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関連審決 不服2004-12734
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術分野の関連性 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10412号 審決取消請求事件
原告X
同訴訟代理人弁理士柳田征史
同 佐久間剛
同 本澤大樹
被告特 許庁長 官鈴木隆史
同 指定代理 人石原正博
同 森川元嗣
同 遠藤秀明
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/08/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2004−12734号事件について平成19年7月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「作業用アームレスト」とする発明につき,平成10年2月26日,国際特許出願をしたが(パリ条約による優先権主張1997年(平成9年)3月7日,ドイツ連邦共和国,以下「本願」という。),平成16年3月11日付けの拒絶査定を受けたので,同年6月21日,これに対する審判請求(不服2004-12734号事件)をすると共に,平成19年4月17日付け手続補正書(甲6)を提出した。
特許庁は,平成19年7月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(附加期間90日),その謄本は同年8月14日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲平成19年4月17日付け手続補正書(甲6)による補正後の本願発明の請求項1は,下記のとおりである(請求項の数は7である。)。
【請求項1】「上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設された,上端にアームレストを有する弾性的支柱を備え,該アームレストは前記弾性的支柱が動くにつれて略水平方向に移動可能であり,前記弾性的支柱はロッド形の単一の支承要素からなっていて前記アームレストを弾力をもって支承するためのばねを有し,床から伸びていることを特徴とするコンピュータ作業場用の可動アームレスト。」(以下この発明を「本願発明」という。)3 審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,実願平1-95490号(実開平3-35757号)のマイクロフィルム(甲1,以下「刊行物1」という。)の記載及び周知技術(甲2,3)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,刊行物1記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設された,上端に腕受け(1)を有する支竿(2)を備え,該腕受け(1)は前記支竿(2)が動くにつれて略水平方向に移動可能であり,前記支竿(2)は,ロッド形の単一の支承要素からなっていて上部にスプリングを入れボールジョイント(4)を固着し,机留め(3)の下部に連結されるボールジョイント(5)から上方に伸びているパソコン等のキーボード操作用腕受け。
(2) 一致点上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設された,上端にアームレストを有する支柱を備え,該アームレストは前記支柱が動くにつれて略水平方向に移動可能であり,前記支柱はロッド形の単一の支承要素からなっていて,上方に伸びているコンピュータ作業場用の可動アームレストである点。
(3) 相違点ア 相違点1支柱について,本願発明においては,「弾性的支柱」であるのに対し,引用発明においては,「支竿(2)」が弾性的なものであるか否か明確ではない点。
イ 相違点2本願発明は,弾性的支柱はアームレストを弾力をもって支承するためのばねを有しているのに対し,引用発明は,支竿(2)の上部にスプリングを入れてあるものの,これが腕受け(1)を弾力をもって支承するためのものであるのか否か明確ではない点。
ウ 相違点3支柱が上方に伸びる態様について,本願発明においては,「床から伸びている」のに対して,引用発明においては,「机留め(3)の下部に連結されるボールジョイント(5)から上方に伸びている」点。特に第1図,第2図によると,コンピューター等に取り付けられている点。
取消事由に係る原告の主張
