最下層部に断熱材(1)を設け,Bこの上にコンクリート層(2)を設け,C更にこの層の上部に温水管(4)を埋設したモルタル層(3)を設け,Dこの上に最上層として砂利及び炭を混合した温浴層(5)を設けて,床を4層構成とし,E建物内部に蒸気吹出口を設けてなり,FボイラーBからの温水を上記温水管(4)に循環させて床最上層の温浴層(5)を適温に加温すると共に,蒸気の噴出によって建物A内を適温・適湿度に保ったことを特徴とした石風呂装置(2)Z発明の特許請求の範囲を分説すると,次のとおりである(甲2)。
(請求項1)G建物Aの最下部をコンクリート層として床面を形成し,H該コンクリート層に上下3段に配した温水管を埋設し,IボイラーXにより温水を循環して送入して加熱床とすること,J該加熱床の上部に薬石層を25cm厚さに敷詰め,K該薬石層内に温泉水送入管を配し,L薬石層内部に温泉水を浸透させ,室内を温泉水の蒸気で充満させることを特徴とした鉱物ミネラル風呂装置(請求項2)M請求項1において使用する薬石とは,ゲルマニウム石,トルマリン石,麦飯石,昌質石灰岩,陽起石等であり,これらを細粒とし混合して使用する鉱物ミネラル風呂装置18(3)Z装置のうち,石風呂装置2号の構成は,別紙Z装置図面1,2のとおりであり,上記構成のうち,コンクリート層の下にスタイロフォームが設けられている点及びコンクリート層に埋設された温水管が上下2段に配されている点(Z発明の分説Hでは温水管は上下3段)を除き,Z発明と同一の構成である(乙29,30)。
Z装置のうち,石風呂装置1号の構成は,薬石層内に温泉水送入管を配して温泉水を浸透させ,室内を温泉水の蒸気で充満させるとの構成を有していないほかは,石風呂装置2号の構成と同じである。
(4)本件発明とZ発明との対比ア本件発明とZ発明とは,加熱床の一部又は全部をコンクリート層とし,加熱床に埋設した温水管にボイラーからの温水を循環させる点において一致するものの,次の各点において相違するものと認められる。
(ア)本件発明では,建物の最下部に断熱材を設けるのに対して,Z発明では,そのような構成を持たない点(イ)本件発明では,モルタル層に温水管を埋設するのに対して,Z発明では,コンクリート層に温水管を埋設する点(ウ)本件発明では,砂利及び炭を混合して最上層を構成するのに対して,Z発明では,薬石を厚さ25cmに敷き詰めて最上層を構成する点(エ)本件発明では,室内に蒸気吹出口を設けて蒸気を噴出させ,室内を適温・適湿度に保つのに対して,Z発明では,薬石層内に温泉水送入管を配して温泉水を浸透させ,室内を温泉水の蒸気で充満させる点イ上に述べたところによれば,Z発明は,本件発明に包含されるものではないということができる。
(5)本件発明とZ装置との対比ア本件発明とZ装置とは,建物の最下部に断熱材を設ける点,加熱床の一部又は全部をコンクリート層とし,加熱床に埋設した温水管にボイラーか19らの温水を循環させる点において一致するものの,上記(4)ア(イ)ないし(エ)の点で相違するものと認められる(ただし,石風呂装置1号は,前記のとおり,薬石層内に温泉水送入管を配して温泉水を浸透させ,室内を温泉水の蒸気で充満させるとの構成を有しない。)。
イ上に述べたところによれば,Z装置は,本件発明の技術的範囲に属しないものということができる。
3争点(1)(共同不法行為の成否)について(1)被告Yについてア原告は,被告Yが,本件特許について無効原因があることを知りながら,これを原告に告げずに本件実施契約を締結させたことが不法行為に当たる,と主張する。しかしながら,被告Yが,本件実施契約締結当時に本件特許に無効原因があることを知っていたことを認めるに足る証拠はない。
前記1で認定した事実によれば,本件特許については,公知文献1ないし3に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法29条2項に違反する(進歩性を欠く)としてこれを無効とした本件無効審決が確定している。進歩性の判断における「当業者」とは,その発明の属する分野の技術水準にあるもの(公知,公用,文献公知の発明等)のすべてを理解している者をいい,擬制された抽象的な人格であって,現実にそのような人が存在するわけではない。無効審決において公知文献であるとされたからといって,そのことから直ちに,発明者や特許権者ら当該技術分野の関係者が実際にこれらの公知文献を知っていたということができないことは明らかである。証拠(丙6)によれば,被告Yは,本件特許の出願過程において受けた拒絶理由通知の中で公知文献1を示されていることから,本件実施契約締結当時,公知文献1の存在については知っていたと認められるものの,審決における無効理由を構成するその他の公知文献についてまで,知っていたことを20示す証拠はない。上記無効理由は,本件実施契約締結から1年近くが経過した平成16年11月26日付けで嵐の湯が本件特許についてした無効審判請求において主張されたものであり(丙15の1,2),それ以前に同無効理由が主張されたことを示す証拠はないことから,被告Yが,本件実施契約締結当時において,これらの公知文献や周知技術の組合せからなる無効事由の存在を知っていたとは考え難い。原告の上記不法行為の主張は採用することができない。
イ原告は,被告Yが,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,原告に対し,Z装置が本件発明の実施品である旨の誤った説明をして原告に本件実施契約を締結させたことが不法行為に当たる,と主張する。
前記1,2で認定説示したところによれば,被告Yは,Z装置が本件発明の技術的範囲に属しないにもかかわらず,技術的範囲に属すると誤信して,原告の設立をした関係者に対し,Z装置が本件発明の実施品である旨の誤った説明をして本件実施契約を締結させたものであるということができる。しかしながら,故意により虚偽の説明をしたというならともかく,誤った説明をしたというだけでは,そのことについて仮に過失が認められるとしても,不法行為となるような違法な行為があるということはできないというべきである。
上記不法行為の主張は採用することができない。
ウ原告は,被告Yが,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,ZからZ装置が本件発明の実施品でないとの主張をされるという事態を招き,これを契機として本件特許の無効という事態を招いたことが不法行為に当たる,と主張する。
しかしながら,被告YにおいてZ装置が本件発明の実施品でないことを看過したというだけで,不法行為となるような違法な行為があったということができないことは上述したところから明らかである。また,被告Yが21Z装置が本件発明の実施品でないことを看過したことは,通常,本件特許の無効をもたらすようなものであるということはできないから,両者の間に相当因果関係があると認めることもできないというべきである。
上記不法行為の主張も採用することができない。
(2)被告石の湯総本部について被告石の湯総本部の不法行為の主張は,被告Yの不法行為を前提とするものであるから,被告Yについて不法行為の成立が認められない以上,被告石の湯総本部についても不法行為の成立を認めることができないことは明らかである。
(3)以上のとおりであるから,被告らに対する,共同不法行為に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。
4争点(2)(債務不履行の成否)について(1)被告Yについて原告は,被告Yが,Z装置が本件発明の実施品でないことを看過し,ZからZ装置が本件発明の実施品でないとの主張をされるという事態を招き,これを契機として本件特許の無効という結果を招いたものであり,被告Yには本件特許を維持すべき契約上又は信義則上の義務に違反した債務不履行がある,と主張する。
被告Yは,本件実施契約上,本件特許について特許料の支払をしてこれを消滅させないようにしなければならず,あるいは本件特許権を放棄してはならない義務を負うというべきであり,この意味において本件特許を維持すべき契約上の義務を負っているということができる。しかしながら,被告YがZ装置が本件発明の実施品でないことを看過したことは,通常,本件特許の無効をもたらすようなものであると認めることができないことは,前記3(1)ウで説示したとおりであるから,そのことによって被告Yが本件特許を維持すべき義務に違反したということはできないというべきである。また,22前記1で認定した事実によれば,被告Yは,嵐の湯のした本件特許の無効審判請求について,これを争い,本件無効審決に対して知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起し,同訴訟での請求棄却判決を不服として上告及び上告受理の申立てをしており,特許無効を回避するために採り得る法的手段を尽くしたということができるから,結果的に本件無効審決が確定し本件特許が無効となったとしても,被告Yに本件特許を維持すべき契約上の義務違反があったということはできない。
原告の主張を採用することはできない。
(2)被告石の湯総本部について被告石の湯総本部の債務不履行の主張は,被告Yの債務不履行を前提とするものであるから,被告Yについて債務不履行が認められない以上,被告石の湯総本部についても債務不履行を認めることができないことは明らかである。
(3)以上のとおりであるから,被告らに対する,債務不履行に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。
5争点(3)(錯誤無効,公序良俗違反の成否)について(1)被告Yについて上記1,2で認定説示したところによれば,原告は,その設立をした関係者が被告Y及びZからZ装置が本件発明の実施品である旨の説明を受け,Z装置と同一の装置を独占的に実施するのに必要であるとの認識の下に本件実施契約を締結したものである。ところが,実際には,Z装置は本件発明の技術的範囲に属さず,原告は,本件実施契約を締結してもZ装置と同一の装置を独占的に実施することのできる地位を獲得することができなかったものである。原告がこのことを知っていれば本件実施契約を締結することはなかったということができるから,原告には本件実施契約の締結につき要素の錯誤があったというべきである。