審決は,相違点1ないし3についての容易想到性の判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)(1) 「弾性的支柱」の意義及び作用についてア審決は,本願発明の「弾性的支柱」は,スチールを含め弾性を有する素材からなればよく,ばねを連結することにより弾力性のあるものとすればよいのであり,引用発明においてスチールやプラスチック等の弾性を有する素材を採用することは,引用発明において十分に示唆されている程度の事項であるから,本願発明の相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることといえると判断した。
しかし,上記判断は,以下のとおり誤りである。
アームレストを水平方向に移動可能に支承しているのは,本願発明においては「弾性的支柱」の弾性であるのに対し,引用発明においては「支竿(2)」の上端及び下端に設けられたボールジョイントであって「支竿(2)」の弾性ではなく,その相違は大きい。本願発明において適用されている「弾性的支柱」は,刊行物1に記載に示唆がなく,当業者が容易に想到し得るものではない。
イこの点について,被告は,本願に係る明細書(甲5,6。以下「本願明細書」という。)の「支柱(2)」が多少の弾力性すら有さないものでもよいと主張する。
しかし,上記主張は,以下のとおり失当である。本願明細書には「受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から台3までの垂直な支柱2によって支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。」と記載されており,ここで多少の弾力性を含んでいてもよいとされるのは「受台(3)」である。本願明細書によれば,支柱2の素材はスチール,グラス・ファイバー及びばねという弾性的なもののみが記載されているから,多少の弾力性すら有さないものは支柱2に含まれないことは明らかである。
ウまた,被告は,「支柱(2)」は,それ自体単独で,その上端を腕の動きに応じて略水平方向に移動し得るほどの弾性力を有するものではないから,アームレストを略水平方向に移動させる作用を有するものは,「支柱(2)」ではなく,これと別個の部品で,かつ,アームレストを弾力をもって支承するためのばねとは「別のばね」であると解されると主張する。
しかし,上記主張も,以下のとおり失当である。
本願明細書に記載されている事項は,弾性的支柱の1つの実施形態として,「支柱(2)」を構成する「支持パイプ(22)」と「支持柱(23)」をスチールで形成してもよいこと,及び,スチールの代わりにグラス・ファイバーやばねにした場合には上部での腕の動きがより容易になることのみである。したがって,「支柱(2)」をスチールで形成した場合にも,それ自体の弾力性により上端が略水平方向に移動することを可能とするものであって,「支柱(2)」をスチールで形成した場合には「アームレストを弾力をもって支承するためのばね」と別のばねをさらに設けてその弾力によりアームレストを略水平方向に移動させるものと解することはできない。
(2) 引用発明と周知技術との組合せについて審決は,仮に本願発明の「弾性的支柱」を弾性力のある支柱と解しても,身体保持具として弾力性のある支柱を採用することは甲2,3にみられるように,本願優先権主張日前より周知の技術であって,引用発明に当該周知技術を適用することを妨げる特段の事情も見当たらないから,当業者が適宜採用し得る程度のものにすぎないと判断した。
しかし,上記判断は,以下のとおり誤りである。
本願発明は,体全体ではなく身体の一部のみを支えるものであるのに対し,上記周知技術は,体全体を支柱により支えるものであって,身体の一部のみを支えるものではない。したがって,本願発明と上記周知技術とは目的及び構成が異なり,技術分野の関連性がないので,本願発明は引用発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に想到できた発明とはいえない。仮に,引用発明に上記周知技術を適用したとしても,引用発明において「腕受け(1)」又は「掌受け(6)」を水平方向に移動可能に支承するのは「ボールジョイント(5)」であって「支竿(2)」の弾性力ではないから,本願発明を構成するものではない。
(3) 待機位置を有する点について審決は,本願発明には「弾性的支柱が本来の待機位置を有するものである」ことを裏付ける事項が記載されていないと判断した。
しかし,上記判断は,以下のとおり誤りである。
本願発明における「アームレストを弾力をもって支承する」とは,アームレストに腕が当接しアームレストからばねに対し外力が加わり当該ばねが変形したとき,ばねがその変形を元に戻そうとする力をアームレストに加えることをいうものと解される。そして,本願発明における「弾性的支柱」は,外力が加わっていない場合には弾性的支柱が待機位置にあること,そして,変形により弾性的支柱が略水平方向に移動した場合には,その変形を元に戻そうとする弾性力の作用によって,本来の待機位置に戻るものであることは明らかである。したがって,本願発明には「弾性的支柱が本来の待機位置を有するものである」ことを裏付ける事項が記載されているといえる。
他方,引用発明においては,「ボールジョイント(5)」により「腕受け(1)」又は「掌受け(6)」の水平方向の移動を可能とするものであり,ボールジョイントは弾力による復元力を有しないから,本願発明のようにアームレストが待機位置に戻ることはない。したがって,引用発明には,上記相違点に係る構成を採用する記載も示唆もなく,これに基づいて当業者が容易に想到し得ることができるとはいえない。
2 取消事由2(相違点2についての容易想到性の判断の誤り)引用発明において,スプリングを設けたとしても「ボールジョイント(5)」により水平方向には弾力を持たずに移動を可能とするものであるから,本願発明のようにアームレストが待機位置に戻るということがない。したがって,引用発明には本願発明とするに至った動機付けとなる記載も示唆もなく,本願発明は当業者が容易に想到することができないものであり,相違点2についての容易想到とした審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(相違点3についての容易想到性の判断の誤り)審決は,相違点3について,支柱の下端をどこにするかは,当業者が設計上適宜選択し得ることであり,さらに周知技術(甲2,3)において身体保持具を床から上方に伸びるように設置することが開示されているため,当業者が容易に想到し得ることであると判断した。
しかし,上記判断は,以下のとおり誤りである。
引用発明における「支竿(2)」の下端は,「机留め(3)」の下端において「ボールジョイント(5)」に連結されているから,使用に際しては一般に脆いコンピュータテーブルは揺れるため,実用上それを防ぐための補助的強度や力を必要とすることになるし,テーブルが止め具により損傷したりすることにもなる。また,テーブルに固定されているので,アームレストの使用場所が制限され,他のテーブルにコンピュータを移動したときには,机留めを外さなくてはならず,不便である。これに対し,本願発明では,床置き電気スタンドのように構成すれば,簡単にどこにでも移動することができるものであって,引用発明とは構成に基づく大きな効果の違いがあるから,これを当業者が設計上適宜選択し得るものということはできない。
被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)に対し(1) 「弾性的支柱」の意義及び作用について原告は,「アームレストを水平方向に移動可能に支承しているのは,本願発明においては弾性的支柱の弾性であるのに対し,引用発明においては「支竿(2)」の上端及び下端に設けられたボールジョイントであって「支竿(2)」の弾性ではない。」と主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
まず,本願発明に係る特許請求の範囲請求項1では,「上端にアームレストを有する弾性的支柱」に関し,?@床から伸び,垂直方向に配設され,上端が略水平方向に移動可能であること,?Aこの移動に伴いアームレストが略水平方向に移動可能になっていること,?Bロッド形の単一の支承要素からなっていること,?Cアームレストを弾力をもって支承するためのばねを有していることが特定されているのみで,弾性的支柱の構造はもとより,下端が床に対し固定されているのか移動可能であるのかを含め,弾性的支柱がどのような構造で床から伸び,その上端が略水平方向に移動可能になっているのかについて何ら特定されていない。したがって,上記原告の主張は特許請求の範囲に基づかない主張である。
また,本願明細書及び図面の記載によれば,?@「支柱(2)」は多少弾力性を有するものでもよいとされ,このことは「支柱(2)」が多少の弾力性すら有さないものでもよいことを示していること,?A「支柱(2)」がそれ自体単独で,その上端を腕の動きに応じて略水平方向に移動し得るほどの弾性力を有するものではなく,「支柱(2)」とは別個の部品であり,かつ「アームレストを弾力をもって支承するためのばね」と別のばねにより,アームレストを略水平方向に移動させるものと解されることが認められる。以上のとおり,本願明細書の記載を参酌すれば,「弾性的支柱」は,?@弾性素材であるスチール製で形成された「支持パイプ(22)」及び「支持柱(23)」からなるものであり,それ自体アームレストを水平方向に移動可能に移動し得るほどの弾力性を有するものではなく,別個のばねの弾力により,その上端が略水平方向に移動可能であるもの,?A「支柱(2)」自体をグラス・ファイバーや,いろいろな半径のばね,又はフラット・ばねで弾力のあるもので構成し,別個のばねを用いず,それ自体の弾力性により上端が略水平方向に移動可能であるものを含むといえる。この点からも,原告の主張は,失当である。