23本件実施契約書(甲1)の6条1項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定している。しかしながら,前記1で認定した事実によれば,同条項の定めは,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることが認められる。同条項につき,上記の趣旨を超えて,本件実施契約につき錯誤や詐欺等が存在する場合において,契約の無効や取消しを理由として本件契約金等の返還請求をすることが一切できないとの趣旨まで含むことについての合意があったことをうかがわせる証拠はない。
以上によれば,本件実施契約は錯誤により無効であり,被告Yは,原告に対し,不当利得として,本件契約金3000万円の返還義務を負う。
原告は,上記不当利得返還請求につき,平成18年10月27日からの遅延損害金の支払を請求する。しかしながら,不当利得返還債務が遅滞に陥るのは,催告の到達した翌日である。証拠(甲5,6)によれば,原告は,被告Y及びZに対し本件契約金3000万円の返還を催告する内容の平成18年11月28日付け内容証明郵便を差し出したこと,同書面は,Zに同月30日に配達され,そのころ被告Yにも配達されたものの,被告Yは同書面が本件実施契約に関する原告からの通知であることを知りながら,その受取りを拒否したことが認められる。そうすると,上記内容証明郵便は,同郵便がZに配達された平成18年11月30日には被告Yにも配達されたものと推認するのが相当であるから,同日に同被告に到達したものということができる。被告Yが上記3000万円の不当利得返還債務について遅滞に陥るのは,上記配達日の翌日である平成18年12月1日であり,それより前の期間の遅延損害金の請求は理由がない。
(2)被告石の湯総本部について24被告石の湯総本部については,本件実施契約書において当事者として掲げられていない。しかしながら,前記1で認定したところによれば,被告石の湯総本部は,本件発明の実施品である石風呂装置を利用した浴場を経営することを目的とする「みんなの石の湯グループ」を主催し,本件発明の実施に伴う収入の受け皿とするために設立された会社であり,本件特許の特許権者である被告Yがその代表取締役に就任していること,本件契約金について被告石の湯総本部の名義で原告宛に領収証が発行されていること(甲14),に照らすと,被告石の湯総本部も本件実施契約の当事者であると認めるのが相当である。
そうすると,被告石の湯総本部は,本件実施契約の錯誤無効による不当利得として,本件契約金3000万円を原告に返還する義務を負うというべきである(被告Yと被告石の湯総本部の各不当利得返還債務は不可分債務となると解される。)。前記(1)の被告Yに対する本件契約金の返還催告は,被告石の湯総本部の代表者に対する返還催告としての意味も有すると認められるから,遅延損害金の起算日は,(1)で述べたとおり,平成18年12月1日となる。
6争点(4)(本件無効審決の確定による本件契約金の返還義務の有無)について(1)被告Yについて原告は,本件特許につき本件無効審決が確定し本件特許が遡及的に無効になったから,被告Yは,本件契約金を不当利得として返還する義務がある,と主張する。
しかしながら,本件実施契約書(甲1)の6条1項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定しており,同条項の定めが,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効25審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることは,前記5(1)で説示したとおりである。
同条項によれば,本件特許が本件無効審決により無効となっても,被告Yは,本件実施契約に基づき支払われた本件契約金の返還義務を負わないと解するのが相当である。
(2)被告石の湯総本部について(1)で説示したところによれば,原告の被告石の湯総本部に対する,本件無効審決の確定を理由とする不当利得返還請求に理由がないことは,明らかである。
(3)以上のとおりであるから,原告の被告らに対する,本件無効審決の確定を理由とする不当利得返還請求はいずれも理由がない。
7以上のとおりであるから,原告の被告らに対する請求は,被告ら各自に対し金3000万円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,原告の被告らに対するその余の請求(平成18年10月27日から同年11月30日までの遅延損害金請求)はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条ただし書,65条1項ただし書を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 阿部正幸
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