(2) 引用発明と周知技術との組合せについて身体保持具において,弾力性のある支柱により身体を保持することは本願優先権主張日前より周知の技術であり(甲2,3),この周知技術によれば,その弾力性により支柱の上端を略水平方向に移動可能とすることは明らかである。この周知技術がアームレスト等身体の一部の支持に適用不能といった技術的根拠も見当たらず,当業者であれば,引用発明において,「支柱(2)」の上端を略水平方向に移動可能とする手段として,上部及び下部の各ボールジョイントに代えて,これら周知技術を踏まえて適宜変更を試みることは設計上当然に想到し得ることである。
(3) 待機位置を有する点について原告は,本願発明の「アームレストを弾力をもって支承する」とは,アームレストに腕が当接しアームレストからばねに対し外力が加わり当該ばねが変形したとき,ばねがその変形を元に戻そうとする力をアームレストに加えることをいうのであって,本願発明には「弾性的支柱が本来の待機位置を有するものである」ことを裏付ける事項が記載されていると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
本願明細書の記載によれば,上記「アームレストを弾力をもって支承するためのばね」は,本願発明の上端の「ばね(25)」のように弾性的支柱とアームレストの間に介在し,使用者の腕に当接している個所の全体にわたってほぼ均一に柔軟に当接するようにアームレストに弾力性を与えるものであればよく,しかも本願明細書には弾性的支柱が本来の待機位置に戻るという技術的課題すら何らの記載も示唆もない。原告の主張は特許請求の範囲に基づかないものであり失当である。
2 取消事由2(相違点2の容易想到性の判断の誤り)に対し前記1のとおり,本願明細書には弾性的支柱が本来の待機位置に戻るという技術的課題すら何らの記載も示唆もないから,原告の主張はその前提を欠き失当である。
3 取消事由3(相違点3の容易想到性の判断の誤り)に対し当業者からみて,引用発明において,腕を支持する腕受け(1)が略水平方向に移動可能となるよう,支竿(2)の上端が略水平方向に移動可能であれば,支竿(2)の下端をどこに接続するかは,キーボードと机の配置等に対応して,当業者が設計上適宜選択し得ることである。しかも,身体保持具を床から上方に伸びるように設置することは,審決に例示したとおり,本願優先権主張日前より周知の技術であり,引用発明において,こうした周知の技術を適用し,支竿(2)を床から上方に伸びるよう配置することを妨げる特段の事情も見当たらず,当業者が適宜なし得ることである。
当裁判所の判断
当裁判所は,取消事由1に関する原告の主張には理由があり,原告の請求を認容すべきものと判断する。すなわち,引用発明は,ボールジョイントにより「支竿(2)」を揺動させることで,「支竿(2)」の上端に設けた「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするものであるのに対し,本願発明は,弾性的支柱の弾性変形により,弾性的支柱の上端に設けたアームレストを略水平方向に移動可能とするものであり,両者は課題に対する解決方法を異にするものであるから,引用発明は,本願発明に係る技術を示唆するものではない。以下,その理由を述べる。
1 取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)について(1) 引用発明の記載についてア 刊行物(甲1)の記載刊行物1(甲1)には,以下の記載がある。
(ア)「1.腕受け(1)と支竿(2)及び,支竿(2)と机留め(3)の下部とをボールジョイント(4)(5)にて結合した,パソコン等のキーボード操作用腕受け。」(1頁5〜8行:実用新案登録請求の範囲)(イ)「(産業上の利用分野)此の考案は,パソコン等のキーボードを操作する時,腕を乗せる腕受けに関する。」(1頁16〜18行)(ウ)「(課題を解決するための手段)課題を解決するためには,腕又は掌を自在に動く台に乗せてキーボードを操作出来るようにすれば良い。」(2頁5〜8行)(エ)「(作用)机留め(3)(11)を机(16)に固定し,腕受け(1)又は掌受け(6)に腕又は掌を乗せると,ボールジョイント(4)(5)(8)(9)により自由に動かす事が出来る。」(2頁9〜13行)(オ)「(実施例)図にて説明すると,第1図は請求項1の実施図であり,第2図は詳細図である。腕受け(1)と支竿(2)とをボールジョイント(4)で結合し,支竿(2)と机留め(3)の下部とを同じくボールジョイント(5)にて結合する。」(2頁14〜19行)(カ)第1図及び第2図には,支竿(2)の上端に腕受け(1)がボールジョイント(4)を介して結合され,支竿(2)の下端にボールジョイント(5)を介して机留め(3)に結合された,パソコン等のキーボード操作用腕受けが記載されている。
イ 引用発明における「支竿(2)」の意義及び作用以上の記載によれば,引用発明の「支竿(2)」は,その下端で「ボールジョイント(5)」を介して「机留め(3)」の下部に連結されて垂直方向を含む上方に伸び,その上端で「腕受け(1)」を「ボールジョイント(4)」を介して支承するものであり,垂直方向に配設されたロッド形の単一の支承要素と解することができる。そして,「支竿(2)」は,その下端の「ボールジョイント(5)」により,その上端が略水平方向に移動可能とされ,「支竿(2)」が動くことによって,「腕受け(1)」も,略水平方向に移動可能とされ,「腕受け(1)」の上端の「ボールジョイント(4)」によって,乗せられた腕の動きに応じて,その傾き等の姿勢を変更可能とするものである。
(2) 本願発明についてア 本願発明の明細書の記載(ア) 特許請求の範囲の記載本願発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は前記第2,2のとおりであり,この記載によれば,「弾性的支柱」は,?@「上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設され」,?Aそれが動くにつれてアームレストが「略水平方向に移動可能であり」,?B「ロッド形の単一の支承要素からなっていてアームレストを弾力をもって支承するためのばねを有」するものである。
そうすると,「弾性的支柱」は,それ自体がその上端に備えたアームレストを略水平方向に移動させる弾性を有した「弾性的」な「支柱」を意味するとともに,アームレストを弾力をもって支承するためのばねを有したロッド形の単一の支承要素であると,当業者により合理的に理解される。
(イ) 本願明細書における発明の詳細な説明の記載本願明細書(甲5,6)には,「弾性的支柱」に関して図面とともに次の記載がある。
a「図面に示す本発明の実施形態について説明する。受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から台3までの垂直な支柱2によって支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。支柱2は支持パイプ22と,この支持パイプ22中に滑動可能に嵌合した支持柱23とを有し,支持パイブ22及び支持柱23は,スチールで形成してもよいし,上に置かれた受台3が十分に動けるようにグラス・ファイバーや,いろいろな半径のばね,又はフラット・ばねで弾力性のあるものにしてもよい。これによって上部での腕の動きがより容易になる。」(2頁8行〜17行)b「支持パイプ22は下端がばね21によって支承され,ばね21は下端がスタンド4に設立された受筒5に受納されている。また支持パイプ22の上端はばね25によって支承され,ばね25の上下端は,受台3の支持孔6及び支持筒10内に受納され,支持筒10は支持パイプ22の上端に設けられている。」(2頁23行〜3頁4行)c「また受台3は,これを支持する支柱2の上下端がばね21,25によって支持されているため,使用者の腕に当接している個所の全体に渡ってほぼ均一に柔軟に当接し,腕に疲労をあたえることが防止される。」(3頁9行〜12行)以上の記載によれば,支柱2は弾性を有する素材であるスチールで形成してもよく,又は上端の受台3が十分に動けるようにグラス・ファイバーやいろいろな半径のばねやフラット・ばねといった素材で形成して弾力性のあるものにしてもよいものと解される。
イ 「弾性的支柱」の意義及び作用前記アで認定した本願明細書の記載によれば,「支柱(2)」は,弾性を有する素材で形成して弾力性のあるものにしてもよいとされるが,そこでいう「弾性」とは,「外力によって形や体積に変化を生じた物体が,力を取り去ると再びもとの状態に回復する性質。」を意味し(広辞苑第6版1776頁),「弾力」とは,「物体が変形に抗して,原形に復しようとする力」を意味するので(同1783頁),「支柱(2)」は,「弾性的に変形し,その変形による弾性復元力で原形に復元する支柱」であるといえる。そして,「支柱(2)」は,その素材をスチールとした場合でも,その上端が略水平方向に移動することで,その上端に支承した「受台(3)」を略水平方向に移動させることができ,そして,グラス・ファイバーや,いろいろな半径のばね,又はフラット・ばねといった素材で形成して弾力性のあるものとした場合には,「受台(3)」を略水平方向に十分に移動させて上部での腕の動きがより容易にさせることができるとされる。したがって,「支柱(2)」は,それ自体の弾性により,その上端に支承した「受台(3)」を略水平方向に移動させることができるものと解される。また,「支柱(2)」の上端には「ばね(25)」が設けられており,「受台(3)」は「ばね(25)」を介して「支柱(2)」の上端に支承されているのであるから,「支柱(2)」は,「受台(3)」を弾力をもって支承するためのばねを有しているといえる。
したがって,本願明細書の記載を参照しても,前記アで認定したとおり,本願発明の「弾性的支柱」は,それ自体がその上端に備えたアームレストを略水平方向に移動させる弾性を有した支柱であると解される。
(3) 相違点1についての容易想到性の有無ア以上認定した事実を前提にすると,引用発明においては,「支竿(2)」は,その下端の「ボールジョイント(5)」により揺動することで,その上端が略水平方向に移動可能であり,それによって,その上端に設けられた「腕受け(1)」が略水平方向に移動可能としたものである。
引用発明の「腕受け(1)」が本願発明の「アームレスト」に相当するところ,刊行物1には,「支竿(2)」の弾性について何ら記載されるところはない。すなわち,本願発明は,弾性的支柱の弾性変形により,弾性的支柱の上端に設けたアームレストを略水平方向に移動可能とするのに対し,引用発明は,ボールジョイントにより「支竿(2)」を揺動させることで,「支竿(2)」の上端に設けた「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能としているといえるから,引用発明は,本願発明の弾性力をもって水平方向に移動可能に支承するという弾性的支柱の技術的意義を記載・示唆するものではない。したがって,「弾性的支柱」と「支竿(2)」とはそれらの技術的意義が相違するから,上端に支持した「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするために,「支竿(2)」として弾性を有する素材を採用することが刊行物1に示唆されているとはいうことができない。
イまた,引用発明と周知技術との組合せについても,以下のとおり容易とはいえない。
すなわち,上記(1)で述べたとおり,引用発明には,「ボールジョイント(5)」により,「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするという技術的思想が記載されており,「支竿(2)」の弾性により「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とする技術的思想は開示も示唆もされていない。そうすると,本願発明と引用発明とは,腕受け(アームレスト)を水平方向に移動可能とする点において,技術的思想が異なるから,仮に身体保持具としての弾性力のある支柱が甲2及び甲3により周知の技術であるとしても,引用発明において,「支竿(2)」の上端に支承された「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とする手段として,「ボールジョイント(5)」に代えて,上記周知技術を適用することが容易であったいうことはできない。
(4) 被告の主張に対しア被告は,本願明細書の「受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から受台3までの垂直な支柱2によって,支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。」との記載を根拠に,「支柱(2)」は弾力性を有さないものであってもよく,「弾性的支柱」は「支柱(2)」とは別個の部品であり,かつ「アームレストを弾力をもって支承するためのばね」と別のばねにより,アームレストを略水平方向に移動させるものも含まれると主張する。
しかし,被告の上記主張は,以下のとおり採用できない。
すなわち,前記説示のとおり「弾性的支柱」は特許請求の範囲の記載に基づいて,それ自体が弾性を有する支柱と解すべきであり,上記本願明細書の記載は,単に「受台(3)」が弾性を含んでもよいとの趣旨を記載したにすぎないものと解するのが合理的である。したがって,被告の主張は失当である。
イまた,被告は,本願発明には「弾性的支柱が本来の待機位置を有するものである」ことを裏付ける事項が記載されていないと主張する。
しかし,被告の上記主張も,以下のとおり採用できない。
前記(1)で検討したとおり,「弾性的支柱」は,特許請求の範囲の記載に基づいてそれ自体が弾性を有する支柱であり,「弾性的に変形し,その変形による弾性復元力で原形に復元する支柱」であると解されるから,本来の待機位置を有するものと理解するのが合理的である。本願発明の「弾性的支柱」は,アームレストを水平方向に移動させる際に本来の待機位置を有するものであるといえる。したがって,被告の主張は失当である。
(5) 小括以上のとおり,刊行物1には,「支柱の弾性によりアームレストを略水平方向に移動可能にする」という技術的思想が記載又は示唆されていない。そて,引用発明及び周知技術(甲2,3)に基づいて,当業者が本願発明を容易に想到することができたということはできない。したがって,審決が,相違点1について容易に本願発明をすることができたと判断した点に誤りがある。
2 結論以上のとおり,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の主張する取消事由1には理由があり,審決の判断の誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 中平健
裁判官 上田洋幸